2012年02月02日
2012年2月スケジュール
あっ!!! というまに1月が終わりました。2月は逃げると申します。3月は去る。逃げ去る前にライブへどうぞ!!2月のライブ情報更新しました。詳細未定の部分は改めて更新アップしますのでチェックしてください。またライブの予定は急遽変更される可能性もありますので、念のため会場へのご確認も適宜お願いいたします。(2/2更新)
2/5(日)ソロ
Hair Show筑豊ガールズコレクション
【飯塚セントラル4Fホール】
16:00〜18:00ファッションショー
(入場無料)
18:00〜20:00
アフターパーティー(入場500円オードブル付)
・ダンサー
・和太鼓ライブ
・明石屋悠作
・mILO-D
・Fuckyゴスペル&ピアノ
・抽選会
・谷本仰エレクトリックバイオリン
by STUDIO FELIZ
2/11(土)デュオw/鬼塚真嗣(p)
2.11信教の自由を守る日集会
【シオン山バプテスト教会】
13時半〜。無料、献金あり。
2/12(日)トリオ・ロス・ファンダンゴス
ミロンガ!
【福岡ティエンポ・イベロアメリカーノ】092-762-4100
福岡市中央区大名1-15-11 Daimyo11511ビル3F
19時ミロンガスタート、ライブ20時半ごろ&21時半ごろ
2/14(火)谷本仰 with his Friends
【福岡・西南学院中高チャペル】
福岡市百地浜1-1-1
18時半〜20時半。1,000円(全額抱樸館北九州のためのカンパとします)
出演:谷本仰(歌・ヴァイオリン)、中島由紀子(p)、フクヤマワタル(b)、原田敏夫(g)
※福岡でのCD「わたしのあおぞら」レコ発ライブを兼ねて、抱樸館のためのチャリティーコンサート!
2/18(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス
ブエノスアイレス帰国報告タンゴライブ!
【西小倉ケイトミュージック】093-561-8314
福岡県北九州市小倉北区大門2-3-6 葭本(ヨシモト)ビル1F
http://www.kate-music.com/
18時半開場、19時開演、2000円+ドリンクオーダー
2/19(日)two w/若林美保(Dance)、大槻オサム(身体表現)
【小倉ギャラリーSOAP】093-551-5522
北九州市小倉北区鍛冶町1-8-23 2F
19時開演、予約3000円、当日3500円、別途要オーダー
http://g-soap.jp
2/20(月)デュオ・ダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
3周年!!
【小倉カフェそらあるき】093-561-7829
北九州市小倉北区清水1-14-16
4500円、ワイン他ドリンク、バイキング付き!別途投げ銭!
18時パーティー開始。19時と21時ライブ!!
2/21(火)Un-Experienced
【八幡DEL SOL】093-691-2000
北九州市八幡東区前田3-10-26
20時〜、投げ銭
2/23(木)デュオダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
【折尾・上海ノオト】093-691-2225
北九州市八幡西区長崎町9-18
2/26(日)デュオダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
【小倉cafe cream】
2/27(月)谷本ソロ Solo Dialogues
【広島・koba】 082-249-6556
広島県広島市中区中町1-4 レゴビル3F
19:00〜、投げ銭!
2/28(火)デュオw/梶山シュウ(b)
【広島・Otis!】 082-249-3885
広島市中区加古町1-20
19:30〜、予約2000円、当日2500円
梶山シュウHP
3/2(金)ドグラマグラ
【博多中洲cafe&bar dining Eternity】092-262-8015
福岡市博多区中洲3-7-7 ロックハリウッドビル
3/3(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス
やすむら5周年記念ライブ
【福岡 Gallery&直方やきそば・やすむら】092-531-8803
福岡市中央区大宮2-1-31
19時開場、20時開演、2000円+ドリンク(500円)
1000円のスペシャルプレートも美味オススメ。
2/5(日)ソロ
Hair Show筑豊ガールズコレクション
【飯塚セントラル4Fホール】
16:00〜18:00ファッションショー
(入場無料)
18:00〜20:00
アフターパーティー(入場500円オードブル付)
・ダンサー
・和太鼓ライブ
・明石屋悠作
・mILO-D
・Fuckyゴスペル&ピアノ
・抽選会
・谷本仰エレクトリックバイオリン
by STUDIO FELIZ
2/11(土)デュオw/鬼塚真嗣(p)
2.11信教の自由を守る日集会
【シオン山バプテスト教会】
13時半〜。無料、献金あり。
2/12(日)トリオ・ロス・ファンダンゴス
ミロンガ!
【福岡ティエンポ・イベロアメリカーノ】092-762-4100
福岡市中央区大名1-15-11 Daimyo11511ビル3F
19時ミロンガスタート、ライブ20時半ごろ&21時半ごろ
2/14(火)谷本仰 with his Friends
【福岡・西南学院中高チャペル】
福岡市百地浜1-1-1
18時半〜20時半。1,000円(全額抱樸館北九州のためのカンパとします)
出演:谷本仰(歌・ヴァイオリン)、中島由紀子(p)、フクヤマワタル(b)、原田敏夫(g)
※福岡でのCD「わたしのあおぞら」レコ発ライブを兼ねて、抱樸館のためのチャリティーコンサート!
2/18(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス
ブエノスアイレス帰国報告タンゴライブ!
【西小倉ケイトミュージック】093-561-8314
福岡県北九州市小倉北区大門2-3-6 葭本(ヨシモト)ビル1F
http://www.kate-music.com/
18時半開場、19時開演、2000円+ドリンクオーダー
2/19(日)two w/若林美保(Dance)、大槻オサム(身体表現)
【小倉ギャラリーSOAP】093-551-5522
北九州市小倉北区鍛冶町1-8-23 2F
19時開演、予約3000円、当日3500円、別途要オーダー
http://g-soap.jp
2/20(月)デュオ・ダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
3周年!!
【小倉カフェそらあるき】093-561-7829
北九州市小倉北区清水1-14-16
4500円、ワイン他ドリンク、バイキング付き!別途投げ銭!
18時パーティー開始。19時と21時ライブ!!
2/21(火)Un-Experienced
【八幡DEL SOL】093-691-2000
北九州市八幡東区前田3-10-26
20時〜、投げ銭
2/23(木)デュオダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
【折尾・上海ノオト】093-691-2225
北九州市八幡西区長崎町9-18
2/26(日)デュオダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)
【小倉cafe cream】
2/27(月)谷本ソロ Solo Dialogues
【広島・koba】 082-249-6556
広島県広島市中区中町1-4 レゴビル3F
19:00〜、投げ銭!
2/28(火)デュオw/梶山シュウ(b)
【広島・Otis!】 082-249-3885
広島市中区加古町1-20
19:30〜、予約2000円、当日2500円
梶山シュウHP
3/2(金)ドグラマグラ
【博多中洲cafe&bar dining Eternity】092-262-8015
福岡市博多区中洲3-7-7 ロックハリウッドビル
3/3(土)トリオ・ロス・ファンダンゴス
やすむら5周年記念ライブ
【福岡 Gallery&直方やきそば・やすむら】092-531-8803
福岡市中央区大宮2-1-31
19時開場、20時開演、2000円+ドリンク(500円)
1000円のスペシャルプレートも美味オススメ。
2012年01月28日
悲しい歌なんか歌わない
悲しい歌なんか 歌わない
悲しい歌なんかもう 歌えない
楽しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたんだ
そしたら涙が歌いだした
ぽろりほろりつぶやきながら
悲しい歌なんか 歌わない
悲しい歌なんかもう 歌えない
楽しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたのに
楽しい歌なんか 歌わない
楽しい歌なんか もう歌えない
悲しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたんだ
そしたら涙が笑いだした
ほほほうへへへい踊りながら
楽しい歌なんか 歌わない
楽しい歌なんかもう 歌えない
悲しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたのに
そう決めたのに
悲しい歌なんかもう 歌えない
楽しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたんだ
そしたら涙が歌いだした
ぽろりほろりつぶやきながら
悲しい歌なんか 歌わない
悲しい歌なんかもう 歌えない
楽しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたのに
楽しい歌なんか 歌わない
楽しい歌なんか もう歌えない
悲しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたんだ
そしたら涙が笑いだした
ほほほうへへへい踊りながら
楽しい歌なんか 歌わない
楽しい歌なんかもう 歌えない
悲しい歌だけを 歌うんだ
そう決めたのに
そう決めたのに
2012年01月20日
VAMOS!Trio Los Fandangos!!
今日は楽しみにしていたトリオ・ロス・ファンダンゴスのリハ。ブエノスアイレスからの帰国後初。ブエノスアイレスで得たあの新しいうねりとグルーヴ感覚がどう形になるのか。課題の新曲と以前からやりかけてほったらかしになってた新曲候補をやってみる。あっという間の3時間だった。ああ、本当に楽しかった。こうやって一緒に音楽を作っていくのが楽しいから始まったこのトリオ、今でもこんなに楽しいなんて。いや、これまで以上に、だ。
帰ってファンダリエンソ楽団の音源から聴き取り、改めて新曲を採譜。たった3分弱の曲に何時間もかけて聴きこみながら、我々3人の演奏に置き換えながら。ただ単に全体を聴いていたのではわからなかった細部の構造が見えてきて、楽しくて仕方がない。うはは、おほほ、へええええ、うはー、の連続。そしてそれを元に練習。さらに、リハでも試したブエノスアイレスのヴァイオリン弾きたちから盗んできた新しい弾き方を改めて新曲に応用してみる。ううむ、やはり粘り、ヘヴィさ、ダイナミクス、スピードが全然違う。それまでの自分のビートやグルーヴがえらく軽く乾いていたのだということに改めて気づかされる。
2回目のブエノスアイレスでの、そして帰国後の演奏でのあの新しい感覚、そして今日。1999年から13年、これまでひたすらとにかくガンガン演奏してきた。ブエノスアイレスでも「なんちゅう力強さや!」「なんで地球の裏側のキミらがこんなにブエノスアイレスの、いや今のブエノスアイレスにも少なくなってもうたその感じで演奏できるねん!」大阪弁で言えばそんな感じのことをみんなに言われて不思議な感じさえした。でも、気がつくと今、目の前に、これまでそこにあったことすら知らなかった扉が開いていて、歩いたことのなかった道が足元からまっすぐ伸びて見えるような、そんな感じがする。
そうか、ここに来るために、ここまで来たのか。ここに辿り着くまで、やってきてよかった。ほんとにそう思う。
さて、後戻りなんて、できない。
ワレワレ、この扉、くぐります。この道に、足、踏み入れます。
VAMOS!行くぜ!トリオ・ロス・ファンダンゴス!!
帰ってファンダリエンソ楽団の音源から聴き取り、改めて新曲を採譜。たった3分弱の曲に何時間もかけて聴きこみながら、我々3人の演奏に置き換えながら。ただ単に全体を聴いていたのではわからなかった細部の構造が見えてきて、楽しくて仕方がない。うはは、おほほ、へええええ、うはー、の連続。そしてそれを元に練習。さらに、リハでも試したブエノスアイレスのヴァイオリン弾きたちから盗んできた新しい弾き方を改めて新曲に応用してみる。ううむ、やはり粘り、ヘヴィさ、ダイナミクス、スピードが全然違う。それまでの自分のビートやグルーヴがえらく軽く乾いていたのだということに改めて気づかされる。
2回目のブエノスアイレスでの、そして帰国後の演奏でのあの新しい感覚、そして今日。1999年から13年、これまでひたすらとにかくガンガン演奏してきた。ブエノスアイレスでも「なんちゅう力強さや!」「なんで地球の裏側のキミらがこんなにブエノスアイレスの、いや今のブエノスアイレスにも少なくなってもうたその感じで演奏できるねん!」大阪弁で言えばそんな感じのことをみんなに言われて不思議な感じさえした。でも、気がつくと今、目の前に、これまでそこにあったことすら知らなかった扉が開いていて、歩いたことのなかった道が足元からまっすぐ伸びて見えるような、そんな感じがする。
そうか、ここに来るために、ここまで来たのか。ここに辿り着くまで、やってきてよかった。ほんとにそう思う。
さて、後戻りなんて、できない。
ワレワレ、この扉、くぐります。この道に、足、踏み入れます。
VAMOS!行くぜ!トリオ・ロス・ファンダンゴス!!
2012年01月17日
旦過芋ロックフェスティバル「伊佐美がなんぼのもんじゃい!飲むけど」
旦過芋ロックフェスティバルは、旦過市場内大學堂にて不定期に開催される、谷本仰とフクヤマワタルが事前にテキトーに決めたお題に基づいてそれぞれ自由に用意してきた音源を芋ロック片手に、交互にかけあい、しゃべりまくる、即興のライブDJ合戦のこと。(←このDJってのは最近のあれではござんせん)。
昨日のお題は「伊佐美がなんぼのもんじゃい!飲むけど」。じゃんけんで先手・谷本、後手・フクヤマと決まる。以下かけた曲(奇数:谷本、偶数:フクヤマワタル)。
1.Louis Armstrong "What a wonderful world"(1969)
2.後藤幸浩「わが子は二十に」
3.Tom Cora Solo
4.the White Stripes "Stop Breaking Down"
5.高岡大祐「摩口擦」
6.町田康「うどんの中の世界」
7.Morphine "honey white"
8.The Beatles "I've got a feelin" →George Harrison "Wah-Wah"
9.Steve Marcus "Hey Jude"
10.二村定一「私の青空」
11.谷本仰 with his friends「わたしのあおぞら」→Shoomy Band 「皇帝−裸の王様」
12.Ricky Lee Jones "Smile"
以上。
途中意外な展開に「うーむ」と考え込んだり、瞬間的な返しであっといわせたり言わされたりしながら、ちょうど90分で美しく終了。おもろい。終了後はナマコの話をきいた後、新年会。ちと飲みすぎたかな。
次回は5/21開催予定。お題は追って。いやーおもろい。
昨日のお題は「伊佐美がなんぼのもんじゃい!飲むけど」。じゃんけんで先手・谷本、後手・フクヤマと決まる。以下かけた曲(奇数:谷本、偶数:フクヤマワタル)。
1.Louis Armstrong "What a wonderful world"(1969)
2.後藤幸浩「わが子は二十に」
3.Tom Cora Solo
4.the White Stripes "Stop Breaking Down"
5.高岡大祐「摩口擦」
6.町田康「うどんの中の世界」
7.Morphine "honey white"
8.The Beatles "I've got a feelin" →George Harrison "Wah-Wah"
9.Steve Marcus "Hey Jude"
10.二村定一「私の青空」
11.谷本仰 with his friends「わたしのあおぞら」→Shoomy Band 「皇帝−裸の王様」
12.Ricky Lee Jones "Smile"
以上。
途中意外な展開に「うーむ」と考え込んだり、瞬間的な返しであっといわせたり言わされたりしながら、ちょうど90分で美しく終了。おもろい。終了後はナマコの話をきいた後、新年会。ちと飲みすぎたかな。
次回は5/21開催予定。お題は追って。いやーおもろい。
2012年01月10日
ブエノスアイレスにて#8 12/11-12
ブエノスアイレスでの最終公演のミロンガライブをやったカテドラルは、ブエノスアイレスに着いたその日の夜にケンジさんリリアナさんと一緒に来たところ。アングラな感じがとても面白く、ここでやってみたいなあ、と呟いたら早速ケンジさんたちが動いてくれて、帰国前夜にライブが実現することに。
我々の出番は早め12時過ぎから。聞きしにまさる音響の悪さ、演奏途中の急な音量バランスの変化や、たびたびのハウリング。あはは、もうええ、わかった。それにいちいち拘るより、我々の演奏を。その演奏そのもののこの2週間での変化を確かめながら。
2年ぶりに共演が実現したブルーノとシンティア。芸術学校の卒業試験の前夜に時間を作ってきてくれた。やっぱり、いい。人を幸せな気持ちにさせる2人のダンス、そして人柄。そして音楽との一体性は2年前より、さらに。一緒に演ってて楽しいこと。彼らは来年3月にまた日本に来るという。タンゴの節句、また出てよ!というと、やるやる!うれしい!と即座にあの素敵な笑顔で答えてくれた。楽しみ。
そしてケンジ&リリアナ!台風とオブリビオン。台風は2人のダンスだけでなく、お客さんの顔を見ながら演奏するのも楽しい。この日もみんな、いい顔で笑ってた。そして非常に集中力の高いオブリビオン。美しかったなあ。今回のブエノスアイレスへのお別れの、一曲。後で聞けば、リリアナさんの靴の紐が台風のオープニングのところですでに切れていて、急遽出待ちの間に靴を借りてのダンスで、大変だったとか。そうか、それであのダンスのぐっと垂直に深まる感じか。こっちがだめなら、別のやり方で表現を。すぐに対応、さすが。
この日、元々出ることになっていたもう一つのバンドは、ギター3人と女性歌手のカルテート。何と我々、五年半前この楽団のライブを観ていた。そしてこの人たちも我々のライブを観にきていた。なんという奇遇!天上が高く、大きな洞窟のようなカテドラルのフロアの真ん中に椅子とテーブルを置いて、全くのノーマイク、生音生声。なるほどなあ。終演後、歌のルースはケンジ&リリアナのダンスを「クロサワの映画を観ているようだった」と評した。「どの、やろ?」と打ち上げでみんなで大笑い。
月曜日、しかも連休直後ということもあって、お客さんはとても少なかった。しかし、チノの師匠であり、世界的なダンサーであるヘスス・ベラスケスさんがイデアルに続きやってきて、楽しんで踊ってくれていたり、2年間のブエノスアイレス滞在を終えて数日後に帰国の途につくジミー&ユカリの2人が万感こめて踊っていたり、ここでの出演を後押ししてくれたラジオ番組タンゴレラハードのエルナンがかっこよく踊っていたり。カテドラルのライブを仕切ってるマリオも、えらく気に入ってくれたそうで、何より。
翌日、最後のお茶を、とイネスがコーヒーとお茶を用意してくれて、中庭でいただく。イネスの弟で、スエニョ・デ・バンドネオンのメンバーでもあるパトリシオさん、そしてマルセロさんもわざわざ見送りにきてくれた。ありがたいこと。昼下がりの、別れの、ゆっくりしたひととき。

