青山貞一ブログ

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2006年08月

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る  (4)  青山貞一


「南京大虐殺」、
その背景と経過を
NHKスペシャルより探る

その4

青山貞一


第二次上海事変に備える蒋介石軍の実態

 1937年(昭和12年)8月、盧溝橋事件から一ヶ月後、上海で新たな武力衝突がおこる。

第二次上海事変

1937年(昭和12)8月13日に起こった日本軍と中華民国軍の戦闘である。双方の戦闘は終わることなく、そのまま日中戦争へと進んだ。1932年(昭和7)1月28日に起きた上海事変に対してこう呼ぶが、日中戦争の中に含めてしまうことも多い。

1937年(昭和12年)7月7日の盧溝橋事件を発端に、同月28日に至り日中両軍は全面衝突を開始した(北支事変)。上海では1935年(昭和10年)ごろから中国人による日本人暴行・殺害事件が発生していたが、7月24日に宮崎貞夫一等水兵が行方不明となったため、上海市民は第1次上海事変を想起し、共同
租界地やフランス租界地へ避難する市民まであった。この事件は当初、中国人に拉致された事件と報道されたが、後に宮崎水兵が軍紀違反の発覚を恐れて逃亡したという真相が明らかになっている。

事件の経過

事件の発端は1937年8月9日に起こった、海軍中尉・大山勇夫殺害事件である。午後6時半ごろ、彼は上海の紅橋飛行場近くの路上で狙撃され、死亡した。大山は海軍陸戦隊の隊長で、その日も海軍の制服を着ていたため、海軍人を狙った犯行であることは間違いないと思われた。また、同行していた斎藤一等水兵は拉致された。この同じ日、日本と中華民国の間では盧溝橋事件以来続いていた、日中間の緊張を改善させるための閣僚級会談が開かれたが、この事件によって緊張は再び高まり、日本は2個師団を派遣して戦闘が始まった。8月13日、上海にて日中両軍に戦闘がはじまり、黄浦江の日本艦隊は中国軍陣地に砲撃を加えた。8月14日、中国空軍が日本艦隊を空襲したが、爆弾のほとんどはフランス租界や共同租界に落ち、2000人あまりの死者が出た。その同じ日、日本海軍は中国本土への空襲を始めた(渡洋爆撃)。こうして日本は宣戦布告しないまま、中華民国との本格的な戦争へと進んでいった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』等

 ここで明らかになったことは、中国は一撃で倒せるとした日本の見通しは、はやくも崩れることになる。

 当時上海には欧米諸国や日本が権益を持つ租界があり、日本人3万人も暮らしていた。この居留民保護のための上海の日本軍は約5000人いたが、蒋介石はそれを上回る精鋭部隊を送り込んできた。

租界

行政自治権や治外法権をもつ外国人居留地。阿片戦争後の不平等条約により中国各地の条約港に設けられた。 最も有名なものに上海の共同租界やフランス租界があるが、天津にも多数存在し、その他の開港場にも設けられた。近代中国における列強の半植民地支配の拠点であった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 これに対し日本の陸軍は新たに10万人を超える派兵を行ったことで戦火は一気に拡大する。

 第九師団歩兵第七連隊の戦闘詳報を見ると、この詳報は部隊に下された命令や作戦行動が日々詳細に記されている。ここには上海から南京に至る部隊の動きが逐一追える数少ない公式報告書である。

 
第九師団歩兵第七連隊の戦闘詳報

 詳報にある歩兵第七連隊の死傷表よると、2週間の戦闘で兵士2566人中、死者450人、負傷者905人、兵士の損耗率は53%に達していた。中国軍は予想を上回る強力な武器を持っていたとされる。


歩兵第七連隊の死傷表

 その武器はチェコスロバキア製の軽機関銃であった。毎分550発を連射でき、命中精度も高かく正解最高水準の軽機関銃と言われていた。


チェコスロバキア製のZ26軽機関銃

チェコ製ブルーノZB26軽機関銃

1926年から生産されたZB26軽機関銃はその後順調に他国への輸出を伸ばし、輸出先の国々で高評価を得た。第二次世界大戦ではナチスドイツにチェコスロバキアが占領されるとMG34の供給不足からドイツ軍でもZB26軽機関銃は限定的に使用されている。

一方アジア方面にも輸出され、特に中華民国に大量輸出されたZB26軽機関銃は対日戦線で使用され、その後国産まで行われた。中華民国製のZB26は日中戦争で使用され、弾薬も日本軍の一一年式軽機関銃が6.5mm×50弾であるのに対し中国産ZB26は7.92mm×57弾を使用しており戦線でも大戦果をあげている。

日本軍からはZB26を「チェッコ機銃」と呼ばれ、その後戦線を広げた日本軍は中国国内のZB26軽機関銃を製造していた工場を占領(太沽造兵廠など)、大量の7.92mm×57弾とZB26を捕獲する。この時九八式旋回機関銃の国産化に成功していた日本軍はこの弾薬をそのまま使用することができ、ZB26軽機関銃の優秀差から鹵獲した本銃を参考に一一式軽機関銃の後継銃である九六式軽機関銃を後に開発している。

第二次世界大戦後、ZB26軽機関銃は国共内戦でも大量に使用され、ベトナム軍にも供給されている。その後東側諸国の兵器がソ連製の物になると部品や弾も供給されないZB26軽機関銃は少しずつ姿を消していった。一方イギリスのブレン軽機関銃は1980年まで使用された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 ドイツは最新の兵器を中国に大量に輸出していた。 ドイツの軍事資料館には蒋介石が開戦前から密かに進めていた軍備増強計画を物語る記録が残されていた。


フライブルグ軍事資料館

 蒋介石のもとにはおよそ30名のドイツからの軍事顧問団がいた。その顧問団のファルケンハウゼンは、上海でのたたかいを前に「中国兵の士気は高い、これは極限までのたたかいとなる。徹底抗戦の構えは整っている」と。


ドイツ顧問団のファルケンハウゼン

 ナチス政権下のドイツは、蒋介石の依頼に応じ日本との協調関係を維持しながら大量のチェコスロバキア製の当時世界最新鋭の軽機関銃を多数中国に偽装して売っていた事実も資料で判明している。

 ヒットラーは「日本との協調関係は維持する。しかし、武器などの中国への輸出も偽装できる限り続ける」と。

 ドイツからは装甲車や戦闘機などが大量に輸出された。盧溝橋事件の年には前年の3倍に上る軍需品が中国に渡っていた。ファルケンハウゼンは、中国側に最新平気の使い方や戦術を授け、精鋭部隊を育成していた。
 
つづく

 

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る  (3)蒋介石と中国の戦略  青山貞一

 


「南京大虐殺」、
その背景と経過を
NHKスペシャルより探る

その3

青山貞一

◆蒋介石と中国側の戦略

 一方、中国側はどうだったのか。

 蒋介石率いる国民党軍は欧米諸国の支援を受け長期戦に持ち込もうとする。実際、蒋介石は当初、日本軍への積極的対応はしなかった。その理由は、中国における軍閥や共産党とのたたかいにあった。


中国国民党の蒋介石

蒋介石

1887年に現在の中国の浙江省奉化県で塩商人の肇聰と王采玉の間に生まれる。成人後は日本の陸軍士官学校へ留学し、その後辛亥革命に関わったことで孫文からの信頼を得、後に中華民国の主席となる。永く中国共産党と敵対関係にあったものの、日中戦争時には毛沢東と一時的に協力し合い(第二次国共合作)、アメリカやソ連の協力も得て日中戦争を戦い抜いた。しかしながら、1945年からは再び中国共産党との間で国共内戦が勃発、1949年に敗北し台湾に逃れる。その後1950年に総統に就任し、1975年に死去するまで総統の地位にあった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 最近になって台湾においても日中戦争当時の情報が公開されている。その中には、欧米の蒋介石の日記もある。

