2017年04月20日

守られて

ブエノスアイレスのマリアの当初予定の公演が震災で中止が決まったその日のことを思い出していた。新宿オペラシティのリハーサルルーム。聴衆も、公演予定もないリハーサル。残ったみんなで没頭した。余震も続いていた。原発は爆発していた。その只中で。でも音楽はそんなことを忘れさせてくれた。リハーサルが終わった時、夢から覚めたように、そうだった、今は大変なときだったのだ、とみんなが我に返ったことを思い出す。そうだ、松永孝義さんも一緒だった。
今日は、トリオ・ロス・ファンダンゴスのリハーサル。新曲のリハに没頭。何度も何度も、繰り返し、繰り返し、繰り返し。悲しみも、痛みも、恐れも、そこには入ってこられない。
音楽に、タンゴに守られて。

(2/28記)








  
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2017年04月17日

タンゴの節句2017のプログラムができました!

できました!タンゴの節句2017のプログラム。
ケンジ&リリアナの踊るあの曲この曲を軸に、われわれの新しいレパートリーや、ミロンガでみんなが喜ぶ曲、コンサートでお客さんに喜ばれる曲などを編み込んで、厳選された全23曲はこれまでにない広がり、これまでにない流れ。過去最高の、たのしいプログラム。
6回の公演のたびに、きっとその都度そこで新しく生まれ、生きたものになるプログラムが、まもなく生まれるその時を待っている。
どうぞ、タンゴの節句2017の誕生にお立ち会いください。

4/28 広島カフェテアトロ・アビエルト。タンゴの節句2017初日。まさに誕生の瞬間。そして、6公演の中で唯一、マイクなし、生音での公演。

4/29 下関川棚コルトーホール。みんなでダンスステージを取り囲んで。「大河内百笑村」特別仕込みの旨いお酒も楽しみ!周りのお店で使えるクーポン付き!

4/30 小倉・北九州芸術劇場小劇場。トリオ・ロス・ファンダンゴス発祥・生誕の地、小倉。ホームタウン。入れない人続出の前回。今回も一公演のみ。どうぞチケット入手はお早めに!

5/3 宮崎市民文化会館。宮崎は、熱いのです。みんながすごく期待してくださっているのがヒシヒシと感じられます。負けずに熱く演奏します。

5/4 大分ブリックブロック。港に面した会場に行くと、いつもブエノスアイレスを思い出します。シアター形式のライブハウスで飲み食いを愉しんでいただきながら!

5/6 福岡アクロス福岡円形ホール。千秋楽!ここも一公演のみです。ここにたどり着き、完結するタンゴの節句2017。見届けてください! 

どうぞよろしくお願いいたします!!  
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18歳になりました。

トリオ・ロス・ファンダンゴス。4月4日で18歳になった。世界が広がるお年頃。
1999年に3人で演奏したのが楽しくて始まったこのトリオ。出会った不思議。
2011年の2回目のブエノスアイレスでケンジ&リリアナに連れていってもらったミロンガで迎えた転機。それまでの演奏を続けることができなくなった。すでにそのブエノスアイレスでのライブミロンガから我々の演奏は変わり始めたのをはっきり思い出す。あのときから、なにもかもが変わった。ミロンガが、我々を変えた。
2014年、上海。2015年、ルクセンブルグ、ウィーン。踊るためのタンゴが我々をいろんなところに誘い連れていってくれるようになった。日本国内でもミロンガとの出会いがどんどんひろがり、深まっていく。
18年、同じメンバー。いろんなこと、それぞれに、そして一緒に。そしてまだ先へ。
ありがとう。
見守り育ててくれたおひとりおひとりに。
応援してくださったお一人お一人に。
タンゴに。
ミロンガに。
そして、人生に。

みなさん、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
  
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2017年04月06日

違う風景が見えている

自分の視点から見る風景と、違うものが他人の視点からは見える。
他人が見てる風景と違うものが、自分の側からは見えている。
食べること、聴くことにおいても同じだろう。だから、対話するのは楽しい。想像することもまた。
そういうのを案外、「信」ということもできるのかもしれない、と、ふと。
一見くそったれな、はらたってしゃあない世界。でも案外、別の目には、世界は希望や可能性、可変性に満ちているように見えていたりするのかもしれない。そんな目の、そんな耳の、そんな感覚の存在を仮定してみる。とりあえず、仮にでも。そして世界へと、こっち側にとどまっていないで漕ぎ出してみる。関わってみる。対話してみる。どうなるだろう。身体は、コトバは、踊りは、歌は、闘いは、笑いは、いのちは、関わりは、世界は。
おもろそうやん。行ってみよか。そうやって向こう岸へ。境界線を越えて。