滞在期間は短い。今やらなければ、体験しなければ。二度と出会うことも経験することもできないかもしれない。そんな思いでとにかく過ごしてきた2週間。ケンジ&リリアナのお2人はそんな我々に「勝手にやれば?」とも言わず、ずっと一緒に歩み、引っ張り、後押しし、助言し、そそのかし、時にはブレーキをかけ、本当に助けてくれた。我々、今回もまたお2人に全くお世話になりっぱなし。文字通り、「いいたかないけど、面倒みたよ〜」(by植木等)の声が聞こえてきます。そして今回のツアーの準備、段取りを全面的に現地で支えてくれたチノ&ミホには感謝ばかり。ひょっとすると今年、日本でご一緒できるかも!
2週間で11回の公演、自主演奏3回、ラジオ出演4回(うち1回スタジオライブ)。観に行ったライブ3回。たった2週間しかない。今、やらなければ、行かなければ、会わなければ。時間は限られている。そんな思いで過ごしてきた。しかし実はそれはブエノスアイレスでの2週間に留まらず、どこであっても、どんなときも同じこと。一生なんて瞬く間。いつどうなるかわからない。今しかない。それが生きているということ。
タンゴはそんな「今」を生きる人々の踊りであり音楽。移民、故郷との断絶、喪失、見知らぬ土地での生活、農村から港町への流入、過去への憧れ、未来への不安、そして絶望。そんな中で居場所を求め続けて歩む人々が、今という瞬間を迎え、決して留まらないその刹那との別れを惜しむようにそれをかき抱いて踊る。タンゴはブエノスアイレスの街とそこに生きる人間の歴史そのもののようだ。そして、それは決して他人事ではない。それが生きるということ。地球の裏側でも。
出発の前日の昼食をとりに、ネグラさんのカフェに行った。ケンジさん、リリさんと3人で。我々が店に入るともう「明日行っちゃうんだよねえ」と悲しそうにしていたが、途中から我々に話しかけては涙ぐむようになり、ついに店を出るときには涙をポロポロこぼしてた。「次にあんたたちが来るときまで生きてられるかねえ…」とネグラさん大泣きすれば、「大丈夫、うちのかあさん絶対死なないから」と娘さん。ネグラさんは81歳。一つ一つの出来事の重さ、「またね」の言葉の意味が、我々とは同じであるはずがない。彼女の時間の濃さを思う。リリさんが、お母さんの遺品のスカーフをネグラさんに手渡し、ネグラさんまた涙。ブエノスアイレスの、おかあちゃん。また会いに来たい。われわれだって、いつ、どうなるかわからない。
さあ宿題は山ほど。感傷に浸ってる暇はない。今回ブエノスアイレスで与えられた出会いの一つ一つをまた、血に、肉にして、新しくなりたい。次の「今」へ。最後に、エルナンとエンリケのラジオ番組「タンゴ・レラハード」でのワタクシの渾身の一言を。
「タンゴがあったから、我々3人は一緒に音楽をやってこられた。ケンジ&リリアナとも、チノ&ミホとも、色んな人たちにも会えた。ブエノスアイレスにも来ることができた。ここでも一つ一つの出会いを経験できた。そしてタンゴがなければ、ブエノスアイレスのうんまい肉は食べられなかった!」
またね、ブエノスアイレス。ムチシマグラシアス、トドス!チャウ!アスタルエゴ、アスタプロキシモ!!

我々の出番は早め12時過ぎから。聞きしにまさる音響の悪さ、演奏途中の急な音量バランスの変化や、たびたびのハウリング。あはは、もうええ、わかった。それにいちいち拘るより、我々の演奏を。その演奏そのもののこの2週間での変化を確かめながら。
2年ぶりに共演が実現したブルーノとシンティア。芸術学校の卒業試験の前夜に時間を作ってきてくれた。やっぱり、いい。人を幸せな気持ちにさせる2人のダンス、そして人柄。そして音楽との一体性は2年前より、さらに。一緒に演ってて楽しいこと。彼らは来年3月にまた日本に来るという。タンゴの節句、また出てよ!というと、やるやる!うれしい!と即座にあの素敵な笑顔で答えてくれた。楽しみ。
そしてケンジ&リリアナ!台風とオブリビオン。台風は2人のダンスだけでなく、お客さんの顔を見ながら演奏するのも楽しい。この日もみんな、いい顔で笑ってた。そして非常に集中力の高いオブリビオン。美しかったなあ。今回のブエノスアイレスへのお別れの、一曲。後で聞けば、リリアナさんの靴の紐が台風のオープニングのところですでに切れていて、急遽出待ちの間に靴を借りてのダンスで、大変だったとか。そうか、それであのダンスのぐっと垂直に深まる感じか。こっちがだめなら、別のやり方で表現を。すぐに対応、さすが。
この日、元々出ることになっていたもう一つのバンドは、ギター3人と女性歌手のカルテート。何と我々、五年半前この楽団のライブを観ていた。そしてこの人たちも我々のライブを観にきていた。なんという奇遇!天上が高く、大きな洞窟のようなカテドラルのフロアの真ん中に椅子とテーブルを置いて、全くのノーマイク、生音生声。なるほどなあ。終演後、歌のルースはケンジ&リリアナのダンスを「クロサワの映画を観ているようだった」と評した。「どの、やろ?」と打ち上げでみんなで大笑い。
月曜日、しかも連休直後ということもあって、お客さんはとても少なかった。しかし、チノの師匠であり、世界的なダンサーであるヘスス・ベラスケスさんがイデアルに続きやってきて、楽しんで踊ってくれていたり、2年間のブエノスアイレス滞在を終えて数日後に帰国の途につくジミー&ユカリの2人が万感こめて踊っていたり、ここでの出演を後押ししてくれたラジオ番組タンゴレラハードのエルナンがかっこよく踊っていたり。カテドラルのライブを仕切ってるマリオも、えらく気に入ってくれたそうで、何より。
翌日、最後のお茶を、とイネスがコーヒーとお茶を用意してくれて、中庭でいただく。イネスの弟で、スエニョ・デ・バンドネオンのメンバーでもあるパトリシオさん、そしてマルセロさんもわざわざ見送りにきてくれた。ありがたいこと。昼下がりの、別れの、ゆっくりしたひととき。

滞在期間は短い。今やらなければ、体験しなければ。二度と出会うことも経験することもできないかもしれない。そんな思いでとにかく過ごしてきた2週間。ケンジ&リリアナのお2人はそんな我々に「勝手にやれば?」とも言わず、ずっと一緒に歩み、引っ張り、後押しし、助言し、そそのかし、時にはブレーキをかけ、本当に助けてくれた。我々、今回もまたお2人に全くお世話になりっぱなし。文字通り、「いいたかないけど、面倒みたよ〜」(by植木等)の声が聞こえてきます。そして今回のツアーの準備、段取りを全面的に現地で支えてくれたチノ&ミホには感謝ばかり。ひょっとすると今年、日本でご一緒できるかも!
2週間で11回の公演、自主演奏3回、ラジオ出演4回(うち1回スタジオライブ)。観に行ったライブ3回。たった2週間しかない。今、やらなければ、行かなければ、会わなければ。時間は限られている。そんな思いで過ごしてきた。しかし実はそれはブエノスアイレスでの2週間に留まらず、どこであっても、どんなときも同じこと。一生なんて瞬く間。いつどうなるかわからない。今しかない。それが生きているということ。
タンゴはそんな「今」を生きる人々の踊りであり音楽。移民、故郷との断絶、喪失、見知らぬ土地での生活、農村から港町への流入、過去への憧れ、未来への不安、そして絶望。そんな中で居場所を求め続けて歩む人々が、今という瞬間を迎え、決して留まらないその刹那との別れを惜しむようにそれをかき抱いて踊る。タンゴはブエノスアイレスの街とそこに生きる人間の歴史そのもののようだ。そして、それは決して他人事ではない。それが生きるということ。地球の裏側でも。
出発の前日の昼食をとりに、ネグラさんのカフェに行った。ケンジさん、リリさんと3人で。我々が店に入るともう「明日行っちゃうんだよねえ」と悲しそうにしていたが、途中から我々に話しかけては涙ぐむようになり、ついに店を出るときには涙をポロポロこぼしてた。「次にあんたたちが来るときまで生きてられるかねえ…」とネグラさん大泣きすれば、「大丈夫、うちのかあさん絶対死なないから」と娘さん。ネグラさんは81歳。一つ一つの出来事の重さ、「またね」の言葉の意味が、我々とは同じであるはずがない。彼女の時間の濃さを思う。リリさんが、お母さんの遺品のスカーフをネグラさんに手渡し、ネグラさんまた涙。ブエノスアイレスの、おかあちゃん。また会いに来たい。われわれだって、いつ、どうなるかわからない。
さあ宿題は山ほど。感傷に浸ってる暇はない。今回ブエノスアイレスで与えられた出会いの一つ一つをまた、血に、肉にして、新しくなりたい。次の「今」へ。最後に、エルナンとエンリケのラジオ番組「タンゴ・レラハード」でのワタクシの渾身の一言を。
「タンゴがあったから、我々3人は一緒に音楽をやってこられた。ケンジ&リリアナとも、チノ&ミホとも、色んな人たちにも会えた。ブエノスアイレスにも来ることができた。ここでも一つ一つの出会いを経験できた。そしてタンゴがなければ、ブエノスアイレスのうんまい肉は食べられなかった!」
またね、ブエノスアイレス。ムチシマグラシアス、トドス!チャウ!アスタルエゴ、アスタプロキシモ!!

