2008年10月10日

ブログ引っ越しました〜

88b2656f.jpg今更そろそろ堀江を応援できなくなってきたのもあり、引っ越します〜。冗談ですけど。

アメマブログです。ていうか料理とか、運転とか、要するにワタクシの本業について書きます。不定期御免。
こちら

http://ameblo.jp/banban0020/
どうぞ。

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2008年08月27日

過大入力

66505b0a.jpg この数ヶ月というもの仕事柄季節柄ウクレレばかり演奏しているのですっかり本業のギターの弾き方を忘れてしまい、自信の無さからか、どこの演奏現場に行っても「コンディションが悪いな」とか「今日の雰囲気に合わん」とか老人みたいに難癖をつけては結局ウクレレを自主的に選択してしまい益々ギターを演奏するチャンスを失っている昨今であるが、そろそろリハビリをしないと季節は秋に変わって行くのだ、秋は、秋からはギターの太いネックと大音量に体を慣らしていかないと眠れないどころか浮浪者にさえ笑われる。まぁ大音量といってもウクレレに比べればの話で、スコーピオンズに比べれば蚊の泣くような音量であるが・・・。

しかし大音量の代名詞で「スコーピオンズ」しかパッと浮かばない発想の貧困さは明らかに入力不足である。

 音楽というもの、作曲や演奏を出力とすれば、レコードを聞いたり人のライブに行ったりすることは入力となる。ここんとこ出力続きで入力が極端に少なく、出すものがなくなるのではないか?という恐れが出てきた。要するに「飲まず食わずでババばかりする」ような状態だったのだ。ほったらかしていると「先生よぉ、真っ黒いうんちが出るんだけどよぉ〜」と田中邦衛の名セリフと同じく故郷に送り返されてしまうのでギリギリのラインでラジオ収録の朝にレコード棚を穿り返し「見たことはある、けど聞いたことが無い」ような盤を率先して選びスタジオに持って行って収録時に初めて聞いて「こいつはコンディションが悪いな」とか「今日の雰囲気に合わん」とまたまた難癖を付けながらも実は非常に救われていたのだ。

そんな折、またひとつやり残した出力を思い出す。春から依頼されていて多忙にまかせてまだ一度もレッスンできていない近所のおじさんを待たせていた。しかもウクレレだ。
このタイミングを逃したらいつレッスンできるか分からなかったので連絡すると即OK、そして出力の気分でレッスンに向ったら結果、過大な程の入力になる。

 個人レッスンをどこでやろうかと話し合った結果「カラオケ屋」を使用することに。
しかも名前がよりによって「カラオケバンバン」である、しかも半額キャンペーン中とある。おじさんたちと待ち合わせてエレベータで「カラオケバンバン」のフロアに降りたつといきなり老人満員の雀荘、しかも異様に盛り上がっているし、煙草の煙が立ち込めすぎてモヤがかかっているので夢みたいだった。そんな雀荘を横目に進んでいくと確かに「カラオケバンバン」とある。ここがレッスン会場。こういった使用途は実際そこそこあるらしく店員も当たり前のように対応していた、まぁそうだろう、部屋で交尾をするような輩に比べたらウクレレ持った中年男性3人組など怪しささえ目をつぶれば何の害もないし風紀はむしろ良いほうだ、妙に納得して我々は部屋に入ってレッスン開始。グループで数十人相手のレッスンというかエンターテイメントみたいなのは今もやっているが個人レッスンというのは実は久しぶりだった。

 久しぶりなのがよりによって自分の説教臭さで気がついたことでさらに実感し、「あぁこんな感じ、こんな感じ」と感じ始めたらレッスンは終わっていた。
しかし思ったほど出力感はなく、相手の感性を開いてもらうために自分もなるべくそういうモードになるので非常にいい時間だった。そして終了後におじさんからCD−Rのプレゼントだ。しかも ハーブオオタ/レジェンタリーウクレレ だ。待ちに待った入力!!猛烈にお礼を申して、帰宅して聞き入り、体に心に染み込ませて一息ついてふと思う、「ウクレレモノをもっと聴いてみたい!」

だいたいウクレレを始めた頃(5年くらい前)は業務的にウクレレを弾いていたので必要なコードとフレーズを自作してそれでやりきっていたし、その後慣れてきてどんどん気に入ってきてもジャズギターをバーニーケッセルやウエス’が聞こえる’モンゴメリーみたいに弾くことで必死だったのでギターの代替品という印象が強かった。

今年に入ってからもウクレレアルバムを製作しないといけないのにゴールデンカップスやデ・スーナーズに再び傾倒してしまいウクレレ片手に「愛する君に」を口ずさんだりフィリピン訛りの英語にオオウケしていた。

 それが、春に ジャネットサイデルトリオ/マナクーラの月 というCDに遅まきながら出会ってしまい少しウクレレの録音物に興味が湧いてきたのだ。古い古いジャズやポピュラースタンダードをピアノボーカルとウクレレ(ギターも有り)、ベースで奏でるオーストラリア!のグループなのだが、いまどきここまで当たり前なというか模範的なセッションはアメリカではもはや消滅しているであろうし、日本においてはジャズシーン自体の有無が疑問であるので論外である。

それをさらっとごく当たり前のように鼻歌のように歌うサイデルさんは非常に魅力的で、そしてそしてギター/ウクレレのチャックモーガンさんのプレイを聞くと妙な親近感がある。ビックリするほどワタクシと似ているのだ。選ぶトーン、ノート、リズム。ワタクシのスタイルの完成形はこれではないか?と思うほどひとつひとつの「俺ならこう弾く」という選択がほぼ一緒なのだ。思うに彼もあまりウクレレ=ハワイアンというイメージを持たずにガットギターやレキントギターを弾くくらいの気持ちなんではないかな。フィーリングが似ているだけなのか?

