2007年12月03日

疑似科学

この雨が終わったら冬ですかね?

疑似科学という言葉があります。
これに対して研究者はどういう態度をとるべきでしょうか?
僕なりの考えを言うと、
まず科学とはなんだろうか?って考えると
1.主張する現象が直接的あるいは間接的に客観的に捉えることができる。
2.さらにその事実を定量できる。
3.その上で、その事実を再現(追試)できる。

最低限、この3つは必要ではないかと思います。
では、例え話でなんですが、こういう場合はどうでしょう?
ある人が裏山で採取した草を手に包んで、’その人が主張する’自分の’パワー’を加えて癌患者に飲ませたら癌が治ると主張したとします。
この場合、癌が治ったという事実は捉えることができます。さらにどれぐらいの量、期間、草を与えればどれぐらい癌が小さくなるかという定量もできます。また再現も可能でしょう。
つまり一見すると科学ですが、そこに’自分のパワー’とか、ちょっと怪しげな要素が加わります。
こういうのを疑似科学と言っているんだと思います。

研究者の中には、「そんなのインチキだ、疑似科学だ」といった主張しかしない人がいることも事実です。
僕はそれは非常に器の小さいことだと思っています。
研究者の立場であれば、「癌が治った」という事実が本当かどうか?医療機関で他の治療を並行して行っているか?を調べるべきだし、草そのものの成分、またその’パワー注入’の前後の草の成分の変化を調べるべきだと考えています。

相手の説明の仕方で、「その言葉の使い方は間違っている」、「見当違いな説明をしている」っていうのと、「実際に目の前で起こっている現象」は分けて考えるべきです。たんに説明が間違っているだけで、事実は正しいのであれば、そこにはなんらかのメカニズム(因果関係)があるわけで、それを補って説明するのが研究者のとるべき態度だと思うのですが。

「そんなの疑似科学だ」って主張するだけなら研究者じゃなくてもできるでしょって思うんですが。
あ、これは別に特定の誰かに対して言ってるわけじゃないですよ、念のため(笑)?



another_insight at 14:37│Comments(0)TrackBack(0)

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