2011年12月13日
ブエノスアイレスにて#7 12/9-11 セステートミロンゲーロ、カンパーナ、バンドネオンの夢
12/9 この日はオフ。セステートミロンゲーロのライブを観にいく。物凄く混んでいて初めは座ることさえ出来なかったが、結局ステージ最前列を確保、かぶりつきで。客を煽り、のせ、躍らせ、楽しませながら、圧倒的な演奏を繰り広げていく彼ら。自分たち自身が視線をやりとりし、笑い合い、時には言葉を交わしながら、ライブを楽しんでいるのがやっぱり観てて嬉しくなる。とにかく圧倒的にダイナミック。ミロンガで躍らせることと、演奏として聴かせることの一体性。うーむ、かくありたい。わははーい、うほほーい、とにかく楽しませてもらいました。ええもん観ました。

12/10 今回のツアーで初めてブエノスアイレス市から出て、郊外の町、カンパーナへ。日本でも長い間活動していたダンサーのホセマリアさんの運転するマイクロバスで。ありがとう!!
約2時間ほどで着いた先は、市議会議事堂の前の特設野外ステージ。ここでなんと市長さん(女性)の就任式の後のお祝い演奏。市議会のホールで宣誓を終えて外に出てくる市長さんに、タンゴのプレゼント。ケンジ&リリアナのダンスも入って。やがて周りの人々に促されて、ついに市長さんご夫妻も踊りだして大盛り上がり。ご本人たちも、そして集まった皆さんもとても嬉しそうに楽しんでくれた。記念のお皿もいただきました!

12/11 急遽数日前に決まった、滞在中のサンテルモコロニアルでの2回目のライブ。前回に都合が合わずに来れなかったバンドネオン6人のオルケスタがこの日なら、と来てくれるというので一緒に。やってきたのは七人。聞けばフルメンバーは8人だという。「スエニョ・デ・バンドネオン」(バンドネオンの夢)という名の楽団。ベテランのバンドネオン奏者たちがずらりと並ぶ。チョリパン(チョリソーや牛肉を挟んだパン)のパーティの後、ライブへ。
我々3人が先に数曲演奏。開始直後から、彼らのバンドネオンがあちこちで鳴り始め、我々の演奏に加わり始める。一曲終わるごとにマエストロたち一同からもお客さんからもブラボー!と大拍手。今度は彼らの演奏の途中でアタシがお邪魔、これまた皆さん大喜び。ヨーロッパツアーから帰ってきたばかりというベテランミュージシャンたちの楽しそうなこと。セッティングの都合で、彼らの真横に居て、文字通りバンドネオンの夢のような響きに包まれるひと時。そして一緒にやろう、とフェリシア、ドンファン、ラクンパルシータを共演。その場で強弱をつけながら、押したり引いたり、間合いをやりとりしながら、音と、笑顔と、掛け声を交わしながら。ほんとうに、夢のようなひとときだった。
終演後もなかなか収まらないマエストロたち。ずっと一人で弾き続けている。そしてまたいつのまにか一緒になって。
やっと終わって一人また一人と帰っていって、最後はわれわれ3人と、ケンジ&リリアナと、この日誕生日だったジミーさんの6人でアタシの部屋で打ち上げ。楽しかったなあ。
さあ、いよいよ最後の夜へ。今夜はカテドラルにて。ブルーノ&シンティアとも一緒に。やるど。


12/10 今回のツアーで初めてブエノスアイレス市から出て、郊外の町、カンパーナへ。日本でも長い間活動していたダンサーのホセマリアさんの運転するマイクロバスで。ありがとう!!
約2時間ほどで着いた先は、市議会議事堂の前の特設野外ステージ。ここでなんと市長さん(女性)の就任式の後のお祝い演奏。市議会のホールで宣誓を終えて外に出てくる市長さんに、タンゴのプレゼント。ケンジ&リリアナのダンスも入って。やがて周りの人々に促されて、ついに市長さんご夫妻も踊りだして大盛り上がり。ご本人たちも、そして集まった皆さんもとても嬉しそうに楽しんでくれた。記念のお皿もいただきました!

12/11 急遽数日前に決まった、滞在中のサンテルモコロニアルでの2回目のライブ。前回に都合が合わずに来れなかったバンドネオン6人のオルケスタがこの日なら、と来てくれるというので一緒に。やってきたのは七人。聞けばフルメンバーは8人だという。「スエニョ・デ・バンドネオン」(バンドネオンの夢)という名の楽団。ベテランのバンドネオン奏者たちがずらりと並ぶ。チョリパン(チョリソーや牛肉を挟んだパン)のパーティの後、ライブへ。
我々3人が先に数曲演奏。開始直後から、彼らのバンドネオンがあちこちで鳴り始め、我々の演奏に加わり始める。一曲終わるごとにマエストロたち一同からもお客さんからもブラボー!と大拍手。今度は彼らの演奏の途中でアタシがお邪魔、これまた皆さん大喜び。ヨーロッパツアーから帰ってきたばかりというベテランミュージシャンたちの楽しそうなこと。セッティングの都合で、彼らの真横に居て、文字通りバンドネオンの夢のような響きに包まれるひと時。そして一緒にやろう、とフェリシア、ドンファン、ラクンパルシータを共演。その場で強弱をつけながら、押したり引いたり、間合いをやりとりしながら、音と、笑顔と、掛け声を交わしながら。ほんとうに、夢のようなひとときだった。
終演後もなかなか収まらないマエストロたち。ずっと一人で弾き続けている。そしてまたいつのまにか一緒になって。
やっと終わって一人また一人と帰っていって、最後はわれわれ3人と、ケンジ&リリアナと、この日誕生日だったジミーさんの6人でアタシの部屋で打ち上げ。楽しかったなあ。
さあ、いよいよ最後の夜へ。今夜はカテドラルにて。ブルーノ&シンティアとも一緒に。やるど。

2011年12月12日
ブエノスアイレスにて#6 12/8 ライブ×3
12/8 いよいよ今回のブエノスアイレスツアー最大の山場、一日で今度は3つのライブを掛け持ちする日。まずはブエノスアイレスに来る前から決まっていた、La Casa Nacional de Bicentenarioでのコンサート。建国200周年を記念する市の施設で、ちょうどメルセデス・ソーサ展の只中。我々の演奏する小さなホールはちょっとしたライブハウスくらいの大きさ。一時間ほどのステージ。アルゼンチンはこの日から4連休。無料だが開演予定時間間際になっても誰もお客さんがいない。スタッフが施設内を告知して回ってくれて、次第にお客さんが入り始める中で演奏スタート。MCはミホさんに通訳してもらって。ステージは暑かったけれど、寒いよりマシ。狭いステージ上でケンジ&リリアナも踊る!いつのまにか客席は満員に、そして立ち見も。警備員たちまでも!ええのか!ええとしよう!大盛り上がりの内に終了。そして終演後、ブルーノ&シンティアとついに再会。嬉しかった。12日のカテドラルでの共演決定!来年3月には再来日とか!うれしいなあ。

次はダンサー・ミゲル・ロメロの誕生日ミロンガへ。会場のある地域はものすごく高級な店や住宅マンションが立ち並び、レストランも目が飛び出るくらい高い。ようやくみつけた少し安い店で腹ごしらえしてから、3〜40分の演奏。11時15分くらいから。短めに、少し丁寧に、を心がけながら。初めは誰も踊らず心配したけれど、ケンジさんの「バイラモス!」(踊りましょう!)の掛け声でフロアにやっと人がどんどん出てくるように。助かりました。
そして最後は、12/1にやるはずだったコンフィテリア・イデアルでのミロンガ。ここは5年半前に最初のステージを踏んだ場所。我々にとってブエノスアイレスでの原点。チノさんは本番前に「君たちのタンゴには血が流れてる、行け!」と喝を入れてくれる。ありがたい。しかしこの貫禄でアタシより若いなんていやんなっちゃうね。
緩急つけながら、楽しく、思い切り演奏。前の場所ではあまりガンガンやることができなかったので、ここではのびのびと。たまたまだけれど、一曲目はあの時と同じ、Gallo Ciego! 大きな拍手、どんどん踊りだす人々。ケンジさんたちのダンスも活き活きしてたなあ。
5年半前のここでのことをあれこれ思い出した。ステージに上ってとにかく緊張したことや、夢中で演奏したこと、ステージ下から見守るリリさんの潤んだ目、心配そうなチノの顔…。細かいことは忘れたけれど。
そうそう、ケンジさんは昨夜の市営のFMタンゴを聴いたよ、君たちだろう?とタクシーの運転手にここに来る車中で声をかけられたそうな。またチノさんの師匠もラジオでかかった我々の「40年代のミロンガ」を聴いて、これは一体どうやって演奏してるんだ、直に観なければ、と翌日朝一番で旅に出なければならないのに、わざわざ観に来てくれていたという。ラジオが人を動かす力を持っているのを感じたなあ。
終演後しばらく、フロアを眺めた。帰ってきた、という懐かしさや感慨は不思議に、なかった。自分たちも変わった。それは明らかにあれから5年半後の、我々と、イデアル。
終演後。さあ、これからどうする?ケンジさんが瞳の奥に黒い輝きを秘めたあの目で、笑いながら身を乗り出してきた。5年半は…、空けたくないもんデス、はい。

次はダンサー・ミゲル・ロメロの誕生日ミロンガへ。会場のある地域はものすごく高級な店や住宅マンションが立ち並び、レストランも目が飛び出るくらい高い。ようやくみつけた少し安い店で腹ごしらえしてから、3〜40分の演奏。11時15分くらいから。短めに、少し丁寧に、を心がけながら。初めは誰も踊らず心配したけれど、ケンジさんの「バイラモス!」(踊りましょう!)の掛け声でフロアにやっと人がどんどん出てくるように。助かりました。
そして最後は、12/1にやるはずだったコンフィテリア・イデアルでのミロンガ。ここは5年半前に最初のステージを踏んだ場所。我々にとってブエノスアイレスでの原点。チノさんは本番前に「君たちのタンゴには血が流れてる、行け!」と喝を入れてくれる。ありがたい。しかしこの貫禄でアタシより若いなんていやんなっちゃうね。
緩急つけながら、楽しく、思い切り演奏。前の場所ではあまりガンガンやることができなかったので、ここではのびのびと。たまたまだけれど、一曲目はあの時と同じ、Gallo Ciego! 大きな拍手、どんどん踊りだす人々。ケンジさんたちのダンスも活き活きしてたなあ。
5年半前のここでのことをあれこれ思い出した。ステージに上ってとにかく緊張したことや、夢中で演奏したこと、ステージ下から見守るリリさんの潤んだ目、心配そうなチノの顔…。細かいことは忘れたけれど。
そうそう、ケンジさんは昨夜の市営のFMタンゴを聴いたよ、君たちだろう?とタクシーの運転手にここに来る車中で声をかけられたそうな。またチノさんの師匠もラジオでかかった我々の「40年代のミロンガ」を聴いて、これは一体どうやって演奏してるんだ、直に観なければ、と翌日朝一番で旅に出なければならないのに、わざわざ観に来てくれていたという。ラジオが人を動かす力を持っているのを感じたなあ。
終演後しばらく、フロアを眺めた。帰ってきた、という懐かしさや感慨は不思議に、なかった。自分たちも変わった。それは明らかにあれから5年半後の、我々と、イデアル。
終演後。さあ、これからどうする?ケンジさんが瞳の奥に黒い輝きを秘めたあの目で、笑いながら身を乗り出してきた。5年半は…、空けたくないもんデス、はい。
2011年12月11日
ブエノスアイレスにて#5 12/7 ラジオ×3
12/7 この日はラジオ出演の日。しかも3本。しかもすべて、ブエノスアイレスに来てからの一週間ほどで決まったもの。
一本目は夕方17時から。Radio Palermo のタンゴ番組。11月30日に、この番組放送がなされているスタジオの上の階で、日系人向けの番組に出演したとき、たまたま見学に行ってその場で出演が決まった。パーソナリティは愛称ドクトール。「博士」というその名が示すとおりタンゴについての知識が非常に豊か。この日はプグリエーセ特集。1940年代の貴重な録音が次々に流れる合間合間に、我々のCDをかけてくれる。ドクトール自身も初めて聴く我々の演奏。最初の曲「マーラフンタ」の冒頭部分でおおっ!これはプグリエーセの…と笑って、俄然興味を持ってくれた様子で、そこからこれも、次はこれ、とかけていってくれた。間もなくリスナーから「いいねえ、この演奏!」と電話がかかり始め、スタジオ内にその内容を記したメモが届くように。ドクトールも、踊ってよし、聴いてよしの演奏だ、と評してくれた。途中から冴木杏奈さんが入ってきてびっくりしたけど。
それから移動して、今度はRadio Libre(FM99.3)という放送局の番組Tango Relajado。夜8時から10時の枠。パーソナリティのエルナンとエンリケの2人の喋りが楽しいこと。
もう一組の出演バンドはコルネットバイオリン、フルート、クラリネット、ギターのと、古いスタイルで演奏をする4人組に歌のマウリシオ。コルネットバイオリンはラッパのついてる珍しいバイオリンで、SP盤を聴いているような懐かしい音だった。

