2017年03月08日

北海道旧221市区町村別セイコーマート店舗数を調べてみた

今から10年近く前に奥尻島に行った際、僕は瀬棚のセイコーマートでサッポロクラシックと食料を買ってから、ハートランドフェリーに乗りこんだ。

セイコーマートと言えば北海道を愛し北海道に愛されたコンビニであるが、セブンイレブンローソンなどの大手が進出していないような地域にも出店していて、ツーリング中にたびたび御世話になっているという本州からのライダーも多い様に思う。
とはいえ、当時はさすがに離島の奥尻には出店していないという事前情報を得ており、最寄の瀬棚店を利用したのである。


ところが、かつて一緒にツーリングに行っていた知人からとんでもない情報が入る。



「奥尻にセイコーマートが出来てた」




まじでか!

この知人はウニを愛し(多分ウニには愛されておらず)、平舘の旅路や佐井のぬいどうでは飽き足らず、「北海道新幹線も出来たことだし、記念にウニ食いに行ってきた!」と言うのである(というかバイクで行っているのだが…)

北海道ではセイコーマートが無い市町村の方が珍しいというくらいだが、実際のところ今でも出店していない市町村というのはどのくらいあるのだろう。

ということで、2017年3月1日現在の出店状況を調べてみた。
対象としたのは現行のものではなく、平成の大合併前の札幌市10区と211の市町村を合わせた、かつての「221市区町村」である。

早速、店舗数の階層別に色分けしたのが下図になる。

北海道旧221市区町村別セイコーマート店舗数階層図


北海道212市町村別セイコーマート分布
【上図はクリックで拡大します。】


未出店の市町村は青で塗りつぶしてみた。
どうやら、合併前の市町村名でいうところの旧恵山町、旧椴法華村、真狩村、神恵内村、月形町、浦臼町、幌加内町、占冠村、旧朝日町、旧白滝村、旧端野町旧11町村でセイコーマート未出店ということのようである。
平成の大合併後の現行市町村で未進出は真狩村、神恵内村、月形町、浦臼町、幌加内町、占冠村の6町村ということのようだ。

札幌にも近く、旭川をはじめとする道北方面への主要交通路上に位置する月形町に無いというのは意外であるが、月形にはセブンイレブンローソンが進出済みで、もう一つサンクス(今後はファミリーマートに移行か?)もあったようだ。

なお、隣接する浦臼町にはコンビニが一軒も無い。人口で比較すると月形が約4,500で浦臼は2,500とだいぶ少ないが、既存コンビニとの競争が避けられるので浦臼の方に先に出店していくかもしれない(個人の憶測である)。

旧北見市と網走市および旧美幌町に隣接していた旧端野町も人口5,000を超えているにも関わらずセイコーマートは無かった。
しかし端野にもセブンイレブンローソンが4店舗もあるようで、近隣市町村の店舗も含め、意図的に競争を避けるべく出店を見送っているかもしれない。

なお、真狩村についてはセイコーマートが運営しているハマナスクラブ(SPAR)がある。
今後は空白地域でもハマナスクラブならある、という事例は出てくるかもしれない。

北海道 セイコーマート店舗数ベスト20
順位市区町村名店舗数
1位中央区
53軒
2位旭川市
50軒
3位東区
47軒
4位北区
45軒
5位苫小牧市
40軒
6位白石区
36軒
7位豊平区
35軒
旧函館市
35軒
9位西区
31軒
10位帯広市
30軒
11位旧釧路市
28軒
12位南区
23軒
江別市
23軒
14位手稲区
22軒
15位室蘭市
18軒
稚内市
18軒
17位旧北見市
17軒
18位小樽市
16軒
旧石狩市
16軒
20位厚別区
15軒

さて。
市区町村別の店舗数のランキングは上表の数値のようである(2017年3月1日現在の値)。

概ね、人口の多い所ほどセイコーマートの店舗数も多い傾向にあるが、やはり本社のある札幌を中心に道央圏で店舗数が多いようにみえる。
道央圏の例を挙げれば、苫小牧市は人口約17万強だが、道南の人口約27万都市・函館を上回っている。


もう一つ、触れておきたいのは、セイコーマートの店舗数では帯広が釧路を上回っているという点。

かつて道東の中心都市と言えば釧路市だったものの、最近では釧路の人口減が激しく、道東の中心地はもはや釧路ではなく帯広なのではないのか、とも言われがちでもある。
一方で帯広と言えば、卸売業・小売業の年間商品販売額が函館市を越え道内3位だと市役所がPRするほどなのである。

帯広市は、セイコーマート店舗数では道内10位である。


それから、稚内市は人口4万を割っているのに、18軒もあって堂々の第15位ランクインである。
かつて人口10万を超えていた室蘭市と同数である。

稚内という遠隔地ゆえ、物流拠点の整備が必要になるセブンイレブンローソンが進出をしたがらないという中で、セイコーマートだけは果敢に進出している姿勢はとても好感が持てる。



道内全市町村に進出を果たした暁には、我が青森県にも進出してきてほしいではないか。

首都圏でも店舗は少ないながらも大手コンビニに負けず支持を得ているのをみると、セイコーマートは北海道と気候や風土が似ている青森県でも受け入れられるように思うのである。

なんとなく、苫小牧から仙台あたりにワープされちゃいそうな嫌な予感もするが、あえて函館から本州最北端の大間あたりにポツンと1軒だけ上陸してくれたりしたら、谷啓出演のCMを青森で見ていた本州のセイコーマートファンとしては「セイコーマートらしいな。」と買い物に行きたくなってしまうのである。

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2017年01月13日

暗記はそんなに悪いことなのだろうか

いよいよ1月14日、15日は大学入試センター試験である。

テレビをみていたら池上彰が、暗記になりがちなセンター試験を見直し、記述式の新しい試験を国が検討しているという風のことを言っていた。

暗記でセンター試験の数学が突破できるとは思えないが、それは置いといて、明治大学に行った友人が「センター試験だっきゃ暗記大会だ」と言っていたのは印象に強く残っている。
地歴公民科目には暗記大会の側面があるのも、否定はできないだろう。

ところで、僕は暗記が悪いことだとはとても思わないのだ。


イオンのレジ横に、『イオンチャンネル』なるモニターがあるのをご存知だろうか。

会計待ちの間に、イオンの広告の他に雑学の紹介などをしているものだ。



5年くらい前だと思うが、イオンチャンネルが鮭と鱒の違いについてやっていたことがあった。

イオンチャンネルは、「春に河川に遡上するのが鱒で、秋に遡上するのが鮭だ」というのである。

いや、ちょっと待ってほしい。
krftms(画像はwikipediaより転載)

カラフトマス(樺太鱒)は夏から秋に遡上するではないか。
カラフトマスは我が国のサケ・マス類の中では漁獲量がシロザケに次いで第2位という、代表的なサケ・マス類の魚種である。
そういう、ポピュラーな魚種であるカラフトマスが出てくる時点で、イオンチャンネルの説明はいきなり破綻してしまう。

たしかに春に遡上するマスとしてサツキマスやサクラマスもいるのは間違いない。
前者はアマゴ、後者はヤマメの降海型である。

山形県に初夏に旅行すれば、サクラマスが『ホンマス(本鱒)』という地域名(方言)で流通している。
そういう地域であれば、鱒は春だ、と言うのはあるかもしれない。

hmms(画像はwikipediaより転載)
しかし、ヒメマス(姫鱒)なんてのもいる。
ヒメマスはベニザケの陸封型であり、十和田湖など内水面で生涯を送るから、そもそも海から河川に遡上という行動をしない。

ではヒメマスの降海型であるベニザケはどうかというと、秋に遡上する。
真っ赤なベニザケを襲う冬眠前のヒグマの映像をテレビでみたことがある方もいるはずだ。

ざっと国内の主要なサケ・マス類をまとめてみよう。

主要なサケ・マスの魚種遡上時期備考
陸封型降海型
シロザケ夏〜秋陸封型は殆ど存在しない
カラフトマス夏〜秋陸封型は殆ど存在しない
イワナアメマス夏〜秋
ヤマメサクラマス春〜夏
アマゴサツキマス春〜夏
ヒメマスベニザケ夏〜秋
ギンザケ夏〜秋陸封型は殆ど存在しない
     マスノスケ産地による陸封型は殆ど存在しない


ベニザケとヒメマスを引き合いに、海にいるのが鮭だとか、淡水にいれば鱒だともいえない。
前述のカラフトマスは海にいる。

英語のsalmon(サーモン、鮭)とtrout(トラウト、鱒)に分けるのはどうか―

King-salmon(キングサーモン)の和名はマスノスケ(鱒ノ介)だ。
鮭と鱒の齟齬が生じる。



このように鮭と鱒とを呼び分ける理由について、考えることに意味はある。

しかし、それを究明しようとすれば生物学のみならず言語学や民俗学まで、幅広い学問にあたる膨大な作業が必要になるかもしれない。
その究明を行うより、種類によって鮭と呼んだり鱒と呼んだり変わる、という事実を暗記する方が簡単だ。

サケマスに限らず、暗記する方が合理的な場合は人生の様々な場面で数多く出てくる。

暗記力が高い、というのはその人の長所である。
暗記によって情報を蓄積できる容量が多いという能力を、評価することも大事な事のはずである。

そういう意味では、私は世の中に『暗記大会』があっても悪いことではないと考えるのである。

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2017年01月05日

旭川通過 一般道最速ルートの分析


さて、前回の札幌⇔旭川 一般道最速ルートの分析という記事から10カ月以上経過してしまいましたが、稚内を目指すシリーズの続編です。ご覧いただいている皆様、たいへんお待たせいたしました。

今回は内陸ルートで旭川を通過する場合の最速ルートの分析を行いたい。


札幌から旭川まで石狩川水系を遡ってきたわけだが、旭川の北に位置する和寒は天塩川水系の町だ。

旭川盆地・和寒間で両水系を隔てる分水嶺を越える峠は主に3つ。
西から道道251号が通過する維文峠道道99号が通過するタカス峠、そして国道40号が通過するのが三浦綾子の小説でも有名な塩狩峠である。

それら3つの峠のいずれかを越えることになるが、その前に旭川市街や旭川盆地の道路ネットワークの整理をしておきたい。

旭川市周辺主要路線 平均旅行速度図
【地図はクリックで拡大します】


例によって、道路交通センサスの対象外である農道や市町村道は本図でも対象外にしている。
また、停車場線など明らかに通過交通に向かないであろう道道も省略した。

まず当然ながら、旭川市は国道12号旭川新道でパスするのが正解。

旭川新道から国道40号にリレーして塩狩峠を越えるか、春光7条5丁目交差点から道道72号道道99号にリレーしてタカス峠を越えるかの一騎打ちである。


★ 春光7条5丁目交差点和寒駅前交差点 最速ルート概要
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道40号塩狩峠ルート35.8km55.2km/h38分54秒
道道72・99号タカス峠ルート33.1km56.6km/h35分07秒


こんなところ。
札幌から内陸を北上し名寄方面へ向かう場合、旭川を通過するには道道99号タカス峠を越えて和寒に至るのが最速ルートであるようだ。


◆ 北見方面旭川紋別道へのベストルートは?


さて、旭川から道東オホーツク総合振興局方面へ向かう場合、無料高速である旭川紋別道が便利な存在である。

しかし無料区間のみで旭川紋別道に乗ろうと考えると、国道40号から比布北ICにすべきか、国道40号から道道296号に乗り継いで愛別ICか、あるいは国道39号から愛別ICか迷いどころである。

ふたたび、春光7条5丁目交差点から比較してみよう。

★ 春光7条5丁目交差点愛別IC 最速ルート概要
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道40号・比布北ルート29.8km59.0km/h30分18秒
道道296号・愛別ICルート25.6km44.0km/h34分54秒
国道39号・愛別ICルート27.9km50.7km/h33分02秒


距離では最長だが、国道40号比布北ICにリレーするのが所要時間では最短のようだ。
急がば回れ、か。

もっとも、コチラも道路交通センサスに載っていない道路を利用すれば、早そうなルートはある。
あくまで、平成22年の道路交通センサスに掲載されているデータをもとにしたということで、ご了承を。

引き続き、稚内目指して最速を求めるルート比較を行っていくので、お楽しみに。

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2016年12月10日

線路は無くなり、高速道路は伸びる

来年4月でいよいよ国鉄民営化から30年を迎えるわけだが、それに先立つ2016年12月5日に留萌本線留萌‐増毛廃止された。

非常に残念な話であるが、今回は生き残った留萌本線深川‐留萌もいずれ廃止にする方針であることがJR北海道に発表されている。

今回の増毛に関していえば、うまく留萌本線の一部として扱われ生き延びてきたものだと僕は思う。
仮に、留萌本線が深川から留萌を経て幌延へ至る路線―すなわちかつての羽幌線ルートであれば、おそらく留萌から増毛へ向かう区間は支線の増毛線という扱いになり、国鉄民営化と同時に消えていただろう。

増毛町より規模の大きな紋別市や中標津町、松前町や岩内町からも既に鉄道は失われている。
残念だけれど、致し方ないのかなとも思う。


さて、今回はもう少しだけ生き延びることが決まった留萌本線深川‐留萌に並行するように、深川留萌自動車道が伸びてきている。

かつての国道でさえ未整備の時代においては、在来線鉄道は自動車に競争力を持つ存在であっただろう。

国道の整備が進んだ昭和後半においても、高速道路となるとまだまだ整備は進んでおらず、長距離移動となればまだ在来線鉄道の急行や特急列車に分があったように思う。

しかし、現在はさらに国道の整備は進展し、高速道路も非常に整備が進んでいる。

国鉄民営化直後の1987年4月と、2016年12月現在で、どれほど変化しているのか、みてみたい。

対象としたのは、北海道と東北6県に、新潟県を加えた地域である。


まずは1987年から。

JRと高速の整備状況1987
【上図はクリックで拡大します】

1987年4月時点では、廃止まで残り僅かな時間ではあるが旧国鉄から引き継いだ松前線や標津線、天北線などの路線も生き残っている。
弘南鉄道や下北交通などの民間私鉄に移管された黒石線や大畑線、第3セクター移管された池北線なども健在だ。

一方で、国鉄から移管された秋田内陸線や阿武隈急行がまだ全通しておらず、これから開業を迎えるところ。
やがてドル箱になる新潟の北越急行もまだ開業前だ。
新幹線も、東北新幹線上野‐盛岡上越新幹線大宮‐新潟しか開通していない。


在来線鉄道網はまだまだ賑やかなところだが、高速道路はどうか。

1987年時点では、県庁所在地である秋田市や山形市にも高速道路がないのである。

青森県八戸市には八戸自動車道が達しているが、東北自動車道に繋がるには2年ほど待たなければいけない。
新潟県内は北陸自動車道関越自動車道が整備されているが、まだ関越トンネルが開通しておらず、群馬県境を越えられない。

この時点で、東北・新潟の7県で東京(埼玉県)まで高速道路が繋がっていた主要都市は青森市・弘前市・盛岡市・仙台市・福島市・郡山市ぐらいなのである。


北海道に目を向けても、道央自動車道 登別室蘭‐札幌JCT‐岩見沢が開通しているのと、札樽自動車道 札幌西‐小樽といった道央のごく一部が開通しているのみ(まあ、室蘭新道はあるが)。
次にいこう。

2016年12月現在の様子はこちら。

JRと高速の整備状況2016ミニ
【上図はクリックで拡大します】


在来線鉄道が廃止された区間が出てくる。
北海道で顕著だが、東北からも岩泉線や大畑線、黒石線などが消えている。

在来線に対し東北・北海道新幹線が八戸、新青森、新函館北斗と延伸したし、新潟では北陸新幹線も開通した。


ただ、それよりも、高速道路網の発達が凄まじい。

1987年時点の東北ではせいぜい、南北に縦貫する東北自動車道1本程度しかなかったのに、南北縦貫系では常磐自動車道日本海東北自動車道東北中央自動車道などの整備が進み、東西横断系でも秋田自動車道山形自動車道磐越自動車道が開通するなど枚挙にいとまがない。

それどころか、具体名を書くと叱られそうなので書かないが、本当に必要なのかわからない所へも整備が進んでいる(私はかつてコチラの記事で書いた通り三陸沿岸道路整備には断固大反対である)。


北海道もまた凄いことに、JR北海道が単独維持困難だと表明した線区に並行するように数多くの高速道路が延伸。

旭川紋別自動車道はその名の通り紋別を目指すので、現在の丸瀬布ICから北見へと直結する整備計画は当面ないが、並行する石北本線にとっては脅威になりうる。
特急オホーツクで旭川-北見は3時間程度かかるが、旭川紋別自動車道を制限時速70km/hを守って走っても旭川鷹栖から丸瀬布まで1時間25分程度。
丸瀬布から北見も、1時間20分もあれば行ってしまうところなので3時間かからず旭川〜北見を連絡可能である。
まあ、飛ばす車なら旭川-北見で2時間半を切るだろう。

クルマで旭川北見を2時間半というのは無積雪期に限った話ではあるが、1年の3分の2ほどの期間で石北本線は自動車に対し所要時間で優位性を持てないことになる。


前述した留萌本線は、既に深川留萌自動車道に対する速度での競争力を持っていない。

高速道路網の延伸もまた、JR北海道の都市間輸送にとっては非常に脅威なのである。
JR北海道の路線維持には国費を投入してもよいのではないか。

もはや、ここまで発達した高速道路網に、鉄道が速度面で勝てるとしたらよほど金をかけて在来線を高速化するか、フル規格新幹線くらいしかないような気もする。
かといって、フル規格新幹線はおろか、高速化だってなかなか困難である。

一時期、JR北海道はだいぶがんばっていたと思うが、さらなる高速化で高速道路網を走るバスや自家用車に対抗していくのは難しい。

―とはいえ、このまま負けるわけにもいかない。


高速道路無料区間と並行するJR線区には、国費を投入してはどうか。


NEXCO東日本だって、すべての区間で営業しているわけでは無い。
一般に、無料で通行できる高速道路というのは、全てがあてはまるわけでは無いがNEXCOが経営しても儲からないから、国民の税負担で整備されている区間である。

儲からない区間の高速道路網に国民の税の投入ができるのなら、JR北海道の鉄路維持に国民の税金が投入されても良いはずである。

北海道は冬の間、鉄道が無いとどうしても困るのである。
このまま、JR北海道を見殺しにすることが得策とは思えない。


整備状況アニメ小


最後に、もう一度、1987年当時と2016年現在の鉄道と高速道路の整備状況の図をアニメ化した。

僕はやはり、もう都市間輸送において在来線鉄道は北海道に限らず東北や新潟でも高速バスに勝てないところまで来ていると思う。

仙台・山形間の高速バスが最短5分間隔で平日80往復にも上っているが、それに人々が列を作っているのをみると、これが高速鉄道ならもっと少ない本数でも大量に、バスより少ないエネルギーで、さらに短時間で輸送可能なのに無駄だなあと思う。
話はずれるが、山形県は奥羽新幹線のフル規格整備より、単線でいいからフル規格の仙山新幹線を作った方がマシだと思う(単線のフル規格ってのも変な日本語だが)。

もしも盛岡秋田道路なんてのが本当に実現して、全長118kmを平均80km/hで移動するバスが登場すれば、盛岡・秋田間の所要時間は1時間半。
これに対し盛岡⇔秋田の「こまち」は1時間45分程度もかかる。
もっとも、秋田から盛岡に用があって乗るより、盛岡を通過して仙台や東京まで行く乗客の方が遥かに多いだろうから直ちに影響はないだろうが、高速道路の整備というのは所要時間だけを考えればミニ新幹線を食う可能性すらあると僕は思う。

しかし輸送量や輸送コストを考えれば、高速道路を走るバスや自家用車より、鉄道に優位性があるだけに、なんとかして鉄道を維持できないのかと強く思うのである。

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2016年11月21日

対岸の火事は飛び火するかも(2)

JR北海道が「単独での維持が困難な路線」と、維持か廃止か「今後検討する路線」について公表した。

維持困難路線by北海道新聞
こちらの図は11月15日付の北海道新聞に掲載された「JRが単独で維持困難とする路線」の図。

これに先立つ2015年夏に、JR北海道に対して第三者委員会が廃止してはどうかと7路線8区間を例示し、その中で最も輸送密度が高かったのが釧網本線の466人だった。

今回、JR北海道が公表した路線はそれよりかなり多く、15線区もある。


輸送密度200人未満で「バス転換を協議」、輸送密度2,000人未満で「上下分離を軸に協議」、などと輸送密度に応じて今後の方針についての段階を踏んでいるのだが、

注目すべきは「今後検討する路線」として挙げられた2線区のうち輸送密度が2,266人の根室本線帯広−釧路。

決して帯広−釧路を廃止にするとは言っていないものの、今後、同区間の高速化に寄与した北海道高速鉄道開発に出資している自治体からの出資増をお願いすると言っているわけで、場合によっては廃止の可能性も皆無ではないのだろう。
(そもそも南千歳−帯広も釧路からの乗客がかなり乗っているはずだが、帯広で東西に分けたあたり策士よのぅ、と思う。)

さて。
単純に輸送密度だけでみた場合、東北6県のJR線はどうか?

冬の最低気温や豪雪などは東北より過酷で保線費用も大きな負担になるし、貨物列車の収入も決して大きくは無い根室本線帯広−釧路と、東北6県のJR線を比べるのは無理がある(東北を管轄するJR東の財務状況も良いし)。

それを承知の上で、根室本線帯広−釧路より輸送密度の悪い線区は廃止の可能性があると仮定してみると、東北6県のJR線はどうなってしまうのかシミュレーションしてみた。
(数字の出典は、JR東日本の路線別ご利用状況(https://www.jreast.co.jp/rosen_avr/)より2014年のものを使用した。)


東北6県のJR線のうち、根室本線帯広−釧路の輸送密度である2,266人を下回る線区を赤線に塗り替えてみた図が下の左図、実際にそれらが廃止された場合の路線網が下の右図になる(私鉄・一部第三セクター線は除く)。
東北6県のJR東日本線 根室線帯広ー釧路を下回る線区図東北6県のJR東日本線 根室線帯広ー釧路を下回る線区廃止後
【左図、右図ともクリックで拡大します】

東北のJR線の利用状況も決して良くないというのが一目瞭然である。

根室本線帯広−釧路の2,266人という輸送密度があっても廃止の可能性があるという、JR北海道基準でみれば、東北も最悪、右図のような路線網まで縮小する可能性があるのである。
(もっとも実際に右図のようなところまで廃止しまくると、貨物列車の日本海縦貫線が運行できなくなるし、さすがに東北・羽越・奥羽北の縦貫幹線は廃止できないだろうと思うが。)

JR北海道基準でみれば、太平洋沿岸は八戸と仙台周辺およびいわき以南の他は廃止となってしまう。
東北新幹線沿線から日本海に向かおうとしても花輪線、北上線、陸羽東線(一部)、陸羽西線、米坂線、磐越西線(一部)等が廃止されてしまい、秋田新幹線で行くしかルートが無い。
庄内の鶴岡−酒田は飛び地になってしまう。
青森県にはJR在来線では行けないということにすらなってしまうのだ。

それ以前に、東北本線の輸送密度だって黒磯−新白河が2,557人、小牛田−一ノ関が2,454人という数値なので、今の時代に整備新幹線のスキームに則って東北新幹線を建設したなら経営分離される並行在来線というところだろう。
東北新幹線盛岡以南は国鉄時代に全国民の税金を投入して建設されたわけだが、今の整備新幹線建設スキームであれば栃木・福島・宮城・岩手の4県も建設費の3分の1を負担した上に、黒磯−新白河と小牛田−一ノ関で、おそらく赤字に喘ぐことになる並行在来線第3セクター線を経営しなけばならなかっただろう(仮にJR東日本が黒磯−新白河と小牛田−一ノ関の経営分離を表明したら僕は支持する)。

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【GIFアニメはクリックで拡大します】
最後に、上の図をアニメーション化して終了。
以前にも書いたが、JR北海道の問題を対岸の火事だと笑ってたら、いつの日か東北も大変なことになるだろう。

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2016年10月24日

死者に鞭打ちたくはないが、酷い毎日新聞の記事

10月21日、秋田の日本海東北道・大内JCTで軽自動車が逆走して大型トラックと衝突する死亡事故が起きた。

まず犠牲となられた方々にお悔やみ申し上げる。

私自身も大内JCTは何度か通過していて、およそ自動車専用道路同士のJCTとは思えない平面交差があるのは知っていた。

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【写真はGoogle mapより引用加工。クリックで拡大します】


ご覧の通り、本荘・新潟方面から来た車が大内JCTを利用する場合、大内IC方面から秋田方面へ入ってくる車と平面交差するのである。

これは新潟方面からランプ内の制限速度40km/hを無視して飛ばして降りてくると、平面交差を横切ろうとする車が出てきた際に止まれるかどうかかなり危険である。


とはいえ、この事故について10月23日付の同紙で走行ルポを書いた毎日新聞に関しては苦言を呈さずにいられない。

<ここから引用>

逆走注意の標識を 走行ルポ

秋田県由利本荘市の日本海東北自動車道下り線の大内ジャンクション(JCT)付近で軽乗用車が逆走し、市内の70〜80代の3人が死亡した事故。地元住民からも「複雑でわかりにくい」と不安の声が出ていた。そこで、事故があった21日午後、記者が乗用車で走ってみた。
国道105号から大内JCTへ入ると、4本の道路が目の前に現れる。法定速度は40キロとの標識が目に入り速度を落とす。だが分岐点の上部に標識がなく、前を走る車もないため少し不安になる。

秋田方面に向かうため、自動車道に入る左カーブには入らずにそのまま直進。すると秋田方面への道しるべとなる緑色の標識が確認でき、交差点では道なりに右方向へ進むことを知った。その交差点に差し掛かると左への進入禁止の赤い標識が目に入り、さらに道路上に右へ進む矢印を見つけたため、右方向へ走ると確信。「ここで左折したら逆走になる」と心の中でつぶやき、無事秋田方面に抜けることができた。そもそも立体交差の構造なら逆走しないし、「逆走注意」の標識も欲しいと感じた。

この日の天気は晴れて視界は良好。だが、事故のあった未明や夜間、降雨、濃霧、降雪など天候はさまざまだ。もし悪天だったら……。記者は今春から運転を始めたばかり。そう思うと少し肝を冷やした。【森口沙織】

<ここまで引用>


いやいやいや!
分岐点の上部に標識が無いなんて嘘は書いちゃいけない、毎日新聞の森口沙織記者!

分岐部に標識はあります。

しかしGoogle ストリートビューで大内JCTが記録されていないのでどうしようか。

というわけで前出の航空写真を見てみよう。

oouchijct02
【写真はGoogle mapより引用加工。クリックで拡大します】


やっぱり、俺の記憶通り。
非常に小さく文字は判別できないが、分岐標識が映っている。

いくらなんでも、分岐地点に標識を設けないほど国交省も秋田県も不親切じゃないわ!


この森口記者が、お上憎しで反射的意図的に嘘を書いたのであれば糾弾されるべきだろう。

意図的ではない場合、仮に標識を見落としたというミスなのであっても
天気の晴れた視界の良好な日に
制限時速40キロを守っていても
大きな標識を見落とすような
視力の危なっかしい奴に運転させるな

と毎日新聞に言いたい。



さて、毎日新聞の森口記者批判はこの辺にしておいて。

問題の本質は、逆走注意の標識を設けるとか、大内JCTの構造上の問題を改善するとかで解決できるものではないと思うのですよ。



まず、亡くなられたお年寄りが逆走していった地点だが、当然、進入禁止標識が立っている。

分岐地点の大きな標識を見落とすような危なっかしい運転の森口沙織記者でさえ「左への進入禁止の赤い標識が目に入り」と書いているくらいだ。

oouchijct03
ちなみに、同所にはこんな標識も立っている。
右にも左にも進入禁止マーク
進むことが出来るのは「本線」と書かれた直進方向だけである。
これに従えば、秋田方面へ無事に進むことはできる。


よって、少なくとも進入禁止標識本線案内標識をきちんと見ていれば、一方通行の出口へと左折・逆走していくはずもないのである。

これを見落としてしまうような高齢者に逆走注意標識なんて効果あると思うか?森口記者。

仮に平面交差から立体交差にしても、本線上でUターンぶちかます輩もいるのである。
もはや標識立てろとか危険な構造を解消せよで解決できない域ではないか。


何が怖いかって、この事故が起きた区間の日本海東北道ってのは対面式の暫定2車線区間であることだろう。

暫定2車線区間高速道路って、どこにでもある一般道の中央に緑色のポールを立てているのと大して変わらないのである。

4車線で整備済みの高速道路で、追越車線を逆走してきたという奴らは、まだ「左側を走っているつもりだ」という考えがあるから救いがある。
しかし、暫定2車線区間で逆走する奴は、その辺の一般道でも右側を走りかねないと思うぞ。

今は高速道路で起きているから広くニュースで取り上げられているが、きっと、報道されないだけで一般道でももかなり多くの逆走事故が起きているに違いないと僕は思う。

いずれ、逆走している認識が無い運転者が、市街地の人通りの多い場所で逆走事故を起こす日もくるだろうと思う。
高齢化社会で、右側を走ってはいけないという認識すらなくなった運転者が増えるのは避けられない。
逆走は高速道路だけで起こる問題じゃないと思わないといけない時代になっているように僕は思う。

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2016年09月08日

「北の国から」放送終了から14年

行こう行こうと思っていながら行けずにいたうちに、富良野の「北の国から」資料館が閉館してしまった。
こういうのは思い立ったが吉日で、早めに行かないとならないものだと痛感している。

さて、今日は短めに。

「北の国から」の主要キャストの現在の状況について調べて表にまとめてみた。

「北の国から」主要キャストの現在の状況(2016/9/8現在)
役名演者名演者の
年齢
備考
役柄上の備考演者上の備考
黒板五郎田中邦衛83歳
主人公
俳優を休業状態
黒板純吉岡秀隆46歳
五郎の長男
笠松蛍中嶋朋子45歳
正吉の妻、旧姓・黒板
宮前雪子竹下景子62歳
五郎の義妹
黒板令子いしだあゆみ68歳
五郎の元妻、22話で病死
北村草太岩城滉一65歳
'98時代で事故死
北村アイコ美保純56歳
草太の妻、旧姓・飯田
北村清吉大滝秀治故人
草太の父、1996年死去
2012年没
笠松正吉中沢佳仁48歳
東日本大震災で行方不明
俳優を廃業
黒板結内田有紀40歳
黒板純の妻(後に離婚)
高村吾平唐十郎76歳
結の義父、通称トド
高村弘岸谷五朗51歳
五平の息子、結の元夫
笠松快西村成忠18歳
笠松正吉・蛍の息子
中嶋朋子の実子
笠松杵次大友柳太朗故人
正吉の祖父、15話で転落死
1985年没
笠松みどり林美智子77歳
正吉の母
中畑和夫地井武男故人
五郎の親友、中畑木材社長
2012年没
中畑みずえ清水まゆみ76歳
和夫の妻、'2002遺言で病死
中畑すみえ中島ひろ子45歳
和夫の娘、純の同級生
成田新吉ガッツ石松67歳
五郎の友人、鉄工所経営
宮田寛次布施博58歳
五郎の友人、電器店経営
時夫笹野高史68歳
草太の友人、農村花嫁対策委員
小沼シュウ宮沢りえ43歳
純の元カノ、神戸在住
小沼周吉室田日出男故人
シュウの父
2002年没
大里れい横山めぐみ47歳
純の元カノ
大里政吉坂本長利86歳
れいの父
松田タマコ裕木奈江46歳
純の元カノ
役名不詳菅原文太故人
タマコの叔父、豆腐店経営
2014年没
和久井勇次緒方直人48歳
蛍の元彼
水谷涼子原田美枝子57歳
純と蛍、正吉、結の元担任
吉本つらら松田美由紀54歳
草太の元カノ
松下豪介南雲佑介68歳
クマさん
本田好子宮本信子71歳
黒板令子の離婚弁護士
吉野信次伊丹十三故人
黒板令子の再婚相手
1997年没
井関利彦村井國夫71歳
雪子の元不倫相手・元夫
川島竹次小松政夫74歳
草太の友人
役名不詳蟹江敬三故人
草太の知人、富良野署刑事
2014年没
小山小野武彦74歳
吉野の友人
役名不詳平田満62歳
純と蛍と靴を探した警視庁巡査
沢田松吉笠智衆故人
杵次の親友、マメ大尽
1993年没
沢田妙子風吹ジュン64歳
松吉の孫
役名不詳伊佐山ひろ子64歳
三日月食堂店員
中津レオナルド熊故人
五郎の友人、農家
1994年没
役名不詳古尾谷雅人故人
トラック運転手
2003年没
エリ洞口依子51歳
純の定時制高校の友人
高木渡部篤郎48歳
純の小学校時代の同級生
黒木大竹しのぶ59歳
蛍の不倫相手の医師の妻
黒木久井筒森介43歳
蛍の不倫相手の医師の息子
役名不詳野村祐人44歳
黒木久の友人、喧嘩で正吉に敗北
役名不詳平泉成72歳
中津の息子の知人、草太と喧嘩
清水正彦柳葉敏郎55歳
中畑すみえの夫、北大卒
三沢高橋昌也故人
三沢のじいさん
2014年没
山下杉浦直樹故人
布礼別中元校長、遺言の先生
2011年没


結構、亡くなられた演者さんが多いのである。
特に2012年は中畑のおじさん役の地井武男、清吉おじさん役の大滝秀治と、初期からの重要キャストが相次いで逝去し、悲しんだのを思い出される。
大滝秀治は亡くなる少し前に、ご家族と一緒に東京・中野の居酒屋にて魚を食べて楽しそうなお姿を見ているだけにショックであった。


倉本聰の構想では、「'2002遺言」以降の世界も示されている。
正吉と蛍は福島県浪江町に移住し、震災の津波で消防団の正吉が行方不明になる一方、結と離婚した純は福島で除染作業員となり、ブログを開設してれいちゃんと再会…というストーリーだったはず。

しかし地井武男のいない麓郷を想像できないし、何より五郎役の田中邦衛も俳優業の休業状態にあるわけで、映像化は不可能なんだろう。

田中邦衛には長生きしてほしい。

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2016年08月16日

仙台⇔秋田を最速で結ぶ国道108号鬼首ルートの分析

以前公開した、「滝沢分レ(盛岡・仙台方面)⇔青森 国道4号VS国道282号 比較」と題して公開した記事に、

宮城県内から青森ですと、大衡-R457-岩出山-R47-鳴子-R108-湯沢(雄勝こまち)と行き、そこから野岩羽ルートに繋げるルートも有力だと思うのですが、データ上はどのようになるのでしょうか。

というコメントをいただいた。
(コメント主の宮城県民さん、どうもありがとうございます。)


いわゆる、仙秋サンラインとか鬼首道路と呼ばれる国道108号で秋田と宮城の県境を直接越えるルートだ。
僕自身も、これが秋田と仙台の一般道最速ルートを構成しているのはほぼ間違いないだろうとみている。

さっそく、平成22年度の道路交通センサスを基に計算して地図に落としてみた(下図)。
区間ごとの詳細なデータは図をご覧いただきたい。

仙秋鬼首ルート
【地図はクリックで拡大します】


仙台から国道4号で北上し、大衡村大柳交差点国道457号へ分岐して岩出山へと北上。
岩出山より国道47号で鳴子へ北上し、国道108号に分岐して県境を越え秋田県湯沢市雄勝の新万石橋交差点にて国道13号に接続し、湯沢横手道・雄勝こまちICまでアプローチして行くルートだ。

★ 大衡村大柳交差点雄勝こまちIC 最速ルート概要
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
457号・47号・108号99.2km51.7km/h1時間55分05秒


だいたい100km、約2時間で仙台近郊の大衡村と秋田県最南端の雄勝を結べるのだから快速ルートだろう。

これを当ブログでは「鬼首ルート」と呼びたい。


さて、これに東京⇔青森の一般道最速ルートである野岩羽ルートを組み合わせてみよう。
湯沢横手道・雄勝こまちICから青森市長島交差点までの最速ルートは以前に計算済みだ。

それと比較対象となるのが、国道4号を滝沢分レまで北上し、国道282号へリレーするルート。

野岩羽ルート国道7号で矢立峠を越えて青森県に入ることになるが、後者は国道282号で坂梨峠を越えて青森県に入る。

前者と後者が合流することになる平川市碇ヶ関交差点を終点に、大衡村大柳交差点からのルート比較を行った結果が下表だ。

★ 大衡村大柳交差点平川市碇ヶ関交差点 ルート比較
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
鬼首・野岩羽301.4km53.6km/h5時間37分11秒
4号・282号ルート287.3km45.7km/h6時間17分22秒


実に面白い。
距離では14kmほど長いが、平均旅行速度が8km/hほど速い事もあって、40分程度、仙台と青森を速く結ぶことが出来るのだ。

鬼首ルート野岩羽ルートをリレーさせることで、仙台・秋田間の最速ルートは仙台⇔青森の一般道最速ルートにもなるようだ。


鬼首ルートは東京⇔青森最速路になれるか?


