2008年02月02日

ぼうぼうと燃える絶望の火――吉屋信子「鬼火」

 「鬼火」は、1955年「婦人公論」二月号に発表された小品。
 紫苑の花の薄紫。鬼火のように燃えるガスの炎の青紫。女の顔の青白さ。孤独と貧しさの極限に生きる女の悲しみを、凄みある美しさで描いている。
 講談社文芸文庫で読んだ。
 
 終戦直後の東京の話。空襲の焼け跡に、一軒だけ燃え残った家があった。いまにも崩れそうなあばらやで、勝手口の前には、丈高く伸びた一株の紫苑が花を咲かせていた。忠七は、その家に、ガス代の集金に行った。住人は、もう何ヶ月もガス代を滞納している。土間の台所には青白い顔の女がいて、鍋に湯を沸かしていた。ガス代を払えと忠七が言うと、お金がなくて払えないと答えた。女の身なりはみすぼらしく、よれよれの着物に細紐を縛っているだけで、帯もしていない。払わなければガスを止めるぞと脅すと、女は、病人に薬を煎じて飲ませているから止めないでくれと懇願した。忠七は女に妙な魅力を感じ、ガス代と引き換えに体を要求する。今夜おれの家に来い、ただし帯ぐらいはしてこいよ、みっともないから、と。夜通し待ったが、女は来なかった。あくる日、忠七は再び女の家に集金に行った。すると、土間のコンロに青白いガスの火が、ぼうぼうと燃えている。忠七が奥に入っていくと、薄い毛布にくるまれて、男が死んでいた。枕元には、数本の紫苑の花束。忠七は、ぎょっとして庭に飛び降りようとした。すると、縁側の梁に首を吊って死んでいる女の体にぶつかった。女は、細紐だけで帯をしていなかった。
 
 紫苑は、薄紫色の小菊のような花を秋に咲かせる。根は咳止めの薬になるという。男は、きっと肺病だったのだろう。女は紫苑の根を少しずつ掘って、病気の夫に飲ませていたのかもしれない。絶望的に貧しかったのだ。たまたまガスの集金に訪れた忠七は、絶望の縁に立っている女を、絶望の底に突き落とすようなことを言ってしまった。ぼうぼうと燃えるガスの炎に、忠七は、女の恨みを見たのだと思う。彼は、ガス会社に辞表も出さず、行方不明になってしまった――
怪談 - livedoor Blog 共通テーマ
鬼火・底のぬけた柄杓―吉屋信子作品集 (講談社文芸文庫)


aotuka202 at 00:13│Comments(0)TrackBack(0)  ・吉屋信子 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字