2009年11月25日
Scene 272 [Beautiful Fighter #2]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 272
[Beautiful Fighter #2]
(もう観れなくなるのか……)と涙がにじんだ。
明日以降週末までスケジュールは一杯。
今日もタイトだったけど何とか有明に駆け付けた。
14時にはここを出ないとだ。
試合は今6-1、5-2で森上亜希子選手のリード。
試合は最後まで観れそうだ。
でもこの試合が終った時が、俺が彼女の現役としてのプレーを観る最後になる。
5-2のコートチェンジで彼女が俺が観ている側に来た時に、そう思うとグッと来ちまったんだ。
冷たい雨の降る有明に着いたのは昼頃。
当然アウトコートでは試合は行われてなく、メーカーのブースも閑散としている。
ケバブを買ってコロシアムに入ると、まだ第一試合の奈良くるみ選手と青山修子選手の試合。
ちょっともつれ出してる観もあり、第二試合の森上亜希子選手と土居美咲選手の試合を最後まで観れるか不安になる。
結局ファイナルまでは行かずストレートで試合が終り、(よし、UPから最後まで観るぞ!)とトイレに行って戻ろうとしたら、携帯がたて続けに鳴りやがって、席に戻ったらもう森上選手と土居選手がUPしてた。
(間の悪い電話かけて来やがって)なんて舌打ちするも、(そっか、ショーアップしてるジャパンオープンじゃなくて、こっちが本当のトーナメントだもんな)と、ジュニアの頃に“控え”で前の試合が終るのを待って、終ればすぐにコートに入って行った事を思い出す。
試合は終始森上選手のペースで進んだ。
森上選手が膝にサポーターをしていない事も、(これはかなりいいコンディションが作れたのかな)と感じさせられ、優勝を期待してしまった。
翌日はテニス界の某打合せ。
「昨日の森上良かったですね!」なんて会話の途中に入って来た人が、「でもさっき森上やられちゃいましたね」と一言。
皆が「ええっ!?」とどよめいた。
残念な気持ちで一杯になりながらも、彼女が昨日の試合で何回かフレームショットをしていた事が頭をよぎった。
続いてヴィーナスを追い詰めたウィンブルドンがフラッシュバックして来る。
いいんだ、とにかくいいんだ。
この数年、貴女がいたから日本女子テニス界に興味を持ち続けられたと言ったって過言じゃない。
本当にお疲れ様でした。
2009.11.12
Nishi-shinjuku Basement
坂東海
Scene 272
[Beautiful Fighter #2]
(もう観れなくなるのか……)と涙がにじんだ。
明日以降週末までスケジュールは一杯。
今日もタイトだったけど何とか有明に駆け付けた。
14時にはここを出ないとだ。
試合は今6-1、5-2で森上亜希子選手のリード。
試合は最後まで観れそうだ。
でもこの試合が終った時が、俺が彼女の現役としてのプレーを観る最後になる。
5-2のコートチェンジで彼女が俺が観ている側に来た時に、そう思うとグッと来ちまったんだ。
冷たい雨の降る有明に着いたのは昼頃。
当然アウトコートでは試合は行われてなく、メーカーのブースも閑散としている。
ケバブを買ってコロシアムに入ると、まだ第一試合の奈良くるみ選手と青山修子選手の試合。
ちょっともつれ出してる観もあり、第二試合の森上亜希子選手と土居美咲選手の試合を最後まで観れるか不安になる。
結局ファイナルまでは行かずストレートで試合が終り、(よし、UPから最後まで観るぞ!)とトイレに行って戻ろうとしたら、携帯がたて続けに鳴りやがって、席に戻ったらもう森上選手と土居選手がUPしてた。
(間の悪い電話かけて来やがって)なんて舌打ちするも、(そっか、ショーアップしてるジャパンオープンじゃなくて、こっちが本当のトーナメントだもんな)と、ジュニアの頃に“控え”で前の試合が終るのを待って、終ればすぐにコートに入って行った事を思い出す。
試合は終始森上選手のペースで進んだ。
森上選手が膝にサポーターをしていない事も、(これはかなりいいコンディションが作れたのかな)と感じさせられ、優勝を期待してしまった。
翌日はテニス界の某打合せ。
「昨日の森上良かったですね!」なんて会話の途中に入って来た人が、「でもさっき森上やられちゃいましたね」と一言。
皆が「ええっ!?」とどよめいた。
残念な気持ちで一杯になりながらも、彼女が昨日の試合で何回かフレームショットをしていた事が頭をよぎった。
続いてヴィーナスを追い詰めたウィンブルドンがフラッシュバックして来る。
いいんだ、とにかくいいんだ。
この数年、貴女がいたから日本女子テニス界に興味を持ち続けられたと言ったって過言じゃない。
本当にお疲れ様でした。
2009.11.12
Nishi-shinjuku Basement
2009年11月10日
Scene 271 [Beautiful Fighter]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 271
[Beautiful Fighter]
鼻たれ小僧の時分にドリフを観に行った時、山口百恵を観に行った時、ちょっと生意気になってから甲斐バンドを観に行った時、なけなしの金をはたいてNY迄ストーンズを観に行った時。
ショー当日迄、チケットを大切にしまって行きの電車の中じゃ何回もチケット持ってるか確認して、会場周りのダフ屋や的屋にわくわくして、席についてドキドキして開演を待った。
そしていつも“あいつら”はあっけらかんと目の前に現れてショーをスタートさせ、、グレートなパフォーマンスを繰り広げて行った。
これはテニスでも同じ。
テニスを始めたばかりの頃、青学記念館でもう引退してたのか間近だったのか覚えていないが、ローズウォール、ニューカムを観た。
そこにポツンと混じってたナスターゼにはコートサイドでサインをもらった(すぐに先輩に横取りされたけど……)。
金がなくて田園テニス倶楽部の裏口からタダで入ったジャパンオープンでは、クラブハウス前で談笑してたトッププロ何人もにサインをもらった。
九鬼さんは何故か真ん中だけが空いてた色紙を見て、「こんな凄い人ばかり書いてるところの真ん中に書いていいのかなあ」と笑いながら、でっかくど真ん中にサインしてくれた。
そしてサントリーカップ。
あの時はテニスファンだけじゃなくて日本中が、コナーズ、ボルグ、ビラス、オランテスの戦いを固唾を呑んで見守っていた。
同じジュニアチームのダチがボールボーイをやっていたから、ボルグがコナーズに勝って閉会した後、アリーナ迄降りてダチに会いに行った。
すると向うから、まだ身体全体から蒸気を噴き出してる汗だくのコナーズが歩いて来た。
誰に止められる事もなく白いキャンバス地のバッグにサインしてもらった。
このバッグは、いつからかお袋が自分の書類入れにしてしまって、何回も洗うもんだからコナーズのサインは消えちまった……。
ずっと観たいと思ってたモンフィス。
先日のATP Sundayで練習コートに行ったら、あっさり目の前で練習してた。
タイミング悪くてずっと観れなかったのに、次はおまけにロイヤルボックスでツォンガ戦も観れた。
同じ様にタイミング悪くてシングルスをなかなか観れなかったのが森上亜希子選手。
ダブルスは観れていたんだが、どうもシングルスは観れずだった。
アグレッシヴなテニスのスタイルと頼りになる勝負強さ。
数年前のフェドカップでやっと観れた。
ガキを連れて行ったからちょっと遅れて、コートチェンジ迄足止めしてる入口で爪先立ちになった先で、彼女が日本代表の赤いウェアでプレーしてた。
やっぱりあっけらかんと俺の前に現れた。
そしてあっと言う間に試合は終って又次の試合が始まった。
今回の全日本が彼女のラストファイト。
一気に世代交代が進んだ感のある日本テニス界。
でも森上選手はまだまだ行けたはず……何てタラレバは彼女には似合わないのはわかっているが。
とにかく有明に行かなくちゃ。
そしてあっけらかんと彼女は現れて試合をする。
それが彼女の仕事だから。
2009.11.10
Shinjuku-South Gate
坂東海
Scene 271
[Beautiful Fighter]
鼻たれ小僧の時分にドリフを観に行った時、山口百恵を観に行った時、ちょっと生意気になってから甲斐バンドを観に行った時、なけなしの金をはたいてNY迄ストーンズを観に行った時。
ショー当日迄、チケットを大切にしまって行きの電車の中じゃ何回もチケット持ってるか確認して、会場周りのダフ屋や的屋にわくわくして、席についてドキドキして開演を待った。
そしていつも“あいつら”はあっけらかんと目の前に現れてショーをスタートさせ、、グレートなパフォーマンスを繰り広げて行った。
これはテニスでも同じ。
テニスを始めたばかりの頃、青学記念館でもう引退してたのか間近だったのか覚えていないが、ローズウォール、ニューカムを観た。
そこにポツンと混じってたナスターゼにはコートサイドでサインをもらった(すぐに先輩に横取りされたけど……)。
金がなくて田園テニス倶楽部の裏口からタダで入ったジャパンオープンでは、クラブハウス前で談笑してたトッププロ何人もにサインをもらった。
九鬼さんは何故か真ん中だけが空いてた色紙を見て、「こんな凄い人ばかり書いてるところの真ん中に書いていいのかなあ」と笑いながら、でっかくど真ん中にサインしてくれた。
そしてサントリーカップ。
あの時はテニスファンだけじゃなくて日本中が、コナーズ、ボルグ、ビラス、オランテスの戦いを固唾を呑んで見守っていた。
同じジュニアチームのダチがボールボーイをやっていたから、ボルグがコナーズに勝って閉会した後、アリーナ迄降りてダチに会いに行った。
すると向うから、まだ身体全体から蒸気を噴き出してる汗だくのコナーズが歩いて来た。
誰に止められる事もなく白いキャンバス地のバッグにサインしてもらった。
このバッグは、いつからかお袋が自分の書類入れにしてしまって、何回も洗うもんだからコナーズのサインは消えちまった……。
ずっと観たいと思ってたモンフィス。
先日のATP Sundayで練習コートに行ったら、あっさり目の前で練習してた。
タイミング悪くてずっと観れなかったのに、次はおまけにロイヤルボックスでツォンガ戦も観れた。
同じ様にタイミング悪くてシングルスをなかなか観れなかったのが森上亜希子選手。
ダブルスは観れていたんだが、どうもシングルスは観れずだった。
アグレッシヴなテニスのスタイルと頼りになる勝負強さ。
数年前のフェドカップでやっと観れた。
ガキを連れて行ったからちょっと遅れて、コートチェンジ迄足止めしてる入口で爪先立ちになった先で、彼女が日本代表の赤いウェアでプレーしてた。
やっぱりあっけらかんと俺の前に現れた。
そしてあっと言う間に試合は終って又次の試合が始まった。
今回の全日本が彼女のラストファイト。
一気に世代交代が進んだ感のある日本テニス界。
でも森上選手はまだまだ行けたはず……何てタラレバは彼女には似合わないのはわかっているが。
とにかく有明に行かなくちゃ。
そしてあっけらかんと彼女は現れて試合をする。
それが彼女の仕事だから。
2009.11.10
Shinjuku-South Gate
2009年10月25日
Scene 270 [目線を上げろ]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 270
[目線を上げろ]
いつからだか新品のラケットにラケット全体を包み込みフルサイズのカバーが付いて来た。
そんなフルサイズのカバーを使った事はなく、と言って他の使い道もなくすぐ捨ててた。
周りでもそれは同じだった様で、直接バッグにラケットを突っ込んでいる奴が昔も今も殆どだ。
最近はビニール袋に入ってるのみで、カバーが付いて来ないメーカーもあるらしい。
(地球に優しくていいじゃん)位の感想だが、フルサイズのカバーという発想が今思えばテニス界的バブリーな発想だったんだろう。
「噛み合せを高くしたいから」
アルバイトテニスコーチをしていた時の後輩の親父さんに歯を診てもらってた時、こんな言葉を真に受けて、随分時間をかけて何本もの歯を削られて加工された。
確かあの頃は秋山選手とかプロ野球選手の間で、噛み合せとパフォーマンスの関係が注目されていた。
そんな時間と金をかけた歯だが、徐々に欠けたりして今大変だ。
当たり前だ、健康な歯を傷つけてたんだから。
まっ、これもバブルな時代の産物か。
救いは立派な歯医者になってる部活の後輩が、「先輩ならインプラントも滅茶苦茶安くします!」と言ってくれてる事位か。
いつの間にか自分が大嫌いな生き方をしてたり、「金じゃない」と言いながら「金でないものは見た事がない」と苦笑いしてたり。
全く上手くいかないぜ。
2009年2月7日、日本武道館の甲斐バンド。
「ここまでみんな生きて来たら振り返れば自分のスタイルになっているし、自分の味になっている。誇りを持ってほしい。目線を下げず、目線を上げる。目線を上げろ」
こんなMCがあった。
2009年秋、甲斐バンドのニューアルバムのタイトルは「目線を上げろ」。
タイトルチューンと言える「目線を上げて」は疾走感溢れるR&Rではなく、夕暮れの淋しさの様なイントロから始まるミディアムのバラッド。
徐々に熱を帯びて行くリフレインを聴きながら、俺はかろうじて明日への希望って奴を繋ぎ止めてる。
“目線を上げろ 胸をはれ 下を向くな 風を切り 目線を上げて 目を背けず 転がる自分を信じて 目線を上げろ 胸をはれ 下を向くな 風をかわし 目線を上げて 目を背けず 転がる自分を信じて”
2009.10.21
Nogawa Park続きを読む
坂東海
Scene 270
[目線を上げろ]
いつからだか新品のラケットにラケット全体を包み込みフルサイズのカバーが付いて来た。
そんなフルサイズのカバーを使った事はなく、と言って他の使い道もなくすぐ捨ててた。
周りでもそれは同じだった様で、直接バッグにラケットを突っ込んでいる奴が昔も今も殆どだ。
最近はビニール袋に入ってるのみで、カバーが付いて来ないメーカーもあるらしい。
(地球に優しくていいじゃん)位の感想だが、フルサイズのカバーという発想が今思えばテニス界的バブリーな発想だったんだろう。
「噛み合せを高くしたいから」
アルバイトテニスコーチをしていた時の後輩の親父さんに歯を診てもらってた時、こんな言葉を真に受けて、随分時間をかけて何本もの歯を削られて加工された。
確かあの頃は秋山選手とかプロ野球選手の間で、噛み合せとパフォーマンスの関係が注目されていた。
そんな時間と金をかけた歯だが、徐々に欠けたりして今大変だ。
当たり前だ、健康な歯を傷つけてたんだから。
まっ、これもバブルな時代の産物か。
救いは立派な歯医者になってる部活の後輩が、「先輩ならインプラントも滅茶苦茶安くします!」と言ってくれてる事位か。
いつの間にか自分が大嫌いな生き方をしてたり、「金じゃない」と言いながら「金でないものは見た事がない」と苦笑いしてたり。
全く上手くいかないぜ。
2009年2月7日、日本武道館の甲斐バンド。
「ここまでみんな生きて来たら振り返れば自分のスタイルになっているし、自分の味になっている。誇りを持ってほしい。目線を下げず、目線を上げる。目線を上げろ」
こんなMCがあった。
2009年秋、甲斐バンドのニューアルバムのタイトルは「目線を上げろ」。
タイトルチューンと言える「目線を上げて」は疾走感溢れるR&Rではなく、夕暮れの淋しさの様なイントロから始まるミディアムのバラッド。
徐々に熱を帯びて行くリフレインを聴きながら、俺はかろうじて明日への希望って奴を繋ぎ止めてる。
“目線を上げろ 胸をはれ 下を向くな 風を切り 目線を上げて 目を背けず 転がる自分を信じて 目線を上げろ 胸をはれ 下を向くな 風をかわし 目線を上げて 目を背けず 転がる自分を信じて”
2009.10.21
Nogawa Park続きを読む
2009年10月10日
Scene 269 [Far East]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 269
[Far East]
「何でそのネーミングにしたの?」
「FEN聴いてるとさ、何とかかんとかfar eastって言うじゃん?!
極東からトップを出すって意味も込めてあそこから」
極東ね。
今秋はそれを身に染みて感じた。
フェデラーの又してものドタキャン。
「遠いからなあ、いくら積まれても嫌になっちゃうんかなあ」
なんて通ぶったボヤきを何人からか聞いた。
そしてフェデラー欠場でトップシードのデルポトロの1R敗退。
「時差ボケも何だかなあだけど、二年連続で腹の調子が悪いってないんじゃない……」
N.Y.への飛行機では、喰っちゃ寝喰っちゃ寝の繰り返しのブロイラー状態で本当に遠いと感じるが、単発のトーナメントでこれだと確かにキツいよなあ。
そんな極東のタフネス・ヒロイン、杉山愛選手の引退と、クルム伊達公子選手の13年振りのWTAツアー優勝。
フェードアウトとフェードインの奇妙なタイムスリップ。
そんなカオスに立ち会えるのも素敵と考えよう。
さてマスコミ的には書き辛いトーナメントとなってしまったジャパン・オープンの土曜日。
ヒューイットがフルセットで負けて、これで更に扱い悪くなるなと考えてた後のツォンガvsモンフィス。
なかなかタイミングが合わず、練習しか観た事のなかったモンフィスの試合が観れると楽しみにしていたら、ツォンガが凄い。
200km超のサービスにこれでもかという位のハードヒット。
わおっ、いいものを見せてもらったぜ。
その後のサイン会で見せた、一人一人の目を見て微笑み、丁寧にサインして行く姿に心が温かくなった。
素晴らしい片手バックハンドのユージニーとの、明日の決勝戦は楽しみだ。
その後の男子ダブルス準決勝で負けたしまった岩渕聡・鈴木貴男ペアの試合後のインタビューで、「岩渕・鈴木」の終りに感極まり嗚咽を漏らした鈴木選手。
そして最後の女子ダブルス決勝を観ようと残った沢山の観客。
いい雰囲気だった。
いい雰囲気と言えば、ロイヤルボックスで裏方として働いていた元選手達。
ゲート付近でずっと出入りする人を迎えていた旧知のフェド杯監督。
全日程終了後、膝掛けやクッションを集めていた数名の女性プロ。
皆からスポンサードしてくれている人達への感謝の念を感じた。
悪くないよ、極東!
みんなおいで!
2009.10.10
Mutsumi
坂東海
Scene 269
[Far East]
「何でそのネーミングにしたの?」
「FEN聴いてるとさ、何とかかんとかfar eastって言うじゃん?!
極東からトップを出すって意味も込めてあそこから」
極東ね。
今秋はそれを身に染みて感じた。
フェデラーの又してものドタキャン。
「遠いからなあ、いくら積まれても嫌になっちゃうんかなあ」
なんて通ぶったボヤきを何人からか聞いた。
そしてフェデラー欠場でトップシードのデルポトロの1R敗退。
「時差ボケも何だかなあだけど、二年連続で腹の調子が悪いってないんじゃない……」
N.Y.への飛行機では、喰っちゃ寝喰っちゃ寝の繰り返しのブロイラー状態で本当に遠いと感じるが、単発のトーナメントでこれだと確かにキツいよなあ。
そんな極東のタフネス・ヒロイン、杉山愛選手の引退と、クルム伊達公子選手の13年振りのWTAツアー優勝。
フェードアウトとフェードインの奇妙なタイムスリップ。
そんなカオスに立ち会えるのも素敵と考えよう。
さてマスコミ的には書き辛いトーナメントとなってしまったジャパン・オープンの土曜日。
ヒューイットがフルセットで負けて、これで更に扱い悪くなるなと考えてた後のツォンガvsモンフィス。
なかなかタイミングが合わず、練習しか観た事のなかったモンフィスの試合が観れると楽しみにしていたら、ツォンガが凄い。
200km超のサービスにこれでもかという位のハードヒット。
わおっ、いいものを見せてもらったぜ。
その後のサイン会で見せた、一人一人の目を見て微笑み、丁寧にサインして行く姿に心が温かくなった。
素晴らしい片手バックハンドのユージニーとの、明日の決勝戦は楽しみだ。
その後の男子ダブルス準決勝で負けたしまった岩渕聡・鈴木貴男ペアの試合後のインタビューで、「岩渕・鈴木」の終りに感極まり嗚咽を漏らした鈴木選手。
そして最後の女子ダブルス決勝を観ようと残った沢山の観客。
いい雰囲気だった。
いい雰囲気と言えば、ロイヤルボックスで裏方として働いていた元選手達。
ゲート付近でずっと出入りする人を迎えていた旧知のフェド杯監督。
全日程終了後、膝掛けやクッションを集めていた数名の女性プロ。
皆からスポンサードしてくれている人達への感謝の念を感じた。
悪くないよ、極東!
みんなおいで!
2009.10.10
Mutsumi
2009年09月25日
Scene 268 [Everythings gonna be alight!]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 268
[Everythings gonna be alight!]
三日間連続でテニスのイベントに足を運んだ。
まずは年下のコーチからの誘いで、「スペシャルオリンピックス日本・埼玉大会」。
観戦し始めてすぐに選手達が短いボールを追わない事に気付く。
「横はOKなんですが、縦のボールが短い長い、スピードの判断が難しいそうなんです」と、年下のコーチが教えてくれる。
若干カルチャーショックを覚えて他の競技も観戦。
テニスが出来る選手に比べて障害の度合いが強いと聞いた水泳。
スタート前の仕草とレース中の見事な泳ぎっぷりに心底驚く。
そしてテニスというスポーツの難易度の高さ、自分が得意である故の無神経さを感じる。
翌日は「テニスの日」。
今年は有明の裏方。
友人のプロ達はレッスン、俺は赤い法被を着てウロウロ……まっ、いいか。
やはりメインは松岡修造氏。
彼と共に人が動き人だかりがする。
車いすテニスのコートでのレッスンを観る。
健常者相手と全く変らず速い球を打ち込んで行く(と言っても十分手加減してるが)。
打ち込まれた方も笑顔で次のボールに向かって行く。
そしてその次は隣の聴覚障害者テニスのコートに移動。
まず親指を立て皆の目を真剣に見つめた後、「一つだけ、ラケットは上、下に下げない、上」と、通訳の手話を通して常にヘッドを上にして構える事を伝えてレッスン開始。
やっぱり打ち込んで行く。
ミスしても矢継ぎ早にボールを送って行く。
「これがテニスの楽しさなんだよ!」
信念を貫く快さ、テニスを愛する人への平等な姿勢に感服。
12時10分、「全国一斉ボレーボレー」スタート。
彼は各ペアに声をかけ、10分間ノーミスの達成者12名には、ボレーボレー中の様子を一言添えて認定書を渡してた。
余談だが、彼は昨年のイベント中に“熱さ”に泣き出してしまった子に、後日手紙を送ったらしい。
懇親会で疲れた身体にビールを流し込んでいたら、目下の東レPPO仕様にデコレーションされた2番コートではサフィーナ選手がずっと練習していた。
翌朝、滅多に乗らない京浜急行で立会川。
二度目の「マナーキッズテニスプロジェクト」視察。
前回は単発イベントを観たが、今回は品川区の全公立小学校で実施と聞いて駆けつけた。
約30名のボランティアの方々が、テニスとテニスこそが伝えられるマナーを熱心に指導している。
気付けば俺もスーツ姿でコートを歩き回り、子供達に指導していた。
スペシャルオリンピックス、テニスの日、マナーキッズテニス。
大きい小さいあるが、どれも皆が手弁当で運営しているイベント。
いつかテニスという大きな括りで、皆が同じ場所で笑えます様に。
スーツでイベントに顔を出したのは、その後パーティーがあったから。
いつもこんな俺に懇意にしてくれてる社長がいるテニススクール専門会社の創業30周年パーティー。
昨夜もアタタカイ・ハートをありがとうございました。
心からおめでとうございます。
そんな三日間が終わり、今朝は布団から出れずにいると<今日の10時から東レPPO予選にウダンが出ますよ>とメール。
時計を見たらもう9時半。
車を飛ばしても到底間に合わない。
そのまま二度寝した後iBookを開くと、お隣韓国オープンで「クルム伊達公子が世界30位を破り8強入り」のニュース。
今日は錦織圭選手のジャパン・オープン欠場の正式発表もあるらしい。
焦りを抑えて次のチャンスを狙ってる感じがいい。
明後日日曜日の東レPPO開幕日は、今大会がラストの杉山愛選手の引退セレモニー。
本当にお疲れ様でした。
えっ!?Keiだけでなくフェデラーもジャパン・オープン欠場……。
えっ!?えっ!?韓国オープンQF「クルム伊達公子vsダニエラ・ハンチュコバ」は1stの1-5から7-6,4-6,6-4で伊達選手の勝利!
OK!OK!Everythings gonna be alight!
酒もようやく抜けていい気分だ。
日本テニス界の明日は明るい!
2009.9.25
Oohashi
坂東海
Scene 268
[Everythings gonna be alight!]
三日間連続でテニスのイベントに足を運んだ。
まずは年下のコーチからの誘いで、「スペシャルオリンピックス日本・埼玉大会」。
観戦し始めてすぐに選手達が短いボールを追わない事に気付く。
「横はOKなんですが、縦のボールが短い長い、スピードの判断が難しいそうなんです」と、年下のコーチが教えてくれる。
若干カルチャーショックを覚えて他の競技も観戦。
テニスが出来る選手に比べて障害の度合いが強いと聞いた水泳。
スタート前の仕草とレース中の見事な泳ぎっぷりに心底驚く。
そしてテニスというスポーツの難易度の高さ、自分が得意である故の無神経さを感じる。
翌日は「テニスの日」。
今年は有明の裏方。
友人のプロ達はレッスン、俺は赤い法被を着てウロウロ……まっ、いいか。
やはりメインは松岡修造氏。
彼と共に人が動き人だかりがする。
車いすテニスのコートでのレッスンを観る。
健常者相手と全く変らず速い球を打ち込んで行く(と言っても十分手加減してるが)。
打ち込まれた方も笑顔で次のボールに向かって行く。
そしてその次は隣の聴覚障害者テニスのコートに移動。
まず親指を立て皆の目を真剣に見つめた後、「一つだけ、ラケットは上、下に下げない、上」と、通訳の手話を通して常にヘッドを上にして構える事を伝えてレッスン開始。
やっぱり打ち込んで行く。
ミスしても矢継ぎ早にボールを送って行く。
「これがテニスの楽しさなんだよ!」
信念を貫く快さ、テニスを愛する人への平等な姿勢に感服。
12時10分、「全国一斉ボレーボレー」スタート。
彼は各ペアに声をかけ、10分間ノーミスの達成者12名には、ボレーボレー中の様子を一言添えて認定書を渡してた。
余談だが、彼は昨年のイベント中に“熱さ”に泣き出してしまった子に、後日手紙を送ったらしい。
懇親会で疲れた身体にビールを流し込んでいたら、目下の東レPPO仕様にデコレーションされた2番コートではサフィーナ選手がずっと練習していた。
翌朝、滅多に乗らない京浜急行で立会川。
二度目の「マナーキッズテニスプロジェクト」視察。
前回は単発イベントを観たが、今回は品川区の全公立小学校で実施と聞いて駆けつけた。
約30名のボランティアの方々が、テニスとテニスこそが伝えられるマナーを熱心に指導している。
気付けば俺もスーツ姿でコートを歩き回り、子供達に指導していた。
スペシャルオリンピックス、テニスの日、マナーキッズテニス。
大きい小さいあるが、どれも皆が手弁当で運営しているイベント。
いつかテニスという大きな括りで、皆が同じ場所で笑えます様に。
スーツでイベントに顔を出したのは、その後パーティーがあったから。
いつもこんな俺に懇意にしてくれてる社長がいるテニススクール専門会社の創業30周年パーティー。
昨夜もアタタカイ・ハートをありがとうございました。
心からおめでとうございます。
そんな三日間が終わり、今朝は布団から出れずにいると<今日の10時から東レPPO予選にウダンが出ますよ>とメール。
時計を見たらもう9時半。
車を飛ばしても到底間に合わない。
そのまま二度寝した後iBookを開くと、お隣韓国オープンで「クルム伊達公子が世界30位を破り8強入り」のニュース。
今日は錦織圭選手のジャパン・オープン欠場の正式発表もあるらしい。
焦りを抑えて次のチャンスを狙ってる感じがいい。
明後日日曜日の東レPPO開幕日は、今大会がラストの杉山愛選手の引退セレモニー。
本当にお疲れ様でした。
えっ!?Keiだけでなくフェデラーもジャパン・オープン欠場……。
えっ!?えっ!?韓国オープンQF「クルム伊達公子vsダニエラ・ハンチュコバ」は1stの1-5から7-6,4-6,6-4で伊達選手の勝利!
OK!OK!Everythings gonna be alight!
酒もようやく抜けていい気分だ。
日本テニス界の明日は明るい!
2009.9.25
Oohashi
2009年09月10日
Scene 267 [Repeat & Fade]
<杉山愛選手、引退するみたいですね・・・>
プレスリリースとほぼ同時に、テニスのプロでなくゴルフのプロからメールが来た。
相手がゴルフのプロと言う事で若干テニス界の人間らしく、<最近嫌な負け方が多かったからね>なんて返信したが、それでも彼女は最新ランキング世界71位。
ジュニア選手がジャンプアップして71位にランクインして来たのとは違うというのはわかるが、そのポジションに今現在彼女がいる意義はとてつもなくでかい。
以前「杉山選手は日本テニス界のランドマーク」だと書いた。
彼女はずっとそこにいてくれた。
日本と世界の距離感を保ってくれていた。
わからない人は、チームスポーツという違いはあるが、サッカーに置き換えてみればいい。
もしこの10数年W杯に一回も出れず中田も誰もいなかったらと。
Repeat & Fade
2009.9.10
minoru
プレスリリースとほぼ同時に、テニスのプロでなくゴルフのプロからメールが来た。
相手がゴルフのプロと言う事で若干テニス界の人間らしく、<最近嫌な負け方が多かったからね>なんて返信したが、それでも彼女は最新ランキング世界71位。
ジュニア選手がジャンプアップして71位にランクインして来たのとは違うというのはわかるが、そのポジションに今現在彼女がいる意義はとてつもなくでかい。
以前「杉山選手は日本テニス界のランドマーク」だと書いた。
彼女はずっとそこにいてくれた。
日本と世界の距離感を保ってくれていた。
わからない人は、チームスポーツという違いはあるが、サッカーに置き換えてみればいい。
もしこの10数年W杯に一回も出れず中田も誰もいなかったらと。
Repeat & Fade
2009.9.10
minoru
2009年08月25日
Scene 266 [なるようにしかならないが]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 266
[なるようにしかならないが]
「学校行事を撮るカメラマンって下手だと思ってたんだけど、実はあれって上手いんだよね」
「どういう事ですか?」
「俺なんかはアップでいかにいい表情を撮るかじゃない?ずっと狙ってて、ここだって時連写して一番いい表情を選ぶわけですよ。でもそれってその本人しか買わないでしょ?彼等は一枚の中にいかに多勢入れるかで、同じ一枚を何人もが買ってくれるんだよね。こっちはいい表情を撮る為に連写して一枚、向こうは一枚撮って何枚も売れるから」
「確かに端っこに小さく写ってても買いたくなる心理ってあるもんなあ。そういう“上手さ”もありなんでしょうねえ。話は変って、デジカメになっても一瞬を狙ってシャッターを切る感覚が勝負なんですよね?」
「勿論。そこは絶対負けません。まあデジカメになってそのあたりが甘くなってる人もいるけど」
いつものバーで初めて隣り合わせた、俺なんかよりずっとマスターと古い付き合いのプロカメラマン。
その後もショーケンを撮った時のエピソードを聞かせてもらったり、愉しませてもらった。
ニーズは余りに多様だ。
それに出費が絡めば、多様というよりは複雑にもなる。
「あれが欲しいけど金が足りないからこっちにしよう」
「最初はこの位にしといて後々グレードアップしよう」
「今回は全く手が出ないから諦めよう」
でも結局は自分に合った選択肢を選べばいいだけのこと。
選択肢にないものは選べないし、一つしか選択肢がないのならそれも致し方ない。
TV番組を観ててつまらなければチャンネルを替えて、観たい番組がなければ消す。
それが出来ずに「つまらない番組」の批評、批判するのはお門違いだよね。
テニスもそれは同じ。
フロリダに皆行ける訳じゃない。
フロリダに行けば誰でも強くなる訳じゃない。
自分に合った選択肢を選んだ後にどうするかだ。
いや、自分に合っていない選択肢だったとしても、その前に望んでいない選択肢だったとしても、そこでどれだけ目一杯やるかだ。
そうでなきゃ、どんな選択肢だっていつか、無いものねだりの都合のいいわがままに食い尽される。
気がつけよ。
お前は才能があるんだ。
困難が立ちはだかった時、叱られた時、怒られた時、誰かのせいにしないで、ちょっと自分を振り返ってみろよ。
お前に怒鳴った奴の気持ちがわかるか?
怒鳴られる前のお前の気持ちはどうだった?
やるべき事があるだろ?
わかってんのか、お前のことだ。
立てよ。
立ち上がれよ。
2009.8.25
Fujimi
坂東海
Scene 266
[なるようにしかならないが]
「学校行事を撮るカメラマンって下手だと思ってたんだけど、実はあれって上手いんだよね」
「どういう事ですか?」
「俺なんかはアップでいかにいい表情を撮るかじゃない?ずっと狙ってて、ここだって時連写して一番いい表情を選ぶわけですよ。でもそれってその本人しか買わないでしょ?彼等は一枚の中にいかに多勢入れるかで、同じ一枚を何人もが買ってくれるんだよね。こっちはいい表情を撮る為に連写して一枚、向こうは一枚撮って何枚も売れるから」
「確かに端っこに小さく写ってても買いたくなる心理ってあるもんなあ。そういう“上手さ”もありなんでしょうねえ。話は変って、デジカメになっても一瞬を狙ってシャッターを切る感覚が勝負なんですよね?」
「勿論。そこは絶対負けません。まあデジカメになってそのあたりが甘くなってる人もいるけど」
いつものバーで初めて隣り合わせた、俺なんかよりずっとマスターと古い付き合いのプロカメラマン。
その後もショーケンを撮った時のエピソードを聞かせてもらったり、愉しませてもらった。
ニーズは余りに多様だ。
それに出費が絡めば、多様というよりは複雑にもなる。
「あれが欲しいけど金が足りないからこっちにしよう」
「最初はこの位にしといて後々グレードアップしよう」
「今回は全く手が出ないから諦めよう」
でも結局は自分に合った選択肢を選べばいいだけのこと。
選択肢にないものは選べないし、一つしか選択肢がないのならそれも致し方ない。
TV番組を観ててつまらなければチャンネルを替えて、観たい番組がなければ消す。
それが出来ずに「つまらない番組」の批評、批判するのはお門違いだよね。
テニスもそれは同じ。
フロリダに皆行ける訳じゃない。
フロリダに行けば誰でも強くなる訳じゃない。
自分に合った選択肢を選んだ後にどうするかだ。
いや、自分に合っていない選択肢だったとしても、その前に望んでいない選択肢だったとしても、そこでどれだけ目一杯やるかだ。
そうでなきゃ、どんな選択肢だっていつか、無いものねだりの都合のいいわがままに食い尽される。
気がつけよ。
お前は才能があるんだ。
困難が立ちはだかった時、叱られた時、怒られた時、誰かのせいにしないで、ちょっと自分を振り返ってみろよ。
お前に怒鳴った奴の気持ちがわかるか?
