翻訳文学

2020年03月29日

芸術は民衆とともにあり――トーマス・マン「トニオ・クレーゲル」

自分は人とはちがう、変わっている。自分は大人たちから理解されないし、評価もされない。そう思っている思春期の子どもたちは、少なくないと思う。それは、劣等感でもあり、密かな優越感でもある。
トニオ・クレーゲルも、そういう少年だった。
ただ、密かな優越感には根拠があった。かれは、詩作にふける文学少年であり、早熟な読書家だったのだ。裕福な家庭に生まれ育ち、父親は町の名士だった。

14歳のとき、金髪碧眼の美少年ハンス・ハンゼンに恋をした。
ハンスは、成績優秀で、乗馬を習っていて、みんなのあこがれの的だった。
トニオは、ハンスに自分と同じ本を読み自分を理解してほしいと思うこともあったが、ハンスはハンスのままでいいとも思う。トニオは、ハンスと親友になることを望んでいたわけではなかった。自分とハンスは、まったく異質の人間であることはわかっていたから。
ハンスは、あくまでもあこがれ、美しい恋の対象だったのだ。

16歳のとき、金髪碧眼の美少女インゲに恋をした。あれほど恋い焦がれた美少年ハンス・ハンゼンへの熱は、すっかり冷めていた。
ある宵のこと。良家の子女を集めたダンス講習会が開かれた。
トニオは、インゲと同じグループに入って踊り、へまをして恥をかく。
それでもインゲはかわいく、美しく、インゲへの恋情は燃えに燃える。
インゲは、トニオのことなど、眼中になかったが。
そんなトニオをみつめてくれる少女もいた。いつもよくころぶマグダレエナ。
彼女は、詩を書き本を読むトニオの内面を理解し尊敬もしてくれる。
だが、トニオは美しいインゲに夢中だった。

永遠にインゲを愛すると誓ったのに、しょせんは片恋、時が経つと熱は冷めていった。
トニオが成人したころには、クレーゲル家の長である祖母が死に父も死んで、一家は崩落した。
トニオは屋敷を売ったお金を手にして、故郷を捨て、旅に出た。
肉体の堕落と魂の彷徨。
しかし、芸術には真摯で勤勉に努力を重ね、詩人として作家として名を成した。

第二章では、トニオが女友だちである画家に、芸術家としての苦悩や迷い、芸術論を語る。滔滔と語っているのだが、読者のわたしが凡庸なので、何をいっているのかさっぱりわからない。三島由紀夫は、おおいに感銘をうけたらしいが、それは天才ミシマだから。
わからないいまま読んでいくと、画家は、トニオに「あなたは踏み迷っている俗人ね」なんていい放つではないか。
トニオは、決然と立ち上がり、また旅に出る。

ミュンヘンからデンマークへ向かう途中、トニオは、故郷の町に立ち寄った。
かれが生まれ育った屋敷は、「民衆図書館」なるものになっていた。
滞在したホテルを発つとき、お尋ね者の詐欺師と間違われ、逮捕されそうになる一幕もあった。
自由な芸術家の彼は、身分証明書などというものを持たず、そのことが怪しまれたのだった。

デンマークでは海に近い高級ホテルに滞在した。
海水浴なんかしながら、優雅な日々。
ある宵、ホテルの広間で名家の一族が集まって、盛大なダイスパーティーが開かれた。
夢か現か幻か、そこでトニオが目にしたものは、くるくる踊るハンスとインゲだった。少年時代に恋したふたりが、一組のカップルとしてトニオの目の前を踊りすぎていく。ハンスときたら、中学生のときの水兵服のままだった。
金髪碧眼のはつらつとした、晴れやかで愛想のいい凡庸な人々への愛着が、自分にとってどれほど大切なものかを確認した一夜だった。

やっとの思いでここまで書いたけれど、正直にいえば、凡庸なわたしには、トニオの芸術家としての迷いや悩みは、よくわからなかった。
おぼろげに理解できたことは、俗人でけっこう!と、トニオが開き直ったんじゃないかということ。芸術というものは、民衆とともにあってこそということにめざめたんじゃないかな。

難しいわりには、ハンスやインゲへの片恋に燃えるトニオ・クレーゲルは、滑稽でユーモラスでおもしろかった。


トーマス・マン「トニオ・クレーゲル」(kindle版青空文庫 底本・岩波文庫)

