S.K式*

ロゥテンションblog

カテゴリ: 電脳コイル

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■電脳コイルの球ちゃん完成したよ。特殊な技法で作ってるのでメカらしいソリッド感がうまく出せたような気がするよ。本体色はちょっと悩んだ。真っ白じゃないんだよね。ちょっとブルーがかった薄いグレーと判断。

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■「びびびっ、びびびっ」消去してます。イリーガル消去してます。

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■逃げてます。超逃げてます。

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■あきらめたようです。泣いてます。半泣きです。

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■仲直りしたようです。一緒に記念撮影。

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■「あの白いのウザくねぇ」「しょぼ~ん…」

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■ころ〜ん。気が付くと机の上から落ちてます。南無

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■最近ぽちぽち電脳コイル見返してる。勢いが付いたので以前造りかけてたイリーガルを完成させてみたよ。バグパーツは取り外し可能。この勢いで球ちゃんも完成させるっ。

■WBC面白かったですね!イチローの伝説にまた新たな一ページが。もう一人の一郎はどうしようも無いけど。丁度仕事の真っ最中だったのでリアルタイムでは見れなかったんですが、定期的にTwitterのTLを覗くだけで試合の進捗具合が大体分かってしまうのが凄いと思った。

■先週の日曜にいきなりデスクトップPCのHDがクラッシュして起動しなくなった。何度か付けたり外したり(意外とそれだけで直るケースも多い)してみたけど今回は駄目っぽいので、翌日秋葉に出かけて1TBと500GBのHD2台買ってきた。OSインストールはSSDにインストールしてみたいなぁとも思ったんですが、調べたらプチフリがなかなかネックっぽいしHDに比べるとまだまだ割高で信頼性にも不安があったので結局見送り。と言うわけでメインPCの内臓HDが1.8TBになったので色んなHDに分散していたアニメ動画やらを全部ひとつにまとめたりしてた。おかげでこの二日ばかり時間が潰れたがOSクリーンインストールは精神衛生的には中々よい。でもメンドイなり。

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■簡易撮影ブースとか作ってみた。CHOCOさんのまね。ロールスクリーンはニトリの通販で2500円くらいで買える。凄く便利だ。もっと早くやっとけば良かった。撮影後にワンアクションでバックスクリーンが収納できる快感!


泣いたわ。この組み合わせは卑怯。とにかく歌詞と電脳コイルの世界観のシンクロ性に注目。観れ。

■「都市伝説によると、電脳ペットは死んだ後ある場所に移り住むようです」

■謎の解明について

・4423はイサコの患者
・彼女の治療の為に設置された実験医療空間”4423”が”あっち”の原型
・ノブヒコが死んだのは「イサコが願ったから」では無く交通事故の直後にすでに死んでいた。
・”あっち”の空間の機能とはノブヒコの死を知って心を閉ざしたイサコの心を癒す為にイマーゴを使い心を埋める物(ノブヒコそのもの)を電脳空間に再現することに有った。要するに心理治療の未来版か。
・その空間が何らかの原因で変質し停止した。(これはつまり”あっちの世界”でイサコ自身がつくりだしたノブヒコと共に二人だけの永遠の世界を望んだイサコが外部とのリンク自らを切ったと言う事でしょう。)
・ヌルキャリアを使い自分の意識を分離させ、リンクを絶ったイサコの世界をもう一度外部に繋げる為に探しに電脳空間に入っていったのが、オジジことヤサコのおじいさん”小此木医師”
・子供の頃やさこが出会っている4423を探しているイリーガルがその”小此木医師”
・”小此木医師”は精神と肉体の分離の際、身体に負荷がかかり死亡した。…大人にイマーゴは上手く適応しないと言うのは、子供の頃は自分の体と心の結びつきを自覚する事が無いが、大人になるにつれて強く意識しだすと言う部分で説得力がある。大抵の大人が歳を取るにつれ現実味の無い夢を見なくなるのは自分の身体にどれほどの能力が有るのかを知ってしまうからかもしれない。それが心と体が強く結びつくと言う事だとしたら確かにイマーゴ機能は子供により適応するんだろう。

