谷本仰

日々の思いや、ライブのことなど

新教出版社からこのほど出版されたジョン・ディア著・志村真訳「山上の説教を生きる 八福の教えと平和創造」の谷本による書評が書評誌「本のひろば」に掲載されました。以下。

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 2月1日、ミャンマーで軍事クーデターが起きた。平和と民主化を求める人々が歴史的な市民的不服従運動(CDM)へと立ち上がった。軍と、その手先と化した警察はこれに容赦ない暴力で弾圧を加え、ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によれば、5月17日の時点ですでにこどもや医療従事者も含め802名が殺害されている。
 インターネットを通じて、傷つけられる人々の叫び、そしてそれでも立ち上がり続ける姿が伝わってくる。何ができるのかを問われ、無力感に苛まれる日々。
 そんな中、この本を読んだ。著者ジョン・ディアはアメリカ合衆国のカトリック司祭で、平和運動家。「彼には30年を超える非暴力と平和創造の働きがあります。反戦の市民的不服従行動によって80回以上の逮捕歴があり、1993年の『鋤武装解除行動』(空軍基地に侵入して、核ミサイル搭載可能な戦闘機をハンマーで叩くという『預言者的象徴行動』)によって8ヶ月投獄されました。」(訳者あとがきより)
 本書は「心の貧しい人々は幸いである」から始まる山上の説教の冒頭の八つの祝福のひとつひとつを、イエス・キリストの平和を生きるための具体的指針として提示する。暴力に従わない信仰を実践する道を指し示すガイドブックであり、祈り、黙想、内的平和・平和的霊性に満ちた生活のためのHow to本でもある。
 第3章「悲しむ人々は幸いである」で著者は言う。「週に一度、あるいは毎日でもよいのですが、時間を取って、嘆き悲しむ必要があります。神と共に沈黙のうちに座し、数千の姉妹・兄妹について嘆き悲しみ、数百万もの被造物と被造世界そのものについて悼み、私たち共通の喪失による悼みに心を引き裂かせるのです。」(52頁)キリスト者には悲嘆という手段がある。信じる者は悲嘆する事が、できる。悲嘆はミャンマーで立ち上がり続ける人々に伴い歩む主イエスと響き合う祈りであり、非暴力で闘う人々とつながる道。その事が示されていて、励まされる。
 著者がこのコロナの情況の中で関わった非暴力平和創造行動は、2020年だけで4058回を数えたという(訳注38)。何もできない一年だった、などと言っている場合ではなかったのだ。
 最終第13章は圧巻。著者はイエスの祝福「幸いである」について「立ち上がって前進せよ」という訳を採用し、山上の八つの祝福に全く新しい光をあてて畳みかけ、読む者の心を燃やす。そして本書結論は、これに基づく祈りで静かに閉じられる。豊かな礼拝に与ったような気持ちになって、溜息と共に本を閉じた。
 まるで著者本人が日本語で直接語りかけてくるように感じられるのは、志村真さんの訳に負うところ大。「のっけから」「ガッと反応」「自分で自分に突っ込みを入れて」など、普通の訳者なら使わないような日常的な表現が訳語として随所に散りばめられていて、うれしくなる。探してみてほしい。
 また、訳者の丁寧なリサーチに基づいて付記された訳注の数々は、読者がさらに本書の促す平和創造について深く理解し、さらにこれらを手がかりに平和に関する学びや思索を広げるのにも役立つものとなっている。
 さあ、どうする。平和の為の祈りを、今、字句どおりに生きるのか、生きないのか。聖霊の迫りに満ちた一冊。

【キリスト教文書センター「本のひろば」2021年7月号掲載】

谷本仰ほぼ月間CDR「SoloS」第4弾、2021年6月号完成!1枚1000円です。盤面すべて手描き!

通販はコチラ!買ってください。助かります。カンパも大歓迎!

収録曲は以下。

1 酸っぱくていいのだ(即興):エレクトリックヴァイオリンによる一発録り。アナログシンセサイザーの変調もヴァイオリンを弾きながら。デルソルカフェのベーグルサンドは酸っぱくておいしかったのだった。

2 顔の上を走るな(即興):生ヴァイオリンの即興も今シリーズは各作に。これが録音当夜の最初のテイク。以下7月号にテイク2、8月号にテイク3を収録予定。こないだ昼寝してたらチビ猫に顔の上を走られた。なにすんねんほんま。

3 えんどうの花:沖縄歌謡、1924年。作曲・宮良長包、作詞・金城栄治。やさしくて、ちょっとさびしい。生のヴァイオリンで旋律だけを。

4 今日はこれくらいにしといたろ(即興):これが今回のエレキ編録音の一曲目。なぜかヴァイオリンそっちのけでカリンバ即興に夢中になってしまった。どこまでもずっとやってたかったけれど、そういうわけにもいかないので、まあ、このへんにしといたろか、ということで。

5 ニムのための行進曲:作詞・ペク・ギワン、作詞・キム・ジョンニュル(1981年5月)。1980年(5/18〜27)韓国光州民主化運動が主題。録音は5月23日。思わず足を踏み鳴らしてしまう。

6 Were you there(when they cucified my lord): 「あなたはそこにいたのか、彼らがわが主を十字架にかけた時に」が直訳。19世紀末にアメリカ黒人奴隷たちの間で生まれ、黒人たちがリンチで木に吊るされ続けた時代の只中で歌い継がれた。

7 あの夕焼け空(即興曲):今シリーズはこういう曲調のはっきりしたやつも各作に入れることにした。一発目のこれは、なんというか、弦楽レゲエ。こないだとってもきれいな夕焼けを見た。めちゃくちゃな世界なのに、こんなに美しく日が暮れていくんだなあとか思った。聴きながらそんなことを思い出して。

(録音:大庭謙仁、デルソルカフェにて、2021年5月23日)

そんなわけで、6月号リリース。「ほぼ月刊」をうたい文句にして月刊CDRを出し始めてから4作目。ほんまに毎月なんか出せるのか、と心配になり、だめだったときのためにあらかじめ「ほぼ」なんてつけて出し始めたわけなんだけれども、二回目の録音を経てなんとか6月号にこぎつけました。これが出せればイケルかもしれない、と何となく思っていたので、とりあえず一安心。ドキドキしながらやっとりますです。宜しくお願いいたします!

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 カラス、烏、鴉。みんなのつくえが突如荒らされたのは今月の18日のこと。考えてみれば、一年以上つくえの食品が無事だった事の方が不思議なのかもしれない。路上に投げ出されたパスタソースの袋に穴が開き、中身が漏れていた。つくえの上の蒸しパンの粉の袋、レトルトご飯のパックにも穴。しかしどれも食べられた形跡無し。つくえの上は散らかっていた。カラスがすぐ近くにいたとの目撃証言も。状況的に考えればカラス以外ではないだろう。
 カラスの目隠しに、と暖簾を下げてみたのはその翌日、5月19日。しかしその4日後の5月23日、今度はレトルトご飯と共に、つくえの上に置いてあったりんごが路上に放り出されていた。拾い上げてみると、大きな穴が開いていた。これは明らかに食べられた跡。これは明らかに好んだと見える。こちらも直前には玄関先におりて暖簾の下から中をうかがっていたとの目撃証言あり。但しレトルトご飯はやはり穴だけが開いた状態。
 そして更に翌日。雨の路上に放り出されていたのは、チキンラーメンと、チャルメラとんこつラーメンと、半生のゆでスパゲティナポリタン。チキンラーメンとスパゲティは中身は空っぽ。そしてとんこつラーメンは破れた袋の中に中身が残ったまま。どういう事だろう。
 気がつくとそこら中に雀たちがいる。近くの電線に沢山とまっていたりする。ははあん、烏がつついて残したおこぼれにあずかったということか!チャルメラは食べようとしていた矢先だったのかもしれない。鳥たちの宴会、いや会食。人間に留まらず鳥たちにも利用されるようになった、みんなのつくえ。えらいことになったもんだ。
 さて、どうするか。前日のりんごの一件をネット上で報告すると、みんなから色んなアドバイスが集まった。その中に、親しみを込めて声をかけて挨拶をしていると、荒らさなくなる、という情報が何件か。調べるとネット上にも同様の証言が幾つも。
 これは面白い。敵対・敵視しない。排除したり、追い払ったりしない。むしろ信頼関係を結ぶやり方に、烏はちゃんと応えるのだ、という。ほんまかいな。しかしこれは試してみる価値あり。「みんなのつくえ」というからには鳥と言えども追い払いたくない。鳥たちが集まっていたその日から早速始めてみることにしたのだった。
 つくえの状態を確かめに行く時にはついでに必ず玄関から外に出て、空を見上げるようになった。カラスの声が聞こえたらすぐに飛んでいく。見える範囲にいたら、手を振り、声をかける。「おーい」「よー」「おはようー」「げんきー?」はたからみたらこれはきっと変に映るだろう。すぐ近くの電信柱の上でこちらの姿を認めながらも逃げなかったカラスに声をかけると、ようやくわさわさ、カァカァと飛び去ったり、向こうの建物の屋上からこちらを見ている風だったり。
 さて効果やいかに。挨拶を始めた日を境に、土曜日の夜までは少なくとも荒らされていない。そして意外にも、むしろ人間の側に明らかな効果あり。声をかけている自分自身がおだやかで、平和で、やさしい気持ちになるのだ。
 これまでの人生でこんなに空を見上げ続け、鳥たちの姿を追ったことはなかった。世界は人間だけのものではない、ということをしみじみ思う日々。この世界の住人のひとりにすぎない。人間だけでない「みんな」の一員。そんな自分、そして人間の姿が見えてくる。いのちに満ちた世界。いのちの世界。そこに、他のいのちたちと共に生きている自分。
 そういえばイエスは「空の鳥を見よ」「烏のことを考えてみよ」と言っている。そうか、こういうことか。今日の今日まで、知らなかったなあ!ありがとう、カラス。
 とりあえず挨拶を続けてみようと思う。さて、どうなりますやら!