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2020年03月21日

不条理の中で、勇気と連帯と友情と――カミユ「ペスト」

新型コロナウィルス感染拡大の影響で、カミユの「ペスト」が売れていると聞いた。どこの書店でも品切れだとか。ご時勢とはいえ、世の多くの人々が、こんな重たい小説に飛びつくものかしら……
半信半疑でわが街の本屋さんに行ってみた。大型ショッピングセンターの中の、エンタメ系の本が中心で、文芸書は片隅に追いやられている店。
新潮文庫の「ペスト」は、「異邦人」と「追放と王国」に挟まれて、ちゃんと並んでいた。
ほらね、やっぱりあるじゃない。

小説の舞台は、アルジェリアのオラン県、人口20万の小都市。
19XX年とあるが、1947年発表の小説だから、1940年台とみていいだろう。
アルジェリアは、まだフランスの植民地だった。
主要登場人物は、すべてヨーロッパ人の男性である。

事件の始まりは、数匹のネズミの死。
道端で、ホテルの階段で、のたうちまわって、血を流して死んでいくネズミが目撃される。
数日のうちに、町中のゴミ箱がネズミの死骸であふれ、死んだネズミから離れたおびただしいノミが、新しい宿主を求めて、町中に散らばって行った。
医師リウーが診た最初の患者は、ネズミの死骸を片付けていた門番の男だった。
首や腋や鼠蹊部のリンパ腺が木の節のように固くはれ上がり、高熱に見まわれ、搬送の途中で死んでいった。腺ペストだった。

まっさきに疫病の犠牲になるのは、衛生環境や栄養状態の悪い貧しい人たちだ。
細菌でもウィルスでも同じこと。疫病は、公平でも平等でもない。

肺ペストの患者が現われるようになると、ヒトからヒトへの感染が急速に拡大していき、その都市は、封鎖を余儀なくされた。
不自由な暮らしを強いられ、死の恐怖におびえる人々。
機能がマヒする役所。
閉鎖された劇場。
予防隔離所と化した競技場。
疲弊する医師たち。
混乱する社会で、市民の有志が立ち上がる。
医師リウーを助けようと、保健隊なるものが組織されたのだ。
小説の主題は、疫学的な記録よりも、困難な状況に立ち向かう人々の連帯と友情、彼らの人生そのものにある。

たまたま取材に来ていて封鎖に遭い、フランス本国に帰れなくなった新聞記者、ランベール。
本国には、愛する人がいる。彼は、脱出を熱望し、その機会が訪れるが、土壇場でペスト渦中の都市に残る決心をする。恋人との甘い生活より、困難な中での連帯と友情を選んだのだ。

役所の年老いた下級吏員。
彼は、単調な事務仕事で生活を支えながら、文芸作品を書くことに熱中していた。
冒頭の三行に心血を注いで、書き直し、書き直し……。
もう何十年も、その二つの仕事が彼の人生だった。
そこに、保健隊の統計の仕事が加わった。彼は、何十年も前からそうしているように、三つの仕事を淡々とこなしていく。

裕福らしいが何者かよくわからない、ホテルの長期滞在者、タルー。
彼こそが、保健隊の発案者で、呼びかけ人だ。

どこかで罪を犯し、ひっそりと身を隠していたお尋ね者のコタール。
彼は、ペストを歓迎するという。
自分は逃亡者だが、非常事態の都市にいれば、追われることはないから。
このままペストが続けばいいと本音を吐露しながら、保健隊の活動に加わる。

血清で予防しているとはいえ、感染の危険に身をさらしながらの活動だった。
不条理がもたらす非日常には、人の心を「良きもの」に向けて奮い立たせる熱波のようなものがあるのかもしれない。

春に始まったペストは、熱暑の夏に猛威を振るい、秋になってもクリスマスを迎えても、衰えることはなかった。
それでも、終わりはやってきた。
感染して、もう間もなく死ぬだろうと思われた患者が、奇跡のように息を吹き返し、治癒する。そんな事例が、目立つようになった。
ペストの毒性が弱くなったのか、人々の免疫力が勝るようになったのか、それはわからない。
感染者の数がめっきり減ってきたのは、そのころだ。
ペストは去って行った。
四月に閉ざされた都市の門は、翌年の二月に開かれた。
人々は日常をとりもどし、街にはにぎわいが戻った。

恋人との愛よりも、連帯と友情を選んでペストと戦ったランベール。
永遠にモノになることはないだろう作品に、心血を注ぐグラン。
ペストが終わって、また破れかぶれになる犯罪者コタール。
ペストとの闘いの中で医師リウーの親友となったタルー。

