テニスエッセイ[Another Side of Tennis]

新宿ゴールデン街 バーの片隅のテニスと音楽の与太話
〜テニス、甲斐バンド、SION、ディラン、ストーンズ〜

起きがけに家人から「プリンス死んじゃったよ」と聞かされた。
(どこかの王子???)
タモリ倶楽部のギャグの様な事を思い浮かべた後、プリンスその人の死と気付いたが、納得行かずiPhoneを弄った。

一週間前、大分のテニスコーチから奴と勤務先のスクールの無事を聞く事は出来たが、先の見えない被災状況にどうしようもない重い気持ちを抱えている。
心配をまとった自己正当化の報道にイライラしながら現在の状況を読み取ろうとする毎日。

液晶はそんな場面から赤土のテニスコートに切り替わる。
バルセロナ・オープン。
錦織圭選手のプレーを観て元気付く自分を感じる。
でも(圭の熊本へのマットレス寄付、他の有名人みたいに叩かれなくて良かった)と、余計な心配をしなきゃいけない今にほとほと愛想が尽きたりもする。

暮れに発表される重大ニュースが上半期で埋め尽くされてしまうんじゃないかと感じる暗い世相。
1978年の重大ニュースの中にはボブ・ディラン初来日。
そのディランは4月4日から4月28日までオーチャードホール9日間をメインの16本のツアーで来日中。
今回のツアーはここまでずっとオーラスは“愛する貴女と一緒にいられるのなら何もかも投げだせる”と唄うラヴ・シック。
今を生き延びるのに精一杯の俺達へのメッセージなのか。

スプリングスティーンが4月23日のブルックリンのショーのオープニングでPurple Rainを演ったのをYouTubeで観た。
楽屋で耳コピしてステージにのっけたPurple Rainは凄かった。
ニルス・ロフグレンのソロはずっと弾き込んで来たかの様だ。

Born In The U.S.A.とPurple Rainがずっと流れていた1984年。
俺達には相変わらずタフなラヴソングが必要だ。

「MVPはサポーターの皆さんです!」
どこか綺麗事だと感じてしまうことがあった。

全国選抜中学校の最終日はどの対戦ももつれにもつれていた。
あれよあれよと言う間に決勝戦。
円陣のかけ声の最後に皆で右足を踏み込みながら「We are No.1!」と締めるチーム。
勿論日本一を目指しているが、それが簡単な事でないのはわかっているし、チャンスはそうないのもわかっているが、準々決勝、準決勝と全国優勝経験校を破り、パッと視野が開けた。
決勝は昨年の優勝校。

横6面で男女決勝が一斉に始まった。
6面共に簡単に行かない展開で進み、まず男子の優勝が決まった。
最後までどっちに転ぶか全くわからないた
女子はダブルス2本が1勝1敗でまだ終わらないシングルスにかかった。
結果は追い詰められたチームがまくって劇的な勝利で初優勝。
選手も応援の部員達も歓喜の表情。

ちょっと落ち着くと気の早い大人達から「祝勝会はいつにする?」「MVPは?」なんて声が聞こえて来る。

(MVPねえ……)
ここまでの闘いを振り返って考えてみるとこれが難しい。
劇的な勝利、安定した勝利、粘って士気を高めた敗北……。

一人妄想してると、自分の試合が終わってコートから出て来るなり、仲間の応援に向かう選手の姿を思い出した。
かかった試合の最後のタイブレークのコートチェンジで選手より早く反対側に全力で走って行く応援団の姿。
選手達が朝のUPをしてる頃、車座に座り小さな声でかけ声の確認をしていた応援メンバーの姿。
そしてその応援メンバーが、全対戦が終わるまで仲間を信じて最初から最後まで応援し続けていた姿。

MVP=Most Valuable Player、いやMost Valuable Players
応援メンバーで決まりだ。

数年振りに座り眩みした。
立ち眩みと同じ様な感じだが、エコノミー症候群みたいなものか。
(うわっ、これ来るかも……)
徐々に指先が痺れて来て、首の後ろが重くなり、冷や汗とも脂汗とも区別のつかない汗。
何回か水を飲んで誤魔化すが、(もうダメだ)と膝の上に肘をついて手のひらで頭を支える。
急行で駅間が長く、おまけにいつもの朝のラッシュのノロノロ運転。
何とか西武新宿まで持たせてベンチで一休み。
段々と戻って来ながら頭の中では、(西武新宿もスゴいなあ……)
毎日使ってるこの駅で初めてベンチに座って見ていると、中央線程じゃないがどんどん電車が入って来て、多勢の人を吐き出して行く。

「早く逝かないでよ」
その晩家に帰ると、家人は冗談とも本気ともつかない口ぶり。
「”Keith Don’t Go”か!?」
と切り返すのはやめておく。
Keith Don't Go (Ode To The Glimmer Twin)
ロニーがストーンズに加入した1975年のニルス・ロフグレンのナンバー。
ストーンズがツアー発表記者会見で、マンハッタンをトレーラーで走りながら荷台でブラウン・シュガーをプレーしたあたり。
キースはキメにキメてる頃だ。
”Keith Don’t Go”はキースの大ファンのニルス・ロフグレンの切実な想いだったんだろう。
あれから41年。
キースは相変わらず脚気キックしてギターを弾いてる。
これぞ三つ子の魂百まで?

