2017年05月26日

ユウヅキ、ひさしぶり。

「ユウヅキ」という名の曲を作ったのは2006年。劇団アリノネによる、光州事件を下敷きにした演劇作品「新しい天使〜月にいちばん近い丘まで」の劇中音楽として。
5.15のソロライブで演奏。いつぶりだろう。
「なんでこの日にライブをしようと思ったんですか?」
たったひとり立ち会ってくれたお客さんに終演後、たずねられた。
とくに理由はなく、たまたまこの日だった。そんなことを答えた。
ユウヅキを弾いたのも。ふと思いだしただけ。
そう思っていた。

三日後、5.18「光州」の記念日がやってきた。新しく選ばれた大統領が「ニムのための行進曲」を歌っていた。まためぐってきたなあ とぼんやりみていた

しだいになにかがうかびあがってきた
ああ、そうか そうだったのかもしれない
たまたま、ではなかったのかもしれない

「ようこそ、わたくしの約束のマダンへ」
やあ、ひさしぶり
やっぱりずっとそこからみまもりつづけていたのかなあ  

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2007年04月04日

色々音のヨル

色々音最終形
3/4 色々音、広島アビエルト。アリノネ「新しい天使」で舞台美術を担当し、ヒナを演じた栗九里子の個展「ひつぎら」のオープニングイベント。栗九里子とうどのあすかがふたりで即興絵画を繰り広げる横で即興演奏。舞台に立てられた3枚のベニヤ板に絵は次々に描かれ、そして次々に塗り込められ、その上にまた新しい絵が描き出されていく。絵が生きてうごめき、次々に姿を変え、一編の物語を成す。描かれては塗りつぶされる絵はまるで過去そのもののように、層をなして積もっていく。最後に生み出された大樹は、埋められた夥しい「過去」たちに根を張り、すべてを抱き寄せるように枝葉を広げていた。

終演後、絵の近くに寄り、絵の横に目を近づけてみた。分厚い絵の具の層ができているはずだと思ったからだ。しかし意外にも、そんなことはなかった。過去。物語。歴史。記憶。その積み重なりは、その恐ろしくうずたかい積み重なりは、やはり天使だけが、はっきりと見ているのかもしれない。

ダイナミックな現場。ときどき、客として見たいと思う現場に立つことがあるけれど、この日はまさにそうだった。この二人、それぞれがおもしろい。そしてふたりがまた、語りあうように、歌い交わすように、闘うように、遊び踊るように、描く。おんもしろいなあ、おい。そこに一緒にいることができて幸せ。ありがとう!









色々音のふたり  
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2006年10月19日

団長より愛を込めて。

アリノネによる「新しい天使〜月にいちばん近い丘まで」が終わった。3月の広島公演に音楽で関わらせていただいて、この作品、そしてこの芝居が「自分自身」と不思議に強く響き合うのを感じずにはおれなかった。そして北九州での再演を提案した。

もっと多くの人に見てもらいたい。
自分の活動の拠点である北九州で演りたい。
広島公演で垣間見た可能性が、更にどう展開するのか、見てみたい。
そして、このアリノネという仲間たちともう少し一緒に仕事がしてみたい。

そう思っての、いわばぼくのワガママだった。

アリノネの面々は、のってくれた。池内文平さんも、OKをしてくれた。北九州制作団事務局にPikaluckの谷瀬未紀が名乗りをあげてくれた。そうやって、小倉公演に向けて、アリノネ版「新しい天使」は動き始めた。自分だけでは何ひとつ、動かなかった。みんながぼくのワガママに付き合ってくれたからこそ、だった。

当初、制作サイドで目標集客数としてあげたのは250〜300。それは確かに現実的な数字だった。地元でアリノネのことなど、誰も知らない。そうであれば、作品についての手がかりも、ないに等しい。そんな中での集客は、普通に考えればこれくらいが限度だろう。

しかし間もなく、色んな方々に協力を要請する中で、「300」ではダメだ、と思うようになった。確かにそれは現実的ではあった。だから、それで行くなら色んな人たちにそこまで巻き込まれてもらう必要はなかったのだ。色んな人に会って協力をお願いするなら、もっとたくさんの人に作品を見てもらう事を目指すのが順当だ。なんだか順序が逆なのだが、そう思ったのだ。

更に、ぼくが制作団長として声をかけていった方々の持つそれぞれの広がりにもっと期待しよう、とも思った。「人」というのは、実はその人個人だけを指すのではなく、その人の背後や周りの人間関係全体を指す言葉でもあるはずだ。ひとりの人に関わる事は、その人の「つながり」に関わることなのだ。