実際にチャックモーガンさんの演奏を見た人に言わすと「見た目や立ち振る舞いまでとみやんと似てたよ」と言っていた。まだお会いしていないが血縁かもしれない、モーガンさんはニュージーランド人、うちの爺さんが戦争で南方に行った際に現地の島の娘と・・・まったく爺さんは両方とも体悪くて戦争には行ってないのに妄想が進む自分と、非常に似たウクレレの音に嬉しくなりこの夏を過ごしていて、ついさっきカラオケバンバンにて前出の ハーブオオタ/レジェンタリーウクレレ を頂いたことによってウクレレ録音物というのに傾倒してしまいそうである。まだ聞きこんでいないので詳しいコメントは出来ないが、とりあえずハイG時代のオオタサンに「ぶっ飛んでいる」。完全に過大入力、嬉しい限りである。

しかしギターリハビリはできるのであろうか!?チャックモーガンさんは両方弾き続けているみたいなのでなんとか頑張ってみたいと思います。冬には遂に北海道産ニューギターが出来上がる、かもしれないしね。


※写真はカラオケバンバンと雀荘の共同フロアの男性トイレの張り紙。

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2008年08月16日

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禁酒法その後

b3853635.jpg北海道の夏の風物詩、はたまたロックよさこいソーラン祭りとも言うべきライジングサン絡みの来札で「私が社長です」のオバハンで有名なアパホテルに滞在中、ふと思う、体調が良い。

二月に京都で野呂啓介いやノロウイルスにかかったり、四月に鹿児島でタネナシいやおたふく風邪にかかったりと、不幸な上半期を過ごして、それまで肥満なりに健康に過ごしてきたワタクシの自身が崩壊、崩壊したら民主化するのが物の常、ウォッカばかり飲んでたらソビエトは崩壊したではないか!余談だが。そんな余談の教訓1で何か我慢しようと酒を飲まなくなったら別段何の苦労もなく今の今まで継続しており、すると勝手に深夜飲食が減り、勝手に体重が落ちていき、昨年末比マイナス15キロである。人の減量話ほどつまらないものはないが、言っておくが減量などしていない。朝はハンバーグ、昼はカツ丼、夜は肉うどん、そんなラグビー部みたいなものを当たり前のように食べているし、やりたいように生きているだけである。
それでもいくつか変化してきた感覚があり、やたら野菜が好きになったり、歩くのが苦にならなかったり、ヘルニアウォーターを洒落で飲んでいたら多量のカフェインで癖になり味まで好きになったり、要するにオーケー幅が広がって毎日が楽しいのである。

しかしながら風当たりも強く、巨漢仲間のピアニスト小林創からは「ルール違反だよ〜!」と糾弾されるし、お客さんからは「体悪いんですか?」と心配されてしまう。

けれども体も心も非常に調子良く、まるでわんぱく相撲力士時代を彷彿とさせる天真爛漫さが我ながらある。
酒を飲まなくなり、「酔っ払いを観察して楽しむ」ことを知る。我が社の社長(飲まない)はこんな楽しいことをしていたのかと改めて知り、ワタクシ40代に向かってさらに酒場が楽しめそうである。
※写真は談笑するふりをして観察する社長と木村君。

追記。
雨の中あんな奥地のボヘミアンガーデンまで見に来てくれた皆さん声援ありがとうございました!たのしく演奏できました。


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2008年04月01日

すき焼きはやっぱり甘いほうがいいけども

ba8109b4.jpg 前号で映画とすき焼きはワタクシに多大な影響を与えたと書いた。今回は「すき焼き」から始まる。

 幼少の頃、婆さん信子(ノブコップ)の家に行って親戚が集まっていると、きまってすき焼きか鯨かどちらかを食べていた。肉でも鯨でもどちらでも良かった、味付けが同じだったのだ。始めてすき焼きだったか鯨だったかの鍋を食した時から現在までワタクシの身の回りのすき焼きはこんな感じ。

 鉄鍋を熱して煙が出てきたら牛脂を入れる。それから肉を乗せてその肉の上に砂糖を盛り始め、「ケーキでも作るのか!?」というくらいに盛ったらそこに醤油をドボドボ落とす。するとコールタールみたいな物質が出来るのでそれを酒やビールで伸ばしながら野菜などをいれて煮る。出来上がり。これが鯨の場合も肉が鯨に変わるのと、野菜が白菜から水菜に変わるのみで味は一緒だ。鯨は皮と尾の身を大量にぶち込む、いい時代だ。

 余談だが死んだ婆さん信子が作るメバルの煮付け、アナゴ煮、タコの煮付け、何でも煮るものは全て同じ味付けだ。

 家庭ごとにそれぞれの味付けがあるとは思うが大体関西弁分布地方のすき焼きは多かれ少なかれこんなもんだ、西日本全体的にそんな気さえする。

 それが、名曲とったらあかん風に言うと「あれはいつやったやろ、8年前の夏の暑い晩やった。あんまり寝苦しいもんやさかい、知り合いの事務所のオッサンと散歩していたらあるわあるわ安そうなすき焼き屋が」ここは新宿である。
すき焼きといえば上記のスタイルしか知らないワタクシ、運ばれてきたデカンタに入った黒い液体が何か分からず、店員に「これ何ですの?」と聞くとワリシタというらしい。サイゼリヤのワインと勘違いしてカンツォーネの鼻歌が出そうになる紛らわしい物体だ。

 ワリシタというのは、要するに最初から醤油やダシや砂糖などを混ぜてタレ状にしている便利なものらしいので、砂糖の雪山を醤油で崩す風情は失われるものの、空腹時には手間が省けていいかもとまだスレていない富永青年は素晴らしい解釈であっけなく騙された。

