建築家

2018年07月05日

レーモンド談義

マンションのリノベの打合せに、先方の御自宅兼事務所に伺いました。

御自宅兼事務所は某有名建築ユニットの建築家の方が設計した建物。書籍も出されるような建築家に依頼した方が、わたくしにおこえがけ頂けることすら、身に余る光栄で…ただただ恐悦至極なのです。


お家はpassiveを主体に、中々納まりもいい感じ。。ですが、何だか身に余ると言っておきながら、俺もやれる!!(笑)的な(笑)反骨精神みたいなのが沸沸と沸いたりして。


それより何より、住み手、施主様ご夫婦の情熱が凄い。各所でアイデアと住む工夫が創意が表現されている。


建築家の方より、先方ご夫妻の情熱に感服。




いい時間を過ごさせて頂けた。


まだまだがんばるぞ。僕も。
負けてはいないと自画自賛。



KIMG0892



ご夫妻の玄関にあったKAWAIの電子ピアノ。ちょうど欲しいと妻と話をしていたところだったので、いい出会いだった。


しかし、2階には更にこれを上回るピアノが置いてあった。


アントニンレーモンド。

建築家。



フランクロイドライトの弟子。


彼がデザインしたピアノシリーズだそうです。。レーモンドがピアノをデザインしてたとは知らんかった。

IMG_1300


この東海地方だと南山大学とか三重大学のレーモンドホールが有名。 我が地元 明治村にあるフランクロイドライトの帝国ホテルの現地管理を任されたのもレーモンド。



実は行ったことがないのだが、必ず行ってみたいレーモンド関係の場所がある。日光にある旧イタリア大使館別荘。これもレーモンドだが、なかなか素敵すぎる建築なのだ。



マンションリノベの打合せに行って、レーモンドについて話が出来るなんて(笑)とっても素敵な時間だった。


帰りには手作りバイオリンを頂けた。
何だかウキウキする1日だった。



しかし、いい建築やいい住宅は やっぱり建築人の腕も、勿論あるが 施主の情熱と器量とのCHEMISTRYなんだと、理解した。






aokazu0319 at 23:22 この記事をクリップ!

2017年11月20日

設計集団シーラカンスのスペースブロック設計思想は、はたして成功だったのか

スクーリング2日目
朝ホテルで目が覚めたら
実家から電話。   



港区の祖父が亡くなったとのこと。


11ヶ月前の大晦日 祖母が亡くなり
一年経たず 祖父も他界しました。
やっぱり人には必ず「死」がやってきます。祖父も前日まで元気だったみたいです。


僕らはもう麻痺してしまっています。自分が自分によって生きていると錯覚しています。呼吸は自発的ではありません。空より強制的に送り込まれてくるのです。



生かされていることを
自覚し大いなる力に委ね任せきる。
信じきる。己の計らいは捨てる。

それしかないな。。。と
改めて考えました。



スクーリングは昨年亡くなった建築家の小嶋一浩さんの、スペースブロックハノイモデルをBIM で簡易的に立ち上げる講義。

[画像:068709fd.jpg]


[画像:912ea3fe.jpg]



祖父のお通夜はスクーリング二日目で参加出来なかったので、明日葬儀に確りと「ありがとう、お疲れ様」と伝えてこようと思います。 

カオスな人生という波を最後まで生き抜いたことだけでも、疲れただろうな…と推測します。


明日は業務滞りますが
何とぞ御容赦のほど。
m(__)m





aokazu0319 at 00:19 この記事をクリップ!

2017年11月04日

移住と湖畔

移住したい気持ちが

僕の心には存在する。

移住するなら 

フランスかイタリアか



まぁ 非現実的なのでそれ以上は空想しないが。。。でも、移住とまでは行かなくとも 喧騒から離れた場所に自分の設計して施工した家で畑仕事して暮らす。それは是非とも叶えたい。


海外の家庭は日本の様に、齷齪していない。子供の習い事も仕事で帰宅が遅くなることも、日本の様に頻繁ではない。家族皆で食事の用意をし、テーブルクロスをさっと敷き、花を飾り、食事を会話と共に楽しむ。