こうして目標集客数は、色んな人に会って語るたびに上がり続けた。250〜300が、300は最低でも、になり、350、400になり、ついに500、と言うようになった。そして予算面から考えても、それくらいの集客が望ましいという結論にも同時に至ったのだった。だからこれも必然的な流れの帰結であって、決して突飛な事ではなかったように思う。

手がかりはまず、自分のもっていたツナガリ。それをフルに動員して、人に会った。そしてそこでまた人を紹介してもらってそこにでかける。初めてお会いする方々も多かった。不躾に電話をかけ、メイルし、おしかけていって、話を聞いてもらったことも数知れず。不審な顔をされたこともあった。なかなかのってきてもらえなかったこともあった。少し冷たくあしらわれたこともあった。しかしそれは、当たり前のことだった。誰も知らない者タチの、誰も知らないモノガタリに、他人を巻き込もうというのだから。

たくさんの人に会って作品を、たくさんの人に何度も何度も語った。この作品について。背景について。現代における意義について。自分自身がなぜこの芝居に響くのかについて。「光州事件」という出来事。このモノガタリの静かな力強さ。誰も殺されず、傷つけられないこと。特定の政治的なイデオロギーに全てを収斂させてしまうことをしない誠実さ。登場人物たちと彼らが発する印象的な台詞のこと。このモノガタリが、北九州に生きるさまざまな人々にも響く普遍性をもっていること。アリノネという若い役者集団が、この重く、大切なテーマをもったモノガタリに必死で喰らいついている、ということ。映像も、ダンスも、生の音楽もあって、おもしろい、ということ。とにかく、語って、語って、語った。それが団長のシゴトだった。

作品の意味、意義。上演の必然性。それが時代や状況や、われわれをとりまく世界の現実の中で「ある」と断言できるかどうか。今、やらなければならない表現だから、やる。そう言い切れるかどうか。そしてそのことを協力者にも共感してもらえるかどうか。制作サイドに立った者として今回、そのことが何よりも問われたように思う。

目標に達するどころか、300にさえ至らないのではないか、と心配で不安で居ても立ってもいられない思いになったこともあった。音楽監督としてのシゴトもあるのだけれど、気が気ではなかった時期があったのは事実だ。

それでも広島での稽古に参加をした9/29、「ムリはしないでください、少ないお客さんでもいいんです」と心配して言ってくれた演出の田中亮太郎に対して「いいや、たくさんのお客さんの前で、演じてもらう。そのために頑張ってる。アリノネはしっかりいい芝居にしてくれ」と言ったのも、だから実は本気ではあったけれど、決して余裕あってのことではなかった。団長はつらいよ、音楽に集中したいなあ、とこの頃、そう思ったことも。

増設1増設2増設3










しかし、制作団に名を連ねてくださった方々、そして協力団体の皆さんの協力によって、最後の一週間でどんどんチケットは動き、予約も増えた。蓋を開けてみれば、初日が158。大勢のお客さんを前に涙を堪えながら挨拶する田中亮太郎の姿が、その横で涙を目にためているユウヅキ役のめづまり文子の姿が、嬉しかった。そして中日が129。その公演終了後急遽、客席をみんなでヨイショ、と動かし座席数を増やして備えた楽日。なんと190名ものお客さんが来て下さった。そしてその満員の客席から、公演を終えたアリノネのメンバーたちに向けられた、鳴り止まぬ拍手は今もぼくの胸の中に響き続けている。

3日間観客数のべ477名。チケット実売数は541。目標は達成された。不思議だ、という思いと、いや、当然の結果だ、という思いが合い半ばしている。普通、ありえないことだ。しかし、みんながあれだけ協力してくださったのだから、そうなって当たり前でもある。その予感があったのかもしれない。だからまだ一枚のチケットも、一件の予約もない段階で、目標集客数500などという数字をあげることができたのだ。

協力団体各位、そして制作団に名を連ねてくださった皆さん、またアリノネ公演を影に日向に有形無形に助けてくださった皆さんには、本当に感謝の思いでいっぱいだ。そして、何より、ご来場くださった全ての方々に。

みんな、きっと、やっぱり、ここで出会うことになっていたのだ。そしてきっと、ここから新しい素敵な出来事、そしてモノガタリへと、出発することになっていたのだ。「新しい天使」は単なる演劇作品ではなかった。それはそれ自体が出来事であり、「約束のマダン」だった。今改めて振り返りながら、そう感じている。

芝居ユニット・アリノネ「新しい天使〜月にいちばん近い丘まで」北九州制作団は、これにて解散。名残惜しいけれど、月は次の満月に向かって、欠ける。ここから始まった新しいデキゴト、モノガタリとの邂逅を楽しみに、ひとまずここで、お別れを。

ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました!
深く深く、御礼申し上げます!