 甘味が足りないのだ。これは一大事である。大体においてすき焼きとしゃぶしゃぶを同じ店で出している店で美味しい店は知らない。

 肉たちを塩気から救出しないと死んだ婆さん信子が出てきて傘の先で突き刺される!、急いで店員に「砂糖足りませんわ、一山持ってきて!」と言うと不思議そうな顔をしておるので「早よもって来いや、塩辛いすき焼きになってまうやろが!」と急かして出てきた砂糖は「小さなガラスボウルに入ったグラニュー糖」だった、ザラメは無いそうだ。しかも丁寧にティースプーンまで付いていて、エセカフェ気分だ。食文化の違いに愕然とし、周りを見渡したらグラニュー糖など入れずにワリシタのみでワイワイやっているではないか。こんなに塩辛いものを食べたら成人病になるぞ!と自分の砂糖過摂取を棚にあげて非難したが、だんだんテンションが下がり始め、自分の味覚に自信が無くなり、グラニュー糖のおかわりをついに止めてしまった。後にも先にもこんなに東京で寂しい思いをしたことは無い。打たれ強いはずのワタクシがすき焼きで、まさにボトムを味わったのだ。

 なので帰省する度に「甘口すき焼き」を食べていたが、数年経つ間に「やはり自分の味覚は正しいのではないか?」と再認識するようになった。まずは、プルコギ。お隣韓国のプルコギはすき焼きのルーツとも言われているが、プルコギの味付けは実に甘い、韓国内で、味付けが塩辛いので有名なソウル市で食べても相当甘い。関西人の味覚にとにかく合うのだ。
そして、すき焼きでは、身の回りの人間に決して脅かす事なく「すき焼きは甘いか?」と聞くと関東であっても甘口志向の人が圧倒的に多いのだ。後頭部の痛くなるような甘口を玉子をくぐらせて頂き、シメにうどんを入れ、残りを翌朝食す喜びを知っている人が多いのを心の支えに関東暮らしをこなしてきたのだがここにきて肉が重くなってきた。もちろん甘さ欲求は衰えないが。

 サシの入った牛肉は2,3枚つまめばもう充分、それも月に1度で満足で、魚や野菜にばかり目か行く昨今である。すき焼きは食べるまでは非常に食べたいのだが一口で満足してしまい、恐らく残してしまうので、やるなら若い人を家に招いて甘口すき焼き食べる様を見つつワタクシは優雅に練乳のチューブでも吸いながら甘王をかじっていたいのである。

 しかし、すき焼きの味の方向と現在ワタクシの嗜好が見事にマッチした完全食があったではないか、それが「いかなごのくぎ煮」だ。現在では全国的に有名になってしまったが一昔前までは大阪、兵庫あたりの限定佃煮だったこの「いかなごのくぎ煮」、2月3月あたりの明石の漁師町で水揚げされるメダカくらいの超小魚「いかなご」をすき焼きとほぼ同じ味付けで煮詰めてコールタール状にしたものなのだ。各家庭の主婦はこぞって大量に買いつけて煮ると、1シーズン15キロとか20キロとかもザラである。大量のイカナゴは貨幣価値を持ち、ご近所同士で両替され、「他人のイカナゴ」と「自分のイカナゴ」を比べて噂話をすることもあれば、遠方に送ったら「イカナゴ」が「ウナギ」になって帰ってきたという独自のレートを持つ両替もある。

 送るといえば明石では郵便局に行くと「いかなごシール」が置いてあって、遠方に送る「いかなご」に貼り付けてアピールするもの。ヤマト運輸に行けば「限定いかなご便」というのがあり、段ボール箱の外側に「イカナゴ」と大きく書いてアピールしているもの。

 先日「イカかと思った」と言われたが、そういえばイカをこの味付けにしても美味しそうである。
ついでにイカの中にイカナゴをいれてこの味付けで煮て「食物連鎖煮〜明石死闘編」もしくは、タコの頭の中にイカナゴを入れて煮て「雑種タコ煮〜ノックちゃん〜」などと名付けて全国デパート物産展に殴り込みをかける観光課の皆さんを是非拝見したいものである。アピール度だけは高いはずだが。

しかし気になるは、ワタクシ「甘味」の欲求は衰えるのだろうか?・・・・



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2008年03月28日

たまには映画に連れてって〜

a3c5878e.jpgそして残りですき焼き食べましょう(みんなの願いはただひとつ/ぼちぼちいこか)

いきなり余談だが、給料の使い道をあれこれ楽しく妄想して結局貯金してしまう、小市民的なほのぼのした暖かいこの歌がワタクシ大好きで、口ずさんでいると別段とりたてて映画ファンなのではないのに映画が見たくなって、お腹いっぱいでもすき焼きが食べたくなるのだ。

 映画もすき焼きもいいもんである。しかし映画館で映画を見た経験と、すき焼き屋ですき焼きを食べた経験は同じくらい少なく、さかのぼれば随分と昔話になってしまうのだがワタクシの人生に多大な影響を与えたのは映画とすき焼きである。

すき焼きは次回で今回は映画、映画館で見る映画。

 映画館で映画を見た一番遠い記憶といえば、幼少の頃に「東映マンガまつり」に親戚従兄弟と出掛けるもワタクシだけ東映は東映でも「トラック野郎」シリーズ以外は譲歩せずに母と子で菅原文太と愛川欽也がデコトラを爆走させて繰り広げるロードムービーに夢中になっていた。
「おかん、トルコて何や?」
「キャッ!・・・・・・・お風呂」
「ジャリパンて何や?」
「エエッ!・・・・・・・・よう言わんわ」
子供には分からないキーワード中心で構成されているのに演出がとにかく分かりやすく派手で飽きさせない魅力がある。言わばNHK「おかあさんといっしょ」みたいな魅力が隠れている。従兄弟連中は「ドラえもん」で骨抜きにされていたので全く気が付いていなかったが。
この映画を見て「トラック野郎になりたい!」と思っていれば叶うもので、思い続けて12年、免許を取るとパートタイムミュージシャンの傍ら、アルバイトではあるが念願のトラックドライバーになったのだ。当時、仕事中に聞くラジオが「ラジオ関西」という神戸のAM局で、平日の昼間数時間は70年代の洋楽中心にトークほぼ無しでかかりまくるというもので、ここからのインプットが白人音楽嫌いの矯正になり、少しは幅が出来たという意味で非常に重要な「トラック野郎」シリーズなのである。