健全で当たり前のことが
異常な日本社会では中々出来ない。
大切なものを無くしてしまっている。


その食事の際には大きな窓から水面がみたい。時には庭先にでて水面に近づき食事をしたい。 だから湖畔に移住したいと思っている。



1924年 フランスとスイスにまたがるレマン湖畔にル・コルビジェが両親のために建てたレマン湖畔の小さな家がある。最初から湖畔に建つ間取りやプランありきで土地を探した結果、ルマン湖畔にたてられた。


[画像:99d4a5f5.jpg]



[画像:45e7098b.jpg]



いまこの小さな家をドローイングしている。毎晩コツコツと線一本一本、刷毛で鉛筆粒子を払いながら、手を掃除し紙を汚さないよう養生しながら。。


出来上がったらモデルハウスに
絵画として飾ろうと思っている。

aokazu0319 at 11:39 この記事をクリップ!

2016年08月22日

黄氏の作品

台湾で設計を続ける若手建築家集団  「フィールドオフィスアーキテクト」の1人黄聲遠氏の羅東文化工場を見させて頂く機会がありました。黄聲遠氏は台湾の宜蘭で活躍されている方です。



























構造物としての魅力も凄いですが 何と言っても… ここに自然に人々が憩いに集まり時間を過ごしている空間がもつチカラに圧倒されました。





自由な平面
自由な立面
屋上庭園
ピロティ
連続する水平窓


の…コルビジェ 近代建築の五原則を何となく踏襲したような 形を感じさせつつ…
度肝を抜く構造体。。。

台湾の宜蘭県自体が建築や芸術にチカラを入れている自治体のようで 人々の生活の中に 溶け混んでます。





素敵な空間でした。




aokazu0319 at 09:28 この記事をクリップ!

2016年07月30日

コスモロジー

中々  Blogを更新する余裕がありません。

建FPパネルの割付図や構造PC図チェック…

官公庁の入札…その他諸々。。  

妻の職場で飲み会や懇親会などが重なり
子供達と一緒に夜過ごしたり。。  などなど・・・

通信の課題もやれてない状態。

そんな中ですが・・・隙間に 少しづつ  
前回のスクーリングで知った
ルイス・I・カーンの設計構築思想をに関する本を読んでいる。





「リアライゼーション」と呼ばれる 
彼のデザインに至るまでの思想背景を
探求したくなった所以です。



彼曰く

「我々は物質であると同時に精神、精神であると同時に物質である。我々は我々の世界に縛られる。我々は我々の世界にあって、知の隙間から「永遠」を垣間見、感じ識るが、これを決して知りえない」

物質と精神は、互いに相手を必要としながらも、大きく深い淵で隔てられている。それは、相隣合って接しながら、その間の距離は時として無限に遠い。その二つを結びつけるのは、時として偶然と呼ばれ。時として「お告げ」と呼ばれる知の隙間からさしのべられる永遠の手助けである・・・とするこの結びつきをカーンはリアライゼーションと呼ぶ。



人間は、計りえない実存としてこの世界に誕生し、計りえる実存となりきって死ぬ。いまだ計りえない実存を内側に抱え続ける限り、いまだ計りえる現存によって規定され尽きない限り、人は死なない。
デザインもまた、計りえない実存(Dasein)として精神の中に立ち現われ(Form)、現存の世界で規定されつくして終わる(Shape or  Design)。
「建築」Architectureは、精神の中に立ち現われ、現存の世界の法(Law)と規則(Rule)と人倫(Institution)に従って、建築作品Works of  Architecture として建立される。



物質と精神の間に横たわる深淵こそ、すべての宗教と芸術の存在理由である。この信仰と芸術なくば、この深淵に決して橋はかからない。科学もまた1つの信仰である。  物質と精神と永遠が回劫する一点に、芸術の聖域(sanctuary of Art)がある。 そこは影の宝庫(treasury  of  shadow)である。




ルイスカーンの宇宙論(コスモロジー)



カーンは50才過ぎてから名が通った建築家だ・・・
こんなことばっか考えてるから・・・進みが遅かったのかと、
自分と同じようなこと考えている彼を 愛して愛してやまない。


もっと彼について知りたい




aokazu0319 at 08:42コメント(0) この記事をクリップ!
略歴

青山圭成

1977年3月19日生まれ。A型。日本大学工学部建築学科卒業。一級建築士・一級建築施工管理技士。趣味は歴史散策・歴史小説。

コメントありがとう!
月別アーカイブ
livedoor Readerに登録
RSS
livedoor Blog(ブログ)