増設後










中日終了後、客席増設を終えて。みんな、ほんとうにいい顔をしている。
満月のヨル。夢のような、一瞬。
  
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2006年10月12日

新しい天使の歌たち

芝居ユニット・アリノネ「新しい天使〜月にいちばん近い丘まで」小倉公演・劇中音楽リスト。

シゴ機礇ぅ鵐肇蹈瀬ション>
サイレン(SE音響効果)〜ムシの知らせ
サイレン供SE)
アトリの弁当箱機淵凜.ぅリンソロ)
バイク機船船リのテーマ(喰らえ糞爆弾)リフ
チギリと虫(ヴァイオリン、口琴、鼻笛)
地図のブルース・リフ
千里眼・ジャクラ登場のテーマ
サイレン掘礇吋ぅ織っ綽音>(SE)
ラジオノイズ(海の音)〜ユウヅキのテーマ
シゴ供秣萋鷯魯ぅ鵐肇蹈瀬ション>
火ノ粉機淵肇蹈鵐棔璽鵐愁蹇▲優襯世了蹐閥Δ法
鳥よ鳥よ青い鳥よ機淵螢蕕里Δ拭Υ攅駝噂芦痢
クォヴァディス機礇劵覆反遊繊筺淵凜.ぅリン・ピチカートソロ)
クォヴァディス供礇劵覆肇ンオケ>(トロンボーンソロ)
鏡(SE)
タオ(ヴァイオリンソロ・即興)
バイク供船船リのテーマリフ
もうひとつの地球(グラウンドゼロの哀歌)
工事(SE)
アトリの弁当箱
鳥よ鳥よ青い鳥よ供淵螢蕕里Δ拭▲凜.ぅリン伴奏つき)
火ノ粉供淵優襯世了蹲供船劵リのダンス)
クォヴァディス(終歌)

楽隊











演奏:谷本仰 ヴァイオリン他
   堀江龍太郎 トロンボーン

**********************

作編曲、谷本仰(「鳥よ鳥よ青い鳥よ」を除く)。不思議にも何一つ、自分のものではないと感じる歌たち。すべては与えられ、外側からぼくを包み、ぼくの中に流れ込み響いた歌、世界の歌だったのだ。

「シゴ」は昨年9月のオオツキオサムとのDIALOGUESの時に作った曲。5拍子と4拍子が重なりあい、ざわめきのようになる曲。シゴは「死後」「私語」「四五」などにかけたタイトル。死者たちが口々に語るざわめき。

「アトリの弁当箱」。悲しみの記憶が手渡されることの中にある希望。

「チギリのテーマ」。怒れる闘士、「貧乏人最後の武器」である糞爆弾の雨あられ。実際の公演では曲として作られたもののうち、チギリがバイクに乗って入場する時間の都合で8小節余りのリフだけを使用。

「チギリと虫」は初日直前に形になった曲。ちょっとコミカルなのを、という演出からのリクエストに応じて。口琴と鼻笛も使用。

「千里眼」ドグラマグラの為に10年位前に書いた曲が、こんなところでタイトルも含めてぴったり来る不思議。「誰だオレの目玉でものを見ているのは!」

「ユウヅキのテーマ」。小倉公演直前に参加した広島での稽古の現場で突如生まれた。静かで、透明な、祈り。

「ヒナと人形」。外側から、悲しみや希望によって動かされていくふたりの、切なくてやさしい、語らい。終曲「クォヴァディス」の変奏。

「タオ」。希望は円環となり、合わせ鏡のように。

「もうひとつの地球(グラウンドゼロの哀歌)」。繰り返し繰り返され、巡り巡る悲しみ。廃墟は天使の目の前でただひたすらうずたかく積もっていく。

「火ノ粉」は今年の冬の呆けすとら歌舞音曲スペクタクルショウ2006直前にできた曲。「新しい天使」に使うイメージで作ったもの。炎、燃え上がる。

「クォヴァディス」(終歌)。たいまつの炎とみんなの歌声。月にいちばん近い丘まで。そして月にいちばん近い丘から。


今もふと、音もなく流れる旋律たち。
みんな、ありがとう。
そして、ようこそ。

楽士席・堀江龍太郎  
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2006年10月11日

欠けゆく月の下で

ソレははっきりと姿を現した
ソノコトは明瞭に語られた
肩を組んでそれを目の当たりにし
この身に感じ心震わせ
いっしょに叫び歌った
みんなが不思議に
呼び寄せられたあの場所

