日記

1990年生まれ。虚実入り混じっております。

2014年05月

【43】美知子の手記

村八分ダイエットも3週間あたりになると、効果がみるみる出てきました。お腹をさすれば、あれほどパンパンに張っていたお腹がへこんでいるように感じます。便通、と言ってもストレスから来る下痢ですが出るには出るようになりました。これは大きな進歩だと思います。このまま続けていれば、わたし、あの可愛い水着を着れそうです。
あれもこれも村八分のおかげ。ほんと、村八分には感謝しています。
わたし、今まで色んなダイエットに手を出してきたんです。納豆ダイエットとか、朝バナナダイエットとか、あとはバランスボールダイエット、断食ダイエット・・・。
新しいダイエットの波が来れば、ボードを持って誰よりも早く海に出て、サーフを始めるのだけど、どれもすぐには効果が表れないから結局耐えられなくて飽きてしまう。だから、こんなにも早く効果が表れるなんて、驚き。ビバ村八分、ラブ村八分って感じ。みんなにも教えてあげたいくらい。
そもそも、わたしが村八分ダイエットを始めた経緯。それは友達の京子が勧めてくれたの。
私と京子は高校からの友達で二人ともバレー部。そして、お互いリベロをやってた。まあ、わたしがレギュラーで京子はいつも控えだったんだけど。でも、わたし達ほんとうに仲が良いの。わたし、バカだけど京子はいつも私にやさしくしてくれる。そんなところが好き。例えば、私たちがまだバレー部の現役だった時に、京子がわたしのバレーボールシューズに理科室から盗んだ希硫酸をかけてくれたの。わたし、その液体がどんなものかわからなかったけど、京子に聞いたら雑菌が消えるとかなんとか言ってた。本当に感謝してる。
今回だって、ダイエットに苦しんでるわたしに向かって京子が
「ダイエットには、村八分がいいよ」って教えてくれたの。
「むらはちぶ?」
わたし、村八分の意味ってよく知らなかった。でも京子の話によると、わたしのダイエットのためを思って村人全員が厳しく律してくれるらしいから飽き性のわたしにはもってこいだって言ってた。それ聞いて、「わたし、やる」って即答したら京子、すごい喜んでた。
それでね、京子はすごい親切で、わたしを厳しく律してくれそうな村をインターネットでピックアップしてくれて、「How to 村八分」の本も買ってくれたの。で、わたしはそれらをリュックに詰めてこの山奥の片田舎に越してきたのです。
そして、その初日。近隣住民への挨拶もそこそこに、村長の家の側面にスプレーでミッキーの絵を書いたら一晩で村八分になれました。
そこからは誰も私に話しかけてくれないし、食べ物も売ってくれないの。だから、初めの頃は必死の形相でアロマの蒸気を食べて飢えを凌いでた。今では全部、Amazonで買っちゃうけどね。すごいの。こんな山奥なのに送料無料なんだよ。
そして、こっちに来てから生活リズムが良くなったと思う。わたしが東京にいた頃は平日、休日とかでもたいてい13時頃に起きていたのだけど、今では村の子供たちが朝から自宅窓に投石してくれるから起きられる。ガラスを割られちゃうのが嫌だけど。
わたし、本当に京子に感謝してる。でもなんか京子に「ありがとう」って電話しようとしても繋がらないのが少し心配・・・。
あ、そうそう。これは京子には内緒にして欲しいんだけど、わたし、たまに東京帰ってるの。やっぱり、こうも慣れない環境に身を置いてると寂しくなるじゃない。だから、「誰かと話したい」って思ったんだけど、わたし、京子以外に友達いないし、どうしようかなって思ってる時に、村八分されてる人が集まるSNSの存在を知ったんです。それ使ったら日本全国で村八分されてる人と交流ができるんだけど、それを軽い気持ちで登録してみたの。そしたら、同世代で村八分ダイエットしてる人って結構いてね。やっぱり、みんな寂しいんだろうね。すぐに意気投合。仲良くなっちゃった。そして、わたしと京子のルールでは本当は村を出てはいけないことになってるのだけど、まあ、一回だけ、ね、一回だけ。そんな気持ちで休日にネットで知り合った村八分友達と一緒にカフェに行ってきた。そしたら、それがもう楽しくて、歯止めが利かなくなっちゃって。休日はたまに都心まで出てきて色んなところに行ってるの。
正直、痩せるためには逃げ場のない閉鎖的空間の中で村八分を堪え忍んでいかなければいけないのだけど、そういう意思が弱い。わたし。「だめだめ。ちゃんと村八分にされなきゃ」と頭ではわかってて、村を抜け出すたびに深く反省するんだけど、どうしても止められない。
でも、大丈夫。今日、煌びやかに光るクラブの中で甘いカクテルを飲みながら「明日からは村八分。ちゃんとしっかり村八分」って決意したから。大丈夫。明日からは、きっと。
それでね、わたし毎日、京子のブログをチェックしてるんだけど、こないだ、京子もダイエットしたいって書いてたの。でも、京子はジムに通うみたい。わたし、ジムなんかより絶対、村八分の方が痩せると思う。それは京子も知ってて、村八分ダイエットをやりたがってると思うんだけど、虫とか嫌いだから来れないのかな。だから、わたし、ダイエットを終えて東京に帰ったら私がこの村でされたことを京子にもしてあげようと思うの。きっと喜ぶだろうなあ、京子。