答えはだ。

野岩羽ルート国道4号から分岐する栃木県矢板市の蒲須坂(南)交差点と、国道4号を北上し続けて宮城県から鬼首ルートを使った際に、両者が合流する秋田県湯沢市雄勝の新万石橋交差点の間を比較すると以下のようになる。

★ 蒲須坂(南)交差点新万石橋交差点 ルート比較
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
野岩羽ルート334.7km52.5km/h6時間22分15秒
4号・鬼首ルート345.6km45.6km/h7時間34分37秒


鬼首ルートとの差は距離は11km程度であるが、平均旅行速度が7km/hも速いこともあって、所要時間で約1時間20分ほど野岩羽ルートの方が速かった。

やはり郡山、福島、仙台と東北屈指の人口集中地区を通過することで平均旅行速度が伸び悩む国道4号を走る距離が長いだけ、鬼首ルートは分が悪いようだ。

って、これで鬼首ルートが勝っちゃったら数カ月かけて制作した東京⇔青森一般道最速ルートの分析がパァーになるところだったぜ

福島市や郡山市と、青森市を一般道で結ぶ場合の最速ルートも、国道13号で栗子を越えて米沢から野岩羽ルートに入る方が速いだろう。
鬼首ルートは、あくまで仙台市や大崎市などと、青森市や秋田市を結ぶ一般道最速ルートを構成するということのようだ。

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2016年08月02日

道路公団にすら「儲からない」とみられていたエリアたち

前回の記事では「競争入札手続きに則り、営業者を募集したが、応募者・落札者がなく道路公団が直営したエリア」について考察してみた。

今回はそれらより悲壮感が漂ってくる、「交通量等を考慮すると、営業者を募っても、不採算となることが明らかである場合のエリア」についてみていくことになる。
民営化直前の末期の時期において、47か所あったという。
前回同様、平成17年の道路交通センサス(国交省)のデータを基に、当該エリアの位置する区間の24時間交通量(上下別の施設については総交通量÷2となるので、実際の交通量は×2)とともにまとめたのが下表になる。

交通量等を考慮すると、営業者を募っても、
不採算となることが明らかである場合のエリア
路線名上下別エリア名施設種類交通量
(台数)
備考
東北津軽SAレストラン
2,810
東北津軽SAレストラン
2,810
秋田西仙北SAレストラン
4,465
秋田西仙北SAレストラン
4,331
磐越阿武隈高原SAレストラン
4,745
磐越阿武隈高原SAレストラン
4,745
磐越阿賀野川SAレストラン
3,551
磐越阿賀野川SAレストラン
3,551
徳島上板SAレストラン
3,951
徳島上板SAレストラン
3,951
長崎川登SAレストラン
8,687
大分山田SAレストラン
8,176
大分山田SAレストラン
8,176
大分別府湾SAレストラン
4,932
大分別府湾SAレストラン
4,932
沖縄伊芸SAレストラン
9,171
沖縄伊芸SAレストラン
9,171
道央砂川SAハイウェイショップ
5,487
道央砂川SAハイウェイショップ
5,488
道央岩見沢SAハイウェイショップ
6,707
道央岩見沢SAハイウェイショップ
6,707
道央樽前SAハイウェイショップ
4,317
道央樽前SAハイウェイショップ
4,317
道央有珠山SAハイウェイショップ
2,183
道央有珠山SAハイウェイショップ
2,183
東北花輪SAハイウェイショップ
3,902
東北花輪SAハイウェイショップ
3,902
八戸折爪SAハイウェイショップ
2,593
八戸折爪SAハイウェイショップ
2,593
常磐中郷SAハイウェイショップ
7,471
常磐中郷SAハイウェイショップ
7,471
関越塩沢石打SAハイウェイショップ
5,712
関越塩沢石打SAハイウェイショップ
5,712
北陸名立谷浜SAハイウェイショップ
6,193
北陸名立谷浜SAハイウェイショップ
6,085
岡山高梁SAハイウェイショップ
3,835
岡山高梁SAハイウェイショップ
3,835
中国吉和SAハイウェイショップ
5,627
台風14号で山陽道通行止
中国吉和SAハイウェイショップ
5,627
台風14号で山陽道通行止
山陽佐波川SAハイウェイショップ
7,673
台風14号で山陽道通行止
山陽佐波川SAハイウェイショップ
7,673
台風14号で山陽道通行止
大分玖珠SAハイウェイショップ
5,910
大分玖珠SAハイウェイショップ
5,910
九州山江SAハイウェイショップ
9,638
九州山江SAハイウェイショップ
9,638
宮崎山之口SAハイウェイショップ
6,591
宮崎山之口SAハイウェイショップ
6,591


八戸道 折爪SAもしっかりこの中に入っているわけだが、これらのエリアの営業は日本道路公団が直営していたわけである。
もっとも、直営とは言っても日本道路公団レストラン営業部とかハイウェイショップ営業部みたいな部署があって公団職員がやっていたわけではなく随意契約した業者への業務委託ではある。

当ブログでは仮名とさせて頂こうと思うが、公団直営エリアで業務委託されていた業者としてA社とE社がある。
このA社もE社も、公団が内閣府に報告した資料によれば「不採算箇所など直接営業を行う必要がある場合に、円滑に直営事業を行うことができるよう現場部門のアウトソーシング会社として、財団が育成した企業であり、各地で安定した営業を行うことができるため、随意契約により委託しています。」と全く同じ文章で説明されている。

上の表の47か所のうち20か所で業務委託されていたのがA社で、23か所がE社だ。

このA社とE社の2社を育成した財団なるものが、国交省の役人の天下り先になっていたりしたわけで、猪瀬が舌鋒鋭く批判していた姿を覚えている方もいらっしゃるかと思う。

shiozawaishiuchi
▲ 日本道路公団から「儲からない」と目されていた関越道 塩沢石打SAは民営化後、ガソリンスタンドが廃止された。
  運営していたのはA社だった。



●交通量とSAへの休憩需要は必ずしも相関しない


さて、運営についてはこの辺で切り上げて、各エリアをみていこうかと思う。

びっくりしたのは、北は砂川SAから南は有珠山SAまで、道央自動車道のSAが軒並み「交通量等を考慮すると不採算となることが明らか」と分類されていたことだ。
道路公団から北海道で採算が取れると見られていたのは、道都・札幌にほど近い札樽道・金山PAと、道央道・輪厚PA野幌PAだけだったということか。

それにしても、片方向で6,700台を超える交通量がある岩見沢SAが不採算とみられていたというのは衝撃的だ。
なぜなら、レストランもガソリンスタンドも全部あっても採算OKだということになっている東北道 岩手山SAの片方向の交通量は約7,400台。
たった700台の差で「フルオプション完備」から「売店すらいらない」という評価に下がるものだろうか。

やはり、北海道の人やモノの流れの中心である札幌を通過する交通需要が決して大きくないのが理由だろうかと思う。

北海道第二都市は旭川だが、札幌ICから旭川鷹栖ICまでは125kmしかない。
旭川まで80km/hペースでゆっくり行っても、道央道を走っている時間はせいぜい1時間半しかなく、100km/h以上でぶっ飛ばすドライバーなら約1時間というところだろう。

比較的短時間で行けてしまう札幌⇔旭川間で、わざわざSAで休憩しようとする需要は大きくなかろう。

道南に位置する北海道第三都市の函館方面へ向かう場合も、道央道で苫小牧や室蘭方面へ迂遠するのを嫌って、ショートカット可能な一般道の国道230号に奪われる需要が小さくない。
胆振総合振興局所在都市・室蘭の玄関口となる登別室蘭ICまで走っても110kmしかない。
これもまた、わざわざSAで休憩しようとする需要は大きくない
と考えさせられる。

前回の記事で沖縄道 伊芸SAについても触れたがが、やはり移動距離が短いと休憩の必要性が低くなる。


●やっぱり苦しい末端区間のSA

折爪SAだけでなく、大分道 別府湾SA・玖珠SA宮崎道 山之口SAといった、終点にほど近いエリアがやはりリストに載っている。


面白い所では、開設当初は磐越道が開通しておらず、終点のいわき中央ICまで39kmしか離れていなかった常磐道 中郷SAなんてのもリストに入っている。
nakagousa3 nakagousa2 nakagousa1
▲ 夜間でも食事コーナーに多くの人が着席しており、不採算とは思えない活況を呈する現在の中郷SA


ただ、いわきから先の磐越道のみならず常磐道が全通した今となっては、中郷SAは末端区間のSAとは言えない状況に好転しているのは間違いない。
実は2015年8月16日に中郷SAを利用したのだが、ちょうど仙台で左翼団体・全日本教職員組合の大会があったので、それに行った帰りの右翼団体の街宣車が給油所に大集結しており、とても利用できないほどの混みっぷりになっていた。

福島第一原発が嫌われて、まだ東北道の需要を奪うまでには至っていないものの常磐道の延伸で中郷SA需要は間違いなく増加しているのである。


●よくわからないのが佐波川SA山江SA

さて、ここまでもっともらしく偉そうに書いてきたところで、なぜ採算が取れないと見られたのかよくわからないのが、片方向で1万台に迫るほど交通量のあった九州道 山江SAと、山陽道 佐波川SAの2つだ。

佐波川SAは上の表の数値が取られた2005年の台風14号によって岩国−玖珂が長期通行止となり、中国道に交通量を大きく奪われたという事情があり、2010年のデータでは片方向で約13,500台という大きな値を出しているのだ。

広島⇔北九州・福岡という大都市間にあり、なぜなのか。

特に広島から福岡までは約276kmで、佐波川SAは広島から約122km、福岡からで約154kmというやや広島寄りながら中間地点に近い位置にあり、休憩するポイントとしても需要はありそうなのである。

福岡寄りにわずか23.9kmの地点に中国道 美東SAがあるし、広島寄りの下松SAも約43kmの距離と間隔が狭く、各エリア間の需要の奪い合いが激しそうなエリアではあるが、それが理由かどうかはわからない。


九州道 山江SAも、1989年の八代IC―人吉IC延伸から1995年の全線開通までの6年間、九州道末端区間であった(しかもメインルートの国道3号から相当に離れる)という事情はあった。
ただ、6年我慢すれば鹿児島や宮崎の交通が流れ込むとわかっていて、なぜ採算が取れないと見られたのかは不明だ。

福岡方に位置する九州道 宮原SAは39kmしか離れていないという事情はあるが、逆に鹿児島方面だと次のSAは約76kmも先の九州道 桜島SAである。

こういったところを、猪瀬や他の委員に突っ込んでほしかったところだが、読む限り、出てこないんである。



ともかく、天下り先という批判を受け、その意見はごもっともなのだけれど、天下り先が面倒見てくれていた地方末端部のエリアが大幅な縮小という憂き目に遭ってしまったのも事実。

公共性を帯びた施設の存廃を、採算性だけで決めてしまって良いのだろうかとは、考えさせられるところだ。

鉄道であれば利用者側の「乗って残そう」運動もありえるが、急ぐための高速道路で、エリアに着く度に毎回休憩するというのも本末転倒な話である。

休憩のために渋滞するほどの海老名とか談合坂とかで挙げた利益で、地方のエリアを助けるっていうのはそんなに難しい事なのだろうか・・・

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2016年07月04日

八戸道 折爪SAがコンビニになるという

以前、八戸道 折爪SAについて記事を書いたことがあるのだが、この夏を以てミニストップに変わるらしい、と親戚から連絡。

まだ詳しくは調べていないが、コンビニ化したSAPAは、食事がとれない施設になる可能性が高いように思う。

taieipa青森県民にとっては東北道 津軽SAが浮かぶかと思う。上り線(青森⇒川口方向)はファミリーマートになり、食事をとれる軽食・スナックコーナーが廃止された。
ただ、最近は地方の末端区間のみならず、首都圏でもコンビニ化する所が出てきている。
この写真は東関道 大栄PAの上り線(潮来⇒湾岸市川方向)で、ここは民営化後も日本道路公団らしい姿を残していた施設だったのだが、セブンイレブンになった。
以前はそばやうどん、カレーなどの食事を座って食べられるスナックコーナーがあったが、今はセブンの店内に食堂のような施設は無い。

僕は混雑するSAが嫌いなもんで、前後のPAで山菜そばやソフトクリームを食べるのが休憩の定番だったのだが、そういうのが難しい時代になってきているのかもしれない。


さて、折爪SAについて調べようとしていたら、小泉内閣で猪瀬直樹らが道路公団民営化を進めた際の内閣府の資料をみつけた。

その中で、「SA、PAの運営について」と題する、経営状況についての報告があった。

"SA・PAにおける営業は、道路局長通達および占用許可条件に基づき、原則として、競争入札により選定した第三者テナントに委託"されるが、"競争入札手続に則り、営業者を募集したが、応募者・落札者がなかった場合"や、"交通量等を考慮すると、営業者を募っても、不採算となることが明らかである場合"等に、日本道路公団や関連の財団が"直接営業を行ってい"たという。

やはり、民間が儲からないからやらない場所を、公団が面倒みていたことになる。


さて、公団が面倒を見てきたエリアの中にも、2通りあるようだ。

一つは、「競争入札手続きに則り、営業者を募集したが、応募者・落札者がなく道路公団が直営したエリア」。
これは公団はなんとかなると考えたか、あるいは赤字になるだろうけど必要だから手を挙げてほしい、と考えていたが、民間は儲からないから手を挙げなかったというパターンだろう。

もう一つは「交通量等を考慮すると、営業者を募っても、不採算となることが明らかである場合」のエリア。
これは公団でさえ白旗を挙げているほどの赤字必至エリアということで、一層の悲壮感が漂ってくる。

今日の日記で書くのは前者の方。
民営化直前の末期の時期において、18か所あったという。
平成17年の道路交通センサス(国交省)のデータを基に、当該エリアの位置する区間の24時間交通量とともにまとめたのが下表になる。

競争入札手続きに則り、営業者を募集したが、
応募者・落札者がなく道路公団が直営したエリア
路線名上下別エリア名施設種類交通量(台数)備考
中国鹿野SAレストラン
5,522
台風14号で山陽道通行止
中国鹿野SAレストラン
5,522
台風14号で山陽道通行止
道央有珠山SAガソリンスタンド
2,183
東北津軽SAガソリンスタンド
2,810
東北津軽SAガソリンスタンド
2,810
東北花輪SAガソリンスタンド
3,902
秋田西仙北SAガソリンスタンド
4,465
秋田西仙北SAガソリンスタンド
4,331
秋田集約錦秋湖SAガソリンスタンド
5,688
上信越妙高SAガソリンスタンド
4,951
中国大佐SAガソリンスタンド
2,965
高知南国SAガソリンスタンド
4,973
大分集約別府湾SAガソリンスタンド
9,864
沖縄伊芸SAガソリンスタンド
9,171
秋田集約錦秋湖SAハイウェイショップ
5,688
徳島吉野川SAハイウェイショップ
2,848
中国湯田PAハイウェイショップ
5,305
台風14号で山陽道通行止
中国湯田PAハイウェイショップ
5,305
台風14号で山陽道通行止

少ない所では道央道有珠山SAの約2,200台からと、これは大変少ないと思われると思うが、上下別の施設については総交通量÷2となるので、実際の交通量は×2で見てもらえればよいかと思う。

秋田道 錦秋湖SAなど比較的新しいエリアでは、上下集約方式を取っているので交通量の値は大きく見えるが、従来のように上下別エリアにすると数値は半分に落ち込んでしまう。

また、備考欄に書いたが、平成17年の道路交通センサス当時、山陽自動車道は台風14号によって岩国−玖珂が崩壊し、9月から12月まで長期の通行止を強いられ、並行する中国自動車道の広島県・山口県間の交通量が大幅に回復したデータになる。
当時のデータでは5,000台を超えていても、普段のデータであれば1,000台台の交通量しかない日もある。



片方向で5,000台(上下双方向で10,000台)という交通量を割っているとまずそうだとはなんとなく思うが、全エリアの状況を比較したわけではないので言及は避けよう。

とりあえず言えるのは、末端区間はやはり苦しそうだ。

津軽SAも末端区間であるが、興味深かったのが大分道 別府湾SA

大分道 別府湾SAは上下集約型なので、2005年時点で9,800台を超える交通量を誇る位置にありながら、ガソリンスタンドの経営権を求めて応募した民間業者がいなかったのである。

その理由を考えれば、大分道 別府湾SAは当時、大分道の末端に位置していたからだと僕は思う。

今でこそ東九州道が小倉から宮崎まで繋がったわけだが、2005年当時は福岡県⇔大分県と大分県⇔宮崎県は繋がっていない。

鳥栖JCTから分岐した大分道終点の大分市にほど近い別府湾SAでわざわざ給油しようとする需要が小さかったのは容易に想像できる。
大分を出発する人であれば高速に上がる前に市街地のスタンドで給油するであろうし、大分を目指す人であれば高速路上でのガス欠の危険性が高まる前に手前の山田SA(福岡県朝倉市)などで給油するだろう。
別府湾SAの付近で「そろそろ給油しなければ…」と思うドライバーは少なかったはずであり、仮に給油の必要性に迫られても終点で一般道で降りれば比較的容易にガソリンスタンドに入れる状況にあった。

同じようなことは沖縄自動車道でも言えたと思われ、全長57kmしかない沖縄道伊芸SAなんて片方向で9,000台を超える交通量がありながら、ガソリンスタンドの運営に応募者は無かったのだ。
やはり、那覇と名護の両方から利用する人たちも、高速に上がる前に給油するであろう。
伊芸SAの付近で「そろそろ給油しなければ…」と思うドライバーも少なかっただろう。


ご存じのとおり、沖縄道 伊芸SAはガソリンスタンドが廃止された。
一方で、大分道 別府湾SAのガソリンスタンドは維持された。
大分道 別府湾SAなんて宮崎方面へ向かう場合は約300km先の宮崎道 霧島SAまで給油可能なスタンドがないため、東九州の非常に貴重な給油ポイントに変貌を遂げている。

北九州・宮崎間における数少ない給油地点という必要性が極めて高い位置にあったとともに、将来的に需要が増大するのがみえていたから、大分道 別府湾SAのガソリンスタンドは守られたのであろう。

数少ない給油地点という意味では、上の表で最も交通量の少ない道央道 有珠山SAのガソリンスタンドも今日まで守られている。


さて。
この日記のタイトルにある八戸道 折爪SAは上表に含まれていない。
ということで次回へ続く

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2016年06月23日

機会を窺う日々

年度が2015から2016に変わる前だから、少なくとも3から4か月くらい前か。

とある社採用情報を見ていたところ、2015年度の秋口にキャリア採用で中途社員募集をしていたことに気が付く。
僕の学生時代は、それこそ第二次ベビーブーム世代が直面した90年代後半の就職氷河期ほど酷くはないが、今に比べれば厳しい環境にあって、その会社は門戸を開くことすらなかった。受けたくても受けられなかったのである。

「ああ…遅かった」と思いながらも、採用情報に「2017年度採用ページは間もなく開設します」と書いてあることに気付く。
新卒も中途も募集をかけるという。

これは、最後のチャンスかもしれない。
僕は、今度こそは門戸が開く瞬間を逃すまいと、その採用情報のページをお気に入り登録し、毎日のように更新がないかチェックした。





いつまで経っても、その採用情報は更新されなかった。





ある日、妻が「その会社、どんな待遇なのか見せてよ」と言う。

スマホで、その会社をググって、採用情報のページに移動する。

そこに踊っていたのは「2017年度採用、多数の応募ありがとうございました。」の文字。



え?



終わってるってどういうことよ?
その数時間前にも、採用情報に「2017年度採用ページは間もなく開設します」と書いてあるのを見たばかりなのに。



PCを立ち上げ、お気に入りのURLを叩いて更新をクリック。
F5を何回押しても、「2017年度採用ページは間もなく開設します」としか出てこない。



スマホ限定なのか・・・?



その時、ようやく、URLに「/2016/」の文字列があることに気が付く。

6を、7に打ち変えてみる。

PCの画面に踊ったのは、「2017年度採用、多数の応募ありがとうございました。」の文字。



ああ、終わってしまった。

僕は、2016年度の採用情報のページをお気に入り登録したまでは良かったが、その会社のHPのトップページの更新履歴を全くみていなかった。

社によっては、毎年同じURLで採用情報のページを立ち上げて使い回す社もあるが、毎年URLを変える所もある。
そんなことに気付いていなかった。

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2016年06月18日

2016年6月の日記一発目

最近、仕事の方が多忙を極めていて、なかなかブロ玉を更新できていません。
毎日アクセスしてくださる読者の方もいらっしゃるようで、申し訳ありません。

そんなわけで、過去に作成した日記を再編集して公開することにしています。
既に何本か公開していますが、今日はAKB48の選抜総選挙だということもありますので、5年前の2011年に作成した日記を公開しました。

興味がある方は、コチラをクリックしてください。

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2016年05月27日

往年の名神「今須カーブ」と各地の急カーブを比較してみる

前回の記事で、名阪国道「Ωカーブ」で発生した事故による渋滞に巻き込まれた話をした。

高速道路のものとは思えない急カーブである「Ωカーブ」であるが、名神高速道路には急すぎるカーブゆえに線形改良
が行われ、廃道と化した区間がある。
名神高速 今須カーブs
【Google Mapより加工 スマホの方は画像クリックでアニメが見られます】

その場所は岐阜県関ケ原町今須に位置した通称「今須カーブ」
関ヶ原IC米原Jctの間に位置し、1964年に開通した後、1978年には今須トンネルを供用開始し廃止された。
航空写真で見ても、かつての今須カーブの跡が今でもわかりやすく残っている。
(実際は画像よりさらに名古屋方面にもう少し線形改良区間があるが、省略した)

これは首都高速にも同じことが言えると思うが、黎明期の高速道路には無茶な線形が少なくない。

今日は、「今須カーブ」と著名な急カーブとを、同一縮尺上で比較してみようかと思う。

imasucurve「今須カーブ」を他の著名な急カーブと比較するにあたっては、国土地理院の地理院地図で同一縮尺上で行うことにする。

「今須カーブ」曲線半径(r)は約260mだったそうだ。
r=260mと聞けば、どのくらいの急さなのかすぐにピンとこない人の方が多いと思うが、東北道でも有数の急カーブの一つとして知られる菅生のカーブ(318.5km付近)でもr=400mだから、あれよりだいぶキツいカーブという事になる。

実際のところは曲線半径だけじゃなく、進行方向へ向けての勾配や、バンク(横傾斜)もカーブの曲がり易さ/曲がり難さに関わってくるので、急カーブを比較する場合は立体的にみた方が良いのだけれど、簡易的に平面上の曲線半径でみていこうと思う。


札樽自動車道 W28kmのカーブとの比較

北海道の道といえばまっすぐなイメージがあり、実際にそうなのだが、1971年に開通した札樽自動車道にはそれなりに急なカーブもある。
銭函IC朝里IC間にある、W28kmポスト付近(小樽市張碓)のカーブがそれだ。

今須on札樽張碓
「今須カーブ」を回転させて札樽道に重ねてみると、凄い曲がり方だなと改めてわかる。

北海道には道央道もあり、こちらも首都圏−北九州・福岡に至る太平洋ベルト以外では最も早く開通した高速道路の一つになるわけだが、初期の開通区間は石狩低地帯を行く区間であり、無理のない線形になっている。
それと対照的に札樽道は海岸近くの山地を走ることになり、カーブも多くなるが、さすがに「今須カーブ」にはかなわない。


東北自動車道 318.5kmのカーブとの比較

上の方で少し触れた、東北自動車道菅生PAにほど近い318.5kmポスト付近のカーブとの比較だ。
こちらはr=400mであり、仙台にも近いことから交通量が多く走りにくい区間に位置する、東北道を代表する急カーブであるが・・・

今須on東北菅生
やはり、「今須カーブ」に比べれば菅生のカーブも緩やかにみえてしまう。

この菅生のカーブも、下り線(川口→青森方面)を走って行くと下り坂の右カーブということで危険なカーブであるわけだが、なんと重なるように「今須カーブ」も名古屋から大阪方面にかけて、同じ様に下り坂の右カーブであった。


首都高速4号新宿線 参宮橋カーブとの比較

今度は首都高速を代表する急カーブの一つとして、4号新宿線の参宮橋カーブとの比較だ。
そもそも、4号新宿線には参宮橋に限らずえげつない急カーブが連続しているのだが・・・

今須on参宮橋
おお、さすがは首都高速だ。
「今須カーブ」もかなわなかったわけである。
参宮橋カーブに比べればマシだったということがわかる図ではないかと思う。
ちなみに、参宮橋カーブはr=88m。ひでぇ。

もっとも、都市高速高速自動車国道を比べるのにも無理はある。
普通に地方部の高速だと思って走ってて、「今須カーブ」級のカーブが現れたらビビるだろう。
張碓・菅生クラスとは異なり、油断して120km/hとか速度超過で走ってると事故っちまう可能性大だな。


中央自動車道 259kmのカーブとの比較

これはいわゆる「魔のカーブ」と呼ばれている、阿智のカーブである。
2006年に21台もの玉突き事故が起きているカーブであり、「最急カーブ」という警告標識まであるカーブである。

なんと、阿智のカーブはr=300mである。

今須on中央阿智
阿智のカーブに今須を重ねてみると、非常に似た急カーブっぷりがわかる図になったように思う。
やはり、「今須カーブ」のr=260mに匹敵するr=300mの急曲線だけある。

交通量も1日平均27,609台(H25年度、道路統計年報より)と決して少なくない。
阿智のカーブは、往年の「今須カーブ」の危険さを疑似体験するのに最も近い条件の急カーブかもしれない。


中国自動車道 251kmのカーブとの比較

今ではすっかり山陽道に京阪神・北九州間のメインルートの役を奪われてしまった感があるが、「先輩」である中国道には急カーブが何か所もある。
フェラーリの多重事故が起きた下関のカーブや、桜塚やっくんの亡くなった美祢のカーブも有名な危険カーブであるが、最急カーブは帝釈峡PAから下関寄りの251kmポスト付近、庄原市東城町戸宇にある。

今須on中国帝釈峡
東城IC庄原ICの間に位置する、この帝釈峡のカーブを含む区間は1973年と早い時期に開通している。

帝釈峡のカーブは、r=250m

なんと「今須カーブ」より急なカーブなのだ
ちなみに、地図上で左下(南西)に見えている烏賊塚のカーブも同じくらい急に見えているが、こちらはr=300mで、先出の阿智のカーブとほぼ同じ急曲線。
全く、すげえのが連発していたものである。
ただ、この区間は1日平均5,040台(H25年度、道路統計年報より)しか交通量のない閑散区間になっているので、危険度からいえば阿智のそれに及ばないだろうかと思う。


九州自動車道 327kmのカーブとの比較

九州においても急カーブは色々あるが、選んだのは鹿児島県の姶良ICから鹿児島寄りのカーブを選びたい。
ここは、特に上り線(鹿児島⇒門司方向)が危険なようである(私自身も実走済み)。

今須on九州姶良
ここ、姶良のカーブは鹿児島方面から門司方面へ向けて、5%という高速道路にしては相当急な下り勾配が連続している区間である。
その急な下り坂に、姶良のカーブはr=350mで左、右と2発連続で来るのだ。
「今須カーブ」に比べれば緩やかなカーブだが、姶良もまた背が高いトラックやワンボックスで走ると危険を体感できそうだ。


名阪国道 Ωカーブとの比較

北は北海道の札樽道から南は鹿児島の九州道まで各地の急カーブたちと「今須カーブ」を比較してきた訳だが、最後はやはり名阪国道Ωカーブとの比較だ。

さすがに、Ωカーブはいくつかのカーブの複合体になるので、同一縮尺上での表現がブログ上で出来ないので、画像をクリックすると同一縮尺版が表示されるようにした。

今須軍団on名阪Ω
【画像はクリックで拡大します】

今須カーブより緩いカーブもあるが、今須カーブよりキツいカーブが目立ちますな。

特に最も天理寄り、「Ω」の字の左下部分にあたるヘアピン状のカーブ、ここはr=150mである。

僕がここを体験した時は、通行止め解除と同時に渋滞の車両が一斉に天理へと走り出したので、2車線が車間距離ピッチリで大型トレーラーたちと高速で並走していくという状況だった。
首都高速の混み方も大概だが、名阪国道大型トレーラーの比率が高い気がする。

結局、我々がamazonとかの安い通販の恩恵に預かれる背景には、そのしわ寄せで運賃カットやら長時間労働を課されたトラック運転手がいて、高速料金節約と制限時間内での移動のために名阪国道みたいな無料高速を頑張って走る―ということになるのだよなあ。


危険なカーブは少しずつ線形改良で消えていくし、新しく開通する新名神高速なんかはとても走りやすい快適な道路になるけれど、今日も名阪国道を走行しなければならない事情のドライバーがいる。
今日も名阪国道を走る長距離ドライバーの皆様、どうかくれぐれも安全運転で。

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2016年05月20日

名阪国道と非名阪 国道25号を比較する

当ブログでは以前、埼玉県の草加から宇都宮に至るまでの新4号バイパスと現道の4号(日光街道)を比較したわけであるが、比較してみたかった路線がもう1本ある。

その路線は、三重・四日市市と大阪市を結ぶ国道25号

その中でも亀山から天理に至る、名阪国道と、非名阪の比較だ。


僕は新4号の高規格っぷりとその期待に応える流れの良さを讃えて「大正義・新4号バイパス」と勝手に呼んでいるが、所詮、新4号一般道なのである。
一般道だから、たまに一番左の車線に50ccの原付がいるし、歩道もあるし、信号機のある平面交差点もある。



ところが、名阪国道国道と名乗るくらいだから無料なのだが、れっきとした自動車専用道路である。
50の原付で走れば警察に捕まるし、平面交差点もない。

今でこそ、三陸道とか日本海東北道とか、無料供用する自動車専用道路は珍しくないが、名阪国道が生まれたのは1965(昭和40)年!
北日本初の自専道である室蘭新道も無料で珍しい存在であったが、1974(昭和49)年開通だから、名阪より9年ほど遅い。

名阪国道無料で走れる数少ない高速道路として、長い間、名を馳せてきたのだ。


その陰で、国道制定以来、未改良のまま残されている現道がいわゆる非名阪
走ったことはないが、酷道として素晴らしいらしい。

今日は、国交省のH22道路交通センサスで、名阪国道非名阪の両者を比較したいと思う。
◆ 天理⇔亀山間で両ルートを比較する

本当は四日市側が起点なので「亀山⇔天理間」と表記するのが順番としては正しいのだが、地図上で左側(西側)に来るのが天理になるので、便宜上、「天理⇔亀山」とさせて頂ければと思う。
名阪国道は約73kmの区間に30近いインターチェンジがあるので、天理福住神野口五月橋上野伊賀板屋亀山に絞って、各区間の概況をみていこうと思う。

天理側の基点は、天理市役所にほど近い川原城町交差点
名阪国道ルートはここから一旦、国道169号で北上してから天理ICに入ることになる。

亀山側の基点は、亀山IC
新所町交差点亀山ICの間は国道1号を利用する。

平均旅行速度は昼間12時間の上下線平均を用い、比較した結果が下記になる。

名阪国道VS非名阪
【地図はクリックで拡大します】


細かい各区間の概要は、上の図を拡大してご覧いただこうと思う。
線形にもあらわれていると思うが、非名阪はとにかく曲がりくねっている。
それは未改良だから当たり前だとして、名阪国道にもいわゆる「Ωカーブ」と呼ばれる急カーブが天理にほど近い位置にある…
とりあえず、全区間を走破した場合の比較結果が下表になる。


川原城町交差点亀山IC 名阪国道非名阪比較


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
名阪国道74.9km76.6km/h58分40秒
非名阪79.9km38.9km/h2時間03分18秒


非名阪でも2時間強で行けるようだ。
・・・本当か?

まあ、未改良国道だと言っても、旧上野市街を除けば山間の人口希薄地帯を行く路線だから、交通量も少ないし信号も多くないから、酷道の割には意外と稼げるのだろう。


そしてやはり速かった名阪国道全線の昼間12時間上下平均旅行速度が76.6km/h。
信号がある新4号だと、ここまでの数値にはならない。


1回だけ名阪を走ったことある小生の感想


さて、実は僕は2011年5月28日に一度だけ、亀山から天理へと名阪国道を走行した経験がある。
この日、勝手に智辯2県と呼んでいる(ごめんなさい)奈良・和歌山へ初の上陸を果たそうと、名阪国道を走ったのだ。

予定では、法隆寺を見物して、すぐさま和歌山へと向かって紀三井寺に行くつもりだったのだが、福住ICを過ぎた直後に全く動かない渋滞にはまったのだった。
位置的に非名阪にも逃げられず、本当に止まってしまったのだ。

気づくと長距離トラックの運転手さんたちが路上を闊歩しており、前後にいる仲間と話し合いなんかしているんである。
その中で青森ナンバーに乗る僕を見て「もうすぐ高速千円終わりやもんな。せっかく遠くから来たのに災難やな」と関西弁で話しかけてきたオヤジさんがおり、聞くと「この先の急なカーブでえらい事故あったらしいわ。よう事故あるとこや。ほんまにしばらく動かんで」と言う。

このトラック運転手のオヤジさんの言う通りで、解放されるまで2時間近くはいただろうか。

そう、前述したΩカーブで大きな事故があったのだ。
側壁についた新しい傷痕と、警察がまいた乾燥用の砂がまだ路面に残っており、まさに急カーブの所で事故があったようだ。

wakayamaramen事故現場を通過したその頃には法隆寺の拝観時間終了が差し迫っており、泣く泣くあきらめてそのまま西名阪道阪和道と進み、せめて和歌山ラーメンは食べようと和歌山まで走ったのである。

そうして新しくできたばかりの和歌山北ICで降り、「えいやぁっ」とノープランで割と近い位置にある正善というラーメン屋に入ったのだが、なかなか美味い店だった。
和歌山で、夕食だけは済ませた。

で、当初は帰りは非名阪のつもりだったけど、真夜中にアウェイの地の酷道を走るのも嫌なので、結局は吹田・京滋BP経由で新名神で帰ってきた。
18時半に和歌山を出て、都内に着いたのは2時前。
和歌山ラーメン1杯食うためだけに、東京⇔和歌山を往復する結果に終わったのだった。
(1日の運転距離でこれは現在のとこと生涯2位の長距離である。)



最後に名阪国道を、青森の人にも伝わるように説明するならば。

みちのく有料道路を無料にして4車線にして、
青森市街地の国道4号並に交通量を多くして、
青森ではありえないくらい覆面パトカーや白バイが頻繁に出現して、
誰も捕まりたくないから先頭に出たがらないけれど、
そんな中をみんな80km/hで走ってるような道路です。


信号あるけど、新4号の方が走りやすいよ。

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2016年05月06日

今別から新幹線で青森市の高校に通学は本当に可能か?