【南小倉バプテスト教会2021年5月30日週報・今週の一言】

谷本仰ほぼ月間CDR「SoloS」の第3弾、2021年5月号完成!1枚1000円、盤面すべて手描き!

通販はコチラ!買ってください。助かります。カンパも大歓迎!その他の音源、ほぼ月間CDRバックナンバー、オリジナルポストカードもあります。宜しくお願いいたします。

収録曲は以下。

1 どうせならもっと降ればいいのに(即興):19分余りの完全即興演奏。途中、讃美歌「また会う日まで」の「神共にいまして」の歌いだしのメロディーが一瞬顔を出す。CDR・SoloS#2に入れた同曲はこの演奏に引き続いて録ったもの。黄砂まみれの車は少々の雨ではきれいにならないのです。

2 Volver ボルベール・帰還(タンゴ):不世出のタンゴ歌手カルロス・ガルデルの曲。1935年発表。これも前作#2のSurと同様に、2013年にブエノスアイレスでみんなが静かに歌うのを聴いた歌。ヴァイオリン一本でメロディーだけを演奏。しみじみ。

3 Goin' home:ドボルザークがアメリカで先住民の音楽や黒人霊歌に影響されながら作った交響曲第9番「新世界より」第二楽章ラルゴに基づく歌。終わり近くに繰り返される無音部分の静寂に、店の外の国道を走り過ぎるトラックの音が入り込んでいる。いいねえ。 

4 だんすおーらい(即興):なんだかみんながだんだんやってきて、輪がどんどん大きくなって、広場や道いっぱいに溢れて笑って踊りながら通り過ぎて行く、みたいな。

5 オレンジオリーブオイル(即興):生のヴァイオリン一本で。即興演奏なのになんだかちゃんとした曲っぽくなっちゃって。どうもすみません。タイトルのそれは明るくきれいな色で、いい香りだった。

というわけで全5曲。例によって即興演奏の曲名は適当です。収録曲はすべて編集・オーバーダブなしのリアルタイム一発録りです。

(録音:大庭謙仁、デルソルカフェにて、2021年2月23日)

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 キリスト新聞社から4月27日に刊行された「新版・教会暦による説教集 ペンテコステからの旅路」にぼくの書いた説教が収められた。題して「神の国は片手・片足・片目のみんなが入るとこ―やっぱりイエスはこうでなくちゃ。」
 書き下ろし。まだどこでも実際に話したことのない説教。でも実際には、それを構成しているひとつひとつの部分、断片、パーツはこれまで様々な出会いや対話、学びの中で生み出されてきたものばかり。ホームレス・困窮孤立者支援の現場で。大学等の教育現場で。そしてとりわけ南小倉バプテスト教会を通じたひとつひとつの関わりや出会いの中で。たとえば教会が2017年に完成させた新しい教会信仰告白は、この説教の重要な下敷きになっている。教会の聖書講座を通じて得た新しい解釈のしかたも取り入れられている。点在していたそれらの要素が、今回こうしてひとつながりになったのは、まるで色んな星たちを結んで、それこそ新しい星座が夜空に現れたかのよう。
 今回「語り」を特に大事にしたいと思った。直接語りかけるその感じ。勢いや、抑揚、ダイナミクス、リズム感、テンポ感、息遣い、笑いや涙、臨場感、それらが、文字を通じて読み手の中で再現される、そんな書き方を目指したいと思った。それはいわゆる書き言葉の硬い文体では無理。しかし完全な話し言葉でもダメ。読みものでありながら声が聞こえるような、その場に共にいるようなそんな感覚を共に得たかった。
 何より、イエスに語ってもらいたかった。できればいつのまにか、イエスご自身が眼の前で読者にほんとうに語りかけているような、そんな風に感じてもらいたかった。
 普段の礼拝でも、語るうちにイエスにこの身が乗っ取られてしまうような不思議な感覚になることがあるのだけれど、それを今回も味わいながら書いた。締め切りをだいぶん過ぎて送った原稿を読んで編集担当のKさんには、文体の不統一や、どこまでが説教者の言葉で、どこからがイエスの言葉なのかがわかりにくい部分があることなどをご指摘いただいたが、そんな訳で、それでいいと思ったので、殆んど直さず、そのままで行かせてもらった。わがままでスミマセン。
 イエスなら、対話の中に身を置いたはず。苦しい人生を歩んできたその人に伴うイエスは、その人の話を聴いて、そのいのちや人生に響いて、いつも、どんなときも、そこから語り始めるイエスであったはず。そんなイエスの現実的な語りに委ねたかった。それは、ぼく自身が聞きたかったイエスの語り。ぼくはそんなイエスに出会ってほっとしたかったのだ、きっと。
 そんなイエスが語り始める時、イエスが伴い歩んだ人々の存在・いのちが、そこに、イエスと共に生き生きとよみがえるのだった。きっと二千年前の人々だけではなく、その時、ぼくがこれまで出会ってきたみんなも同時によみがえっていたのだ、イエスと共に。なんだか書いていて何度もぐっと来たのだった。変だろうか。
 かなり大胆に書いた。あまり他で聞いたことのない内容。聖書解釈としても自由すぎるかもしれない。でもそれがぼくの信じるイエスなのだから仕方がない。この説教を呼んで、楽しんで、そしてほっとしてくれる人がいたら嬉しい。
 みんなの反応が楽しみ。イエス自身が、語ってくださいますように。


【南小倉バプテスト教会2021年5月2日週報今週の一言に加筆修正。】




 4月24日、みんなのつくえが始まって丸一年を迎えた。
 一年前のこの日、最初の緊急事態宣言の最中、宮崎でのトリオ・ロス・ファンダンゴス公演の度にお世話になっている「らいふのぱん」から大きな段ボール一杯のパンが届く。「そちらの教会は色んな人の為の活動をしているでしょう。役立ててもらえればと思って。」お礼の電話をかけると、そんな言葉が返ってきた。
 ありがたかった。しかし手作りパンの賞味期限は短い。お裾分けしても沢山残る。玄関に小さなテーブルを出し、どなたもどうぞ、無料です、と書いて並べた。一昨年の6月に講師としてお招きした中村吉基牧師が教会に贈ってくださってヨッキーと名づけていたレインボーベアが見守り役。ネットでの報告も開始。パンはやがてなくなった。
 二日後、今度は掘りたてのたけのこ到来。前日に一旦片付けたつくえを慌てて出す。次の日にはたまねぎが。ネット上で話題に。次の日にはたまねぎもなくなる。
 翌日の4月29日、教会の取り組みとして継続することが決まり、食料品や雑貨を並べ始める。
 ネットで知った方々から、食料品などの提供も増えていった。いつの間にかつくえの上のものが入れ替わっていたり、玄関に食料品が置かれていたり。宅急便も全国から届き始める。
 一年間で、記録に残った提供件数は延べ232。つくえに直接置かれていくもの等は正確にカウントできない事が多く、合計提供件数は恐らく250以上。ひょっとすると300を超えるかもしれない。人間は本性的に贈り与える存在なのだと知る。
 どんどん受けとられるようになる。1〜2時間置きにチェックし、なくなった分をストックから補充。その都度写真に撮って保存し、一日の終わりにまとめてアップ。一日平均して6−7枚はあるので、一年間で2500枚以上の写真が残されている計算。
 6月、朝日新聞の全国版、そして山口新聞で紹介される。7月、献金箱が無くなり、数時間後に戻ってくる。
 7月末までに、抱樸が始めた「コロナ緊急|家や仕事を失う人をひとりにしない支援」1億円クラウドファンディングへの協力呼びかけに応えて、つくえの献金箱に16万円余りの寄附。同額を教会が上乗せし、計32万9千円を送った。
 10月と11月、つくえを授業でとりあげた埼玉と愛知の小学校のこどもたちからZOOMでインタビューを受ける。
 2月。NHKニュースで特集。名前が「みんなのつくえ」に。店長ヨッキーの姿が見えなくなる。数日後、代理としていつの間にかオラフとユッキーがやってくる。
 3月、そのオラフとユッキーもいなくなると、数日後にまたいつのまにか次の見守り役のプルートが座っている。小さなライオンも。みんなに見守られている見守り役たち。
 4月、ヨッキー復活。実はこの虹のクマは姫路でLGBTQの人々をはじめとするみんなのコミュニティスペースを運営する「そらにじひめじ」のオリジナルグッズ。なんとここから何体ものレインボーベアが贈られてきたのだった。折りしも教会で「とことんヨッキーには座り続けてもらおう」という意見が出て、注文を出そうとしていた矢先。4月4日、イースターの礼拝の影絵シアターでヨッキーが現れた時、礼拝堂で、そしてネット上で見守るみんなが歓声を挙げた。
 そんなこんなの一年間。文字通り、雨の日も風の日も。台風の日も雪の日も。近所の方と随分言葉を交わすようになった。地域の顔見知りが増えた。こどもたちや学生たちが立ち寄ってくれるようになった。ゴミが散らかるようになり、ゴミ箱も設置。時々色んな相談も受けるように。
 そもそも自分たちでやりたくて始めた事ではない。贈られてきた思いや食品たちを受けとるしかなかったのだ。続けるための強い思いとか、意思とか、そういうものがあったわけでもない。ただ、毎日、贈られるものを並べ、受け取ってもらっているだけ。だからこうして振り返っても、頑張ってやってきたという実感よりも、不思議な出来事が眼の前で次々に起きているのを眺めているような、そんな感覚。
 感謝。
 そして本日も、みんなのつくえは夜8時まで。
 とにかく、共に生きていきましょう。

出来ました、ほぼ月刊CDR「谷本仰SoloS」#2、2021・4月号!6曲入り、1000円。盤面すべて手描き。どうぞ買ってください。カンパ上乗せ歓迎!通販します。→コチラ。他の作品やオリジナルポストカードもご覧いただけますので、覗いてみてください。#1もございます。