後半は我々トリオ・ロス・ファンダンゴスの出番。狭いスタジオの中に楽器を持ち込んで弾きまくり。パーソナリティの2人も目を白黒。「君たち、カスティジャーノ喋れないなんてウソだろ?」マウリシオは「どこでそんなスタイルを身につけたんだ?こっちのミュージシャンたちに弾き方を教えてやってくれ」なんて。あはは。ケンジさんも歌うし、リリさんは踊るし、スタジオ内はそれこそ大騒ぎ、スタジオでやりたい放題。今度はワインを持ち込んでやろう!なんてエルナン。たのしかったなあ。

そして深夜12時半からの市営放送のRadio Tango の2×4という番組に。これが一時間近く遅れて始まる。待ってる時間が眠いこと眠いこと。ここでも何曲もかけてくれて。ブエノスアイレスでは有名なラジオ局の有名番組。その影響力は、翌日に明らかに。
一本目は夕方17時から。Radio Palermo のタンゴ番組。11月30日に、この番組放送がなされているスタジオの上の階で、日系人向けの番組に出演したとき、たまたま見学に行ってその場で出演が決まった。パーソナリティは愛称ドクトール。「博士」というその名が示すとおりタンゴについての知識が非常に豊か。この日はプグリエーセ特集。1940年代の貴重な録音が次々に流れる合間合間に、我々のCDをかけてくれる。ドクトール自身も初めて聴く我々の演奏。最初の曲「マーラフンタ」の冒頭部分でおおっ!これはプグリエーセの…と笑って、俄然興味を持ってくれた様子で、そこからこれも、次はこれ、とかけていってくれた。間もなくリスナーから「いいねえ、この演奏!」と電話がかかり始め、スタジオ内にその内容を記したメモが届くように。ドクトールも、踊ってよし、聴いてよしの演奏だ、と評してくれた。途中から冴木杏奈さんが入ってきてびっくりしたけど。
それから移動して、今度はRadio Libre(FM99.3)という放送局の番組Tango Relajado。夜8時から10時の枠。パーソナリティのエルナンとエンリケの2人の喋りが楽しいこと。
もう一組の出演バンドはコルネットバイオリン、フルート、クラリネット、ギターのと、古いスタイルで演奏をする4人組に歌のマウリシオ。コルネットバイオリンはラッパのついてる珍しいバイオリンで、SP盤を聴いているような懐かしい音だった。

後半は我々トリオ・ロス・ファンダンゴスの出番。狭いスタジオの中に楽器を持ち込んで弾きまくり。パーソナリティの2人も目を白黒。「君たち、カスティジャーノ喋れないなんてウソだろ?」マウリシオは「どこでそんなスタイルを身につけたんだ?こっちのミュージシャンたちに弾き方を教えてやってくれ」なんて。あはは。ケンジさんも歌うし、リリさんは踊るし、スタジオ内はそれこそ大騒ぎ、スタジオでやりたい放題。今度はワインを持ち込んでやろう!なんてエルナン。たのしかったなあ。

そして深夜12時半からの市営放送のRadio Tango の2×4という番組に。これが一時間近く遅れて始まる。待ってる時間が眠いこと眠いこと。ここでも何曲もかけてくれて。ブエノスアイレスでは有名なラジオ局の有名番組。その影響力は、翌日に明らかに。
ブエノスアイレスにて#4 12/6 サンテルモコロニアルでパーティ
12/5のサロンカニングでのダンスと演奏の様子が早速youtubeでアップされています。宜しければ是非ご覧ください。El Huracan 台風 はこちら。オブリビオンはこちら。
さてこの日は滞在中のサンテルモ・コロニアルでライブパーティー。滞在客の友人たちなどで気楽にワイワイ。そしてそこでまた短く演奏。後半はこの二日前に知り合って、前夜のサロンカニングのライブも観に来てくれたミルタ・アルバレスというギタリストも来てくれた。とても笑顔の素敵な、こんな人。彼女のソロも聴けた。とても静かでやさしい、それでいて集中力のある、いい演奏だった。
この日は、バンドネオン6台の楽団が来るはずだったのが来れなくなって残念。
…と言っていたらどうやらこれもまた改めて対バンライブが実現することに。12/11、サンテルモコロニアルにて。わはは。
さてこの日は滞在中のサンテルモ・コロニアルでライブパーティー。滞在客の友人たちなどで気楽にワイワイ。そしてそこでまた短く演奏。後半はこの二日前に知り合って、前夜のサロンカニングのライブも観に来てくれたミルタ・アルバレスというギタリストも来てくれた。とても笑顔の素敵な、こんな人。彼女のソロも聴けた。とても静かでやさしい、それでいて集中力のある、いい演奏だった。
この日は、バンドネオン6台の楽団が来るはずだったのが来れなくなって残念。
…と言っていたらどうやらこれもまた改めて対バンライブが実現することに。12/11、サンテルモコロニアルにて。わはは。
2011年12月07日
ブエノスアイレスにて#3 12/5 サロンカニング編
12/5 いよいよサロンカニングのミロンガ「パラクルトゥラル」でのライブ。前回、ここで得た手応えは、われわれの身体に今も響いている。あれから5年半。今回事前の告知も写真付で大きくとりあげられていて。
当日、懐かしい会場。でもトイレは改修され、CDコーナーは、我々が預けたCDもろとも、なくなってた。そこの名物親父さんだったピパが亡くなったためだ。そうやって実は同じ場所でも、変化している。風景も、人間も、それぞれに。我々自身も含めて。
サロンカニングにある古いピアノを試してみたところこれがすごくいいことがわかり、ここではミホさん手配のエレピではなく、これを使うことに。秋元多恵子大喜び。

セッティングは最初のエル・ガルデル・デ・メデジンの時に懲りて、本番直前にしかやらないことにした。せっかくリハをやって音を作っても、その設定が本番では生かされない。こちらのミロンガの現場はそういうもんと理解して、入りもギリギリに。そのほうがワレワレも、ずっと付き合ってくれるミホさんたちも楽。ここでは、こういうスピード優先。
そして本番。エル・ガルデル・デ・メデジンでの出演と、前夜のミロンガで学んだことを演奏に反映させながら。自分たちらしさを損なわず、かつフロアで踊っている人たちの身体のことを考えながら。そして時折ミホさんに仕込んでもらったスペイン語のMC挟みながら。次第にほぐれ、スピードがあがってくる身体を感じながら。曲ごとにみんなこっち向いて大きな拍手をしてくれる。ありがとう!会場には福岡のティエンポでで出会ったダンサーたち、カロリーニョ、ロドリゴ、ルイジ&アナリア、2006年のタンゴの節句を一緒にやったプルポも、みんなみんな来てくれて、「すごーいいいいい」「ブラボーッ」と大きな声援を送ってくれた。ありがとう、みんな。
そしてケンジ&リリアナのデモを挟む。それまではフロアのみんなのことを考えながら比較的穏やかに演奏を運んだが、ここでは思いっ切りやらせてもらう。ガンガン演奏。それが台風に翻弄される2人という設定にぴったりで、大うけ。一転、オブリビオンで静まり返るサロンカニング。そしてまた、拍手の嵐。
ライブ中最後までパラクルトゥラルのダンスフロアは人が絶えることがなかった。アンコールを終えて舞台を降りるとあちこちで、見ず知らずの人たちが口々に良かったよ!と言いながら握手、ハグしてくる。そしてみんなで乾杯!すばらしいひと時。
あっという間に、やってきて、過ぎ去っていく瞬間たち。「今」を生きることしかできない、なんていうのだけれど、その「今」というのも、やってきて過ぎ去っていく時の流れの一瞬を切り取った記憶の断片にすぎない。サロンカニングから帰ってきたら、ブエノスアイレスの空がうっすら白み始めていた。もう、あれは未来のことでも、今のことでもなく、過去のことなんだと思うと、なんだかさびしいような切ないような気持ちに。生きるってそういうこと。少し切なく今を見送っては、次の今、次の瞬間へ。
当日、懐かしい会場。でもトイレは改修され、CDコーナーは、我々が預けたCDもろとも、なくなってた。そこの名物親父さんだったピパが亡くなったためだ。そうやって実は同じ場所でも、変化している。風景も、人間も、それぞれに。我々自身も含めて。
サロンカニングにある古いピアノを試してみたところこれがすごくいいことがわかり、ここではミホさん手配のエレピではなく、これを使うことに。秋元多恵子大喜び。