5月1日の東奥日報に、北海道新幹線の開業で、今別町の高校生が青森市内の高校に通学可能になったという、下記のような記事が出た。
(以下引用)

◆ 新幹線通学、部活動もできます

新幹線通学は快適で、部活動にも参加できます−。北海道新幹線・奥津軽いまべつ駅が開業した青森県今別町は今春から、青森市などの学校に通う同町在住の高校生に対して新幹線通学定期券代の助成を始めた。若者の定住対策と新幹線利用促進の一環。同町から新青森駅へは在来線で約1時間10分かかるが、新幹線だとわずか15分。青森市内の高校で学び、部活動にも励む同町の高校生2人の新幹線通学に同行した。
 4月28日午前7時すぎ、奥津軽いまべつ駅にバレー部の大きなかばんを肩に掛けた青森西高1年の伊藤綾香さん(15)の姿があった。同6時45分ごろに家を出てバスで駅までやってきた。少し遅れて来たのは、青森北高1年の小鹿夏海さん(15)。「おはよう」。駅構内の待合室で落ち合った2人は同7時26分発のはやぶさ10号東京行きに乗り込んだ。
 今年3月に今別中学校を卒業した2人は、バレー部でともに汗を流した親友だ。伊藤さんは高校でもバレーを続け、小鹿さんは陸上部で長距離走に挑戦している。今別中によると、同校を今春卒業し、新幹線で通学しているのは、この2人という。
 2人は行きも帰りも一緒。新幹線車内で学校や友人の話など、おしゃべりをしていると15分はあっという間だ。同7時41分、新青森駅に到着。駅を出ると、伊藤さんは徒歩、小鹿さんは自転車でそれぞれの高校に向かった。学校に着くのは同8時ごろ。
 北海道新幹線開業に伴い、今別町は本年度から、新幹線通学定期券代の3分の1を助成している。奥津軽いまべつ駅から新青森駅までの通学定期券代は月約4万8千円(3カ月定期の場合)で、2人の場合は月約3万2千円(同)の負担で済む。青森北高によると、同市内の下宿代の相場は月約5万〜5万5千円で、新幹線通学より高いという。
 町では在来線通学でも同じく助成しており、同町の津軽二股駅から新青森駅までの定期券代の自己負担は月1万円以下。だが約1時間10分かかる上、朝は午前6時19分発の列車に乗らなければ学校に間に合わない。帰りも津軽二股駅に着く最終列車に間に合うには新青森駅午後5時37分発に乗る必要があるので、学校には遅くまで残れない。
 「新幹線駅ができたから部活に入れた」。2人は口をそろえる。この日、午後7時半ごろに部活動を終えた伊藤さんと小鹿さんは同8時ごろ、再び新青森駅で合流した。待合室で学校での出来事などを報告し合って同8時42分、新函館北斗行きのはやぶさ29号に乗った。同8時58分、奥津軽いまべつ駅に到着し、2人はバスで帰宅した。
 「最初は新幹線で通学するのに少し違和感があったけれど、あっという間に着くし、とても楽です」と伊藤さん。小鹿さんは「新幹線がないころは、高校では部活に入れないと思っていた。毎日が充実している」と話した。
 町企画課の太田和泉総括主幹は「定住人口確保のためにも、高校生には町から通ってほしい。ただ現在のダイヤでは、新幹線通学が可能な青森市の高校は限られる。さらに多くの高校生が新幹線で通学できるよう、ダイヤ改正をJRに働きかけていく」と述べた。(引用ここまで)  ―2016/05/01 東奥日報



記事の最後の方にも書かれているが、今別から北海道新幹線で通学可能な青森市内の高校は本当に限られる。

というか、新幹線では通えない高校の方がほとんどだろう。

青森市街 鉄道駅と高等学校所在地
【地理院地図を元に作成(クリックで拡大します)】

旧浪岡町を除く青森市内には県立高校が9校私立高校が3校の計12校ある。
このうち、青森市外から鉄道で遠距離通学してくる生徒でも通いやすい、駅から徒歩圏内に位置する高校というのは少ない。
そりゃ、1時間でも2時間でも歩けばどの高校へも徒歩で行けるだろうが、高校生の平均的な徒歩の速度を4km/hとして、徒歩15分程度で行ける1km以内の所までを徒歩圏内と定義したい。

そうすると矢田前駅から約300mの青森東高校、筒井駅から約400mの青森高校、野内駅から約500mの青森工業高校、新青森駅から約700mの青森西高校、油川駅から約800mの青森北高校5校が駅から徒歩圏内ということになる。


特別豪雪地域にある青森市の場合、鉄道駅から徒歩圏内にあるかどうかというのは特に重要だ。

列車の場合、東京や仙台のようにちょっとやそっとの雪程度で遅延とか運休することは青森ではあまり多くない。
しかし、11月下旬から3月下旬まで冬の約4か月間は自転車通学が不可能になる。
冬の間は青森市営バスも定刻ではまずやってこないし、遅延も日常茶飯事だ。



北海道新幹線の開業は、今別や三厩など津軽半島北部から、鉄道駅に近い5校(青高、東、西、北、工業)への通学を可能にしたのだろうか?

最新版のダイヤから、みてみる。

津軽半島北部から青森市街へ 朝の鉄道ダイヤ(2016年5月現在)
線名駅名津軽線
ルート
北海道新幹線
ルート
津軽線三厩06:04
今別06:11
津軽二股06:19
北海道新幹線奥津軽いまべつ07:26
新青森(着)07:41
奥羽本線新青森(発)07:4108:03
津軽線蟹田(着)06:45
蟹田(発)07:05
油川07:37
青森(着)07:4607:4708:09
青い森鉄道線青森(発)07:5208:0808:33
筒井07:5808:1408:38
矢田前08:0708:2308:46
野内08:1008:2608:48


『津軽二股⇒奥津軽いまべつの乗換は非現実的』

まず、朝の通学時間帯に走っている北海道新幹線は、新函館北斗6:35発の「はやぶさ10号」しかない。
この「はやぶさ10号」は、奥津軽いまべつ7:26に着く。

奥津軽いまべつ駅は、津軽線・津軽二股駅に隣接しているのだが、7:26「はやぶさ10号」に接続する津軽線の普通列車蟹田行は三厩6:04発・今別6:11発で、津軽二股着が6:19の便しかない。

津軽二股奥津軽いまべつでの乗換待ち時間が1時間7分。

今別や三厩から青森への新幹線通学を考えるのであれば、今別町の巡回バスに乗るのが現実的だろう。
巡回バスは三厩駅前6:44発・今別駅前発6:57発で、奥津軽いまべつ駅着は7:06になる。
これなら、乗換待ち時間は20分。
今別や三厩であれば、真冬でもバスが間に合わないほど遅れるという渋滞はまずありえないので、有効な手段だろう。



『唯一の新幹線が接続する奥羽線青森行は8:03発』

さて、奥津軽いまべつ7:26に発った「はやぶさ10号」は、新青森7:41に着く。

東奥日報の記事にある通り、青森西高校なら余裕で通学可能だ♪

ところが7:41、ちょうど新青森駅で奥羽本線の青森行と弘前行が同時に発車する時刻である。
青森西以外の高校へ向かうには、この青森行に乗れれば良いのだが乗換時間ゼロなので、次の8:03発まで待たないといけない。



『青森駅には、津軽線の方が早着してしまう』

さて、新青森駅7:41発青森行に乗換が不可能なので、次の8:03発に乗り換えると、青森駅着は8:09

青森駅で接続する青い森鉄道の発時刻はなんと8:33
1駅目の筒井駅ですら8:38着なので、青森高校はもちろん、それ以遠の青森東高校青森工業高校にも通学不能だ。

逆戻りする形になるが、津軽線はどうか?
こちらも蟹田行は青森駅8:05発だから、接続できない。
油川の青森北高校にも通学できない。

そもそも、三厩・今別から油川駅や青森駅には、三厩6:04発の津軽線蟹田行(蟹田着6:45)に乗り、蟹田で7:05発の青森行に乗り継ぐ方が早着(油川7:37着青森7:46着)するのだ。
これなら青い森鉄道7:52発八戸行に乗り換えることができ、青森高校青森東高校青森工業高校でも通学が出来る。

だが、これは北海道新幹線を使わないことになる。


こんなわけで、新幹線のお陰で今別から青森市内の高校に通えるようになった、とはいっても現実的なのは青森西高校くらいなのだ。

青森北高校、青森高校、青森東高校、青森工業高校はせっかく学校のそばに在来線の駅があるというのに、北海道新幹線を使うと、ちょうどいい接続列車がないために通えない。

特に、青い森鉄道筒井駅は青森高校への通学利便性向上も設置理由の一つだったし、野内駅は青森工業の移転を受けて駅自体も高校のそばへ移転してきた経緯がある。


通学利便性向上のために設置した在来線新駅と、
遠距離通学を可能にする新幹線リンクしない青森市



なんというちぐはぐ。



奥羽貨物支線の活用で、新青森と青い森鉄道を直通出来ないか』

青森だけの視点で見れば、北海道新幹線の新函館北斗始発時刻が5分早ければ全て解決するように見えるが、新幹線のダイヤにメスを入れようとすれば上越とか北陸にも影響が及ぶ膨大な作業になるので、対JR北海道・新幹線の交渉というのはやるだけ無駄になる気がする。

青森駅周辺路線図
【画像はクリックで拡大します】

比較的ハードルが低いのは、やはり青い森鉄道JR奥羽本線のダイヤ連携を考える方だろう。
JR奥羽本線も単線なので安易に増発するのが難しい状況ではあるとは思うが、新青森から奥羽貨物支線を直通する形で青森駅のスイッチバックをバイパスし、筒井方面へ直通で向かうとかできないもんだろうか。

例えば下表のように、八戸始発初電の青い森鉄道快速列車を津軽新城まで延長運転させ、代わりにJR奥羽本線の青森7:26発の津軽新城行は廃止する。
津軽新城からの折り返し便を奥羽貨物支線で筒井・浅虫温泉方面へ直通させるとかできないだろうか。
青い森鉄道快速列車(501M)の津軽新城延長・奥羽本線普通列車(4622M)との統合案
八  戸筒  井青  森新 青 森津軽新城
5:437:127:187:217:267:29
折り返し青い森鉄道快速列車(564M)の発駅を津軽新城に変更し、奥羽貨物支線経由
津軽新城新 青 森滝内(信)青森(信)筒  井八  戸
7:457:487:517:537:589:24


旅客列車の時刻表を見ながらの素人考えだから、貨物列車と行き違えないとか重大な支障があるかもしれない。
もし本当に実現可能で効果があるのなら、鉄道事業者はとっくに実現させているだろうから、やはりこれは素人の妄想レベルかもしれない。

だけれど、これなら北海道新幹線に乗ってきた今別や三厩の高校生が、新青森で乗換をすることで青森高校、青森東高校等の進学校にも通うことが可能になる。
構想段階の青い森セントラルパーク新駅を操車場跡地に設置できれば、私学の青森山田高校や東奥学園も通学可能範囲に入ってくるだろう。



今別から青森西高校に余裕で通学可能になりました、だけで喜んで終わらず、北海道新幹線の恩恵で通学可能となる高校の選択肢がもっと増えることを目指すべきだ。
これは今別のみならず、青森市や青い森鉄道を運営する青森県にもプラスになることだ。
鉄道会社もタダでやろうとは思わないだろうから、将来への投資だと思って鉄道に公費を投入するくらいはしてもいいんじゃないかと思うぞ、青森市や青森県。

若い世代が暮らしやすい街に変貌を遂げないと、本当に増田寛哉の予言通り青森市は消滅するぞ。
(なんて偉そうなこと書いてて、ダイヤの読み間違えしてたら恥ずかしい記事だなこりゃ)

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2016年04月30日

ナンバープレート 地名別登録台数を調べた

2016(平成28)年4月現在、日本で自動車のナンバープレートに採用されている地名は、
116種類ある。

このうち、各都道府県および北海道の主要支庁(総合振興局)にある運輸支局が発行するものが53種類
各運輸支局の下部組織にあたる自動車検査登録事務所で発行するものが34種類
もともとこの87種類だったのだが、各運輸支局と自動車検査登録事務所が発行するご当地ナンバー29種類追加され、116種類の現在に至っているのである。


さて。
ナンバープレートのカッコいい地名とか、その手の人気ランキングは時々見かけるが、実際のところ、各地名別のナンバープレートを付けている車両の台数はどのくらいなんだろう?と気になったので、調べてみた。

今日は、全国の地名別のナンバープレートの登録台数を羅列して行こうと思う。


数字の出典元は、国土交通省の各地方の運輸局のホームページの公表情報から拾ってきたものである。

ただ、各地方の運輸局によって公表方法が異なっており、年度もバラバラであったので、公表しているのが最も多かった平成27年3月期の台数を基準に、最も近い時期の台数を羅列した。
ご当地ナンバーについては、自動車検査登録情報協会の資料を元に抽出した。
国土交通省の各地方運輸局では、ご当地ナンバーを含めた合計数字を公表しているため、合計数字からご当地ナンバーの台数をマイナスしたものを推計値として掲載した(ただし鹿児島・奄美のみは国交省が台数を公開していたので推計値ではない)。

前置きはこの辺にして、とりあえず、下表にまとめたので見ていってくださいまし。

自動車ナンバープレート 地名別登録台数
地名登録台数時期備考
札幌
1,677,025
平成27年3月末
函館
318,679
平成27年3月末
旭川
498,501
平成27年3月末
室蘭
377,102
平成27年3月末
釧路
272,757
平成27年3月末
帯広
316,967
平成27年3月末
北見
256,436
平成27年3月末
青森
612,432
平成27年4月末
八戸
392,478
平成27年4月末
岩手
961,641
平成27年4月末
盛岡、平泉を除いた推計値
盛岡
38,338
平成27年9月末
平泉
23,893
平成27年9月末
宮城
1,158,545
平成27年4月末
仙台を除いた推計値
仙台
522,103
平成27年9月末
秋田
821,262
平成27年4月末
山形
698,327
平成27年4月末
庄内
235,701
平成27年4月末
福島
1,050,003
平成27年4月末
会津、郡山を除いた推計値
いわき
403,043
平成27年4月末
会津
157,543
平成27年9月末
郡山
36,175
平成27年9月末
水戸
1,230,742
平成27年3月末
土浦
788,462
平成27年3月末
つくばを除いた推計値
つくば
542,284
平成27年9月末
宇都宮
1,050,333
平成27年3月末
栃木を含み、那須を除いた推計値
とちぎ
514,430
平成27年3月末
那須
139,356
平成27年9月末
群馬
1,474,390
平成27年3月末
高崎、前橋を除いた推計値
高崎
266,268
平成27年9月末
前橋
38,428
平成27年9月末
千葉
1,176,195
平成27年3月末
成田を除いた推計値
習志野
792,048
平成27年3月末
袖ケ浦
784,032
平成27年3月末
野田
440,826
平成27年3月末
柏を除いた推計値
成田
183,620
平成27年9月末
199,316
平成27年9月末
大宮
1,199,160
平成27年3月末
川口を除いた推計値
熊谷
969,519
平成27年3月末
所沢
835,143
平成27年3月末
川越を除いた推計値
春日部
735,720
平成27年3月末
越谷を除いた推計値
川越
245,118
平成27年9月末
川口
31,506
平成27年9月末
越谷
23,188
平成27年9月末
品川
877,123
平成27年3月末
世田谷を除いた推計値
足立
940,669
平成27年3月末
練馬
820,932
平成27年3月末
杉並を除いた推計値
多摩
1,138,428
平成27年3月末
八王子
586,075
平成27年3月末
世田谷
30,623
平成27年9月末
杉並
19,244
平成27年9月末
横浜
1,806,172
平成27年3月末
川崎
465,080
平成27年3月末
相模
831,812
平成27年3月末
湘南
887,195
平成27年3月末
新潟
1,089,124
平成24年3月末
長岡
726,401
平成24年3月末
富山
882,362
平成24年3月末
石川
554,368
平成24年3月末
金沢を除いた推計値
金沢
323,121
平成27年9月末
福井
651,967
平成25年3月末
長野
938,763
平成27年2月末
松本
842,947
平成27年2月末
諏訪を除いた推計値
諏訪
120,815
平成27年9月末
山梨
695,220
平成27年3月末
富士山を除いた推計値
富士山
328,828
平成27年9月末
静岡
845,575
平成25年3月末
浜松
1,062,970
平成25年3月末
沼津
438,908
平成25年3月末
富士山を除いた推計値
伊豆
213,573
平成27年9月末
名古屋
2,140,514
平成25年3月末
三河
698,211
平成25年3月末
岡崎、豊田を除いた推計値
尾張小牧
861,945
平成25年3月末
一宮、春日井を除いた推計値
豊橋
603,408
平成25年3月末
岡崎
243,439
平成27年9月末
豊田
271,158
平成27年9月末
一宮
197,596
平成27年9月末
春日井
26,793
平成27年9月末
岐阜
1,529,419
平成25年3月末
飛騨
132,374
平成25年3月末
三重
1,325,681
平成25年3月末
鈴鹿を除いた推計値
鈴鹿
157,920
平成27年9月末
滋賀
1,016,022
平成27年3月末
京都
1,337,229
平成27年3月末
奈良
831,077
平成27年3月末
大阪
1,566,270
平成27年3月末
なにわ
893,372
平成27年3月末
和泉
964,464
平成27年3月末
堺を除いた推計値
303,849
平成27年9月末
神戸
1,943,166
平成27年3月末
姫路
1,062,988
平成27年3月末
和歌山
751,451
平成27年3月末
鳥取
463,238
平成27年3月末
島根
551,587
平成27年3月末
岡山
1,159,207
平成27年3月末
倉敷を除いた推計値
倉敷
360,036
平成27年9月末
広島
1,265,926
平成27年3月末
福山
614,140
平成27年3月末
山口
930,981
平成27年3月末
下関を除いた推計値
下関
141,538
平成27年9月末
徳島
619,400
平成28年3月末
香川
780,515
平成28年3月末
愛媛
1,013,621
平成28年3月末
高知
560,414
平成28年3月末
福岡
1,369,966
平成27年3月末
北九州
885,081
平成27年3月末
久留米
702,301
平成27年3月末
筑豊
360,542
平成27年3月末
佐賀
670,757
平成27年3月末
長崎
657,628
平成27年3月末
佐世保
285,721
平成27年3月末
熊本
1,357,288
平成27年3月末
大分
814,262
平成27年3月末
宮崎
937,982
平成27年3月末
鹿児島
1,255,744
平成27年3月末
奄美
85,341
平成27年9月末
沖縄
1,070,118
平成27年3月末
左列の表示が緑文字なのが運輸支局発行ナンバー
緑地に白文字が自動車検査登録事務所の発行ナンバー
黄地に黒文字がご当地ナンバーである。


せっかくだからランキングしていきましょうか。

登録台数ベスト5
順位地名登録台数時期
1位名古屋
2,140,514
平成25年3月末
2位神戸
1,943,166
平成27年3月末
3位横浜
1,806,172
平成27年3月末
4位札幌
1,677,025
平成27年3月末
5位大阪
1,566,270
平成27年3月末

♪ ナゴヤはええで〜道が広いがね〜
トヨタの立地する愛知県の県庁所在地である名古屋ナンバーが堂々の1位。
概ね、人口の多さと相関する結果が出ているが、名古屋が東京と大阪を抑えて首位の背景には、東京23区が品川、練馬、足立に、大阪市が大阪、なにわと分裂しているのも作用したようだ。
注目すべきは、市の人口では名古屋より100万人以上多い横浜を、登録台数では上回った点。
やはり道が広いトヨタのお膝元、名古屋はクルマ社会なのだろう。

参考までに6位から10位までは岐阜、群馬、福岡、熊本、京都の順。
人口が多く、それでいて自動車検査登録事務所がない府県が分散せず有利に。
これから高崎ナンバー前橋ナンバーが普及していくと群馬はランクダウンが起きそう。
逆に、1つしかない熊本や京都は当面、上位で安泰か。


登録台数ワースト5(ご当地除く)
順位地名登録台数時期
1位飛騨
132,374
平成25年3月末
2位庄内
235,701
平成27年4月末
3位北見
256,436
平成27年3月末
4位釧路
272,757
平成27年3月末
5位佐世保
285,721
平成27年3月末

さすがにまだ普及が始まったばかりのご当地ナンバーも一緒に比べるとかわいそうなことになりそうなので、運輸支局発行ナンバー自動車検査登録事務所発行ナンバーのみで比較した。

台数上位6位を誇った岐阜と同じ県内の飛騨ナンバーが、ご当地を除けば最も台数の少ないナンバーになってしまった。
次いで少ない庄内と比較しても約半分である。
少ない方から順に6位から10位までは、帯広、函館、筑豊、室蘭、八戸だ。



下剋上はあるか?

通常、運輸支局の発行するナンバーの登録台数は、それの下部組織である自動車検査登録事務所が発行するナンバーの台数より多いものである。
わが青森県の場合も、青森ナンバーの台数は八戸ナンバーを凌駕している。
青森・八戸のような例が普通だが、中には、下剋上をやっちまっている県もあるのだ。


水戸土浦つくば
 1,230,742<1,330,746=788,462+542,284
長野松本諏訪
 938,763<963,762=842,947+120,815
静岡沼津伊豆富士山
 845,575<926,934=438,908+213,573+274,453
静岡浜松
 845,575<1,062,970


単独で下剋上を達成しているのは浜松のみだが、4例を上げた。
調査年次が違う数字を足し合わせているので、辻褄が合わないものもあるのだが、土浦松本沼津の自動車検査登録事務所の登録台数は実は運輸支局より大きいのだ。
ご当地ナンバー謀反さえなければ、単独でも晴れて下剋上達成であったのだ。
(本当は東京都も品川より足立の方が大きかったりするが、もともと東京市を23区に分けていることを鑑み、カウントしないことにした。)


しかしまあ、沼津の場合、これは宮崎1県全域を管轄する宮崎ナンバーとほぼ同じ数字だが、富士山と伊豆に独立を許した結果、沼津ナンバーが交付されるのは沼津市と清水町、長泉町の3市町のみだという。
ほとんど市街地が連続しているお隣の三島市は伊豆ナンバー。
沼津、どんだけ伊豆と富士の人に嫌われていたんだろう。

土浦よりつくば、沼津より伊豆を選びたい奴の気持ちはわからんでもないが、一見、仲悪くなさそうな松本から諏訪が生まれているあたりに、我々の知らない信州の闇があるように感じる。


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2016年04月27日

せんなきこと なれど (2)

4月6日に書いた「せんなきこと なれど」という日記で、東京駅で見かけた新函館北斗駅の駅名の文字数が多すぎることを嘆いたわけだが、今日の道新をみて、もうこれは画像や記事をそっくりそのままの転載になるので申し訳ないが、これは記録の為にどうしても保存しておかねばと、本日の日記を書くことにした。


◆ 「新函館北斗」ローマ字ミエマセン 仙台駅、行き先が小さすぎ

doushin20160427

JR仙台駅の券売機やみどりの窓口のモニターに表示される新幹線の「空席表」で、北海道新幹線の行き先となる「新函館北斗」の駅名がローマ字表記では文字が小さくなり、見にくい状態になっている。JR東日本仙台支社は改善を検討している。
仙台駅の新幹線の空席表は列車番号や行き先駅、空席状況などを表示。日本語表示は50秒、ローマ字表示が20秒で交互に行われる。
道内方面への「行き先」として表示される駅は「新函館北斗」「秋田」「盛岡」「新青森」。日本語表示では、新函館北斗の文字サイズは他の駅とほぼ同じだが、ローマ字では小さくなる。例えば、秋田のローマ字表示は5文字なのに対し、新函館北斗はハイフンを含め20文字。同じスペースで表示するには文字数が増えれば文字サイズが小さくなるのは避けられないという。遠くから見ると、線のように見えることもある。
JR東日本仙台支社は「利用者からの苦情はない」としながらも「ご不便をおかけしているのでシステム改修も含め、改善を検討する」と話している。(東北臨時支局)



申し訳ない。だが爆笑してしまった。


現状、道商連(北海道商工会議所連合会)などが長万部先行開業とか、倶知安先行開業とか要望を出し始めているわけだが、実現すれば一時的にでも終着駅になる可能性がある長万部倶知安は、名称変更をするなら駅名選定に議論を深めてほしい思う。


日本は、いつからこんな長い名称をつけるのが好きになったんだろう。
新幹線の駅名だけでまずはみていきたい。

わが国初の新幹線である東海道新幹線からみていくと、2つの地名を組み合わせる事例としては1964年開業の岐阜羽島駅が最初になる(三河安城は1988年開業)。
それでも「ぎふはしま」でひらがな5文字アルファベット表記でも「Gifu-Hashima」で12文字だから、新函館北斗よりはだいぶ短い。
そもそも、岐阜羽島を終着とする新幹線は無いから、文字が小さくて読めないような問題は起きない。

次に、1972年岡山(暫定)、1975年博多(全線)開業となった山陽新幹線もみてみる。
山陽新幹線には2つ以上の地名を組み合わせた駅は一つも存在しない。
一応、東広島駅新下関駅ひらがな7文字・アルファベット16文字ではあるが、やはり新函館北斗ほど長くは無い。
博多発で新下関が終着の列車はあるけれど、窮屈だとはあまり聞かない。


1982年開業の東北新幹線上越新幹線から、2つ以上の地名の組み合わせ駅名が一気に3つも出てくる。
繰り返すが、山陽新幹線には2つ以上組み合わせる駅名事例は一つもないので、東北・上越新幹線とは対照的だ。

おそらく、東北新幹線開業以前まで岐阜羽島駅は特殊な例として存在していたと思うが、東北新幹線開業以降、新幹線駅名における地名の複合が特殊でなくなったのだと思う。

そういった意味で、地名複合駅名が全国に誕生する嚆矢になったのは那須塩原駅白石蔵王駅燕三条駅の3駅だろう。
(旧国名を冠する越後湯沢は除外しておこう)


気になるのは、同じ高速交通インフラである高速道路のインターチェンジ名

日本初の高速自動車国道である名神高速には、地名複合によるインターチェンジ名は無い。

ところが、名神に続いて開通して行った中央道では国立府中IC(1967年開通)、東名高速でも大井松田IC(1969年開通)と、割と早い段階から地名複合の例が出始めた。

その後、漢字6文字の西那須野塩原IC(1974年開通)とか、それを上回る漢字7文字の溝部鹿児島空港IC(1976年開通)が出て以降も同じく7文字猪苗代磐梯高原IC(1991年開通)が誕生するなど後を絶たず、地名複合ではないが遂に2001年には大分農業文化公園ICなる漢字8文字まで出てきた。

新幹線より高速道路の方が、長い名称を採用するのが早く、事例も多いのだ。


長い高速IC名が増え続ける実態を見ていると、
新幹線の駅名が長くなるのも避けられない傾向なのかもしれない。


僕はやがて来る北海道新幹線延伸時に長万部駅の駅名がどうなるか、今から気がかりだ。

新幹線開業の暁には、長万部駅を利用する人は長万部町民よりも室蘭市や伊達市・登別市など胆振地方住民の方が圧倒的に多いだろう。

室蘭本線沿線自治体 人口比較図
【画像はクリックで拡大します】

長万部町の人口は6,000人くらいしかいないが、新幹線開業後に長万部の駅勢圏に入るであろう室蘭都市圏の人口は約20万人にも及ぶからだ。
それに苫小牧まで加われば、40万人近い人口まで膨れ上がる。


長万部駅の新幹線停車本数を増やしてほしい」という要望をするとなれば、長万部町は西胆振の各市町村の協力がどうしても必要になってくるだろう。

長万部が西胆振と連携して要望をすることになった場合、胆振方面からバーターとして「長万部の新幹線駅名に『胆振』、『室蘭』、『洞爺』などの地名を加えてくれ」という市民運動や政治家の動きが起こることは無い、と誰が予想できようか。

小生の杞憂に終わればいいのだが。

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2016年04月22日

「見事」という言葉と、吉川美代子さんと

q063
熊本が地震で大変なことになっているわけだが、自分が旅をして美味いもん食って歩いてきた土地が滅茶苦茶になっているのを見るのは辛いものがある。

益城町も、高千穂から高森経由で県道28号を走って行ったので中心部を通過しており、ストリートビューをみたら記憶がよみがえってきた。
震度7の甚大な被害を受けた益城の写真を見ると、いたたまれない気持ちになる。



ところで僕は、まだ震度6以上の地震を経験したことが無い。

経験した地震で最も強かったのは、都内で経験した東日本大震災(2011年)の震度5強
経験した震度の中でもこれが最大であるし、身の危険を感じたのもこれが最大か。

震度の上で次いで強い地震は、青森市で経験した三陸はるか沖地震(1994年)の震度5
年末で「とんねるずの生でダラダラいかせてスペシャル」を見ていた記憶があるが、身の危険を感じるほどではなかった。

僕の場合は三陸はるか沖地震よりも北海道南西沖地震(1993年)の震度4(青森市)の方が強く揺れた記憶がある。

一応、日本海中部地震(1983年)の記憶もおぼろげにあるのだが、揺れがどのくらい強かったかはほぼ覚えていない。
東日本大震災まで、僕の中で一番の地震は1993年の北海道南西沖地震だった。
鍋釣岩1
奥尻島で甚大な被害が出た北海道南西沖地震は、青森でも揺れたので、当時まだ小学生ながらずいぶんと熱心にテレビのニュースを見た記憶がある。


その中でも特に、というか一つだけ鮮烈に覚えているのは、アナウンサーの吉川美代子さんが伝えたニュース。
吉川さんは2014年に定年退職なさって、その後はフジテレビに出て「『女子アナ』という言葉は嫌い」だ、と言った人だな。


それはたしか、土曜日の「ニュースの森」(TBS)だったと思う。

中継があり、津波で壊滅状態の奥尻島の映像を見て、吉川さんは「見事なまでの壊滅状態ですね」という趣旨のことを話した(記憶が正確ではないので、細かい表現は違うかもしれない)。

吉川さんは落ち着いた語り方で、僕はそれを特に不思議に思わず見ていた。
奥尻の中継が終わると、CMに入った。


ところがCMが明けると、吉川さんがお詫びをすると言い出す。

「『見事な』というのは不適切な表現でした。」


僕は、このとき、『見事な』という表現を使うことが拙いことだと認識できていなかったが、吉川さんの「こういう被害の場合に使うべき表現ではありません」という言葉を聞いて、机から国語辞典を持ってきて「ああ、そうなんだ」と素直に納得した。

見事
国語辞典が手元になければ、ためしにGoogle先生に聞いてみてもらえばわかると思うが、被害に遭っている人や状況に対して使う場合、「見事」という表現は使うのを避けるべきだろう。

あの時、吉川さんがCM中にご自分で気が付かれたのか、それともスタッフの中に指摘する人がいたのかはわからない。

ただ、視聴者が即座にクレームを入れたにしても、わずか5分くらいの間に視聴者窓口からスタジオまで情報が行くかは疑問が残る。
仮にTBSがそういう体制にあったとしても、本当に間違いで謝罪する必要があるかどうか確認する作業と時間も必要になる。

だから、吉川さんご自身かスタッフがすぐに気が付いたのだろうし、もし吉川さんが指摘された側だとしても調べるまでもなく「まずい表現をしてしまった!」と即座に気が付いたのだと考えている。

ミスをするのは仕方がない。
気付いて訂正しお詫びするまでの速さ、あの時の吉川さんの「ニュースの森」はプロの仕事だと思っている。
普段から言葉を大事にしていないと、できなかった仕事のように思う。


僕は時間の経過とともに言葉の意味が変わることを否定しないけれど、奥尻から今回の熊本までの23年の間に「見事」という言葉の意味が大きく変わったという認識はあまりない。

東日本大震災の時もいたが、やはり今回の熊本城の損壊や南阿蘇村の山崩れの中継でも「見事に」と言っていたアナウンサーないし記者は、民放にもNHKにも複数いた。


「見事に」という表現に違和感を覚えてblogの日記に書くような僕の行動は、僕がジジイになってきて偏屈になっているからなのだろうか?
そうかもしれない。

だけれど、「見事」という言葉の意味通りに「視聴者よ、この崩れっぷりは見るに値する事だぞ」と、どこか心の底で思っている記者やアナウンサーがいて、彼らの口から出てしまった、というのも誰も否定できないんじゃないかとも思う。

あの時の吉川さんのように、すぐに気が付いて「不適切でした」と言うことが出来たアナウンサーは、まだ見ていない。

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2016年04月18日

いわて沼宮内に、大差の負けは無さそうな奥津軽いまべつ駅

少し前の話題になるが、JR北海道が3月26日から4月10日までの北海道新幹線の駅の乗車人員を発表した。


当ブログでは1年ほど前に『ひょっとしたら奥津軽いまべつの乗降客数が、いわて沼宮内に負けないか、負けても大差にはならない可能性があるかもしれない』とか、木古内ならいわて沼宮内に負ける可能性は低いと思っているとか書いてみた。

2015年度まで、JRの新幹線駅の中で乗車人員数=利用者数が最も少ないのは岩手県岩手町のいわて沼宮内駅だったわけだが、今別町の人口は岩手町の5分の1、木古内町でも岩手町の3分の1しかない。
人口だけで考えれば利用者数はいわて沼宮内に負けそうなところかと思うが、奥津軽いまべつ木古内は善戦ないし勝利するだろうと、僕は予想したのである。





−16日間の結果はどうであったか。





奥津軽いまべつ駅:1日約90人

木古内駅:1日約170人






これに対し、2014年度のいわて沼宮内駅は1日85人である。

初日・2日目という開業フィーバーの異常値を含む16日間の数値ではあるが、奥津軽いまべつ駅木古内駅も勝った。

通年でも、木古内駅はいわて沼宮内駅に勝てるだろう。
奥津軽いまべつ駅も、ダブルスコアで負けるようなことは無さそうだ。



今回は資料集めに手間取ったので、JR東日本管内のみ対象にしたが、1日の利用者数が1,000人を割り込んでいる各駅と、奥津軽いまべつ駅木古内駅の所在地を比較してみたい。

駅名路線所在地乗車人員
(A)
所在地の人口
(B)
A/B*1000
いわて沼宮内東北岩手県岩手町08513,6996.20
安中榛名北陸群馬県安中市28758,5294.90
浦佐上越新潟県魚沼市70237,37018.78
七戸十和田東北青森県七戸町71215,71945.30
上毛高原上越群馬県みなかみ町81619,35642.16
二戸東北岩手県二戸市81727,67329.56
白石蔵王東北宮城県白石市86135,27424.41
新花巻東北岩手県花巻市99197,77110.14
奥津軽いまべつ北海道青森県今別町09002,74732.76
木古内北海道北海道木古内町17004,54537.40
JR東日本の乗車人員はJR東日本「新幹線駅別乗車人員(2014)」(長野以北除く)、
所在地の人口は2015年の国勢調査、
JR北海道の乗車人員は「北海道新幹線のご利用状況」より作成



JR東日本管内で利用者が少ない各駅と比較するにあたって、1日あたりの利用者数を、所在自治体の人口で割ったものに、1000をかけた数字を出してみた(表で最も右の列)。

この数値が大きいほど、所在地の人口の割に新幹線駅の利用者数が多い、ということになる。



こうしてみると、木古内駅約37奥津軽いまべつ駅約33と、利用者が少ない駅の中では大きな数字を叩きだしたことになる。

それに対し、いわて沼宮内駅約6程度しかない。

所在地の人口の割に新幹線駅の利用者数が多いというのは、やはり駅勢圏が広く、周辺から集まってくる人口が多い、つまり拠点性のある駅ということになるのだろう。
逆に、所在地の人口の割に新幹線駅の利用者数が少ない新幹線駅、というのは拠点性も強くないといえようか。


今別や木古内は上手く便利さをアピールできればもっと利用者を伸ばせるはず。


開業から1ヶ月も経たないうちの数字で、結論を出すのは早すぎるというのは認識している。

それでも奥津軽いまべつ駅も木古内駅もまずまずの出だしをしたと言っていいように思う。

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2016年04月06日

せんなきこと なれど

DSC_0774 DSC_0773
【写真はクリックで拡大します】

[新函館北斗・秋田]が狭い。

[SHIN-HAKODATE-HOKUTO AKITA]はもっと狭い。




今さら言っても仕方がないのだが、新函館北斗の駅名問題、短くできなかったのか。

もう一度、今さら言っても仕方がないのだが、仮称段階では北海道新幹線の駅名は札幌以外全部漢字3文字だった。

札 幌
新小樽
倶知安
長万部
新八雲
新函館
木古内
奥津軽
新青森


3文字でスッキリさせられなかったのだろうか。
こんなこと言ったら北海道の皆様は「青森県だって七戸十和田やら奥津軽いまべつやら長い駅名ばっかりだろ」とツッコミたくなると思うが。

北海道の鉄道路線網図
【画像はクリックで拡大します】


これから、北海道新幹線は札幌へと延伸していくわけだが、延伸区間の仮称駅も名前が変わりそうな気がするのは自分だけだろうか?