そう言えばフェデラーは子供達にサインする時に
「壁打ちしてる?」
と声をかけることがあるらしい。
どんな一流プレーヤーもそこまでの道のりは小さな町の片隅から始まる。
日が暮れるまで壁打ちしたり、アンプが買えずペケペケの音でエレキを弾いたり……。
独りで自分の足元に落ちて行く汗が地面やカーペットに吸い込まれて行くのを皆見てたんだ。
そして今も地球のどこかでそれを見てる。

代々木2丁目のデカいマンション1階の一番奥にポツンとあるスポーツバー。
とても呑み屋がある感じじゃないオフィスの様な廊下の先にある唐突さが面白い。
サッカー日本代表の試合がある時は超満で入れないらしいが、初めて行った時は数カ所にあるデカいTVは何故かジャニーズ系のPVだった。
今夜は独りでハイボール。

「この朝刊のスポーツ面見た?」
「もしかして韓国と引き分けた次の日に宮間と大儀見がランニングを始めたら、他の選手がその逆回りでランニング始めたってやつ?」
「そうそう、その場面想像してゾッとしたよ。大儀見がマスコミに選手批判をして他の選手に、『言う相手が違う。チームとって確実に良くない』と反発されたのもなあ……」
「ここの鮫島の『うまくいっている時は阿吽の呼吸で出来てたけど、ここにいると思ってた仲間がいない事があった』とか、澤の『いい時のなでしこは皆が同じ方を向いて同じ気持ちで戦うが、遠慮したり他人任せが感じられて歯痒かった』もキツいね」

同じ会社のサッカー好きと思しき若い2人が新聞を見ながら話してる。
先輩がランニングし始めて、その後後輩が逆回りでランニングを始める……。
テニス部の中でもバカでイキがってた俺達の代でもそれはなかった。

「こういうのってウチの会社も同じじゃない?
『何でも言って来い』『何で言いたい事を言わない』って言う奴には誰も本音言わないし、『俺は嫌われていい』って言う奴は本当に嫌われてるじゃん?そんな感じなのかな?」
「う〜ん、でも会社は本音を言わないだけじゃなくて、上が喜ぶ事を言っておいて、影で好き勝手言ってる奴ばかりだから、もっとたち悪いのかなあ?」
「そんな陰湿じゃなくて、上から返って来るパターンはわかっているから、少しでも上を怒らせないで気分良くさせておいた方が仕事が進むっていう現場の知恵って事にしとこ」

千円札一枚の勘定を済ませて出る時、「呑み過ぎんなよ」と一声かけたくなったが止めておいた。
次の晩、別のバーでは
「なでしこみたいに、選手は頑張ってるんだけど上手く行かない時ってあるでしょ?」
なんて言葉を聞いた。
皆それぞれに人との関わりの中でもがき足掻いているって事か。

そう言えばサッカー好きの二人が読んでいた某大手新聞。
先日のデ杯イギリス戦の最終日の扱いが悪かった気がする。
TVに収まりやすい卓球もいいけどね、頼むよ。

冬の夕方。
隣の住宅工事現場では簡易照明を灯して作業している。
そこから漏れてる灯かと思ったらフェンスの低い位置に工事現場と同じ様な簡易照明が設置されていて、向こう側にはここが元高級テニスクラブだった時のものであろう水銀灯が2灯。
それでも暗い。

サーブ練習が始まった。
(そうなんだよなあ)と、やっと思い出した。
部活のサーブ練習は暗くなって球が見えなくなってからが当たり前。
野球部はピッチャーがブルペンに入って投球練習を始めてる。
真っ暗で何も見えなくなると秘かにレシーブ側に回って先輩達の方に天井ロブでボールを打って、「痛ってえ!誰だよ!?」と先輩達が騒いでるのを見て楽しんでいたのも思い出した。
いやああれは愉快だった。

勿論目の前の部員達は皆真面目に練習している。
キラキラした目で質問されるとこっちのアドバイスにも熱がこもる。
とは言え部活特有の異常な声出し、過剰な礼節はない。
そしてその分部員達の集中は低い。
ここは難しいところだ。

最後の挨拶が終わって顧問と話をしていたら、皆が帰り支度をする中、低学年の二人がストレッチをしていた。
あの子達が高学年になる時にはいい部活になっているだろう。

暗くなってからサーブ練習。
多人数で皆がコートで打てる時間を工夫してたあの頃の感覚。
思い出して良かった。

頑張れ!部活テニス!

