思想

2017年02月19日

ステップ

久しぶりに日曜日の朝をゆっくり過ごしている。初めて自分で作陶した赤楽茶碗で 豊田市 碧園の抹茶 「清苑」を一服。



いま 設計させて貰ってる 春日井市のお家。以前にスタディ模型を作ったお宅。とても いい仕事になる感じがして ワクワクするし、武者震いもする。

混構造の3号建築  構造や意匠   自分の中で一つステップアップできるプロジェクトになることは間違いない。









ハウスメーカーの様に  自分自身の収入アップの為に営業をして 仕事を獲得するのではなく、 決められたシリーズで決められた枠の中で設計した家を提供するのではなく  0から産み出した新しいものにチャレンジしていく形を貫いていきたい。


例え 仕事の依頼が殺到したり 繁盛しなくても 自分のステップアップと目指す将来像の自分のために 設計させていただける有り難みに 感謝します。    



理解して頂ける、クライアントさんがあってこその私。。「してあげたい」…という自分の内在する気持ちを大切にしてお付き合いしていきたい。



一服の茶と理解ある寛容に深く感謝。。
有り難う御座います。



aokazu0319 at 09:05 この記事をクリップ!

2016年03月24日

仏性は全てに宿る

お客様は神様…
これは三波春夫が使った言葉だが、あたかも(金を払う人間は何を言っても良い 商売人が我慢せよ)という 認識が社会に蔓延している。


これは三波春夫さんのサイトにも否定する見解が掲載されているように 間違った解釈だ。


こんな解釈は金こそ全て という金至上主義以外の何物でもない。 益々社会と人間を腐らせる。


お客様は神様ではない。

お客様にも神様。
これが本質だ。


人は神なり仏なり。
神や仏は外に展開されるものではない 一人一人の人間の内側に性なるものとして存在する。


私はそう思う。

お客に何言われても我慢する…
それが出来ずに 商売人失格というのであれば、 甘んじてその烙印を受けたい。

武士は喰わねど高楊枝。
自分の心に嘘ついてまで 
商いを重視する必要はない。


人の批判より 先ず自らを省みる。和を基とし 信義・礼節を重んじる。。常にこれを心掛けて生きていきたい。


心には常に錦を…



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2016年03月13日

自然の一部




抜粋

〜文明は危険な環境を日々ふくらましています。それに引き換え「死の恐さ」を学習するチャンスは、ますます遠のくばかりです。

いま、私たちが子供らにしてやらねばならぬこと、それは、生きることの喜び、楽しさを存分に教え  と同時に自らの生命を尊び、自らそれを強く守るという心を培ってやることでしょう。それはまた他者へのおもいやりや生命を尊ぶ心につながっていきます。死を恐れることのない子供らが育っていくとしたら、こんなに怖いことはありません。〜


だって……

と言うより 怖い気持ちに向き合ってない。。向き合う時間が作られない。そうゆう機会が無くなるほど物質や金銭に頭を侵されてる。。

本当は恐いのに こわくないと感じてるだけ。。それに目も向けず 自分が得するには如何したら良いかばかり 考えてる。




そうゆうのが人間。



自らを律すること
心がけるしかない。


恐いという心を乗り越える
境地も 阿耨多羅三藐三菩提の条件の一つか。。

死は自然。
生きていれば
避けては通れない。


この孤独を伴う恐怖に立ち向かうことこそ、宗教の本質なのだ。


aokazu0319 at 04:28コメント(0) この記事をクリップ!

2015年12月06日

顕示欲2

父がくも膜下で倒れ 会社を継承してから 来年四月で五年になります。  今でも後遺症で認知症のように 記憶が入りません。

彼は会社以外の場で 活動するのが とても好きでした。  私とは真逆で とても社交的で 人様から聞く彼の評判は、本当に素敵なものでした。(外のストレスは家庭内で吐き出してました)  僕がもつ彼のイメージは 頑固、厳格、話あう余地さえない空気感…恐怖…といった 他人様から聞かされるものとは180度違うものですから、他人様から聞いた評判は意外です。それ程彼は会社以外の場で活動することに注力していました。

  


くも膜下で倒れ 生死の境を体験した彼は、 彼が最も 自信のあったであろう頭脳という 記憶をつかさどる部位を攻撃されました。。その結果、今は記憶がら入らず、やる気さえも 出ず  「生きる」ということだけを 懸命にこなしています。。


会社以外の場は 先日書いた 国際交流協会やロータリークラブなど 様々でした。。特にロータリークラブは彼の中でとても、大切なものだったようです。(この考え方も、僕とは真逆ですが…(笑))


病気後も ロータリークラブだけは参加をしていました。彼の意思でです。。しかし、今年度いっぱいで 辞める決意に至ったそうです。


病気をして 記憶も入らず 力も衰え  歩行もゆっくりとしか難しい状態です。 集団の中で  何処寂しさを感じていったようです。病気前には 親分子分のように付き合っていた 人々とも  当然上手く付き合うことが出来ません。




それが寂しかったのでしょうね。
私としては  良かった…の一言です。


純粋に寄付や他人様の喜びを自分の喜びに変えて社会に奉仕するという ロータリーの崇高な理念は  普通人間には難しいものです。 過去何千年と純粋に、その境地に至る為に 出家をし 命を自らたってきた聖者や先人達がいます。。商売と二足の草鞋でやろうとするのが そもそも無理があります。。

私の持論ですが…ね。


顕示欲や出世欲を自覚してる、していないに関わらず 心に存在しているからこそ そのような集団に入るのです。


私の持論ですが…ね(笑)






人は特にそのような集団内では 集団心理も働き  損得感情や組織内での人間模様に影響されてしまいます。  しょうがない。それが人間であり、だから人間なのです。

自分を見失う。


無垢な気持ちで地域の方々が、グランドゴルフなどを一緒にやろう!…と、手を差し伸べてくださります。。欲や煩悩が少ない世界で 寂しさを感じず ゆっくり安寧に過ごして貰いたい。


これが息子の気持ちです。


僕は 彼の病気前の価値観による父から見たら 情けない息子でしょう。。
会社への執着もありません。  犬山への貢献をロータリークラブなど、団体に属して顕示欲による形で表現するつもりもありません。



父にも、僕の2人の息子にも…
人生の意味を見失うことなく
真理を追求する寂しさから
逃げることなく 己にも立ち向かって
欲しい。。認められたい!!
そう思わせるなにかと戦って欲しい。


そう思います。








aokazu0319 at 07:24コメント(0) この記事をクリップ!

2015年11月27日

顕示欲

寒くなっちゃいました。

暖かい家が恋しくなります。

暖かくて
幸せな気持ちを
作りたくて
僕はこの仕事をしているの
でしょうか?




自己顕示欲と承認欲求

これらも、僕の内部で作られている毒物なのである。はっきり言って 芸術大学に通い直してること自体が自己顕示欲と承認欲求を活力源にして起きた行動だ。


先日書いた 学歴コンプレックスと密接に関係していることなんだと思う。 認められたくて、認められたくて 仕方がない賤しさが 止めどなく溢れてくる。


相対性の世界でこの煩悩は全く邪魔だ。他人様は関係ないのに 他人様に承認して欲しいという欲求により、見た事象に主観的になりすぎてしまう。


自分で自分を認めたい。
そうすれば 自分を本当に愛せるのに。





aokazu0319 at 17:01コメント(0) この記事をクリップ!
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