彼らは、すべて、カミユの内なる分身ではなかったか。
読者であるわたしの内にも、彼らはいるように思う。

新型コロナウィルスのパンデミック渦中にあるいま読むと、実に生々しい作品だ。
そして、勇気と希望を与えてくれる作品でもあった。


カミユ 作/宮崎嶺雄 訳「ペスト」(新潮文庫)

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2020年03月14日

人生を物語るということ――ジャネット・ウィンターソン「灯台守の話」

作者のジャネット・ウィンターソンは、孤児として生まれ、数奇な運命に翻弄されて育った。さまざまな職を転々としながら、独学でオックスホードに入学したという。

そんな作者の人生を色濃く反映している作品だが、重苦しい自伝的小説ではない。
ことばを選び、暗喩に満ちた短い文をつないだ文章が、おとぎ話のように耳に心地よい。

主人公のシルバーに、父親はいない。
おそらく船乗りだったのだろう。
母さんは、港の人で、二人がたまたま出会った夜に、いのちの種が母さんの胎内に錨を下ろした。

大西洋に突き出た岬の崖の途中に、斜めに建てられた家で、シルバーは十歳まで母さんと暮らした。
ある日、母さんは、娘のシルバーを生かすために犠牲になって死んだ。

孤児となったシルバーは、灯台守のピューに育てられる。灯台守の後継者として。
ピューは、盲目の老人だった。いつから見えなくなったのか、何年この世に生きているのか、明かされることはない。
盲目でも、ピューには光も闇も見えた。
見えているからこそ見えないものも多いということを、シルバーは、ピューから学んだ。

学校には行けなかったが、ピューは、物語を話してくれた。
灯台の光を絶やさないようにすることは、物語を覚えることだと、ピューはいう。
ひとつの灯台には、ひとつ、いやそれ以上の物語。
それを覚えることが、灯台守の後継者の務めだという。

ソルツ。それが、シルバーが生まれ、ピューの灯台がある町だ。
ピューが語るのは、ソルツに灯台を建てた男と、その息子でソルツの牧師になった男バベルの物語。
バベルに虐待された妻と、バベルに愛された女性モリーの物語。

やがて、灯台が無人化されることになり、ピューとシルバーのおだやかな暮らしは、終わる。
ピューは、何処かへと去って行き、シルバーは自立への旅にでる。

後半は、シルバーが語るシルバーの物語で構成されている。

自分の身にふりかかったどんなに悲惨なことも、自分から切り離して物語にすれば、それほど悲しくも惨めでもないと思えるものさ―――ピューの言葉だったか、シルバーの実感だったのか、死んだ母さんが言ったことだったか…… 忘れたけれど、それはほんとうだと思う。

人は、自分自身の物語を語ることで、人生の灯台になれるのだ。



「灯台守の話」ジャネット・ウィンターソン 作/岸本佐知子 訳(白水社)

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2020年03月09日

美と恋と死と――トーマス・マン「ヴェニスに死す」

1912年、トーマス・マン38歳のときの作品である。
短い小説だが、第一章から五章まである。

主人公は、ドイツの初老の作家。
人生を芸術に捧げ、功成り名を遂げ、富を築き、貴族にも列せられた。
あまりにも自分を厳しく律して、生きてきたせいだろうか。
五十歳を迎えたころ、ふと息抜きに旅行がしたくなった。
彼は、若いころに妻を亡くした。娘がいるが、すでに人の妻となっている。
気楽な独り身で、お金はふんだんにある。

ここまでが、第一章と第二章である。
まわりくどくもったいぶった文章で難解だが、よく読むと、おもしろいことが書いてある。

第三章で、作家は、やっと旅に出る。五月の終わりごろのこと。
行先定まらずうろうろしたあと、ヴェニス行きの船に乗った。
その船で、思いっきり若作りした老人が、若者に混じってはしゃいでいる姿を見て、醜いと思う。

第四章からが本番だ。
ヴェニスのホテルで、作家は、ギリシャ彫刻のように美しい少年に出会う。
少年の名は、タッジオ。
母親と三人の姉たちと、ヴェニスに滞留している。ポーランド貴族だ。

作家は、タッジオの美しさに魂を奪われる。来る日も来る日も、タッジオのあとを付け回し、物陰からこっそりその優美な姿をながめる。
声をかけようとしたこともあるが、胸がどきどきして果たせなかった。
あの子はきっと病弱で、長生きはできないにちがいない――そんな妄想にふけって、うっとりしたりする。
少年も、初老の作家の目を意識している。
ちらっと振り向いて、微笑んだりするから、美少年は罪深い。