恐れるな。めんどくさがるな。あきらめるな。留まらず、もっと。
どこまで行くねん、と笑いながら。

よろしければ、おつきあいのほどを。
すみませんが、今年も宜しくお願いいたします。

(1/1に書いていた文章。下書きのままになっていたのを今頃みつけて、アップ。)  
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2017年04月03日

ライブスケジュール4月-5月

4-5月までスケジュールアップしています。これから増えたり確定したりする予定や詳細についてはその都度アップしていきますのでどうぞチェックしてください。予定の急な変更などもありえますので、念のため会場等にご確認の上、ぜひお運びください!

4/7(金)デュオダイヤローグス(コントラバス:フクヤマワタル)
【小倉・一生もんShop緑々】093-533-0533 
小倉北区京町4-4-17-1
18:30開場 19:00開演
予約2000円 当日2300円 (要1ドリンクオーダー) *学生500円引き
予約メール:info@ao-ao.net (お名前・人数・連絡先必須)

4/9(日)呆けすとら
【北九州八幡・デルソル】093-662-2013
北九州市八幡東区前田3-10-26
18時半開演、2000円。
メンバー:佐野哲也・西田弘道(sax)、山崎箜山(尺八)、宮野章・波多江崇行(g)、フクヤマワタル(b)、Aji・篠田美里(perc)、白川和宏(dr)、大槻オサム(ダンス)、谷本仰(音頭とり)

4/12(水)
小松亮太・『逆境のピアソラ、覚悟のピアソラ』→ ブエノスアイレスのマリアからプログラムが変更されました。
【東京文化会館小ホール】03-3828-2111
東京都台東区上野公園5-45
開場18:30 開演19:00
全席指定席¥6,000(税込)
出演:バンドネオン:小松亮太、ボーカル:Sayaca / KaZZma、ナレーター:片岡正二郎、ピアノ:黒田亜樹、ギター:鬼怒無月、コントラバス:田中伸司、バイオリン:近藤久美子/谷本仰、ビオラ:吉田有紀子、チェロ:松本卓以、フルート:木ノ脇道元、パーカッション:佐竹尚史/真崎佳代子

4/16(日)
復活祭ライブ・イースターコンサート2017
【南小倉バプテスト教会】093-571-5072
北九州市小倉北区弁天町11-19
16時〜。入場無料、自由献金あり。お茶お菓子つき!

4/23(日)トリオ・ロス・ファンダンゴス
ミロンガ!
【福岡天神・ティエンポ】

4/24(月)ソロダイヤローグス
【福岡薬院・Bar sirocco】092-715-0153
福岡市中央区薬院1-16-17−B1
18時オープン、20時開演。2000円+別途要オーダー。

4/28(金)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【広島・カフェテアトロ・アビエルト】
広島市安佐南区八木9丁目10-40
19時開場、19時半開演、予約前売り3500円、当日4000円

4/29(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【下関川棚・コルトーホール】083(774)3855
山口県下関市豊浦町大字川棚5180
15時半開場、16時開演、予約前売り3500円、当日4000円

4/30(日)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【北九州小倉・北九州芸術劇場小劇場】083(774)3855
小倉北区室町1丁目1-1-11・リバーウォーク北九州6階
15時半開場、16時開演、予約前売り3500円、当日4000円

5/2(火)呆けすとら
咆哮そして覚醒2017
【福岡ROOMS】

5/3(水)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【宮崎・宮崎市民文化ホール】
宮崎県宮崎市花山手東3-25-3福祉文化公園内
14時半開場、15時開演、予約前売り3500円、当日4000円

5/4(木)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【大分・Brick Block】097-536-4852
大分市生石5-7-5
15時開場、16時開演、予約前売り3500円、当日4000円

5/6(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス、ケンジ&リリアナ
タンゴの節句2017
【アクロス福岡・円形ホール】
福岡市中央区天神1丁目1番1号
14時半開場、15時開演、予約前売り3500円、当日4000円