 欧米の大国に働きかけ、この日本とのたたかいを有利に展開しようとした蒋介石の国際戦略がこの日記から読み取れる。

 蒋介石は、長期戦に備えドイツ、旧ソ連、米国など欧米諸国に、経済制裁、武器援助などさまざまな支援を求めていった。蒋介石によれば「目的は多くの国々に日本への経済制裁をとらせることにある」とされた。


蒋介石

 また最近になって公開された蒋介石の日記には、蒋介石が日中戦争にどういう方針でで臨もうとしていたのか、それを示す資料が台湾(国民党党史館保管)に保管されていた。公開されたのは、原簿ではなくその複写版である。

 
そこでは満州事件のときとは異なり、蒋介石の強い決意が記されていた。

 たとえば、7月8日の盧溝橋事件翌日の日記では「日本の侵略者は盧溝橋で挑発行為に出た。我が軍の準備が完了していないと見て、屈服させるつもりか。今こそ応戦の決心をすべき時だ」と書いている。
 

蒋介石の日記にある「応戦」と言う言葉
 

 蒋介石の元待従秘書、何志浩氏(104歳)は、蒋介石の下、必ず国土を取り戻せると思ったという。


蒋介石の元待従秘書、何志浩氏(104歳)

 さらに、蒋介石が毎日、日記に刻んだ「雪恥」という二文字は、日本に雪辱するという意味である。


蒋介石の日記によく出てくる「雪恥」と言う言葉

 蒋介石は、盧溝橋事件の前年、軍閥との闘いに勝利をおさめ、共産党とも手を結び、国家体制の整備を押し進めつつあった。

 
つづく

 

 

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る その2  青山貞一

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る

       その2  青山貞一

 周知のように日中戦争は、日本軍が1937年(昭和12年)7月7日、北京郊外のいわゆる盧溝橋の近くで演習中に銃弾が打ち込まれ、それをきっかけに、中国軍との間で衝突が起こった。

 これがいわゆる「盧溝橋事件」である。盧溝橋事件をかわきりに日本軍は宣戦布告なき戦争に突入するこの日本の宣戦布告なき戦争への突入が日中戦争、満州事変、「南京大虐殺」の一大キーワードとなる。

 以下はNHKスペシャル、日中戦争〜なぜ戦線は拡大したか〜の概要である。大部なので数回に分け概要を紹介する。


◆盧溝橋事件の勃発と陸軍作戦本部の突出

 盧溝橋事件当時の日本の総理大臣は
近衛文麿である。事件が起きると近衛文麿総理は事件の不拡大方針を示す。


不拡大方針を唱える近衛文麿

 当時、傀儡政権の満州国に駐留していた
関東軍は、下図にあるようにロシア軍と直接向かい合っており、そのため陸軍上層部も中国に戦力をさくのは危険であると考えていた。


傀儡政権、満州国

 しかり陸軍の中堅参謀のなかには、中国に強い姿勢、態度で臨むべきと言うグループがいた。その強弁論の中心は、陸軍作戦本部の
武藤章作戦課長であった(下図参照)。


陸軍作戦本部の武藤章作戦課長

武藤章

1937年(昭和12)、盧溝橋事件に際して参謀本部作戦課長として対中国強硬政策を主張する。1939年(昭和14)に陸軍省軍務局長、1942年(昭和17)に近衛第2師団長(スマトラ・メダン)、1944年(昭和19)に第14方面軍(フィリピン)の参謀長に就任した。戦後、東京裁判で「捕虜虐待の罪」により死刑判決を受け、1948年12月23日に巣鴨プリズンで絞首刑に処された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 武藤課長らは、「対支一撃論」、すなわち大勢の日本の軍勢で中国軍を威嚇すれば、短期間で中国はすぐに屈服するとみていた。


対支一撃論


対支一撃論の考え方を書いた参謀本部員の記録(極秘文書)

 
日本軍はこの戦争を「速戦速決」、すなわち「中国おそれずに足りず」と判断、短期間のうちに勝利すると判断していた。これは中国に派遣された司令官、松井石根の日記からも読み取れる。



松井石根の出征日記

松井石根

日中戦争前には予備役であったが、第二次上海事変が勃発すると軍務に復帰し、上海に派遣された。参謀本部と政府は上海事件の不拡大を望んでいたが、松井は上海近辺に限定されていた権限を逸脱して、当時の首都南京を攻撃・占領した。その際に所謂南京大虐殺が発生したとされる。事件の報を聞いたとき、彼は「皇軍の名に拭いようのない汚点をつけた。」と嘆いたという。しかし、松井はその時点で指揮下の部隊に対する統制力を失っており、軍紀を回復することが出来なかった。松井は中支那方面軍司令官を解任され、本国へ呼び戻された。
 戦後、戦争犯罪人として逮捕、極東国際軍事裁判において起訴される。そして松井が司令官を努めた中支那方面軍が南京で起こしたとされる不法行為について、その防止や阻止・関係者の処罰を怠ったとして死刑の判決を受ける。翌昭和23年(1948年)12月23日に巣鴨プリズン内で処刑(絞首刑)が執行された。昭和53年(1978年)年、他のA級戦犯と共に靖国神社へ合祀された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 
武藤らは軍部上層部に即派兵をもとめ、最終的に軍上層部そして日本政府も押し切られ、中国への派兵がきまる。

 日本から大陸に送り込まれた兵士も、この戦争はすぐに終わると信じ込んでいた。NHKのスペシャル番組では、参戦したある兵士が中国軍を「烏合の衆」程度にしか思っていなかったことを証言している。


 1937年から1945年
の都合8年に及ぶ戦争を日中戦争というが、日本は太平洋戦争に通ずるこの日中戦争のなかで、次第に国際的な孤立を深めることになる。

 ではなぜ、武藤課長らの言い分に陸軍上層部や政府首脳が押し切られたかが問題となる。

 その背景には、6年前の1931年9月に起きた満州事件がある。中国北東部に駐留した関東軍は、独断で戦線を拡大、わずか4ヶ月で中国東北部のほぼ全域を制圧し満州国が建設された。

関東軍

大日本帝国陸軍の総軍の一つ。南満州鉄道附属地警備を目的とした守備隊が前身で、大正8年に関東軍と改称する。司令部は当初旅順に置かれたが、満州事変後は満州国の首都新京(現・吉林省
長春)に移転。名称は警備地の関東州に由来する。張作霖爆殺事件や満州事変において関東軍が政府の方針に従わず独断で軍事行動を行った事等から批判がある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 関東軍は自らを過信、慢心していたのだが、陸軍上層部や日本政府は、武藤課長らの進言を押さえきれず、これを追認することになった。


満州国建設(1923年月)

当初、北京郊外の盧溝橋事件ではじまったこの戦争は、上海さらに南京へと戦線が拡大して行く。

 それは一部の陸軍幹部によるなし崩し的な戦線拡大と、結果的にそれを追認しり日本政府の連携によるものである。

 日本の基本的間違いは、満州事件で中国北東部を制覇し、全域を制圧、傀儡政権、満州国をつくった日本の陸軍が、欧米各国に各種支援をもとめ、長期戦に持ち込み国共合作のもと次第に中国軍を見くびったことにある。