第五章で、話が急展開する。
警察官が、ヴェニスの街をやたらに消毒している。
作家が尋ねても、ホテルの人間も街の人間も、理由を教えてくれない。
ドイツ語の新聞を見ると、ヨーロッパで疫病による死者が出ているらしい。
その病気がコレラであることを知ったのは、多くの観光客が去り、ホテルがガラガラになってからだった。
観光客減による損失を恐れて、かん口令が敷かれていたのだった。
ヴェニスは、感染拡大によって、都市封鎖直前になっていた。

しかし、タッジオは、まだ残っている。自分も残っている。
そのことが作家はうれしい。
コレラがなんだ。美少年と運命をともにできるなら、むしろしあわせ――そう思ったのかもしれない。
作家は、理容師のもとへ行き、髪を染め、顔に化粧を施し、洋服を飾り立て、思いっきり若作りした。われながらあさましいと思うが、どうしても自制できなかった。
恋は、盲目なのだ。

いよいよタッジオと母親たちがホテルを去る日がきた。
作家は、海に別れを告げるように遊ぶタッジオに、テラスのソファーに身を横たえ、見とれている。
昨日から体調が良くない。露店で買ったイチゴを、歩きながら食べたせいか。
作家の意識は、次第に薄れていく。
コレラには、突然の意識障害のあと昏睡状態のまま死んでいくという「しあわせな死」があることを、彼は知っていた……

美と恋と破滅――哲学的な小説なのかもしれないが、いい年した高名な作家が、思いっきり若作りして、美少年を追い回す様は、文章が重々しいからなおのこと、おかしくておかしくて、たまらなかった。

ユーチューブで、1971年制作の映画の断片を見た。タッジオは、ほれぼれするほど美しかった。

トーマス・マン「ベニスに死す」(青空文庫 kindle版・底本 岩波文庫)








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2020年02月24日

世界に平和は遠い――アントニオ・G・イトゥルベ「アウシュビッツの図書係」

この本に書かれているのは、事実に基づいた物語だという。

ユダヤ人の強制収容所アウシュビッツに、小さな小さな秘密の図書館があった。
蔵書数は、わずか八冊。
地図帳、ロシア語文法、幾何学の基礎、精神分析入門、世界史概観、ぼろぼろになった小説本……
ユダヤ人が本を持つことを禁じるナチス。
ナチスの目を盗み、命がけで本を守り通したのは、14歳の少女ディタだった。
ナチスは、子どもたちが勉強することも禁じた。
しかしアウシュビッツには、ユダヤ人の手によって秘密の学校が作られ、秘密の図書館の本が大活躍していた。
ディタは、秘密の書庫から本を運び出し、ユダヤ人有志の先生にそっと手渡す。
ナチの目を盗んでの授業が終わると、また元の場所に、こっそりと戻しに行く。
傷んだ本は、やさしく手当てもしてあげる。
学ぶことは、いまという時を豊かにする。
だからこそ、ナチスは、ユダヤ人に読むことも勉強することも禁じたのだろう。

アウシュビッツでは、ユダヤ人の人権は完全に奪われていた。
男女に分けられた収容所のバラックには、囚人がすしづめにされている。
三人か四人に一台のベッド。
藁の布団と薄い毛布は、ノミやシラミや南京虫の棲みかだ。
寝床で眠れない夜、ディタは、ゲットーにいたころ夢中で読んだトーマス・マンの「魔の山」を思い出す。
その本は、いまはディタの心の中にある。いつでも心の中の本を開いて、「魔の山」の世界で遊ぶことができた。

秘密の図書館の八冊の本の中に、一冊だけ小説があった。
「兵士シュベイクの冒険」。
子どもにはよい影響を与えない本だ、読むべきではないと、大人たちはいう。
しかし、ディタは、痛烈な風刺と皮肉な笑いにあふれたその通俗小説を、夢中になって読んだ。
糞尿があふれ、悪臭が充満したトイレの片隅に隠れて。
読んでいるときは、飢えも、差し迫った死の恐怖も忘れることができた。

暴力による支配と飢えと伝染病、虐殺の恐怖。
絶滅収容所の中でも、いくつもの愛や抵抗の物語が生まれていた。
ナチのSSとユダヤ人少女との恋があった。
SSの片恋に近かったが、若いSSはその恋にいのちをかけた。
脱走に成功し、アウシュビッツの真実を連合軍に訴えた若者もいた。
収容所の半分のユダヤ人がガス室に送られる直前、レジスタンスの蜂起の計画もあった。
リーダーの急死で頓挫してしまったが、もしそのとき囚人たちが決起していたら、歴史上の大事件として語り継がれていたことだろう。