収録曲は以下。

1 到津市場(即興):エレクトリックヴァイオリンによる20分余りの演奏。オーバーダビング、編集なしの一発録り。聴いてて思い出したのは一部廃墟と化した近所の古い市場。両側に延々と、錆びたシャッター。黙って見下ろしている蒼ざめた看板たち。合わせ鏡のようにどこまでも暗く続く通路に、破れた天井から点々と落ちる光。終盤一瞬音が切れるのが、何回聴いてもはっとする。ハプニングも即興演奏のうち。

2 Sur スール・南(タンゴ):生のヴァイオリンで。ブエノスアイレスの町の南のエリア。別れた彼女とよく歩いたのに…と例によって未練たらたらのタンゴ。2013年、ブエノスアイレスの「36ビジャーレス」。エステバン・モルガドのギターに導かれ、聴衆みんなが静かに歌うその中に、いた。

3 ナンの舟(即興):エレクトリックヴァイオリンによる即興曲。到津市場を抜けた先にある小さなインドカレー屋さん。ナンの舟に乗り込み、マトンカレーの海に漕ぎ出した。おいしかった。

4 電信柱:録音当日、ふと浮かんだ曲をそのまま録音。生のヴァイオリンで。夕暮れの空を背に、ただ並んで佇んでいる電信柱たち。

5 また会う日まで(讃美歌):「抱樸」や教会関係の葬儀で、出棺の度にいつもみんなで歌う歌。何度も、何度も。繰り返し、繰り返し。遺体を載せた車が去っていくまで。また会う日まで。また、会う日まで。

6 いつくしみふかき(讃美歌):後半の展開を聴いていて、ニューオーリンズ・セカンドラインを思い出した。黒人たちの葬儀で家族の葬列(ファーストライン)の後に続く、ブラスバンドを中心にした一群。埋葬の帰り、苦しいこの世を去った仲間の天国への凱旋を、賑やかに奏で祝いながら歩いていく。

そんな全6曲。即興演奏やオリジナル曲のタイトルは、いずれも後付け。録音時は何のイメージもなくただ弾いているだけ。録音を改めて聴いているうちにふと思い浮かんだことばをいい加減にタイトルにしております。皆さんは皆さんでご自由に聴いてみてください。

(録音:大庭謙仁、デルソルカフェにて、2021年2月23日)

 イースターとは、イエス・キリストの復活を祝う「復活祭」のこと。毎年春、世界中の教会で復活の祝祭が催されます。
 復活は、単なる仮死状態からの蘇生ではありません。イエス・キリストは完全に死に、葬られたのです。教会はそこからのイエスの復活を祝い続けています。教会はこのことを祝うために存在しているのです。
 生物学的にも医学的にも、完全に死んだ個体が復活するなどということはありえません。では、復活を信じるとはどういうことなのでしょうか。
 ローマ帝国支配下のユダヤ領ガリラヤで、傷ついた人々に寄り添って生きたイエスは、人々の支持を集めました。しかしこの歩みがローマ帝国側からは反逆と見做され、そのみせしめとして十字架刑に処せられたのでした。
 イエスは十字架上で「わが神、わが神、何ゆえわたしをお見捨てになったのか」と絶叫して息絶え、墓に葬られた、と聖書は語ります。神から見放されたという叫びと死。それは絶望そのものでした。しかしそれから三日後に、弔いの為に墓を訪れた女性たちに天使が現れ、イエスの復活を告げた、と聖書は語ります。
 絶望は絶望のまま決して終わらない。そう聖書は物語っているのです。希望はある。神に見捨てられたとしか思えないような状況の中で、絶望的に全てが終わったように見えても、希望はそこからまた立ち上がる。それがイースターのメッセージです。そして教会はそれをみんなで心に留めるために毎年復活祭を祝うのです。
 ですからイースターは、クリスチャンのためだけにあるのではありません。みんなの希望のために、イースターはあります。誰もがみんな、絶望に飲み込まれずに生きていかねばなりません。だから教会はイースターをみんなで祝いたいと願うのです。
 コロナ感染拡大はまだ収束が見えません。人間として不可欠な触れ合いに距離を置かざるをえない毎日は、ほんとうに苦しい日々です。しかしそんな中でも、いや、そんな中だからこそ、みんなで希望を心に灯したいのです。
 どうぞ、このイースターが皆さんにとって希望の季節となりますように。希望を信じて、それでもなお互いのつながりをあの手この手で復活させながら生きることができますように。

南小倉バプテスト教会牧師 谷本仰


【南小倉バプテスト教会イースターだより2021】

 恩を売るとは何事か。なんだかますます沸々と、そう思う。
 恩を売る、ということは、恩に対する代価を求めるということ。代価が自分に返って来ることを条件とした「恩」はもはや恩ではない。それは商品だ。恩は、ただひたすらに一方通行なのだ。ただ、贈り与えるものとしてのみ在る、それが恩というものだ。
 だから恩は、本来、返すことさえできない。与えられた恩は、バランスが決してとれない借りなのだ。
 誰かに贈る。その誰かがお返しをしてくれる。誰かを助ける。その誰かが助け返してくれる。それでは社会は生まれない。閉ざされた互恵関係が生まれるだけだ。誰かに助けられた者は、次の誰かを助ける。そうやって順送りされてつながって、もともと社会というものは構成されたはずだ。恩送り。与えられた恩は次へと回すしかない。そうやって、人間は人間に、社会は社会に、なる。
 数百万年かけて、人間は共感と恩送りで社会を構成して生き延びてきた。弱い個体を掛け値なしでみんなで守りながら生き抜いてきた。それがここ最近四〇〇年ほどの間に、なんでも金に換えようとする損得勘定の世の中になってしまった。
 人間にとって、この何でも損得勘定は不慣れ。いや、基本的に人間には馴染まない。根本的に「非人間的」だからだ。恩も、贈り与えることも、寄り沿うことも、いのちさえも、金に換えようとする世の中に、人間はほとほと疲れ、嫌気がさしている。そうだ、もうわれわれは、いやなのだ。
 だから、贈り与える行為にあたってその対価を求めないことを「無償の愛」とか「善意」とか言われ、誉めそやされることにも、実は人間はどこかで違和感を覚えているのではないか。それは全てを換金し損得勘定することが当たり前で当然でデフォルト化された世の中だからこそそのようにすばらしく見えるだけで、実は人間として当たり前の姿なのだから。
 むしろ贈り与えることは、人間にとって基本的な欲求なのではないか。相手の為に何かを一方的に与えること、それは人間にとって本能なのではないか。食べたり、寝たり、排泄したりするのと同じように、人間が人間として人間らしく生きるために、必要な営み。
 そうであるなら尚更、褒められるようなことではない。おなかが減ったから食べる。眠くなったから寝る。オシッコをしウンチをする。それをイチイチ「すばらしいね、えらいねえ」なんて言ってもらえて拍手を受けたりしてニコニコするのは、それを自分の意思でコントロールすることを覚えたばかりの幼いこどもだけだ。いいおとながいつまで、他人に何かを贈り与える事でほめられて、いいキモチになるつもりなのか。
 ひょっとすると、「ありがとう」という感謝の言葉さえも、与える者にとっては必要ないのかもしれない。贈り与えることが当たり前であるなら、それは有難い、つまり本来ありえないこと、ではないからだ。そう、だから、ありがとう、などと言われると、われわれは「いえいえ」「どういたしまして」と答えたくなるのだ。それはそんなに言われるような事はしていないと思うのですが、どう、いたしましたっけ?ということだ。人間ってそういう者なのだ。
 この数百年かけて、人間はものすごく賢くなったと思われがちだけれど、実は逆かもしれない。ものすごく退行したのかもしれない。
 恩は売りものではない。恩送りするためのもの。そう、恩は、天下のまわりもの。
 それでいいのだ。そろそろ、おとなにならなくてはね、人間。
 みんなのつくえが始まって、もうすぐ1年。つくづく、こんなことを思うようになった。

こんなことやっています。オファーお待ちしています。

●出張演奏:以下のような演奏をいたします。
ソロ:ひとりで即興やオリジナルその他、演奏します。詳しくは→コチラ
デュオダイヤローグス:コントラバス・フクヤマワタルと二人で。低音と高音の生楽器二つと歌。
いのちのうたデュオ:ピアノ・中島由紀子と二人で。古今東西のいのちの歌を中心に。
トリオ・ロス・ファンダンゴス:アルゼンチンタンゴ。アコーディオン・いわつなおこ、ピアノ・秋元多恵子と三人で。
他。

●講演:いのち、人間、共に生きること、音楽、キリスト教その他、谷本のさまざまな関わりの中で出会い考えてきたことを元にお話します。テーマはリクエストに応じます。

●音楽療法セッション:2001年より、個人・グループでの児童・成人対象のセッションを積み重ねています。即興的音楽療法セッション。2004年度より、日本音楽療法学会認定音楽療法士として歩んでいます。

●ワークショップ:即興的な演奏の体験を通じて、様々に感じ学び考えます。音楽的な経験や演奏技術、知識などなくても楽しめます。「即興」を学び体験してみたい方や、教育・福祉関係者など対象。

●レッスン:ヴァイオリン演奏の基礎から。音楽を楽しむことを共に目指します。

興味、関心のある方はどうぞご連絡ください。

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谷本仰

1963年大阪生まれ。ヴァイオリン(アコースティック/エレクトリック)、歌、声、鳴り物、エレクトロニクスほか。即興、ロック、アルゼンチンタンゴなど多種多様なバンド・ユニットでの演奏のほか、演劇、アート、映像、ダンス等様々なフィールドの表現者とも共演。2007年からはオリジナル作品と即興を中心にしたソロライブプロジェクト"Solo Dialogues"開始。日本音楽療法学会認定音楽療法士。認定NPO法人抱樸(旧北九州ホームレス支援機構)メンバー。日本バプテスト連盟南小倉バプテスト教会牧師。