次の夜
天使たちは飛び去っていった

新月に向かって
そして次の満月へと向かって

欠けはじめた月の下

ただ手を握り合い
抱き合った

いつまでもそうしていたかった
いつまでも月の下、揺れていたかった

月にいちばん近い丘は
そこのことだったのかもしれない

サヨウナラ
ありがとう
サヨウナラ
ありがとう

手を振るそこが
あの丘だったのかもしれない

だから、ぼくは
もうしばらくここで
涙零していようかな

「だいじにしなよ」

せっかくだから
そうするかな

新月に向かって
満月に向かって

欠け行く月の下で


天使とアリノネ  
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2006年10月05日

前日のアリノネ

ああ、もう明日だ
そして、4日後には終わってしまう
月曜日にはみんな帰ってしまい
なにもかもがまたモトに戻っていく

モトになんかもどらない
それは全然違う日々
マダンでの短い邂逅を経て
それは同じ日々であろうはずもない
きっとそうなのだろうけれど

いっそ始まらなければいいのに
いっそ始まらなければ
終わることもないだろうに

そんな風に思う
バカバカしいことを
思う

広島初演のときよりも
ずっと
そう思う

いっそ生まれなければよかった
いっそ生きていなければ
死ぬこともないだろうに

そういうことか
つまりは

いっそ出会わなければ
いっそ大切な者たちにならなければ
いっそ思い出などなければ
別れることもないだろうに
さびしくもないだろうに

そういうことだ

生きている

笑ったよな
涙ぐんだねえ
叫んだっけなあ
歌ったなあ
踊ったじゃないか
沈黙したね
歩んだよ ね

だから
思い出話は止まらない

昔話をするとき
きっとだから
涙が溢れるのだろう

だから
なのだ

さびしいってことは
きっと
しあわせってことだ
きっと

だから
さびしくやさしい思いに
満たされて
死ねたら
そんな人生なら
いいのかもしれない

歳を重ね
運良くか悪くか
年老い

昔を思い出してふと涙が出るなら
よかったってことか

そうかもね


明け方近くまで
コトバを交わし
準備をし
練ったものを形にするために
コトバを交わし
交わし

くそったれえ
と モノガタリに悪態をついてみたり

ちっくしょおおおおお
と 悔し紛れに
叫んでみたりの

でも
よかったよ
よかったんだよね

眠りについたり


ヨルを経て

静かな朝

庭に面した縁側から
日に照らされた緑の光
虫の声が
何にも遮られず

静かな朝

もう明日なのだ

でも
今日は、今日
明日のタメにだけ、今日があるわけじゃあない

今日のために、今日は
きっとある

さあ、これからだ

いい一日になりますように
みんながけがなどしませんように

さて、でかけるとするか

思い出が溢れて止まらない
あのレスピーギなど聴きながら

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*****************

芝居ユニット「アリノネ」による演劇作品「新しい天使 〜月にいちばん近い丘まで」公演はいよいよ明日10/6〜10/8。小倉スミックスホールESTAにて。くわしくはこちら

たった三日間の「マダン劇」。
オミノガシなく!

ご予約はコチラまで!

制作ブログもぜひどうぞ。
  
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2006年10月01日

「新しい天使」公演迫る

9/29金曜日、広島でのアリノネの稽古に参加し、音楽の打ち合わせをしてきた。

作品「新しい天使」はアリノネ全員の真摯な取り組みによって、演劇作品として3月の広島公演と比べてもさらに素晴らしいものに仕上がりつつある。音楽的にも、これに応じ、広島公演の形を基本的には踏襲しながらも、新曲の投入も含めて随所に新しく手が加えられている。

芝居と音楽の関係。物語に音楽が、音楽に物語が、どう関わるのか。物語の音楽性。音楽の物語性。それはまたぞろ「拾ったのか、拾われたのか」の関係であるのかもしれない。そして結局のところ、それらはいずれも不思議な風や水流に押し流されて未来へと向かう、「人形」なのかもしれない。

広島公演で一旦終着点に到達したと思われたアリノネによる「新しい天使」。しかしそこから新しい旅が始まったのだった。それから半年余を経て、いよいよ「新しい天使」はスケールを大幅にアップさせ、深みと力強さを、そして明るさを増し、文字通り不思議な風をその翼にはらみつつ、北九州公演に辿り着こうとしている。