脳神経細胞の本能は「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」のたった3つしかない。
脳には「自己保存」と「統一・一貫性」という2つの癖が生まれる。
外部から入った情報はまずはA10神経群に到達し、ここで感情が生まれる。

読み終わった「脳に悪い7つの習慣/林成之」の冒頭。
「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」
脳の本能という位だから、これには逆らわず、理解して動けば良いのはわかる。
問題は2つのクセのコントロール。
保身に思い込みに自意識過剰。
ここは難しい。
更にはA10神経群の感情のレッテル貼り。
まず自分自身がポジティヴなレッテルを貼ること。
そして相手にもポジティヴなレッテルを貼ってもらうこと。
ここに関しては相当難しい。

「ストレスから来る胃酸逆流で肉芽が出来ていますね」
喉が詰まって声が出なくなることが増えて、鼻の穴からフィアバースコープを入れられて喉の検査。
(肉芽?)
初めて聞く言葉だ。
まあとにかくストレスで逆流性食道炎ってやつになってるってことだ。
声が完全にひっくりがえっちゃって、喉のポリープを2回切った時に比べれば薬で治るんだから楽なもんだ。
ただ悪い癖に取り憑かれているストレス君はどうにかしないとだな。
奴は手強い。
A10神経群のコントロールのしがいがあるってもんだ。

ジョコビッチのA10神経群はポジティヴにスパークしまくっているんだろうなあ。
彼は本の結びの言葉「違いを認めて、共に生きる」ことを自然にやっていると確信を持てる。
その資質に認められ、貢献する好循環サイクルでまだまだ上昇するんだろう。

街の底でいつもコケにされっ放しでも「認められたい」ものだ。

うみそらおんがくおきなわ2016
沖縄地方の強風&雨により
1/23.1/24両日共に開催を中止しました。
残念! ぜってーリベンジすっぞ! こんにゃろ〜!!

これは友達のfacebookへの書き込み。
去年の第1回は奥田民生、PUFFY、憂歌団、レキシ、怒髪天、The Birthday等をブッキングして大成功。
今回はChar、佐野元春、小田和正といった大御所もブッキングしていただけに、奴の悔しさもひとしおだろう。

そんな土日。
俺は神戸にいた。
正確に言えば神戸から車で40分程の三木市のビーンズドーム。
数年前に来た時も冬。
デ杯開催直前で寒空の下、錦織圭選手はじめチームがワゴン車で会場入りするのを見た。
その時よりもはるかに寒い歴史的な寒波が来るという予報。

「日曜の天気やばいですよね。帰れますかねえ?」
「いやその前に雪でビーンズヘの坂を車が登って行けないかもですね」
挨拶代わりにこんな会話が交わされていた日本リーグ2ndステージ。
1stステージの結果を受けての戦いだけあって、上位抜け、決勝トーナメント進出、
日本リーグ残留とそれぞれのチームの目標が明確になっていて、力の入った試合ばかり。
見ているこっちも引き込まれる。

お目当てのチームは昨年東京、関東、全国と勝ち抜いて来た。
そのチームの最終日の最終マッチは東京を勝ち抜く原動力となった2人のダブルス。
1st、2nd共に1ブレークしての64,64で勝利。
いいパフォーマンスだった。
何か良かったなあ。
東京体育館でもいいファイトをしてほしい。

結局雪は降らず、2時間早い新幹線に変更して帰京。
新幹線には飛び乗ることになって何も買えず、車内販売もなかなか来ない。
帰京する新幹線では最長素面時間だ。
やっとビールにありついたのは掛川。
美味かった。

唐突に焼肉が喰いたくなった。
これには自分自身でもちょっと驚いた。
Stonesの「You Got Me Rocking」の出だしの“I was a butcher cutting up meat”じゃないが、ガキの頃実家はデカい肉屋で、晩飯のオカズに困ると閉店後の店のショーケースから好きな肉を持って来てた。
好きな肉と言っても、あの頃は脂身が嫌いで真っ赤な肉しか喰わなかったし、ソーセージやハムばかり選んでた気がする。
そんなだから、ガキと焼肉屋に行く様になって初めて霜降りが高いって事を知った有り様で、俺は肉に対する執着心が全くない。
それなのに何故?と考えてみると、この年末年始は毎日朝からJrの試合会場にいて、朝昼晩とコンビニ飯だった。
まともな飯と言えば暮れに花小金井の大連で明太チャーハン喰った位だ。

「もうコンビニのおにぎり当分食べたくない!」
「本当だよね」
女の子達がキャッキャッと話してたが、同感だよ。
「おせちもいいけどカレーもね」の方が格段にいい。

車を和牛を安く食べさせてくれる店に向ける。
桜堤団地入口のバス停の側。
五日市街道と玉川上水越しに店が見えて来たが、ネオンが点いてない。
そりゃそうだよなあ、まだ三が日だもんなあ。

ちぇっ、とりあえずローソンでレモンサワーとハバネロビアスティック買って帰るか。

“12月 街はクリスマス気分”

何回聴いて、何回切なくなり、何回なんとかしなきゃと繰り返したのか……。
クリスマス。
親父がバカでかいケーキを店員さん皆に渡していたのを覚えてる。
ウチは売っ払っちゃってもうないけど、商店街の雰囲気をギリギリ残している寂れた通りで今も残ってるケーキ屋さんだから、多分美味かったんだろう。

