いまから15年近く前の2001年に、「スポーツと競争、競争制限」凌霜(神戸大学凌霜会)351号を書きました。ドラフト制度等と独占禁止法との関係を書いたものです。

あらためて読む機会があり、読むと、われながら悪くない内容だと思い、ウェブサイトのここに掲載しました。

プロ野球をめぐる状況はかなり変わりましたので、事実に係る記述はやや時代遅れのところもありますが、法律に関する問題は現在も同様でしょう。

下にも貼り付けておきます。

スポーツと競争、競争制限 泉水文雄

 私の専門は独禁法である。競争法ともいう。米国のマイクロソフト事件やカルテル、談合、大型合併事件などをイメージしていただけば想像がつくであろう。本欄においては過去に憲法の井上典之教授が「オペラと野球と私」という題名でプロスポーツについて憲法と絡めて書かれていた。そこで私はスポーツを競争法の側面から見てみようと思う。ちなみに、私は田舎育ちであり、子供の頃プロ野球のテレビ放映といえば巨人戦しかなかったし、また私は「巨人の星」の世代である。かくして私は、立派な(?)アンチ巨人ファンとして成長することができ、それゆえにか独禁法を専門とすることになってしまった。ただし私は、井上教授と異なり、阪神ファンではない。(略)この世の中で阪神球団にフリーライド(ただ乗り)しているのは、私と阪神電鉄くらいのものであろう。
 さて、よく知られているように、プロ野球にはドラフト制度や厳格な移籍制限がある。ドラフト制度が導入された目的には、〃戚鷆盥眛防止と、球団間の戦力の均衡とがあるといわれている。たとえば甲子園で大活躍したある選手について指名権を得た球団は一年間独占的に入団交渉ができ、その選手にはこの球団と契約するか、一年間はプロ野球をしないという選択肢しかない。指名権を得た球団は、契約金や年俸の交渉においてこの選手に対して有利な立場にある。契約金等は他の球団と交渉できる場合よりも低くなるであろう。選手は、契約した後も自らの意思で別の球団や大リーグに移ることは何年もの間あきらめざるを得ない(移籍制限)。このようにドラフト制度が、,侶戚鷆盥眛防止という目的・機能を持つとすれば、年に一度、公開された場所で極めて大胆な「談合」がなされているのではないか、あるいは、ドラフト制度と移籍制限は公然と人為的に「買手独占」を形成しているのではないか、という疑問が生じる。
 このように、ドラフト制度は独禁法に違反するのではないかということは、実は古くからいわれてきた。これに対しては、以下の反論がなされている。まず、競争法(反トラスト法という)が伝統的に厳しいのは米国である。しかし競争法の本家本元の米国においてもプロ野球ではドラフト制度が行われているではないかと。しかし実は、米国ではすでに一九七二年の最高裁判決がプロ野球のドラフト制度を限りなく黒に近いものだとしながら、歴史的経緯から、判決で違法というのではなく、連邦議会の立法に委ねるとしてかろうじて生き残ってきたのである。プロ野球以外でドラフト制度を作れば反トラスト法違反だと理解されている。
次に、日本で反論されるのは、いささか法技術的なものである。きわめて単純にいえば、プロ野球の選手契約は雇用契約であり、労働組合の団体交渉や共同争議行為が独禁法に違反するカルテルやボイコットとならないのと同様、雇用契約に対しては独禁法は適用されないのだと。プロ野球選手契約が労働契約なのか請負契約その他の契約なのかは実は見解が一致してないのであるが、仮に労働契約であったとしても、労働契約であれば独禁法が適用されないというのは奇妙な論理である。たとえば経済団体が労働者の最高賃金協定を結んで賃金を低く抑えたとしよう。これは労働契約に関する協定なのだから独禁法に違反しないのだろうか。