■ざっと上げただけでも最終回でコレだけの謎の解明をメガバアに語りで明かさせたのはあまり上手い方法では無かったというのは正直な所。ただ、こう言う謎と言うか設定がなぜ作られたのかと言うと、ひとえに電脳コイルと言う作品の中でキャラクター同士の繋がりと心の交流を描く為のガジェットに過ぎないと個人的には受け取っているので、そこは流してしまって良い部分なのかもしれない。

■結局、最終回で感動させられたのは”死んでしまったモノ”達との再会とそれに続く、本当の別れが描かれた部分だったから。オジジは自分が死んでしまってあっちの世界を彷徨いながらも、孫であるヤサコの心配を最後までしていたし、初めから電脳空間で生まれたデンスケはイリーガルになってしまっても飼い主であるヤサコのコトを忘れずに最後まで自分が生まれた意味を全うした。其処がちゃんと描けてただけで十分良い最終回であったとおもう。

■最後の猫目の攻撃を撃退するのは絶対にフミエでなければいけなかった。あそこで宗助と兄弟のタケルが出てくるのは判るんだが、そんな理屈よりも作品のカタルシスとしては視聴者があれだけ感情移入したフミエをいまいち良く判らない理由でフェードアウトさせるより、あのワンシーンだけでも活躍させて欲しかった。絶対そうするべきだったし電脳コイルと言う一つの作品の中でフミエが持ってる存在感を使い切れなかった無念がどうしても残る。最後に中学生フミエが見れたのはそりゃあ嬉しいけど、小学生最後のあの瞬間、あの時期にヤサコとイサコと一緒に戦った記憶をフミエにも持ってもらいたかったなぁ。これは1話から見続けたファンの切望に近い思いですよ?磯監督。

■エンターティメント作品と言うのは、視聴者が感情移入していない人間を最後の方で活躍させてはいけないと言うのを改めて勉強した気がする。

■イサコを救う為に最後にヤサコが電脳ダイブ(笑したのは4423空間では無く直接イサコの心の空間に飛んだと言う認識であってるのだろうか?

■ミチコのセリフ…イサコの心の声

「ココでは大人になる必要など無い。何時までも甘くて切ない気持ちで居られる。ずっと子供のままで居て良いのよ。」

「何も要らない。大人になる為の、痛みも、悲しみも」


■もちろんこの作品のテーマとしても、子供向けのメッセージとしても、世間一般的な認識としてもそれに対する解答は

「其処に何時までも居てはいけない」


なんでしょうけど、僕はこのこの歳になってもこの部分に関しては自分の中で意見の齟齬があってどうしてもどちらが正しいと言えないんだよね。何故子供のままで居てはいけないのか?痛みとか悲しみって絶対に体験しなければいけないものなのか?大人の自分的には当然大人になって痛みとか悲しみとかを経験しないと薄っぺらな人間になっちゃうし、生き辛いよ?と思うのですが、それはでもあくまで生き辛いだけで、生きていけない訳では何だよね。世間から批判的な目で見られることを受け入れさえすれば、別にずっと子供のままでも生きて行けなくはない。

■最後に役割的な部分で仕方ないとは言え、ヤサコにあまりに真っ当な意見を言わせてしまった部分については少し違和感が残る。

■イリーガルが何かの感情の残滓っていうハラケンのセリフが好きだ。

■最初に提示して見せた世界観やらに多少惑わされた感がありますが、終わってみれば描こうとしていた事は凄くシンプルで古典的であったのだと気付かされた。心の葛藤って奴を電脳空間と言うネタを使ってリメイクして見せたと言ってもいい。もしかしたら発想は逆かもしれない。シンプルで古典的な事を描きたかった為にお膳立てとして電脳空間やイマーゴやイリーガルや暗号屋という小道具を用意したのかも。

■ヤサパパがコイル探偵局会員番号1番とかこの際どうでも良いですな。ヤサパパ完全にカミングアウトのタイミングをミスってる(笑 それと会員番号3番が猫目とかさらにどうでも良いわ。つかもう最終回に猫目は出なくて良いです。邪魔。

■それでも、最後の中学生の制服を来たヤサコと、小学生になった京子が桜並木の下を歩くシーンは〆としてはこれ以上は無いくらい良かったな。消化不良感も少し残るけどこれで総てチャラです。