セッティングは最初のエル・ガルデル・デ・メデジンの時に懲りて、本番直前にしかやらないことにした。せっかくリハをやって音を作っても、その設定が本番では生かされない。こちらのミロンガの現場はそういうもんと理解して、入りもギリギリに。そのほうがワレワレも、ずっと付き合ってくれるミホさんたちも楽。ここでは、こういうスピード優先。
そして本番。エル・ガルデル・デ・メデジンでの出演と、前夜のミロンガで学んだことを演奏に反映させながら。自分たちらしさを損なわず、かつフロアで踊っている人たちの身体のことを考えながら。そして時折ミホさんに仕込んでもらったスペイン語のMC挟みながら。次第にほぐれ、スピードがあがってくる身体を感じながら。曲ごとにみんなこっち向いて大きな拍手をしてくれる。ありがとう!会場には福岡のティエンポでで出会ったダンサーたち、カロリーニョ、ロドリゴ、ルイジ&アナリア、2006年のタンゴの節句を一緒にやったプルポも、みんなみんな来てくれて、「すごーいいいいい」「ブラボーッ」と大きな声援を送ってくれた。ありがとう、みんな。
そしてケンジ&リリアナのデモを挟む。それまではフロアのみんなのことを考えながら比較的穏やかに演奏を運んだが、ここでは思いっ切りやらせてもらう。ガンガン演奏。それが台風に翻弄される2人という設定にぴったりで、大うけ。一転、オブリビオンで静まり返るサロンカニング。そしてまた、拍手の嵐。
ライブ中最後までパラクルトゥラルのダンスフロアは人が絶えることがなかった。アンコールを終えて舞台を降りるとあちこちで、見ず知らずの人たちが口々に良かったよ!と言いながら握手、ハグしてくる。そしてみんなで乾杯!すばらしいひと時。
あっという間に、やってきて、過ぎ去っていく瞬間たち。「今」を生きることしかできない、なんていうのだけれど、その「今」というのも、やってきて過ぎ去っていく時の流れの一瞬を切り取った記憶の断片にすぎない。サロンカニングから帰ってきたら、ブエノスアイレスの空がうっすら白み始めていた。もう、あれは未来のことでも、今のことでもなく、過去のことなんだと思うと、なんだかさびしいような切ないような気持ちに。生きるってそういうこと。少し切なく今を見送っては、次の今、次の瞬間へ。
2011年12月05日
ブエノスアイレスにて#2 12/2−4 〜響きを感じ、考える〜
"PAUSA!"(もっと間をとって!) ブエノスアイレス滞在4日目、12/2のエル・ガルデル・デ・メデジンでのライブのとき、今回のツアーの現地制作をしてくれているダンサーのチノが、途中から一曲終わるごとにステージ前に言いに来るようになった。しかしお客さんからの拍手の圧力はすごい。一曲終わる事にミロンガでは普通相手との会話をしばらく楽しむのだが、そこでみんながこちらに大きな拍手をしてくれる。アンコールもかかった!だが途中でたしかにフロアが少し空いた時間帯があった。「間」をどうとるか。座って耳で聴いているのでなく、身体全体でダンスという形で聴いている人たちと響きあう演奏をどうするか。それでいて我々らしくないとツマラナイ。よっしゃ、やってみましょ。
12/3午後は、日本からの移民の一世の方々のデイケアセンターの忘年会に招かれて。まあ、みんな喜ぶこと!「タンゲーラ」が「荒城の月」のモチーフを使って作られた曲であることを紹介した後、少し原曲を弾いてみると、皆さん歌い始めた。声高に朗々と歌うのではなく、文字通り、静かに、底のほうからわきあがるように。「昔の光、今いずこ」のところで、なんだか涙が出そうになった。50年前に故郷を離れてアルゼンチンにやってきた人々なのだ。「赤とんぼ」「浜辺の歌」「ふるさと」も歌ってもらった。東北の被災者たちが泣きながら歌っていたことを思い出した。みるとリリさんの眼もみるみる真っ赤になってた。半世紀…いろんなことがあったのだろう。そうしたことのひとつひとつが、きっとこの歌声になって響いているのだと思った。
この日は夜、滞在しているサンテルモコロニアルのすぐ近くで開かれていた「日会バザー」へのゲスト出演もあり、一日で二箇所の演奏。こちらは二世・三世の方々が中心。こちらでも皆さんとにかく皆さん楽しんでくれて何より。
その後、タンゴのライブを観にいく。パブロ・アグリ・キンテートと、フリオ・パネ・トリオの豪華二本立て。これで60ペソ。前者は緻密なクラシック的なアンサンブル。パブロ・アグリはピアソラ五重奏団のヴァイオリニストだったアントニオアグリJr.。しかし5年半前にも彼の演奏を見たけれど、いっそうお父さんに似てきた。とくに弱音での美しいアンサンブルがすばらしく、洗練度とクオリティの高さに舌を巻く。
しかしその後で出てきたフリオ・パネ・トリオこそ圧巻。パブロアグリ四重奏団が全員譜面を一所懸命見ているのに対して、こちらはバンドネオンのフリオ・パネとピアニストが暗譜。コントラバス奏者も一応譜面台はあるがほとんど見ていない。視線を楽しそうにやりとりしながらの伸縮自在な演奏。厳密にいえばずれているところもあるのだけれど、それが大きなグルーヴ感をもって、ある一点に向かって突き進んでいき一致していくそのダイナミックさ。大きな蒸気機関車が次第に速度を上げながら疾走していき、それでいてちゃんと駅に着いて客を降ろす感じは、圧倒的。
こちらに着いて翌日の11/30にも、オルケスタ・ティピカ・フェルナンデス・フィエロのライブを観にいった。5年前に見たとき同様、開演時間を1時間押して、じれた客が何度も手拍子をするに到ってようやく開始。歌手を含む総勢12名の大編成。プグリエーセのスタイルをもっと激しくロック的な感覚(といってもロック調の曲があるということではない)で展開する。猛烈な勢い、激しさ。しかし5年前に観たときより音は厚みや重みを増し、充実していたように感じた。歌手のチノ・ラボルデは出てくるたびに色んな小道具を使ったりするが、楽団の激しさに彼の歌は全く負けることがない。むしろオルケスタを煽りたてるような歌。タンゴのもっている「力」を今に引継ぎ、展開しようとしている若い楽団は、自分たち自身のライブハウスCAFFで毎週水曜日にライブをやりつづけている。ライブ後、第一バイオリニストのブルーノと再会を喜び合う。こっちで友人がいるのは本当に嬉しいこと。
フェルナンデス・フィエロ、パブロ・アグリ、フリオ・パネ。それぞれにタンゴの伝統をそれぞれの仕方で今に受け継ぎ、響かせようとしている音楽家たち。そしてわれわれトリオ・ロス・ファンダンゴスも、そうありたいと思う。いや、ほんま。
追記:12/4 本番のないこの日は、一同でサンテルモのドレゴ広場にでかける。ケンジ&リリアナがすでに顔なじみになっている大道芸人のカルロス・ルーハンのところではやはりストリートライブに展開。カルロス・ガルデルの曲を歌いまくる芸で数十年ここでやってきたベテラン芸人さんとご一緒させていただく。芸人魂のこもった歌いまわし、はしょるとこはしょって、聴かせるところはうんと間をとって。すばらしい。我々の伴奏とあいまってみるみる人垣ができる。ケンジ&リリアナ石畳の上で踊る。秋元多恵子も歌う。楽しかった。
12/3午後は、日本からの移民の一世の方々のデイケアセンターの忘年会に招かれて。まあ、みんな喜ぶこと!「タンゲーラ」が「荒城の月」のモチーフを使って作られた曲であることを紹介した後、少し原曲を弾いてみると、皆さん歌い始めた。声高に朗々と歌うのではなく、文字通り、静かに、底のほうからわきあがるように。「昔の光、今いずこ」のところで、なんだか涙が出そうになった。50年前に故郷を離れてアルゼンチンにやってきた人々なのだ。「赤とんぼ」「浜辺の歌」「ふるさと」も歌ってもらった。東北の被災者たちが泣きながら歌っていたことを思い出した。みるとリリさんの眼もみるみる真っ赤になってた。半世紀…いろんなことがあったのだろう。そうしたことのひとつひとつが、きっとこの歌声になって響いているのだと思った。
この日は夜、滞在しているサンテルモコロニアルのすぐ近くで開かれていた「日会バザー」へのゲスト出演もあり、一日で二箇所の演奏。こちらは二世・三世の方々が中心。こちらでも皆さんとにかく皆さん楽しんでくれて何より。
その後、タンゴのライブを観にいく。パブロ・アグリ・キンテートと、フリオ・パネ・トリオの豪華二本立て。これで60ペソ。前者は緻密なクラシック的なアンサンブル。パブロ・アグリはピアソラ五重奏団のヴァイオリニストだったアントニオアグリJr.。しかし5年半前にも彼の演奏を見たけれど、いっそうお父さんに似てきた。とくに弱音での美しいアンサンブルがすばらしく、洗練度とクオリティの高さに舌を巻く。
しかしその後で出てきたフリオ・パネ・トリオこそ圧巻。パブロアグリ四重奏団が全員譜面を一所懸命見ているのに対して、こちらはバンドネオンのフリオ・パネとピアニストが暗譜。コントラバス奏者も一応譜面台はあるがほとんど見ていない。視線を楽しそうにやりとりしながらの伸縮自在な演奏。厳密にいえばずれているところもあるのだけれど、それが大きなグルーヴ感をもって、ある一点に向かって突き進んでいき一致していくそのダイナミックさ。大きな蒸気機関車が次第に速度を上げながら疾走していき、それでいてちゃんと駅に着いて客を降ろす感じは、圧倒的。
こちらに着いて翌日の11/30にも、オルケスタ・ティピカ・フェルナンデス・フィエロのライブを観にいった。5年前に見たとき同様、開演時間を1時間押して、じれた客が何度も手拍子をするに到ってようやく開始。歌手を含む総勢12名の大編成。プグリエーセのスタイルをもっと激しくロック的な感覚(といってもロック調の曲があるということではない)で展開する。猛烈な勢い、激しさ。しかし5年前に観たときより音は厚みや重みを増し、充実していたように感じた。歌手のチノ・ラボルデは出てくるたびに色んな小道具を使ったりするが、楽団の激しさに彼の歌は全く負けることがない。むしろオルケスタを煽りたてるような歌。タンゴのもっている「力」を今に引継ぎ、展開しようとしている若い楽団は、自分たち自身のライブハウスCAFFで毎週水曜日にライブをやりつづけている。ライブ後、第一バイオリニストのブルーノと再会を喜び合う。こっちで友人がいるのは本当に嬉しいこと。
フェルナンデス・フィエロ、パブロ・アグリ、フリオ・パネ。それぞれにタンゴの伝統をそれぞれの仕方で今に受け継ぎ、響かせようとしている音楽家たち。そしてわれわれトリオ・ロス・ファンダンゴスも、そうありたいと思う。いや、ほんま。
追記:12/4 本番のないこの日は、一同でサンテルモのドレゴ広場にでかける。ケンジ&リリアナがすでに顔なじみになっている大道芸人のカルロス・ルーハンのところではやはりストリートライブに展開。カルロス・ガルデルの曲を歌いまくる芸で数十年ここでやってきたベテラン芸人さんとご一緒させていただく。芸人魂のこもった歌いまわし、はしょるとこはしょって、聴かせるところはうんと間をとって。すばらしい。我々の伴奏とあいまってみるみる人垣ができる。ケンジ&リリアナ石畳の上で踊る。秋元多恵子も歌う。楽しかった。
2011年12月03日
ブエノスアイレスにて#1 11/29-12/2 〜「出来事」について〜
12月1日、滞在3日目、ブエノスアイレスで予定されていた最初のライブが当日にキャンセルされた。会場コンフィテリア・イデアルが、税金の滞納か何かで、市の差し押さえを食らったという。晴天の霹靂。
しかしこちらでの「予想外」「予定外」は既に初めてではない。滞在初日深夜に出かけたカテドラルのミロンガで早速持ち上がった1週間後のラジオ出演や、そこでの2週間後の演奏の話。滞在2日目、ラジオ番組収録終了後、階下の別スタジオのタンゴ番組収録を見にいってその場で決まった1週間後の出演も。3日目の一日お昼ごろ、部屋で練習していたいわつなおこの音に、オランダ人宿泊客が「タンゴを演って!」と懇願、一人また一人とメンバーが加わりケンジ&リリアナも加わり、宿泊客やホテルの従業員たちが集まり、楽しいライブになり、オランダに来て!と真顔で言われたのも。他にもまだまだ、ある。ちょっとしたきっかけや思いつきから、どんどん予想外の出来事が生まれ展開していく。こちらにきて4日にして、滞在中の動きのイメージは完全に変わった。面白がってどんどん出会いを広げてくれるケンジ&リリアナ、出来事に付き合い、対応してくれる現地制作のチノ&ミホに、感謝ばかり。
出来事、というのは、予想外で予定外、意外で案外。それは突然「出」てきて、向こうからいきなりやって「来」る「事」件。そこからどんどん新しいことが生まれ、始まり、全てが変わって行く。生きているということはそういうことなのだろう。
勿論、出来事は嬉しく楽しいものばかりではない。ライブが流れるのも愉快ではない。悲しい出来事だって生きていればやってくる。でも大切なのは、それらに対してさえ、いわば「来てもいいよ」とやさしく自分を開いておくことなのかもしれない。
予想するということではない。柔らかく、構えておく。構えないのにも近いかもしれないが、やはりある種の構えは要るだろう。出来事を受け入れ、そこから新しく動きを作っていくための備え、姿勢、体勢、態度。それは演奏にも通じるし、生き方そのものにも通じていると思う。
最近のソロライブで、同じような事を感じた。一応モチーフはあって、それを意識しながらも、それに縛られずそれと対話するやり方。そして最初から展開を決めてそれをなぞるのではなく、演奏の中で起きる予想外や意外な出来事をそのまま利用する。まるで、演奏のあちこちに突然生じてしまった亀裂や割れ目裂け目から、次々に新しい芽や葉っぱが萌え出てきて成長し、生い繁っていくような感覚で、自分でも次の展開がわからず、ドキドキわくわくしながらの緊張感が楽しかった。まるで他者のような自分との対話の出来事。
これまでに現地で決まった予定外の演奏は六件を数える。すでにやったホテルでの突発ライブもあわせると、全部で元々六回の出演予定がすでに12回。ラジオも2本増えて計3本に。
今夜、ようやく今回初めての正式なライブ。しかし出来事はもうとっくに始まっている。その物語の中に巻き込まれ取り込まれているにすぎないのかもしれない。笑い、踊りながら、さあ行こう。VAMOS! (12月2日記)
追記:初日12月2日のミロンガライブの会場エル・ガルデル・デ・メデジンに行くと、なんと5年半前にタンゴの節句を一緒に演ってくれたダンサー・ルイサに会えた。嬉しかったなあ。あれから随分時が経ったようにも、つい昨日のことのようにも思う。
ミロンガではお客さんはみんなとっても楽しそうだった。ミロンガのオーガナイザーもえらい喜んでくれた。オープニングのケンジ&リリアナのダンスと我々の演奏を、息を呑み静まりかえって聴き観たお客さんたちは、その後の我々だけの演奏の一曲目ですごい圧力の拍手をくれて、一斉に踊りだした。我々の演奏で踊ってもらうことは、いわば身体で聴いてもらうこと。そのことの意味を考えながら、今日からまた。
今日は日本人デイケアと日本人協会でそれぞれライブ。
行きます、ますます、mas (もっと)!
しかしこちらでの「予想外」「予定外」は既に初めてではない。滞在初日深夜に出かけたカテドラルのミロンガで早速持ち上がった1週間後のラジオ出演や、そこでの2週間後の演奏の話。滞在2日目、ラジオ番組収録終了後、階下の別スタジオのタンゴ番組収録を見にいってその場で決まった1週間後の出演も。3日目の一日お昼ごろ、部屋で練習していたいわつなおこの音に、オランダ人宿泊客が「タンゴを演って!」と懇願、一人また一人とメンバーが加わりケンジ&リリアナも加わり、宿泊客やホテルの従業員たちが集まり、楽しいライブになり、オランダに来て!と真顔で言われたのも。他にもまだまだ、ある。ちょっとしたきっかけや思いつきから、どんどん予想外の出来事が生まれ展開していく。こちらにきて4日にして、滞在中の動きのイメージは完全に変わった。面白がってどんどん出会いを広げてくれるケンジ&リリアナ、出来事に付き合い、対応してくれる現地制作のチノ&ミホに、感謝ばかり。
出来事、というのは、予想外で予定外、意外で案外。それは突然「出」てきて、向こうからいきなりやって「来」る「事」件。そこからどんどん新しいことが生まれ、始まり、全てが変わって行く。生きているということはそういうことなのだろう。
勿論、出来事は嬉しく楽しいものばかりではない。ライブが流れるのも愉快ではない。悲しい出来事だって生きていればやってくる。でも大切なのは、それらに対してさえ、いわば「来てもいいよ」とやさしく自分を開いておくことなのかもしれない。
予想するということではない。柔らかく、構えておく。構えないのにも近いかもしれないが、やはりある種の構えは要るだろう。出来事を受け入れ、そこから新しく動きを作っていくための備え、姿勢、体勢、態度。それは演奏にも通じるし、生き方そのものにも通じていると思う。
最近のソロライブで、同じような事を感じた。一応モチーフはあって、それを意識しながらも、それに縛られずそれと対話するやり方。そして最初から展開を決めてそれをなぞるのではなく、演奏の中で起きる予想外や意外な出来事をそのまま利用する。まるで、演奏のあちこちに突然生じてしまった亀裂や割れ目裂け目から、次々に新しい芽や葉っぱが萌え出てきて成長し、生い繁っていくような感覚で、自分でも次の展開がわからず、ドキドキわくわくしながらの緊張感が楽しかった。まるで他者のような自分との対話の出来事。
これまでに現地で決まった予定外の演奏は六件を数える。すでにやったホテルでの突発ライブもあわせると、全部で元々六回の出演予定がすでに12回。ラジオも2本増えて計3本に。
今夜、ようやく今回初めての正式なライブ。しかし出来事はもうとっくに始まっている。その物語の中に巻き込まれ取り込まれているにすぎないのかもしれない。笑い、踊りながら、さあ行こう。VAMOS! (12月2日記)
追記:初日12月2日のミロンガライブの会場エル・ガルデル・デ・メデジンに行くと、なんと5年半前にタンゴの節句を一緒に演ってくれたダンサー・ルイサに会えた。嬉しかったなあ。あれから随分時が経ったようにも、つい昨日のことのようにも思う。
ミロンガではお客さんはみんなとっても楽しそうだった。ミロンガのオーガナイザーもえらい喜んでくれた。オープニングのケンジ&リリアナのダンスと我々の演奏を、息を呑み静まりかえって聴き観たお客さんたちは、その後の我々だけの演奏の一曲目ですごい圧力の拍手をくれて、一斉に踊りだした。我々の演奏で踊ってもらうことは、いわば身体で聴いてもらうこと。そのことの意味を考えながら、今日からまた。
今日は日本人デイケアと日本人協会でそれぞれライブ。
行きます、ますます、mas (もっと)!
2011年11月24日
梶山シュウ×谷本仰デュオ終了!
梶山シュウとの2デイズ終了。初日はそれぞれのソロを。じゃんけんで出順を決め、梶山シュウ先発。まあほんとに美しくびしびし決めてくれること。あっけにとられて口あんぐり。表現のための技術の、求道的とさえいえるほどの妥協なき追求。すごいなあ。
おかげで後発のあたしの破れかぶれグアイが目立つこと。致し方なく生じる様々な裂け目から芽を出し、漏れ出し流れだしてきたものを、新しい展開のきっかけに。自分でやってるのに、どう展開し、どこへ向かうのかわからないスリルとサスペンス。わはは。
この違った両者が翌日の完全即興デュオになると、面白いほどに絡み合い、かみ合い、展開していく。楽しい対話ってのは、そういうこと。一見、突拍子もない奇をてらったように見えるようなことも、ちゃんと音楽になる。別に変わったことがやりたいのではない。音を対話的に楽しみたい。それだけ。お客さんもぐぐぐっと前のめりになって集中したり、ほぉぉとため息をついたかと思うと、げらげら大笑いしたり。即興が、小難しくて深刻なものである必要などマッタク御座いませんのでね。とにかく皆さん楽しんでくれた。ありがたいこと。
そうそう、即興歌の呼応なんて新しいこともあった。全く違った視点、視線の歌同士の即興的対話、交錯。歌が「私」からハミダシていくおもしろさ。「私・たち」の間で生じる歌の交流。二つの声の交錯による唸りの発生のようなことが歌にも起きる可能性はないか。ワカランけど。
夜、少し呑みながらそれぞれの音楽的な越し方などを交換。これもたぶん、次への備え。広島→北九州→広島→北九州。これで4回、か。さらに面白くなってきたゾ。よっしゃ今度は広島2デイズいや3デイズ、いやいっそツアーだ。ホンマカイナ。
おかげで後発のあたしの破れかぶれグアイが目立つこと。致し方なく生じる様々な裂け目から芽を出し、漏れ出し流れだしてきたものを、新しい展開のきっかけに。自分でやってるのに、どう展開し、どこへ向かうのかわからないスリルとサスペンス。わはは。
この違った両者が翌日の完全即興デュオになると、面白いほどに絡み合い、かみ合い、展開していく。楽しい対話ってのは、そういうこと。一見、突拍子もない奇をてらったように見えるようなことも、ちゃんと音楽になる。別に変わったことがやりたいのではない。音を対話的に楽しみたい。それだけ。お客さんもぐぐぐっと前のめりになって集中したり、ほぉぉとため息をついたかと思うと、げらげら大笑いしたり。即興が、小難しくて深刻なものである必要などマッタク御座いませんのでね。とにかく皆さん楽しんでくれた。ありがたいこと。
そうそう、即興歌の呼応なんて新しいこともあった。全く違った視点、視線の歌同士の即興的対話、交錯。歌が「私」からハミダシていくおもしろさ。「私・たち」の間で生じる歌の交流。二つの声の交錯による唸りの発生のようなことが歌にも起きる可能性はないか。ワカランけど。
夜、少し呑みながらそれぞれの音楽的な越し方などを交換。これもたぶん、次への備え。広島→北九州→広島→北九州。これで4回、か。さらに面白くなってきたゾ。よっしゃ今度は広島2デイズいや3デイズ、いやいっそツアーだ。ホンマカイナ。
2011年11月12日
ついに完成!ホームレスエイドCD「わたしのあおぞら」!!
2007年に出したホームレスエイドCD「ゴーイングホーム」から4年半。第二弾エイドCD「わたしのあおぞら」ついに完成!
録音開始は今年1月。3.11をはさみ、4月に録音終了。ミックスダウン、マスタリング、ブックレット制作に半年を要し、そしてついに。ええのができました。
収録曲:わたしのあおぞら、仕事さがし、初恋、影を慕いて、The Rose、自転車に乗って、友よ、上を向いて歩こう、星空のタオ、こうてい、七つの子、わたしのあおぞら。全12曲。
演奏:谷本仰&his friends:谷本仰(歌・ヴァイオリン)、中島由紀子(ビアノ)、フクヤマワタル(コントラバス)、原田敏夫(ギター)。
題字はあの黒田征太郎さん。そしてブックレットなどのイラストはうどのあすか。ジャケットなどの空の写真はわたくしが撮影。ウチの近所と、福岡のホームレス自立支援施設「抱樸館福岡」の裏で。
ブックレットには、奥田知志牧師/ホームレス支援機構理事長の文章、そしてワタクシの曲解説。録音裏話も。
1枚2000円。販売収益は全てNPO法人北九州ホームレス支援機構に寄付します。当支援機構のサポートを得て、これまでに1300人を越えるホームレスが路上からの脱出を果たしました。しかし賛同者からのカンパに頼る活動は常に財政難、そして震災でさらに苦境に立たされています。ぜひCDをお買い求めください。そして販売協力もぜひお願いいたします!!
11/15にはJR黒崎駅横の子どもの館ホールにて午後7時より、谷本仰&his friendsによるCD完成記念・お披露目レコ発コンサート。なんと入場無料(募金あり)。CD即売します。ぜひお誘いあわせの上おいでください!!