家人が急に居残りになり、下のガキがテニスの練習から帰って来るところに間に合うかどうか。
結局「明日試合で早いし、本番は明日家でゆっくり」と3人でいつも超満の回転寿司。
これが笑っちゃう位のガラガラ。
さすがクリスマスイヴと回転寿司のミスマッチ。

上のガキのバイト先を覗いて来た家人によれば、奴はサンタの帽子をかぶってまだ働いているらしい。
帰って来るまでには帰宅と、カンパチとエビを口に放り込んでオミヤを持って帰宅。
俺も高校生の時に自由に使える金が欲しくてバイトしたなあ。
大学生と偽って自分の名前と彼女の名前と甲斐よしひろを混ぜた偽名(なんのこっちゃ……)で着物展示会の設営のバイト。
日雇い即日払いで1万近くもらえて良かった。
どうでもいい話だが友達は自分の名前と彼女の名前と佐野元春を混ぜてた。

明けて今日。
今日こそはと夕食の買い出し。
時間は昨日より若干余裕があって家人とスーパーへ。
「チキンを焼く」と鶏肉をカゴに入れてた家人が、惣菜売り場の前に来て「ごめん、これさっきの場所に返して来て」。
チキンの照り焼きが半額になった瞬間だった。
売り場を改めて見回せばクリスマスというよりは正月にシフトしてる。

こうやって又暮れて行く訳だ。
そしてやっぱり俺は”なにかやり残したよな やわらかな後悔をする”

今年もまた帆立が届いた。
早速晩飯で食べた。
美味い。

「いつもすいません!早速食べました!」
「おおっ着いた?最近調子はどう?錦織選手が活躍しているから盛り上がってるんじゃないの?」
「おかげさまで何とかやってます」
「一人の人が出ることで状況って変わるんだねえ。彼は頑張ってる?」
「ナショナルのコーチで頑張ってますよ」
「そうなんだ。知らなかった」
「2年前かな、会った時に知り合いだって話をしたらちゃんと覚えてましたよ」
「そう覚えていてくれたんだ。親戚に結婚式の時に話はしたんだ。そう言えば兎の早生まれだっけ?」
「いや兎の学年で辰の早生まれ」
「そっかあ俺が兎の早生まれだからふた回り違うんだね。お互い元気でいようね」

電話を切ってもアタタカイ気持ち。
親父がやってた肉屋に俺が小学校の頃に修行に来ていて、職人さん達の中で若手だったから君付けで呼んでいて今もそうだけどふた回りも離れていたんだ。
店に下りて行っちゃあもらった揚げたてのメンチ、定期的に巡業?して来て店の横のスペースで商売してた焼き鳥屋さんでもらったレバ。
今も好きだ。
今武蔵境北口のほっこりした焼き鳥屋。
レモンサワーと当然レバとメンチ。

数日前にiPodがシャッフルで流して来て久々に聴いたSIONの曲。
今晩また聴こう。

「元気か?」

有明のアウトコート。
ファイナルセット。
どちらに転んでもおかしくないギリギリの鬩ぎ合い。
隣の試合が入ってないコートの照明の台座に座って、
俺のことを「呑むのが仕事なんだろ?!」とからかうJr時代の先輩と観てる。

2人ともちょっとは知ってるので、どちらにも肩入れしない様に冷静に観ていたが、
技術と意地のぶつかり合いが凄い。
先輩と2人でたわいもない話もしながら、「うわっ、来たねえ!」と目はコートに釘付け。

対戦終了後、たまたま2人を別の場所で見かけた。
どちらもさっきまでの闘いの壮絶さからまだ抜けきれられない表情で、言葉はかけず立ち去った。

聞けば連日ハイレベルでタフな試合が繰り広げられた大会だったらしい。
安藤証券オープン。
来年も楽しみだ。

日本人のメンタリティは一億総中流だとずっと聞かされて来て、(俺も結局その中の一人なのか……嫌だなあ)なんて考えていた。
それが今や某大新聞社が”下流老人 一億総老後崩壊の衝撃”なんて本を出して、一億総下流なんて言葉もたまに聞く。
巷では「ランチに800円、呑み会で5,000円払えるかどうかがその境目」なんて話もあるらしい。
「世界の0.7%の人が100万$以上の富を持ち、それが世界全体の富の41%にあたる」
というクレディ・スイス銀行のグローバル・ウェルス・レポートを身近に感じる。
一億総活躍社会ねえ。
はああ、0.7%のあんたらの為に活躍する気にはならねえな。

うん?
<文部科学省が「一億総活躍社会」の実現に向け、今後10年間でスポーツや文化に関連した産業の規模を3倍以上にすることなどを柱にした計画案をまとめ、9日に開く同省の「一億総活躍推進本部」で正式決定>
思わず「おおっ!」と期待したが、これで収入が3倍になる訳じゃない。
だいたいもう10日だけど何も発表されていないみたいだ。
まあ東京オリンピックに向けて、有明の設備が良くなって観戦しやすくなったり、観戦の合間をもっと楽しめる施設になるのは今から楽しみではあるが。

