2011年11月25日

「美しい日本語」によせて

『僕たちは、出会ったものにつくられる。』

町の再開発で、「珈琲サボ」は取り壊されることになった。
ちょうどサボの仲間たちが、
散りぢりになろうとしていた頃だ。
皆でつくる自主映画も、もう続けられない。
お別れ会は競馬場で、と決めたのは誰だったか。
九八年の、強豪だらけのジャパンカップ。

スタートの瞬間を、ビデオカメラのファインダーでみた。
僕は自分の賭けたエルコンドルパサーにまずフォーカスし、
それから皆の顔にカメラを向けた。
マスターは沖縄に帰る。藤原さんはシンガポールへ転勤だ。
リエちゃんは仙台へお嫁に行く。
僕を映画づくりに誘った矢尾君は、行方がわからない。
町は空っぽになる。
僕はひとりでどこへ向かえばいいだろう。

直線で三頭の日本馬が抜け出した。
スペシャルウィーク、エアグルーヴ、
そして先端に、いや、頂点にエルコンドルパサーだ。
そのままゴールに突き刺さった。
大歓声のなか、カメラのマイクが藤原さんの声をひろった。
「強いやつには強い相手がいたわけだ」
そうだ。
エルコンドルパサーが名馬なのは、
エアグルーヴが、スペシャルウィークが、いたからだ。
あのグラスワンダーや、
この世を去ったサイレンススズカと、かつて走れたからだ。
出会いは残ってゆく。
「エルコンはフランス行きそうだね」
リエちゃんが言った。
この馬なら海外でも負けないと僕は思う。

未知へ向かうとき僕たちは、
そこにいない誰かとの共同作業で進むのだ。

ひとりで最初からやってみよう、と思った。
姿を変える町に残って。
矢尾君に借りたままのこのカメラで。
あたらしい、僕の、映画をつくろう。
なんて決意も知らずに、
仲間たちはすっかり酔っ払っていた。

これは、今年のJRAの新聞広告の文章である。http://jra.jp/topics/koukoku/

読んでみて、とてつもない名文だと思った。ここ最近読んだ、どんな文章よりも圧倒的に上手い(美味い)。
次点で
「地面がスポンジのようにふわふわとして心地よい。
帰宅しようかと駅のほうに足をむけると
少し先に酔い心をくすぐる赤提灯がぽつんと一つ。
提灯には「おでん」と書かれている。」
http://syudouraku-kobayasi.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-2910.html
の四行が上手かった。
(地面が「スポンジのようだ」と直喩法で書いてあり、それに「ふわふわ」という声癒法を一行の中に混ぜてあるのだ)

話を明日発走のジャパンカップに戻せば

「お別れ会は競馬場で、と決めたのは誰だったか。
九八年の、強豪だらけのジャパンカップ。」
この二行が圧倒的に上手い。

競馬場での次に読点がきて、リズムとしては言い切る形になってる。響き的にも話し言葉のように感じることが出来る。そこに「と決めたのは誰だったか」と続いて過去推量。
しかも最後にジャパンカップという名詞で終える体言止め。

「九八年の、ジャパンカップは強豪だらけだった」でもなく「それは九八年の、強豪だらけのジャパンカップだった」というような野暮な言い方はしない。
「の」が連続するがクドさがないし、語順も計算されているように思う。体言止めといい、詩や短歌に親しんでもいる、相当な手だれと見た。
(形容詞まみれのタルい文章を書く人は、このような極限まで無駄を排した簡潔な文章を書くべきだ)

だが、この上手過ぎる文書にジェラシーを感じて仕方が無い。
(しかも、五人と五頭の馬を対比させているし)
よって、一筆書いてみることにした。


『勝負はまだ終わっていない』

「99年の中山競馬場。僕は乙さんと一緒だった。

船橋法典で降りるとそこは、人でごった返している。
正月用品を買わなくとも、このグランプリが終わらない内は競馬ファンに新年はこないのだ。
二人で、ターフビジョンの前に立った。
僕がグラスワンダー。乙さんはスペシャルウィークを応援している。春のグランプリ・宝塚の借りは今日で返すと乙さんが言った。この引退レースを勝って花道を飾らせてやりたいとも。
こちらもグランプリの連覇がかかっている。負けてイーブンは嫌だった。

ファンファーレと共に、自然と手拍子が起こり歓声もあがる。その吐く息は白く透き通っていた。最後はグラスワンダーとスペシャルウィークがゴール板に飛び込んだ。乙さんは前を向いたまま黙ったまま。着順掲示板には審議の赤いランプ。僕は馬券を 持つ手に力を込める。
ハナ差の死闘。運は僕の方が勝っていた。

決着がついた後、ぽつりと乙さんが言った。今度はこの馬の息子が雪辱してくれるはずだと。
それまで僕たちは来年も、それから先もずっと、暮れの中山を訪れることだろう。
勝負はまだ終わっていないんだ」

(書き手末尾)
今の日本競馬界は、海外種牡馬を崇拝していた時代とは違い海外種牡馬の血を引いている馬が主流だが、今日では立派な内国産種牡馬である。
その馬たちが続々と輸入される海外種牡馬に優る繁殖生活を送っている。だから続々とかつてのG1馬の子供たちがターフで活躍しているのだ。
グラスワンダーはクラシックに出られなかったが、その息子は出走できる。グランプリだってそうだ。
今まで、憧れであった「この馬の子供がターフを駆ける姿が見たい」は内国産種牡馬優位の今日では、現実のものになっている。
ステイゴールド→オルフェーヴル、グラスワンダー→アーネストリー、スペシャルウィーク→ブエナビスタ。

今回のフィクションは、そんな血の生み出す次世代のドラマを象徴した、あの時代に暮れの中山競馬場で語り合った事と2011年の競馬界を繋ぐ、そんな意図がある。
内国産の春に乾杯!!!!

ぶっちゃけ、有馬記念までひと月まだ余裕ありますけどね。今年はクリスマスと被るし(笑)

aoidool at 22:17コメント(0)トラックバック(0) 
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