芸術

2018年03月25日

平家物語の和歌茶事

最近ずっと仕事ばかり、しかも頑張っても中々結果としての果実が実らない日々だった。故にリセットもかねて茶事に。

池下古美術 御洒落「澤道庵」茶事にお招きいただきました。木村さん有難うございます。御一緒させて頂いた皆様方有難うございました。

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(画像は澤道庵facebook より 木村さんm(__)mすみません使わせていただきました。)




祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。
娑羅双樹の花の色。盛者必衰の理をあらわす。

おごれる人も久しからず、
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂には滅びぬ、
ひとえに風の前の塵に同じ。



「ただ春の夜の…」
平家物語を通して 春を感じ 滅し行くものを愛でる…そんな茶事でした。

 
寄り付きの御軸には森村宜稲作。
梶原景季と佐佐木高綱の宇治川先陣争いの大和絵から平家物語の茶事がはじまる。




今回この茶事に参加させてもらったことで、平家物語への興味が一気に増して、朗読や現代語訳を帰宅後に貪った(笑) 学生時代は全く興味なかったのに、いまじゃ食いつきかたが違う。


物語は、平家の滅亡を書いているだけかと思いきや、平家滅亡までを描写しながらも、仏教要素もちりばめられている。人々が涅槃、往生へと求める様が書いていて 中々に更なる興味がわく。


特に清盛の寵愛を受けていた白拍子「祇王」が、清盛に捨てられる様を書いた章では、次に寵愛を受ける「仏御前」という白拍子の前で祇王が舞う場面の描写がある。

その時に吟う詩 

 (仏も昔は凡夫なり、終いは我等も仏なり いづれも仏性具せる身を 隔つることこそ悲しけれ) と祇王は舞う。



これは梁塵秘抄(りょうじんひしょう)という後白河法王が今様と言われる歌謡を編纂したものにある詩を模したものだが、同じ時代に読まれていたこの一説を、仏御前と祇王姉妹の間に隔たりを作った清盛を嘆いて詩にしたものだ。


梁塵秘抄は本来「仏も昔は人なりき、我等も終いには仏なり 三身仏性具せる身と 知らざりけるこそあわれなり」という詩なのだが…これは、 「奇なるかな奇なるかな 云何ぞ如来の具足する智恵は衆生の身中にありて しかも知見せざる」と訳される華厳経の一節を模した歌だ。


 こうやって読み書き出来ない民衆にも、能楽や、白拍子を使い、演目や歌で、殿中だけだった仏教を民衆に浸透させたんだなぁ…としみじみ感じいる。



 話を戻して、平家物語にて清盛の弟 薩摩守忠教が平家の都落ちをする章で、師匠である、藤原俊成に勅撰和歌集に自分の読んだ和歌を選んで欲しいと歌を託す。 この歌は(読み人知らず)として選ばれる。反後白河法王となった平家一門からの作品だと世に発表されなかったのだ。能楽では忠教の亡霊が恨めしさを語る演目もある。



「さざなみや志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな」 この歌を俊成に託した忠教。
 

自分の故郷である京都の故郷花「ヤマザクラ」。もう荒れてしまった滋賀淡海の近江朝。圓城寺 三井寺がある「長等山」を枕詞に、昔ながらの ながら とかけ、今と昔をつなぐヤマザクラを歌っている。



さらに平家物語「忠教最期」の章では、忠教 木曽義仲討伐の倶利伽羅峠の戦いの後、一乗谷の戦いで討死する。その際矢を入れて背中に背負う箙(えびら)に「旅宿の花」というお題の歌が括られていた。



ゆき(行き)くれて
こ(木)の下かげをやどとせば
はなや今宵のあるじならまし




この辞世の歌の桜や先程の故郷花のヤマザクラを、平家物語、春の夜を通して「桜」を描写させる道具組と茶事構成。。圧巻でした。ますます御茶本来の魅力に魅了されていく自分がいます。



ただ、紀貫之の歌を本歌にして「明石」を枕詞に予州明石寺に旅をしたときに薩摩守忠教を思った…っていう御軸が本席の床にあったのだけど。。。あかん。情報が頭から漏れ誰が書いた書だったか 全く思い出せない(笑)
覚えることや情報が山のようにあって、茶事を終えるころには、頭が何だかいつも重い。



薩摩守にかけた薩摩焼肩衝茶入。
宇治川にある窯元 朝日将軍木曽義仲にかけた朝日焼の茶碗。源平の戦にかけた紅白の御麩が入る汁椀と懐石。



まだまだ色々 茶杓やら白居易の歌が書かれている薄茶器「中次」。仕服や椿。。。
覚えること敵わず。



残念。


でも、いつか
自分の茶事を催すことが出来る様になるために。。良い経験させて頂くこと出来ました。


もう少し平家物語 勉強します。







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2018年01月18日

悪ふざけ

山鹿義矩は素行

夏目金之助は漱石

勝義邦は海舟

森林太郎は鴎外

小林一茶は逸翁



雅号が流行ったのは
一昔前。



だからこそ
新しい。



今日から「緑水」に決めたり(笑)

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画とか書道とか
忙しくて出来ないので
当分の間 建築模型に押印します(笑)


人生に落款を押す楽しみが増えた(笑)

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2018年01月17日

栄螺

「穂屋香炉」「五徳」「三葉」「一閑人」「栄螺」「三人形」「蟹」 見立てで蓋置にした代表格。

年末の渥美半島への旅行


胃腸炎でなにもせず部屋で寝ているはめでしたが、どうしても欲しかったので、フロントに栄螺の殻を欲しいと頼んだ。


しかも裏返して自立するやつ。。




食べられないのに
栄螺料理注文して
妻に「あーあ」って言われたのは
言うまでもない。



漆と金を中に塗って
自作します。


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2017年09月17日

慰めの中秋名月

毎月第三日曜日は犬山城本丸内部の茶室永勝庵で「白帝茶会」というお茶会が開催されてます。

今日は池下にあるお道具屋さん「お洒洛」木村哲央さんが席主を勤められました。中秋の名月を軸として大和物語にある更級の姨捨山の話をテーマにした道具組。

[画像:fd591aa8.jpg]

本席の掛け軸は香川景樹筆 詠草 更級里
香川景樹は歌人ですが 江戸後期犬山成瀬家に仕えたといわれる「ただごとうた」の小澤廬庵の影響を強く受けた歌人さんらしいです。犬山繋がりを随所に入れてきています。
流石です。木村さん。


今回も覚えることは沢山ありました…
主茶碗は黄伊羅保。

捻梅…

葎(むぐら)…つる草が生え繁っている様。


等等々



古今和歌集曰く


我が心慰めかねつ
更級や姨捨山に照る月をみて。



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2017年08月08日

楽美術館にて

楽美術館に行きました。
楽美術館とは、楽焼の元祖 代々の楽吉左衛門さんによる茶陶作品を展示してある美術館です。

当代で15代目となる楽吉左衛門さん。当代は東京芸大を出てイタリアで修行された方。

勿論 茶道をしている私は「千家十職」と言われる楽さんはちゃわん師として、よく知っています。  

でも、それだけではなく、当代の楽吉左衛門さんは茶室を作るという点でも尊敬している人物です。

全く建築を学んでいないのに彼が考案した佐川美術館の茶室はとても洗練されてます。私は当代の楽吉左衛門さんのファンなのです。
[画像:2ca73349.jpg]


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略歴

青山圭成

1977年3月19日生まれ。A型。日本大学工学部建築学科卒業。一級建築士・一級建築施工管理技士。趣味は歴史散策・歴史小説。

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