わたしは、友達というものはよく判らないんだ

でも、おまえは・・・そうだな

同じ道を目指して、同じ道をまよった、仲間だ

でも、仲間なのは同じ道を目指している時だけだ

わたしみたいなにんげんは、いつまでも他人と一緒に居ては

自分の道が見えなくなってしまう

またあおう

おなじ道を迷ったとき

それまではさよならだ

わたしはイサコ

名付け親は、あんただ



1話から書いてきた電脳コイルの感想はコレにて終了。
ありがとうございました。

■自転車漕ぎながら思わず寝そうになるくらい疲れておりますが、コイルの感想だけは。

■「コイルスの資料によると、ヌル/キャリアは始め心のカケラを集める探査装置だったそうです」

■まゆみの話からヤサコの過去が明らかに。大勢が予想していた通り”黒ヤサコ”と言えばたしかに”黒ヤサコ”な性格だったようで。みんなと一緒にまゆみを無視したり、表向きは良い顔して裏では友達を呼び捨てとかけっこうやりたい放題。ただし自分から積極的にと言う事では無かったようで、多分回りの雰囲気に逆らえずについと言ったところか。

「それって、本当に友達?」

「私のときと同じで、あなたは友達のふりをしてるだけなんじゃないの?」

「優しいふりして、でも困った時には助けてくれなかった」

■ここまで言われる主人公も前代未聞!でも、素直なのが取り柄ではある。

■おばちゃん出オチ(笑 はまあこの際どうでも言いのですが。

■ヌル/キャリアは精神をあっちの世界と、こっちの世界に移動させる為の乗り物だったのか。その他にも次々と今まで謎だった部分が明かされてちょっとした祭りな様相ですが、ココまで来るとそう言う些細な謎はあまり重要に思えない。ヤサコとイサコがどうなるかと言う話の中心部分が気になりすぎるからだ。これってシナリオが良い出来って事だよね。謎を放置せずに解明しつつそれがメインにならずに主人公を描く方により注力出来てるのはなかなかプロのシナリオさんでも出来てない事多いもの。エヴァ以降それが顕著だったのでおんなじことされたら流石に最後でテンション下がる所でしたが、残りは後一話。安心して最終回を迎える事が出来そうです。パチパチ。

■だが今回最後に明かされた取って置きの謎だけは別格でしたな。

■そう言えば2回目見返しててアレ?と思った。猫目が「もみ消しお願いします」って電話で頼んでたのは誰なんだ?や、もう最後に残るのはたぶん○○パパしか居ないような気がしなくも無いですが。

■それはともかく、猫目がタケルに向かって「いい加減にしないとその口を塞ぐぞ!」ってセリフ吐いたとき”あっー!”となったのは自分だけでは無いはず。確信犯め!(笑

■はざま交差点の古い空間。ヤサコが通った大きい側溝が”天沢退ニ郎”の”光車よ、まわれ!”の中で主人公達が通る子供達だけの秘密の通路(中にトロッコのような設備を作って緊急時には一気に駆け下りる事も出来る)描写とイメージが被る。この二つの作品の類似性は他でももうすでに散々語られてるし、磯監督のイメージソースの一つなのはほぼ間違い無いだろう。

■今回の真の主人公は間違い無く”サッチー(タマ)”。サッチーのデザイン自体がコレまででもっとも生きた使われ方をしてたんじゃない?タマのボディのなかに取り込まれたヤサコの絵面の可愛い事っ。萌え転がる。ヤサコが電脳化されてるからこそ出来た絵で、これは上手い!で、そのあとだんだんスピード上げて行くにしたがって、形体も徐々にトランスフォームしていくのがたまりません。

■サッチー飛行形態。誰が予想したか。しかしなんと言う巨大な電脳空間。

■タマの振り向きざまの最後の一撃とその後の行動に涙。

■イサコは秘密の暗号。イサコの言動には総てちゃんとした理由が有ったんだな・・・。

■しかしこのイサコをめぐる展開はエロゲが最も活気があって、ヤングアダルト層向けのジュブナイルとしても機能していたアノ時期の一部の先鋭的なタイトルを髣髴とさせるわ、個人的に。いわゆる世界系の走りに当るような作品群と。ただ、電脳コイルがこう言う方向で〆ようとしてる事には少し驚きもあるな。

■今回EDが無かったのがもう最後って感じを盛り上げてた。

■4423は物語の核心

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