2010年02月08日

つれづれライブ日記2010・1/9 ひさしぶりの自遊本舗

小倉南区・葛原の「オレンジハート」はギタリスト敏ちゃん(原田敏夫)のお店。そこで自遊本舗ライブ。前回が2008年3月の門司でのライブだからなんともう2年近くになる。1993年か4年かのあたりからやってるバンドだけれど、活動歴が長いわりにはライブ回数はとっても少ない。のんきだねえ。たまーにしかやらないバンドなので、みんなで曲を思い出すのが大変。譜面なんて、ない。殆どのメンバーは歌詞カードにコード進行が書いてあるやつしか持ってない。アレンジは頭の中に。だからいつも「ええと、どやったっけ」から始まる。そしてまた新しいアレンジを加えることになる。そこがまた面白いのだけれど。
リハやってみて、なんだか音が、演奏が、深くなったなあ、と感じる。みんな歳や経験をそれぞれに積み重ねてきたからだろうか。本番ではコーラスが力強くなってることに気づかされる。ははあ、バンド「オレンジハート」がこの間ライブを繰り返して充実してきたせいもあるな、と気づく。だって自遊本舗7人中、4人がオレンジハートメンバー。そっちのいい影響がコッチに。ええこっちゃ。
でもそれだけでもない。音の出し入れ、ダイナミクスの付け方、弱音楽器の使い方がうまくなっている。引き算が成り立ってる!えらいねえワレワレ、ちゃあんと成長するんやねえ。そんなワケでぐぐっとよくなった自遊本舗、お客さんもえらい楽しんでくれた。ありがとう!次回はなんと来月2/20。2年空いたと思ったら、2ヶ月連続て。もうちょっと平均化できんかいなコレ。お楽しみに!!  

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2010年02月06日

つれづれライブ日記2010・1/3 新年炊き出し路上ライブ

1/3の新年炊き出しでの追悼演奏と路上ライブを振り返って、1/10の南小倉バプテスト教会週報に以下の文章を掲載しました。転載します。

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●今週の一言 
 先週の日曜日、1月3日、新年恒例のホームレス支援「新年炊き出し」が開催された。勝山公園の「こどもと母のとしょかん」前広場にて。
 不思議なことを経験した。夏祭りと、新年炊き出しの2回、北九州ホームレス支援機構では路上等で亡くなって遺骨の引き取り手のなかった方々を追悼する。そして特に過去半年の間に亡くなった方の紹介が行われる。今回はお一人だけが紹介され、その名前の書かれた追悼碑が一本だけ、過去20年間にわたって増え続け、献花台の端から端まで並べられたこれまでの追悼碑の前に置かれていた。それを横から見ているうちに、ふと何かずらりと居並んだ先輩たちの列から一歩前に出されて、新人がひとり紹介されている光景に見えたのだ。モノ言わぬ追悼碑なのだが、どこか少し照れくさそうで、同時に少し誇らしげに胸を張っているようにも見えて、なぜだか微笑ましく嬉しいとさえ感じたのだった。こんなことは初めてだった。この追悼は悲しみや悔しさの満ちるときであるはずなのに、これは少し変かもしれなかった。でも、確かにそんな風に見えたのだから仕方がない。すでに天国で神さまに迎え入れられた人々に背中を押されて、新しくその群れに加わった者がおずおずと一歩前に進み出て、生者に紹介されている。そんな風に瞬間的に、直観的に見えたのかもしれない。
 「黙祷!」奥田理事長の掛け声。いつの頃からか、祈りの言葉を心の中で紡ぐこともせず、ただ周りの音に耳を澄ますようになった。「聴く」という祈り、追悼。鳥たちの声。カラス。車の行き交う音。遠くから響いてくる子どもたちの歓声。咳払い。足を動かす音。鼻をすする音。静けさは無音ではなく、聴いている状態そのもの、様々な音が注ぎ込まれる、「器」。
献花の時間にフクヤマワタルさんとデュオで演奏をした。「レクイエム」、「平和に生きる権利」、「ゴーイング・ホーム」。寒さで指の感覚がなくなった。冷たく乾いた空気にさらされて、泣いていないのに涙が出た。
ぜんざいで元気をもらって、いよいよフクヤマワタルさん、原田敏夫さん、そしてぼくの三人のミニライブ。「生活の柄」、「男はつらいよ」「自転車に乗って」「スタンド・バイ・ミー」。とにかく寒いので、無理やりにでも元気と勢いを出して、みんなを煽ってのせて。踊りだす人もいて、楽しかった。やんやの拍手喝采で演奏したアンコールの「友よ」が終わった頃には陽がかげり始め、急激に気温は下がっていった。みんなが笑うほど寒かった。
 以下、その場におられた、支援機構メンバーで理事の稲月正先生(北九州市立大学・社会学)の言葉を引用する。

 「炊き出し」では<記憶すること>の意味を改めて考えさせられます。思い出すことによって、個人のいのちは肉体の有限性を超えて、関係する人々の中に生き続けます。そして、炊き出しでの追悼は、そうした個人の<記憶>を社会の仕組み(の理不尽さ)と結びつけ、個人の関係の輪の中で閉じている記憶を、その関係の外に送り出し、集合的記憶としていくという面も持っているのかもしれません。講演、映像、語り部、聞き取り調査などは、さらにそうした記憶を、想像力によって社会の仕組みと結びつけ、多くの人の集合的記憶(物語)にしていく作業なのだと思います。自己責任論とは別の物語を作り出す想像力。そうした想像力が、抱樸館北九州創造の基盤となれば、と思ったことでした。(以上引用終わり)

追悼は新しい社会の礎となりうる。その言葉を、あの日、あそこで見た不思議な幻と重ね合わせている。  
Posted by aogoomuzik at 12:42Comments(0)TrackBack(0) ライブ