怒鳴られる前のお前の気持ちはどうだった?
やるべき事があるだろ?
わかってんのか、お前のことだ。
立てよ。
立ち上がれよ。
2009.8.25
Fujimi
2009年08月10日
Scene 265 [夏の轍 #2]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 265
[夏の轍 #2]
「足の裏で地面つかまえてから大きく振ってみな!」
これだけを言い続けてた家族旅行でのテニス。
毎朝二時間が精一杯だったけど、子供達は目に見えて上達してく。
軽井沢から帰って来た翌日。
今度は独り高速バスで山中湖へ。
母校の中学校の合宿のヘルプ。
iPodには“忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー 2009.5.9 オリジナルサウンドトラック”。
バスが国立府中を通過するという時にかかっていたのは“多摩蘭坂”。
昨日は中学の同級生の親父さんである偉大なスイマーの訃報が報じられていた。
宿に入って、一週間ぶっ通しで参加のOBが4名と聞いて驚く。
そのうちの一人は先日打合せした強化ジュニアスクールの社長。
合宿はもう後半。
彼の喉は潰れている。
生徒達は聞いていた程はだらけていない。
そりゃそうだろう、このかすれ声だ。
どんな展開だったかはすぐわかる。
聞けば数日前の土砂降りの日は山中湖一周マラソンをさせたらしい。
朝のランニングから始まって、激しいドリル、厳しいトレーニング、全てが初体験だった生徒達は文句を言いながらも全員完走。
やりたくないこと、やらされたことでも、終ってやり遂げてしまえば、自分の糧になることがあると気付いただけでも、彼等がこの合宿に来た意義がある。
「お父さん、お前位の時にここ一周したんだぞ」と、助手席にいる子供に話しかける奴等の姿が見える気がした。
とは言え、練習で俺が発した言葉は「返事は!」「走れ!」が殆ど。
体育会系の締め付けでも何でもなくて、最低限の礼儀、集中力を示せない“テニス部の後輩”に何とか壁を越えてほしかったんだが、彼等に通じただろうか。
テニスは上手くなった分だけ、強くなった分だけ見える世界が変って来るんだからさ。
数日後、恒例の日比谷野音でのSION-YAON。
“たまらん事が多すぎる たまらん俺が多すぎる 誰にも見つかりたくないくせに お前に見つけてほしい どうなってんかな 三つから進歩なし”鬼は外/SION
先月末のシオンの友人である女性ロックシンガー、川村カオリの死。
“たまらん事が多すぎる”というフレーズを涙をこらえ切れずに振り絞る様に唄う姿に、グッと来る。
たっぷり聴いてたっぷり呑んで、気付けば打上げの席で友人は酩酊。
家人と娘と一軒で早々に退散……呑み出しが早かったんでそれでも6時間は呑んでるんだが。
そして翌日。
山中湖で一緒だった先輩のスクールのジュニアレッスンを観に行った。
息子を実験台に入会させ、効果測定。
最初から最後まで無駄のないハードなレッスン。
効率よく多人数を廻すとかそういうことじゃあない。
上手くなることだけでなく、強くなることを追求したシンプルで明るいエネルギーに満ちた空間。
(そうなんだよなあ……)と、得意の独りごち。
と、そこに先日の毎トー50歳以上男子複で優勝した先輩が訪ねて来た。
堅気の会社勤めをしているくせに真黒だ。
その辺の若手プロコーチよりも黒いかもしれない。
週何時間テニスやってんだ?!
からかい合い、突っつきあいゲラゲラ笑って、いつかみたいに手を振って別れた。
世間様はこれからお盆休み。
振り返った時、今年の夏の轍が楽しいものでありますように。
2009.8.9
Shiki
坂東海
Scene 265
[夏の轍 #2]
「足の裏で地面つかまえてから大きく振ってみな!」
これだけを言い続けてた家族旅行でのテニス。
毎朝二時間が精一杯だったけど、子供達は目に見えて上達してく。
軽井沢から帰って来た翌日。
今度は独り高速バスで山中湖へ。
母校の中学校の合宿のヘルプ。
iPodには“忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー 2009.5.9 オリジナルサウンドトラック”。
バスが国立府中を通過するという時にかかっていたのは“多摩蘭坂”。
昨日は中学の同級生の親父さんである偉大なスイマーの訃報が報じられていた。
宿に入って、一週間ぶっ通しで参加のOBが4名と聞いて驚く。
そのうちの一人は先日打合せした強化ジュニアスクールの社長。
合宿はもう後半。
彼の喉は潰れている。
生徒達は聞いていた程はだらけていない。
そりゃそうだろう、このかすれ声だ。
どんな展開だったかはすぐわかる。
聞けば数日前の土砂降りの日は山中湖一周マラソンをさせたらしい。
朝のランニングから始まって、激しいドリル、厳しいトレーニング、全てが初体験だった生徒達は文句を言いながらも全員完走。
やりたくないこと、やらされたことでも、終ってやり遂げてしまえば、自分の糧になることがあると気付いただけでも、彼等がこの合宿に来た意義がある。
「お父さん、お前位の時にここ一周したんだぞ」と、助手席にいる子供に話しかける奴等の姿が見える気がした。
とは言え、練習で俺が発した言葉は「返事は!」「走れ!」が殆ど。
体育会系の締め付けでも何でもなくて、最低限の礼儀、集中力を示せない“テニス部の後輩”に何とか壁を越えてほしかったんだが、彼等に通じただろうか。
テニスは上手くなった分だけ、強くなった分だけ見える世界が変って来るんだからさ。
数日後、恒例の日比谷野音でのSION-YAON。
“たまらん事が多すぎる たまらん俺が多すぎる 誰にも見つかりたくないくせに お前に見つけてほしい どうなってんかな 三つから進歩なし”鬼は外/SION
先月末のシオンの友人である女性ロックシンガー、川村カオリの死。
“たまらん事が多すぎる”というフレーズを涙をこらえ切れずに振り絞る様に唄う姿に、グッと来る。
たっぷり聴いてたっぷり呑んで、気付けば打上げの席で友人は酩酊。
家人と娘と一軒で早々に退散……呑み出しが早かったんでそれでも6時間は呑んでるんだが。
そして翌日。
山中湖で一緒だった先輩のスクールのジュニアレッスンを観に行った。
息子を実験台に入会させ、効果測定。
最初から最後まで無駄のないハードなレッスン。
効率よく多人数を廻すとかそういうことじゃあない。
上手くなることだけでなく、強くなることを追求したシンプルで明るいエネルギーに満ちた空間。
(そうなんだよなあ……)と、得意の独りごち。
と、そこに先日の毎トー50歳以上男子複で優勝した先輩が訪ねて来た。
堅気の会社勤めをしているくせに真黒だ。
その辺の若手プロコーチよりも黒いかもしれない。
週何時間テニスやってんだ?!
からかい合い、突っつきあいゲラゲラ笑って、いつかみたいに手を振って別れた。
世間様はこれからお盆休み。
振り返った時、今年の夏の轍が楽しいものでありますように。
2009.8.9
Shiki
2009年07月29日
Scene 264 [夏の轍]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 264
[夏の轍]
細かく書き込まれて行くメニュー用紙。
「その場で前に踏み込んでのスマッシュ練習の後は後ろに下がりながらですか?」
「横に動くの入れてからにしたら?」
「最初はフォア側に走ってスマッシュ?」
「いや、最初はバックステップでバック側に動く方が簡単だよ」
夏の合宿の打合せ。
場所は某テニススクール。
話をしているのはその某テニススクールの社長と、WEBのフォローをしている奴だが、そこのジュニアの合宿の事ではなく、二人の母校の中学校の合宿のメニューについて。
某社長と俺、そして俺と奴とそれぞれ二つ違いの先輩後輩。
「こう肘のところに挟んでイメージ掴むチューブみたいなの作って持って行こうと思って」
「そう言えばシャトルランやるんだろ?音源とラジカセ持って行ってやるよ」
流石に某社長はジュニア強化スクールをやっているだけあって、正に打てば響くという感じでアドバイスをして行く。
もう一人の奴は普段はサラリーマン。
ガキが俺達の母校に受かってから、週末はずっと部活の練習を見てるらしい。
「サイドステップとか出来るかなあ」
「えっ!?スプリットステップはちゃんとしてるんだろ?」
「いやあ……。練習中にぱらぱらといなくなっちゃう位なんで」
「”ジュース買って来ます”っていなくなっちゃうんだって」
「ちゃんと言ってから行く奴はまだいいですよ」
「中学と高校で練習を分けてからみたいよ」
「だからこの“部則”作ったんだ。でもこれってOBが読んだ方がいいんじゃない?」
「そう言えば、F森さん毎トー50歳以上男子準優勝って凄いなあ。決勝の相手が坂本兄弟ってのもいいなあ。昔もうちょっと真面目にやってればねえ、と言ってもあだ名がヤニ森じゃどうしようもないか」
「K田も40歳以上女子優勝したって」
外のコートではジュニア強化クラスのレッスンが始まった。
いきなり若いコーチが子供達を叱ってる。
皆コートを出てランニングに行った。
暫くして戻って来た子に「どうしたの?」と聞いてみた。
「集合の時だらだらして喋ってたら怒られました!」
と明るく答えコートに走って行った。
そうそう、叱られた事だけを受け止めて落ち込んだりしないで、そうやって人の想いをちゃんと受け止めて切り替えないとな。
打合せはエネルギッシュにコミカルに?延々続く。
ふと見ると“トウシロ”の後輩の手元にはJTA出版のドリル集。
「お前勉強してるねえ!」
無償で人の為に尽くす草の根の活動をしている人はどの世界でも熱く、そして純粋だ。
毎日毎日沢山のレッスンをしているプロテニスコーチ。
その日常が金太郎飴にならないのは、毎レッスン毎レッスンで「観察〜承認」というコーチングの基本を真剣にするが故の創造、発見、驚き、感謝、それから生まれる感動があるからだろう。
今年も“熱い夏”がやって来た。
2009.7.25
Kashiwacho
坂東海
Scene 264
[夏の轍]
細かく書き込まれて行くメニュー用紙。
「その場で前に踏み込んでのスマッシュ練習の後は後ろに下がりながらですか?」
「横に動くの入れてからにしたら?」
「最初はフォア側に走ってスマッシュ?」
「いや、最初はバックステップでバック側に動く方が簡単だよ」
夏の合宿の打合せ。
場所は某テニススクール。
話をしているのはその某テニススクールの社長と、WEBのフォローをしている奴だが、そこのジュニアの合宿の事ではなく、二人の母校の中学校の合宿のメニューについて。
某社長と俺、そして俺と奴とそれぞれ二つ違いの先輩後輩。
「こう肘のところに挟んでイメージ掴むチューブみたいなの作って持って行こうと思って」
「そう言えばシャトルランやるんだろ?音源とラジカセ持って行ってやるよ」
流石に某社長はジュニア強化スクールをやっているだけあって、正に打てば響くという感じでアドバイスをして行く。
もう一人の奴は普段はサラリーマン。
ガキが俺達の母校に受かってから、週末はずっと部活の練習を見てるらしい。
「サイドステップとか出来るかなあ」
「えっ!?スプリットステップはちゃんとしてるんだろ?」
「いやあ……。練習中にぱらぱらといなくなっちゃう位なんで」
「”ジュース買って来ます”っていなくなっちゃうんだって」
「ちゃんと言ってから行く奴はまだいいですよ」
「中学と高校で練習を分けてからみたいよ」
「だからこの“部則”作ったんだ。でもこれってOBが読んだ方がいいんじゃない?」
「そう言えば、F森さん毎トー50歳以上男子準優勝って凄いなあ。決勝の相手が坂本兄弟ってのもいいなあ。昔もうちょっと真面目にやってればねえ、と言ってもあだ名がヤニ森じゃどうしようもないか」
「K田も40歳以上女子優勝したって」
外のコートではジュニア強化クラスのレッスンが始まった。
いきなり若いコーチが子供達を叱ってる。
皆コートを出てランニングに行った。
暫くして戻って来た子に「どうしたの?」と聞いてみた。
「集合の時だらだらして喋ってたら怒られました!」
と明るく答えコートに走って行った。
そうそう、叱られた事だけを受け止めて落ち込んだりしないで、そうやって人の想いをちゃんと受け止めて切り替えないとな。
打合せはエネルギッシュにコミカルに?延々続く。
ふと見ると“トウシロ”の後輩の手元にはJTA出版のドリル集。
「お前勉強してるねえ!」
無償で人の為に尽くす草の根の活動をしている人はどの世界でも熱く、そして純粋だ。
毎日毎日沢山のレッスンをしているプロテニスコーチ。
その日常が金太郎飴にならないのは、毎レッスン毎レッスンで「観察〜承認」というコーチングの基本を真剣にするが故の創造、発見、驚き、感謝、それから生まれる感動があるからだろう。
今年も“熱い夏”がやって来た。
2009.7.25
Kashiwacho
2009年07月10日
Scene 263 [413man]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 263
[413man]
ウィンブルドンは又しても素晴らしい闘いを生み出した。
フェデラーvsロディック。
今回はフェデラー選手の復活、強さが目立ったが、決勝戦はロデッィク選手の復調、タフさに拍手を送りたい。
5セットほぼキープ(全部キープって言ったっていい位だ)、あんなに1stサーブって入れ続けられるものなんだ……と驚愕した。
最初は(ずっと観ていたい)という想いで二人を代わる代わる応援していた気がする。
途中、暴れん坊のガキが最近、「ひどい短気だったけれど、冷静になることを覚えて、チャンピオンになった」というナレーションが入るフェデラー&ウッズのNIKEのCMを心の糧にして、自分の欠点を直そうとしている事を思い出して、(そうだよ、勝ってもらわなきゃ困るんだよ!)とフェデラー選手を応援し出した。
どんなジャンルでもアイコンは必要だ。
全世界に通じるテニス界のアイコンと言えば、やはり当面はフェデラー選手なんだろう。
「いや!ナダルだよ!」とか、天の邪鬼に他の選手の名前を出しても、それは一般大衆には通じない。
テニスから離れて「ゴルフ界のアイコンは?」と言えば、殆どの人が「タイガー・ウッズ!」と答えるであろう事を考えれば良くわかる。
そして子供達は、大人みたいに固定観念に固執したり邪魔されたりせずに、それを見極める。
先月小学校の運動会を覗いた。
競技のBGMには流行りの歌が流れていた。
それがAquq Timezの“虹”になった瞬間、校庭全体から歌声が沸き起こった。
“大丈夫だよ 見上げれば もう 大丈夫ほら 七色の橋 やっと同じ空の下で 笑えるね”虹/Aquq Timez
目の前の1、2年生達も楽しそうに唄ってる。
(うわっ、すんげえ好かれてんだな、このバンド)と舌を巻いた。
「“ごくせん”の主題歌だからだろ!?」なんて言わないでな。
他にもタイアップの曲は沢山かかっていたんだから。
奴等はTVから垂れ流されている曲の中から、“虹”を選んだって事だ。
シオンが書いた“どんなに離れたって傍にいるから”が聴きたくて、関ジャニ∞の“PUZZLE”をiTunesに放り込んだ。
一曲やたらと引っかかる曲があって聴いていたら娘が、「この横山クンって本間さんだよ!」と得意げに言う。
ドラマ「ザ・クイズショウ」で、嵐の櫻井翔演じるMC神山悟を操るディレクター本間役を演ってた彼だ。
ドラマでのシニカルな役柄とは180度違って、おじいちゃんへの想いを飾らずに自らの作詞で唄ってる。
“病院から帰ってきたじいちゃん 心臓の上キカイがついていた 痛くないのって聞いたら くったくのない笑顔で じいちゃんはスーパーマンになったと言った カッコよかった スーパーマン 僕の中ではじいちゃんです ちょっとはあなたに近づけてますか?”413man/横山裕
いい、とってもいい。
あなたに今スーパーマンはいますか?
いや、もしかしたらあなたが誰かのスーパーマンかもしれない……何てちょっとクサイか。
2009.7.10
Nishikanda1
坂東海
Scene 263
[413man]
ウィンブルドンは又しても素晴らしい闘いを生み出した。
フェデラーvsロディック。
今回はフェデラー選手の復活、強さが目立ったが、決勝戦はロデッィク選手の復調、タフさに拍手を送りたい。
5セットほぼキープ(全部キープって言ったっていい位だ)、あんなに1stサーブって入れ続けられるものなんだ……と驚愕した。
最初は(ずっと観ていたい)という想いで二人を代わる代わる応援していた気がする。
途中、暴れん坊のガキが最近、「ひどい短気だったけれど、冷静になることを覚えて、チャンピオンになった」というナレーションが入るフェデラー&ウッズのNIKEのCMを心の糧にして、自分の欠点を直そうとしている事を思い出して、(そうだよ、勝ってもらわなきゃ困るんだよ!)とフェデラー選手を応援し出した。
どんなジャンルでもアイコンは必要だ。
全世界に通じるテニス界のアイコンと言えば、やはり当面はフェデラー選手なんだろう。
「いや!ナダルだよ!」とか、天の邪鬼に他の選手の名前を出しても、それは一般大衆には通じない。
テニスから離れて「ゴルフ界のアイコンは?」と言えば、殆どの人が「タイガー・ウッズ!」と答えるであろう事を考えれば良くわかる。
そして子供達は、大人みたいに固定観念に固執したり邪魔されたりせずに、それを見極める。
先月小学校の運動会を覗いた。
競技のBGMには流行りの歌が流れていた。
それがAquq Timezの“虹”になった瞬間、校庭全体から歌声が沸き起こった。
“大丈夫だよ 見上げれば もう 大丈夫ほら 七色の橋 やっと同じ空の下で 笑えるね”虹/Aquq Timez
目の前の1、2年生達も楽しそうに唄ってる。
(うわっ、すんげえ好かれてんだな、このバンド)と舌を巻いた。
「“ごくせん”の主題歌だからだろ!?」なんて言わないでな。
他にもタイアップの曲は沢山かかっていたんだから。
奴等はTVから垂れ流されている曲の中から、“虹”を選んだって事だ。
シオンが書いた“どんなに離れたって傍にいるから”が聴きたくて、関ジャニ∞の“PUZZLE”をiTunesに放り込んだ。
一曲やたらと引っかかる曲があって聴いていたら娘が、「この横山クンって本間さんだよ!」と得意げに言う。
ドラマ「ザ・クイズショウ」で、嵐の櫻井翔演じるMC神山悟を操るディレクター本間役を演ってた彼だ。
ドラマでのシニカルな役柄とは180度違って、おじいちゃんへの想いを飾らずに自らの作詞で唄ってる。
“病院から帰ってきたじいちゃん 心臓の上キカイがついていた 痛くないのって聞いたら くったくのない笑顔で じいちゃんはスーパーマンになったと言った カッコよかった スーパーマン 僕の中ではじいちゃんです ちょっとはあなたに近づけてますか?”413man/横山裕
いい、とってもいい。
あなたに今スーパーマンはいますか?
いや、もしかしたらあなたが誰かのスーパーマンかもしれない……何てちょっとクサイか。
2009.7.10
Nishikanda1
2009年06月25日
Scene 262 [She’s The Boss]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 262
[She’s The Boss]
久々にブヨに刺された。
気分転換に行った那須のゴルフ場。
右足38ヶ所、左足55ヶ所の計93ヵ所。
これがスコアならまだ良かったが……。
帰りの車の中で足はみるみるむくみ始め、ねじ切れる直前のソーセージみたいにぱんぱんになった。
今、13年振りのウィンブルドン、クルム伊達公子選手とキャロライン・ウォズニアッキ選手の試合を見ながら足を掻いてる。
ブヨに刺されたのは2週間前。
その間に訃報が三つ。
母方の一番上の伯母さんが逝っちまった。
88歳だったとは言え、ずっと元気でその日も朝からいろんな所に顔を出して、一旦家に帰り又出ようとしたところだったらしい。
車をすっ飛ばして又北に向かった。
全く苦しまなかったという事がわかる“最後の寝顔”。
「起きなよ」と心の中で声をかける。
お悔やみの後とんぼ返りで車を東京に向かって走らせてたら、大好きな若手プロテニスコーチのお父さんが亡くなったという知らせ……。
二日前に「やばいってさっき聞いて……」と絶句してる奴を呑みに連れ出したけど、こんなに早いとは。
何とか通夜に出ようと調整してるところに、今度はテニス部の後輩のお父さんの……。
清志郎、三沢のこともあってえらくブルーになる。
行きつけのバーのマスターもつい先日呑み屋仲間があの世に行っちまって、「もうこれ以上俺の仲間を削り取らないでくれよ」とぼやいていたっけ。
そんな事がありながらも、まだブヨに刺されたところは疼く。
生きてるって事が無様に感じる時がある。
18の時に逝っちまったあいつの事を想い出すと恥ずかしくなる夜がある。
(これが生きてるってことか)なんてうそぶいてみる。
伊達選手の試合の中継が始まる前、届いたばかりのTEACのターンテーブル&カセット付CDレコーダーで、1985年に出たShe’s The BossのレコードをCDに焼いてみた。
プレーヤーが壊れて聴けなくなってた24年前のアナログレコードをiTunesで聴く。
Lonely At The Topのエネルギッシュなサウンドとエモーショナルなボーカル。
Hard Womanの切なさとその裏っかわの皮肉。
(すげえなあ……)と改めて聴き入ってたら伊達選手が13年振りにウィンブルドンのコートに入って来た。
行けなくなった俺の代りに有明に行った家人からの「グラフに勝ったよ!」というコール。
そのグラフとの二日がかりのウィンブルドン準決勝。
でも何か軋みを感じさせていたあの頃の伊達選手。
このまま続けていたら……とは思えなかった引退。
それが今プロスポーツ界では考えられないブランクを一気に埋めて、13年前の何倍もポジティヴなエネルギーを発して彼女は聖地ウィンブルドンの芝生の上にいる。
クレバーな頭脳とガッツというエンジンで出来たライジングサンという名のタイムマシンを彼女は天才的なタイミングで動かしてここにいる。
“Japanese Tennis Girl Here To Stay”
彼女は世界に向けて全身でそう表現していた。
間違いなく彼女の生き方はかっこいい。
それをリアルタイムで観てる俺達も悪くない。
ねっ、伯母ちゃん、生きてるだけでもうけもんだよね。
現状を楽しまないとだ。
2009.6.23
Kashimacho
坂東海
Scene 262
[She’s The Boss]
久々にブヨに刺された。
気分転換に行った那須のゴルフ場。
右足38ヶ所、左足55ヶ所の計93ヵ所。
これがスコアならまだ良かったが……。
帰りの車の中で足はみるみるむくみ始め、ねじ切れる直前のソーセージみたいにぱんぱんになった。
今、13年振りのウィンブルドン、クルム伊達公子選手とキャロライン・ウォズニアッキ選手の試合を見ながら足を掻いてる。
ブヨに刺されたのは2週間前。
その間に訃報が三つ。
母方の一番上の伯母さんが逝っちまった。
88歳だったとは言え、ずっと元気でその日も朝からいろんな所に顔を出して、一旦家に帰り又出ようとしたところだったらしい。
車をすっ飛ばして又北に向かった。
全く苦しまなかったという事がわかる“最後の寝顔”。
「起きなよ」と心の中で声をかける。
お悔やみの後とんぼ返りで車を東京に向かって走らせてたら、大好きな若手プロテニスコーチのお父さんが亡くなったという知らせ……。
二日前に「やばいってさっき聞いて……」と絶句してる奴を呑みに連れ出したけど、こんなに早いとは。
何とか通夜に出ようと調整してるところに、今度はテニス部の後輩のお父さんの……。
清志郎、三沢のこともあってえらくブルーになる。
行きつけのバーのマスターもつい先日呑み屋仲間があの世に行っちまって、「もうこれ以上俺の仲間を削り取らないでくれよ」とぼやいていたっけ。
そんな事がありながらも、まだブヨに刺されたところは疼く。
生きてるって事が無様に感じる時がある。
18の時に逝っちまったあいつの事を想い出すと恥ずかしくなる夜がある。
(これが生きてるってことか)なんてうそぶいてみる。
伊達選手の試合の中継が始まる前、届いたばかりのTEACのターンテーブル&カセット付CDレコーダーで、1985年に出たShe’s The BossのレコードをCDに焼いてみた。
プレーヤーが壊れて聴けなくなってた24年前のアナログレコードをiTunesで聴く。
Lonely At The Topのエネルギッシュなサウンドとエモーショナルなボーカル。
Hard Womanの切なさとその裏っかわの皮肉。
(すげえなあ……)と改めて聴き入ってたら伊達選手が13年振りにウィンブルドンのコートに入って来た。
行けなくなった俺の代りに有明に行った家人からの「グラフに勝ったよ!」というコール。
そのグラフとの二日がかりのウィンブルドン準決勝。
でも何か軋みを感じさせていたあの頃の伊達選手。
このまま続けていたら……とは思えなかった引退。
それが今プロスポーツ界では考えられないブランクを一気に埋めて、13年前の何倍もポジティヴなエネルギーを発して彼女は聖地ウィンブルドンの芝生の上にいる。
クレバーな頭脳とガッツというエンジンで出来たライジングサンという名のタイムマシンを彼女は天才的なタイミングで動かしてここにいる。
“Japanese Tennis Girl Here To Stay”
彼女は世界に向けて全身でそう表現していた。
間違いなく彼女の生き方はかっこいい。
それをリアルタイムで観てる俺達も悪くない。
ねっ、伯母ちゃん、生きてるだけでもうけもんだよね。
現状を楽しまないとだ。
2009.6.23
Kashimacho
2009年06月10日
Scene 261 [Just My Imagination]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 261
[Just My Imagination]
画面上半分だけのフレンチが終った。
娘のシャドースイングすっぽ抜け事件で割れた液晶TV。
バラエティをヘラヘラ観てる時は、「いやあ、いい画面だ!」なんて娘を茶化して笑ってられたが、放送時間の殆どがコートを縦に捉え、画面下になる手前のプレーヤーがメインになるテニス中継は厳しい。
勿論WOWOWが視聴料を半分返してくれた……りはしない。
家人は「観れないなら解約してよ」とうるさい。
「ウィンブルドンもすぐだし、その後はUSオープンなんだよ」なんて当たり前の事を言い返してみるが、某国営放送でのウィンブルドン中継スケジュールがやっと出た今(某国営放送エライ!)、そりゃあ弱い。
仕方ないから「録画しておいてTV買い替えてから観るの!」と言おうとして、最近自分のリアルタイム主義に拍車がかかって録画したものはおろか、買って来たDVDもよっぽど気分が乗った時じゃないと観ない事に気付いて黙る。
周りからは、「そんなグダグダ言ってないでさっさと買い替えればいいじゃない」って言われるが、ハーフTVになった直後に「もう少ししたら46型以上がエコポイントで得」と聞いたり、話は戻るがテニス中継以外は1/2画面を愉しんでるんだから仕方ない。
まあ一番は先立つものがないって事なんだが。
そんな今年のフレンチTV観戦だったが、ソデルリングvsゴンザレス戦は見入った。
映らない下半分はイマジネーションでカバーして見入った。
ソデリング選手のコートをワイドに使ったボールメイキング、特にクロスは素晴らしい。
そしてそんなソデリングをストレートで退け、全仏初優勝で生涯グランドスラムを成し遂げたフェデラー選手、本当に素晴らしい。
新星は無責任にはやし立て、登り詰めた者は「墜ちて来い!」とばかりのネガティヴ・キャンペーンを繰り広げるマスコミ、そして浮気な大衆。
そんな事は気にしない様にしてるんだろうけど、辛かっただろうな。
これでこの一年間でフェデラー選手は、グランドスラム大会を二つ獲得。
ナダル選手とのタイトな試合はまだまだ続きそうだ。
ナダル選手と言えば、全仏敗退直後は膝の故障でウィンブルドン欠場かと言われていたのが、「世界のテニスで最も重要な日に100%のコンディションで臨むため、200%の力を注ぐ」と参戦表明。
本調子かどうかちょっと心配だけど良かった。
えっ?!「クルム伊達公子、13年振りにウィンブルドン本戦出場決定」!!
これは「タイムマシンにお願い」じゃないんだぜ!現実だぜ!
TV買うか!?
2009.6.10
Nasu
坂東海
Scene 261
[Just My Imagination]
画面上半分だけのフレンチが終った。
娘のシャドースイングすっぽ抜け事件で割れた液晶TV。
バラエティをヘラヘラ観てる時は、「いやあ、いい画面だ!」なんて娘を茶化して笑ってられたが、放送時間の殆どがコートを縦に捉え、画面下になる手前のプレーヤーがメインになるテニス中継は厳しい。
勿論WOWOWが視聴料を半分返してくれた……りはしない。
家人は「観れないなら解約してよ」とうるさい。
「ウィンブルドンもすぐだし、その後はUSオープンなんだよ」なんて当たり前の事を言い返してみるが、某国営放送でのウィンブルドン中継スケジュールがやっと出た今(某国営放送エライ!)、そりゃあ弱い。
仕方ないから「録画しておいてTV買い替えてから観るの!」と言おうとして、最近自分のリアルタイム主義に拍車がかかって録画したものはおろか、買って来たDVDもよっぽど気分が乗った時じゃないと観ない事に気付いて黙る。
周りからは、「そんなグダグダ言ってないでさっさと買い替えればいいじゃない」って言われるが、ハーフTVになった直後に「もう少ししたら46型以上がエコポイントで得」と聞いたり、話は戻るがテニス中継以外は1/2画面を愉しんでるんだから仕方ない。
まあ一番は先立つものがないって事なんだが。
そんな今年のフレンチTV観戦だったが、ソデルリングvsゴンザレス戦は見入った。
映らない下半分はイマジネーションでカバーして見入った。
ソデリング選手のコートをワイドに使ったボールメイキング、特にクロスは素晴らしい。
そしてそんなソデリングをストレートで退け、全仏初優勝で生涯グランドスラムを成し遂げたフェデラー選手、本当に素晴らしい。
新星は無責任にはやし立て、登り詰めた者は「墜ちて来い!」とばかりのネガティヴ・キャンペーンを繰り広げるマスコミ、そして浮気な大衆。
そんな事は気にしない様にしてるんだろうけど、辛かっただろうな。
これでこの一年間でフェデラー選手は、グランドスラム大会を二つ獲得。
ナダル選手とのタイトな試合はまだまだ続きそうだ。
ナダル選手と言えば、全仏敗退直後は膝の故障でウィンブルドン欠場かと言われていたのが、「世界のテニスで最も重要な日に100%のコンディションで臨むため、200%の力を注ぐ」と参戦表明。
本調子かどうかちょっと心配だけど良かった。
えっ?!「クルム伊達公子、13年振りにウィンブルドン本戦出場決定」!!
これは「タイムマシンにお願い」じゃないんだぜ!現実だぜ!
TV買うか!?
2009.6.10
Nasu
2009年05月25日
Scene 260 [物見遊山]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 260
[物見遊山]
首都高を順調に走ってたら、案内板に「見物渋滞」の表示。
それが有明から辰巳にかけた辺りの事だったので、(何かイベントでもやってんのかいな?)と考えながら車を進めて、有明コロシアムを左に見ながら 渋滞に加わった。
オリンピックが来たら有明もキレイになるんだろうな。
賛否両論はあって当たり前。
俺は動脈硬化したこの街が変わるチャンスだと感じてる。
しばらく走っていたら反対車線で派手な事故。
皆減速して事故処理を眺めてる。
ここでやっと(ああ〜、成程これが“見物渋滞”ね、業界用語だな)と納得。
どんな時でもどんな所でも人は噂好きで、祭り好きだ。
そろそろテニスで物見遊山はどうだい?
USオープンを観に行った人から良く聞くのは、「ニューヨークの街全体がUSオープン一色」という言葉。
STONESがニューヨークでライヴを演る時もそんな感じだったから、世界中の目と耳が向いて来るエンターテイメントの中心で暮らすニューヨーカー故の盛り上がりかもしれないけど、“江戸っ子”だって祭り好きなんだ、負けてられないね。
小学校時代は少年野球でその後はテニス部なんて俺含め、今は野球をプレーしていなくても野球場には行きたくなる。
野球観戦に来ている殆どの人は実はそんな感じだろう。
「テニスを楽しむ」=「プレーを楽しむ」じゃあなくて、ドームや武道館にいいショーを観に行く様な楽しみ方があったっていいじゃないか。
早目に待ち合せて軽く呑んでから会場に入って、終ったら上手い物食べに行って。
他のスポーツ観戦の楽しみと言えば、国技館で相撲を観る楽しみはあそこの焼き鳥だったり、野球場での楽しみは重いタンクを背負った女の子からビールを買う事だったり、ジェット風船だったり、かち割りだったり、いろんな定番がある。
テニスならウィンブルドンの苺ミルクが有名だが、有明だったらなんだ?(ハーバーとは言わない様に!)
ちょっと無理して観戦後の月島もんじゃ?
前から言ってる事だが、テニスはプレーするだけのものじゃなくて、観ても読んでも楽しめる極上のThat's Entertainmentだ。
ステディな恋人をテニス観戦にエスコートしたっていいんだぜ!
じっとしてられない子供と一試合だけ観た後、観覧車に乗りに行ったっていいんだぜ!
部屋で固唾を呑んで「ナダルvsフェデラー」のVTRを観たっていいんだぜ!
