青山貞一ブログ

独立系メディア「今日のコラム」に連動するブログ

2006年04月

「共謀罪」与党修正案についての日弁連会長声明 


「共謀罪」
与党修正案についての
日弁連会長声明


日本弁護士連合会
会長 平山 正剛



 本日、衆議院法務委員会は、共謀罪導入のための法律案について審議入りし、与党か ら修正案が提案された。

 この修正案は原案に比べれば、一部にその適用範囲をせばめようとする部分はあるも のの、この間一貫して当連合会が指摘してきた問題点は解決されていない。

 第1にこの修正案は、あくまでも団体の「活動」に着目して限定を加えたものであっ て、必ずしも、「団体」がどこまで限定されているかは明らかでない。現実に過去に 犯罪を遂行してきた事実も要件とされていない。団体の一部の構成員が一定の犯罪の 共謀を行ったことのみをもって、団体に犯罪目的ありと解釈される可能性がある。む しろ端的に、文字通りの組織犯罪集団が関与する場合に適用範囲を限定するべきである。

 第2にこの修正案においては、共謀に加えて、「犯罪の実行に資する行為」が必要とされている。この概念は、犯罪の準備行為よりもはるかに広い概念であり、犯罪の実 行にはさしたる影響力を持たない精神的な応援などもこれに含まれる可能性があり、 共謀罪の適用場面において、ほとんど歯止めにならない。少なくとも、犯罪の実行の 「準備行為」が行われたことを明確に要件とするべきである。

 そもそも、本法案は、もともと下記のような問題点を有しており、この点は修正案で も解消されていない。

 第1に、本法案が導入しようとする共謀罪は、犯罪が実際に発生する以前、関係者が 犯罪を起こすことを合意したことのみで処罰できるとするものである。刑法では、予 備行為を処罰する犯罪でさえ殺人罪等ごく一部に限られていたのであり、本法案は、 このような刑法の体系を根本から覆すものである。

 第2に、対象犯罪が619にも及び、あまりに広範な内容となっている。現実に組織犯罪集団が行うと予測される犯罪類型に限定して立法することは可能である。

 第3に、本法案は、国連越境組織犯罪防止条約に基づいて作られたものであるが、同 条約は、国境を越える性質を持った組織犯罪を防止する目的で起草されたものであ る。条約の批准を一部留保するなどの方法によって、我が国の国内法として、国境を 越える犯罪に限って適用する旨を規定することは、条約の趣旨に反するものではない。

 第4に、自首した者の罪を減免するという規定が盛り込まれているが、この規定は、 一旦共謀に加わった者は、犯罪の実行をやめることを合意してもそれだけでは共謀罪 の適用を免れることができず、さらに警察に自首する以外に刑罰を免れる手段がない ことを示している。この点は共謀罪の本来的な問題点を如実に示すものであると同時 に、共謀を持ちかけた側のみが自首により刑罰を免れることがあり得るという点で、この規定自体にも問題がある。

 以上の通り、この修正案がいくつかの点で限定を加えた姿勢については一定の評価は しうるものの、この法案がもともと有している多くの問題点は是正されておらず、当連合会は、この法案には強く反対し、その抜本的見直しを求め、運動を継続・強化していくものである。

2006(平成18)年4月21日

日本弁護士連合会
会長 平山 正剛

「いつか来た道」への法改正、目白押し  青山貞一


「いつか来た道」への法改正、
目白押し


青山貞一


 昨年夏の衆議院選挙で、国民の多くが小泉首相の郵政民営化「改革」のひとことに騙されてこの方、衆議院で圧倒的多数を占めるに至った自民・公明両党によって国会は両者の独壇場と化している。

 その後、昨年秋以来、ライブドア、耐震強度偽装、BSE、橋梁談合など安易な規制緩和や米国追随の結果として日本のあちこちで事件が噴出した。

 これらの事件や不祥事は、政権政党の屋台骨を揺るがすものであるはずであった。それらは政権政党があらゆる意味で責任を負うべきものであった。

 しかしそれら四点セット、六点セット(アスベスト問題、イラク派兵問題を加えたもの)などの重要事件、問題は、民主党の永田議員(その後辞職)のいわゆる「偽メール」不祥事によって、その結果的に隠蔽されてしまった。

 その一因には、政府・与党の広報機関と化しているマスコミの本質そっちのけの報道姿勢にも原因があると思える。

 一端、支持率が急落した小泉首相や与党への支持率が盛り返す始末となった。

 ところで通常国会以降、ここ数ヶ月の大きな問題だが、いうまでもなく、あらゆる法律、それも国の方向性を決める重要な法律が、自民と公明による「密室」のなかで次々に審議、立案されていることだ。

 国会の表舞台にでてきたときには、いくら野党や国民が反対しても、圧倒的多数の与党によって強引に採決され、制定される可能性が大である。

 もともと、欧米諸国や韓国などに比べると、今の日本では政府・与党に何をされてもヒラメ(上ばかり向いていること)で羊(何でもついて行くこと)のように、おとなしくついて行く国民が、小泉政権のインチキ「改革」を依然として支持している。

 その間に、ろくな議論もなく、議員立法や拙速な委員会審議の末、簡単に採決されているのである。

 昔なら、そのうちのひとつの法案でも国を挙げて大きなデモが起こり、マスコミも連日政府・与党に対する痛烈な批判記事を書いていたはずだ。

 しかし、今はどうだろう。

 政権、権力批判と言う重要かつ本筋をわすれた思考停止のマスコミによって、国民はいまだ長い眠りから覚めない冬眠状態だ。そのマスコミの多くは、何ら半生もないまま、今度は「いつか来た道」のもとをなす法改正を側面、背後から支援している。

 その結果、自民、公明連立政権による実質的な大政翼賛政治がまかり通っている。

 おそるべき思考停止、機能不全の「民主主義国家」となった日本の行く末は、いうまでもない、「昔来た道」への回帰である。

 具体的に言おう。

 ここ数ヶ月のトンデモ立法を列記すれば、次の通りだ。

 〃法改正のための国民投票法、 △泙辰燭歴史的反省もないまま愛国心を国民に押しつけようとする教育教育基本法改正、さらに 9堝亜刑法のあり方を根底から変えその気になれば反政府的言動を取り締まる共謀罪の新設などである。

 上記の法律案(改正案)は、いずれも時計の針を逆回転させる時代錯誤法案ばかりである。

 以下、ひとつずつ批判的に紹介しよう。

国民投票法案

 国民投票法案だが、もともと憲法は96条で衆参両院の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数が賛成することを憲法改正の条件にしている。

 だが、その国民投票の具体的規定、手続きについての法案が未整備だった。それ圧倒的多数であることを良いことに、今の国会で成立させよううともくろんでいる。

 自民党、公明党にとって脅威となる小沢民主党が誕生し、今後、小泉インチキ改革の実態が次々国民の前に暴露されれゆく前に、さらに来年の参議院選挙で過半数割れされる前に、やれることは何でもアリで、やってしまおう、と言うのが今の自民の考えではないだろうか。

 その筆頭は言うまでもなく、憲法改正による第九条の改正である。

 世界に冠たる「平和憲法」のもととなっている憲法9条を改正しようというわけだ。ここ数年、周知のように、読売新聞、サンケイ新聞だけでなく、第9条の改正を容認する無節操なマスコミ論調が多くなっている。改憲やむなしの風潮をマスコミが煽ってきたと言ってもよい。