札幌だけは駅名が変わらないと思うが、変わりそうなところと言えば。



駅名変更しそうな筆頭は倶知安

ものすごく「ニセコ」を駅名に追加しそうな気がする。
(函館本線にもニセコ駅はあるけれど)

15年後には「倶知安ニセコ駅」とか「ニセコ倶知安駅」とか名乗ってそうじゃないか?
「倶知安ニセコアンヌプリ駅」ぐらい長くなってたら悶絶する。
倶知安先行開業なんてのが本当に実現したら、[倶知安ニセコアンヌプリ・秋田]なんてとんでもなく狭い行先表示を見ることになるかもしれんのだ
([KUTCHAN-NISEKO-ANNUPURI AKITA]見てみたいけどな)。
まあ、ひらがなを導入して「くっちゃんニセコ」じゃないことだけは願いたい。



あとは、まあ、新八雲駅とか新小樽駅は変わるかもしれないけれど置いといて。

長万部が色んな皆さんの期待を受けて変にならないか心配。

胆振地方から「胆振の入口をアピールしてくれ」とか声が上がって、胆振の地名を加える名前になるならまだ百歩譲っても良いかもしれないけれどそうでもないかもしれないのでええっと……

それよりも、長万部の名産品の名前を冠にして、「かにめし長万部駅」とか、「毛ガニ長万部駅」なんて駅名になったら悶絶する。

だって、山形新幹線にはさくらんぼ東根駅なんて前例があるんだぞ。
大学時代、山形県東根市出身の同期がいたが、地元民をして「童貞みたいで嫌だ」と嘆いた駅名だ。

駅名の決定プロセスから目が離せませんな。

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2016年03月28日

最大瞬間風速

4stars


北海道新幹線のお陰で、3月26日にブロ玉の1日アクセス数の歴代最高記録が出ました。

ユニークアクセス(UU)0,957
ページビュー(PV)2,061



主に、下の2本の記事がけん引したようです。

奥津軽いまべつ駅で、蟹田駅の現象は起きるか

木古内駅は新函館北斗駅のシェアを食うかも




しかし、こんなアクセス数、二度とあるまい。
ちなみに、昨年5月7日に★3つに格上げされた日の記事はコチラ
奥津軽いまべつの記事も、木古内駅の記事も、書いたのはそれより前。
まあ、1日のアクセスが30あるかどうかというレベルでありました。
それが何故、Googleの検索で上位に来てしまっていたのか、未だに理解に苦しみます。

そもそも、おれ、嘘書いてたり、内容が間違ってるかもしれないんだぞ。Google先生。


何はともあれGoogle先生と、アクセス下さった皆様のお陰です。そして、
どうみても★4つは最大瞬間風速です。

ありがとうございました。



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2016年03月26日

北海道新幹線開業を祝う

北海道の皆様、おめでとうございます。

祝・北海道新幹線開業



開業を記念して、少し古い書籍から面白い地図を引用したいと思ふ。

DSC_0771
【地図はクリックで拡大します】

引用元は、1988年の川島令三著『新幹線事情大研究』(草思社)。


1988年なので、「仙台で新幹線を止めるとはけしからん。だが、わしの目が黒いうちは青森や北海道に新幹線はやらん」と言ったとか言わないとか伝わる、我田引鉄で有名な田舎議員が利益誘導を図った中途半端な地点で東北新幹線が止められている頃だ。

上の地図をみると、東北・北海道新幹線の停車予定駅が面白い。

盛岡沼宮内二戸八戸新三沢(仮称)七戸新青森中小国湯ノ里新函館(仮称)大沼公園八雲長万部倶知安小樽札幌


野辺地が野辺
になっているとかツッコミどころはあるが、新三沢(仮称)とは興味深い。

これが実現していれば、十和田観光電鉄とは柳沢・七百間の付近で接続したことになる。
もっとも、これによって十鉄が対三沢・十和田へのフィーダー路線としての機能を持っていたとしても、通学定期客の激減という逆風の中で、廃線までの延命効果がどれだけあったのか疑問はある。


北上して、中小国奥津軽いまべつ駅に互換されたとみればよいだろう。
海峡を越えて湯ノ里は本当は知内かと思うが、今は無き江差線が分岐しているので木古内駅とみればよいだろう。


で、新三沢(仮称)よりもっと興味深いのは、新函館(仮称)の位置。

北斗市上磯のあたりにあるのだ。


もしも、もしもの話だが、現・上磯駅付近で、江差線に接続する場所に新函館(仮称)駅が出来ていたら。


上磯に新函館駅を設置していたら
【左の図はクリックで拡大します】

仮に、茂辺地−上磯間にある太平洋セメントの工場を避けるように、江差線が北に膨らむ地点にて新函館(仮称)駅が接続できていれば。

東京−新函館(仮称)の所要時間は4時間を切れていただろうと思う。



そのかわり、将来的な函館⇔札幌間の移動を考えると、新函館(仮称)駅だと新青森・東京方に一旦迂遠してから函館市街にアクセスすることになる。

上磯と渡島大野の2か所に新幹線駅となると、水沢江刺・北上・新花巻とか新鳥栖・久留米・筑後船小屋みたいな短距離間隔になってしまう。

将来性を考えれば、渡島大野に新函館北斗駅で良かったんだろう。


しかし、早く札幌まで繋がってほしいもんだ。
全線開業したら、山口(岩国など東部は除く)が広島よりも福岡を向いているように、青森から都会に遊びに行くとなれば札幌で、仙台なんぞ眼中にもないという時代が来ると確信している。

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2016年03月25日

岩手県の東北道が120km/h制限へ

高速道路の制限速度が段階的に110km/h、120km/hに引き上げられるのだという。

当然、設計速度140km/hで基本的に整備された新東名伊勢湾岸新名神だろうと思っていたら、まさかの岩手県から東北自動車道が選出

対象となるのは、花巻南IC⇔盛岡南IC
だという。


首都圏の高速道路を走っている自分は、岩手なんかより茨城常磐道千葉東関道の方が遥かに高速でぶっ飛んでる実感がある。

実情に合わせるなら常磐道の方が先のような気もするが、3月24日の朝日新聞によれば、
『警察庁は、120キロで安全に走れる造りの道路▽事故が少ない▽実際の走行速度が100キロを超えている▽渋滞が少ない――といった条件を満たせば、規制速度を引き上げられると判断した。』
とある。

なるほど。

 ● 道路構造令で設計速度が毎時120キロメートル以上
 ● 事故多発区間ではない
 ● 実勢速度が100km/h以上
 ● 渋滞頻発区間ではない

4条件を満たす必要があるようだ。

常磐道東関道渋滞するし、派手にクラッシュしてるのを見かけることも少なくない。

それを考えると、花巻南IC⇔盛岡南ICで渋滞に遭遇した経験はない。
意外だったが、岩手は制限速度向上の実験をするには適地なのだろう。

◆ 岩手県の高速道路をデータ化してみる。


さっそく、岩手県の高速道路の実勢についてみていきたいと思う。

対象とするのは高速自動車国道に限ることにするので、三陸道八戸久慈道などは除外する。

岩手に存在する高速自動車国道は、下記の4路線になる。

東北自動車道(東北縦貫自動車道弘前線)
八戸自動車道(東北縦貫自動車道八戸線)
釜石自動車道(東北横断自動車道釜石秋田線)
秋田自動車道(東北横断自動車道釜石秋田線)

国交省の道路交通センサスから、この4路線の区間ごとの平均旅行速度を算出しよう。
もっとも、3月25日現在で平成27年版はまだ公表されていないので、最新版は平成22年版になるが、平成22年と言えば民主党政権で高速無料化実験がやられていた年だ。
岩手県内でも無料路線が選ばれており、普段高速を走り慣れていないドライバーを含め、非常に多くの車両が流れ込んだ年である。
H22年版はある意味で貴重なデータになっているわけだが、無料実験が終了済みの現在の実勢に近いものとして、ひとつ前の平成17年のデータを用いることにした。
データを落としたのが、下図である。

岩手県 高速自動車国道 平均旅行速度図(H17)
【地図はクリックで拡大します】


図にしてみれば一目瞭然で、やはり将来的に120km/h制限に緩和される花巻南IC⇔盛岡南ICの平均旅行速度は概ね90km/h台になっている。

平成17年のデータで東北道最速区間となるのは、福島県の福島松川SIC⇔福島西ICの10.2km区間で観測された94.4km/hであるが、花巻IC⇔紫波ICの12.8km区間で観測された93.8km/hというのは第2位である。

なるほど、あまり印象にないが、確かに花巻南IC⇔盛岡南ICの実勢速度は高速であるようだ。


次に、交通量もみてみよう。

ちなみに、暫定2車線から4車線へ整備される目安の交通量は1日10,000台だそうである。
暫定2車線の場合、車線1あたり5,000台を超えるようだと渋滞が発生する時間帯も出てくるという計算だ。
車線数が増えれば、低速車を追い越すことも可能になり、5,000台を越えても耐えられることになる。

● 岩手県 高速道路区間別 交通量(2013年)
東 北 自 動 車 道
区間名車線数交通量/1日交通量/車線
若柳金成⇔一関426,793台6,698台
一関⇔平泉前沢426,652台6,663台
平泉前沢⇔水沢427,048台6,762台
水沢⇔北上金ヶ崎429,779台7,445台
北上金ヶ崎⇔北上JCT430,397台7,599台
北上JCT⇔北上江釣子428,009台7,002台
北上江釣子⇔花巻南427,890台6,972台
花巻南⇔花巻JCT427,886台6,971台
花巻JCT⇔花巻429,449台7,362台
花巻⇔紫波430,124台7,531台
紫波⇔盛岡南429,036台7,259台
盛岡南⇔盛岡422,938台5,734台
盛岡⇔滝沢420,349台5,087台
滝沢⇔西根418,014台4,504台
西根⇔松尾八幡平416,189台4,047台
松尾八幡平⇔安代JCT415,423台3,856台
安代JCT⇔安代48,937台2,234台
安代⇔鹿角八幡平48,464台2,116台
八 戸 自 動 車 道
区間名車線数交通量/1日交通量/車線
安代JCT⇔浄法寺48,564台2,141台
浄法寺⇔一戸48,133台2,033台
一戸⇔九戸47,933台1,983台
九戸⇔軽米46,688台1,672台
軽米⇔南郷46,777台1,694台
釜 石 自 動 車 道
区間名車線数交通量/1日交通量/車線
東和⇔花巻空港23,442台1,721台
花巻空港⇔花巻JCT24,428台2,214台
秋 田 自 動 車 道
区間名車線数交通量/1日交通量/車線
北上JCT⇔北上西26,714台3,357台
北上西⇔湯田27,040台3,520台
湯田⇔横手26,679台3,339台
国土交通省「道路統計年報2015」より作成


120km/hへの緩和が予定されている花巻南IC⇔盛岡南ICの交通量は29,000台前後となる。
首都圏であれば50,000〜100,000台に達する交通量も、仙台を越えて岩手までくればこの程度まで減る。

まあ、岩手の高速道路は他の路線も含め、滅多に渋滞しない数値とみてよかろうか。



ちなみに、やろうと思えば青森県内でも、100km/h規制の大鰐弘前IC⇔青森ICで実施できそうな120km/h緩和。

青森が今回選ばれなかったのは、本州最北端という末端区間に位置し、交通量が岩手に比べると少なく、その恩恵を受けるのも青森県でも津軽地方住民とフェリー利用の道南地方住民程度しかいないからではないかと考える。
それに対し、岩手での実施であれば、岩手県民のみならず太平洋側の南部地方を含めた青森、秋田県民も恩恵を受けられる。

なにぶん、我が国の道路史で初の高速道速度規制緩和である。
多様な意見を集めるためにも、岩手での実施というのは合理的ではないかと思う。

結果次第で、いずれは北海道や青森、宮城などの100km/h区間にも緩和があるかもしれない。
楽しみだ。

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2016年03月12日

「北の国から」のラジオ考

「北の国から」には様々な場面でラジオが登場する。

最初の家には電気がないからテレビがなく、第9話で東京から令子がラジカセを持ってくるまでラジオもなかった。
正吉の家や中畑木材、草太兄ちゃんの家でテレビを見ることは出来たが、「紅白歌合戦」でさえラジオで聴くような環境であった。
(年末の描写も非常に多いドラマだ)


「北の国から」の色々な場面で出てくるラジオだが、聴いていたのは何なんだろう?

番組名まで特定できるところとしては、前述のとおり「紅白」が限界のように思う。
しかし、放送局くらいまでは特定可能かもしれない。

今回は久々のテレビラジオ受信ネタで書いていきたい。


まず、北海道のAM/FMラジオ環境について簡単にまとめておきたい。

当然、NHKは全国放送なのでAMの第1・第2放送と、FMの3波がある。
民放は、AM局でHBCラジオSTVラジオの2局あり、FMではAIR-G'FM NORTHWAVEの2局、つまりAMとFM合計で4波になる。
以上、NHKと民放で合計7波ということになる。
(他にラジオ日経(旧ラジオたんぱ)もある。)

これらのどれかを聴いていることになろう。
このうち、娯楽放送をやっていないNHK第2を聴いていると思しき場面は出てこないので、消去法で除外させていただきたい。
また、FM NORTHWAVEは開局が1993年と遅く、「'95秘密」以前には存在しない。
「'95秘密」まで来ると、さすがの黒板純もテレビを保有しているのでラジオの存在感が一気に薄くなっており、純がテレビの無い生活に戻った「'2002遺言」の舞台となる羅臼では中継局がない。
よって、FM NORTHWAVEも対象から外しておきたい。

となれば、候補として残るのは5波。
彼らの生活の舞台であった富良野・羅臼で受信できそうな送信所を5か所くらいまで絞ったのが下表だ。

送信所名放送局別周波数
HBCラジオSTVラジオAIR-G'NHK第1NHK FM
旭川864kHz1197kHz76.4MHz621kHz85.8MHz
富良野84.2MHz
札幌1287kHz1440kHz80.4MHz567kHz85.2MHz
根室801kHz1062kHz1584kHz85.6MHz
中標津1341kHz89.9MHz

こんなところだろう。

富良野には民放ラジオの中継局がない、ということになるが、全国で聞けない地域があることを許されていないNHKもAMは置いていない。
ということは、旭川局のAMが普通に富良野でも受信できるということだろうから、HBCSTVも受信できることになろう。
(HBCラジオ公式発表のサービスエリア図でも富良野はエリア内のようだ)

富良野で受信できるのかどうか怪しいのはAIR-G'になる。

まずは各場面ごとに考察して行こうか。


「'2002遺言」 中標津から羅臼への帰路


時系列でいうと逆になるが、簡単な方から順番に見ていく。

「'2002遺言」では、根室管内中標津町にある水谷涼子先生の家から羅臼へ向け、純が結を助手席に乗せて走るシーンが出てくる。

ラジオから流れてくるのは山口百恵の「秋桜」。
「北の国からのテーマ」を作曲したさだまさしの楽曲だ。

さすがに最後の作品というだけあって、カーラジオにもプリセット機能が付いていて周波数を特定できた。

DSC_0717

1062kHz

普通に考えれば、STVラジオ根室局だろう。
夜なので遠隔地の大出力局の可能性も考慮してみるが、1062kHzは韓国KBS清州局(50kW)くらいしかない。
日本語で放送しているわけだから、STVラジオと判断する。

ところで、STVラジオを運営しているのは日テレ系の札幌テレビ放送
それに対し、「北の国から」に協力しているのはフジ系の北海道文化放送(uhb)
(一応、uhbAIR-G'と資本関係があるが、AIR-G'は道東のエリアは釧路までで、根室地方には中継局がない。)
道内の事情を考えれば、uhbにとって商売敵の局の採用だ。

ただ、フジテレビと同じフジサンケイグループに属するニッポン放送の番組を、北海道内で比較的多くネットしているのもSTVラジオということになる。
HBCラジオはテレビと同じくラジオもTBSをネットしていることが多いので、「HBCよりはSTV」としたのだろう。

色々複雑な大人の事情がありそう。


第6話 麓郷から八幡丘へ帰る草太の車中


雪子がプレゼントにマフラーを編んでくれている―と勘違いした草太兄ちゃんがノリノリで帰宅する際に大音量で音楽を聴いている場面。

これは正直なところ、ラジオではなくカセットテープの可能性もある。
ただ、雪子にご執心の草太をつららが強引に連れ戻し大音量の中でキスをする場面では「ポップス」と書かれたテープの背が映りこんでいる。
この場面ではテープの背が映らないので、ラジオの可能性を信じて考えていこう。

DSC_0713

54〜70

これは×10で540〜700kHzの間という意味だ。
チューニングはどちらかと言えば700に近い方にあるので、600kHz台(603〜693)かと思われる。

富良野付近で当てはまりそうなのは、NHK第1旭川局621kHzくらいしかない。

しかしこの場面、結構なハードロックが流れている。
あのNHK第1がまっ昼間から流しそうな選曲とは少し信じがたい。
民放だとHBCラジオ旭川局864kHzが周波数的に一番近いが、だったらチューニングの赤い針が70より右にないとおかしい。

やっぱりカセットテープなのかな?


第9話 純と雪子が八幡丘で遭難した車中


こちらは猛吹雪で視界不良の中、雪子がハンドル操作を誤って雪藪にスタックしてしまった場面。
車中で凍えながらラジオを聴いて気を紛らわせようとしていた場面のチューニングだ。
画質が悪いのは仕様だ。

DSC_0716

70〜90

これも×10で考えると700〜900kHzの間という意味だが、チューニングの針は900に近い位置にある。

今度こそHBC旭川局864kHzだろう。

ちなみに、草太兄ちゃんのクルマはおそらく父親の北村清吉(大滝秀治)の所有物だと思われる。
夏の間、草太兄ちゃんは原付を自分の足にしているが、冬季だけは親のクルマを利用していたと考えられる。

これに対し、雪子がクルマを借りたのは吉本家。
所有者はおそらく、草太の彼女・つららの兄である吉本辰巳だろう。

北村清吉は年齢的に既に60を超えていそうだが、吉本辰巳はまだ30代から40代前半だろう。
この二人の年齢層の違いを反映して、年寄りの北村清吉が所有するクルマはNHK、若い吉本辰巳のクルマは民放のHBCにした―
あくまで仮説だが、倉本聰はかなり緻密に背景を設定するというから、もしも本当に設定した上での演出なのだとしたら凄い。

ちなみに、HBCuhbと同じく北海道新聞が設立に関与しているから、道内事情で考えれば純粋な商売敵であるSTV(道新の敵・北海タイムスが設立)よりはHBCの方が近しい局ということになろう。

そもそも1980年って、まだHBCの聴取率がSTVに逆転される前みたいだな。


「'89帰郷」 蛍が聴いていたれいちゃんリクエスト


これは難しいぞ。
何が難しいって周波数がまったくわからないのだ。

ヒントとしてあるのは、FM受信用のロッドアンテナを目いっぱい伸ばしていることだ。

富良野にはわざわざNHK FMが中継局を置いている。
ということは、旭川局のFMは良好に受信するのが難しいのだろう。
つまり、麓郷ではAIR-G'旭川局を受信するのは困難だということになる。

DSC_0718DSC_0719

AIR-G'の可能性にも賭けてみたいが、同社は写真のような単独の本社屋を持っていない。AIR-G'の本社は時計台ビルの中にある。
繰り返しになるが、この時点でFM NORTHWAVEは未開局だ。

となれば、NHK FM旭川局84.2MHzを蛍は聴いていたと考えればよいだろうか。


しかし、この局舎、NHKじゃないような気がする・・・


「北の国から」ロケ地巡りをしている同業者のサイトを見ていても、放送局の情報が見つからず、結論を出すに至っていないが、
なんとなくuhbの本社っぽい気がする。

ということで、ここだけは結論出せずorz


札幌市中央区南12条西24丁目?

DSC_0720
さて、れいちゃんが尾崎をリクエストした局については答えにたどり着くことが出来なかったわけだが、「北の国から」は昔の"おおらかな時代"を見るのも窮屈な現代の楽しみの一つ。
"おおらかな時代"を全面的に肯定するつもりは毛頭ないが、「昔はこれでも許されたんだ」というシーンを眺めるのは楽しい。
明らかに飲酒運転していると見られる場面は肯定できないが、酒を勧められた草太が「もう1点しか残ってないから」と辞退する所なんかは笑える。でも、どちらも今のテレビじゃ放送不能な表現だろう。

"おおらか"と言えば、ラジオ局でれいちゃんの葉書を探し出して住所を調べて家にたどり着くなんてことは現在じゃ絶対に不可能だろう。

それから札幌市中央区南12条西24丁目って、それ旭ヶ丘2丁目のことか?という架空地名へのツッコミはよしておくにしても、れいちゃんがバイトしていたファミレスは豊平区福住1条1丁目だ。
最寄りの札幌市電の西線11条からだと、西4丁目→大通で札幌市営地下鉄東豊線に乗り換えても福住駅まで40分くらいはかかるわけで、40分以上もかけてファミレスにバイトに行くかなという気はする。

こうやってあまり細かいことは気にしないでおいた方が良い、とうことか。

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2016年03月09日

デパートが消える街

北海道では旭川市から西武が消え、岩手県では花巻市からマルカンが消えるとニュースが出た。

旭川の方は、道新が3月2日の記事「道北唯一の百貨店、西武旭川が撤退検討 近く最終判断」の中で“社内には存続論もあるとされ、時期などを含めてなお慎重に判断するとみられる。”と書いており、楽観的な見通しも無かったわけではなかっただけに衝撃が大きいように感じる。
ちなみに2009年の5月9日には同じく道新が報じた「旭川西武存続へ 丸井閉店で採算にめど(リンク消滅)」と言う記事内で“競合する丸井今井旭川店が七月二十日に閉店することで、採算が見込めると判断した。”とある。
競合する丸井今井が撤退したから西武旭川は存続可能、と判断されたわけだが、わずか7年でどちらも消滅ということになってしまう。
これは旭川に縁もゆかりもない人間が見ても衝撃的な内容だ。

北海道では「道北から百貨店が消える」と騒いでいるわけだが、旭川市は北日本で第4の人口を持つ都市であり、仙台以外の東北の全ての県都より人口が多い都市だ。


花巻は平成の大合併で一度人口10万を超えたが9万人台に衰退しており、合併前のもともとの人口は約7万の都市。
花巻市自体の人口が少ない上、岩手県のプライメイトシティである盛岡まで40kmと離れておらず、よくぞここまでマルカン百貨店が耐えたなという印象。
東北で花巻と同程度の規模の都市からは悉く百貨店が姿を消しているので、寂しさを覚える。


おそらく、旭川や花巻のみならず、他にも百貨店が消えかかっている都市があるに違いない。


気になったので、いわゆる全国の「地方都市」と呼ばれる所の、百貨店の立地状況をまとめてみた。



■ 主要地方都市の人口と百貨店所在状況

都市名店舗数人口所在百貨店
市 総数1店舗あたり
札幌市51,953,784390,757丸井今井、札幌三越、大丸、東急、丸ヨ池内
旭川市1339,797339,797西武
函館市2266,117133,059棒二森屋、丸井今井
帯広市1168,057168,057藤丸
青森市1287,622287,622さくら野
八戸市2231,379115,690さくら野、三春屋
弘前市1177,549177,549さくら野
盛岡市1297,669297,669川徳
花巻市197,77197,771マルカン
北上市193,59193,591さくら野
仙台市31,082,185360,728さくら野、三越、藤崎
秋田市1315,374315,374西武
大仙市182,77382,773タカヤナギ
山形市2252,453126,227大沼、十字屋
米沢市186,01086,010大沼
福島市1294,378294,378中合
郡山市1335,608335,608うすい
新潟市2810,514405,257伊勢丹、三越
富山市1418,900418,900大和
金沢市2465,810232,905めいてつ・エムザ、大和
福井市1266,002266,002西武
甲府市1193,123193,123岡島
長野市1377,803377,803東急
松本市1243,383243,383井上
静岡市2705,238352,619伊勢丹、松坂屋
浜松市1798,252798,252遠鉄
鳥取市1193,766193,766大丸
松江市1206,407206,407一畑
岡山市2719,584359,792高島屋、天満屋
倉敷市1477,435477,435天満屋
広島市71,194,507170,644天満屋(2)、そごう、三越、福屋(3)
福山市2465,004232,502天満屋(2)
山口市1197,502197,502井筒屋
下関市1268,617268,617大丸
徳島市1258,602258,602そごう
高松市1420,943420,943三越
松山市2515,092257,546伊予鉄高島屋、三越
高知市1337,360337,360大丸
北九州市3961,815320,605井筒屋(3)
福岡市41,538,510384,628岩田屋、三越、大丸、博多阪急
佐賀市1236,398236,398玉屋
長崎市1429,644429,644浜屋
佐世保市1255,648255,648玉屋
熊本市1741,115741,115鶴屋
大分市2478,335239,168トキハ(2)
宮崎市1401,156401,156山形屋
鹿児島市1600,008600,008山形屋
那覇市1319,449319,449リウボウ
●人口は2015年の国勢調査による。
●百貨店は2016年3月9日現在で日本百貨店協会加盟のもののみを掲載。
●関東1都7県と中京3県(愛知・岐阜・三重)と近畿2府5県を3大都市圏とし、あてはまらない県を「地方」と定義した。
「地方」のうち、北日本(北海道・東北)の7道県は百貨店が所在する全市を掲載し、それ以外の県では政令指定都市県庁所在地中核市・特例市のみ掲載。




『元祖地方100万都市』の札幌・広島・北九州・福岡でみれば、だいたい人口35万人前後で百貨店1店舗くらいだろうか(ちょっと広島が多すぎる気がして調べてみたら、見た感じ百貨店というよりショッピングモールみたいな所もある)。
山形の県境まで合併しまくったインチキ100万都市仙台も36万と、元祖の皆様と似たような数値だ。

まあ、都市の周辺にどれだけの人口(都市圏人口、商圏人口)があって集まってくるかというのも重要なファクターになるだろうから、市の人口だけで論ずることの乱暴さは認識している。



ビックリした人もいるかもしれないが、県庁所在地でも百貨店が1つしかないという都市は少なくない。
それどころか、札幌、仙台に次ぐ北日本第三都市の座を旭川と長らく争ってきた人口34万の福島県いわき市には百貨店が既に存在しない。

とはいえ、あくまで日本百貨店協会に加盟している百貨店だけを抽出したので、非加盟の百貨店はほかにもある。
一例を挙げれば経営再建中の中三は日本百貨店協会を脱会しているが、青森と弘前の店舗が営業中だし、むつには松木屋の他にかつて百貨店を名乗ったマエダ本店も健在だ。

上の表に載っているのだけが百貨店なわけではない。



だが、人口70万を誇る九州第三の都市・熊本ですら、今や鶴屋百貨店の1店舗しかないという現実もある。

q081僕は2014年に熊本市から天草までバスの旅をしたが、出発点が県民百貨店のバスターミナルだった。
その当時すでに県民百貨店の閉店は熊本で話題に上がっていたが、「こんなに客がいて立派なデパートなのに潰しちゃうのか」と率直に思った。
“こんなに客がいて”というのは、具体名を挙げて迷惑をかけるとあれなので書かないが、僕の地元の青森の某百貨店との比較だ。

それからおよそ半年後の2015年春、熊本の県民百貨店は本当に閉店してしまった。
政令指定都市でもある熊本でさえ、百貨店を1店舗しか維持できないという現実はショックだった。

繰り返しになるが、上の表に載っているのだけが百貨店なわけではない。
ためしにGoogle先生に「○○市 デパート」と入れれば、たくさん出てくる場合もある。
熊本についてGoogle先生に言わせれば、関連ワードで熊本パルコも出てくる。


さて、街から百貨店が消えるということについて、まだ20年に満たない僕のインターネット人生で最も印象的な文章を丸ごと引用したい。

それは秋田県大館市の新聞社「あきた北新聞」が2001年7月4日に発表したコラム

秋田県大館市は平成の大合併前の人口が約7万弱。
秋田県内陸北部に位置する秋田県第二の都市で、冒頭で述べた花巻市と似た規模だ。
大館は秋田県北部の拠点都市であるが、花巻が盛岡に近いのと同様、大館も弘前に近いためより大きな都市との間で競争にさらされている。

そんな大館市唯一の百貨店であった「正札竹村」は2001年に経営破綻した。

以下に、あきた北新聞のコラムを全文引用して紹介したい。
できれば、「大館」を自分の故郷の都市名(あるいは故郷の最寄りの都市名)、「正札竹村」を故郷の百貨店の名前に置き換えて読んでみてほしい。


灯火が消えた

大館の街から、また一つ灯火(ともしび)が消えた。老舗デパート「正札竹村」。「(経営が)もう危ない」とは、以前から耳にしていたことだが、本当に灯りが消えてしまうと何とも寂しい。高校生などを含めてコンビニ世代の若者たちはどう思うかはわからないが、一定の年齢(例えば40代以上)の市民にとって正札竹村という存在は、デパートというだけではない、「そこになくてはならないもの」だったように思える。ある意味では市役所以上に「大館の顔」だったのではないか。それが失われてみると、ぽっかりと空洞ができてしまったようである。

30数年前に正札竹村のレストランで食べたお子様ランチ。数百人が座れるそのレストランはいつも混みあっていて、席が空くのを半ば並ぶようにして待っていた。家族でそのレストランに来るのが楽しみで、まだ幼稚園児だった私にはこんもりとしたチャーハンに日本国旗を刺したお子様ランチがお気に入りのメニューだった。そして、忘れてならないのは正札竹村の屋上には小さな遊園地があったこと。10円玉を入れると前後に動き出す馬もあったし、市街を一望できる望遠鏡もあった。なぜか、それらの光景を今も忘れずにいる。

大学入学で数日後に上京するという日、東京での暮らしに当面必要なものを正札竹村で買い揃えた。その時、まだ学生だけど必要なこともあろうと母が初めてのネクタイを買ってくれた。私が選び、店員さんに包装してもらった。花柄をあしらった品位を感じさせる包装紙。その包装紙はいつまでも変わらなかった。社会人になって一丁前にお中元やお歳暮を贈るようになると、決まって正札竹村の贈答品コーナーに出かけた。ある高校長の言葉が思い出される。「お中元やお歳暮は、贈るも貰うも正札竹村ですよ。何ていうのかな、ステータスなんだろうね。正札竹村の包装紙の贈答品が届くと贈った方の品格みたいなものが伝わってきて、こちらまでウキウキしてしまう。○○や○○の包装紙では、同じ品物でもちゃちな感じがしてうれしくないんだよ」と。若い世代は別として、中高年層になるとそれは本音なのだ。

今まさに断腸の思いであろう岩谷隆史社長には、部長時代に取材で何度かお目にかかった。物腰の柔らかい人だった。取材に対しては一つ一つ丁寧に答え、写真撮影でもこまやかな配慮をしてくれた。みずから贈答品コーナーに立って接客をし、お客さんに深々と頭を下げていた。150年続いた老舗中の老舗の看板を自分の手でおろすことになろうとは、当時の岩谷さんは想像だにしなかったに違いない。

前社長の竹村博義氏宅にもお邪魔したことがある。あの時は竹村社長への取材でなく、何かのサークル活動の取材だったのか、夫人への用向きだった。大館随一の名門中の名門なのでいかほどの豪邸に住んでいるのかと思いきや、いざお邪魔してみると豪邸などと呼べる屋敷ではなく、むしろ質素だったのに驚かされた。その質素な家もまた人手に渡るのかと思うと、何とも気の毒でならない。

郊外型大型スーパーやコンビニの攻勢など時代の趨勢に対応できる経営体質を構築ではなかった正札竹村の経営陣の責任は大きい。しかし、結果的に倒産に追い討ちをかけたのは東北経済産業局、つまり経済産業省、もっとひらたくいえば政府だったのかも知れない。正札竹村の関連会社である正札竹村友の会が発行している商品券が割賦販売法に抵触の恐れあり、とのことで、東北経済産業局は先月27日に新会員の契約禁止命令で7月18日に聴聞会を開く旨の公示をした。28日付の新聞等でその事実を知った会員らの多くが続々と脱会し、一気に正札竹村の屋台骨を揺るがせた。

掛け金への不安から脱会に走る消費者の心理は理解できる。「結果的に東北経済産業局が倒産の糸口になったのではないか。どうしても公示という手段を取らざるを得なかったのか」という市民は少なくない。割賦販売法第44条に基づく措置。しかし法律はどうあれ、東北経済産業局が「公示」という手段を取ったことによって、かろうじて正札竹村にとどまっていた運転資金が一気に流出し、骨抜き状態にしてしまったことは否定のしようがない。同局の担当課職員は「倒産は私らの本意ではないのです。大切にしたかったのは消費者の保護です」といった。確かに、彼らは公務を忠実に果たしただけなのだ。それが結果的に倒産に拍車をかけてしまった。

ふるさとの百貨店を倒産に追い込んだ責任の一端は、私ら消費者にもあるのかも知れない。買い物といえば御成町や郊外の大型スーパー、コンビニに足を運び、最近は正札竹村のエスカレーターに乗ることすらなくなった、という消費者は意外に多いのではないか。要するに、古びたデパートなど見向きもしなくなったのである。平日に入ってみると従業員が気の毒なほど客の姿がなくて、と誰かがいっていた。極度の販売不振。ふるさとのデパートを大切にする気持ちが私ら消費者に少しでも残っていたら、正札竹村は今月、21世紀最初のお中元コーナーを開設できたかも知れない。20世紀の遺産と化した正札竹村。遺されたあの建物を最大限に有効活用しない限り、大町通りもまた、闇の中に沈んでいくのは避けられない。

2001年7月4日のあきた北新聞社コラムより以上引用
上の文章の著作権は、あきた北新聞社に帰属します。
(あきた北新聞社様、全文引用に問題がある場合は即削除しますのでコメント欄まで連絡ください。)


僕にとっての大館は五所川原、正札竹村は五所川原中三になる。
五所川原中三も、もう無い。
だが、中三のレストラン街で食べたお子様ランチとクリームソーダの記憶は今もハッキリある。

高校時代、青森市にはビブレ(旧カネ長武田、現さくら野)、青森中三、松木屋と百貨店が3店舗あったが、松木屋は閉店してもう10年以上になる。
高校時代の青森ビブレといえば、隣の成田本店とあわせて店舗前には駐輪スペースが完全に埋まるほど高校生の自転車が停まっていたが、昨年青森に帰ったらガラガラだった。
青森市にはさくら野のほかに経営再建中とはいえ中三を合わせて2つの百貨店がまだあるが、青森市より規模が大きい旭川市からは百貨店が消滅する。

自分の街から百貨店が消える、というのはなんとも表現のしがたいやるせなさがある。
ふらっと別の地方の街に行った時、故郷のそれと似た百貨店を発見すると、幼い時分の記憶の中の百貨店に似た面影に、涙が出てきそうなほど懐かしさを覚えることもある。
それを求めて、GWあたり花巻のマルカンにソフトクリームだけ食べに行こうかと構想を練っていたりした。