参加・主宰ユニット:
アルゼンチンタンゴ「トリオ・ロス・ファンダンゴス」(アコーディオン:いわつなおこ、ピアノ:秋元多恵子)
即興ロック「ドグラマグラ」(ギター:宮野章、ベース:フクヤマワタル、ドラムス:白川和宏)
「いのちのうたデュオ」(ピアノ:中島由紀子)
「Duo Dialogues」(ベース:フクヤマワタル)
「色音」(即興絵画:うどのあすか)
「Tremolo Angelos」(芝居・身体表現:大槻オサム)
「Two」(Dance improvisation:若林美保、大槻オサム)
「Solo Dialogues」 (谷本仰ソロ) 
ジャズファンクロック管弦楽団「呆けすとら」
ほか。

主な活動歴 (発表音源等は別掲)

1993年「いのちのうたデュオ」、1994年「ドグラマグラ」、1997年「呆けすとら」、1999年「トリオ・ロス・ファンダンゴス」活動開始。
2004年、劇団「うずめ劇場」作品「夜壺」北九州、エジプト・カイロ、東京公演に坂本弘道(cello)、伊牟田耕児(tb)と共に劇伴参加。
2005年、連続デュオ企画「谷本仰Dialogues」。ダンス、映像、絵画、ポエトリーなど、さまざまなフィールドの共演者との対話的パフォーマンスを展開。〜#13。
2006年3月広島、10月小倉にて芝居ユニット「アリノネ」による「新しい天使〜月に一番近い丘まで〜」(池内文平作品)公演音楽監督。劇中音楽の作/編曲・演奏。
2006年、アルゼンチンブエノスアイレス公演(トリオ・ロス・ファンダンゴスのメンバーとして、ダンサー「ケンジ&リリアナ」とともに)
2007年、広島オリーブプロジェクト参加を機に、ソロライブプロジェクト"Solo Dialogues"開始。
2008年8月北九州市市制45年記念水上野外劇「紫 まれびとエビス 紫川物語」音楽監督、劇中音楽作編曲、演奏。
2010年、大槻オサムとのユニット"Tremolo Angelos"によるオリジナル演劇作品「Dialogues in the Dark 〜光/身体/闇〜」で海峡演劇祭2010参加。
2011年 「Dialogues in the Dark 〜光/身体/闇〜」を「ホシハ チカニ オドル」に改題、「3.11」を契機に全国上演運動開始。中洲ジャズ2011参加(トリオ・ロス・ファンダンゴス、ドグラマグラ)。ブエノスアイレス公演(トリオ・ロス・ファンダンゴス with ケンジ&リリアナ)。
2012年、東京タンゴ祭2012参加(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。
2013年、小松亮太&Tokyo Tango Dectet のメンバーとして「ブエノスアイレスのマリア」公演・ライブCD参加。3度目のブエノスアイレス公演(トリオ・ロス・ファンダンゴスwith ケンジ&リリアナ)。
2014年、3月福岡SAKURA TANGO FES.出演(以後〜2017)、8月SHANGHAI TANGO FES.招聘(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。
2015年1月奈良タンゴ祭参加(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。3月、ソロCD「谷本仰SOLO DIALOGUES」発表。初のソロツアー(3月:岡山、西明石、神戸、名古屋、大阪、京都。9月:大分、宮崎、鹿児島、熊本、大村、佐世保、佐賀。)11月〜12月ヨーロッパ・ルクセンブルグ&ウィーン、ブエノスアイレス公演(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。
2017年 4月小松亮太「逆境のピアソラ、覚悟のピアソラ」参加。9月、関西タンゴフェス・グランミロンガ招聘(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。8月CD「谷本仰Solo Dialogues」発表。11-12月ブエノスアイレス公演(トリオ・ロス・ファンダンゴス)。
2018年 3月ソロツアー西日本、九州。Sakura Tango Fes. タンゴショー「TANGO:首の差で」・グランミロンガ出演(トリオ・ロス・ファンダンゴス)、4月CD「Live at Del Sol cafe」(Geoff Leigh、河端一、谷本仰)リリース、10月韓国ソウル「Romantica milonguero en Seoul」11月「日本タンゴフェスティバル」出演(共にトリオ・ロス・ファンダンゴス)
2020年 描画、ポストカード製作開始。
2021年 CDR月刊「SoloS」スタート。

音源・映像ほか
CD
「トリオ・ロス・ファンダンゴス1」(2002)
「トリオ・ロス・ファンダンゴス2」(2003)
「トリオ・ロス・ファンダンゴス3」(2006)
「ゴーイング・ホーム」(ホームレス支援CD機2007)
「ドグラマグラ」(2009)
「トリオ・ロス・ファンダンゴス4」(2010)
「わたしのあおぞら」(ホームレス支援CD供2011)
「ホシハ チカニ オドル音楽集」(CDR、2012)
「トリオ・ロス・ファンダンゴス5」(2014)
「谷本仰SOLO DIALOGUES」(2015)
「トリオ・ロス・ファンダンゴス6」(2016)
「谷本仰SOLO DIALOGUES」(2017)
「Live at Cafe Del Sol」(2018)
「ほぼ月刊SoloS」(2021開始)

他。

VHSビデオ
「呆けすとらライブ!」

DVD「ドグラマグラライブ」#1、#2

 三月二四日、無法と殺戮をほしいままにする軍事政権に対する不服従市民運動が続くミャンマー全土で一斉に新しい抵抗運動が展開された。「サイレントストライキ」。静寂・沈黙の、ストライキ。
 街から一斉に市民が姿を消した。みんながそれぞれの場所に引きこもった。車も走らない。店も閉じたまま。大都市が、突如ゴーストタウンと化した。
 抵抗運動といえば、集まって声をあげる事を通して支配体制への反対の意思を示すのが常識。しかし「サイレントストライキ」はその真逆を行った。不在、沈黙、静寂。見えなくなること、聞こえなくなること、いなくなること。それによる不服従の意思表示。叫びに満ちた静寂。否の声に満ちた沈黙。不服従の意思に満ちた不在。徹底的な無力さの力。全く新しい大衆抵抗運動の形。すごい。
 これに先立って、路上に夥しい数の起き上がりこぼしが並べられたこともあった。人の姿はなく、延々と無数の起き上がりこぼしの姫だるまが静かに並んでいる。沈黙のメッセージは明確。「わたしたちは何度倒されても、また起き上がる。」
 言葉にならない思い。声にならない叫び、呻き。無視され踏みにじられ、封殺された声。苦しみのどん底にある者たちみんなの内にそれは在る。沈黙こそが苦しむ者たちの共通言語だ。そしてそれは、暴力による抑圧をはるかに超える力の所在を示す。それがサイレントストライキだった。
 三月二三日にはマンダレーの町で、七歳の女の子キンミオチットちゃんが自宅で家宅捜索中の警察に射殺されている。乱入してきた警察に怯えて、父親の膝に駆け寄った瞬間に銃撃されたのだという。最期の言葉が「お父さん、無理、痛すぎる」だったとも報じられている。
 何ができるのだろうか。何もできないことを悲しく思う。
 いや、ともに悲しむという道がある。悲しむことができる。沈黙のうちに。
 アメリカのカトリック司祭ジョン・ディアは近著「山上の説教を生きる 八福の教えと平和創造」(志村真訳)で、「悲しむ者は幸いである」というイエスの祝福に関連してこう言う。「平和を作ることは悲嘆から始まる」「この八福の教えは、悲嘆を私たちの霊的実践の大切な部分となすように招きます。週に一度、あるいは毎日でもよいのですが、時間をとって嘆き悲しむ必要があります。神と共に沈黙のうちに座し、数千の姉妹・兄妹について嘆き悲しみ、数百万もの被造物と被造世界そのものについて悼み、私たち共通の喪失による痛みに心を引き裂かせるのです。そうすると私たちは脆弱なものとなります。人類と被造世界の痛みの中に分け入って、その痛みを抱き締めます。そのようにしながら、私たちは悲嘆し涙する神と共に嘆き悲しむのです。そのとき初めて、私たちの心は砕かれ、平和の神が私たちを慰めてくださるでしょう。」(同書五二頁)。
 悲しみの沈黙は、祈り。それは饒舌な願いや神への美辞麗句に満ちた讃美など足下にも及ばない信実の祈り。祈りの究極の形。そしてそこにはとてつもないエネルギーが満ちる。
 今週木曜日、沈黙の受難礼拝。イエスの十字架の苦しみと死の出来事の前に、共に沈黙したい。それは十字架上で息を引きとり、この世界の沈黙に連なり響いたイエスの前に佇むこと。そうしてわたしたち自身が苦しむ者たちにつながること。暴虐の嵐の中で苦しむ者たちと共に沈黙によって叫び、静寂によって歌うこと。暴力に抵抗し、痛み悲しむ人々と響く為にわたしたちにできること。徹底的に無力で脆弱で悲しい、心の貧しい者となること。共にイエスの祝福に与る聖なる沈黙。
 今、このとき、教会で、またそれぞれの場所で、どうぞこの祈りにご参加ください。

【南小倉バプテスト教会3/28週報今週の一言】

昨年11月に南小倉バプテスト教会週報に掲載した文章。

*****
 オンラインで開催されることになった今年度の日本音楽療法学会の全国大会・講習会に参加し、配信された講演の動画を視聴した。水曜日に九州沖縄支部長・齋藤孝由大会長の講演を視聴した。演題は「音楽で治療なんてできるのか?」内容は音楽という現象において起きる人間の根源的な喜びの出来事について。それは先々週の土曜日に行った演奏に関連して感じ考えていたことと深く響きあうものだった。ツィッターにその翌日にかけて書いた文章を少し整えて連載したい。最初の引用は講演の中で紹介された言葉。

 「合奏の構造」『このようにして、それに参加する各人の内部であると同時に外部でもある「あいだ」の虚空間で鳴っている音楽は、もはや演奏者各自の個人的な意志を超えて自律性を獲得した固有の有機体的生命をもっている。』(木村敏「あいだ」より)