 これはブッシュのイラク戦争に追随し、それを容認する社説を書いた朝日新聞にその端緒がある。

 自民など与党案を見ると、国民投票までの周知期間はおおよそ2ヶ月以から6ヶ月以内となっており、その1週間前から意見広告が禁じられるこなっている。

 これではさもなくともヒラメで羊化している国民に憲法改正と言う問題の本質を理解してもらタメの意見広告などができるのか、大いに疑問がある。

■教育基本法改正

 次は、教育基本法の見直しだ。

 国家の品格の著者の言葉を借りるまでもなく、改正案はきわめて品格も品位もない。日本語を大切にしていない。

 ただただ、戦前のように国民に愛国心を強制的に押しつけようとしているところに最大の課題がある。

 イナバウアーならぬタケバウアー、反っくり返っている武部大幹事長は、すでに70回もの勉強会を与党で開いてきた、などと強弁している。

 しかし、国民にしてみれば確信犯の自民党の党員だけでいくら70回であれ、100回議論したところで意味がないはずだ。民主主義の基本は、国民の前で透明性を持って多面的に議論することではないか。

 その武部大幹事長はこの改正案を今国会で成立させたい、とことあるたびに話している。

 この法改正が通過すればどうなるか、東京都教育委員会が石原都知事の命をを受け、この間行ってきたことを見れば、おおよそ察しがつく、と言うものだ。

 東京都ではここ数年、都立高校などで、何と業務命令で日の丸、君が代を教師らに強要し、それに従わない者を強制的に研修所送りとしたり懲戒処分の対象としてきた。

 国旗国歌法で義務づけられていないにもかかわらず、業務命令などを悪用し、およそ民主主義国家とは思えないことを教育の現場でしている。日教組が問題だ、組合が問題などと言っているが、その問題とこれとは別だ。

 もし、改正法が通れば、このような状況が、日本の津津浦々に現出することになることは火を見るより明らかだ。まさにひとの心のなかに国家主義、国家権力が手をのばすことになる。これではまるで、米国、ブッシュの「愛国法」ではないか。

 当然のこととして、自民が言うところの「愛国心教育」が開始されれば、憲法で保障されてきた思想・信条の自由は実質的に制限されることになるだろう。

 たとえばこんなこともありうる。

 政府や官僚らを公然と批判すれば、まさに教育特高がしゃしゃり出て、反政府者、戦前で言えば非国民としてレッテルをおされ公職追放される。こんなことが起こるのは、見え見えだ。

 このように、自民党がこの間執着してきた愛国心教育は忠君愛国を国民に強制するものとなり、結果的に戦前の教育が復活することになりかねない。

刑法改正「共謀罪」

 さらに、私たちにとって日常的におそろしい、すなわち電子メールを官憲が盗聴することを可能にする刑法改定事案、法案改正が採択されそうなのである。

 、今、国会で静かに進行している末恐ろしい法案として、国家権力の裁量、思惑で一般の国民でさえ犯罪者に仕立て上げられる可能性がある「共謀罪」があることをご存じであろうか?

 今国会では刑法改定が審議されているが、そのなかにいわゆる「共謀罪」の新設がある。 これに違反すれば死刑、無期もしくは長期4年以上の懲役もしくは禁固刑が定められている重要な改正だ。

 問題はその中身。

 刑法の原則はあくまでも行ったことに対し適用される法律である。しかしこの共謀罪は、名のように犯罪の実行を共謀した、話しあっただけで処罰の対象となる法律案である。

 日弁連所属の弁護士によれば、この「共謀罪」は、次のようになる。


 すなわち、一定の犯罪を犯すことを合意しただけで犯罪として処罰することを認めようとしています。

 刑法は、結果が発生した犯罪だけを処罰するのが原則であり、その例外として、一定の犯罪について、結果が発生しない未遂罪も処罰しています。

 さらに、殺人や強盗などの重大犯罪については、準備(予備)行為の段階で処罰しています。

 これに対して、一定の犯罪を犯すことを合意するだけで犯罪として処罰する「共謀罪」は、刑法の体系を根本から覆すものとして、日弁連は新設に強く反対してきました。

 2005年10月の特別国会では衆議院法務委員会に於いて審議されましたが、与党議員からも批判的意見が相次いでだされ、結局継続審議となりました。 


 この法律案のもとは、いわゆるテロ対策の一環であるようだ。

 今回の法案は、簡単に言えば、国家権力の思惑で犯罪者に仕立て上げられる可能性、臭いがぷんぷんする。憲法改正、教育基本法改正とこの「共謀罪」が成立すれば、まちがいなく、言論弾圧や非国民レッテル張りなどがまかり通るだろう。これは決して私の過剰反応ではない。

 事実、このところイラクへの自衛隊派遣に反対する市民団体らがビラを各戸の郵便受けに入れただけで逮捕される事件が首都圏で頻発している。これらはいわば別件逮捕の類だが、今回の法律が制定されれば、堂々と犯罪容疑で行為(結果)ではなく、一定の犯罪を犯すことを合意するだけで犯罪として処罰されることになるだろう。

 テロ行為どころかその逆、すなわち反戦、非戦的な活動や政府・与党を批判する行為をがこの種の法を根拠に犯罪となり、取り締まりの対象となる可能性も否定できない。

 来年には参議院選挙があり、場合によっては自民、公明だけでは過半数割れとなる可能性もある。自民党はそれより前に、上記の法律改正や法律案を制定させようと躍起であろう。

 一方、自民党は以下の毎日新聞の記事にあるように、自ら追い出した自民党議員を数あわせのために呼び戻そうとしている。

 一体、このひとたちはどこまで傲慢なのか!

 いずれにしても、このまま、国民がノー天気に「小泉改革」は良いことだと支持を続ければ、格差社会の増大にとどまらず、まさに国家主義が高まり、「いつか来た道」に舞い戻ることになるだろう。
 
 
<森前首相>国民新党取り込み必要 参院選過半数割れなら

 自民党の森喜朗前首相は20日夜、同党参院議員の会合で、来年の参院選について「自民党が10議席以上減ると自公連立は厳しくなる。国民新党が参院でキャスチングボートを握る」と指摘。その上で自民、公明両党で過半数が確保できない場合、参院会派の「国民新党・新党日本の会」を取り込む必要があるとの認識を示した。
(毎日新聞) - 4月20日23時38分更新
 

官製談合と随意契約(3)〜環境行政史上に残る大汚点〜  青山貞一


官製談合と随意契約
(3)

〜環境行政史上に残る大汚点〜


青山貞一


 ところで、上記の元環境事務次官は、事務次官退職後、神奈川県知事に立候補し当選、知事となった。

 その元高級官僚は、環境庁在任当時の1986年に、大気汚染が大幅に改善されたとして公害健康被害補償法を改悪、1987年以降、新規の公害病患者の認定を打ち切った張本人と目されている。


公害健康被害補償法とは

 正式名を「公害健康被害の補償等に関する法律」という。旧法の「公害に係る健康被害者の救済に関する特別措置法(昭和44年法律第90号)」に代わって、1973年に制定された法律で、1987年の法改正で現在の名称に変更された。