満州国

1932年から1945年の間、満州(現在の中華人民共和国東北地区および内モンゴル自治区北東部)に存在した国家で、その建国には日本の関東軍が大きく係わっており、今日では日本本土及び当時支配下だった朝鮮半島の防衛と大陸での権益確保のために作った傀儡国家と見なすのが一般的である。第二次世界大戦(大東亜戦争)での日本の敗戦とともに消滅した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 以下は陸軍省が当時の中国をどう見ていたかを記す文書である。これを見ると、いかに陸軍が中国を見くびっていたかが分かる。


中国国民党の輪郭(日本陸軍省 1933年発行)

 曰く「国民党は堕落し党員は腐敗、中国は四分五裂し、国家の体をなしていない。」と。

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る その1  青山貞一

「南京大虐殺」、その背景と経過をNHKスペシャルより探る

        その1   青山貞一

◆はじめに

 日曜(8月13日)の朝、池田こみちさんから夜9時にはじまるNHKスペシャルについて聞いた。最初は例年、この時期にある終戦の日に関連した特番程度にしか思っていなかった。

 しかし、夜9時、「日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜」を見はじめてまもなく、このスペシャル番組は、単なる日中戦争の事実の番組ではないことが分かった。

 
2006年8月13日夜9時〜、NHK総合テレビ
   日中戦争〜なぜ戦争は拡大したのか〜

 このスペシャルは、論壇を二分し議論されている「南京大虐殺」に関する歴史考証に係わるものであることが分かった。

 残念ながら、その後のマスコミや論断でこのNHKのスペシャル番組が話題となっていない。しかし、私見では最近、台湾、中国、欧米で盛んになっている日中戦争に関連した情報公開をベースにした、いわば地味な内容ではあるが「スクープ番組」、ではないかと感じた。

 事実、このスペシャル番組を作成するに当たり、NHKは日本、中国、台湾はもとより、旧ソ連、ドイツ、米国など、海外諸国から膨大な量の情報の提供、公開を受けている。

 それには日本陸軍、蒋介石軍、ヒットラー政権、スターリン政権などの現存する指令、日記、手紙、写真、フィルムなども含まれる。

 その意味で、この「」日中戦争」はかなり証拠能力、すなわち根拠ある史実によって「南京大虐殺」を例証しているとも思えるものである。

 私の大学の研究室(青山ゼミ)には、中国の南京から来ている大学院生がいる。いつも彼と日中に係わることを議論しておいる。その一部に当然、日中戦争や南京大虐殺の件もある。

 今日のNHKスペシャルによって、いままで感じていたさまざまな疑問が氷解すればと思う。

つづく

反米チャベス・ヴェネズエラ大統領の石油外交、昨日、中国訪問  青山貞一


反米チャベス・
ヴェネズエラ大統領の
石油外交、昨日、中国訪問


青山貞一
Teiichi Aoyama

2006年8月23日


 

 日本のメディアでは、今のところ8月23日早朝のNHKニュースのみの報道だが、南米最大の産油国でヴェネズエラのチャベス・大統領は8月22日、中国胡錦涛国家主席の招きで中国を婦人を同伴し訪問した。

 AP通信によると、1999年に大統領に就任して以来チャべス氏は、エネルギー不足に苦しむ中国との強力な提携関係作りに力をいれている。

 中国との提携関係を強めることで、現在ヴェネズエラからの石油輸入量が最大である米国への輸出依存度を弱めることが狙いと見られる。

 同時に、チャベス大統領は就任以来、旗幟鮮明にしている反米色を中国への石油輸出を増やすことでより一層強化する思いもある。

 石油という戦略資源を武器に中国に急接近するチャベス大統領と石油資源を渇望する中国との新たな関係に米国ブッシュ大統領は、かつてのキューバ同様、いやそれ以上に足下でのおもわぬ反乱に頭を悩ますことになるだろう。

関連写真

関連記事:英国BBC
BBC NEWS | Business | Venezuela and China sign oil deal
 
関連記事:アルジャジーラ
Aljazeera.Net - China, Venezuela sign energy deal -

関連記事:China Daily
China and Venezuela sign oil agreements
-

 以下はAP通信の関連記事。

ヴェネズエラ、中国との石油輸出取引に
関する協定に調印

8月18日 ヴェネズエラ発 AP

 ベネズエラの大統領ウゴ・チャべス氏は17日、中国との石油輸出取引に関して合意に達する予定だと伝えた。

 チャベス大統領は「我々は中国の胡錦涛国家主席と協定を結ぶ予定であり、中国側は原油輸出用のスーパータンカーを製造する見込みだ」と発表した。

 チャべス氏によると、中国から資金投資などの支援を受け、ヴェネズエラにオイルタンカー製作工場を共同で建設する計画も協定に含まれているという。

 またチャべス氏は、12機の中国製原油採掘ドリルを購入することも約束し、協定に調印した。ヴェネズエラと中国の共同工場にさらに12機の原油採掘ドリルを集積させる計画もある。

 1999年に大統領に就任して以来チャべス氏は、エネルギー不足に苦しむ中国との強力な提携関係作りに力をいれている。中国との提携関係を強めることで、現在ヴェネズエラからの石油輸入量が最大である米国への輸出依存度を弱めることが狙いだ。

 原油資源に富んだヴェネズエラでは、一日15万バレルの原油を中国へ輸出しているが、今年末までに原油輸出量を20万バレルにまで増加させる見込み。


ヴェネズエラ、中国へ原油輸出増大

8月15日 ヴェネズエラ・カラカス発 AP

 ヴェネズエラ国営石油会社は、中国への石油輸出高を現状の一日15万バレルから年末までに一日30万バレルまで増量させる計画をもっている。

 ヴェネズエラ石油大臣が14日発表した。中国への輸出には原油・燃料油その他石油製品が含まれる。

 2004年には、ヴェネズエラは中国に対して1万2300バレルの原油量しか輸出していなかった。現在は米国が、ヴェネズエラの原油輸出相手国ナンバーワンの座を占めているものの、チャべス政権では国内原油生産高の上昇を受けて、輸出先相手国として様々な国家へ原油輸出する道を摸索していた。

 チャべス大統領は今月北京に滞在する予定。滞在中に中国製の12機の原油採掘機を購入し、さらに12機の原油採掘機をヴェネズエラの新工場で使用する協定に調印する見込み。

 中国外務省は、ウェブサイト上でチャべス大統領は8月22日から27日にかけて中国へ公式訪問する予定であると伝えている。また中国胡錦涛国家主席は、公式にチャべス大統領を招待したとも伝えているが、訪問日程の詳細は公表されていない。

 1999年に現職に就任して以来、ヴェネズエラ大統領は中国との関係を強化している。チャべス大統領は2004年12月にも中国を訪問しており、その際原油・テクノロジー・その他一連の協定に調印した。


 以下は、THE ASSOCIATED PRESS記事。

Venezuela to increase oil sales to China

CARACAS, Venezuela -- Venezuela plans to increase oil its sales to China by 50,000 barrels a day by the end of the year, the country's oil minister said.

Venezuela's state oil company, Petroleos de Venezuela SA, will increase sales to China to 200,000 barrels a day from the current 150,000 barrels per day, Rafael Ramirez said Tuesday. He said the shipments include crude and other products, such as fuel oil.

President Hugo Chavez and other officials had previously said they hoped Venezuela would be exporting 300,000 barrels a day to China by the end of the year.

Though the United States remains the No. 1 buyer of Venezuelan crude, Chavez's government has sought to sell increasing amounts to a variety of other countries in recent years. As recently as 2004, the South American country exported only 12,300 barrels a day to China.