僕は旭川にも花巻にも縁もゆかりもない。
なのに、西武旭川とマルカンが潰れるというのが、とても悲しい。


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2016年03月01日

人が集まれば

今日の産経新聞に「福島第1原発でローソンがオープン」という記事が出た。


◆ 福島第1原発でローソンがオープン 作業員に食料品や日用品を提供

廃炉に向けた作業が続く東京電力福島第1原発の敷地内で、コンビニエンスストア「ローソン東電福島大型休憩所店」が1日午前10時、営業を開始した。日曜休業で、午前6時〜午後7時まで開業し、作業員に食料品や日用品を提供する。
東電は作業員の労働環境改善のため、コンビニ大手に出店を要請していたが、原発事故から5年を迎えるのを前にローソンが応諾した。
店舗は第1原発正門近くに昨年6月に完成した大型休憩所の中にある。酒類や店内で調理が必要な物は扱わないが、一般的なコンビニと同じ品物を扱う。
福島第1原発敷地内では原子炉建屋付近を除いて、放射線量が大幅に低減しており、普段着で活動できるエリアも増えている。
(産経新聞より引用)


僕は過去に、原発事故前はよく常磐道福島県道35号を乗り継いで仙台東部道に乗ることで東北道福島の渋滞を避けてきた、という東京⇔青森往復の話を何回か書いてきた


福島第一原発にローソンが出店すると聞いて、あのローソンはどうなったんだろう?と気になった店がある。

グーグルのストリートビューで見たら、なんと閲覧可能。
国道6号常磐道が走れるようになり、少しずつ開放されてきたとは聞いてるが、すげえ所まで行ってるな。

Lawson jobantomioka
この写真の場所をストリートビューで閲覧するにはコチラをクリック

ローソン富岡上手岡店

もう看板は下ろしているが、ローソンの跡だというのがわかる。

かつての終点・常磐富岡ICからほど近く、高速道一般道の区切りになるポイントなので、青森に帰る夜や、東京に向かう午後、毎回のように休憩した思い出がある。



原発の周囲には、「市」を名乗る自治体なら大抵の所にある、とある業種の施設が今年開業するそうだ。

その業種はこのブログで明かせないが、小学校以来の僕の親友が、そこでの勤務を打診されている。
事故直後、福島第一原発に派遣された高校時代の同級生もいる。
気が付けば、僕の周囲で福島原発に関わっている人間が少なくなくなっていた。

福島第一原発で、今日も事故を収束させようと働いている人々がいる。
原発の周りにある富岡や大熊、双葉、浪江はいずれも「町」。
今の人口は0なのに、普通は賑やかな場所に立地するような全国チェーンの施設が、出来ていく。

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2016年02月29日

特Aの米をつくるのって大変

青森県産米の新品種・ 青天の霹靂 がとうとう特Aを獲得した。

1456481153579わしも買って食ったが美味いコメだ。
写真は青森で買った5kg袋。
東京でも、2kg袋を1回だけゲットできた。

わしは学生時代は仕送り米で「つがるロマン」を食っていた。
不味い米ではないが、コシヒカリやあきたこまちに比べて特別美味いとも思わなかった。

社会人になって東京に飛ばされてからは、つがるロマンは買わなかった。
親近感でお隣の秋田県産あきたこまちか、北海道産米(ゆめぴりかななつぼし)を買うことが多かったが、佐渡島に旅行してコシヒカリの美味さに感動してからは、高くても佐渡コシヒカリを探して買うようになった。

それが今や、こんなとこにあるはずもないのに向かいのホームや路地裏の窓やどっかに青天の霹靂の姿をいつでも捜しているのである。

青天の霹靂はマジで美味い。



さてさて。

青天の霹靂がまだ開発段階の頃、「青森は特A米が出ない」としばしば言われていた。

「つがるロマン」も特Aに届かず、「岩手のようにあきたこまちを栽培すればよい」とか、「本州最北端という冷涼な気候のせいだから無理」とも言われたりしていた。

ところが、2010(平成22)年に青森より寒い北海道で道産品種「ななつぼし」が特A評価を獲得。


この北海道の快挙が、青森県の開発者や生産者に刺激になったのではないかと思う。



隣県に刺激を受けるというのは各都道府県間で普通にあることだと思うが、青森県が執った青天の霹靂の戦略は、山形県のつや姫の戦略を参考にしたというのが何とも印象深い。



なぜかって、特Aという評価が誕生した1989(平成元)年、山形は特Aが出せなかったのだ。

特A元年でもある平成元年、新潟県産コシヒカリ(福島県産も獲得)と、秋田県産あきたこまちは特Aを獲得した。

南に位置する日本一の米産地・新潟のコシヒカリや福島で生産されたコシヒカリに負けるのはともかく、北隣に位置する秋田の新品種に負けるというのは、庄内平野や山形盆地というわが国有数の穀倉地帯を有する山形にとって心中穏やかでなかっただろう。

yoshiakimogami◀最上義光(「独眼竜政宗」より)

特Aを取れなかった東北各県の中でも、山形県を出し抜いて1992(平成4)年に宮城県がひとめぼれで特Aを獲得。
伊達政宗・最上義光以来のライバルに先を越された山形が「今年こそは」と意気込んだ1993(平成5)年、東北は昭和大恐慌以来かという大冷害に見舞われた。

それでも苦難を乗り越えつつ、山形県は1994(平成6)年に自県登録品種のはえぬきと、どまんなかが特Aダブル受賞
当時の山形の人々の喜びはさぞ大きいものだったろうと思う。

そういう山形の経緯を知っているからこそ、青森が山形を参考にして特Aというのがなんとも感慨深いのだ。

■ 北海道・東北・新潟8道県の特A米取得状況表
道県名地域名品種生産年(平成)


2
7
2
6
2
5
2
4
2
3
2
2
2
1
2
0
1
9
1
8
1
7
1
6
1
5
1
4
1
3
1
2
1
1
1
0
98765432
北海道無指定ななつぼし6
無指定ゆめぴりか5
無指定ふっくりんこ1
青森中弘南黒青天の霹靂1
津軽青天の霹靂1
青森中央青天の霹靂1
岩手県中あきたこまち2
県南ひとめぼれ21
宮城県北ササニシキ1
ひとめぼれ19
県中ひとめぼれ16
県南ひとめぼれ1
無指定ひとめぼれ2
つや姫3
秋田県南あきたこまち12
県北あきたこまち10
地廻あきたこまち1
仙北あきたこまち4
山形無指定コシヒカリ6
はえぬき7
ひとめぼれ6
つや姫6
庄内はえぬき14
ひとめぼれ5
内陸はえぬき15
どまんなか1
コシヒカリ5
福島会津ササニシキ1
コシヒカリ20
ひとめぼれ7
中通コシヒカリ14
ひとめぼれ8
浜通コシヒカリ3
新潟上越コシヒカリ10
中越コシヒカリ19
下越コシヒカリ5
魚沼コシヒカリ27
岩船コシヒカリ12
佐渡コシヒカリ23

凡例
●:特A取得
無印:特A取得失敗
緑文字品種:自県開発品種


さて、日本穀物検定協会の資料から北海道・東北・新潟の8道県の特A取得状況をまとめてみた(上表)。


やはり北に位置する北海道、青森の取得状況は寂しいことになっている。

だが、よくみると、新潟のコシヒカリだって特Aを取れなかった年が一度や二度ではないことがわかる。
冒頭で触れた佐渡コシヒカリだって、4回ほど特Aを逃している。
(それでも27年間で23回獲得というのは凄まじい事である)

ブランド米のイメージが強いササニシキも、1992(平成4)年に福島県会津産が特Aを取ったのと、宮城県で1995(平成7)年に取ったというくらいしかない。
宮城県ではその後、主力品種がひとめぼれに交代したので、ササニシキはもうなかなか特Aの舞台に出て来ることもないのだろう。
そのひとめぼれもまた、特Aを逃している年は複数ある。

コシヒカリと共に1989(平成元)年に史上初の特Aを取った秋田県産あきたこまちだって、27年で4回ほど特Aを逃している。


特Aの座は防衛し続けるのも大変なのだ。


平成の米騒動とよばれた1993(平成5)年の大冷害の年でも、唯一陥落せず27年連続の特Aになっている魚沼コシヒカリというのはやはり偉大だ。
他に特Aから陥落していないのはつや姫もあるが、初獲得が2010(平成22)年なので(ただし参考品種として2008年から連続獲得)、平成5年を勝ち抜いた27年連続獲得の魚沼コシヒカリと比較するのは難しい。

もし2016年に大冷害が発生して青天の霹靂が特A陥落なんてことになったとき、掌を返すように袋叩きにしそうな輩が出てくる気がするが、特A取るために開発者や農家がどれだけ苦労してるか、新潟のコシヒカリでも特Aから落ちる時は落ちてるというのを頭の片隅に置いておいてほしいと思う。



それから。
特Aの評価を維持するのもたいへんだけれど、特A品種を開発するのはもっと大変だろう。


青森は最後まで特Aを取れていなかった県であるが、福島県と岩手県は自県で開発した特A品種が未だ無い。
(正確には岩手県は今回、「銀河のしずく」が参考品種で特Aを取った)

あきたこまちも実は福井県の交配種子だ(とはいえブランド米になるよう育成したのは秋田県の努力であるから秋田県のブランドでいいと思う)。

独自品種があるかどうかだが、県によっては「自県で米の独自ブランドを開発する必要がない」という考え方もあるだろう。
JA全農福島のホームページを見ればコシヒカリひとめぼれの2品種が前面に出されているように、福島からは今のところ自県独自ブランドにこだわらないというスタンスが伝わってくる。

逆に、参考新種ながら「銀河のしずく」を出してきた岩手は、独自開発に積極的だと受け取れる。

三日月の丸くなるまで南部領

ちなみに今まで岩手県に特Aをもたらしてきたのは、あきたこまちと宮城県生まれのひとめぼれだ。

ひとめぼれは21回の特Aを誇っているが、これはすべて「県南」(概ね金ヶ崎町以南の奥州市、一関市など内陸南部)である。
これは実も蓋もない言い方だが、宮城県(旧伊達藩領)生まれのひとめぼれが、岩手側の旧伊達藩領で特Aを出し続けてきたということだ。

さすがに寒冷地に強いあきたこまちなら、岩手の「県中」(盛岡市周辺)でも特Aを2回出せているが、盛岡より北に位置する秋田の県北が10回も特Aを出しているのに比べると寂しい結果になっている。


なんぼ温暖化だといっても、南部の殿様の領土(旧盛岡藩領・八戸藩領)は今も米作りにとって非常に厳しい条件にあるのだろうというのが、特A米の分布から見えてくる。
青森県も、南部の方(三八・上北・下北)には青天の霹靂の栽培を認めなかった。

今の青森県東部から岩手県中北部に至る南部の領土は、太平洋からヤマセが直撃する冷害常襲地帯で、江戸時代には飢饉や一揆が連発した地域だ。

津軽為信公が治めた津軽で先に特A「 青天の霹靂 」が出たというのは、世が世なら「悔辱の怨を報じ申すべく候」と騒ぎ立てる相馬大作みたいなテロリストが出てきてもおかしくない。

来年、盛岡城下(岩手・県中)の米が特A評価に続けるかどうか、津軽が油断して青天の霹靂が陥落したりやしないか、というのが実に興味深い。


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2016年02月25日

札幌⇔旭川 一般道最速ルートの分析

お急ぎの方はコチラをクリックで、本ページ下部記載の分析結果に移ります。



2月7日の記事「国道230号中山峠方面⇔道北各方面 札幌市内通過最速ルートの分析」にて、中山峠・洞爺方面から石狩川流域の空知地方以北に向かう場合は、札幌市内豊平川通南7条米里通国道275号の組み合わせで江別市の角山交差点に抜けるのが最速だという計算結果を求めた(下図)。

国道230号⇔札幌市街通過⇔道北方面 ルート図
【地図はクリックで拡大します】


国道230号南35西11交差点と、国道275号角山交差点の所要時間は、上下線で距離の異なる豊平川通を経由する関係で下記の表のようになった。

★ 南35西11江別市角山交差点 最速ルート概要
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
南7条米里通・275号(豊平川通北行)22.0km35.9km/h36分46秒
南7条米里通・275号(豊平川通南行)22.1km35.2km/h37分38秒


国道12号で石狩川左岸の岩見沢や三笠等へ行くにも、札幌市内は上記ルートで抜け、角山から石狩川左岸土手の国道337号に折れ、王子国道12号に入る方が速いという計算結果であった。



今回はいよいよ
道都・札幌北海道第二都市・旭川一般道(下道)最速ルートの分析
に移る。




札幌側の計算上の起点は、これまでの計算結果を受けて国道275号角山交差点とする。


旭川側の計算上の終点は、国道12号神居古潭(神納橋東)交差点とする。
河口部から石狩川には右岸・左岸ともに一般道が上流へ向け続くが、旭川手前の神居古潭にて、左岸を行く国道12号一本に絞られるからだ。

ただ、この交差点の正式名称は神居古潭交差点である。
同名の神居古潭交差点が2か所あり、うち一つの下流方に位置するのは道道6号と交差し、上流方では道道57号と接続する。
今回は道道57号と接続する神居古潭交差点の方を神居古潭(神納橋東)交差点として計算上の終点に採用したい。


◆ 旭川へはどこかで石狩川を渡る必要がある


以前に、「『日本一長い直線』に罪は無い」という記事を書いた時に触れたが、石狩川左岸を行く国道12号はあまり流れが良くない。
炭鉱全盛期に比べれば空知の諸都市は衰退したとはいえ、国道12号は岩見沢、美唄、砂川、滝川といった市街地を通過するため、信号による速度低下は避けられない。

これに対し右岸を行く国道275号は沿線人口が希薄であり、札幌を出てしまうと終点の浜頓別まで、「市」の市街地を通過することは一度もないので平均旅行速度は国道12号より速く、実際に札幌⇔旭川の下道移動に用いる道民も多いようだ。
(江別市、深川市は通過するがいずれも郊外となる)

だが、いつまでも国道275号を走って行くと旭川には辿り着かない。
国道275号は新十津川で滝川を走る国道12号に最接近した後は、雨竜から雨竜川流域に北上を始め、沼田、幌加内と経て美深に行ってしまう。


旭川へは、どこかで石狩川を渡って国道12号に移らないといけないのだ。


あまり下流寄りで石狩川を渡れば国道12号の低速区間が長くなるし、かといって上流に行きすぎると旭川から離れてしまう。


そこで、最適な渡河ポイントを新十津川・滝川周辺に絞って、最速移動できる橋をまず探したい。

新十津川 滝川周辺
【地図はクリックで拡大します】


対象とするのは、上流側から次の4橋梁とした。

雨竜町と滝川市江部乙を結ぶ、「江竜橋」(道道279号江部乙雨竜線)
新十津川町と滝川市中心部を結ぶ、「石狩川橋」(国道451号)
石狩川橋の南側で新十津川と滝川を結ぶ、「滝新橋」(国道451号滝新バイパス)
砂川市下徳富と砂川市北光を結ぶ、「砂川大橋」(道道283号砂川新十津川線)


詳細な位置関係は上の地図を参照して頂くとして、右岸下流側の起点を下徳富の南11号、左岸上流側の終点を江部乙とし、4橋梁ごとのルートの比較を行った。
計算結果は下表のとおりである。


★ 南11号江部乙 ルート比較表
経由ルート距離平均旅行速度所要時間
道道279号(江竜橋)21.7km49.6km/h26分15秒
国道451号(石狩川橋)18.3km42.6km/h25分46秒
国道451号(滝新橋)16.8km43.9km/h22分57秒
道道283号(砂川大橋)20.3km43.1km/h28分16秒

結果はご覧の通りで、国道451号滝新バイパス滝新橋を渡って行くのが距離でも所要時間でも最短となった。


札幌から旭川に向かうにあたっては、
国道275号で江別市の角山交差点以北も北上し続けるルートの場合
新十津川から滝新橋で石狩川を渡り、
滝川から国道12号を北上していくのがベストなようだ。



◆ 意外な伏兵「国道452号」との比較


ところで、「国道275号で江別市の角山交差点以北も北上し続けるルートの場合」と書いたのには理由がある。

もちろん、江別から国道12号で岩見沢、美唄、砂川と北上していくルートもあるし、石狩川流域の平野だけ見ていると気づかなさそうな有力ルートが他にあるからだ。


それは、内陸の山間を往く国道452号道道4号のリレーである。


国道452号といえば、僕の持っている90年代の北海道の道路地図をみていると絶望的なまでの長距離にわたって未舗装路線として掲載されている。
夕張市と旭川市を結ぶ国道ということになっているが、夕張から芦別にかけては一体どれだけの人が住んでいるのか心配になるような山間部を縫い、芦別から美瑛へはそもそも道すら通じていないという酷道であった。

ところが1998年に道道135号富良野美唄線の富芦道路が開通して、これに国道452号を組み合わせることで札幌⇔富良野の短絡ルートの一部を構成するという大出世を果たす。
(1998年といえば「北の国から'98時代」放送の年だが、草太兄ちゃんが蛍を札幌に送って行く場面は開通前の1997年であり、純がシュウの実家に行く際には滝里、野花南、上芦別、平岸、茂尻、歌志内、上砂川のルートであるので、道道135号は舞台に出てこない)

札幌富良野の最短ルートたる道道135号の整備が連動したかどうかはわからないが、1998年以降、国道452号も整備が急速に進んだようで、現在は既に全線舗装化を達成している。

江別⇔神居古潭・碧水ルート図
【地図はクリックで拡大します】


おおむね江別・神居古潭間のルートの位置関係は上図のようになる。

国道452号を使う場合は、国道12号岩見沢バイパス5条東14道道917号に接続する。
1本北側を行く道道116号も並行しているが、三笠市街地の通過に時間を費やしてしまうので、道道917号弥生藤枝町まで走ってく道道116号に入るのが良いだろう。

そのまま道道116号を進むと桂沢ダムに達し、道なりに国道452号になる(道道116号三笠方面国道452号芦別方面が優先道路で、国道452号夕張方面は止まれの形)。

そのまま進んで、芦別で少し国道38号を滝川に向かい、すぐさま道道4号旭川芦別線に入れば、いずれ神居古潭国道12号に再合流できる。


では、国道275号から滝新橋経由で国道12号に入るルート、国道12号を走り続けるルート、国道452号を使うルートを比較してみよう。


★ 江別市 角山旭川市 神居古潭(神納橋東) ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道275号・451号滝新橋・12号96.2km55.4km/h1時間44分15秒
国道12号101.5km49.6km/h2時間02分49秒
国道452号・道道4号119.1km56.3km/h2時間07分01秒



ご覧の通り。

札幌⇔旭川の下道最速ルートとして採用できるのは、

国道275号国道451号滝新橋国道12号

だ。




国道452号に触れておくと、やはり距離では最長の迂遠コースではあるが、山間部において40km弱にわたって信号が存在しないようで、法定速度を多少超える平均旅行速度が出る快速コースのようだ。
地図で見ると結構クネクネしてるが、ずいぶんとゴキゲンな道のようだ(笑)


◆ 札幌都心⇔旭川市街での計算結果


最後に、「札幌⇔旭川 一般道最速ルートの分析」と題した以上、札幌都心部と旭川中心部の間での数値をまとめておこうか。


札幌側の起点は、国道5号終点の北1西1と、前回までの記事で空知方面への基準点とした東苗穂1-3の2か所としておこう。

旭川側の終点は、国道39号に接続する国道12号の終点である4条通7にする。


★ 札幌都心旭川市街(4条通7) ルート比較表

札幌側 出発地距離平均旅行速度所要時間
北1西1128.4km52.1km/h2時間27分44秒
東苗穂1-3124.3km53.1km/h2時間20分34秒


こんなところ。

Yahoo!知恵袋に「札幌ー旭川、下道で何時間かかりますか?」という質問があり、「下道だと約2時間半くらいです。」という回答があるが、まさにそんなところだろう。


いよいよ札幌より北にきたわけだが、目的地は稚内。

引き続き、稚内目指して最速を求めるルート比較を行っていきたい。

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2016年02月15日

函館は、江差や松前も遠かった

北海道の大きさ比較」というGoogleの画像検索で、北海道の様々な比較地図が出てくるのに乗じ、2月9日の記事で青森県の大きさを比較してみた。


今回は、北海道新幹線が開業する函館・北斗・木古内エリアを中心に、比較地図を描いてみた。

◆ 比較対象にしたのは首都圏

前回、青森県は6大都市圏(東阪名札福広)と比較したが、今回の函館は首都圏のみとの比較とする。
名古屋以西の大都市圏は、対函館の交通機関としては北海道新幹線ではなく従来のまま航空機が主流だろうと考えたからだ。

まずは、首都圏の地図から。

関東の図

同一縮尺で見せたいので、PC版では枠外にはみ出させての掲載とした。
(スマホ・ガラケー版は枠内縮小表示)

東京都庁が所在する新宿区を中心として見て行きたい。



次に、函館エリアの地図を。

函館周辺の図


おおむね、太平洋側は森町以南、日本海側は旧熊石村以南の渡島半島を範囲とした。
中心点は、やはり函館市である。

地図上には、江差松前恵山に至る函館バスの路線と、所要時間を載せた。

また津軽海峡の対岸の青森側の大間と、奥津軽いまべつ駅の位置および、それに至る航路と線路も加えておいた。





では、新宿と函館を中心に、二つの地図を重ねてみやう。

函館onthe東京

こんな感じ。

新函館北斗駅の近くに、さいたま市(浦和の埼玉県庁)が来る。

そのぐらい、新函館北斗駅函館中心部から離れているのだ。

木古内駅は、神奈川県の宮ケ瀬ダム付近。


2014年に江差線が廃止された旧檜山支庁所在地・江差町は、奥多摩と甲府盆地を隔てる山梨県の柳沢峠付近。

桜の名所であり城下町として知られる松前町は、静岡県の沼津市や富士市の付近。

亀田半島東端の活火山・恵山は千葉県の成田付近となる。


また、青森側の大間は千葉県の君津の山間部の辺りで、奥津軽いまべつ駅は伊豆大島に相当する位置となる。



北海道の広大さは知っていても、実際に比較してみると道南の渡島半島南部も意外と広くてびっくりするもんである。


テレビの天気予報で渡島半島の地図を見慣れているはずの青森県民でも、油断すると間違うぞ。

小生もかつて、松前に花見ツーリングに行った際、函館のフェリーふ頭を降りてほどなく現れる

「↑松前 87km」

という標識に「え!?そんなに遠いの?」と驚愕したのである。
(87kmとは、青森から秋田県の大館市に行くよりも距離がある)

道南であっても、北海道は本当に油断できない。

わたしは松前の帰り道も油断して、松前町で給油すればよいものを福島町まで走ることにしたが、日曜日は福島町内のガソリンスタンド一斉休業だというのを知らなかったため給油出来ず、無理して福島峠を越えたら知内の町はずれでガス欠し、押して歩いたことがある。

道東・道北の人口希薄地帯ならいざ知らず、道内でも人口密度の高いはずの道南エリアでガス欠とは、私の人生でも屈指の恥かき事件である。


ともあれ、仕事終わりにフェリーふ頭に行き、深夜便で函館に未明に上陸して、松前・江差・瀬棚・八雲といった道南をツーリングしていた青森の生活が懐かしい。

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2016年02月12日

狩野英孝 宮城⇒広島 8時間移動伝説を分析する

2016年に入ってからというもの、ゲスの極み乙女。の川谷絵音衆院議員の宮崎謙介らが不貞行為で話題を提供してくれているが、抜群の女癖の悪さを披露したのは狩野英孝クンだろうか。

狩野英孝は同年代なので、彼が川本真琴を陥落させたと知った時は畏敬の念さえ覚えた。
私も1996〜99年頃の川本真琴全盛期を支えたファンの一人であるが、アルバム『川本真琴』を買った100万人以上のファンの中で、実際に川本真琴と交際するところまで行けたファンというのは、狩野英孝をおいて他に何人いるというのか。

だからこそ、その後の彼に関する報道の内容は誠に残念である。


前置きは長くなったが、狩野英孝には下記のような伝説がある。

高校3年の夏、当時大好きだった19(ジューク)の出身地広島へ行き、19と同じストリートでライブをやってスキルを上げようと考え、ヒッチハイクの旅に出ることを決意。一台目にトラックが停まってくれて「どこまででもいいから乗せて行ってほしい」と頼んだところ、偶然にもそのトラックは広島行きの長距離トラックで、片道8時間で広島に到着した。さらに運転手が優しい人で「広島で荷物を降ろしたら仙台に連れて帰ってやるよ」と言われ、計16時間で仙台に帰って来られて自宅で親と夕飯を食べることができた。
(Wikipedia より引用して編集)

これは『人志松本の○○な話』でも放送された内容だそうだが、


宮城県から長距離トラックで広島まで8時間だぞ。

とんでもねえ爆走トラックだ!


kyorisokumh
ちなみに、キョリ測によれば狩野の実家の桜田山神社から広島市までの直線距離は907.8kmだ。
この距離を8時間で走破するには113.5km/hという速度が必要になる。

だが、だれの目にも明らかなように、トラックで両地点間を直線で移動するのは不可能だ。



では、実際のところ、どのぐらいの所要時間で移動が可能なのだろうか?
いつものように平成22年の道路交通センサスで計算してみよう。

狩野が高校3年の夏の話だから、道路網は1999年8月のもので考えることにする。
常磐道舞鶴若狭道上信越道圏央道北関東道新名神高速も繋がっていない時代だ。

首都高速で東京経由か、磐越道で新潟・北陸経由の2通りの対決だろう。

平均旅行速度が1999年前後のデータを使えればよかったのだが、現在入手できるのが2010年のものだけなので、仕方なく流用する。

米原JCT郡山JCTでの比較


まずは、ルートをざっと説明しておきたい。

前述の通り、滋賀県の米原JCTと福島県の郡山JCTの間を、首都高速経由で行くか、磐越道・北陸道経由で行くかに分けられる。

米原JCTから西は、名神高速・中国道・山陽道だ。

狩野英孝広島爆走伝説
【地図はクリックで拡大します】


さっそく、米原JCT郡山JCT間を比較して行こう。

米原JCT郡山JCT ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
磐越・北陸道経由618.3km79.7km/h7時間45分39秒
首都高・東名経由670.9km74.5km/h9時間00分38秒

いきなりだが、磐越・北陸経由が速いのはわかったが、それでも残りの区間を15分で走破しないと8時間の壁を破れない。
まあ、それはおいておこう。



実際に桜田山神社から広島ICまで走った場合も計算してやる。

ちょうど、桜田山神社のすぐそばにセンサスの基準点があるので、宮城県道42号国道4号に出て、築館ICから高速に乗る想定で、計算してみよう。


桜田山神社(宮城県栗原市)⇔広島IC ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
磐越・北陸道経由1225.7km78.0km/h15時間43分14秒
首都高・東名経由1278.3km75.3km/h16時間58分31秒

おい。
磐越・北陸経由でも15時間43分もかかるじゃないか(笑)


桜田山神社・広島IC間1225.7kmを、

狩野の説明通り8時間で走破するには、

159.8km/hじゃないと無理。




160km/hの長距離トラック、恐ろしいぞ。




まあ、1999年当時はまだ大型トラックに80km/hのリミッター設置が義務付けられる前なので、エンジンや足回りを改造した高スペックのトラックなら160km/h出せる奴がいたかもしれない。

が、道中で料金所の通過や給油・休憩などもあっただろうし、磐越道の暫定2車線区間で前方を低速車に塞がれる時間もあるだろうから、飛ばせる区間は200km/h超の速度で移動していただろう。

凄い。


狩野クンも、、話を多少盛ったかもしれない。

広島といっても、広島市まで行ってないかもしれないじゃないか。
ならば県境の福山や東城ならどうだろうか。

磐越・北陸のルートで、山陽道・福山東ICもしくは中国道・東城ICまで行った場合を想定し、計算してみよう。

桜田山神社(宮城県栗原市)⇔福山東ICおよび東城IC ルート一覧表

目的地距離平均旅行速度所要時間
東城IC1155.2km78.2km/h14時間46分23秒
福山東IC1131.9km78.2km/h14時間28分58秒



うん。

県境の福山や東城でも無理だ。

普通のトラックならな。
もし行先が福山だったのなら、142km/hで移動するトラックだ。
これでも十分、速い。


◆ 実際のところ、桜田山神社から8時間で往復できるのはどこまでか?



僕は狩野が200km/h走行の超高速トラックに乗ったのだと信じるが、実際のところ普通のトラックが平均旅行速度で走れば桜田山神社から8時間でどこまでいけるのか。


その答えは、北陸道 徳光SICまでである。

距離=634.7km、平均旅行速度=79.8km/h、7時間57分03秒




その北陸道 徳光SICの所在地は石川県白山市。

川本真琴の出身地の福井にすらたどり着けない。



桜田山神社からだと、普通のトラックなら福井でも往復不能だ。

だが、狩野の乗った超高速トラックは、広島まで往復したのだ。


僕はそんな暴走トラックに乗って広島に行きたくないが、狩野はそれに乗ったのだ。

そうして狩野が平均160km/hで飛ばすトラックで辿り着いた広島が、加藤紗里の出身地である。
やはり、狩野英孝とは凄い芸人だ。

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2016年02月09日

青森県の大きさを比較してみる

Googleの画像検索に「北海道の大きさ比較」と入れると、様々な比較地図が出てくる。

時々、2ちゃんねるまとめサイトやtwitterなんかでも話題になるので、見たことがある人も多かろうと思う。



この面積比較図の、青森県版をつくることにした。



青森県だって、決して狭い県ではない。
むしろ広い方だ。

最も広大な北海道に比べれば1/8以下だし、県の中で一番広い岩手県と比べても2/3以下だが、青森県の9,645k屬箸いμ明僂倭換8位だ。

この青森県を、同一縮尺の地図上に落として各地との比較を行うのだ。
国内の主要大都市(東京大阪名古屋札幌福岡広島)と比較した図を、下に載せていきたい。


◆ 東京(首都圏)との比較

aomoriontokyo


いきなりだが、元祖である北海道の比較図に比べるとずいぶんと迫力に欠ける、我が青森県。

県庁所在地の青森市を、都庁所在地の新宿区に重ねると、上のような図になる。

青森市に比較的近い弘前市は、横浜市緑区や町田市付近。
ほぼ、東名 横浜町田ICの辺りになるようだ。

一方で、八戸市は上総一ノ宮の沖合付近の太平洋上に出てしまう。
尻屋崎がちょうど水戸市付近、大間崎は宇都宮市南部の辺りになる。

それから、鰺ヶ沢に近い木造の屏風山付近が八王子か。
八王子⇔新宿は距離にすると鰺ヶ沢⇔青森とほぼ同じだと考えると、意外と遠いな。

◆ 大阪(近畿圏)との比較

aomorionosaka



こちらは、青森市を大阪市に重ねると、神戸市は五所川原市からつがる市木造付近。

弘前市は関西国際空港の辺りか。

興味深いのは、大間が若狭湾の大飯の位置である。
大阪市民に電気を供給する大飯原発の位置は、建設中の大間原発と青森市の位置関係とほぼ同じということだ。

◆ 名古屋(中京圏)との比較

aomorionnagoya



こちらは青森市を名古屋市に重ねると、弘前市が四日市市とほぼ同位置、八戸市は浜名湖北側の三ヶ日の辺りのようだ。

こうしてみると、尾張と三河が意外と離れているなと再認識。
豊橋市は、青森県でいえば三戸町付近にくることになる。

そして、中京圏、青森県と比べてみると広いな。
和歌山県境の熊野川河口は秋田県沿岸南部、岐阜の飛騨高山は北海道の恵山の付近になるようだ。
(岐阜県は青森県より広い10,621k屬任△)

◆ 広島(中四国)との比較

aomorionhiroshima


次は中四国地方を代表して広島との比較。

弘前市が岩国市とほぼ同位置である。
青森市と弘前市の位置関係というのは、新宿・町田や名古屋・四日市だけでなく、広島・岩国ともほぼ一致するようだ。

これらの都市の位置関係を思えば、青森も弘前も都市圏人口は30万を優に超えるのだし、もう少し人の流れが活発でも良いような気もする。

なお、竜飛崎が島根県浜田市付近だ。
広島から浜田へは浜田自動車道が繋がっているのを考えると、青森から竜飛は意外と遠い。

また、青森県最南端の田子が愛媛県松山市付近にくる。

◆ 福岡(九州)との比較

aomorionfukuoka


もはや九州の地方中枢都市という以上に、国内で3大都市圏に次ぐ都市として別格の風情さえある南日本最大都市・福岡との比較だ(人口は札幌市の方が40万人以上多い)。

青森市を福岡市に重ねると、大釈迦峠を越えた先に津軽平野が広がっているように、背振の山を越えた先に筑後平野や佐賀県の平野主要部が広がっている。

位置関係は多少ずれるが、青森からみて弘前くらいの距離の範囲に、久留米市や鳥栖市、佐賀市など九州北部の主要都市がある。

直線距離にすれば横浜町の位置に北九州市があることになるが、陸奥湾を迂回しない分の実距離が短くなるので、北九州市は野辺地付近にあると思えばよいだろうか。

福岡を中心とした狭い範囲に、政令市の北九州や、佐賀・久留米等の県庁所在地級の都市が複数ある上に、福岡市だけでも150万の人口を涵養するのだ。
恐るべし、福岡。

◆ 札幌(北海道)との比較

順番は最後になったが、いよいよ吾等が北日本の人間にとっての都、北の195万都市・札幌市との比較である。

これまでは、PC版の記事枠内に収まるように図を配してきたが、あえて、同一縮尺のまま枠外にはみ出させることにした。
(スマホ版だとうまくいかないんだがな)

やはり、北海道のスケールのデカさを表してやるしかない。

aomorionsapporo


青森県、ちっちぇ。


青森市を札幌市に重ねると、新千歳空港は旧十和田湖町付近である。

福岡市の場合、福岡空港から地下鉄2駅で博多駅に出られるが、札幌市の空の玄関口・新千歳空港は、福岡でいえばうきは市の山中のような距離感だ。
いくら北海道のスケールがでかいとはいえ、札幌から新千歳までの遠さはなんとかならんものか。
(かといって丘珠を拡張するのも難しそうだし・・・)


それより札幌市から見た留萌市の位置、青森市から見れば北海道の旧戸井町くらいの位置だ。
旭川は尻屋崎のはるか沖合、ニセコも旧岩崎村付近か。

札幌市に比較的近い小樽市でさえも、青森市との位置関係でみれば旧車力村のような距離か。


やっぱ北海道、でっけぇな。



以上、青森県の大きさを全国各地と比較してみる、でした。



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2016年02月07日

国道230号中山峠方面⇔道北各方面 札幌市内通過最速ルートの分析

当ブログでは国道230号中山峠方面と、札幌市街を介して道北方面へ行く最速ルートについて数回に分けて分析してきた。


国道231号石狩・留萌方面へ抜ける最速ルート

国道275号または道央自動車道で、石狩川右岸の浦臼・沼田方面や道央道沿線の各都市へ抜ける最速ルート

国道12号石狩川左岸の岩見沢・滝川方面へ抜ける最速ルート



の主に3つである(リンク先参照)。

国土交通省の平成22年道路交通センサスを用いて算出したので、センサスに載っていない市道・農道・臨港道路その他の私道は対象としていない。
よって、他にもっと速い抜け道がある可能性はあるが、あくまでもセンサス対象路線を用いた場合の最速ルートとしてみてもらえればと思う。


さっそくだが、各最速ルートを下の図にまとめてみた。

赤線が国道
緑色の線が主要地方道の北海道道
青緑の線が主要地方道の札幌市道
黄線が一般道道で、
それぞれの太線が、最速ルートを構成する路線である。

また、青線が有料道であり、二重線は高速道路である。

国道230号⇔札幌市街通過⇔道北方面 ルート図
地図はクリックで拡大します。



それぞれの最速ルートだが、豊平川の土手を一方通行するため上下線で距離が異なる豊平川通(真駒内篠路線)を、必ず通過することになる。
豊平川通を含むと計算が複雑になるので、下記のように各最速ルートの両端の交差点5か所を「札幌」の基準地点として設けたい。

国道230号方面南35西11
国道231号方面北1西1
国道275号方面東苗穂1-3
国道230号方面札幌IC
国道12号方面白石本通13南


今後、道北方面への最速ルートを計算していく際には、各ルートの札幌の基準地点としたい。


上の地図にも数値は載せてあるが、各ルートでの札幌市街地通過のデータを載せておこう。

(R230)南35西11⇔北1西1(R231)距離平均旅行速度所要時間
真駒内篠路線(豊平川通北行)6.7km30.8km/h13分03秒
真駒内篠路線(豊平川通南行)7.3km28.5km/h15分21秒
(R230)南35西11⇔東苗穂1-3(R275)距離平均旅行速度所要時間
豊平川・南7条米里通(豊平川通北行)10.6km27.8km/h22分54秒
豊平川・南7条米里通(豊平川通南行)10.7km26.5km/h24分14秒
(R230)南35西11⇔札幌IC(道央道)距離平均旅行速度所要時間
豊平川・南7条米里通(豊平川通北行)11.2km27.4km/h24分33秒
豊平川・南7条米里通(豊平川通南行)11.3km26.2km/h25分55秒
(R230)南35西11⇔白石本通13南(R12)距離平均旅行速度所要時間
豊平川・道道453号(豊平川通北行)9.5km28.1km/h20分17秒
豊平川・道道453号(豊平川通南行)9.8km26.8km/h21分59秒
(いずれも平均旅行速度は国交省のH22道路交通センサス昼間12時間の数値を使用)




いきなり裏高速に足を掬われる国道12号


さて。
国道231号方面へ向かう際の基準地点とした北1西1であるが、これは札幌都心の街割りを東西に分ける地点である。

厳密には、北1西3国道12号の起点になるのだが、札幌都心から国道12号で北上する場合を考えて、北1西1からのルートをみてみよう。

東橋
【Googleストリートビューより引用】

札幌の北1東13の分岐点において、上のストリートビュー画像の標識の「→旭川」の通り、旭川へは国道12号と案内されている。
直進する国道275号方面は「↑月形 当別」。旭川の文字は無い。


札幌都心をスタートした国道12号は終点の旭川市へ向けて北東に進路をとる・・・と思わせておいて、苗穂駅近くの北1東13(東橋)南東に向かってしまう。

大谷地まで白石区内の国道12号は、南側の豊平区内を行く国道36号と並行しているのである。国道36号といえば千歳市、苫小牧市を経て室蘭市に行く国道であり、国道12号は札幌市内では迂遠しているのだ。


この国道12号の迂遠ルートに対するように(?)、国道275号北1東13からそのまま北東方向へ伸び続けていく。

国道275号は江別市の角山で石狩川の左岸堤防に達する。
角山から国道275号は新石狩大橋で対岸の当別町方面へと伸びていくが、石狩川左岸を上流に向かって行く国道337号も分岐しており、こちらは江別市の王子国道12号に再合流する。





国道275号国道337号のリレーの方が速いんじゃないの?