5/11(木)ミドリトモヒデ(sax)×長沢哲(dr)×谷本仰
【北九州八幡・デルソルカフェ】

5/15(月)two :谷本仰 ×若林美保(ストリッパー、女優、ダンサー)×大槻オサム(役者、身体表現者)
【小倉・スタヂオタンガ】
小倉北区魚町4−2−19
18:30開場 19:00開演 3000円(1ドリンク付)※予約制(18歳以上)
予約:tanise@har.bbiq.jp
080-1711-5074(ピカラック)
※ご予約メールにはお名前(ニックネーム可)と連絡先を。
※入場料は当日、会場の受付で精算します。

5/16(火)ソロダイアローグス
【北九州八幡・デルソル】093-662-2013
北九州市八幡東区前田3-10-26
19時半〜、2000円

5/25(木)デュオw/波多江崇行(g)
【博多中洲・リバーサイド】
20時〜

5/28(日)ドグラマグラ
【北九州八幡・デルソル】093-662-2013
北九州市八幡東区前田3-10-26


  
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2017年03月15日

そのてにゃのるまい

自分のことばが、あっというまに押し流されていき、どこにいったかもわからなくなる、というのがいやだなあ、とやっぱり思う。FBとかツイッターとか。別に大したこと書いてるわけでもないんだけど、それでも。

自分の思いや経験や言葉を、自分として大事に持っておく。そっと自分の手の中に包んで持っておくようにして。そうやってそれと向き合い続けることで、自分という存在は深まっていく。そういうものだろう。

自分の言葉と向き合うこともまた同様ではないかと思う。文章を書くこともそのひとつの方法なのだろう。また誰かと話すこともそうだろう。そうやって文字や音声にしてアウトプットする。そしてそれを目や耳、からだを通じて自分に再入力する。その過程で修正が起きたり、また整理が行われたりする。

目の前の話し相手の反応も、その大きな材料になるのだろう。

それがきつくなってきているのかもしれない。自分であることの重みがしんどい、そういう感覚がこの社会の中に広がっているのかもしれない。だからどんどん軽くなるのだろうか。うたかたのように言葉が簡単に広げられ、瞬時にモニターや画面に「表示」されては消えていく。それでいい、自分と向き合うのは、しんどい。そう感じる人たちが増えているということか。そうかもしれない。あの言葉たちのはかなさと、そしてものすごいスピードで互いに互いを流し去りあってる感じは、考えてみれば、痛々しい感じがしてくる。気のせいだろうか。

そうやって人間が、その言葉ごと軽くなればなるほど、誰かがほくそ笑んでいるのかもしれない。使い捨てにしやすいからね。

「軽くなれ、重さを棄てろ。しんどいよね?重荷は下ろせばいい。軽くなればいい。あなたはだんだんかるくなーる、かるくなーる。ほーら、かるくなった。よかったね。」

その手にゃのるまい。

  
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Buenos Aires Hora Cero

去年9/1のライブから。Buenos Aires Hora Cero に基づくエレクトリックヴァイオリンソロ。https://www.youtube.com/watch?v=ksPcb3mY0CM  
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2017年03月11日

「雨の日も風の日も」

 「雨の日も風の日も」作詞作曲・泉邦宏。
  
 雨の降る日には 傘をまわして
 リズムに合わせて ゆらゆらおどる
 人の気持ちは 伝わるのか わからぬけど
 だんだんよくなる
 あなたのこと わたしのこと 世界のもろもろ よ

 風の吹く日には お山に向かい
 両手を広げて はばたいてみる
 人の思いは 伝わるのか わからぬけど
 だんだんよくなる
 あしたのこと 未来のこと 世界のもろもろ よ
 
 だいすきな泉邦宏の、だいすきな歌。先週火曜日の抱樸「おんなじいのちコンサート」で歌わせてもらった。聞けば「3・11」をきっかけに生まれたのだという。そうか、やっぱりそういうことか。
 全12曲。中島由紀子・ピアノ、原田敏夫・ギター、フクヤマワタル・ベース、谷本仰・歌、ヴァイオリン他。奥田知志理事長との対談を挟んで。歌も、言葉も、いのちのこと、生きること、人間のこと、そして希望のこと。ただ、そればかり。
 注ぎ出す、という感じだった。そして不思議に目の前の満員の客席に、何かが、目に見えぬ何かが、目に見えて満ちていくように感じたのだった。
 