電車の中で「カモン・マッケンロー」を読んで、
心の中で(わおっ!カッコいい)って言ったっていいんだぜ!
えっ?!「錦織圭疲労骨折で長期離脱」……。
ええい!ジャパン・オープン迄に「有明名物」用意してコロシアム満員にしとく。
2009.5.25
Shinyokohama
坂東海
Scene 260
[物見遊山]
首都高を順調に走ってたら、案内板に「見物渋滞」の表示。
それが有明から辰巳にかけた辺りの事だったので、(何かイベントでもやってんのかいな?)と考えながら車を進めて、有明コロシアムを左に見ながら 渋滞に加わった。
オリンピックが来たら有明もキレイになるんだろうな。
賛否両論はあって当たり前。
俺は動脈硬化したこの街が変わるチャンスだと感じてる。
しばらく走っていたら反対車線で派手な事故。
皆減速して事故処理を眺めてる。
ここでやっと(ああ〜、成程これが“見物渋滞”ね、業界用語だな)と納得。
どんな時でもどんな所でも人は噂好きで、祭り好きだ。
そろそろテニスで物見遊山はどうだい?
USオープンを観に行った人から良く聞くのは、「ニューヨークの街全体がUSオープン一色」という言葉。
STONESがニューヨークでライヴを演る時もそんな感じだったから、世界中の目と耳が向いて来るエンターテイメントの中心で暮らすニューヨーカー故の盛り上がりかもしれないけど、“江戸っ子”だって祭り好きなんだ、負けてられないね。
小学校時代は少年野球でその後はテニス部なんて俺含め、今は野球をプレーしていなくても野球場には行きたくなる。
野球観戦に来ている殆どの人は実はそんな感じだろう。
「テニスを楽しむ」=「プレーを楽しむ」じゃあなくて、ドームや武道館にいいショーを観に行く様な楽しみ方があったっていいじゃないか。
早目に待ち合せて軽く呑んでから会場に入って、終ったら上手い物食べに行って。
他のスポーツ観戦の楽しみと言えば、国技館で相撲を観る楽しみはあそこの焼き鳥だったり、野球場での楽しみは重いタンクを背負った女の子からビールを買う事だったり、ジェット風船だったり、かち割りだったり、いろんな定番がある。
テニスならウィンブルドンの苺ミルクが有名だが、有明だったらなんだ?(ハーバーとは言わない様に!)
ちょっと無理して観戦後の月島もんじゃ?
前から言ってる事だが、テニスはプレーするだけのものじゃなくて、観ても読んでも楽しめる極上のThat's Entertainmentだ。
ステディな恋人をテニス観戦にエスコートしたっていいんだぜ!
じっとしてられない子供と一試合だけ観た後、観覧車に乗りに行ったっていいんだぜ!
部屋で固唾を呑んで「ナダルvsフェデラー」のVTRを観たっていいんだぜ!
電車の中で「カモン・マッケンロー」を読んで、
心の中で(わおっ!カッコいい)って言ったっていいんだぜ!
えっ?!「錦織圭疲労骨折で長期離脱」……。
ええい!ジャパン・オープン迄に「有明名物」用意してコロシアム満員にしとく。
2009.5.25
Shinyokohama
2009年05月10日
Scene 259 [すべてはALRIGHT]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 259
[すべてはALRIGHT]
“新宿の片隅から”のエンディング。
激しくかき鳴らされるギターにかぶってシオンがこう唄った。
“昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで”
“昨日は”だけで悲鳴にも似た歓声があがり、俺も涙が滲んだ。
シオンは客に、そして天を見上げて「ありがとう」と言ってステージを降りた。
数日後家人を久々に職場迄送って行った帰りにふと思い出す。
(あっ、多摩蘭坂!)
家人の職場は“多摩蘭坂を登り切る手前”じゃなくて、多摩蘭坂を登り切った信号二つ先。
RC命って訳じゃない俺は奴と付き合いだして随分たったある日、「あれっ?!ここ多摩蘭坂じゃん!」って驚いて車を降りて、石垣に書いてあるRCフリークの“落書き”を眺めたんだ。
次の日、テニス界でお世話になっている方のお父様の告別式。
訃報を見た時沈痛な気持ちになりながらも気付いた。
(ここ昨日清志郎の密葬やった場所だ……)
予想外降り続いた雨が朝の雷雨で途切れた晴れ間。
行人坂から目黒川を太鼓橋で渡り、山手通りを越えた辺り。
祈りを捧げ、重い気分で駅に向かって歩き出してから踵を返した。
式場の敷地の隅っこから、チャボがハミングバードを掲げてた辺りに向かって手を合わした。
その夜又降り出した雨の中、真っ直ぐ帰れずに足はゴールデン街に。
俺が「今日お世話になってる方のお父さんの告別式でさ、その会場が〜」と言いだすのと、マスターがCDをPLAYにするのがジャストだった。
流れて来たのは清志郎の“Boys”。
“Memphis”が出た後のブッカーT&MG’sとの武道館を2階最後列で大勢でベロベロになりながら観た時の様子がフラッシュバックする。
そう言えばSOLD OUTの野音を塀をよじ登って観たなあ。
“ミラクル”の時で、昼間にボ・ガンボスの代々木公園でのフリー・コンサートを観た後、大挙して急遽野音に行った。
開演から大分たっていたけど、よじ登ってすぐに始まった“いい事ばかりはありゃしない”は最高だった。
「このCD貸したまま返って来ないんだよなあ」「こんないいアルバム返って来ないよ」
本当に一杯だけで帰ろうと考えていたんだが、最後の“MTN”迄聞いて席を立った。
帰ったら家族はまだ起きてて賑やか。
風呂につかってノンビリしてたら、「あ〜っ!」という家人の声が聞こえて、娘が半べそをかいて「ごめんなさい」と謝りに来た。
小さなプラスティックのサーブ練習機で素振りをしてたらすっぽ抜け、液晶TVにぶつかり、液晶は「パリン」と音をたてて、下半分が黒地に奇麗なレインボーカラーの格子模様に姿を変えたらしい。
翌朝メーカーに電話すると「そうですねえ、一番高い部品ですから14万5千円位かかっちゃいますね。買った方が安いかと」。
“金が欲しくて働いて 眠るだけ”
頭の中で清志郎が、「しょうがないじゃん」と笑ってた。
2009.5.10
Tamaranzaka
坂東海
Scene 259
[すべてはALRIGHT]
“新宿の片隅から”のエンディング。
激しくかき鳴らされるギターにかぶってシオンがこう唄った。
“昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで”
“昨日は”だけで悲鳴にも似た歓声があがり、俺も涙が滲んだ。
シオンは客に、そして天を見上げて「ありがとう」と言ってステージを降りた。
数日後家人を久々に職場迄送って行った帰りにふと思い出す。
(あっ、多摩蘭坂!)
家人の職場は“多摩蘭坂を登り切る手前”じゃなくて、多摩蘭坂を登り切った信号二つ先。
RC命って訳じゃない俺は奴と付き合いだして随分たったある日、「あれっ?!ここ多摩蘭坂じゃん!」って驚いて車を降りて、石垣に書いてあるRCフリークの“落書き”を眺めたんだ。
次の日、テニス界でお世話になっている方のお父様の告別式。
訃報を見た時沈痛な気持ちになりながらも気付いた。
(ここ昨日清志郎の密葬やった場所だ……)
予想外降り続いた雨が朝の雷雨で途切れた晴れ間。
行人坂から目黒川を太鼓橋で渡り、山手通りを越えた辺り。
祈りを捧げ、重い気分で駅に向かって歩き出してから踵を返した。
式場の敷地の隅っこから、チャボがハミングバードを掲げてた辺りに向かって手を合わした。
その夜又降り出した雨の中、真っ直ぐ帰れずに足はゴールデン街に。
俺が「今日お世話になってる方のお父さんの告別式でさ、その会場が〜」と言いだすのと、マスターがCDをPLAYにするのがジャストだった。
流れて来たのは清志郎の“Boys”。
“Memphis”が出た後のブッカーT&MG’sとの武道館を2階最後列で大勢でベロベロになりながら観た時の様子がフラッシュバックする。
そう言えばSOLD OUTの野音を塀をよじ登って観たなあ。
“ミラクル”の時で、昼間にボ・ガンボスの代々木公園でのフリー・コンサートを観た後、大挙して急遽野音に行った。
開演から大分たっていたけど、よじ登ってすぐに始まった“いい事ばかりはありゃしない”は最高だった。
「このCD貸したまま返って来ないんだよなあ」「こんないいアルバム返って来ないよ」
本当に一杯だけで帰ろうと考えていたんだが、最後の“MTN”迄聞いて席を立った。
帰ったら家族はまだ起きてて賑やか。
風呂につかってノンビリしてたら、「あ〜っ!」という家人の声が聞こえて、娘が半べそをかいて「ごめんなさい」と謝りに来た。
小さなプラスティックのサーブ練習機で素振りをしてたらすっぽ抜け、液晶TVにぶつかり、液晶は「パリン」と音をたてて、下半分が黒地に奇麗なレインボーカラーの格子模様に姿を変えたらしい。
翌朝メーカーに電話すると「そうですねえ、一番高い部品ですから14万5千円位かかっちゃいますね。買った方が安いかと」。
“金が欲しくて働いて 眠るだけ”
頭の中で清志郎が、「しょうがないじゃん」と笑ってた。
2009.5.10
Tamaranzaka
2009年04月25日
Scene 258 [I’m Innocent]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 258
[I’m Innocent]
WWBCでイチロー選手が不調だった時のマスコミの論調、世論を見てて、フランスW杯でのカズ選手を思い出した。
あの時カズ選手は代表落ちとなって、今回イチロー選手は最終戦でタイムリー。
結果は違うが、結果が出るまでのスケープゴート的扱いは同じだった。
これが“語れる自分はなくて他人の話しか出来ない”凡人の世界か。
イチロー選手は胃潰瘍での開幕から欠場後の自身開幕での張本勲氏の持つ日本タイ記録に並ぶ3085安打達成。
そして翌日の3086安打の日本新記録達成。
WBCでのカメラに向かって来るかの様なセンター前のタイムリー、3085安打となった満塁ホームラン。
華を感じた。
シアトルまで記録達成を見届けに来た張本氏を気遣っての、「場所が違うから」というコメントも良かった。
日本で1278本、メジャーで1807本。
誰だって本当は「場所が違うから」凄いのはわかってる。
毎日カレーを食べる事から始まって、イチロー選手は勝敗、好不調に関係なくルーチンを守って自分の心と体を管理している事で有名だ。
4/17の読売新聞にはこんな記事があった。
“2006年にチームメートになった城島が驚いたのは、「準備のすごさ」だ。決まった手順で調整、試合開始の瞬間にトップギアで疾走する背番号「51」を見て、「自分はあんな準備が出来ているか?イチローさんが相手なら抑えられるか?」と自問自答して来た。さらに遠征先のレストランもほとんど決まっていて、注文するメニューまでも同じことが多いという。森本さん(※イチロー選手のトレーナー)は「何人もの選手がイチロー君の行動をまねたけど、挫折した。彼の生活自体がベースボールなんです」と証言する”
下北のピーチだったか、そいつの部屋だったか、「キースの音ってさ、キースしか出せないんだよ」、ボソッと言ったバンドマンがいた。
運指的には簡単だからハードロック好きのギター小僧はなめてかかるが、そんな頭でっかちな奴には奴の言った意味がわからないだろうな。
奴は高校の頃は毎朝“Little T&A”を聴いてから学校に行ってたキース・フリーク。
まず音をコピーしてもキースの音は出ない。
「じゃあ同じ生活をしなきゃ」と酒飲んで、あれやこれやとして……やっぱり出ない。
そこで「キースの音ってさ、キースしか出せないんだよ」、だ。
でも奴はキースと同化して自分の“オリジナル”のスタイルを確立した。
「好きなんだからパクったっていいじゃん」
ポール・マッカートニーの言葉。
ポールは余り好きじゃないけど、これを聞いた時は(何だよ、結構いい奴かもな)って思った。
TVに映るイチロー選手をただ真似てもそれは草野球の余興でしかない。
見えるところだけを真似したり、見えるところだけで判断する。
でもそれじゃ真実は何も見えていない。
大切なのは情熱だ。
テニス界のルーチン魔?と言えばラファエル・ナダル選手。
ゲーム開始前のベンチまでのダッシュは最高だ。
ペットボトルを並べる仕草は微笑ましい。
サーブを打つ前のルーチンは正しくイチロー選手の様だ。
そしてナダル選手もとんでもない努力をしてるんだろうなと思わせる。
“I’m Innocent”
キース・リチャーズのピックにはそう書かれている。
「俺は無実だ」
ドラッグでの再三の逮捕にひっかけてのジョークにもとれるが、音楽に真摯に向かい合ってる姿を連想させる。
俺の、あんたの“I’m Innocent”は何だ?
2009.4.23
nishiogikubo-north
坂東海
Scene 258
[I’m Innocent]
WWBCでイチロー選手が不調だった時のマスコミの論調、世論を見てて、フランスW杯でのカズ選手を思い出した。
あの時カズ選手は代表落ちとなって、今回イチロー選手は最終戦でタイムリー。
結果は違うが、結果が出るまでのスケープゴート的扱いは同じだった。
これが“語れる自分はなくて他人の話しか出来ない”凡人の世界か。
イチロー選手は胃潰瘍での開幕から欠場後の自身開幕での張本勲氏の持つ日本タイ記録に並ぶ3085安打達成。
そして翌日の3086安打の日本新記録達成。
WBCでのカメラに向かって来るかの様なセンター前のタイムリー、3085安打となった満塁ホームラン。
華を感じた。
シアトルまで記録達成を見届けに来た張本氏を気遣っての、「場所が違うから」というコメントも良かった。
日本で1278本、メジャーで1807本。
誰だって本当は「場所が違うから」凄いのはわかってる。
毎日カレーを食べる事から始まって、イチロー選手は勝敗、好不調に関係なくルーチンを守って自分の心と体を管理している事で有名だ。
4/17の読売新聞にはこんな記事があった。
“2006年にチームメートになった城島が驚いたのは、「準備のすごさ」だ。決まった手順で調整、試合開始の瞬間にトップギアで疾走する背番号「51」を見て、「自分はあんな準備が出来ているか?イチローさんが相手なら抑えられるか?」と自問自答して来た。さらに遠征先のレストランもほとんど決まっていて、注文するメニューまでも同じことが多いという。森本さん(※イチロー選手のトレーナー)は「何人もの選手がイチロー君の行動をまねたけど、挫折した。彼の生活自体がベースボールなんです」と証言する”
下北のピーチだったか、そいつの部屋だったか、「キースの音ってさ、キースしか出せないんだよ」、ボソッと言ったバンドマンがいた。
運指的には簡単だからハードロック好きのギター小僧はなめてかかるが、そんな頭でっかちな奴には奴の言った意味がわからないだろうな。
奴は高校の頃は毎朝“Little T&A”を聴いてから学校に行ってたキース・フリーク。
まず音をコピーしてもキースの音は出ない。
「じゃあ同じ生活をしなきゃ」と酒飲んで、あれやこれやとして……やっぱり出ない。
そこで「キースの音ってさ、キースしか出せないんだよ」、だ。
でも奴はキースと同化して自分の“オリジナル”のスタイルを確立した。
「好きなんだからパクったっていいじゃん」
ポール・マッカートニーの言葉。
ポールは余り好きじゃないけど、これを聞いた時は(何だよ、結構いい奴かもな)って思った。
TVに映るイチロー選手をただ真似てもそれは草野球の余興でしかない。
見えるところだけを真似したり、見えるところだけで判断する。
でもそれじゃ真実は何も見えていない。
大切なのは情熱だ。
テニス界のルーチン魔?と言えばラファエル・ナダル選手。
ゲーム開始前のベンチまでのダッシュは最高だ。
ペットボトルを並べる仕草は微笑ましい。
サーブを打つ前のルーチンは正しくイチロー選手の様だ。
そしてナダル選手もとんでもない努力をしてるんだろうなと思わせる。
“I’m Innocent”
キース・リチャーズのピックにはそう書かれている。
「俺は無実だ」
ドラッグでの再三の逮捕にひっかけてのジョークにもとれるが、音楽に真摯に向かい合ってる姿を連想させる。
俺の、あんたの“I’m Innocent”は何だ?
2009.4.23
nishiogikubo-north
2009年04月10日
Scene 257 [How to be a good tennis parents]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 257
[How to be a good tennis parents]
「“困難が立ちはだかった時に、それを解決する為には自分から行動する事が大事なんだ”と必ず気付いてくれますよ。声をかけることよりも心をかけることが大事なんですよね」
話をしてる女の先生の目は若干潤んで見える。
たまたまスケジュールが空いて行けた面談の席。
つい先日も似た様な話を聞いた。
ゴルフの森口祐子プロの講演。
と言ってもゴルフ関係の場でなく、日本テニス協会のコーチャーズカンファレンスの基調講演で、だ。
そこで彼女は、師である故・井上清次プロの事を「声はかけてくれないけど、ずっと見ていてくれた」と感謝の意を示していた。
やっぱり最後は人だ。
目の前に相対する人だ。
そしてそこから発せられるメッセージを受け取るアンテナの感度、理解するイマジネーションの広がりが子供、選手にとって重要な能力なんだろう。
「テニスパパ、テニスママのための手引書〜How to be a good tennis parents〜今、光るテニスキッズになってほしい?それとも、将来光るプレーヤーになってほしい?」と名付けられたテニス誌の記事。
(いい記事だなあ)と感心していたら、その第2回目分の取材に立ち会う事になった。
話は変わるが、この記事を掲載しているテニス誌[S]は頭デッカチな技術解説メインから、読み物としてのクオリティが上がって来ていて好感が持てる。
それはまあいいとして、インタビューでは取材する側とされる側に共通するテニスキッズへのアタタカイ・ハートを感じた。
「最後まであきらめない。失敗しても勇気を持って起ち上がろう」
いいね、応援するよ。
どんなジュニア・トーナメントに行っても、「おいおい!」と言いたくなるステージ・ママならぬ、コート・ママ、コート・パパ、そして「お前はコーチなんだろ?!」と言いたくなる輩を見かける。
これはテニスだけじゃなく、野球もサッカー、そして学校でも同じだ。
子供の頃から失敗する恐怖心を植え付けたり、被害者意識を逆手に取って相手を貶めさせたり、そんな歪みを与えてどうする?
「テニスパパ、テニスママのための手引書」を読んで、ちょっとクールダウンしたらどうだい?
あんたらの子供達へのエネルギーは多分素晴らしい。
ただベクトルの向きが違うだけなんだからさ。
2009.4.9
Kyonancho2
坂東海
Scene 257
[How to be a good tennis parents]
「“困難が立ちはだかった時に、それを解決する為には自分から行動する事が大事なんだ”と必ず気付いてくれますよ。声をかけることよりも心をかけることが大事なんですよね」
話をしてる女の先生の目は若干潤んで見える。
たまたまスケジュールが空いて行けた面談の席。
つい先日も似た様な話を聞いた。
ゴルフの森口祐子プロの講演。
と言ってもゴルフ関係の場でなく、日本テニス協会のコーチャーズカンファレンスの基調講演で、だ。
そこで彼女は、師である故・井上清次プロの事を「声はかけてくれないけど、ずっと見ていてくれた」と感謝の意を示していた。
やっぱり最後は人だ。
目の前に相対する人だ。
そしてそこから発せられるメッセージを受け取るアンテナの感度、理解するイマジネーションの広がりが子供、選手にとって重要な能力なんだろう。
「テニスパパ、テニスママのための手引書〜How to be a good tennis parents〜今、光るテニスキッズになってほしい?それとも、将来光るプレーヤーになってほしい?」と名付けられたテニス誌の記事。
(いい記事だなあ)と感心していたら、その第2回目分の取材に立ち会う事になった。
話は変わるが、この記事を掲載しているテニス誌[S]は頭デッカチな技術解説メインから、読み物としてのクオリティが上がって来ていて好感が持てる。
それはまあいいとして、インタビューでは取材する側とされる側に共通するテニスキッズへのアタタカイ・ハートを感じた。
「最後まであきらめない。失敗しても勇気を持って起ち上がろう」
いいね、応援するよ。
どんなジュニア・トーナメントに行っても、「おいおい!」と言いたくなるステージ・ママならぬ、コート・ママ、コート・パパ、そして「お前はコーチなんだろ?!」と言いたくなる輩を見かける。
これはテニスだけじゃなく、野球もサッカー、そして学校でも同じだ。
子供の頃から失敗する恐怖心を植え付けたり、被害者意識を逆手に取って相手を貶めさせたり、そんな歪みを与えてどうする?
「テニスパパ、テニスママのための手引書」を読んで、ちょっとクールダウンしたらどうだい?
あんたらの子供達へのエネルギーは多分素晴らしい。
ただベクトルの向きが違うだけなんだからさ。
2009.4.9
Kyonancho2
2009年03月25日
Scene 256 [長距離走者の孤独]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 256
[長距離走者の孤独]
「選抜始まったねえ」
「ああ、選抜では初の早慶戦が実現するかもなんだよね」
「東京の男子は菅生と大成で、女子が早実と富士見丘だろ?」
「えっ?!何それ?東京は早実と国士舘で神奈川が慶応じゃないの?」
「お前さあ、テニスコーチだろ?!」
「あっ、もしかしてテニスの選抜?そっかあ始まってんだあ」
「フェデラーが来れば“スゲースゲー”騒いで、錦織が優勝すれば“スゲースゲー”騒いで、お前の感性ってプロコーチのそれじゃなくて、マスコミのボリュームそのままの請け売りクン状態なんだな。今日のパリバ・オープンも“マリーとナダルが決勝へ”って見出しだけ見て、フェデラーが準決でマリーに負けたことには気付いてないんじゃないの?」
「お前それ言い過ぎ。俺だってテニスの選抜が今回で第30回で、100校が出る位は知ってんだからよ」
「あっそ」
とにかく春めいて来た。
今日は東京マラソン。
目白通り沿いの地下道を上がった所ではボランティアの人達が打合せをしている。
向こうから来たお巡りさんに「今日知り合いが走るんだけど、この先を左に曲がって専大通りの方へ行くんだよね?」と質問したら、地図を広げて笑顔で説明してくれる。
飯田橋付近は混み合っているので西神田ランプ前の堀留橋に陣取った。
西神田ランプは日本橋川の上で、専大通りも橋によって軽い坂になってる。
まず車いす競技のトップグループが走って来た。
競い合う気迫が伝わって来てグッと来る。
しばらくしたらマラソンのトップランナー達。
速い……。
その後に車いすのおそらく最終ランナー。
マラソン、車いすのトップが難なく走って行った上り坂を両手に力を込めて登ってく。
思わず手を打ち鳴らして応援。
五体満足故の驕りなんかじゃあない。
そして専大通り一杯にランナーの“帯”が押し寄せて来た。
頭の中で(白のアディダスの女性、白のアディダスの女性)と繰り返し、次に(テニスの日の法被を着た男性、テニスの日の法被を着た男性)と繰り返すが、何しろ約35,000人。
余りの人の多さに見つけられる気がしない。
どんなカッコをしてるかわからない知人なんてもうどうしようもない。
動体視力をフル回転したけど、携帯でランナーアップデート(位置情報サービス)で調べた時にはお目当ての友人は10km地点の日比谷を通過して、とっくに西神田は後にしていた。
結局、誰一人見つけられず、大挙して走ってたというタレントにも気付かず。
でも、ずっと手を振り、スティックバルーンを打ち鳴らして応援する沿道の住民。
子供達が差し出す手にわざわざ寄って来てタッチして行くランナー達。
そして延々と陽気なR&Rを演奏し続けてランナーを煽るバンド。
そんな中にいたら、(これってスゲエことだよな。TOKYOのど真ん中でさ。スポーツっていいじゃん)と温かい気持ちになった。
ゴールデン街のいつもの店での打ち上げに、お疲れのケーキを手土産に駆けつける。
主役は42.195km駆け抜けた充実感と無駄がない可愛らしさでスツールにいた。
隣りの席にいるはずの旦那がいなくて呑みかけのグラス。
聞けばお疲れのGODIVAを買いに行ったらしく、強くなった雨の中ずぶ濡れで帰って来た。
可愛いとこあるじゃん。
見せてもらったメダルには“FINISHER”の刻印。
そこにいつもはとんでもない酔っ払い方をする女が男と入って来た。
奴も42.195km完走。
で、これが又いい顔してる。
次の用事もあって、二組のカップルにちょっと当てつけられた気分で早々に店を後にした。
後で聞いたら、俺が帰った後に何と優勝ランナーが店に来たらしい。
「前の晩にたまたまマネージャーが呑みに入って来て店を気に入ったから」とか言ってたけど本当かよ。
ゴールデン街だぜ、三番街だぜ、R&Cだぜ。
羨ましい……。
最後に、祝!WBC日本優勝!
2009.3.24
Nishikanda-rampway
坂東海
Scene 256
[長距離走者の孤独]
「選抜始まったねえ」
「ああ、選抜では初の早慶戦が実現するかもなんだよね」
「東京の男子は菅生と大成で、女子が早実と富士見丘だろ?」
「えっ?!何それ?東京は早実と国士舘で神奈川が慶応じゃないの?」
「お前さあ、テニスコーチだろ?!」
「あっ、もしかしてテニスの選抜?そっかあ始まってんだあ」
「フェデラーが来れば“スゲースゲー”騒いで、錦織が優勝すれば“スゲースゲー”騒いで、お前の感性ってプロコーチのそれじゃなくて、マスコミのボリュームそのままの請け売りクン状態なんだな。今日のパリバ・オープンも“マリーとナダルが決勝へ”って見出しだけ見て、フェデラーが準決でマリーに負けたことには気付いてないんじゃないの?」
「お前それ言い過ぎ。俺だってテニスの選抜が今回で第30回で、100校が出る位は知ってんだからよ」
「あっそ」
とにかく春めいて来た。
今日は東京マラソン。
目白通り沿いの地下道を上がった所ではボランティアの人達が打合せをしている。
向こうから来たお巡りさんに「今日知り合いが走るんだけど、この先を左に曲がって専大通りの方へ行くんだよね?」と質問したら、地図を広げて笑顔で説明してくれる。
飯田橋付近は混み合っているので西神田ランプ前の堀留橋に陣取った。
西神田ランプは日本橋川の上で、専大通りも橋によって軽い坂になってる。
まず車いす競技のトップグループが走って来た。
競い合う気迫が伝わって来てグッと来る。
しばらくしたらマラソンのトップランナー達。
速い……。
その後に車いすのおそらく最終ランナー。
マラソン、車いすのトップが難なく走って行った上り坂を両手に力を込めて登ってく。
思わず手を打ち鳴らして応援。
五体満足故の驕りなんかじゃあない。
そして専大通り一杯にランナーの“帯”が押し寄せて来た。
頭の中で(白のアディダスの女性、白のアディダスの女性)と繰り返し、次に(テニスの日の法被を着た男性、テニスの日の法被を着た男性)と繰り返すが、何しろ約35,000人。
余りの人の多さに見つけられる気がしない。
どんなカッコをしてるかわからない知人なんてもうどうしようもない。
動体視力をフル回転したけど、携帯でランナーアップデート(位置情報サービス)で調べた時にはお目当ての友人は10km地点の日比谷を通過して、とっくに西神田は後にしていた。
結局、誰一人見つけられず、大挙して走ってたというタレントにも気付かず。
でも、ずっと手を振り、スティックバルーンを打ち鳴らして応援する沿道の住民。
子供達が差し出す手にわざわざ寄って来てタッチして行くランナー達。
そして延々と陽気なR&Rを演奏し続けてランナーを煽るバンド。
そんな中にいたら、(これってスゲエことだよな。TOKYOのど真ん中でさ。スポーツっていいじゃん)と温かい気持ちになった。
ゴールデン街のいつもの店での打ち上げに、お疲れのケーキを手土産に駆けつける。
主役は42.195km駆け抜けた充実感と無駄がない可愛らしさでスツールにいた。
隣りの席にいるはずの旦那がいなくて呑みかけのグラス。
聞けばお疲れのGODIVAを買いに行ったらしく、強くなった雨の中ずぶ濡れで帰って来た。
可愛いとこあるじゃん。
見せてもらったメダルには“FINISHER”の刻印。
そこにいつもはとんでもない酔っ払い方をする女が男と入って来た。
奴も42.195km完走。
で、これが又いい顔してる。
次の用事もあって、二組のカップルにちょっと当てつけられた気分で早々に店を後にした。
後で聞いたら、俺が帰った後に何と優勝ランナーが店に来たらしい。
「前の晩にたまたまマネージャーが呑みに入って来て店を気に入ったから」とか言ってたけど本当かよ。
ゴールデン街だぜ、三番街だぜ、R&Cだぜ。
羨ましい……。
最後に、祝!WBC日本優勝!
2009.3.24
Nishikanda-rampway
2009年03月10日
Scene 255 [SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 255
[SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME]
ジョージ・P・ペレケーノスの<デレク・ストレンジ・シリーズ>を『曇りなき正義』、『終わりなき孤独』と続け様に読んでる。
Amazonでロバート・B・パーカーの新刊を買ったら「おすすめ商品」に入って来て、普段なら全く気にしないのだが、何気なく読んだ紹介文が頭から離れずに読んでみた。
ロバート・B・パーカーからの流れで、当然出版社はハヤカワ。
シリーズの主人公、デレク・ストレンジは50過ぎの黒人探偵。
第一話の途中から相棒となるのは白人の元警官。
ロバート・B・パーカーの<スペンサー・シリーズ>と正反対の人物設定で、「<リック>で白人を見かけるのは、スプリングスティーンのコンサートで黒人を見かけるようなもんさ」なんて台詞も出て来る。
とは言え、デレクも相棒のクインも(ペレケーノスは?)スプリングスティーンは好きな様で「新車で最初に聴くなら『闇に吠える街』に勝るものはない」なんて台詞もある。
ワシントンDCを舞台にした街の底の話。
余りに生々しい描写に一瞬怯んだりもするが、一貫している“生きる”ってことの素晴らしさとはかなさが紡がれて行く物語に引き込まれる。
終わりの見えない憎悪と諦観の中で、まっとうに生きようとする生命力。
ちょっと前に、友達との遊びの誘惑に負けてテニスの練習をさぼった子の事を思い出す。
あの時俺は悲しい気持ち、がっかりした気持ちを伝える前に、それ故に発生した怒りに任せていなかったか。
彼は多分“怒られた事で後悔はした”だろうけど、“叱られたのは、と反省はしなかった”だろう。
本音が伝わらないもどかしさの前に、物事の本質を伝える努力ってやつをおこたっちゃうとな。……何て物わかりのいい大人ぶってみても、頭の裏っかわだか、いや善人面の裏っかわでは、(ストレートな物言いの中の真実、愛情に気付ける奴になって欲しい)なんて考えている。
多分それはてめえの未熟さを子供特有の“明日を生きる力”が補ってくれてるだけで、“明日を生きる力”がない大人には通じないことなんだが。
酔い切れず帰ったら、ポストには発売されたばかりのJames Morrisonの新譜。
『SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME』
ジャケット写真のジェームス・モリソンは、内向的ながら真っ直ぐ前を向いていた1stとうって変わって、憤りを押し殺し疲れてる様にも見える。
まだ音は聴いてない。
“SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME”
悪い訳がないって気がする。
2009.3.10
Kichijoji ekiimae
坂東海
Scene 255
[SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME]
ジョージ・P・ペレケーノスの<デレク・ストレンジ・シリーズ>を『曇りなき正義』、『終わりなき孤独』と続け様に読んでる。
Amazonでロバート・B・パーカーの新刊を買ったら「おすすめ商品」に入って来て、普段なら全く気にしないのだが、何気なく読んだ紹介文が頭から離れずに読んでみた。
ロバート・B・パーカーからの流れで、当然出版社はハヤカワ。
シリーズの主人公、デレク・ストレンジは50過ぎの黒人探偵。
第一話の途中から相棒となるのは白人の元警官。
ロバート・B・パーカーの<スペンサー・シリーズ>と正反対の人物設定で、「<リック>で白人を見かけるのは、スプリングスティーンのコンサートで黒人を見かけるようなもんさ」なんて台詞も出て来る。
とは言え、デレクも相棒のクインも(ペレケーノスは?)スプリングスティーンは好きな様で「新車で最初に聴くなら『闇に吠える街』に勝るものはない」なんて台詞もある。
ワシントンDCを舞台にした街の底の話。
余りに生々しい描写に一瞬怯んだりもするが、一貫している“生きる”ってことの素晴らしさとはかなさが紡がれて行く物語に引き込まれる。
終わりの見えない憎悪と諦観の中で、まっとうに生きようとする生命力。
ちょっと前に、友達との遊びの誘惑に負けてテニスの練習をさぼった子の事を思い出す。
あの時俺は悲しい気持ち、がっかりした気持ちを伝える前に、それ故に発生した怒りに任せていなかったか。
彼は多分“怒られた事で後悔はした”だろうけど、“叱られたのは、と反省はしなかった”だろう。
本音が伝わらないもどかしさの前に、物事の本質を伝える努力ってやつをおこたっちゃうとな。……何て物わかりのいい大人ぶってみても、頭の裏っかわだか、いや善人面の裏っかわでは、(ストレートな物言いの中の真実、愛情に気付ける奴になって欲しい)なんて考えている。
多分それはてめえの未熟さを子供特有の“明日を生きる力”が補ってくれてるだけで、“明日を生きる力”がない大人には通じないことなんだが。
酔い切れず帰ったら、ポストには発売されたばかりのJames Morrisonの新譜。
『SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME』
ジャケット写真のジェームス・モリソンは、内向的ながら真っ直ぐ前を向いていた1stとうって変わって、憤りを押し殺し疲れてる様にも見える。
まだ音は聴いてない。
“SONGS FOR YOU,TRUTHS FOR ME”
悪い訳がないって気がする。
2009.3.10
Kichijoji ekiimae
2009年02月25日
Scene 254 [WORKING ON A DREAM]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 254
[WORKING ON A DREAM]
いつかそのうちと考えているうちにそのままになったり、手遅れになったりすることが多々ある。
今の街に住んでもう15年以上経つか。
前の街からデカイ公園を挟んだ反対側。
そこに越して来て二つ隣の駅にあるアイススケート場がある事を思い出した。
自分的にいつか観戦してみたいスポーツNo.1のアイスホッケーの試合も開催されている。
早速開催日程を調べてみたらスケジュールが合わなかった。
その後は気がついたらシーズン間際でもうどうしようとなかったり、酷い時は既にシーズンが終了してたりで、結局一回も観戦してない。
そんなこんなで年末、
「活動終了の理由:厳しい経営環境に直面し、様々な経営施策を講じている中、部の運営に係わる経費負担が相当過大となっているため」
というつれない発表。
おいおいと慌ててみても又もやスケジュールが合わない。
「アジアリーグ・プレーオフ・セミファイナル」がもつれれば何とか観れそうだが。
そしてテニス界。
実業団名門、ミキプルーンの休部が発表された。
しかも選手には、日本リーグ男子三連覇の祝勝会で通達されたらしい。
先に休部を発表したアイスホッケー・チームも発表後に全日本選手権二連覇を達成したが、どちらもやるせない。
実業団女子今季3位の荏原製作所も同じく休部。
休部とは言っても、プレイヤーの選手寿命から考えれば廃部に等しい。
世界的不況。
何とか活動の場をと願うだけの自分の無力さを感じる。
スーパーボールのハーフタイム。
スクリーンにギターを抱えたスプリングスティーンとサックスをくわえたビッグマンのシルエットが浮かび上がった。
オープニングはツアー同様「Tenth Avenue Freeze-out」。
2曲目の「Born To Run」で盛り上がった後に演った新曲は「Working On A Dream」。
そしてそのままラストの「Glory Days」になだれ込みショーは終った。
“俺がひいたカードはひどかった でも俺は背筋を伸ばして夢を追い続けている 夢に向かって進んでる”と唄った後の“年老いてから昔の事ばかり考えていたくないけど、多分そうなるんだろう 過去の栄光をちょいとばかり取り戻そうとしても時は短く過ぎ去り 残ってるのは栄光の日々のつまらない話ばかり”というラスト2曲の流れ。
胸が熱くなって何回も繰り返し観た.