録音開始は今年1月。3.11をはさみ、4月に録音終了。ミックスダウン、マスタリング、ブックレット制作に半年を要し、そしてついに。ええのができました。
収録曲:わたしのあおぞら、仕事さがし、初恋、影を慕いて、The Rose、自転車に乗って、友よ、上を向いて歩こう、星空のタオ、こうてい、七つの子、わたしのあおぞら。全12曲。
演奏:谷本仰&his friends:谷本仰(歌・ヴァイオリン)、中島由紀子(ビアノ)、フクヤマワタル(コントラバス)、原田敏夫(ギター)。
題字はあの黒田征太郎さん。そしてブックレットなどのイラストはうどのあすか。ジャケットなどの空の写真はわたくしが撮影。ウチの近所と、福岡のホームレス自立支援施設「抱樸館福岡」の裏で。
ブックレットには、奥田知志牧師/ホームレス支援機構理事長の文章、そしてワタクシの曲解説。録音裏話も。
1枚2000円。販売収益は全てNPO法人北九州ホームレス支援機構に寄付します。当支援機構のサポートを得て、これまでに1300人を越えるホームレスが路上からの脱出を果たしました。しかし賛同者からのカンパに頼る活動は常に財政難、そして震災でさらに苦境に立たされています。ぜひCDをお買い求めください。そして販売協力もぜひお願いいたします!!
11/15にはJR黒崎駅横の子どもの館ホールにて午後7時より、谷本仰&his friendsによるCD完成記念・お披露目レコ発コンサート。なんと入場無料(募金あり)。CD即売します。ぜひお誘いあわせの上おいでください!!