「ようこそ、わたくしの約束のマダン(広場)へ」。芝居の冒頭で夜の女王「ユウヅキ」はこう語りかける。公演はきっとその台詞どおり、役者たち、楽士たち、スタッフ、制作団員、各協力団体、そしておいでくださるお客さんのひとりひとりが、「『この場所』に辿り着くことになっていたのだ」と感じられるような、そんなひとときに、きっとなるだろう。

ほんとうにいい芝居、いい作品なのだ。ぜひ期待してほしい、と思う。そして本当に、ひとりでも多くの人々にこの作品を体験してほしい、そう心から、思う。

いよいよ火曜日にはそのアリノネ一座が北九州入り。会場ESTAでは翌3日から連日、建てこみや稽古が行われる。来訪・見学大歓迎。カンパ差し入れ大歓迎!

公演日程は以下の通り。
10/6(金)20時開演
10/7(土)18時開演
10/8(日)16時開演

会場はスミックスホールESTA(小倉北区許斐町ハウジングパーク小倉横。小倉駅北口に出て左へ。紫川につきあたって右へ。大通り199号線に突き当たって左へ。大きな橋を渡り切ったところ、海側に見えます。)


前売予約 一般 2500円(当日3000円)
     学生 1500円(当日2000円)

詳しくは「新しい天使 月に一番近い丘まで」ホームページ参照。 

公演はたった3回しかない。オミノガシなく。ほんとうに。

チケットのご予約はコチラまでどうぞ。日時をご指定ください!

  
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2006年09月21日

取り戻せ、カラダを

起立! 
心の中で座ったままでいる自由は奪わないから

斉唱!
心の中で黙っている自由は保障するから

敬礼!拝礼!
捧げ、筒!
突撃!
ボタンを押せ!
破壊せよ!

しかし心よ
そのときにも
謳歌せよ自由を
お前だけは
お前だけは
どこまでも空高く鳥のようであれ


否!

自由を

吐き出せ
歌にのせて

身に纏い
撒き散らせ
踊りとともに

奪還せよ身体を
丸ごとの人間たちよ叛乱せよ

何百万何千万の地下からの
怨嗟の呪詛に耳を塞ぎ
無数の今を
未来を
踏み潰し
またぞろ繰り返し
人殺しへ
破壊へ
絶望へ
押しやろうとする者どもの
自由をこそ

奪え

その自由を
がんじがらめにし
縛りつけ
彼らにこそ
弱々しい声で
懇願させよ

後生だから
この鎖を解いてくれと

否!

歌え
踊れ
身体よ
心と共に
自由であれ

El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido!
El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido!  
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2006年09月08日

Dialogues#12

━拾ったのか、拾われたのか。━わたしの口、わたしのカラダ。どうして、こう、言うことを聞かないのだろう。…━わたしの口、わたしのカラダ。…わたしのカラダに、外側から何かが貼りついて、わたしを無理に踊らせる。…わたしの内側に、なにかが入りこんで、わたしの口を無理にひらかせる。…ああ。…

━ふう〜。これって、すごく疲れちゃうのよね。━ねぇ、あたしって、ヘン?!(「新しい天使 月に一番近い丘まで」より ヒナの登場シーン)

昨年2月から始めたDIALOGUESシリーズ。ついに第12回目となった今回のゲストは画家で役者の山本泰子。

彼女と初めて出会ったのは、広島Otis!で今年2月に大槻オサムがしかけた「真冬の妖怪ないと」というライブイベントでのこと。そのときは彼女は控えめなのがかえって可笑しい、そんな妖怪の格好をして受付に座っていた。そして「新しい天使」のチラシの原画となった彼女の作品に出会ったのもこのとき。不思議なエネルギーを身体の中にひそませている人らしい、と思った。

やがて「新しい天使 月に一番近い丘まで」広島公演会場となったアビエルトの壁いっぱいに彼女が舞台の背景画を描き始める。それは光州で、マドリードで、広島で、世界の各地で、戦火の炎に焼かれる人々の阿鼻叫喚。そしてその人々に向かって手を伸ばしながら飛ぶ、大きな目を身体に持った天使。そしてこの絵は彼女自身も「ヒナ」の役で出演したアリノネの公演を舞台の後ろから支え、見守り、公演終了後、再び黒くその壁に塗り込められたのだった。

下絵も描かず直接、傷や痛み、叫びなどをそのまま筆にのせて壁に叩きつけ、焼きつけていった彼女の姿、そしてアリノネの芝居に炎を焚きつけたその絵。それらと出会って、彼女のライブペインティングと対話してみたい、と思ったのだった。