 この法律の目的は、健康被害に係る損害を補うため、医療費、補償費などの支給を行うとともに、公害保健福祉事業を行うことにより、公害健康被害者を保護することである。

補償給付の対象は、大気汚染の影響による疾病(慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎、肺気腫、およびそれらの続発症)が多発した第1種指定地域の被認定患者と、水俣病イタイイタイ病および慢性砒素中毒を指定疾病とする第2種指定地域の被認定患者である。

 1987年の法改正により第1種指定地域の解除が行われ、大気汚染に係る新規患者の認定は行われないこととなったが、それ以前の被認定患者については引き続き所定の補償給付が行われている。

 なお、本制度では補償給付や公害保健福祉事業に必要な費用を汚染原因物質の排出者から徴収することとなっており、第1種指定地域の指定疾患に係る汚染負荷量賦課金と第2種指定地域の指定疾病に係る特定賦課金がある。

出典:EICネット[環境用語集:「公害健康被害補償法」]

 もちろん、その背後には、基金を拠出している大気汚染排出関連事業者、企業、業界、協会などから環境庁に大きな圧力があった可能性は否めないが、それら産業界の意向を受け、社会的経済的弱者の切り捨てと言う日本の環境行政史上、汚点となる法改正を行ったのである。

 当時、もちろん公害補償法改正案に反対する運動の高まりはあったが、政府と自民党は法案改正に強行採決も辞さずという構えで衆院環境委員会での趣旨説明を皮切りに審議を強行した。

 この国会審議のなかで、今でも語り継がれる信じられない事件がおこった。

 参院環境特別委員会の山東昭子委員長が委員会をすっぽかした事件だ。山東議員は、法案趣旨説明が行われた参院本会議を欠席、何とテレビのゴルフ番組の録画撮りに出かけていたのである。最終的に山東議員は「委員長辞任」に追い込まれた。

  このような経過のあと、同法改正案は参院環境特別委員会で政府原案どおり可決、同日の参院本会議でも可決され、成立した。既存の患者にたいする補償は従来どおり継続するとさせたものの新規認定はなくなってしまった。

 元事務次官が環境庁時代断行したこの公害健康被害補償法の改正だが、皮肉なことに1986年以降、日本の大気汚染はひどくなった。原因は、工場・事業所と言うより、大都市の自動車走行量が飛躍的に伸びかつ大型車、ディーゼル車が増加したためだ。これは以下の環境省のデータからも明らかである。

 1986年当時、国(元事務次官ら)が大気汚染が良くなったと言ったのは、図中の青の部分のことであり、大都市ではその後、図中紫の部分が相当増えている。公害健康被害補償法の改正は、青の部分が減ったとして公害病の新規認定を打ち切ったのである。



 その結果、東京、神奈川、大阪などで二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)汚染は深刻化する。そして、若年層を中心に気管支喘息患者など呼吸系疾患を持つひとびとが増え続けている。

 以下は、川崎市の二酸化窒素(NO2)大気汚染濃度の年次推移だが、1986年(昭和61年)意向も年平均値が増加していることが分かる。結局、工場、事業所などの固定発生源の汚染排出量が減ってきたことを理由に、当該分野の産業界の意向を受け、環境庁が無理矢理、公害健康被害補償法を改正したことがデータ面からもよく分かる。これをしたのが元環境庁事務次官であったと言える。


出典:環境総合研究所

 ひとたび改正された公害健康被害補償法では、新規患者を認定しないとしたことからその後の著しい大気汚染によって喘息などを発症した患者には医療費、薬品代などは一切支払われず、まさに自己責任、自己負担とされている。

 これは二酸化窒素大気汚染環境基準の緩和とともに、日本の環境行政の汚点と一つとされている。

 私が川崎公害訴訟、東京大気汚染公害訴訟に原告側証人として出廷したのは、国の環境行政によって理不尽に公害病認定を門前払いされてきた社会経済的弱者を救済したかったからである。

 これは現在、鷹取敦さんが証人となり、たたかいをつづけている。

東京新聞 2002年10月22日朝刊 文・石井敬(東京新聞)
◆東京大気汚染公害裁判に青山が証人出廷した際に証拠提出した東京23区大気汚染シミュレーション図

 しかし、何と元環境庁事務次官、神奈川県知事を務めた高級官僚が環境分野で行ったのは、これだけではなかった。

 つづく


井上毅と教育勅語  佐藤清文


井上毅と教育勅語

佐藤清文

2006年4月17日



 野暮で渡れる世間じゃないが、粋で暮せる世でもない。都々逸

 近代に入って以降の日本における最大の教育問題は政治課題が教育政策へとすり替えられてきたことです。権力は現に必要とされている教育上の改善ではなく、政争の具として教育を扱っています。彼らは自らの無能さを棚に上げ、政治課題を教育のせいにしてきたのです。

 これは戦前戦後を問いません。教育基本法改定に関する動向も同様ですが、小泉純一郎政権が「改革」を掲げている点を考慮するならば、より悪質であり、自己矛盾をはらんでいます。立憲主義や近代の原則を依然としてわかっていないのです。

 そうした政治課題の改称を狙った教育政策の最たる例が教育勅語です。教育勅語は反自由民権運動を目的とした政府内の保守派並びに宮中派の主導権争いの産物です。教育勅語は日本の現状に西洋の思想を合わせられるものではありません。

 明治維新のイデオロギーを貫徹しようとする民権派との妥協の結果、政府は立憲制と国会開設を約束します。大日本帝国憲法発布の翌年の1890年、守旧派は自由民権運動の高まりに危機感を抱き、道徳教育を教育の基本とすることを主張します。中でも、山県有朋首相は、1882年、軍人勅諭を制定して軍隊内の思想を一元化した経験を踏まえ、教育にも同様のことを企てます。

 彼は
18902月政府県知事に働きかけ、徳育教育の一元化を目的とした建議を政府に提出させます。山県は芳川顕正文相を通じて帝国大学教授で洋学にも漢学にも造詣の深い中村正直に徳育の勅令の起草をさせます。

 その草案の検討を山県より命じられた法制局長官井上毅は内容を見るなり、すかさず反論を書簡にしたためます。「徳育ノ大旨」と表題されたその草案が、忠孝を人倫の基礎とし、「敬天敬神」や「良心」など宗教的・哲学的なタームに覆われていたからです。

 
620日付山県宛書簡において、立憲制の君主は「臣民ノ良心ノ自由ニ干渉セズ」、教育の勅論は「政事上ノ命令ト区別シ社会上ノ君主ノ著作公告」とすべきであり、宗教的・哲学的・政治的議論となる観点は排除しなければならないと訴えています。

 さらに、5日後、山県へ書簡を再度送り、教育勅語など「到底不可然前事」と反対しています。フランス留学の経験を持つ井上には、山県ら守旧派は立憲主義が何たるかをまったく理解していないと見えていたのです。

 すでに井上は、1879年、元田永孚を中心とする宮中派の教育への干渉の動きを「教育義」により厳しく批判しています。元田らは、維新以後の欧化主義に基づく教育により、社会が混乱してしまったのであり、孔子を模範とする道徳教育を中軸に据え、身分制教育を復活すべきだと主張しています。

