41TN0B6DT9L._SL500_AA240_.jpg声の網 (角川文庫)

■一般的に“その小説が何時書かれたか”に拘わらず名作は名作みたいな言い方ってありますよね。よーするに本当に良い物は時代を超えると言うヤツ。逆にそれが何時書かれたかがむしろ重要な作品っていう種類のものもあって、星新一の「声の網」を読んでこれは正しくその系統だなぁ、なんて思ったんですが。

■星新一ったら代表作はショート・ショートで、実はこの本も複数の短編を繋ぎ合わせて最終的に一つの作品にまとめている形ですが、短編それぞれが話的に切れよく落ちてる訳でも無く、結局最後までまとめて読まないと意味が通じないと言う点で、普通の中篇小説だろうと思う。先に2冊ほどショート・ショートを読んで、確かに今読んでも十分面白いと思ったんだけど、比較してこの本を読むと何故かこの中篇が一番星新一の凄さを実感できた。ショート・ショートではどうしても抽象的な表現が中心になるのに比べて、“声の網”はちゃんと具体的な場面描写とデティールの描写がされているので、イメージが頭にぶれが少なく浮かび易いというのが大きいか。それとショート・ショートの宿命としてそれなりのオチがないと作品として成立しにくいので、どうしてもネタ的な印象が残ってしまうと言う部分。対して“声の網”には正直切れの良いオチは無いのですが、その分この本で書かれているテーマそのものが読者にストレートに入って来易いのだと思う。簡単に言うと普通のSF小説として読めますよ〜と。

■タイトルで勘のいい人は気が付くかもしれないけど、この本が描いてる世界は現在のネット社会そのものだったりするんよね。この本の実質的な主役と言える“電話”とその向こうから聞こえてくる謎の声を、そのままPCとインターネットの世界に置き換えることが出来るくらいに正確に予想された未来の話(デティールの表現は古いくても本質の部分は驚くくらい今そのもの)。一つだけネタばれすると(結構話の最初のほうで判るの事です)謎の声の正体は”コンピューター”です。いや、もうそりゃ、こんな題材で2008年現在まともに通用する作品が書けるわけないんです。が、それがこの作品が書かれたのが1970年だと言う事になるとそれはそれだけで十分読む価値が出てくるんじゃないかと思うんですよね。僕なんか。38年前ですよ、38年!ネットの海にコンピューターの自意識が目覚めるのアイデァを攻殻機動隊が描く何年前だよって話。最終的にそこに神の存在の影を匂わせるラストの秀逸さ。

■この本の1篇に登場する人物が語る情報とエネルギーについての考察がまた面白い。

「水力発電の知識の無い時代には、水を見てもエネルギー資源とは思わなかっただろうし、ウランを含んだ鉱石が大変なエネルギー源だとは、夢にも考えなったに違いない。ウランの鉱石なんて、もともとはただの石っころさ。エネルギー源は原子力の知識の方だ、と考える方が自然じゃないかな。」

「そう難しいことじゃないから、気楽に聞いてくれ。この宇宙のそもそもの発生。学説によるとこうだ。はじめは無だったんだ。なんにも存在しなかった。そこに、百数十億年だか昔に、ひとつの爆発がおこった。爆発と言う現象は、エネルギーの飛散なんだ。飛散のと言う事によって、空間が意味を持ち始める。四方八方ということでね。空間のなかを移動することで距離が生まれ、それは時間と言う意味を持ち始める。時間の作用によってエネルギーは冷却し、物質となる。物質が出現し、物性物が出現する。生物は進化し、人間となる。人間が思考を始め、これが文明だ。そこでさっき話した文明の進み方だが、順序が今の逆になる。生物、物質、時間、空間、エネルギーだ。もう少し進めば爆発を経て無に至る。」

「ははぁ、文明とは宇宙の進化の回想という事が言いたかったんだな」

■ネットによって時間と空間の壁が取っ払われると言うことの意味について、“ビックバン以前の無の状態への進化”と言う発想がすごいなぁと思った。この発想は無かったわ・・・。この本を読むと、恐らく一般的な星新一に対するイメージがかなり変わるかも。少なくとも僕はそうでした。