2012年02月10日
Scene 325 [ビーンズドーム]
屋外に出てまず一言。
「寒〜い!」
ここで何回口走った事か。
と、そこに車が数台滑り込んで来た。
「選手だ」
車から竹内映二監督、岩渕聡コーチ、錦織圭選手、添田豪選手、伊藤竜馬選手、杉田祐一選手といったチームJAPANの面々が下りて来た。
前夜あるレセプションで久々に会った、古い友人のフェド杯監督が、「先週から今週末迄ずっとビーンズドームですよ」と言った時の充実した表情を思い出す。
楽しみだ。
やってくれるだろう。
新神戸から16km。
東京で言えば新宿から小金井公園って感じか。
新宿から有明迄が10kmだから、ビーンズドームがある三木総合防災公園は街中から遠い。
南京町から新神戸迄乗ったタクシーの運ちゃんは、ビーンズドームも三木総合防災公園も知らなかった。
収容人数は1,500人。
今回は増設して2,100人とのことだが、設営中のコートに降り立つと選手と観客の距離がタイトなのがわかる。
ここ迄足を運ぶ観客。
そしてこの距離感。
だからこそのマジックが必ず生まれる。
オープニングマッチ。
添田選手が2セットダウンから捲り出した。
「寒〜い!」
ここで何回口走った事か。
と、そこに車が数台滑り込んで来た。
「選手だ」
車から竹内映二監督、岩渕聡コーチ、錦織圭選手、添田豪選手、伊藤竜馬選手、杉田祐一選手といったチームJAPANの面々が下りて来た。
前夜あるレセプションで久々に会った、古い友人のフェド杯監督が、「先週から今週末迄ずっとビーンズドームですよ」と言った時の充実した表情を思い出す。
楽しみだ。
やってくれるだろう。
新神戸から16km。
東京で言えば新宿から小金井公園って感じか。
新宿から有明迄が10kmだから、ビーンズドームがある三木総合防災公園は街中から遠い。
南京町から新神戸迄乗ったタクシーの運ちゃんは、ビーンズドームも三木総合防災公園も知らなかった。
収容人数は1,500人。
今回は増設して2,100人とのことだが、設営中のコートに降り立つと選手と観客の距離がタイトなのがわかる。
ここ迄足を運ぶ観客。
そしてこの距離感。
だからこそのマジックが必ず生まれる。
オープニングマッチ。
添田選手が2セットダウンから捲り出した。
2012年01月25日
Scene 324 [ワガママ]
錦織圭選手の全豪3R。
お互いリアルタイムで観たかった娘と何回もレコーダーの予約を確認してから新宿へ。
新宿ピカデリー。
夜な夜なここの前で靖国通りを渡って、ゴールデン街へと遊歩道に入る。
遊歩道半ばのトイレは確か“新宿鮫”でクスリの取引先場所になってた。
そんな場所を見下ろす9階で観た映画は“怪物くん”。
いつもは恋人達や酔客を避けて足早に通り抜ける場所で、真っ昼間に3Dメガネをかけてスクリーンを眺めるというなかなかシュールなシチュエーション。
「ワガママとは自分の信念を貫くこと」
「そのワガママを貫くには強い力と周囲の人達への強い責任感がいる」
そう来たか。
映画を観た安直なお涙頂戴のセミナー講師クン、すぐにパクるなよ。
出所はすぐにバレるぜ。
iPhoneの全豪アプリで錦織選手の勝利を確認して一安心して帰宅。
ペプシでミニたい焼きをパクつきながらVTR観戦。
錦織選手も“ワガママ”だ。
正しくは“ワレガママ”か。
一時期オリンピック各種目で日本代表が無責任に浴びせられていた言葉。
“勝負弱さ”や、“過剰な迄の責任感によるプレッシャーの増幅”は微塵もない。
先行されても逆境に風穴を開け、相手をねじ伏せて行くフォアハンド。
カッコいい。
そして俺は相変わらず、“ままよ”と“なすがまま”。
続いて「パパがキュウリ」とは言わないのだけが救いだ。
“枯れたビルが街を舞う季節 お前は何が欲しかった 無いものねだり 都合のいい我儘だけじゃ 今日という日は最悪だ”
MacBookPro13にイヤフォンを差し込んでSIONの“ブーメラン”を聴いてみる。
TVの画面では、相変わらずのGUTSでヒューイットがコートを走り回ってる。
お互いリアルタイムで観たかった娘と何回もレコーダーの予約を確認してから新宿へ。
新宿ピカデリー。
夜な夜なここの前で靖国通りを渡って、ゴールデン街へと遊歩道に入る。
遊歩道半ばのトイレは確か“新宿鮫”でクスリの取引先場所になってた。
そんな場所を見下ろす9階で観た映画は“怪物くん”。
いつもは恋人達や酔客を避けて足早に通り抜ける場所で、真っ昼間に3Dメガネをかけてスクリーンを眺めるというなかなかシュールなシチュエーション。
「ワガママとは自分の信念を貫くこと」
「そのワガママを貫くには強い力と周囲の人達への強い責任感がいる」
そう来たか。
映画を観た安直なお涙頂戴のセミナー講師クン、すぐにパクるなよ。
出所はすぐにバレるぜ。
iPhoneの全豪アプリで錦織選手の勝利を確認して一安心して帰宅。
ペプシでミニたい焼きをパクつきながらVTR観戦。
錦織選手も“ワガママ”だ。
正しくは“ワレガママ”か。
一時期オリンピック各種目で日本代表が無責任に浴びせられていた言葉。
“勝負弱さ”や、“過剰な迄の責任感によるプレッシャーの増幅”は微塵もない。
先行されても逆境に風穴を開け、相手をねじ伏せて行くフォアハンド。
カッコいい。
そして俺は相変わらず、“ままよ”と“なすがまま”。
続いて「パパがキュウリ」とは言わないのだけが救いだ。
“枯れたビルが街を舞う季節 お前は何が欲しかった 無いものねだり 都合のいい我儘だけじゃ 今日という日は最悪だ”
MacBookPro13にイヤフォンを差し込んでSIONの“ブーメラン”を聴いてみる。
TVの画面では、相変わらずのGUTSでヒューイットがコートを走り回ってる。
2012年01月10日
Scene 323 [嵐の季節]
「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」、「スティーブ・ジョブズ名言録」と2冊一緒に買って来て読んでる。
「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」は、みうらじゅんとリリー・フランキーが呑みながら何回か対談したもので、「スティーブ・ジョブズ名言録」はもはやビジネスマン必読みたいな感じ。
対照的な気もするがこれが同じテイスト。
グループ魂とマルモのおきてみたいなもんか。
それは置いておいて、どちらも諦観と悟りが漂うんだが、共通のキーワードはボブ・ディラン。
まあこれ以上はウンチク君になるんで、ここまでにしとこう。
1979年から1980年に行く時は焦燥感からワクワクした。
1989年から1990年は何か重苦しかった。
1999年から2000年は漠然とした不安があった。
2009年から2010年は日々の暮らしの一喜一憂で何も覚えていない。
で、今はこう感じてる。
仲間内でモメてられる程甘い時代じゃない。
まして内輪受けを他人に晒したりなんて冗談じゃない。
チーム内で虚勢を張ったり、保身に走ったり。
シリアスに見せようとしながらもチープな出来の連続ドラマの典型。
本人も大変だろうが、周りはもっと大変だ。
ダブルスでミスる度にペアに大袈裟に謝る選手を見ると疲れる。
相手ペアから見た自分達の脆さ、醜さに気付かない愚かさ。
二人で一つなんだぜ。
“答えはいつでも風の中”とディランは唄う。
そして“やらなきゃいけないことをやるだけだ。だからうまく行くんだ”とも唄う。
更に“あの頃の僕は老けていて今の方がずっと若い”とも。
俺の頭の中にはフェンダーのストラトの、フランジャーがかかったギターリフが聴こえて来る。
“そうさコートのえりを立て じっと風をやり過ごせ みんなこぶしを握りしめ じっと雨をやり過ごせ”
そう、“いまは嵐の季節”。
一緒に行こうぜ。
「どうやらオレたち、いずれ死ぬっつーじゃないですか」は、みうらじゅんとリリー・フランキーが呑みながら何回か対談したもので、「スティーブ・ジョブズ名言録」はもはやビジネスマン必読みたいな感じ。
対照的な気もするがこれが同じテイスト。
グループ魂とマルモのおきてみたいなもんか。
それは置いておいて、どちらも諦観と悟りが漂うんだが、共通のキーワードはボブ・ディラン。
まあこれ以上はウンチク君になるんで、ここまでにしとこう。
1979年から1980年に行く時は焦燥感からワクワクした。
1989年から1990年は何か重苦しかった。
1999年から2000年は漠然とした不安があった。
2009年から2010年は日々の暮らしの一喜一憂で何も覚えていない。
で、今はこう感じてる。
仲間内でモメてられる程甘い時代じゃない。
まして内輪受けを他人に晒したりなんて冗談じゃない。
チーム内で虚勢を張ったり、保身に走ったり。
シリアスに見せようとしながらもチープな出来の連続ドラマの典型。
本人も大変だろうが、周りはもっと大変だ。
ダブルスでミスる度にペアに大袈裟に謝る選手を見ると疲れる。
相手ペアから見た自分達の脆さ、醜さに気付かない愚かさ。
二人で一つなんだぜ。
“答えはいつでも風の中”とディランは唄う。
そして“やらなきゃいけないことをやるだけだ。だからうまく行くんだ”とも唄う。
更に“あの頃の僕は老けていて今の方がずっと若い”とも。
俺の頭の中にはフェンダーのストラトの、フランジャーがかかったギターリフが聴こえて来る。
“そうさコートのえりを立て じっと風をやり過ごせ みんなこぶしを握りしめ じっと雨をやり過ごせ”
そう、“いまは嵐の季節”。
一緒に行こうぜ。
2011年12月25日
Scene 322 [Tennis Must Go On!]
四谷での打合せ。
昼飯はまだで時間もあるからと、四谷見附の交差点にある箱根そばへ。
四ツ谷口を出てゆるやかなスロープを上がりながら、なかなか上手く導いてやれない男の事を考えていたら胸が痛くなった。
比喩でなく、結構痛くて、小学校の身体検査ではいつも「心音不順」というゴム印が押されていたこと、高校時代に肋間神経痛になった事を思い出した。
周りの人達には悟られない様に、何度か胸を張って肩甲骨を寄せて、痛みを和らげようと試みる。
不安な気持ちで信号が変わるのを待ち、青になって横断歩道を渡り終えた頃には何とか痛みは消え失せた。
今春上石神井にオープンしたインドアテニススクールに良く顔を出す様になってから、やたら聴く様になった歌がある。
愛奴の“恋の西武新宿線”。
浜田省吾の「君が人生の時・・・」という1979年のアルバムにも入っているナンバー。
「君が人生の時・・・」の1曲目は“風を感じて”と聞けば、「ああっ、あの頃ね」と言う人も多いだろう。
と言ってもガキの頃は、(何かカッコ悪いジャケット写真だなあ)と聴く事も手に取る事もなく、今年に入るまで一回も聴いた事がなかった。
おまけに中央線沿線に住んでいたから、西武新宿線は全く利用した事がなく、(“恋の西武新宿線”?)と、イメージが全くわかず、興味もなかった。
それが西武新宿線沿線に住む様になってもう20年以上経つ。
そして今年のある日。
唐突に聴きたくなり、探したら愛奴ヴァージョンがあるのを知り、気に入ったと言う訳だ。
昨日のクリスマスイヴ。
スキー教室に行ってる反抗期のクソガキがいない4日間をのんびり過ごし、そろそろ奴が帰って来るかなという頃、カーオーディオのTVから「西武新宿線脱線事故。怪我人無し」と速報。
「これは足止めだね。迎えに行かなきゃ!」と家人。
俺は上石神井のインドアテニススクールにCall。
今朝。
何事もなかったかの様に西武新宿線は動いていて、誰も昨日の話はしない。
胸もちっとも痛くない。
むしろ調子がいい方だろう。
そんなもんだ。
こうやってずっと世の流れは続いて行くし、続いて来た。
だからこそ、今強く想う。
Tennis Must Go On!
昼飯はまだで時間もあるからと、四谷見附の交差点にある箱根そばへ。
四ツ谷口を出てゆるやかなスロープを上がりながら、なかなか上手く導いてやれない男の事を考えていたら胸が痛くなった。
比喩でなく、結構痛くて、小学校の身体検査ではいつも「心音不順」というゴム印が押されていたこと、高校時代に肋間神経痛になった事を思い出した。
周りの人達には悟られない様に、何度か胸を張って肩甲骨を寄せて、痛みを和らげようと試みる。
不安な気持ちで信号が変わるのを待ち、青になって横断歩道を渡り終えた頃には何とか痛みは消え失せた。
今春上石神井にオープンしたインドアテニススクールに良く顔を出す様になってから、やたら聴く様になった歌がある。
愛奴の“恋の西武新宿線”。
浜田省吾の「君が人生の時・・・」という1979年のアルバムにも入っているナンバー。
「君が人生の時・・・」の1曲目は“風を感じて”と聞けば、「ああっ、あの頃ね」と言う人も多いだろう。
と言ってもガキの頃は、(何かカッコ悪いジャケット写真だなあ)と聴く事も手に取る事もなく、今年に入るまで一回も聴いた事がなかった。
おまけに中央線沿線に住んでいたから、西武新宿線は全く利用した事がなく、(“恋の西武新宿線”?)と、イメージが全くわかず、興味もなかった。
それが西武新宿線沿線に住む様になってもう20年以上経つ。
そして今年のある日。
唐突に聴きたくなり、探したら愛奴ヴァージョンがあるのを知り、気に入ったと言う訳だ。
昨日のクリスマスイヴ。
スキー教室に行ってる反抗期のクソガキがいない4日間をのんびり過ごし、そろそろ奴が帰って来るかなという頃、カーオーディオのTVから「西武新宿線脱線事故。怪我人無し」と速報。
「これは足止めだね。迎えに行かなきゃ!」と家人。
俺は上石神井のインドアテニススクールにCall。
今朝。
何事もなかったかの様に西武新宿線は動いていて、誰も昨日の話はしない。
胸もちっとも痛くない。
むしろ調子がいい方だろう。
そんなもんだ。
こうやってずっと世の流れは続いて行くし、続いて来た。
だからこそ、今強く想う。
Tennis Must Go On!
2011年12月10日
Scene 321 [一人]
12/7。
唐突に「傷だらけの天使」のラストシーンでかかった「一人」が聴きたくなった。
iTunesにはなく、YouTubeでPlayback。
tu tu tu tu tu 誰も
tu tu tu tu tu いない
tu tu tu tu tu 一人だけでただ歩く
これぞ井上尭之というサウンド。
書込みを見て、唄っていたのがゴールデンカップスのデイブ・平尾だと初めて知る。
すぐに先日亡くなった同じくゴールデンカップスの柳ジョージを想う。
“傷天”はリアルタイムではなく再放送で良く見た。
オフィスの側。
代々木の駅前にはまだ“あのペントハウス"が乗っかったビルがある。
12/9。
有明でのイベントの前乗りでビッグサイト側のホテルに前泊。
この1週間で5日間は一緒のメンツで軽く呑んだ後、ホテルの部屋に独り。
(あっ、ジョン聴かなきゃ)と思いつつ結局眠りに落ちた。
12/10。
144組、千数百名が有明の48面を使うイベントの二日目。
試合の合間の佐藤博康、岩渕聡、田中麻梨、岡田上千晶のプロ4名によるエキシビ、プロチャレ&クリニック。
誠実かつサービス満点のプレー。
Cコートの運営本部には「友達から人が足りないってメールが来て……」と、先日の全日本ミックス優勝の田中麻梨選手と決勝で相対した片山翔選手がいた。
総合本部も彼が単なる一運営スタッフとして来てるとは露知らず、プロイベントに急遽駆り出し。
何なんだ、このイベントは!?
打上げに出たい気持ちを抑えて寝込んでる家人の為に駅へ。
有明に電車で来て呑まないのは初めてか?
りんかい線車中でiPhoneでGoogleニュースをチェック。
“(速報)役所広司が市川さん偲び「東京の兄」”
(えっ!?)とチェックしたらやっぱり市川森一氏の訃報。
ハードカバーの「傷だらけの天使」の表紙の緑っぽい絵が頭に浮かぶ。
tu tu tu tu tu 誰も
tu tu tu tu tu いない
tu tu tu tu tu 一人だけでただ唄う
今夜、家に着いて家族が寝静まってから1980年12月9日、
武道館の甲斐バンド「100万$ナイト」を聴こう。
今夜のこのコンサートに来てくれた全ての人達と
それから
逝ってしまったジョン・レノンのために
すみずみまで届くようにやるからね続きを読む
唐突に「傷だらけの天使」のラストシーンでかかった「一人」が聴きたくなった。
iTunesにはなく、YouTubeでPlayback。
tu tu tu tu tu 誰も
tu tu tu tu tu いない
tu tu tu tu tu 一人だけでただ歩く
これぞ井上尭之というサウンド。
書込みを見て、唄っていたのがゴールデンカップスのデイブ・平尾だと初めて知る。
すぐに先日亡くなった同じくゴールデンカップスの柳ジョージを想う。
“傷天”はリアルタイムではなく再放送で良く見た。
オフィスの側。
代々木の駅前にはまだ“あのペントハウス"が乗っかったビルがある。
12/9。
有明でのイベントの前乗りでビッグサイト側のホテルに前泊。
この1週間で5日間は一緒のメンツで軽く呑んだ後、ホテルの部屋に独り。
(あっ、ジョン聴かなきゃ)と思いつつ結局眠りに落ちた。
12/10。
144組、千数百名が有明の48面を使うイベントの二日目。
試合の合間の佐藤博康、岩渕聡、田中麻梨、岡田上千晶のプロ4名によるエキシビ、プロチャレ&クリニック。
誠実かつサービス満点のプレー。
Cコートの運営本部には「友達から人が足りないってメールが来て……」と、先日の全日本ミックス優勝の田中麻梨選手と決勝で相対した片山翔選手がいた。
総合本部も彼が単なる一運営スタッフとして来てるとは露知らず、プロイベントに急遽駆り出し。
何なんだ、このイベントは!?
打上げに出たい気持ちを抑えて寝込んでる家人の為に駅へ。
有明に電車で来て呑まないのは初めてか?
りんかい線車中でiPhoneでGoogleニュースをチェック。
“(速報)役所広司が市川さん偲び「東京の兄」”
(えっ!?)とチェックしたらやっぱり市川森一氏の訃報。
ハードカバーの「傷だらけの天使」の表紙の緑っぽい絵が頭に浮かぶ。
tu tu tu tu tu 誰も
tu tu tu tu tu いない
tu tu tu tu tu 一人だけでただ唄う
今夜、家に着いて家族が寝静まってから1980年12月9日、
武道館の甲斐バンド「100万$ナイト」を聴こう。
今夜のこのコンサートに来てくれた全ての人達と
それから
逝ってしまったジョン・レノンのために
すみずみまで届くようにやるからね続きを読む
2011年11月25日
Scene 320 [19回目の神経衰弱]
2011年1月末のWTAランキングは、
01位:C.ウォズニアッキ(デンマーク)
02位:K.クライシュテルス(ベルギー)
03位:V.ズボナレワ(ロシア)
04位:F.スキアボーネ(イタリア)
05位:S.ストーサー(オーストラリア)
06位:V.ウィリアムズ(アメリカ)
07位:N.リー(中国)
08位:J.ヤンコビッチ(セルビア)
09位:V.アザレンカ(ベラルーシ)
10位:A.ラドワンスカ(ポーランド)
全員が違う国籍だ。
ジュスティーヌ・エナンが引退した。
28才。
167cmの小柄な身体から繰り出される圧巻のバックハンド。
同じく片手バックハンドの女子プレイヤーと言えば、フランチェスカ・スキアボーネ。
彼女も身長は166cmと女子ツアー選手の中では小柄。
昨年のフレンチを制した時は29才で、今30才。
……
以上は今年の2月に書きかけたままにしていたもの。
ここから先は、
“群雄割拠の中、30代間近で身長160cmの選手がしかも片手バックハンドで”
何だかんだと書こうとした気もするが、まあそれはいい。
珍しく空いてる小田急線で開いたiPadで、こいつと再会した事に意味があるんだと考えよう。
さて、2011年11月中旬のWTAランキングはこうなっている。
01位:C.ウォズニアッキ(デンマーク)
02位:P.クビトバ(チェコ)
03位:V.アザレンカ(ベラルーシ)
04位:M.シャラポア(ロシア)
05位:N.リー(中国)
06位:S.ストーサー(オーストラリア)
07位:V.ズボナレワ(ロシア)
08位:A.ラドワンスカ(ポーランド)
09位:M.バルトリ(フランス)
10位:A.ペトコビッチ(ドイツ)
又しても見事に全員違う国籍。
練習のベースは似たり寄ったりなのかも知れないが、やっぱりこれは面白い。
日本のどこかの町からヒロインが出て来てもおかしくない気がして来る。
う〜む、でもこうしてランキングを見比べながら彼女達の事を思うと、“19th Nervous Breakdown”が聴きたくなってなって来た。
束の間のオフでリラックスしてほしい。
01位:C.ウォズニアッキ(デンマーク)
02位:K.クライシュテルス(ベルギー)
03位:V.ズボナレワ(ロシア)
04位:F.スキアボーネ(イタリア)
05位:S.ストーサー(オーストラリア)
06位:V.ウィリアムズ(アメリカ)
07位:N.リー(中国)
08位:J.ヤンコビッチ(セルビア)
09位:V.アザレンカ(ベラルーシ)
10位:A.ラドワンスカ(ポーランド)
全員が違う国籍だ。
ジュスティーヌ・エナンが引退した。
28才。
167cmの小柄な身体から繰り出される圧巻のバックハンド。
同じく片手バックハンドの女子プレイヤーと言えば、フランチェスカ・スキアボーネ。
彼女も身長は166cmと女子ツアー選手の中では小柄。
昨年のフレンチを制した時は29才で、今30才。
……
以上は今年の2月に書きかけたままにしていたもの。
ここから先は、
“群雄割拠の中、30代間近で身長160cmの選手がしかも片手バックハンドで”
何だかんだと書こうとした気もするが、まあそれはいい。
珍しく空いてる小田急線で開いたiPadで、こいつと再会した事に意味があるんだと考えよう。
さて、2011年11月中旬のWTAランキングはこうなっている。
01位:C.ウォズニアッキ(デンマーク)
02位:P.クビトバ(チェコ)
03位:V.アザレンカ(ベラルーシ)
04位:M.シャラポア(ロシア)
05位:N.リー(中国)
06位:S.ストーサー(オーストラリア)
07位:V.ズボナレワ(ロシア)
08位:A.ラドワンスカ(ポーランド)
09位:M.バルトリ(フランス)
10位:A.ペトコビッチ(ドイツ)
又しても見事に全員違う国籍。
練習のベースは似たり寄ったりなのかも知れないが、やっぱりこれは面白い。
日本のどこかの町からヒロインが出て来てもおかしくない気がして来る。
う〜む、でもこうしてランキングを見比べながら彼女達の事を思うと、“19th Nervous Breakdown”が聴きたくなってなって来た。
束の間のオフでリラックスしてほしい。
2011年11月12日
Scene 319 [小さい天使]
石川PAで吉野家の牛丼をかっ込んでいた時のこと。
ふと気付いたら周りの皆が俺の頭の上の方を見つめてる。
(うん?)と振り返ると、大画面ではスイス室内の錦織vsジョコビッチ戦の報道。
スポーツ紙朝刊トップにもなっていたからか、画面を指差しながら、「錦織が世界一位に勝ったのよ」とか、「ほらテニスの錦織だよ」と家族に教えてる人がいる。
中央道を調布から河口湖に向う車で、一度見えなくなった富士山が再び現れ、更に近くデカク見えて来た時と同じ位いい気分だ。
石川PAで休憩する数時間前。
須玉のジュニアトーナメント会場
雨で延々待たされて、小雨の中そこここで待ち切れずにボレーボレーをする選手達。
そのうちの一組のお父さんが、ボレーボレーしながら娘さんにこう言ってた。
「よし!3分つなごう!全国基準だと10分なんだよ!」
「本当?!」
「本当だよ!テニスの日なら認定証が出るんだよ」
横を通り過ぎる数秒間の出来事。
ワオッ!Grass Roots Movement!
「何かこの1週間テニス界盛り上がりましたよねえ」
最近余り見なくなった養老の瀧。
隣で呑んでいたコーチがボソッと言う。
「圭も凄かったですけど、あゆみも伊達さんに勝って10万$優勝して、愛ちゃんが結婚発表して」
代わり映えのしない毎日。
でもこうやって楽しみはある。
“こんな日差しの 射す朝に 悲しみに暮れて暮らすのは難しい どうやらまた 俺の小さい天使が えんやこらさっさと運んでくれた朝”SION/小さい天使
今朝も眠いし、ダルいけど……さてと行くか!続きを読む
ふと気付いたら周りの皆が俺の頭の上の方を見つめてる。
(うん?)と振り返ると、大画面ではスイス室内の錦織vsジョコビッチ戦の報道。
スポーツ紙朝刊トップにもなっていたからか、画面を指差しながら、「錦織が世界一位に勝ったのよ」とか、「ほらテニスの錦織だよ」と家族に教えてる人がいる。
中央道を調布から河口湖に向う車で、一度見えなくなった富士山が再び現れ、更に近くデカク見えて来た時と同じ位いい気分だ。
石川PAで休憩する数時間前。
須玉のジュニアトーナメント会場
雨で延々待たされて、小雨の中そこここで待ち切れずにボレーボレーをする選手達。
そのうちの一組のお父さんが、ボレーボレーしながら娘さんにこう言ってた。
「よし!3分つなごう!全国基準だと10分なんだよ!」
「本当?!」
「本当だよ!テニスの日なら認定証が出るんだよ」
横を通り過ぎる数秒間の出来事。
ワオッ!Grass Roots Movement!
「何かこの1週間テニス界盛り上がりましたよねえ」
最近余り見なくなった養老の瀧。
隣で呑んでいたコーチがボソッと言う。
「圭も凄かったですけど、あゆみも伊達さんに勝って10万$優勝して、愛ちゃんが結婚発表して」
代わり映えのしない毎日。
でもこうやって楽しみはある。
“こんな日差しの 射す朝に 悲しみに暮れて暮らすのは難しい どうやらまた 俺の小さい天使が えんやこらさっさと運んでくれた朝”SION/小さい天使
今朝も眠いし、ダルいけど……さてと行くか!続きを読む
2011年10月25日
Scene 318 [5555]
大勢で呑んだ翌日。
大抵独りで行きつけのバーで呑む。
乱痴気騒ぎが恋しいのか、はしゃぎ過ぎたバツの悪さか。
今夜はスライダーズの"はしゃぎすぎた夜はいつも 誰かを想ってる"というフレーズが聴きたくなり、"のら犬にさえなれない"を聴いてみる。
久々に聴いたら、ハリーは"遊びすぎた夜はいつも 誰かを想ってる"と唄ってた。
"うかれすぎた夜はいつも 背中にのしかかる"とも唄ってた。
う〜む、間違って覚えてたのか……。
混じっちゃったのかな。
まあいい。
大切なテニスの友人カップルの披露宴。
ドアタマのスピーチだったんで、思いつくままもマズイし、緊張しちゃう可能性もなくはないよなと一応喋る内容を考えといた。
と言っても原稿を書く訳はなく、絶対外しちゃいけないエピソードと他に幾つかのエピソードを頭の中に浮かべておいて、後はその時沸き起こる一番強い想いでしゃべる事にした。
で、大して緊張もせずいつも通りパーパーしゃべって終了。
「長いですよ〜!」
同席の後輩達が笑顔でクレーム。
長い?スピーチが長い?乾杯迄の時間を引き伸ばしたってこと?
