2009年10月21日、衆議院の国土交通委員長である川内博史氏(鹿児島選挙区)がこの26日に招集される臨時国会に供えるため10人の同僚議員と八ッ場ダム(長野原町)の建設予定地を視察した。

 視察後、川内委員長は、長野原町の高山欣也町長と東吾妻町の茂木伸一町長を訪問。

 川内委員長は、両町長に、ダム建設中止を表明した前原誠司国土交通相との話し合いと、国会に参考人として出席することを要請したが、両町長は「前原氏が建設中止を白紙撤回しない以上、会わない」と従来の方針を繰り返したという。

 あれだけマスコミの前で、国の姿勢を激しく批判している町長という公人が、なぜ、国会というこれ以上ない公的な場にでて国会議員からの質問に応じないのか? これひとつをみても、大きな疑念がわくというものだ。

 ところで、ことある度にマスコミの前で声高に建設中止の白紙撤を迫ってきた長野原町の高山欣也町長だが、高山町長がどんな経歴をもっている人物なのかについて、大マスコミの記事からは全く読み取れない。

 長野原町の公式Webを見ても町長の経歴、プロフィールはまったく何も書かれていない。

 同様にマスコミ、とくにテレビのニュース、番組などで八ッ場ダム事業中止の撤回を声高に叫んでいた地元住民が、長野原町議会の自民党系町議であることはすでにわかっているが、高山欣也氏については長野原町の町長という以外、まったくわかっていないのである。

 独立系メディアでは、この9月から10月、2度にわたり八ッ場ダム事業対象地域である長野原町を対象に現地調査を実施したが、その一環として町民を対象にインタビュー調査を行った。

 インタビューの中で、長野原町の高山欣也町長の経歴についても聞いてみた。

 それによると、高山欣也町長は、川原湯温泉で温泉宿をしており、川原湯温泉の温泉組合の組合長をしていたこと、八ッ場ダム事業との関連では、自身にあとつぎがいないことを理由に、早期の段階で造成地に大きな住宅をつくり移転していると言うことが分かった。自分が移転することで他の住民の移転を促すということらしい。 

 一方、以下は前回(2006年4月19日時点)の町長選挙のときの略歴と公約である。元八ツ場ダム代替地分譲基準交渉委事務局長とある。

高山 欣也(62)=前町教委長 無新
(たかやま・きんや)

 【略歴】
元町教育委員長、元郡町村教育委員会連絡協議会長、
元八ツ場ダム代替地分譲基準交渉委事務局長。
明治大卒

 【公約】
?行財政改革の推進
?子育て支援と児童、園児の安全対策
?農業生産基盤の振興と地場産業の活性化

(2006年4月19日付上毛新聞掲載) 

 八ツ場ダム関連及び町長選に関しては、読売新聞に以下の記事があった。

若い頃はダム反対運動にも参加。水没予定地の川原湯温泉で旅館を経営(現在は廃業)し、ダムの補償基準や代替地分譲基準を決める際、住民側の窓口役を務めた。長野原町教育委員長から、2006年の町長選に出馬し初当選。 1期目。 

 他のインタビューでは、長野原町長が建設業者の出身であり、建設業協会の会長であったという情報も出てきた。さらに町長がゼネコン出身であるという情報もあった。ただ、建設業やゼネコン出身という情報は今のところ確証はない。

 いずれにせよ、長野原町の高山欣也町長が参考人、とくに偽証が問われる証人などとして国会に招致されれば、最低限、上記の経歴、素性が明らかになる。町長等が民主主義の手順を声高に叫び、工事中止の撤回を求めるのなら、無条件で国会に出て質疑に応じなければならない。

 それにしても長野原町の公式Webを見ても町長の経歴、プロフィールはまったく何も書かれていないのは不可思議であり、最低限の自身の説明責任を果たしているとは言えない。

 同様に、この問題で民主党や前原大臣をことさらバッシングしている大メディアは、八ッ場ダム事業をめぐる利権の構造、とりわけ群馬県内の国会議員、知事、県議会議員、町長、町議会議員と国土交通省、天下り団体、ゼネコン、地元土建業、地元メディア、御用学者らの関係を徹底的に調べ公表すべきである!

 さらに、八ッ場ダム事業関連の生活補償、営業保証、生活再建関連に支出した費用、予定されている費用をすべて白日のもとのさらすべきだ。もちろん、個別具体の固有名詞を除いて。