ひとりごと・・

2017年11月17日

日曜日、犬山市 市民茶会なのに水屋おてつだい、スクーリングで行けません。

漸く クローゼットの夏物と冬物を入れ替えて、心に引っかかっていた自分の衣替えが出来、少し肩に乗った憑き物が降りたようだ。


ほっとしてる。
中々時間がない。


子供達のを終え、自分のが一番最後まで残っていた。これが軽いストレス要因ですらあった。
衣替えの季節は10月だと言うのに、既に11月。
霜枯と時を同じにしてしまい、少々汗顔のいたり。




明日はBIM の入門スクーリング。
3D作成のPC 作業は苦手。。


5時半起きで京都。


スクーリングは講師の方以外とは、誰とも一言も喋らない(笑)昼食もとらない。ひたすら作業か読書。。。


形容詞みたいに表現すれば

ネガクライアンス 


それがまた居心地がいいのだ。






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2017年11月03日

流れ去る異常性

人間も難しいし

社会も難しい。


みんな周りと比較して
ありもしない普通を持ち出して
あたかも自分が正義だとふるまう。


テレビのNEWSは気持ち悪い
言葉が羅列されて
食事も美味しくなくなる。


死にたいと思ってしまう
病気を抱えた人がいても
心配もせず 弱さを責め
まるで石ころが落ちている
かのように、気にもしない。



異常だろ。この社会。
不完全すぎる。

金に心を奪われた
人類の末路だ。



月の光で癒せ
太陽の光で焼きつくせ。


真の人と人の繋がりは

すがる人と救う人との
関係性で露呈する。
普段社会の金銭目的の繋がりなど
繋がっているような気がしている
だけで、繋がってなんかいやしない。


すがることもできず
救うことも出来ない
人間の愚かなプライドは
本来ある素直さを餌にして
死ぬまで心のなかに巣くう。



人間の根底にある得たいの知れない
寂しさは 独生独死から脱け出す
ことの出来ない如何ともしがたい
ルサンチマンの現れ。



その寂しさから目を背けず
もっと哀しみ、もっと慈しみ 
もっと祈れ。現代社会に足りないのは
この真摯な素直さだ。



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2017年10月31日

稲麦粟豆稗

最近の社会のハロウィンっぷりには、少々困惑している。収穫祭だというが日本人なら新嘗祭やろ。。。と思ったりする。

新嘗祭は五穀を天神地祇に勧めて、自らも食し感謝する日。


11月23日

今でも「勤労感謝の日」として
国民の休日になっている。 



感謝する。
吾、唯、足るを知る


それがハロウィンやろ。



[画像:120566ce.jpg]




母親(妻)は全く男っぽいのに 娘はめちゃくちゃ女の子っぽい。 妻が扱いにくいとぼやく(笑) 確かに表情がね(笑)

aokazu0319 at 22:01 この記事をクリップ!

2017年10月22日

ジンセイ

台風 直撃しそうですね。
現場や会社の台風養生をしましたが、会社ごと丸ごと飛んでいきやしねぇか…と少々びびっております。



最近、私宛に先物取引やら投資の電話が頻繁にかかってきます。挙げ句の果てにはお袋が知人からネズミ講みたいな儲け話を頂いたらしく、いつの世も、人の心は金の事や、現状の生活を良くする事ばかりに関心がいき、非現実主義者の夢見るおっさんの私としては、世に辟易しているのが本音。



「サヨナラだけが人生だ」とは誰が言ったか知らないけれど


一休宗純曰く

「世の中は起きて稼いで寝て食って、あとは死ぬのをまつばかりなり」
「大空の月、もろもろの水に宿りたまうといえども、濁れる水には宿りたまわず、澄める水のみ宿りたまうがごとし」
「夫れ人間あり様 万事とどまる事なし もとより生のはじめを知らざれば 死の終をわきまへず」


そうゆうことを
僕の茶会では表現できたら
素敵だと想うな。

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2017年09月04日

言葉との出会い

雨漏りとか外壁とか、よくリフォームを頂戴するお客さんが「青山くん、この本読んでみて!私は感動したから」と一冊の文庫本をプレゼントしてくれた。


[画像:b9d5a5da.jpg]


それは、鵤工舎(いかるがこうしゃ)という、代々法隆寺の番匠家系である宮大工さんの棟梁たちの生きざまや思想の本だ。


まだ僕も読んでいる途中なのだが…
既に序盤でエモーショナルな打撃戦を打ち込まれている。


番匠の家系は口伝で、父から子に伝えるものが幾つかある。技術やテクニック的なことを口伝するのではない。

例えば…


「神仏を崇めずして、社頭伽藍を口にすべからず」。これは、神の道を知らんものは神社建築を口にするな、また仏の道を知らぬ者は堂塔伽藍をくちにするなというような意味です。

そして、儲け仕事に走ったら、心が汚れる。汚れたら堂塔伽藍は触ってはならぬという教えもあるらしいのです。



僕は正直、性格的に商売に向いていません。なので、毎年の決算書をみていつも項垂れています(笑)  けれど、この文章に出会って少しだけ勇気貰いました。


今のまま 頑張ろうって
思えた。




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