Chavez also plans to seal an agreement during a visit to Beijing this month to buy 12 Chinese-made oil drills and to have an additional 12 drills assembled in Venezuela at a new joint factory, Ramirez said.

The Chinese Foreign Ministry said on its Web site that Chavez will make a state visit to China from Aug. 22-27. It said Chavez was formally invited by Chinese President Hu Jintao but did not give details of his itinerary.

Venezuela's congress on Tuesday, however, said Chavez's China visit will include a tour of the facilities where initial work is being done on a communications satellite for Venezuela.

The South American country last year signed a deal with China for the satellite that it hopes will bring it full autonomy in telecommunications. The satellite, which is expected to be in orbit by 2008, will bear the name of Venezuelan independence hero Simon Bolivar, Chavez said.

Chavez will sign a series of energy, financial, technological and cultural accords during his trip, which will also take him to Malaysia and Angola, the congress said in a statement.

Since taking office in 1999, Chavez has forged strong ties with China. During his last visit in December 2004, Chavez signed a series of accords in oil, technology and other areas.

Ramirez said Tuesday that Venezuela also will work on developing the aging oil fields in the Zumano area of eastern Anzoategui state with China National Petroleum Corporation, or CNPC.

CNPC is also involved in certifying heavy oil reserves in the Orinoco river basin, where Venezuela's state oil company hopes to sharply increase production of heavy crude in the coming years.


 以下は今のところ唯一見つけた関連記事。

NIKKEI.NET
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060822AT2M2201B22082006.html
ベネズエラのチャベス大統領、22日から訪中

 【北京=桃井裕理】ベネズエラのチャベス大統領は22日から中国を訪問、24日に胡錦濤国家主席ら中国の国家指導者と会談する。中国は世界有数の産油国であるベネズエラと協力関係を構築し、石油の安定確保を図る。対米強硬派のチャベス大統領は石油を軸に中国との関係を強化し、米国依存の経済構造からの脱却を狙う。

 同大統領の中国訪問は6日間の予定。滞在中に両国はベネズエラの対中原油輸出の拡大や油田の共同開発、タンカー建造に関する共同事業の開始などで合意する見通し。中国は農地の灌漑(かんがい)や光ファイバー網の建設、鉄道、通信衛星、パソコン生産など多分野において対ベネズエラ投資の拡大を約束するとみ
られる。

 資源不足に悩む中国は2005年に同国から前年の約五倍にあたる174万トンの原油を輸入した。06年の輸入量は昨年の二倍以上となる見通し。まだベネズエラ産原油が中国の全原油輸入量に占める割合は2%前後にすぎないが、同国が対中輸出の拡大に積極的なことから、中国が同国にかける期待は大きい。 (19:02)

政策学校一新塾<講義録  代表理事 青山貞一

高齢化する農村が
「葉っぱ起業」で甦る!


横石知二氏

2006年8月22日


出典 一新塾ニュース 【第247号】
 




一新塾有志による徳島県上勝町視察(05年11月)はこちら!
http://www.isshinjuku.com/04i_hassin/event/sisatu_2005kamikatucyou.html


 先日のニュース報道で、日本の老年人口(65歳以上)の割合が21・0%で世界最高になる一方、年少人口(15歳未満)は13・6%で最低となったことが、2005年国勢調査の抽出速報集計結果で明らかになりました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060630-00000073-kyodo-pol

 世界に先駆けて日本は少子化、高齢化の時代の試練に飛び込んでいくことになります。

 そんな中、高齢者が働きながら、お金も稼いでイキイキと元気に暮らしている町があります。徳島県の上勝町です。

 上勝町は人口2,200人、町の面積の86%が山で、四国の町がつく町の中で一番人口が少なく、高齢化率は45%を超えています。しかしながら、お年寄りが主役となって高級料亭向けに季節の花や葉を出荷する「いろどり事業」が年間販売額が2億5,000万円を超えるまでに発展、出荷元の農家のおばあちゃんの中には70歳や80歳の方でも数百万を稼ぐ方もいるといいます。

 一新塾第18期の第一回目の講義では、上勝町より「いろどり事業」の立役者である横石知二氏をお招きし、従来の発想を越えた方法で事業を産み、地域を元気にしてきた横石さんの姿勢から学ばせていただきました。
以下、講義録の一部をご紹介させていただきます。

 
一新塾講義ノート

  横石知二氏 (株式会社いろどり代表)講義録


 
テーマ
 
高齢化する農村が「葉っぱ起業」で甦る!

 ≪横石知二氏プロフィール≫
  1958年、徳島県生まれ。徳島県農業大学校園芸学科卒業後、上勝町農協に営農指導員として就職。16年連続で農産物売り上げを伸ばす。

 91年に上勝町役場に転籍。みかんやすだちしか生産していない町の農業形態を変えようと干しいもや椎茸などさまざまな挑戦の末、町おこし事業として「つまもの」の生産・販売を考えつく。

  2002年役場を退職し、(株)いろどりの専務に就任。生産ネットワーク  構築のために同報ファクスに加えてパソコン導入も果たした。

■上勝町の第1号の「よそ者」として

 私が徳島から26年前(1980年)の上勝は、今の上勝とは全く違いました。

私は徳島市で生まれまして、上勝町にスカウトをされて行くことになりました。前の前の町長と組合長が相談して「誰か外から入れんか」ということだったんです。しかし当時は大反対。

 「どうして地元に人を雇うのに地元の子を雇わんのだ?」 「よそ者を入れて税金を使うとはなんちゅうことだ。」ということだったんですね。

 しかし、その町長の方は『地元の人間では事業をできない』と言ったんですね。「田舎地域というのは都会と逆で、皆知っている、みんな親戚のような関係だから事業を推進してゆくことはできないんだ。」と。これを26年前に言ったわけですね。

  少しだけ種明かしをしますと、今、上勝町が元気なのは、128名というUIターンが入ってきています。Iターンの方は約50名近く入ってきているんですが、ゴミを担当しているのはデンマークから帰ってきた24歳の女の子。

 町内の御茶屋さんとかも、神奈川や東京の子、役場のホームページもすごくきれいにできてると思いますが、これも神奈川の子。もう全国から集まってきて上勝町で活躍したいというメンバーがぞろぞろと、こう来るわけですね。そして地域というのが運営されているわけです。

 これが、26年前、第1号で私が行ったというわけです。(笑)

■田舎では、仕組みがなければ人を変えることはできない

 東京では全然逆だと思いますが、田舎では絶対に仕組みがなければ人を変えることはできないです。長年の生活の習慣から抜け出せない。

 日本の農村が結局全部与えられるという環境の中にいる。誰かがやってくれる、そういう環境の中で講演会とか視察とかを実施しても、家に帰ったら元通りで何も変わることはありません。全部その場限りで終わってしまいます。

 上勝が一番強くなったのは、「自分で考える」ということをできるようになったんです。

 同じ道を通る習慣というのは、考えなくていいし、安心だし、変えたくないんです。「変えとうない」んです。だから、よそ者が入ってきたら追い出し、自分を守ろうとします。これが都会と田舎の大きな差です。

 「変えとうない」「安心」「考えなくていい」違った道に絶対に進もうとしない。こういう環境にどっぷり浸かっとったら、一回講演会聞いて、自分の考え方が変わるということはないです。