給料は上がって、いい車乗って、いい家住んで……。
右肩上がりに成長して来た昭和と今は違う。
若い奴等の目の中には、無理して若作りの裸の王様がウロウロしているのか。
こんな閉塞感一杯のご時世、自分なりに豊かな気持ちになることが大切だ。
甘ちゃんかもしれないが、スポーツや音楽の力を信じたくなる。

ラグビー選手達の間では呑み会の時に「右手でコップを持ってはいけない」という暗黙の了解があるという。
対戦チームと呑む文化があり、「いつでも握手が出来る様に」「濡れた冷たい手で握手することがない様に」がその理由。
右手でコップを持つと「バッファロー!」と周りから言われるが、その由来はトップ選手達も知らないってのがおかしい。
いいなあ、おおらかで。

呑んでる時に「バッファロー!」と言われない様に右手を空けておくこと位は俺にも出来そうだ。
まずは今晩呑みに行かないと!

「スポーツ新聞で読んだんですけど、もし巨人の監督が高橋由伸になるとセリーグの監督は、由伸40才、ラミレス41才、谷繁44才、真中44才、緒方46才、金本47才と、全員40代ですよ!」
「プロ野球の監督って川上、西本、野村、仰木って皆年長者って感じたったもんね」
「それは今も俺等より年上だからだろ!それより、古葉、森、広岡!」
「あのね、三原、水原、鶴岡が入ってなくてどうする」
「流石もうじき役定……。俺もその3人は出てこないっす……。でもウチのガキの少年野球チームに三原監督の孫がいて上手かったなあ」
「時計の針がショクタク、ショクタク……バカ言わすんじゃない!」

壁には黄色い紙に赤い字でおすすめメニューの場末の呑み屋。
今年の田園オープンは45才以上になったけど、まだまだ身体は動く。
たまにしかやらないゴルフもドライバーの飛距離も伸びている。
それでも隣のテーブルのサラリーマンの会話は気になる。
部活を引退した後、高3の夏からここまでテニスコーチ以外の職についたことがない。
先輩コーチ達みたいに親や親戚に「テニスコーチなんて年取ったら出来ない仕事は止めて他の仕事につきなさい!」と言われたことはないが……。

<明日朝練してもらえますか?>
この間のレッスンで元インカレのお客さんに打ち負けたと悔しがってたアルバイトからLINE。
迷いも考えもせず<OK>と返す。

50半ばの先輩コーチが酔っ払うと必ず延々語る話を思い出す。
「昔は年喰ったらロックは出来ないって言われてて、”Do'nt trust over the 30”って言ってな、30才以上の奴は信じるな!なんて言葉もあったんだよ。だからミック・ジャガーは、20代の頃から『いつやめるんだ』って言われ続けてたんだけど、『サッカー選手だって身体が動いてるうちにやめないのと一緒』って言ってたんだ。俺等も同じよ!」
久々に呑んでもらって、生で聞いて来るか。

いつか身体が動かなくなるのはわかってる。
怪我をするかもしれない。
でもまだまだいいパフォーマンスが出来るのもわかってる。

「大将帰ります。いくら?」
早く帰って寝ないとだ。

MacBook AirのiTunesで珍しく吉田拓郎を聴いている。
曲は「いつも見ていたヒロシマ」。
レゲエの「まるで孤児のように」に続いて始まるアコギのイントロがとてもいい。
次の「古いメロディー」、そして「アジアの片隅で」と続くこのA面の流れは最高だ。

しかし4時間は長い……。
新幹線で広島に向かっている。
お願いだから飛行機じゃなくて新幹線にして!という選手のリクエストに応えたのはいいが、
そろそろケツが痛くなって来た。

ついさっき食通の友人からは、

共楽堂「一粒のマスカット」※期間限定で販売終了
http://www.kyorakudo.co.jp/products/list.php?category_id=24
今は「ひとつぶの紫苑」?
http://www.kyorakudo.co.jp/products/list.php?category_id=98
通じゃないけど亀屋「川通り餅」
http://www.kawadorimochi.com/kawadorimochi.html
ちょっと通っぽい倉崎海産「オイル&オイスター」
http://www.kurasaki.co.jp/product/

と広島お土産情報がmessengerで飛んで来た。
だから観光じゃないっちゅうに!
でも「花瑠(オイル)&花星(オイスター)」これは美味そうだなあ。

広島からはレンタカーで会場入り。
広島広域公園テニスコート。
センターコートは3千人、サブコートは1千人収容。
1994年のアジア大会、1996年の国体の会場として作られただけあって良い施設だ。