【42】ちりとり

名前なんてものはその表記によって大きく印象が変わるので油断してはならないのである。
例えば、「ちりとり」なんてのは最たる例で、可愛らしい、なんなら綿
あめ持ってスキップしてそうな名前だが、実際の本名は「塵取り」という。
あら、随分と野蛮な名前ね。そう思った人も多いだろう。普段の生活の中では、荒々しい「塵取り」感など一切なく、おとなしく可愛らしい「ちりとり」然としているように思えるのだが、それは巧妙に仕掛けられた罠。「ちりとり」の醸し出すポップ感に安心しきって不用意に近づこうものなら獰猛な「塵取り」が本性を現し、人間に対して危害を加えるのである。
先日、か弱い少女が犠牲になった。
両親が共働きである彼女はいつも学校から帰ると、「ちりとり」と戯れていたのだという。そして、その日もいつものように「ちりとり」と一緒におままごとに興じていたらしいのだが、彼女が塵取りに対してお味噌汁を差し出したところ、「おんどりゃあ。熱すぎるんじゃあ」との叫びと共に塵取りに手を噛みつかれ、重傷を負うこととなった。彼女は怪我の影響によってしばらくの間、大好きなカスタネットを叩くことができなくなってしまったのだと言う。
「塵取り」の中身は猛々しい昭和の男なのである。気に入らないことがあれば激しく感情を表し、暴力すら厭わない。
僕はそういう記事を新聞で読み、すっかり怖くなってしまった。と言うか、僕自身「ちりとり」を1つの単語として認識しており、塵を取るから「塵取り」なのだということは今日の今日、初めて知ったのである。そして、我が家の塵取りはどうなってるかしらと、恐る恐る塵取りを眺めてみるとフローリングの床の上、乱雑に転がしているではないか。あわわ、やばいやばい。僕は急いで床に置かれた塵取りをそろっと持ち上げ、神棚に置いた。そして、塵取りのご機嫌を取るように作り笑いを浮かべながら「良い名前ですね」と話しかけた。

