ここ数年、夢の中でヒットが打てない。
野球を習い始めた小学生の頃から現在に至るまで、私は何の因果か夢の中で打席に立たされていることがある。その夢は日々の睡眠の中で唐突に現れ、満員の観客がいるスタジアムの中で打席に立つ自分が、ピッチャーと一打席の勝負をするという不思議な夢。実際、野球を辞めてから随分と経つのにも関わらず、何故未だにそのような夢を見るのかはわからないが、私は見えざる存在に何かしらの期待を持って打席に立たせてもらっているのは確かなのだと思う。
初めてその夢を見た小学生の時、私はホームランを放った。とんでもなくでかい図体をした ピッチャーが投じたストレートをうまく捉え、打球を場外まで飛ばした。夢から醒めた時、あまりに嬉しくて母親にその夢のことを話したのを覚えている。そしてその後も夢を見るたびにファミスタのような軽いノリでホームランを量産した私であるが、自らが高校生になったあたりになると急激なスランプに陥った。バットを振ると自分だけスローモーションになって三振を喫したり、打球を放って一塁まで走っている途中に四肢が取れてアウトになったりした。そして、大学2年生の時に見逃し三振を喫してからこの夢を見る回数が極端に減少。そこからは数年に一回くらいお情けのように打席が与えられるようになったが、そこでもヒットを打つことができなかった。結果的に生涯打率は落ち込み、現在の打率は25分ほどになっている。現実を超越しているはずの夢の世界で25分。その結果は大いに不服であるし、このままの調子では夢の中の自分は戦力外としてチームを解雇されることも考えられる。
私は1人の観客として今後もこの打席を楽しみたいと思っている。そのため、夢の中の自分にもなんとか奮起を期待しているところであるが、夢の中の私はどうも危機感を持っているように見えないのである。実際、打席以外の夢の中での私は、素振りや走り込みをするわけでもなく、未だに高級車に乗ってヘラヘラしていたり、九州くらいの大きさのステーキに舌鼓を打っていたり、巨乳の女の子と遊んでいたりする。こういう正念場に努力を行わないのは現実の私そっくりだと思う。幸い、夢の中の私には、奥さんや小さな子供がいる訳ではないので、所属チームを解雇されたとしても家庭が崩壊することはない。ただ、戦力外通告を受けて職にあぶれた夢の中の私は間違いなくひもじい生活を余儀なくされるだろう。乗り回している高級車や住んでいる住宅のローンを払えず、売り払い、世の中を呪詛している様子が目に浮かぶ。私としてもせっかく眠りについたのに、自らが野草を食べている夢や物乞いをしている夢、ハローワークに通っている夢は見たくない。夢のある夢が見たいと思う。
そんな不安を抱いている折、先週の土曜日のことである。実に2年ぶりに私が打席に立つ夢を見たのであった。やや緊張した様子で打席に入っていた私は、黒人のピッチャーと対峙し、その初球、私は内野側観客席に飛び込もうかというファールフライを放った。すると、その打球をどこぞかから飛んで来た鳥がくわえ、そのまま外野席の向こうまで運んでいった。場外ホームラン。夢の中の私は一瞬戸惑ったのち、大喜びをしてダイヤモンドを回り始めた。
目が覚めて私は、あれほど欲しかった結果を手にしたことに安堵した。この様子だと、きっと近いうちに打席がまわってくるだろう。ただ、その時にまた結果を出せなければその先の保証はない。そのため彼には今後もヒットが打てるように地道な努力を重ねて欲しいと切に願うのだが、ホームランを放った次の日、夢の中で見かけた彼は、知らんおっさんに怒鳴られながらシチューを煮込み続けていた。