 だから、仕組みが必要なんです。仕組みによって「違った道に進んでみよう」となるんです。

■地域リーダーから地域プロデューサーの時代へ

 ではなぜ、仕組みによって「違った道に進んでみよう」となるのかというと、これです。

 今までは地方は「組織」という形でリーダーがおったんです。県庁の職員さん農協さんとか。そういう組織の中にしっかりした夢を持ったリーダーがおって「俺についてこい」と引っ張っていたんです。

 それが、今の時代は99パーセント以上、そうできる環境ではなくなってきました。そして、それに変わるものが今ない。だから一人ひとりの力をつけて、地域全体をあげて活性化してゆく、、、、この方法しかないと私は思いました。

 今、いくら市町村や役場で何かをやろうとしても、ものすごく足をひっぱられてしまいます。出る杭が打たれ、足をひっぱられ、「やりたいのにやれないという環境」になっているわけです。

 だから、従来の地域リーダーの仕事をしていた人が、地域プロデューサーの仕事をする。個々の力をつける仕組みとして作りあげて地域全体を持ち上げてゆく、その方法に変えたのが非常にうまくいきました。

■「自分のこと」にならなあかん

 私は、“町の防災無線の活用による電波でファックスを送信する”仕組みをつくり、高齢者専用パソコンを開発し、葉っぱビジネスの道具として誰もが使えるようにしました。

 そうすると、「自分のことにならなあかん。」ということになってきて、問題意識を持つようになってきました。のんびりした生活から、脳を鍛えなあかん、と。私が上勝に行った頃のおばあさんは当時60でしたが、今は80半ば。今の方がはるかに能力が高いです。全然違います。これほど違うかと思うくらい違います。

 与えられた仕事「このことをしてよ。」と言われ「はい」といって「1+1=2」の仕事をする。そうじゃなくて、「0のことを自分で1に」しようとする。この考える力を毎日もってゆくということが、頭を非常によくしてゆくわけですね。血の循環がよくなってきて顔にテリが出てきます。若い子でも、目的を持たない子というのは顔が「大丈夫かな」と思うような顔になってきますが。

 人は、頭を使い、自分のことと思うようになってくると”テリ”がでてきて、行動が伴ってきます。みなさん、年寄りというのは脳はぼけると言いますが、どんどん頭は使えば使うほどいいわけです。

「ダーウィンの悪夢」試写メモ  青山貞一


長編ドキュメント映画

「ダーウィンの悪夢」
試写メモ


青山貞一

 以下は青山の試写メモです。文中に重複などがあります。ご容赦ください。また最後の部分(黄色の部分)に監督の制作意図などのコメントがありますので、併せてご覧ください。


 アフリカ大陸は歴史的に奴隷制、植民地化と絶えず悲惨で屈辱的な目にあってきた。 それは現在のグローバル社会のなかで、さらに致命的なものとなっている。

 「ダーウィンの悪夢」は、国際機関や欧米日本による国際援助の多くが実は名ばかりで、その実態は最貧を一層劣悪な環境に追いやっている。

 その実態を監督が現場に長期にわたり滞在し、小型カメラでつぶさに取材、映像化し、最終的に先進国に告発する秀逸な映画である。
 
 日本でも琵琶湖のブラックバスやブルーギルなど外来種がもともと湖に生息してきた固有魚を絶滅させることが大きな社会問題となっている。

 1960年代、アフリカのタンザニアにある世界第2の規模を誇るビクトリア湖に、わずかバケツいっぱい放流された外来魚「ナイル・ピーチ」が、結果としてこの湖の固有種を壊滅させてしまった。

 ダーウィンといえば、「種の起源」や「進化論」で有名だ。そのダーウィンがなぜ、映画の題名となったのかが問題だ。外国からビクトリア湖に移入された「ナイル・ピーチ」は自然淘汰、弱肉強食のなかで生存競争に勝ち残った。

 しかし、その巨大な外来白身魚がグローバル化する現代で多国籍産業と結びつくことにより、状況は一変する。そして世界を震撼とさせるのである。

 「ダーウィンの悪夢」は監督自らが述べているように長編トキュメンタリー映画である。と同時に、私は国際ジャーナリストによるリアリティある長編の調査報道フィルムでもあると思う。

 いたたまれない、そして直視が困難な現実をタンザニアのビクトリア湖畔を中心に、現地に長期間にわたり滞在し、被写体に徹底密着して映像と音声としてとり続けたきわめて秀逸な作品である。


 ところでその外来魚は固有種を絶滅させるだけでなく、自らきわめて旺盛な繁殖力をもっている。その巨大な白身魚に目をつけた多国籍産業は、地元漁師がビクトリア湖から毎日せっせと水揚げする巨大魚を二束三文で買い上げ、湖畔に資本を投下し開設した魚肉工場で、超低賃金で雇った現地人に加工させる。

 それを欧州から毎日到着する旧ソ連製の大型貨物機に目一杯詰め込み送り出すのである。この白身魚の肉は欧州や日本で食べられているのである。

 「ダーウィンの悪夢」は、飽食など限界効用を遙かに超え、資本主義的そして消費者民主主義を謳歌する欧米・日本の人々や援助の名の下で結果的に欧米・日本の悪徳企業の手先と化している国際機関関係者必見の映画だと思う。

 そこでは、アフリカ大陸を援助の名の下に、まさにこれでもかと食い潰している現実が如実に表現されている。

 この映画は、カメラマンであり脚本家、そして監督であるフーベルト・ザウパー氏自らが、タンザニアに長期間滞在し、身分を「偽り」ながら、被写体群に小型カメラを向け続け撮影した映像をもとに編集されている。

 それが故に得られた世紀のスクープを2時間弱のなかで、余すところなくまた容赦なくメッセージを見る者に送る。

 .....

 長編ドキュメントのあらすじだが、秒進分歩で進むグローバル化は、いやおうなくアフリカの奥地にまで、その魔手を伸ばし続けている。

 1960年代、タンザニアにある世界第2の規模を誇るビクトリア湖に、わずかバケツいっぱい放流された外来肉食魚「ナイル・ピーチ」は、またたく間にこの湖の固有種を壊滅させてしまった。

 その繁殖力が旺盛で巨大な「ナイル・ピーチ」の白身に目をつけた多国籍企業主は、地元漁師がビクトリア湖から毎日せっせと水揚げする巨大魚を二束三文で買い上げ、湖畔に資本を投下し開設した魚肉工場で、超低賃金で雇った現地人に加工させる。それを欧州から毎日到着する旧ソ連製の大型貨物機に目一杯詰め込み送り出すのである。この白身魚の肉は欧州や日本で食べられている。

 監督のザウパー氏は、かつて戦略爆撃機としても世界に名をはせたその旧ソ連の航空貨物飛行機(イリューシン)が、魚肉を欧州・日本に毎日、輸送し、多国籍企業が大もうけしているだけではないと考えるようになる。

 ひょっとしたら欧州から武器、弾薬を積んでタンザニアの無線設備もない無法地帯化している空港を中継基地にして、民族紛争、資源争奪・収奪で紛争が耐えないアフリカ大陸各地に違法に売りさばいているのではないかと、考えるのである。

 これがドキュメンタリー映画「ダーウィンの悪夢」の最大のみどころであり、国際社会への告発である。

 ところで、魚肉の加工工場では、現地人が約1000人が職を得ている。欧米諸国には、衛生的な工場で現地人(黒人)が白衣、マスクな
どをして食肉を加工している映像がまことしやかにテレビ、新聞等を通じて流される。