【41】ヘアー

テーブル席に座り、平然とした顔を取り繕っている僕の口の中はもう水の都、ヴェネツィア。
とめどなく溢れるよだれの洪水に、「五月雨を集めて早し最上川」なんていう日本中を徘徊していた有名なおっさんの言葉が脳裏に浮ぶ。
ここはラーメン屋さん。僕が住んでるこの街でもかなりの有名店で、ここに越してきた時から一度は行きたいと思っていたのである。そして、本日。ようやく時間が取ることができ、長いこと行列に並び、店内に入り、注文を済ませ、首を長くして待っているところ。
しかし、この、ラーメンを待つ時間ってたまらなく素敵だと思う。様々な想像が掻き立てられ、ワクワク感が止まらない。これって人間が日々生活する中でもたまらなく愛おしい時間であると思う。
そして、運ばれてきた一杯のラーメン。やはり、人気店というだけのことはある。透明度の高いスープ。色とりどりに散りばめられた具材たち。光沢を帯びて光る麺。そのどれもが今まで僕の見てきたラーメンとは一線を画しており、見ているだけでも絶対に美味しいことを確信できる。
「芸術だ・・・」僕は思わず、こんな言葉をこぼした。そして、急いでスマートフォンを取り出し、このラーメンの様子を写真に撮った。写真越しでもラーメンの透明感、上品さが伝わってくる。僕は満足げにその写真を眺め、いつかこの写真を引き伸ばして布に印刷。枕カバーにしようと思い1人ほくそ笑んだ。
さてさて、ニヤニヤと眺めるばかりで麺が伸びてしまっては本末転倒である。食べることにする。興奮する自らを落ち着かせて、ゆっくりと、はしを伸ばす。麺を持ち上げて、いざ食わんとするその時、僕はあることに気付いてしまった。ラーメンスープの上、煌びやかに光る具材の中で息を潜めるように明らかに自分のものではない長い髪の毛が1本、混入していたのである。それはまるで水死体のようであり、意識なく水面を漂っていた。
なんてことだ。晴天の霹靂とはまさにこのこと。あれほど美味しそうに思えたラーメンがたかが1本の髪の毛によってひどく汚れたもののように思えてくる。
僕は天国から地獄に叩き落され、その地獄の底で煮えたぎっている炎が僕の心に憎悪の念を点火させた。許さない・・・。そのような思いで、周りを素早く見渡すと、厨房の中で髪の長い女性店員が何やら他の店員と談笑しているのを見つけた。
「あいつか・・・」
僕は口をわなわな震わせ、立ち上がった。その後のことはよく覚えてない。
ラーメンの器が割れる音。人々の悲鳴。鶏ガラをレゴブロックみたいにして城を構築したこと。そんなことはうっすらと覚えているのだが、他のことはまるで覚えていない。
気付くと僕は1人、自宅の片隅で忍び泣いていた。部屋は真っ暗。時計を見ると、夜の10時を回っていた。随分長いこと泣いていたのだろう。手で触ってみると目は腫れぼったく腫れあがっている。そして、ひどくお腹が空いていた。結局、ラーメンに口を付けていないのだから当然のことである。仕方ない。カップラーメンでも作ろう。のそっと立ち上がるとヤカンに水を入れて火を付けた。
しかし、この、カップラーメンができるまでの時間って嫌いだ。大抵、カップラーメンの味なんてのは予想つくので、全く想像を掻き立てられないし、ワクワク感もない。なのに、湯を沸かすところから始まって、お湯を入れても3分待たなければならない。その時間って苦痛でしかなく、とてつもなくイライラするのである。
僕はぞんざいにソファーに腰かけると、テレビを付けた。そこには、芸人どもが白目を剥いてひゃらひゃら騒いでいた。くだらない。リモコンを駆使して適当にザッピングを繰り返していると、家の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。こんな時間に誰だろう。ソファーから立ち上がり、訝しげに玄関の方まで歩いていくと扉の向こうから「すみませーん」との声が聞こえてくるではないか。
公共料金の集金かしらん、と思い、玄関扉を開けた。しかし、人の姿は見えない。
「足元です」
何者かががそう話す。しかし、足元を凝視していても夜の帳のせいで何も見えない。
「足元です」もう一度何者かは言った。確かに、声は足元から聞こえてくる。
「少々お待ちください」
僕は急いで懐中電灯を取り出してきて、玄関の足元を照らしてみた。
そこには、長い髪の毛が2本、玄関先のタイルの上に乗っかっていた。声はどうやらその髪の毛から発せられているようだった。
「夜分遅くにすみません。うちの娘が迷惑をかけたみたいで」と髪の毛の片方は言った。