ダイヤローグス12 顔そして9月1日、「新しい天使」小倉公演のプレ企画という位置づけも加わり、Dialogues#12、開催。広島からはアリノネのみんなも駆けつけた。用意された大きなベニヤ板が二枚、黒い暗幕で蔽われた壁の前に立てかけられている。黒いペンキに浸した大きめのハケで、彼女はいきなり太い線を走らせはじめた。まるで書だ。やがてそれは二人の天使の影に。不思議にも間もなく左側の板は女性の立っている姿に変わり、やがてそれはうすく青白く塗りつぶされ、隣にいつしか口をつぐんで目をカッと見開き、集まった者たちを凝視する大きな顔が出現し…。次々に生まれ、変わりゆく絵。それはまるで生き物のよう。

前半はこうして次々に変わっていく絵と音の即興的なやりとりを中心にして進んだ。だが後半は、違う流れになるだろう、と予期していた。山本泰子の要望に応えて後半「もうひとつの地球」を演ることにしていたからだ。それは「新しい天使」の劇中で「ヒカリ」が世界中の虐殺の悲しみを一身に背負いながら、自分の居場所のある「もうひとつの地球」を求めて歩み去る場面で演奏される曲。それを演奏する局面がくれば否応なく「世界のキズアト」に対峙させられる、そう思っていた。

後半スタート。時に音に反応して踊りながら、時に自らの中の衝動や苛立ちのようなものに衝き動かされるかのように地団駄を踏みながら、山本泰子は描き続ける。

前半の最後に出現した大きな顔もまた塗りつぶされ、そしてやがて誰かにあお向けに抱きとめられ、手と足が力なく垂れ下がっている女性のように見える人物の姿が二枚の板の上に浮かび上がりはじめる。広島・アビエルトの壁に塗り込められたあの炎と天使の絵は、実はあの黒いペンキの下に留まってはいなかったのかもしれない。このときあの絵は、この小倉の地でこうしてまた繰り返しよみがえり、我々の前に新しい絵として姿を現していたのかもしれない。

傷つきたおれ、抱き上げられたそのからだから無数の黒や青、そして赤がまるで血のように滴り落ちる。その身体を受け止める何者かの顔のあたりに、一枚の布がかけられる。背景の黒に沈み消えていこうとするその者を逆にはっきりと示し、コチラに、その肉体性に、存在に、つなぎとめるかのような、布。或いはそれは、傷ついた者の上に舞い降りた鳥か、天使のようにもみえる。

そして「もうひとつの地球」。虐殺に溢れた世界に満ちる悲しみが、演奏するこの身を包み、満たし、共振させ始める。それを音にして再び放つ。それが世界の悲しみたちと呼び交わし合い、新たな響きとなって、また帰ってくる。ぐるぐる、ぐるぐると繰り返される悲しみのフィードバック。やがてそれは身体を震わせ心つんざく咆哮("Howling")となる。3月の広島アビエルトでの公演の時以来の、この現象。存在そのものを真っ暗な虚無に引きずり込もうとする極限の悲しみの只中で、それでも叫び続けることで踏み止まろうとしているような危い瀬戸際に、至る。

断ち切るしかない。轟音の渦の頂点で全ての音をカットアウト。静寂の中に風鈴の音だけを残す。そしてそのとき、最後に、ふしぎな、静かでやわらかく、ほんのり明るく包みこむような旋律が、生まれ出たのだった。

悲しみが無数の滴りとなって落ちるその身体を、山本泰子は静かに、あたたかい黄色で包み始めた。その身体を抱き上げる者の上にかけられた布の上にも、一筋の、黄色。

「その色だ!」と思った。そしてかつて、ある音楽療法のワークショップで「音絵セッション」を体験したときのことを思い起こした。さまざまな音や曲に促されて散々色んな色を塗り、線を描いた挙句、最後にバッハが流れたとき、思わず絵の一番外側の余白を黄色で塗った、そのときのこと。やわらかいものに包まれ、ほっとした、そのときのこと。それは黄色でしか、あらわせないものだった。そして、このとき、それは目の前で、はっきりと再現されたのだった。

山本泰子は黄色に包まれたその絵の前に静かにうずくまった。こうしてDialogues#12は、終わったのだった。

「黄色がよかったなあ」とぼくが言うと、大槻オサムは絵に目を向けたままで「…光の色だから、ねえ…」と呟いた。そうか、だからぼくはあの旋律を弾きながら、黄色を求めていたのか…。そしてさらに、この後で、スタッフやお客さんの多くが同じように感じていたことを知り、腑に落ちる。