 この身の奥からなにかが注ぎ出されていくのだった
 ぼろぼろぼろっと零れそうになる
 そのたびに堪えて、堪えて
 目の前になにかが満ちていくのだった
 透明であたたかいなにか
 みえないけれどあるのだった
 うただったのかもしれない
 いのちだったのかもしれない

 また来年も、ぜひ。何人もの方がそう言ってくださった。必要なのかもしれない、今だからこそ。
 ありがとう。
 生きよう。ね。
 生きよう、や。

 (南小倉バプテスト教会2017年3月12日週報「今週の一言」)

********
2017.3.7おんなじいのちコンサート「雨の日も風の日も」演奏動画はコチラ
  
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2017年03月06日

4/24 BAR sirocco ソロライブ・手描きフライヤー

シロッコソロ 自分で描いたものがさらに次の自分の描くものに影響を与えて、それが次々に進展していくのがおもしろい。これもソロダイアローグスみたいなもんです。千客万来。  
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谷本仰Solo Dialogues

谷本仰Solo Dialogues(ソロダイアローグス):即興、オリジナルを中心に、ロック、ファンク、タンゴ、ノイズなどが渾然一体となる谷本仰のヴァイオリンソロライブプロジェクト。2007年広島で開催された「オリーブプロジェクト」参加を契機に活動開始。時にエフェクトやエレクトロニクスを駆使し、時に素のままのヴァイオリン一本で紡ぎ出され織り成される音の対話たちは「映像のない映画のよう」とも評される。2007年広島にて活動開始、2015年3月同名CD発表。  
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2017年02月22日

響きに響く

2/18、春吉バル・CLUTCHでのソロダイヤローグスにて。

ノイズの中に微かに現れる響きの兆候。それに耳を澄まし、育くむ。消さないように、暴れないように。自分の出す音ではなく、そこに生まれる響きのみを意識したソロ演奏の試み。他者、あるいは、関わり・対話そのものとしての、響き。

待つことも演奏の一部。身体的な関わりも大きな要素。空間の響きも大きく演奏を左右する。

もはやヴァイオリンでなくてもいい。同様の構造、あるいは同様に響きを生むもの、ならなんでも。でも、ヴァイオリンはこの為に使いやすくて、身近、手近だった。ごめんね、ヴァイオリン。

携帯扇風機の羽根が破れてちぎれたのを使ったせいで、意図しない倍音がどんどん出たのも面白かった。そういえばむしろこっちのほうがヴァイオリン演奏に近いのだ。ありがとうヴァイオリン。

微かに。幽かに。たゆたうように。現れては消え。重なり合って層をなしては。寄せては返し。盛り上がっては沈み。波のように。

昼下がりの陽光のさすなか、鳴っているのは「響き」だけ。不思議な時間。白昼の夢。
みんなでずっと、漂っていたいような。包まれて。浮かんで、まどろんで。
胎児たちのように。  
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2017年02月16日

2017今年の抱負

1.オドル。
2.早寝する。
3.やりたいことをやる。  
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2017年01月07日

今年の新年炊き出しのこと (南小倉バプテスト教会2017年1月8日週報「今週の一言」)

 一月三日、勝山公園で毎年恒例の抱樸の新年炊き出し。午後一時半、追悼。理事長である奥田知志牧師の「家族から迷惑を引いたらなんにも残らないよ。そして家族がいないなら、家族になればいい。ここにいるみんなが家族です」と挨拶。「このいのち忘れない」の旗の前の台には、いつものようにこの活動が始まって以来の、身寄り無く亡くなってその遺骨の引き取り手の無かった方の追悼碑が並ぶ。毎回新たに加えられる追悼碑が今回はなかったことは、せめても。「ここに並んでいるのは『無縁仏』ではありません。わたしたちと縁があったから、ここに碑が並んでいるんです」の言葉にも、すこし救われる思い。
 黙祷。鳥の声、行き交う車の音、黙祷する人々の身じろぎの気配。悲しみも、悔しさも、祈りの言葉も置いて、ただ黙って、そこに身を置き、耳を澄ましていた。
 みんなが献花する間、静かにヴァイオリンを。"On the sunny side of the street"。初めてだけれど、弾きたくなって。歌詞の直訳はこんな具合。
 