 その次の鮮烈な記憶。高校生の頃に不覚にもロックの虜になってしまい深夜三ノ宮のポルノ映画館で限定上映されていた「ヘイルヘイルロックンロール」や「JANIS」などを見て「チャックベリーがヘロヘロで、それが訛ってヘイルヘイルかいな、しょーもないなぁ」とか「ジャニスジョプリンは、素行が悪すぎて芸の道とは言いがたい」と考えた結果「ロックは自分に合っていない」という判断をしたために比較的地味な音楽を愛するようになって、現在に至っている。

 その頃から映画館からは遠ざかってしまったので、ワタクシの映画館のふと出てくるイメージは、「ベッチンがパッチワーク状になった、まるで皮膚病の野良犬みたいな椅子で音響が悪くやたら広い大衆娯楽時代の映画館」なのである。現在たま〜に仕事で入場する映画館は随分席数も少なく音響も良く、イスも着席5分で熟睡できるような素晴らしい環境なのだが、金持ちの家のホームシアターみたいな気分になるので、正直居心地はあまりよろしくない。だから地方の終わりかけの商店街にある終わりかけの映画館や、全然似ていない役者を描いた看板など見つけるとつい嬉しくなる。

 数年前、真夏の石垣島に巡業した際、「ブルース映画を上映しているらしい」という不思議な情報を耳にしたので行ってみると本当だった。何とヴィム・ヴェンダース監督の「SOUL OF MAN」というJBルノアやスキップジェームスを取り上げた非常にマニアックなドキュメンタリー映画を石垣島の映画館で上映しているではないか!

 迷わず入場してみると、上記のワタクシが持つイメージぴったりの映画館で、さびれ過ぎて倒産しているかと思ったら売店から婆さんが受付にやってきたので切符を買い、売店に行くと婆さんは売店に戻ってくるというスタイル。ただでさえ人口の少ない石垣島で、古い映画館で、最高にマニアックな映画とくれば客は少ないに決まっている。ワタクシ含め9人揃ったところで上映開始。間もなく誰かは猛烈なイビキ、誰かはバリバリ塩せんべいを食し、30分後誰かは帰っていった。この感じがたまらない。

 映画の内容は、ブルースの隠れ偉人をいろんな証言をもとに真実に迫るみたいなもので、歴史的貴重な映像が登場したり、比較的有名人(ボニーレイットやロスロボスなど)が「彼はパーフェクトだよ!」的なコメントをしたりしながら進行して、最終的には無理矢理「ミシシッピーから宇宙にブルースを発信させよう!」みたいな、シラフで見たら詳しい人も、よく知らない人にも何一つわからない映画だと思う。

 ワタクシといえばJBルノアには若干興味があったので感心しながら見ていたら、熱くなってきた。やはりブルース、黒人、南部、こんなキーワードで熱くなってきたのかと思いきやどう考えても「暑い」のだ。半ズボン半袖で夜に座ってじっとしているだけで汗が止まらない。周りの人も何やら扇ぎだしたのでいよいよ暑い。途中で空調を止められたのだ、息が苦しいほど暑いのだが無理矢理「きっとこれは新種の演出だ!」と思い込んだらスクリーンのアメリカ南部の映像がリアルになってきて段々盛り上がってきたらもう室内は40度くらいになっていただろう。そして最後は「ミシシッピーから宇宙に・・・」ときたもんだ。地球が小さくなっていって太陽系みたいになってスキップジェームスとJBルノアの顔がうっすらでアップになってくる。ここだけは、ヴェンダース監督が唯一こだわったに違いない、と思いたい。

 冗談がキツ過ぎる上に意味が無さ過ぎて大爆笑して、それまでの貴重な映像は全く忘れて、数年たった今、ワタクシの記憶に残るのは太陽系にうっすら写るJBルノアの半笑いの白黒写真と仰々しいナレーションのみだ。往年の「俺達ひょうきん族」のセンスとほぼ同じ。

そしてエンドロール中にフィルムは突然止まり、電気がついて見たら、電気付けてたのは入口の婆さん、きっと空調を切ったのもこの婆さんに違いない。

知ってか知らずか、この婆さんの空調を切って、エンドロールの途中でバツッと止めて電気付けるという新種の3D演出が有ると無いとではかなりこの映画の印象は変わってたかもね。ビギンも、ここで何見ても3D演出されて育ったのかなぁ?と思いながら出てきた映画館の外は、中と全く同じ温度でした。

映画って本当にいいもんですね!