 トリオ・ロス・ファンダンゴスで出演した先日のタンゴショウ。ライブ前に決めていた事は自分が「三人の演奏」を大事にする、楽しむということ。ひとりでずっと練習する日々が続く中で、意識はどうしても自分の出す音、弾くことに向きがち。でもそのままの状態では一緒に演ることにはならない。
 一緒にやるときにしかできないことをしなければならない。それは響き合うこと。響き合わせること。自分の音も大事だけれど、そこに一緒に生まれている響きをより強く意識すること。これまでもそれは意識してきたはずだけれど、もっと。
 時に他の二人の音の方にむしろ意識を強く向けながら、自分の音をそこにそっと混ぜる、添えるようにした。演奏開始直前には、ステージから第一声、こう挨拶。「今日は三人の演奏を楽しみたいと思います。よく我々は『やってるあなたたちが一番楽しいでしょう?』と言われますが、その通りにしたいと思います。」
 それはお客さんなんかどうでもいい、という意味ではなく、自分の意識を強く「三人」に、あるいは「響き」に向ける為でもあった。そして、特別なひととき、新しい三人の演奏がそこに生まれたのだった。面白いことに、三人ともやっぱりそういう思いであったらしく、演奏後異口同音に同じような感想を語り合ったことだった。
 コロナで阻害されているのは、人間が呼吸を合わせて、実際にこの身体を使って一緒に何かをするということ。コロナでみんなに強いられているのは、バラバラで、それぞれ孤立している状態。その影響は、自分の身体にもこころにも大きな影響を及ぼしているのだと思う。
 だから数ヶ月のブランクの後に、一緒に演奏する機会がほんの少しだけ戻ってきて、そこに立っても、なかなかうまくいかないもどかしさを感じていた。演奏の機会が激減することによる演奏に関する体力・筋力や瞬発力や持久力などの低下の影響もある。しかしそれだけではなかったのではないか。
 コロナの情況下、いつのまにか自分のこころや身体、意識が、閉ざされていたのではないか。一緒に演奏しても、響き合うことへと意識やからだが向かいにくい状態になってしまっていたのではないか。それはつまり、響きにくい状態になっていたということだ。
ようやく一緒にやる楽しさを思い出し始めたのが九月の、八ヶ月ぶりだかのバンド単独主催ライブでのこと。そして、一〇月二四日のタンゴショウで、響きあいながらの演奏がようやく自分たちに戻ってきたのだった。いや、同じところに戻ってきたのではなく、以前よりずっと強く深くそのことを意識するようになったのだと思う。
 コロナの影響下で、逆に何がわれわれにとって、われわれの音楽にとって大切なのかが浮き彫りにされてきたのかもしれない。いや、それだけではない。それはきっと、何が人間にとって、生きるということにとって大切なのか、がはっきりしてきたということなのかもしれない。
 響きを形成すること。響きの中に包まれること。それは決してひとりではできないこと。常に、共に、なのだ。それが人間として生きることなのではないか。それが人間には必要なのではないか。それを奪われ失うと人間は人間らしく生きられないのではないか。わたしたちは、「響き」に飢え、響きに渇く。
 人間は響きを求めてやまない。誰かと響くこと。誰かに、響くこと。響きあうこと。新しい響きの誕生に立ち合い、その中に共に身を置くこと。もはや主体も客体もなく、主観や客観でもない。受動も他動もない。響きとしか言いようのないもの。
 響きを形成しようとするとき、個、「わたし」は必要。わたしの音、わたしの参与がなければ響きを共につくることはできない。でも響きの中で個は個のまま、わたしはわたしのままではいられない。個、「私」であることに拘れば、響きを豊かに生み出すことはできない。その中に包まれる喜びも得られない。「わたし」は響きのうちにとける。わたしは響きになる。響きがわたしになる。それが響くということ。
 いやそもそも響くところから、個の音も始まっているのかもしれない。響きは、循環しているのかもしれない。響きの起点は個か。響きのないところから響きは始まりうるか。そのようにして何か響きでないものが、響きのないところから響きを構成するのではなく、すでにある響きが、響きを構成しているのかもしれない。はじめに響きありき、なのかもしれない。
 そんな響きに自らを委ねること、わたすこと。その中に人間の生の深く根源的な喜びがあるのかもしれない。「人間」はその都度、そこに創造され、生まれるのかもしれない。コロナは、人間が響きの存在であることを、浮き彫りにしているのかもしれない。
 音楽は、人間が、みんなが、自分も誰もが、響きの存在であることをはっきり示すことのできる現象だ。だから本当に響きを楽しむ演奏は、演奏者だけの楽しみではありえない。豊かに響きあう、豊かに響く演奏は、みんなのもの。だから演奏者が響きの中に身をとかす音楽が、みんなを深い喜びへと招きいざなう。聴く者たちもそこにともに響く。みんな響きの存在、仲間なのだ。
 音楽は、響きをはっきりとあらわす現象。演奏や音だけではなく、言葉や身体やこころや、そういうものすべてにおいて人間が響きを求め、その中に生きたいと願っていることを豊かに示す現象。だからこそ音楽は、今、この情況の中でとても大切な意味を持っているのだと思う。今だからこそ、音楽を。響きの中に共にとけていくことへ。その喜びへ。さらに深く、豊かに。そう思う。

【南小倉バプテスト教会2020年11月1日、8日週報今週の一言】

 軍事クーデターが起き、アウン・サン・スーチー国家顧問が拘束され、政府機能が軍の支配下に置かれた二月一日以後、ミャンマーでは市民による非暴力の不服従運動(Civic Disobedience Movement, CDM)が続いている。そして軍と警察はこれに対して激しい暴力と無法行為による弾圧を続けている。夜になると人々の家に踏み込んでは、人々を連行し、抗議運動に参加する人々には無差別に激しい暴行を加え、救急隊員たちさえもがその標的にされている。実弾銃撃も躊躇なく行われ、死者はどんどん増えており、すでにその数は少なくとも二三〇名を超えているといわれる。三月四日には、抵抗運動の中で命を奪われた一九歳の女性の葬儀が執り行われたが、なんと翌五日に軍は勝手にこの遺体を掘り起こし、「銃創を調べたが軍によるものではなかった」と発表。
 常軌を逸した蛮行の数々。そこにはもはや人間らしさなど微塵もない。人間をこんな有り様にしてしまう、それが軍なのだ。なぜそこまでしなければならないのか。それは軍が人々を恐れているからだ。決して服従しない、抵抗をやめない非暴力の人々のうねりが恐いのだ。
 人々は、集まり、CDMを表す三本指を立て、歌を歌い、踊り、そして前進する。圧倒的な軍と警察の暴力の前に立つ人々の非暴力の運動は、そして時にユーモラスでさえある。軍や警察の突入を防ぐバリケードの上、路上にビルからビルに張り渡された紐に、夥しい数の女性の巻きスカート「ロンジー」などが吊るされている。特に兵士たちは、それに触れたり、その下をくぐると運が下がり、縁起が悪いと信じており、それらをいちいち取り外してからでないと前進できない。女性差別を逆手にとった闘い方の中に、民衆のユーモアと底力を見る思い。
 また路上に、これまた夥しい数の国軍最高司令官の顔写真をはりつけ、その上を兵士たちが踏むのを躊躇し、いちいちこれも剥がす手間をかけさせるという作戦もとっていると報じられている。
 軍と一体になって人々を弾圧している国軍や警察内部からも、人々への激しい弾圧に加わるのを拒否しする者たちが現れているという。国境を越えてインドに亡命した兵士や警官はすでに四〇〇名以上と報じられている。今月五日には、地元メディアがすでに六〇〇名の警官が不服従運動に加わってその職を離れた、と報じている。暴力に従わない。そこから逃げる。離れる。これも不服従運動だ。
 祈る。無力でも。いや、無力だからこそ祈る。暴力や権力こそが有力なのだとしたら、無力であることこそが平和なのだ。CDMの非暴力の闘いも、祈りだ。大切なわが子を殺された母親の慟哭も、祈りなのだ。だから共に、祈る。平和の闘いに、そうして連なる。
 アーメン、主よ、暴力の支配を終わらせてください。ミャンマーの市民による不服従運動を守ってください。兵士や警官たちを、破壊と殺戮と憎悪、そして恐怖から解放してください。苦しみ悲しみを引き受けて非暴力で闘う市民と共に歩んでください。傷つけられ、殺された人々が、あなたと共に、そこに復活しますように。平和の主イエス・キリストによって、祈ります。アーメン。

【南小倉バプテスト教会3/21週報今週の一言】
  

3月11日。あの日から10年。ツィッターに幾つかの言葉を書き込んだ。
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 あかん。何だか涙でいっぱい。忘れてはならない?それは忘れてる者が言う事。今日をみんなどう「過ごす」のだろう。あれからずっと絶望に覗き込まれながら生きてきたみんなが守られますように。ご飯食べて、誰かと話して、涙ながらにうなづいて、笑って。今日一日をまた生きることができますように。
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 ずっとこの目に流し込まれた津波の報道映像で、自分はあのとき、危なくなった。今も怖くて近寄れない。そして何が起きているのかを正確に伝えない原発事故報道。七月に地デジに移行したとき、だから、テレビを捨てた。
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 絶望は、目を逸らすな、と囁く。
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 午後2時46分。抱樸館北九州で音楽プログラムの途中、参加者一同で黙祷。被災地であの日、大変なことになったのは、この時刻より後なのだけれど。
 10年前のその日のことは余り思い出せない。数日後に迫っていた「ブエノスアイレスのマリア」公演の準備で必死だったはず。14日に東京へ。この日、福島第一原発3号炉が12日の1号炉に続いて爆発。人影まばらな新宿駅の街頭テレビの前に、呆然と何人もの人が黒く佇んでいた。
 翌日リハーサル開始、しかしその夜、公演中止決定。いずれ必ず上演を、とその翌日16日、リハーサルだけが行われた。ただ音楽に没頭したひととき。音楽に救われたこの日。
 5月、被災地へ。あの光景の前、あの風景の中に立った。いろんな話を聞いた。それらは今もこの胸の中に、ずしんと、ある。
 教会であの頃、地域に支援物資の寄附をよびかけた。そのチラシの新聞折込を各紙の営業所にお願いしに行ったところ、どこも無料で引き受けてくれた。間もなく次々に色んな方が、段ボールに物資をいっぱい入れてやってきてくださった。みんな、青く悲しく、やさしい顔をしていた。まもなく教会堂の後ろは積みあがった段ボール箱で一杯になった。
 あの頃、高台を越えて自宅を襲った津波にお連れ合いと共に流されたけれど帰ってきた亀を大事にしておられたSさんのために、教会のみんなでカメの絵を描いて送った。暫くして再訪したご自宅の居間の壁に、絵はちゃんと貼ってあった。
 そして今日も、傷を抱えて、みんな、また一日、また一日を生きている。
 この10年、この国は、この社会は少しはマシになっただろうか。この10年で、わたしは。この教会は。
 阪神淡路大震災の時も、東日本大震災の時も、普段から困っている人々のために動いていた人々は、すぐに同じように動くことができた。普段の動きを被災の現実への対応にあてはめることができたのだ。イザというとき。それは今というときと直結している。今、誰の為に行動しているか。今、誰を思って祈っているか。今、今、今。
 そういえばウチの教会、相変わらず段ボール箱でいっぱい。あの時、被災地であちこちで見たのと同じ光景が、ここに。今が、イザという時。イザという時は今。