アウシュビッツの図書係だったディタは、ホロコーストを生きのび、いまは80歳を過ぎてイスラエルで暮らしているという。
イスラエル政府は、パレスチナに分離壁を築いた。
イスラエルとパレスチナの間では、紛争が続いている。
ユダヤ人に土地を奪われたパレスチナの人々は、難民となって地球をさまよっている。
世界に、平和は遠い。


  アントニオ・G・イトゥルベ 作/小原京子  訳
                「アウシュビッツの図書館係」(集英社)


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2020年02月10日

平和への祈りをのせて――マイケル・モーバーゴ作/ローラ・カーリン絵「カイトーーパレスチナの風に希望をのせて」

ユダヤ人国家のイスラエルと、パレスチナ人の自治地区であるガザ地区およびヨルダン川西岸地区に分かれているパレスチナ。
ヨルダン川西岸地区には、分離壁が築かれています。
パレスチナ人の自爆テロ防止を理由に、イスラエル政府が築いた壁です。

イギリス人の映像作家マックスは、壁の両側で何が起きているか、世界の人々に知らせたくて、パレスチナを訪れました。
旅の最初の日。丘のてっぺんに生える古いオリーブの木の下で、一心にカイト(凧)を作る少年に出会います。
マックスのカメラと撮影に興味津々の少年。
明るく表情も豊かなのに、ひとことも言葉を発しません。
意気投合したふたり。
マックスは、ちょっとしくじって足をくじいてしまい、少年の家に泊めてもらうことになりました。

少年の家は、羊飼いの大家族でした。さいしょは警戒されましたが、少年のおかげで温かいもてなしを受けることができました。
少年が寝てしまってから、家長のヤセルが、少年のことを話してくれました。
少年の名はサイード。
父親は、何年も前から、イスラエルの収容所に入れられていること。
兄がいたけれど、イスラエル軍の警備兵に殺されてしまったこと。
兄が殺されたとき、その場にいたせいで、サイードは声が出なくなってしまったこと。

あくる日マックスは、サイードについて、丘の上に行きました。
ちょうどいい風を待って、サイードはカイトを上げるのです。
マックスは撮影します。
糸を操る少年と空を泳ぐカイトを。
谷に延びる壁、その向こうの丘で遊ぶイスラエルの子どもたちを。
ひときわ強い東風が吹いたとき、サイードは、糸を手放しました。
空高く舞い上がり、カイトは、イスラエルの子どもたちの間に落ちました。
それを車いすにのった青いスカーフの女の子が拾い上げ、サイードに向かって手を振ったのです。
サイードのカイトには、「シャラーム(平和) マフムートとサイード」と書いてありました。
マフムートとは、警備兵に撃たれて死んだ兄の名前です。
マフムートが死んでから、サイードは、いくつもいくつも、カイトを空に上げ、糸を手放し、イスラエルの丘に落としてきたのでした。
「シャラーム、マフムートとサイード」と書いて……

その次の日、マックスは、サイードと手をつないで丘に上りました。
オリーブの木の下で、ドキュメンタリー映画のラストシーンを撮影するつもりでした。
そのとき、ふたりが、壁の向こう側の空に目にした光景は……

戦争が日常のパレスチナ。
父と兄を奪われた少年の、平和への切なる願いに胸を打たれます。

「カイト――パレスチナの風に希望をのせて」マイケル・モーバーゴ作/杉田七重 訳

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2020年02月06日

文明が死ぬとき――ジーン・ヘグランド「森へ――少女ネルの日記」

物語の舞台は、アメリカ北カリフォルニアの森の中。
四マイル四方に一人の隣人もいないし、32マイル四方に一つの町もない。
そんなぽつんと離れた一軒家で、ネルの一家は暮らしていた。
両親と、姉のエヴァ、そしてネルの四人家族。

父親は、町の小学校の校長。
元バレリーナの母親は、タペストリーや陶芸に打ち込んでいる。
姉のエヴァは、12歳でバレエに目覚め、レッスンに励む。
妹のネルは勉強が好きで、ハーバートに入るのが望みだ。
森の中で自然の恵みを受けて暮らす一家だが、文明とはしっかりつながっていた。
電気とガソリンで。

