2019年01月04日

福禄寿松竹梅鶴亀

正月3

妻の実家に挨拶へ行き、兄妹皆で食卓を囲み、子供たちは従姉と遊ぶ。目の前にある現実は当たり前ではない幸せだと感謝したい。しかし、妻の実家は何故にこんなに居心地が良いのだろうか? 誰かに気を使って生活をしなければならなかった僕の実家とは違い皆が丁度いい距離感で安心する。

4日は久しぶりに親友のサエちゃんからお誘いを頂いて如庵がある有楽苑に初釜に出掛けた。サエちゃんと会うのも9月ごろ以来。

また御茶道と接するのも同じく9月ごろから無くなってしまっている。仕事に忙殺され一向にお稽古に行けないので、ついに先日先生に暫く御休を頂いたところだ。


サエちゃんが初釜にさそってくれたことで、お茶道の感覚を少しだけ思い出すことができた。。まぁ、とはいえ袱紗や懐紙、扇子を全て忘れてしまった。サエ殿からお借りしたので事なきを得ましたが。。







今年の席主は表千家同門会 愛知支部 専任理事 林威 氏 だそうです。
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最初寄り付きでお道具の説明があるのですが、そこで説明してくれた方が一言。 「正月のお道具はねぇー福禄寿松竹梅鶴亀でしか所詮ありませんからねー。」なんつって仰有る。 つまり、その道具さえ押さえておけば初釜なんて道具組良いから!みたいな…(笑)意味だと思います。 その言葉聞いた瞬間にtensionが下がります。 (だったら、その概念を壊すぐらいの感覚見せろよ!)と。。思う。

   当たり前のことを当たり前にこなすだけで、それをひけらかすコメント(笑) そりゃぁないだろ…。何なんだ。。この世界は。 「先生、先生」と言われ過ぎて、己を過信しすぎていないか??人間を演じることが酒落臭くなり過ぎてるのではない? 

 人間は幸福感を自ら作り 食い扶持の録を 汗水ながして手に入れ感謝し 壽、命 息の内に心を解決する。それを教えたのが福禄寿ではありませぬか。。

寒い中でも気高い品位の緑を保つ松。 風雨、風雪でも志を曲げず真っ直ぐ実直に育つ竹 。寒さの中でも先んじて香りを放ち花を咲かせ、回りの生きとし生けるものを楽しませる梅 。人としての有り様を教えた事が、松竹梅でないだろうか?  鶴は千年 亀は万年と無量寿の命を 得んがために願う法味愛楽の糧とする教えが  鶴亀ではない?

 生きる為の意味を 正月で教えられる初釜であって欲しいと 私は願う。 決して 不審庵のご機嫌取りや 宗匠達の箱書きがある  お道具や知識のひけらかしで終わってはならない。


人間は全て
不完全で汚き生き物なのだ。
俺は凄いの個性など
糞の蓋にもならんのです。


人は汚く切ない…けれど時間軸未来に向かって、前にしか向けない健気な生き物で、意識の生命情報の違いが、各個人の多様性がある事が尊いのだ。


社会情報で客観視された、当たり前だと云われる概念や価値観に、自分だけの思考を乗っ取られてはならない。




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aokazu0319 at 13:31お茶のこと  この記事をクリップ!
略歴

青山圭成

1977年3月19日生まれ。A型。日本大学工学部建築学科卒業。一級建築士・一級建築施工管理技士。趣味は歴史散策・歴史小説。

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