「娘?」
「ほら、ラーメンの上に髪の毛が乗っかっていたでしょう。あれは私たちの娘なのです」
「はあ、そうなんですか」
僕は瞬きもせず、髪の毛たちをじっと見つめる。どちらが父親、及び母親であるか全く判別が付かない。
「その、娘が迷惑をかけた件について謝りに来たのです」父親らしき方が言った。
そんなことを言われても、何をどう言ってよいかわからない。パニックに陥った僕は
「まあ、とりあえずお上がりください」と言って髪の毛たちを家に招いた。
「それではお言葉に甘えて」
髪の毛たちは尺取り虫のように全身を伸縮させながら家に入ってきた。そして、そのままのスタイルで床を移動していき、器用にテーブルの脚を道にしてテーブルの上に乗った。心底気持ちが悪いと思った。
そして、上に登るや否や母親は「少し、寒いんですけど」とぶっきらぼうに言った。
「あっ、すみません」
僕は母親を風で飛ばされないように指で押さえながらドライヤーをかけてあげた。
「良い風ですね」母親は偉そうにそんなことを口走っていた。
ドライヤーを片付け、僕が席に着くと、さて、と前置きしたうえで父親は話し始めた。
「今回はあなた様の楽しみにされていたラーメンに娘が紛れてしまって親として申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「いえいえ、全く気にしてませんから」僕は極めて紳士に答えた。
「許して頂けるのですか。ありがとうございます」
2本の髪の毛はペコリと頭を下げた。
「そして実はですねそれとは別に頼みたいことがございまして・・・」
そう言うと、父親はとうとうと話し始めた。
「実は私どもも深い悲しみに包まれているのです。娘はあのスープの海でおぼれて死にました。何故、娘があのような水死体にならなければならなかったのか。それを考えると胸が締め付けられ苦しくなります。警察は娘の自殺なのではないかとの見解でしたが、わたしどもはそうは思いません。娘は誰か人間に突き落とされたのです。頭頂からラーメンの汁の中に。きっとそうです。そうに違いありません。娘は極めて明るい性格で自殺をするような髪の毛ではありません。私どもは是非とも犯人を捜したい。そう思っております。しかし、見ての通り私どもは髪の毛。犯人を捜そうにも限界があります。そこでなんですが・・・」
嫌な予感がした。
「大変無理なお願いであることは重々承知しているのですが、あなた様に娘をラーメンの汁に突き落とした犯人を捜して頂きたいのです」
犯人?なんなんだそれは。意味が分からず、ポカンとした僕は「犯人ですか・・・」と言ったきり黙り込んでしまった。
答えに窮している僕に対して髪の毛たちは「お願いします。この通りです」と言って体を「Z」の形に折り曲げた。沈黙が包む。もしかして土下座をしているつもりなのだろうか。
ああ、もう嫌。とんでもなく面倒くさいことに巻き込まれてしまった。こんなことなら、ラーメンなんぞ食べに行かなければ良かった。最悪。そんなことを思っている間にも髪の毛夫婦は「Z」の形を崩さぬままの姿勢を保っている。やめてやめて。やめてくれ。
得も言われぬ恐怖を抱いた僕は気付くと小さな声で「わ、わかりました」と答えていた。
「本当ですか。ありがとうございます」
髪の毛たちは極めて明るい声で感謝の意を表したのだが、見た目は相変わらず髪の毛のままなのでなんとなく気色悪さを感じる。
「今日の要件は以上です。夜分遅くに失礼しました。私たちはこれでおいとま致します」
そう言うと髪の毛たちは器用にテーブルの脚を下りて行こうとしたので、僕は「玄関外まで送って行きますよ」と髪の毛2本を手のひらに載せて玄関まで歩いた。その胸中、非常に面倒くさいことを引き受けてしまったことに関する自己嫌悪、髪の毛に対する憎悪の念が入り乱れ大変な様子であった。
玄関の扉を開け、外に出てみると父親は手のひらの上で僕に対して別れの挨拶をした。
「ありがとうございました。これからお互い力を合わせて頑張っ」と言ったところで、僕はふっと息を吹きかけて、髪の毛たちを飛ばした。髪の毛たちは「きゃあ」だの「わあ」だの訳のわからない絶叫を残して夜の闇の中、夜風に運ばれてどこか遠くに飛ばされていった。
僕はその姿を見て、あはは、と笑った。そして、「良い風ですね」と母親の口真似をして更に笑ったのである。部屋の中からはヤカンが発狂したように鳴き続けていた。

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