 ひとりぼっちで歩いてきた。話す相手もなく。影しかなかった。でもある朝、あなたが通りかかって、わたしはついに輝いた。今わたしは太陽を胸に一日を迎え、そして終える。心配事はすべて吹き飛んだ。あなたがこう言うように教えてくれたから…。
 「コートを掴み、帽子をとって、心配事は玄関前の階段にほっといて。通りの陽の当たる側に向かって歩けばいい。あのパタパタいう音が聞こえない?あのうれしい歌はあなたの足音。人生はこんなにもすばらしい。通りの陽のあたる側ではね」
 わたしは影の中を歩いていた。憂鬱だけが列をなして次々にやってきた。でももう恐くない。さまよい歩いてきたこの私は道を渡ったんだ。一文無しでもロックフェラー並に豊かなのさ。足下には金の粉が輝いてる。通りの陽のあたる側ではね!
 
 全員の献花が終わって、演奏しながらひとり、並んで立っている追悼碑の前へ。少しだけ踊るように弾いてみた。みんなも少し笑って身を揺らしてくれたなら幸い。
 そして乾杯!焼肉弁当!うまかった。東篠崎教会で朝から下ごしらえしてくださった皆さんありがとう!
 書初め大会も良かった。あのQちゃんが「しやわせ」と書いたのにぐっとくる。
 そして青空ライブ。暖かくて助かる。ギター原田敏夫さん、コントラバス・フクヤマワタルさんとの「ゴーインホームトリオ」。「幸せなら握手しよう、ハグしよう」と歌ってみたら、みんな嬉しそうにお互いに手を握り合ったり抱き合ったりして笑ってたのがよかったなあ。ライブが進むにつれてどんどんみんな踊りだして、しまいにはみんながこれまでで最大の輪になってつながって。Qちゃんも嬉しそうに踊ってて、またぐっとくる。幸せなひと時。終演後のぜんざい、温かくてしみた。
 とりあえずおめでとう。あなたが生きていておめでとう。いっしょに歌って踊って、おめでとう。色々あるけど、おめでとう。あけまして、おめでとう。さあ、生きよう、一緒にね。                     
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2017年01月04日

1/22ドグラマグラ・手描き初めフライヤー。

2017新春初手描きフライヤー。1/22(日)、ドグラマグラ、デルソルにて、19時開演。宜しければ皆さんぜひどうぞ。踊りまくってね。
IMG_0150
しかし、そこらへんにあった普通のボールペンやら筆ペンやらマジックやら万年筆やらホワイトやらを使ってるだけなので、なんかこう細かいことがしにくくて手間隙かかって肩こる背中こる手が筋肉痛になります。急にこういうことをし始めたので身体が慣れない。こういうシゴトしている人はジツに大変だなあ。あ、演奏しない人から見れば演奏もそうか。なんでも慣れですかなあ。身体の中の「道」みたいのができちゃうと楽になるんだよなあ。ヴァイオリン筋、なんて呼んだりしてますが、そういうのができるとうんと楽に弾けるようになる。なんでもそうかもしれない。即興筋とかあるかね。どっちかというと心とか意識とか神経とかそっちのような気もするけれど、これは。まあ今度ちょっと文具店か画材店かを覗いてみようかと思ったりする今日この頃。  
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2016年12月30日

どうもすみません

ソロの演奏が終わるといつもなんだか「どうもすみません」と言いたくなる。一部が終わった段階で、いやいや、へたするとなんか一曲ごとに。あれはなんでかなあ。

対話とかダイヤローグとかいいながらジツに勝手なことをやってるかもしれないと思うからかなあ。

それにしてもやりたいことがどんどん拡散していくカンジがして、ライブがとっちらかってるような気もする。

昨夜もそうだった。たくさんのお客さんに遠くから近くからおいでいただいた今年最後のソロダイアローグス。たった2分ほどの曲もあれば、30分近くやってるのもあったり。歌をただそのまんま弾くだけのがあるかと思えば、完全な即興演奏をやったり。どこまでも続き重なる響きの中に漂うようなのやぐるぐると渦巻いてノイズの嵐みたいになっちゃうのがあるかと思えば、ただただばかばかしくて可笑しい音にみんながあははと笑い始めるのやら。みんなの身体が動き始めるのもあれば、緊張していくのも。そういうのは曲が終わると同時になにかがほおおおおっと解ける感じが会場全体にあるからこれはこれでなんだか申し訳ない気もちになるけれど。どっちにしてもなんだか自分が自由にやればやるほど、すみません、なんだなあ。