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2008年03月23日

酒飲めなくなりてーなー

20e01966.jpg 2008年に入ってもうすぐ4ヶ月、いろんな人に「顔が焼けた」という類の言葉を掛けられる。「富永さん、焼けましたね〜」そういう人は大体笑顔で喋るのだが、これがいろいろパターンががあり、

「サーフィンですか?」
「いやいや、マハロ族っちゅうよりはマリア観音ですわ」とか、
「オフを満喫されてるんですね!」
「いやいや、まだ石原プロには入ってませんねん」
みたいなのはいい方で、
「おお〜っ、バリ帰りですか?」
「いやいや、ドラッグはやらへんで」や、さらに直接的に
「富永さん、そんな浅黒かったっけ?」
「なんどいや!」
というパターンもある。4ヶ月で合計10人に言われると非常に気になるもんである。

 ワタクシ元々肥満体ではあるが色は白かった。それがここんとここういった上記のコメントを頂くようになり、鏡の前に立ったらなんだか暗示に掛かったのか浅黒い気がしてきたから不思議だ。元から黒いウエスモンゴメリーさんや、エルビンジョーンズさんは格好いいが、途中参加でそこまで黒くなれないのは気分が悪いのでいろいろ妄想してみたが、黒くなる理由がなかなか思い当たらないのだ。

 基本夜型人間でしかも今は冬、出歩いてもほぼ車なので右腕が焼ける程度だろう。ではなぜ顔が黒い?(実際はそんなに黒いとは思わないのだが・・)、もしかして健康を害しているのか?
仁義なき戦いの松方弘樹は肺病みのヤクザを演じていて、「そういえば連れ込み旅館に立てこもる末期のシーンでは黒光りしていたなぁ」とか、顔色診断HPを見て、「そうかぁ、腎臓が悪いのか?」などどんどん下らない方向に行ってしまうので比較的信用できる実家の母由起子に聞いてみると「焼けた!焼けた!酒焼けちゃうんかいな!」と笑福亭仁鶴ばりの口調で一蹴されてしまった。事実無根とはこのことを言う。

 しかし、そういえば元々どちらかといえば飲まない系人間だったワタクシ、九州人でもなく大学に行ってないし就職もしたことが無いので、自主的に飲む以外の「飲まされる」という経験が皆無のまま20代を過ごしていたので、たまに飲む程度だったのがいつの間にやらいっちょまえの酒飲みになっているではないか。

 ワインと泡盛が素晴らしく旨いと感じた3年くらい前から巡業が楽しくて仕方がなくなって、リハーサルから飲み始め、演奏中もチビチビやってて、終演後から打ち上げてたら朝5時なんて結構多かった訳だからゆっくり飲んでも結構な量だったのだろう。途中から赤ワインは翌日に残るということを勉強して白に切り替えたら飲み口がよろしいもんだからもっと飲むようになり、泡盛もウコン入れた二日酔対策から始めて途中からコーヒー割を勉強したら朝まで飲めるようになり、嬉しくてよく飲んだものだった。そのくせ体には全く酒は合わず、飲むと2分の1の確率で赤い斑点が体中に現れる。別段体調が悪くなるようなことは無いのだが、あまりにも全身なのと斑点の大きさから「赤乳牛」と命名してやった。

 「だった」というのは先月から全く飲まないようになったのだ。別に酒が嫌いになった訳でも、オカンに「酒焼け」と吹き込まれて気にした訳でも、宗教上の理由でもない。顔が黒いのは酒とは関係ないとは思うが、黒いと言われるほど肌がくすんできた立派な中年なのは否めない事実なので、等、他にも思うことあって飲まないようになったのだ。「老化する前にやっておきたいことがあるから何かを我慢しよう」という、言葉にしたら非常にスピード感のない行動に乗り出してしまった。ここだけ聞くと全く「内面偽善者」みたいだな。

 それが「我慢」というような「我慢」するようなこともなくすんなり禁酒できた。
最初は乾杯くらいは飲むかなと思っていたのにそれすら飲みたいと思わなくなるし、食事の時の酒も最初2,3回「ンンンん・・・」と思ったのを最後に何も気にならなくなったし、「もうすこし飲みたいわね」などと言われれば行くし、「も、も、も、もう1件い、い、行くぞー!」といわれれば帰ればいい。と、行きたい時だけ行ける判断がつくようになり、結果自分の時間が増えたのでワタクシの場合は禁酒大成功なわけだ。

 ただ、音楽をやる上で飲酒感というかダークでスモーキーな酩酊特有の感覚が禁酒によって絶たれてしまうのが心配ではある。沢田研ニの名曲「君をのせて」にある「ああ〜、君を乗せて夜の海を渡る船になろう、あぁ〜」なんて酩酊感覚の素晴らしさの極致だろう。こういう感覚は非常に大事な要素なのでこれは他の事でダークさ、スモーキーさを補給しなくてはと一瞬思うが、あせらずともあと5年もたてば40歳、普通に朝起きただけで勝手にダークでスモーキーな素晴らしい世界なはずだからそれまではコーヒーとマルボロメンソールで乗り切れればいい。

 今でも酒が好きか嫌いかといえば好きの部類に入る。が、酒そのものよりは酒の周りの雰囲気が好きなのかもしれない。そして雰囲気よりもリアルなものに興味が出てきたのかもしれない。

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2008年03月13日

手入れ

62e2604b.JPG と、いっても早朝に厚生省の人がたくさん家に来たわけではなく、「手入れ」=「ケア」ですね。手稲でもないです。
 
 先ほど風呂上りで「そういえば右の親指の爪はなんで長いのか?」とふと思いながら切ったら本当に長かった。(写真参照)

 ギタリストたるもの日々の生活の中で常に手指をいたわり、爪も程よい長さを維持するためにヤスリをかけて、指のストレッチにも余念が無いものである。というイメージが皆さんにあるかどうかは知らないが、ギタリストであるワタクシが同業者であるギタリストに持つイメージでは上記の通りなのだ。これを基に妄想してみると以下の通り。

手指をいたわるが余り、

◎包丁を使わない。
◎力仕事を人に任せる。
◎動物の餌付けができない。
◎風呂が長い。
◎飯が遅い。
◎アウトドアでは使い物にならない。
◎すぐ指番号(1234もしくはp.i.m.a)で物事を言う。
◎他人の家の灰皿に切った爪を入れる。
◎タイヤ交換を嫌がる。