2011年11月07日
11/3〜11/6 バザー、小松亮太、two、トリオ・ロス・ファンダンゴス 怒涛の4日間を振り返る
11/3 教会バザー。二日前から仕込んだカレーの出来も上々。皆さんに喜んでいただけてなにより。それにしても今回は地域の方々が沢山のバザー用品を提供してくださり、本当にありがたかった。3月に呼びかけた震災被災者支援物資の提供が、今回のバザーにもつながったのかもしれない。教会の考えていることや、関わりや、目指していることも、地域の方々からしっかり見守れているのかもしれないと思うと、うれしいだけではなく、責任も感じる。ちゃんとやるべきシゴトをすること、だ。みなさんありがとう。教会の皆さんおつかれさま。
11/4 東京は浜田山会館ホールにて小松亮太キングオブタンゴのリハ。前日のバザーの疲れもとれぬまま、北九州空港からスターフライヤーで。機内のオーディオサービス放送でむささびモモンガーズの「テリトリー巡回のうた」がかかり、狂喜。
リハは午後1時から5時まで。やっぱり悪戦苦闘、脂汗たらりたらり。終了後、小松・近藤ご夫妻と夕食。戦後のタンゴブーム世代のタンゴファンは70〜80代の方々も多く、そんな方々の前でコンサートができる今のうちにこれをやることに意味がある、というような話に、なるほどなあ。すっかりご馳走になり、たらふく。楽しかった。ホテルに入ってからまた譜面とにらめっこ。
11/5 キングオブタンゴ公演当日。会場の小田原市民会館は歴史を感じさせるいい雰囲気のホール。東日本大震災チャリティコンサートで入場料なんと1000円。当然売り切れ。メンバーは以下。バンドネオン小松亮太、北村聡、ヴァイオリン近藤久美子、谷本仰、ヴィオラ御法川雄矢、チェロ伊藤文嗣、ギター桜井芳樹、コントラバス松永孝義、ドラムス佐竹尚史、パーカッション小林輝未、ピアノ三枝伸太郎、総勢11名。めったに経験できない大規模のタンゴオルケスタ。アンサンブルの多様さと厚みは本当におもしろい。全員一丸となる部分はまるで大きな竜がうねり飛んでいくような感じ。何個所かアタシにもソロがあって、特に歌メロそのままの部分はタンゴの歌いまわしたっぷりに自由に。そうか、このあたりが若手のバリバリのクラシックの人たちの居並ぶ弦セクションの中にアタシが居る理由かあ、などと思ったり。しかし彼らの演奏の確かさ、うまさには舌を巻く。精進しなくちゃ。しかし近藤久美子さんの演奏はやっぱりすばらしかった。本当に群を抜いているタンゴヴァイオリン。とにかく沢山のお客さんに楽しんでもらえてナニヨリでした。
そうそう、3/19に上演のはずが震災で公演中止となった「ブエノスアイレスのマリア」、2013年の6月にオペラシティで上演決定。タノシミ。あちこちで地方公演もやりたいもんデス。
で、打ち上げもそこそこに新幹線で東京に戻り、飛行機で北九州に急ぎ戻り、夜半過ぎに小倉のキーハットにエレクトリックの機材と共に入る。若林美保と大槻オサムとのユニット"two"の深夜ライブ。身体のつむいでいく動き、身体と身体の対話性、音や音楽の力。それらが交流しあうライブだけれど、いつものように何の約束事もなし。観ている人の中に立ち上がってくるそれぞれのモノガタリに委ねる。観る側が脳内で結びつけ関連づけるtwo。とてもダイナミックで自由な現象が起きているのだろうなあ、みんなの中で。
11/6 午前中はもちろん教会の日曜日の礼拝。バザーを通じて気づかされたことなども含めて。よわっちくて傷ついてる者たちに「それでも、信じるあなたたちが地の塩、世の光だよ」と語りかける聖書の言葉を語っているうちに、なんだかとっても嬉しくて笑ってるのに、涙がとめどなく流れ出てた。
午後から小倉芸術劇場小劇場にてケイトミュージック音楽教室発表会(おとな編)のお手伝い。一所懸命練習してきた皆さんの歌。いい加減にはできない。こちらも一所懸命サポート。そしてトリオ・ロス・ファンダンゴス。最近のわれわれの演奏は、すごくダイナミックになっているのだけれど、この日はさらにものすごいことになってた。キングオブタンゴ公演に参加して、逆にトリオ・ロス・ファンダンゴスの面白さも再確認しながら。とにかく楽しくって仕方がなかった。お客さんも一気に巻き込まれてやんやわあわあ大喜び。こんな感じでブエノスアイレスツアーに突入するのだな、うむ。
てなわけで、ひさしぶりのライブ日記でした。おお、近藤久美子ブログにアタシが。http://kurovl.exblog.jp/17063993/
11/4 東京は浜田山会館ホールにて小松亮太キングオブタンゴのリハ。前日のバザーの疲れもとれぬまま、北九州空港からスターフライヤーで。機内のオーディオサービス放送でむささびモモンガーズの「テリトリー巡回のうた」がかかり、狂喜。
リハは午後1時から5時まで。やっぱり悪戦苦闘、脂汗たらりたらり。終了後、小松・近藤ご夫妻と夕食。戦後のタンゴブーム世代のタンゴファンは70〜80代の方々も多く、そんな方々の前でコンサートができる今のうちにこれをやることに意味がある、というような話に、なるほどなあ。すっかりご馳走になり、たらふく。楽しかった。ホテルに入ってからまた譜面とにらめっこ。
11/5 キングオブタンゴ公演当日。会場の小田原市民会館は歴史を感じさせるいい雰囲気のホール。東日本大震災チャリティコンサートで入場料なんと1000円。当然売り切れ。メンバーは以下。バンドネオン小松亮太、北村聡、ヴァイオリン近藤久美子、谷本仰、ヴィオラ御法川雄矢、チェロ伊藤文嗣、ギター桜井芳樹、コントラバス松永孝義、ドラムス佐竹尚史、パーカッション小林輝未、ピアノ三枝伸太郎、総勢11名。めったに経験できない大規模のタンゴオルケスタ。アンサンブルの多様さと厚みは本当におもしろい。全員一丸となる部分はまるで大きな竜がうねり飛んでいくような感じ。何個所かアタシにもソロがあって、特に歌メロそのままの部分はタンゴの歌いまわしたっぷりに自由に。そうか、このあたりが若手のバリバリのクラシックの人たちの居並ぶ弦セクションの中にアタシが居る理由かあ、などと思ったり。しかし彼らの演奏の確かさ、うまさには舌を巻く。精進しなくちゃ。しかし近藤久美子さんの演奏はやっぱりすばらしかった。本当に群を抜いているタンゴヴァイオリン。とにかく沢山のお客さんに楽しんでもらえてナニヨリでした。
そうそう、3/19に上演のはずが震災で公演中止となった「ブエノスアイレスのマリア」、2013年の6月にオペラシティで上演決定。タノシミ。あちこちで地方公演もやりたいもんデス。
で、打ち上げもそこそこに新幹線で東京に戻り、飛行機で北九州に急ぎ戻り、夜半過ぎに小倉のキーハットにエレクトリックの機材と共に入る。若林美保と大槻オサムとのユニット"two"の深夜ライブ。身体のつむいでいく動き、身体と身体の対話性、音や音楽の力。それらが交流しあうライブだけれど、いつものように何の約束事もなし。観ている人の中に立ち上がってくるそれぞれのモノガタリに委ねる。観る側が脳内で結びつけ関連づけるtwo。とてもダイナミックで自由な現象が起きているのだろうなあ、みんなの中で。
11/6 午前中はもちろん教会の日曜日の礼拝。バザーを通じて気づかされたことなども含めて。よわっちくて傷ついてる者たちに「それでも、信じるあなたたちが地の塩、世の光だよ」と語りかける聖書の言葉を語っているうちに、なんだかとっても嬉しくて笑ってるのに、涙がとめどなく流れ出てた。
午後から小倉芸術劇場小劇場にてケイトミュージック音楽教室発表会(おとな編)のお手伝い。一所懸命練習してきた皆さんの歌。いい加減にはできない。こちらも一所懸命サポート。そしてトリオ・ロス・ファンダンゴス。最近のわれわれの演奏は、すごくダイナミックになっているのだけれど、この日はさらにものすごいことになってた。キングオブタンゴ公演に参加して、逆にトリオ・ロス・ファンダンゴスの面白さも再確認しながら。とにかく楽しくって仕方がなかった。お客さんも一気に巻き込まれてやんやわあわあ大喜び。こんな感じでブエノスアイレスツアーに突入するのだな、うむ。
てなわけで、ひさしぶりのライブ日記でした。おお、近藤久美子ブログにアタシが。http://kurovl.exblog.jp/17063993/
2011年08月06日
ホシハ チカニ オドル2011博多公演 7/23-27 tweet まとめ
チェルノブイリ原発事故、東海村JCO臨界事故、そして。光のもたらした闇。闇のもたらす光。7/25-26、「ホシハチカニオドル」福岡公演。博多ぽんプラザホールにて、大槻オサムの芝居・身体表現と、谷本仰の音楽で綴る星たちのモノガタリ。(7/23)
明日が今日になった。今日は昨日に、そして明後日は明日に。「ホシハ チカニ オドル」福岡公演は、明日・明後日(7/25-26)、博多は祇園のぽんプラザホールにて。ほんまにみんな来てほしい。反?脱?いや、弔。(7/24)
ホシハ チカニ オドル博多公演初日終了。ゆっくりした芝居に見えて実はものすごいスピードの対話が秘められている。その感じはこれまでにないほど強い。 (7/26 以下続く)
当たり前のように淡々と同じ作品を上演して、3・11以後の状況にもちゃんと通じる作品。やってみてお客さんの深々とした反応がそれを如実に物語る。終演後、なかなか帰らなかったもんなあ、みんな。
もちろん演る側のわれわれも当然3・11に揺さぶられ呑み込まれ、変わったにちがいない。今回の作品における変化は、台本に表れないそうしたやる側、観る側の変化を示しているのかもしれない。
さあ、今日で博多公演は終わり。みんな来てね。自分で言うのもなんですが、いい作品です。ホシタチの大事なモノガタリです。19時半開演、博多区祇園のぽんプラザホールにて。「ホシハ チカニ オドル」。芝居・身体表現 大槻オサム、音楽・演奏 谷本仰。
いよいよ迫りました「ホシハ チカニ オドル」博多・最終公演。キャナルシティ横の「ぽんプラザホール」にて、19時半開演。今、この瞬間に交わされる、永遠の対話。遠いホシたちの、哀しくもやさしいモノガタリたち。芝居と身体表現は大槻オサム、演奏は谷本仰。きてね。(以上 7/26)
「ホシハ チカニ オドル」博多公演終了。昨夜の公演では台詞がぐぐぐと入ってきて危うく泣きそうになった。いかんいかん。むせび泣くのはオイラのヴァイオリンで十分さ。ふ。(7/27 以下続く)
今回の上演にあたっては、一瞬考えた。このまま上演していいか。中身を変える必要はないか。311直後にそのことを。結論はすぐに出た。そのまま、やる。変える必要はない。いや、変えるべきではない、とさえ思った。深く抉られた世界のキズアトたちが、この作品の背景であり出発点なのだから。
もし311を契機にモノガタリを変更しなければならないのなら、そもそもわれわれの「世界のキズアト」たちへの思いは、たかだかそれほどのものだったことになる。そうなのか?ちがう。そう思った。今回われわれはこの公演を静かな思いで迎えた。やるべきことは定まっている。それは多分確信だった。
「311」も、闇の夜空の中で、新しいホシの光として輝いている、かもしれない。いやすでに輝いていたのかもしれない。それはまだ見えない、かもしれない。しかし届く、はずだ。もう、すぐ。何百万年も何千万年も、何億年も昔に、その光は旅を始めているはずだ。
ぼくの足元の機材のはずれに、石を二つころがしておいた。陸前高田市で拾ってきた石たち。とても滑らかな、海の石たち。破壊されてプラットホームだけが残った駅の線路はそんな石たちで埋め尽くされていた。ステージの隅っこになんかそれを置きたくなったのだった。
二夜目のゲスト山中陽子さんとのおしゃべりも楽しかった。100公演めざします、なんて言ったけれど、年間10公演やったとして10年かかる。わはは、こりゃ大変だわい。さあ、次、行ってみよう。みなさんありがとうござました。「ホシハ チカニ オドル」これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
…やっぱり考えるのは、目の前のお客さんたちだけでなく、チカの者たち、ホシたちにとってはどうだったかなあ、ということ。できれば彼ら彼女らと一緒に泣き笑い踊るような作品にしたいと願ったのだけれど。せめて「ちょっと違うけど、まあ、ええわ。まあまあやな」と笑って頷いてくれたら、幸い。(以上 7/27)
オマケ
さつま木挽、ロックだぜ。そういえば、ニガヨモギの森の妖精の置き土産だ。スパシーバ。(7/28)
明日が今日になった。今日は昨日に、そして明後日は明日に。「ホシハ チカニ オドル」福岡公演は、明日・明後日(7/25-26)、博多は祇園のぽんプラザホールにて。ほんまにみんな来てほしい。反?脱?いや、弔。(7/24)
ホシハ チカニ オドル博多公演初日終了。ゆっくりした芝居に見えて実はものすごいスピードの対話が秘められている。その感じはこれまでにないほど強い。 (7/26 以下続く)
当たり前のように淡々と同じ作品を上演して、3・11以後の状況にもちゃんと通じる作品。やってみてお客さんの深々とした反応がそれを如実に物語る。終演後、なかなか帰らなかったもんなあ、みんな。
もちろん演る側のわれわれも当然3・11に揺さぶられ呑み込まれ、変わったにちがいない。今回の作品における変化は、台本に表れないそうしたやる側、観る側の変化を示しているのかもしれない。
さあ、今日で博多公演は終わり。みんな来てね。自分で言うのもなんですが、いい作品です。ホシタチの大事なモノガタリです。19時半開演、博多区祇園のぽんプラザホールにて。「ホシハ チカニ オドル」。芝居・身体表現 大槻オサム、音楽・演奏 谷本仰。
いよいよ迫りました「ホシハ チカニ オドル」博多・最終公演。キャナルシティ横の「ぽんプラザホール」にて、19時半開演。今、この瞬間に交わされる、永遠の対話。遠いホシたちの、哀しくもやさしいモノガタリたち。芝居と身体表現は大槻オサム、演奏は谷本仰。きてね。(以上 7/26)
「ホシハ チカニ オドル」博多公演終了。昨夜の公演では台詞がぐぐぐと入ってきて危うく泣きそうになった。いかんいかん。むせび泣くのはオイラのヴァイオリンで十分さ。ふ。(7/27 以下続く)
今回の上演にあたっては、一瞬考えた。このまま上演していいか。中身を変える必要はないか。311直後にそのことを。結論はすぐに出た。そのまま、やる。変える必要はない。いや、変えるべきではない、とさえ思った。深く抉られた世界のキズアトたちが、この作品の背景であり出発点なのだから。
もし311を契機にモノガタリを変更しなければならないのなら、そもそもわれわれの「世界のキズアト」たちへの思いは、たかだかそれほどのものだったことになる。そうなのか?ちがう。そう思った。今回われわれはこの公演を静かな思いで迎えた。やるべきことは定まっている。それは多分確信だった。
「311」も、闇の夜空の中で、新しいホシの光として輝いている、かもしれない。いやすでに輝いていたのかもしれない。それはまだ見えない、かもしれない。しかし届く、はずだ。もう、すぐ。何百万年も何千万年も、何億年も昔に、その光は旅を始めているはずだ。
ぼくの足元の機材のはずれに、石を二つころがしておいた。陸前高田市で拾ってきた石たち。とても滑らかな、海の石たち。破壊されてプラットホームだけが残った駅の線路はそんな石たちで埋め尽くされていた。ステージの隅っこになんかそれを置きたくなったのだった。
二夜目のゲスト山中陽子さんとのおしゃべりも楽しかった。100公演めざします、なんて言ったけれど、年間10公演やったとして10年かかる。わはは、こりゃ大変だわい。さあ、次、行ってみよう。みなさんありがとうござました。「ホシハ チカニ オドル」これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
…やっぱり考えるのは、目の前のお客さんたちだけでなく、チカの者たち、ホシたちにとってはどうだったかなあ、ということ。できれば彼ら彼女らと一緒に泣き笑い踊るような作品にしたいと願ったのだけれど。せめて「ちょっと違うけど、まあ、ええわ。まあまあやな」と笑って頷いてくれたら、幸い。(以上 7/27)