笑い飛ばせ!今って名の過去を。
2009.2.25
Higashifushimi
坂東海
Scene 254
[WORKING ON A DREAM]
いつかそのうちと考えているうちにそのままになったり、手遅れになったりすることが多々ある。
今の街に住んでもう15年以上経つか。
前の街からデカイ公園を挟んだ反対側。
そこに越して来て二つ隣の駅にあるアイススケート場がある事を思い出した。
自分的にいつか観戦してみたいスポーツNo.1のアイスホッケーの試合も開催されている。
早速開催日程を調べてみたらスケジュールが合わなかった。
その後は気がついたらシーズン間際でもうどうしようとなかったり、酷い時は既にシーズンが終了してたりで、結局一回も観戦してない。
そんなこんなで年末、
「活動終了の理由:厳しい経営環境に直面し、様々な経営施策を講じている中、部の運営に係わる経費負担が相当過大となっているため」
というつれない発表。
おいおいと慌ててみても又もやスケジュールが合わない。
「アジアリーグ・プレーオフ・セミファイナル」がもつれれば何とか観れそうだが。
そしてテニス界。
実業団名門、ミキプルーンの休部が発表された。
しかも選手には、日本リーグ男子三連覇の祝勝会で通達されたらしい。
先に休部を発表したアイスホッケー・チームも発表後に全日本選手権二連覇を達成したが、どちらもやるせない。
実業団女子今季3位の荏原製作所も同じく休部。
休部とは言っても、プレイヤーの選手寿命から考えれば廃部に等しい。
世界的不況。
何とか活動の場をと願うだけの自分の無力さを感じる。
スーパーボールのハーフタイム。
スクリーンにギターを抱えたスプリングスティーンとサックスをくわえたビッグマンのシルエットが浮かび上がった。
オープニングはツアー同様「Tenth Avenue Freeze-out」。
2曲目の「Born To Run」で盛り上がった後に演った新曲は「Working On A Dream」。
そしてそのままラストの「Glory Days」になだれ込みショーは終った。
“俺がひいたカードはひどかった でも俺は背筋を伸ばして夢を追い続けている 夢に向かって進んでる”と唄った後の“年老いてから昔の事ばかり考えていたくないけど、多分そうなるんだろう 過去の栄光をちょいとばかり取り戻そうとしても時は短く過ぎ去り 残ってるのは栄光の日々のつまらない話ばかり”というラスト2曲の流れ。
胸が熱くなって何回も繰り返し観た.
笑い飛ばせ!今って名の過去を。
2009.2.25
Higashifushimi
2009年02月10日
Scene 253 [THE ONE NIGHT STAND]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 253
[THE ONE NIGHT STAND]
半身浴が好きだ。
風呂を修理しなきゃならなかった時に、湯船を半身浴用に変えた位だ。
前はただボーッと30分程浸かって汗を出すという感じだったのが、いつからか読み物を持ち込む様になった。
本を持ち込むのは最初抵抗があったが、持ち込んでみたらふやけないし、湿気も然程吸った感じがなく、それ以降は平気でどんな本でも持ち込んで読んでる。
新聞は流石にふやけて嵩張るが、どうせ捨てるもんだから、大体夜は風呂で夕刊をチェックして朝刊を読み直してる。
そんな半身浴の最中、目は活字を追いながら頭の中で最近あった事を反芻。
まず浮かんで来るのは、あるプレゼンでのプロテニスコーチの熱い涙。
人に語りかける、話を聞かせる為には情熱がいる。
話が上手い下手じゃあない。
次は強い風雨の中、有明で行われたジュニアのイベント。
アウトコートが使えず、屋根を閉めたコロシアムで可動ネットを増設して、数クラスを同時進行でレッスン。
俗に言う“同業他社”のプロテニスコーチ達が、状況に応じて素晴らしいアドリブを見せる。
狭い呑み屋に詰め込まれて呑む時の異様な盛り上がりにも近いか。
そこには単純に1人のテニスコーチとして、目の前の“テニス・キッズ”達に自分が今出来る全てでレッスンしている熱さがあった。
最後は……。
暗転した武道館に響き渡ったあのドラムのイントロ。
(うわっ!!オープニング“きんぽうげ”だぜ!)
そしてGmのあのリフが炸裂した瞬間に、武道館はちっぽけな小屋になって、俺は涙ぐんだ。
グレートなパフォーマンスはあっという間に人の距離を縮める。
“最後の甲斐バンド”
俺は奴とまだ小学生の息子と娘と一緒にアリーナで観た。
何の偶然か、初めて武道館で甲斐バンドを観た高2の時とほぼ同じ席。
(俺ってもしかして幸せなんじゃねえかな……)
リズムに身体を揺らす奴と、拳を突き上げるガキ達を見てふとそう思った。
この日の話にはおまけがある。
帰りに九段の坂からゴールデン街迄乗ったタクシーの運ちゃんが、ライヴの話で盛り上がってる俺等にこう話かけて来た。
「今夜甲斐バンドだったの?私ねえ、小学生の時同級生だったんですよ。小さい頃からギター弾いて唄ってましたね。中学は別だったから、HEROが売れた時は“やっぱあの甲斐か”って。“よっさん”、“やっさん”って呼び合ってましたから」
当然「お釣りは取っといて」だ。
“生きるってことは一夜かぎりのワン・ナイト・ショー 矢のように走る 時の狭間で踊ることさ”HERO/甲斐バンド
そうだね、これまでも、これからも、“THE ONE NIGHT STAND”。
何てカッコ良く生きれればいいんだが……。
あっ、又一つ浮かんで来た。
ガキ共がコートから帰って来た後、真っ暗な中街灯の下で素振りし始めたんだ。
随分長い時間やってて、「ほら飯だぞ!」って呼んだんだけど、嬉しかったな。
2009.2.9
Kudanshita
坂東海
Scene 253
[THE ONE NIGHT STAND]
半身浴が好きだ。
風呂を修理しなきゃならなかった時に、湯船を半身浴用に変えた位だ。
前はただボーッと30分程浸かって汗を出すという感じだったのが、いつからか読み物を持ち込む様になった。
本を持ち込むのは最初抵抗があったが、持ち込んでみたらふやけないし、湿気も然程吸った感じがなく、それ以降は平気でどんな本でも持ち込んで読んでる。
新聞は流石にふやけて嵩張るが、どうせ捨てるもんだから、大体夜は風呂で夕刊をチェックして朝刊を読み直してる。
そんな半身浴の最中、目は活字を追いながら頭の中で最近あった事を反芻。
まず浮かんで来るのは、あるプレゼンでのプロテニスコーチの熱い涙。
人に語りかける、話を聞かせる為には情熱がいる。
話が上手い下手じゃあない。
次は強い風雨の中、有明で行われたジュニアのイベント。
アウトコートが使えず、屋根を閉めたコロシアムで可動ネットを増設して、数クラスを同時進行でレッスン。
俗に言う“同業他社”のプロテニスコーチ達が、状況に応じて素晴らしいアドリブを見せる。
狭い呑み屋に詰め込まれて呑む時の異様な盛り上がりにも近いか。
そこには単純に1人のテニスコーチとして、目の前の“テニス・キッズ”達に自分が今出来る全てでレッスンしている熱さがあった。
最後は……。
暗転した武道館に響き渡ったあのドラムのイントロ。
(うわっ!!オープニング“きんぽうげ”だぜ!)
そしてGmのあのリフが炸裂した瞬間に、武道館はちっぽけな小屋になって、俺は涙ぐんだ。
グレートなパフォーマンスはあっという間に人の距離を縮める。
“最後の甲斐バンド”
俺は奴とまだ小学生の息子と娘と一緒にアリーナで観た。
何の偶然か、初めて武道館で甲斐バンドを観た高2の時とほぼ同じ席。
(俺ってもしかして幸せなんじゃねえかな……)
リズムに身体を揺らす奴と、拳を突き上げるガキ達を見てふとそう思った。
この日の話にはおまけがある。
帰りに九段の坂からゴールデン街迄乗ったタクシーの運ちゃんが、ライヴの話で盛り上がってる俺等にこう話かけて来た。
「今夜甲斐バンドだったの?私ねえ、小学生の時同級生だったんですよ。小さい頃からギター弾いて唄ってましたね。中学は別だったから、HEROが売れた時は“やっぱあの甲斐か”って。“よっさん”、“やっさん”って呼び合ってましたから」
当然「お釣りは取っといて」だ。
“生きるってことは一夜かぎりのワン・ナイト・ショー 矢のように走る 時の狭間で踊ることさ”HERO/甲斐バンド
そうだね、これまでも、これからも、“THE ONE NIGHT STAND”。
何てカッコ良く生きれればいいんだが……。
あっ、又一つ浮かんで来た。
ガキ共がコートから帰って来た後、真っ暗な中街灯の下で素振りし始めたんだ。
随分長い時間やってて、「ほら飯だぞ!」って呼んだんだけど、嬉しかったな。
2009.2.9
Kudanshita
2009年01月25日
Scene 252 [SHAIN A LIGHT]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 252
[SHAIN A LIGHT]
新宿武蔵野館。
この街に夜な夜な呑みに来てるくせに、ここは初めて。
ワンフロアに100人以下のミニシアターが3つ。
持ち込みのポケ瓶のチェイサーにジンジャーエールを買って中へ。
すぐにいつも通り予告編が幾つか流れ、映画が始まった。
“SHAIN A LIGHT”
まずはストーンズとマーティン・スコセッシの丁々発止で幕が開く。
スコセッシをからかい、煽る様なミックに(相変わらずだなあ)とファン心理で嬉しくなるが、そんなもんが単なるギミックだと、後で改めて思い知らされる事になる。
オープニングは“J.J.Flash”。
スクリーンから発せられるエネルギーに、(うわっ!すげえ)とぶっ飛びにやけながらも涙が滲む。
初めて観たシェア・スタジアム、そして'90年の初来日から何回も観たどのショーよりもバンドは良くなってる。
映画の半ばでキースは「単純にバンドをやるのが好きなんだ」と呟き、ラストの“BROWN SUGAR”を弾き終えた後は、ネックを抱えひざまずいて動かず、暫くしてネックにキスして立ち上がった。
奴等は心底ピュアに“演る”事を楽しみ、とんでもない音楽を産み出し続けてる。
そんな奴等に俺は、相も変わらず「くっだらねえコト気にすんなよ!お前は何者なんだい?!」と、ケツを叩かれてる。
「単純にテニスをやるのが好きなんだ」「単純にコーチをするのが好きなんだ」という気持ちを表現し続けないと……。
ブッキングからホテルの部屋に用意する物まで、ストーンズに関するあらゆるマネージメントをミックが仕切っているのは、全てを自分達でコントロールしたいからだ。
それを揚げ足取りは「金儲け主義」と言うが、そんな奴には本当のメッセージ、“真実”は伝わらない。
アメリカでトップジュニア育成しているコーチのテニス誌でのコラムに、こんな言葉があった。
「ポジテイヴな選手は、ネガティブな言葉で罵倒してもそれをエネルギーに変える。ネガティヴな選手は、ポジティヴな言葉をかけても(自分は駄目だ)と落ち込んで行く。相手が何を言ったかでなく、何を伝えたいかを理解し、自分に活かす事が大事。ネガティヴな選手やモンスター・ペアレントにはそこが欠如している」
“情熱”ってのは、もはや誰にでも通じるものじゃないらしい。
映画ではクリントン一家が来て、ストーンズのメンバーと顔合わせしていた。
ミックは、クリントンが他のメンバーと話している間は無関心に遠くを見つめ、視線が自分に動いて来るとあの笑顔を浮かべてた。
そしてステージでは“Some Giris”を唄った。
あの歌詞をクリントン一家が揃って聴いてる所を思うと面白くなったが、それ以上にやっぱり俺はこう思った。
(本当にこいつらBluesが好きなんだ!)
全く何を今更……。
2009.1.23
Shinjuku Musashinokan
坂東海
Scene 252
[SHAIN A LIGHT]
新宿武蔵野館。
この街に夜な夜な呑みに来てるくせに、ここは初めて。
ワンフロアに100人以下のミニシアターが3つ。
持ち込みのポケ瓶のチェイサーにジンジャーエールを買って中へ。
すぐにいつも通り予告編が幾つか流れ、映画が始まった。
“SHAIN A LIGHT”
まずはストーンズとマーティン・スコセッシの丁々発止で幕が開く。
スコセッシをからかい、煽る様なミックに(相変わらずだなあ)とファン心理で嬉しくなるが、そんなもんが単なるギミックだと、後で改めて思い知らされる事になる。
オープニングは“J.J.Flash”。
スクリーンから発せられるエネルギーに、(うわっ!すげえ)とぶっ飛びにやけながらも涙が滲む。
初めて観たシェア・スタジアム、そして'90年の初来日から何回も観たどのショーよりもバンドは良くなってる。
映画の半ばでキースは「単純にバンドをやるのが好きなんだ」と呟き、ラストの“BROWN SUGAR”を弾き終えた後は、ネックを抱えひざまずいて動かず、暫くしてネックにキスして立ち上がった。
奴等は心底ピュアに“演る”事を楽しみ、とんでもない音楽を産み出し続けてる。
そんな奴等に俺は、相も変わらず「くっだらねえコト気にすんなよ!お前は何者なんだい?!」と、ケツを叩かれてる。
「単純にテニスをやるのが好きなんだ」「単純にコーチをするのが好きなんだ」という気持ちを表現し続けないと……。
ブッキングからホテルの部屋に用意する物まで、ストーンズに関するあらゆるマネージメントをミックが仕切っているのは、全てを自分達でコントロールしたいからだ。
それを揚げ足取りは「金儲け主義」と言うが、そんな奴には本当のメッセージ、“真実”は伝わらない。
アメリカでトップジュニア育成しているコーチのテニス誌でのコラムに、こんな言葉があった。
「ポジテイヴな選手は、ネガティブな言葉で罵倒してもそれをエネルギーに変える。ネガティヴな選手は、ポジティヴな言葉をかけても(自分は駄目だ)と落ち込んで行く。相手が何を言ったかでなく、何を伝えたいかを理解し、自分に活かす事が大事。ネガティヴな選手やモンスター・ペアレントにはそこが欠如している」
“情熱”ってのは、もはや誰にでも通じるものじゃないらしい。
映画ではクリントン一家が来て、ストーンズのメンバーと顔合わせしていた。
ミックは、クリントンが他のメンバーと話している間は無関心に遠くを見つめ、視線が自分に動いて来るとあの笑顔を浮かべてた。
そしてステージでは“Some Giris”を唄った。
あの歌詞をクリントン一家が揃って聴いてる所を思うと面白くなったが、それ以上にやっぱり俺はこう思った。
(本当にこいつらBluesが好きなんだ!)
全く何を今更……。
2009.1.23
Shinjuku Musashinokan
2009年01月10日
Scene 251 [Take Me Out To The Ball Park]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 251
[Take Me Out To The Ball Park]
近況報告が終った後、不意に「ジュニアにいい練習って何かな?」と、やたら大雑把な質問が口をついた。
電話の向こうの奴は、「壁打ちだね」と一言。
郊外というよりは山の中と言った方がいい場所に住んでるトップジュニア強化コーチ。
「お前の家の辺りなら、いくらでも壁打ちボード代りの場所あるだろうけど、ウチの周りじゃまずそんな場所ないよ」
あった……。
しかもウチから自転車で数分の場所に。
「遊歩道を西にちょっと行った所に壁打ちボードあるの知ってる?あそこいいと思うよ」
「それって何となく見た記憶あるけど、どっかの学校でしょ?」
「違うよ、ボール遊びOKの広場で、ちゃんとした壁打ちボードがあるの!」
という訳で、発見して来た家人と、早く行きたくて走り出さんばかりのガキ2人と向かった。
高いフェンスと広場特有の白っぽい砂。
サッカーをやってる中高生、キャッチボールをしてる小学生、そして壁打ちをしてるおじさん。
芋洗い状態とは言わないが、結構密集した中で皆がボールを行き交わせている。
早速、空いてるスペースでラリー開始。
普通の公園と違い、皆が球技をしているので気遣いが少なくていい。
暫くすると「どうぞ!」と、おじさんが壁を譲ってくれた。
子供二人が早速打ち出した。
「どうすればいいの?」なんて事は勿論聞いて来ない。
そして“壁”も何の文句も言わず、ボールを打ち返して来る。
俺はその横で家人とラリー。
途中、ボールを拾いに壁の裏に行ったら、「ドン」「ドン」とボールの音が響いてる。
中学の時、体育館の裏で毎日鳴らしてた音。
結局、次の人が来るまで1時間半、奴等は打ってた。
年明けて元旦。
吉祥寺に初詣と新春ビュッフェに行く前に、せがまれて壁打ちへ。
俺の初打ちが壁打ちになるなんて思いもしなかったな。
誰もいない広場で、一人は壁打ち、もう一人は俺とラリー。
小さな子供がいる二家族が、凧揚げにしに入って来た。
いい感じだ。
そして今日、初めて来た日からこれで6日連続。
子供達に入射角、反射角なんてわかってる訳はないが、“壁”を相手に健闘してる。
「壁打ちだね」と即答した奴の言いたい事がわかる。
テニスにおける集中力、想像力、持久力を養うのに、壁打ちは最適だ。
ところで今日は結構混んでる。
軟庭部員らしき中学生もいる。
彼は、サーブして跳ね返って来た短いボールを追って前に、と繰り返している。
壁打ちしている同士でお互いボールが逸れると、自分のボールは相手に任せて自分は相手のボールを追ったりと、子供同士で気遣いし合っているのが見えて嬉しくなる。
気付くと軟庭の中学生が、壁打ちボードと高いフェンスの向こうの都市農園で、フェンスの破れから出て行ったであろうボールを探してる。
なかなか見つからなくて、そのうち農園の関係者らしき女性二人も加わった。
どれ程経ったんだろうか、30分は経っていただろう。
彼がボールを見つけてボードに戻って来た。
彼にとってボールとは、値段が高い安いじゃないんだと気付く。
そしてちょっとでも(これでスペースが広がるな)と感じた自分が恥ずかしくなる。
大人って奴は常識とか礼儀には小うるさいが、こうやってガキと触れ合って何とか自分の理性を保っているのかもしれない。
さて、次壁打ちに行けるのは……う〜ん、4日も後かあ。
2009.1.4
Flower South
坂東海
Scene 251
[Take Me Out To The Ball Park]
近況報告が終った後、不意に「ジュニアにいい練習って何かな?」と、やたら大雑把な質問が口をついた。
電話の向こうの奴は、「壁打ちだね」と一言。
郊外というよりは山の中と言った方がいい場所に住んでるトップジュニア強化コーチ。
「お前の家の辺りなら、いくらでも壁打ちボード代りの場所あるだろうけど、ウチの周りじゃまずそんな場所ないよ」
あった……。
しかもウチから自転車で数分の場所に。
「遊歩道を西にちょっと行った所に壁打ちボードあるの知ってる?あそこいいと思うよ」
「それって何となく見た記憶あるけど、どっかの学校でしょ?」
「違うよ、ボール遊びOKの広場で、ちゃんとした壁打ちボードがあるの!」
という訳で、発見して来た家人と、早く行きたくて走り出さんばかりのガキ2人と向かった。
高いフェンスと広場特有の白っぽい砂。
サッカーをやってる中高生、キャッチボールをしてる小学生、そして壁打ちをしてるおじさん。
芋洗い状態とは言わないが、結構密集した中で皆がボールを行き交わせている。
早速、空いてるスペースでラリー開始。
普通の公園と違い、皆が球技をしているので気遣いが少なくていい。
暫くすると「どうぞ!」と、おじさんが壁を譲ってくれた。
子供二人が早速打ち出した。
「どうすればいいの?」なんて事は勿論聞いて来ない。
そして“壁”も何の文句も言わず、ボールを打ち返して来る。
俺はその横で家人とラリー。
途中、ボールを拾いに壁の裏に行ったら、「ドン」「ドン」とボールの音が響いてる。
中学の時、体育館の裏で毎日鳴らしてた音。
結局、次の人が来るまで1時間半、奴等は打ってた。
年明けて元旦。
吉祥寺に初詣と新春ビュッフェに行く前に、せがまれて壁打ちへ。
俺の初打ちが壁打ちになるなんて思いもしなかったな。
誰もいない広場で、一人は壁打ち、もう一人は俺とラリー。
小さな子供がいる二家族が、凧揚げにしに入って来た。
いい感じだ。
そして今日、初めて来た日からこれで6日連続。
子供達に入射角、反射角なんてわかってる訳はないが、“壁”を相手に健闘してる。
「壁打ちだね」と即答した奴の言いたい事がわかる。
テニスにおける集中力、想像力、持久力を養うのに、壁打ちは最適だ。
ところで今日は結構混んでる。
軟庭部員らしき中学生もいる。
彼は、サーブして跳ね返って来た短いボールを追って前に、と繰り返している。
壁打ちしている同士でお互いボールが逸れると、自分のボールは相手に任せて自分は相手のボールを追ったりと、子供同士で気遣いし合っているのが見えて嬉しくなる。
気付くと軟庭の中学生が、壁打ちボードと高いフェンスの向こうの都市農園で、フェンスの破れから出て行ったであろうボールを探してる。
なかなか見つからなくて、そのうち農園の関係者らしき女性二人も加わった。
どれ程経ったんだろうか、30分は経っていただろう。
彼がボールを見つけてボードに戻って来た。
彼にとってボールとは、値段が高い安いじゃないんだと気付く。
そしてちょっとでも(これでスペースが広がるな)と感じた自分が恥ずかしくなる。
大人って奴は常識とか礼儀には小うるさいが、こうやってガキと触れ合って何とか自分の理性を保っているのかもしれない。
さて、次壁打ちに行けるのは……う〜ん、4日も後かあ。
2009.1.4
Flower South
2008年12月25日
Scene 250 [This Warm December〜A Brushfire Holiday〜]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 250
[This Warm December〜A Brushfire Holiday〜]
左の首筋がエラく痛い。
小学生の時に起きがけに犬の散歩に行って、逆に引っ張られて首がしばらく傾いだままになった時以来だ。
しかも今回は気分が悪くなる時もある。
大袈裟なタチなので、(実は深刻な病気だったりして……)なんて、考えたりもして。
知り合いに話しても、「どうせ借金で首が廻らないって言いたいんでしょ!?」と、取り合ってくれない。
とりあえず思い当たる事と言えば……。
寝違えた?いやそれはない。
元々姿勢が悪い。それもここまで痛くなる程の要因じゃないだろう。
むしろ生活態度か。
「珍しく練習場でSWだけでハーフスイングを打ち続けたんだよね」
「それって左手から首にかけて結構来てませんか?」
「えっ?!来てる来てる!」
「練習場のマットって薄いから、小さな衝撃が重なって痛くなったりするんですよ」
「ゴルフにもテニスエルボみたいなのあるんだ。俺、むち打ちみたいだよ」
「もしかしてかなりダフってませんか?」
「うん……」
愛すべき優しいゴルフのティーチング・プロは、それ以上言葉は繋がないで困った様な微笑みを浮かべてる。
スピーカーからは出たばっかりのジャック・ジョンソンのクリスマス・アルバム。
奴が先週入籍したお祝いにプレゼントしたCD。
暖かいアコギの音色が心地いい。
奴とはジェームス・モリスンから始まって、Charのミディアム&バラッドのアルバム、エイモス・リー、そしてジャック・ジョンソンと音の好みが合う。
強いて言えば“ブルー・アイド・ソウル”の友ってやつか。
3コード、4コードの循環コードの気持ち良さが共有出来る。
それだけで奴は信用出来る。
「この間のテニス楽しかったですね!」
初めてのテニスの相手をした時のこと。
ぐだぐだ言って先輩面しても仕様がないと、「ゴルフと同じで拇指球からの運動連鎖だけど、初めてだからローテーションだけやめとこうか」とプレー開始。
あの時も暖かい空気が流れていた。
This Warm December〜A Brushfire Holiday〜
暖かく穏やか冬の日。
世知辛い昨今、こんな日が来年はもっともっと多くあります様に。
2008.12.25
Kamimukoudai
坂東海
Scene 250
[This Warm December〜A Brushfire Holiday〜]
左の首筋がエラく痛い。
小学生の時に起きがけに犬の散歩に行って、逆に引っ張られて首がしばらく傾いだままになった時以来だ。
しかも今回は気分が悪くなる時もある。
大袈裟なタチなので、(実は深刻な病気だったりして……)なんて、考えたりもして。
知り合いに話しても、「どうせ借金で首が廻らないって言いたいんでしょ!?」と、取り合ってくれない。
とりあえず思い当たる事と言えば……。
寝違えた?いやそれはない。
元々姿勢が悪い。それもここまで痛くなる程の要因じゃないだろう。
むしろ生活態度か。
「珍しく練習場でSWだけでハーフスイングを打ち続けたんだよね」
「それって左手から首にかけて結構来てませんか?」
「えっ?!来てる来てる!」
「練習場のマットって薄いから、小さな衝撃が重なって痛くなったりするんですよ」
「ゴルフにもテニスエルボみたいなのあるんだ。俺、むち打ちみたいだよ」
「もしかしてかなりダフってませんか?」
「うん……」
愛すべき優しいゴルフのティーチング・プロは、それ以上言葉は繋がないで困った様な微笑みを浮かべてる。
スピーカーからは出たばっかりのジャック・ジョンソンのクリスマス・アルバム。
奴が先週入籍したお祝いにプレゼントしたCD。
暖かいアコギの音色が心地いい。
奴とはジェームス・モリスンから始まって、Charのミディアム&バラッドのアルバム、エイモス・リー、そしてジャック・ジョンソンと音の好みが合う。
強いて言えば“ブルー・アイド・ソウル”の友ってやつか。
3コード、4コードの循環コードの気持ち良さが共有出来る。
それだけで奴は信用出来る。
「この間のテニス楽しかったですね!」
初めてのテニスの相手をした時のこと。
ぐだぐだ言って先輩面しても仕様がないと、「ゴルフと同じで拇指球からの運動連鎖だけど、初めてだからローテーションだけやめとこうか」とプレー開始。
あの時も暖かい空気が流れていた。
This Warm December〜A Brushfire Holiday〜
暖かく穏やか冬の日。
世知辛い昨今、こんな日が来年はもっともっと多くあります様に。
2008.12.25
Kamimukoudai
2008年12月18日
Scene 249 [Xmas Tournament]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 249
[Xmas Tournament]
毎年この時期になると(あっ!?しまった!)と思う事がある。
今年も又そうだった。
“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”
気付けば今年も既に開幕してた。
地域密着のイメージと、クリスマス独特の雰囲気を感じられる素晴らしい大会なんだろうなと、毎年(観に行きたいなあ)と思ってるくせにこれだ。
今年は20周年大会で、さぞかし華やかに展開されているんだろうね。
20周年ということで大会HPで、歴代優勝者を眺めてみる。
大会案内の「イザワクリスマスオープンテニストーナメントは、世界の舞台で活躍している杉山愛選手、森上亜希子選手、中村藍子選手を始め、今年現役復帰を果たした伊達公子選手など、日本のテニス界をリードするトッププレーヤーたちが「世界へのジャンピングボード」としてこの大会で活躍し、世界へと羽ばたきました」という文章の通り、そうそうたる面子が名を連ねている。
第一回大会の優勝者は……おおっ陽夫じゃん!
あの町田のガキ大将やるな!
目を戻すと又、秀丸さん!淳一!
ジュニア時代の仲間の名前を見て、(成る程ねえ、確かに歴史あるわ、こりゃあ)と納得。
バンドマンが「東京より大阪の方が盛り上がる」と話してるのを良く見かける。
大阪のファンは尚更で、「東京もんは静かで〜」と鼻高々にしてる。
好きなバンドのライヴを一度大阪で観てみたい。
そう言えば1986年の甲斐バンドの解散ライヴのシューティングは大阪城ホールがメインだったな。
その大阪城ホールと言えば、奥田民生の「ひとり股旅」のDVDに出て来る大阪BANANA HALLか何かのシーンで、客の「城ホール(大阪城ホール)でやって!」というかけ声に、民生が「上ホルモン?」って答えるのが笑えた。
あのDVDは名作だ。
まっ、そんな事もあり、“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”も観に行きたい。
関西の人達に言わせれば、「大阪と神戸は全然違う!」って事になるんだろうけど、まあ新宿と横浜みたいなもんだと思わせておいてくれ。
“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”は中学生以下、及び夕方5時以降は入場無料。
どこまでも粋だねえ。
2008.12.18
Tanashicho3
坂東海
Scene 249
[Xmas Tournament]
毎年この時期になると(あっ!?しまった!)と思う事がある。
今年も又そうだった。
“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”
気付けば今年も既に開幕してた。
地域密着のイメージと、クリスマス独特の雰囲気を感じられる素晴らしい大会なんだろうなと、毎年(観に行きたいなあ)と思ってるくせにこれだ。
今年は20周年大会で、さぞかし華やかに展開されているんだろうね。
20周年ということで大会HPで、歴代優勝者を眺めてみる。
大会案内の「イザワクリスマスオープンテニストーナメントは、世界の舞台で活躍している杉山愛選手、森上亜希子選手、中村藍子選手を始め、今年現役復帰を果たした伊達公子選手など、日本のテニス界をリードするトッププレーヤーたちが「世界へのジャンピングボード」としてこの大会で活躍し、世界へと羽ばたきました」という文章の通り、そうそうたる面子が名を連ねている。
第一回大会の優勝者は……おおっ陽夫じゃん!
あの町田のガキ大将やるな!
目を戻すと又、秀丸さん!淳一!
ジュニア時代の仲間の名前を見て、(成る程ねえ、確かに歴史あるわ、こりゃあ)と納得。
バンドマンが「東京より大阪の方が盛り上がる」と話してるのを良く見かける。
大阪のファンは尚更で、「東京もんは静かで〜」と鼻高々にしてる。
好きなバンドのライヴを一度大阪で観てみたい。
そう言えば1986年の甲斐バンドの解散ライヴのシューティングは大阪城ホールがメインだったな。
その大阪城ホールと言えば、奥田民生の「ひとり股旅」のDVDに出て来る大阪BANANA HALLか何かのシーンで、客の「城ホール(大阪城ホール)でやって!」というかけ声に、民生が「上ホルモン?」って答えるのが笑えた。
あのDVDは名作だ。
まっ、そんな事もあり、“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”も観に行きたい。
関西の人達に言わせれば、「大阪と神戸は全然違う!」って事になるんだろうけど、まあ新宿と横浜みたいなもんだと思わせておいてくれ。
“イザワクリスマスオープンテニストーナメント”は中学生以下、及び夕方5時以降は入場無料。
どこまでも粋だねえ。
2008.12.18
Tanashicho3
2008年12月11日
Scene 248 [Yesterday’s Paper]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 248
[Yesterday's Paper]
時事通信の記事『「自分」から「自分」から「世界」へ=38歳伊達の再挑戦』でのクルム伊達公子評、「力を冷凍保存していたかのよう」は上手かった。
今回の活躍の原因をそれらしく語るより、この一言だろう。
そして周囲の騒がしさは、こんなイメージでの復活と感じている気がする。
まあ騒がしさには、お決まりの“他人の話しか出来ない”奴等の雑音が多々あるが。
その記事の中には、こんな台詞。
「テニスは心技体。若さやパワーでは勝ち抜けない。わたしの優勝が面白くない人がいるかもしれないが、勝負の世界で起こったことは現実」
「世界に目を向けることで、精神的にもタフになれる」
チャンピオンでも4回戦ボーイでも、今やるべき事をやるしかない。
でも、記事の中のこんなテキストを読んでやっぱり感服した。
「38歳といえば、ミスタープロ野球、長嶋茂雄が現役を引退した年齢」
さて先週は心強い記事もあった。
『中学校に硬式テニス部を』河北新報。
日本テニス協会が中体連(日本中学校体育連盟)への2012年の準加盟、2015年の正式加盟を目標としたという今更という感もなきにしもあらずの発表を受けての、宮城県テニス協会の働きかけ。
宮城県内では民間クラブで小学生約1,000名がプレーしているが、中学進学後硬式テニスを続けるのはその半分とのこと。
全国の同じ境遇のコーチ達は、毎年今時分から無力感を感じているが、これを機会にと願わずにいられない。
この記事の後のリリースには、『毎年200部活が消えた』(読売新聞)。
「都内公立中約640校で顧問の確保が出来ず、毎年200部以上が廃部、休部になっている」というリードに(そこまでか!?)と驚きながら、 (でも元々公立中に硬式テニス部ないもんな)と白けた後、宮城の話を思い出す。
大丈夫、硬式テニス部は増える!