 それに対し、井上は儒教教育への回帰は明治維新の意義を無効にしてしまうだけであり、社会のモラル・ルールの混乱は開国と近代化という大変動から必然的に生じているものであって、教育を原因とするのは本末転倒であると反論しています。

 さらに、戦後の文教政策よろしく、井上は若者の政治運動への関心を殺ぐために、専門領域へ専念させる指導を推進すべきだと付け加えています。

 井上は政党政治には否定的でしたが、立憲主義と近代化には肯定的な態度をとっています。彼の守旧派への批判は立憲主義の原則に基づいているのです。

 しかし、その井上も山県の説得工作により元田と勅語の執筆を始めることとなります。このままでは教育勅語の制定は避けられないと判断した井上は、頑固な保守派や問題性を認識していない学者に作成を委ね、後世に議論を招くのであれば、立憲主義の原則と対立する危険性を自覚している自分が作成すれば、その際どいバランスをとれると考えています。井上は、つまり、教育勅語を骨抜きにすることを決意したのです。

 井上は特定の宗教に偏っている、政治的問題を含む、あるいは哲学的議論となりそうな記述を斥けるように努力しています。出来上がった教育勅語の全文は3部構成です。第1段は天皇の有徳と臣民の忠誠に言及し、第2段は親孝行や国の法の遵守など15の徳を示して、第3段でこれらの徳目は歴代天皇の遺訓であり、古今東西に通じるものだと述べています。はっきり言って、「お父さんお母さんを大切にしよう」などはいちいち国が文章化すべきことではないでしょう。

 教育勅語は散文的と言うよりも、詩的で、定義を欠く曖昧な儒教道徳と通俗道徳、皇国史観が混在しているだけでなく、 「総じて、日本社会の教育理念の根源を『良心』とか『神』とかに求めるのではなく、歴史的存在であると同時に現在の支配構造の要となっている天皇制に求めているところに、この勅語の基本的特徴があったといえる」(佐藤秀夫『教育の歴史』)。教育勅語は現体制の正当化を理論的な根拠に基づいて訴えるのではなく、まがまがしい神話的な言説を無根拠に並べ立てています。井上が狙った通り、無内容な代物なのです。

 井上はこの勅語を天皇の個人的意見として表示されるように主張します。しかし、立憲主義を理解していない政府はそうしません。18901030日、山県首相と芳川文相は天皇から「教育ニ関スル勅語」を下賜し、翌日、文部省はこの謄本を全国の官公私立学校に交付し、各学校が式日などに生徒に奉読させ、その趣旨の奉体を務めるようにという文部大臣訓示を発表します。

 もっとも、『官報』に教育勅語が掲載されましたが、その際、文部省訓令第
8号の付帯資料として2ページ下段から3ページ上段にかけて収められています。重要法案は『官報』の巻頭に載せるべきですけれども、「政治上の詔勅ではなく君主の社会的著作として性格を与えたため、当然の措置であった」(『教育の歴史』)

 朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我ガ國軆ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス

 爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣ノ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ジ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラズ又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン

 斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ挙挙服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

 しかも、3ヵ月程度で仕上げたやっつけ仕事だったため、文法上のミスというおまけまでついています。2段目の中頃に「一旦緩急アレハ」と記述されていますが、この場合、已然形ではなく、「一旦緩急アラハ」と未然形でなければなりません。

 これは、交付後、学者から問題視されますが、文部省は訂正するのを拒否します。この単純なミスを発見したのは、何も学者に限りません。大阪のある中学生がこの間違いに気づき、国語の教師にそれを指摘しに行っています。褒められると期待していたその少年は、逆に、こっぴどく叱られてしまいます。ちなみに、その中学生の名前は大宅壮一と言います。彼はそれを『実録天皇紀』の冒頭で触れています。

 1889年、憲法発布に浮かれる日本にあるイギリスの詩人が一ヶ月間滞在しています。彼の名前はジョゼフ・ラドヤード・キップリング(Joseph Rudyard Kipling)です。彼は日本の伝統芸術に深い感銘を受け、こうした芸術の国が憲法を制定し、近代国家の体制を確立しようとしていることに訝っています。

 憲法を持てる国は、彼によれば、世界中に二つしかありません。それはイギリスとアメリカです。と言うのも、両者とも「芸術と無縁の国」(キップリング『キップリングの日本発見』)だからです。政治の議論を行って投票したり、新聞を発行したり、工場を建設して毛織物を生産したりするなど近代は芸術性と対立します。

 彼にとって芸術は詩を意味し、詩は神の文学です。近代の政治体制は神の死により超越的なものに基礎を置くことができないため、権力は自らを律する憲法を必要とします。しかし、その憲法は散文的であり、退屈でさえあり、詩の持つ高い芸術性など微塵もありません。近代は詩と相容れません。

 愛や美、情熱、孤独、神、道など近代の法に記されるべき言葉ではないのです。キップリングには、日本人は立憲主義をまったく理解していないように映っています。教育勅語はそうした神の死、または詩の死という近代の本質に関する無理解の産物にすぎません。

 山県有朋は軍人勅諭が成功したと信じ、その経験を踏まえて教育勅語の制定へと動いています。しかし、軍人勅諭下の陸軍、特に関東軍は政府や天皇の意向も無視して暴走し、日本を破滅へと導いています。「忠君愛国」を唱える者ほど排他的であり、国を滅亡へと招きかねません。

 それは、国家間の相互依存が進んだ今日、隣国で起きた「愛国無罪」を掲げる若者による混乱が示している通り、さらに顕著です。愛国心を教育基本法に記すよりも、むしろ、権力に対し批判的認識を持つ指導の方が現代社会に求められているのです。「愛国心は悪者の最後の逃げ場所である
(Patriotism is the last refuge of a scoundrel)(サミュエル・ジョンソン)

 政府は、公明党の主張を受け、「愛国心」と記すのを諦め、「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた国及び郷土を愛する」という文言を教育基本法に入れる予定でいます。しかし、これであっても日本の伝統に反していると軽蔑されてしまうでしょう。なぜなら、こういうのを日本の伝統では「野暮」と言うからです。

 僅に三十一文字を以てすら、目に見えぬ鬼神を感ぜしむる国柄なり。況んや識者をや。目に見えぬものに驚くが如き、野暮なる今日の御代にはあらず。

(斉藤緑雨『青眼白頭』)

〈了〉


戦前の日本語教育が教育上の養成ではなく、日本の帝国主義政策の矛盾の解消を目的としていたことは次の作品を参照していただければ幸いです。

http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/unpublished/ceremony.pdf

http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/unpublished/ceremony.html

官製談合と随意契約(2)〜外郭団体を介した「行政」と「報道」の危うい関係〜  青山貞一

官製談合と随意契約(2)

〜外郭団体を介した
「行政」と「報道」の危うい関係〜


青山貞一


 本「独立系メディア」の調査で明らかになりつつあることがある。

 既報のように、環境庁元事務次官が設立した財団法人 地球・人間環境フォーラムに環境省から毎年、特命随意契約で多くの業務が行っていることが分かった。

◆鷹取敦:環境省随意契約問題・(財)地球・人間環境フォーラム

 ここにおける問題は、環境省から業務が特命随意契約で同財団に垂れ流されていることだけではない。財団事務所の一角に、日本を代表する主要メディアの記者らが参加する「日本環境ジャーナリストの会」の事務局があることである。