 しかし、この高価な白身魚には現地人はまったくありつけない。毎日貨物飛行機で欧州に出荷するためにかり出される現地人には、信じられない賃金しか払われれていない。

 国立魚類研究所の守衛の男、実はこの男がこの映画のいわば語り部として随所に搭乗するのだが、彼は夜勤で働いても、わずか一日1ドルしか賃金はもらえない。

 しかも、いつ何時、強盗などに殺されるか分からない。何の保険、保証もない。実際、ドキュメントで地域の状況を語る守衛の男の前任者は強盗に殺されていると言う。前任者が殺されることで新たに仕事に就けたと言うのだ。

 地方からビクトリア湖畔に職を求めて多くの現地人が来る。しかし、職にありつけるのはごくごく一部、大部分はろくな仕事につけない。

 女性はロシアやウクライナ人のパイロットや副操縦士、無線師などに一回10ドルで体を売って生きながらえる者もいる。

 湖岸地域ではHIVの蔓延となる。湖畔地域では毎月40〜50人がエイズで死んでゆくと言う。HIV感染者は地域社会から出て行かざるを得なくなる。

 大人でさえ極貧の中で暮らさざるを得ない湖畔地域である。まして子供達はほとんどがストリートチルドレン、ホームレス化し、魚肉工場の残飯を争って奪い合い、喧嘩で亡くなる者もいる。食物の奪い合いは、日常茶飯事となっている。

 このように、地域では毎日最低限の食べ者を巡り、また職を得るため
に、暴力、性的暴力、虐待が日常化している。 

 映画では、たびたび国連難民高等弁務官事務所、国連食糧計画、世界銀行、IMFなどのアフリカ援助に関連する映像がでてくる。“住民参加型漁業を目指す国際ワークショップ”では、外来種がもたらす環境汚染や破壊を告発する映像が流される。だが、それらはいわばガス抜きであり、為政者は地域経済が外来魚産業で活性化していると強弁する。
 
 しかし、現実はすでに述べてきた通りであり、タンザニアの為政者らは外来大型魚、「ナイルピーチ」は何も雇用も産業もない地域に大きな経済的恩恵をもたらしていると士民団体を非難、EUのコミッショナーも魚肉産業の恩恵を国際会議で強調する。

 上記のように監督は、当初から魚肉を満載して欧州などに飛び立つ航空貨物機が、欧州からタンザニアのビクトリア湖畔の空港に飛来する際にカラでくるわけはないと考えていた。

 監督は武器や弾薬を航空貨物で持ち込み、それをアフリカ大陸各地のさまままな戦場に売り込んでいるのではないかと推察していたのである。

 パイロットや整備士らはなかなか口を割らない。しかし、映画の最後の部分で、実は欧州から飛んでくる貨物機にはカラシニコフ(機関銃)や弾薬が満載されていていることを突き止める。

 ビクトリア湖畔の無線設備すらない一切ない空港に毎日飛来する航空貨物機には、密売する膨大な量の武器弾薬が航空貨物として隠されていたのだ。

 監督の言葉を借りれば、

 「魚と武器を扱う多国籍産業の繁栄は、世界最大の熱帯の湖の岸辺に、神をも恐れぬグローバル化した連合を生み出したわけだ。

 地元の漁師、世界銀行の職員、ホームレスの子供、アフリカの大臣,EUのコミッショナー、そしてタンザニアの売春婦とロシア人のパイロットからなる集団である。........

 私はロシア人パイロット達と知り合い、”同志”となった。しかしすぐに明らかになったのは、豆を運ぶ救援機はまた、同時に武器を同じ場所に運んでいるということだった。つまり豆を(援助として恵まれている難民達は、その後、夜中に撃たれるかも知れない、ということだ。

 朝になると、私の震えるカメラは、死臭漂うジャングルに、破壊されたキャンプと死体をとらえていた。」

と言うことになる。監督はさらに続ける。

 「世界にとって最良の社会的・政治的構造はどれかという昔からの問題は解決したように見える。

 資本主義が勝利した。未来社会の究極の形態は、”文化的”で”良いと”される”消費者民主主義”と言うことだ。

 ダーウィン的に言えば、”良いシステム”が勝った。他の敵を圧倒し、あるいは排除して勝ち残ったのだ。
 
 「ダーウィンの悪夢」で私は、ある魚の奇怪なサクセス・ストーリーと、この最強の”適者”である生き物をめぐる一時的なブームを、新世界秩序と呼ばれる皮肉で恐ろしい寓意に変えることを試みた。

 だから同じ類の映画をシエラレオネでも作ることができる。

 魚をダイヤに変えるだけだ。ホンジュラスならバナナに、リビア、ナイジェリア、アンゴラだったら原油に変えるだけのことだ。

 ほとんどの人はゲンダイのこの破壊的なメカニズムについて知っているだろう。

 しかし、それを完全に描き出すことはできないでいる。それを「つかむ」ことができないから、知ってはいても、本当に信ずることができないのだ。

 たとえば、最高の資源が見つかった場所のすべてで、地元の人間が餓死し、その息子達が兵士になり、娘たちは召使いや売春婦にさせされているなんて、信じがたいことだ。

 同じ話を何度も繰り返し見たり聞いたりして、私は気が滅入って来る。

 アフリカの人々にとって、市場のグローバル化は、数百年に及ぶアフリカの奴隷制度と植民地化のあとに続く、第三のそして致命的な屈辱だ。

 全世界の人口の3/4を占める第三世界に対する富裕国の横柄さは、全人類の未来にとって計り知れない危険を生み出している。

 この死のシステムに参加しているここの人間は、悪人面していないし、多くは悪気がない。その中にはあなたも私も含まれている。 」
 

ダーウィンの悪夢 映画批評  青山貞一


長編ドキュメント映画批評

環境と経済」の狭間で
翻弄されるアフリカ

〜ダーウィンの悪夢〜

青山貞一
武蔵工業大学環境情報学部教授
環境総合研究所所長


 ※本批評は、今年の冬に公開される長編ドキュメント
   映画「ダーウィンの悪魔」の公式パンフレットに掲載
   されたものです。
   

 筆者も9年間在籍した「ローマクラブ」が35年も前に人類の危機報告を出してこの方、地球温暖化、オゾン層の破壊、熱帯雨林喪失、生物多様性の破壊、砂漠化など、地球規模での環境問題が顕在化している。

 これら地球規模の環境問題の大部分は、欧米、日本など先進国が豊かで便利な生活を追い求め、経済的・物的な成長を追い求めてきたことに大きな原因があることはいうまでもない。

 他方、一切の経済的繁栄から取り残されてきた第三世界は、歴史的に先進国のモノカルチャー的植民地、資源・エネルギー収奪の場と化しており、いつになっても経済的離陸は困難となっている。

 たとえばアフリカ大陸ではニューヨークで起きた9.11の犠牲者とほぼ同数の人間が1日で、飢餓、疫病、民族紛争、戦争で亡くなっているという。

 今後21世紀を展望したとき、地球上では砂漠化が進行し、食糧が欠乏し、アフリカ、アジアを中心に多くの人々が環境難民となり飢餓にみまわれる、と推察されているのだ。

 現在、日本はじめ先進国では少子化が大きな社会問題となっているが、途上国では21世紀中にさらなる人口爆発が予測されている。

 周知のように人口は指数関数的、すなわちねずみ算的に増えるが、食糧は算術平均的、すなわち遅々としてしか増えない。その結果、途上国では深刻な食糧不足に直面することになる。食糧を増やそうと化学肥料や農薬を散布すると、土が汚染され痩せる。

