・堀辰雄

2013年08月07日

いざ生きめやも――堀辰雄「風立ちぬ」

昭和十一年12月から昭和十三年3月にかけて(作者32〜34歳)発表された作品である。

序曲、春、冬、死のかげの谷、の四章から成っている。
いっさいの説明はなく、描写のみでつづられる。登場人物の履歴や身の上などは、読みながら想像し、流れの中でわかっていくしかない。
序曲は、「私」が「お前」に語りかける二人称で、書かれている。
夏。高原。絵を描く娘。それを眺める「私」。ふたりは同じホテルに滞在している。ここで出会い、恋に落ちたらしい。仕事をうっちゃって、娘に夢中になる「私」。高原に風が立ち、娘の画架が倒れる。やがて、娘の父親が迎えに来て、娘は東京に帰って行く。
「私」は、ホテルに滞在し続け仕事にもどる。ひとり遠くの山脈に見入るうち、自分の人生の中に、ある大きな確信を得る。季節は移ろい、秋になっていた。
時は流れ、翌々年の春。
「私」と節子の三人称で語られる。
東京。「私」は、婚約者の節子の家を訪ねる。節子の父親がいて、娘の病気が思わしくないこと、サナトリウムに入れようかと思っていることを、「私」に話す。ひとりで行かせるのはかわいそうなので、だれか付き添ってくれる人があれば……。父親の内心の期待に応え、「私」は、いっしょに入院することを決める。「私」も、結核を患っているらしい。
その病院の院長は「私」の友人で、節子の病状が重篤であることを、密かに「私」に告げる。
まだ結婚もしていない若い男女の、人里離れた山の中での、蜜月の暮らしが始まる。
冬。節子の病状は、ますます重い。この章では、日記のように日付入りで、節子との日々が綴られる。
「私」は、仕事にとりかかっている。「私」の仕事は、小説を書くこと。
節子を看護しながら、心にもたげた主題は、『真の婚約』。ふたりの男女が、あまりにも短い一生の間を、どれだけお互いを幸福にさせあえるか?
確実に死に向かっていく婚約者をいつくしみながら、「私」は、ノートをつけていく。
日記は、十二月五日で終わる。ベッドの上から、病室の窓越しに、遠くの山の端に落ちていく日を見ていると、残照で、父に似た影が映るという節子。家に帰りたいのかいと、意地悪くなじる「私」。ええ、ちょっとだけ、ごめんなさい、こんな気持ちすぐ直るわと、申し訳なさそうに謝る節子。
死のかげの谷。ふたたび「私」と「お前」の二人称で語られる。
山小屋で冬を過ごそうとする「私」。そこは、「私」が「お前」と出会い恋に落ちた、思い出の地であるらしい。
この章も、日付入の日記形式で記される。
「お前」に語りかけ、「お前」の存在を感じながら、生と死と愛と幸福とを見つめ考え続けた日々を、小説に書き上げたのだろう、おそらく。

日中戦争勃発(昭和12年)、国家総動員法成立(昭和13年)という時代背景を思えば、ずいぶん浮世離れした小説だなあという気がするが、それだけ若い男女が結核で命を落としていった時代でもあったのだろう。戦争も病も死を日常化する。生きることも愛することも、死と隣り合わせにあったのだ。

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aotuka202 at 11:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)