幸福な一家に陰が差したのは、ネルが十五歳の時。母親が癌で死んだ。
そのころから、停電が頻発するようになった。
町では悪い病気が流行り、父親の学校も休校になった。
やがて電気の供給は止まったままになった。
テレビもラジオもつかず、新聞も印刷されなくなり、パソコンも使えない。
電話も通じなくなり、郵便も配達されない。
いっさいの情報が入らないから、なぜそうなったかはわからない。
地球の裏側で続いている戦争のせいなのか、ロスアンゼルスで大地震があり原発がメルトダウンを起こしたせいなのか、石油資源が枯渇してしまったせいなのか……。
ささやかれる原因のすべてが、噂と想像の域を出なかった。
町では暴動や掠奪が頻発し、ものは消え、人はいなくなった。

物語は、ネルの書いた日記によって進められていく。
父親が、恐ろしい事故で死んだ年のクリスマス。
日記帳は、姉のエヴァからのプレゼントだった。
衣装ケースの裏に落ちていた、白いページのある古いノート。
そのときは、二人ともまだ楽観していた。
こんな状態がいつまでも続くわけがない。
そのうち電気は来るだろう。備蓄された食料を食べつくす前に……

しかし、蓄えた食料がなくなっても、電気は復旧しなかった。
18歳の姉と17歳の妹の自給自足の暮らしが始まる。
それは、百科事典の知識を頼りに、食べて明日にいのちをつなぐための壮絶な闘いの日々だった。
クマが出没するが、銃弾はあと少ししかない。
両親が開墾した畑に種をまいても、発芽しなかったり、芽が出ても鳥や野生動物に食べられた。
野生の植物や昆虫の多くは、自らの身を守るために毒を持っていた。
ネルは、百科事典を読んで、どんぐりを主食にすることを思いついた。
森でどんぐりを拾い、乾燥させ、殻を砕き、あくを抜いて、すりつぶした。
ひとさじのどんぐりの顆粒を食べるのに、どれほどの時間と労力をついやしたことか。

この姉妹はいったいどうなってしまうのだろう。
ページをめくる手が止められなかった。
エヴァがバレエ団のオーディションを受け、ネルがハーバートの門をたたく日は、永遠にやってこないだろう。ならばせめて、この姉妹にふさわしい兄弟が森に現れて、二組のアダムとイブになってほしいと願った。しかし、そんな甘く都合のいい展開にはならなかった。
姉妹には、さらに恐ろしい災厄がふりかかり……

日記帳に余白がなくなり、インクも尽きたとき、物語も終わった――

1997年に発行された本だが、まるで今日の警告書のようで、読んでいて苦しかった。
文明によって、人類は安全で快適な生活を手に入れた。それは、地球の資源を食いつぶし、人間以外の生き物を犠牲にすることでなりたっている。危うい綱渡りのような生活なのだ。

作中で、姉のエヴァがいった。人類が誕生して十万年。エジソンが電気を発明してから、たかだか数百年。安全で快適な生活は、悪い夢なのだ。森で、自然の一部として生きるほうが、ほんとうの生活なのだ、と。


ジーン・ヘグランド/山本やよい訳「森へ――少女ネルの日記」

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2020年01月19日

安住の地を求めて――ファビオ・ジェーダ「海にはワニがいる」

タリバンの迫害から逃れるために、十歳で故国を去り、イタリアに安住の地を得るまで八年。ある少年の密入国と不法滞在の旅の実話が、小説の形式で書かれた物語である。

少年は、アフガニスタンのガズニー州にあるナヴァという村で生まれ、十歳までそこで育った。
アフガニスタンは、多民族国家で、ガズニー州は、ハザラ人だけが住む地域だった。
少数派のハザラ人は、タリバンや多数派のパシュトゥン人から酷い迫害を受けていた。わけもなく殺されたり、捕らえられて奴隷にされたり、兵士にされて殺人行為に使われたり……
父親はパシュトゥン人に殺されたようなものだし、学校の校長と先生は生徒たちの目の前でタリバンに射殺された。

母親は、せめて少年だけでもタリバンの迫害の及ばないところで生きてほしいと願ったのだろう。
星明りの美しい夜に、少年を連れて家を出、国境を越えた。
パキスタンの宿で眠る前、母は、少年の顔を胸におしつけ、三つの約束をしてちょうだいといった。ひとつ、麻薬には手を出さないこと。ふたつ、けっして武器をもたないこと。みっつ、盗みをしないこと。
翌朝、少年が目覚めたとき、母の姿は消えていた。
置き去りにした母を恨んでいるひまはなかった。
その日から、少年の生きるための闘いが始まった。

