・中村文則

2019年07月28日

過去の記憶が「私」を作る――中村文則「私の消滅」

人は、過去の積み重ねでいまがある。
脳に蓄えられた過去の記憶がいまの「私」を作っている。
「このような両親のもとに生まれ、このような友たちとたわむれ、このようなことを学び、このような仕事に励み、このような異性と愛を育み、いまに至る」
自分自身の来歴をこのようにスラスラと語ることができる人は、幸せな人生を歩んできた人だ。
「私はこういうものです」と、胸を張って、あるいは多少恥じらいながらでも、言うことができる。

この小説の主人公、小塚亮大は、精神科の医者である。
人は、耐え切れない精神的苦痛を受けたために、心を病んでしまうことがある。
彼らを苦しめるのは、虐待、貧困、いじめ、暴力などなどの記憶。
ならば、患者の脳からその忌まわしい記憶を消してしまえばいいと、小塚は考える。
電気ショックを与え続けて、記憶喪失に陥らせる乱暴な「治療」。
空っぽになった脳に、偽りの「幸福な記憶」を注ぎ込む。
かくして不幸な「私」は消滅し、幸せな「私」が生まれる。
小塚自身も、複雑な生い立ちの記憶に苦しむ患者なのだ。

恋愛があり、悪意の企みがあり、殺人がある。
ミステリー小説でもあるのだが、謎解きの面白さよりも、肌にまとわりつくような陰湿な悪意の不快さが読後感として残った。
ああ、気が滅入る。

作者は、「共に生きましょう」と、いつもあとがきに書いてくれる。
この世に生き難さを感じている人へのメッセージだと思うが、もう少し、わかりやすい救いが、作品にあったらと思う。
それなのに、中村作品を書店で見かけると、ついてが出てしまうのは、なぜだろう。
わたしも、多少病んでいるのかもしれない。





aotuka202 at 09:48|PermalinkComments(0)

2018年12月05日

『コートの男』を探せ――中村文則「あなたが消えた夜に」

毎日文庫で読んだ。創刊されたばかりの文庫で、記念すべき第一号なんだそうだ。
それもそのはず、2014年に毎日新聞に連載されていた小説である。

ある夜、路上で一人の男が殺された。
目撃情報によれば、犯人は、灰色のコートを着た男。
第二、第三の事件も起きて、そのすべてに灰色のコートの男が目撃される。

コートの男を探せ―――物語は、三十代半ばバツイチ独身の中島刑事の一人称で語られる。
捜査で浮上してくる人物は、暴力や虐待で心に深い傷を負った者ばかり。
捜査する中島刑事自身も、少年時代に犯した罪の記憶に苦しめられている。

中島刑事とコンビを組んだのは、小橋刑事。
二十代半ばの美しい女性で、捜査一課のエリートだ。ちなみに中島くんは、現地の所轄の刑事。
小橋刑事は、カンが鋭く、頭がきれるが、考えこむときは口をぽかんと開ける。
喫茶店に入ると、必ずパフェを注文する。
いつもポケットに、羊かんを持ち歩いている。
寝ぐせではねた髪のうしろに、何かの毛玉がついていることもある。
小橋さんを観察する中島くんの目が、陰鬱で重苦しい作品世界のオアシスになっている。

小説は、三部構成になっていて、第一部と第二部は、事件の捜査と推理。
第三部は犯人の手記。
手記は、「あなた」に向けて、「僕」の一人称で書かれている。「僕(犯人」)が犯行に至った深層と真相が、微に入り細に入り、記されている。犯人の「僕」が抱えている心の闇が、中島刑事の抱えている心の闇にとても似ているので、手記を読んでいると、僕って中島刑事のことかと、しばしば思ってしまった。犯人が書いた陰鬱で重苦しくて長い小説のような手記は、死んだ恋人の墓の前で、「あなた」に届けるために、犯人の僕が燃やしてしまった。だから、中島刑事も小橋刑事も、灰を見つけただけで、読むことはできなかった。
「あなた」とは、どこかで僕を見ていてくれるはずの、守ってくれているはずの、「神」のことだった。