わおっ、最低の男じゃん……。
「イントロの、結婚の挨拶とスピーチの依頼を受けた時にゴールデン街で松潤と出くわした話が余分だったかな?」
「あそこだけで3〜4分経ってましたね」
「……」
落ち込んだ足で新郎の”Daddy”に挨拶。
「いや〜やっぱいいねえ、才気走ってるよ。今のスピーチ最高!」
「長いってみんなが……」
「そんな事ないですよ。いつもカリスマって言ってるんですよ」と”Mamy”。
ちょっと救われて席に戻ったら、新郎本人のパフォーマンス、新婦のグッと来るスピーチ、”Daddy”の型破りの挨拶と続いて、しっかり影がかすんで助かった。
そうそう、失敗した自分を慰めようといろんな事を考えていたら、中1だか中2の時に親父と2人で出席した披露宴を思い出したよ。
あの時の親父も主賓のスピーチ。
挨拶もそこそこにいきなりハーモニカを勢い良く吹き始めた。
型破りで恥ずかしかったけど、首を斜めにかしげて足を踏み鳴らしてカッコ良かったな。
でも俺も調子に乗ってしゃべった割には、最後の締めが上手く行かなかったんだよなあ。
ちょっとここでケツだけしゃべり直しだ。
5555日目の2人へ
つらかった事は昔の事でも最近の事でも関係なく、一瞬で痛みが蘇って来て又俺達を刺すんだけど、楽しかった事の喜びってのはぼんやりと蘇って来るだけで、むしろ切なさって言う痛みを連れて来る時もある。
だからね、いつでも現状を楽しもう。
ずっと楽しい事が続く様にしよう。
あんた等が大好きです。
おめでとう。
大抵独りで行きつけのバーで呑む。
乱痴気騒ぎが恋しいのか、はしゃぎ過ぎたバツの悪さか。
今夜はスライダーズの"はしゃぎすぎた夜はいつも 誰かを想ってる"というフレーズが聴きたくなり、"のら犬にさえなれない"を聴いてみる。
久々に聴いたら、ハリーは"遊びすぎた夜はいつも 誰かを想ってる"と唄ってた。
"うかれすぎた夜はいつも 背中にのしかかる"とも唄ってた。
う〜む、間違って覚えてたのか……。
混じっちゃったのかな。
まあいい。
大切なテニスの友人カップルの披露宴。
ドアタマのスピーチだったんで、思いつくままもマズイし、緊張しちゃう可能性もなくはないよなと一応喋る内容を考えといた。
と言っても原稿を書く訳はなく、絶対外しちゃいけないエピソードと他に幾つかのエピソードを頭の中に浮かべておいて、後はその時沸き起こる一番強い想いでしゃべる事にした。
で、大して緊張もせずいつも通りパーパーしゃべって終了。
「長いですよ〜!」
同席の後輩達が笑顔でクレーム。
長い?スピーチが長い?乾杯迄の時間を引き伸ばしたってこと?
わおっ、最低の男じゃん……。
「イントロの、結婚の挨拶とスピーチの依頼を受けた時にゴールデン街で松潤と出くわした話が余分だったかな?」
「あそこだけで3〜4分経ってましたね」
「……」
落ち込んだ足で新郎の”Daddy”に挨拶。
「いや〜やっぱいいねえ、才気走ってるよ。今のスピーチ最高!」
「長いってみんなが……」
「そんな事ないですよ。いつもカリスマって言ってるんですよ」と”Mamy”。
ちょっと救われて席に戻ったら、新郎本人のパフォーマンス、新婦のグッと来るスピーチ、”Daddy”の型破りの挨拶と続いて、しっかり影がかすんで助かった。
そうそう、失敗した自分を慰めようといろんな事を考えていたら、中1だか中2の時に親父と2人で出席した披露宴を思い出したよ。
あの時の親父も主賓のスピーチ。
挨拶もそこそこにいきなりハーモニカを勢い良く吹き始めた。
型破りで恥ずかしかったけど、首を斜めにかしげて足を踏み鳴らしてカッコ良かったな。
でも俺も調子に乗ってしゃべった割には、最後の締めが上手く行かなかったんだよなあ。
ちょっとここでケツだけしゃべり直しだ。
5555日目の2人へ
つらかった事は昔の事でも最近の事でも関係なく、一瞬で痛みが蘇って来て又俺達を刺すんだけど、楽しかった事の喜びってのはぼんやりと蘇って来るだけで、むしろ切なさって言う痛みを連れて来る時もある。
だからね、いつでも現状を楽しもう。
ずっと楽しい事が続く様にしよう。
あんた等が大好きです。
おめでとう。
2011年10月11日
Scene 317 [Sad Sad Sad]
25歳の"王者"に24歳の"挑戦者"が勝った。
25歳の"王者"は現在世界ランキング2位。
でも"元王者"と呼ぶ気にはまだなれない。
24歳の"挑戦者"の準決勝、決勝のプレーはもの凄いエンジンのデカさを感じさせた。
現在の世界ランキング1位も24歳。
今現在"元王者"と呼ばれる選手は30歳。
安易に「時代が変わった」とは言わないが、改めて厳しい世界なんだなとひしひし感じる。
振り返って世の中。
「The Times They Are A Changin'」どころか、相変わらずの打算と保身でパズルが動かない。
引きつった笑顔と指でいいからワンピース動かしてみないか?
10/6夜、AppleのHPのリンクからこんなメールを送った。
Sad Sad Sad.
But Please Rest.
Thank You Steve.
最初の"Sad Sad Sad"はSTONESの1989年のナンバーから。
俺のつたない英語力じゃこれが精一杯だよ。
Stay Hungry, Stay Foolish.
Steve Jobs 1955-2011
25歳の"王者"は現在世界ランキング2位。
でも"元王者"と呼ぶ気にはまだなれない。
24歳の"挑戦者"の準決勝、決勝のプレーはもの凄いエンジンのデカさを感じさせた。
現在の世界ランキング1位も24歳。
今現在"元王者"と呼ばれる選手は30歳。
安易に「時代が変わった」とは言わないが、改めて厳しい世界なんだなとひしひし感じる。
振り返って世の中。
「The Times They Are A Changin'」どころか、相変わらずの打算と保身でパズルが動かない。
引きつった笑顔と指でいいからワンピース動かしてみないか?
10/6夜、AppleのHPのリンクからこんなメールを送った。
Sad Sad Sad.
But Please Rest.
Thank You Steve.
最初の"Sad Sad Sad"はSTONESの1989年のナンバーから。
俺のつたない英語力じゃこれが精一杯だよ。
Stay Hungry, Stay Foolish.
Steve Jobs 1955-2011
2011年10月06日
Scene 316 [It's All Too Much]
「1回も再生された事がない曲」という括りのスマートプレイリスト。
「聴いた事がない」という訳じゃあなく、手持ちのCDからiTunesに放り込んでから「1回も再生された事がない曲」のプレイリスト。
気分がUpでもDownでもない時に良くチョイスしてシャッフルで聴く。
部屋の壁にもたれて足を投げ出してたら、MacBookProからいきなりノイジーなギター。
キーボードにクラップが入ったイントロがカッコいい。
最近のバンドの曲か?!と見たら、ビートルズの「Yellow Submarine」の中のジョージ・ハリスンのナンバー、"It's All Too Much"。
正直ビートルズは余り聴いて来てない。
持ってるアルバムは「Please Please Me」「Beatles For Sale」「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」「Yellow Submarine」「Let It Be」のみ。
その中で聴き込んだのは「Beatles For Sale」「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」だけで、それも彼等が解散して20年位は経ってからだ。
「Yellow Submarine」は、甲斐よしひろがプロデビューする際にバンド名を「Yellow Submarine」の中の"Pepperland"というインスト曲名にしようとしたが、反対されて甲斐バンドになったというエピソードから買って、それこそ"Pepperland"しか聴いてなかったのかもしれない。
で、"It's All Too Much"いい!
iPhone、iPad、車の中のiPodとどこでも聴きまくっている。
Whitesnakeの"Lie Down"と連チャンで聴くと最高だ。
良かったよ、iTunesがこの曲を気紛れで選んだ時にトイレとかに行ってなくて。
気付いていなかった魅力にハッとさせられる瞬間、唐突な運命的な出会い。
人生なんて殆どがそんなもんだが素敵だ。問題はその逆の方が多いって事なんだが。
デ杯インド戦勝利の扉をこじ開けた杉田祐一選手。
インド戦初日。
ビールも飲まずに応援したが、ああいうのを"けれんみの無いプレー"というんだろう。
胸を打たれた。酒を飲むと唾が飛ぶ勢いで日本テニス界の今後を熱く語る友人のコーチであれば、彼のここ迄の道のりや苦労も熟知しているんだろうなあと、自分がまだまだ上辺だけの人間なんだなと反省もした。でもこれも素敵な"気付き"だ。
試合後に呑み屋に向かう途中で話した関係者の「祐一は本当にハートがいい男」という言葉も良かった。
さっ、今日は東レPPOで又有明。
デ杯、テニスの日、東レPPO、ジャパンOP、全日本と、今秋は何回有明に行くんだろうか。
歌詞の内容はちょいとスポーツに合ってないが、"It's All Too Much"を聴きながら向かおう。
「聴いた事がない」という訳じゃあなく、手持ちのCDからiTunesに放り込んでから「1回も再生された事がない曲」のプレイリスト。
気分がUpでもDownでもない時に良くチョイスしてシャッフルで聴く。
部屋の壁にもたれて足を投げ出してたら、MacBookProからいきなりノイジーなギター。
キーボードにクラップが入ったイントロがカッコいい。
最近のバンドの曲か?!と見たら、ビートルズの「Yellow Submarine」の中のジョージ・ハリスンのナンバー、"It's All Too Much"。
正直ビートルズは余り聴いて来てない。
持ってるアルバムは「Please Please Me」「Beatles For Sale」「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」「Yellow Submarine」「Let It Be」のみ。
その中で聴き込んだのは「Beatles For Sale」「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」だけで、それも彼等が解散して20年位は経ってからだ。
「Yellow Submarine」は、甲斐よしひろがプロデビューする際にバンド名を「Yellow Submarine」の中の"Pepperland"というインスト曲名にしようとしたが、反対されて甲斐バンドになったというエピソードから買って、それこそ"Pepperland"しか聴いてなかったのかもしれない。
で、"It's All Too Much"いい!
iPhone、iPad、車の中のiPodとどこでも聴きまくっている。
Whitesnakeの"Lie Down"と連チャンで聴くと最高だ。
良かったよ、iTunesがこの曲を気紛れで選んだ時にトイレとかに行ってなくて。
気付いていなかった魅力にハッとさせられる瞬間、唐突な運命的な出会い。
人生なんて殆どがそんなもんだが素敵だ。問題はその逆の方が多いって事なんだが。
デ杯インド戦勝利の扉をこじ開けた杉田祐一選手。
インド戦初日。
ビールも飲まずに応援したが、ああいうのを"けれんみの無いプレー"というんだろう。
胸を打たれた。酒を飲むと唾が飛ぶ勢いで日本テニス界の今後を熱く語る友人のコーチであれば、彼のここ迄の道のりや苦労も熟知しているんだろうなあと、自分がまだまだ上辺だけの人間なんだなと反省もした。でもこれも素敵な"気付き"だ。
試合後に呑み屋に向かう途中で話した関係者の「祐一は本当にハートがいい男」という言葉も良かった。
さっ、今日は東レPPOで又有明。
デ杯、テニスの日、東レPPO、ジャパンOP、全日本と、今秋は何回有明に行くんだろうか。
歌詞の内容はちょいとスポーツに合ってないが、"It's All Too Much"を聴きながら向かおう。
2011年09月10日
Scene 315 [カムオン マッケンロー!]
最初に買ったのは回し読みの末に行方不明。
随分経ってからどうしても読みたくなって探したら既に廃本。
それでも諦めきれずに出版元に務めていた人に無理を言ったら、原本をコピーしたものをわざわざ製本してくれた。
それも又回し読みの末に誰かの本棚に入っちまって帰って来ない。
そして三冊目。
Amazonで拍子抜けする位安くGET。
もう門外不出だ。
”カムオン マッケンロー”
1986年の作品。
このエッセイは、旧ヤンキースタジアムの隣のインドアコートのラウンジで見たテニス新聞?の雨のタイムズスクエアを歩くマッケンローの写真と、この本にインスパイアされて始まった。
昨夜、全米オープンに刺激されてか、
「ほしいものがいつも手に入るとは限らない(ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント)」ってのは、オレの一番好きなストーンズのナンバーなんだ」
という部分を読み返したくなってパラパラめくっていると、村上龍氏の「テニスアーチスト マッケンロー」という後書きに目が止まった。
“テニスのシングルスは完璧な個人競技だ。
一対一の勝負であって、相手のミスも自分のポイントに数えられる。”
“テニスのシングルスは”という断り書きがいい。
(テニスをわかっているんだなあ……)とシンパシーを感じる。
その後は“人生が三回なければテニスは完璧にならない”というキング夫人の言葉が紹介され、“最盛期だった清原選手と70才を越えた元横綱が勝負しても、やはり70才を越えた元陸上短距離金メダリストと百メートル競争しても清原選手が勝つだろう、でもテニスにおいては70才を越えた元全日本チャンピオンの選手には清原選手は勝つことが出来ない”と、テニスという競技の特性をわかりやすく説明している。
この部分はこう結ばれる。
“テニスの技術はスポーツにというより言葉に似ている。その国の言葉を知らなければ会話が成立しないのと同じで、技術がなければテニスというゲームには参加できないのである。”
いいなあ、ここ。
テニスをする、知る事で感じるテニスの奥深さ、それ故の楽しさ。
あらゆるレベルのテニスプレイヤーが共有している「上達したい!」「強くなりたい!」というポジティヴな潜在意識を見事に表している。
最終的には今までのプレーレベルとプレーしたステージのランク、それに伴う経験と知識、そして当人の現在のテニス欲の掛け合わせで「テニスという言葉」の理解度が決まるんだろう。
最後の「テニス欲」。
これは大事だ。
特に目立った戦績がなくても誠実にレッスンに向かい合っているテニスコーチならば、その貪欲さで、
昔ジュニアで活躍していたって言うだけでふんぞり返っている大バカ野郎は吹き飛ばせるかもしれない。
勿論戦績、指導歴も素晴らしい者の大半は未だにテニス欲旺盛だが。
さて、「カムオン マッケンロー!」の読み直しだ。
随分経ってからどうしても読みたくなって探したら既に廃本。
それでも諦めきれずに出版元に務めていた人に無理を言ったら、原本をコピーしたものをわざわざ製本してくれた。
それも又回し読みの末に誰かの本棚に入っちまって帰って来ない。
そして三冊目。
Amazonで拍子抜けする位安くGET。
もう門外不出だ。
”カムオン マッケンロー”
1986年の作品。
このエッセイは、旧ヤンキースタジアムの隣のインドアコートのラウンジで見たテニス新聞?の雨のタイムズスクエアを歩くマッケンローの写真と、この本にインスパイアされて始まった。
昨夜、全米オープンに刺激されてか、
「ほしいものがいつも手に入るとは限らない(ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント)」ってのは、オレの一番好きなストーンズのナンバーなんだ」
という部分を読み返したくなってパラパラめくっていると、村上龍氏の「テニスアーチスト マッケンロー」という後書きに目が止まった。
“テニスのシングルスは完璧な個人競技だ。
一対一の勝負であって、相手のミスも自分のポイントに数えられる。”
“テニスのシングルスは”という断り書きがいい。
(テニスをわかっているんだなあ……)とシンパシーを感じる。
その後は“人生が三回なければテニスは完璧にならない”というキング夫人の言葉が紹介され、“最盛期だった清原選手と70才を越えた元横綱が勝負しても、やはり70才を越えた元陸上短距離金メダリストと百メートル競争しても清原選手が勝つだろう、でもテニスにおいては70才を越えた元全日本チャンピオンの選手には清原選手は勝つことが出来ない”と、テニスという競技の特性をわかりやすく説明している。
この部分はこう結ばれる。
“テニスの技術はスポーツにというより言葉に似ている。その国の言葉を知らなければ会話が成立しないのと同じで、技術がなければテニスというゲームには参加できないのである。”
いいなあ、ここ。
テニスをする、知る事で感じるテニスの奥深さ、それ故の楽しさ。
あらゆるレベルのテニスプレイヤーが共有している「上達したい!」「強くなりたい!」というポジティヴな潜在意識を見事に表している。
最終的には今までのプレーレベルとプレーしたステージのランク、それに伴う経験と知識、そして当人の現在のテニス欲の掛け合わせで「テニスという言葉」の理解度が決まるんだろう。
最後の「テニス欲」。
これは大事だ。
特に目立った戦績がなくても誠実にレッスンに向かい合っているテニスコーチならば、その貪欲さで、
昔ジュニアで活躍していたって言うだけでふんぞり返っている大バカ野郎は吹き飛ばせるかもしれない。
勿論戦績、指導歴も素晴らしい者の大半は未だにテニス欲旺盛だが。
さて、「カムオン マッケンロー!」の読み直しだ。
2011年08月25日
Scene 314 [微笑の法則]
母校の兄弟校が甲子園優勝。
(おっ!!)とはなったが複雑な気分。
母校は甲子園出場どころか、予選で上位進出するのもままならない。
俺等の頃は度々甲子園に出ていて、出れなくてもあと一歩って感じだったんだが。
これはテニス部も全く同じ。
毎年インターハイに行くのが当たり前だったのが、今じゃ見る影もない。
顧問の先生達は合宿にOBが来るのが嫌で、創部以来の宿を変えたらしい。
その顧問の先生がリーダーシップを発揮して生徒達を指導している様子は全くない。
野球部は相変わらず専用グラウンドを持っていて特別扱い。
テニス部は当初4面のうち軟式が3面使っていて、硬式が1面で中高一緒に練習していた。
その後軟式と2面づつになり、今じゃ軟式はなく硬式だけになり4面を使ってる。
それなのに……ってヤツだ。
ふと思う。
「公立中学校に硬式テニス部がないから〜」
それはそうなんだけど、あってもこれじゃなあ。
やっぱり人だ。
指導者云々の前にテニスに夢中なガキ共。
悪い遊びを覚えても最後はテニスに帰って来る悪ガキ共。
そしてそんなじゃじゃ馬を定点観測出来る理解ある指導者。
俺達が未だに抱き続けている“俺達の部活”イメージ。
そこにはやっぱり“人”がいた。
「テニス大好き!」
「テニス楽しい!」
その笑顔が、大きな壁を越えた後にもっと弾ける事を大人は知っている。
「強くなりたい!」
「負けたくない!」
そんな気持ちにしっかりと裏打ちをしてあげられる大人がコートには必要だ。
(おっ!!)とはなったが複雑な気分。
母校は甲子園出場どころか、予選で上位進出するのもままならない。
俺等の頃は度々甲子園に出ていて、出れなくてもあと一歩って感じだったんだが。
これはテニス部も全く同じ。
毎年インターハイに行くのが当たり前だったのが、今じゃ見る影もない。
顧問の先生達は合宿にOBが来るのが嫌で、創部以来の宿を変えたらしい。
その顧問の先生がリーダーシップを発揮して生徒達を指導している様子は全くない。
野球部は相変わらず専用グラウンドを持っていて特別扱い。
テニス部は当初4面のうち軟式が3面使っていて、硬式が1面で中高一緒に練習していた。
その後軟式と2面づつになり、今じゃ軟式はなく硬式だけになり4面を使ってる。
それなのに……ってヤツだ。
ふと思う。
「公立中学校に硬式テニス部がないから〜」
それはそうなんだけど、あってもこれじゃなあ。
やっぱり人だ。
指導者云々の前にテニスに夢中なガキ共。
悪い遊びを覚えても最後はテニスに帰って来る悪ガキ共。
そしてそんなじゃじゃ馬を定点観測出来る理解ある指導者。
俺達が未だに抱き続けている“俺達の部活”イメージ。
そこにはやっぱり“人”がいた。
「テニス大好き!」
「テニス楽しい!」
その笑顔が、大きな壁を越えた後にもっと弾ける事を大人は知っている。
「強くなりたい!」
「負けたくない!」
そんな気持ちにしっかりと裏打ちをしてあげられる大人がコートには必要だ。
2011年08月10日
Scene 313 [なんてったってアイドル]
アイドルに会った。
それも旧軽のど真ん中で。
追分茶屋で天ざるを流し込み、まだ夏の混雑が始まっていない中山道をのんびり走って、テニスコート通りの1回500円のパーキングに車を駐めた。
駐車場のおじさんに声をかける。
「安いね」
「明後日から700円だよ」
小径を抜けてメインストリートを下り出した時、こっちに向って来た3人組とすれ違う瞬間気付いて声をかけたら、「おおっ!」と固い握手。
お互い一人じゃないんで、殆ど立ち止まりもせず「じゃあ」と別れた。
「誰今の人?」
「テニススクールの先輩で小学生時代からずっとジュニアチャンピオンだった人」
「えっ?!そうなの。そんなに強かったの?」
「俺等とはレベルが違ったよ。本当の天才」
<旧軽で遭遇したよ>
と悪友にメールしたら
<まじ!?バックハンドスマッシュの打ち方聞いといて!>
と即返信。
一応こいつも全日本ジュニアのダブルスで優勝だか準優勝だかしてたはずだが。
実際とんでもなく強かったし、上手かったし、カッコ良かった。
スピンサーブなんて巨人の星の魔球みたいだった。
全国選抜団体で負けた相手校はインターハイ迄死ぬほどサウスポーのサーブ対策をしたらしい。
でもガキだった俺等にとって憧れだったのは、そのテニスセンスと匹敵する位のファッションセンス。
皆がお決まりのデカクて担ぐ事も出来ず手で持つしかないトーナメントバッグを使ってた時に、tauecheのデイパックに無造作にラケットを突っ込んで片方の肩で担ぐ姿。
Tシャツにジョギパンでの練習姿。
真冬のムートンのコート等々。
流石にムートンには手が出なかったが、まあ良く真似た。
考えてみれば一緒に朝まで呑んだのは約1年前。
この軽井沢でテニススクールのコーチが倒れたのを聞き、帰郷後に訃報に接し、駆けつけた通夜。
あれから1年か。
最近二軒目位になると何故か口をつく言葉は、
「キョンキョンに会いたい」
正直エアコンのCMでの”タオル巻き”と”ボクの女に手を出すな”位しか記憶にないんだが。
あっ、東京音楽祭で外タレが歌った後に、武道館のステージに上手から駆け上がり、”なんてったってアイドル”を歌う姿に度肝を抜かれたな。
あの時のステージに出るところを後ろから撮ってた絵は今でも覚えてる。
うん?”グーグーは猫である”も観たか。
バーカウンターを滑って来るのど飴の話もあるか。
でもファンには申し訳ないがそこまで。
強烈だったんだなあ、なんてったってアイドル。
今でもときめかしてくれる素敵な人達に乾杯。
それも旧軽のど真ん中で。
追分茶屋で天ざるを流し込み、まだ夏の混雑が始まっていない中山道をのんびり走って、テニスコート通りの1回500円のパーキングに車を駐めた。
駐車場のおじさんに声をかける。
「安いね」
「明後日から700円だよ」
小径を抜けてメインストリートを下り出した時、こっちに向って来た3人組とすれ違う瞬間気付いて声をかけたら、「おおっ!」と固い握手。
お互い一人じゃないんで、殆ど立ち止まりもせず「じゃあ」と別れた。
「誰今の人?」
「テニススクールの先輩で小学生時代からずっとジュニアチャンピオンだった人」
「えっ?!そうなの。そんなに強かったの?」
「俺等とはレベルが違ったよ。本当の天才」
<旧軽で遭遇したよ>
と悪友にメールしたら
<まじ!?バックハンドスマッシュの打ち方聞いといて!>
と即返信。
一応こいつも全日本ジュニアのダブルスで優勝だか準優勝だかしてたはずだが。
実際とんでもなく強かったし、上手かったし、カッコ良かった。
スピンサーブなんて巨人の星の魔球みたいだった。
全国選抜団体で負けた相手校はインターハイ迄死ぬほどサウスポーのサーブ対策をしたらしい。
でもガキだった俺等にとって憧れだったのは、そのテニスセンスと匹敵する位のファッションセンス。
皆がお決まりのデカクて担ぐ事も出来ず手で持つしかないトーナメントバッグを使ってた時に、tauecheのデイパックに無造作にラケットを突っ込んで片方の肩で担ぐ姿。
Tシャツにジョギパンでの練習姿。
真冬のムートンのコート等々。
流石にムートンには手が出なかったが、まあ良く真似た。
考えてみれば一緒に朝まで呑んだのは約1年前。
この軽井沢でテニススクールのコーチが倒れたのを聞き、帰郷後に訃報に接し、駆けつけた通夜。
あれから1年か。
最近二軒目位になると何故か口をつく言葉は、
「キョンキョンに会いたい」
正直エアコンのCMでの”タオル巻き”と”ボクの女に手を出すな”位しか記憶にないんだが。
あっ、東京音楽祭で外タレが歌った後に、武道館のステージに上手から駆け上がり、”なんてったってアイドル”を歌う姿に度肝を抜かれたな。
あの時のステージに出るところを後ろから撮ってた絵は今でも覚えてる。
うん?”グーグーは猫である”も観たか。
バーカウンターを滑って来るのど飴の話もあるか。
でもファンには申し訳ないがそこまで。
強烈だったんだなあ、なんてったってアイドル。
今でもときめかしてくれる素敵な人達に乾杯。
2011年07月25日
Scene 312 [Super-Heavy]
夏に計画停電があるだかないだかの話が出始めた頃。
「この夏停電とか節電とか練習量の確保が難しそうだから、コートのある田舎の一軒家借りて、ずっとジュニアの合宿やろうかと思ってさ」
「子供達は一週間単位とかで送り込みでコーチは常駐ってヤツね。昔あったなあ、そういうの」
「俺それで軽井沢行った」
「ねっ、いいでしょ?どっかいい場所ないかなあ」
それから数週間。
山梨で合宿開催決定。
やるなあ。
想いを形にしようと足掻く事が俺達の生業で、形に出来るのが才能がある奴って事だ。
まあどの世界でもそうだが、何もしてない時は何でも出来ると思い込み、いざ事が起きれば視線を外し、口を閉ざし、ひたすらやり過ごす野郎も多いが……。
ところで奴は俺の先輩で確か今年50's。
行動だけでなく見た目も若い。
プロテニスコーチはこうじゃなきゃ。
若い奴がラディカルでアグレッシヴなのは当たり前だ。
で、40越えてる"親父テニスコーチ"。
酸いも甘いも噛み分けて、世の中を良く知ってるんだから、もっと思い切ってやってみたらどうだい?
若い頃だったら度胸だけだったコーナリングも、
あのカーブなら……と確信持ってアクセルを踏み込めるだろ?
そうそう、明日はミック・ジャガーの68才の誕生日。
そのミックがデイヴ・スチュワート、ジョス・ストーン、ダミアン・マーリー、A.R.ラフマーンと新バンドを結成した。
Super-Heavy
本気なのか、シニカルなのか、バンド名に込められた意味を思わず深読みしそうになる。
その前にキースの機嫌が心配だがまあいい。
来年50周年を迎えるストーンズ。
揺るがないものは揺るがない。
Hey!ミック!
わかったよ、まだまだ足りないって事だよな。
「この夏停電とか節電とか練習量の確保が難しそうだから、コートのある田舎の一軒家借りて、ずっとジュニアの合宿やろうかと思ってさ」
「子供達は一週間単位とかで送り込みでコーチは常駐ってヤツね。昔あったなあ、そういうの」
「俺それで軽井沢行った」
「ねっ、いいでしょ?どっかいい場所ないかなあ」
それから数週間。
山梨で合宿開催決定。
やるなあ。
想いを形にしようと足掻く事が俺達の生業で、形に出来るのが才能がある奴って事だ。
まあどの世界でもそうだが、何もしてない時は何でも出来ると思い込み、いざ事が起きれば視線を外し、口を閉ざし、ひたすらやり過ごす野郎も多いが……。
ところで奴は俺の先輩で確か今年50's。
行動だけでなく見た目も若い。
プロテニスコーチはこうじゃなきゃ。
若い奴がラディカルでアグレッシヴなのは当たり前だ。
で、40越えてる"親父テニスコーチ"。
酸いも甘いも噛み分けて、世の中を良く知ってるんだから、もっと思い切ってやってみたらどうだい?
若い頃だったら度胸だけだったコーナリングも、
あのカーブなら……と確信持ってアクセルを踏み込めるだろ?
