先日、テレビを見ていればグルメ番組がやっていた。それは様々な名店の料理が次々に紹介され、スタジオにいる芸能人たちが審査員となりそれらを試食。最終的には投票によってその日の1番を決めるという類のものであった。テーマは「ハンバーグ」。一度は耳にしたことのあるような名店のハンバーグが続々と現れ、見ている私の食欲は多分にそそられたのであるが、その中で気になったことが1つあった。それは「合いの手」。ゲストとして呼ばれていたタレント達がスタジオで調理される過程のハンバーグに対して、「いかにも」な顔を浮かべながら
「うわ~」
「やば~い」
と白々しく叫んでいるのである。しかもそうした合いの手は一度や二度ではなく、例えば、ハンバーグをフライパンで焼いている音を聴けば
「うわ~」
「やば~い」
ハンバーグにデミグラスソースをかければ
「うわ~」
「やば~い」
ハンバーグをナイフで切り、肉汁が溢れだす様子を眺めては
「うわ~」
「やば~い」
実際に食べてみれば…。
と言った調子で非常に代り映えのない合いの手を永遠と繰り返しているのである。私は聴いているうち次第にげんなりしてしまい、そのうち頭を抱えたのである。
「合いの手のレベルの低さがこのハンバーグの舞台を台無しにしている」
歌舞伎の世界では、演技中の役者に対して声を掛ける観客のことを「大向こう」と言う。「成田屋!」、「中村屋!」、「日本一!」などと叫ぶのが有名であるが、この「大向こう」にはその場に適した言葉のチョイス、タイミング、声量など様々な観点においてセンスが要求され、誰でもできるような芸当ではない。しかしながら、その中でうまく声かけをすることによって「演者」と「観客」との間にグルーヴ感を創出し、それが素晴らしい舞台を作り上げることに寄与するのである。つまりは「大向こう」の出来次第によって舞台の出来は変わるのであり、逆に言えば彼らの存在なくしては歌舞伎を語ることはできないのである。
その観点で考えると、この番組のスタジオに呼ばれた芸能人たちはハンバーグの「大向こう」を担っていると言えるのだが、残念なことに彼らのセンスは乏しく
「うわ~」
「やば~い」
としか言うことができないため、場の空気感を白けさせてしまっている。彼らに求められていることは、歌舞伎鑑賞のように調理途中のハンバーグに対して威勢の良い声を掛けること。例えば、熱したフライパンに合挽肉を載せた瞬間に「じゅう」という焼き音が聞こえれば
「待ってました!」
「たっぷり!たっぷり!」
と声を掛ける必要があり、その掛け声が「ハンバーグ」と「私たち」との間にグルーヴ感を創出。それが結果として素晴らしいハンバーグの舞台に繋がるのである。
ハンバーグ鑑賞の玄人である私からすると、そもそも彼らはハンバーグ鑑賞の仕方を良く分かっていないように思える。色々と言いたいことはあるが、この番組を見ていて私が特に気になった場面はハンバーグから肉汁が溢れだす場面。ここはハンバーグの舞台においてクライマックス最大の見せ場である。胴体を切られたハンバーグから悲しげに肉汁が溢れだした瞬間、私たちの脳裏にはそれまで元気であったハンバーグの姿が走馬灯のように浮かび、そのせつなすぎるラストに自然と涙が溢れだす。ただ、この場面は肉汁を出すタイミングが非常に難しく、技術のないハンバーグだと切られてからなかなか肉汁を出すことができずに佇んでいたり、逆に調節が効かず、切られた瞬間にスプラッターな肉汁を噴出してしまうものもいる。しかしそんな中、テレビに紹介されていたハンバーグ達は卓越した演技によってじんわりと肉汁を出すことに成功していた。まさに名人芸。じっとその瞬間を見つめていた私は肉汁を溢れ出た瞬間、涙を抑えることができず
「やっぱりあんたが日本一!」
とテレビに向かって叫んでいた。
結局、どこのハンバーグが優勝したのかもよく覚えていないが、その番組が終わると私はおもむろに立ち上がり小鍋に水を張るとコンロに火を付けた。夢の時間は終わり。現実のハンバーグを食べようと思ったのである。沸騰した水に市販の冷凍のハンバーグをパウチされたままぶち込むと、推奨時間通りに湯煎。そして、解凍したハンバーグをお皿に盛り付けた私はまんじりともせずハンバークを見つめていた。試しにハンバーグの胴体を箸で切ってみたが断面から肉汁などは出てくる訳もなかった。
「技術のあるハンバーグが食いてえ」
呟く私の姿、掛ける言葉が見当たらない。