そうではなく、労働者の団体交渉権・争議権等による共同行為は、憲法や労働法によって独禁法の適用を受けないとされているのであり、使用者側が団体で行動する(たとえば賃上げを回答する)ことも労働者の右の権利の実現に必要な範囲で独禁法の黙示的適用除外されるにすぎない。労働者のこれらの権利の実現と関係のない目的のため、使用者が賃金協定をして賃金を下げたり、賃金を低く抑えるために契約の交渉相手をドラフト制度により限定することが独禁法に違反するのは当然だと思われる。このようにみると、優秀な選手を獲得するという競争は、プロ野球リーグの構成員である球団間における重要な競争であり、ドラフト制度や厳格な移籍制限は人為的に買手独占を作り出して右の競争を制限しているといえそうである。
しかし話はそう単純ではない。プロ野球球団間の競争は、企業間における通常の競争とは異なる。各球団が観客・視聴者に興味を持たせて球場やテレビ番組に動員するという競争を活発にするためには、球団間において戦力が均衡し、試合結果の不確実性が確保されていることが必要となる。つまり、戦力均衡と結果の不確実性の確保は、スポーツという競争の場を確保するための基盤・前提なのである。圧倒的に強い球団と弱い球団が明確になっていて、試合結果が事前にわかるのであれば、巨人や阪神の一部のファンはともかくとして、合理的で理性的なプロ野球ファンであれば日本のプロ野球に興味を失い、大リーグ、別のスポーツ、さらに別の娯楽に移動するであろう。日本プロ野球連盟が選手獲得や選手の移動のルールを作成することは、球団間の競争を確保するための基盤・前提を形成する行為であり、この意味での日本プロ野球連盟は戦力均衡と結果の不確実性を確保するための共同行為(一種のジョイントベンチャー)でもあるのである。最近の欧米の競争法においては、当然ながら、競争を確保する目的を達成のために共同行為を行って合理的な制限を課すことは許されると理解されている。
ここにおいて議論すべき問題の本質が明らかになった。現行のドラフト制度や移籍制限は、プロ野球という競争を確保するために必要とされる、戦力均衡・結果の不確実性を確保するうえで、はたして合理的なものなのか、である。紙幅が尽きようとしているので急ごう。答えはおそらく「ノー」である。どうみても戦力均衡に役立っていない。ではどうすべきか。二つの見解がありうる。一つは戦力均衡のための制度は維持しつつその目的達成に合理的な制度に変革することである。第二は逆にドラフト制度は戦力均衡に資していないが、ドラフト制度は抜け道だらけになっておりその競争制限効果も少なくなっているから問題は以前よりは少ないという見解である。さらに、今の「球界の盟主」をみればわかるように、選手の出場枠が限定されていることや金にあかせた選手補充が控え選手・二軍選手のモラールへ与える影響など考えれば、優秀な選手をかき集めれば戦力が強化できるというのがそもそも誤りだという主張もありうる。これに対しては、ではドラフト制度とはいったい何なのか、「球界の盟主」が弱いのはもっぱら監督とオーナーに原因があるのではないかという反論が予想されるが、この後の議論は読者に任せたい。
野球に限らずスポーツについては、さらにほかの諸々の制限、たとえば、移籍制限(高額の移籍料も含む)、外国人選手枠、代理人交渉の拒否・代理人の資格制限、チケット販売に関する一連の制限、スポーツ放映権の共同販売や共同購入などがあり、欧米において競争法の執行機関がきわめて活発に介入している分野である。サッカーの中田英寿選手がローマ時代の最後に外国人出場枠の緩和によって活躍の機会を得たことを記憶している方も多いであろう。これは、選手の移籍制限が欧州競争法に違反するとした欧州司法裁判所の一九九五年の判決(ボスマン判決)のおかげである。実はこれらについて書くつもりであったのだが、ドラフト制度の話で紙面が尽きてしまった。(凌霜(神戸大学凌霜会)351号68頁(2001年11月))