2008年06月22日

大樹寺(だいじゅじ)

山門山門








山門から総門、天守閣を見る総門







徳川家康は三河国岡崎城で生まれた。

その徳川家の菩提寺が大樹寺だ。

大樹寺の南側に道をへだてて岡崎市立大樹寺小学校がある。

大樹寺の大きな山門の真ん中に立って真南を見ると、大樹寺小学校の運動場の南側に小さな総門があるのが見える。

大樹寺は江戸時代には大樹寺小学校も寺域に入っており、当時の総門が今だに残っているのだ。

そしてその総門の真ん中にはるか数キロ向こうの岡崎城の天守閣が見える。
山門→総門→岡崎城天守閣と一直線に並んでおり、それをさえぎるビルがないのだ。

このことはトヨタ経理部時代、大樹寺小学校卒業の女子社員から聞いたのだが、彼女はそのことを非常に誇らしげに話していた。

そして早速見に行ったが、実際に見て非常に感動した。

大樹寺小学校ができても、総門は保存され、さらにこの視線のラインにビルを建てていない岡崎市・岡崎市民に敬意を表しなければなるまい。



家康は、その死にあたって「遺体は日光へ祀れ」と遺言した。
さらに「位牌は三河の大樹寺に立てよ」とも遺言した。

幕府は本拠を江戸に置いたため、将軍の葬儀は寛永寺や増上寺で行われたが、位牌については遺言通りに大樹寺の本堂の祭壇に立てられた。

私も大樹寺に行ってその位牌を実際に見た。

そうすると驚くべきことに、位牌の高さが異様に大きいばかりでなく、位牌によって高さがまちまちなのだ。

寺の解説を聞いてみると、これは各将軍の死後に実測した本人の身長に合わせて高さが決められたのだそうだ。

現代になってからの発掘調査で遺体の実測値が判明したものが数体あるが、この位牌の高さとほぼ同じだそうだ。


初代 家康 159.0cm
2代 秀忠 160.0cm
3代 家光 157.0cm
4代 家綱 158.0cm
5代 綱吉 124.0cm(逝去61歳)
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8代 吉宗 155.5cm


ここで分かることは5代綱吉が異常にに小さく、小学校2年生ぐらいの身長しかなかったことだ。

是非一度、トヨタ自動車の工場見学のついでにでも、大樹寺に立ち寄ってみてはどうだろうか。




aoki1162201 at 22:27│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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