 これら第三世界で起こっている「悪のスパイラル」は、決して自然現象ではなく先進国の人為的な行為である。そこに大きな課題がある。

 「ダーウィンの悪夢」にあるダーウィンは、いうまでもなく、「種の起源」の著者、進化論の仮説を検証した著名な人物である。

 ダーウィンは自然淘汰、弱肉強食、生存競争など自然界における生き物の進化を説明した。通常、進化は進歩であり良いことと理解される。だが、現実社会では「進化」は多くの場合、他の者(敵)を圧倒し、排除して勝ち残こることを意味している。

 日本でも近年、琵琶湖のブラックバスやブルーギルなど、外来種が湖に生息してきた固有種を絶滅させ、生態系を変えてしまうことが社会的に大きな問題となっている。

 「ダーウィンの悪夢」は1960年代、アフリカのタンザニアにある淡水湖では世界第2の規模を誇るヴィクトリア湖に放流されたわずかバケツ一杯の外来魚「ナイルパーチ」が、後に湖岸地域、タンザニアそしてアフリカ大陸に大きな惨劇をもたらすことをこの映画は主題としている。

 琵琶湖の場合と大きく異なるのは、生存競争に勝ち残った旺盛な繁殖力を持った外来魚「ナイルパーチ」が貧しいタンザニアの湖岸地域に、一見雇用など経済的繁栄をもたらすことだ。

 白身肉に目を付けた多国籍企業は、現地から水揚げされる巨大魚を買い上げ、湖岸に資本を投下し魚加工工場を開設し、現地人を雇用することで、ひょっとしたら悪の経済循環から這い上がり、最貧状態から脱却できるのではないかと期待させる。

 生態系を破壊してヴィクトリア湖で生き残った外来魚は、生物多様性を破壊したものの、他方で世界の最貧地域の経済的離陸をさせるかに見える。

 だが、多国籍企業が暗躍するグローバル経済の中では、それらの経済的反映は、決してアフリカの人々の飢餓を和らげたり、経済離陸を手助けするものにはならない。

 それらは、欧州の多国籍企業を潤し、飽食の先進国の食卓を豊かにすることはあっても、決して貧困と飢餓にあえぐ地元タンザニアの住民の空腹を和らげることにはならないのである。

 外来魚の白身肉は欧州から湖岸にある空港に毎日飛来到着する旧ソ連製貨物機に目一杯詰め込み出荷され、飽食の欧州や日本の食卓をにぎわすが、その実、地元への経済的波及効果はほとんどなく、雇用も限られる。
 
 映画では、たびたび国連難民高等弁務官事務所、国連食糧計画、世界銀行、IMFなどのアフリカ援助に関連する映像がでてくる。“住民参加型漁業を目指す国際ワークショップ”では、外来種がもたらす環境汚染や破壊を告発する映像が流される。だが、それらはいわばガス抜きであり、為政者は地域経済が外来魚産業で活性化していると強弁する。

 監督は毎日飛来する大型貨物飛行機が実質的に無法地帯化しているこの湖岸地域を中継基地として民族紛争、資源争奪・収が絶えないアフリカ大陸の各地に武器、弾薬を売りさばいているのではないかと推察するようになる。

 つまり欧州から武器、弾薬をアフリカに持ち込み、それを売り、帰りに白身魚を満杯に積み欧州、日本に売りさばく、と。

 これが映画の大きなみどころであり、同時に国際先進諸国社会への告発でもある。そこに、地球環境問題が深刻化するなかで、どう転んでも生存の基盤すら確保できない、第三世界の現実を見る。

 「ダーウィンの悪夢」は秀逸な映画監督による長編ドキュメンタリー映画であると同時に、希有な国際ジャーナリストによる長編の調査報道でもある。

 調査報道であるが故に、通常のドキュメンタリーにはないインパクトある映像が問題の所在と原因をいやおうなく私たちに伝えてくれる。

世論操作紛いのNHKの首相参拝欠陥アンケート  青山貞一



世論操作紛いの
NHKの首相参拝
欠陥アンケート!

青山貞一


 千葉県議会議員(無所属市民の会)の吉川ひろし氏から以下のメールが届いた。内容は、NHKが8月15日の夜に放映した「アジアの中の日本」という番組の中で実施した「首相が靖国神社に参拝することの是非」に関する生アンケートに関するものであった。


皆様へ・・・

 8月15日の夜にNHKが「アジアの中の日本」という生番組を放映しました。ご覧になった方も多いと思います。さて、その番組の中で、「生アンケート」が実施されました。設問は「首相が靖国神社に参拝することの是非」でしたが、結果は以下の通りでした。

参拝に賛成・・・63%
参拝に反対・・・37%

 私は、この生アンケート調査結果が、「携帯電話からに限った」ことで大きな疑問を持ちました。ご承知のように、携帯電話でNHKの生アンケートにアクセス出来る人は限定されます。

 特に、今回の場合は、ダイヤルを回すという方法ではなく、なにか携帯から特別なアクセス操作が必要な方法でしたので、これができるのは若者が多いと推測されます。

 私たち夫婦は、携帯電話は持っていますが、アクセスの仕方が分からないので、参加できませんでした。

 公器を使った全国的な世論調査で、母集団が特定世代に偏るような結果が、「首相の靖国参拝に賛成63%」といわれても納得できません。そこで、今朝、さっそくNHKに抗議の電話をして、どうして「携帯」に
限ったのか?

 しかも携帯電話でむずかしいアクセス操作が必要な方法を取ったのか?」という質問をしました。

視聴者統括局コールセンターの西村部長という人が対応しましたが、

吉川

 携帯からの生アンケートは、世論を誤誘導する恐れがあるので、何故、携帯に限ったのか説明して下さい

西村

 私もテレビを観ていて、これでは民意を反映しないのでは? 変だなと思った。今朝、担当に確認したら、サーバーの容量を超える大量サクセスが予想されたので、携帯に限ったとのことです。

吉川

 一般家庭電話からのアクセスも可能にしないと、携帯操作でのむずかしいアクセスでは中高年齢者の意見が反映されない不平等な結果の恐れもある。今の技術でアクセス容量に対応するのは可能では?NHKの今回のやり方は納得できない!」

西村

 担当に、そのように伝えておきます

吉川

 NHKとして、今回の生アンケートは不適切な方法であったとテレビで謝罪してほしい

西村

 本当に申し訳ありませんが、担当に伝えます

吉川

 やり直しを求めますので、担当ディレクターから電話をほしい

西村

 私も、はらわたが煮えくり返っています。どうしてこんなやり方をしたのか・・・

 その後、今日の12時30分に「担当の原神プロヂューサーから私に電話がありました。

吉川

 生アンケートのやり方がおかしいので、実態を知りたい。そもそも、この企画をするときに、携帯では高齢者からのアクセスは困難であるという議論はなかったのか?

原神

 企画段階で、そのような議論がありましたが・・・、容量のことを優先してしまい高齢者からのアクセスが困難であるとの問題については、そのままになってしまった

吉川

 アクセス件数が首相の靖国参拝の項目は49,264件ということだが、年齢別のアクセス数を知らせてほしい。多分、若い世代に偏っている気がするので・・・

原神
 16日の夕方までには、データをまとめて、それをFAXさせていただきます

吉川

 「いずれにして、天下のNHKといしてはお粗末である。何等かの対応を考えてほしい

原神

 わかりました。検討してみます

吉川ひろし(千葉県議・無所属市民の会)

 私は先に環境省が実施した環境税導入アンケートが調査の大前提を無視した欠陥アンケートであることについて報告した。以下にその報告(ブログ)を示す。

◆青山貞一:環境省の環境税導入に関する欠陥アンケート!