そうそう、明日はミック・ジャガーの68才の誕生日。
そのミックがデイヴ・スチュワート、ジョス・ストーン、ダミアン・マーリー、A.R.ラフマーンと新バンドを結成した。
Super-Heavy
本気なのか、シニカルなのか、バンド名に込められた意味を思わず深読みしそうになる。
その前にキースの機嫌が心配だがまあいい。
来年50周年を迎えるストーンズ。
揺るがないものは揺るがない。
Hey!ミック!
わかったよ、まだまだ足りないって事だよな。
2011年07月10日
Scene 311 [ハンドリング]
「両手離し出来る様になったよ。見てて」
強張った笑顔で、ちょっとフラついてるものの自転車は真っ直ぐ走ってる。
「両手離し出来る?」
「えっ?ああ〜出来るよ」
と言ったものの、両手を離す直前エラく緊張した。
フラついたものの何とか出来た。
威厳を見せ様と「こんな事もしてたなあ」と腕組みして走ったりもしたが、冷や冷やもん。
小4の娘はもっと上手くなるんだろうが、明日になれば両手離しやるなんて閃かないだろうこっちは、次の時に出来る出来ないじゃなくて、一生やらないかもだ。
闇雲に突っ走って来て、気付けば周りに人が増え、助けてもらったり、役割をシェアしたり、その結果自分の力が大きくなる。
「どうでもいいぜ」って顔ばかりして来た俺でさえそうだ。
新聞、テレビからは、「こいつはどこでどう間違ったのかねえ」と言いたくなる様な無様なハンドリングを見せる連中の話が毎日流れてる。
昨日今日の話じゃあない。
未来永劫こうなのか。
走り始めた頃、ふらつくハンドルをしっかり握ってペダルを漕ぐ。
加速して行き、余裕が出来て片手を離したり、両手を離したり。
でも上り坂に差し掛かれば又両手でハンドルを握って脚に力を込めなきゃだ。
仕事もそんなもんだろ。
誰かに任せたハンドルがブレればふらつく。
ふらついたら又ハンドルを握って力強くゆっくり漕ぎ出すだけだ。
その繰り返し。
選手の活躍や、沢山の笑顔。
手放しで喜べる時が何度も来る事を信じて……。
強張った笑顔で、ちょっとフラついてるものの自転車は真っ直ぐ走ってる。
「両手離し出来る?」
「えっ?ああ〜出来るよ」
と言ったものの、両手を離す直前エラく緊張した。
フラついたものの何とか出来た。
威厳を見せ様と「こんな事もしてたなあ」と腕組みして走ったりもしたが、冷や冷やもん。
小4の娘はもっと上手くなるんだろうが、明日になれば両手離しやるなんて閃かないだろうこっちは、次の時に出来る出来ないじゃなくて、一生やらないかもだ。
闇雲に突っ走って来て、気付けば周りに人が増え、助けてもらったり、役割をシェアしたり、その結果自分の力が大きくなる。
「どうでもいいぜ」って顔ばかりして来た俺でさえそうだ。
新聞、テレビからは、「こいつはどこでどう間違ったのかねえ」と言いたくなる様な無様なハンドリングを見せる連中の話が毎日流れてる。
昨日今日の話じゃあない。
未来永劫こうなのか。
走り始めた頃、ふらつくハンドルをしっかり握ってペダルを漕ぐ。
加速して行き、余裕が出来て片手を離したり、両手を離したり。
でも上り坂に差し掛かれば又両手でハンドルを握って脚に力を込めなきゃだ。
仕事もそんなもんだろ。
誰かに任せたハンドルがブレればふらつく。
ふらついたら又ハンドルを握って力強くゆっくり漕ぎ出すだけだ。
その繰り返し。
選手の活躍や、沢山の笑顔。
手放しで喜べる時が何度も来る事を信じて……。
2011年06月25日
Scene 310 [Inside of Wimbledon]
「水を得た魚でしたね」
トップ選手と世界を廻っていたツアーコーチの言葉。
「フレンチでテニス嫌いになる位身も心もズタボロになって、芝でのこの4週間は本当選手達にとっていい息抜きなんですよ」
ふ〜ん、インサイダーはそう見るわけね。
クルム伊達公子選手の熱闘後の会話。
そして昨夜西新宿の寿司屋。
「あのフォアハンドはいいでしょう!?」
「2回戦勝っていきなりあの赤いラケットが売れたとかあったんですか?」
「いやあれ7月発売なんですよ。見ますか?」
末席にいた若い営業マンが、黒、赤、青のラケット3本を取り出した。
いい。
持っただけで(おっ、これいいじゃん)と感じるラケットがある。
先週のINSTINCTもそうだったし、このX2.0もそうだ。
「SRIXONっていいですよねえ、カッコいいし。何で売れないんだろうなあ」
「そうなんです。ほんまお願いしますわ」
土居美咲選手は森上亜希子選手の最後の全日本で当たった時以来観れていない。
あの時は森上亜希子選手引退への思い入れが強過ぎて、正直冷静に観てなかったが、メーカー担当者がプレースタイルを絶賛するという事は今後への期待が物凄いんだろう。
さて今夜は調布の美味い牛タン屋で暴れん坊だった先輩を偲ぶ会の七回目。
でも11時迄には帰らないと。
えっ?無理???
トップ選手と世界を廻っていたツアーコーチの言葉。
「フレンチでテニス嫌いになる位身も心もズタボロになって、芝でのこの4週間は本当選手達にとっていい息抜きなんですよ」
ふ〜ん、インサイダーはそう見るわけね。
クルム伊達公子選手の熱闘後の会話。
そして昨夜西新宿の寿司屋。
「あのフォアハンドはいいでしょう!?」
「2回戦勝っていきなりあの赤いラケットが売れたとかあったんですか?」
「いやあれ7月発売なんですよ。見ますか?」
末席にいた若い営業マンが、黒、赤、青のラケット3本を取り出した。
いい。
持っただけで(おっ、これいいじゃん)と感じるラケットがある。
先週のINSTINCTもそうだったし、このX2.0もそうだ。
「SRIXONっていいですよねえ、カッコいいし。何で売れないんだろうなあ」
「そうなんです。ほんまお願いしますわ」
土居美咲選手は森上亜希子選手の最後の全日本で当たった時以来観れていない。
あの時は森上亜希子選手引退への思い入れが強過ぎて、正直冷静に観てなかったが、メーカー担当者がプレースタイルを絶賛するという事は今後への期待が物凄いんだろう。
さて今夜は調布の美味い牛タン屋で暴れん坊だった先輩を偲ぶ会の七回目。
でも11時迄には帰らないと。
えっ?無理???
2011年06月10日
Scene 309 [最初はグー]
「お父さん、最初はグーって志村けんが発明したって知ってた?」
「えっ!本当?」
実は(いつから「最初はグー」ってやる様になったんだろう?)と常々思ってた。
それが志村けんからだったとは意外。
ガキの頃からドリフ好きで、DVDボックスは全部手に入れているのに。
オレたちひょうきん族を観る様になってドリフから離れた後のギャグか。
「最初はグー、またまたグー、いかりや長介頭がパー、正義は勝つとは限らない、アイーンと一発、ジャンケンポン!」
娘は俺が知らなかった事に優越感を覚えたのか延々繰り返してる。
ありがとう!ドリフ。
おかげ様で俺は小学生以来ずっと「落ち着かないガキ」のままです。
こんな話を次の日ゴルフに向かう車の中で話したら、あっさり「知らなかったの?」と言われた。
おまけに「ガッツポーズだってガッツ石松からだぜ!」と来た。
これは今思えば何か聞いた記憶もあるが、その時点では初耳。
「ええ〜っ!じゃあNHKのアナウンサーが『ナダル得意のガッツポーズ出ました!』なんてやってるのもそのまま英語に訳せないってこと?!」
う〜む、これは微妙に笑える。
ガッツ石松さんに「君がエースを獲った時に、左拳を握って突き出すあれね、私の発明でガッツポーズって言うんだよ」と、ナダル選手に言わせてみたい。
まあちょっと調べると、このガッツポーズの発祥は諸説あるみたいだが、和製英語には変りないし、ガッツ石松さんからブレーク?したのも間違いない。
そんな訳で子供達が「最初はグー!」ってやってる事と、ナダル選手のガッツポーズにシンパシーを感じている。
大袈裟に言えば伝統芸能の継承ってヤツだ。
拝啓Superfly殿、貴女の唄にもシンパシー感じまくってます。
到底届かないキーで、
“つまり肝心なのはユーモア 五感を奮い立てろ Shine on,move on!”
と夜な夜な皆で“Alright!!”を唄い、ヘヴィーな状況を笑いに変えて乗り越えようとしてるプロテニスコーチ達がいる事をここに記しておきます。
「えっ!本当?」
実は(いつから「最初はグー」ってやる様になったんだろう?)と常々思ってた。
それが志村けんからだったとは意外。
ガキの頃からドリフ好きで、DVDボックスは全部手に入れているのに。
オレたちひょうきん族を観る様になってドリフから離れた後のギャグか。
「最初はグー、またまたグー、いかりや長介頭がパー、正義は勝つとは限らない、アイーンと一発、ジャンケンポン!」
娘は俺が知らなかった事に優越感を覚えたのか延々繰り返してる。
ありがとう!ドリフ。
おかげ様で俺は小学生以来ずっと「落ち着かないガキ」のままです。
こんな話を次の日ゴルフに向かう車の中で話したら、あっさり「知らなかったの?」と言われた。
おまけに「ガッツポーズだってガッツ石松からだぜ!」と来た。
これは今思えば何か聞いた記憶もあるが、その時点では初耳。
「ええ〜っ!じゃあNHKのアナウンサーが『ナダル得意のガッツポーズ出ました!』なんてやってるのもそのまま英語に訳せないってこと?!」
う〜む、これは微妙に笑える。
ガッツ石松さんに「君がエースを獲った時に、左拳を握って突き出すあれね、私の発明でガッツポーズって言うんだよ」と、ナダル選手に言わせてみたい。
まあちょっと調べると、このガッツポーズの発祥は諸説あるみたいだが、和製英語には変りないし、ガッツ石松さんからブレーク?したのも間違いない。
そんな訳で子供達が「最初はグー!」ってやってる事と、ナダル選手のガッツポーズにシンパシーを感じている。
大袈裟に言えば伝統芸能の継承ってヤツだ。
拝啓Superfly殿、貴女の唄にもシンパシー感じまくってます。
到底届かないキーで、
“つまり肝心なのはユーモア 五感を奮い立てろ Shine on,move on!”
と夜な夜な皆で“Alright!!”を唄い、ヘヴィーな状況を笑いに変えて乗り越えようとしてるプロテニスコーチ達がいる事をここに記しておきます。
2011年05月25日
Scene 308 [Tennis Club]
中学校入学と同時にテニス部に入部した。
もう云十年前のこと。
朝練、昼休み、部活と一日中練習した。
今時は殆どの学校が、部活以外の時間は練習出来ないらしい。
母校のコートは部活時間以外鍵がかかってるそうだ。
某強豪校の強面で有名なテニス部顧問にその話を確認したら、
「そりゃそうですよ!正式な部活時間以外に顧問がいない時に事故が起きたら誰が責任取るんだって事になって大変ですから!」
この人がこう言うんだからまあどうしようもないんだろう。
まあそれはさておき、中学校の時、もっと練習がしたくて皆で金を出し合ってテニスクラブのレンタルコートを借りたりもした。
あの頃テニススクールはまだ伊勢丹、東急、京王といった百貨店系列が目立つ位で、ジュニアもテニスクラブ所属が多かった気がする。
以前も触れたが田園クラブでジャパンオープンが開催されていたり、テニスクラブが日本のテニス文化を形作って行った感がある。
その後テニススクールがどんどん増えるのとは逆に、テニスクラブは相続絡みでの閉鎖とか、パッとしない感があった。
憧れ故の敷居の高さか、若い人の入会が減り、メンバーさんの高齢化もあった。
実際自分にしてみてもスクール業界の事は知っていても、クラブ業界の事は殆ど知らなかった。
正直なところクラブ業界そのものを"高齢化"のイメージで見ていた気がする。
伊達選手の育ち方から、クラブってものがジュニア育成には大きな力を持つとは感じてはいたのだが。
それが今日、首都圏のクラブ関係者の集まりに呼ばれて驚いた。
若い。
どのクラブの代表も若い。
元気がいい。
熱い。
ついでに皆エラく仲がいい。
今日の会合場所は西武新宿線上石神井の線路沿いにあるクラブ。
この駅には徒歩圏内に3つのクラブが共存しているという"奇跡の三角地帯"。
おまけに3クラブ共に手入れの行き届いた素晴らしいクレーコートを持ってる。
そして自分達のクレーコートがジュニアにとってどの位価値があるものなのかを知っている。
将来ここからトップ選手が出るかもしれない。
いや、各地のテニスクラブからそれぞれの地域をあげて応援したくなる選手が出るはずだ。
もう云十年前のこと。
朝練、昼休み、部活と一日中練習した。
今時は殆どの学校が、部活以外の時間は練習出来ないらしい。
母校のコートは部活時間以外鍵がかかってるそうだ。
某強豪校の強面で有名なテニス部顧問にその話を確認したら、
「そりゃそうですよ!正式な部活時間以外に顧問がいない時に事故が起きたら誰が責任取るんだって事になって大変ですから!」
この人がこう言うんだからまあどうしようもないんだろう。
まあそれはさておき、中学校の時、もっと練習がしたくて皆で金を出し合ってテニスクラブのレンタルコートを借りたりもした。
あの頃テニススクールはまだ伊勢丹、東急、京王といった百貨店系列が目立つ位で、ジュニアもテニスクラブ所属が多かった気がする。
以前も触れたが田園クラブでジャパンオープンが開催されていたり、テニスクラブが日本のテニス文化を形作って行った感がある。
その後テニススクールがどんどん増えるのとは逆に、テニスクラブは相続絡みでの閉鎖とか、パッとしない感があった。
憧れ故の敷居の高さか、若い人の入会が減り、メンバーさんの高齢化もあった。
実際自分にしてみてもスクール業界の事は知っていても、クラブ業界の事は殆ど知らなかった。
正直なところクラブ業界そのものを"高齢化"のイメージで見ていた気がする。
伊達選手の育ち方から、クラブってものがジュニア育成には大きな力を持つとは感じてはいたのだが。
それが今日、首都圏のクラブ関係者の集まりに呼ばれて驚いた。
若い。
どのクラブの代表も若い。
元気がいい。
熱い。
ついでに皆エラく仲がいい。
今日の会合場所は西武新宿線上石神井の線路沿いにあるクラブ。
この駅には徒歩圏内に3つのクラブが共存しているという"奇跡の三角地帯"。
おまけに3クラブ共に手入れの行き届いた素晴らしいクレーコートを持ってる。
そして自分達のクレーコートがジュニアにとってどの位価値があるものなのかを知っている。
将来ここからトップ選手が出るかもしれない。
いや、各地のテニスクラブからそれぞれの地域をあげて応援したくなる選手が出るはずだ。
2011年05月10日
Scene 307 [GUTS FOR JAPAN TENNIS]
5月5日、有明テニスの森公園。
48面全てを使ってのイベント。
有明の森スポーツフェスタ2011。
センターコートではバトミントン。
コート周りではランニング。
コートもCコートの4面は軟式テニス。
硬式テニスだけでないスポーツフェスティバル。
前乗スタッフは前日から設営。
有明全体のデコレーションはとんでもない作業。
笑いながら呆れながら諦めながら、年老いた少年達がフラフラとノボリを立ててる。
夕飯は当然居酒屋。
いつもなら数件ハシゴする面子ながら、あっさり一軒、しかも短めで終了。
そして翌朝。
7時過ぎから当日準備開始。
集合時間の大分前からスタッフが集まり出し、
沢山のテニス・キッズが来場し、イベントがスタート。
スタッフは揃いの「がんばろう日本!」Tシャツ。
そしてあっという間の大団円。
これが一回目。
おそらくこれから毎年続くイベントになるんだろう。
ふと思う。
(あの震災の年に始まったイベントと後々は言われるのかな)
ガキの頃は生まれた年を聞かれると決まってこう答えたもんだ。
「東京オリンピックの年に生まれました!」
まあ今じゃ何才か聞かれもしないが。
そんな震災の年。
西武新宿線の上石神井に新しいインドアテニススクールがオープンした。
オープン迄後1ヶ月ちょっとって時の震災。
幸い工事中の施設に影響はなかったが、ダンプが採石場に入れない、ガソリンがなく職人さんが車を出せないで、オープンが遅れた。
先日無事にオープン。
震災の年にオープン出来たテニススクール。
いいスクールになりそうだ。
震災の年。
GUTS FOR JAPAN TENNIS!
48面全てを使ってのイベント。
有明の森スポーツフェスタ2011。
センターコートではバトミントン。
コート周りではランニング。
コートもCコートの4面は軟式テニス。
硬式テニスだけでないスポーツフェスティバル。
前乗スタッフは前日から設営。
有明全体のデコレーションはとんでもない作業。
笑いながら呆れながら諦めながら、年老いた少年達がフラフラとノボリを立ててる。
夕飯は当然居酒屋。
いつもなら数件ハシゴする面子ながら、あっさり一軒、しかも短めで終了。
そして翌朝。
7時過ぎから当日準備開始。
集合時間の大分前からスタッフが集まり出し、
沢山のテニス・キッズが来場し、イベントがスタート。
スタッフは揃いの「がんばろう日本!」Tシャツ。
そしてあっという間の大団円。
これが一回目。
おそらくこれから毎年続くイベントになるんだろう。
ふと思う。
(あの震災の年に始まったイベントと後々は言われるのかな)
ガキの頃は生まれた年を聞かれると決まってこう答えたもんだ。
「東京オリンピックの年に生まれました!」
まあ今じゃ何才か聞かれもしないが。
そんな震災の年。
西武新宿線の上石神井に新しいインドアテニススクールがオープンした。
オープン迄後1ヶ月ちょっとって時の震災。
幸い工事中の施設に影響はなかったが、ダンプが採石場に入れない、ガソリンがなく職人さんが車を出せないで、オープンが遅れた。
先日無事にオープン。
震災の年にオープン出来たテニススクール。
いいスクールになりそうだ。
震災の年。
GUTS FOR JAPAN TENNIS!
2011年04月25日
Scene 306 [I LOVE YOU VERY MUCH]
都庁での運転免許更新。
あっと言う間に事務手続きが済み、後は講習のみ。
去年スピードで捕まっちまったから1時間の講習。
開始時間迄50分近くある。
昼には早いがアイランドタワーのバーガーキングで、レタスを増量したワッパーJrにかぶりつきながらiPadでメールをチェック。
東レPPO事務局から「東レ パン・パシフィック・テニス 東日本大震災 被災者・被災地支援チャリティ・オークション」への協力依頼のメール。
勿論快諾の返信。
東レPPOの会場でもある有明テニスの森公園は、液状化やひび割れで数面がプロが使用するには不適切な状態のままと聞いている。
秋の「東レPPO」、「ジャパンオープン」には間に合ってほしい。
その前に原発の問題が少しでも片付いて、トップ選手達が安心して来日してくれればいいが。
都庁に戻り、さっきとは別の入口から中に入ろうとしたら「被災地への支援物資の受付は締切」といった旨の地味な張り紙。
(沢山届けられたんだろうな)とドアを開けたら、旧グランドプリンス赤坂への避難者の第二次受付のカウンター。
節電で薄暗いロビーに折り畳みの机とパイプ椅子の急造の受付。
俺が見た時は3人が相談していて後ろに待っている人はいなかった。
少しづつ良くなっている証と受け止めたい。
“風が憎しみと 恐怖を運ぶ 戦いの中では 愛も死んでしまう”
奴と付き合いだした頃のバラードの歌詞。
チェルノブイリの事故から明日で25年。
歴史は繰り返すってやつか。
そのバラードのタイトルはI.L.Y.V.M。
最後はこう唄われる。
“震えてるおまえの そのかたわらに 青ざめたこの俺を すべり込ませてくれ
苦しみは もう終わる 君の目の前に 俺はあらわれた 今 世界を変える”
大事な誰かの為に、大事な何かの為に、強い意志を持って生きて行くんだ。
I LOVE YOU VERY MUCH
あっと言う間に事務手続きが済み、後は講習のみ。
去年スピードで捕まっちまったから1時間の講習。
開始時間迄50分近くある。
昼には早いがアイランドタワーのバーガーキングで、レタスを増量したワッパーJrにかぶりつきながらiPadでメールをチェック。
東レPPO事務局から「東レ パン・パシフィック・テニス 東日本大震災 被災者・被災地支援チャリティ・オークション」への協力依頼のメール。
勿論快諾の返信。
東レPPOの会場でもある有明テニスの森公園は、液状化やひび割れで数面がプロが使用するには不適切な状態のままと聞いている。
秋の「東レPPO」、「ジャパンオープン」には間に合ってほしい。
その前に原発の問題が少しでも片付いて、トップ選手達が安心して来日してくれればいいが。
都庁に戻り、さっきとは別の入口から中に入ろうとしたら「被災地への支援物資の受付は締切」といった旨の地味な張り紙。
(沢山届けられたんだろうな)とドアを開けたら、旧グランドプリンス赤坂への避難者の第二次受付のカウンター。
節電で薄暗いロビーに折り畳みの机とパイプ椅子の急造の受付。
俺が見た時は3人が相談していて後ろに待っている人はいなかった。
少しづつ良くなっている証と受け止めたい。
“風が憎しみと 恐怖を運ぶ 戦いの中では 愛も死んでしまう”
奴と付き合いだした頃のバラードの歌詞。
チェルノブイリの事故から明日で25年。
歴史は繰り返すってやつか。
そのバラードのタイトルはI.L.Y.V.M。
最後はこう唄われる。
“震えてるおまえの そのかたわらに 青ざめたこの俺を すべり込ませてくれ
苦しみは もう終わる 君の目の前に 俺はあらわれた 今 世界を変える”
大事な誰かの為に、大事な何かの為に、強い意志を持って生きて行くんだ。
I LOVE YOU VERY MUCH
2011年04月10日
Scene 305 [地の塩]
正直バランスを崩しそうになる。
逃げようのない真実と、自分のやるべき事さえも否定される様なシチュエーション。
それでも延々と続いて行く日常……だからこそ、生きて行けるのだが。
どうにかこうにか自分と社会をつなぎ止めて来た責任感と、街の底を這いずり廻って身につけたブラックユーモアで何とか立っている様なもんだ。
ミッション系中学校の入学式の式次第。
聖書の“地の塩”が記載されている。
俺はすぐにストーンズの“地の塩”を頭の中で鳴らした。
Let's drink to the hard working people
Let's drink to the salt of the earth
いや実際には1989年のストーンズのアトランティックでのショーに、アクセル・ローズとイジー・ストラドリンが飛び入りした時の映像を思い起していた。
Raise your glass to the hard working people
Let's drink to the uncounted heads
Let's think of the wavering millions
Who need leaders but get gamblers instead
神様、罰当たりな俺でもわかったよ。
今夜はこれを聴けって事だな。
逃げようのない真実と、自分のやるべき事さえも否定される様なシチュエーション。
それでも延々と続いて行く日常……だからこそ、生きて行けるのだが。
どうにかこうにか自分と社会をつなぎ止めて来た責任感と、街の底を這いずり廻って身につけたブラックユーモアで何とか立っている様なもんだ。
ミッション系中学校の入学式の式次第。
聖書の“地の塩”が記載されている。
俺はすぐにストーンズの“地の塩”を頭の中で鳴らした。
Let's drink to the hard working people
Let's drink to the salt of the earth
いや実際には1989年のストーンズのアトランティックでのショーに、アクセル・ローズとイジー・ストラドリンが飛び入りした時の映像を思い起していた。
Raise your glass to the hard working people
Let's drink to the uncounted heads
Let's think of the wavering millions
Who need leaders but get gamblers instead
神様、罰当たりな俺でもわかったよ。
今夜はこれを聴けって事だな。
2011年03月25日
Scene 304 [出来る事。やるべき事]
住宅街の真ん中のテニススクール。
強化ジュニアのレッスン。
試合が近い子供達はコートを大きく使った練習。
隣コートでは試合がない子供達がコーチとのラリー。
更にその奥のコートは球出し。
それぞれのスケジュールに合わせたコート分け。
いつもと違うのは、4面あるうちの2面しか照明を点けていないこと。
東日本大震災からの復興への協力。
照明が点いているコートには試合が近い子供達。
奥に行って暗くなる程試合が遠い子供達。
どのコートの子供達もイキイキとプレーしている。
何とか照明が届いている一番奥のコートの子供達の集中振りがいい。
しばらくすると目が慣れて来たのか、奥のコートもラリーを始め出した。
被災地、被災者の方達への想いと復興への願い。
自らが挑戦している物事へのひたむきな姿勢。
自分が出来る限りの協力をする。
自分がやるべき事を精一杯やる。
半分照明が落ちたコートでプレーした子供達の一人でも多くにそれを感じていてほしい。
いや、もし今わからなくてもいつかきっとわかる。
強化ジュニアのレッスン。
試合が近い子供達はコートを大きく使った練習。
隣コートでは試合がない子供達がコーチとのラリー。
更にその奥のコートは球出し。
それぞれのスケジュールに合わせたコート分け。
いつもと違うのは、4面あるうちの2面しか照明を点けていないこと。
東日本大震災からの復興への協力。
照明が点いているコートには試合が近い子供達。
奥に行って暗くなる程試合が遠い子供達。
どのコートの子供達もイキイキとプレーしている。
何とか照明が届いている一番奥のコートの子供達の集中振りがいい。
しばらくすると目が慣れて来たのか、奥のコートもラリーを始め出した。
被災地、被災者の方達への想いと復興への願い。
自らが挑戦している物事へのひたむきな姿勢。
自分が出来る限りの協力をする。
自分がやるべき事を精一杯やる。
半分照明が落ちたコートでプレーした子供達の一人でも多くにそれを感じていてほしい。
いや、もし今わからなくてもいつかきっとわかる。
2011年03月10日
Scene 303 [PASSION!NOT,FASHION!]
生まれ育った時代なのか、家が商売やっていたからなのか、
常にブルーカラー側でいたいし、ホワイトカラーは好きじゃない。
でもスーツを着るのは嫌いじゃない。
Officeに頻繁に行かなければならなくなって、スーツを毎日着る様になった時、
まず最初に買ったのはズボンプレッサー。
今もスーツを脱いだ後は、酔っ払っていようがいまいが、真っ先にズボンをプレスする。
お気に入りの黒地に水玉のネクタイはいろんな種類持ってる。
これはディランの影響か。
とにかくお洒落するのは好きだ。
だけど長時間スーツを着てるとシワが気になって仕方ない。
ずっとネクタイを絞めてると襟が汚れる気がして嫌だ。
という訳で最近は黒のブレザーをメインにパンツ組み合わせるのが好き。
まあ人のファッションにはそれぞれ理由とこだわりがあるってことで。
テニスウェアはサーブのトスアップの時に脇が突っ張らない事が最大のポイント。
そんな感じだから普段はタイトなカッコをしてるくせに、必ず大きめを買う。
色は黒とか赤とか黄色とかハッキリしてる濃い色。
練習の時は好きなTシャツ。
ジャパンオープンとかツアー大会では、プロ達が練習の時に何着てるか見るのが好きだ。
殆どがTシャツにスウェットなんだけど、それぞれお国柄、人柄?
とにかく面白い。
“PASSION!NOT,FASHION!PASSION!”
ファッションはパッションが絡めばなお楽しい。
常にブルーカラー側でいたいし、ホワイトカラーは好きじゃない。
でもスーツを着るのは嫌いじゃない。
Officeに頻繁に行かなければならなくなって、スーツを毎日着る様になった時、
まず最初に買ったのはズボンプレッサー。
今もスーツを脱いだ後は、酔っ払っていようがいまいが、真っ先にズボンをプレスする。
お気に入りの黒地に水玉のネクタイはいろんな種類持ってる。
これはディランの影響か。
とにかくお洒落するのは好きだ。
だけど長時間スーツを着てるとシワが気になって仕方ない。
ずっとネクタイを絞めてると襟が汚れる気がして嫌だ。
という訳で最近は黒のブレザーをメインにパンツ組み合わせるのが好き。
まあ人のファッションにはそれぞれ理由とこだわりがあるってことで。
テニスウェアはサーブのトスアップの時に脇が突っ張らない事が最大のポイント。
そんな感じだから普段はタイトなカッコをしてるくせに、必ず大きめを買う。
色は黒とか赤とか黄色とかハッキリしてる濃い色。
練習の時は好きなTシャツ。
ジャパンオープンとかツアー大会では、プロ達が練習の時に何着てるか見るのが好きだ。
殆どがTシャツにスウェットなんだけど、それぞれお国柄、人柄?