みんなそうなのだ。「光を!」悲しみが轟々と渦巻くこの世界で、みんな我知らずそう祈っている、ということなのだ。そう、思った。

D12 天使



















ムシが多いわね。━ねぇ、あたし、臭う?━さっきから、ずっとムシが、まとわりついて、離れないのよ。…(「新しい天使」より、ヒナの登場シーンより)

「新しい天使」の広島公演の楽日の後、大槻オサムは自身のブログにこんな文章を載せた。

「…体験者でなければ表現できないなら、役者などなんのためにいるのか。ならばただ体験者に語らせておけばいいではないか。だが、現実には、その現場にいても語ることのできない者たちがほとんどなのだ。語る手段を持たない、または、語ることを禁じられていたり、あまりにつらくて本人が語りたくなかったり、そして何より語りたくとももうこの世にいない者たちの方が圧倒的に多いのだ。彼らの声をこの世界に現在させるために役者は存在する。そして、時間も空間も遠く離れたいくつもの声を、つなぎあわせて共鳴させることさえできるのだ。たとえ拙くとも、彼らの声のほんの何分の一かしか掬い上げることがかなわないとしても、あるいはまったくの誤解を含んでいる可能性があるにしても、臆せずに立とう、と思う。私がひるんだとして、誰かが代わりに立ってくれるとは限らないのだから。いや、実のところ、そんな肩肘張ったことでは全然ないのだ。目をそむけさえしなければ、世界はいつでもどこでも目の前にあって、私と向き合っている。当たり前に、いつどこにいようと、世界と私とは、1対1なのだ。…」

そうだ!それがワレワレのシゴト!そう思った。ちょっとオオゲサかもしれない。クサイかもしれない。けれど、仕方がない。たとえムシにまとわりつかれながらでも、たとえある種の「臭さ」を身に纏いながらでも、やるしかない。ワレワレは、所詮そういう存在なのだ。そう、思った。

しかしダイヤローグス#12を経て、更に、新しいシゴトのことを思っている。

最後のふしぎな旋律、そして黄色。それは、自分たちが生み出したものではなかったような気がする。山本泰子は、もう少しやりたかった、という様子だった。自分の手で、完成の実感を得たかったのかもしれない。でも、たぶん、自分の手から離れたところで、自分の外側で、一番大事なことは否応なく形になるのだ。希望とは、きっとそういうもの。悲しみに身を投じ、怒りや嘆きや叫びを握りしめようとしても、最後の一番大事なことは、きっとふと、風のように立ち現れ、われわれを全く別のひかりの中に立たせるのだろう。最後の曲の直前に風鈴を思わず鳴らしたのも、だから、偶然ではなかったのかもしれない。その風の前で、我々は世界といっしょにポカンと口を開いて空をみあげ、やがてこどもの顔のようになるのかもしれない。

だから悲しみの轟音を断ち切り、風に促され、静寂の中で、心待ちにしていた希望の歌が生まれるのをそっと見守ろう。生まれたばかりの無力な赤ん坊の泣き声のように力強く響くその歌に、そっと声を合わせよう。ひかりの音、ひかりの色を、そうして最後に加えよう。やがてそれはみんなの歌となるだろう。生者も死者も、共に歌うだろう。そのとき、世界も、私も、新しくされるだろう。もうひとつの地球が、現れるだろう。その日を待ち望みながら、その日のために用意された歌を、今、歌おう。世界といっしょに、肩を並べて。きっとそれこそが、ワレワレの、新しいシゴトだ。

振り返れば、ぼくにとってDialogues#12は自分自身が北九州ホームレス支援機構のメンバーとして、また牧師として関わることの多い「葬儀」にも似ていたのかもしれない、と気づく。とてつもなく悲しく辛い死に繰り返し直面する。悲惨な死を、そして骸を前にする。そのたびに、絶望に引きずり込まれそうになりながらもなお、否、そうであるからこそ、希望を語らなければならない、と思う。絶望の現実を目の当たりにしながら、そこに見えていない希望を語ろうとする。絶望と希望はそのたびにギリギリとせめぎ合い、軋む。実は結局絶望を後ろ盾に、希望に闘いを挑み、格闘しているにすぎないのかもしれない。そして結局敗北し、道を譲り続けているだけなのかも、しれない。このダイヤローグは、それと同じことであったのかもしれない、と今、思う。

だからあれほど疲れたのかもしれない。だから、何か大きなことをし終えたような感触が身体全体にあったのかもしれない。「天使との格闘」は、だから、ツカレルのだ。



ようこそ、私の、約束のマダンへ。(「新しい天使」冒頭ユウヅキのセリフ)