◆池田こみち:行政と近すぎる報道の危なさ・3Rイニシャティブ

  「日本環境ジャーナリストの会」に参加する記者は、もとより霞ヶ関の省庁やその外郭団体などの活動を監視すべき立場にあるはずだ。そのジャーナリストが、こともあろうか環境庁元事務次官その後神奈川県知事になった元高級官僚が設置、運営している財団法人に間借りしているというのだ。 

 現在、財団法人 地球・人間環境フォーラム及び日本環境ジャーナリストの会事務局は、東京都港区虎ノ門1の10森ビルに移転しているが、それ以前は東京都港区麻布飯倉のビルにいた。ここは、某宗教法人のビルであるとされている。引っ越し先の虎の門の10森ビルの近くにも、その某宗教法人の本部があるがこれが偶然かどうかは調査未了であり、今のところ不明である。

 一方、「日本環境ジャーナリストの会」が事務局を借りている財団法人 地球・人間環境フォーラムは、毎月「グローバルネット」なるニューズレターを発行しているが、同ニューズレターには「環境ジャーナリストの会」の常設ページがあり、会員が執筆を担当している。

 今回、NHKがスクープした環境省の特命随意契約業務が92%を超え多いことについての報道がなされた後、私たち独立系メディアが調べたところ、「環境ジャーナリストの会」のメンバーが環境省の随意契約及びその発注先を追跡取材した形跡はない。
 
 閑話休題

 ひるがえって、日本の「日本記者クラブ」については、世界にも類例がない、行政と報道、ジャーナリズムのもたれあいの構造そのものであると常々批判されてきた。

 これは何も行政が報道関係者にさまざまな便宜を図っていることだけが問題なのではない。「記者クラブ」の存在が報道を行政の広報機関と化し、結果として国民や納税者の知る権利が侵されることになることが問題なのである。

 信州・長野県の田中康夫知事は、知事就任直後に「脱記者クラブ」宣言を行い、県庁の記者クラブ制を即時廃止した。

  だが、長野県などが記者クラブを廃止したあと、霞ヶ関の省庁や他の県庁、市役所で記者クラブを廃止したと言う話はほとんど聞かない。まさにもたれ合いの構造が依然として残存している。

 官製談合と随意契約は、何も天下り先の特定組織に税金を垂れ流す問題だけでなく、「政」「官」「業」「学」「報」、すなわち\治家、国、地方の行政、L唄峇覿函業界、じ耆儚惻圓鉢報道との間で現状を追認し、既得権益を守る癒着の構造の温床を与える点できわめてゆゆしき問題である。

 以下は「政」「官」「業」「学」「報」のもたれあい、利権配分のペンタゴンを図式化したものである。まさにこのペンタゴンこそ、本来あるべき報道の姿、あり方をゆがめているのである。



 上記に関連し、「日本環境ジャーナリストの会」のメンバーの一人は、私にかけてきた電話で「青山さんが指摘されるのは、元高級官僚なり財団自身の問題であって環境ジャーナリストの会の問題ではないのではないか? 私たちはたまたま事務所を借りているだけ」だと言われた。

 日本を代表する新聞の記者がそんな認識であるとすれば、到底、「政」「官」「業」「学」「報」のもたれあいの構造は是正されず、霞ヶ関の省庁や官僚はのうのうとしていられる、はずだ。

 つづく

<参考> 脱記者クラブ宣言 長野県知事 田中康夫

 


 その数、日本列島に八百有余とも言われる「記者クラブ」は、和を以て尊しと成す金融機関すら“護送船団方式”との決別を余儀なくされた
21世紀に至るも、連綿と幅を利かす。


 それは本来、新聞社と通信社、放送局を構成員とする任意の親睦組織的側面を保ちながら、時として排他的な権益集団と化す可能性を拭(ぬぐ)い切れぬ。現に、世の大方の記者会見は記者クラブが主催し、その場に加盟社以外の表現者が出席するのは難しい。


 また、日本の新聞社と通信社、放送局が構成員の記者クラブへの便宜供与は、少なからず既得権益化している。

 長野県に於(お)いても、例外ではない。県民の共有財産たる県庁舎内の3ヶ所に位置する「県政記者クラブ」「県政専門紙記者クラブ」「県政記者会」は、長きに亘って空間を無賃で占有してきた。面積は合算で
263.49平方メートル
及ぶ。部屋と駐車場の使用料に留まらず、電気・冷暖房・清掃・ガス・水道・下水道の管理経費、更にはクラブ職員の給与も、全ては県民の血税で賄われてきた。推計での総額は年間1,500万円にも上る。これらを見直されねばならぬ。

 須(すべから)く表現活動とは、一人ひとりの個人に立脚すべきなのだ。責任有る言論社会の、それは基本である。


 2001年6月末を目途に3つの記者室を撤去し、仮称としての「プレスセンター」を、現在は「県政記者クラブ」が位置する3階の場所に設ける。194.40平方メートルの空間にはスタッフを常駐させ、コピー、
FAXは実費で承(うけたまわ)る。

 テーブル付きの折り畳み椅子を数多く用意し、雑誌、ミニコミ、インターネット等の媒体、更にはフリーランスで表現活動に携わる全ての市民が利用可能とする。使用時間等を予約の上、長野県民が会見を行う場としても開放する。

 更には「ワーキングルーム」として、現在は2階に位置する「県政専門紙記者クラブ」の空間(30.24平方メートル)にも、同様の椅子を並べる。


 平日の10時45分と16時30分の2回、政策秘書室の担当者が「プレスリリース」を掲示し、希望者には無料で頒布する。併せて、その場で質疑応答を受け付ける。必要に応じて、関係部課長等も件(くだん)の会見に出席し、資料説明を行う。知事も又、その範疇に含まれる。

 如何なる根拠に基づいてか、記者クラブ主催だった長野県知事の記者会見は今後、県主催とする。

 知り得る限り、記者会見を毎週行う都道府県知事は、長野と東京のみである。而(しか)して長野県に於(お)いては、往々にして毎回の記者会見に割く時間は1時間以上に亘る。知事室を始めとする県庁内、視察現場等での“ぶら下がり”なる符丁で知られる記者との遣り取りも、拒んだ過去は一度としてない。その精神は変わらない。


 従来と同じく事前に日時を告知した上で週1回開催する知事記者会見には、全ての表現者が参加可能とし、質疑応答も行える形式に改める。但し、質問者は氏名を名乗らねばならぬ。前述の「プレスリリース」同様、会見の内容はホームページ上に掲載する。動画でのアップも導入する。

 天変地異を始めとする緊急記者会見の開催通知や資料提供を希望する表現者は、所定の用紙に連絡先等を記入して予め届け出る形を考える。

 以上、ここに「『脱・記者クラブ』宣言」を発表する。

 今回の宣言が、県民の知る権利を更に拡充する上での新たな「長野モデル」の一つとなる事を切に願う。


 更なる詳細は、全ての表現者との開かれた話し合いを踏まえて決定する。

 猶(なお)、任意の親睦団体としての記者クラブの存在は、長野県に於いても加盟各社の自由意思であり、これを妨げはしない。

 

 2001年5月15日

                   長野県知事  田 中 康 夫


官製談合と随意契約(1) 青山貞一


官製談合と随意契約
(1)

〜「官」から特定の「民」に
金が流れる小泉改革〜

青山貞一


 
国土交通省や日本道路公団と民間企業との間での橋梁工事をめぐる官製談合事件が一昨年から昨年にかけて日本中を駆けめぐった。これは橋梁だけでなく、最近ではトンネル排気設備に至るまで官製談合が蔓延している。

◆トンネル排気事業談合 荏原製作所が幹事役か NHK

 昨年秋からは、防衛庁と民間企業との間で永年にわたり信じられない官製談合が全国規模で行われていたことも発覚した。

 霞ヶ関の省庁に絡む談合(官製談合)は全国規模で頻発、蔓延している。公正取引委員会が、たびたび勧告、公表、命令などをだしても、いっこうに談合は収まるところを知らない。

 なぜか?