とにかく面白い。
“PASSION!NOT,FASHION!PASSION!”
ファッションはパッションが絡めばなお楽しい。
2011年02月25日
Scene 302 [新宿の片隅で]
唐突だが新宿生まれだ。
しかも歌舞伎町生まれ。
この世に放り出された場所は歌舞伎町2丁目。
ストーンズの初来日の前の年だったか。
歌舞伎町で呑む様になってもうどの位経つんだろう。
渋谷の小さなパブから始まり、下北沢、吉祥寺と呑む場所は変ったが、新宿、いやゴールデン街が圧倒的に長い。
呑み出した頃は靖国通りでタクシーをつかまえるのが難しかったから、終電を逃してタクシーの時は職安通りの西武新宿線のガード辺りまで歩いてから乗った。
今じゃ靖国通りは客待ちタクシーのオンパレードだが。
そんな事を夜な夜な繰り返しながらも自分が新宿生まれだって事は忘れていた。
朝までやってる「北京」で美味い焼き餃子とビールで〆るのが好きだった頃。
[北京]を出ていつも通り西武新宿駅の方に行かずに裏手の道で職安通りに向った。
そこにはどデカイ病院がいつの間にか建っていた。
大久保病院。
「僕は雪の降る夜大久保病院で生まれた」
そんな文章を思い出した。
小学校の時の作文、我がおいたちの記って奴だ。
(あ〜そうだったなあ)とタクシーのシートに身を沈めた。
あの頃は終電だと呑み足りなくて、終電が出る頃が盛り上がりのピーク。
そしていつも26時位に帰りたくなっては朝まで店で粘って始発で帰った。
金があれば勿論タクシー。
全く呑気なもんだ。
そんな事を思い出しながら百人町の交差点辺りを歩く。
転んで骨折して入院してるお袋の見舞いの帰り。
幸い手術も昨日成功してリハビリもすぐ始められそうとのこと。
(足じゃなくて良かったなあ……)と職安通りを大久保病院方に歩きながら、ビルの上の青空を見た時ふと思った。
(テニスやってて良かったな)
あっ、テニスやらしてくれて良かったなだな。
いやいや、テニスやらしてくれてありがとうだ。
しかも歌舞伎町生まれ。
この世に放り出された場所は歌舞伎町2丁目。
ストーンズの初来日の前の年だったか。
歌舞伎町で呑む様になってもうどの位経つんだろう。
渋谷の小さなパブから始まり、下北沢、吉祥寺と呑む場所は変ったが、新宿、いやゴールデン街が圧倒的に長い。
呑み出した頃は靖国通りでタクシーをつかまえるのが難しかったから、終電を逃してタクシーの時は職安通りの西武新宿線のガード辺りまで歩いてから乗った。
今じゃ靖国通りは客待ちタクシーのオンパレードだが。
そんな事を夜な夜な繰り返しながらも自分が新宿生まれだって事は忘れていた。
朝までやってる「北京」で美味い焼き餃子とビールで〆るのが好きだった頃。
[北京]を出ていつも通り西武新宿駅の方に行かずに裏手の道で職安通りに向った。
そこにはどデカイ病院がいつの間にか建っていた。
大久保病院。
「僕は雪の降る夜大久保病院で生まれた」
そんな文章を思い出した。
小学校の時の作文、我がおいたちの記って奴だ。
(あ〜そうだったなあ)とタクシーのシートに身を沈めた。
あの頃は終電だと呑み足りなくて、終電が出る頃が盛り上がりのピーク。
そしていつも26時位に帰りたくなっては朝まで店で粘って始発で帰った。
金があれば勿論タクシー。
全く呑気なもんだ。
そんな事を思い出しながら百人町の交差点辺りを歩く。
転んで骨折して入院してるお袋の見舞いの帰り。
幸い手術も昨日成功してリハビリもすぐ始められそうとのこと。
(足じゃなくて良かったなあ……)と職安通りを大久保病院方に歩きながら、ビルの上の青空を見た時ふと思った。
(テニスやってて良かったな)
あっ、テニスやらしてくれて良かったなだな。
いやいや、テニスやらしてくれてありがとうだ。
2011年02月10日
Scene 301 [好きな時に跳べ!]
全豪オープン男子準決勝後の共同通信社の記事。
"28歳の小柄な戦士の原点は17歳の時にある。やる気のなさからピレス・コーチに、しばしば練習場のボール置き場に鍵をかけて閉じ込められた。一度はやめると決めて工事現場で働いたが、テニスでプロを目指せることの幸せに気付き、厳しい練習に真剣に取り組み始めた。"
いいなあ、フェレール。
"現場"で働く位だからWorking Classの育ちなんだろう。
身長は175cmでそうデカくなく、今大会128ドロー中6番目。
記事の最後は「僕のプレーは体力勝負。集中して戦い続けるだけだ」という言葉で締めくくられていた。
"好きこそものの上手なれ"だな。
数年前、旧知のバンドマンに電話をかけた時のこと。
「俺今現場で行けないなあ」とボーカル。
(収録かなあ)と太鼓の奴にかけたら、そいつも「新潟の現場だからさあ」。
docomoの初代タイアップをしてた奴等だが、徐々にジリ貧気味になっていたので、「新潟」と聞いてやっとわかった。
音楽だけじゃ喰って行けなくて、"現場"に出ていたんだ。
今奴等のバンドは休止状態。
それでもそれぞれが小さな小屋を廻ってプレーを続けてる。
"現場"で稼いだ金でスタジオに入って、イカした服買ってね。
やっぱり"好きこそものの上手なれ"だ。
小学校入学当初から何かと落ち着きがなく、自分から努力する事が出来なかったガキがテニスを真面目にやりたいと言い出したのは一昨年の夏。
先輩がやってるジュニア育成スクールに放り込んだ。
担当はバイト時代の後輩コーチ。
奴がダラければ俺が見てても遠慮なく厳しく指導してくれた。
おかげ様で"強くなる楽しさ"に目覚め、「テニス部のある学校に行く」と受験勉強を始めた。
そう、やっぱり"好きこそものの上手なれ"。
余談だがあの厳しさがなければ、あの甘っちょろいガキがこんな短期間に上達し、進路をテニス部のあるないに拘る迄には至らなかったはずだ。
母校の顧問先生が受験について「トライさせてあげてよ。受かる受からないじゃなくて
テニス部の皆みたいにバネがある人間になるから」と言っていたのを思い出す。
バネって言ってもぴょんぴょん飛ぶイメージでなく、
上手く行かなかったり、悔しい事をバネにするってこと。
とは言え大人になると、"好きこそものの上手なれ"もなかなかムツカシイ。
でも錆びたバネでも踏みつけられた分だけ、「好きな時に跳べ!」だ。
"28歳の小柄な戦士の原点は17歳の時にある。やる気のなさからピレス・コーチに、しばしば練習場のボール置き場に鍵をかけて閉じ込められた。一度はやめると決めて工事現場で働いたが、テニスでプロを目指せることの幸せに気付き、厳しい練習に真剣に取り組み始めた。"
いいなあ、フェレール。
"現場"で働く位だからWorking Classの育ちなんだろう。
身長は175cmでそうデカくなく、今大会128ドロー中6番目。
記事の最後は「僕のプレーは体力勝負。集中して戦い続けるだけだ」という言葉で締めくくられていた。
"好きこそものの上手なれ"だな。
数年前、旧知のバンドマンに電話をかけた時のこと。
「俺今現場で行けないなあ」とボーカル。
(収録かなあ)と太鼓の奴にかけたら、そいつも「新潟の現場だからさあ」。
docomoの初代タイアップをしてた奴等だが、徐々にジリ貧気味になっていたので、「新潟」と聞いてやっとわかった。
音楽だけじゃ喰って行けなくて、"現場"に出ていたんだ。
今奴等のバンドは休止状態。
それでもそれぞれが小さな小屋を廻ってプレーを続けてる。
"現場"で稼いだ金でスタジオに入って、イカした服買ってね。
やっぱり"好きこそものの上手なれ"だ。
小学校入学当初から何かと落ち着きがなく、自分から努力する事が出来なかったガキがテニスを真面目にやりたいと言い出したのは一昨年の夏。
先輩がやってるジュニア育成スクールに放り込んだ。
担当はバイト時代の後輩コーチ。
奴がダラければ俺が見てても遠慮なく厳しく指導してくれた。
おかげ様で"強くなる楽しさ"に目覚め、「テニス部のある学校に行く」と受験勉強を始めた。
そう、やっぱり"好きこそものの上手なれ"。
余談だがあの厳しさがなければ、あの甘っちょろいガキがこんな短期間に上達し、進路をテニス部のあるないに拘る迄には至らなかったはずだ。
母校の顧問先生が受験について「トライさせてあげてよ。受かる受からないじゃなくて
テニス部の皆みたいにバネがある人間になるから」と言っていたのを思い出す。
バネって言ってもぴょんぴょん飛ぶイメージでなく、
上手く行かなかったり、悔しい事をバネにするってこと。
とは言え大人になると、"好きこそものの上手なれ"もなかなかムツカシイ。
でも錆びたバネでも踏みつけられた分だけ、「好きな時に跳べ!」だ。
2011年01月25日
Scene 300 [Flashpoint]
「いつでもどこでも」と便利な世の中になったが、隙間という隙間を埋め尽くして、ただただタイトになっただけの様な気がする。
実際今俺は電車で移動しながら、iPhoneのメモ帳にせっせとこれを打ち込んでいる。
「昔は良かったですねえ」
「でも親父達も昔は良かったって言ってましたよねえ」
志村けん一座の人情コントでの台詞。
「〜でなければいけない」という固定観念、「〜しなければいけない」という強迫観念。
そんなものに頭の中から指先まで支配されてちゃ動くに動けない。
それに「どうせ〜」という諦めと「俺ばかり〜」という被害者意識が加わった日には救い様がない。
本能、直感を信じられなくなった時、人は瞬間的な判断力を失っちまうんだろう。
本能、直感で動けなくなった時、人は取り残され、列の最後に力なく並ぶんだろう。
「昔は良かった」とは言わないが、もう少しクッションがあってもいいんじゃないか?
スケジュールがタイトな時 、わざと全体を見ないで目の前の事だけに没頭する事がある。
アイデアのかけらが水面に顔をのぞかせるのをただ待つ時がある。
LimiterをかけつつFlashpointを探す。
見て見ぬ振りをした挙句のいいとこ取り?
いや、わがままでだらしない男が生きて行く上での本能としておこう。
最近余り聞かなくなったのが、「日本人はスポーツで世界レベルで成功するには身体が小さすぎる」。
そう言われ続けていた時、日本人以外では身体が小さくてもトップレベルの選手は沢山いた。
皆目に見えるわかりやすい事でしか判断しないって事だ。
日本選手の試合を観ていると(思い詰め過ぎてるんじゃないか)と感じたり、余りに浮かれて煽りまくり、更に選手を追い詰める周囲が目立つ事が多い。
その辺りを錦織圭選手はあっさりクリアしてくれそうな気がする。
そして彼ばかりに皆がフォーカスしている間に、ちゃくちゃくとNew Ballsもタフになっている気がする。
Flashpoint。
Ignitionを廻してエンジン全開Start Me Upするきっかけはどこだ!?
実際今俺は電車で移動しながら、iPhoneのメモ帳にせっせとこれを打ち込んでいる。
「昔は良かったですねえ」
「でも親父達も昔は良かったって言ってましたよねえ」
志村けん一座の人情コントでの台詞。
「〜でなければいけない」という固定観念、「〜しなければいけない」という強迫観念。
そんなものに頭の中から指先まで支配されてちゃ動くに動けない。
それに「どうせ〜」という諦めと「俺ばかり〜」という被害者意識が加わった日には救い様がない。
本能、直感を信じられなくなった時、人は瞬間的な判断力を失っちまうんだろう。
本能、直感で動けなくなった時、人は取り残され、列の最後に力なく並ぶんだろう。
「昔は良かった」とは言わないが、もう少しクッションがあってもいいんじゃないか?
スケジュールがタイトな時 、わざと全体を見ないで目の前の事だけに没頭する事がある。
アイデアのかけらが水面に顔をのぞかせるのをただ待つ時がある。
LimiterをかけつつFlashpointを探す。
見て見ぬ振りをした挙句のいいとこ取り?
いや、わがままでだらしない男が生きて行く上での本能としておこう。
最近余り聞かなくなったのが、「日本人はスポーツで世界レベルで成功するには身体が小さすぎる」。
そう言われ続けていた時、日本人以外では身体が小さくてもトップレベルの選手は沢山いた。
皆目に見えるわかりやすい事でしか判断しないって事だ。
日本選手の試合を観ていると(思い詰め過ぎてるんじゃないか)と感じたり、余りに浮かれて煽りまくり、更に選手を追い詰める周囲が目立つ事が多い。
その辺りを錦織圭選手はあっさりクリアしてくれそうな気がする。
そして彼ばかりに皆がフォーカスしている間に、ちゃくちゃくとNew Ballsもタフになっている気がする。
Flashpoint。
Ignitionを廻してエンジン全開Start Me Upするきっかけはどこだ!?
2011年01月10日
Scene 299 [Coming Soon!!]
もう10年以上前の話。
沢山の方がレッスンに通ってくれていて、節目節目のイベントレッスンもキャンセル待ちが当たり前で沢山の方が参加してくれていた。
1997年の暮れだったかな。
年末年始のイベントレッスンをどうしようかというミーティング。
それまで年末年始は大晦日と元旦は貸しコートのみでイベントレッスンはなかった。
僕の口から出た言葉は「大晦日にイベントレッスンやりましょう!」
マネージャーは「それ待っていたんです!」とニヤリ。
しばらくしたら電話がガンガン鳴った。
「マジですか〜!大晦日と元旦位は休みたかった……」
一番サボリ癖がある奴が始めてしまったからか、他校も幾つか追随したらしい。
翌年、全校が大晦日にイベントレッスン実施となっていた。
僕達は更に元旦もイベントレッスンを実施した。
「追加公演!Coming Soon!!」
サボリ癖はあるが、誰もやってない事をやるのは好きなんだな。
当然その翌年の年末年始は全校が全日イベントレッスンを実施した。
始めて元旦にレッスンした日。
一緒にFightしてくれたコーチ達と「せっかくだから乾杯くらいはしよう」とビールが呑める店を探して武蔵小杉の街を歩いた。
まだ正月営業している店なんて殆どない時代。
おまけに夕方に届かない中途半端な時間。
駅前の喫茶店での乾杯と、その後の元旦らしくないシビアな仕事トーク。
忘れられない。
ありがとう。
楽しかったよ。
「あそこから手振ってくんねえかなあ。お前メールしてみろよ!」
「わかりました!」
「ちょっと待って下さ〜い。窓越しに顔出せるかメールしてみます!」
「電話してみればいいじゃん!」
今年のスタッフ初詣の帰り。
北参道から西新宿の行きつけの寿司屋へ歩いて向かう途中。
大の大人が10人。
ビルの8階を見上げている。
「あっ!いたいた!おおっ!手振ってるよ!」
手を振り返す奴、拳を突き上げる奴。
8階から手を振ってる奴が膝から崩れ落ちたのがわかる。
「あ〜あ、しようがねえなあ。泣いちゃったよ」
そう言ってる僕達の目にも涙が滲んでいるんだが。
高層ビルの街での、ちょっとしたセンチメンタルなドラマってやつ。
年末年始。
「Coming Soon!!」が良く似合う。
いきなりでもちょっとづつでもいい。
次の楽しいハプニングはいつだ?!
沢山の方がレッスンに通ってくれていて、節目節目のイベントレッスンもキャンセル待ちが当たり前で沢山の方が参加してくれていた。
1997年の暮れだったかな。
年末年始のイベントレッスンをどうしようかというミーティング。
それまで年末年始は大晦日と元旦は貸しコートのみでイベントレッスンはなかった。
僕の口から出た言葉は「大晦日にイベントレッスンやりましょう!」
マネージャーは「それ待っていたんです!」とニヤリ。
しばらくしたら電話がガンガン鳴った。
「マジですか〜!大晦日と元旦位は休みたかった……」
一番サボリ癖がある奴が始めてしまったからか、他校も幾つか追随したらしい。
翌年、全校が大晦日にイベントレッスン実施となっていた。
僕達は更に元旦もイベントレッスンを実施した。
「追加公演!Coming Soon!!」
サボリ癖はあるが、誰もやってない事をやるのは好きなんだな。
当然その翌年の年末年始は全校が全日イベントレッスンを実施した。
始めて元旦にレッスンした日。
一緒にFightしてくれたコーチ達と「せっかくだから乾杯くらいはしよう」とビールが呑める店を探して武蔵小杉の街を歩いた。
まだ正月営業している店なんて殆どない時代。
おまけに夕方に届かない中途半端な時間。
駅前の喫茶店での乾杯と、その後の元旦らしくないシビアな仕事トーク。
忘れられない。
ありがとう。
楽しかったよ。
「あそこから手振ってくんねえかなあ。お前メールしてみろよ!」
「わかりました!」
「ちょっと待って下さ〜い。窓越しに顔出せるかメールしてみます!」
「電話してみればいいじゃん!」
今年のスタッフ初詣の帰り。
北参道から西新宿の行きつけの寿司屋へ歩いて向かう途中。
大の大人が10人。
ビルの8階を見上げている。
「あっ!いたいた!おおっ!手振ってるよ!」
手を振り返す奴、拳を突き上げる奴。
8階から手を振ってる奴が膝から崩れ落ちたのがわかる。
「あ〜あ、しようがねえなあ。泣いちゃったよ」
そう言ってる僕達の目にも涙が滲んでいるんだが。
高層ビルの街での、ちょっとしたセンチメンタルなドラマってやつ。
年末年始。
「Coming Soon!!」が良く似合う。
いきなりでもちょっとづつでもいい。
次の楽しいハプニングはいつだ?!
2010年12月25日
Scene 298 [Livin’ in The Future]
クリスマスの朝。
少3の娘は「わあっ!サンタさんからプレゼント来てた!」
小6の息子は去年妹に「サンタなんていないよ」と言い放ちこっぴどく叱られ、何とか妹がサンタを信じれるところまでフォローした経験からか、小さい声で「ここにヨドバシカメラって入っているよ」と家人に囁いている。
iTunesのスマートプレイリストで、「再生回数が0である」という設定をして、一度も聴いた事がない曲をクリスマス・イヴから聴き出した。
一度も聴いた事がないって言っても、iTunesに放り込んでからMacやiPodで一度も聴いていないって事だから、レコードからCDに買い直した曲とか全部好きな曲。
MacBook ProのiTunesには全部で6,772曲入ってる。
そのうち1,084曲が“Never Played”。
ラジオからいきなり好きな曲が流れて来た様な楽しさだ。
今流行の自分へのクリスマス・プレゼントって事にしとくか。
久々というかやっと聴いたのがスプリングスティーンの2007年のアルバム“Magic”。
去年の“Working On A Dream”は聴いてるのにな。
その中の“Livin’ in The Future”。
Don't worry, darlin'
No baby, don't you fret
We're livin' in the future
“ダーリン、心配はいらないぜ。俺達は未来に生きているんだ”
と歌う、“Glory Days”や“Tenth Avenue Freeze-Out”の様な陽気なミディアムのロックンロール。
でもサビは更にこう続く。
And none of this has happened yet
“これはまだ起きてない事なんだよ”
歌詞カードを眺めて見ると、どの曲もブルーでヘヴィーな言葉が連なっている。
改めて感じる。
自分から力強く声を出して行かなきゃ、この街じゃ生き残れないんだと。
多少無理があっても笑顔でいなきゃいけないんだと。
自分だけのBluesを明るく笑い飛ばすWork Songを口ずさむんだ。
“ダーリン、心配はいらないぜ。俺達は未来に生きているんだ。これはまだ起きてない事なんだよ”
2011年の錦織圭選手のコーチに“Winning Ugly”のブラッド・ギルバード氏がつく事が決まった。
そう、タフにね、エネルギッシュにね。
ガツンと行かないとさ、2011年は。
Merry Xmas 2010 & Happy New Year 2011続きを読む
少3の娘は「わあっ!サンタさんからプレゼント来てた!」
小6の息子は去年妹に「サンタなんていないよ」と言い放ちこっぴどく叱られ、何とか妹がサンタを信じれるところまでフォローした経験からか、小さい声で「ここにヨドバシカメラって入っているよ」と家人に囁いている。
iTunesのスマートプレイリストで、「再生回数が0である」という設定をして、一度も聴いた事がない曲をクリスマス・イヴから聴き出した。
一度も聴いた事がないって言っても、iTunesに放り込んでからMacやiPodで一度も聴いていないって事だから、レコードからCDに買い直した曲とか全部好きな曲。
MacBook ProのiTunesには全部で6,772曲入ってる。
そのうち1,084曲が“Never Played”。
ラジオからいきなり好きな曲が流れて来た様な楽しさだ。
今流行の自分へのクリスマス・プレゼントって事にしとくか。
久々というかやっと聴いたのがスプリングスティーンの2007年のアルバム“Magic”。
去年の“Working On A Dream”は聴いてるのにな。
その中の“Livin’ in The Future”。
Don't worry, darlin'
No baby, don't you fret
We're livin' in the future
“ダーリン、心配はいらないぜ。俺達は未来に生きているんだ”
と歌う、“Glory Days”や“Tenth Avenue Freeze-Out”の様な陽気なミディアムのロックンロール。
でもサビは更にこう続く。
And none of this has happened yet
“これはまだ起きてない事なんだよ”
歌詞カードを眺めて見ると、どの曲もブルーでヘヴィーな言葉が連なっている。
改めて感じる。
自分から力強く声を出して行かなきゃ、この街じゃ生き残れないんだと。
多少無理があっても笑顔でいなきゃいけないんだと。
自分だけのBluesを明るく笑い飛ばすWork Songを口ずさむんだ。
“ダーリン、心配はいらないぜ。俺達は未来に生きているんだ。これはまだ起きてない事なんだよ”
2011年の錦織圭選手のコーチに“Winning Ugly”のブラッド・ギルバード氏がつく事が決まった。
そう、タフにね、エネルギッシュにね。
ガツンと行かないとさ、2011年は。
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2010年12月10日
Scene 297 [だいじょうぶマイ・フレンド]
昔から良く「いっつも大丈夫!って言うけど、何が大丈夫な訳?」と言われてる。
それには「だから大丈夫だから大丈夫なの!」と返して来た。
TVをつければどこもカラ元気で内輪ノリのギャグマン。
彼等から明るいエネルギーをもらうのはなかなかムツカシイ。
辟易してニュース番組にすればブルーな気分になる出来事の紙芝居。
おまけにそれを語る奴等の口は明らかに背後の連中の論調で、醜い誘導が透けて見える。
表に出ても美味しいものを気兼ねなく喰える程の金はなく、
そんな俺みたいな奴が溢れた街はディスカウントの赤札で埋め尽くされてる。
やっと辿り着いた学校や職場。
そこも随分前からなかなかムツカシイ場所になってる。
「大丈夫!」ってつぶやき、奥歯を噛み締める時がある。
「大丈夫かな……」じゃ不安が腹の中から輪を拡げるんだ。
好きな奴がいる所に行こう。
好きな奴等が集まる場所に行こう。
約200坪のテニスコート、2坪あるかないかのバー。
俺は無意識にいつもそこに足を向ける。
この10日間、毎朝iPodを1983年のナンバーで廻し出す。
広田玲央名の「だいじょうぶマイ・フレンド」
俺は本気だ。
大丈夫。
大丈夫だから大丈夫。
それには「だから大丈夫だから大丈夫なの!」と返して来た。
TVをつければどこもカラ元気で内輪ノリのギャグマン。
彼等から明るいエネルギーをもらうのはなかなかムツカシイ。
辟易してニュース番組にすればブルーな気分になる出来事の紙芝居。
おまけにそれを語る奴等の口は明らかに背後の連中の論調で、醜い誘導が透けて見える。
表に出ても美味しいものを気兼ねなく喰える程の金はなく、
そんな俺みたいな奴が溢れた街はディスカウントの赤札で埋め尽くされてる。
やっと辿り着いた学校や職場。
そこも随分前からなかなかムツカシイ場所になってる。
「大丈夫!」ってつぶやき、奥歯を噛み締める時がある。
「大丈夫かな……」じゃ不安が腹の中から輪を拡げるんだ。
好きな奴がいる所に行こう。
好きな奴等が集まる場所に行こう。
約200坪のテニスコート、2坪あるかないかのバー。
俺は無意識にいつもそこに足を向ける。
この10日間、毎朝iPodを1983年のナンバーで廻し出す。
広田玲央名の「だいじょうぶマイ・フレンド」
俺は本気だ。
大丈夫。
大丈夫だから大丈夫。
2010年11月25日
Scene 296 [パブリックイメージ]
家から歩いてちょっとのスポーツセンター。
ひび割れたハードコートとゴルフの打ちっ放しにバッティングセンター。
一年に数回打ちっ放しに行く位で、今日がその数回のうちの1回。
期待せずに打ち始めたら結構調子いい。
(トップの位置をもう少し高くしたらいいかな?)なんて思いついて、やって見たら何かいい感じ。
そこへ向こうから歩いて来る女性と目が合った。
一昨年の暮れにここで会って以来で、最近のスコアと世間話。
「テニスあれだけ出来るんだから大丈夫でしょう?!」
そう、この方は学生時代にアルバイトコーチをしていた時のお客さん。
話の合間に何気なく一球打ったら、
「あ〜スライスねえ。しちゃうのよね。テニスもスライス上手かったもんね」
はい、お後がよろしいようで……。
先週のニュースの中に「テニスインストラクターを酒気帯び容疑で逮捕」ってのがあった。
この事件の詳細とこのコーチの事は置いて於いて、マスコミにとってテニスコーチってのはどういうカテゴリに入るんだろう?
「テニスコーチともあろう者がこんな事をして」なのか、それとも「やっぱりテニスコーチはこんな事をしでかす」なのか。
いずれにせよ見出しに職種が出るんだから、社会の中での自分達の立ち位置はわかる。
打ちっ放しの後、何だかんだで動き回っていたら夜8時。
近所の餃子の美味い店に家族と入って生ビール。
後ろのテーブルでは50〜60才のグループが紹興酒の燗で盛り上がっている。
初めてオーダーしてみた「辛しめん」が大ヒット。
調子に乗って生ビールをもう一杯行こうとしたら、後ろのテーブルから「オープンスタンスが〜」という声。
(うん?)と聞き耳をたてるとやっぱり皆テニス仲間っぽい。
(公園のコートでプレーした帰りだな)と納得してたら、「◯◯コーチがね、〜で」とコーチの話が始まった。
良く考えたらここはさっきのスポーツセンターの側。
幸い名前を出されていたコーチの評判は悪くなかった。
帰宅後予想外の雨が降って来た。
(明日の朝イチのコート大丈夫かな)と心配になるのと同時に、指がiPhoneのタッチパネルを滑り出し明日の出席人数をチェック。
チェックと同時にレッスンプランが膨らみ出す。
明日は早く行って吸水ローラーとスポンジをフル稼働しなきゃだから寝るか。
ひび割れたハードコートとゴルフの打ちっ放しにバッティングセンター。
一年に数回打ちっ放しに行く位で、今日がその数回のうちの1回。
期待せずに打ち始めたら結構調子いい。
(トップの位置をもう少し高くしたらいいかな?)なんて思いついて、やって見たら何かいい感じ。
そこへ向こうから歩いて来る女性と目が合った。
一昨年の暮れにここで会って以来で、最近のスコアと世間話。
「テニスあれだけ出来るんだから大丈夫でしょう?!」
そう、この方は学生時代にアルバイトコーチをしていた時のお客さん。
話の合間に何気なく一球打ったら、
「あ〜スライスねえ。しちゃうのよね。テニスもスライス上手かったもんね」
はい、お後がよろしいようで……。
先週のニュースの中に「テニスインストラクターを酒気帯び容疑で逮捕」ってのがあった。
この事件の詳細とこのコーチの事は置いて於いて、マスコミにとってテニスコーチってのはどういうカテゴリに入るんだろう?