【南小倉バプテスト教会2021年3月14日週報・今週の一言】

 ちょうど一年前の今頃まで、年間150回ペースでライブ活動をしていたのだった。旅も年に何回もしていたのだった。それが突然。数ヶ月はライブ0。その後も月1、2回も演奏できるかどうかの日々が現在も続く。
 しかたなくこれまでに出したCDの通販を始めたのが去年の春、一回目の緊急事態宣言の頃。描き始めた絵のポストカードも、やがて通販グッズに加わった。しかし、やっぱり新しい演奏の音源を出したい。CDは無理でも、CDRならどんどん出せるかもしれない…。
 かの「全身音楽家」泉邦宏さんは昨年春からすでにCDR作品「週刊イズミンゴス」を文字通り毎週毎週出し続けている。すごい。でも聞けばこれがやっぱりナカナカ大変だという。自分ですばらしい録音もミックスもマスタリングもできる彼にして。
 自分には「週刊」は到底ムリ。録音やミックスやなんかも。でも月刊なら、どうかな…。恐る恐る相談した大庭謙仁さんは録音を快く引き受けてくださった。デルソルカフェで、ライブそのままに、やり直したりせず、一発でどんどん録音。3時間ほどの間に一気に19曲も録れた。
 そんなわけで、その中から5曲を選んで組み合わせ、完成。コロナの中で生まれた最初の新作CDR「谷本仰SoloS」#1、2021・3月号。1000円です。盤面も手描きです。どうですか!通販します。→コチラ。他の作品やオリジナルポストカードもご覧いただけますので、覗いてみてください。
 
 以下、収録曲。
 
1. ユウヅキ : 2006年に劇団アリノネによって上演された「新しい天使〜月にいちばん近い丘まで」(池内文平・作)の劇音楽として作曲。CD「Solo Dialogues2017」バージョンと異なり、今回は生のヴァイオリンのピチカートのみ。こうなるとヴァイオリンもなんだか不思議な撥弦楽器。 

2. 肉紅生姜天うどん(即興): エレクトリックヴァイオリンの完全即興。全19曲の録音の一番最初の演奏。ライブの時と同じように、演奏とは関係なく、曲名はいいかげん。録音開始直前にデルソル近くの新しいうどん屋さんで食べたメニュー。おいしかった。

3. Como dos extranos : コモ・ドス・エクストラーニョス。「まるで見知らぬ二人のように」。何も特別なことはせず、ただ旋律を二回繰り返すだけ。しかしヴァイオリン一本だけのタンゴってなんというか、ひとりで踊ってるタンゴみたい。

4. なんかどっかで(即興) : エレクトリックヴァイオリンによる短めの即興曲。以前から何となく好きで繰り返して遊んでいたリフを使って。そこにふと出てきた旋律が主題に。でもこれ、なんかどっかで聴いた事があるような…。まあいいか。というわけで。

5. Nobody knows the trouble I've seen : 黒人霊歌。誰もみたことがない 、わたしの苦しみを。想像を絶する苦しみを経験したわたしは、だから、世界にひとりだけのわたしなんだ、と笑っているような歌。なんだかすごいのだけれど、不思議に明るい。生のヴァイオリンで。        

 そんなわけで、全5曲。ライブを聴くように聴いてほしい。できたら一回聴いてもう二度と聴かないくらいのつもりで。そりゃナイか。CDRは傷つきやすいから、ずっと聴き続けたいならパソコンに取り込んでデータとして保存することをお勧め。でもそんな事しないで聴けなくなったらそれでオワリ、でもいいと思う。ライブってそもそも一回きり。そういうもの。
 そしてそんなことを言ってる内に、来月にはもう次のを出しますの予定。再来月にはまた次のを。その頃また録音して、またまた出す計画。当面ほぼ月刊で。さあ、どこまで行けるか。どうぞお楽しみに。助けると思ってぜひ続けて買ってください。お安くしときますからね。

谷本仰SoloS1 2020

 練習について考えている。
 昨年の四月、最初の緊急事態宣言が出て、コンサート・ライブがゼロに。鬱々としたステイホームの日々の中で体力が急激に失われた事に気づいたのが7月。久々の本番前のリハーサルだけで息があがってしまったのだ。
 これはまずい。何とかしなければ。筋トレや、極力立ったままのデスクワークを開始。しかし何より、毎日、練習を欠かさないことにした。これまでは練習は予定された本番のために、それを目指してやるのが常だったが、以来、本番の予定がなくても練習、練習。長らくやっていなかった基礎訓練も取り入れ、ひたすら毎日。気がつくと数時間があっという間に経ってしまっていることも。
 楽しい。こどものころはあんなに嫌いだったのに。誰も聴いていないし、何回でも何十回でも何百回でも、同じことを繰り返すことができる。色んな工夫や実験、試行錯誤ができる。その中で次々に発見がある。次の課題が新たに見えてくる。そしてだんだんと「できる」ようになる。おもしろい。
 考えてみれば、音楽家が、音楽家に、毎日数時間つきっきりでレッスンしてもらっているようなもの。月謝も払わず、もらわず。お互いに言葉を交わすこともせず、どんどん意思疎通しながら。刻々と変化する身体の感覚を、そしてアドバイスや改善を、いわば師匠と弟子、コーチと選手が同時に共有しながら。そりゃ効果もあがるはずだ。これはすごい。
 この数ヶ月の間に、そうやって明らかに演奏が変わっていっている。ヴァイオリンを弾き始めてから50年以上経って、この歳になってからの、この変化は劇的。残念なのはそれをその都度、本番ステージで試すことができないことなのだけれど。
 練習、お稽古は繰り返すことに意味がある。同じことを、何十回、何百回、何千回。日々。そうすることで身体に「筋」が通り、「道」ができる。すると考えなくても、その筋道を通って身体が動くようになる。そういう筋力・スジヂカラみたいなのをつけるためにやるのが練習、お稽古。
 勿論新しいこと、慣れないことにチャレンジしてみたり、試行錯誤もまた練習の楽しみではある。しかし、やっぱり練習とは基本的に、飽きることなく続ける筋(スジ)育てだろう。 一旦道ができてしまえば、頭で考えることなく身体はその道筋に従って動いてくれる。そのためのお稽古を怠らないこと。それは楽器演奏も含め、あらゆる身体技術についていえる事だ。だから、繰り返さなければならない、ひたすらに。
 そしてきっとそれは、演奏についてだけではなく、「希望」とか「愛」、「共に生きる」「対話」などについても全く同様のことが言えると思う。
 信じることだってそうだ。繰り返し、繰り返す。飽く事無く怠ることなく、繰り返す。お稽古なのだ。希望筋、愛筋、共に生きる筋、対話筋、人間らしさ筋。それらも同じ。そういうのを身体の中に通す。通ってしまえばこっちのもの。考えなくても、そっちへとこの身は動く。いいねえ。お稽古、お稽古。
 礼拝は、そう考えるときっと、練習だ。お稽古だ。だから繰り返さなければならない。反復することに意味があるのだ。そうやって、信じる筋を身体に、いのちに通していく。お祈りもそうだ。繰り返すことに意味がある。
 何でもいいから繰り返せばいいというものではない。良質の練習をしなければならない。間違った練習を繰り返せば、間違った筋が通ってしまう。無意識にその間違った動きへと身体は向かうことになる。質の良くない練習を繰り返せば、演奏の質もどんどん劣化するだろう。それは楽器演奏だけでなく、スポーツでも、そして考え方・生き方においても同じはずだ。
 だから、憎悪や敵対や、絶望や、そんなものの練習からはできるだけ遠ざかりたい。そっちの道が出来てしまうと、頭で考えるより先に身体がそっちへと動いてしまうことになるからだ。
 問題は、時代や社会そのものが、時に悪質な練習をわたしたちみんなに強いることがある、ということ。政治や経済や、時代的な潮流や、文化や、そうしたものが、その中に生きる人間にそれに従って考え行動する事を繰り返し求める。わたしたちはいつのまにか、その中でよろしくない練習を繰り返させられている可能性がある。これを良質な練習に転じる事が必要なのだ。たとえば、人間のいのちに優劣の序列を設ける練習から、生きる意味のないいのちなどない!と言いきる練習。たとえば「自己責任」だけで生きていく練習から、共に生きていく練習へ。ヘイトの練習から、愛の練習へ。絶望から、希望へ。不信と分断から、信じることつながることへ。伝達から対話へ。差別から平等へ。殺すことから、生かすことへ。
 さて視点を私たちの体内に戻そう。脳から身体中に走っているニューロンには、ソーセージ状に「髄鞘」と呼ばれるものが巻きついている。「ミエリン」とも呼ばれる。神経を伝って行き来する信号は、この髄鞘・ミエリンの継ぎ目継ぎ目へと跳躍伝達され、その速度は時速三六〇キロにも及ぶという。ちなみにミエリンのないむき出しのニューロンではその速度は時速三.六キロ、人の歩く速度程度に落ちる。そして音楽家やスポーツ選手など、練習を繰り返してきた人の脳を調べると神経線維の集まりのところに明らかな発達が見られるという。それはこのミエリンが反復練習によってその巻きが多くなり、太くなっているからだと考えられている。運動神経も、脳から全身へと伸びるニューロン。練習によって脳も、身体も、実際にどんどん成長し、適応変化する「可塑性」をもっているということになる。(こうした発見がなされたのは何とここ一五、六年のこと!)
 勿論これは、幼少期で身体の発達・発育期であればあるほど顕著だろう。しかし、成人になった後も、こうした可塑性は失われない、とも考えられている。遅くない!そういうことなのだ。人が年齢を経てからでも、新しいことにチャレンジし、それを反復練習する時、特にこうした可塑性が発揮される可能性がある、ということ。
 「慣れる」とはそういうことなのかもしれない。習うより慣れろ。慣れないことは、できない。それは当然のことなのだ。でも反復するうちにできるようになる。きっとそれは年老いてからでも、いや、年老いてこそ、驚くべき仕方で起きることなのかもしれない。
 「諦め」。どうせだめだ、と手放し、置いてしまい、やめてしまうこと。それはこうした身体の可能性を自ら閉ざしてしまうことでもあるだろう。身体はまだまだ、変化する余地がある。いや、生きているとは、そうやって新しい出会いによって、またそこから始まる様々な「反復」によって身体が新たに創りかえられていく過程。きっとそういうことだ。
 今日のわたしは、昨日のわたしとはちょっと違う。あしたのわたしは、今日のわたしとはまたちょっと違う。様々な練習反復によって、わたしはどんどん変わっていく。
 聖書は人間は神の似姿に創造された、と物語る。そうであるなら、神ご自身が、どんどん反復によって変わって行く存在だということでもある。愛すること、赦すこと、共に歩むこと。励ますこと、慰めること、共に泣き、共に喜ぶこと。その永遠の繰り返しを、神は選びとり給う。それは神が愛ゆえに自らを変え続ける存在であることを意味している。愛への可塑性。わたしたちは、その神に似せて創られた。そう聖書は語っている。
 わくわくする。明日、わたしたちをどんな新しいわたしたちが待っているだろうか。繰り返し、信じよう。愛そう。希望に立とう。共に歩もう。祈ろう。ゆるそう。励まし、慰めよう。共に笑い、共に泣き、共に歌い、共に祈ろう。一緒に生きていこう。対話しよう。繰り返し、繰り返し。習うより、慣れよう。教会は、そのためにこそ、ある。
 さあ、練習、練習。