こうやってテニスに関する記事を拾って行くと、やはりテニスに“好意的な論調”に露骨なシンパシーを感じる。
目先を変えると、この論調って奴がくせ者だ。
TVのニュース番組じゃキャスターの論調が、まるで正論の様に展開される。
溢れ出し、垂れ流されてる情報を信じるか信じないか、活かすか活かさないか、それは自分次第だ。
その前に、“お前なんか昨日の新聞だ。昨日の新聞を誰が読みたがるか(R.Stones)”
なんて毒づかれない様に、いつも何かにときめいてないとな!
2008.12.11
Musashimurayama
坂東海
Scene 248
[Yesterday's Paper]
時事通信の記事『「自分」から「自分」から「世界」へ=38歳伊達の再挑戦』でのクルム伊達公子評、「力を冷凍保存していたかのよう」は上手かった。
今回の活躍の原因をそれらしく語るより、この一言だろう。
そして周囲の騒がしさは、こんなイメージでの復活と感じている気がする。
まあ騒がしさには、お決まりの“他人の話しか出来ない”奴等の雑音が多々あるが。
その記事の中には、こんな台詞。
「テニスは心技体。若さやパワーでは勝ち抜けない。わたしの優勝が面白くない人がいるかもしれないが、勝負の世界で起こったことは現実」
「世界に目を向けることで、精神的にもタフになれる」
チャンピオンでも4回戦ボーイでも、今やるべき事をやるしかない。
でも、記事の中のこんなテキストを読んでやっぱり感服した。
「38歳といえば、ミスタープロ野球、長嶋茂雄が現役を引退した年齢」
さて先週は心強い記事もあった。
『中学校に硬式テニス部を』河北新報。
日本テニス協会が中体連(日本中学校体育連盟)への2012年の準加盟、2015年の正式加盟を目標としたという今更という感もなきにしもあらずの発表を受けての、宮城県テニス協会の働きかけ。
宮城県内では民間クラブで小学生約1,000名がプレーしているが、中学進学後硬式テニスを続けるのはその半分とのこと。
全国の同じ境遇のコーチ達は、毎年今時分から無力感を感じているが、これを機会にと願わずにいられない。
この記事の後のリリースには、『毎年200部活が消えた』(読売新聞)。
「都内公立中約640校で顧問の確保が出来ず、毎年200部以上が廃部、休部になっている」というリードに(そこまでか!?)と驚きながら、 (でも元々公立中に硬式テニス部ないもんな)と白けた後、宮城の話を思い出す。
大丈夫、硬式テニス部は増える!
こうやってテニスに関する記事を拾って行くと、やはりテニスに“好意的な論調”に露骨なシンパシーを感じる。
目先を変えると、この論調って奴がくせ者だ。
TVのニュース番組じゃキャスターの論調が、まるで正論の様に展開される。
溢れ出し、垂れ流されてる情報を信じるか信じないか、活かすか活かさないか、それは自分次第だ。
その前に、“お前なんか昨日の新聞だ。昨日の新聞を誰が読みたがるか(R.Stones)”
なんて毒づかれない様に、いつも何かにときめいてないとな!
2008.12.11
Musashimurayama
2008年12月04日
Scene 247 [かりそめのスウィング]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 247
[かりそめのスウィング]
「テニスは不況に強い」らしい。
確かに世の中が不況だからコーチが解雇された、スクールが閉鎖されたってのは聞いたことがない。
テニススクール特有の“安・近・短”が今の世相にぴったりってことなんだろう。
更に今年は錦織圭選手の躍進、クルム伊達公子選手の復活もあり、沢山の子供達がスクールに足を運んでいると聞く。
バックパックにラケットを入れて、グリップがちょんまげみたいに見える子供達が自転車で息を切らせてる走って来るところ、コート上の笑顔、躍動感が頭の中一杯に広がって、幸せな気分になる。
やっぱテニスっていいよなあ。
とは言え、年の瀬で誰でも餅代が欲しいって時に、新聞には“経営改善の為に社員約千人削減”という記事。
他にも技術を持った熟練工約千三百人が契約途中で大量解雇なんて見出しもある。
「経営改善って言っときながら、人の人生改悪してどうすんだよ」なんて心の中でつぶやきながら、この寒空の下放り出された人達の事を想う。
「よく“給料日前で苦しい”って言うけどさ、“給料日後で楽だ”って聞いたことないよね」
「って言うかさ、給料日以外は全部給料日前だよな!」
レッスンが終れば毎晩、スタッフと餃子ビールしてる若いプロコーチ同士の会話。
こんな呑気な会話が出来るだけ幸せって奴なのか。
“ジングルベルに街が うき足だった夜 人の声と車の音が飛び交ってる ニュースは不況を喋い 街には人があふれた そしてふらりとあいつは舞い戻ってきた” かりそめのスウィング/甲斐バンド(1975)
30年以上前のナンバーがやたらリアルに響く。
ちぇっ!全く、代り映えのしない毎日だぜ。
さて、今日は何を面白がるかな。
被害者面だけはぶら下げたくないからね。
そうだな、テニスの“安・近・短”を活かして、もっともっと地域貢献、地域密着、そしてテニスそのものの底辺拡大と底上げが出来ないか、考えてみることにしよう。
2008.12.4
Tako-Park
坂東海
Scene 247
[かりそめのスウィング]
「テニスは不況に強い」らしい。
確かに世の中が不況だからコーチが解雇された、スクールが閉鎖されたってのは聞いたことがない。
テニススクール特有の“安・近・短”が今の世相にぴったりってことなんだろう。
更に今年は錦織圭選手の躍進、クルム伊達公子選手の復活もあり、沢山の子供達がスクールに足を運んでいると聞く。
バックパックにラケットを入れて、グリップがちょんまげみたいに見える子供達が自転車で息を切らせてる走って来るところ、コート上の笑顔、躍動感が頭の中一杯に広がって、幸せな気分になる。
やっぱテニスっていいよなあ。
とは言え、年の瀬で誰でも餅代が欲しいって時に、新聞には“経営改善の為に社員約千人削減”という記事。
他にも技術を持った熟練工約千三百人が契約途中で大量解雇なんて見出しもある。
「経営改善って言っときながら、人の人生改悪してどうすんだよ」なんて心の中でつぶやきながら、この寒空の下放り出された人達の事を想う。
「よく“給料日前で苦しい”って言うけどさ、“給料日後で楽だ”って聞いたことないよね」
「って言うかさ、給料日以外は全部給料日前だよな!」
レッスンが終れば毎晩、スタッフと餃子ビールしてる若いプロコーチ同士の会話。
こんな呑気な会話が出来るだけ幸せって奴なのか。
“ジングルベルに街が うき足だった夜 人の声と車の音が飛び交ってる ニュースは不況を喋い 街には人があふれた そしてふらりとあいつは舞い戻ってきた” かりそめのスウィング/甲斐バンド(1975)
30年以上前のナンバーがやたらリアルに響く。
ちぇっ!全く、代り映えのしない毎日だぜ。
さて、今日は何を面白がるかな。
被害者面だけはぶら下げたくないからね。
そうだな、テニスの“安・近・短”を活かして、もっともっと地域貢献、地域密着、そしてテニスそのものの底辺拡大と底上げが出来ないか、考えてみることにしよう。
2008.12.4
Tako-Park
2008年11月27日
Scene 246 [Back to The Roots]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 246
[Back to The Roots]
西東京の小学校のグラウンド。
寒々しい空とは対照的に、近隣の少年野球チームの選手約320名で賑わっている。
田無出身のメジャーリーガー井口資仁選手の野球教室が始まった。
最初は当然キャッチボール。
準備している間井口選手は、スタッフと談笑しながらテニスのサーブの様に回内の動作を繰り返してる。
そしてキャッチボール開始。
子供相手だから軽く投げてるだけだが、必ず綺麗に回内の動きが入ってる。
320人を相手する訳だから、子供達はボールが一往復すると交代して行く。
たった一往復でも子供達は帽子を取って挨拶。
井口選手はその度に帽子のつばに手を持って行き返礼。
バッティング練習の前にはどんなスポーツでも共通で大切な基本を一言。
「皆は腕の力って強いって思ってるかもしれないけど実は一番弱くて、地面から力をもらって足、腰、腕、バットの順番で力を伝えて行くんだよ」
子供達は真剣に聞いてる。
周りのお父さんコーチ達は、「何回言ってもやらないし、話もロクに聞かないのが、これ一回で身に付いたりするんだよねえ」と嬉しそうな?苦笑い。
最後は井口選手の著書「井口の法則」を渡しながらの握手会。
事前に購入した子供限定だが、それでも物凄い人数。
主催者は各チームで纏めて渡すつもりだったのが、井口選手たっての希望で一人一人に手渡すことになったとのこと。
ウチのガキは申込みを忘れてたが、今からでもOKとなって購入して握手。
喜んでサインを見たら事前購入の子達には書かれていた日付がない。
スタッフに「すいません。今日誕生日なんで日付入れてもらえませんか?」と尋ねたら、井口選手自らが、「いいですよ!」と本を受け取り「ペンある?」とスタッフに声をかけて日付を書き加えてくれて、「頑張ってね!」と頭をポンと叩きながら返してくれた。
キャッチボールの時同様に、自分のバックボーンを大切にしている事が伺えて、彼の誠実さを感じて温かい気持ちになった。
なあ、いい誕生日になったな。
この井口選手の野球教室のことをプロテニスコーチに話してみた。
奴は、「彼は能力が高過ぎて自分の筋力を超えちゃうんですよ。特に上腕がポイントらしくて、回内のストレッチもそれだけでなく、こういうのやこんなストレッチしてるんですよ」とストレッチの真似をしてみせる。
そして「言ってくれればグローブ持って観に行ったのに……」と恨めしそうな顔。
何か嬉しくなる会話だった。
こんな奴のレッスンを受けれるジュニアは幸せだ。
2008.11.24
Hoya-sho
坂東海
Scene 246
[Back to The Roots]
西東京の小学校のグラウンド。
寒々しい空とは対照的に、近隣の少年野球チームの選手約320名で賑わっている。
田無出身のメジャーリーガー井口資仁選手の野球教室が始まった。
最初は当然キャッチボール。
準備している間井口選手は、スタッフと談笑しながらテニスのサーブの様に回内の動作を繰り返してる。
そしてキャッチボール開始。
子供相手だから軽く投げてるだけだが、必ず綺麗に回内の動きが入ってる。
320人を相手する訳だから、子供達はボールが一往復すると交代して行く。
たった一往復でも子供達は帽子を取って挨拶。
井口選手はその度に帽子のつばに手を持って行き返礼。
バッティング練習の前にはどんなスポーツでも共通で大切な基本を一言。
「皆は腕の力って強いって思ってるかもしれないけど実は一番弱くて、地面から力をもらって足、腰、腕、バットの順番で力を伝えて行くんだよ」
子供達は真剣に聞いてる。
周りのお父さんコーチ達は、「何回言ってもやらないし、話もロクに聞かないのが、これ一回で身に付いたりするんだよねえ」と嬉しそうな?苦笑い。
最後は井口選手の著書「井口の法則」を渡しながらの握手会。
事前に購入した子供限定だが、それでも物凄い人数。
主催者は各チームで纏めて渡すつもりだったのが、井口選手たっての希望で一人一人に手渡すことになったとのこと。
ウチのガキは申込みを忘れてたが、今からでもOKとなって購入して握手。
喜んでサインを見たら事前購入の子達には書かれていた日付がない。
スタッフに「すいません。今日誕生日なんで日付入れてもらえませんか?」と尋ねたら、井口選手自らが、「いいですよ!」と本を受け取り「ペンある?」とスタッフに声をかけて日付を書き加えてくれて、「頑張ってね!」と頭をポンと叩きながら返してくれた。
キャッチボールの時同様に、自分のバックボーンを大切にしている事が伺えて、彼の誠実さを感じて温かい気持ちになった。
なあ、いい誕生日になったな。
この井口選手の野球教室のことをプロテニスコーチに話してみた。
奴は、「彼は能力が高過ぎて自分の筋力を超えちゃうんですよ。特に上腕がポイントらしくて、回内のストレッチもそれだけでなく、こういうのやこんなストレッチしてるんですよ」とストレッチの真似をしてみせる。
そして「言ってくれればグローブ持って観に行ったのに……」と恨めしそうな顔。
何か嬉しくなる会話だった。
こんな奴のレッスンを受けれるジュニアは幸せだ。
2008.11.24
Hoya-sho
2008年11月20日
Scene 245 [宝物]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 245
[宝物]
二の酉で賑わう花園神社。
不景気だから混んでるのか、不景気でも混んでるのかわからんが、参道は歩くのもままならない。
(失敗したなあ……)とゴールデン街への抜け道に選んだのを後悔しつつも、テントの中で呑んでる大勢の客を見て何か嬉しくなる。
やっと辿り着いたいつものカウンターで四つ薔薇を一口。
後から入って来た歳の離れた男女の、どうでもいい会話にたまに茶々を入れながら呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が入って来た。
奴は某スポーツ新聞社の五輪系担当。
「伊達凄いですね」と来たんで適当に話を流してたら、やっぱりこう来た。
「日本のテニスやばくないですか?!38才で12年振りの復帰で半年後に18年振りの全日本優勝って、そんなんでいいんですか?!他のスポーツじゃ考えられないですよ!」
全くこいつは何でも大袈裟に、おまけに深刻そうに話すからタチが悪い。
「伊達勝っちゃいましたね」「えっ?!う〜ん」
全日本の女子準決勝の後のテニス関係者からの電話。
昨年優勝のトップシードを破っての決勝進出。
そのトップシード選手がAIG SUNDAYでの公開練習で、ボールが途切れる度にコーチの方を振り返るのを観ていた時に感じた不安が蘇った。
“勝っちゃいましたね”は、テニス関係者の本音だろう。
伊達選手が出場したからマスコミが取り上げ、テニスの露出が増えるという“痛し痒し”もある。
とは言えどんな時でも、起きた事をフラットに受け止め即動いて、現状を楽しむしかない。
店の中にはざらついた声が流れてる。
デモテープ特有の、シンプルなギターとハーモニカのテイク。
店の中の会話が途切れると嫌でも耳を奪う声に、カップルは慌てて言葉を繋ぐ。
“前にも言われたもんさ 「奴も終わったな」 好きに言われたもんさ 「奴も終わったな」 何もできない奴には言わせとけ もしかして妬いてんのか 言わせとけ 悪いな面白くなるのはこれからさ なにしろ面白くなるのはこれからさ”宝物/SION
“Naked Tracks〜光へ〜”いいアルバムだ。
奴とは家が近いことがわかって、行きつけの天ぷら屋とイタ飯屋を教えてやる。
「今度ガキと行きますよ!ありがとうございます」と紙ナプキンに店の名前を書いてた奴が、書き終えた瞬間顔を上げて今度は、「そう言えばインタビューもドタキャンしたじゃないですか!プロ選手としてあり得ないですよ!プロ選手にはインタビューに答える……」
わかった、わかった、俺が謝るからよ、今はゆっくり呑ませてくれよ。
後で“ここにいない誰か”の話じゃなくて、お互いの“宝物”の話でもしようぜ。
2008.11.17
Shintoshin-Hodokyo
坂東海
Scene 245
[宝物]
二の酉で賑わう花園神社。
不景気だから混んでるのか、不景気でも混んでるのかわからんが、参道は歩くのもままならない。
(失敗したなあ……)とゴールデン街への抜け道に選んだのを後悔しつつも、テントの中で呑んでる大勢の客を見て何か嬉しくなる。
やっと辿り着いたいつものカウンターで四つ薔薇を一口。
後から入って来た歳の離れた男女の、どうでもいい会話にたまに茶々を入れながら呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が入って来た。
奴は某スポーツ新聞社の五輪系担当。
「伊達凄いですね」と来たんで適当に話を流してたら、やっぱりこう来た。
「日本のテニスやばくないですか?!38才で12年振りの復帰で半年後に18年振りの全日本優勝って、そんなんでいいんですか?!他のスポーツじゃ考えられないですよ!」
全くこいつは何でも大袈裟に、おまけに深刻そうに話すからタチが悪い。
「伊達勝っちゃいましたね」「えっ?!う〜ん」
全日本の女子準決勝の後のテニス関係者からの電話。
昨年優勝のトップシードを破っての決勝進出。
そのトップシード選手がAIG SUNDAYでの公開練習で、ボールが途切れる度にコーチの方を振り返るのを観ていた時に感じた不安が蘇った。
“勝っちゃいましたね”は、テニス関係者の本音だろう。
伊達選手が出場したからマスコミが取り上げ、テニスの露出が増えるという“痛し痒し”もある。
とは言えどんな時でも、起きた事をフラットに受け止め即動いて、現状を楽しむしかない。
店の中にはざらついた声が流れてる。
デモテープ特有の、シンプルなギターとハーモニカのテイク。
店の中の会話が途切れると嫌でも耳を奪う声に、カップルは慌てて言葉を繋ぐ。
“前にも言われたもんさ 「奴も終わったな」 好きに言われたもんさ 「奴も終わったな」 何もできない奴には言わせとけ もしかして妬いてんのか 言わせとけ 悪いな面白くなるのはこれからさ なにしろ面白くなるのはこれからさ”宝物/SION
“Naked Tracks〜光へ〜”いいアルバムだ。
奴とは家が近いことがわかって、行きつけの天ぷら屋とイタ飯屋を教えてやる。
「今度ガキと行きますよ!ありがとうございます」と紙ナプキンに店の名前を書いてた奴が、書き終えた瞬間顔を上げて今度は、「そう言えばインタビューもドタキャンしたじゃないですか!プロ選手としてあり得ないですよ!プロ選手にはインタビューに答える……」
わかった、わかった、俺が謝るからよ、今はゆっくり呑ませてくれよ。
後で“ここにいない誰か”の話じゃなくて、お互いの“宝物”の話でもしようぜ。
2008.11.17
Shintoshin-Hodokyo
2008年11月13日
Scene 244 [ROCK AND A HARD PLACE]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 244
[ROCK AND A HARD PLACE]
家族がチャンネルを変えてるところに「STOP!」と声をかけて、日本シリーズ第7戦をTV観戦。
第6戦まではタイミングが悪く、ライヴで見れたのはバーのカウンターでマスターの携帯のワンセグで見た、第5戦の9回裏だけ。
今日は7回表の巨人2‐1西武から見れた。
子供の頃、家で取ってたのは読売新聞と報知新聞。
その割には家族は巨人ファンではなかった気がするのは、商売をやってた絡みで店のすぐ側にあった読売新聞の販売所と契約していたからか。
俺がガキの頃は長嶋・王の最盛期の巨人V9時代。
少年野球チームに入るのが当たり前だった俺達は、殆ど巨人ファンだった気がする。
余りに阿漕な巨人のフロントのやり口が鼻について、ヤクルトを応援し出した頃から徐々に球場に足を運ぶ機会が減り、ナイターをTVで見ることも殆どなくなって行ったが、TVのニュースや新聞では未だについつい巨人戦の結果を見てしまう。
もっと言えば巨人が常にデカク取り上げられている読売新聞に慣れているから、他の新聞のスポーツ面は違和感があって読みにくい。
こりゃ一種の洗脳だな。
そんな訳で無意識に巨人を応援している時にふと思い出した。
(あっ、そうだ!あいつが西武のバッテリーコーチしてるんじゃん!)
西武のベンチが映る度に奴を探したが、そんなことをしてるうちに西武が逆転、そして優勝。
(あいつ給料上がるかな?!ずっと伊東の控えで苦労してたからなあ。良かったなあ)
で、良く良く考えてみたら奴は二軍のバッテリーコーチだった。
さて俺は今有明。
日本シリーズと同じ日本選手権なんだが客は少な……くない。
センターコートの第一試合が、伊達vs奈良戦という事もあるが、アウトコートにも大勢の観客。
平日の朝10時でこれはスゴい。
でもね、こんなに身近に部活目線?で観れるんだから、もっともっと沢山の人達が観に来ればいいのに。
俺も部活目線で楽しんで来たよ。
まずはAIG SUNDAYの時に果たせなかった、旧知のコーチと再会の挨拶。
彼が自分の女子選手の試合を観ているのに気付き、その後ろで俺も観戦。
激しい打ち合いを観ながら心の中で、(超えろ!超えろ!ここを超えろ!)と応援。
最後は負けてしまったが、彼が周りのスタッフに笑顔で握手を求める姿を見て安心して声をかけた。
「久し振りです。惜しかったですね」
「おおっ、久し振り!いい選手でしょ!?」
コートを移動して守屋宏紀選手の試合に見入る。
バランスの良さと、プレースメントの良さに感心。
ファイナルに入ると、ルックスに似合わないタフネスさが光り出す。
横に来た知り合いのカメラマンが、「インターハイの時も汗ひとつかかないで勝っちゃったからね」と一言。
試合後、最近良く会うJrデ杯監督とすれ違う。
お互い言葉はなく、笑顔で握手。
全日本の会場には、日本のテニスの未来を応援するエネルギーが満ちている。
人混みから抜けると、遠くに敗者の背中。
誰でも負ければその時点でトーナメントから消え、試合後に大会本部に行く必要もなく、ロッカールームに寄って帰るだけだ。
帰りに独り岐阜屋でトマトタンメンで一杯やってる時、錦織圭選手の親父さんの、「本人の目標は
トップ10、20だろうけど、何番だろうがATPツアーで10年プレーし続けてくれれば満足」という言葉が頭に浮かんだ。
“RockとHardの狭間にはまっちまって、どっちもこっちもゴツゴツしてるぜ”Rolling Stones
2008.11.13
nishishinjuku1
坂東海
Scene 244
[ROCK AND A HARD PLACE]
家族がチャンネルを変えてるところに「STOP!」と声をかけて、日本シリーズ第7戦をTV観戦。
第6戦まではタイミングが悪く、ライヴで見れたのはバーのカウンターでマスターの携帯のワンセグで見た、第5戦の9回裏だけ。
今日は7回表の巨人2‐1西武から見れた。
子供の頃、家で取ってたのは読売新聞と報知新聞。
その割には家族は巨人ファンではなかった気がするのは、商売をやってた絡みで店のすぐ側にあった読売新聞の販売所と契約していたからか。
俺がガキの頃は長嶋・王の最盛期の巨人V9時代。
少年野球チームに入るのが当たり前だった俺達は、殆ど巨人ファンだった気がする。
余りに阿漕な巨人のフロントのやり口が鼻について、ヤクルトを応援し出した頃から徐々に球場に足を運ぶ機会が減り、ナイターをTVで見ることも殆どなくなって行ったが、TVのニュースや新聞では未だについつい巨人戦の結果を見てしまう。
もっと言えば巨人が常にデカク取り上げられている読売新聞に慣れているから、他の新聞のスポーツ面は違和感があって読みにくい。
こりゃ一種の洗脳だな。
そんな訳で無意識に巨人を応援している時にふと思い出した。
(あっ、そうだ!あいつが西武のバッテリーコーチしてるんじゃん!)
西武のベンチが映る度に奴を探したが、そんなことをしてるうちに西武が逆転、そして優勝。
(あいつ給料上がるかな?!ずっと伊東の控えで苦労してたからなあ。良かったなあ)
で、良く良く考えてみたら奴は二軍のバッテリーコーチだった。
さて俺は今有明。
日本シリーズと同じ日本選手権なんだが客は少な……くない。
センターコートの第一試合が、伊達vs奈良戦という事もあるが、アウトコートにも大勢の観客。
平日の朝10時でこれはスゴい。
でもね、こんなに身近に部活目線?で観れるんだから、もっともっと沢山の人達が観に来ればいいのに。
俺も部活目線で楽しんで来たよ。
まずはAIG SUNDAYの時に果たせなかった、旧知のコーチと再会の挨拶。
彼が自分の女子選手の試合を観ているのに気付き、その後ろで俺も観戦。
激しい打ち合いを観ながら心の中で、(超えろ!超えろ!ここを超えろ!)と応援。
最後は負けてしまったが、彼が周りのスタッフに笑顔で握手を求める姿を見て安心して声をかけた。
「久し振りです。惜しかったですね」
「おおっ、久し振り!いい選手でしょ!?」
コートを移動して守屋宏紀選手の試合に見入る。
バランスの良さと、プレースメントの良さに感心。
ファイナルに入ると、ルックスに似合わないタフネスさが光り出す。
横に来た知り合いのカメラマンが、「インターハイの時も汗ひとつかかないで勝っちゃったからね」と一言。
試合後、最近良く会うJrデ杯監督とすれ違う。
お互い言葉はなく、笑顔で握手。
全日本の会場には、日本のテニスの未来を応援するエネルギーが満ちている。
人混みから抜けると、遠くに敗者の背中。
誰でも負ければその時点でトーナメントから消え、試合後に大会本部に行く必要もなく、ロッカールームに寄って帰るだけだ。
帰りに独り岐阜屋でトマトタンメンで一杯やってる時、錦織圭選手の親父さんの、「本人の目標は
トップ10、20だろうけど、何番だろうがATPツアーで10年プレーし続けてくれれば満足」という言葉が頭に浮かんだ。
“RockとHardの狭間にはまっちまって、どっちもこっちもゴツゴツしてるぜ”Rolling Stones
2008.11.13
nishishinjuku1
2008年11月06日
Scene 243 [晩秋]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 243
[晩秋]
ボルグがウィンブルドンのトロフィーをオークションに出したんだか、出そうとしたのを覚えているだろうか。
コナーズがボルグの為に、自分が買い取ることでオークションに出るのを防ごうとしてるなんて噂も聞いた気がする。
結果として、ウィンブルドンのトロフィーが他人の手に渡る事は避けられたというところ迄しか知らない。
あの時のボルグは、ウィンブルドン五連覇をはじめとする「一生かかっても使い切れない」と言われた賞金等、全財産を使い果たした挙句に、ウィンブルドンのトロフィーを金に換えようとした。
矢面に出たのはボルグだが、取り巻き連中がボルグを利用していいようにやってたらしい。
「バカだなあ……。そんな奴等にだまされんなよ」なんて言えるのは、街の底を這いずり回って生きて来た俺達だからで、若くして世界的に成功した奴への誘惑や重圧は本人にしかわかりゃしない。
ボルグが少年の頃にアイスホッケーの試合で相手を傷つけてしまい、それを機に自分を律する事の大事さに気付き、類似無比のポーカーフェースを得たという話は、同じく少年の頃は感情のコントロールが出来ず、そんな行為を無意味と感じ冷静さを身につけたフェデラーの話とダブり、相変わらず落ち着かず、情けない俺としては大好きなエピソードなんだが(タイガー・ウッズのMCで、フェデラーの幼少から最近迄をフラッシュでまとめているNIKEのCMでは、試合中に癇癪を起こしてボールを蹴り上げるフェデラー少年の様子がインサートされている)。
今年のウィンブルドンでは、招かれて観戦しているボルグの姿があったから、ボルグは窮地を脱したってことか。
小室哲哉作詞作曲の未発表曲に“against the wind”という唄がある。
“大好きだって言えなくなった まして愛なんてとても伝えられない 口惜しいこと甘えたいこと ずっとずっと言えなくなっていて aginst the wind aginst the wind aginst the wind やさしさにさからって どこかでまた吠えてる”
別に好きなミュージシャンじゃあないが、この“against the wind”は好きだ。
TVのしたり顔コメンテーターみたいに、「今の彼は正しく“against the wind”ですね!」なんて言う気は勿論ない。
流通センター駅で降りて、ほこりっぽいトラックのクラクションが響く環七を歩く。
臨海斎場。
ガキの頃からずっと良くしてもらった伯父さんに別れを告げた。
地道に誠実に戦前、戦後と昭和を生きた伯父さん。
こつこつと自分達の生活基盤を作り上げ、家族を養い生きて行く。
そんな堅実さってやつは、地味だとか、素晴らしいだとかじゃなくて、当たり前なんだ。
ゆっくり休んでね。
2008.11.5
Ryutsu-Center続きを読む
坂東海
Scene 243
[晩秋]
ボルグがウィンブルドンのトロフィーをオークションに出したんだか、出そうとしたのを覚えているだろうか。
コナーズがボルグの為に、自分が買い取ることでオークションに出るのを防ごうとしてるなんて噂も聞いた気がする。
結果として、ウィンブルドンのトロフィーが他人の手に渡る事は避けられたというところ迄しか知らない。
あの時のボルグは、ウィンブルドン五連覇をはじめとする「一生かかっても使い切れない」と言われた賞金等、全財産を使い果たした挙句に、ウィンブルドンのトロフィーを金に換えようとした。
矢面に出たのはボルグだが、取り巻き連中がボルグを利用していいようにやってたらしい。
「バカだなあ……。そんな奴等にだまされんなよ」なんて言えるのは、街の底を這いずり回って生きて来た俺達だからで、若くして世界的に成功した奴への誘惑や重圧は本人にしかわかりゃしない。
ボルグが少年の頃にアイスホッケーの試合で相手を傷つけてしまい、それを機に自分を律する事の大事さに気付き、類似無比のポーカーフェースを得たという話は、同じく少年の頃は感情のコントロールが出来ず、そんな行為を無意味と感じ冷静さを身につけたフェデラーの話とダブり、相変わらず落ち着かず、情けない俺としては大好きなエピソードなんだが(タイガー・ウッズのMCで、フェデラーの幼少から最近迄をフラッシュでまとめているNIKEのCMでは、試合中に癇癪を起こしてボールを蹴り上げるフェデラー少年の様子がインサートされている)。
今年のウィンブルドンでは、招かれて観戦しているボルグの姿があったから、ボルグは窮地を脱したってことか。
小室哲哉作詞作曲の未発表曲に“against the wind”という唄がある。
“大好きだって言えなくなった まして愛なんてとても伝えられない 口惜しいこと甘えたいこと ずっとずっと言えなくなっていて aginst the wind aginst the wind aginst the wind やさしさにさからって どこかでまた吠えてる”
別に好きなミュージシャンじゃあないが、この“against the wind”は好きだ。
TVのしたり顔コメンテーターみたいに、「今の彼は正しく“against the wind”ですね!」なんて言う気は勿論ない。
流通センター駅で降りて、ほこりっぽいトラックのクラクションが響く環七を歩く。
臨海斎場。
ガキの頃からずっと良くしてもらった伯父さんに別れを告げた。
地道に誠実に戦前、戦後と昭和を生きた伯父さん。
こつこつと自分達の生活基盤を作り上げ、家族を養い生きて行く。
そんな堅実さってやつは、地味だとか、素晴らしいだとかじゃなくて、当たり前なんだ。
ゆっくり休んでね。
2008.11.5
Ryutsu-Center続きを読む
2008年10月30日
Scene 242 [荒野をくだって]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 242
[荒野をくだって]
「242ね……西に……。“荒野をくだって”だな」と、どうでもいい語呂合わせをして、鼻歌で“荒野をくだって あの赤く焼けついたあの 荒野をくだって 街ざかいのハイウェイを西へ”と唄ってみる。
あの頃、乱痴気騒ぎの翌朝に宿酔いの俺を襲った淋しさと焦り。
それが諦めに変る前にかろうじて歩き出せたから、まだここにいるのか。
“よりよい世界 夢見ながら 眠りにつく時がある だけど沈んだままの心で いつも目をさます”荒野をくだって/甲斐バンド
[Number.714]。
車内吊りで見た野茂選手のUP。
読みたくて本屋、コンビニと歩き回ったがない。
電車の中で前の男が読んでた時は、(頼むから網棚に置いてってくれ!)と願った。
そんな事を繰り返した数日後、AmazonであっさりGet。
でも俺はAmazonの在庫で定価の530円で買えたが、マーケットプレイスでは既に2,600円とプレミアがついてた。
「ミュージシャンはいくつになってもミュージシャンである様に、60、70になっても野球選手を自称しながらフェードアウトするのもいいと考えた」
「アメリカで野球で成功したのは早かった方かもしれないが、既に日本企業はワールドワイドで活躍してたから、自分のやってることなんかそれ程でもないと思ってた」
なんて言葉に、彼のデカさを感じる。
「30歳になるぐらいまでは、自分が活躍することが結局チームのためになるんだ、自分が絶対にいい結果を出すんだって考えていました。でも、30の手前ぐらいですからですかね、チームで戦って行くことの大切さ、その中で自分はなにができるんだって考えるようになりました。チームのためにできることをやり、それをチームメイトに理解してもらうほうが、ずっとやりがいがあるってわかってきましたからね」野茂英雄([Number.714]文:阿部珠樹)
満員の甲斐バンド、東京国際フォーラム。
Gmのシンプルなギターのイントロ、スネアの音、そしてシンガーの声。
音に真摯に向かい合って来たチーム故のグルーヴ。
9才のガキは決めに合わせて拳を突き上げてる。
奴にせがまれてKISSを武道館に観に行ってから5年たってる。
俺がロックンロールとテニスに夢中になった歳まで後3年か。
俺は、もっともっと誰かの為に何かしていい頃合いかもしれない。
重い腰を上げて、俺だけが出せるグルーヴって奴を探しに、街境に行ってみる。
2008.10.26
Tokyo International Forum.A
坂東海
Scene 242
[荒野をくだって]
「242ね……西に……。“荒野をくだって”だな」と、どうでもいい語呂合わせをして、鼻歌で“荒野をくだって あの赤く焼けついたあの 荒野をくだって 街ざかいのハイウェイを西へ”と唄ってみる。
あの頃、乱痴気騒ぎの翌朝に宿酔いの俺を襲った淋しさと焦り。
それが諦めに変る前にかろうじて歩き出せたから、まだここにいるのか。
“よりよい世界 夢見ながら 眠りにつく時がある だけど沈んだままの心で いつも目をさます”荒野をくだって/甲斐バンド
[Number.714]。
車内吊りで見た野茂選手のUP。
読みたくて本屋、コンビニと歩き回ったがない。
電車の中で前の男が読んでた時は、(頼むから網棚に置いてってくれ!)と願った。
そんな事を繰り返した数日後、AmazonであっさりGet。
でも俺はAmazonの在庫で定価の530円で買えたが、マーケットプレイスでは既に2,600円とプレミアがついてた。
「ミュージシャンはいくつになってもミュージシャンである様に、60、70になっても野球選手を自称しながらフェードアウトするのもいいと考えた」