「テニスコーチともあろう者がこんな事をして」なのか、それとも「やっぱりテニスコーチはこんな事をしでかす」なのか。
いずれにせよ見出しに職種が出るんだから、社会の中での自分達の立ち位置はわかる。
打ちっ放しの後、何だかんだで動き回っていたら夜8時。
近所の餃子の美味い店に家族と入って生ビール。
後ろのテーブルでは50〜60才のグループが紹興酒の燗で盛り上がっている。
初めてオーダーしてみた「辛しめん」が大ヒット。
調子に乗って生ビールをもう一杯行こうとしたら、後ろのテーブルから「オープンスタンスが〜」という声。
(うん?)と聞き耳をたてるとやっぱり皆テニス仲間っぽい。
(公園のコートでプレーした帰りだな)と納得してたら、「◯◯コーチがね、〜で」とコーチの話が始まった。
良く考えたらここはさっきのスポーツセンターの側。
幸い名前を出されていたコーチの評判は悪くなかった。
帰宅後予想外の雨が降って来た。
(明日の朝イチのコート大丈夫かな)と心配になるのと同時に、指がiPhoneのタッチパネルを滑り出し明日の出席人数をチェック。
チェックと同時にレッスンプランが膨らみ出す。
明日は早く行って吸水ローラーとスポンジをフル稼働しなきゃだから寝るか。
2010年11月10日
Scene 295 [俺の声]
今年の東レPPO。
スキアボーネとの準決勝。
デメンティエワのパフォーマンスは素晴らしかった。
突如の引退。
スキアボーネに勝利した後にサインをもらった娘は心底驚いていた。
ジャパン・オープン準決勝。
ナダルとトロイツキの闘いも素晴らしかった。
「本当はナダル負けてたよね?!」なんて声も聞こえる。
トロイツキはその数週間後にツアー初優勝を遂げた。
バリでクルム伊達公子はイバノビッチに敗退。
大阪でのタナスガーン戦に続きフルセットでの敗退。
でも彼女は今40才にして世界46位で日本女子最高位。
シャラポア、サフィーナ、ハンチュコバ、今年破ったビッグネーム多数。
でも彼女はそれで満足してないし、誰もそう思ってない。
全日本選手権女子決勝。
米村知子は3回目の挑戦で又しても涙を呑んだ。
「3度目の正直という思いで決勝に挑んだが、私の夢を叶える事が出来ませんでした」
「思い」と「想い」。
「3度目の正直という」に続く「おもい」に、どちらが合っているんだろうと暫し悩む。
そして俺は1986年から聴き続けてる曲を頭で鳴らす。
SIONの"俺の声"
"色褪せても笑うヒーロー達の写真は 栄光と挫折を一度に晒してしまう いらつかせる夜が 今日も眠らせちゃくれない 闇の中を俺は 睨みつけるしかない"
今夜も沁みる。
サビは、
"俺は王様だと思ってた 俺の声で誰でも踊ると思ってた だがしかし 俺の叫ぶ声は ピンボールさ はねてるだけ"
報われない悔しさ、虚しさ。
それを越える為に今がある。
スキアボーネとの準決勝。
デメンティエワのパフォーマンスは素晴らしかった。
突如の引退。
スキアボーネに勝利した後にサインをもらった娘は心底驚いていた。
ジャパン・オープン準決勝。
ナダルとトロイツキの闘いも素晴らしかった。
「本当はナダル負けてたよね?!」なんて声も聞こえる。
トロイツキはその数週間後にツアー初優勝を遂げた。
バリでクルム伊達公子はイバノビッチに敗退。
大阪でのタナスガーン戦に続きフルセットでの敗退。
でも彼女は今40才にして世界46位で日本女子最高位。
シャラポア、サフィーナ、ハンチュコバ、今年破ったビッグネーム多数。
でも彼女はそれで満足してないし、誰もそう思ってない。
全日本選手権女子決勝。
米村知子は3回目の挑戦で又しても涙を呑んだ。
「3度目の正直という思いで決勝に挑んだが、私の夢を叶える事が出来ませんでした」
「思い」と「想い」。
「3度目の正直という」に続く「おもい」に、どちらが合っているんだろうと暫し悩む。
そして俺は1986年から聴き続けてる曲を頭で鳴らす。
SIONの"俺の声"
"色褪せても笑うヒーロー達の写真は 栄光と挫折を一度に晒してしまう いらつかせる夜が 今日も眠らせちゃくれない 闇の中を俺は 睨みつけるしかない"
今夜も沁みる。
サビは、
"俺は王様だと思ってた 俺の声で誰でも踊ると思ってた だがしかし 俺の叫ぶ声は ピンボールさ はねてるだけ"
報われない悔しさ、虚しさ。
それを越える為に今がある。
2010年10月25日
Scene 294 [Good Audience #2]
目の前2mのところに石川遼がいる。
最終ホールの第2打。
ラフに入ったボールを「道が見える」と一言発し、グリーンに向かって打った。
どんな擬似音も当てはまらない物凄い打球音がした。
TV収録用のマイクがその音を拾って、スピーカーがハウったのかと思った位だ。
しばらくして、藤子不二雄Aはプロゴルファー猿の打球音でこんな音を表現したかったのかなあと、どうでもいい事すら頭に浮かんだ。
石川遼がグリーンに向かって歩き出すと、近くの人達がターフが取れた跡を撫でてる。
大相撲で引き上げてくる勝った力士の背中を叩く客の様だ。
この日は完全クローズドの9ホールのみのイベント。
参加プロは石川遼、丸山茂樹、藤田寛之、宮本勝昌の4名。
招待客は約2,500人でこれは通常の大会の1/4以下らしい。
若干遅れて着くと既にスタートしていて、MCがいて遠くからアナウンスや歓声が聞こえる。
ゴルフ通の知人の言うがままに4番のティーインググラウンドへ。
暫くするとスピーカーを積んだカートが滑り込んで来て、俺等の真横を石川遼が通って行った。
「顔ちっちぇえ!」
TV縦横比現象なのか、初めて生で見た彼は本当に顔が小さくてスリムだった。
そしてそのホールはドラコン獲得。
そこで気付く。
殆どミスをしないでフェアウェイを歩いて行く選手達にずっとついて行くのは無理だ。
隣のミドルのグリーンで待っていたらあっと言う間にやって来て、ティーショットを放ち、こっちに向かってズンズンやって来る。
そんなこんなで冒頭のシーン。
ゴルフ通2人の読みで、この辺が第2打だろうって所に陣取っていたら、来た。
しかも石川遼のボールがフェアウェイを外れて、正しく俺等の足元に。
すんげェものを観ちゃったなとしか言えない。
然程ゴルフを知らない俺でも、世界を相手に戦うプロってのはこうなんだなと納得した。
観戦中の彼等との距離感は田園クラブで観たジャパンオープンみたいだった。
今でも覚えてる。
あのクラブハウスの前で試合を観ながら談笑しているオランテスが気軽にサインくれたり、九鬼さんが皆が書き込んでくれた色紙を見て、「俺真ん中でいいのかなあ」とペンを走らせてくれたのを。
あの時の俺は中2。
楽しかった。
もっと強くなりたい!とポジティヴに感じた。
ゴルフ観戦も子供達にそんな想いを抱かせるんだろう。
「国技館の焼き鳥って美味いんだからさ」と子供を相撲観戦に連れ出すシンガーの話を聞いた事がある。
俺達もテニスキッズの手を引っ張って有明に行こうや。
最終ホールの第2打。
ラフに入ったボールを「道が見える」と一言発し、グリーンに向かって打った。
どんな擬似音も当てはまらない物凄い打球音がした。
TV収録用のマイクがその音を拾って、スピーカーがハウったのかと思った位だ。
しばらくして、藤子不二雄Aはプロゴルファー猿の打球音でこんな音を表現したかったのかなあと、どうでもいい事すら頭に浮かんだ。
石川遼がグリーンに向かって歩き出すと、近くの人達がターフが取れた跡を撫でてる。
大相撲で引き上げてくる勝った力士の背中を叩く客の様だ。
この日は完全クローズドの9ホールのみのイベント。
参加プロは石川遼、丸山茂樹、藤田寛之、宮本勝昌の4名。
招待客は約2,500人でこれは通常の大会の1/4以下らしい。
若干遅れて着くと既にスタートしていて、MCがいて遠くからアナウンスや歓声が聞こえる。
ゴルフ通の知人の言うがままに4番のティーインググラウンドへ。
暫くするとスピーカーを積んだカートが滑り込んで来て、俺等の真横を石川遼が通って行った。
「顔ちっちぇえ!」
TV縦横比現象なのか、初めて生で見た彼は本当に顔が小さくてスリムだった。
そしてそのホールはドラコン獲得。
そこで気付く。
殆どミスをしないでフェアウェイを歩いて行く選手達にずっとついて行くのは無理だ。
隣のミドルのグリーンで待っていたらあっと言う間にやって来て、ティーショットを放ち、こっちに向かってズンズンやって来る。
そんなこんなで冒頭のシーン。
ゴルフ通2人の読みで、この辺が第2打だろうって所に陣取っていたら、来た。
しかも石川遼のボールがフェアウェイを外れて、正しく俺等の足元に。
すんげェものを観ちゃったなとしか言えない。
然程ゴルフを知らない俺でも、世界を相手に戦うプロってのはこうなんだなと納得した。
観戦中の彼等との距離感は田園クラブで観たジャパンオープンみたいだった。
今でも覚えてる。
あのクラブハウスの前で試合を観ながら談笑しているオランテスが気軽にサインくれたり、九鬼さんが皆が書き込んでくれた色紙を見て、「俺真ん中でいいのかなあ」とペンを走らせてくれたのを。
あの時の俺は中2。
楽しかった。
もっと強くなりたい!とポジティヴに感じた。
ゴルフ観戦も子供達にそんな想いを抱かせるんだろう。
「国技館の焼き鳥って美味いんだからさ」と子供を相撲観戦に連れ出すシンガーの話を聞いた事がある。
俺達もテニスキッズの手を引っ張って有明に行こうや。
2010年10月10日
Scene 293 [Good Audience]
ナダルが有明のセンターコートに姿を現した。
数分前に圭が負けてしまった喪失感を補って余りある歓声と熱気。
これが世界一ってやつか。
駅を降りてコロシアムブリッジを渡っていると、コート側の階段に人が鈴なりになっている。
つられて観てみると、真ん中のコートで圭、その隣でナダルが練習していた。
コロシアムではロディックvs伊藤竜馬の1stセット中。
それなのに練習コート周辺は幾重もの人垣。
照明台座、水飲み場、ゴミ箱、登れるものには必ず誰かが登って、ナダルとナダル越しに圭を見つめている。
そこで鉢合わせたジュニア強化コーチは、「凄い音させてますよねえ」とナダルにため息。
そんな後のナダル登場。
右隣には「ナダルが観たい」と学校を早退して来た長男。
左隣のプロテニスコーチは、試合開始直前に息を切らせながら席に戻って来た。
「豪とモンフィスをちょっとだけでも観ておきたくて」
「どうだった?」
「結構いい感じでしたよ」
このやり取りを聞いていた長男が、「ちょっとしたら観に行こうよ」と来た。
ナダルが観たくて、正しくナダルが目の前で試合を始めようって時に大したもんだ。
とは言え、1stが5-2ナダルになったところで、どうしても気になって1番コートへ。
ナダルが初めて日本で試合をしている最中だというのに、物凄い観客の数。
デ杯監督、フェド杯監督をはじめ主だった強化コーチが連なり、試合中でない日本選手も殆どいる様に見受けられる。
1stはタイブレーク10-8でモンフィスで2ndは1-1。
練習コートで合ったコーチが寄って来て試合状況を教えてくれた。
「セットポイントがあったんですけどねえ。ちょっと待っちゃって取られちゃったんですよ。
その次のポイントがアグレッシヴに行って獲っただけに惜しかったですよ」
モンフィスはかなり辛そうだった。
フェンスに手をかけうつむき、まるで宿酔いの様に落ち着きなく動いてる。
彼のイメージからか、ドレッドに巻いた白くぶっといヘアバンドがでかいヘッドフォンに見間違える。
2 ndも添田選手に何回もいい波が来る。
応援者からは学生テニスの様なかけ声がかかる。
モンフィスはスライスでしこってる。
あの長い手足でしこりに徹しているんだから、そりゃあ良く返す。
そしてしっかりボールの後ろに入った時だけは、呆れるな速さとコースでエースを奪う。
そんなモンフィスを崩しきれず5-4になったが、まだ添田選手にも分があると誰もが感じ応援してる。
目の前にいる岩渕プロが「まだ行けるぞ!ここだ!ここ!」と声をかけた。
結局、2ndは6-4。
試合が終ってベンチに戻った両者は暫く動かない。
モンフィスは肩で息をしてうつむき、添田選手は唇を噛み締め一点を見つめたまま。
添田選手がコートを出る時思わず「ナイスゲーム!」と声をかけた。
「楽しいだろ?!早いラウンド観に来るのって」
押しつぶされながらガスケのサインをGetしたガキは嬉しそう。
予選を観に来て、しこたまサインをもらった友人の子供の話をすると、「え〜いいなあ、今度は予選から来たい。嵐のサインよりプロテニス選手のサインの方が価値あるよね!」
う〜む、嵐のサインとの比較はムツカシイ……。
まっ、こういうのはビッグテニストーナメントならではの楽しみ方だ。
コンサート、プロ野球じゃなかなかこうは行かない。
さっ、次はいつ行く?有明へ!
数分前に圭が負けてしまった喪失感を補って余りある歓声と熱気。
これが世界一ってやつか。
駅を降りてコロシアムブリッジを渡っていると、コート側の階段に人が鈴なりになっている。
つられて観てみると、真ん中のコートで圭、その隣でナダルが練習していた。
コロシアムではロディックvs伊藤竜馬の1stセット中。
それなのに練習コート周辺は幾重もの人垣。
照明台座、水飲み場、ゴミ箱、登れるものには必ず誰かが登って、ナダルとナダル越しに圭を見つめている。
そこで鉢合わせたジュニア強化コーチは、「凄い音させてますよねえ」とナダルにため息。
そんな後のナダル登場。
右隣には「ナダルが観たい」と学校を早退して来た長男。
左隣のプロテニスコーチは、試合開始直前に息を切らせながら席に戻って来た。
「豪とモンフィスをちょっとだけでも観ておきたくて」
「どうだった?」
「結構いい感じでしたよ」
このやり取りを聞いていた長男が、「ちょっとしたら観に行こうよ」と来た。
ナダルが観たくて、正しくナダルが目の前で試合を始めようって時に大したもんだ。
とは言え、1stが5-2ナダルになったところで、どうしても気になって1番コートへ。
ナダルが初めて日本で試合をしている最中だというのに、物凄い観客の数。
デ杯監督、フェド杯監督をはじめ主だった強化コーチが連なり、試合中でない日本選手も殆どいる様に見受けられる。
1stはタイブレーク10-8でモンフィスで2ndは1-1。
練習コートで合ったコーチが寄って来て試合状況を教えてくれた。
「セットポイントがあったんですけどねえ。ちょっと待っちゃって取られちゃったんですよ。
その次のポイントがアグレッシヴに行って獲っただけに惜しかったですよ」
モンフィスはかなり辛そうだった。
フェンスに手をかけうつむき、まるで宿酔いの様に落ち着きなく動いてる。
彼のイメージからか、ドレッドに巻いた白くぶっといヘアバンドがでかいヘッドフォンに見間違える。
2 ndも添田選手に何回もいい波が来る。
応援者からは学生テニスの様なかけ声がかかる。
モンフィスはスライスでしこってる。
あの長い手足でしこりに徹しているんだから、そりゃあ良く返す。
そしてしっかりボールの後ろに入った時だけは、呆れるな速さとコースでエースを奪う。
そんなモンフィスを崩しきれず5-4になったが、まだ添田選手にも分があると誰もが感じ応援してる。
目の前にいる岩渕プロが「まだ行けるぞ!ここだ!ここ!」と声をかけた。
結局、2ndは6-4。
試合が終ってベンチに戻った両者は暫く動かない。
モンフィスは肩で息をしてうつむき、添田選手は唇を噛み締め一点を見つめたまま。
添田選手がコートを出る時思わず「ナイスゲーム!」と声をかけた。
「楽しいだろ?!早いラウンド観に来るのって」
押しつぶされながらガスケのサインをGetしたガキは嬉しそう。
予選を観に来て、しこたまサインをもらった友人の子供の話をすると、「え〜いいなあ、今度は予選から来たい。嵐のサインよりプロテニス選手のサインの方が価値あるよね!」
う〜む、嵐のサインとの比較はムツカシイ……。
まっ、こういうのはビッグテニストーナメントならではの楽しみ方だ。
コンサート、プロ野球じゃなかなかこうは行かない。
さっ、次はいつ行く?有明へ!
2010年09月26日
Scene 292 [毎日がテニスの日]
「男の子、男性は手を叩いて下さ〜い!」
「次は女の子、女性は手を叩いて下さ〜い!」
「じゃあ今度は学年別に行こうかな。まずは1年生!」
体育館に集まった児童とその家族を前にシンガーは、“リサーチ”から講演ライヴをスタートさせた。
その後はバイオリンでJRの踏切の音、次に小田急線の踏切の音、更には会場沿線の西武線の踏切の音を再現してみせて、会場に感嘆と親近感を覚えさせ、演奏に入って行った。
シンガーの名前は“増田太郎”。
20歳で失明したというプロフィールを臆せず、デフォルメもせず、エンターテイメントする姿に、今更ながら(人ってのはコミュニケーションが大事で、それが自分が好きな事、得意な事で出来るのは素晴らしい事なんだな)と改めて気付かされる。
オーラス前、「エッセイにもつけたタイトル」と“毎日が歌ってる”という曲が始まった。
(“毎日歌ってる”じゃなくて“毎日が歌ってる”なんだ)と、[が]が入らないその訳や、そう表現したい彼の感性に想いを馳せて聴き入る。
“やれるんだ 出来るんだ 今の自分でも こんな自分じゃ 何一つ 出来ないと思ってた 描いてた未来とは少し違うけど あの頃より確かに僕の毎日が歌ってる”
そんな歌詞を青臭く感じず聴いてる自分にちょっと驚いていると、一昨日の豪雨の有明でのワンシーンを思い出した。
一昨日、9月23日はテニスの日。
この日を中心に趣向を凝らしたイベントが日本各地で行われている。
“聖地”有明テニスの森はそのメイン会場として、テニス界のいろんなポジションの人達がボランティアとして駆けつけ、テニスへの感謝の気持ちを込め、様々なイベントを行う。
スタッフの為に用意される弁当の数は約300個。
前日仕込みをしたスタッフが当日も早出で、7時前からどんより曇った空の下で設営を開始。
僅かに用意されている当日受付分を目指すテニスフリークも既にチラホラ。
大半のスタッフも集合時間よりかなり早く集まって来ている。
「何とか午前中、ボレーボレー迄は出来そうだね」
「始まっちゃえば何とかなるよ」
でも、不安を打ち消そうとそんな言葉を掛け合い、会場を作り上げて行くスタッフ達の上に雨が落ちて来た。
最初は「大丈夫!大丈夫!」と言っていられたが、雨粒は見る見るうちに大きくなり、ハードコートは水浸し。
「砂入り人工芝はまだ行ける」と言ってるうちに更に雨脚は強くなり、無情の中止。
それでも集まってくれた数百人の人達の為に何とかしようと、各メーカーはお土産を用意し、翌日から予選開始の東レPPOはコロシアムでの選手の練習を数時間見学可としてくれる等粋なはからいを見せてくれた。
そしてコーチ達は雨が止んだ隙をついて、何とかプレーが出来そうな砂入り人工芝コートに飛び出して行ってワンポイントレッスン開始。
それなのに又雨。
それもいきなりバケツをひっくり返した様な雨、“Buckets Of Rain”。
“やらなきゃいけないことをやるだけだよ。だからうまく行くんだ”
(Buckets Of Rain/Bob Dylan)
あの激しい雨の中、コートから出てくる人達の顔は皆笑顔だった。
撤収作業が終り、学生ボランティアへテニスの日実行委員長が挨拶。
感謝の言葉の合間に彼はこう言った。
「我々テニス界で生きる者にとっては毎日がテニスの日だ」
同じ場にいたプロテニスコーチ達は皆頷き、気持ちが通じ合っているのが良くわかった。
常にテニスを愛し、広めたいという気持ちが学生達に伝わっただろうか。
学校ライヴのシンガーも、単に子供ウケを狙う事は出来たんだろう。
でもショートカットの言葉や振る舞いは心には残らない。
その時届かなくても、心の片隅に残っていた言葉を噛み締める夜は無数にある。
誰かに、何かに、真摯に向き合う時が来た時に、フラッシュバックする言葉、想いは俺等の心の扉の中にあるんだぜ。
2010年9月23日、有明にいた全てのテニスフリークに感謝します。
「次は女の子、女性は手を叩いて下さ〜い!」
「じゃあ今度は学年別に行こうかな。まずは1年生!」
体育館に集まった児童とその家族を前にシンガーは、“リサーチ”から講演ライヴをスタートさせた。
その後はバイオリンでJRの踏切の音、次に小田急線の踏切の音、更には会場沿線の西武線の踏切の音を再現してみせて、会場に感嘆と親近感を覚えさせ、演奏に入って行った。
シンガーの名前は“増田太郎”。
20歳で失明したというプロフィールを臆せず、デフォルメもせず、エンターテイメントする姿に、今更ながら(人ってのはコミュニケーションが大事で、それが自分が好きな事、得意な事で出来るのは素晴らしい事なんだな)と改めて気付かされる。
オーラス前、「エッセイにもつけたタイトル」と“毎日が歌ってる”という曲が始まった。
(“毎日歌ってる”じゃなくて“毎日が歌ってる”なんだ)と、[が]が入らないその訳や、そう表現したい彼の感性に想いを馳せて聴き入る。
“やれるんだ 出来るんだ 今の自分でも こんな自分じゃ 何一つ 出来ないと思ってた 描いてた未来とは少し違うけど あの頃より確かに僕の毎日が歌ってる”
そんな歌詞を青臭く感じず聴いてる自分にちょっと驚いていると、一昨日の豪雨の有明でのワンシーンを思い出した。
一昨日、9月23日はテニスの日。
この日を中心に趣向を凝らしたイベントが日本各地で行われている。
“聖地”有明テニスの森はそのメイン会場として、テニス界のいろんなポジションの人達がボランティアとして駆けつけ、テニスへの感謝の気持ちを込め、様々なイベントを行う。
スタッフの為に用意される弁当の数は約300個。
前日仕込みをしたスタッフが当日も早出で、7時前からどんより曇った空の下で設営を開始。
僅かに用意されている当日受付分を目指すテニスフリークも既にチラホラ。
大半のスタッフも集合時間よりかなり早く集まって来ている。
「何とか午前中、ボレーボレー迄は出来そうだね」
「始まっちゃえば何とかなるよ」
でも、不安を打ち消そうとそんな言葉を掛け合い、会場を作り上げて行くスタッフ達の上に雨が落ちて来た。
最初は「大丈夫!大丈夫!」と言っていられたが、雨粒は見る見るうちに大きくなり、ハードコートは水浸し。
「砂入り人工芝はまだ行ける」と言ってるうちに更に雨脚は強くなり、無情の中止。
それでも集まってくれた数百人の人達の為に何とかしようと、各メーカーはお土産を用意し、翌日から予選開始の東レPPOはコロシアムでの選手の練習を数時間見学可としてくれる等粋なはからいを見せてくれた。
そしてコーチ達は雨が止んだ隙をついて、何とかプレーが出来そうな砂入り人工芝コートに飛び出して行ってワンポイントレッスン開始。
それなのに又雨。
それもいきなりバケツをひっくり返した様な雨、“Buckets Of Rain”。
“やらなきゃいけないことをやるだけだよ。だからうまく行くんだ”
(Buckets Of Rain/Bob Dylan)
あの激しい雨の中、コートから出てくる人達の顔は皆笑顔だった。
撤収作業が終り、学生ボランティアへテニスの日実行委員長が挨拶。
感謝の言葉の合間に彼はこう言った。
「我々テニス界で生きる者にとっては毎日がテニスの日だ」
同じ場にいたプロテニスコーチ達は皆頷き、気持ちが通じ合っているのが良くわかった。
常にテニスを愛し、広めたいという気持ちが学生達に伝わっただろうか。
学校ライヴのシンガーも、単に子供ウケを狙う事は出来たんだろう。
でもショートカットの言葉や振る舞いは心には残らない。
その時届かなくても、心の片隅に残っていた言葉を噛み締める夜は無数にある。
誰かに、何かに、真摯に向き合う時が来た時に、フラッシュバックする言葉、想いは俺等の心の扉の中にあるんだぜ。
2010年9月23日、有明にいた全てのテニスフリークに感謝します。
2010年09月10日
Scene 291 [通り過ぎる夏 #2]
東京に戻った翌日、訃報が届いた。
ジュニアテニスチームでお世話になった先生が脳溢血で急死。
校長だったコーチに連絡を廻すと「あいつ油断したのかなあ。お前も気をつけろよ」。
エピソードに事欠かないタフな人だっただけに、「早過ぎる」としか言葉が出ない。
お通夜の参列者は驚く位多くて、長蛇の列。
その後は当然ミニ同窓会。
不動前の小さな焼き鳥屋に約20名がひしめいて献杯。
そして2次会は5人で目黒へ。
ワインを呑みながら昔話。
天才としか形容出来ない3つ上の先輩が、「テニスってさ、90%、いや96%メンタルだよね」と話す。
ジュニアタイトルを総なめし、まだ誰もアメリカに行かなかった頃にテニス留学した時の話。
開会式をボイコットして叩かれた話。
そして今のジュニアの話。
「苦労等した事がないんだろう」と思わせていたジュニア時代の人知れぬ努力や苦しみを聞いてるうちに、どんどん引き込まれて行った。
そして感じる。
俺達は相変わらず今を生きているんだと。
8月の終り。
又訃報が届いた。
今度は他校の先輩のお母さん。
たまにウチの学校の練習に顔を出して、中学生だった俺を嫌な顔せず相手にしてくれた先輩。
(続くなあ)とお通夜に参列する気でいたら、翌日「お父さんも亡くなった」と連絡。
絶句。
通夜は又テニス関係者で溢れていた。
そして柴崎の駅前の居酒屋。
今日は大学体育会関係者ばかり。
俺は大学テニスはしなかったが、同じ学校の余計なお世話が得意な先輩のおかげで、何だかんだ顔見知りがいたり、話が通じたりする。
体育会特有の雰囲気を久々に味わった。
9月。
土俵の鬼、昭和の名横綱の訃報。
個人を超越した時代の代表者としてのマスコミの取り上げ方に最初は気付かなかったが、先日ご両親を亡くした先輩と一緒に練習に来てくれた他校先輩の中に、その名横綱のご子息がいた事を思い出した。
はたかれたり、結構可愛がられたんだよな。
とにかく2010年の夏も終わる。
"俺は知らねー 何も聞いてない 夏の記憶も 風に揺れるはっばも ぼんやりばっかしてるほど まだ涙は枯れてねーぞ 温泉行きてーなー 海水浴に行きてーなー 来年40 通り過ぎる夏" (通り過ぎる夏/O.P.KING)
ジュニアテニスチームでお世話になった先生が脳溢血で急死。
校長だったコーチに連絡を廻すと「あいつ油断したのかなあ。お前も気をつけろよ」。
エピソードに事欠かないタフな人だっただけに、「早過ぎる」としか言葉が出ない。
お通夜の参列者は驚く位多くて、長蛇の列。
その後は当然ミニ同窓会。
不動前の小さな焼き鳥屋に約20名がひしめいて献杯。
そして2次会は5人で目黒へ。
ワインを呑みながら昔話。
天才としか形容出来ない3つ上の先輩が、「テニスってさ、90%、いや96%メンタルだよね」と話す。
ジュニアタイトルを総なめし、まだ誰もアメリカに行かなかった頃にテニス留学した時の話。
開会式をボイコットして叩かれた話。
そして今のジュニアの話。
「苦労等した事がないんだろう」と思わせていたジュニア時代の人知れぬ努力や苦しみを聞いてるうちに、どんどん引き込まれて行った。
そして感じる。
俺達は相変わらず今を生きているんだと。
8月の終り。
又訃報が届いた。
今度は他校の先輩のお母さん。
たまにウチの学校の練習に顔を出して、中学生だった俺を嫌な顔せず相手にしてくれた先輩。
(続くなあ)とお通夜に参列する気でいたら、翌日「お父さんも亡くなった」と連絡。
絶句。
通夜は又テニス関係者で溢れていた。
そして柴崎の駅前の居酒屋。
今日は大学体育会関係者ばかり。
俺は大学テニスはしなかったが、同じ学校の余計なお世話が得意な先輩のおかげで、何だかんだ顔見知りがいたり、話が通じたりする。
体育会特有の雰囲気を久々に味わった。
9月。
土俵の鬼、昭和の名横綱の訃報。
個人を超越した時代の代表者としてのマスコミの取り上げ方に最初は気付かなかったが、先日ご両親を亡くした先輩と一緒に練習に来てくれた他校先輩の中に、その名横綱のご子息がいた事を思い出した。
はたかれたり、結構可愛がられたんだよな。
とにかく2010年の夏も終わる。
"俺は知らねー 何も聞いてない 夏の記憶も 風に揺れるはっばも ぼんやりばっかしてるほど まだ涙は枯れてねーぞ 温泉行きてーなー 海水浴に行きてーなー 来年40 通り過ぎる夏" (通り過ぎる夏/O.P.KING)
2010年08月25日
Scene 290 [通り過ぎる夏]
「終った事を気にしてると長生き出来ないよ!」
ガキが笑いながら冷やかして来て、娘も家人も笑いながら相槌を打つ。
軽井沢の友人別荘。
苔のむす庭でのBBQ。
友人とはジュニアテニスチームの後輩の元女子ツアー選手。
「これね、ルーマニアのドンペリ」
と、旦那がスパークリングワインをついでくれる。
奴は陽気なフランス人。
シャンパンの輸入もしていて当然ワインには詳しい。
ルーマニアのドンペリ、これが値段を聞いてビックリ。
安い。
「1,500円も出せば十分美味しいワインが手に入るよ」
確かに美味かった。
ナスターゼも呑んでるのかな。
「明日何してるの?」
「ホテルのコートでテニス」
「じゃあ明日も家来なよ。横のコート取ってあるから」
翌日手入れの行き届いたクレーコートで約3時間。
たっぷり楽しんで又庭でのハンバーガー会。
その後は、「高校卒業後は自立しなければいけない」という家訓の為に、ここを通りがかった車相手に1台500円で洗車のアルバイトをしているという、奴の娘2人に当然洗車をオーダー。
そこでやっちゃったんだよな、車の入替えの時に。
軽井沢特有の低い溶岩の石垣でバンパーを。
それを受けての冒頭のガキの台詞。
お前に"Daddy you're a fool to cry"って言われるなんてなあ。
Thank You!