 その答えは簡単である。行政側、公団側が談合を容認してきたからだ。単に容認するだけでなく、積極的に業務、利益の配分に役所側が関与してきたからだ。まさに官製談合そのものが日本中に蔓延しているからだ。

 防衛施設庁をめぐる官製談合では、天下りした元官僚を受け入れ先の企業がどう処遇、優遇しているか、その度合いによって防衛施設庁から関連業者に行く業務の発注量を決めていたと言うから、あにはからんやである。昔の共産主義国家ではあるまい。
 
  まさに小泉改革とは名ばかり、本来、率先して行われるべき事を後回しにし、、「改革」だと口先ばかりの「改革」を叫んできた小泉政権は、本来、最優先すべき事をまったくしてこなかったツケだ。

 ところで、このところ霞ヶ関の省庁から特定の財団法人、社団法人などに天下りする「民間」組織への巨額な業務発注が問題となっている。

 本来、一般競争入札とすべき業務が、指名競争入札はおろか、特命随意契約で永年垂れ流されている。その実態が最近になって明らかになってきた。

 ことの発端となった環境省に至っては、発注業務の92%(他の調査では94%超という報告もある)が特命随意契約であることが判明した。しかも、発注先組織の60%以上に、環境省の官僚が天下っていることも判明した。

◆鷹取敦:データでみる環境省随意契約の不透明な実態

◆随意契約:省庁所管法人と16400件,5400億円に 毎日新聞

◆環境省の随意契約割合92%、東京新聞「総合・核心」

 省庁の中では、ついこの間まで地味で目立たなかったのが環境省だ。しかし、同省は、それをいいことに自分たちの天下り先をつくるために、特定の財団、社団、コンサルタント、シンクタンク、銀行系調査会社、企業などに、せっせと、集中的に業務を「特命随意契約」で発注していた。

 これは社会的に到底許容できることではない。どこのコンサルタントでもシンクタンクでも出来る仕事を特命随意契約で天下り先組織に高値で発注したことも分かっている。これでは自由な競争どころか、民業圧迫、役人天国のやりたい放題ではないか。すべて官僚が幅を利かす共産主義社会顔負けの行状である。

◆池田こみち、鷹取敦:全く不可解な環境省の特命随意契約理由

 このように、カラスが鳴かない日があっても、新聞紙上で官製談合や随意契約、天下り問題が記事にならない日はないと言って良いだろう。

 あまりにも問題、事件が多すぎることもあり、何でもすぐに忘れる日本人はこれら霞ヶ関をめぐる犯罪的な事件を看過しがちだ。しかし、もし、小泉政権が本気で「改革」を唱えるのなら、法制度、手続面、罰則面ですぐさままさに改革をすべきである。その場しのぎを繰り返してきた結果、霞ヶ関では官僚らのやりたい放題がまかり通っているのである。

 まして官僚の身内やそれに近い者を集めて談合防止手引き書をつくって、果たして何の意味があるのだろうか? 国がしたり顔で都道府県に手引き書を示したところで、長野県はじめ先進自治体はとっくに制度、手続き改革を具体的に行っている。笑止千万ではないか。

 さらに今になって首相が、「原則は一般競争入札」などと言っても何の意味もない。アホも休み休み言えといいたい。

◆池田こみち:環境省の「談合防止手引書」は果たして有効か

◆随意契約は見直し必要 首相「原則は一般競争」(西日本新聞)

 当然のことだが、霞ヶ関の省庁から「民」に業務発注される各種工事や調査業務などの原資は、税金である。

 その税金を自分たちが天下ったり先輩たちがすでに天下っている独立行政法人、特殊法人、財団法人、社団法人さらに特定の大企業に、何らまともな審査も、チェックも、競争もないまま垂れ流していることは、小泉政権の最大の課題ではないかと考える。

 業務発注の不公平、本来の民業圧迫に加え、業務発注が歪められることによる国家的な経済損失は、計り知れないからだ。

、しかも、多くの場合、およそまともな業務遂行能力を持たない組織に、特命随意契約でバンバン業務が流れている現実がある。

 特命随意契約で霞ヶ関から天下り先の「民」に流れた仕事とカネは、事務局費、管理費などの名目で委託額の数10%をピンハネすることで天下りの高額の給与などに化ける。

◆鷹取敦:環境省随意契約に依存する(財)日本環境協会

 その後、実際に業務を行う企業、コンサルタントなどに再委託されている。実質的にろくな仕事をしない天下り組織や窓口会社にマージンなどでカネが流れ、最終的に仕事をする組織は予算ギリギリのところで業務をしなければならない。さらに実際に仕事をする組織から仕事をしない組織にカネをキックバックさせている現実もある。

 霞ヶ関やその出先の役人達は、官製談合や随意契約問題が発覚しても、そのときだけじっとおとなしく我慢していれば、そのうち忘れ去られるだろうとたかをくくっている。

 「官から民へ」を改革の旗頭としてきた小泉政権だが、これでは、まさに官から民とは、官から特定の民に仕事とカネが流しす、まさに政府公認の巨大官製談合システムではあるまいか。

 小泉政権がしてきたことの多くは、「改革」どころか、「官」から特定の「民」に広義の意味での利権を集中して流すことに他ならない。郵政民営化もまさにその変種にすぎない。事実、郵政会社は今や民業を圧迫する一大特定「民」となっていることからも明らかである。 

つづく

 

環境省随意契約問題 〜環境ジャーナリストの会が事務局を置いている(財)地球・人間環境フォーラム〜  鷹取 敦


環境省随意契約問題
〜環境ジャーナリストの会が
事務局を置いている〜
(財)地球・人間環境フォーラム

鷹取 敦


 環境ジャーナリストの会(JFEJ)という集まりがある。

 同グループのウェブサイト「環境ジャーナリストの会とは」によれば
 「環境ジャーナリストの会」は、91年7月に設立されました。ジャーナリストが、会社やメディアの違いを越え、環境問題についての最新情報や意見を交換できる場をつくることがねらいです。現在、新聞、テレビ、雑誌等に所属するジャーナリスト、企業やNGOの広報担当者など多種多様なバックグラウンドを持つ約80人(?)が会員になっています1999年度の会長は岡島成行((社)日本環境教育フォーラム常務理事、元読売新聞記者)です。
という趣旨の集まりである。