そして、エピローグ。
ここだけは、三人称で書かれている。
犯人を好きだった女性の、長いモノローグ。
彼女が「あなた」と呼びかけるのは、「神」ではない、人だ。
愛する人、愛してくれる人。
彼女を絶望させる「あなた」が人なら、救ってくれる「あなた」も人。
「あなた」が人であることが、この重苦しい作品世界の大きな救いになっていると思った。




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2017年08月15日

物語を生むために生きる――中村文則「教団X」

この小説を書くために、作者は、ずいぶんたくさんの本を読み、資料を調べ、勉強したにちがいない。脳科学や、物理学、宗教や現代史、国際情勢……。1977年生まれの作者が、持てる力を出し切って書いた力作と感じた。この膨大な知識量は、いつまで作者の脳内にとどまっているだろう、もしかしたら、書き上げたとたんに忘れてしまったかも。なんて、失礼なことも思ってしまった。作品として結実しているのだから、それでもちっともかまわないけれど。
登場人物が多く、それぞれの生い立ちのエピソードも語られるので、主人公というものがはっきりしない。彼ら彼女らは、生育時に虐待を受けて心に深い傷を負ったサイコパスばかり。
タイトルとなっている「教団X」は、気持ちの悪いカルトである。セックスを神事としている。教団内では、おおっぴらに男女が重なりあっている。宗教の根本に男女の性があるというのは、なんとなくわかる。男根や女性器をご神体として祀る神社は珍しくない。豊穣と子孫繁栄の願いというが、ほんとうのところは、性の恍惚感が信仰の源になっているのだろう。性描写の多い小説だが、その過激さでは中上健次に遠く及ばない、なんてまたまた余計なことを思ってしまった。いかにも原始的なセックス教団が、国際的なテロリスト教団と結びついて、世界を破滅させるようなテロを企てる。
この世界から、貧困や戦争が絶えないのはなぜか、どういうからくりで生み出されるのか、作中人物が、手記や演説でとうとうと語ってくれるのだが、それが物語にしっくり融けこんでいない。この作品につめこんだことを、一つの物語として書くには、文庫本で595ページというボリュウムでは、とても足りない。
文庫本の帯に書かれたキャッチフレーズは、「絶対的な悪、圧倒的な光」。
松尾正太郎という教祖の遺言を読んで、まさに光だと思った。
われわれは無から来て、つかの間の有を手に入れ、無に帰る。いのちは物語を生むために生きる。一つの命に一つの物語。その物語に優劣はない。さあ、生きて、自分だけの物語をつむごう。


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2014年03月12日

迷宮は心の闇に――中村文則「迷宮」

主人公の「僕」は、とあるバーでひとりの女性に出会う。誘われるままに彼女の部屋に通うようになるが、ある日、探偵によびとめられ、彼女が二十年前の一家惨殺事件の遺児であることを知らされる。
父親と母親と兄が殺され、当時五年生だった妹だけが生き残った。謎が多い事件で、迷宮入りしていた。
彼女は、短期間ではあったが、中学時代、「僕」と同級だった。
「僕」には、精神科に通院していた時期があった。子どものころ、Rという人物が心の暗部に住みつき、「僕」に命令していたのだ。Rを心の中から追い出したころ、その事件は起きた。
東日本大震災直後の東京。頻繁に起こる余震が、読者の不安を増幅させる。
主人公は、弁護士事務所で働き、債務整理の仕事をしている。
一人称で内面を語りながら話を進めていく作法は、とても読みやすい。
Rじゃないのか、「僕」の中から追い出された、人としての実体がないRが、あの猟奇的殺人事件の真犯人ではないのか。読みながら、そんなありえない想像をしてしまった。
事件の被害者であり唯一の目撃者でもある彼女。彼女の口から語られた真相もまた、謎に満ちていた。

人の心の暗部に、閉ざされた家庭の暗部に、迷宮はある。
ああ、人は迷宮に迷い込んじゃったらおしまいなのね。そんな感想をもちました。


さらさ らん(赤い芥子粒)の本









aotuka202 at 09:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)