翌日帰る前に旧軽を流していたら奴からメール。
<忘れ物してるよ!>
又しても奴の別荘へ。
子供達は車から飛び出して庭を走って行く。
近付いて来た奴と小さな声でさっき知った事を伝える。
「N先生が今朝倒れてやばいらしい」
「えっ?!」
「何かわかったら又連絡する」
奴の娘達とウチのガキ共が大声で叫んでる。
「渋滞してるからご飯食べて行きなよ!」
「そうだよ!食べて行こうよ!」
流石に今日はと遠慮して車を出したら電話が鳴った。
「渋滞ひどくなってるみたいだよ!」と可愛い声。
南軽井沢の交差点の表示は確かに渋滞が伸びてる。
「OK。じゃあお世話になるよ。ピザでも買ってく」
「本当!トロピカル買って来てね!」
渋滞も終った高速を飛ばして24時半に帰京。
"君がくれた夏の記憶 ひとつふたつ閉じる前に いちどやさしー雨の朝に ぬれに行こう 目さます前に 通り過ぎる夏"(通り過ぎる夏/O.P.KING)
ガキが笑いながら冷やかして来て、娘も家人も笑いながら相槌を打つ。
軽井沢の友人別荘。
苔のむす庭でのBBQ。
友人とはジュニアテニスチームの後輩の元女子ツアー選手。
「これね、ルーマニアのドンペリ」
と、旦那がスパークリングワインをついでくれる。
奴は陽気なフランス人。
シャンパンの輸入もしていて当然ワインには詳しい。
ルーマニアのドンペリ、これが値段を聞いてビックリ。
安い。
「1,500円も出せば十分美味しいワインが手に入るよ」
確かに美味かった。
ナスターゼも呑んでるのかな。
「明日何してるの?」
「ホテルのコートでテニス」
「じゃあ明日も家来なよ。横のコート取ってあるから」
翌日手入れの行き届いたクレーコートで約3時間。
たっぷり楽しんで又庭でのハンバーガー会。
その後は、「高校卒業後は自立しなければいけない」という家訓の為に、ここを通りがかった車相手に1台500円で洗車のアルバイトをしているという、奴の娘2人に当然洗車をオーダー。
そこでやっちゃったんだよな、車の入替えの時に。
軽井沢特有の低い溶岩の石垣でバンパーを。
それを受けての冒頭のガキの台詞。
お前に"Daddy you're a fool to cry"って言われるなんてなあ。
Thank You!
翌日帰る前に旧軽を流していたら奴からメール。
<忘れ物してるよ!>
又しても奴の別荘へ。
子供達は車から飛び出して庭を走って行く。
近付いて来た奴と小さな声でさっき知った事を伝える。
「N先生が今朝倒れてやばいらしい」
「えっ?!」
「何かわかったら又連絡する」
奴の娘達とウチのガキ共が大声で叫んでる。
「渋滞してるからご飯食べて行きなよ!」
「そうだよ!食べて行こうよ!」
流石に今日はと遠慮して車を出したら電話が鳴った。
「渋滞ひどくなってるみたいだよ!」と可愛い声。
南軽井沢の交差点の表示は確かに渋滞が伸びてる。
「OK。じゃあお世話になるよ。ピザでも買ってく」
「本当!トロピカル買って来てね!」
渋滞も終った高速を飛ばして24時半に帰京。
"君がくれた夏の記憶 ひとつふたつ閉じる前に いちどやさしー雨の朝に ぬれに行こう 目さます前に 通り過ぎる夏"(通り過ぎる夏/O.P.KING)
2010年08月10日
Scene 289 [I GET REQUESTS]
「高校の頃憧れてました。10年位前にはここで挨拶させてもらって」
お世辞とわかっていても褒められたり持ち上げられるのは照れる。
「その時俺すげえ嫌な奴だったでしょ?!」
と話の腰を折るのが精一杯。
山中湖のテニス民宿発祥の宿。
母校の中学校の合宿のヘルプに来た。
と言っても東京を出たのが夜8時過ぎだったらから、初日の呑みから参加。
勿論現役の姿はない。
コーチ役のOB達と定年退職したばかりの元顧問に、名誉OBとでも呼べそうな宿主。
今時の部活事情に学校事情とトッポジージョ。
そこに他校のチームが加わって来ての冒頭の会話。
彼と一緒に来てる現役女子選手も入って来て更にコアなテニス裏事情話。
44度の泡盛を開けきる前にお開き。
翌朝のランニング。
「集合」の声に集まって来る連中からはズッタラズリズリと靴を引き摺る音。
ラケットはだらしなく下を向いてブランブランしてる。
とてもじゃないがテニス部員の歩き方じゃあない。
コーチ達からは限られた時間を惜しんで、何とかしてあげたいという気持ちがありありと伝わって来るが、部員達からは「強くなりたい」「上手くなりたい」という気持ちは感じられず、「返事は!」と言われなければ返事もない。
当然コーチへの質問も要求もない。
自我が目覚めだす頃に感じる照隠しの感情が、ポーズからそのまま無関心、無気力、無責任として定着してしまうってのは良くある話だ。
そこのステップの途中で力をつけたり、小さな事でも達成感を味わえればそうはならないんだが、集団の悪循環が加わってしまうと事は厄介なんだよな。
救いはこれ又良くある話だが、一人一人個別に接すると“いい奴”がいるってこと。
コアな存在になれる者を一人でも増えて行けばいいのだが。
山中湖を夕方前に出る時の温度は24度。
湿気もなく車のエアコンは入らない。
それが上野原辺りから熱気を醸しだし、府中で降りたら夕方なのに32度+湿気。
そんな東京で数日後、エアコンの調子が悪い馴染みのバーへ。
エアコンは何とか31度キープしていて、時折「プシューッ」って音をたてて止まり、マスターがリモコンを「ピピッ」と押しての繰り返し。
「電気製品って気持ちが通じるからね!」
まあ座って酒を呑んでる分には十分だ。
今日発売のCDを聴く。
1曲目が流れ出し、二人で「うわっ、これ凄いね」と聞き入る。
“I GET REQUESTS〜Sion With Bun Matsuda〜”
ファンからのリクエストの上位10曲をアコギで録り直したアルバム。
1位から10位迄の順位そのままというのが信じられないいい曲順。
「独りで聴いたら泣いちゃうよな」とマスター。
3曲目が終わり4曲目に入った時、目の奥に涙が滲んだけど、それは黙っていた。
“I GET REQUESTS”
リクエストされる嬉しさ、昂り、誇り。
あの中坊達もいつかリクエストされる時が来るんだろう。
その前にくだらない自己主張じゃなくて、自分を高める為のリクエストが出来る様にならないとな。
4曲目の最後で常連が入って来た。
彼はバンドでギターを弾いてるが、SIONって感じではない。
(もうちょっと聴いていたかったな)という気持ちをマスターからも感じつつ、「暑いよねえ」と与太話がスタートした。
右耳でしゃがれ声を聴きながら、左耳を相手に向け、手を叩いて馬鹿笑いをしているうちにCDは終って、柳ジョージ&レイニーウッドの1981年の武道館ライヴがかかった。
そう、これも人生、これが人生。
2010.8.4
Shinjuku3
お世辞とわかっていても褒められたり持ち上げられるのは照れる。
「その時俺すげえ嫌な奴だったでしょ?!」
と話の腰を折るのが精一杯。
山中湖のテニス民宿発祥の宿。
母校の中学校の合宿のヘルプに来た。
と言っても東京を出たのが夜8時過ぎだったらから、初日の呑みから参加。
勿論現役の姿はない。
コーチ役のOB達と定年退職したばかりの元顧問に、名誉OBとでも呼べそうな宿主。
今時の部活事情に学校事情とトッポジージョ。
そこに他校のチームが加わって来ての冒頭の会話。
彼と一緒に来てる現役女子選手も入って来て更にコアなテニス裏事情話。
44度の泡盛を開けきる前にお開き。
翌朝のランニング。
「集合」の声に集まって来る連中からはズッタラズリズリと靴を引き摺る音。
ラケットはだらしなく下を向いてブランブランしてる。
とてもじゃないがテニス部員の歩き方じゃあない。
コーチ達からは限られた時間を惜しんで、何とかしてあげたいという気持ちがありありと伝わって来るが、部員達からは「強くなりたい」「上手くなりたい」という気持ちは感じられず、「返事は!」と言われなければ返事もない。
当然コーチへの質問も要求もない。
自我が目覚めだす頃に感じる照隠しの感情が、ポーズからそのまま無関心、無気力、無責任として定着してしまうってのは良くある話だ。
そこのステップの途中で力をつけたり、小さな事でも達成感を味わえればそうはならないんだが、集団の悪循環が加わってしまうと事は厄介なんだよな。
救いはこれ又良くある話だが、一人一人個別に接すると“いい奴”がいるってこと。
コアな存在になれる者を一人でも増えて行けばいいのだが。
山中湖を夕方前に出る時の温度は24度。
湿気もなく車のエアコンは入らない。
それが上野原辺りから熱気を醸しだし、府中で降りたら夕方なのに32度+湿気。
そんな東京で数日後、エアコンの調子が悪い馴染みのバーへ。
エアコンは何とか31度キープしていて、時折「プシューッ」って音をたてて止まり、マスターがリモコンを「ピピッ」と押しての繰り返し。
「電気製品って気持ちが通じるからね!」
まあ座って酒を呑んでる分には十分だ。
今日発売のCDを聴く。
1曲目が流れ出し、二人で「うわっ、これ凄いね」と聞き入る。
“I GET REQUESTS〜Sion With Bun Matsuda〜”
ファンからのリクエストの上位10曲をアコギで録り直したアルバム。
1位から10位迄の順位そのままというのが信じられないいい曲順。
「独りで聴いたら泣いちゃうよな」とマスター。
3曲目が終わり4曲目に入った時、目の奥に涙が滲んだけど、それは黙っていた。
“I GET REQUESTS”
リクエストされる嬉しさ、昂り、誇り。
あの中坊達もいつかリクエストされる時が来るんだろう。
その前にくだらない自己主張じゃなくて、自分を高める為のリクエストが出来る様にならないとな。
4曲目の最後で常連が入って来た。
彼はバンドでギターを弾いてるが、SIONって感じではない。
(もうちょっと聴いていたかったな)という気持ちをマスターからも感じつつ、「暑いよねえ」と与太話がスタートした。
右耳でしゃがれ声を聴きながら、左耳を相手に向け、手を叩いて馬鹿笑いをしているうちにCDは終って、柳ジョージ&レイニーウッドの1981年の武道館ライヴがかかった。
そう、これも人生、これが人生。
2010.8.4
Shinjuku3
2010年07月25日
Scene 288 [底辺×高さ÷2]
暑い。
とにかく暑い。
毎年言ってるんだろうけど暑い。
昨夕都下から埼玉に向かい、陽が落ち始めた埼玉で車のインパネの温度計が37度から39度に上がった時はビックリした。
このクソアツイ中、テニスしている友人、知人から頻繁にメールが来る。
「焦げました!」「ビールが美味いっす!」「呑みに連れてって下さい!」
こんな言葉がイントロかアウトロに必ず入ってる。
中身は勿論千差万別。
季節がら関東ジュニアや、部活合宿に絡んだものばかりだけど。
そんな中、テニスコーチ達の熱意に相変わらず感服したりもしてる。
レッスンの合間に、熱の塊になってコートから戻って来て、「お疲れ様です!」と水分を補充して又コートに戻って行くのを見てると、コーラの一杯位は奢らざるをえない。
仕事だから当たり前だし、インサイダーの俺の言葉じゃ贔屓目に聞こえるかもしれないが、やっぱり奴等は大したもんだ。
そんな姿を目の当たりにした夜。
家族と手作り餃子と黒ラベルした後、ふと思ってる。
どんなスポーツでも「裾野を広げて三角形の頂点を高くする」と、普及と強化の関係を語っているけど、野球やサッカーでは明らかに小学生辺りを対象とした普及で、テニスではそこが明確でない気が凄いする。
自分達が愛して信じているスポーツを多くの人達に楽しんでほしいと考えるのは正しい。
でも最後に大事なモノは数じゃあない。
今度汗をしたたらせてレッスンから戻って来たあいつらに、ちょっとイジワルな質問をしてみよう。
それまで質問内容は秘密。
2010.7.25
Tenjincho
とにかく暑い。
毎年言ってるんだろうけど暑い。
昨夕都下から埼玉に向かい、陽が落ち始めた埼玉で車のインパネの温度計が37度から39度に上がった時はビックリした。
このクソアツイ中、テニスしている友人、知人から頻繁にメールが来る。
「焦げました!」「ビールが美味いっす!」「呑みに連れてって下さい!」
こんな言葉がイントロかアウトロに必ず入ってる。
中身は勿論千差万別。
季節がら関東ジュニアや、部活合宿に絡んだものばかりだけど。
そんな中、テニスコーチ達の熱意に相変わらず感服したりもしてる。
レッスンの合間に、熱の塊になってコートから戻って来て、「お疲れ様です!」と水分を補充して又コートに戻って行くのを見てると、コーラの一杯位は奢らざるをえない。
仕事だから当たり前だし、インサイダーの俺の言葉じゃ贔屓目に聞こえるかもしれないが、やっぱり奴等は大したもんだ。
そんな姿を目の当たりにした夜。
家族と手作り餃子と黒ラベルした後、ふと思ってる。
どんなスポーツでも「裾野を広げて三角形の頂点を高くする」と、普及と強化の関係を語っているけど、野球やサッカーでは明らかに小学生辺りを対象とした普及で、テニスではそこが明確でない気が凄いする。
自分達が愛して信じているスポーツを多くの人達に楽しんでほしいと考えるのは正しい。
でも最後に大事なモノは数じゃあない。
今度汗をしたたらせてレッスンから戻って来たあいつらに、ちょっとイジワルな質問をしてみよう。
それまで質問内容は秘密。
2010.7.25
Tenjincho
2010年07月10日
Scene 287 [Maggie's Farm]
夕刊一面のカラー写真を見て瞬間的に、(ウソだろ?そんな訳ない!)と記事を読み、ウソじゃなかった事にガッカリした。
ウルグアイvsガーナ戦。
ゴール前でのハンドの決定的写真。
ハンドした選手はゴールキーパーが両手でしっかりセーブする様にボールを止めている。
それだけでなくもう一人の選手もPKに飛びつくキーパーの様に左手を高く差し出している。
まるでゴールキーパーが二人並んでプレーしていたみたいだ。
サッカーは遊びでしかやった事がないから、サッカー界故のダーティーな部分は全く知らない。
テニスの練習試合で、ボールを拾いに行く時間を省く為に明らかにアウトのボールをノーバウンドで「アウト!」と止める事があるが、それを公式試合のセルフジャッジで明らかに入っているボールをノーバウンドで「アウト!」と止める感じなのか。
勿論それは失点になるが、それどころの酷さじゃやない気がする。
「ワールドカップ史上最高のセーブだと思う。退場する価値はあった」
寅さんだったら、「それを言っちゃあ、おしめえよ」と言ったことだろう。
まあ、これを差し引いても十分楽しませてもらっているのだが。
ウィンブルドンは開幕から微妙な揺れを見せながら終盤に入って行った。
オープニングの錦織圭選手とラファエル・ナダル選手の対決。
フレンチの時のクルム伊達公子選手とディナラ・サフィーナ選手の時の様な確信はなかったものの、ドローを見た時に(おおっ!もしかしたらやってくれるんじゃ……)と感じさせてくれた錦織選手の華。
やはり(やってくれそうだな)と感じさせていたノバク・ジョコビッチ選手の敗退と、ナダル選手の磐石さを演出してしまったアンディ・マレー選手の敗退。
見る角度で変わるいろんなコントラストがいろんな想いを生む。
マスコミは又勝手に、「フェデラー時代の終り」だの「ナダル時代の到来」だの、相変わらずテメエらの文責なしの無様なエレベーター現象。
2年前に同じ事を書き立てられた二人は気にもしないだろうが、“大衆”は見事にこの煽りに乗っちまうんだろう。
アメリカのニューポートって知ってるかな。
ロック・ファンならすぐに、「あ〜、ニューポート・フォーク・フェスティバルね」という場所。
1975年の7月25日、ボブ・ディランがアコースティックギターでなく初めてエレキギターを抱えてステージに立ち、“マギーのところじゃもう働くもんか!”とフェンダーのストラトをかき鳴らして、「本当のロックが生まれた」と言われたイベントの開催場所。
そこでウィンブルドンが閉幕した翌日から始まった「Cambell’s Hall of Fame Tennis Championships」。
全米オープンの前身である大会らしく、サーフェスは芝。
1回戦で添田豪選手が第8シードのテーラー・デント選手にフルセットで勝利。
2回戦で惜しくも敗退してしまったが、何かとてもワクワクさせられた。
さっ、もうすぐ梅雨明けだ。
2010.7.10
Chofu
ウルグアイvsガーナ戦。
ゴール前でのハンドの決定的写真。
ハンドした選手はゴールキーパーが両手でしっかりセーブする様にボールを止めている。
それだけでなくもう一人の選手もPKに飛びつくキーパーの様に左手を高く差し出している。
まるでゴールキーパーが二人並んでプレーしていたみたいだ。
サッカーは遊びでしかやった事がないから、サッカー界故のダーティーな部分は全く知らない。
テニスの練習試合で、ボールを拾いに行く時間を省く為に明らかにアウトのボールをノーバウンドで「アウト!」と止める事があるが、それを公式試合のセルフジャッジで明らかに入っているボールをノーバウンドで「アウト!」と止める感じなのか。
勿論それは失点になるが、それどころの酷さじゃやない気がする。
「ワールドカップ史上最高のセーブだと思う。退場する価値はあった」
寅さんだったら、「それを言っちゃあ、おしめえよ」と言ったことだろう。
まあ、これを差し引いても十分楽しませてもらっているのだが。
ウィンブルドンは開幕から微妙な揺れを見せながら終盤に入って行った。
オープニングの錦織圭選手とラファエル・ナダル選手の対決。
フレンチの時のクルム伊達公子選手とディナラ・サフィーナ選手の時の様な確信はなかったものの、ドローを見た時に(おおっ!もしかしたらやってくれるんじゃ……)と感じさせてくれた錦織選手の華。
やはり(やってくれそうだな)と感じさせていたノバク・ジョコビッチ選手の敗退と、ナダル選手の磐石さを演出してしまったアンディ・マレー選手の敗退。
見る角度で変わるいろんなコントラストがいろんな想いを生む。
マスコミは又勝手に、「フェデラー時代の終り」だの「ナダル時代の到来」だの、相変わらずテメエらの文責なしの無様なエレベーター現象。
2年前に同じ事を書き立てられた二人は気にもしないだろうが、“大衆”は見事にこの煽りに乗っちまうんだろう。
アメリカのニューポートって知ってるかな。
ロック・ファンならすぐに、「あ〜、ニューポート・フォーク・フェスティバルね」という場所。
1975年の7月25日、ボブ・ディランがアコースティックギターでなく初めてエレキギターを抱えてステージに立ち、“マギーのところじゃもう働くもんか!”とフェンダーのストラトをかき鳴らして、「本当のロックが生まれた」と言われたイベントの開催場所。
そこでウィンブルドンが閉幕した翌日から始まった「Cambell’s Hall of Fame Tennis Championships」。
全米オープンの前身である大会らしく、サーフェスは芝。
1回戦で添田豪選手が第8シードのテーラー・デント選手にフルセットで勝利。
2回戦で惜しくも敗退してしまったが、何かとてもワクワクさせられた。
さっ、もうすぐ梅雨明けだ。
2010.7.10
Chofu
2010年06月25日
Scene 286 [Ragged Glory]
「玄関の門開けて壁打ちしていい?!」
良くわからないが"いいよ"と適当に返事。
最近は学校から帰って来ると家の塀で壁打ちしているらしい。
先日は2時間打ってたと家人が言ってた。
しばらくしたら"ドン"、"ドン"、"ドン"と家の外壁に何かぶつかる音。
もしや?と外に出てみたら案の定家の壁で壁打ちしてやがった。
「だってお兄ちゃんもやってるよ」
道路の幅の塀での壁打ちでは物足らず、門を開けて壁を外壁にして距離を伸ばしてたって訳だ。
延々壁が続く豪邸でも、金がかかった鉄筋の家でもなく、木と紙で出来た安普請の家だ。
可愛い奴等とは思いつつも、ボールをスポンジボールに変えて塀で打たせる事にした。
翌朝ウィンブルドン初日の中継を明け方迄観て新聞を取りに出たら、バックパックにバットを突っ込んっだ小学生数人が、市営グラウンドの方へ急いで自転車を漕いで行く。
それに合流する様に坂の上から、右の道からとその仲間達が自転車で走って来るのが見える。
時間は5時半前。
毎朝彼等が朝練していて、登校時間のちょっと前に慌てて家に戻って来るのは良く見てた。
その朝練が5時半からだったとは知らなかった。
毎朝見てるコーチには本当に頭が下がる。
そして毎朝送り出すご家族にも。
"好きこそものの上手なれ"とは良く言ったものだ。
許せる限りの時間を自分が強くなる為、より良いものを作る為に注ぎ込む姿勢は、子供だろうが大人だろうがカッコいい。
行けるところ迄行くことだぜ。
真っ平らな処から小高い丘に登った時の視界の拡がり、更に険しい山を登った時の視界の開け。
そうやって得た価値観、そこで背負った責任感は、その場の達成感だけでなく、裏打ちされた自信と気のおけない素敵な仲間をもたらす。
"仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に感激を与える。
だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"
この諺を読んで、10代後半でトップに登り詰めバーンアウトしたアスリートを思い浮かべる人もいるだろう。
あんなに好きだったテニスが単なる喰う手段になっている自分自身に気付いて、愕然としている人もいるかもしれない。
テニスコーチなら一回は、「いいね、好きなテニスが仕事で」と言われたり、何かで弱音を吐けば、「好きな事を仕事にしているんだからそれ位のこと当たり前だよ」と叱咤されたことがあるはずだ。
どっちもその通りで、正しくそれがテニスで生きて行くということだ。
おそらく、"好きなテニスを仕事にしたことで靴の底が鉛のように重くなる"のは、許せる限りの時間をテニスコートで過ごせなくなった者で、そういう奴等は無理せず他の道を行けばいい。
俺の周りのイカした連中は、目一杯テニスして「"仕事をしながらテニスするのはいい、
それは労働に感激を与える。だがテニスを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"だってよ!全くだ!」
って軽口叩いて、又コートに出て行くよ。
今いる場所を平坦と感じるのも、ちょっとした丘と感じるのも、断崖絶壁と感じるのも、そしてそれらの場所を物足りないと感じるのも、ツライと感じるのも全てテメエの生き様次第だ。
2010.6.21
Country Home
良くわからないが"いいよ"と適当に返事。
最近は学校から帰って来ると家の塀で壁打ちしているらしい。
先日は2時間打ってたと家人が言ってた。
しばらくしたら"ドン"、"ドン"、"ドン"と家の外壁に何かぶつかる音。
もしや?と外に出てみたら案の定家の壁で壁打ちしてやがった。
「だってお兄ちゃんもやってるよ」
道路の幅の塀での壁打ちでは物足らず、門を開けて壁を外壁にして距離を伸ばしてたって訳だ。
延々壁が続く豪邸でも、金がかかった鉄筋の家でもなく、木と紙で出来た安普請の家だ。
可愛い奴等とは思いつつも、ボールをスポンジボールに変えて塀で打たせる事にした。
翌朝ウィンブルドン初日の中継を明け方迄観て新聞を取りに出たら、バックパックにバットを突っ込んっだ小学生数人が、市営グラウンドの方へ急いで自転車を漕いで行く。
それに合流する様に坂の上から、右の道からとその仲間達が自転車で走って来るのが見える。
時間は5時半前。
毎朝彼等が朝練していて、登校時間のちょっと前に慌てて家に戻って来るのは良く見てた。
その朝練が5時半からだったとは知らなかった。
毎朝見てるコーチには本当に頭が下がる。
そして毎朝送り出すご家族にも。
"好きこそものの上手なれ"とは良く言ったものだ。
許せる限りの時間を自分が強くなる為、より良いものを作る為に注ぎ込む姿勢は、子供だろうが大人だろうがカッコいい。
行けるところ迄行くことだぜ。
真っ平らな処から小高い丘に登った時の視界の拡がり、更に険しい山を登った時の視界の開け。
そうやって得た価値観、そこで背負った責任感は、その場の達成感だけでなく、裏打ちされた自信と気のおけない素敵な仲間をもたらす。
"仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に感激を与える。
だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"
この諺を読んで、10代後半でトップに登り詰めバーンアウトしたアスリートを思い浮かべる人もいるだろう。
あんなに好きだったテニスが単なる喰う手段になっている自分自身に気付いて、愕然としている人もいるかもしれない。
テニスコーチなら一回は、「いいね、好きなテニスが仕事で」と言われたり、何かで弱音を吐けば、「好きな事を仕事にしているんだからそれ位のこと当たり前だよ」と叱咤されたことがあるはずだ。
どっちもその通りで、正しくそれがテニスで生きて行くということだ。
おそらく、"好きなテニスを仕事にしたことで靴の底が鉛のように重くなる"のは、許せる限りの時間をテニスコートで過ごせなくなった者で、そういう奴等は無理せず他の道を行けばいい。
俺の周りのイカした連中は、目一杯テニスして「"仕事をしながらテニスするのはいい、
それは労働に感激を与える。だがテニスを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる"だってよ!全くだ!」
って軽口叩いて、又コートに出て行くよ。
今いる場所を平坦と感じるのも、ちょっとした丘と感じるのも、断崖絶壁と感じるのも、そしてそれらの場所を物足りないと感じるのも、ツライと感じるのも全てテメエの生き様次第だ。
2010.6.21
Country Home
2010年06月10日
Scene 285 [壁打ちボード]
家人が自宅沿線でなくちょっと離れた駅に置いて来た自転車を取りに行ってやる事になり、ガキ共がここ数ヶ月毎朝走ってるのを真似して走ってみた。
娘が途中にあるデカイ公園でテニスが出来る事を期待して、バックパックにラケット2本を突っ込んで自転車で伴走。
いきなり急な坂になる方は避けて走り出したが、なだらかな方でもきつく数百m走った処で歩いてしまう。
身体じゃなくて頑張る気がないからとはわかっているから、気恥ずかしくてすぐに走り出した。
約2.5kmを走って自転車に股がると何か清々しい気分で、更に2.5km離れたこれまたデカイ公園に向かった。
目的は壁打ち。
ここの壁は80m近くあって、ちゃんとネットの高さに白線がひいてある(ちょっと高過ぎるが)。
プレーしている人達は殆どがちゃんとテニスウェアを着てる。
(この人達テニスが好きなんだなあ)とつくづく感じる。
「運動出来るカッコなら何でもいいですよ!」とアナウンスしているテニススクールが多いが、それは阿り過ぎなのかもしれない。
と言う俺のカッコはTシャツに自分で3/4に切ったGパンなんだが。
これはガキの頃、試合の時はテニスウェアで練習の時はTシャツを何枚も着替えてた時の名残で、まあ仕方ない。
2時間以上打ち続けてる娘を見て、(こんな場所が沢山あれば子供達がもっともっとテニスする機会が増えるのに)と考えて、ふと中高の母校に壁打ちボードがあった事を想い出した。
俺等の時は中学生男子、高校生男女が一緒に練習していた。
良くある話で下級生は球拾いばっかりだったけど、毎日朝練したり、早弁しといて昼休みに練習したり、やる気さえあればいくらでも練習出来た。
そしてテニスコートだけでなく壁打ちボートがあったから、独りでも十分ストロークの練習が出来た。
その壁打ちボードで、中間テストだか期末テストだかの期間の朝に練習していた時のこと。
ボードが隣接している体育館の窓から「うるさい!」と高校生に注意された。
格闘技系の部の強面の主将。
無視して打ち続けていたら降りて来て名前を聞かれた。
その日だか、次の日だか俺の一個上の中3の後輩部員が代りにシメに来た。
胸ぐらを掴まれて脅されて、喧嘩が強い訳じゃないんで跳ね返すでもなくふてくされて黙っていたら、相手も引込みがつかず長引いたところに、「やめろよ!相手は下だろ!やめろ!」と高校生が止めに入った。
文化祭で(カッコいいなあ)と憧れていたバンドのボーカルの人だった。
デッカイ体育館が満杯になる位人気があったバンドで、エアロスミスやヴァン・ヘイレンのコピーにオリジナルでのステージは圧巻だった。
彼が在学中に拓郎の作詞作曲でデビューした時は、"You Really Got Me"や"Runnin' with the Devil"を細身のジャンプスーツに包んでセクシャルに歌っていたステージングの差に愕然としたけど。
家に帰って、彼のDUO、SUPER BAD、エージ&テツの後の活動を検索してみたら、YOUTUBEで彼の"永遠"という曲に辿り着いた。
あの時、意地になって胸ぐらを離さなかった奴に向かって、何度も「やめろよ!下だろ!」と言って止めてくれた姿が鮮明に甦る。
彼の名は"高田エージ"。
今も日本全国、街から街へと歌い続ける旅をしている。
2010.6.10
Amanuma Club続きを読む
娘が途中にあるデカイ公園でテニスが出来る事を期待して、バックパックにラケット2本を突っ込んで自転車で伴走。
いきなり急な坂になる方は避けて走り出したが、なだらかな方でもきつく数百m走った処で歩いてしまう。
身体じゃなくて頑張る気がないからとはわかっているから、気恥ずかしくてすぐに走り出した。
約2.5kmを走って自転車に股がると何か清々しい気分で、更に2.5km離れたこれまたデカイ公園に向かった。
目的は壁打ち。
ここの壁は80m近くあって、ちゃんとネットの高さに白線がひいてある(ちょっと高過ぎるが)。
プレーしている人達は殆どがちゃんとテニスウェアを着てる。
(この人達テニスが好きなんだなあ)とつくづく感じる。
「運動出来るカッコなら何でもいいですよ!」とアナウンスしているテニススクールが多いが、それは阿り過ぎなのかもしれない。
と言う俺のカッコはTシャツに自分で3/4に切ったGパンなんだが。
これはガキの頃、試合の時はテニスウェアで練習の時はTシャツを何枚も着替えてた時の名残で、まあ仕方ない。
2時間以上打ち続けてる娘を見て、(こんな場所が沢山あれば子供達がもっともっとテニスする機会が増えるのに)と考えて、ふと中高の母校に壁打ちボードがあった事を想い出した。