 この会に所属するジャーナリストは当然、環境問題に関心が強いわけだから、環境省の随意契約の問題にも熱心だろうと思われたが、この間の報道をみていると環境省の随意契約の問題についてはNHKが熱心に取り上げているだけで、他では環境省の発表を簡単に伝えているだけのようだ。

 日本における環境問題を論ずる時、お金の問題、特に税金の支出のあり方とともに、調査等の客観性、第三者性の問題は避けて通れないから、この問題についての報道の少なさは気になっていた。



 ところでこの環境ジャーナリストの会の事務局は(財)地球・人間環境フォーラムに置かれている。(財)地球・人間環境フォーラムといえば、環境省が平成17年度の随意契約先のランキング上位に位置した財団法人である。件数にして12件(11位)、総額1億9千万円(24位)の委託事業を随意契約により請けている。

 ちなみに、「環境ジャーナリストの会とは」にある1999年度会長の岡島氏(元読売新聞記者)が常務理事を行っているという(社)日本環境教育フォーラムも同様にこのランキングによれば件数にして7件(29位)、総額4千万円の委託事業を随意契約によって請けている。

 (財)地球・人間環境フォーラムに話を戻すと、この財団法人は理事19人(うち常勤2名)、監事2名(うち常勤1名)評議員28名である。職員数は目につく場所には掲載されていない。常勤理事のうち1名(事務局長)は元環境省自然環境局自然環境整備課長の塚本忠之氏である。

 また、理事長は元環境事務次官、前神奈川県知事の岡崎洋氏で、岡崎氏は知事退任後に(株)エコループ・センターの社長をつとめ、神奈川県山北町に神奈川県内(川崎市、横浜市等を除く)全域の一般ごみ、産業廃棄物を処理する民間の施設を計画したが、地元の反対により計画を断念している。

 そういえば、神奈川新聞やTBSの「噂の東京マガジン」では大きく取り上げられたこの問題について、他のメディアではあまりみかけることが少なかったように思う。

 同財団法人のウェブサイトに掲載されている「平成16年度補助金等概要報告書」をみると環境省からの委託事業は以下の2件、総額3千万円余で、年間収入約6億円に占める割合は5.1%と掲載されている。なお、決算書によると約5.2億円が事業収入である。

・IPCC第4次評価報告書作成支援調査 20,425千円
・砂漠化防止対策技術の移転手法等検討調査委託業務 10,300千円

 しかし平成17年度は前述したように12件、1億9千万円もの事業を随意契約で請けているのだから、平成16年度の報告が全てを網羅しているかどうか、やや疑問だ。
 平成16年度と平成17年度で年間収入が同程度であるとすれば、平成17年度の環境省からの随意契約は全体の約1/3に及ぶことになる。

 先に紹介した(財)日本環境協会(財)地球環境センターと比べれば、環境省の随意契約による委託事業への依存度は低いものの、環境省依存は決して小さいとは言えない。

 最後に平成17年度(平成18年1月まで)に(財)地球・人間環境フォーラムが環境省から随意契約で請けた委託事業の一覧を契約額順に掲載する。いずれも随意契約、すなわちこの財団法人以外に出来ない事業だとはとても思えない。

3Rイニシアティブ閣僚会合開催運営等業務 1億500万円
インターリンケージ;地域間協力による持続可能な開発のための知識・能力開発ワークショップ開催業務 1491万円
リユースカップ等の実施利用に関する検討調査 1292万円
環境コミュニケーション普及推進事業 1197万円
砂漠化防止対策技術の移転手法等検討調査委託業務 1023万円
我が国ODA及び民間海外事業における環境社会配慮強化調査業務 1008万円
森林生態系の保全管理に係る調査業務 750万円
持続可能な地域づくりに向けた取組の促進事業業務 615万円
砂漠化防止対策推進支援調査業務 504万円
発展途上地域における原材料調達のグリーン化支援事業に関するフィージビリティー調査業務 400万円
GESAMPによる海洋汚染物質再評価試験 270万円
砂漠化防止対策技術情報調査業務 168万円

 このような財団法人に間借りしていれば、環境省の随意契約の問題について詳しく取材・報道するのは難しいとでもいうのだろうか。

行政と近すぎる報道の危なさ 〜3Rイニシャティブの委託費が1億円〜  池田こみち


行政と近すぎる報道の危なさ
〜3Rイニシャティブの
委託費が1億円〜

池田こみち

 昨年の今頃(4月28日〜30日)、環境省(小池百合子環境大臣)が主催し、新築なったばかりの東京プリンスホテル・パークタワーにおいて、G8の環境大臣クラスを招き、大規模な「循環型社会に向けたごみゼロ」をテーマに3Rイニシャティブ閣僚会議が開かれた。

 その事務局を務めたのが件の(財)地球・人間環境フォーラムだったのだ。内容の報告は既に以下のコラムに掲載しているので参照していただきたいが、その委託額が1億500万円だったことがわかった。



http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/ikeda-co0211.html
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/ikeda-co0212.html
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/ikeda-co0213.html

 本来、こうした国際会議には広く一般の傍聴やNGOのオブザーバー参加などが認められても良いはずだが、私自身、環境省の担当事務局にお願いしやっとオブザーバー参加が認められたという経緯がある。その会議には、自治体からの参加もほとんどなかった。

 一方、報道関係者や環境省OB、日頃から環境省に近いNGOの面々は大勢参加していが、当然、事務局の財団の理事や評議委員の参加もあったことだろう。

 廃棄物問題について、閣僚クラスの初めての国際会議であったにもかかわらず、報道各紙の取り上げ方は極めておざなりだったことが今更のように思い出される。

 3Rイニシャティブ閣僚会合での議論の内容や日本にとっての課題、国際的な視点での問題点など、焼却主義を邁進する日本にとって考えるべきことが多いが、しっかりとした論評やコメントを出しているのはNGOのWebサイトばかりのようである。例えば、化学物質問題市民研究会など

 3Rイニシアティブでは、その政策決定や行動計画を実施していく上で、NGOも含めたすべての利害関係者(ステークホルダー)の連携が重要であるとしているが、実際には、会合での議論の場からNGOや市民、メディアの参加は排除されたのである。だからこそ、特権のように参加していたジャーナリストにこそ、しっかりとその本質、課題を見抜いて報道してほしかったのだが。

 行政と一体となっている財団法人などに寄り添うようになると、本来の役割が果たせなくなることは間違いない。豪華なホテルで、昼食は参加者(オブザーバーも含め)に無料でサービスされたが、果たしてそこに参加していた「ジャーナリスト」の面々は本来の役割を果たしたのかどうか、首をかしげたくなる。

 それにしても、今更ながら1億円の内訳を見てみたい気がしてきた。

財団法人 地球環境センターも環境省随意契約依存体質  鷹取 敦


財団法人 地球環境センターも
環境省随意契約依存体質

鷹取 敦

掲載日:2006年4月12日


 4月8日掲載のコラムで(財)日本環境協会が環境省からの随意契約に大きく依存している実態を明らかにした。(財)日本環境協会を取り上げた理由は、平成17年度の環境省の随意契約のうち(株)博報堂に次いで2番目に大きな事業を請けていたからである。

