34f9e586.jpg2005年4月5日、日本との時差7時間。こちらドイツ、フランクフルトの1オフィスの社長部屋。Blogを知って1ヶ月位。やっとスタートですわ。
まず、こんな気持ちをもつきっかけになったライブドアのサイトと、話題の堀江氏に感謝します。何冊か堀江氏の書を読み、共感、また大いにモチベートもさせていただきました。

かくいう私は、現在ドイツの中心??フランクフルトにて有限会社を経営する1社長です。サイズは、ビジネスパートナーと、フルタイムスタッフ2名の合計4名です。
業種は、損保(ドイツでは、生損保の壁がないため、生保もかねる)のブローカー(言葉は悪いが、俗に言う仲介業ってやつ)です。

もちろん今日に至るまで、時間の経緯があり、何回かに分けていきさつを紹介したく思います。

話しは、1994年に遡り、当時日本で某外資系損保の営業をやってまして、社歴4年、保険のほの字がやっと理解でき、どうにか営業も形になってきた頃でした。もともと、外国かぶれしていた私は、単純明快、外国へ行って外人と仕事をしたいためにこの外資系に入社したのですが、よくある話しで、外資系って要は、日本の支店であってそこから、外国へ行くという人は、ほとんど皆無に等しかったのです。
なんで、自称行動派の私は、入社3年半頃からさっさと転職活動を始めていました。94年春に一杯送付した履歴書の中で、1通ドイツから英語でメッセージを
届き、これが全ての始まりとなったのです。

3月上旬に東京で面接、その後は、なんと5月GWにドイツ、ハンブルクにて最終面接!応募者数百名位からラッキーにもポジションのオファーをいただいたのです。年棒は、税込みで当時、日本のときとほぼ同水準。(当時1DM(マルク)は、65円位でしたが。。) 最終面接にてドイツ人3人を前に固い握手をしていたのです。

そして94年9月1日めでたく、ドイツ企業出社となりました。

つうわけで、ドイツ生活が始まりました。実は、この時、ヨーロッパはまだ2度目でした。

ところで、今日、4月5日ここフランクフルトは、どんよりとして雲に覆われていますが、気温は、15度前後、まだイースター休暇を取っている人もいて、
日本の新年度とは、全然ペースダウンですね。