 などなど、だいぶ偏見も入っているのが否めないがおおよそこういう感じの人がギタリストなのである。

 この中で「タイヤ交換」を嫌がるのと「他人の家の灰皿に切った爪を入れる」というのはワタクシにも当てはまるのだが、他はそうでもない。包丁は使うし力仕事は嫌いではないし動物の餌付けは畑正憲(ムツゴロウさん)の次くらいには得意だ。風呂は短く飯は早く、アウトドアは苦手だが使い物にはなるはずだ。指番号よりは「電話番号シクヨロ!」とか言って喜んでる程度の人間なのだ。

「爪」はジャンルにもよるが各人それなりに大事にしている人が多く、左手の爪は少しでも伸びるとダメとか、右手の爪は先端の角度にこだわるとかいろいろあるらしい。

 らしいというのはワタクシは結構無頓着で、写真の右親指の爪も「なんで切ったか」という前に「なんで伸ばしたか」がどうやっても思い出せないのである。過去を辿ると、この爪で磯のアワビを剥がしたり、商店街のくじ引きスクラッチもコイン無しで剥がしていた思い出にはいつも右親指爪があったような無かったような。やはりわからない。でもそういえばもう10年くらい気が付いたら伸びていたり、突然割れて気が付いたりしている。ギター演奏以前に幼少期から実家で爪を切る切らないという説教を受けたことが無かったのだから無頓着でも仕方が無い。

 余談だが男女問わず家の中を誰がいようが裸やパンイチで過ごす人は一人っ子の核家族に圧倒的に多いらしい・・・・・。猛烈に余談だが、ワタクシもそのひとりである。

話題を戻すとして、 右親指の爪など最近まで演奏に使うことなど無く、櫛替わりにしたり喫茶店の壁に落書き彫りするくらいの、言ってみれば「終始意味がない」爪だったのだ。
そしてウクレレを演奏し始めてから色々試行錯誤した末に右親指爪を使う奏法を思いついた。まぁ思いついたと言うよりは「そこに爪があって、たまたまピックを落として困ったから」という非常に情けない理由なのだが。

 ウクレレは現在もステージでよく弾くし、教室でも使い、そろそろ新譜「ウクレレバンバンバザール」の録音も始まる予定な昨今、今日気が付いたら爪を切っていて、
切ったあとに若干「あの弾きかた・・・どないしよかなぁ・・・」と少し思ったものの、伸びている時には使えなかった「ギターで親指の腹を使いオクターブを弾く」という非常に猥褻な奏法が出来るようになることの方が興味が湧いてくる次第。
全く困ることがないのである。爪こそ命のフラメンコやラテン音楽などでは弟子入り前に破門だろうな。
 
 対して、左手の爪は結構大事で、、少しでも伸びるとコード押さえても鳴らない音が発生したり、単音を弾いてもミストーンが勃発するのだ。「これはいかん!」と気が付くのがライブ3,4回の間に失敗が沢山発生した後だ。どうも爪切りを持ち歩く習慣がないせいか、単にバカなのか爪に関する意識が低い。これは人によってはプロ意識が低いという意見も出るところだろうが、BBキング先生の影響で、「一度間違えたら直後にもう一度同じ間違いを弾いて間違えてないことにするスリルイズゴーン理論」をプロ意識と捉えて使用しているので、爪でクオリティーが下がったとか考えたこともない。

とはいえたかが爪でこんなにあれこれ書いたのだから、ワタクシも充分ケアを意識しているのかもしれない、マイ爪切りでも購入するところから始めてみようかな、いつになることやら。押尾コータロー君の爪の垢でも煎じて頭からかぶったら少しは早く購入するかもね。







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2008年02月12日

お知らせです


カーオーディオのポータルサイト『My car life』の特集コーナー「Music car life」に「車と音楽」をテーマにコラムを書きました。
エリッククラプトンのレプタイルを高速道路の本人歌唱歌謡曲ベストCDと同じ評価をするというキチガイじみたコジツケで執筆しました。近いうちにワタクシが推薦したギタリストで皇族の「ロッキンエノッキー」さんも登場予定です。

こちら http://www.mycar-life.com/special/music-car-life/080128/080128.php

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2008年01月02日

食べたら弾け、弾いたら食べろ5

1a5a6d0b.JPG 12月26日より元旦までのスケジュールで北海道巡業に行ってきた。冬に北海道に行くのは6年程ぶりで、その時は豪雪で飛行機が欠航し3日間足止めを食らい、当時のイベンター宅のある自衛隊前に滞在し、来る日も来る日も温泉と海の幸と酒で骨抜きにされた経験以来、北海道に好意を抱いて巡業によく来るようになったのだが1昨年のライジングサン・ロックフェスティバルに出演したあたりからバンバンバザールの北海道での需要が高まり、供給過多なくらい来北を繰り返すようになったのだが、何度と来ても決して飽きることのない素晴らしい文化がここにはある。
その文化を一番簡単に知ることの出来る方法が「食」なのだ。

 
 札幌時計台の斜向いにあるラーメン店「龍鳳」

毎度ながらウマイ。何度でも書いてしまう。
ここは初老の兄弟がやっていて一人は職人気質、もう一人は軟派である。こういう場合軟派は弟というのが筋だな。カウンターとテーブルは2つの決して大きくない店内で、「元祖」とか「本家」という記載が無いのでここが信用できる。AIR-Gのおじさん曰く「昔ながらの味」とのことで来札時は外せない名店。味は最近の札幌ラーメンの流行とは真逆のあっさりで、スープ表面が油膜で覆われるという麺もあまり太くなく、しょっぱさも弱い。「昔ながら」通り醤油味がメインメニュー、札幌ラーメンのルーツは支那そばだというのが再確認できる逸品。比較的あっさりが故にバターを入れると素晴らしい効果が期待できるのでお勧め。
http://www.walkerplus.com/hokkaido/gourmet/contents/hy018.html

