2009年12月06日

言語学習

2009年の夏休みはとにかく、DUO(英単語帳)のリスニングと英文の書き多しに徹した。

英文を聞いて、その英文を書くという作業を一日平均三時間ほどやって
単語帳5周をやったわけですが。。

確かに、TOFELとか、特別勉強してなくても上がったし。
大学で外国人に会って話しかけられても全然喋れたんだけども。。。

やめたとたんダメになりましたw

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

反近代論者の著名人で、70年代に「脱学校論」を推し進めた、イヴァン・イリイチの『脱学校の社会』や『シャドウワーク』を読む機会があった。『脱学校の社会』の中で

学習には大まかに分けて二種あるのだと言う。

(1)「反復」・・・とにかく物事を反復することにより技術習得をする。
例えば、自転車に乗ることは、論理ではなく経験により達成される。ここにはとりわけ言語学習も入れられる。また基礎知識の集積なども場合によってはここに入ることであろう。


(2)「応用学習(創造的学習)」・・・そして二種目としては知識の応用能力に関するもの。現行の日本教育における「総合的な学習の時間」で行われていた、調べ学習などはこれだ。自分で問題意識を持ってそれに対して、あらゆる知識を用いてアプローチしていくもの。



イリイチが学習の二要素を上げ、両者とも必要性を説いた。そして現行の教育はこのような区分を位置づけていないために、両方とも中途半端に混ざりあい、上手くいかないのであるという。(勿論、両者が混ざり合っていない教育などありえないが。)



ともかく、言語学習は技術習得的な側面が強いというのがイリイチの説明である。

私は大学で語学よりも学問が好きだったので、そちらに力配分を多くしていた。もちろんその事は振り返っても後悔はないんだけど。

問題は学問をやる中で、言語学習を軽視していたのが問題だったと思う。つまり、反復を軽視していた。

反復は創造性に欠ける為に、そればかり行っていても
考える力が育たないだろうなどとぼんやり思っていた。

しかし、このように「言語学習は反復だ」といわれると、何だか気持ちが良い。

裏返せば、反復をやれば誰でもその分、力が付くというものだ。

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

今卒論書きつつ、英語・中国語の授業やっているけど
結構辛い。授業で精一杯だなー。あとの時間は卒論とかゼミとか自主ゼミとか、TAとか 笑

一番は卒論が出来ていないことへのあせりだなー。
もうすぐ提出だし、どうしたものか?

反復だ。これを疎かにしたり、これを軽視したりすると、言語学習に大きく問題が起きる。ようは反復の価値を知ることが私にとっての言語学習なのだから。






と懇切丁寧に説明をしてみます。



やべーー木山先生悪い人だったんだーーびっくりだわ。。

またレールガン見ちやった てへ☆ ←きもw

anthony_giddens3 at 03:19コメント(0)トラックバック(0)言語  この記事をクリップ!

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