計算したらその通りだった(結果は、一番最初に出した地図上に記載)。

北1西1王子で距離19.8km、所要時間はほぼ30分。

距離で国道12号経由より2.6km短く、所要時間で15分も早かった。


白石や新札幌副都心、大麻、野幌、高砂と江別まで市街地が連続している国道12号の流れが速いわけがなかった。
国道275号は札幌新道を越えれば郊外然としてきて、東雁来から豊平川を渡ればあっという間に田園風景に変わってしまう。

道内では裏高速なんて呼び方もあるという国道275号(それだけに道警の取締も厳しいらしいが)、やはり速かった。

南35西11王子国道12号国道275号を比較


というわけで、国道230号南35西11からだと国道275号国道12号のどちらが王子に早着するのか、計算してみた。


南35西11江別市王子交差点 ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
南7条米里通・275号(豊平川通北行)26.3km37.2km/h42分26秒
南7条米里通・275号(豊平川通南行)26.4km36.6km/h43分15秒
道道453号・12号(豊平川通北行)25.2km30.9km/h48分52秒
道道453号・12号(豊平川通南行)25.5km30.4km/h50分21秒


計算の結果、豊平川通南7条米里通国道275号の組み合わせの方が速いという結果が出た。

距離では1kmほど遠回りになるが、それでも平均旅行速度が速く、5分以上の短絡ができるようだ。

もっとも、南7条米里通が渋滞したりすればこの通りにはいかないだろうから、交通情報を聞きながら速そうな方を選ぶのが賢明だろうか。


江別市内でも大麻や野幌など札幌寄りの方なら、道道453号国道12号で良いだろうが、江別以北の国道12号沿線に行くのなら東苗穂1-3から国道275号が速いというのが、H22道路交通センサスによる計算結果だ。



数回にわたった札幌市街通過最速ルートの分析も一段落。

次回以降、稚内目指して最速を求めるルート比較を行っていきたい。

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2016年02月02日

国道230号⇔国道12号連絡ルートの分析

前回の記事で、国道230号(中山峠方面)国道275号および道央自動車道 札幌ICへの最速ルートを分析した。

H22道路交通センサスの数値を用いれば、いずれも豊平川通(真駒内篠路線)南7条米里通(旭山公園米里線)の組み合わせが良いだろうという計算結果であった。

今回は、いよいよ国道12号へのリレーだ。


札幌南部道路図
地図はクリックで拡大します。



おなじみの地図だが、中山峠方面から国道230号で来た場合、国道12号へ出るルートとしては、2本の候補に絞りたい。

というのも国道12号側の基準点になりうるのが、道道453号(白石藻岩通)と交差する白石本通13南ぐらいしか見当たらないのである。

白石本通13南より札幌都心寄りであれば、計算すべき地点は道道89号(環状通)と交差する白石中央1-7になってしまい、旭川など道北方面へ向かうには遠回りになってしまう。
道道89号(環状通)の平均旅行速度は、距離で短い道道453号(白石藻岩通)よりも遅いため、勝ち目がない。

都心寄りがだめならと旭川寄りの地点を選ぼうとすれば、新さっぽろで接続する道道1138号厚別平岡線(厚別中央通)との交点になるが、これを使うためには清田区の美しが丘まで国道36号を南下する必要があり、これも大迂遠ルートだ。



このような理由から、国道230号国道12号の連絡には道道453号(白石藻岩通)を使用するものとする。


白石本通13南に行くにあたっては、国道36号と交差する月寒中央通10からケーズデンキ月寒ドーム前を通過する所は必ず通過するものとするが、月寒中央通10までのルートは2本ほどある。


一つは、豊平川通(真駒内篠路線)から道道453号(白石藻岩通)に入るルート。
(国道453号など競合する他ルートより速いという計算結果は、前回までに算出済みである)

もう一つは、道道82号西野真駒内清田線を使い、札幌ドームと月寒中央通10の間を国道36号で移動するルート。
(蛇足だが、「北の国から'89帰郷」で、れいちゃんが働いていたロイヤルホスト前を走るコースだ)

国道230号から道道82号が分岐する月寒中央通10からケーズデンキ月寒ドーム前を通過する所は必ず通過するものとなるが、川沿アンダーパス交差点と、月寒中央通10の間で2路線をまずは比較したい。
これで速い方が、白石本通13南への連絡も速いことになる。


川沿アンダーパス⇔月寒中央通10 ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
豊平川・道道453号(豊平川通北行)7.9km31.0km/h15分16秒
豊平川・道道453号(豊平川通南行)8.2km29.3km/h16分47秒
道道82号・国道36号8.4km28.1km/h17分57秒




計算の結果、豊平川通(真駒内篠路線)道道453号(白石藻岩通)の組み合わせの方が速いという結果が出た。

が、あくまで道路交通センサスに載っている路線の組み合わせしか使っていない。


道路交通センサスに載っていないルートとして、有力そうな道は他にもある。



一例を挙げれば、水源地通
西岡3-8⇔西岡3-1を、この水源地通で走ることが出来れば豊平川通(真駒内篠路線)国道36号経由より速く、道道453号(白石藻岩通)に出ることが出来そうである。
4車線道路で、流れが著しく遅いという事もなさそうだ。


もう一つは、札幌ドームから国道36号を突っ切って国道12号まで行ってしまう向ヶ丘通
ラウンドワン白石本通店や焼肉徳寿白石店付近の信号のない丁字路にて国道12号に接続する道路だ。
2車線道路の為、札幌ドームでのファイターズ戦やイベント時には渋滞が激しいようだが、距離だけなら相当に優秀な数値を出しそうだ。


抜け道を知っている道民の方から「もっと速い道がある」という声が上がりそうだが、あくまで道路交通センサスに載っている道路で算出した、ということを改めて書いておきたい。

センサス非掲載・大谷地の連絡道路を用いて独自に算出をする

道路交通センサスに載ってない道路は使わないと言っておきながら、結局使うとは何事かと言われそうだが、ご勘弁ください。


センサス非掲載の道路を使いたくない理由は、何といっても数値の信頼度が落ちることにある。
それでも、掲載道路の新規延伸区間などであれば、前後の数値を代入するなどの手法で、ある程度、信頼度が高まる数値を求めることもできよう。
だが、前述の向ヶ丘通や水源地通となれば、僕の想像でしか数字を算出できない。

が、非掲載道路の距離がきわめて短いのなら、独自の数字を当てはめてもある程度の信頼度は出せるかもしれない。

大谷地の連絡道路を使う、と言い出したのは、そのような理由からである。
大谷地付近拡大図
地図はクリックで拡大します。



まずは上の図を見て頂こう。


これは白石区との境に近い、厚別区大谷地の地図である。

ご覧の通り、大谷地西2の交差点で道道3号国道12号が札幌市道を介し約50mという極めて短距離まで接近する。
しかし、その連絡する市道は道路交通センサスに載っていない道なのである。

これを見て、どうしても例外として使いたくなってしまう。

幸い(?)、このすぐ付近に、道路交通センサスの算出基準地点たる白石区・厚別区 境がある。
この存在は精度が上がるというものである!

この白石区・厚別区 境から国道12号大谷地交差点までの0.3kmを仮算出し、道道3号(南郷通)を使って大谷地で国道12号に出る短絡コースの計算を行うのである。
白石区・厚別区 境大谷地西2の間は0.2kmとし、そのまま道路交通センサスの前後の区間と同じ値である27.6km/hをあてる。
次の、大谷地西2から大谷地までは距離は0.1kmとするが、信号を介することと、4車線道路である国道12号に信号のない交差点で右折しないといけない構造を考慮し、平均旅行速度は極めて遅めの10.0km/hと仮定したい。

そうした条件の下、道道453号(白石藻岩通)南郷通南14交差点から、大谷地交差点まで、白石本通13南経由で国道12号で行くのと、道道3号(南郷通)で直接行くのとを比較したい。


南郷通南14大谷地交差点 ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道12号(白石本通13南)経由2.7km29.4km/h05分30秒
道道3号(南郷通)経由2.4km26.8km/h05分22秒



ああ……
なんとも微妙な差だ。。。

距離で短絡可能だが、8秒差という時間をどう評価すればよいのだろう……

国道12号は車線数が4で迂遠するのに対し、道道3号車線数が6で距離も短いので、もっと差がつくと思っていた。
ならば信号の数の差だろうか。

道路交通センサスでみると国道12号は11か所、道道3号は12か所のようだ。
遠回りする国道12号の方が信号の数が少ないのだ。
事実、国道12号の区間では平均旅行速度が32km/hを越えており、これは道道3号より5km/hほど速い。

やはり、信号が少ない程、流れは良いのだ。
信号の連携次第では、白石藻岩通⇔大谷地に限っては、遠回りでも白石本通13南経由で国道12号で行った方が速いかもしれない。
(もっとも、札幌都心に近づくにつれ国道12号が迂遠する距離が長くなり、平均旅行速度でも低下するので、都心部なら南郷通でよいだろう。)



まあ、普通に、道道453号(白石藻岩通)で白石本通13南を経由するのを最速ルートにしておこうかな。


これで、道南から国道230号で札幌に来た場合に、国道231号国道275号国道12号道央自動車道 札幌ICのそれぞれへ最速で連絡するルートが確定した。
次回の記事で、札幌通過の最速ルートの総括をしてみたい。



今回はこの辺で。

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2016年01月28日

国道230号⇔国道275号・道央道旭川方面連絡ルートの分析

前回の記事で、札幌市南部を東西に走る道道453号(白石藻岩通)道道89号(環状通)に出る場合にも、豊平川通こと真駒内篠路線に速達性があることを確かめた。

真駒内篠路線の速達性は、札幌市南部において2本の国道(230号、453号)のいずれをも凌ぐ結果が出たのだ。

今回の記事では、その真駒内篠路線を用いることに主眼を置き、道央自動車道 札幌ICおよび、国道275号への最速ルートを算出していきたい。


札幌南部道路図
地図はクリックで拡大します。


南35西11⇔札幌ICのルート比較


中山峠方面から国道230号を北上してきて、豊平川通(真駒内篠路線)に接続する南35西11を起点に、札幌ICまでのルートを比較したい。


ひとつは、豊平川通(真駒内篠路線)を利用し、南大橋のたもとで同じ主要地方道・札幌市道9901号・旭山公園米里線(南7条米里通)とリレーするルートだ。

対するは、南19条大橋のたもとで道道89号(環状通)とリレーするルート。


前者は、札幌都心に近づくものの豊平川の川筋と近いカーブを描き、比較的短距離で結ぶ。
後者は、環状線ゆえ郊外に膨らむ分、距離は長いが都心から離れた場所を結ぶ。


両者の計算結果は下記のようになった。


南35西11⇔札幌ICルート比較表



経由ルート距離平均旅行速度所要時間
豊平川・南7条米里通(豊平川通北行)11.2km27.4km/h24分33秒
豊平川・南7条米里通(豊平川通南行)11.3km26.2km/h25分55秒
豊平川・89号環状通(豊平川通北行)11.9km27.3km/h26分09秒
豊平川・89号環状通(豊平川通南行)12.2km26.6km/h27分30秒




ご覧の通りで、札幌ICへ最速でリレーするのは、豊平川通(真駒内篠路線)南7条米里通(旭山公園米里線)のルートだ。


道道89号(環状通)は、美園と白石中央の間で平均旅行速度が10km/h台まで落ち込んでしまう。
この区間は、札幌市内でも有数の交通量である国道36号(月寒通)道道3号(南郷通)国道12号(札幌江別通)を相互に結ぶ区間で、いかにも混みそうだ。
いずれもHBCなりSTVなり北海道のラジオを聞いていれば、交通情報でよく聞く渋滞している通りの名前だ。

まあ、札幌くらいの大都市になれば刻一刻と渋滞状況も変わる訳だから、その都度都度の道路状況をみながら走り分けるのがベストかとは思うが。


南35西11⇔東苗穂1-3のルート比較


次は、高速は使わずに一般道の国道275号で北上するためにどのように札幌市を抜けるかの検討だ。

こちらは道道89号(環状通)国道275号が交差する東苗穂1-3を終点として比較したい。

ただ、札幌ICまでの計算で、道道89号(環状通)より南7条米里通(旭山公園米里線)が速いという結果が出ている。
ということは、道道89号(環状通)菊水元町6-1までのルートも南7条米里通(旭山公園米里線)の方が速いということだ。

よって、環状北大橋の区間のみ道道89号(環状通)を使って東苗穂1-3に出る形で、豊平川通(真駒内篠路線)南7条米里通(旭山公園米里線)を使うルートがまず第一候補。

もう一つのルートは、豊平川通・創成川通(真駒内篠路線)北1西1まで出て、北1条(国道12号・275号)で行くルートだ。

どちらが速いか、計算結果は下表の通り。


南35西11⇔東苗穂1-3ルート比較表



経由ルート距離平均旅行速度所要時間
豊平川・南7条米里通(豊平川通北行)10.6km27.8km/h22分54秒
豊平川・南7条米里通(豊平川通南行)10.7km26.5km/h24分14秒
豊平川・北1条(豊平川通北行)11.3km27.7km/h24分30秒
豊平川・北1条(豊平川通南行)11.6km26.9km/h25分50秒



やはり国道230号⇔275号を最速でリレーするのも、豊平川通(真駒内篠路線)南7条米里通(旭山公園米里線)の組み合わせか。



もっとも、道路交通センサスに載ってない速そうな道は他にもある。

たとえば、苗穂⇒水車町方向に限って言えば、センサス対象外の豊平川右岸の土手道を使うことも出来る。
国道12号(東橋)から右岸へは右折禁止なので使えないが、一本上流の水穂大橋(市道・南郷通)なら右岸土手へ右折可能だ。
これを使えれば、速そうだ。

こりゃあ、札幌市民から豊平川通の南北延伸の要望が出てきて、札幌市も具体的に検討するわけだ。

あくまで道路交通センサスに載ってる道路のみを対象に計算しているので、抜け道を駆使すればもっと速く札幌都心を通過できるルートは他にあるだろう、ということは書いておきたい。


豊浦から中山峠を越え、札幌から道央道に再度乗るはお得なのか?

かつて、道央道を使って函館⇔札幌を移動する場合の最速ルートを検討した。

その時は、札幌南ICを利用することを前提に計算した(札幌ICは旭川方面にしか使えないため)。

長万部 札幌
地図はクリックで拡大します。


計算の結果、道央道を走り続ける方が24秒早着という答えを導き出した。
しかし、道央道のみだと室蘭・苫小牧を迂遠する距離が50kmにも及ぶことを勘案し、豊浦IC以北は一般道で、国道230号で中山峠越えが最適だろうという結論を出した。


前回は国道230号で札幌市内を縦断するルートだったが、今回は豊平川通・南7条米里通を用いる。
その上で、函館から札幌以北の道央道沿線に行く場合、国道230号・中山峠がよいのか、道央道のみが良いのか、比較していきたい。

まずは、函館から札幌ICまでの所要時間を比較しておこう。
函館の起点は前回同様、国道5号起点の函館駅前とし、豊浦ICまでは函館新道道央道を使った。



函館駅前⇔札幌ICルート比較表



経由ルート距離平均旅行速度所要時間
道央道 室蘭経由304.1km81.1km/h3時間44分53秒
230号中山峠(豊平川通北行)260.6km66.3km/h3時間55分58秒
230号中山峠(豊平川通南行)260.7km66.2km/h3時間56分18秒
寿都・岩内 札樽道経由273.5km66.9km/h4時間05分18秒


まあ、こんなん出ました。

道央道 室蘭経由で行くと、距離で40kmの迂遠になることもあり、所要時間では11分前後しか短縮できない。

国道230号・中山峠が良いような、でも道央道の方が絶対に走りやすいし、迷いどころ。


もう一つ、高速料金で比較してみるか。

豊浦札幌の間を、一般道で行った場合と、道央道 室蘭経由で走り続けた場合の料金比較だ。

道央道通行料金


料金で比較しても、国道230号・中山峠経由の方がお得だ。

そうだ、札幌近郊は料金均一制を採っているんだった。
札樽道・札幌西⇔道央道・札幌南では、かつての首都高速阪神高速と同様、利用する区間に関わらず均一料金なのだ。

もう、札幌都市高速みたいなもんなのだ。


この料金均一制区間を挟む影響か、ターミナルチャージ(鉄道やバスで言う初乗り運賃)が大沼公園IC札幌ICの2回になっても中山峠経由の方が安い結果になったようだ。


しかし、こうしてみると、札幌の料金均一制区間を挟むことによって、料金が割高になるのがよくわかる。

道央道・大沼公園⇔士別剣淵の距離は443.5kmで、これは偶然にも東北道・二本松⇔青森の距離と全く同じだ。

同じ443.5kmで前者の通行料金は10,660円、後者は9,340円だから、1,320円の開きがある。
これ、料金均一区間の料金(410円)より高いじゃないか(笑)

ちなみに青森ICから10,660円で行ける所は、10,500円で509.8km先の白河IC(福島県)か、40円ほど足が出るが519.0km先の那須高原SIC(栃木県)だ。


こういう状況を鑑みると、長万部−小樽間の後志自動車道は早く完成してほしくなるところだな。

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2016年01月25日

国道453号は豊平川通や国道230号の代替路になるか?

前回の記事で、札幌都心を南北縦断するには国道230号より豊平川通こと真駒内篠路線に速達性があることを確かめた。

石狩川右岸を行く国道275号、石狩川左岸を行く国道12号道央自動車道へ最速でリレーするルートを計算する前に、今日は国道453号について分析を加えたい。

国道453号は、札幌市と伊達市を結ぶ。

伊達市は、洞爺湖町に隣接する噴火湾沿いの都市だ。
起点と終点の地名だけ聞くと、札幌から洞爺湖に出る国道230号の代わりにも使えそうな並行道路の雰囲気があるが、実際のところは支笏湖方面へ迂遠する道路なので、道南⇔道央の短絡路としては不向きだ。

それでも、札幌市内に限って言えば豊平区から南区石山付近にかけて国道230号と近いところを走っていて、代替路として検討をする余地がありそうだ。
今回は南の方から順に、路線の比較を行った。

札幌南部道路図
地図はクリックで拡大します


石山1-6⇔真駒内上町1での比較

中山峠方面から定山渓を経て札幌都心を目指してきた国道230号は、南区の石山1-6交差点までは概ね豊平川沿いの1本道である。
石山1-6交差点では、石山大橋開通前の旧国道230号である札幌市道の通称・平岸通が分岐する。

旧国道230号(平岸通)を進むと、石山1-2交差点国道453号に接続できる。
だが、残念なことに旧国道230号(平岸通)は道路交通センサスの対象外の道路だ。

この旧国道230号(平岸通)を用いて計算することにしたが、センサス対象外路線である以上、あくまで当ブログの推計値での話になる。

勝手ながら、石山1-6交差点から石山1-2交差点までの距離は2.1km、上下線平均旅行速度は30.0km/hと仮定した。

※よくみたら最下段に掲載されており、仮定値と同じ30.0km/hでした。

国道453号ルートは、旧国道230号(平岸通)石山1-2以北の国道453号を使用して真駒内上町1交差点まで向かう。
ただし、国道453号には石山1-2交差点という区切りがない。
そのためやむを得ず、真駒内上町1交差点までの国道453号の平均旅行速度は、真駒内上町1交差点⇔常盤6-1の数値(38.8km/h)を用いる。


もう一方の比較対象路線であるが、国道230号道道82号西野真駒内清田線(五輪通)だ。
現道の国道230号川沿アンダーパス立体交差まで進み、五輪大橋真駒内上町1交差点に行くルートである。
こちらは、H22道路交通センサスの値をそのまま使用している。



石山1-6⇔北1条西1ルート比較表

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
旧230号・国道453号5.9km35.7km/h09分55秒
国道230号・五輪通5.4km32.6km/h09分57秒


……2秒差。

まあ、あくまで推計値での計算である。
それに、国道453号の平均旅行速度は、郊外寄りの常盤方面の数値を使用したのだ。
郊外の数値は高速になる傾向があるので、実際の平均旅行速度はもう少し遅いだろう。

おそらく、旧国道230号(平岸通)を使うより、国道230号(石山大橋)五輪通(五輪大橋)で行く方が、石山1-6⇔真駒内上町1では速いだろう。


川沿アンダーパス⇔平岸での比較

さて、札幌市南部を放射状に走る主要道路を結ぶ路線として、道道453号西野白石線(白石藻岩通)道道89号札幌環状線(環状通)がある。
この2路線に向かう場合はどうか。

川沿アンダーパス立体交差を起点に、五輪大橋経由で国道453号を使うルートと、国道230号南35西11まで走って豊平川通を使うルートを比較した。



川沿アンダーパス⇔平岸3-14ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
五輪通・国道453号4.7km25.4km/h11分05秒
真駒内篠路線(豊平川通北行)5.3km35.0km/h09分05秒
真駒内篠路線(豊平川通南行)5.4km32.8km/h09分52秒


まずは、道道453号(白石藻岩通)に接続する平岸3-14交差点までの比較だ。
ご覧の通り、距離だと国道453号に分があるが、いかんせん流れが悪い。

流れの速い豊平川通に負けてしまった。

次は、道道89号(環状通)に接続する平岸2-9までの比較。



川沿アンダーパス⇔平岸2-9ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
五輪通・国道453号5.2km24.8km/h12分34秒
真駒内篠路線(豊平川通北行)5.9km34.8km/h10分11秒
真駒内篠路線(豊平川通南行)6.2km33.1km/h11分15秒



これまた豊平川通の方が速いという結果。


なるほど。

国道230号中山峠方面から東西に走る道道453号(白石藻岩通)道道89号(環状通)に出るにしても、真駒内篠路線か。



以上のように、国道453号を使うことで短絡性があるとは考えにくい結果になった。

豊平川通(南行)を来た場合、真駒内本町4の交差点を左折して国道453号に出たくなるような線形だが、急がば回れか、素直に南35西11に出る方が速いようだ。


豊平川通(真駒内篠路線)、速し。

国道453号、出る幕なしか。


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2016年01月22日

豊平川通・創成トンネル利用での札幌都心南北縦断ルート分析

当ブログでは過去に函館⇔札幌の最速ルートの分析を2回ほどしている。
高速道路を併用する場合も、一般道のみの場合も、豊浦から中山峠経由で国道230号で札幌に入るのが最速だという結論に至っている。

その国道230号だが、札幌都心が近づくにつれ、昼間12時間の上下線平均旅行速度が10km/h台に落ち込む区間が出てくる。
これも東京以北最大都市・札幌の宿命だとは思うが、代替路は無いものかと道路地図と道路交通センサスをにらめっこする日々が続いた。

碁盤目状に整備された札幌には、国道230号と並行する道路が何本もあるが、ふつうの札幌市道は道路交通センサス対象外だ。
並行道路の中には流れの速い市道もあるのかもしれないが、センサス対象外なのでは計算のしようが無い。
そんな時に、道路交通センサスにある主要市道の名前を発見した。


−9900号 真駒内篠路線−



そうだ、札幌は政令指定都市だから、主要地方道に指定されている札幌市道が何本かあるのだ。
主要地方道なら道路交通センサスの対象だ。

札幌市南部の真駒内と、北部の篠路という地名をみて、札幌市街地を南北に縦断している路線だろうとは見当がついたが、いかんせん、どの通りなのかすぐにはわからなかった。
国土交通省の地理院地図は主要地方道なら黄色い色つきの線になるのだが、札幌市道には色がつかない。
やっとの思いで、北海道開発局の道路管内図から、真駒内篠路線の正体が豊平川通創成川通の一部だとわかった。
「豊平川通」


その名の通り、豊平川沿いに真駒内と中央区南7条を結ぶ道だ。
左岸の土手を北上するのが下り線、右岸の土手を南下するのが上り線で、2車線一方通行の道路だ。
南7条からは創成川通となり、北1条西1で国道5号(創成川通)国道12号に接続している。

これまでに扱ってきた函館⇔札幌の最速ルートの基準点も、札幌市の北1条西1交差点だ。
「もしかして、国道230号より豊平川通の方が速いんじゃないの?」と思い、再度、計算をしてみたのである。




南35西11⇔北1条西1ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道230号(石山通)7.0km22.7km/h18分29秒
真駒内篠路線(豊平川通北行)6.7km30.8km/h13分03秒
真駒内篠路線(豊平川通南行)7.3km28.5km/h15分21秒


あら!やっぱり!

豊平川通創成川通で行く方が、国道230号で行くより速いのだ。

右岸を行く分の距離がロスになるので、豊平川通南行は距離が7.3kmと最長になるが、それでも平均旅行速度国道230号を上回り、速達効果が出た。
左岸を行く豊平川通北行に至っては距離でも国道230号より短絡し、所要時間は5分以上も短縮した。


首都圏でも多摩川や荒川、江戸川の土手道は速かったりするが、やはり大都市圏において土手道の存在感は大きい。
土手道が速い傾向にある理由は、なんといっても接続・交差する道路が少ないからだろう。

H22道路交通センサスによれば、南35西11⇔北1条西の信号交差点の数は国道230号43か所に対し、豊平川通北行13か所豊平川通南行17か所しかない。
国道230号と比較しておおむね3分の1という信号の少なさが、真駒内篠路線平均旅行速度の速さに作用したのだろう。


これはまさにウホッ!いい道という感じだが、上下で分かれているので計算は面倒くさくなったぜ……
計算は複雑化したが、無視できない事情がある。


そろそろ、札幌市南部の主要路線図を載せておく。

札幌南部道路図
地図はクリックで拡大します


中山峠経由で来た場合、国道230号であっても真駒内篠路線であっても、札幌都心を通過する。
札幌以北を日本海沿いに国道231号で北上しようと考えれば、どちらのルートでも札幌都心縦断が不可避なのだ。

ススキノや大通といった全国屈指の巨大繁華街を擁する南4条付近から北方面へ抜ける区間は、いずれの路線も混雑や渋滞が激しい。
ニッカウィスキーの看板でおなじみのススキノ交差点(南4条西4)から、大通公園を横切って北1条西4交差点まで0.7kmの国道36号の平均旅行速度は9.8km/hしかない。
国道36号は700m進むのに4分17秒もかかる計算なのだ。

これを通過するのが嫌で、わざわざ寿都・小樽経由ルートも計算してきているのだが、真駒内篠路線というか創成川通には凄いものが存在する。

創成トンネル
創成トンネル南側坑口(Googleストリートビューより引用)


創成川通の南5条から北3条にかけて、真駒内篠路線国道5号の地下を貫く自動車専用道路・創成トンネルがあるのだ。

開通年度は2009(平成21)年なので、前回の道路交通センサスの時には存在する道路なのだが、残念なことに同センサスでは対象外になっておりデータは無い。
わかるのは距離が1.1kmというデータくらいだが、なにせ自動車専用道路だ。


南7条と北3条のトンネル両端部に信号があるので、その分の減速・停止を差し引いて、南4条から北1条までの0.7kmだけ平均旅行速度60.0km/hとして計算してみたい。
それ以外は既存の地上の道路の数値を用い、南7東2から北7西1までの所要時間を算出してみた。



創成川通南5条⇔北3条 創成トンネル/地上部平面交差 推定比較


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
創成トンネル経由2.0km29.9km/h04分01秒
創成川通 地上部2.0km16.0km/h07分29秒


あくまで独自算出だが、創成トンネルで札幌都心を通過すれば、従来のさっぽろテレビ塔前を行く創成川通より3分半程度は短縮できそうなのだ。

南35西11から北7西1まで札幌都心南北縦断をする場合、従来の国道230号・5号で行く場合と、真駒内篠路線(豊平川通・創成川通・創成トンネル)で行くのを比較するとどうなるか。



南35西11⇔北7条西1ルート比較表




経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道230・5号7.8km21.8km/h21分28秒
創成TN(豊平川通北行)経由7.5km32.7km/h13分45秒
創成TN(豊平川通南行)経由8.1km30.5km/h15分55秒


豊平川通創成トンネルを使えば、国道230号・5号を行くより、5分半から7分以上も短縮できるじゃないか。

こりゃあ、日本海沿いに国道231号で北上する場合において、寿都・小樽経由ルートに勝ち目がなくなりそうな展開だ。
もう寿都経由の計算やめたくなるわ。


創成トンネルの欠点があるとすれば、北1条に接続する出入口がないので、国道275号で北竜方面へ北上する場合には使えないことか。
国道275号にリレーするつもりなら、トンネルを使わずテレビ塔前経由で地上部を進まないとならない。



さてさて。

今回は函館方面から国道230号で札幌入りした場合、豊平川通創成トンネルを使うことで、国道231号方面へ向かう短絡効果が出ることを確認した。

札幌から道北方面へ向かうには、日本海沿いの国道231号のほか、石狩川右岸を行く国道275号、石狩川左岸を行く国道12号道央自動車道がある。
次回は、それぞれのルートへリレーする場合の、札幌市街の最速通過ルートを算出していきたい。

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2016年01月18日

1月18日の日記

突然だが、下のグラフをみてほしい。

graph1

時系列はA期⇒B期⇒C期と進むもの。

何の値かよくわからないが、青い棒グラフの値はA期で15だったのがC期には57に上昇。
ついでに、赤い折れ線グラフの値もA期では405だったのがC期には488に上昇。


一見、時系列を追って共に数値が高くなる青い値赤い値には、
関連性がありそうにみえる。



たとえば、子供の成長で考えれば、身長の伸び体重の増加には関連があるだろう。
グラフに落とせば、上のグラフに似たような右肩上がりの形になるかもしれない。

ただ、400から500ある数値を見れば、このグラフが子供の身長でも体重でもなさそうだというのはわかるだろう。

このグラフが何を示すかは後半で。
さて、「『荒れる成人式』と『大学進学率』の関係」という記事がYahoo!に出ていたのだけれど、久しぶりに笑った。

書かれたのは大学ジャーナリストの石渡嶺司さんという方。

消えちゃうと困るので、下記に記事内容を引用(コピペ)。

もう、すっかり成人式と言えば、「荒れる」「ケンカ」「大騒ぎ」「派手」などが枕詞になってしまいました。
私はこの成人式、大学進学率の上昇が関連している、と考えます。
成人式は、埼玉県蕨町(現在の蕨市)が1946年に実施した、青年祭・成年式が起源、と言われています。
「成人式は、今日、国民の祝日として定着していますが、その起源は蕨町の行った第一回青年祭に由来するとされています。 『成年式発祥の地記念像』は市制施行20周年と成人の日制定30周年を記念して昭和54年1月15日に城址公園に建立されました」
(蕨市サイト)
当時の開催要項(蕨市サイト)によると、
町長式辞、来賓式辞(埼玉県選出代議士、県議)の他、「文部大臣の青年に與ふる言葉」「埼玉県知事の青年に與ふる言葉」
などがあります。
なお、当時の成年式開催日は11月22日。青年祭自体は、22日から24日まで、模擬店、芸能大会、産業展示会などがあった、とあります。
この成年式が1949年、1月15日を成人の日、として制定され、多くの自治体ではこの日に成人式が開催されることになります。
そして、2000年、ハッピーマンデー制度(祝日法改正)で、1月15日から1月第二月曜日に移行。
第二日曜か第二月曜のどちらかで開催する自治体が大半です。
ただし、自治体によっては、
・正月三が日開催(青森県鶴田町、栃木県大田原市など)、
・夏開催(秋田県小坂町、鹿角市、長野市の一部など)
などもあります。
夏や正月三が日に開催するのは、「集まりやすい」「冬だと雪で交通機関がストップすることが多い」「お盆休みや正月休みにやった方が出席率が上がる」などの理由があるようです。
さて、この成人式、1970年代ごろまでは高卒で働いている成人の出席者が大半でした。
その後、大学進学率が上昇。高卒者のうち、それまでトップだった「就職」が「大学等進学(現役)」に譲るのは1993年のことです(就職率33.1%、進学率34.5%)。
※出典は文部科学省「学校基本調査」
※読者のご指摘をいただいて文献を明記しました(2016年1月12日)
その結果、大学受験浪人はセンター試験当日か、直前ということもあって出席できなくなりました。
このあたりから、おとなしかったはずの出席者が暴れるようになり、1990年代から「荒れる成人式」が定着してしまいます。
これは、「大学進学率が上がり、受験浪人は参加しづらい」「大学進学者も、地元外の大学進学者だと、日程によっては後期日程が始まっていて参加できない」などが影響しています。
さらに、「同窓会」化すると、暴れないまで行かなくても、来賓挨拶をきちんと聞かない参加者も増えてしまいました。
これも、大学の講義を聞かなくても怒られない事例が影響しているのではないでしょうか。
こうした事例から、「荒れる成人式」「いまどきの20歳はバカ」と結論付けることは可能です。
ただ、来賓挨拶が続くだけの式が本当に成人のためになるのか、というのはちょっと疑問です。
来賓や21歳以上のための成人式なのか、それとも20歳・成人のための成人式なのか。
ケンカや無理な飲酒などは論外としても、ど派手な格好をする、同窓会として楽しむなどは別にいいんじゃないか、と思います。
そのためには、無理に来賓挨拶などを入れない別の形が求められているのかもしれません。


引用、以上。



まず、「大学受験浪人はセンター試験当日か、直前ということもあって出席できなくなりました」という点だが、センター試験に臨む浪人が成人式となると2浪ということになろうか。


しかしそもそも、今の日本で、大学に入るために2浪する人の割合が高いとはあまり思えない。

資料ないかなと思ったら、マイナビに良い記事があった。
文部科学省の『学校基本調査』によれば、2013年度は大学学部入学者総数が614,183人に対し、2浪からの合格者は9,195人だったという。
2浪、たった1.5%だ。

もちろん、この方が言いたいのは1990年代の話なので、統計の時期が離れているのであるが、1990年代でも2浪は決して多くないだろう。

大学進学率が上がり、受験浪人は参加しづらい」と書いてるが、そもそも2浪で成人式を迎える人の数はあまり多くないのである。

いきなり、論理が破たんしているような気がするのである。



つぎ。
大学進学者も、地元外の大学進学者だと、日程によっては後期日程が始まっていて参加できない

後期日程・・・・・?
国公立大学二次試験の話か?