「アメリカで野球で成功したのは早かった方かもしれないが、既に日本企業はワールドワイドで活躍してたから、自分のやってることなんかそれ程でもないと思ってた」
なんて言葉に、彼のデカさを感じる。
「30歳になるぐらいまでは、自分が活躍することが結局チームのためになるんだ、自分が絶対にいい結果を出すんだって考えていました。でも、30の手前ぐらいですからですかね、チームで戦って行くことの大切さ、その中で自分はなにができるんだって考えるようになりました。チームのためにできることをやり、それをチームメイトに理解してもらうほうが、ずっとやりがいがあるってわかってきましたからね」野茂英雄([Number.714]文:阿部珠樹)
満員の甲斐バンド、東京国際フォーラム。
Gmのシンプルなギターのイントロ、スネアの音、そしてシンガーの声。
音に真摯に向かい合って来たチーム故のグルーヴ。
9才のガキは決めに合わせて拳を突き上げてる。
奴にせがまれてKISSを武道館に観に行ってから5年たってる。
俺がロックンロールとテニスに夢中になった歳まで後3年か。
俺は、もっともっと誰かの為に何かしていい頃合いかもしれない。
重い腰を上げて、俺だけが出せるグルーヴって奴を探しに、街境に行ってみる。
2008.10.26
Tokyo International Forum.A
2008年10月23日
Scene 241 [先生]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 241
[先生]
役所とかの公共機関で職員に暴言を吐いたり、暴力を振るう大人が増えてるらしい。
それもごくごく普通のサラリーマンやリタイアした人達に。
卑屈になって頭を下げて金をもらったり、立場が弱い下請けには理不尽な要求をする拝金主義の歪みか。
甘えてる。
「子供同士のトラブルがあると、最近はまずお父さんが学校に乗り込んで来るんですよ」
子供同士の事情を把握せず、子供が「殴られた」と言えばそれを鵜呑みにして、軽く「叩いた」程度の事で、「どうなってんだ!」「謝罪させろ!」……。
“子供の喧嘩に親が出る”は昔からあったけど、世の中に出て見れば白黒はっきりつく事だけでなく、皆がお互いを気遣い合って成り立ってる部分があるのはわかるだろうに。
「子供間の問題を両方の親同士で話すると、どうしても感情的になって話が大袈裟になるから、一番事情がわかっていて、経験がある私に下駄を預けてほしいんです」
先生って言葉の意味を知ろうと辞書を引いた事なんかない。
「先に生まれた分だけ知識と経験が豊な人」位にしか考えてなかったけど、今はこう感じてる。
(先生ってのは、年齢に関係なくその分野で常に皆の先を生きて行く人って事なのかもな)
「コーチの語源は馬車の様に皆を引っ張り導いて行くこと」
選手がずっと順調に行く訳はない。
テニスの調子だけじゃなく、身体や心の調子が悪い時もある。
選手側に原因がある時、コーチ側に原因がある時、そしてお互いに原因がある時。
いろいろあるが、いつでもそれぞれに何かしら原因があり、やるべき事があるはずだ。
「あいつは昔ワルでね」「俺もお袋を何回泣かしたことやら」
手ひどい目にあったり、危ない橋を渡った事が、そのまま人生の幅になり、優しさが滲み出してる奴はカッコいい。
今無邪気にラケットを振ってるこの子も5年後は高校生。
プロコーチとしてそれまでに教えるべき事、それまでにやるべき事をきっちり伝えられる様に俺は先を生きる。
あんたみたいに後ろを向いて、愚痴と揚げ足取りに時間を浪費してる暇はない。
2008.10.22
Ichihara
坂東海
Scene 241
[先生]
役所とかの公共機関で職員に暴言を吐いたり、暴力を振るう大人が増えてるらしい。
それもごくごく普通のサラリーマンやリタイアした人達に。
卑屈になって頭を下げて金をもらったり、立場が弱い下請けには理不尽な要求をする拝金主義の歪みか。
甘えてる。
「子供同士のトラブルがあると、最近はまずお父さんが学校に乗り込んで来るんですよ」
子供同士の事情を把握せず、子供が「殴られた」と言えばそれを鵜呑みにして、軽く「叩いた」程度の事で、「どうなってんだ!」「謝罪させろ!」……。
“子供の喧嘩に親が出る”は昔からあったけど、世の中に出て見れば白黒はっきりつく事だけでなく、皆がお互いを気遣い合って成り立ってる部分があるのはわかるだろうに。
「子供間の問題を両方の親同士で話すると、どうしても感情的になって話が大袈裟になるから、一番事情がわかっていて、経験がある私に下駄を預けてほしいんです」
先生って言葉の意味を知ろうと辞書を引いた事なんかない。
「先に生まれた分だけ知識と経験が豊な人」位にしか考えてなかったけど、今はこう感じてる。
(先生ってのは、年齢に関係なくその分野で常に皆の先を生きて行く人って事なのかもな)
「コーチの語源は馬車の様に皆を引っ張り導いて行くこと」
選手がずっと順調に行く訳はない。
テニスの調子だけじゃなく、身体や心の調子が悪い時もある。
選手側に原因がある時、コーチ側に原因がある時、そしてお互いに原因がある時。
いろいろあるが、いつでもそれぞれに何かしら原因があり、やるべき事があるはずだ。
「あいつは昔ワルでね」「俺もお袋を何回泣かしたことやら」
手ひどい目にあったり、危ない橋を渡った事が、そのまま人生の幅になり、優しさが滲み出してる奴はカッコいい。
今無邪気にラケットを振ってるこの子も5年後は高校生。
プロコーチとしてそれまでに教えるべき事、それまでにやるべき事をきっちり伝えられる様に俺は先を生きる。
あんたみたいに後ろを向いて、愚痴と揚げ足取りに時間を浪費してる暇はない。
2008.10.22
Ichihara
2008年10月17日
Scene 240 [逆もまた真なり]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 240
[逆もまた真なり]
「893な仕事だからさ」
「今更堅気には戻れないよ」
いろんな道のプロがアウトローを気取ったり、アウトサイダーを嘆いたりして使う台詞。
テニスを生業に選んだ人達も同じだろう。
スペシャリストとして誇りに感じて使ったり、逆に大企業勤めのホワイトカラーとの比較で自虐的意味合いで使ったり。
「今はいいけど歳とって身体が動かなくなったり、怪我した時どうするの!」
何人ものプロコーチがお袋さんに言われて来たはずだ。
でも皆それを振り切り、なだめ、諦めさせ?走り始め、転がり続けている。
「人生って奴は悲しく、そして破滅的だ。出来ることはやらなければならない。やらなければならないことをするんだよ。だからうまくいくんだ」BUCKETS OF RAIN/BOB DYLAN
先週の日曜から今週末迄、祝宴が三つ入ってる。
まず最初は、以前担当していたスクールのアルバイトコーチだった女の子からのお招き。
当日の朝、改めてお礼と確認のメールが入った。
誠実にレッスンして、レッスン以外の業務も真面目に取り組んでいたあの頃のままだ。
メールの最後はこう結ばれていた。
〈では、お嫁に行って参ります〉
ホロリとさせんなよ……。
パーティーじゃ、スーツやドレスが似合う様になった元スタッフ達と合流。
あの垢抜けなかった奴等が随分大人びて見える。
隣にいる彼等の“元上司”が、相変わらず酩酊してるのとは大違いだ。
全く成長してない。
むしろ退化、いや子供帰りしてる。
あ〜あ〜、鼻水流してもらい泣きしてるよ。
そして今度の土日は連チャン。
どんな職種でも、組織の中でポジションが上がれば、祝宴に招かれる回数は増えるんだろうけど、常に若いスタッフとチームを組んでる俺等は、飛び抜けて多い気がする。
そして確かにその分フレッシュでエネルギッシュだ。
でも、一週間でご祝儀三つ。
これは流石にキツい。
「二十前に美しくなく、三十前に強くなく、四十前に機才もなく、五十前に金持でない人には、すべてのものが失われているのだ」
う〜む、40前迄は無理やり順調としといて、50前迄は……まあ、それが50が60だろうが70だろうが変わらないか。
最後に、良く言われる「いいよねえ、好きなことしてお金もらって」という言葉に、若干胸を張ってこんな諺で回答しておこう。
「仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に刺激を与える。だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる」
その重さが俺達のプライドだ。
2008.10.14
hanno-city
坂東海
Scene 240
[逆もまた真なり]
「893な仕事だからさ」
「今更堅気には戻れないよ」
いろんな道のプロがアウトローを気取ったり、アウトサイダーを嘆いたりして使う台詞。
テニスを生業に選んだ人達も同じだろう。
スペシャリストとして誇りに感じて使ったり、逆に大企業勤めのホワイトカラーとの比較で自虐的意味合いで使ったり。
「今はいいけど歳とって身体が動かなくなったり、怪我した時どうするの!」
何人ものプロコーチがお袋さんに言われて来たはずだ。
でも皆それを振り切り、なだめ、諦めさせ?走り始め、転がり続けている。
「人生って奴は悲しく、そして破滅的だ。出来ることはやらなければならない。やらなければならないことをするんだよ。だからうまくいくんだ」BUCKETS OF RAIN/BOB DYLAN
先週の日曜から今週末迄、祝宴が三つ入ってる。
まず最初は、以前担当していたスクールのアルバイトコーチだった女の子からのお招き。
当日の朝、改めてお礼と確認のメールが入った。
誠実にレッスンして、レッスン以外の業務も真面目に取り組んでいたあの頃のままだ。
メールの最後はこう結ばれていた。
〈では、お嫁に行って参ります〉
ホロリとさせんなよ……。
パーティーじゃ、スーツやドレスが似合う様になった元スタッフ達と合流。
あの垢抜けなかった奴等が随分大人びて見える。
隣にいる彼等の“元上司”が、相変わらず酩酊してるのとは大違いだ。
全く成長してない。
むしろ退化、いや子供帰りしてる。
あ〜あ〜、鼻水流してもらい泣きしてるよ。
そして今度の土日は連チャン。
どんな職種でも、組織の中でポジションが上がれば、祝宴に招かれる回数は増えるんだろうけど、常に若いスタッフとチームを組んでる俺等は、飛び抜けて多い気がする。
そして確かにその分フレッシュでエネルギッシュだ。
でも、一週間でご祝儀三つ。
これは流石にキツい。
「二十前に美しくなく、三十前に強くなく、四十前に機才もなく、五十前に金持でない人には、すべてのものが失われているのだ」
う〜む、40前迄は無理やり順調としといて、50前迄は……まあ、それが50が60だろうが70だろうが変わらないか。
最後に、良く言われる「いいよねえ、好きなことしてお金もらって」という言葉に、若干胸を張ってこんな諺で回答しておこう。
「仕事をしながら歌うのはいい、それは労働に刺激を与える。だが歌うことを仕事とするな、靴の底が鉛のように重くなる」
その重さが俺達のプライドだ。
2008.10.14
hanno-city
2008年10月09日
Scene 239 [祭りのあと]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 239
[祭りのあと]
東京はJapan Openの閉幕に合わせたかの様に雨が降り出した。
Japan Openは男子シングルスはベルディハ選手、女子はウォズニアッキ選手がそれぞれ初優勝。
「ベルディハ?あっ!アテネ五輪2回戦でフェデラーに勝った奴ね」と納得したテニスフリークが多かったんじゃないかな。
もしフェデラーの調子が悪かったとしても、それで勝てる奴が何人もいない。
そして突き詰めれば勝負にフロックはない。
ところで錦織選手はフェデラーに過去2回勝ったことがある。
スコアはどちらも6-4。
そう、練習試合の話だ。
「1週間ぐらい毎日練習しました。2〜3回センターコートでも練習しました。フェデラーは、軽く打っているのに、深いボールが来るんですよ。フェデラーと1回対戦してみたいですね。練習の時は、ワンセットマッチを5〜6回ぐらいやったんですけど、6-4で2回勝っちゃったんですよ。フェデラーのために練習していたんで、何か気まずくて(苦笑い)。でも、すごい自信になりましたね。フェデラーのサーブは、すごくよかったです。スライスサーブは、早く低く飛んでくるので、打ちにくかったですね」【錦織 圭 フィフティーン・ラブ(神 仁司 著/実業之日本社)】より抜粋
勿論練習の中でのゲームはあくまでドリルの一部で、勝ち負けではない。
実際俺のジュニア時代には、練習試合では勝負を全く意識せず正しく練習としてプレーして、負けても全く気にしない全中チャンピオンの先輩がいた。
逆に「練習の時はいいのに……」なんて言葉も、子供の頃から今迄ずっとあらゆる場面で聞き続けてる。
そう言えば、AIG SUNDAYの公開練習「錦織vs添田」戦?では、添田選手が“Air Kei”が出る様にワザとチャンスボールを返したり、観客の「Kei!サービスダッシュ!」というかけ声に錦織選手が応えようとしたりしてたな。
とにかく「錦織は練習試合でフェデラーに2回勝ってる」という事実があるんだぜ。
さて、今回のJapan Openは、有明からメールが沢山来た。
まあ多くは<来てますか?>って感じの内容だが、なかなか面白いのもあるから、いくつか紹介しよう。
<ドナルド・ヤングが観たかったんだけど、雨でNTCか慶應のインドアで客無しマッチになるみたい……>
<Keiはガルシアとの試合前の練習コートでかなり激しいUPをしていて、これは頭から飛ばして来るなと思っていたらその通りでした。あの14回のデュースで22分間のロングゲームの第1ゲームを獲ったのはデカかった>
<あれっ?!結局モンフィス来てないんだ>
<貴男も2R勝ちましたよ!>
とまあ、なかなか正当な内容。
次は……。
<海さんの知り合いってロイヤルボックスのいつもの所ですよね?錦織が終ってロデッィクの時にはいませんでしたよ>
<あいつが奥さん以外の女性と観戦してた!>
テニス界の皆さん、有明での行動には気をつけましょう。
何ていう俺も行きつけのバーに行ったら……。
「東レ何とかっていう試合観に行った?有明で見かけたって客がいたよ」
う〜ん、俺もあの時は家人以外の女性と……って娘と息子連れてたけど、声位かけてくれりゃあいいのに。
あっ、俺もAIG SUNDAYで声をかけそこねた事があった。
夕闇迫る芝生広場。
上尾でジュニア育成をしてる人を見つけた。
電話で話したり、メールはしてたけど、なかなか会えなくて下手すれば数十年振り。
声をかけようとしたら、テーブルの反対には予選終了直後と思しき女子選手。
真剣に話ている知人と、恐らく負けてしまったのか思い詰めた表情の選手。
今しか話せないこと、今話すべきことを話している雰囲気にその場を離れた。
ちょっとして戻った時には二人の姿はなかった。
Fさん、今度ゆっくり話しましょう。
2008.10.9
Minamicho5
坂東海
Scene 239
[祭りのあと]
東京はJapan Openの閉幕に合わせたかの様に雨が降り出した。
Japan Openは男子シングルスはベルディハ選手、女子はウォズニアッキ選手がそれぞれ初優勝。
「ベルディハ?あっ!アテネ五輪2回戦でフェデラーに勝った奴ね」と納得したテニスフリークが多かったんじゃないかな。
もしフェデラーの調子が悪かったとしても、それで勝てる奴が何人もいない。
そして突き詰めれば勝負にフロックはない。
ところで錦織選手はフェデラーに過去2回勝ったことがある。
スコアはどちらも6-4。
そう、練習試合の話だ。
「1週間ぐらい毎日練習しました。2〜3回センターコートでも練習しました。フェデラーは、軽く打っているのに、深いボールが来るんですよ。フェデラーと1回対戦してみたいですね。練習の時は、ワンセットマッチを5〜6回ぐらいやったんですけど、6-4で2回勝っちゃったんですよ。フェデラーのために練習していたんで、何か気まずくて(苦笑い)。でも、すごい自信になりましたね。フェデラーのサーブは、すごくよかったです。スライスサーブは、早く低く飛んでくるので、打ちにくかったですね」【錦織 圭 フィフティーン・ラブ(神 仁司 著/実業之日本社)】より抜粋
勿論練習の中でのゲームはあくまでドリルの一部で、勝ち負けではない。
実際俺のジュニア時代には、練習試合では勝負を全く意識せず正しく練習としてプレーして、負けても全く気にしない全中チャンピオンの先輩がいた。
逆に「練習の時はいいのに……」なんて言葉も、子供の頃から今迄ずっとあらゆる場面で聞き続けてる。
そう言えば、AIG SUNDAYの公開練習「錦織vs添田」戦?では、添田選手が“Air Kei”が出る様にワザとチャンスボールを返したり、観客の「Kei!サービスダッシュ!」というかけ声に錦織選手が応えようとしたりしてたな。
とにかく「錦織は練習試合でフェデラーに2回勝ってる」という事実があるんだぜ。
さて、今回のJapan Openは、有明からメールが沢山来た。
まあ多くは<来てますか?>って感じの内容だが、なかなか面白いのもあるから、いくつか紹介しよう。
<ドナルド・ヤングが観たかったんだけど、雨でNTCか慶應のインドアで客無しマッチになるみたい……>
<Keiはガルシアとの試合前の練習コートでかなり激しいUPをしていて、これは頭から飛ばして来るなと思っていたらその通りでした。あの14回のデュースで22分間のロングゲームの第1ゲームを獲ったのはデカかった>
<あれっ?!結局モンフィス来てないんだ>
<貴男も2R勝ちましたよ!>
とまあ、なかなか正当な内容。
次は……。
<海さんの知り合いってロイヤルボックスのいつもの所ですよね?錦織が終ってロデッィクの時にはいませんでしたよ>
<あいつが奥さん以外の女性と観戦してた!>
テニス界の皆さん、有明での行動には気をつけましょう。
何ていう俺も行きつけのバーに行ったら……。
「東レ何とかっていう試合観に行った?有明で見かけたって客がいたよ」
う〜ん、俺もあの時は家人以外の女性と……って娘と息子連れてたけど、声位かけてくれりゃあいいのに。
あっ、俺もAIG SUNDAYで声をかけそこねた事があった。
夕闇迫る芝生広場。
上尾でジュニア育成をしてる人を見つけた。
電話で話したり、メールはしてたけど、なかなか会えなくて下手すれば数十年振り。
声をかけようとしたら、テーブルの反対には予選終了直後と思しき女子選手。
真剣に話ている知人と、恐らく負けてしまったのか思い詰めた表情の選手。
今しか話せないこと、今話すべきことを話している雰囲気にその場を離れた。
ちょっとして戻った時には二人の姿はなかった。
Fさん、今度ゆっくり話しましょう。
2008.10.9
Minamicho5
2008年10月02日
Scene 238 [21th Century Boy]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 238
[21th Century Boy]
「お父さん!KeiがTVに出てるよ!」
娘が階下から大声で呼んでる。
二週間程前。
「お前等そのうち世界一になるかもしれないテニスの強いお兄ちゃんに会いたいか?」
「えっ!?錦織選手に会えるの?!」
なんて会話があって3日前の木曜日。
[K]-Impactと名付けられたWilson Junior Tennis Academy。
日航東京のバンケットルームには小学生以下のジュニアテニスプレーヤー約30名とその付添い、そしてプレス。
付添いには顔見知りのテニス関係者もいるが、あくまで子供達がメインで、受付のリストには子供の名前だけで付添いの名前はない。
定時きっかりに暗転して錦織選手のプロモが流れ、そして入口にピンスポットが当たった。
緑色のadidasにGパンで目一杯はにかんだ表情の少年が入って来た。
子供達の羨望の眼差し。
錦織圭。
トークショーでは、
「自分としてもテニスを楽しみたいし、見ている人にも楽しんでもらいたい。テニスが好きなので色々なショットを使うのだけれど、一定のプレーをするのが本当に好きじゃない」
という言葉や、それを受けてナビゲーター氏が、
「確かに圭は飽きっぽい。でも練習を始めたら圭はどんなボールでも追いかけていた。それは本当にテニスの基本だと思う。僕と打ち合っている時も少々アウトでもとにかく追いかけていたし、そこからどこにでも打てる体勢を作って、その中で色々なショットを選択してた」
と言い、更に錦織選手が、
「やっぱり勝つのが1番の目標で、1番に置いておかないといけない事だと思う。その中で我武者羅にプレーをするのが1番大事だと思うし、出来る事をやろうと思ってた」
と締めた辺りに、(こいつやっぱやるなあ)と舌を巻かされた。
トークショーの後、子供達は一人づつ壇上に上がり、特製ポートレートに直々にサインをもらい、更にツーショット撮影。
錦織選手を前にしているのと沢山のカメラで緊張しているのか、撮影が終るとお礼も言わず、恥ずかしそうにそそくさとひな壇から降りる子供が多い。
そんな子供達の反応に毎回照れたり戸惑う錦織選手の初々しさが微笑ましい。
更に子供達には終演後沢山のお土産。
“[Kei]錦織圭、81th。ドラマは、2008年8月ニューヨーク州フラッシング・メドウで始まった。男子シングルス3回戦で18歳の圭は、第4シードの選手にフルセットで競り勝ち、16強による4回戦に進んだ。実に71年ぶりの戦後初の快挙であった。グランドスラムベスト8入りは逃したが、世界ランキングも自己最高位の81位に浮上した。圭の進化はさらに続く。”
と、正しく今の錦織選手のことがクレジットされた大判のポスター。
2009年の”錦織圭カレンダー”に、錦織選手愛用の[K]TOUR 95のフィギュアの携帯ストラップ(そのうち[K]シリーズの[K]は[圭]を象徴する事になるんだろうか?)、そしてまだ発売前の10月10日上梓の「錦織 圭 フィフティーン・ラブ(神 仁司 著/実業之日本社)」。
大人達には勿論何もない。
トークショーのナビゲーターを務めていたジュニア時代から旧知のJrデ杯監督に声をかけ、会場を後にして歩いてると、子供達は「Kei、イケメンだったよね!」とか話してる。
呼び方が開演前の“錦織選手”から“Kei”に変ってる。
こうやって子供達にテニスが広まって行くんだろうな。
ついでだけど、その後お台場をぶらついてたら、水泳の北島康介選手、ソフトボールの上野由岐子選手、お笑いの山本高弘のトークショーに遭遇した。
2時間の間に3種目のオリンピック代表選手を観たって事が、ちょっと不思議な感じがする。
そして今日、Japan Open開幕前の前夜祭?のAIG SUNDAY。
車を駐めて娘とコロシアム前に着いてみて、入口からの列の長さに驚いた。
15時開始の13時開場で、まだ12時半だというのに、TDLの様に幾重にも折り畳まれた列だけでは足りず、気付けばコロシアムブリッジの上迄列が延びてる。
学生、特に小学生の姿が目立つ。
子供だけでなく、サイン用の特大ボールを持った大人達も多い。
みんな今迄どこに隠れていたんだい?
T.Rexのイカしたブギのイントロが流れて錦織選手が飛び出して来た。
曲は“20th Century Boy”。
この曲をチョイスした奴が、主題歌になってる映画“20世紀少年”のヒットを意識したのか、他に理由があったのかなんて知らない。
でも俺はイントロが流れた瞬間、勝手にこう勘違いしてた。
(おっ!“21th Century Boy”ね!いい選曲じゃん!)
2008.9.28
Ariake Colosseum
坂東海
Scene 238
[21th Century Boy]
「お父さん!KeiがTVに出てるよ!」
娘が階下から大声で呼んでる。
二週間程前。
「お前等そのうち世界一になるかもしれないテニスの強いお兄ちゃんに会いたいか?」
「えっ!?錦織選手に会えるの?!」
なんて会話があって3日前の木曜日。
[K]-Impactと名付けられたWilson Junior Tennis Academy。
日航東京のバンケットルームには小学生以下のジュニアテニスプレーヤー約30名とその付添い、そしてプレス。
付添いには顔見知りのテニス関係者もいるが、あくまで子供達がメインで、受付のリストには子供の名前だけで付添いの名前はない。
定時きっかりに暗転して錦織選手のプロモが流れ、そして入口にピンスポットが当たった。
緑色のadidasにGパンで目一杯はにかんだ表情の少年が入って来た。
子供達の羨望の眼差し。
錦織圭。
トークショーでは、
「自分としてもテニスを楽しみたいし、見ている人にも楽しんでもらいたい。テニスが好きなので色々なショットを使うのだけれど、一定のプレーをするのが本当に好きじゃない」
という言葉や、それを受けてナビゲーター氏が、
「確かに圭は飽きっぽい。でも練習を始めたら圭はどんなボールでも追いかけていた。それは本当にテニスの基本だと思う。僕と打ち合っている時も少々アウトでもとにかく追いかけていたし、そこからどこにでも打てる体勢を作って、その中で色々なショットを選択してた」
と言い、更に錦織選手が、
「やっぱり勝つのが1番の目標で、1番に置いておかないといけない事だと思う。その中で我武者羅にプレーをするのが1番大事だと思うし、出来る事をやろうと思ってた」
と締めた辺りに、(こいつやっぱやるなあ)と舌を巻かされた。
トークショーの後、子供達は一人づつ壇上に上がり、特製ポートレートに直々にサインをもらい、更にツーショット撮影。
錦織選手を前にしているのと沢山のカメラで緊張しているのか、撮影が終るとお礼も言わず、恥ずかしそうにそそくさとひな壇から降りる子供が多い。
そんな子供達の反応に毎回照れたり戸惑う錦織選手の初々しさが微笑ましい。
更に子供達には終演後沢山のお土産。
“[Kei]錦織圭、81th。ドラマは、2008年8月ニューヨーク州フラッシング・メドウで始まった。男子シングルス3回戦で18歳の圭は、第4シードの選手にフルセットで競り勝ち、16強による4回戦に進んだ。実に71年ぶりの戦後初の快挙であった。グランドスラムベスト8入りは逃したが、世界ランキングも自己最高位の81位に浮上した。圭の進化はさらに続く。”
と、正しく今の錦織選手のことがクレジットされた大判のポスター。
2009年の”錦織圭カレンダー”に、錦織選手愛用の[K]TOUR 95のフィギュアの携帯ストラップ(そのうち[K]シリーズの[K]は[圭]を象徴する事になるんだろうか?)、そしてまだ発売前の10月10日上梓の「錦織 圭 フィフティーン・ラブ(神 仁司 著/実業之日本社)」。
大人達には勿論何もない。
トークショーのナビゲーターを務めていたジュニア時代から旧知のJrデ杯監督に声をかけ、会場を後にして歩いてると、子供達は「Kei、イケメンだったよね!」とか話してる。
呼び方が開演前の“錦織選手”から“Kei”に変ってる。
こうやって子供達にテニスが広まって行くんだろうな。
ついでだけど、その後お台場をぶらついてたら、水泳の北島康介選手、ソフトボールの上野由岐子選手、お笑いの山本高弘のトークショーに遭遇した。
2時間の間に3種目のオリンピック代表選手を観たって事が、ちょっと不思議な感じがする。
そして今日、Japan Open開幕前の前夜祭?のAIG SUNDAY。
車を駐めて娘とコロシアム前に着いてみて、入口からの列の長さに驚いた。
15時開始の13時開場で、まだ12時半だというのに、TDLの様に幾重にも折り畳まれた列だけでは足りず、気付けばコロシアムブリッジの上迄列が延びてる。
学生、特に小学生の姿が目立つ。
子供だけでなく、サイン用の特大ボールを持った大人達も多い。
みんな今迄どこに隠れていたんだい?
T.Rexのイカしたブギのイントロが流れて錦織選手が飛び出して来た。
曲は“20th Century Boy”。
この曲をチョイスした奴が、主題歌になってる映画“20世紀少年”のヒットを意識したのか、他に理由があったのかなんて知らない。
でも俺はイントロが流れた瞬間、勝手にこう勘違いしてた。
(おっ!“21th Century Boy”ね!いい選曲じゃん!)
2008.9.28
Ariake Colosseum
2008年09月25日
Scene 237 [足りない数ばかり数えてる]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 237
[足りない数ばかり数えてる]
嫌なニュースばかり目に入るし、耳に入る。
それは別にマスコミっていう魑魅魍魎としたブラックボックスが作り上げた劇的な話だけじゃない。
俺達の抱えてる自意識過剰、被害者意識って奴が生み出すちんけな話の方が山盛りだ。
好きなことで集まった仲間。
ましてその好きなことを生業に選んだ仲間。
テニスをしてれば勝者、敗者はある。
先輩、後輩もある。
でも最後はみんな、It’s Only Tennis(But I Like It)だろ。
シンプルに、ポジティヴに、そしてアグレッシヴに前に進みたいんだ。
「いつかモノにしてやろうぜ!」っていうロングレンジの話。
「これはたったこの今からやんなきゃ!」っていうショートレンジの話。
本当は皆わかっているんだよな?
ガキみたいに、ないものねだりで自分の都合のいい悪いだけで、笑ったり泣いたりする為の仲間でもないし、ましてそんな時間は更々ないのもわかっているんだよな?
俺はここんところ、iPodをリピートにしてずっとこんな曲を聴いてるよ。
死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい
ちっぽけな並の暮らしに ちっぽけな忙しい日々に 感謝はむずかしい
喜びは すぐに当たり前になり 新しい悲しみにぶつかるたびに
足りない数ばかり数えてる 足りない数ばかり数えてる
お日さまみたいな顔して暮らしてたら お日さまにやかれてしまう 感謝はむずかしい
暑い夏は 冬の方がいいと言い 寒い冬は まだ夏の方がましと言う
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる
死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい 感謝はむずかしい
“足りない数ばかり数えてる/SION”
2008.9.22
Kabukicho1
坂東海
Scene 237
[足りない数ばかり数えてる]
嫌なニュースばかり目に入るし、耳に入る。
それは別にマスコミっていう魑魅魍魎としたブラックボックスが作り上げた劇的な話だけじゃない。
俺達の抱えてる自意識過剰、被害者意識って奴が生み出すちんけな話の方が山盛りだ。
好きなことで集まった仲間。
ましてその好きなことを生業に選んだ仲間。
テニスをしてれば勝者、敗者はある。
先輩、後輩もある。
でも最後はみんな、It’s Only Tennis(But I Like It)だろ。
シンプルに、ポジティヴに、そしてアグレッシヴに前に進みたいんだ。
「いつかモノにしてやろうぜ!」っていうロングレンジの話。
「これはたったこの今からやんなきゃ!」っていうショートレンジの話。
本当は皆わかっているんだよな?
ガキみたいに、ないものねだりで自分の都合のいい悪いだけで、笑ったり泣いたりする為の仲間でもないし、ましてそんな時間は更々ないのもわかっているんだよな?
俺はここんところ、iPodをリピートにしてずっとこんな曲を聴いてるよ。
死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい
ちっぽけな並の暮らしに ちっぽけな忙しい日々に 感謝はむずかしい
喜びは すぐに当たり前になり 新しい悲しみにぶつかるたびに
足りない数ばかり数えてる 足りない数ばかり数えてる
お日さまみたいな顔して暮らしてたら お日さまにやかれてしまう 感謝はむずかしい
暑い夏は 冬の方がいいと言い 寒い冬は まだ夏の方がましと言う
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる
足りない数ばかり数えてる また足りない数ばかり数えてる
死にそうになるまでは 生きてることを忘れてる 感謝はむずかしい 感謝はむずかしい
“足りない数ばかり数えてる/SION”
2008.9.22
Kabukicho1
2008年09月18日
Scene 236 [Tennis Court Fighting Man]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 236
[Tennis Court Fighting Man]
「あいつ、辞めるって言い出したんだって?!」
「ええ、それは単なる甘えだと思うんですけど。このままご迷惑がかかるなら、来年の新チームの編成の前に退団させようかなと……」
「そんな必要ないよ。子供ってそんなもんでしょ。真面目にやる様になったし、上手くもなってるし、まあ確かに他の子に比べるとやる時とやらない時の波が激しいけどね。ウチのチームで上手いからってプロになれる訳じゃないし、ウチで野球を続ける事で、例えば“挨拶をきっちり出来る様になる”とかさ、何か一つでも出来る様になればいいじゃないですか。辞めるのは簡単だけど、これから大きくなっていろんな事が起きた時に、“苦しいから”、“辛いから”、“嫌だから”って辞める癖がついちゃうよ。思い通りに行かなくてもやらなきゃいけない時の方が多いんだからさ」
少年野球の練習開始前。
道具が入ってる倉庫の前でのお父さんコーチ同士の会話。
子供=選手=チームへの熱い想いに溢れてる。
選手を上手くする、そして強くするにはこんな会話が必要だ。
ふとプロテニスコーチの集まりである僕達は大丈夫かと不安になる。
子供達だけでなく、女子連の試合に出てる方、草トーに出てる方を選手=“Player”として導いているのだろうか。
テニスだけでなくスポーツスクール業界では一時期、「スポーツコーチとはサービス業で、会員は生徒でなくお客様である」という事がやたら言われていた時期がある。
スポーツ産業主催のセミナーでは、ディズニーランドのお子様ライスの話、リッツ・カールトンのクレドの話を何回聞いたことだろう。
それらは今でも正しい。
実際以前は、偉そうに先生面してるコーチを何人も見て来た。
大体が僕達より年上で、もはや彼等は僕等のチームにはいない。
そうやって僕達は進化して来た。
でもプロコーチとして、一テニスプレーヤーとしての、武骨な野生の本能は退化してしまってないだろうか。
“俺達みたいな金のないガキに出来るのは、ロックンロールバンドで唄うこと位さ”
Street Fighting Man/Rolling Stones
僕達に最後に残るのはテニスだ。
それしかない。
そう、僕達は“Tennis Court Fighting Man”!