前日練習から4日間の結果は優勝。
懇親夕食会での主将の宣言通り。
ほぼ同世代の選手5名は終始ポジティヴにいいファイトをしていた。
さっ次行こう。

毎晩明け方まで呑んで、タクシー代を少しでも浮かそうと職安通りまで歩いていた時期に見つけた店。
明け方でも盛っていて迷わず入って食べた餃子が美味くて今でも良く行く。

今日は有明で一軒呑んだ帰りにエンゲル係数の高い若手と入った。
多分リーズナブルな店では新宿一美味い餃子&ビールでまずは乾杯。
ここの餃子は小金井公園北東角にあるメチャクチャ美味い店と同じ焼き揚げ餃子。
奴は白飯を発注。

そして次はこの店独特のセパレートされた器で出てくる「スペシャル麺類」。
俺は「北京式チャンポン麺+五目チャーハン」が好きなんだが、腹一杯なので奴の「ジャージャン麺+スブタ」を少しつまむことに。
「こんな真っ黒なジャージャー麺初めて見ました!美味いですねえ」
そうそう麺は手打ち。

「ずっとやってれば勝てるとは思うんですよ」
「でもそのずっとやるってことが出来なかったんですよね」
「だからプロでやってる奴はそこがすごいと思います」

お互いの顔と料理とグラスの三角形で見ながら会話。
(こいつ、自分と周りを冷静に見てるなあ)と感心する。
本気で話せば必ず応えるナイスガイ。

「豚肉の細切辛口炒め食べていいすか?」

新宿なのに「北京」。
今夜も美味い!

「ワンオクのファンクラブ入ろうよ!」
「AAAのファンクラブ入りたいって言ったらダメって言ったくせに!」
「え〜っ、独りで入ろうかなあ」

笑える母娘の会話。
俺も彼女等がiPhoneで聴く為にMacBookに放り込んでるワンオクの曲をたまに聴いてる。
「69」を聴くと気持ちが奮い立つ。

“今のこの世の中そしてこれから先も絶対必要なんだと俺は確信してるそんな職業に就けたこと俺は心から誇りに思ってるしこれからもこの素晴らしさを伝えていきたいと思ってる”

2週続けての団体戦での遠征。
帯広は2ダブルス1シングルスの3ポイントでの戦いで準優勝。
翌週の千葉は2シングルス1ダブルスの3ポイント。
帯広で全対戦シングルスに出場し、無敗でチームを引っ張り続けた主将が千葉の2日目に、翌日の最終日のタイトな戦いに備えてオーダーを組み替えてダブルスに回った。
結果は大当たりで優勝。
奴が自分のシングルスで決めたい気持ちは痛い程わかったが、決勝の1勝1敗で回って来たダブルスでビッグショットを決め続け、マッチポイントも強烈なフォアハンドのエースで決めたのを観た時、嬉しさや感動ではなく次の全国A大会に向けて気持ちが引き締まるのを感じた。

遠征中、独りの部屋で聴いていたのはワンオクでも甲斐バンドでもSIONでもD.W.ニコルズでもなくて、MAN WITH A MISSIONの「フォーカスライト」。

"点と点をつなぎ 線と線で描いて行く 絵空事のような夢が 僕らを動かして行くんだ"

サビを聴きながら想う。
いい男になったな。
良かったよ、一緒に戦えて。
次行こうぜ。

明後日から久し振りの北海道。
前回は1991年。
時期はほぼ同じ。
大会中に39才を迎えるコナーズが勝ち進んで行く全米オープンを旅の合間に観ていた。
ホテルの小さなブラウン管ですら感じ取れる熱気。
コナーズは自分を鼓舞し、客を煽り、スタジアム全体を揺らし続けた。
プレーは全盛期には及ばないもののファイトしきる姿はカッコ良かった。

中学生の頃、俺の部屋にはKISSのポスターとスマッシュの付録のコナーズのポスター。
それを思い出した後、そのポスターが甲斐バンドに変わっていた高校の頃のあるシーンも思い出した。

全日本ジュニアをはじめジュニアタイトルを獲り続けていたスクールの先輩の試合。
確か全日本ジュニアの決勝。
いや準決勝だったか。
いやいや関東ジュニアだったのか。
俺達にガキ特有の背伸びした遊びを全部教えてくれてその先輩は、俺達が憧れた攻めのテニスはその頃もう見れなくなっていて、俺と同い年の友達のハードヒットをひたすら凌いでいた。
終盤、そいつが足を攣った。
先輩は自分のバッグからスプレーを出してそいつに駆け寄り介抱した。
しこってしこってミス待ちしてる最中に出た、普段の面倒見のいい悪ガキの顔とのミスマッチがこれ又カッコ良かった。
先輩はその大会は優勝。
しばらくしてジュニアを卒業してからは顔を合わせることもなくなり、今は音信不通。

中3の夏、東京都で3位になった俺は嬉しくて、可愛い女の先輩にそれを言ったら、「お前、そういうダッセエことすんなよ!」って怒られたなあ。
皆でどうでもいい店に昼飯を誘ったら、「お前等二度とこんな恥ずかしい店来んなよ!」とも言われた。
両方今もどこかで意識してる。
遊び方だけじやなく男らしさも教わっていたんだな。