それにしても振れ幅がこれまでになく大きくなってきてるような気がする。いやもうそれどころでなくて飛び散ってる感じ。

ああ、星座的なのか。それならまあいいか。お客さんが、自分で絵を見出してくれるならうれしいなあ。夜空の星たちを何万光年の隔たりを瞬く間の線で結んで星座を観るように。そういう演奏にしたいのだから、いいのか。これでいいのダ。すみません。

たくさんのお客さんに来ていただいて、ますます。でも昨日のお客さんの中にも「なんか勝手な映像が浮かんできて陶然となっていました」みたいなことを言って下さる方がいて、やっぱりうれしかった。

でもヴァイオリンという楽器そのものにしても、勿論それへの敬意や愛情やそれなりの理解をもって演奏するのだけれど、それだけではなく、時には音のする道具、音具、鳴り物として、あるいはもうオモチャにしてしまったりして、そういうのもますますだし。そういう意味でもちらかってるなあ。

ごめんよ、ヴァイオリン。

来年はもっともっとやりたいと思う。もっとちらかるかもしれない。もっと色んなものごとや音と響きたい。だからどうぞたとえば夜空の下に集うようなカンジで…いやそれは言い過ぎか…プラネタリウム…あ、次々に漫才や奇術や漫談やイロモノや落語が出てくる寄席、演芸場みたいな…いやサーカス…、いや、そうだ見世物小屋!そんな感じでみんなにもっともっとおもしろがってもらえたらうれしいのです。

おお、そうだ。来年2017はSolo Dialogues 10周年!2007年の7月、広島で。そしてこのとき初めて演奏したのが「オリーブ」だったなあ。この曲ももうすぐ10歳になりますか。



そんなわけで、とにかく今年一年の御礼とお詫びを兼ねて…


どうもすみませえええええん!  
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2016年12月28日

どんな音がしているのだろう

どんな音がしているんだろうなあ

はなびらが開くとき
芽が地面を貫いて地表に出るとき
木の皮を割って枝から空へと突き出すとき

モンシロチョウのはばたき
テントウムシが飛び立とうと決心して硬い羽を開く
風が蜘蛛の巣をゆらす
雨粒がその糸をはじく

そのとき
音がしているはずだ

ああ聞きたい 
ああ聞こえない
耳を澄ましても澄ましても

世界はそんな音に満ちている
はずだ

なんとにぎやかな
なんとゆたかな
この静寂  
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2016年12月26日

ヴァイオリンなんて弾かない

弾く、なんていうからついちゃんとしたことをしなければと気負ってしまうのかもしれない。音を出す。それでいいのかもしれない。それなら技術なんて問題じゃない。こどもだって、風だって、なんだって音を出す。生きていれば、音はする。動けば、音が生じる。そんな風にやればいい。それでいいのだ。無邪気であること。好奇心に導かれること。遊びであること。ただ動いているだけでいい。音は生まれる。ヴァイオリンだってそうだ。気取るな。かっこつけるな。ただの木箱に糸はってあるだけじゃないか。それで音を出すだけじゃないか。うまいもへたいもあるか。ヴァイオリン、なんて名前からも自由であればいい。ヴァイオリンなんて、弾かない。なあんて。  
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2016年12月24日

クリスマスイブとは

イヴはもともと「夜」の意。クリスマスイブは、だから、クリスマス「前夜」ではなくクリスマスの夜のこと。一日がユダヤ・キリスト教文化圏では日没と同時に始まるのが伝統的な捉え方。だったことを考えると、クリスマスも同様ということになる(ちなみにイスラム暦も。日本でも一日は日没と共に終わり、始まると考えられていた、ともいわれる)。つまり日没と共にクリスマスイブが始まる、そこからクリスマスが始まるってこと。

闇の中、夜明けが
小さな種の中に
花が 樹齢数千年の巨木が
新月の中に満月が
絶望のたなだかに希望が
宿る
始まる
すでに在る

そしてまた花の中に生きつづけているのだ
巨木の中にも息づいている
はずだ
種は
かつて種であったものは
その細胞のひとつひとつの中に

悲しみも涙も
なくなりはしない
きっと そのように

そのことを
そのことをこそ

だからおめでとう
クリスマス、おめでとう。  
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クリスマス、おめでとう