国公立大学は前期日程が毎年2月25日からで、後期は大学によって違うが3月だ。
3月だと、そもそも成人式と関係ないじゃないか。


まあ、前後の文脈から考えれば、この方の言いたい「後期日程」ってのは、いわゆる大学の講義の後期(夏休み以降)のことだろうか。
それなら確かに、「地元外の大学進学者だと、日程によっては参加できない」という論理は成り立つ。

ただ、俺の周りは成人式のために地元に帰った奴、多かったけどな。



まあ、後期日程についてのツッコミはこの辺にして。


大学進学率が就職率を逆転した時期「荒れる成人式」が定着してしまった時期たまたま1990年代だったというだけで、この二つって関連性ってないんじゃないの?
さて、冒頭のグラフについて。

こちらはとある地域を対象にした、年代別の平均年収と、血圧異常と診断された人の割合をグラフにしたものなのだ。
(ちょっと出典元は明かせないが)

graph2

日本は年功序列社会といわれることがあるが、官公庁や企業でも、年齢給というものがあって一般的に加齢に伴い年収は増える傾向にある。

で、年をとると体のどこかに異常が出て来るもんで、一般的に加齢に伴い血圧異常の人も増える傾向がでてくる。


だからといって、年収が高いほど血圧異常の率が高いなんて暴論をいう奴はいないわけだ。

若くて高収入の奴もいるし、年寄りでもピンピン健康でいる人もいるというのを誰でも知っているからだ。



たまたま似ている傾向が出ているからと言って、その事象と事象が関連しているとは限らない。


荒れる成人式と、大学進学率の上昇が関連しているなんて、よく言えたもんだ。

この方、"「いまどきの20歳はバカ」と結論付けることは可能"とまで書いてるけど、いまどきの大学ジャーナリストはバカと結論付けたくなるわ。
まあ、ここまで突っ込みどころの多い論理で凄いこと言っちゃう無茶苦茶な人、嫌いじゃないけどね(笑)

とりあえず、Yahoo!と石渡嶺司さんの壮大な釣りに付き合ってみましたよっと。

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2016年01月12日

新宿・八王子(高尾)間 鉄道 駅間輸送量

さて、いつも道路交通センサスで遊んでいる当ブログ、今日は同じ国土交通省が出している大都市交通センサスで遊ぶことにします。

大都市交通センサスを利用することで、3大都市圏(首都圏、近畿圏、中京圏)の鉄道の駅間の利用者数を把握することができます。

今回は、東京都庁が所在する新宿と、東京西部を代表する50万都市・八王子の間の鉄道の輸送量を見ていきたいと思います。


新宿・八王子間の鉄道と言えばJR中央線京王線であります。
前者が中野、吉祥寺、三鷹、立川を経由し八王子に至るのに対し、後者は明大前、調布、府中を経由し京王八王子に至ります。

といっても、多摩地区に土地勘のない方はわからないでしょうから、新宿・八王子間の鉄道網を地図に落としてみました。

新宿・八王子高尾間 鉄道地図
【地図はクリックで拡大します】


こんな感じ。
北側を走るのがJR中央線、南側を走るのが京王線と、沿線で住み分けているようにみえて、ライバル路線でもあります。

新宿に通う八王子市民の需要をめぐって熾烈な競争になっているばかりか、その中間の都市をめぐっても両社は競合関係にあります。
その理由は、京王線の運賃の安さ。
乗換の不便があっても、分倍河原駅や吉祥寺駅を介し、JRから京王線に乗り換えている客は少なくありません。
わたしも金のない学生時代には、京王線のお世話になったものです。

両社の関係についてはこの辺にして、駅間利用者数を見て行きましょうか。


★ JR中央線 新宿−八王子−高尾

まずはJR中央線の方から。
いわゆる中央線快速(特快含む)だと思っていただいて良いのですが、未明・深夜帯の快速が走っていない時間の各駅停車分も含む数値です。

 ただし、三鷹以東で並行するJR中央・総武線各駅停車は除きます。

新宿−高尾間の各駅間の定期券利用者数(片道)を示したのが下の図であります。

中央線新宿高尾
【図はクリックで拡大します】


ご覧の通り、新宿付近では30万人を超える利用者がいます。
八王子に向かうに連れ漸減しますが、吉祥寺で一度、回復に転じます。
吉祥寺では、渋谷⇔吉祥寺間で山手線・中央線を短絡するライバルの京王井の頭線が接続し、同線の利用客が流入してきます。
続いて、三鷹で回復するのは、並行するJR中央・総武線各駅停車の終点が三鷹なので、三鷹より西へ向かう乗客がJR中央線快速に乗り換えて来るからでしょう。
(わたしもそうでしたが、満員電車を避けたくて空いているJR中央・総武線各駅停車に敢えて乗る客も少なくないです)

武蔵境からは再び減少に転じます。
立川を目前に国分寺で微増するものの、新宿−東中野で30万を超えていた利用者数は、国立−立川では18万と2/3未満まで減少しています。

で、立川では8万人近く減。
理由はJR青梅線が分岐して行くからです。
分岐直後のJR青梅線 立川−西立川の利用者数は78,000人に達しています。
それでも、JR青梅線や多摩都市モノレールから八王子方面へ向かうの流入も多少あり、JR青梅線の分がそのまま減るわけでもないのでしょう。

一気に激減するのは、立川から
立川までは利用者数が18万人を超えているのですが、次の日野を過ぎると10万を割り込んで91,000人と、遠田手前では新宿付近の1/3を割るところまで減少します。

八王子になると、前述の通り、ライバルの京王線が出てきますので、おそらくそちらにも客を奪われているのでしょう。

末端の高尾はまた京王高尾線の接続駅でもあり、こちらも西八王子を境にほぼ半減し、新宿直後で30万を超えていた利用者が高尾手前では12分の1の24,000人まで減るのです。



★ 京王線 京王新宿−京王八王子

次はライバルの京王線を。

こちらは高尾までではなく、あくまで京王線ということで京王新宿−京王八王子の定期券利用者数(片道)をグラフ化しました。

京王線新宿京王八王子
【図はクリックで拡大します】


JR中央線よりやや少ない約27万人からのスタートです。
新宿を離れるにつれ漸減という点では、JR中央線と同じです。

こちらの特徴として、代田橋を過ぎるところまで漸減し、京王井の頭線と交差する明大前で一度、大きく回復するのが挙げられましょう。
新宿と並ぶ巨大ターミナルである渋谷から井の頭線で来た乗客が、明大前で乗り換えて来るのです。
明大前では再び27万の大台に乗せ、それどころか新宿−初台を上回り京王線内で最大の乗客数に達します。

それ以降は、本当にきれいに漸減。

調布で、京王相模原線が分岐し、約19万の利用者数が一気に約11万まで激減します。
京王相模原線の調布−京王多摩川の利用者数が約78,000人なので、きれいに別れているようです。

以降、再び漸減。
東府中で10万を割り、高幡不動で5万を割り、京王高尾線が分岐する北野までは35,000近い利用者がいますが、北野を過ぎると京王八王子手前では16,000人と、新宿直後の約1/17まで減ります。

ご覧の通り、JR中央線でも京王線でも、末端の八王子まで来ると大幅に利用者数は減る訳であります。

今回は出していませんが、千葉方面に向かうJR総武線や、熱海方面に向かうJR東海道線でも同じような傾向が出ています。
横浜ですら、品川から末端の横浜に近づくにつれ利用者数が減るのです。

起点に近いほど利用者数が多いというのは、起点に近い方に多くの人が住んでいるからだけではなく、遠方からの積み重ねでどんどん増えた結果でもあると考えるべきでしょう。



そんなわけで、末端区間の利用状況だけをみてどうのこうの騒ぐのはナンセンス極まりないと考えるのであります。

仮に、八王子付近の利用者数だけを考えて、「八王子発着の列車は50,000人も捌ければ十分だ」なんて便数減とか車両数減なんてやろうもんなら、途中の立川や調布などでどんどん増えてくる乗客を捌ききれず、新宿に着く前にパンクするわけです。

しかし、昨年の北陸新幹線開業当初の乗車率47%報道といい、まあ理解できてないマスゴミが多いように思います。
(都合悪くなったのか、後からしれっと内容書き換えたメディアも知ってるよ、東洋K済さん。)

北海道新幹線がらみでも北海道のとある地方局が「26%は低い」とネガティブな論評をやってたりしましたが、新青森、八戸、盛岡、仙台と途中で乗ってくるから末端区間は別に少なくても悪くないのです。
そりゃあ、一度離陸したら途中で乗ってこない航空機の羽田函館便が搭乗率26%だったら減便やむなしでしょうけれど、鉄道は途中で乗ってくるという視点が抜けてちゃいけません


一番恥ずかしいところでは、新青森開業直後に、利用者数を見ないで乗車率だけ見て「乗車率が低下した」と騒いだ県紙がありました(爆)
(6両編成で4列シートの特急と、10両編成で5列シートの新幹線じゃ定員が全然違うってのは小学生でもわかるだろうに、ねえ東O日報さん)



しかし、クルマ社会の地方マスコミの社員なら鉄道利用経験が少なくてわからなかった、というのも理解できますが、電車を利用しまくってるはずの中央のマスゴミが理解できてないというのは、どうにかならんもんでしょうかねえ。

中央マスゴミの皆様は運転手付きの黒塗りばっかり乗っているからなのか、それとも学生時代含めて山手線内から出たことがないのか、それともやはりロクに取材もしないでデスクでふんぞり返っているからなのでしょうか?

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2016年01月05日

羽越新幹線の新青森までの延伸、青森も求めようか

今日(2016/1/5)の秋田魁新報に衝撃的な図と共に、気になる記事が載っていた。



◆ 奥羽・羽越新幹線要望活動本格化へ 佐竹知事
羽越新幹線20160105
佐竹敬久知事は4日の定例会見で、基本計画の決定から40年以上たっても着工に至らない奥羽新幹線(福島—秋田)と羽越新幹線(富山—青森)の実現に意欲を示し、国への要望活動を本格化させるとした。

政府は1973年、両新幹線について「建設を開始すべき路線」とし基本計画に盛り込んだ。しかし、開通には専用線を設けるなど多額の整備費が見込まれ、いまだに具体化していない。

奥羽、羽越の沿線自治体は路線ごとに建設促進同盟会を結成。佐竹知事は「山形は熱心に活動している。実現には20年から30年かかるかもしれないが、秋田も県民運動として盛り上げたい」と述べた。(2015/1/5 秋田魁新報)


なぜ"衝撃的な"と書いたかというと、羽越新幹線のルートが能代からまっすぐ北上して深浦に達している図だからだ。


まあ、この図は魁が(良い意味で)適当に書いた図で、深い意味は無かろう。


本当に能代からまっすぐ北上したら、五能線が並行在来線として十中八九廃線になってしまうが、新幹線が停まる深浦駅や鯵ケ沢駅を想像すると胸が熱くなる。



という冗談はおいといて、新青森駅は羽越新幹線を想定して建設された経緯があるからこそ、こういう記事が出たというのが衝撃的なのだ。
僕が小学校高学年から中学校の頃にかけて、盛岡以北の東北新幹線がフル規格になるかならないかというせめぎ合いがあり(1990年代半ばから後半にかけての話である。)、学校の授業でも取り上げられたりしたことがあった。

その時に、秋田や山形と同じミニ規格なら今の青い森セントラルパークの辺りに新幹線の駅を持ってこれるという話がポッと出た。
たぶん、当時青森市にいた人なら、聞いたことがある人も少なくないのではないだろうか。

くしくも、僕の中学校では社会科の授業で「フル規格で石江の駅(新青森)が良いか、ミニ規格で中心部の駅(青い森セントラルパーク)が良いか」をテーマにディベートをやらされたのである。



ディベートで、ミニ規格派に強制的に振り分けられつつ、ふと疑問に思っていたのは「なぜフル規格で青い森セントラルパークはダメなのか」であった。

一応、住宅が建ち並んでいて用地買収に時間がかかり、開業が遅れてしまう−という理由であったように思う。

しかし、当時はまだ東青森駅南側の浜館や自由が丘の開発がこれから始まろうかというころで、戸山団地の方まで見渡す限り田んぼが広がっていた。

青い森セントラルパークから東北本線に並行しながら荒川を渡り、筒井は線路沿いを買収しながら駒込川まで行ってしまえば、田んぼの中を進んで戸山団地の手前から八甲田トンネルに入ってしまえば良いと思っていたのである。



その疑問に答えてくれたのは、別のクラスの社会科の教師であった。

「弘前を通って秋田、新潟に向かう羽越新幹線のためだ」
新青森駅は北海道に直通できる構造という条件を満たすとともに、将来の羽越新幹線も合流できる位置に−

この理由であれば、やはり今の石江の新青森駅ということになる。

青い森セントラルパークに新幹線駅を置くと、日本海側を北上してきた羽越新幹線はスイッチバックしないと北海道方面へ行けない構造になってしまう。
(もし、青森県が妥協してミニ規格を選択していたら、北海道新幹線は津軽海峡を越えなかったように思う。)



もちろん、用地買収に金がかかるというのも間違いではない。
青い森セントラルパークより西側の古い住宅密集地を通過する工事は、かなり面倒くさそうである。
青森の街づくりのむこう100年の計だけを思えば、それは大ナタを振るっても良いようには思う。

ただ、青森市の地域エゴだけで羽越新幹線を永遠に葬ってしまうような位置−すなわち青い森セントラルパークの選択はすべきでないし、実際にしなくて良かった。



一応、羽越新幹線が理由であるということを示す公的な裏付けもある。

一例を挙げると、1995年6月21日の青森県議会で、森内勇議員の質問について佐藤正勝県企画部長が

「仮に青森操車場跡地に駅舎を変更することを地元が提案した場合どのような問題が考えられるかというお尋ねであります。(中略)将来建設される羽越新幹線──富山−青森間でありますが──のターミナル駅としての北海道新幹線との接続問題が生ずることが想定されます。」


と答弁している。

森内勇議員は1996年3月11日の議会でも同様の質問をしているが、これについては木村守男知事も羽越新幹線について触れた答弁をしている。

青森県議会の議事録を読めば、羽越新幹線接続も、石江に新青森駅を置かなければならなかった理由であるという内容が、こんな風にいくつか出てくるのである。
秋田以北のルートを妄想してみやう。

さて、その羽越新幹線だが、新潟−秋田は概ね日本海沿いに新発田、村上、鶴岡、酒田、羽後本荘と、羽越本線に並行して北上してくるのは想像がつく。

ところが、秋田以北となると、並行する国道7号秋田自動車道の線形がそうであるように、能代付近と大館付近で2回ほぼ直角に曲がるルートをどうするのか、想像がつかない。

羽越新幹線 秋田以北ルート予想
国土地理院の地図を用い作成。
【地図はクリックで拡大します】



まず、秋田以北を奥羽本線に沿って行くルートを図上ではピンクの破線で描いた。

前述の通り、現在の東能代駅大館駅に新幹線駅を作るとすると、能代市付近で南から東、大館市付近で西から北へとほぼ直角に近いカーブを描かなくてはならない。
もしかすると、曲線緩和のために、能代や大館は現駅ではない位置に新駅を造ることになるかもしれない。
能代は南の外れか、東の外れの方に駅が行きそうだ。



次に、その能代を避けて八郎潟から鷹ノ巣へ抜けるルートは水色の破線。

一般道で秋田・大館間を最短で結ぶ国道285号に並行するルートだ。
これはこれで鷹巣市街地が鷹ノ巣駅の南側に広がっているのを考えると、現鷹ノ巣駅ではない位置に新幹線駅が出来そうな気がする(大館能代空港の近くとかか)。
しかし、能代市、色をなして反対しそうだなこりゃ。



今度は、大館を避けて鷹ノ巣から弘前へ抜けるルートは緑色の破線。
直線的に南側から弘前へ入ることになるが、歴史的建造物が建ち並ぶ弘前市街地で用地確保が恐ろしく難しくなる予感。
世界遺産地域は外れるが、白神山地の東のはずれを通るという難所もあろう。
そんなわけでまあ、大館を避けるこのルートはあまり考えられないかなという印象。



そして、魁の地図同様に、五能線沿いに抜けるルートは黄色の破線。

これなら、能代市は東能代駅どころか能代駅に新幹線駅を作るくらいの運動をやっても良いかもしれない。
五所川原にも新幹線が通るだろう。
ただ、これだと大館と鷹ノ巣はもとより、弘前でさえ完全スルーだ。
なにより、五所川原から新青森経由で奥津軽いまべつへと、信じられないようなJ字の無駄な曲線が出来上がってしまう。
これは無さそうだな。
さて、色々と妄想してみたが、山形県と秋田県が羽越新幹線に向けて動き出したなら、北海道新幹線が落ち着いたところで青森県も参加したらどうかと。

もし実現したら、今の東北地方の地域構造は革命と呼んでいいような変貌を遂げるように思う。

秋田止まりの羽越新幹線で、秋田駅で乗換を強いられる秋田県北民や弘前市民というのは、あまり見たくないじゃないの。
永遠に見ることないって?


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2015年12月30日

小樽⇔石狩方面 最短経路再計算

当ブログでは国土交通省の「平成22年度道路交通センサス」で遊び始めて1年半が経とうとしているが、最初期に函館⇔留萌の最速ルート計算を行った際に、寿都・小樽廻りより国道230号(中山峠)ルートで札幌都心を縦断する方が速いだろうという答えをだした。

だが、どうしても、もう一回、寿都・小樽ルートに敗者復活のチャンスをと思う。

寿都・小樽ルートの強みは何と言っても長万部以北において圧倒的に交通量が少ない事と、札幌都心を回避できることである。


前回、中山峠からダイレクトに札幌都心に入る国道230号ルートに対し、寿都・小樽ルート札樽間と札幌郊外の通過に時間がかかってしまった。
これを何とかできれば、再逆転もないだろうかと、銭函と石狩の間でルートの再検討をしたのである。

◆ 銭函・手稲・石狩付近図

銭函石狩通過経路
【地図はクリックで拡大します】


前回は、普通に国道5号国道337号を辿るルートで計算したのだが、銭函と石狩の間には他にも有力なルートがいくつかあるのである。

まず、小樽市の銭函駅付近。
詳細は上の地図を見て頂くとして、銭函1丁目から銭函3丁目まで海沿いの道道225号を走った方が、国道5号・337号より所要時間では僅か13秒ながら距離で0.8km短縮できる。

これだけでも短縮効果は出ているが、さらにもう一つ。
新港西3丁目から海沿いを北上するルート。
こちらもまた、国道337号との重複区間を経て出現する道道225号である。
いわゆる小樽石狩通というやつで、花畔の北に抜けてしまう。


道道225号が海沿いに抜けていくのに対し、手稲から花畔まで内陸を一直線に抜ける手稲石狩通こと道道44号も伏兵になるか。

海辺を行く道道225号、従来の国道5号・337号、内陸の道道44号、主にこの3ルートで比較したのである。


小樽銭函1石狩新港東ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
道道225号(小樽石狩通)19.4km43.1km/h27分02秒
国道337号20.5km41.7km/h29分30秒
道道44号(手稲石狩通)21.4km38.6km/h33分14秒
やっぱり。

道道225号(小樽石狩通)ルートは花畔より北、日本海沿いの国道231号(オロロンライン)で留萌方面に行く場合において従来より2分以上の短絡効果が出た。

オロロンライン以外のルート−たとえば国道275号で北上する予定の場合なら、小樽石狩通ではなく国道337号をそのまま進めばよい。

これでもまだまだ中山峠・札幌都心縦断ルートに計算上は追いつかない事になっているが、予期せぬ渋滞の発生確率は札幌都心を抜けるより低いだろう。

札幌以北のルートは他にもあるので、短絡可能な道道225号を発見したところで、結論は先に延ばしたい。

札樽道 手稲ICのフル化はなかなか意義がありそう。

札樽自動車道手稲ICは2015年現在、札幌方面から手稲へ向かう車両の出口と、手稲から札幌方面へ向かう車両の入口しかないハーフICである。

これに、手稲から小樽方面へ向かう車両の入口を増設する工事が2016年度から開始され、完成後はスリークォーターICになるが、小樽方面から来て手稲で降りる車両の出口の工事は先送りになっている。
北海道建設新聞によれば、住宅や公園の用地買収がネックのようだ。

実現するのは先になりそうだが、フル化が実現すれば、手稲ICから道道44号(手稲小樽通)に接続するというルートが新たに生まれる。


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
銭函IC・国道337号16.3km40.1km/h24分23秒
手稲IC・道道44号17.3km53.4km/h19分25秒
フルIC化が実現すれば、距離は1kmほど遠回りになるが、銭函ICから花畔までの所要時間は手稲ICを利用した方が5分短縮できる。

将来的に後志自動車道が余市・倶知安・長万部へと南下延伸して大短絡路になっていくのを考えれば、手稲ICのフル化は必要な事業になるだろう。


今回はこんなところまでとしよう。

引き続き、札幌周辺の通過ルートの再検討や、札幌以北のルートの比較検討を行う予定だ。

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2015年12月29日

昔、津軽の結婚式には蕎麦の屋台が来ていた(よね?)

先日、青森市で結婚披露宴に出てきた。
最近は結婚式専用の式場もあったりするが、今回はホテルだった。


そんな中で、木造町出身の恩師がボソッと言った。

「昔(ムガシ)、祝言(シュウゲン)サ来レバ、蕎麦ノ屋台(ヤダイ)コモ来テアタモンダイナー」

ぼくの周囲にいた青森や八戸の人間は「?」だった。
津軽弁の意味が分からないからではない。
ちなみに標準語に意訳すれば「昔の結婚式には蕎麦の屋台も来ていたものだ」になろうか。



先生が仰ったように、僕が子供の頃に出席した結婚披露宴には、蕎麦の屋台が来ていた。

1990年代前半の西北五津軽地方の話なので、青森市や弘前市周辺はどうかわからない。
披露宴に蕎麦の屋台が来ると言っても、見たことが無い人はわからないだろう。

披露宴の会場の中ではなく、外のロビーに屋台が出ているのだ。
喫煙者が披露宴会場の外に出て、たむろするスペースをイメージして頂ければわかりやすいだろうか。

今でもロビーの灰皿に喫煙者が群がっているのは見るが、同じ場所に蕎麦の屋台がいるのである。


ちなみに、蕎麦の屋台であるが、僕が幼少時代に見た記憶でいうと、トミカのラーメン屋台の荷台部分が良く似ている。
ramenyatai
この軽トラの荷台部分

これの荷台部分が、ロビーの一角で営業しているのである。

子供時代の僕は屋台で冷たい蕎麦を食うのが楽しかった記憶があり、当時は親か誰かが支払っているかもしれないが無料だった気がする。



そんな訳で、自分の結婚式の時にプランナーに「蕎麦の屋台って呼ぶと幾らになるんです??」と聞いてみたのだが「蕎麦の屋台??」とキョトンとされていた。

プランナーの方は田舎館村出身の人だったが、今までに蕎麦の屋台は見たことがないという。

南部出身の妻から「屋台?何それ津軽の風習?」と遠まわしに意見され、それ以上は話が進展しなかった。
◆ 最後に屋台を見たのは津軽地方の公民館

最後に蕎麦の屋台がある結婚式を見たのは、1990年か1991年頃に西津軽郡の公民館で開かれた結婚式だ。
ほぼ同じ時期に五所川原市のホテルで開かれた結婚式では、蕎麦の屋台は見た記憶がない。

1990年代前半でも、ホテルや結婚式場では蕎麦の屋台は出ていなかったのかもしれない。


公民館の結婚式であるが、青森でも最近はほとんど無いように思う。
少なくとも僕の同年代で、公民館で式を挙げたという人物はいない。
公民館で結婚式を挙げるという事自体がありえない事だと思っている人もいるかもしれない。


そういえば、「北の国から'98 時代」で笠松正吉と黒板蛍が挙式したのは公民館みたいなもんだ。

劇中では「北の峰の会館」という黒板純の台詞が出てくるが、あれは富良野市北の峰8番1号にある地域会館・北の峰コミュニティセンターである。

公民館みたいなもん、というのは、厳密には町内会とかの住民自治活動を支援する地域会館と、住民の文化や福祉に寄与すべき教育機関として設置される公民館の間で、設置目的の違いがあるからだ(当然、予算の出どころも公民館は教育予算で別だろう)。

厳密には違うけれど、一応、広い意味で公民館として扱いたい。
ktnknkr1 ktnknkr2
公民館の結婚式として、こんな雰囲気でほぼ間違いなかろう。

「北の国から」の正吉と蛍の結婚式には蕎麦屋台の描写は無いので、あくまで参考画像ではあるが、イメージとしてはこれだ。

学校の体育館みたいな大部屋で、校長先生が朝礼で長いお話をしそうな段もある。
その段の上が「高砂」で、体育館の床部分に出席者のテーブルを並べる形式だ。

2枚目の写真でシンジュク(布施博)が横切る奥に見えている空間、玄関と大部屋の間のロビー空間に蕎麦の屋台が居るのだ、津軽地方の結婚式では。


2015年現在では公民館の結婚式というのは少なくなっているように思うが、1998年の「'98 時代」当時では大きな違和感がなく放送されたように思う。

1990年代後半までは、青森を含め、田舎だとまだ普通に公民館での結婚式はあったのではないだろうか。
さて、妻の出身地の南部地方での結婚式にも出る機会があったが、屋台は無いけれど冷たい蕎麦はたくさん出た

会場の名前は書けないが、八戸の式場である(・・・バレバレか?)。

義母に聞いたら「屋台は見たことないけれど、蕎麦は出る。でも南部でも蕎麦が出るところもあるけれど出ないところもある」と言っていた。

蕎麦の屋台が出るというのは、やはり津軽地方だけかもしれない。



それにしても情報が少ない。
せっかく年末で青森に帰ってきていても、図書館は閉まっているしなあ。

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三沢で見つけた「国鉄」

三沢空港に着いた。

預り荷物受取所の、年季の入った、なんとも味のある連絡交通の時刻表。

DSC_0508


CONNECTIONS FOR JNR AND BUS




右端の十和田観光電鉄線の欄はバスに書き換えられているようだが、JNRって国鉄じゃないかwwwwwww

もう、三沢駅は国鉄どころかJRでもないんだがな。

このまま残してください、三沢空港さま。

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2015年12月28日

国勢調査でいわき市の人口が福島県内首位に

2013年9月、住民基本台帳数値で郡山市の人口がいわき市を抜いて福島県首位、そして東北地方第2位になった。


その時は福島民友や民報(福島県紙)、河北(宮城県紙)などの地方紙や全国紙の地方版でも話題になったし、当ブログでも日記を書いたりした。


その後も数か月ほど郡山市いわき市の人口を毎月見ていたのだが、2013年10月10日の日記では、

いわき市には双葉郡内の各町村に住民票を置いたままの被災者が多数いますので、国勢調査での人口は、住民基本台帳人口よりだいぶ多そう

という予測もしてみた。


結果は如何に。
あれから2年経った2015年12月25日、ついに国勢調査の速報値が出た。
福島県3大都市 国勢調査人口比較


都市名人口増減数増減率
福島市294,378人+1,788人+0.6%
郡山市335,608人-3,104人-0.9%
いわき市349,344人+7,095人+2.1%

ご覧の通りで、国勢調査人口ではいわき市が首位のままだった。

やはり、双葉郡の被災者の避難先になっているのと、原発事故の作業員の拠点になっているのが要因になったのだろう。
いわき市人口は減少するどころか、1995年以来の増加に転じている。


もう一つ、着目すべきはいわき市福島市も人口増加に転じているのに、郡山市だけ人口減少という点。

これまでの国勢調査の結果を見てみると、郡山市独り勝ちの傾向が続いていたからだ。
前回2010年は3市とも減少していたが、いわき市が12,000人を超える激減や福島市も4,000人を超える減少という中で、郡山市だけは122人減というほぼ横ばいにとどまっていた。
その前の2005年はやはりいわき市福島市が減少する中、郡山市だけ増加だった。


そんな中での郡山市のみ減少というのは意外な結果だった。

裏を返せば、郡山市が減少なのに福島市が増加というのも意外なのだが、やっぱり東京電力福島復興本社の影響だろうか。

福島復興本社の社員の具体的な数や年収はわからないが、東電の正社員というそれなりの高給取りが福島市に多数移住しているというのは、福島市の経済にマイナスに働くことはないだろう。
もっとも、こういう形での経済効果は、誰も望んでいなかっただろうけれど。



それにしても、福島県全体で115,458人もの減少って、酷すぎる。


仙台を擁する宮城県を抑えて、1980年までは東北最大の人口を涵養していたのが福島県である。
東阪名札福広仙という大都市圏に続き、静岡県や新潟県と共に民放4局化を1980年代前半までに達成することができた数少ない県である。

宮城県に抜かれてからも福島県は人口増を続け、1995年には213万もの人口に達していた。
これは東北第3位の青森県より60万人以上も多い数字だった。

首都圏にいると南トーホグ(南東北)と揶揄されがちな茨城や栃木の北に位置しながら、福島県は関東地方からの工場・事業所移転で工業地域を形成したのを背景に、「北関東」を自称することすらあった。


高校時代に遠征で福島県に滞在して以来、僕は東北6県で一番暮らしやすいのは福島県だと思っていた。
東京から適度な距離があって、働き口があって活気があるけれど北関東や仙台のような窮屈な感じもなく、バランスのとれた県だと思っていたのだ。

なんとか踏みとどまって復興してほしいばかりだ。

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2015年12月27日

ど根性大根!?

年末なので愛車を洗って駐車場に戻ると、アスファルトに場違いなものを発見。

aviary-image-1451102416259


タンポポかと思って覗いてみたが、うーん。

ペットボトルで栽培したことのある、あれに似ている。


ダイコンじゃないかね、君?



しばらく、観察をしてみやうと思う。

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2015年12月22日

深川留萌道 留萌通過最速ルートの分析

北海道最北端の都市・稚内を目指すには様々なルートがあるが、今回、分析の対象にするのは深川留萌自動車道である。


札幌・稚内間をJR函館本線・宗谷本線経由で結ぶ特急スーパー宗谷と対峙するのが、宗谷バスや北都交通などで運行される特急わっかない号特急はまなす号になるが、このバスが経由するのは深川留萌道になる。

ご存知の通り、札幌以北は函館本線と宗谷本線に沿って道央道が整備されているが、札幌・稚内を結ぶ都市間バスは留萌本線と往年の羽幌線に沿うルートを採っている。

前者の鉄道が1日に往復3便・概ね5時間〜5時間41分程度であるのに対し、後者のバスは1日に往復6便・概ね5時間50分。
俊足の特急スーパー宗谷はともかく、サロベツになると一番遅い便は5時間41分かかってしまう。

都市間バスは留萌以北はほぼ一般道だけになるにもかかわらず、あまり遅延することは無く、それどころか10〜15分程度早着するケースが珍しくないようだ。
そんな都市間バスのルートの一部を構成する深川留萌道について、どう利用すれば最大限の短縮効果を得られるのか、空知管内の北竜と、留萌北隣の小平の間で最速ルートの分析をした。


さて、当ブログではこれまで東京⇔青森の一般道(無料高速)最速ルートや、函館⇔札幌の一般道最速ルートを計算してきたとおり、高速道路だけではなく一般道での最速ルートも計算していくことにする。

札幌から道北へ北上する一般道ルートとして、国道12号に対抗する有力ルートである国道275号を利用することを想定し、国道233号と接続する北竜町の碧水交差点起点にしたのである。

留萌以北は日本海沿いの国道232号の一本道であるが、留萌市をどう通過するかは検討の余地がある。
そこで、留萌北隣の小平町の小平蘂川に架かる高砂橋北詰終点とし、いくつかのルートで比較をした。

深川留萌道 留萌通過 最速ルート分析
【地図はクリックで拡大します】


さて、まず碧水交差点からであるが、一応、沼田IC北竜ひまわりICとどちらを利用すべきか、計算した。

まあ、計算するまでもなく北竜ひまわりICという結果。





で、そこから深川留萌道に上がるとして、面白そうな分岐が出てくるのが留萌幌糠IC

このまま深川留萌道を北上して留萌市街を抜けても良いが、内陸を迂回して小平に抜ける道道550号もある。


平成22年の道路交通センサス当時では開通していない留萌幌糠以北は、開通済み無料区間の平均値を代入することとし、留萌市を抜けることにした。
道道550号ルートは、インターを降りてすぐに踏切(道道指定無し)を渡る短絡ルートとし、小平側ではそのまま道道550号で小平蘂川の左岸を行くか、やはり道道指定無しの平和橋で右岸の道道126号で行くか、検討した。

道道指定無しのルートは道路交通センサス対象外であるので、前後の道道の数値を流用した。



留萌幌糠小平町高砂橋北詰ルート比較表


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
深川留萌道・国道232号25.5km51.5km/h29分44秒
道道550号・国道232号25.9km54.1km/h28分45秒
道道550号・道道126号26.3km56.4km/h28分00秒

ご覧の通りで、見事なまでの接戦。

平成27年(ことし)のセンサスの結果が出てから結論を出すべきかと思うが、留萌市街地の通過に時間を費やす深川留萌道と、市街地を迂回可能な道道550号互角の勝負になるというのは間違いなさそう。

道道126号ルートはセンサス対象外の区間が0.9km含まれているので除外するとして(距離も最長になるし)、道道550号最速ルートにしておこうかと思う。
平成22年は留萌幌糠IC以北が開通してなかったしな。


というわけで、北竜町碧水⇔小平町高砂橋北詰の最速ルート道道550号ルートとしたい。

距離=42.2km
平均旅行速度=54.1km/h
所要時間=46分46秒


というところかな。

まあ、このルートを使うと札幌・稚内間の貴重な休息ポイントである留萌を完全にパスしてしまうので、そこは考えどころか。


さて、余談ながら、留萌の通過ルートとして留萌港を通過する国道231号バイパスも計算に入れてみた。

留萌に詳しい方ならご存知だと思うが、留萌本線と交差する踏切前後だけ、国道指定を受けていないのである。

留萌港 バイパス
Googleストリートビューをみてみると、こんな風にバイパスを事実上構成する部分なのに踏切のまま暫定供用し、立体交差にしそうな気配が感じられない。

海が近いから、立体交差にするならアンダーパスではなく跨線橋になるかと思うが、その気配がないというのは、国道231号バイパス整備時点で、いずれ留萌本線が廃止されるのを見越して計画したからなのかと勘ぐりたくなってしまった。

まあ、せっかく跨線橋造ったのに線路が廃止されたなんてことになったら跨線橋は無駄になってしまうし、広尾線とか道東の廃止路線跡に架かる「跨線橋」を冠する橋を見ると悲しくなってしまうが。

いずれ留萌本線は廃止になるということを、JR北海道が廃止検討という前から留萌の人たちは心のどこかで思っていたのかなあ。

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2015年12月07日

東京⇔大間(函館) 一般道(下道、無料高速)最速ルートの計算をした

当ブログでは以前、東京⇔青森の一般道(無料高速)最速ルートを算出し、国道4号ではなく、日本海側を北上する野岩羽ルートとした。

野岩羽ルートの詳細は上のリンクを参照して頂くとして青森県内のルートは、秋田県大館市から国道7号で県境を越え碇ヶ関に入り、大鰐町鯖石から県道13号で浪岡へ抜け、旧国道7号である県道285号国道101号を経由し、沢田交差点から国道7号に再合流し青森市へ、というものだ。

ところで、青森といってもこのルートは「青森市」までのルートだ。
八戸など南部地方の場合は使えないが、沿線上の黒石市や平川市のほか途中で分岐して弘前市や五所川原市にも応用可能だし、青森からフェリーで函館に渡る場合にも使える。

東京から下道で函館。

僕はすっかり抜けていた。
函館に渡るための港は青森だけじゃない。
本州最北端・大間から渡ることも可能なのだ。

今回のテーマは、「東京⇔函館 一般道(下道、無料高速)最速ルートの計算」である。

1「野岩羽ルート」で青森港か、
2「野岩羽ルート」で大間港か、
3「国道4号ルート」で大間港か、

3ルートの比較である。


青森通過
地図はクリックで拡大します。

まず、野岩羽ルートであるが、宇都宮以北最大の都市・青森市を効率的に通過しなくてはならない。

青森市西部の浪岡地区から、青森市東部の宮田地区まで、主に4通りのルートで検討をした。

一つ目は、国道4号・7号で青森市街地を突っ切る「国道」ルート。
青森市街地を抜けるが、車線数は6(一部7車線)に達する。

二つ目は、国道7号青森環状道路で青森市街地を南に迂回する「環状線」ルート。
郊外を通過するが、平面交差ばかりで信号渋滞が頻発する。

三つ目は、青森県道27号国道7号青森環状道路をリレーする「県道27号」ルート。
青森空港有料道路ではなく王余魚沢経由の旧道を使い、ABA本社前を通過して妙見で環状線に接続する。

四つ目は、青森県27号青森県44号をリレーする県道44号ルート。
王余魚沢経由までは27号ルートと同じだが、高田で旧道に入り、青森大学前を通過する青森県道44号のルートだ。

これらを比較した結果が下表だ。



経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道青森市街31.6km39.4km/h48分05秒
青森環状道路34.3km39.4km/h52分17秒
県道27号30.9km43.4km/h42分41秒
県道44号31.9km42.3km/h45分16秒


やはり平成22年の道路交通センサスの計算では、青森県道27号で通過するのが最速達か。
今回もこれを援用したい。

ただし、2013年12月以降、国道7号青森環状道路は青森市筒井で信号の連携が恐ろしい程に悪くなっている。
青森市のホームページにも、「筒井幸畑線道路開通による渋滞発生について」という市民の声が上がっているほどだ。

もともと上下平均で30km/hも出ていない低速区間だが、下手したら1桁km/hに悪化してんじゃないかと思う。
平成27年の道路交通センサスで、平均旅行速度がどれだけ下がっているか楽しみだよ、青森県警様★
無闇に飛ばせば危険なのもわかるが、とりあえず渋滞させとけば安全だというわけはあるまい。

僕は、青森県道44号青大前を通過して、戸山温泉の所から国道7号青森環状道路に出るのが一番速い気がする。


ひとまず、野岩羽ルートで来た場合に大間に向かうには、浪岡の杉沢交差点から青森県道27号で青森市を通過することで決まった。

青森市宮田からは、普通に野辺地町を経由し、大間まで国道279号を北上することにしよう。
その上で杉沢以南と、杉沢以北を合算してみよう。
そして、国道4号ルートと比較だ。


■ 東京⇔大間 ルート比較

経由ルート距離平均旅行速度所要時間
野岩羽865.2km51.2km/h16時間54分30秒
国道4号795.5km46.1km/h17時間15分46秒


野岩羽ルートの方が、国道4号ルートより距離は70kmくらい遠回りになるが、平均旅行速度で約5km/h上回り、所要時間で20分くらい短絡可能なようだ。

東京⇔大間でも、野岩羽が勝っちゃった(笑)



ちなみに、大間⇔函館の津軽海峡フェリー(大函航路)の所要時間は1時間30分だ。
乗下船のタイムロスを無視して、野岩羽+1時間30分で約18時間半か。

対する青森⇔函館の津軽海峡フェリーは約3時間40分。
便数も大函航路は1日2往復だが、青函航路は津軽海峡フェリーで8往復のほか、青函フェリーも8往復運航している。

青森港利用の方が大間港利用より函館に速達するし、便数の面でも有利だろう。

まあ、本州最北端まで行ってみるというのも乙なものだし、大間経由で北海道というのも魅力的なルートだろうから、大間まで行かれる予定の方はご参考までに。

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2015年11月26日

室戸市にも高速道路を延伸させられないものだろうか?