とにかく明後日は帯広。
コナーズと先輩の顔を思い浮かべながらの遠征になるかもしれない。

TVは殆ど観ない。
たまたま家にいてタイミングが合えば「タモリ倶楽部」と「ブラタモリ」は観る。
そんななのに家族がつけたTVを皆が部屋から出て行っても、觀もしないのに消さずにいる事が多い。

「バレエを始めたのは9才」
「えっ、それ遅くないですか?!」
「頭と身体のコーディネーションが丁度交わる時で良かったみたい」

そんな感じのやり取りが聴こえて来た。
某スポーツ資格を取る際に「バレエやフィギュアスケートは幼少から始めていないと成功する可能性は殆どゼロ」と聞いた。
それがあったからか思わずTVを観入った。
後で見た番組の紹介はこんな感じ。

バレリーナ吉田都が英・ロンドンへ。
ロイヤルバレエの最高位プリンシパルを15年間も務めた世界の女王。
17歳で留学し過ごした場所で夢を追い続けたあの日を想い出す……

「必要なのは自分を信じる強さ」と言い切る彼女は、バレエを9才で始めて17才でロンドン留学、
その4年後の21才から15年間プリンシパルとして踊り続けていた訳だ。
今でもバレリーナとして努力し続ける姿勢や、周囲を引き込む力を観て、成功者に共通のものを感じるし、9才から始めて世界のトップになったことに類い稀な才能を感じるが、やはり9才から始めたということが気にかかる。

西武線沿線の駅から離れた刺身の旨い店。
中学校まではバトミントンで高校からテニスに転向した女子プロテニス選手に思わず言った言葉を思い出す。
「偉大なる例外として子供達に勇気を与えてほしいなあ」
勿論彼女のバックボーンや才能、努力、そしてGutsがあっての今とはわかっている。
それでも「こんなプロ選手もいるんだよ!」と、錦織圭選手の活躍を観て部活からテニスを始めたJr達に教えてあげたい。

彼女と刺身を突っ突いた数日後、「ぼっけったのが良かったかも!」と優勝報告。
チャーミングだなあ。

歩き方は人それぞれでいい。

5月の半ば辺りから毎日ずっと聴いてる曲がある。
聴いていると力が湧いたり、珍しく自分を戒めたり、そんな曲。

J.W.ニコルズのLIFE。
"信じる時に使うのは心 裏切る時に使うのは頭 恋をしたことに気づくのは心 得しそうなことに気づくのは頭"

(そうだよなあ)となりながらも、嫌な野郎の事を一瞬考え、最後は自分の汚い面に心が痛い。
2番を初めてここを聴いた時はグッと来た。
まだ自分の心の中の声は聴こえる。
その心で会える仲間もいる。
まだまだ、行けるぞ……そんな気にさせられた。

夏の大会シーズン。
真っ青な空の下戦っているジュニア達を想う。

自分を信じてな。

Take your chance!

LOVE PSYCHEDELICOから錦織圭選手へのエール。
あまりにもシンプルな言葉なので、今までは漠然と「チャンスをつかめ!」位にイメージしていたけど、
「当たって砕けろ!」
「一か八か賭けてみろ!」
「出たとこ勝負だ!」
といった意味があるらしい。
やるなあ、LOVE PSYCHEDELICO。

攻めていこーぜ!

こっちは斉藤和義の新曲のタイトル。
まだTV CMでしか聴けないが、いいなあこの感じ。

よし、明日は青空の下LOVE PSYCHEDELICOのFree Worldをガンガンに鳴らしてビールだ!

攻めていこーぜ!
そしてTake your chance!

「油そばと味噌チャーハンのセットください!」
と注文した後、店の中を見回し、
「いやあ久し振りっす」
と、シャイなハードヒッターは心底心待ちしてる様子。
そして、
「はい、セットの方!」
と運ばれて来た油そばに手馴れた仕草で酢とラー油を入れて混ぜて行く。
そしてパクつき、
「これですよお……」

さっきからチラチラこっちを見てた大将が手の空いたところで声をかけて来る。
「テニス部だよね?」
「そうです。覚えてくれてましたか?」
「そりゃ覚えてるよ。良く食べに来てくれてたもんねえ」
「今も現役来てますか?」
「テニス部は今も来てるよ。卒業して何年?」
「2年です」
「そう。卒業してもう2年だってさ」

食べ終わる頃、お母さんが三ツ矢サイダーを2本黙ってテーブルに置いてくれた。
「うわっ、ありがとうございます!」
いいなあ、この感じ。

「学校行くより行ってましたからねえ。昔からテニス部にはオマケしてくれるんですよ。あの店では先輩が後輩に奢るのが習わしになってるんですよね」

油そば発祥の地?武蔵境の同じブロックの西側にある通称裏油と東側にある表油。
有名なのは表油。
体育会の連中は裏油が好みらしい。
どっちも美味いが、密かにこの数週間で3回裏油に行ってる。
もう一つ密かに裏油の三軒隣が小学校の時好きだった女の子の家なんだが、奴には教えなかった。

とにかく丸善美味い!

