・井上靖

2016年12月31日

名もなき兵たちの生と死――井上靖「真田軍記」

真田軍記といっても、昌行や幸村の華々しい活躍が書かれているわけではない。
四つの短編から成っている。
「海野能登守自刃」。72歳になってようやく手に入れた沼田、岩櫃の二城を、真田昌幸の調略によって奪われ、自刃に追い込まれた老武将を描く。
「本田忠勝の女」。真田信之の妻になった徳川の重臣の娘を、昌幸の目から描いている。一見おとなしくひ弱そうに見えるが、芯の強い利発な女性。彼女を信之の正室に迎えたことが、真田家存続の大きな力になった。作者の理想の女性像なのかもしれない。
「むしろの差物」。関が原後、帰農した真田家来のその後の運命をえがく。幸村が九度山から大阪城入りしたといううわさを聞き、北信の閑地から真田丸へ、陣中見舞いに赴いた二人の元家来。幸村の顔さえ見れば満足と思って出かけて行ったのに、夏の陣に巻き込まれる。武人魂がよみがえって、勇猛に戦い、命は失わなかったものの、真田の落ち武者として生きる羽目に陥る。
「真田影武者」。夏の陣で討ち死にしたはずの幸村には、その後何年も生存説がささやかれたという。乱戦後の首実検というのは、難しいのだろう。あの時討たれたのは、実は影武者で……、と想像するのは、おもしろい。この短編に書かれた影武者は、幸村の嫡子幸綱の影武者だ。それも、自称影武者で、幸綱のあとをつきまとう。父親に命じられてというが、幸綱のファンだったのかもしれない。幸綱の死後25年経っても、幸綱の影武者としての使命を全うして処刑されていくのだから、一念というものはおそろしい。
運命の波に翻弄されて生きて死んでいった、名もなき家来や雑兵の軍記である。




aotuka202 at 10:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)