オマケ
さつま木挽、ロックだぜ。そういえば、ニガヨモギの森の妖精の置き土産だ。スパシーバ。(7/28)
2011年06月25日
てんでんこの歌たち
叫ぶんだ
歌うんだ
今が、そのときだ
誰はばかることなく
あの哀しい目の人のほうが
もっと叫びたいのではないかなどと
慮る必要など、ないのだ
もうたくさんだ
わたしはわたしの叫びを歌う
おまえはおまえの歌を叫べ
てんでんこの歌たちは
近くで遠くで互いに呼応し
地下からの声と相和し
うなりとなって
このホシをゆさぶる
何億光年の彼方にもやがてその知らせは届くだろう
叫べ歌え、阿呆ども
今が、そのときだ
歌うんだ
今が、そのときだ
誰はばかることなく
あの哀しい目の人のほうが
もっと叫びたいのではないかなどと
慮る必要など、ないのだ
もうたくさんだ
わたしはわたしの叫びを歌う
おまえはおまえの歌を叫べ
てんでんこの歌たちは
近くで遠くで互いに呼応し
地下からの声と相和し
うなりとなって
このホシをゆさぶる
何億光年の彼方にもやがてその知らせは届くだろう
叫べ歌え、阿呆ども
今が、そのときだ
2011年05月28日
タンゴは笑い歌い、踊る 〜タンゴの節句2011〜
トリオ・ロス・ファンダンゴスとケンジ&リリアナの「タンゴの節句2011」が終わった。2002年から始まったこのアルゼンチンタンゴの演奏とダンスのショウは今回で実に10回目。
今回のプログラムには特徴があった。それは、明るく、展開が速いこと。これまで必ずやっていた重く、深く悲しい曲調の作品は、今回のプログラムには入らなかった。そして、ゆっくりした深みのある曲をやった後は必ずすぐに、明るく、スピード感のある曲につないだ。曲の説明などMCトークも極力減らし、曲とダンスをどんどんつないだ。日を追うごとに、このつながりはさらにスピードを増し、プログラムは明るさを増した。
震災のことと無関係ではなかったかもしれない。気持ちが落ちないように。沈み込んでしまわないように。元気になっていくように。特に意識したわけではないのだけれど、誰もが揺らされて悲しみや傷を負っており、それは我々5人も同じ。このプログラムは、私たち自身のためのものでもあったのかもしれない。
10周年企画も盛り込んだ。プログラムには我々の12年間の歩みをまとめて入れた。お客さんと一緒にはずれ馬券の紙ふぶきを空にまいた。このアイデアを10周年の特別企画としたいと思う、といわつなおこに告げられてケンジさんは「そ、そ、そ、それだけかいっ…」と呆れ、絶句したという。小倉公演の2日目からは開演前に客席の下に、はずれ馬券を封筒に入れてはりつけて隠し、お客さんに探してみつけてもらうことにした。日を追うごとに封筒は増やされ、毎回沢山の紙ふぶきが美しく宙に舞った。トリオ・ロス・ファンダンゴス史上初めて、前半と後半で衣装を白から赤に着替えた。福岡公演からは、ダンススペース中央でいわつなおことぼくが背中合わせになってくるくる回りながら演奏したりした。そうやって迎えた最終日、毎年お酒も入って荒れぎみになる下関酒造での千秋楽は、今回の6公演で一番演奏のクオリティが高く、いいステージになった。
色んなことを経験しながら、ついにここまで来た。しかしこれは、旅の途中の風景に過ぎないのだと思う。ここからまた新しい旅が始まる。6月には関西ツアーが、9月には東京ツアー、そして12月には念願の第2回目のブエノスアイレスツアーも予定されている。できれば被災地にもタンゴと共に旅をしたい。
この上なく楽しいのに、タンゴは深い悲しみを抱えている。故郷を棄てた人、居場所を失った人、深い後悔を抱えた人。うまくいかない人生。タンゴはそうした人や人生の音楽だ。震災の情況の中で、タンゴはだからこそまるで、いのちの息を吹き込まれたかのように活き活きと歌い、笑い、泣き、踊ったのかも、しれない。
今回のプログラムには特徴があった。それは、明るく、展開が速いこと。これまで必ずやっていた重く、深く悲しい曲調の作品は、今回のプログラムには入らなかった。そして、ゆっくりした深みのある曲をやった後は必ずすぐに、明るく、スピード感のある曲につないだ。曲の説明などMCトークも極力減らし、曲とダンスをどんどんつないだ。日を追うごとに、このつながりはさらにスピードを増し、プログラムは明るさを増した。
震災のことと無関係ではなかったかもしれない。気持ちが落ちないように。沈み込んでしまわないように。元気になっていくように。特に意識したわけではないのだけれど、誰もが揺らされて悲しみや傷を負っており、それは我々5人も同じ。このプログラムは、私たち自身のためのものでもあったのかもしれない。
10周年企画も盛り込んだ。プログラムには我々の12年間の歩みをまとめて入れた。お客さんと一緒にはずれ馬券の紙ふぶきを空にまいた。このアイデアを10周年の特別企画としたいと思う、といわつなおこに告げられてケンジさんは「そ、そ、そ、それだけかいっ…」と呆れ、絶句したという。小倉公演の2日目からは開演前に客席の下に、はずれ馬券を封筒に入れてはりつけて隠し、お客さんに探してみつけてもらうことにした。日を追うごとに封筒は増やされ、毎回沢山の紙ふぶきが美しく宙に舞った。トリオ・ロス・ファンダンゴス史上初めて、前半と後半で衣装を白から赤に着替えた。福岡公演からは、ダンススペース中央でいわつなおことぼくが背中合わせになってくるくる回りながら演奏したりした。そうやって迎えた最終日、毎年お酒も入って荒れぎみになる下関酒造での千秋楽は、今回の6公演で一番演奏のクオリティが高く、いいステージになった。
色んなことを経験しながら、ついにここまで来た。しかしこれは、旅の途中の風景に過ぎないのだと思う。ここからまた新しい旅が始まる。6月には関西ツアーが、9月には東京ツアー、そして12月には念願の第2回目のブエノスアイレスツアーも予定されている。できれば被災地にもタンゴと共に旅をしたい。
この上なく楽しいのに、タンゴは深い悲しみを抱えている。故郷を棄てた人、居場所を失った人、深い後悔を抱えた人。うまくいかない人生。タンゴはそうした人や人生の音楽だ。震災の情況の中で、タンゴはだからこそまるで、いのちの息を吹き込まれたかのように活き活きと歌い、笑い、泣き、踊ったのかも、しれない。
2011年03月30日
ライブ日記 2011・3/22、24、26 タンゴ、デュオ、名なしオルガンヴァイオリンカルテット
3/22 トリオ・ロス・ファンダンゴス、大橋カフェドトワレ。沢山のお客さんでありがたい限り。ライブ中に「よろしければ義援金を」と言ったところ一番前のお客さんが「箱、回して!」なんて言うのでそうしたら皆さん沢山入れてくれた(計26,549円)。すみません、ありがとうございます。「首の差で」はついにほとんどヴァイオリン弾かずずっと喋って最後歌って。わはは、なんじゃこりゃ。歌いおわってお辞儀した瞬間、ピアニストがくずおれて笑い転げた。タンゴは楽しい。いやいや、トリオ・ロス・ファンダンゴスが楽しいのか。
3/24 デュオ・ダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)、小倉カフェcream。曲はカバーものがほとんどなのだけれど、それをいわば「題材」「話題」に即興的な対話を展開してみせるデュオ。間合いを計って瞬間的に音をやりとりするスリル。前日23日には2作目のホームレス支援CDの最終録音のためのリハーサルを原田敏夫サン交えてやったのだけれど、そこでやった新しいアレンジにさらにひねりを加えたりして試してみたらこれが結構イケタ。よっしゃこれでいこう。
アンコールで「山が海に崩れ落ちても」と歌った瞬間、津波に呑み込まれる町の映像が視界に重なった。「ぼくは泣かない、涙一粒もこぼさない」と歌いながら涙がこみ上げた。「お前が傍にいてくれる」でぐっと力が入った。泣かない!は泣かずにおれない者たちの叫び。傍らに立ってほしい、は絆を断ち切られて孤立した者の呻き。歌は満ち響いて、誰もが今、その当事者だ。今日、あらゆる傷ついた「ここ」で。
そうそう、開演前にすでに支援物資を手渡してくれたお客さんがいた。終演間際に店の外に佇んでいて、声をかけた受付にぽーんと5000円を義援金として託して歩み去った人もいた。お客さんも沢山義援金入れてくれた。この夜の義援金は計17,300円。ありがとうございました。
3/26 秋元多恵子、フクヤマワタル、白川和宏、谷本仰。下関酒造・酒庵「空」。おいしいお酒と一品料理たち。甘い酒蔵の空気がすでにほろ酔い気分を誘う。タンゴの節句で毎年お世話になっているこの会場だけれど、今回はなんと、名だたるジャズミュージシャンたちが出演してきた下関酒造の名物企画「角打ちJAZZ」になぜか社長のお声がかりで、このへんてこ4人組でお邪魔することに。数年前このメンバーで「ス・ワンダフルズ」なんて名乗ってアコースティックなジャズめいたことやったりしたこともあったけれどそれはムカシ。秋元多恵子はついに入手したハモンドのコンボオルガンを「あたしオルガン弾きやったの忘れてた!」と嬉々として水を得た魚のように弾きまくる。フクヤマワタルはロックなエレクトリックベースを弾きまくる。あたしも歌いまくり、紫のエレアコにワウかけて弾きまくり。秋元も谷本もかすんだというカッコよさのドラムス白川和宏。ファンクにロックにブルースにジャズに、ダブ。音響・江島正剛、5人目のミュージシャンと化す。いわゆるジャズを期待してきたお客さんにとってはこれは裏切りで冒涜に違いない。すんません。しかしお客さん、えらい喜びようで、わぁわぁのダブルアンコール。アンケートはものすごく楽しかった!という沢山の声に混じって「最低」といわんばかりの酷評も。それもありがたく。少なくとも好き嫌いがはっきり分かれる演奏をしたことは間違いなさそうで、よっしゃ。数日後、当日のお客さんから早速このバンドに演奏の引き合いが。わはは、ありがたいこってす。あっちゃこっちゃでやりましょ。そうそう、このバンド、まだ名前がない。我輩は猫、みたい。どないしましょかね。
※ライブで直接ワタクシがお預かりした義援金は、ホームレス支援全国ネットワークを通じて、震災被災地支援のために用いられます。
3/24 デュオ・ダイヤローグスw/フクヤマワタル(b)、小倉カフェcream。曲はカバーものがほとんどなのだけれど、それをいわば「題材」「話題」に即興的な対話を展開してみせるデュオ。間合いを計って瞬間的に音をやりとりするスリル。前日23日には2作目のホームレス支援CDの最終録音のためのリハーサルを原田敏夫サン交えてやったのだけれど、そこでやった新しいアレンジにさらにひねりを加えたりして試してみたらこれが結構イケタ。よっしゃこれでいこう。
アンコールで「山が海に崩れ落ちても」と歌った瞬間、津波に呑み込まれる町の映像が視界に重なった。「ぼくは泣かない、涙一粒もこぼさない」と歌いながら涙がこみ上げた。「お前が傍にいてくれる」でぐっと力が入った。泣かない!は泣かずにおれない者たちの叫び。傍らに立ってほしい、は絆を断ち切られて孤立した者の呻き。歌は満ち響いて、誰もが今、その当事者だ。今日、あらゆる傷ついた「ここ」で。
そうそう、開演前にすでに支援物資を手渡してくれたお客さんがいた。終演間際に店の外に佇んでいて、声をかけた受付にぽーんと5000円を義援金として託して歩み去った人もいた。お客さんも沢山義援金入れてくれた。この夜の義援金は計17,300円。ありがとうございました。
3/26 秋元多恵子、フクヤマワタル、白川和宏、谷本仰。下関酒造・酒庵「空」。おいしいお酒と一品料理たち。甘い酒蔵の空気がすでにほろ酔い気分を誘う。タンゴの節句で毎年お世話になっているこの会場だけれど、今回はなんと、名だたるジャズミュージシャンたちが出演してきた下関酒造の名物企画「角打ちJAZZ」になぜか社長のお声がかりで、このへんてこ4人組でお邪魔することに。数年前このメンバーで「ス・ワンダフルズ」なんて名乗ってアコースティックなジャズめいたことやったりしたこともあったけれどそれはムカシ。秋元多恵子はついに入手したハモンドのコンボオルガンを「あたしオルガン弾きやったの忘れてた!」と嬉々として水を得た魚のように弾きまくる。フクヤマワタルはロックなエレクトリックベースを弾きまくる。あたしも歌いまくり、紫のエレアコにワウかけて弾きまくり。秋元も谷本もかすんだというカッコよさのドラムス白川和宏。ファンクにロックにブルースにジャズに、ダブ。音響・江島正剛、5人目のミュージシャンと化す。いわゆるジャズを期待してきたお客さんにとってはこれは裏切りで冒涜に違いない。すんません。しかしお客さん、えらい喜びようで、わぁわぁのダブルアンコール。アンケートはものすごく楽しかった!という沢山の声に混じって「最低」といわんばかりの酷評も。それもありがたく。少なくとも好き嫌いがはっきり分かれる演奏をしたことは間違いなさそうで、よっしゃ。数日後、当日のお客さんから早速このバンドに演奏の引き合いが。わはは、ありがたいこってす。あっちゃこっちゃでやりましょ。そうそう、このバンド、まだ名前がない。我輩は猫、みたい。どないしましょかね。
※ライブで直接ワタクシがお預かりした義援金は、ホームレス支援全国ネットワークを通じて、震災被災地支援のために用いられます。
2011年03月24日
北九州から仙台へ支援物資を!
北九州から仙台に送るために現段階で必要な支援物資リストは以下のとおり。(3/20現在)
電池
大人用紙おむつ
生理用品
カセットコンロ、ガスボンベ
医薬品
ウェットティッシュ
下着
アルコール消毒剤
台所用漂白剤(ハイター等)
調理手袋
ポリタンク
アルミホイル
ラップ
割り箸
使い捨て食器(紙コップ・紙皿等)
プラスチックスプーン
発電機
シーツ
ドライシャンプー(水のいらないシャンプー)
絵本(きれいなら古本も可)
画用紙
模造紙
クレヨン、クレパス、色鉛筆、マジック
※新品のみ、お願いいたします。中古品や使い古しは送りません。
※できればまとめてダンボール箱に入れてください。箱の外側に「災害支援物資」と赤マジックで書いてください。
※中身の種類と数を書いたメモを入れてください。
※箱の封は軽く止める程度にしておいてください。開封して確認仕分けします。
※義援金は支援物資と一緒に箱に入れないでください。仕分けの際に物資にまぎれてしまう恐れがあります。
窓口の北九州ホームレス支援機構の支援物資専用ダイヤルにまずはお電話を。
070-5418-1919
以下の場所でも物資をお預かりします。お持ちください。
南小倉バプテスト教会
〒803-0856 北九州市小倉北区弁天町11-19 093-571-5072
月〜土の毎晩、トラックで仙台現地まで輸送します。どうぞご協力ください。
必要な物資のリストは適宜更新します。
電池
大人用紙おむつ
生理用品
カセットコンロ、ガスボンベ
医薬品
ウェットティッシュ
下着
アルコール消毒剤
台所用漂白剤(ハイター等)
調理手袋
ポリタンク
アルミホイル
ラップ
割り箸
使い捨て食器(紙コップ・紙皿等)
プラスチックスプーン
発電機
シーツ
ドライシャンプー(水のいらないシャンプー)
絵本(きれいなら古本も可)
画用紙
模造紙
クレヨン、クレパス、色鉛筆、マジック
※新品のみ、お願いいたします。中古品や使い古しは送りません。
※できればまとめてダンボール箱に入れてください。箱の外側に「災害支援物資」と赤マジックで書いてください。
※中身の種類と数を書いたメモを入れてください。
※箱の封は軽く止める程度にしておいてください。開封して確認仕分けします。
※義援金は支援物資と一緒に箱に入れないでください。仕分けの際に物資にまぎれてしまう恐れがあります。
窓口の北九州ホームレス支援機構の支援物資専用ダイヤルにまずはお電話を。
070-5418-1919
以下の場所でも物資をお預かりします。お持ちください。
南小倉バプテスト教会
〒803-0856 北九州市小倉北区弁天町11-19 093-571-5072
月〜土の毎晩、トラックで仙台現地まで輸送します。どうぞご協力ください。
必要な物資のリストは適宜更新します。