寝る場所を確保すること、働き口を探すこと、食べ物にありつくこと……
十歳の子どもには、困難なことばかりだった。
それでも、少年は、ひとつひとつをどうにかこうにか乗り越えていく。
母親との約束の三つ目だけは守れなかったけれど。でも、それはしょうがない。盗まなければ餓死していた。

奴隷のような労働に耐え、ときには何か月も野宿し、パキスタンからイランへ、イランからトルコへ、トルコからギリシャへ、ギリシャからイタリアへ…… その旅は八年にも及んだ。
密入国や不法滞在のくりかえし。警察や国境警備隊の目を逃れての、生と死の瀬戸際を歩くような旅だった。
病気や大けがで死にかけたこともあったが、死ななかったのは奇跡に近い。
実際、道連れになった難民の何人かは、少年の目の前で凍死したり、ボートから海に投げ出されたりした。

少年が語った中に、わたしの心に刺さったエピソードがある。
ゴムボートで海を渡ってギリシャにたどり着き、疲労困憊して民家の庭先で眠ってしまったときのこと。
その家の老婦人が、彼を家の中に招き入れてくれた。
その人は、シャワーを浴びさせ、温かいスープをごちそうしてくれ、さっぱりした衣服までプレゼントしてくれた。
言葉も通じない異国の難民の少年と身振り手振りで会話して、バスのチケットまで買ってくれたし、お別れに50ユーロもくれた。
奴隷や野良犬のように扱われることに慣れていたからだろう。少年は、「こういう変わった人もいるのだとおどろいた」と、回想する。
このエピソードを読んだとき、もしわが家の庭の茂みに、裸で傷だらけの少年がうずくまっていたらと自問せずにはいられなかった。
わたしには、この老婦人と同じ振る舞いができるだろうか。少年を怪しみ、家に固く鍵をかけ、警察に通報してしまうのではないか。
この老婦人のせめて半分のやさしさと勇気を心がけて生きたいものだと、心から思った。

この本が書かれたのは、2011年。
8年経って、世界は良くなるどころか、悪い方向に向かっているように思う。
自国第一主義という利己主義、排他主義が蔓延し、自国の利益にならないものは排除しようという流れ。ただでさえ難民の受け入れに消極的な日本という国にも、あのギリシャの老婦人のせめて半分のやさしさと勇気をもってほしいと切に願う。

ファビオ・ジェーダ/飯田亮丞訳「海にはワニがいる」(早川書房)

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2020年01月14日

愛と成長の物語――イザベル・アベディ「日記は囁く」

ドイツで25万部売れたというティーンズ向けのミステリー。

その村は、一面に広がる薄黄色の小麦畑と、濃い緑色の牧草地の中に、静かに横たわっていた。
16歳の夏。ノアは、その村を訪れた。母親と母親の友人の三人で。二匹の猫を連れて。

ノアたちは、農家の離れを借り、ひと夏を過ごすことになっていた。
その家は、ごく普通の古い二階家だったが、快適に暮らすには修理が必要だった。

村にあるたった一軒の酒場で、ノアたちは青年ダーヴィトと出会い、修理の手伝いを頼んだ。

ある日、ノアは修理の手伝いに来たダーヴィトと、危険な遊びをする。
降霊術。
この古い家に幽霊が住んでいるなら、呼び出してみようと。
霊の存在を信じていたわけではなかった。
ほんの冗談のつもりだった。

ところが、霊は、ほんとうに降りてきた。
18歳の少女の霊だった。少女の名は、エリーツァ。
エリーツァの霊は、告げたのだ。
ワタシハコロサレタ、と。
具体的な日付や時間まで、霊は答えてくれた。
1975ネン、8ガツ21ニチシンヤ、コノイエノヤネウラデ
シンジツハ アカルミニデナカッタ
犯人の名をたずねると、霊は沈黙した。

めったに人の出入りのない、狭い小さな村だった。
避暑地として有名なわけでもない。
三十年前に村にいた人のほとんどは、まだこの村にいる。
おそらくエリーツィアを殺した犯人も……
ノアとダーヴィトは、真相の究明に動き出す……

物語は、三十の章で組み立てられている。
各章の冒頭には、エリーツィアが書いた日記の短い文章が挿入されている。
長くても十行、ほとんどが数行。文末には、日付とエリーツィアの署名。
新しい章を開くたびに、日記の文章は、読者にささやきかけてくれるのだ。
ノアやダーヴィトのまだ知らない、三十年前にあったことを……