南小倉バプテスト教会週報 今週の一言 20161225

 バプテスト誌の来年二月号の原稿を送った。以下。
 
 米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設を巡り、東村高江の住民三一人が国を相手に工事の差し止めを求める仮処分申し立てで、那覇地裁(森鍵一裁判長)は六日、ヘリパッド完成後の騒音や低周波音被害の違法性が『十分に疎明されているとは言い難い』として、申し立てを却下」(琉球新報一二月七日)
一二月一三日、オスプレイ墜落。名護市安部の海岸。抗議の安慶田光男副知事に対して在沖米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官「住宅や県民に被害を与えなかったことは感謝されるべき」と語る。(同一二月一五日) 
 一二月一九日、オスプレイ飛行再開。
 「翁長雄志知事による名護市辺野古の埋め立て承認取り消しを巡り、国が県を相手に提起した不作為の違法確認訴訟で、最高裁第2小法廷(鬼丸かおる裁判長)は20日午後、上告審の判決を言い渡し、県の上告を退けた。国の請求を認め、承認取り消しは違法だとした福岡高裁那覇支部の判決が確定。」(同電子号外一二月二〇日)
 司法も加担する日米両政府による沖縄への果てしない暴力。悔しくて、辛い。
 以上。 
 
 シリアでは政府軍とロシア軍による殺戮と破壊が頂点に達している、と報じられている。ネット上に次々にあげられる、こどもたちの遺体を抱いて走る人々の姿がこの目に、胸に、突き刺さる。
 パレスチナでは今この瞬間にも、イスラエルによる暴力と抑圧が片時も変わらず続いているだろう。南スーダンでは何が起きているだろう。駆けつけ警護の名のもとに、戦争へと送り込まれた自衛官たちは。いや、現地の人々は。
 クリスマスがやってきた。この闇のような世界に。クリスマスは束の間のきらめく幸せな夢などではない。豊かな者たちの平和な祭りでも、力を持った者たちが、そうでないと彼らが思っている者たちを踏みつけながら挙げる祝杯でもない。
 著書「イエスとは誰か 史的イエスに関する疑問に答える」の中で、ジョン・ドミニク・クロッサンは、聖書のマタイ・ルカ両福音書に記載されたクリスマス物語について、こう書いている。
 「今ここでマタイとルカに『あれは実話ですか』と訊ねたら、『分からないのかい?的外れな質問だね』と言われるでしょう。導きの星はない。馬槽もない。ベツレヘムもない。羊飼いもいない。天使もいない。処女降誕もないというだけでは足りません。実話でないことは当たり前で、そんなことはどうでもいいからです。真意を問うことが大事です。神の顕われはいったいどちらなのか。皇帝かイエスか、帝国の繁栄か農村の貧困か、上から他人を押さえつけて束縛することか、下から他人を支えて解放することか。これがイエス誕生物語の真意を捉える問いなのです。」
 この暴力と、抑圧と、破壊と、収奪と、束縛に満ちた世界の只中で、神はどこにおられるのか。そのことを語って、語って、語ってやまないのが、クリスマス物語だ。貧しく苦しみを負って生きていた人々と食卓を分かち合ったイエス。罪人たちの傷や穢れを分かち合って味方になったイエス。十字架で「わが神わが神なにゆえわたしを見捨てたのか」と絶叫して殺されたイエス。そのイエスこそが、そうした現実の中で呻き叫びながら生きる者たちと共にいます神を示している。そのことを歌うのがクリスマスなのだ。
 クリスマス、おめでとう。涙とともに、叫びと共に、希望と祈りと共に。
  
Posted by aogoomuzik at 23:03Comments(0)TrackBack(0)南小倉バプテスト教会「今週の一言」 

2016年12月23日

植物感

15589649_1182146355206914_1891214047264605343_n緑々のテーブルを背景に。なんかとっても合ってます。植物、木、森、草、菌類…。ソロダイアローグスは植物のような、樹木が生い茂っていくカンジがする、と言われたことがある。そうかもしれない、と思った。どんどん伸びてつながって絡まりあって、違うところに、違うカタチに、違うモノに。そうそう、そういうことだ。どうであったかなど一時のこと。どうあるべきかも知らない。ただ、どんどん。いのちのように。
  
Posted by aogoomuzik at 01:16Comments(0)TrackBack(0)フライヤー | ライブ