 小樽築港ウイングベイ内のすし屋「魚一心」
 
ワタクシ達、寿司は金沢と小樽でしか食べないとほぼ決めている。その中の1店なのだが、ここは魚屋さん直営の「回転寿司」である。一応建前上回転しているが板さんに注文するスタイルで、安価な為、多人数に振舞う場合は絶対にここに来る。とはいえ「何でそんな値段やねん!」というくらい美味しいのだ。北海道は魚の分布が違うので味や値段が想像とまったく違う。エンガワは、醤油に付けた瞬間に油膜が張り、食すとバター的な濃厚な味がするので最初びっくりしたのだが北海道のエンガワはこういうものらしい。ごっこ汁も絶品、つぶは注文してから貝を開けてくれるという北海道では当たり前かもしれないがワタクシヨソモノなので毎回感動してしまう。安ネタで多いサーモンだが、これがここで食べると2ランクくらい上の味がするので身分も2ランクくらい上がるのではないか?そうなったら何して遊ぶか?なんて妄想を膨らませながらワタクシよそ者はサーモン3皿をワシ掴みにするのだ。
http://r.gnavi.co.jp/h223700/

小樽駅近くの稲穂エリアの食堂「なると」

ここは小樽公演の際、毎回持ち帰りでソウルフード名物「鳥の丸揚げ」を購入して、演奏場所のクレイジーな名店「すかんぽ」の前で開演前に手をベトベトにしてお客さんに笑われながら食すのが定番なのだが、それなりに寒かったので今回初めて店内で頂いた。寿司や丼ものも非常にそそられたが、鳥丸揚げ定食に決定、国内での鳥丸揚げでは間違いなく「なると」が一番であろう。揚げ具合、塩加減、大量加減、どれをとっても日本一だと思う。お隣韓国のフライドチキンのスタイルに非常に似ているのも魅力的だ。http://naruto-wakadori.ftw.jp/

 そして小樽花園十字街のラーメン店「久松」(写真参照)

夜中2時から開店するという完全絞込み型経営で大繁盛している老舗ラーメン店。
花園エリアは観光客などはあまり訪れないであろう、札幌で言うところの「北24条」みたいな場所で路地がたくさんあり、その中を見渡せば間口1間のスナックがびっしり営業中、そんな懐かしいが現在も灯を灯し続けている中に「久松」があるのだが、味も見た目も非常に懐かしく具に「麩」が入っていたり、スープに酒や昆布からくるであろうしっかりした甘味があり、非常に暖まる美味しい醤油味だ。スナック勤務を終えたホステスやアフター系アベックの締めに丁度いい夜の味である。

この店は数年前から入店を懇願していたのだが毎回拒否されてきた理由は「恥ずかしい」という一言だ。そう、小樽公演に毎回見に来てくれるバンバンバザールファンの「あっちゃん」という人の実家で、彼女の肩書きは看板娘なので打ち上げの2次会などに行こうとすると「恥ずかしい」とか「来ないで下さい」と言うのだ。店名を聞くだけで1年かかり、こちらの旅程のタイミングや、休業日などもあり、やっと叶った入店許可を得て食したラーメンの味は格別である。

 味や雰囲気も勿論良いのだが、「美人」がラーメンを持ってきてくれるのだ。その看板娘「あっちゃん」が美人なのだが、「かわいいねぇ」とか「気立てのいい娘だよ」とか「エロキモカワイイ」とかそういうのではなく、形容詞としては「美人」としか表現法が見当たらない。有名人で言えば北斗の拳に出てくる「ユリア」にそっくりなのでバンバンバザール内輪の話では「ユリア」と呼んでいる。呼んでるうちにパチスロ名機「北斗の拳」を札幌狸小路のイーグルでラオウ昇天させたことを懐かしく思ってしまう、まったく失礼な話だ、ごめんちゃい。

 この店は常連さんが多そうなので普段は何てこと無いかもしれないが、例えば疲れ果てて逃げてきた40代半ばの男一人旅で冬の小樽の深夜、暖をとろうとたまたま入った「久松」で「ユリア」を見たりすると、それまで「わたしは貝になりたい」と思っていたのを「わたしは拳になりたい」と考え改めるのではないかとまたバカな妄想も出てくるのも場末に美人という絶好の旅情感ならではなのではなかろうか。花園エリアには他にも名店が潜在しているのでまたの機会に紹介するとしよう。
http://www.mmjp.or.jp/OTARU/insyoku/jinsho.html

 こんないいもの食らった後には演奏するしかない。決して遊びに来ているのではない、仕事なのだ!と言い聞かせて行った3公演(小樽すかんぽ、札幌ブルース収穫祭、札幌カウントダウンライブ)ではどれも我ながら素晴らしいコンサートになった。

 前号で書いた最近ワタクシがメインギターとして使用している「ODASHIMA GUITAR」の製作者の小田島君にも久々に再会、上川郡和寒町から駆けつけてくれて各公演でギターテックとして微調整をしてくれたり、富永寛之モデル製作に向けての細かいディスカッションを行ったり出来た。彼をドキュメントで追っかけているカメラも入ってたので無言のうちにワタクシも小田島君もいい人ぶりを思いっきり発揮し、ぎこちない笑顔と会話を楽しめた。

 今回札幌では初になるウクレレレッスンの先生という、レがやたら多い催しをやらせていただいた。古道具に囲まれたいい雰囲気の「11月」というカフェで机を学校風に並べて「セニョール」と言おうとしたらホワイトボードが無い上に白衣を忘れてしまい、ケーシー高峰はおろか、ケーシー・ランキンにもなれなかったよ、と大塚博堂みたいな冗談も誰にも伝わらないので飛ばせず至って普通のレッスンをやったのだが苦情も出ずに無事終了、普段のワタクシ信奉者の男女比率とは全く違い、ウクレレレディー15人に対してオッサン5人という信じられない黄金率で爽やかな時間を過ごさせていただいた。愛ちゃん先生、そして来てくれた生徒達、ありがとうございました、またやりましょうね。

