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あ、これは、やっと物資が減って床が見えた!と思ったら、
また塞がってしまった図(^^;

暴風雨の中、お預かりしてきました。


先日物資を送った、福島県いわき市に避難しているSさんから、お礼の電話が来た。

それからSさんの口からショッキングな生の声を聞く事になる。

Sさんは転々とする避難先でも、仮設に入った今も、
高齢者や障害者の為に、ひとりで奔走し、
物資を調達して配っている。
今、彼女が個人で支援している高齢者・障害者は100人を軽く超えるそうだ。

なぜ自らも被災し、不自由な避難生活をしている彼女が、動き続けているのか。


楢葉町で震災に遭った彼女達は、何の為の避難かわからないまま、着の身着のままで避難誘導されるがままに避難した。
まさかその後、家に帰る事も近付く事も出来なくなるなんて、思ってもみなかった。

3月12日、会津の小学校を皮切りに、避難所を7回変わった。
移動にはバスが用意され、荷物は最小限にするよう言われ、
支援物資でもらった服は置いて行くよう、段ボールが置かれた。
どうするのか聞くと「処分する」と言われた。
一枚ずつ支給された毛布も、次の避難所にあるから置いて行くよう言われた。

次の避難所へ行くと、毛布は無いって言われた。

女性用の下着は無いと、男性用の下着を渡された。
初めてトランクス履いた。

トイレが酷くて、これじゃ年寄りが病気になってしまう、
だから、毎日夜中に3回掃除したよ。
役場の人と間違えられてたみたいで、「また汚れてたよ」って言われた。

誰かがやると、そんなもんだと思っちゃうんだよね。

支援物資のマットレス、70歳以上の人に配って、それでも余ったの。
役場の若い人がそれ敷いて寝てたから、
あたしブチギレたのよ。

大所帯だから、食べ物がなかなか来なくてね、
足りなくなると悪いから、小規模避難所が優先されるの。

ボランティアセンターに行って下着もらって来て配ったり、
物資センターがあるって聞けば、そこから食べ物もらって来て配ったり。

みんなお腹空いてんのに、物資の管理のアルバイトしてる人が「カップラーメン食い過ぎて血圧上がった」とかふざけた事言ってんの。
「働いてる人は買って食べなよ!買えない人の為の物資じゃないの?!」って怒鳴ってやった。

あたしは避難所閉鎖する度、7回変わったけど、
10回の人も居る。
まだ仮設に入れない人もいっぱいいるの。

50代から、年金もらう前までの人が一番辛いかなぁ。
だって収入無い上に、面接も受けられないんだもの。
生活保護もらってた人は、打ち切られちゃったしね。

みんなエアコン使わないよ。
電気でこんな事になっちゃったから、電気使いたくない。寒くても我慢する。

3ヶ月経って、一時帰宅の許可が出て、やっと家に行ったら、
壊れた屋根から水が入ってぐちゃぐちゃ。
殆ど持ち出せなかった。

それから2ヶ月後、また一時帰宅で行ってみたら…
軒並み窓が割られて泥棒に入られてた。
立入禁止区域で、誰も入れないハズなのに、なんで盗まれてんの?!って、
悔しくて、悔しくて。

話を聞いててまるで難民だと思った。

行く先々で打ちのめされてきた。

県外に避難した友達が数人で、居酒屋に行った時、
そこの女店主に「被災者被災者言ってんじゃねぇよ!こっちだって被害者なんだ!被災者ヅラするなら、二度とこの店に来るな!」と言われたそうだ。

又聞きの話はあまり公言したくないけど、
この手の話は実によく聞く。

blogに書く事、Sさんに許可貰った。

青はこういう生の声が聞きたかった。
彼女はいまどき珍しいくらいのアナログ人間なので、
彼女に代わって、青がこうした生の声を発信する事にした。

福島の事は正直解りにくくて、何をどうしたら自分なりに支援できるのか分からなかった。

だから、彼女と話が出来て良かったし、
初めて話して意気投合したあたし達、
本日、おバカ同盟結んだ(笑)

今日預かって来た物資の中から、明日早速、毛布と電気アンカを送る事にした。

「今みんなが必要な物は何?」と聞くと、
「とりあえず食べ物かなぁ」

一年過ぎて、食べ物って…

うちは旦那が大工で少ないけど収入あるからね、
だからあたしは年寄りと障害者の為に出来る事をしたい。

そう言う彼女を、応援したい!と思った。