23
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図書館に良く行く。
住んでいるところは勿論、隣接している幾つかの街、良く行く街の貸し出しカードも持っている。
行くと、本だけでなく、レコードでは持っていてCDでは持っていない古いロックのCDを借りたりもする。
レンタルショップでは「コピー」している後ろめたさがあるが、図書館では「資料」って感じでアカデミックになるのは不思議だ。

最近借りた本は「天才たちの日課」と「フランス人は10着しか服を持たない」。
今チェックしたら「フランス人は10着しか服を持たない」は予約数が446件!
わおっ、早く読んで期日迄に返さないと。

「天才たちの日課」はサブタイトルの「クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々」の通り、161人の天才と呼ばれる人達の毎日のルーティーンを取り上げたもの。
バンドマンはサッチモ位で殆どが作家。
この本がTOKYO FMの山下智久「Cross Space」という番組で取り上げられた際は、サッチモの“When You're Smiling”がかかったらしいが、こっちも♪壁にかかったロートレックの踊り子たちは物憂げな顔で♪とARBの“パブでの出来事”を頭の中で鳴らしてロートレックの項を読んだり、“ミザリー”を読み終えた瞬間に背筋を凍らせて心底怯えながら後ろを振り返ったのを思い出しながらスティーヴン・キングの項を読んだりした。
総じて朝の数時間が一番頭が働いてクリエイティヴな時ということで、そこに向けていろんなルーティーンがあるというパターンだが、愛すべき酔っ払いも沢山いる。
「フランス人は10着しか服を持たない」からも感じたことだが、(日常ありふれた小さな出来事を大切に、愛おしく思わないとな)という気分になる。

「天才たちの日課」の原題は「Daily Rituals」。
直訳すると「毎日の儀式」。

毎朝登校前に近所のグラウンドに集合して練習しているサッカー少年。
玄関を開けたらトスアップを5回やってから自転車で学校に向かうテニス少女。
いいと思うよ。
そのまま続けてみなよ。

“君が微笑めば、君が笑えば、太陽が輝き、世界中の人達が笑顔で応える
君が泣けば雨が降る
でもため息をつくのをやめれば又幸せになれるよ
だからいつでも笑顔でいよう
そうすれば世界中が君に微笑むよ”
(When You're Smiling/Louis Armstrong)

「俺はあさってのジョーやけん。灰やらならんばい」

イキがってた頃ならば刹那的にかっこいいとでも感じたんだろうけど、今は何とか生き延びたなりの言葉に聞こえる。

“歳をとると時間が経つのが早くなる”
は自分勝手に生きて来たのが、子供や部下といったふた回りもさん回りも下と嫌でも接する事になる時期からなのか。

「今、24才で、スケート界の中ではベテランに入って来ている。もちろんジャンプの技術も大切で、それを落とさないことが目標だけど、それだけではなくて大人な滑りができればいいなと思う」
現役続行を表明した記者会見で浅田真央選手はこんな事を言ってた。
流石にプロテニス界では24才でベテランとは言われないが……。

昨年出版された坂井利彰プロの『日本人のテニスは25歳過ぎから一番強くなる』。
読んだ後、(いろんな奴がいて、それぞれの道があっていいんだ)という気持ちになった。

今夜はDVDになった『ヤキマ・カナットによろしく』で光石研の例の台詞を聞いてみるか……。

「俺はあさってのジョーやけん」

「IMGに声かけられてフロリダ行ってたんだって」

テニスのジュニアの話じゃあなくて、又してもガキのバンドの話。
父母会?授業参観?の帰り、家人がガキのバンド仲間のお母さんと話した時に聞いた話だ。
「えっ?IMGってマイケルシェンカーグループみたいにバンド名の略だっけ?」とか茶化さずに話を聞く。

中学校の卒業を待たずに単身フロリダに行ったこと。
課題、人種差別、そして故障。
向こうで治療する選択肢もあったが帰国して治療。
こんな俺には彼の気持ちは察するべくもないが、いい男になるんじゃないかなと感じる。
何しろ治療期間中にロックンロールバンドを選ぶなんていいじゃないか。

今親友の親父さんの葬儀で下北沢。
高校の時試合中に相手を殴って東京から九州に島流し?になり、高校卒業と同時に「USオープンに出るんだ!」とN.Y.に単身渡ったりしてた奴を親父さんはどんな目で見ていたのか。

告別式は親父さんの書の個展でもあった。
随分前に酔っ払った時に「愛って書いて!」とお願いして書いてもらった【愛】は、今でもずっと家に飾ってある。
祭壇に【愛】と書かれた書が置かれていたが、ウチのとは書体が違う。
聞けばいろんな人が書いてもらっていたらしい。

皆が手に取れるポストカードに書かれていたのは「一期一会」。
ガキの頃、わかっていた様な気になっていた言葉が今染み入る。

愛

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