俺等の時は中学生男子、高校生男女が一緒に練習していた。
良くある話で下級生は球拾いばっかりだったけど、毎日朝練したり、早弁しといて昼休みに練習したり、やる気さえあればいくらでも練習出来た。
そしてテニスコートだけでなく壁打ちボートがあったから、独りでも十分ストロークの練習が出来た。
その壁打ちボードで、中間テストだか期末テストだかの期間の朝に練習していた時のこと。
ボードが隣接している体育館の窓から「うるさい!」と高校生に注意された。
格闘技系の部の強面の主将。
無視して打ち続けていたら降りて来て名前を聞かれた。
その日だか、次の日だか俺の一個上の中3の後輩部員が代りにシメに来た。
胸ぐらを掴まれて脅されて、喧嘩が強い訳じゃないんで跳ね返すでもなくふてくされて黙っていたら、相手も引込みがつかず長引いたところに、「やめろよ!相手は下だろ!やめろ!」と高校生が止めに入った。
文化祭で(カッコいいなあ)と憧れていたバンドのボーカルの人だった。
デッカイ体育館が満杯になる位人気があったバンドで、エアロスミスやヴァン・ヘイレンのコピーにオリジナルでのステージは圧巻だった。
彼が在学中に拓郎の作詞作曲でデビューした時は、"You Really Got Me"や"Runnin' with the Devil"を細身のジャンプスーツに包んでセクシャルに歌っていたステージングの差に愕然としたけど。
家に帰って、彼のDUO、SUPER BAD、エージ&テツの後の活動を検索してみたら、YOUTUBEで彼の"永遠"という曲に辿り着いた。
あの時、意地になって胸ぐらを離さなかった奴に向かって、何度も「やめろよ!下だろ!」と言って止めてくれた姿が鮮明に甦る。
彼の名は"高田エージ"。
今も日本全国、街から街へと歌い続ける旅をしている。
2010.6.10
Amanuma Club続きを読む
2010年05月25日
Scene 284 [Mojo Hand]
「観てますか?」
「観てるよ」
「タイブレークのドロップショット2本凄かったですよね」
25時過ぎ。
電話の向うはご機嫌で明らかに酔っ払ってる。
お互い錦織圭選手のフレンチ一回戦の中継を観てるって訳だ。
彼のテニスは、本人の以前の「"いいテニスをする"のと"勝つ"のを天秤にかけるのは難しいですが今日は自分のしたいテニスのほうを選びました」というコメント通り、ちょっとおかしい。
だから、「おっしゃー!ナイスショット!」とただ熱く応援しているのではなく、「あれ?!」とか「ええーっ?」とか楽しく見れるし、矛盾する様だが彼の考えや想いが伝わって来る。
俺がこの試合で「あっ!これ圭来たな!」と感じたのは1stの2-5からの1ゲーム。
後は結構余裕を持って観ていられた。
まあそれが呑み過ぎにつながったんだが。
夜中に唐突に誰かに電話したりかかって来たり、ガキの頃はほぼ毎晩だった。
それもお互いへべれけで26時頃。
そんな頃に下北で呑んでた帰りだったか、Bluesが好きだった悪友の薦めで俺がLightnin' HopkinsのMOJO HANDを買った時のこと。
奴は別れ間際にこう言った。
「今晩電話して来ていいよ!」
今晩って言ってももう明朝も近い時間なんだがとにかく俺等はお互いの家に帰って、俺は部屋に入るなりMOJO HANDをかけた。
うわっ!とすぐに受話器をあげて奴に「スゲエよ!」電話した。
「そうだろ!俺も初めて聴いた時は興奮してダチに電話したんだけど、これ初めて聴くと皆そうなんだよね」
錦織選手の勝利を見届けた後、俺は早速iTunesを立ち上げ久々にMOJO HANDを聴いた。
“I'm goin' to Louisiana, and get me a mojo hand”
タイブレークが終って興奮して、携帯に手を伸ばした奴の姿が目に浮かぶ。
「そりゃあ電話したくもなるよな!」
2010.5.25
iPod RED続きを読む
「観てるよ」
「タイブレークのドロップショット2本凄かったですよね」
25時過ぎ。
電話の向うはご機嫌で明らかに酔っ払ってる。
お互い錦織圭選手のフレンチ一回戦の中継を観てるって訳だ。
彼のテニスは、本人の以前の「"いいテニスをする"のと"勝つ"のを天秤にかけるのは難しいですが今日は自分のしたいテニスのほうを選びました」というコメント通り、ちょっとおかしい。
だから、「おっしゃー!ナイスショット!」とただ熱く応援しているのではなく、「あれ?!」とか「ええーっ?」とか楽しく見れるし、矛盾する様だが彼の考えや想いが伝わって来る。
俺がこの試合で「あっ!これ圭来たな!」と感じたのは1stの2-5からの1ゲーム。
後は結構余裕を持って観ていられた。
まあそれが呑み過ぎにつながったんだが。
夜中に唐突に誰かに電話したりかかって来たり、ガキの頃はほぼ毎晩だった。
それもお互いへべれけで26時頃。
そんな頃に下北で呑んでた帰りだったか、Bluesが好きだった悪友の薦めで俺がLightnin' HopkinsのMOJO HANDを買った時のこと。
奴は別れ間際にこう言った。
「今晩電話して来ていいよ!」
今晩って言ってももう明朝も近い時間なんだがとにかく俺等はお互いの家に帰って、俺は部屋に入るなりMOJO HANDをかけた。
うわっ!とすぐに受話器をあげて奴に「スゲエよ!」電話した。
「そうだろ!俺も初めて聴いた時は興奮してダチに電話したんだけど、これ初めて聴くと皆そうなんだよね」
錦織選手の勝利を見届けた後、俺は早速iTunesを立ち上げ久々にMOJO HANDを聴いた。
“I'm goin' to Louisiana, and get me a mojo hand”
タイブレークが終って興奮して、携帯に手を伸ばした奴の姿が目に浮かぶ。
「そりゃあ電話したくもなるよな!」
2010.5.25
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2010年05月10日
Scene 283 [Hard Rain]
何とか夜までは持つかなと思ってた雨が随分早くから降り出した。
長男が通うスクール迄車で45分。
レッスンが終った後の夜なら30分かからない時もあるが、夕方は逆に1時間以上かかる事もざら。
今日のレッスンは19時から21時。
でも19時前にはアップを終らせておく為に約1時間前には到着し、ランニングとラダー等のコーディネーショントレーニングを各自がこなす。
終りも大体延長になるから、レッスン4時間の往復2時間で約6時間は費す。
隣にコートを見渡せるゴルフ打ちっ放しがあるからいい様なもののピックアップする方は大変だ。
という事で今日は18時に着く為に17時には家を出なきゃだが、その時点で外は激しい雨。
レッスン実施有無は開始時間の1時間前の18時。
「着いたら中止になってる可能性があるけどどうする?」と聞くと、迷わずに「行く」。
親としては嬉しいが、(こりゃ無理だよなあ)という気持ちで車を出した。
途中18時過ぎに電話で確認すると、「やりますよ」と回答。
混んでてやっと半分過ぎた位の所だが、雨は出た時よりも激しくなってる。
着いて駐車場に車を入れたらコートは無人。
「あちゃーっ、中止だよ。まっテニスノートをコーチに読んでもらいに来たと思えばいいか」と送り出したら、すぐに戻って来て「部屋の中でトレーニングして8時でまだ降ってたら中止だって」と、又駆け戻って行った。
こっちはいそいそとゴルフの練習へ。
フロントでは雨の日サービスで半カゴプレゼント。
打ち出しても相変わらず雨は降り続いている。
このペースだと時間迄に打ち終らないと急いだら、ここんとこ出なかったとんでもないミスを連発。
妙な焦りと苛立ちの中クラブをしまっていたら、コーチと選手がコートに出て来て雨に当たりながら空を見上げてる。
唐突に雨の中レッスンが始まった。
おいおいそれならゆっくり打ったのに……と1カゴ追加。
いつものペースで打ってみるが、どうも調子は上がらない。
明日ラウンドなのに何かとんでもない事をしてしまった気がして来る。
レッスンは全員がコートに入ってシングルスのマッチ練になってる。
こっちは最後迄盛り下がったままで終了。
レッスンは21時を過ぎても終わる気配はない。
コーチには伝えたい事があって、それが今どこまで選手に伝わっているかという認識があって、更にそれを今この場でここまでは伝えきりたいという熱い想いが、レッスンの仕切り方に出るんだろう。
スプリングスティーンが言う、「あと1曲演奏していたらあそこにいた全員に想いが伝わったんじゃないかと思うと、いてもたってもいられなくなる」って感じか。
最後は雨も止み、スクールの外周をランニングして終了。
頭にタオルを巻いて上気した顔で車に乗り込んで来たガキに思わず声をかける。
「お疲れ!いいコーチに見てもらえてお前幸せだな!」
翌日のゴルフは驚く位調子良かった。
2010.5.8
Arahata
長男が通うスクール迄車で45分。
レッスンが終った後の夜なら30分かからない時もあるが、夕方は逆に1時間以上かかる事もざら。
今日のレッスンは19時から21時。
でも19時前にはアップを終らせておく為に約1時間前には到着し、ランニングとラダー等のコーディネーショントレーニングを各自がこなす。
終りも大体延長になるから、レッスン4時間の往復2時間で約6時間は費す。
隣にコートを見渡せるゴルフ打ちっ放しがあるからいい様なもののピックアップする方は大変だ。
という事で今日は18時に着く為に17時には家を出なきゃだが、その時点で外は激しい雨。
レッスン実施有無は開始時間の1時間前の18時。
「着いたら中止になってる可能性があるけどどうする?」と聞くと、迷わずに「行く」。
親としては嬉しいが、(こりゃ無理だよなあ)という気持ちで車を出した。
途中18時過ぎに電話で確認すると、「やりますよ」と回答。
混んでてやっと半分過ぎた位の所だが、雨は出た時よりも激しくなってる。
着いて駐車場に車を入れたらコートは無人。
「あちゃーっ、中止だよ。まっテニスノートをコーチに読んでもらいに来たと思えばいいか」と送り出したら、すぐに戻って来て「部屋の中でトレーニングして8時でまだ降ってたら中止だって」と、又駆け戻って行った。
こっちはいそいそとゴルフの練習へ。
フロントでは雨の日サービスで半カゴプレゼント。
打ち出しても相変わらず雨は降り続いている。
このペースだと時間迄に打ち終らないと急いだら、ここんとこ出なかったとんでもないミスを連発。
妙な焦りと苛立ちの中クラブをしまっていたら、コーチと選手がコートに出て来て雨に当たりながら空を見上げてる。
唐突に雨の中レッスンが始まった。
おいおいそれならゆっくり打ったのに……と1カゴ追加。
いつものペースで打ってみるが、どうも調子は上がらない。
明日ラウンドなのに何かとんでもない事をしてしまった気がして来る。
レッスンは全員がコートに入ってシングルスのマッチ練になってる。
こっちは最後迄盛り下がったままで終了。
レッスンは21時を過ぎても終わる気配はない。
コーチには伝えたい事があって、それが今どこまで選手に伝わっているかという認識があって、更にそれを今この場でここまでは伝えきりたいという熱い想いが、レッスンの仕切り方に出るんだろう。
スプリングスティーンが言う、「あと1曲演奏していたらあそこにいた全員に想いが伝わったんじゃないかと思うと、いてもたってもいられなくなる」って感じか。
最後は雨も止み、スクールの外周をランニングして終了。
頭にタオルを巻いて上気した顔で車に乗り込んで来たガキに思わず声をかける。
「お疲れ!いいコーチに見てもらえてお前幸せだな!」
翌日のゴルフは驚く位調子良かった。
2010.5.8
Arahata
2010年04月25日
Scene 282 [Never Ending Tour]
開演時間10分前頃に中へ入ると超満員。
ステージ上には「前へ詰めて」的なメッセージ。
普通は「押さないで」と来るのが普通なのに今日はキャパ以上に詰め込んでるのか。
後方の一段上がった所の更に奥の壁にもたれて開演を待つ。
何とかステージは見えていたのが、暗転した頃には若干空いてる朝の中央線状態。
バンドマン達が現れてライヴが始まった。
センターマイクが何とか見える。
でも良く見るとディランはステージ上手でキーボードを弾きながら歌ってた。
爪先立ちして背伸びして何とかたまに顔が見えるかどうか。
おまけに照明は場末のキャバレーみたいにずっと暗め。
それでも良かった。
凄いいいライヴだった。
ディランとバンドマン達は演奏以外は何も喋らず、エンディングは例によって全員でステージ最前列に並んでオーディエンスに”がんたれ”。
全ては音に込めたとでも言う様なポーズ。
やり続けて来た者達の繰り出すグルーヴに代われるもの等ない。
フォークだろうがロックだろうがヘビメタだろうが、あいつ等の音楽には根本にブルースがある。
辛い日々をジョークとアイロニーたっぷりに循環コードで歌い継いで行くマジック。
唄うことが、演奏することが好きなんだろうな。
ただやるだけじゃなくて、どこまで自分のスタイルを貫いて本気で出来るのか。
そんな事を熱く語った夜が無数にある。
下手すりゃ未だに汚れきったテメエの事は棚に上げて、愛すべき奴等に説教まがいに一方的に話したりもする。
そんなことじゃないんだよな。
澄んだ心で「自分は心を込めて仕事をしてる」と振り返れるかどうかなんだ。
“Highway 61 Revisited”のエンディングの延々繰り返されるリフと、客席に向けてライトを全開にした”Like A Rolling Stone”の吐き出す様に登り詰めて行くコード進行で高揚した俺は、そんな想いを強くした。
チケットには“BOB DYLAN AND HIS BAND”とだけクレジットされてる。
仰々しいツアータイトルはない。
ディランは今68歳。
5月24日で69歳になるが、1980年終盤からずっと“ネバーエンディングツアー”とファンが呼ぶ、年間100本近いライヴツアーを続けてる。
「やらなきゃいけないことをやるだけだよ。だからうまく行くんだ」と、ずっと唄い続けて行くんだろう。
うまく行くかどうかどころか、今までうまく行ってたと言い切る自信さえない。
でもやらなきゃいけないことはわかる。
テニスだ。
こんな夜は“Workingman's Blues #2”しかない。
2010.3.26
ZEPP Tokyo
ステージ上には「前へ詰めて」的なメッセージ。
普通は「押さないで」と来るのが普通なのに今日はキャパ以上に詰め込んでるのか。
後方の一段上がった所の更に奥の壁にもたれて開演を待つ。
何とかステージは見えていたのが、暗転した頃には若干空いてる朝の中央線状態。
バンドマン達が現れてライヴが始まった。
センターマイクが何とか見える。
でも良く見るとディランはステージ上手でキーボードを弾きながら歌ってた。
爪先立ちして背伸びして何とかたまに顔が見えるかどうか。
おまけに照明は場末のキャバレーみたいにずっと暗め。
それでも良かった。
凄いいいライヴだった。
ディランとバンドマン達は演奏以外は何も喋らず、エンディングは例によって全員でステージ最前列に並んでオーディエンスに”がんたれ”。
全ては音に込めたとでも言う様なポーズ。
やり続けて来た者達の繰り出すグルーヴに代われるもの等ない。
フォークだろうがロックだろうがヘビメタだろうが、あいつ等の音楽には根本にブルースがある。
辛い日々をジョークとアイロニーたっぷりに循環コードで歌い継いで行くマジック。
唄うことが、演奏することが好きなんだろうな。
ただやるだけじゃなくて、どこまで自分のスタイルを貫いて本気で出来るのか。
そんな事を熱く語った夜が無数にある。
下手すりゃ未だに汚れきったテメエの事は棚に上げて、愛すべき奴等に説教まがいに一方的に話したりもする。
そんなことじゃないんだよな。
澄んだ心で「自分は心を込めて仕事をしてる」と振り返れるかどうかなんだ。
“Highway 61 Revisited”のエンディングの延々繰り返されるリフと、客席に向けてライトを全開にした”Like A Rolling Stone”の吐き出す様に登り詰めて行くコード進行で高揚した俺は、そんな想いを強くした。
チケットには“BOB DYLAN AND HIS BAND”とだけクレジットされてる。
仰々しいツアータイトルはない。
ディランは今68歳。
5月24日で69歳になるが、1980年終盤からずっと“ネバーエンディングツアー”とファンが呼ぶ、年間100本近いライヴツアーを続けてる。
「やらなきゃいけないことをやるだけだよ。だからうまく行くんだ」と、ずっと唄い続けて行くんだろう。
うまく行くかどうかどころか、今までうまく行ってたと言い切る自信さえない。
でもやらなきゃいけないことはわかる。
テニスだ。
こんな夜は“Workingman's Blues #2”しかない。
2010.3.26
ZEPP Tokyo
2010年04月10日
Scene 281 [夜の恩返し]
子供のテニスの送迎。
「コーチに預けてる」のでレッスンは観ない。
なまじっか見ていると頭に来ちゃうのも勿論ある。
一応隣のゴルフ打ちっ放しの2階からたまに手を止めて景色として見てはいるが、後で口出しはしない。
あっ、喧嘩してドアのガラスを蹴破った時は怒ったか。
この間も子供を降ろし、トランクからクラブを出して打ちっ放しへ行こうとしたら、コートの中から呼び止められた。
コーチの誰かかなと振り返ったら、何と中高テニス部で一緒だった悪友。
そうだった、こいつも通ってたんだ。
ゴルフは後回しにしてお手並み拝見。
周りの人達がイキイキとしているのに比べて、奴は息が上がってる。
昔の自分とのギャップにも苦しんでるんだろうけど、あの頃体力だけでなく気力も目一杯ギリギリでやってたテニスを今更出来る訳がない。
“あの時の俺達”だから出来たんだよな。
レッスンの後しばし歓談。
「今度ここの市の団体戦に強制的に出る事になっちゃってさ」
このスクールの社長はこれ又中高の先輩。
ほとほと困った様子で話してる。
「お前もここ入るって言わなかったっけ?」
そうそうOB会で酔っ払って、二人して「先輩のところ入会しますよ!」と息巻いて、「OK!わかった!名前入れとく!明後日の土曜からな!」何てやり取りがあって、俺は元々冗談で約束とは思っていなく、奴だけが正直に行ったって訳だ。
それから数週間。
今度は顧問先生の定年退職祝いで高円寺に集結。
終始アタタカイ雰囲気の中、グッと来てホロっと来て呑み過ぎて二軒目へ。
弱小化した部をどうにか建て直そうなんて話で盛り上がっていたら、唐突に先生が、「おいみんな!今トップジュニア育成に関わっているのはOBでこいつしかいない!中高だけでなく日本テニス界から世界のトップが出る様に彼のジュニアを応援しよう!」と呼びかけ。
ああしようこうしようと話しているうちに、「よし、OB会で基金を作ろう!」と決定。
儲かってるらしい後輩が、「わかりました!お姉ちゃんのいる店行くの止めてその分100万位寄付します!」と真面目な顔で答えてる。
やりたい放題やって来た馬鹿共がようやくテニス界に恩返しする気になった訳だ。
河岸を変えようと阿佐ヶ谷に向かってると、「先輩!こいつも先輩のところ入会するって!」と言う声。
“ほとほと困ってた”奴が今度は後輩を引きずり込もうとしてる。
「テニスやんなきゃヤバイってずっと思ってたんですよね。よ〜し、じゃあやりますか!」
「OK!わかった!名前入れとく!今度の土曜からな!」
2010.4.10
Asagaya-kita
「コーチに預けてる」のでレッスンは観ない。
なまじっか見ていると頭に来ちゃうのも勿論ある。
一応隣のゴルフ打ちっ放しの2階からたまに手を止めて景色として見てはいるが、後で口出しはしない。
あっ、喧嘩してドアのガラスを蹴破った時は怒ったか。
この間も子供を降ろし、トランクからクラブを出して打ちっ放しへ行こうとしたら、コートの中から呼び止められた。
コーチの誰かかなと振り返ったら、何と中高テニス部で一緒だった悪友。
そうだった、こいつも通ってたんだ。
ゴルフは後回しにしてお手並み拝見。
周りの人達がイキイキとしているのに比べて、奴は息が上がってる。
昔の自分とのギャップにも苦しんでるんだろうけど、あの頃体力だけでなく気力も目一杯ギリギリでやってたテニスを今更出来る訳がない。
“あの時の俺達”だから出来たんだよな。
レッスンの後しばし歓談。
「今度ここの市の団体戦に強制的に出る事になっちゃってさ」
このスクールの社長はこれ又中高の先輩。
ほとほと困った様子で話してる。
「お前もここ入るって言わなかったっけ?」
そうそうOB会で酔っ払って、二人して「先輩のところ入会しますよ!」と息巻いて、「OK!わかった!名前入れとく!明後日の土曜からな!」何てやり取りがあって、俺は元々冗談で約束とは思っていなく、奴だけが正直に行ったって訳だ。
それから数週間。
今度は顧問先生の定年退職祝いで高円寺に集結。
終始アタタカイ雰囲気の中、グッと来てホロっと来て呑み過ぎて二軒目へ。
弱小化した部をどうにか建て直そうなんて話で盛り上がっていたら、唐突に先生が、「おいみんな!今トップジュニア育成に関わっているのはOBでこいつしかいない!中高だけでなく日本テニス界から世界のトップが出る様に彼のジュニアを応援しよう!」と呼びかけ。
ああしようこうしようと話しているうちに、「よし、OB会で基金を作ろう!」と決定。
儲かってるらしい後輩が、「わかりました!お姉ちゃんのいる店行くの止めてその分100万位寄付します!」と真面目な顔で答えてる。
やりたい放題やって来た馬鹿共がようやくテニス界に恩返しする気になった訳だ。
河岸を変えようと阿佐ヶ谷に向かってると、「先輩!こいつも先輩のところ入会するって!」と言う声。
“ほとほと困ってた”奴が今度は後輩を引きずり込もうとしてる。
「テニスやんなきゃヤバイってずっと思ってたんですよね。よ〜し、じゃあやりますか!」
「OK!わかった!名前入れとく!今度の土曜からな!」
2010.4.10
Asagaya-kita
2010年03月25日
Scene 280 [PLAY&STAY]
待ち合わせ場所は赤羽のホルモン焼き屋。
先に入って一杯やっていたら、遠くから男達のだみ声が聞こえて来た。
(来た来た)と店の兄ちゃんに「生4つちょうだい」とオーダー。
「お待たせしました!お〜お〜、本当だ本当、錦織と伊達来てるよ」
入って来るなり目敏く奴等は柱に貼ってある写真から二人を見つけて喜んでる。
「明日トレセンでカンファレンスなんですけど、トレセンの帰りに圭達が寄る店がエラく美味いらしくて、皆で行くんで一緒にどうですか?」
昨夜のプロテニスコーチからの誘い。
ホルモンは好きでも嫌いでもないって感じだが、「お前呑むとすぐ寝るからなあ。何時だよ?」とOK。
「盛田さんの”指導者に必要なマネジメント”の話良かったなあ。「勝負は自分のベストでなく相手とのベター」はその通りだと思ったよ。確かにベストを尽くしても勝てないし、相手よりベターな戦い方、有利に進める能力があるから勝てるんだもんね」
「森上の“テニスこそ日本人が世界で勝てるスポーツ”も納得させられたぜ。確かに100m走だったらスタートの時点でもう負けてその後挽回出来ないけど、テニスはいろんな要素があるからな」
「タケシも相変わらず上手かったねえ」
「おまけに何才になっても爽やかで誰かさんとは大違いですね」
「どういう事だよ!大体何で俺が比較の対象なんだよ。お前はどうだってんだ!」
「これ美味いっすよ。豚トロ」
ひとしきり呑み喰いしてから二軒目に流れ、更にゴールデン街へ傾れ込んでこの日はお開き。
終電の中でiPhoneをめくっている時、呑んでる最中に読まされたノートの中身を思い出した。
●PLAY&STAY
・ テニスというボールゲームの楽しさ、素晴らしさを感じるにはゲームが最適
・ 初めてプレーしたその日から、サーブからゲームしてみよう
・ レベル、体格、脚力、腕力に応じた環境をセッティングしよう
・ 「打点の高さ」「カバーリング範囲」「ラリーの続く回数」の見極め
・ Ball×Court×Racket=PLAY&STAY
・ トミー・ハースは4〜11歳迄はショートテニスプログラム。11歳の時点でテニスのスタイルはほぼ現在の形であった。
・プレーヤーは技術指導よりも、楽しく継続的な運動、飽きさせないいろんな練習、上達しているという感覚、成功への予感に刺激される」
当たり前と言えば当たり前の事が汚い字で殴り書きしてあった。
大人になると子供の時の目線を忘れ、上手くなれば始めた時の苦労を忘れ、コーチになればプレーヤーの時のもどかしさを忘れるということか。
“当ホテルには1969年以降、その様なスピリッツはおいてありません”
イーグルスの“ホテル・カリフォルニア”の歌詞の中の、酒と魂をひっかけた有名な一節。
このPLAY&STAYは、テニス界が形式だけの導入ではなく、魂を込めてのテニスフリークを増やそうという試みになるんだろう。
「1年前のカンファレンスでも紹介されて今まで何も進展なくて、今年はITFの……」
「だから!酒を魂に変えるのはお前等の専売特許だろ?!ごちゃごちゃ言わないでさっさとやれ!」
2010.3.14
Ikudon
先に入って一杯やっていたら、遠くから男達のだみ声が聞こえて来た。
(来た来た)と店の兄ちゃんに「生4つちょうだい」とオーダー。
「お待たせしました!お〜お〜、本当だ本当、錦織と伊達来てるよ」
入って来るなり目敏く奴等は柱に貼ってある写真から二人を見つけて喜んでる。
「明日トレセンでカンファレンスなんですけど、トレセンの帰りに圭達が寄る店がエラく美味いらしくて、皆で行くんで一緒にどうですか?」
昨夜のプロテニスコーチからの誘い。
ホルモンは好きでも嫌いでもないって感じだが、「お前呑むとすぐ寝るからなあ。何時だよ?」とOK。
「盛田さんの”指導者に必要なマネジメント”の話良かったなあ。「勝負は自分のベストでなく相手とのベター」はその通りだと思ったよ。確かにベストを尽くしても勝てないし、相手よりベターな戦い方、有利に進める能力があるから勝てるんだもんね」
「森上の“テニスこそ日本人が世界で勝てるスポーツ”も納得させられたぜ。確かに100m走だったらスタートの時点でもう負けてその後挽回出来ないけど、テニスはいろんな要素があるからな」
「タケシも相変わらず上手かったねえ」
「おまけに何才になっても爽やかで誰かさんとは大違いですね」
「どういう事だよ!大体何で俺が比較の対象なんだよ。お前はどうだってんだ!」
「これ美味いっすよ。豚トロ」
ひとしきり呑み喰いしてから二軒目に流れ、更にゴールデン街へ傾れ込んでこの日はお開き。
終電の中でiPhoneをめくっている時、呑んでる最中に読まされたノートの中身を思い出した。
●PLAY&STAY
・ テニスというボールゲームの楽しさ、素晴らしさを感じるにはゲームが最適
・ 初めてプレーしたその日から、サーブからゲームしてみよう
・ レベル、体格、脚力、腕力に応じた環境をセッティングしよう
・ 「打点の高さ」「カバーリング範囲」「ラリーの続く回数」の見極め
・ Ball×Court×Racket=PLAY&STAY
・ トミー・ハースは4〜11歳迄はショートテニスプログラム。11歳の時点でテニスのスタイルはほぼ現在の形であった。
・プレーヤーは技術指導よりも、楽しく継続的な運動、飽きさせないいろんな練習、上達しているという感覚、成功への予感に刺激される」
当たり前と言えば当たり前の事が汚い字で殴り書きしてあった。
大人になると子供の時の目線を忘れ、上手くなれば始めた時の苦労を忘れ、コーチになればプレーヤーの時のもどかしさを忘れるということか。
“当ホテルには1969年以降、その様なスピリッツはおいてありません”
イーグルスの“ホテル・カリフォルニア”の歌詞の中の、酒と魂をひっかけた有名な一節。
このPLAY&STAYは、テニス界が形式だけの導入ではなく、魂を込めてのテニスフリークを増やそうという試みになるんだろう。
「1年前のカンファレンスでも紹介されて今まで何も進展なくて、今年はITFの……」
「だから!酒を魂に変えるのはお前等の専売特許だろ?!ごちゃごちゃ言わないでさっさとやれ!」
2010.3.14
Ikudon
2010年03月10日
Scene 279 [ショートカット]
Macなら[Command]Key、Winなら[Control]Key。
コンピュータで作業している時、ショートカットキーは欠かせない。
車で走ってても近道、抜け道を知ってるか知らないかで、男なら沽券に関わったりもする。
ただこれらはあくまで作業の効率化UPや移動時間の短縮が目的で、それによって質がどうのって話じゃあない。
最近子供にショートカットばかりさせたがる親が増えてる。
小さい子が身支度するのに時間がかかったりすると見兼ねて手を貸したり、あるいはイライラして叱って、子供の成長を邪魔する例は昔から多々語られて来たが、それがエスカレートした感じだろうか。
「俺は会社で厳しい競争を勝ち抜いて来たんだ!」と先生を社会的に甘い人間だと見下す男親もいるらしい。
そういう親の子が学校で振りかざす理屈はとても子供の言葉とは思えず、親が家庭内で学校や友人を馬鹿にした言葉の受け売り。
子は親の鏡とは良く言ったもんだ。
進学塾では相変わらず「皆がライバル」だの「周りを蹴落とさないと受からない」とやってると聞く。
競争心、緊張感を高めたいのはわかるが、自分に力をつければいい事で、他人を敵視したり、自分だけ良ければいいみたいな気持ちを煽る事はないんじゃないかね。
「牛丼がいくら安くなってもそれで金持ちが喰う様になる訳じゃなくてさ、今まで通りの客層が安く食べられる様になっただけで、結局は働いてる奴等に廻る金が減るだけなんだよな」
そうなんだよな。
冷静に見れば好況だろうが不況だろうが、金持ちは金持ちの世界の中で暮らしてる。
街の底にいる俺の周りの面子もそう変らない。
ついでに言えば俺の今日の昼飯は、すき家の高菜明太マヨ牛丼……。
「いくら他人を蹴落として行っても元々の育ちが違うのにさ、少しばかり偉くなった親が出し抜くこと、身勝手な自己主張の方法とか、汚いテクニックばかり教えてどうすんだよ!本当に偉かったり金持ってる奴は受験や就職じゃ苦労しないっつうの。大抵そういう奴って金持ちとか力のある奴に弱いしね。そんな親の子供がデカクなって親を大切に想う訳はないんだから、まあ自業自得だけどな」
はいはい、お前は本当に良く観察してるねえ、流石美容師だ。
おまけに中1の時と変らず良く喋る!