日記が語るエリーツィアの物語は、三十年の時を経たノアの物語と、まるで合わせ鏡のように重なる。
有名で裕福な親を持ち、しかし親に愛されている実感はなく孤独で、この村に来てこの村の青年に恋をして……
しかし、ノアとエリーツィアには、決定的な大きなちがいがある。
エリーツィアは人を愛することができず、恋人さえもてあそんだ。
ノアは、ダーヴィトを心から愛することができた。

犯人捜しのミステリーは、この小説の一つの要素にすぎない。
この小説の本質は、少女や大人たちのいくつかの愛の物語、少女ノアの成長の物語である。

イザベル・アベディ「日記は囁く」(東京創元社)

aotuka202 at 21:22|PermalinkComments(0)

2019年12月31日

心の鍵を開けるとき――タチアナ・ド・ロネ「サラの鍵」

1942年7月16日早暁。パリ、およびその近郊に住む13,000人余りのユダヤ人が、フランス警察によって一斉に検挙され、ヴェルディヴとよばれる屋内競技場に押し込められた。六日後、彼らのほぼ全員が、アウシュビッツに運ばれ、虐殺される。
当時、フランスは親独政権。フランス政府のナチスへの、いわば忖度によって、引き起こされたユダヤ人虐殺だった。

この小説は、ヴェルディヴから勇気ある脱出を遂げた少女と、その少女のその後を追うアメリカ人ジャーナリストの物語である。

物語は、1942年と2002年を往復しながら綴られる。

1942年の主人公は、10歳の少女。7月16日の朝、パリのアパルトマンに押し寄せた警察官。とっさに隠し部屋に隠れた4歳の弟。そこは、いつも姉弟で遊んでいる部屋だった。姉と両親が連行されようとしているのに、弟は出てこない。少女は、隠し部屋に鍵をかける。あんたはそこに隠れておいで、きっとそこのほうが安全だから。お姉ちゃんは、すぐに戻ってきて開けてあげるからと、ささやいて。
連れて行かれたのは、絶望のヴェルディヴ。もうアパルトマンには帰れないのだと、少女にもわかった。環境のあまりの過酷さに死者さえも出る。大人たちは、先にアウシュビッツに連行されて行った。
少女は、あの隠し部屋の鍵を、肌身離さず持っていた。帰らなければ、あの部屋を開けてあげなければ、弟は飢えと渇きで死んでしまう。 少女は、弟を助けたい一心で、脱走を決意する……

2002年の主人公は、45歳の女性ジャーナリストだ。アメリカ生まれのアメリカ人だが、フランス人の男性と結婚し、いまはパリに住む、フランス人でもある。仕事でヴェルディヴを取材することになった。時を同じくして、手狭な現在の住居から、夫の両親が暮らしていたアパルトマンに引っ越すことになった。その部屋は、1942年の「ヴェルディヴ」で検挙されたユダヤ人一家の住まいだったことを知る……

1942年の少女の物語を読むときは、本に釘付けになった。
少女は、鉄条網の狭い隙間をくぐって脱走に成功する。そのとき、勇気を振り絞って職務に背き、手を貸してくれた警察官がいた。逃げてきた少女を、かくまってくれた農家の老夫婦がいた。
検挙された約13,000人のユダヤ人のうち、生還できたのは約400人だという。
目を背けず、そっと手を差し伸べる勇気。
ギリギリのところで、良心を守り通す勇気。
市井に生きる人々のふりしぼった勇気の物語が、生還できた400人のそれぞれにあるのだと思うと、人としてあるべき姿を教えられたような気がする。

その後、ユダヤ人の少女がどうなったかは、2002年の主人公の取材と追及によって明らかにされて行く。国家の恥として封印されてきた「ヴェルディヴ」のユダヤ人虐殺。心ならずも関わってしまった人々も、深い罪の意識と共に心に秘めてきた。
心の鍵を開け、それを明るみに引きずり出すには、大きな痛みを伴った。

苦しくても目を背けずきちんと向き合わなければならないというのは、それはその通りかもしれない。ただ、追及していくジャーナリストがあまりにも取材対象にのめりこみすぎ、感情に溺れていくようで、ちょっと辟易した感もある。

「サラの鍵」タチアナ・ド・ロネ/高見浩・訳(新潮社)



aotuka202 at 11:03|PermalinkComments(0)