 死ぬんだよね、遅かれ早かれ。生まれて生きてるってそういうこと。水分は蒸発し、炭化した肉体は煙となって風になり、残った骨もいずれは分解される。土葬ならもっと直接的に小さな生き物たちに分け与えられて、地球を巡る。
 いや、生きていること自体が「わたし」という存在が、みんなに分け与えられていく過程。肉体的、物理的に、だけではなく、記憶も経験も物語も。どんどん分有されていく。分解されていく。わたしは「渡し」なのだ。
だから生きている間に自分がどれだけ分有されるかが肝心なのかもしれない。自分の存在が分かち合われることが生きること。だから死んだときに色んな人が悲しみ、思い出を語ってくれたりするのが供養になる。その人が色んな人の中へと分け与えられていった証拠。「渡し」の証し。
 生きてるってことがどんどん自分が分かたれていくということなのだとしたら。自分の存在はひとつではありえない。自分らしさとか、その人の本当の姿とか本質とか中核とか、そういうのも疑わしい。むしろ、どんどん分有され分解され、広がっていく過程、出来事そのものが「わたし」なのだ。
 漢字学者・白川静によれば元々「私」は「私有の農奴隷」を表す文字だという。なるほど。いのちは私のもの、という考え方をするとき、われわれは、いのちを私物化し、占有し、奴隷化しようとしているということか。しかしいのちとはそういうものか。
 いのちは、こんなちっぽけな「私」などというものの中に収まるようなものではないのではないか。もっと、とてつもなく自由で、大きいのではないか。どんどん溢れていく。どんどん広がる。外へ、他者へと。
 ミヒャエル・エンデもこんな風に言う。「心理分析などというものは、どこまでやってもきりがありません。この世のはてまで続けられます。深層心理を追っていってごらんなさい、いくらでも自分の中に奇妙なものが見つかる。あ、これは知らなかった、で、その奥には? あ、また別の奇妙なものが……その奥は? 終わることがありません。そうではなくて、真の自己とは、自身の外にあるものです。…いつでも、ほかの人たちのなか、周囲の世界に、人は自身のほんとうの自我を見出す。内面の声ばかり聞こうとしても、何も得られない。迷宮にはいりこむばかりです。」(子安美知子「エンデと語る 作品・半生・世界観」43−44頁)
 けちけちしない。どんどん気前良く渡していく。どうぞ、どうぞ。自分の内側や、ほんとの自分を見つめ、守るより、どんどん広がっていくいのちをイメージしてみる。そこには解決も、終わりも、到達もない。厳密に言えば循環もなく、ずっと「渡し」が続くだけ。それでいいような気も、するのだ。
 てなことを仙人みたいに言ってみても、結局ちっぽけな自分を守ろうとしていらいらしたり、焦ったり、悔しくなったり、閉鎖的になったり、「私」にこだわったり、するよね。ちょっとくらい「私」があってもいいよね。折角生まれて、死ぬまでこの身を生きるんだから。
 それでも、たとえば誰かが死んだときに、その人はいなくなったのではなく悲しんでるみんなの中で生き続ける、みたいなことを言うのは、こうした「渡し」の感覚をみんなが実は持っているということなのだろうなあ。
 2月18日、Mさんの葬儀。山あり谷ありの人生の最後に抱樸館に辿り着いた彼は、止められても禁じられても酒とタバコを好きなだけ飲んでは問題を起し、みんなを困らせた。でもそんな彼を誰も切り捨てず、ひとりぼっちにしなかった。葬儀に集まった大勢の仲間たちや支援者の中には彼にさんざん振り回されてきた人々の姿もあった。関わった者たちが次々に彼の思い出を語る、語る、語る。みんな泣き、笑う。参列者全員で棺に花を入れる段になって突如会場に流れたのは彼の十八番「なみだの操」。みんな嬉しそうに、涙に濡れた顔を輝かせていた。彼はみんなの中で確かに生きていた。
 わたしは渡し。改めてそう思ってみる。いつしかわたしは静かに大きく、息をしているのだった。

【南小倉バプテスト教会2/21週報今週の一言】

 黒人霊歌に"Nobody knows the trouble I've seen"という歌がある。訳すと、「誰も知らない、わたしが見てきた苦しみを」。奴隷制時代のアメリカで黒人たちの間で歌われ始めた歌。歌詞を直訳してみる。
 誰も知らない、わたしが見てきた苦しみを
 誰も知らない、わたしの悲しみを
 誰も知らない、わたしが見てきた苦しみを
 グローリー、ハレルヤ(以上※の所で繰り返し)
 
 調子の上がってることもあれば、落ち込んでることもある
 そうです、主よ
 地べたまで倒れ落ちてしまいそうになることもある
 そうです、主よ(※)
 
 あなたはわたしがそうやってなんとか生きていっているのを見ておられるけれど
 そうです、主よ
 わたしはそこからはるかに低いこの下界で試練を負っている
 そうです、主よ(※)
 
 もしわたしより先にそこに辿り着いたなら
 そうです、主よ
 わたしの友達みんなにわたしは天国に来ると伝えておくれ
 そうです、主よ(※)
 