振り返ってテニス界。
やっぱり頭に浮かぶのは、セルフジャッジで相手の際どいボールをインとジャッジしたジュニア選手に、「何でアウトって言わなかったんだ!」と怒る親とコーチの話。
「相手のミスを期待するのでなく、相手のいいプレーを願い、更にそれよりいいプレーをしようと自分をコントロールした」というウィナーズ・スピーチを種目を問わず何人ものトップ選手がしているのを見てないのか。
そこまで行かないにしても相手のミスを願った自分を恥じたり、そういうもんだろ、人生って。
経過を大事にしない、成長の仕方を大事にしない。
そんな奴とはテニスだろうがビジネスだろうが井戸端会議だろうが関わりたくない。
でもね、子供にショートカットさせようと力んでる奴も、近道が後から思えば遠回りだったり、抜け駆けしようとして痛い目にあったり、本当はわかっているはずだ。
ただね、ちょっと熱くなり過ぎて前が見えなくなっているんだろ。
「いい試合だったな!」「いい仕事したな!」と心の底から笑って握手したい。
出来ればそれでもうちょっと美味いもんが喰える様になれば最高だ。
2010.3.10
Kamikiyoto
コンピュータで作業している時、ショートカットキーは欠かせない。
車で走ってても近道、抜け道を知ってるか知らないかで、男なら沽券に関わったりもする。
ただこれらはあくまで作業の効率化UPや移動時間の短縮が目的で、それによって質がどうのって話じゃあない。
最近子供にショートカットばかりさせたがる親が増えてる。
小さい子が身支度するのに時間がかかったりすると見兼ねて手を貸したり、あるいはイライラして叱って、子供の成長を邪魔する例は昔から多々語られて来たが、それがエスカレートした感じだろうか。
「俺は会社で厳しい競争を勝ち抜いて来たんだ!」と先生を社会的に甘い人間だと見下す男親もいるらしい。
そういう親の子が学校で振りかざす理屈はとても子供の言葉とは思えず、親が家庭内で学校や友人を馬鹿にした言葉の受け売り。
子は親の鏡とは良く言ったもんだ。
進学塾では相変わらず「皆がライバル」だの「周りを蹴落とさないと受からない」とやってると聞く。
競争心、緊張感を高めたいのはわかるが、自分に力をつければいい事で、他人を敵視したり、自分だけ良ければいいみたいな気持ちを煽る事はないんじゃないかね。
「牛丼がいくら安くなってもそれで金持ちが喰う様になる訳じゃなくてさ、今まで通りの客層が安く食べられる様になっただけで、結局は働いてる奴等に廻る金が減るだけなんだよな」
そうなんだよな。
冷静に見れば好況だろうが不況だろうが、金持ちは金持ちの世界の中で暮らしてる。
街の底にいる俺の周りの面子もそう変らない。
ついでに言えば俺の今日の昼飯は、すき家の高菜明太マヨ牛丼……。
「いくら他人を蹴落として行っても元々の育ちが違うのにさ、少しばかり偉くなった親が出し抜くこと、身勝手な自己主張の方法とか、汚いテクニックばかり教えてどうすんだよ!本当に偉かったり金持ってる奴は受験や就職じゃ苦労しないっつうの。大抵そういう奴って金持ちとか力のある奴に弱いしね。そんな親の子供がデカクなって親を大切に想う訳はないんだから、まあ自業自得だけどな」
はいはい、お前は本当に良く観察してるねえ、流石美容師だ。
おまけに中1の時と変らず良く喋る!
振り返ってテニス界。
やっぱり頭に浮かぶのは、セルフジャッジで相手の際どいボールをインとジャッジしたジュニア選手に、「何でアウトって言わなかったんだ!」と怒る親とコーチの話。
「相手のミスを期待するのでなく、相手のいいプレーを願い、更にそれよりいいプレーをしようと自分をコントロールした」というウィナーズ・スピーチを種目を問わず何人ものトップ選手がしているのを見てないのか。
そこまで行かないにしても相手のミスを願った自分を恥じたり、そういうもんだろ、人生って。
経過を大事にしない、成長の仕方を大事にしない。
そんな奴とはテニスだろうがビジネスだろうが井戸端会議だろうが関わりたくない。
でもね、子供にショートカットさせようと力んでる奴も、近道が後から思えば遠回りだったり、抜け駆けしようとして痛い目にあったり、本当はわかっているはずだ。
ただね、ちょっと熱くなり過ぎて前が見えなくなっているんだろ。
「いい試合だったな!」「いい仕事したな!」と心の底から笑って握手したい。
出来ればそれでもうちょっと美味いもんが喰える様になれば最高だ。
2010.3.10
Kamikiyoto
2010年02月27日
Scene 278 [らせん階段]
先輩後輩を初めて意識した少年野球チーム。
小学校卒業間近に開かれた卒団式での、いつも審判を買って出てくれたPTA会長の祝辞をたまに思い出す。
「皆は今六年生で最上級生だけど、四月になって中学生になれば最下級生だ。中学三年生で又最上級生になるけど、高校に入れば又最下級生。その後も大学、社会人とその繰り返しが続く」
続く言葉が、「そうやって成長して行く」だったのか、「だから謙虚でなければいけない」だったのかは今は思い出せない。
それがその後中学校に上がってから、生意気盛りも相まって年上ってことだけで偉そうにしている先輩を皆の前で吊るし上げたり……。
まあ今でも、祝辞の内容の大体は思い出す位だから、それなりに子供心に響いていたんだろう。
社会人になって“最上級生から最下級生への繰り返し”がある人生はとんでもなく大変だが、異動が一応それにあたるのか。
そんな話を新宿区役所の向かいのもつ焼屋の常連にしてみた。
「俺はあれっすねっ、異動したらまず1カ月は休まず毎日現場に行きますね」
「へえ〜、真面目だねえ」
「いやいや、休みの日に出た時は早々に上がって夕方前に呑みに行く時もありますけど。異動直後はハシゴかけてネット補修とか、シフトの調整しなけりゃならないことが多いんで。いつだっかもう10年以上前に、1週間で100人のヘルプの手配したことあったなあ」
「お兄さん、何してんの?」
「テニスのコーチです」
「あっそうなの?!ネットの補修だのいろいろ言うから漁師かと思って……」
「漁師は初めて言われた気が……」
「いや、お兄さん黒いしさ。子供の頃、親父が肉屋やってた時に職人さんの実家が九十九里の漁師でさ、夏休みに泊まりに行くと、漁から帰って来て網を直すの見てたからかな」
人と道具。
選手と環境。
整えて当たり前だ。
無意識に出来る事の量とその質が大事なんだろうな。
そんなの誰でもわかってる。
そして何でも出来そうな気がするのは、得てしてそれをするべき時じゃなくて、おまけに殆どが酒の勢いだったり……。
バンクーバー五輪。
相変わらずマスコミと世論は、無責任な先入観と嫌悪感で選手を“上げ下げ”して弄んでる。
メダルか否かだけじゃないだろ?
てめえはずっと澱の中に沈み込んだままじゃないのか?
でもね、“最下級生から最上級生への繰り返し”もあるはずだ。
さっ、行こうか。
2010.2.25
Rairai
小学校卒業間近に開かれた卒団式での、いつも審判を買って出てくれたPTA会長の祝辞をたまに思い出す。
「皆は今六年生で最上級生だけど、四月になって中学生になれば最下級生だ。中学三年生で又最上級生になるけど、高校に入れば又最下級生。その後も大学、社会人とその繰り返しが続く」
続く言葉が、「そうやって成長して行く」だったのか、「だから謙虚でなければいけない」だったのかは今は思い出せない。
それがその後中学校に上がってから、生意気盛りも相まって年上ってことだけで偉そうにしている先輩を皆の前で吊るし上げたり……。
まあ今でも、祝辞の内容の大体は思い出す位だから、それなりに子供心に響いていたんだろう。
社会人になって“最上級生から最下級生への繰り返し”がある人生はとんでもなく大変だが、異動が一応それにあたるのか。
そんな話を新宿区役所の向かいのもつ焼屋の常連にしてみた。
「俺はあれっすねっ、異動したらまず1カ月は休まず毎日現場に行きますね」
「へえ〜、真面目だねえ」
「いやいや、休みの日に出た時は早々に上がって夕方前に呑みに行く時もありますけど。異動直後はハシゴかけてネット補修とか、シフトの調整しなけりゃならないことが多いんで。いつだっかもう10年以上前に、1週間で100人のヘルプの手配したことあったなあ」
「お兄さん、何してんの?」
「テニスのコーチです」
「あっそうなの?!ネットの補修だのいろいろ言うから漁師かと思って……」
「漁師は初めて言われた気が……」
「いや、お兄さん黒いしさ。子供の頃、親父が肉屋やってた時に職人さんの実家が九十九里の漁師でさ、夏休みに泊まりに行くと、漁から帰って来て網を直すの見てたからかな」
人と道具。
選手と環境。
整えて当たり前だ。
無意識に出来る事の量とその質が大事なんだろうな。
そんなの誰でもわかってる。
そして何でも出来そうな気がするのは、得てしてそれをするべき時じゃなくて、おまけに殆どが酒の勢いだったり……。
バンクーバー五輪。
相変わらずマスコミと世論は、無責任な先入観と嫌悪感で選手を“上げ下げ”して弄んでる。
メダルか否かだけじゃないだろ?
てめえはずっと澱の中に沈み込んだままじゃないのか?
でもね、“最下級生から最上級生への繰り返し”もあるはずだ。
さっ、行こうか。
2010.2.25
Rairai
2010年02月10日
Scene 277 [41]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 277
[41]
東京湾の埋め立て地の突端のゴルフ場で、右に富士山、左にディズニーランドを見ながらラウンドした帰り。
東京フォーラムの横のガード下で打上げ。
「先生、こいつの結婚式の時のスピーチ凄かったですよねえ。いきなり“N君は勉強は出来ない。テニスは下手。全く褒めるところがありません”って来て、学校の先生らしい笑いの取り方だと思いながら、皆その後の盛り返しを期待してたら、そのまま一回も褒めないでスピーチ終了!俺等が“褒めなくて良かったんですか?”って聞いたら、“だって褒めるところがないんだから仕方ないだろ”だもんね」
「そっ、あの時帝国ホテルで金かけたのにさ、結局離婚だぜ」
四十面下げたex-高校生10数名が、30年以上前と変らず老けない顧問先生を囲んで、昔話と最近の馬鹿話で盛り上がってる。
「“昔テニスやってた”って話になるとさ、インハイに出たのと出ないのじゃ全然違うんだよね。俺が“関東高校出た”って言っても“ふ〜ん、そうなの”みたいなね」
「そうそうインカレじゃなくてインハイなんだよな。大学入るともう個人の価値観で興味ある部分しか関わらないからね。野球だってやっぱ甲子園だもんね」
「お前32でしょ?俺で64だったのにさ」
「そうだけど東京都代表って言ったって5位だし、インハイもベスト32で、上には友達が何人いるから、まあこんなもんかなと思ってたんだけど、ちょっとこれから威張っちゃおうかなあ」
「そう言えばどっかで、戦績:都大会単ベスト64って書いてた奴がいたな。戦績って言えば普通、シングルで32、ダブルで16以上であとは“〜大会出場”だよな」
それから約2週間。
又同じ様な面子でラウンド後、東松山の焼きトン屋「大島屋」。
2週間前はプレ大会で、今日が顧問の名前がついた本大会らしい。
年季の入ったカウンターで、刷毛で味噌ダレをしこたま塗って一味をぶっかけたカシラを喰いながら、今日も皆で管巻いてる。
「ゴルフってさ、数字が出ちゃうから異常に拘る人いるよね」
「本当クラチャンの世界なんてシビアですよ。自分がカップインしたら他の人がまだでもさっさと次のホールに向って行っちゃいますからね」
「ま〜じ〜。そうなんだ。俺なんか皆と廻るから楽しいのに」
「まあそこまでやらないとクラチャンにはなれないって事でしょうねえ。俺仕事でテニス誌、ゴルフ誌の両方やってるじゃないですか、それぞれ特性がありますよね」
「ふ〜ん、俺は“テニスがあんなに上手いくせに何でこんなにゴルフが下手なんだ”とか、“テニスが強い奴が100切れないのはおかしい”って煩く言われる」
「それは“ゴルフで100切れるくせに何であんなにテニスは勝てなかったんだよ”とか、“ゴルフで100切れる奴がテニスで戦績を残してないのはおかしい”とでも言っとけばいいんじゃないですか?」
「お前いい事言うねえ……って言いながら、お前今日82じゃなかった?おまけにジュニアの時埼玉No.1だっけ?あ〜あ」
いいんだ、いいんだ、何でも。
それぞれ生きて来た苦みや重みをお互い感じたり、今又顔合わせる様になって楽しんでる事をちょっと幸せに感じたりしてるだけでいいじゃん。
“なにかのせいにする歳でもないし 思い出に浸る歳でもない ただやることをやる歳だ ちったあ鍛えられてるはずの歳だ” 41/SION
2010.2.8
Higashimatsuyama
坂東海
Scene 277
[41]
東京湾の埋め立て地の突端のゴルフ場で、右に富士山、左にディズニーランドを見ながらラウンドした帰り。
東京フォーラムの横のガード下で打上げ。
「先生、こいつの結婚式の時のスピーチ凄かったですよねえ。いきなり“N君は勉強は出来ない。テニスは下手。全く褒めるところがありません”って来て、学校の先生らしい笑いの取り方だと思いながら、皆その後の盛り返しを期待してたら、そのまま一回も褒めないでスピーチ終了!俺等が“褒めなくて良かったんですか?”って聞いたら、“だって褒めるところがないんだから仕方ないだろ”だもんね」
「そっ、あの時帝国ホテルで金かけたのにさ、結局離婚だぜ」
四十面下げたex-高校生10数名が、30年以上前と変らず老けない顧問先生を囲んで、昔話と最近の馬鹿話で盛り上がってる。
「“昔テニスやってた”って話になるとさ、インハイに出たのと出ないのじゃ全然違うんだよね。俺が“関東高校出た”って言っても“ふ〜ん、そうなの”みたいなね」
「そうそうインカレじゃなくてインハイなんだよな。大学入るともう個人の価値観で興味ある部分しか関わらないからね。野球だってやっぱ甲子園だもんね」
「お前32でしょ?俺で64だったのにさ」
「そうだけど東京都代表って言ったって5位だし、インハイもベスト32で、上には友達が何人いるから、まあこんなもんかなと思ってたんだけど、ちょっとこれから威張っちゃおうかなあ」
「そう言えばどっかで、戦績:都大会単ベスト64って書いてた奴がいたな。戦績って言えば普通、シングルで32、ダブルで16以上であとは“〜大会出場”だよな」
それから約2週間。
又同じ様な面子でラウンド後、東松山の焼きトン屋「大島屋」。
2週間前はプレ大会で、今日が顧問の名前がついた本大会らしい。
年季の入ったカウンターで、刷毛で味噌ダレをしこたま塗って一味をぶっかけたカシラを喰いながら、今日も皆で管巻いてる。
「ゴルフってさ、数字が出ちゃうから異常に拘る人いるよね」
「本当クラチャンの世界なんてシビアですよ。自分がカップインしたら他の人がまだでもさっさと次のホールに向って行っちゃいますからね」
「ま〜じ〜。そうなんだ。俺なんか皆と廻るから楽しいのに」
「まあそこまでやらないとクラチャンにはなれないって事でしょうねえ。俺仕事でテニス誌、ゴルフ誌の両方やってるじゃないですか、それぞれ特性がありますよね」
「ふ〜ん、俺は“テニスがあんなに上手いくせに何でこんなにゴルフが下手なんだ”とか、“テニスが強い奴が100切れないのはおかしい”って煩く言われる」
「それは“ゴルフで100切れるくせに何であんなにテニスは勝てなかったんだよ”とか、“ゴルフで100切れる奴がテニスで戦績を残してないのはおかしい”とでも言っとけばいいんじゃないですか?」
「お前いい事言うねえ……って言いながら、お前今日82じゃなかった?おまけにジュニアの時埼玉No.1だっけ?あ〜あ」
いいんだ、いいんだ、何でも。
それぞれ生きて来た苦みや重みをお互い感じたり、今又顔合わせる様になって楽しんでる事をちょっと幸せに感じたりしてるだけでいいじゃん。
“なにかのせいにする歳でもないし 思い出に浸る歳でもない ただやることをやる歳だ ちったあ鍛えられてるはずの歳だ” 41/SION
2010.2.8
Higashimatsuyama
2010年01月25日
Scene 276 [The Grand Slam of Asia/Pacific]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 276
[The Grand Slam of Asia/Pacific]
結構真面目に全豪オープンの中継を観てる。
と言っても時差がないから逆に、昼間リアルタイムでは観れないで録画だが。
今更だが全豪の中継はいい。
特にロッド・レーバー・アリーナのカメラアングルがいい。
雨対策というよりはエクストリーム・ヒート・ポリシー対策といった感の強い開閉式の屋根だが、屋根を作る際に最初から「選手のプレーを分析する狙いで、天井にいくつもカメラを仕掛けた」という話を聞いた事がある。
そのカメラの映像が使われているかどうかはわからないが、そんな“テニスを撮る事を追求したスタジアム”だけあって、TVの画面から臨場感を感じる。
今日も帰ったら録画VTR観戦だ。
ところで全豪の正式な呼び名は、Australian Open〜The Grand Slam of Asia/Pacific。
The Grand Slam of Asia/Pacificを直訳すると、アジア、太平洋地域のグランドスラム。
いい響きだ。
アジアで開催されるグランドスラム大会という視点で見るのも大事かもしれない。
カンタス航空のHPには、全豪観戦特集のページがあって、日本からの現地観戦を呼びかけている。
そこにある「全豪オープンが観戦しやすい9つの理由」は以下の通り。
001.時差は2時間
002.屋根付きスタジアム
003.治安も安心
004.会場まで徒歩15分
005.真冬の日本から夏へ
006.フランクな大会雰囲気
007.日本人選手の出場が多い
008.チケットがGetしやすい
009.観光の見所もたっぷり
007が気になってクリックしたら、「全豪オープンはジュニアも含み、日本人選手の出場が最も多いグランドスラム。さらに観客と選手との距離が近いのも大きな特徴で、憧れの選手のサインがもらえるかも!?」との事だが、やはりシーズン開始で真冬の日本から真夏の豪州へ時差なしで移動出来るってのはいい。
以前の東レPPOはその逆だった訳だが。
さて全豪は今日から第二週目の後半戦スタート。
ヒートアップして行く戦いを楽しませてもらおう。
最後に、全豪開幕の1月18日に永眠したロバート・B・パーカー氏に合掌。
2010.1.25
Wakasu
¥
坂東海
Scene 276
[The Grand Slam of Asia/Pacific]
結構真面目に全豪オープンの中継を観てる。
と言っても時差がないから逆に、昼間リアルタイムでは観れないで録画だが。
今更だが全豪の中継はいい。
特にロッド・レーバー・アリーナのカメラアングルがいい。
雨対策というよりはエクストリーム・ヒート・ポリシー対策といった感の強い開閉式の屋根だが、屋根を作る際に最初から「選手のプレーを分析する狙いで、天井にいくつもカメラを仕掛けた」という話を聞いた事がある。
そのカメラの映像が使われているかどうかはわからないが、そんな“テニスを撮る事を追求したスタジアム”だけあって、TVの画面から臨場感を感じる。
今日も帰ったら録画VTR観戦だ。
ところで全豪の正式な呼び名は、Australian Open〜The Grand Slam of Asia/Pacific。
The Grand Slam of Asia/Pacificを直訳すると、アジア、太平洋地域のグランドスラム。
いい響きだ。
アジアで開催されるグランドスラム大会という視点で見るのも大事かもしれない。
カンタス航空のHPには、全豪観戦特集のページがあって、日本からの現地観戦を呼びかけている。
そこにある「全豪オープンが観戦しやすい9つの理由」は以下の通り。
001.時差は2時間
002.屋根付きスタジアム
003.治安も安心
004.会場まで徒歩15分
005.真冬の日本から夏へ
006.フランクな大会雰囲気
007.日本人選手の出場が多い
008.チケットがGetしやすい
009.観光の見所もたっぷり
007が気になってクリックしたら、「全豪オープンはジュニアも含み、日本人選手の出場が最も多いグランドスラム。さらに観客と選手との距離が近いのも大きな特徴で、憧れの選手のサインがもらえるかも!?」との事だが、やはりシーズン開始で真冬の日本から真夏の豪州へ時差なしで移動出来るってのはいい。
以前の東レPPOはその逆だった訳だが。
さて全豪は今日から第二週目の後半戦スタート。
ヒートアップして行く戦いを楽しませてもらおう。
最後に、全豪開幕の1月18日に永眠したロバート・B・パーカー氏に合掌。
2010.1.25
Wakasu
¥





