・佐多稲子

2016年01月17日

父ちゃん来い――佐多稲子「三等車」

2016年センター試験の国語・小説は、佐多稲子「三等車」が出題された。
予備校のサイトに掲載されるのを待って、さっそく読んでみた。
今年も短編の全文というのが、うれしい。
小説は、戦後間もないころの話である。
「私」は、所用があって出かけるため、鹿児島行きの急行列車に乗り込む。
料金の安い三等列車。あわただしく、人の往来も多い年末のこと。
客車は満員だったが、「私」は、闇屋に二百円という大金を払い、窓際の座席を手に入れる。
後から工員風の若い夫婦が乗り込んで来て、「私」のすぐそばに荷物を下ろした。
妻は赤ん坊を背負い、三歳ぐらいの男の子を連れている。
妻と夫は、なにやら諍いをしている。
若い父親は、発車のベルが鳴る前に、客車を下りてしまった。
事情があって、母子は父親と離れて暮らすことになるらしい。
母親は、混み合った車内で苦労して赤ん坊のミルクを作リ始める。
それを手助けする「私」や周囲の乗客たち。
母親は、赤ん坊にミルクを飲ませながら、一家の事情をぼつぼつと語リ始める。
去年、いまよりもっと幼かった二人の子を連れて東京に出てきたこと。物価の高い東京では親子四人の暮らしが立ち行かないこと。母子だけ故郷の鹿児島に帰ることになったこと。
出て来たときも、帰るときも、夫の言葉に振り回されてのことらしい。若い母親は、「男って、勝手ですねえ。封建的ですわ」と、吐き出すように言う。
周囲の乗客は、若い母親の話を聞くともなく聞いている。三等車内に生まれる同情と共感の空気。「私」は、ひざに上の男の子を抱いている。闇の座席を買った罪滅ぼしのように。
目覚めた男の子は、窓の外の移り変わる景色を目で追いながら、「とうちゃん来い、とうちゃん来い」と、歌うようにつぶやく。
ざっと、以上のような話である。

さて、問題。問い5で、少し迷った。△か、どちらか。
正解は△蕕靴い、このお父さん、怒りっぽくて乱暴なところがある。満員の車内でむずかって泣く赤ん坊の口に、ビスケットをねじ込んだり。だから、も間違いではないと思うのだ。「私」が家族の「悲哀」を感じているという記述にも、ちょっと惹かれる。佐多稲子は、貧しい家に育ち、二度も離婚を経験している。家族の悲哀には敏感な人だと思うから。






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2013年08月23日

父権は虐待する――佐多稲子「キャラメル工場から」

佐多稲子(1904−1998)は、中学生の父と女学生の母の間に生まれた。母は佐多が七歳のときに亡くなり、父は定職に就かず、家は貧しかった。小学五年で学校をやめて、キャラメル工場に働きに出た。このときの労働体験を小説にして、1928年2月、「プロレタリア芸術」に発表した。独学で果たした24歳の作家デビューだった。

小説の主人公の名は、ひろ子。十三歳の少女である。
ひろ子の父親は、虚栄心の強い男だった。体裁をとりつくろうことばかりに熱心で、どの仕事も長続きしなかった。何の方針も計画もなく、家族をひきつれて田舎から東京に出てきたが、貧乏のどん詰まりになった。父親は、新聞の求人広告を見て、十三歳の娘を、キャラメル工場に働きに出すことを決める。
キャラメル工場は家から遠く、電車で通勤しなければならない。朝暗いうちから家を出て、遅刻すると、門から締め出され、その日は仕事をさせてもらえない。小さな紙切れにキャラメルをのせて、包む仕事だった。成績優秀者と劣等者の名まえが、毎日張り出され、日給は出来高制だった。似たような境遇の少女たちが、歌やおしゃべりで気を紛らわせながら、親や家族のために、一日の辛い立ち仕事を耐えていた。ひろ子の名まえは、いつも成績劣等者として張り出された。がんばっても、仕事が進まなかった。
ある日、父親が、もう工場はやめろといった。少ない日給から電車賃を引いたら、いくらも残らないから、と。
父親は、別の働き口をみつけてきて、ひろ子を連れて行く。
住み込みでそば屋で働き始めたひろ子のもとに、郷里の学校の先生から手紙が来た。
誰かから学資を出してもらって、小学校だけでも卒業するように、たいしたことではないのだから――親切のつもりだろうが、ひろ子にとっては心ない残酷な文だった。ひろ子は、便所にかけこみ、手紙を握りしめて泣いた。

父権が絶対の時代だった。女工を搾取するのは資本家だが、学業途中の子を工場に追いやるのは、ダメ親父だ。国家が父権の後ろ盾になっているのだがら、だれも父親の横暴から子を守ってくれない。資本家よりもダメ親父に憤りを覚えたプロレタリア作家のデビュー作だった。



さらさ らん(赤い芥子粒)の本




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