B-1グランプリ十和田開催前の7月に、青森県十和田市ことごとく高速交通網から外れている都市と書いたことがあった。

新幹線(ミニ規格含め)はおろか国鉄・JR在来線すら無く(廃止された十鉄線はあった)、高速道路も無い都市としては十和田市が東北最大の都市なのだ。

とはいえ、十和田市が陸の孤島かというとそんなこともなく、クルマで30分ちょっと飛ばせば東北新幹線 八戸駅に出られるし、下田百石ICにも出られる。
そればかりか隣接の七戸町には曲がりなりにも十和田の名を冠する東北新幹線 七戸十和田駅があるし、やはり隣接の三沢市には三沢空港もある。

こう考えると、十和田市はまだ恵まれている方だともみてとれる。
一方で、日本を広く見渡すと、十和田市とは逆に鉄道が敷設され高速道路も整備されるという計画や構想があったのに、両方とも頓挫し実現しなかったという都市もある。

その一つが高知県室戸市だ。

まず通る予定だった鉄道・安佐線の方から。

・1942(昭和17)年:牟岐線牟岐駅(徳島県) 延伸開業
・1965(昭和40)年:安佐西線安芸駅−田野駅(高知県) 着工
・1971(昭和46)年:安佐東線甲浦駅−野根駅(高知県) 着工
 1971(昭和46)年:安佐西線奈半利駅−室戸駅(高知県) 工事実施計画認可
・1973(昭和48)年:牟岐線牟岐駅−海部駅(徳島県) 延伸開業
・1974(昭和49)年:安佐西線後免駅−安芸駅(高知県) 着工
・1981(昭和56)年:国鉄再建法施行、安佐線建設凍結
・1987(昭和62)年:安佐西線後免駅−奈半利駅(高知県) 工事再開
・1988(昭和63)年:安佐東線海部駅(徳島県)−甲浦駅(高知県) 工事再開
・1992(平成4)年:安佐東線海部駅(徳島県)−甲浦駅(高知県) 延伸開業
・2002(平成14)年:安佐西(ごめん・なはり)線後免駅−奈半利駅(高知県) 延伸開業

と簡単にまとめた通り、1971(昭和46)年には奈半利駅から室戸駅まで工事実施計画認可が降りているが、実際に室戸まで着工されることはなかった。

このいきさつをみただけで、1972年に東京都−盛岡市から1年遅れで東京都−青森市が基本計画区間に指定されながら、実際には盛岡以南のようには着工されなかった東北新幹線盛岡−新青森を連想せずにはいられない。

しかも、室戸市より手前の、より規模の小さい奈半利町が終点であることも、青森の手前の盛岡が新幹線終点だったのと同様である(人口では建設当時から今日に至るまで一貫して青森が上回り続けているし、そもそもかつての盛岡市は県庁所在地なのに八戸市より人口が少ないという有様ですらあった)。

後に開業を果たした奈半利より高知寄りの区間ではあるが、建設中のまま放置されていた高架橋が「土佐の万里の長城」なんて呼ばれていたという逸話も、かつての屈辱の盛岡ジャンプ台みたいな雰囲気ではないか。
奈半利駅は室戸への延伸を考慮しない構造で完成したらしいので、盛岡のようなジャンプ台は無いようだが、逆に室戸延伸の夢が断たれている残酷さを感じてしまう。



このような鉄道の経緯があった中で、高速道路はどうだったか。

いわゆる高知道や松山道のような高速自動車国道としての計画は室戸付近には最初から無かった。
1987年の四全総で、通過都道府県を高知県とする高知東部自動車道(高松〜安芸)が高規格道路構想一覧に出てくるが、阿南安芸自動車道の名前は無い。
(この構想で「高松」という文字が出ているが、高知の間違いだろう。)

具体的なものとしては地域高規格道路としての整備計画が浮上するのを待つことになる。
地域高規格道路といっても、実際に高速自動車国道と明確に違いを意識して運転するドライバーが殆どいないように、実際には高速道路と言ってほぼ問題ないのだが、制度としては1994年から候補路線と計画路線が登場している。

この時に徳島と高知を海沿いに結ぶ国道55号に並行するように地域高規格道路たる、阿南安芸道高知東部道が浮上したが、室戸を経由しないルートで整備が進められてきている。

紆余曲折あったようだが室戸岬を経由せずに奈半利−東洋を結ぶ国道493号に沿う形の北川奈半利道路が着工してしまった1996年が、室戸の高速道路の夢が断たれた瞬間であろうか。


そんな高知県室戸市であるが、やはり地元の人たちからは高速道路建設の要望が今もある。

高知県庁のホームページにも「室戸市まで高速道路をつなげてほしい」という室戸市民の要望が載っている。
回答は「室戸市までの高速道路の整備は難しい」だが。
(余談ながら、青森県庁にフジ系を要望するように、高知県庁にもテレ朝系開局の要望が寄せられている)

室戸市民の気持ちは、非常によくわかる。


一度、H22道路交通センサスで室戸岬周辺の道路の概況をみてみよう。

奈半利町から東洋町野根までの経路として、
北川奈半利道路国道493号で内陸山間部を横断するルート、
国道55号高知県道202号椎名室戸線で室戸岬の手前で横断するルート
国道55号だけで室戸岬を経由するルート

の3本を比較してみたのが、下の地図である。

室戸岬
【地図はクリックで拡大します】


地図上の線形にも表れていると思うが、国道493号の曲がりくねり方が凄い。
番号だけみると一瞬、酷道として名高きヨサクこと国道439号と誤認しそうだが、国道493号だって北川奈半利道路を含めても幅員5.5m以上が確保された改良率は23.4%しかない。
国道493号での山越えを選べば、北川奈半利道路の区間以外はほぼ全線でセンターライン無しの1.5車線道路という酷道なのだ。

北海道好きの人が見れば、えりも岬を避けて様似と広尾を短絡する国道236号を連想しそうな国道493号だが、甘くない。



経由ルート距離平均旅行速度所要時間
国道493号42.5km43.2km/h59分01秒
国道55号・県道202号53.2km54.8km/h58分13秒
国道55号(室戸岬)61.1km54.3km/h1時間07分30秒


3路線を比較してまとめた表が上になるが、北川奈半利道路国道493号のルートは最短距離の43.2kmでありながら、10km以上も遠回りになる国道55号高知県道202号椎名室戸線のルートに所要時間で負けることになる。
おそらく、燃費でも負けるだろう。

奈半利町と北川村の間以外では短絡効果が殆どない北川奈半利道路の先行整備を見ていると、室戸に高速道路を諦めさせるための実績づくりなのかと邪推しそうである。
まあ、実現すれば室戸経由より明らかに短絡効果が出るだろうが、いまだに北川と東洋の間が未事業化区間のままであり、いつ着工し、いつ開通するのかわからないというのも気になるところ。


一方で、室戸に向かう国道55号の概況が、岬の東西を通じて非常に良さそうなのも事実。

県都・高知方面でみると、室戸市街地の浮津交差点から奈半利町の国道493号の交差点までは平均旅行速度が52.0km/hと比較的速く、所要時間は約27分。
将来的に奈半利で阿南安芸道に接続するにしても、室戸中心部から30分あれば十分なのだ。

徳島方面でみても、室戸岬町三津交差点から東洋町の野根交差点までは平均旅行速度が59.2km/hにも達している。
浮津交差点からは高知県道202号椎名室戸線と合算で、32分程度で野根まで行ける計算だ。
ということで、こちらも将来的に東洋町野根で阿南安芸道に接続するにしても、室戸中心部から30分強か。

すでに快適に走行できる国道55号があり、高知と徳島の両方面とも30分走れば高速道路IC予定地に着くのであれば、わざわざ室戸に高速を伸ばす必要はない、という意見も頷ける。
僕も何もなければ「室戸に高速はいらない」という意見のままであっただろう。



が、2011年に東日本大震災による巨大津波被害が起きてしまった。



三陸の国道45号も酷い目にあったが、内陸部から北上高地越えで沿岸被災地に入る手段は何本もあった。
ところが、室戸周辺には国道55号しか無い。本当に1本しか無い。

南海トラフで巨大津波が起きた場合、国道55号は甚大な被害を避けられない。
もし、1996年の北川奈半利道路着工前に東日本大震災が起きていれば、室戸経由ルートは津波対策を理由に廃案になっていなかったかもしれない。

歴史のたらればを言ってもしょうがないが、国道55号をリカバリーする並行路線が必要なのは明白だ。
先述の高知県庁への要望でも、県庁は「国道55号のより一層の強化を国に求めるとともに、高台を通過する広域農道の活用の検討」する旨の回答をしている。
農道か何らかの形でもう1本、室戸へ向かう並行道路の必要性は高知県も認めているようだ。


では並行道路は徳島側に向けるか、高知側に向けるか?

これまでに完成している日本の高速道路は、おおむね東京を中心に伸びて行っている。
それに則って考えれば、東京・大阪に近い方向である徳島方面に繋げるのが自然ということになる。
東南海地震の被災時には、被害の小さい東日本方面から室戸に向かうにも、徳島方面に繋がっている方が有利である。

が、室戸市民が一生のうちに東南海地震を被災する可能性を考慮するのも必要だ。
世代別にみれば高齢者は被災しないまま平穏に一生を終える可能性が高いし、逆に若年世代は被災を経験する可能性が高い一方で、これから生まれてくる次世代なら発災後の生誕となって被災を経験しない可能性も十分にある。

被災しない可能性が高い世代であれば、普段使いに便利な方に並行道路が繋がっている方が良いだろう。
並行道路を高知方面に繋いでも、被災時に機能できないことはない。

そこで、室戸市周辺の交通量から、徳島方面と室戸方面のどちらに需要があるのかも分析してみたい。
H22道路交通センサスから、24時間の交通量(台数)を加重平均値で算出した。

室戸岬 交通量
【地図はクリックで拡大します】

H22道路交通センサスから、区間ごとの24時間交通量(台数)を加重計算して求めた数値なので、あくまで目安であるが、ご覧の通り。
室戸市からは徳島方面よりも県都・高知方面への交通量の方が圧倒的に大きい。

普段の需要の大きさを鑑みるなら、高知方面に並行道路を繋ぐのが答えになる。


室戸周辺の医療搬送路としての需要もみておく。

第二次救急医療機関としては室戸市に室戸病院、奈半利の隣の田野町に田野病院があるが、高知県最東端の東洋町は二次救急では県境を越えて徳島県牟岐町の県立海部病院に行くのが普通だという。
国土交通省の資料によれば、2012年に東洋町から海部病院へ搬送された件数は175件だ。
東洋町と徳島県海陽町を合わせた数値だが、より高次の第三次救急医療機関である小松島市の徳島赤十字病院に搬送される件数は55件。
東洋町の医療事情を考えれば、高知県内の室戸や田野と高速道路で繋がるより、県境を越えて高速道路で牟岐や小松島と繋がりたいということだろうか。

一方で室戸市には二次救急の室戸病院があるし、第三次の医療機関となれば高知市の高知赤十字病院であるので、こちらも東洋町と高速道路で繋がるより、奈半利町に高速道路で繋がる方が良いのだろう。


室戸の場合は、高規格道路は須らく東京・大阪方面に繋ぐという一般的な流れとは逆に、高知方面に並行道路を繋ぐべきだろう。


しかしあらためて計算してみると、地域高規格道路である阿南安芸道・高知東部道が全線開通しても、徳島市から高知市まで全区間通しで走るクルマは多くないだろうなという印象。
徳島市と高知市の連絡は、圧倒的に距離も短い川之江経由の徳島道・高知道の方が主流だろう。

高知と阿南を直結する国道195号も全区間加重平均でみれば1日5,000台近い交通量があるが、国土交通省の推計値ながら県境の四ツ足峠トンネル付近では1日の交通量が700台未満まで落ち込む。
国道195号で県境を越えて徳島⇔高知を移動する交通量時代が非常に小さい以上、阿南安芸道が全通しても、通行無料目当てで利用する需要もあまり大きくなさそうである。

なんとか奈半利と室戸の間に高規格道路
を通す術はないものか?

高知県庁が室戸市民の要望に回答しているように、農道として建設するのは有効な策だろう
歩道や広い路肩や街路灯などの安全設備の基準が国道より農道の方が緩い分、おそらく国道55号のバイパスを作るより安上がりになる。

それに、国道55号バイパスとして整備してしまうと、国の負担になるので県や市の負担はかからない代わりに、
室戸にもあわよくば高速道路
という「最後の望み」も絶たれることになる。

「最後の望み」

上の方で、
北川奈半利道路が着工してしまった1996年が、室戸の高速道路の夢が断たれた瞬間と書いたが、今ならもう1回くらい小さい小さいチャンスが復活しているようにも思う。

というのも、東日本大震災で、仙台−八戸間の三陸沿岸に
三陸復興道路の全線整備が決定したからだ。

被災した岩手県民には酷な言い方だが、三陸復興道路
、本当に必要なのか?
まあ、日本国民が選挙で支持した時の政権が決めたことだ。
民主主義の手続きを経て決まったことなのだから、
三陸復興道路は必要なんだろう。

その三陸復興道路と並行する現道の国道45号の交通量を、三陸沿岸の主要地点ごとに区切って加重計算にて算出(出典:H22道路交通センサス)したのが下の棒グラフだ。
r45とr55比較
室戸−奈半利の国道55号より交通量が少ない区間でも、三陸なら問答無用で高速道路
が建設されているのだ。

岩手県の小本(岩泉町)−久慈市の区間なんて、1日の交通量が4,300台程度しかない。
室戸−奈半利の交通量の半分にも満たないのだ。

室戸−奈半利の高速道路が不要なら、陸前高田−釜石と宮古−久慈も不要になる。
個人的に本音を言えば、三陸復興道路
は仙台−気仙沼と、久慈−八戸だけあれば十分だろう。
残りの区間は、市街地や危険個所に一般道規格のバイパス建設とし、それ以外は現道のままか登坂車線とゆずり車線追加程度で済むように思う。


室戸市の人口は2015年10月末日で14,558人しかいない。
高知県内でもいの町や四万十町より人口が少なく、青森県で言えば野辺地とか鶴田とか板柳といった「町」とたいして変わらない。

一般的な町と同規模の小都市である室戸市に向かうだけの高速道路
を、というのは無理があるのは承知だ。
だが、室戸より交通需要が小さいにも関わらず、震災復興・災害対策を大義名分に三陸復興道路全線整備
が許されるのなら、室戸に高規格道路の1本でも建設しても良いじゃないか、と思わずにいられない。

既に東日本大震災の津波を被災した地域に篤くしたい気持ちもわからんでもないが、三陸復興道路
はいったん凍結して、これから被災する可能性が高い室戸とか紀伊半島とかに配分したらどうよ?

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2015年11月19日

朝からラーメンスープを飲み干す習慣は、青森県にありません

「女性自身」配信のネット記事で、
「がん死亡率ワースト…やってはいけない青森県の不健康習慣5」
というものが出ていた。

青森県出身の記者が書いたという内容なのだが、これは「自称・青森県出身の記者」が書いたんじゃないかという印象もあったので、ちょっと調べてみた。

何がおかしいかって、いきなりの見出しがこれだもの。

朝からスープ一気飲み!ラーメン大好きな県民性】





……いや、朝からラーメン食う青森県民は、少数派だと思うよ。

青森県内のラーメン店200軒以上をまわった経験があるラーメン大好きな自分でも、朝からラーメンは食わない。
職場にいる八戸出身の後輩にも聞いたが「俺も食わないっす。ていうか、朝から営業しているラーメン屋ってあんまり無いっすよね」と。

そうなのだ。
早朝営業しているラーメン屋も無いことはないが、そもそも朝は営業していないラーメン屋の方が多いはず。

この記事では『朝からラーメン店は、サラリーマンや主婦で満席。スープはほとんどの人が飲み干す。』と書いてあるが、朝から主婦が来るほど活況を呈するなら、ほとんどのラーメン屋が朝営業をすると思うが?


この辺を疑問に思ったので、実際に早朝営業するラーメン屋がどのくらい青森県にあるのか調べてみたよ、「女性自身」さん★

といっても青森県の全てのラーメン店を調査することはできなかったので、T.KENさんが運営しているホームページ「青森県全域のラーメンや津軽ラーメンのページです」を参考にさせていただいた。
(T.KENさん、この場をお借りして御礼申し上げます)

T.KENさんのホームページで、

「厳選「津軽ラーメン」お勧め20店」と、
「歴史深い老舗であり、独自の味を守り通す「超津軽ラーメン」の店」、

東青・中弘南黒・西北五地区で「お勧め度 大」
三八上北・下北地区で「お勧め度 大」「お勧め度 高」


として紹介されている70店舗の営業時間を調べてみた。

営業時間は、店主への直接の聞き取りのほか、食べログやぐるナビなどのグルメサイトで調べた。
ただし休憩時間がある場合や、曜日によって営業時間が異なる場合、また品切れの場合は早く店仕舞いというお店もあるので、ご注意を。
正確な営業時間を把握するためには、必ずグルメサイトやお店などにて確認してください。


そうそう。

朝の定義をしておこうかと思う。

官公庁や一般的な会社の始業時刻を鑑みて、今回は9時までを朝としておこうか。

9時半始業の会社なら9時営業開始の店でも朝食を取れないことはないが、女性自身さんが言うように「満席」になるほどの店では行列待ちや注文遅れによる遅刻の恐れを考えなければならないので、朝食を取る店としては現実的じゃない。

ということで、営業開始が9時より前の店としよう。


結果は、下の表の通りである。

青森県民は本当に朝からラーメン喰うのか



まず、東青・浪岡地区(青森市と東津軽郡)から。

9時以前に開店するのは長尾中華そば、青森大勝軒、くどう、まるしげと、23店舗のうち4店舗しかない。


次に中南・西北津軽地区(東青を除いた津軽地方)から。

こちらは9時以前に開店するのは22店舗中に1軒もない。


続いて三八上北地区(八戸市と十和田市・三沢市・上北郡・三戸郡)から。

9時以前に開店するのは刻の家とラーメンショップ下田青葉店と、18店舗のうち2店舗しかない。


最後に下北地区をみるが、こちらはあらそばと家系家と、7軒のうち9時以前に開店する店は2軒ある。


以上、70軒のうち、9時以前に営業をする店は8軒しかなかった。

青森県で朝から営業しているラーメン屋というのは少数派なのだ。

女性自身の記事にある『朝からラーメン店は、サラリーマンや主婦で満席。スープはほとんどの人が飲み干す。』というのが本当に青森県の習慣なら、もう少し早朝営業する店が多くても良いと思うのだが。

当然、ラーメン屋お客の間にも、需要供給のバランスというものがある。

朝営業しない店が大多数というのは、朝からラーメンを食う県民は少ないという証左と考える。



一方で、夜勤で働く人たちや、未明から仕事をしている人たち、就業時間が不規則な人たちにとっては、昼間にラーメンを食べるということは難しいこともある。
そういう人たちにとって、数少ないながらも朝から営業するラーメン屋はありがたい存在だろう。

そういった人たちが仕事明けや休憩時間の朝にラーメンを食べているのをみて「やってはいけない青森県の不健康習慣」なんて書いたのなら、この「自称・青森県出身の記者」の不見識を問わざるを得ない。

本当は、青森出身でもなんでもない奴が、東京のデスクでふんぞり返って適当に書いちゃったんじゃないの?光文社さん。

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2015年11月13日

山陽道 宇部下関線経由ルートと山口JCT経由ルートの比較 3

山口県には山陽自動車道が2本ある。

1本は、遠く兵庫県の神戸JCT中国自動車道から分岐し、姫路や岡山、倉敷、福山、広島などの主要都市を経由して山口JCT中国道に再合流するもの。
世間一般で「山陽道」といえば、こちらのイメージだろうと思う。


ところが、山口の地図を見ていると、もう1本、下関JCTに接続している山陽道もある。

山陽道を名乗る路線は兵庫の木見支線や岡山の早島支線もあるが、事実上それぞれ直結する神戸淡路鳴門道瀬戸中央道と同じ路線のような存在である。

四国に向かう木見や早島のそれに対し、下関JCTと接続する山口の山陽道の先には本四架橋は存在しない。

この不思議な路線、正式名称は山陽自動車道宇部下関線という。

山陽道 支線一覧図
【画像はクリックで拡大します】


その名の通り、宇部市の宇部JCTから下関市の下関JCTまでを結んでおり、その距離は28kmに及ぶ。
木見支線は9.6km(ICは神戸西の1か所)、早島支線は3.4km(ICは早島の1か所)であり、それらに比べると宇部下関線は倍以上の距離があり、途中のICも宇部小野田埴生の3か所(宇部JCTを入れれば4か所)に及ぶ。

距離で比較すれば、首都圏では東京と横浜を結ぶ全長16.7kmの第三京浜より10km以上も長く、東京と千葉を結ぶ京葉道路 篠崎−千葉東JCT(江戸川区−千葉市)の29.7kmに匹敵する。
西日本で言えば、西九州自動車道 佐世保中央−武雄JCTの29.9kmが近いところだろうか。


インターチェンジ(IC)が1か所程度しかない短距離支線ならいざ知らず、約30km弱の距離と途中3か所のICを持つほどの宇部下関線が、個別の名称を与えられることなく存在していることにはたいへん興味がわく。

興味を持って地図をよく見てみると、宇部JCTから自動車専用道路のみで、山陽自動車道 山口南ICまでつながっていることに気が付いた。

さすが内閣総理大臣を8人も輩出している山口の政治力のなせる業か、すさまじいまでのインフラの二重化ではないか。
常磐道が全通して幾分マシにはなったが、東北地方は最近まで東北道が事故やら悪天候やら交通集中やらで梗塞道路になった日には逃げ道となる高速道がなかった。

そんな二重化を達成したインフラとして宇部下関線経由ルートがどのような概況にあるのか、平成22年の道路交通センサスを用いて、従来の山口JCT・中国道経由ルートと比較をした。

山陽道 本線と宇部線 比較図

【画像はクリックで拡大します】
(平均旅行速度は昼間12時間上下平均値)


経由ルート距離平均旅行速度所要時間
山口JCT・中国道49.9km80.2km/h37分21秒
宇部JCT・宇部下関線47.4km73.6km/h38分37秒


なるほど。
距離では宇部下関線経由ルート2.5kmほど短絡化している。

一方で、山口JCT・中国道経由ルートが全区間4車線を維持しているのに対し、全体の7割近い32.1kmにわたって暫定2車線対面通行となる影響か、宇部下関線経由ルート平均旅行速度は73.6km/hに留まることから所要時間も38分37秒かかり、山口JCT・中国道経由ルートより遅い結果となった。

ちなみに、平成22年のセンサス調査時は、山口宇部有料道路が文字通り有料だったが、現在は無料開放されている。
有料当時は90.0km/hという高い速度が出ていたが、この無料開放の影響で交通量が増え、平成27年の道路交通センサスでは平均旅行速度が低下し、所要時間が長くなっている可能性があるのでご留意を。

余談ながら、山口宇部有料道路「高速自動車国道に並行する一般自動車専用道路」という奴だったわけだが、実はこれ、山口県道6号という路線だ。

全国で、都道府県道が「高速自動車国道に並行する一般自動車専用道路」になっているのは他に、わが青森県第二みちのく有料道路こと青森県道8号しかない。

山口が無料開放するときに、ETC設備を安価で譲ってもらうこととか出来なかったもんだろうか、青森県道路公社さん。



最後に、料金の比較を。

宇部下関線を経由すると、初乗りが2回になる分、長距離だと損するかなと思ったが、それほどでもないようで。

山陽道 支線 料金比較
【画像はクリックで拡大します】


例えば、小月ICからなら、広島ICまで走っても宇部下関線の方がお得なようだ。

さすがにそれ以上の長距離になれば損するケースが多いようだが、九州最南端の鹿児島ICから阪神高速11号を経由して大阪都心へ接続する中国池田ICまで走っても、普通車で700円しか違わない。

交通量をみて、混んでいそうなら宇部下関線を使うというのは、結構有効な手段であるようだ。

山口県、道路インフラが進んでいて羨ましい。

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2015年11月06日

青森市は太平洋側なのか日本海側なのか?

太平洋側出身者と日本海側出身者で分かれてくれ」

十年以上も前だが、大学の講義で言われた。
困ったのが北見出身と、奄美大島の名瀬出身の同級生。

「オホーツク海側と東シナ海側の人は日本海側に入ってくれ」

都内の大学なので圧倒的に太平洋側出身者が多く、人数のバランスの都合でそう分けられたのだが、実は二十歳を過ぎたばかりの青森市出身の小生も「む、陸奥湾はどっちなんだ?」と迷っていたのである。

青森市は太平洋側なのか、日本海側なのか?
●地形的には太平洋側である青森市

本州を真上から見たとき、降った雨水が太平洋に注ぐか日本海に注ぐか、それを分かつ嶺々を中央分水嶺と呼ぶ。
中央分水嶺を挟んで、雨水を集めた川が太平洋に注ぐ地域は太平洋側、逆に日本海に注ぐ地域は日本海側という考え方になる。

もっとも、日本山岳会がそうであるように、中央分水嶺は本州のみならず九州南端の佐多岬から北海道の宗谷岬まで繋がっているという捉え方もできる。
九州であれば、日本海側というよりは東シナ海側と言った方が適切な地域も多いように思う(長崎や熊本、鹿児島西部など)が、では北海道まで繋がっているという中央分水嶺は津軽海峡をどこで繋がっているのかという疑問にたどり着こう。

その答えは、「竜飛崎から白神岬にかけての海底を通過している」であるから、津軽半島と松前半島を中央分水嶺が通過していることになる。

つまり、四ツ滝山や袴腰岳、馬ノ神山などを擁する津軽中山山脈は、太平洋側日本海側を分かつ、中央分水嶺ということになる。

ということは、陸奥湾側が太平洋側に属するということになる。

青森平野を流れる荒川(堤川)、駒込川、野内川、沖舘川、新城川などはいずれも陸奥湾に注ぐのは疑う余地がない。

地形的にみれば、青森市は太平洋側ということになる。


ただし、旧南津軽郡浪岡町の地域は日本海側である。

浪岡地区を流れている大釈迦川や浪岡川は、十川を経て五所川原で岩木川に合流する。
岩木川は十三湖で日本海に注ぐので、紛れもなく岩木川水系に属する旧浪岡町は日本海側である。

こう考えてみると、青森市と浪岡町の合併というのは中央分水嶺を挟んで太平洋側日本海側の自治体が合併したケースだと言える。
●県境・旧藩境や文化圏とは必ずしも一致していない中央分水嶺

ここで、中央分水嶺を引いた青森県周辺の地図を載せてみる。

中央分水嶺 青森周辺
【地図はクリックで拡大します。】


●太平洋側に食い込んでいる(?)津軽領

よく、青森県の津軽と南部の説明でありがちなのが、日本海側の津軽太平洋側の南部というものだ。
しかし、中央分水嶺で分けた場合に太平洋側とされてしまう青森市や東津軽郡は津軽領(平内が黒石藩、それ以外が弘前藩)である。

言語でみても、平内の狩場沢までは津軽弁だが、藩境を越えて野辺地の馬門に入ると南部の方言になる。
平内の人が野辺地に買い物に行って意思疎通ができないというほど違うこともないが、言語は藩境できれいに分かれているように思う。

これは藩政時代に、藩境で人の行き来を制限していたからなのかと思う。
文化面でみても、北は竜飛、西は岩崎に至るまでの津軽一円で実施されているお山参詣(金子直樹1998「岩木山における参詣登山道の歴史的変遷」)があるが、それも平内が東端であり、野辺地には及ばない。

方言や風俗(エロい店じゃないぞ)の境界にもなっている津軽・南部の藩境でみると、文化的には藩境太平洋側日本海側を分けていると言えなくもない。

水の流れる方向で分別する中央分水嶺の考え方は明快だが、文化的な事象を検討すると複雑化してしまうのだ。
●秋田・岩手の県境も複雑だった

もう一度、上の地図の十和田湖の周辺をご覧いただきたい。
ご存じのとおり、十和田湖の水は奥入瀬川を経由して太平洋に注ぐため、十和田湖のカルデラ外輪山が中央分水嶺を構成することになり、十和田湖は太平洋側という扱いになる。

十和田湖岸の子ノ口、宇樽部、休屋は青森県十和田市(旧十和田湖町)なので太平洋側でしっくりくると思うが、秋田県側の和井内や銀山(小坂町)も太平洋側だと言われれば違和感を覚える人も多いのではないか。



十和田湖外輪山の次は、青森・秋田県境の東側を中央分水嶺が縦断している。
小国川という、いずれ米代川に合流し能代で日本海に注ぐ川の最上流部が青森と秋田の県境になっているのだ。
さらに南下すると、同じく米代川水系の大清水川も源流が青森県田子町に位置しており、ここでも県境と中央分水嶺が一致していない。

非常に意外に思う人もいると思うが、新郷村西端の迷ヶ平や三戸町の小国牧場付近、田子町の白萩平は地形的には日本海側である。
西端のごくわずかな部分とはいえ、三戸郡の一部が日本海側だと言われたら、これも違和感がある。



青森・秋田・岩手の三県境の四角岳付近では県境と中央分水嶺が一致しているが、それより南の旧安代町に着目すると、中央分水嶺が岩手県側にかなり広い範囲で食い込んでいる地域が見える。
分水嶺トンネル
【写真はGoogleストリートビューより引用、クリックで拡大します。】

この写真は東北自動車道鹿角八幡平→安代方向の梨木トンネルの手前である。
この「分水嶺」と書かれた標識に見覚えがあるという、青森県民や秋田県民も少なくなかろう。

安代は、町の西側の田山などは米代川が遠く能代の日本海まで流れているが、町の中心部である荒屋新町付近を流れている安比川はいずれ馬淵川に合流し、八戸で太平洋に注ぐのである。

東北道の標識が示す通り、県境でもない場所を中央分水嶺が通過しており、国道282号貝梨峠東北道は梨ノ木峠の下を梨木トンネルで通過しているのだ。
●秋田の「南部」鹿角地方

秋田県北東部の鹿角市と小坂町で構成される鹿角地方は、かつて南部氏の領土であった。
秋田県にありながら旧出羽国ではなく旧陸奥国に属しており、明治維新後の奥羽分割後も羽後ではなく陸中であった。

三戸や田子のごく一部が日本海側というレベルではなく、鹿角はほぼ全域が日本海側と言ってよい地域である。
水田が広がる豊饒な鹿角盆地の景観を見ていると、ヤマセによる冷害・飢饉常襲地帯の岩手の南部領とは似ても似つかず、大館や鷹巣と同じように秋田の一部と僕には見えるが、実際に昔から鹿角に住んでいる人たちの中では秋田より盛岡への帰属意識が強かったり、秋田市からみれば鹿角は秋田県っぽくないように見えるという人もいるようだ。

三戸から峠を隔てた鹿角は実際に南部氏にとって生命線となる食糧生産地だったのか、鹿角の領有をめぐっては南部晴政と安東愛季が何度も激戦を繰り広げている。

現在の帰属は秋田県であるし、中央分水嶺の考え方でも鹿角は日本海側と言えると思うが、かつて陸奥国に属し南部領の時代が続いたという歴史的背景や文化をみると、ここもまた簡単には日本海側と言いにくい雰囲気があるように思う。


北奥羽地方においては、太平洋側日本海側を分けるというのは意外と複雑であり、単純なものでもないようである。

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