 カウントダウンライブではバンバンバザール札幌公演のオープニングアクトを長らく務めてくれているジャイアン青木君率いるアコースティックスウィングバンド「ジャイアンリサイタルリズムキングス」や北24条のアル・グリーンこと田代君のソウルバンド「快楽帝ブラック」と、北海道で1番の素晴らしいサウンドを作ってくれるNUTS HOUSE音響エンジニア「ほっちょさん」と共にバンドブーム以前の模範的なコンサートと呼べる公演を作ることが出来た。これは2007年締めくくりにふさわしいコンサートだったので無論打ち上げも盛り上がり、朝方にススキノの神社にコンサート関係者の皆さんと初詣に行ったら何故か賽銭箱の向こう側に大きな仰々しい字で「山川豊」と書いた不思議な神社だ。賽銭箱と言ったら長渕剛のはずだが山川豊とはシブいではないか!。逆さ読みしたら「豊川山」と読めるのできっと豊川稲荷の支店みたいなことなんだろうが、「これは音楽に関係あるに違いない、天川村みたいなものだろう」と察しておみくじを引いたら大吉だった。大吉が久しぶりだったので舞い上がり、引いていない人に「お前もおみくじを引け」と勧める始末。詳細を見ていると「相場、今売れ」とのお告げがあった。ワタクシに売るもの何があったのだろうと考た末「自分」を売ることにしましたが、さて買う人はいるのでしょうか?。幸先のよい新年早々、もう札幌が恋しい気分ですが、北海道の皆様、そして全国の皆さん本年もよろしくお願いします。今年は大阪にしようかなぁ・・・・。

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2007年09月02日

唇が唇に・・・

5134754c.jpg塞がれる北ギター♪。

クールファイブが好きな人以外には全く意味が分からない始まり方をしてしまったが、北のギターは北ホテル並に雰囲気がある。

 稀代の名ソウル歌手、サムクックさんが「人の女にしか欲情しない」というゴスペル出身とは思えない性癖なのに一世を風靡し、後に殺されたが、ワタクシの「人のギターしか持っていない」というスタイルでは殺される以前に生まれもしない気がしてきて2年くらい前からギターが欲しいとか何とか呟くも叶わず。

 途中、いい感じのウクレレ「NUTSCO」を弾くようになって使っているギターに魅力が湧かなくなってしまい諦めながらウクレレを楽しんでいたらガット弦に思いのほか慣れてしまい、「ガットギターもええかもなぁ・・」と思っている所にナイーヴな九州人のタケちゃんがガットギターを持って飲みに来たので挨拶ついでに触ったら気に入ったので強制的に入手して以後多くの録音や実演で使用していたら腱鞘炎になってしまった。

 元々クラシックギター出身だったような気もするのだが長年のレイスミュージック三昧でフォームと姿勢が限りなく崩壊したのだろう、いきなりこういう太くでアールも付いていないネック(棹)で早いスウィングなんかやったら1曲2曲は楽しいが多いと結構辛い。1晩20曲くらいやるとして、「ここや!」という音を弾くときに「痛い!」となる。というのが1曲に平均2箇所あるとして1晩で40回痛いわけである。「痛い!けどやめへんで!」と特高拷問ごっことかして紛らわすしかない。おかげさまで、最近では使う環境を考えたりする知恵も付いてきたのと、エレキやウクレレに振り分けているので痛みから解放同盟だ。

 ガットギターのみを演奏する夢にも破れると、やはりフルアコということになるのだが、フルアコというのは古いアコードワゴンではなくフルアコースティックギターでは勿論なく、震えてるアコースティックギターのことだ。

 そして遂に震えてるギターに会った。6月の旭川公演の時、札幌の中里さんという人が「新しいギターを北海道在住製作家に作ってもらったので一度弾いて欲しい」と言うのだ。人のギターには非常に欲情する性分なのでリハーサルに持ってきてもらって早速試奏した。

 新品なので生音はそんなにないですよね・・と言いかけた途端にビックリである。16インチボディーなのにバキバキ鳴る、上から下までこれはタダモノやないなと思いアンプに繋ぐと今度は生音のキャラクターを持ったままスピーカーから音が出てくる。低音のアタックとマイルドさのバランスが素晴らしい。基本的には上品な音なのでこっちが若干荒らして演奏してやると上品過ぎず楽しく演奏できる感じがした。

 このギターブランドはODASHIMA GUITAR と言うそうで、中里さんと同行していた眼鏡の青年が製作者の小田島君であった。

 海外で修行して帰国後旭川の外れの和寒町という町の廃校になった学校の校舎でアーチトップフルアコ専門で製作活動しているという奇特な人だ。彼の作るギターの特徴のひとつに「北海道産木材」を使用したギター製作というのがあり、このギターもアカエゾマツとイタヤカエデを使用した前代未聞のフルアコなのだ。

久々に楽器で感動してしまったので、中里さんに「このギター下さい!」と言ってしまった程だ。結局リハーサルの時に弾いて良かったので本番でも使わせてもらったのだがいつもより疲れない。分かりやすく言えば音が良く聞こえるので落ち着いて演奏できるので非常にリラックスしたコンサートになった。(写真参照:odashima guitarと筆者)

これもosashima guitarの効果だと実感したので、来年はきっと17インチのodashima guitarを弾いているだろう。

odashima guitar:http://www.geocities.jp/odashima_guitars/index.html








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