昨年2月からほぼ月一回のペースでやってみようと考えてやり始めたダイヤローグスの計12回を経て、ふしぎにもこんなところに辿りついた。「ここに来ることになっていたのか…」。そんな思いがライブ終了直後からこのかた、自分の中に溶け広がっている。

山本泰子さん、オツカレサマでした、そしてありがとう。アリノネ一座、お集まりくださった皆さん、ダイヤローグスに会場を提供しつづけてくださり、#12を見守ってくださったケイトミュージックさん、ありがとう。




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アリノネ極楽湯さて、ライブ終了後は、10月公演に向けた制作団交流会になだれ込む。色んな人が集って、言葉を交わして、仲間になっていく。皆さん、ナニトゾヨロシクオネガイイタシマス。

そしてお風呂屋さんにアリノネのみんなと行く。風呂上りに10月公演に向けた謀議。すまぬ、アタシは腹へって蕎麦食う。



で、酒類つまみ類買い込んで横尾邸へ。すでに未明。そこからまた、話して語って笑って呑んで食って。虫の声に囲まれて、涼しい初秋の空気の中で、静かに朝がやってくるまで。

昼前、ごそごそ起き出して、広島組、もよりのインターから高速に。先導してそこで手を振る。夏休みに遊びにきた孫達が帰っていくのを見送るじいちゃんってこんなキモチかな、なんて。

はい、バイバイ。みんな気をつけるんだよ。ひと月後、夢のような日々が待ってるよ。演じ奏で、いいシゴトをしよう。語って笑って呑んで食って、一緒に夜を明かそう。タノシミだね。

おっとチケット売らなくちゃ、お客さん集めなくちゃ。さあさみなさん寄っといで!アリノネ一座一世一代の大舞台だお立会い!10月6日、7日、8日三日限りのお芝居だよ見なきゃ一生のソンだよお見逃しなく!「新しい天使 月に一番近い丘まで」!

蕎麦と大槻オサムと会員証






DIALOGUES#12の現場に居合わせた人たちが、いろんなコトバを発してくださってる。
こんなのや こんなの こんなのも そしてこういうの(060903)や こういうのも。みなさんほんとうにありがとう。
  
Posted by aogoomuzik at 00:41Comments(0)TrackBack(0)

2006年04月16日

語りに語って夜が明けた

アリノネによる「新しい天使 〜月に一番近い丘まで〜」の北九州(小倉)公演が決まった。音楽担当として広島公演にかかわり、楽日を迎えたとき、これは終わりではない、としか思えなかった。始まった、と思った。

打ち上げの場で、アリノネの演出・田中亮太郎にも立ち会ってもらって、中日と楽日を観にきておられた脚本の池内文平さんに「北九州・小倉でできれば、と考えています」と伝え、「それは面白い」と好感触を得ていた。

そして先日、正式にGOサイン。

北九州(小倉)公演の制作団が立ち上がる。ワタクシ、団長を拝命。事務局長はピカラック谷瀬未紀。

最初の仕事は、広島でのアリノネのみんなとの総決起集会への出席参加。市電に初めて乗る、うおほほ。

雨。どしゃぶりの、雨。

会場は居酒屋「やけっ八」。大槻オサムがつい先日絵本「おこり地蔵」の朗読パフォーマンスをやったところだそうな。これも実際に見てみたいな。

雨の中、みんな集まってた。アリノネの連中の顔見ると、やっぱり嬉しくなって、ほっとしてしまう。こういうことだから、そういうことなんだなあ。

谷瀬未紀は、書類やら数字やら色々持ってきて、話を進めるモード。さすが事務局長。敬服。

しかし、ぼくの仕事は、「語ること」。そう決めてた。だから持ってきたのは台本と譜面と、音楽段取り表だけ。

ぼくにとっての「新しい天使」の意味。つまり「不思議な旅」の話。そして、脚本に描きこまれたひとつひとつの役柄や、台詞についてのぼくなりの見方。

カレーとか、うまい豚ともやしのゆでたやつとか、お湯割りとか。食いながら呑みながら、しょっちゅう台本引っ張り出しながら。

やがてラストオーダーで店、閉まる。大槻邸に移動、また、語る。

語って、語って、夜が明けた。

ちょうどいいや、じゃね、とそのまま雨の広島の朝へ、と。

そして小倉へ。そう、ここで、なんだ。

よっしゃさあ、来い!

楽しい日々が、始まった。  
Posted by aogoomuzik at 02:13Comments(0)TrackBack(0)