“俺達みたいな不器用な野郎に出来るのは、テニスコートで闘い続けること位さ”
2008.9.17
Funado2
坂東海
Scene 236
[Tennis Court Fighting Man]
「あいつ、辞めるって言い出したんだって?!」
「ええ、それは単なる甘えだと思うんですけど。このままご迷惑がかかるなら、来年の新チームの編成の前に退団させようかなと……」
「そんな必要ないよ。子供ってそんなもんでしょ。真面目にやる様になったし、上手くもなってるし、まあ確かに他の子に比べるとやる時とやらない時の波が激しいけどね。ウチのチームで上手いからってプロになれる訳じゃないし、ウチで野球を続ける事で、例えば“挨拶をきっちり出来る様になる”とかさ、何か一つでも出来る様になればいいじゃないですか。辞めるのは簡単だけど、これから大きくなっていろんな事が起きた時に、“苦しいから”、“辛いから”、“嫌だから”って辞める癖がついちゃうよ。思い通りに行かなくてもやらなきゃいけない時の方が多いんだからさ」
少年野球の練習開始前。
道具が入ってる倉庫の前でのお父さんコーチ同士の会話。
子供=選手=チームへの熱い想いに溢れてる。
選手を上手くする、そして強くするにはこんな会話が必要だ。
ふとプロテニスコーチの集まりである僕達は大丈夫かと不安になる。
子供達だけでなく、女子連の試合に出てる方、草トーに出てる方を選手=“Player”として導いているのだろうか。
テニスだけでなくスポーツスクール業界では一時期、「スポーツコーチとはサービス業で、会員は生徒でなくお客様である」という事がやたら言われていた時期がある。
スポーツ産業主催のセミナーでは、ディズニーランドのお子様ライスの話、リッツ・カールトンのクレドの話を何回聞いたことだろう。
それらは今でも正しい。
実際以前は、偉そうに先生面してるコーチを何人も見て来た。
大体が僕達より年上で、もはや彼等は僕等のチームにはいない。
そうやって僕達は進化して来た。
でもプロコーチとして、一テニスプレーヤーとしての、武骨な野生の本能は退化してしまってないだろうか。
“俺達みたいな金のないガキに出来るのは、ロックンロールバンドで唄うこと位さ”
Street Fighting Man/Rolling Stones
僕達に最後に残るのはテニスだ。
それしかない。
そう、僕達は“Tennis Court Fighting Man”!
“俺達みたいな不器用な野郎に出来るのは、テニスコートで闘い続けること位さ”
2008.9.17
Funado2
2008年09月11日
Scene 235 [Rough Diamond]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 235
[Rough Diamond]
久し振りに会った友人が開口一番にこう言った。
「錦織凄いね!」
テニスフリークにとってはここ2週間、「おはよう」に匹敵する挨拶代わりの一言。
奴は今テニスから離れているが、それなりにテニス界の真ん中にいた男。
「あの褒めない人が、“凄い小学6年生がいる。必ず世界のトップに行く”って言ってたもんね。あの人って引退してる“あの3人”が現役の時に、“あいつらに才能はない。でも勝つ星の下に生まれて来てるから勝つ”なんて言ってたんだけど、錦織だけは本当に認めてたよ」
全米オープン開幕前、バーで呑んでた時のこと。
「錦織って本当に凄いんですか?やる気あるんだかないんだかわからなかったですよ」
北京帰りのスポーツ紙記者の言葉。
彼も常連で早朝野球のチームメイト。
野球出身でテニスは殆どわからないらしい。
「う〜ん、腹筋のこともあっただろうし、 テニス選手は試合中ポーカーフェイスが多いからね」 と答えたけど、団体競技しかやって来てないとその辺りはわからないのかなあ。
全米オープンが始まってからは会ってないから、 今度会ったら「錦織凄いだろ!?」と言ってやろう。
ついでにもっとテニスを取り上げる様に脅しておくかな。
話は前後して数日前のTOKIOの番組の話。
ゲストの市原悦子さんは、テニス番組は全て録画する程のテニス観戦マニアとのこと。
「テニスってお芝居と一緒でどんなにお稽古してても、本番で実力が発揮出来るとは限らないし、思い通りには行かないでしょ?その時に皆いろんな表情や仕草をするんだけど、上手く行ってない時に美しく見える選手を見るのが好き」といった感じのコメントをしていた。
いいね、思わぬ所でテニスに出くわすと本当に嬉しい。
そして誰かが“テニス好き”とわかると、すぐにシンパシーを感じてしまう。
市原さんは、「どの選手が好きなんですか?」と何回も聞かれてたけど、 おそらくいろんな面での配慮からか答えなかった。
誰が好きなんだろうなあ。
えっ?!「渡哲也と錦織圭は親戚だった」???
8/10付の日刊スポーツの報道。
わおっ、高校の頃から渡哲也好きだったんだよなあ。
定期入れには甲斐バンドと渡哲也の写真入れてたもんね。
って、俺は何の話をしてるんだ……。
2008.9.8
Koganei Park
坂東海
Scene 235
[Rough Diamond]
久し振りに会った友人が開口一番にこう言った。
「錦織凄いね!」
テニスフリークにとってはここ2週間、「おはよう」に匹敵する挨拶代わりの一言。
奴は今テニスから離れているが、それなりにテニス界の真ん中にいた男。
「あの褒めない人が、“凄い小学6年生がいる。必ず世界のトップに行く”って言ってたもんね。あの人って引退してる“あの3人”が現役の時に、“あいつらに才能はない。でも勝つ星の下に生まれて来てるから勝つ”なんて言ってたんだけど、錦織だけは本当に認めてたよ」
全米オープン開幕前、バーで呑んでた時のこと。
「錦織って本当に凄いんですか?やる気あるんだかないんだかわからなかったですよ」
北京帰りのスポーツ紙記者の言葉。
彼も常連で早朝野球のチームメイト。
野球出身でテニスは殆どわからないらしい。
「う〜ん、腹筋のこともあっただろうし、 テニス選手は試合中ポーカーフェイスが多いからね」 と答えたけど、団体競技しかやって来てないとその辺りはわからないのかなあ。
全米オープンが始まってからは会ってないから、 今度会ったら「錦織凄いだろ!?」と言ってやろう。
ついでにもっとテニスを取り上げる様に脅しておくかな。
話は前後して数日前のTOKIOの番組の話。
ゲストの市原悦子さんは、テニス番組は全て録画する程のテニス観戦マニアとのこと。
「テニスってお芝居と一緒でどんなにお稽古してても、本番で実力が発揮出来るとは限らないし、思い通りには行かないでしょ?その時に皆いろんな表情や仕草をするんだけど、上手く行ってない時に美しく見える選手を見るのが好き」といった感じのコメントをしていた。
いいね、思わぬ所でテニスに出くわすと本当に嬉しい。
そして誰かが“テニス好き”とわかると、すぐにシンパシーを感じてしまう。
市原さんは、「どの選手が好きなんですか?」と何回も聞かれてたけど、 おそらくいろんな面での配慮からか答えなかった。
誰が好きなんだろうなあ。
えっ?!「渡哲也と錦織圭は親戚だった」???
8/10付の日刊スポーツの報道。
わおっ、高校の頃から渡哲也好きだったんだよなあ。
定期入れには甲斐バンドと渡哲也の写真入れてたもんね。
って、俺は何の話をしてるんだ……。
2008.9.8
Koganei Park
2008年08月28日
Scene 234 [捨てポン]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 234
[捨てポン]
「“捨てポン”のあいつが勝ったのにさ、Oneのお前が負けちゃうんだもんなあ……」
“捨てポン”、テニスプレーヤーにとっての団体戦用語?!
テニスだけでなく野球とかの団体競技、そして会社とかの組織にもそれはある。
家族、バンドには流石にないか。
少年野球の大会。
先発に選ばれなかったガキがふてくされてる。
優勝した予選大会でそれなりに打ったもんで、図に乗ってたんだろう。
学生スポーツは、上級生がごそっと抜けてレギュラーの座が転がり込んで来る事が多い。
プロスポーツだって誰かの怪我で不意に出番が廻って来る事がある。
そのチャンスをどれだけ活かせるかがポイントだ。
お前はどうだったんだい。
実社会じゃ、やる気もないのに人手不足で雇用される奴、たまたま空いたポストに入れた奴、いつまでたってもペーペーの奴と、人それぞれ。
俺は人を使っていた時、やる気はあるけど力が足りない奴を採る時にいつもこう言ってた。
「“質”ではなく“量”で必要だから採用する。でも“量”で採用されるというのも“運”だ。少しでも早く“質”で必要とされる人間になってくれ」
はいはい、「てめえの事は棚に上げて、何偉そうな事言ってんだよ!」って言いたくなるのはわかるよ。
でもね、今でも“質”と“量”の話はその通りだと感じる事が多々あるよ。
少年野球のグラウンドに戻ろうか。
あのガキは、悔しかったのか、それともただ自分の思い通りにいかない苛立ちでふてくされたんだろうか。
悔しかったのなら、いつかお前は又先発になれるさ。
自分の都合いい悪いだけで笑ったり怒ってるのなら、お前はまだ一回も上のステージに上がった事のない時から成長してないって事だ。
ガキの頃はスポーツをしてりゃあ、ただ背が高くなっただけで、腕っぷしが強くなっただけで、そして学年が上がっただけで、チャンスが来る時がある。
いいか、“量”で掴んだチャンスだろうが、カッコ良く“質”で選ばれたチャンスだろうが、どんな理由でも上のステージでプレーし続けろ。
「楽しめばいい」なんてのは、下のステージの奴等の慰めだ。
勝つ喜びを楽しめ。
そして勝つ事を信じろ。
2007.8.27
Kanda-Jinbocho3
坂東海
Scene 234
[捨てポン]
「“捨てポン”のあいつが勝ったのにさ、Oneのお前が負けちゃうんだもんなあ……」
“捨てポン”、テニスプレーヤーにとっての団体戦用語?!
テニスだけでなく野球とかの団体競技、そして会社とかの組織にもそれはある。
家族、バンドには流石にないか。
少年野球の大会。
先発に選ばれなかったガキがふてくされてる。
優勝した予選大会でそれなりに打ったもんで、図に乗ってたんだろう。
学生スポーツは、上級生がごそっと抜けてレギュラーの座が転がり込んで来る事が多い。
プロスポーツだって誰かの怪我で不意に出番が廻って来る事がある。
そのチャンスをどれだけ活かせるかがポイントだ。
お前はどうだったんだい。
実社会じゃ、やる気もないのに人手不足で雇用される奴、たまたま空いたポストに入れた奴、いつまでたってもペーペーの奴と、人それぞれ。
俺は人を使っていた時、やる気はあるけど力が足りない奴を採る時にいつもこう言ってた。
「“質”ではなく“量”で必要だから採用する。でも“量”で採用されるというのも“運”だ。少しでも早く“質”で必要とされる人間になってくれ」
はいはい、「てめえの事は棚に上げて、何偉そうな事言ってんだよ!」って言いたくなるのはわかるよ。
でもね、今でも“質”と“量”の話はその通りだと感じる事が多々あるよ。
少年野球のグラウンドに戻ろうか。
あのガキは、悔しかったのか、それともただ自分の思い通りにいかない苛立ちでふてくされたんだろうか。
悔しかったのなら、いつかお前は又先発になれるさ。
自分の都合いい悪いだけで笑ったり怒ってるのなら、お前はまだ一回も上のステージに上がった事のない時から成長してないって事だ。
ガキの頃はスポーツをしてりゃあ、ただ背が高くなっただけで、腕っぷしが強くなっただけで、そして学年が上がっただけで、チャンスが来る時がある。
いいか、“量”で掴んだチャンスだろうが、カッコ良く“質”で選ばれたチャンスだろうが、どんな理由でも上のステージでプレーし続けろ。
「楽しめばいい」なんてのは、下のステージの奴等の慰めだ。
勝つ喜びを楽しめ。
そして勝つ事を信じろ。
2007.8.27
Kanda-Jinbocho3
2008年08月21日
Scene 233 [Ball Game]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 233
[Ball Game]
新聞には五輪ソフトボール日本代表の記事がデカデカと載ってる。
(野球って日本人に愛されているんだな)と感じる。
「野球>ソフトボール」って意味じゃあない。
巨人戦の圧倒的な観客動員力に翳りが見えて久しいが、それでもスポーツ紙の一面、一般紙のスポーツ面も大きく占める野球。
呑み屋でのお決まりトークじゃないが、攻守交代のタイミングが、取組みと取組みの合間がある相撲と似ているのがいいのかな。
球場でも家でも、チェンジに合わせて飲み物用意したり、トイレ行ったり、俄評論家になったりね。
ソフトボールは、当たり前だが野球を知っていれば充分楽しめる。
勿論軟式野球も同じだ。
その軟式野球は日本に野球が伝来した後、子供達が硬球でなくテニスボールで野球を楽しみ出した事が発端らしい。
軟式テニスは
硬式テニスは日本国内において、軟式テニス、軟式野球という二つのスポーツを生み出した事になる。
この話になると、「軟式がなければなあ」とぼやく、“硬式”テニス関係者が必ず一人二人いるんだが、野球はどうなんだろう。
軟式野球〜甲子園での金属バットでのプレー〜プロ野球と、素人目には強化、育成の“流れ”がある様に見えるのだが。
テニス関係者の“ぼやき”は強化、育成の点からだが、テニスの競技人口は硬式の方が多い。
野球は軟式の方が圧倒的に多いとのこと。
改めて考えると納得だが、不思議な気もする。
プロ、少年野球、草野球と、野球関係者は周りに多いけれど、それらの話はした事がない。
今度聞いてみよう。
学生野球とプロ野球の間の融通の利かなさを(何してるんだか)とシラケて見てたが、何か“こっち側”を再考したくなって来た。
まずは現状を知らないとだな。
2007.8.21
Shiei-Ground
坂東海
Scene 233
[Ball Game]
新聞には五輪ソフトボール日本代表の記事がデカデカと載ってる。
(野球って日本人に愛されているんだな)と感じる。
「野球>ソフトボール」って意味じゃあない。
巨人戦の圧倒的な観客動員力に翳りが見えて久しいが、それでもスポーツ紙の一面、一般紙のスポーツ面も大きく占める野球。
呑み屋でのお決まりトークじゃないが、攻守交代のタイミングが、取組みと取組みの合間がある相撲と似ているのがいいのかな。
球場でも家でも、チェンジに合わせて飲み物用意したり、トイレ行ったり、俄評論家になったりね。
ソフトボールは、当たり前だが野球を知っていれば充分楽しめる。
勿論軟式野球も同じだ。
その軟式野球は日本に野球が伝来した後、子供達が硬球でなくテニスボールで野球を楽しみ出した事が発端らしい。
軟式テニスは
硬式テニスは日本国内において、軟式テニス、軟式野球という二つのスポーツを生み出した事になる。
この話になると、「軟式がなければなあ」とぼやく、“硬式”テニス関係者が必ず一人二人いるんだが、野球はどうなんだろう。
軟式野球〜甲子園での金属バットでのプレー〜プロ野球と、素人目には強化、育成の“流れ”がある様に見えるのだが。
テニス関係者の“ぼやき”は強化、育成の点からだが、テニスの競技人口は硬式の方が多い。
野球は軟式の方が圧倒的に多いとのこと。
改めて考えると納得だが、不思議な気もする。
プロ、少年野球、草野球と、野球関係者は周りに多いけれど、それらの話はした事がない。
今度聞いてみよう。
学生野球とプロ野球の間の融通の利かなさを(何してるんだか)とシラケて見てたが、何か“こっち側”を再考したくなって来た。
まずは現状を知らないとだな。
2007.8.21
Shiei-Ground
2008年08月14日
Scene 232 [確信犯]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 232
[確信犯]
どうも観る気がしない。
新聞一面にはキナ臭いBad News。
「スポーツと政治は別」というコメントを聞く度に、逆のイメージがますます強くなる。
とは言え、目に耳に飛び込んで来る選手達のパフォーマンスには惹きつけられて、そのまま見入ってしまう。
でも自分からはTVのスイッチは入れないし、勿論チャンネルも合わせない。
白山通り沿いで暑さに喘ぎながら、(つけ麺でも喰うか)と歩いていたら、“鰹節屋の自慢のつゆ”という看板が目に入って、誘われたままに立ち喰いそば。
注文して待ってると、気っ風のいいおばちゃんがそばを茹でながら、「北島は大したもんだねえ!」と話しかけて来た。
「えっ、優勝したの?」「そうよ!たった今ラジオで言ってたよ。世界新!世界新!」「凄いねえ、期待背負っての有言実行だもんね。男らしいなあ」
スタジオに戻るや否やスタッフに、「北島優勝!世界新!」と伝える。
スタッフも「わあっ、凄いですね!」と喜ぶ。
そうなんだ、プレーしてるアリーナ内は最高で、そこだけにフォーカスしてるTV画面を見てる分にはいいんだ。
それは新聞でも、トップをすっ飛ばしてスポーツ面だけ読めばいいって事だろうけど、やっぱりそんな訳には行かず、政治面、社会面、国際面を見てはブルーなってしまう。
都合良く見猿聞か猿言わ猿は使い分けられない。
新聞をテーブルに置いて、“テニス”というキーワードがあれば録画する様に設定してあるHDDレコーダーを起ち上げたら、杉山愛vsハンチュコバがメニューに入っていた。
(おっ!?いいじゃん)と再生開始。
打点を高く取り、深いボールを打ち込んで行く、杉山選手のいつもよりアグレッシヴなプレーに引き込まれて、応援に力が入る。
隣にいるスタッフに、「いいか、メダル獲るか獲らないかで報奨金が全然違うんだからよ。今後の強化費とか、日本テニスの未来がかかってるんだぜ」、なんて薀蓄をたれてふと気付く。
(そんなインサイダー的な阿漕な見方してどうするんだよ)
どこかで腐って行く。
どこかで鈍くなって行く。
頭を振って振り払おうとしても、今までの自分がまとわり付く。
そして今日も明日も、そう代わり映えしないだろう。
でも俺はまだ“一瞬”に賭けれるはずだ。
この人生って名の“DIRTY WORK”を楽しんでやる。
2007.8.11
Nishi-kanda2
坂東海
Scene 232
[確信犯]
どうも観る気がしない。
新聞一面にはキナ臭いBad News。
「スポーツと政治は別」というコメントを聞く度に、逆のイメージがますます強くなる。
とは言え、目に耳に飛び込んで来る選手達のパフォーマンスには惹きつけられて、そのまま見入ってしまう。
でも自分からはTVのスイッチは入れないし、勿論チャンネルも合わせない。
白山通り沿いで暑さに喘ぎながら、(つけ麺でも喰うか)と歩いていたら、“鰹節屋の自慢のつゆ”という看板が目に入って、誘われたままに立ち喰いそば。
注文して待ってると、気っ風のいいおばちゃんがそばを茹でながら、「北島は大したもんだねえ!」と話しかけて来た。
「えっ、優勝したの?」「そうよ!たった今ラジオで言ってたよ。世界新!世界新!」「凄いねえ、期待背負っての有言実行だもんね。男らしいなあ」
スタジオに戻るや否やスタッフに、「北島優勝!世界新!」と伝える。
スタッフも「わあっ、凄いですね!」と喜ぶ。
そうなんだ、プレーしてるアリーナ内は最高で、そこだけにフォーカスしてるTV画面を見てる分にはいいんだ。
それは新聞でも、トップをすっ飛ばしてスポーツ面だけ読めばいいって事だろうけど、やっぱりそんな訳には行かず、政治面、社会面、国際面を見てはブルーなってしまう。
都合良く見猿聞か猿言わ猿は使い分けられない。
新聞をテーブルに置いて、“テニス”というキーワードがあれば録画する様に設定してあるHDDレコーダーを起ち上げたら、杉山愛vsハンチュコバがメニューに入っていた。
(おっ!?いいじゃん)と再生開始。
打点を高く取り、深いボールを打ち込んで行く、杉山選手のいつもよりアグレッシヴなプレーに引き込まれて、応援に力が入る。
隣にいるスタッフに、「いいか、メダル獲るか獲らないかで報奨金が全然違うんだからよ。今後の強化費とか、日本テニスの未来がかかってるんだぜ」、なんて薀蓄をたれてふと気付く。
(そんなインサイダー的な阿漕な見方してどうするんだよ)
どこかで腐って行く。
どこかで鈍くなって行く。
頭を振って振り払おうとしても、今までの自分がまとわり付く。
そして今日も明日も、そう代わり映えしないだろう。
でも俺はまだ“一瞬”に賭けれるはずだ。
この人生って名の“DIRTY WORK”を楽しんでやる。
2007.8.11
Nishi-kanda2
2008年08月07日
Scene 231 [OH MY LOVE]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 231
[OH MY LOVE]
「山中湖の合宿手伝いに行かない?」
「田園組まない?」
懐かしい面子からのダイレクトコールにメールが続いた。
皆元気だ。
先輩も後輩もそれぞれ新聞記事的には、「あ〜あ、いい歳こいてこんなバカな事しちゃって……」という歳なのに。
まあ、「あ〜あ、いい歳こいてこんなバカな事しちゃって……」の正しい見本って事にしておこう。
今日はレンタサイクルで旧軽をフラフラ。
三笠通りからゴルフ橋を渡って、苔むした低い石垣が続く道を進んでいたが、小腹が減って旧軽銀座へ。
フランスベーカリーで、俺は“ジョン・レノンが食べてたフランスパン”の明太子版、娘はチョコレートパンを買って、バス停のベンチで一息。
当然ジョンゆかりの万平ホテルの方へペダルを漕ぎたくなって来る。
“あのテニスコート”が、さっき土屋写真店で見た“テニスコートのロマンス”を写したセピア色の写真そのままに、“あの時のままのたたずまい”で現れる。
手入れの行き届いたクレーコートは本当に美しい。
いつもに比べて今日は随分人が多くて、車道側からコートを覗いてる人の雰囲気で、トーナメントとわかる。
“夏は軽トー、冬は静トーとイメージ出来る世代”の男性達がダブルスをしてる。
(軽トーかな?)と知り合いの顔を探したが、そのまま通り過ぎた。
旧軽銀座の待ち合わせのカフェに行くと、家人が「一回戻って来たのに又行って、まだ帰って来ないよ」と教会通りの方に首を傾げる。
息子が去年同様に、“工房ものずきん”からなかなか戻って来ないらしい。
「まあいいじゃん」と腰を下ろすと、テーブルにはさっき買ってやった“ドア君”と、店の人が奴に「夏休みの自由研究用に」としこたまくれたコルクが置いてある。
ホテルへの帰りにホームセンターに寄って、太っとい針金とペンチにグルーガンを買って一緒に遊んでみるか。
そうそう、明日は早朝テニスだから、まっ、程々にだな。
2007.8.1
Kyugaru
坂東海
Scene 231
[OH MY LOVE]
「山中湖の合宿手伝いに行かない?」
「田園組まない?」
懐かしい面子からのダイレクトコールにメールが続いた。
皆元気だ。
先輩も後輩もそれぞれ新聞記事的には、「あ〜あ、いい歳こいてこんなバカな事しちゃって……」という歳なのに。
まあ、「あ〜あ、いい歳こいてこんなバカな事しちゃって……」の正しい見本って事にしておこう。
今日はレンタサイクルで旧軽をフラフラ。
三笠通りからゴルフ橋を渡って、苔むした低い石垣が続く道を進んでいたが、小腹が減って旧軽銀座へ。
フランスベーカリーで、俺は“ジョン・レノンが食べてたフランスパン”の明太子版、娘はチョコレートパンを買って、バス停のベンチで一息。
当然ジョンゆかりの万平ホテルの方へペダルを漕ぎたくなって来る。
“あのテニスコート”が、さっき土屋写真店で見た“テニスコートのロマンス”を写したセピア色の写真そのままに、“あの時のままのたたずまい”で現れる。
手入れの行き届いたクレーコートは本当に美しい。
いつもに比べて今日は随分人が多くて、車道側からコートを覗いてる人の雰囲気で、トーナメントとわかる。
“夏は軽トー、冬は静トーとイメージ出来る世代”の男性達がダブルスをしてる。
(軽トーかな?)と知り合いの顔を探したが、そのまま通り過ぎた。
旧軽銀座の待ち合わせのカフェに行くと、家人が「一回戻って来たのに又行って、まだ帰って来ないよ」と教会通りの方に首を傾げる。
息子が去年同様に、“工房ものずきん”からなかなか戻って来ないらしい。
「まあいいじゃん」と腰を下ろすと、テーブルにはさっき買ってやった“ドア君”と、店の人が奴に「夏休みの自由研究用に」としこたまくれたコルクが置いてある。
ホテルへの帰りにホームセンターに寄って、太っとい針金とペンチにグルーガンを買って一緒に遊んでみるか。
そうそう、明日は早朝テニスだから、まっ、程々にだな。
2007.8.1
Kyugaru
2008年07月31日
Scene 230 [子供とテニスしてる?]
約束の店に行こうと、表参道から246を外苑前に曲がったところで、待ち合わせてた当人達とばったり会った。
「まだお店開いてなかったから、友達の店行こう」
悪友と俺等をずっと慕ってくれてる幾つか下の女の子。
奴等はカジュアルな恰好だけど、全身真っ黒。
俺も黒尽め。
「いい会だったよ」
表参道を原宿に向かいながら、今日の会の話を聞く。
暑い夏の日の夕方。
並木で日陰が多いこの道でも、今日は暑い。
表参道ヒルズの中の開店前のレストラン。
店のスタッフが彼女にフレンドリーに話しかけて来て、俺達にも絶妙な距離感で接して来る。
「とりあえずビール。世界で一番冷えてるやつね」
そして"乾杯"でなく"献杯"。
"献杯"といっても、捧げる相手がジメジメした事は嫌いだから、「う?ん、美味い!」と俺達は笑う。
「私、子供をテニススクールに入れたんだ。のんびりしたいい所だよ。いろいろ探したんだけど、絶対条件はアウトドア。暑かったり、寒かったり、風が吹いたりする中でプレーするのがテニスでしょ。雨が降ったら出来ないのも当たり前だし。そういう感じを味あわせたかったんだ」「そう!それなんだよ!全く俺も同感!サンサンと照りつける太陽の下で、水を撒いたクレーコートの上で必死にコーチのボールに食らいついたりさ、真冬の早朝、朝日が昇るのが待ち遠しくて、白い息をはきながら芝生の上をランニングしたあの感じ!あの感じ!」「みんなでテニスクラブ作りたいね」「宮城先生に全米オープンで会う度に、『子供とテニスしてる?』って聞かれてさ、『いや?忙しくて……』って答えると『こーんなに面白いテニスを子供にさせなきゃだめじゃない』って怒られてさ。そうやって会う人会う人に言ってたんだよね。今思えば、それはとても大切なメッセージだったんだなぁって感じるよ」「まずは私達が子供とテニスしないとね。みんなで家族連れて集まろうよ」
オムール貝を食べながら俺達はずっとテニスの話を続けた。
目をつぶれば、ログハウス、ガット張り機、鉄棒、軒下のバーベル、砂利、青々とした芝生が浮かび、その全てを愛おしく感じる。
そして彼女の声が聞こえて来る。
「子供とテニスしてるー?」
「だめじゃない!どんどんやってあげてぇ」
2007.7.25
Jingumae4
「まだお店開いてなかったから、友達の店行こう」
悪友と俺等をずっと慕ってくれてる幾つか下の女の子。
奴等はカジュアルな恰好だけど、全身真っ黒。
俺も黒尽め。
「いい会だったよ」
表参道を原宿に向かいながら、今日の会の話を聞く。
暑い夏の日の夕方。
並木で日陰が多いこの道でも、今日は暑い。
表参道ヒルズの中の開店前のレストラン。
店のスタッフが彼女にフレンドリーに話しかけて来て、俺達にも絶妙な距離感で接して来る。
「とりあえずビール。世界で一番冷えてるやつね」
そして"乾杯"でなく"献杯"。
"献杯"といっても、捧げる相手がジメジメした事は嫌いだから、「う?ん、美味い!」と俺達は笑う。
「私、子供をテニススクールに入れたんだ。のんびりしたいい所だよ。いろいろ探したんだけど、絶対条件はアウトドア。暑かったり、寒かったり、風が吹いたりする中でプレーするのがテニスでしょ。雨が降ったら出来ないのも当たり前だし。そういう感じを味あわせたかったんだ」「そう!それなんだよ!全く俺も同感!サンサンと照りつける太陽の下で、水を撒いたクレーコートの上で必死にコーチのボールに食らいついたりさ、真冬の早朝、朝日が昇るのが待ち遠しくて、白い息をはきながら芝生の上をランニングしたあの感じ!あの感じ!」「みんなでテニスクラブ作りたいね」「宮城先生に全米オープンで会う度に、『子供とテニスしてる?』って聞かれてさ、『いや?忙しくて……』って答えると『こーんなに面白いテニスを子供にさせなきゃだめじゃない』って怒られてさ。そうやって会う人会う人に言ってたんだよね。今思えば、それはとても大切なメッセージだったんだなぁって感じるよ」「まずは私達が子供とテニスしないとね。みんなで家族連れて集まろうよ」
オムール貝を食べながら俺達はずっとテニスの話を続けた。
目をつぶれば、ログハウス、ガット張り機、鉄棒、軒下のバーベル、砂利、青々とした芝生が浮かび、その全てを愛おしく感じる。
そして彼女の声が聞こえて来る。
「子供とテニスしてるー?」
「だめじゃない!どんどんやってあげてぇ」
2007.7.25
Jingumae4
2008年07月24日
Scene 229 [住人〜Jyunin]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 229
[住人〜Jyunin]
「“音楽に生きる”のか、“音楽で生きる”のかって聞かれたら、“音楽に生きる”って答えたい。でもなかなか難しい」
言葉はうる覚えだが、確かシオンのモノクロのインタビュー記事。
これを自分に置き換えてみる。
「“テニスに生きる”のか、“テニスで生きる”のか」
テニスでなくてもいろんな種目、業種、そして自分自身の“仕事”を“生業”と考えた時に、そのバランスが大切なんだろうが、失っちまったら取り返しのつかない輝きもある。
“死んでもなりたくなかった奴に 生きたまま近づいちまってる なまけてる優しさを そこらじゅうにバラまいて”お前だけ見られたら/SION
炎天下のテニスコート。
数面並びのコートでジュニアレッスンが展開されてる。
パッと見ただけで、コーチそれぞれの“気持ち”が伝わって来る。
セミナー、マナー講習でやたら言われることらしいが、声のトーン、眼の表情は何よりも雄弁だ。
溢れ出る情熱、隠し通せない倦怠感。
マニュアル云々でどうにかなるもんじゃあなく、一コーチである自分という個が、公であるテニスにどう関わりたいのか、どう関わっているのか、どういうポジションに行きたいのか、どういうポジションにいるのか、テニス史の流れはどうなのか、テニス史の流れをどう意識しているのか、自分の目線と足元に自然と力が漲っていれば大丈夫だ。
確か昔は「西洋乞食」って名前のバーだった所に出来たライブハウス。
“嬉しいのはあなたに褒められることで 悲しいのはあなたに裏切られることで 好きだから嫌われたくなかったし 好きだから許せなかった”薄紫/SION
ハモニカ横丁でしこたま呑んでから入ったせいなのか、イントロだけで泣いた。
シオンの生き様だから出る声、伝わって来る想い。
“君が空の住人でも俺と同じ地に暮らす人でも そんなことはどうだっていいのさ きれいな心の君が好きだ それだけだ”住人/SION
“きれいな心の君が好きだ”
2007.7.21
Kichijoji ROCK JOINT JB
坂東海
Scene 229
[住人〜Jyunin]
「“音楽に生きる”のか、“音楽で生きる”のかって聞かれたら、“音楽に生きる”って答えたい。でもなかなか難しい」
言葉はうる覚えだが、確かシオンのモノクロのインタビュー記事。
これを自分に置き換えてみる。
「“テニスに生きる”のか、“テニスで生きる”のか」
テニスでなくてもいろんな種目、業種、そして自分自身の“仕事”を“生業”と考えた時に、そのバランスが大切なんだろうが、失っちまったら取り返しのつかない輝きもある。
“死んでもなりたくなかった奴に 生きたまま近づいちまってる なまけてる優しさを そこらじゅうにバラまいて”お前だけ見られたら/SION
炎天下のテニスコート。
数面並びのコートでジュニアレッスンが展開されてる。
パッと見ただけで、コーチそれぞれの“気持ち”が伝わって来る。
セミナー、マナー講習でやたら言われることらしいが、声のトーン、眼の表情は何よりも雄弁だ。
溢れ出る情熱、隠し通せない倦怠感。
マニュアル云々でどうにかなるもんじゃあなく、一コーチである自分という個が、公であるテニスにどう関わりたいのか、どう関わっているのか、どういうポジションに行きたいのか、どういうポジションにいるのか、テニス史の流れはどうなのか、テニス史の流れをどう意識しているのか、自分の目線と足元に自然と力が漲っていれば大丈夫だ。
確か昔は「西洋乞食」って名前のバーだった所に出来たライブハウス。
“嬉しいのはあなたに褒められることで 悲しいのはあなたに裏切られることで 好きだから嫌われたくなかったし 好きだから許せなかった”薄紫/SION
ハモニカ横丁でしこたま呑んでから入ったせいなのか、イントロだけで泣いた。
シオンの生き様だから出る声、伝わって来る想い。
“君が空の住人でも俺と同じ地に暮らす人でも そんなことはどうだっていいのさ きれいな心の君が好きだ それだけだ”住人/SION
“きれいな心の君が好きだ”
2007.7.21
Kichijoji ROCK JOINT JB
2008年07月17日
Scene 228 [Mixed Emotions]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 228
[Mixed Emotions]
“古の人々が歩いた道”って言うから、傘をかぶった若い女の人が杖をついて静々と歩いてる姿を脳裏に描いていたらとんでもなかった。
熊野三山の聖域のスタートである滝尻王子から高原熊野神社迄の、熊野古道全体から見ればほんの僅かな距離。
いきなり急坂。
次の不寝王子では、(“ねずおうじ”いいねえ。行きつけのバーのマスターみたいだな)なんて考える余裕もあったが、その後は(新幹線の中でビール呑むんじゃなかった……)と、滴り落ちる悪い汗を拭きながらひたすら登った。
そんな最中に最短距離を進むんじゃなくて、少しでも足場のいい場所、なだらかな場所を選んでる自分に気付き、(そうだよなあ、人生もこうなんだよな)なんて、妙に悟った気になってるのがおかしい。
熊野本宮大社。
参道の長い石段から山門をくぐり、社殿を前にして言葉が出なくなった。
周りの仲間も口をきかない。
圧倒的な静寂。
第一殿、第二殿、第三殿、第四殿と二拝二拍一拝を繰り返すうちに、自分の大切な人への想いが強くなり、そしてありとあらゆる繋がりを感じた。
自分の心をいつもフラットにしておかないとな。
カテゴライズしたりされたり、レッテルを貼ったり貼られたり、俺は他人の眼の中で何を知ったかぶって、何を偉そうにしてるんだか。
東京を離れる前に、クルム伊達公子選手が日本サッカー協会理事内定という報道を見た。
伊達選手の世界を転戦して来た経験を日本サッカー界に活かしたいということで、他には平尾誠二元ラグビー日本代表監督も理事に内定。
二人共レッズランドでの関係があるとは言え、多競技トップの抜擢に(やるな、サッカー協会)と感じた。
でもその前に、伊達選手の経験を日本テニス界は活かしきってるんだろうか?
