読んだ本紹介

2016年04月13日

スッタニパータ

鼻中隔を削ると上の軟骨が沈んむんじゃね?っという ど素人な質問にも 真摯に対応してくださる主治医の先生は 医科大学病院の耳鼻咽喉科局長。

流石 人の上に立つ人は 出来てる。

しかし むかしは 軟骨が沈んでしまう合併症もあったようで鞍鼻と呼ばれるらしい。一応その、同意書は求められた。
しかし 僕の鼻中隔矯正術と下甲介除去術は綺麗に手術が成功し心配は回避。

全く有難いことだと 
深く感謝しております。


入院してから PCを病室に持ち込みリフォームの見積もりや、読書を苦しみながらもしております。


読み終えた本は 3冊(笑)
みうらじゅん氏の「ない仕事」の作り方

黒坂和雄氏の「ブッダの闘い」 

永井隆氏の「この子を残して」


の3冊。


どれも素晴らしい本だった。

特に黒坂和雄氏のブッダの闘いは、人間ゴータマシッダールタが 縁起の法則を見つけ  死後の世界については語らず 生きている人の為に解いた仏教という 教えをスッタニパータという原始仏教経典を紐解きながら 

 死んでからお経を唱えても 遅い!!と 切実に訴える。


小説仕立てになってあるが、中田という 社会人が過去の女性に囚われ執着し 私と執着を消したい…と寂しさに溺れ、安寧を願いながら物語は進む。


スッタニパータに綴られている ゴータマブッダの言葉を纏めた部分が、この本には記載があるので 転載したい。


〜かれは与えられないものを取らない。かれは生き物を殺さないように心がけている。かれは怠情から遠ざかっている。目覚めた人は精神の統一をやめることがない。かれは嘘をつかない。また、粗暴な言葉を発しない。また中傷の悪口を言わない。くだらぬおしゃべりを言わない。かれは欲望の享楽に耽らない。またその心は濁っていない。全ての迷妄を超えている。目覚めた人として諸々のことがらをあきらかに見とおす目を持っている。彼は明知を具えている。またかれの行いは清らかである。かれのすべての煩悩の汚れは消滅している。彼はもはや再び世に生まれることがない〜


参照  ブッダの闘い  著者黒坂和雄
編集22世紀アート編集部。


最後の部分。…かれはもはや再び世に生まれることはない。。  
此れに強く惹かれます。



因縁によって作り出されたものは、因縁がなくなれば過ぎ去り、滅んでいく無常のもの。生じたものは必ず滅びる。自分のものというものは、自分を含めて何一つない。羨むべきものも何一つない。まして自分の力ではどうにもならない、そういったものに執着することは 愚かなこと。すべては過ぎ去っていく。何も考えずに 今の瞬間を直視する。そして自分に働きかけてくるものを感じるなら、 それが凡て。思い上がらず。真剣になり 生きているうちに 怠る事なく  実践する。


因縁による執着に固執するなら 再度 母胎に宿ることになる。 死んでからでは遅い。そうスッタニパータは訴える。


Amazon35000円の僧侶
葬式で丁寧にお経をあげてもらう。

仏教とは全く関係のないこと。
生きている間の実践で 
次は決まるらしいです。


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2016年03月06日

アドラー人生の意味

アドラー心理学
「人生の意味の心理学」という本を読んでる。。 基本的にはいつも サエちゃんとのディベートでも出るような、相対性からこの本も展開される。



 人生の意味。
それは相対的な意味付けしかされない。

つまり 花や植物 物 全ては 私にとっての意味を人間は常に観ている。

「私」という主観にとって存在する意味しか存在しえない。   


つまる 人生の意味も「私」にとっての意味でしか 存在できない。相対性により「私」にとっての意味づけするということは 周りの人間との関わり 貢献などから 賛同、批判を受けて 初めて 意味が見出せる。。


「私」を無くすという仏教。「私」は周りとの関係から見出せるという理。  既にアタマはパニック及びパルプンテ。

貪欲、瞋恚、愚痴という「私」という執着で起こる三毒の煩悩は周りとの関係により消して行けるということか??


私って本当に存在しているのか?
私は何者なんだ?


これは お金という対価がある世界では 間違いなく 解決出来ない気がする… 欲を多少なりとも 引きずったまま 周りとの関係に没頭しても「私」の根源的な要素がお金という形に残されたままで 一向に私は消される雰囲気にない。。