 以上が、オリジナルバージョン。徹底して繰り返される、わたしの味わった苦しみは誰も知らない、という歌詞。この苦しみを知っているのはわたしだけ。世界で、宇宙で、わたしだけ。そして「グローリー、ハレルヤ」(「栄光、主を讃美せよ!」)と喜びの感謝が歌われる。
 この歌を際立たせるもの。それは圧倒的な孤独だ。二番では、わたしが苦しみながら生き延びていることを主は見ておられる、と歌われるが、すぐさま、しかしわたしは天上のあなたのはるか下界のこの地上で苦しんでいる、と語られる。そこには大きな距離感が示されている。そしてまた徹底的な孤独、たったひとりのわたしの苦しみを歌う繰り返しに戻る。
 この「孤独」が喜びの讃美に直結するのはなぜか。ここには飛躍がある、と見ることもできる。そんなわけでこの歌にはもうひとつのバージョンがある。そこでは、繰り返しの二行目「誰も知らない、わたしの悲しみを」が「誰も知らない、イエスの他には」に変えられている。イエスだけは共にいて、わたしの苦しみを知っている。だからこそ「グローリー、ハレルヤ」なのだ。オリジナル版に飛躍を見出し、その空白をこのように補い、説明したのがこのバージョンだと考えることができる。
 黒人解放神学者J・H・コーンもこの二種類の歌詞について以下のように語るときに、この考え方を踏襲しているようにみえる。
 「誰も知らない」の最初のバージョンにおいては、希望は粘り強い精神、悲劇に敗北することを頑固に拒否することから形作られている。そして「悩み」と「悲しみ」から切り出された希望の源泉は、はっきりと同定されてはいないが「栄光あれ、ハレルヤ」という言葉で表現されていることから推測できる。そして「誰も知らない」の第二のバージョンでは、希望の源泉はイエスである。なぜなら彼こそは、小さき者たちの悩みを知っておられる友であり、彼こそが彼らの「ハレルヤ」の理由だからである。彼の神的現臨こそが、黒人の実存についての最も重要なメッセージである。(J・H・コーン「十字架とリンチの木」梶原壽訳、五五―五六頁)
 第二のバージョンに関しての分析は心熱くさせられる。しかしオリジナルバージョンについては「はっきり同定されてはいない」どころか、あえて苦しみを知っているイエスを登場させなかったのではないかと思われるのだ。歌いたかったのはむしろ徹底的な孤独そのものではなかったか。そう思うのだ。
 「孤独」。その表現が馴染まなければ苦しみにおける「単独性」「ひとりであること」と言い換えてもいい。それは「わたし」というたったひとりの存在の、誰をもっても換えることのできない尊厳のことだ。絶望的な苦しみにおける孤独が、喜びの讃美に直結している理由はここに見出される。わたしのこの苦しみを味わうことができるのは、わたしだけ。それは、世界でわたしという人間は、わたしひとりだけ、ここにしかいない、他にはいない、という認識の言い換え。唯一の自分自身の存在を、その尊厳を、歌は苦しみの只中にある者の心に深く響かせる。
 「苦しみ」は自分がたったひとりの自分となるためにこそ意味があった。それはもはや、わたしの人生の支配者でも、主人でもない。自分が他でもない自分になるための脇役へと変えられている。苦しみは、それを負う者を非人間へと貶める力を剥奪され、尊厳ある、唯一の存在にするという役割と意味を与えられている。この歌が、メジャーキー、長調で静かな明るさを湛えて歌われるのも、それと見事にマッチしている。徹底した孤独の表明は、だからこそ、喜びの讃美に直結しているのだ。そこに飛躍はない。あるのは反転のダイナミズム。ここにこそ、この歌の凄み、力がある。
 黒人霊歌は奴隷の苦しみを味わい、激しい差別と抑圧の下で生きることを余儀なくされたアメリカの黒人たちの中から立ち上がった歌。苦しみを与えた者は白人たちであり、白人至上主義のアメリカ社会であり、その制度であることは論を俟たない。しかしそれに対して、この歌はその経験こそが、わたしをたったひとりの尊厳ある存在にした、と歌う。この社会が与えた苦しみは、わたしを奪うことができなかった。むしろわたしを、わたしに、与えた!なんという逆転のユーモア。苦しみを与える者たちの悪意を粉砕する勝利の歌。いや、苦しみは神からの賜物だといわんばかりだ。そしてその勝利を導いたのはイエス。わたしに苦しみを与えた白人たちは、白人優位のアメリカ社会は、その勝利をもたらす役を主から与えられた。「はっきりと同定されていない」けれども、このことこそが示されているのだ。いのちがけの希望の闘いがここに歌として、ある。そしてそれこそがこの歌の示す「信仰」なのだ。
 筆舌に尽くせない理不尽な暴力そのものであったアウシュビッツ強制収容所を生き延びた精神科医フランクルも、その経験を振り返る名著「夜と霧」の中でこう語る。
 
「具体的な運命が人を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向き合い、この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代りになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引き受けることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性があるのだ。」(池田香代子訳)
 
 その人の苦しみはその人を、世界でたったひとりのその人にする、ということ。この黒人霊歌と同じことがここで言われているのだ。
 人はそれぞれにただひとりの存在であるという事実が際立ってくるとき。それは苦しみのとき。深い苦しみの経験は、人を、この世界でたったひとりのその人自身にする。その時に、苦しみはその人の唯一の存在を輝かせるものになる。苦しみは、そのことを深く心に響かせる。苦しみは、苦しむ者の存在に、光をあてる。闇の只中で。苦しみはだからこそ、祈りの現場だ。いや、苦しみこそが祈り。神はそこに共におられる。
 わたしの味わった苦しみは、誰も知らない。わたしの悲しみは、誰も知らない。わたしの味わった苦しみは、誰も知らない!グローリー、ハレルヤ。アーメン!

【南小倉バプテスト教会2021年2月7日、14日週報今週の一言】

 ひとりであることは必ずしも悪い事ではない。自分がここは引き受ける、これは自分がやるしかない、ここには自分が立つしかない。そういうのはしばしば自分ひとりで腹を括って引き受けるしかない。そしてそこにひとりで立つとき、自分自身の意味や役割がすとん、とはっきりする。うん、と自分に頷く。
 それは必ずしも積極的に自分が引き受けたいと願うことではないかもしれない。降って湧いたような事かもしれない。これまでの歩みの流れの中で必然的に生起することかもしれない。自分としてはやりたくないことであるかもしれない。突然自分の人生、自分の生活、自分の時間に割って入ることであるかもしれない。それでも、しかたない、これは自分がやるしかない、と飲み込む。
 そうしたところに「ひとり」で立つ。立つしかなくなる。そしてそれが、他者のいのちや希望、ともに生きていくことに関わる決断であったりする時、そういうのを「召命」と呼んだり、聖霊の促し、と言ったりするのだと思う。キリスト教的に言えば。
 繰り返し思い出す場面がある。もう随分前。台風が近づいた九月の夜。記憶では小田山墓地追悼集会の帰りだ。若松から帰る車は、若戸大橋の閉鎖で八幡回りを強いられた。三号線の八幡駅を過ぎ、西本町一丁目あたりの信号で先頭から三台目くらいで信号待ちをしていた。時折吹く突風に車が揺れていた。そのとき。その暴風雨の中を傘もささずよろめきながら横断してきた男性が信号待ちの車列の前を横切ろうとして、先頭車両のすぐ脇で風に煽られて倒れた。信号が青に変わる。先頭車両はそのまま発信して行ってしまった。二台目は明らかにそれを見ていたはずなのに同様に。隣の車線の車たちも同様。さて、ぼくの車のヘッドライトに照らし出されているのはずぶぬれで道に倒れている男性。その時だ、「お前や。お前しかおらんやろ。」と何者かに上から指差されたような気がしたのだった。車を降り、男性を道の脇まで連れていって座らせた。あたり一面に散らばった空き缶のプルトップも集めた。お酒臭かった。そしてホームレス支援の現場で時々体験するあの体臭が彼を包んでいた。救急車が来るまで、二人で待った。様子を不審がった通りがかりのパトカーの警官に事情を尋ねられたりもした。なんとか救急車に乗せて、ようやく帰路につくことができた。
 そのときの「ひとり」の感じ。そしてそれは形を変えて、色んな場面で感じさせられてきたこと。逃げられない、逃げ遅れた、あの「ひとり」感。そして、しかし、妙にさばさばとした、しゃあないなあ、な感じ。それを感じる瞬間の「ひとり」の大切さを思うのだ。
 イエスの語ったという譬物語の中でも有名な「善きサマリヤ人の譬」。盗賊に襲われて瀕死の傷を負って道に倒れた旅人。宗教者たちは次々に見て見ぬふりで道の向こうを通り過ぎていく。通りがかったのはユダヤ人から差別されていたサマリヤ人。彼だけがこの人の面倒を見た。誰がこの怪我人の隣人になったのか?とイエスは問う。実は「善きサマリヤ人」もまた、逃げ遅れて「ひとり」だったのかもしれない。指さされて、他にどうしようもなかったのかもしれない。隣人になるということは、そういうことなのかもしれない。

 渋谷で11/16にホームレスになってしまっていた女性Oさんを殴り殺したY容疑者は、かつてながらく引きこもりの生活をしていたという。彼に関する近隣住民のこんな証言が報じられている。「一年半くらい前から何度も自宅を訪ねてきて、『アンテナの位置を変えて欲しい』と言うのです。『私にとって自宅のバルコニーから見える世界がすべてなので、景色を変えたくないのです』と。」同じ思いが、Oさんへの暴力を生んだのか。
 しかし、それは他人事だろうか。わたしたちはそれぞれに見える「自分の世界」がある。それは大事にしたい世界。そしてそれを変えられ、乱されると困惑する。予定が狂う、思いがけないことが起きる、思わぬ方向に事柄が進む…。そうなるのをわたしたちは誰しも避けたいと思うものだ。
 しかしそんな思いとは関係なく、「わたしの世界」には他者が入り込んでくる。自分の世界を変えてしまう他者。イエスの譬話に出てくる宗教者たちは、自分の世界を変えられたくなかったのだ。だから傷ついた旅人が路上で倒れているところに通りがかっても、道の向こう側を通って行ってしまう。
 世界は、ひとりのものではないからだ。それは他者と共に生きるもの。そして他者と出会うときに、わたしはひとりであることを知る。ひとりの世界は、きっとそうやって他者を必要としている。
 自分ひとりで、自分だけが楽しいことをひそやかに楽しむことは大事だ。ひとりの時間の大切さ。ひとりの、読書。散歩。思索。ひとりの昼寝。祈り。ひとりの歌。旅。ひとりの、しゃぼん玉。ぼんやりする時。ひとりの、ひとりの。すべて、他でもないひとりのこの自分を大事にするひととき。ひとりの時間は失ってはならない。棄ててしまっては勿体無い。奪われているなら、取り戻さなければならない。忘れられているなら、思い出さねばならない。大切なものとして。
 でも、ひとりの大切さは、自分だけでは確認できない。自分がかけがえのない存在であること。尊厳。それは他者とつながったり響いたりする中で確かめられる。対話。共感。誰かにとっての自分の存在の意味、役割の確認。承認され、必要とされること。喜ばれること。それが必要。
 心配され、気にかけてもらうこと。声をかけてもらうこと。笑顔を向けられること。頷いてもらうこと。横に座ってもらうこと。話を聴いてもらうこと。ちょっと時間を割いてもらうこと。ひとりの大切さはそうやって確認される。
 実は心配し、気にかけ、声をかけ、笑顔を向け、頷き、横に座り、話を聴き、時間を割くとき、それはまた同時に、誰かに対してそうしている自分自身の「ひとりの大切さ」の確認作業でもある。それは相互に行き交い、流れ込みあいながら起きる出来事。もしY容疑者がOさんの隣に座って、彼女の物語に耳を傾けることができたら。きっと彼はたったひとりの自分の存在をとても大切なものとして受け止めなおすことができたかもしれない。
 ひとりであることの大切さを思う。共に生きることの必要性を思う。どっちも、欠かせない。お互いに、それはひびきあっていて、おたがいに相手を必要としている。今日もひとりのわたしを生きるとしよう、共に。

【南小倉バプテスト教会2020年11/29、12/6週報今週の一言】


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