2018年04月19日

生粋 きっすい であり 生いき

結果、それが偶々 御客さんの為になった。。。


前回書いた文章なんだけど



なんだか 妙にフィットして  好きだ。




偶々・・・(たまたま) 
ある条件が偶然に揃い、現象が偶然起こったことを意味する。




仏教では偶然は無く必然しかない。
因果の道理というやつだ。
撒かぬ種は生えぬ。。。。というやつだ。



即ち、  自己研鑽の為に励んだ結果が偶々お客さんの為になったというのは
己の計らいや己の力でお客さんが喜んだのではなく、 励んで努めた種が
何らかの作用によって、お客の喜びになって自分に返ってくるというロジック。
そして良縁現象というやつだ。


これだと何だかめっちゃすっきりして納得。




先日、設計中のクライアントご夫婦と打ち合わせの中で
「どうやったら 施工事例の方々のように素敵になるのか?」を聞かれましたが…
私の答えは「わかりません。。。偶々です」となるw

まじで正直に。

だって本当に解らないのだ。





でも研鑽して自分のやりたい新しいデザインや取り組みを
毎回毎回積み上げてきた結果がこの現象なのだ。私の力ではなく。
良縁の外力により出来上がっているのだ。
私が作ったし、施主が作ったし、職人がつくったのだ。




「社長のこだわりですか?」と仰っていただけるのだが、
たぶん僕ほど拘りが無い男は、あまりいない。
しいて言えば拘らないという拘りなのだ。




それぞれのお家の色はお客さんとの会話やお付き合いから
導き出された形・現象なのだ。 そして究極論・・・・
それらは夢幻なりっと何時も思う自分が心に存在するのだ。

家を作っときながら、無責任かもしれないが
心のどこかでいつも思っている。
(執着しすぎませんように…)っと。




だから施主様たちには、さらっと…
軽やかに、かっこよく
「こんな家なんでもねぇよ」というぐらいの
スタイルで執着せず住んでもらいたい。

それが御茶道でいう「わびさび」であり「粋」である。
これも日本から失われている大切な価値観。



それが無理な「一生に一回の清水の舞台から飛び降りる家づくり」の方は
どうかハウスメーカーさんでお話をし、
ハウスメーカーさんから与えられる枠の中で家づくりしてもらいたい。





僕じゃなくていいよね
っということだ。










aokazu0319 at 11:53ひとりごと・・ | 建築 この記事をクリップ!
略歴

青山圭成

1977年3月19日生まれ。A型。日本大学工学部建築学科卒業。一級建築士・一級建築施工管理技士。趣味は歴史散策・歴史小説。

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