それとも そもそも 「私」は消す必要がないもなのか…  解らん。  


気になって寝れん。










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2016年02月07日

寛容性




カラス事件という 18世紀フランスで起きた事件を契機に啓蒙思想家だったヴォルテールが書いた本だ。

ジャンカラスは当時カトリックが主流だった時代に異端扱いされたプロテスタントの信仰者。


そのジャンカラス宅で プロテスタントではない長男が亡くなったことで 自分の息子を殺めた…という罪により 死罪にされてしまう。   

ヴォルテールはこれが冤罪であったと検証していく。さらに、異端扱いされ死に追いやった背景には 宗教的不寛容や人間の不寛容さがあると検分していく。



様々な考え、人間、宗教……と  人は同じではない、私の当たり前は貴方の当たり前ではない…という 他者を赦し認め合う「寛容論」が ヴォルテールによって展開される。


実は偶々 先日NHKでこの寛容論について知り ヴォルテールの本を読み始めた。 宇宙を創造した何かを「神」と表した理神論者の寛容と言う考えかたは とても胸打つものだった。



特にヴォルテールの言葉で 胸が熱くなる部分がある。


〜私が訴えるのは もはや人類に対してではなく  それはあらゆる存在  あらゆる世界  あらゆる時代の神であられるあなたに向かってである。


なにとぞ我々の本性と切り離し得ない 過去の過ちの数々に憐れみをもってご覧くださいますよう。

これらの過ちが我々の難儀の元になりませぬよう。


あなたは、お互いに憎しみあうために心を、またお互いに殺し合うために手を、我々にお授けになったのではございません。


苦しい 束の間の人生の重荷に耐えられるように、我々がお互い同士助け合うよう お計らいください。


すべて滑稽な我々の習慣。
それぞれ不備な我々の法律。
それぞれ馬鹿げている我々の見解。


われわれの目には 違いがあるように思えても  あなたの目から見れば  なんら かわることのない  われわれ各人の状態。


それらのあいだにある ささやかな相違がまた「人間」と呼ばれる微小な存在に区別をつけている  こうした一切のささやかな微妙な差が増悪と迫害の口火にならぬようお計らいください。


すべては兄弟であるのを皆んなが思い出さんことを〜




神と呼び
仏と呼ぶ
宇宙を創造したであろう
その法則は 寛容性が第一条件とする ヴォルテールの考査に 共感します。


日常生活でも 我々は 自分の思い込みや常識だと思っている慣習に支配され 無意識の領域を左右される。  それは 自我を強くさせ  寛容を弱める。


明日からも再度
自分自身を見つめなおしたい。




aokazu0319 at 20:07コメント(0) この記事をクリップ!

2016年01月04日

日本列島1億総、病なりけり。




新年一冊目は、「許せないという病」という本。 この本の中での一節…

(誰かや何かを信じるということは、その人やその何かを信じる自分を信じること…)

正にその通り。


信じるというのは 一言で片付けられるほど浅く 安易なものではなく とても奥深い…  自分を信じる、人を信じることの難しさと大切さ…


赦して癒す!
過去すべての事象一つ一つ丁寧に。


今年は此れが僕の
目標!





aokazu0319 at 23:12コメント(0) この記事をクリップ!

2015年11月02日

リタイア2

風邪ひいたな。
目眩がする…

常々考えていることがある。

人間はどのタイミングで
生きる、食べる、満たす  為の働きを辞めそれによる恐怖や不安を乗り越え、仕事を捨てることが出来るようになるか?

…を。


妻には 下の娘がある程度
大きくなったら 俗世を離れたい
と伝えている。

それが 出家なのか 人里離れた暮らしなのか…解らない。けれども 今の社会の仕組みによる、 日々の生活の中では 間違いなく 人間の欲求というものと 上手く付き合い生きるしか選択肢がない。


そうゆうものから 自分を遠ざけ 心の移り行く感情を漏らさず見つめ  自分を自分たらしめている 思い込みを 消滅させたい。
自分が自分ではない感覚。。
これを手元に戻したい。



最近 白石さんに借りた 非売品の本。この本は少し難しい。頭に入り難い。


最近はやりの火花など、文藝春秋の芥川賞作品も読んだけれど やはり物足りなさを感じてしまう。マジョリティからすると、所謂「変な本」と思われるものばかり読んでる(笑)


でも、最高に素晴らしい本に
出会ってる。
例えば 長尾弘さんの






とか、加藤諦三さんの




これは 妻の実家にあったものを借りた。直感で戸棚から探し出した。自分の感情を客観視する為の理を知るには良い。




高橋源一郎さんの超小説教室は読みかけで中断中。。どうしても、心理とか 仏教の本に興味が移り行く…だからまだ読めてない。




この本は ある私の数少ない 尊敬する人の1人に頂いた。。これと長尾弘さんの本を続けて読むと かなり 背筋が振動する。




今は さっきの 白石さんに借りた「永遠の心」とキューブラーロスの「死の瞬間」を読んでる。


今1番欲しい本は長尾弘さんの「心行」上・下あるんだけど 中古しかなくて かなり高価。。



ほしい…

出来れば  
己の孤独感が無くなるまで
自分で自分を満たすまで
孤独感が消滅するまで 
孤独を噛み締めたい。


産まれ落つるときも
死への旅路も 独りですので。




aokazu0319 at 17:40コメント(0) この記事をクリップ!
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