 今回のNHKの生アンケートも、環境省のインチキなアンケートとほぼ同じものである。ひとことで言えば、統計上の大前提を無視し、結果的に世論誘導と言われても言い訳がたたない、とんでもないアンケートである。

 この種のインチキかつ世論誘導的なアンケートが環境省やNHKなど、公的機関が頻繁に行われ、しかもその結果が公表、放映されるとなると、ただただあきれるばかりではすまない。

 繰り返すが、この種のアンケート調査では、次の原則、方法を採用することが客観性を担保、保証するために理論上必須条件となる。

.汽鵐廛螢鵐以法:

この種の調査では、母集団の集団特性及びその社会的属性によって特性が異なることから、無作為抽出法が用いられる。無作為抽出法には、完全無作為抽出法; 層別抽出法; 二段 抽出法; 層化二段無作為抽出法.などがあるが、 よく用いられるのは層化2段無作為抽出法である。

◆参考(出典):無作為抽出の方法

(1)単純無作為抽出法

母集団から調査対象をすべて等しい確率で抽出する方法


(2)2段無作為抽出法(多段無作為抽出法)

例えば、母集団の地域が多い場合、まず調査する地域(市区町村等)を無作為に抽出し、その地域の中から最終単位 (対象)を無作為抽出する方法


(3)層化無作為抽出

母集団を均質ないくつかの層に分けて、その各層から標本を無作為抽出する方法

∧貊乎帖
この種の国の調査では、アンケート調査の母集団は、たとえば全国20歳以上の者などとする。母集団としてよく想定されるのは、選挙人名簿である。

I庫椰
標本数は、統計学に依拠し、母集団の規模によるが、この種の国の調査では最低3000人〜5000人規模が必要となる。これら母集団と票本数との間には統計学上の関係(標本誤差、標準偏差)がなりたつ。

だ潴篝瀋蝓
アンケート調査の設問(質問)は、いわゆる誘導質問(尋問)とならないよう十分に注意を払うこと。

 いうまでもなく、今回のNHKの生アンケートでは、,離汽鵐廛螢鵐以法、∧貊乎珍定がとくに問題となる。というより、間違っている。、

 吉川議員が言われる携帯電話の操作に係わる応答手段の問題以前に、インターネットのホームページを使った環境省の欠陥アンケート同様、NHKの携帯電話による生アンケートでは、客観的アンケート調査でもっとも重要なサンプル(標本:答える人)のの無作為抽出ができないのである。

 しかも、吉川議員の以下のNHK担当者とのやり取りを読むと、視聴者統括局コールセンターの西村部長が「私もテレビを観ていて、これでは民意を反映しないのでは? 変だなと思った。」と述べている。

 同時に、その西村部長は、「今朝、担当に確認したら、サーバーの容量を超える大量サクセスが予想されたので、携帯に限ったとのことです。」とも述べている。

 問題は携帯電話に生アンケートの手段を限定したことではなく、上記のようにアンケート調査の基本的方法であるサンプリング法及び母集団の設定を間違っていることである。

 もし、意図してこの種のアンケート調査をじっししたとすれば、以下に示す放送法第一章第一条などに抵触する可能性も出てくる。

第1章 総 則
(目的)

第1条 この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
1.放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
2.放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
3.放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

 社会調査のイロハを知らないで天下のNHKが結果的に世論誘導を思われても仕方ないインチキ調査を行い、しかも全国放映したことは、公共放送として万死に値するものである。
  
 逆に知っていてこの種のアンケートを行ったとすれば、それはNHKが世論誘導、世村操作をおこなったことになりかねない大問題である。

 いずれにしても、民放、新聞社、省庁など公的機関が、アンケートと称して行うこの種の社会調査がいかに客観性がなく、結果として世論誘導、世論操作となるかについて、私たちはもっと目を光らせる必要があるだろう!!

100年先を見据えて再び「脱ダム」宣言  田中康夫

 

100年先を見据えて
再び「脱ダム」宣言


田中康夫


 新潟県に位置する刈谷田川と五十嵐川の流域では、2年前に襲った豪雨で12名の命が奪われ、1万所帯もの家屋が水害に遭いました。何れも信濃川水系の河川です。

 既に刈谷田川には1つ、五十嵐川には2つのダムが上流に建設され、100年に1度の洪水にも耐えられる筈でした。が、地球温暖化に伴う局地的豪雨は建造400年の仏閣さえ押し流しました。

 流域では現在、敢(あ)えて堤防を切り下げ、100ヘクタールの遊水池を設ける事業が進行中です。危険区域から家屋400戸を移転する計画も始まりました。川の水を川の中だけで制御しようとする発想こそは非現実的、との新しい治水の哲学です。増水時には川を溢(あふ)れさせる事で逆に治水を行う。その為にも、本当に護(まも)るべき住居や田畑を確定させる。河道至上主義とも呼ぶべき、従来の河川整備方針からの大転換です。

 それは、新潟県の単独事業ではありません。「『脱ダム』宣言」から5年半を経て、同様の精神の下に国土交通省の認可を得て、隣県で実施されている事業なのです。

 下諏訪町を流れる砥川上流に計画していた下諏訪ダム。茅野市を流れる上川上流に計画されていた蓼科ダム。信州では昨年、諏訪湖に流れ込む2つの河川のダム計画を何れも破棄し、ダムに依(よ)らない河川整備計画を策定。国土交通省から認可されました。前者は岡谷市、後者は諏訪市にも密接に関係する河川です。

 而(しこう)して県全体では47%の得票率だった今回の選挙で僕は、豪雨災害に直面した岡谷市、諏訪市、下諏訪町、辰野町、箕輪町、茅野市、塩尻市の被災7市町の何(いず)れに於いても、対立候補を上回る得票率だったのです。

 別(わ)けても「『脱ダム』宣言」発祥の地である下諏訪町で得票率61%、土石流が発生した岡谷市で58%、500戸余りが床上浸水した諏訪市で57%の高得票率です。

 延べ1万人を超える県職員が市町設置の避難所に駐在し、床上浸水の個人宅をも支援した、それのみが理由ではありますまい。ダムに依らない河川整備が進捗(しんちょく)している砥川、上川の流域では、他の河川と異なり、床上浸水等の水害は発生しなかった、その事実こそが被災地で冷静に受け止められたのです。

 而して、岡谷市でも箕輪町でも、土石流は“鎮守の森”たる神社を跡形も無く呑み込みました。古来、神社は集落の中で最も安全な場所に設営していたにも拘(かかわ)らず。

 幾人もの命が奪われた岡谷市湊地区で、地元区長は述懐しました。誰も危険な沢だと感じた事は無かった、と。が、殆(ほとん)ど森林整備が行き届かぬ国有林の、針葉樹主体で保水力も劣る荒廃した森は薙(な)ぎ倒され、土石流が人家を襲ったのです。

 林野庁の予算に占める森林整備は僅か8%に過ぎず、谷止め工に象徴される鋼鉄とコンクリートの公共事業が幅を利かしています。

 こうした中、僕は就任以来の5年で森林整備予算を3.3倍に拡充し、小泉純一郎内閣が公共事業費を37%削減する中、土木建設業者の雇用の場を創出しました。それは、未来の子供達に借金の山を残さず、今後10年間で24ヘクタールの間伐を実施し、広葉樹主体の緑の山を残そうとする100年の計なのです。

 「『脱ダム』宣言」を揶揄(やゆ)する護送船団・記者クラブの「報道」が為される中、被災地の有権者は極めて冷静に的確に、100年先の信州の在るべき姿を捉えている。その事実に僕は深い感銘を受けています。
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