 今回はこれらに次いで大きな事業に注目してみたい。3番目に大きな富士通(株)「平成17年度環境省LANシステム等に係る機器等賃貸借及び運用保守作業等業務(後期) 一式)は、既存システムの保守の継続なのである程度やむを得ないだろう。4番目の(株)りゅうせき「平成17年度地球温暖化対策技術開発事業(沖縄産糖蜜からの燃料用エタノール生産プロセス開発及びE3実証試験)」は公募採択案件なので、採択過程に問題がなければ随意契約はその結果に過ぎない。

 5番目に再び公益法人が登場する。(財)地球環境センターの「平成17年度CDM/JI事業調査」4億3400万円である。主務官庁は外務省、環境省だ。

 (財)地球環境センターは、年間の契約総額4億6070万円で11位、依託件数は6件、30位と少なくない。契約総額でこれより多い公益法人は、以下のとおりである。

(財)日本環境協会 7億9741万円
(財)自然環境研究センター 7億6596万円
(財)国民公園協会 7億3237万円
(財)日本環境衛生センター 5億3492万円
(財)地球環境戦略研究機関 4億9466万円
(社)環境情報科学センター 4億8392万円
(財)地球環境センター 4億6070万円


 ここで(財)地球環境センターの概要をみてみよう。
 同財団法人のウェブサイトによると職員数28名、理事10名(うち1名が常勤)、監事2名(いずれも非常勤)18名であることが分かる。ちなみに常勤の理事は、「専務理事・増田喬史・元大阪市都市環境局理事兼環境部長」である。

 なお、理事・監事の肩書きだけを並べてみると、以下のようになる。大阪市に拠点を置くためか、関西の組織の人材が多い。
 兵庫県立大学学長兼大阪大学名誉教授、元大阪市都市環境局理事兼環境部長、(社)関西経済連合会会長、大阪府知事(元通商産業大臣官房審議官)、(社)海外環境協力センター専務理事(元国立環境研究所環境研修センター所長)、大阪市長、大阪商工会議所会頭、イケア・ジャパン特別顧問(元駐スウェーデン大使)、(社)関西経済同友会代表幹事、(財)地球環境戦略研究機関理事長、大阪府環境農林水産部長、大阪市収入役

 次に(財)地球環境センターの平成16年度収支計算書(決算額)をみてみよう。
 当期収入9.8億円のうち補助金収入が2.3億円、受託事業収入が7.2億円と大半を占める。内訳を確認するため「国からの補助金等報告書」をみると、このうち平成16年度は6.2億円が前述した「CDM/JI事業調査」、7300万円が「UNEP国際環境技術センター共同調査等」(これも環境省からの委託事業)で年間収入の64.1%を占め、(財)日本環境協会と同様に、環境省からの随意契約事業である「CDM/JI事業調査」に大きく依存していることが分かる。この事業がなければこの財団法人はやっていけないのではないだろうか。

 ちなみに「CDM/JI事業調査」の概要は、同財団法人のウェブサイトに掲載されているが、これを見て他に実施可能な組織が日本中どこにも存在しないなどという趣旨の随意契約の理由に納得できるだろうか。

 なお、同財団法人は「採用情報『CDM/JI事業調査』に係る人材の募集」(平成18年5月1日(予定)〜平成20年3月31日)を行っている。期間限定で採用する人材でも実施可能だということだろう。

 最後に平成17年度(平成18年1月まで)に(財)地球環境センターが環境省から随意契約で請けた委託事業の一覧を契約額順に掲載する。

CDM/JI事業調査 4億3400万円
国連環境計画親善大使活動推進事業等業務 641万円
国連環境計画親善大使活動推進事業等業務 641万円
温暖化対策クリーン開発メカニズム事業調査 525万円
国連環境計画国際環境技術センター共同調査等業務 339万円



 先に紹介した(財)日本環境協会の環境省随意契約依存体質は、決して例外的なものではなく、環境省が随意契約で事業を委託し続けることにより、一部の公益法人の存続を助けている実態が明らかとなってきた。

小沢一郎の直球にして剛球に目をさませ  田中康夫



小沢一郎の直球にして
剛球に目を醒ませ

 
田中康夫


「山猫と獅子は退き、ジャッカル(野生犬)と羊の時代が来る。そして、山猫も獅子もジャッカルも羊も、自らを地の塩と信じているのだ」。

 1860年代のシチリア島を舞台とする「山猫」は、小説の主人公同様に地元の公爵家に生まれた文学者ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサが原作を物し、ルキノ・ヴィスコンティの監督した映画が1963年にカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した、世界的に著名な作品です。

 実は民主党の小沢一郎氏が引用した「変わらずに生き残る為には、変わらなければならない」は、18世紀のイギリスで秩序、均衡、協調、節度有る競争と支配を唱えた政治家エドマンド・バークの哲学にも通じます。

 物の本に依れば、社会的な紛争や経済的な競争が放置されて、急激に破壊的な対立へと転化する事を憂慮したのが保守主義のバークでした。

が、それは浅薄な保守主義、即ち、一般的に我々が連想する、利権を保守する政事屋ではありません。寧ろ、その対極に位置するノーブレス・オブリージュなのです。

人々が蜂起せざるを得ない程に格差や不満が生じる前に、人々の願望を先取りし、革命など必要としなくなる、正に「的確な認識・迅速な行動・明確な責任」を取り得るプロフェッショナルな政治家の必要性を提唱し、実践したのです。

 詰まりは、民主主義に於ける真の保守とは、常に変革し続ける気概と営為である。そうであってこそ、民主主義を衆愚政治にも独裁政治にも陥らせず、「保守」し続けられるのだ、と。バート・ランカスター演じる「山猫」の紋章を戴く公爵の科白と、この点で軌を一にするのです。

 小沢一郎氏こそは、ノーブレス・オブリージュの何たるかを会得する、数少なき日本の政治家です。而も、目先の戦術に留まらぬ明確な戦略を抱く点に於いても。それは早速、首相の靖国神社参拝を問題視する発言に現れました。

 アジアの一員である日本の歴史と未来に関し、的確な認識と哲学を有する氏は、A級戦犯は戦没者に非ず、故に合祀を改めるべき、と直球にして剛球の問題提起を行ったのです。

 対する小泉純一郎氏は、「中国がいけないと言うからいけないのか、戦没者に哀悼の念を表するのがいけないのか、良く判りませんねぇ」と、相も変わらずの“はぐらかし”で逃げ切ろうとしています。が、だったら、「中国がいけないと言うから、行き続けるのか」と貴男は茶々を入れられちゃうよ、って話です。

 のみならず、A級戦犯合祀は、「政府が言うべき事ではない」との反論も、だったら、真の保守主義者たり得る吉田茂全権大使が調印したサンフランシスコ講和条約を貴男は否定するのか、って話です。詰まりは、宰相・小泉にとってのレーゾンデートル(防波堤)とも呼ぶべき日米安全保障条約の締結へと至ったのは、日本の戦争責任を認めた件の講和条約が契機だからです。

A級戦犯合祀を議論するのは「政教分離の原則に反する」と高言しながら、分祀する前から靖国参拝を続けるのは、それこそが「政教分離の原則に反する」のではないか、と小沢氏は疑義を呈しているのです。実に手強い相手が登場しました。

猶、「山猫」と小沢氏を語った秀逸な論評を、新党日本のHPのトップに掲載しています。

新党日本HP

http://www.love-nippon.com/

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