やっぱりテニスフリークとしてちょっと複雑……だけどとにかく、やるじゃん!サッカー協会!
そんなサッカー協会だが、新聞にはこうも書かれていた。
「(前略)しかし、上意下達の手法は、組織の硬直化にもつながった。現在の協会内は役所的な空気も強い。新会長に求められるのは、スポーツ集団にふさわしい、柔軟で機動的な組織作りだ。(後略)」読売新聞
これは、サッカー協会は自由闊達に動きにくい、若い奴の意見が通りにくいってことなのか、それとも体育会系はスポーツ集団じゃないってことなのか、良くわからんが、書き手がスポーツにフェアでピュアでエネルギッシュなイメージを持っている事は伝わって来る。
それは悪くない。
お伊勢さんでお参りした後、おかげ横丁で一献。
昼飯時で満員の座敷で呑み出す。
お銚子を寝かせ続け、気付けば広い座敷には俺等だけ。
雪見窓からはゆっくり流れる五十鈴川。
いい感じだ。
2007.7.12
Sushikyu
坂東海
Scene 228
[Mixed Emotions]
“古の人々が歩いた道”って言うから、傘をかぶった若い女の人が杖をついて静々と歩いてる姿を脳裏に描いていたらとんでもなかった。
熊野三山の聖域のスタートである滝尻王子から高原熊野神社迄の、熊野古道全体から見ればほんの僅かな距離。
いきなり急坂。
次の不寝王子では、(“ねずおうじ”いいねえ。行きつけのバーのマスターみたいだな)なんて考える余裕もあったが、その後は(新幹線の中でビール呑むんじゃなかった……)と、滴り落ちる悪い汗を拭きながらひたすら登った。
そんな最中に最短距離を進むんじゃなくて、少しでも足場のいい場所、なだらかな場所を選んでる自分に気付き、(そうだよなあ、人生もこうなんだよな)なんて、妙に悟った気になってるのがおかしい。
熊野本宮大社。
参道の長い石段から山門をくぐり、社殿を前にして言葉が出なくなった。
周りの仲間も口をきかない。
圧倒的な静寂。
第一殿、第二殿、第三殿、第四殿と二拝二拍一拝を繰り返すうちに、自分の大切な人への想いが強くなり、そしてありとあらゆる繋がりを感じた。
自分の心をいつもフラットにしておかないとな。
カテゴライズしたりされたり、レッテルを貼ったり貼られたり、俺は他人の眼の中で何を知ったかぶって、何を偉そうにしてるんだか。
東京を離れる前に、クルム伊達公子選手が日本サッカー協会理事内定という報道を見た。
伊達選手の世界を転戦して来た経験を日本サッカー界に活かしたいということで、他には平尾誠二元ラグビー日本代表監督も理事に内定。
二人共レッズランドでの関係があるとは言え、多競技トップの抜擢に(やるな、サッカー協会)と感じた。
でもその前に、伊達選手の経験を日本テニス界は活かしきってるんだろうか?
やっぱりテニスフリークとしてちょっと複雑……だけどとにかく、やるじゃん!サッカー協会!
そんなサッカー協会だが、新聞にはこうも書かれていた。
「(前略)しかし、上意下達の手法は、組織の硬直化にもつながった。現在の協会内は役所的な空気も強い。新会長に求められるのは、スポーツ集団にふさわしい、柔軟で機動的な組織作りだ。(後略)」読売新聞
これは、サッカー協会は自由闊達に動きにくい、若い奴の意見が通りにくいってことなのか、それとも体育会系はスポーツ集団じゃないってことなのか、良くわからんが、書き手がスポーツにフェアでピュアでエネルギッシュなイメージを持っている事は伝わって来る。
それは悪くない。
お伊勢さんでお参りした後、おかげ横丁で一献。
昼飯時で満員の座敷で呑み出す。
お銚子を寝かせ続け、気付けば広い座敷には俺等だけ。
雪見窓からはゆっくり流れる五十鈴川。
いい感じだ。
2007.7.12
Sushikyu
2008年07月10日
Scene 227 [The Best of 5set Match]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 227
[The Best of 5set Match]
「男子テニスの5セットマッチが世界最強のスポーツだよ」だったのか、「テニスは男子の5セットマッチなら世界最強のスポーツだよ」だったのか、今となっちゃ思い出せないがテニス部OB同士の酒席での誰かの言葉。
その言葉通りの試合。
4時間48分、6-4、6-4、6-7(5-7)、6-7(8-10)、9-7。
ナダルとフェデラー。
「雨の中断で寝ちゃったよ」と言う奴が何人もいたけど、「中断がなければ……」、「基礎工事も終ってた開閉式の屋根が稼働する来年だったら……」。
ここまで凄いと「たられば」も「シュミレーション」に聞こえて来る。
ウィンブルドンと言えば正しく“時差ボケ”と言える睡眠不足だが、イギリスでは法令で決勝戦は必ず生中継で最後迄放送しなければならないらしい。
文化だね。
開催国でもない日本じゃ致し方ないが、かたやNHKのウィンブルドンの枠はどんどん減って、衛星放送権は今年WOWOWが獲得。
地デジになろうが何だろうが、全国各地津々浦々でずっとウィンブルドン観れる様にしてくれよ、日本放送協会!
ウィンブルドン翌日。
まだかなり明るい夕方。
でかいビルが建っても、世田谷独特ののんびりした感じが残る商店街の呑み屋。
「秀樹!還暦!」というギャグが出そうな面子に交じって呑んだ。
「僕さあ、初めてウィンブルドンに行った時ね、遠くからあの時計が見えた時、(おおっ!ウィンブルドン!)って感動したよ」
「しかしナダルがあれだけポジション前に取ってあのコートカバーだとねえ」
「しかもナダルのフォア、150km以上出てたんでしょ!?」
「でも俺、5分だけフェデラーになってみたい」
「トイレットブレークのフェデラーならなれるんじゃない」
「そうだね、フェデラーはウォッシュレットに感動してたしな」
「いや〜、ウィンブルドンのセンターコートでもプレーしてみたいけど、それは絶対無理だからオーガスタ廻ってみたい」
気がついたらあっと言う間に焼酎のボトルが三本空いてた。
空はまだ明るい。
2007.7.7
Youga2
坂東海
Scene 227
[The Best of 5set Match]
「男子テニスの5セットマッチが世界最強のスポーツだよ」だったのか、「テニスは男子の5セットマッチなら世界最強のスポーツだよ」だったのか、今となっちゃ思い出せないがテニス部OB同士の酒席での誰かの言葉。
その言葉通りの試合。
4時間48分、6-4、6-4、6-7(5-7)、6-7(8-10)、9-7。
ナダルとフェデラー。
「雨の中断で寝ちゃったよ」と言う奴が何人もいたけど、「中断がなければ……」、「基礎工事も終ってた開閉式の屋根が稼働する来年だったら……」。
ここまで凄いと「たられば」も「シュミレーション」に聞こえて来る。
ウィンブルドンと言えば正しく“時差ボケ”と言える睡眠不足だが、イギリスでは法令で決勝戦は必ず生中継で最後迄放送しなければならないらしい。
文化だね。
開催国でもない日本じゃ致し方ないが、かたやNHKのウィンブルドンの枠はどんどん減って、衛星放送権は今年WOWOWが獲得。
地デジになろうが何だろうが、全国各地津々浦々でずっとウィンブルドン観れる様にしてくれよ、日本放送協会!
ウィンブルドン翌日。
まだかなり明るい夕方。
でかいビルが建っても、世田谷独特ののんびりした感じが残る商店街の呑み屋。
「秀樹!還暦!」というギャグが出そうな面子に交じって呑んだ。
「僕さあ、初めてウィンブルドンに行った時ね、遠くからあの時計が見えた時、(おおっ!ウィンブルドン!)って感動したよ」
「しかしナダルがあれだけポジション前に取ってあのコートカバーだとねえ」
「しかもナダルのフォア、150km以上出てたんでしょ!?」
「でも俺、5分だけフェデラーになってみたい」
「トイレットブレークのフェデラーならなれるんじゃない」
「そうだね、フェデラーはウォッシュレットに感動してたしな」
「いや〜、ウィンブルドンのセンターコートでもプレーしてみたいけど、それは絶対無理だからオーガスタ廻ってみたい」
気がついたらあっと言う間に焼酎のボトルが三本空いてた。
空はまだ明るい。
2007.7.7
Youga2
2008年07月03日
Scene 226 [Monthly vs Weekly]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 226
[Monthly vs Weekly]
[週刊ベースボール]を買った。
いつぞやのバカンスで飛行機に乗る時に買って以来か、いやそういう時は[Number]が多いから、明確な記憶としてはN.Y.にStonesを観に行ってた間の、日本シリーズ[巨人vs近鉄]の詳細が知りたくて買って以来だな。
そう、近鉄が3連勝した後の近鉄投手の「巨人はロッテより弱い」発言で、巨人がそこから4タテで逆転優勝した1989年の日本シリーズ。
今週号は“創刊50周年記念号”で、いつもより分厚くDVDが付録に付いてる。
50周年ということも勿論だが、読み物としてえらく面白い。
こうでなくっちゃな。
毎週ちゃんと週刊誌が発行されるなんて、やっぱり野球ファンって多いってことだ。
テニスも月刊誌は[スマッシュ]、[テニスクラッシックブレーク]、[テニスマガジン]、[テニスジャーナル]、[T.Tennis]とあるけど、週刊誌は過去にも例がないもんなあ。
ちょっと待てよ、野球の週刊誌は[週刊ベースボール]と今春創刊された[Baseball Times]の確か2冊で、ゴルフも[週刊ゴルフダイジェスト]、[週刊パーゴルフ]と2冊……でもゴルフは隔週、月刊を合わせると、ここにあげるのも面倒な数の雑誌が出てる。
こりゃあ、恐るべしゴルフってやつか。
こんな話をしてると「月刊誌があるだけいいじゃん!」という他のスポーツファンの声が聞こえて来そうだ。
そうそう、テニスファンだって他のスポーツがゴールデンタイムに放送されているのを見ると同じ気分になるはずだ。
数量は目安にはなるけど、個々の価値観と一致する訳じゃあない。
でも呑み仲間でこの話をしたら誰かがこう言うな。
「月刊誌だけなのと週刊誌もあるのじゃ、読者数が単純に4倍違うってことでしょ?!」
と言う訳でゴールデン街のカウンター。
突出しの豆腐に黒七味をしこたまかけてフォアローゼスのジンジャエール割りを呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が上司らしき男と入って来た。
「北京もあるし、時間ないですよ!」と憤ってる奴に、上司が席を外した隙に話しかけてみた。
「そっかあ北京行くんだ。向こうは混乱してるみたいだし大変だね」
「いやオリンピックじゃなくて会社に殺されそうですよ」
奴は某スポーツ新聞社勤務。
野球、サッカー等のルーチン記事に、今ならウィンブルドン、先週は全米女子ゴルフ、そして夏の甲子園に加え今年は五輪。
「マスコミが煽ってるだけでそんな混乱してない面もあるんですよ。所詮スポーツ新聞ですから」
自嘲気味に奴が言う。
マスターとジョークで話の矛先を変えた。
翌朝[週刊ベースボール]の続きを電車内で下車駅迄読む。
本をカバンにしまい改札からしばらく歩いた今日の目的地の側で、ふと通りの先を見たら[ベースボールマガジン社]の社屋があった。
“創刊時のポリシーを貫き、スポーツの本質から逸脱しないで続けているのが素晴らしい”という王監督の[週刊ベースボール]への賛辞がふと頭に浮かんだ。
2007.7.3
Magazine Street
坂東海
Scene 226
[Monthly vs Weekly]
[週刊ベースボール]を買った。
いつぞやのバカンスで飛行機に乗る時に買って以来か、いやそういう時は[Number]が多いから、明確な記憶としてはN.Y.にStonesを観に行ってた間の、日本シリーズ[巨人vs近鉄]の詳細が知りたくて買って以来だな。
そう、近鉄が3連勝した後の近鉄投手の「巨人はロッテより弱い」発言で、巨人がそこから4タテで逆転優勝した1989年の日本シリーズ。
今週号は“創刊50周年記念号”で、いつもより分厚くDVDが付録に付いてる。
50周年ということも勿論だが、読み物としてえらく面白い。
こうでなくっちゃな。
毎週ちゃんと週刊誌が発行されるなんて、やっぱり野球ファンって多いってことだ。
テニスも月刊誌は[スマッシュ]、[テニスクラッシックブレーク]、[テニスマガジン]、[テニスジャーナル]、[T.Tennis]とあるけど、週刊誌は過去にも例がないもんなあ。
ちょっと待てよ、野球の週刊誌は[週刊ベースボール]と今春創刊された[Baseball Times]の確か2冊で、ゴルフも[週刊ゴルフダイジェスト]、[週刊パーゴルフ]と2冊……でもゴルフは隔週、月刊を合わせると、ここにあげるのも面倒な数の雑誌が出てる。
こりゃあ、恐るべしゴルフってやつか。
こんな話をしてると「月刊誌があるだけいいじゃん!」という他のスポーツファンの声が聞こえて来そうだ。
そうそう、テニスファンだって他のスポーツがゴールデンタイムに放送されているのを見ると同じ気分になるはずだ。
数量は目安にはなるけど、個々の価値観と一致する訳じゃあない。
でも呑み仲間でこの話をしたら誰かがこう言うな。
「月刊誌だけなのと週刊誌もあるのじゃ、読者数が単純に4倍違うってことでしょ?!」
と言う訳でゴールデン街のカウンター。
突出しの豆腐に黒七味をしこたまかけてフォアローゼスのジンジャエール割りを呑んでたら、呑み屋野球チームの仲間が上司らしき男と入って来た。
「北京もあるし、時間ないですよ!」と憤ってる奴に、上司が席を外した隙に話しかけてみた。
「そっかあ北京行くんだ。向こうは混乱してるみたいだし大変だね」
「いやオリンピックじゃなくて会社に殺されそうですよ」
奴は某スポーツ新聞社勤務。
野球、サッカー等のルーチン記事に、今ならウィンブルドン、先週は全米女子ゴルフ、そして夏の甲子園に加え今年は五輪。
「マスコミが煽ってるだけでそんな混乱してない面もあるんですよ。所詮スポーツ新聞ですから」
自嘲気味に奴が言う。
マスターとジョークで話の矛先を変えた。
翌朝[週刊ベースボール]の続きを電車内で下車駅迄読む。
本をカバンにしまい改札からしばらく歩いた今日の目的地の側で、ふと通りの先を見たら[ベースボールマガジン社]の社屋があった。
“創刊時のポリシーを貫き、スポーツの本質から逸脱しないで続けているのが素晴らしい”という王監督の[週刊ベースボール]への賛辞がふと頭に浮かんだ。
2007.7.3
Magazine Street
2008年06月26日
Scene 225 [Lawn Tennis]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 225
[Lawn Tennis]
2002年9月19日有明コロシアム。
トヨタプリンセスカップ女子ダブルスに出場した伊達公子選手を観ていた。
3-6で1stを落としての2ndの第1ゲーム。
コロシアムの南西に座っていた俺等の目の前で、アドバンテージコートの伊達選手がリターンダッシュしたその時、彼女が倒れて左足を押さえた。
笑顔があったので、「攣ったのかなあ?」「肉離れ?」何て言っていたらアキレス腱断裂で、彼女はリタイアし、夫のミハエル・クルム氏に抱きかかえられてコートから出て行った。
引退して6年経っているとは言え、プロアスリートの怪我の瞬間をこの目で見て、何か不安な気持ちになったのを覚えている。
今年のウィンブルドン。
錦織圭選手は、前哨戦で痛めた腹筋が原因で無念のリタイア。
腹筋はジュニア時代にも痛めたことがあるらしいが、テーピングでどうこうという場所ではないので、早く良くなってほしい。
いくら若いとは言え、予選から勝ち上がり続けるのは相当タフなことだ。
今回のウィンブルドンは本戦からだったが、更にアグレッシブな“エア・ケイ”になる為に、常時本戦ストレートイン出来る様応援しよう。
女子は楽々ストレートイン出来た森上亜希子選手が、左膝の故障で北京五輪と併せ不出場。
長年の激しいプレーによる軟骨の消耗と破損、そして北京五輪出場枠を狙っての強行軍で膝の皿がずれ、更には精密検査を繰り返したことが追い討ちをかけ、手術をせざるを得ない状況に陥ったとのこと。
ゴルフでは4月に軟骨除去手術を受けたタイガー・ウッズ選手が、復帰第一戦の全米オープンで優勝したものの、左膝が悪化し再手術で今季欠場となった。
タイガーは手術後18ホールを歩いたのは、この全米オープンが初めてだったが、19ホールに及んだプレーオフを含め91ホールを戦い抜き、ウィナーズサークルに立った。
「膝は痛かったが前を向くしかなかった。いつ辿り着くかわからないゴールに向かって、自分を鼓舞しながら進むしかなかった」
森上選手は「手術無しではツアーレベルへの治癒は不可能」という診断から、手術に踏み切る。
大丈夫、彼女のガッツならまだまだ前を向いて進んで行ける。
そしてそんな沢山のプレーヤーやファンの想いを呑み込み、ウィンブルドンは美しい。
TV画面一杯に映る奇麗な芝コート。
フェデラーのクラッシックなカーディガン。
杉山愛選手の笑顔。
のんびりした観客。
出来上がりつつあるセンターコートの屋根の白い骨組。
芝が剥げて来た頃に増すであろう戦いの荒々しさ。
「最近ラケットを握ってない」って言ってたあいつも、せめてウィンブルドン位は観ててくれないかな。
ドシー選手の2回目のマッチポイント。
イバノビッチ選手のフォアハンドが白帯に当たった。
張りの柔らかいウィンブルドンのネットはそのボールをドシー選手のコートに落した。
人生だ。
2007.6.26
Takanawa4
坂東海
Scene 225
[Lawn Tennis]
2002年9月19日有明コロシアム。
トヨタプリンセスカップ女子ダブルスに出場した伊達公子選手を観ていた。
3-6で1stを落としての2ndの第1ゲーム。
コロシアムの南西に座っていた俺等の目の前で、アドバンテージコートの伊達選手がリターンダッシュしたその時、彼女が倒れて左足を押さえた。
笑顔があったので、「攣ったのかなあ?」「肉離れ?」何て言っていたらアキレス腱断裂で、彼女はリタイアし、夫のミハエル・クルム氏に抱きかかえられてコートから出て行った。
引退して6年経っているとは言え、プロアスリートの怪我の瞬間をこの目で見て、何か不安な気持ちになったのを覚えている。
今年のウィンブルドン。
錦織圭選手は、前哨戦で痛めた腹筋が原因で無念のリタイア。
腹筋はジュニア時代にも痛めたことがあるらしいが、テーピングでどうこうという場所ではないので、早く良くなってほしい。
いくら若いとは言え、予選から勝ち上がり続けるのは相当タフなことだ。
今回のウィンブルドンは本戦からだったが、更にアグレッシブな“エア・ケイ”になる為に、常時本戦ストレートイン出来る様応援しよう。
女子は楽々ストレートイン出来た森上亜希子選手が、左膝の故障で北京五輪と併せ不出場。
長年の激しいプレーによる軟骨の消耗と破損、そして北京五輪出場枠を狙っての強行軍で膝の皿がずれ、更には精密検査を繰り返したことが追い討ちをかけ、手術をせざるを得ない状況に陥ったとのこと。
ゴルフでは4月に軟骨除去手術を受けたタイガー・ウッズ選手が、復帰第一戦の全米オープンで優勝したものの、左膝が悪化し再手術で今季欠場となった。
タイガーは手術後18ホールを歩いたのは、この全米オープンが初めてだったが、19ホールに及んだプレーオフを含め91ホールを戦い抜き、ウィナーズサークルに立った。
「膝は痛かったが前を向くしかなかった。いつ辿り着くかわからないゴールに向かって、自分を鼓舞しながら進むしかなかった」
森上選手は「手術無しではツアーレベルへの治癒は不可能」という診断から、手術に踏み切る。
大丈夫、彼女のガッツならまだまだ前を向いて進んで行ける。
そしてそんな沢山のプレーヤーやファンの想いを呑み込み、ウィンブルドンは美しい。
TV画面一杯に映る奇麗な芝コート。
フェデラーのクラッシックなカーディガン。
杉山愛選手の笑顔。
のんびりした観客。
出来上がりつつあるセンターコートの屋根の白い骨組。
芝が剥げて来た頃に増すであろう戦いの荒々しさ。
「最近ラケットを握ってない」って言ってたあいつも、せめてウィンブルドン位は観ててくれないかな。
ドシー選手の2回目のマッチポイント。
イバノビッチ選手のフォアハンドが白帯に当たった。
張りの柔らかいウィンブルドンのネットはそのボールをドシー選手のコートに落した。
人生だ。
2007.6.26
Takanawa4
2008年06月19日
Scene 224 [EQ(equalizer)]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 224
[EQ(equalizer)]
以前よりセミオープン気味のスタンスが目立つ。
あの“ライジングサン”のカウンターは炸裂していたが、試合そのものは凡戦だった。
有明国際女子でのクルム伊達公子選手のプレー。
そりゃそうだ、1万$の大会なんだから仕方ない。
(観とかないと!)という妙な使命感で有明に行ったが、セミオープンのスタンスが、12年の間に増したスピード、パワーに対抗する為なのか、復帰後の二大会で砂入り人工芝コート特有のフットワークをして来たからなのかは正直わからなかった。
もう一ヶ月位前だろうか、古館伊知郎氏のニュース番組(ニュース・バラエティ?)に伊達選手が出演してた。
久留米の試合が終って一連の“復帰騒動”が一息ついた感のある時で興味が湧いた。
気がついたら、家人も後ろで立ち止まって画面に釘付けになってる。
話が古館氏独特の語り口、ペースで進んで行く中、伊達選手が復帰会見の時同様に、唐突に選手育成における砂入り人工芝の弊害について言及した。
岐阜、久留米と砂入り人工芝での連戦の後の有明国際女子への出場は、そこに更に踏み込んで行くプロセス?と考えたくもなる。
どんなスポーツでも、誠実なプロコーチなら「俺が育てた」みたいな言い方はしない。
プレーヤーの才能、努力へのリスペクトがまずあるし、施設、メニュー、その他諸々を工夫する事によって出来上がる“環境”でプレーヤーが伸びて行く事を知っているからだ。
有明国際女子では、若手選手のプレーのテンポがかなり間延びして見えて、伊達選手と同じく日本の“テニス環境”への危惧を感じた。
タイガー・ウッズのトリプルグランドスラムで幕を閉じたゴルフ全米オープンでは、片山晋呉選手が予選敗退時に、「こっちは難しすぎる。今田竜二選手に任せる」という内容のコメントを残してた。
ツアーの厳しさ、ベースを異国に置く困難さは勿論理解出来るが、正直聞きたくなかった。
でもこれも“環境”の大事さを如実に物語っている。
比較する訳ではないが、おそらく今田竜二選手も錦織圭選手も、この手のコメントはしないだろう。
オセロをひっくり返すみたいに、砂入り人工芝コートやゴルフ場を変える訳には行かない。
でもハードはそうそう変えられなくてもソフトはいくらでも変えられる。
“普及”という広い裾野の先は頂上に向う“育成”、“強化”だ。
今の自分とトップまでの繋がりを意識出来ているかい?
陽のあたる場所でも陽のあたらない場所でも、プレーヤーはもっと強くなる為に、コーチももっといいレッスンになる様に工夫している。
好きな事を「あーでもない」「こーでもない」って考えるのって最高だからね。
ちょいとEQを効かせれば、マンネリも閉塞感もその瞬間に消える。
素敵なアイデアを閃かせる為にまずは動いてみようぜ。
2007.6.14
Yurakucho
坂東海
Scene 224
[EQ(equalizer)]
以前よりセミオープン気味のスタンスが目立つ。
あの“ライジングサン”のカウンターは炸裂していたが、試合そのものは凡戦だった。
有明国際女子でのクルム伊達公子選手のプレー。
そりゃそうだ、1万$の大会なんだから仕方ない。
(観とかないと!)という妙な使命感で有明に行ったが、セミオープンのスタンスが、12年の間に増したスピード、パワーに対抗する為なのか、復帰後の二大会で砂入り人工芝コート特有のフットワークをして来たからなのかは正直わからなかった。
もう一ヶ月位前だろうか、古館伊知郎氏のニュース番組(ニュース・バラエティ?)に伊達選手が出演してた。
久留米の試合が終って一連の“復帰騒動”が一息ついた感のある時で興味が湧いた。
気がついたら、家人も後ろで立ち止まって画面に釘付けになってる。
話が古館氏独特の語り口、ペースで進んで行く中、伊達選手が復帰会見の時同様に、唐突に選手育成における砂入り人工芝の弊害について言及した。
岐阜、久留米と砂入り人工芝での連戦の後の有明国際女子への出場は、そこに更に踏み込んで行くプロセス?と考えたくもなる。
どんなスポーツでも、誠実なプロコーチなら「俺が育てた」みたいな言い方はしない。
プレーヤーの才能、努力へのリスペクトがまずあるし、施設、メニュー、その他諸々を工夫する事によって出来上がる“環境”でプレーヤーが伸びて行く事を知っているからだ。
有明国際女子では、若手選手のプレーのテンポがかなり間延びして見えて、伊達選手と同じく日本の“テニス環境”への危惧を感じた。
タイガー・ウッズのトリプルグランドスラムで幕を閉じたゴルフ全米オープンでは、片山晋呉選手が予選敗退時に、「こっちは難しすぎる。今田竜二選手に任せる」という内容のコメントを残してた。
ツアーの厳しさ、ベースを異国に置く困難さは勿論理解出来るが、正直聞きたくなかった。
でもこれも“環境”の大事さを如実に物語っている。
比較する訳ではないが、おそらく今田竜二選手も錦織圭選手も、この手のコメントはしないだろう。
オセロをひっくり返すみたいに、砂入り人工芝コートやゴルフ場を変える訳には行かない。
でもハードはそうそう変えられなくてもソフトはいくらでも変えられる。
“普及”という広い裾野の先は頂上に向う“育成”、“強化”だ。
今の自分とトップまでの繋がりを意識出来ているかい?
陽のあたる場所でも陽のあたらない場所でも、プレーヤーはもっと強くなる為に、コーチももっといいレッスンになる様に工夫している。
好きな事を「あーでもない」「こーでもない」って考えるのって最高だからね。
ちょいとEQを効かせれば、マンネリも閉塞感もその瞬間に消える。
素敵なアイデアを閃かせる為にまずは動いてみようぜ。
2007.6.14
Yurakucho
2008年06月12日
Scene 223 [Shooting Star]
[Another Side of Tennis]
坂東海
Scene 223
[Shooting Star]
一駅手前で読み終えた。
名残惜しくて巻末の年譜をぱらぱら捲る。
「宮城黎子の昭和テニス史―グッドデイズ、グッドイヤーズ、グッドライフ」
全日本選手権シングルス8連覇を含む、全日本単複混合計30個のタイトルホルダー。
1964年「レイテニスショップ」開店。
1967年「伊勢丹テニススクール」開校。
1969年「モダンテニス」創刊。
そしてこの三つの“日本初”。
改めて偉大なパイオニアだと思い知らされる。
でも伊勢丹テニススクールで習っていた頃は、(凄い人なんだろうな)とは感じていたものの、単純に“怖い人”だった。
夏の強化練習のレッスン中に女の子と話してたら、えらく叱られたっけ。
高校卒業を区切りに“選手”をやめて、新宿ACBで演り始めた頃、正月恒例の初打ちに顔を出した。
一緒に行ったダチも同じくバンドに専念してて、俺等のカッコはまあテニスプレーヤーのそれではなく、タイトなパンツにブーツの典型的なバンドマンスタイル。
そんな俺達を見て宮城先生は一言。
「早く着替えてらっしゃい」「いや、テニスの用意して来てないです……」「あらそう、じゃあ仕方ないわね」
“怖い”と感じていたのは、余りに強烈なテニスへの情熱に圧倒されていたからなんだな。
本の内容は宮城先生が生まれた1922年(大正11年)からの半生記。
1922年はウィンブルドンが現在のウィンブルドンコモンに移って来た年であり、日本庭球協会が設立された年でもあり、更に第一回の全日本選手権が開催された年。
そして宮城先生が田園調布に引っ越した8年後1934年(昭和9年)に田園テニス倶楽部開業。
タイトルの“昭和テニス史”は正にその通りだ。
“ウィンブルドン”が1877年から1921年までは、“ウィンブルドン”ではなくウォープルロードで開催されていたこと、“テニスコートの恋”の以前に、現皇后陛下である美智子様が関東大学新人戦で優勝していること等々のエピソードに驚かされる。
全豪の本選に出ていたのに自分では予選だと思い込んでいて、後年になって人に言われて本選に出場していたと知ったというくだりもある。
ハリー・ホップマン夫妻との交友を綴った箇所では、ハリー・ホップマン氏を招いてのレッスンを思い出した。
あの速射砲の様な球出し、全日本ジュニアのチャンピオンの先輩が打ち込んだ球を獲れるか獲れないかギリギリの所に落す配球、ホップマン氏が昼食後の練習に若干遅れて来た時の「名前のわりには急いでないな!」という俺達のコーチのギャグ。
そのコーチがいつだったか、「宮城さんに代って駐車場に車入れたんだけど、“バックは出来ない”らしいんだよね。いつもどうしてるんだろう?」何て言ってたのも思い出す。
とにかくいい本だ。
俺が関係者ということを差し引いても充分おつりが来る。
帰宅して、読み終えた本をキッチンのテーブルの上に置いてiBookを開いた。
メールの受信フォルダに伊勢丹テニススクールの仲間からのメール。
(何だろう?又呑みの誘いか?)と開いたら……。
急に先週の太子堂での出来事、メールをくれた奴の友人と先日たまたま話をしたこと、そして今さっき本を読み終えたことが、このことの暗示だったのかと思えて来る。
そして宮城先生からのメッセージだったのかと、今の自分を振り返った。
全然ダメだな、俺。
頭の中では何故か、(ディランのShooting Starを聴かなきゃ)と俺が俺に言ってる。
お涙頂戴はまっぴら御免でしょうから、最後に「宮城黎子の昭和テニス史」のプロローグのタイトルを記してみます。
「テニスほど楽しいものはない」宮城黎子
合掌。
2007.6.7
Chitosedai1-28-1
坂東海
Scene 223
[Shooting Star]
一駅手前で読み終えた。
名残惜しくて巻末の年譜をぱらぱら捲る。
「宮城黎子の昭和テニス史―グッドデイズ、グッドイヤーズ、グッドライフ」
全日本選手権シングルス8連覇を含む、全日本単複混合計30個のタイトルホルダー。
1964年「レイテニスショップ」開店。
1967年「伊勢丹テニススクール」開校。
1969年「モダンテニス」創刊。
そしてこの三つの“日本初”。
改めて偉大なパイオニアだと思い知らされる。
でも伊勢丹テニススクールで習っていた頃は、(凄い人なんだろうな)とは感じていたものの、単純に“怖い人”だった。
夏の強化練習のレッスン中に女の子と話してたら、えらく叱られたっけ。
高校卒業を区切りに“選手”をやめて、新宿ACBで演り始めた頃、正月恒例の初打ちに顔を出した。
一緒に行ったダチも同じくバンドに専念してて、俺等のカッコはまあテニスプレーヤーのそれではなく、タイトなパンツにブーツの典型的なバンドマンスタイル。
そんな俺達を見て宮城先生は一言。
「早く着替えてらっしゃい」「いや、テニスの用意して来てないです……」「あらそう、じゃあ仕方ないわね」
“怖い”と感じていたのは、余りに強烈なテニスへの情熱に圧倒されていたからなんだな。
本の内容は宮城先生が生まれた1922年(大正11年)からの半生記。
1922年はウィンブルドンが現在のウィンブルドンコモンに移って来た年であり、日本庭球協会が設立された年でもあり、更に第一回の全日本選手権が開催された年。
そして宮城先生が田園調布に引っ越した8年後1934年(昭和9年)に田園テニス倶楽部開業。
タイトルの“昭和テニス史”は正にその通りだ。
“ウィンブルドン”が1877年から1921年までは、“ウィンブルドン”ではなくウォープルロードで開催されていたこと、“テニスコートの恋”の以前に、現皇后陛下である美智子様が関東大学新人戦で優勝していること等々のエピソードに驚かされる。
全豪の本選に出ていたのに自分では予選だと思い込んでいて、後年になって人に言われて本選に出場していたと知ったというくだりもある。
ハリー・ホップマン夫妻との交友を綴った箇所では、ハリー・ホップマン氏を招いてのレッスンを思い出した。
あの速射砲の様な球出し、全日本ジュニアのチャンピオンの先輩が打ち込んだ球を獲れるか獲れないかギリギリの所に落す配球、ホップマン氏が昼食後の練習に若干遅れて来た時の「名前のわりには急いでないな!」という俺達のコーチのギャグ。
そのコーチがいつだったか、「宮城さんに代って駐車場に車入れたんだけど、“バックは出来ない”らしいんだよね。いつもどうしてるんだろう?」何て言ってたのも思い出す。
とにかくいい本だ。
俺が関係者ということを差し引いても充分おつりが来る。
帰宅して、読み終えた本をキッチンのテーブルの上に置いてiBookを開いた。
メールの受信フォルダに伊勢丹テニススクールの仲間からのメール。
(何だろう?又呑みの誘いか?)と開いたら……。
急に先週の太子堂での出来事、メールをくれた奴の友人と先日たまたま話をしたこと、そして今さっき本を読み終えたことが、このことの暗示だったのかと思えて来る。
そして宮城先生からのメッセージだったのかと、今の自分を振り返った。
全然ダメだな、俺。
頭の中では何故か、(ディランのShooting Starを聴かなきゃ)と俺が俺に言ってる。
お涙頂戴はまっぴら御免でしょうから、最後に「宮城黎子の昭和テニス史」のプロローグのタイトルを記してみます。
「テニスほど楽しいものはない」宮城黎子
合掌。
2007.6.7
Chitosedai1-28-1






