昨年(2009年)3月、小沢氏第一公設大久保秘書の突然逮捕にはじまった東京地検特捜部の「爆発」は、最初の事件、すなわち西松建設事件でも検察側証人(西松総務部長)が公判で当初証言を覆し、検察は真っ青、今後の裁判でも敗色が濃厚となった。これは大メディアがほとんど報じていないが事実である。

 焦った地検特捜部は、昨年末から大メディアとあうんの呼吸で連携、再捜査を大々的に敢行した。鹿島建設東北支社など主要ゼネコン、中堅ゼネコン2社へのガサ入れとともに元支社長などへの事情聴取を敢行、そしてこの1月には大久保秘書を含む3名の小沢氏秘書を突然逮捕した。

  さらに小沢氏に2回取り調べを行ったものの、小沢氏からは水谷建設からのカネの授受はもとより収支報告記載も全面否認され、数度にわたる政治団体などへの家宅捜査でも物証は皆無だった。

  しかも本件に無関係の石川議員女性秘書への違法な取り調べの実態が「週刊朝日」に赤裸々に暴露された。何とも信じられないことだが、特捜部は今なお、戦前の特高、公安紛いの酷い取り調べを行っていることがフリージャーナリスト、上杉隆氏の記事で分かったのだ。
 
 一方、逮捕された女性秘書の主、石川衆議院議員は北海道の選挙区で国民から選ばれたれっきとした衆院議員、それも特捜部の3回目の任意の事情聴取に応ずると地検に返事した矢先、しかも通常国会3日前に逮捕されたのだ。大メディアの標的、関心は全て小沢氏に向けられているが、現役の国会議員がこのような形で逮捕されること自体、きわめて異常で異例なことだ。

   振り返って、この1年、東京地検特捜部は、司法(記者)クラブに従順な番犬のように屯(たむろ)する大メディアを使って、それこそ連日連夜、昼夜を問わず国民に情報操作による世論誘導という「風を吹かせた」。これも民主主義国家としては、きわめて異様なことだ。また通常、一切弁解しない小沢氏であることをいいことに、小沢氏をあたかも真っ黒で極悪非道な人物のように仕立て上げてきたことも、問われなければならない。

 そして今日、案の定と言うべきか、本丸の小沢立件には最終的に遠く及ばなかったのである。 まさに大山鳴動してネズミ一匹。司法捜査的には東京地検の歴史的、決定的な敗北となった。一刻も早く「記者クラブ解体」、「ザル法政治資金規正改正」、「取り調べ可視化法」や「企業団体献金全面禁止法」の制定を急ぐことが立法府の責務だ。

 閑話休題

 ここからは、今までは敢えて書かなかったことだが、今日は敢えて書きたい。

  日本の大メディア記者の最低限の法的知識の欠如と人権意識のなさには唖然とするばかりだ。

 彼らには憲法にある「推定無罪」の認識のかけらもなく、みんなで書けば怖くない、背後に地検がいれば怖くないとばかり、何でも書き飛ばす司法クラブや政治部の記者は、小沢氏の名誉、信用を徹底的に毀損したことをどう考えているのだろうか?

 彼らが所属している新聞社やテレビ局の多くは株式会社だ。記事を書き売って食っている組織である。

 その株式会社やその集合体の社団法人(共同通信や時事通信は社団)の社員である記者は連日連夜記事を書き公衆に流し続けている。

 ここで名誉毀損、信用毀損の法理について若干述べたい。

 新聞記事やテレビの報道映像の中で「顕示した事実」が真実あるいは真実に相当するものであれば、その内容が公共公益的なものであれば、記者や新聞社・テレビ局の名誉毀損や信用毀損は問われない。

 たとえば刑法では「行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」(第230条の2の1項)という特例をもうけている。

 そして法理の上では、(1)表現された事実が、公共の利害に関する事実にあたり(「公共性」の要件と言われる)、(2)目的が専ら公益目的であり(「公益目的」の要件と言われる)、(3)真実の証明があれば(「真実性」の要件と言われる)、「罰しない」というわけだ。

 刑事事件では名誉毀損は故意犯であるから、判例上「事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪には該当しない」とされている(最高裁昭和44年6月25日判決)。

 このことを名誉毀損の法理、そして裁判の審理では「真実性」の証明に対し、「相当性」の証明といっている。

 仮に真実性がなくとも、相当性があれば名誉毀損は免れるわけだ。しかし、地検特捜部が小沢氏の不起訴を決め、水谷からのカネの授受の証拠をつかめなかったということは、確実な資料、根拠に照らし相当な理由などないことになる。となれば彼らが書き飛ばしてきた記事では、「真実性」の証明はもとより、「相当性」の証明も出来ないことになる。

 安念教授(成蹊大学)らは、上記(1)から(3)の要件に加え、名誉毀損を受けた者の反論する機会についても成立要件に加えているが、小沢氏が政権与党の幹事長であるから、反論の機会はいくらでもあるので、これは除外されるだろう。

 このように、連日連夜新聞、テレビが記事や報道で顕示した事実に真実性はもとより相当性もなければ、いくら内容に公共・公益性があっても名誉毀損や信用毀損は成立する。

 多くの有名、無名を問わず政治家に係わる名誉毀損裁判、とくに今回のような政治家に係わる裁判で、メディア側が失敗し損害賠償の対象となるのは、言うまでもなくグレーゾーンをあたかもブラックであるかのように書いていることだ。しかも最終的にそれを自らブラックであると証明することはできず、相当性についても証明できない場合である。

 上記に関連し重要な判例がある。私の知人のあるジャーナリストが相当前のことだが、群馬県の小さな村の村長が補助事業などでさまざまな便益を受けた農水官僚に送ったとされる餞別について、ある有名な商業雑誌に記事を書いた。

 その記事に関連し、村長から起こされた名誉毀損裁判では、「ジャーナリストが書いた記事を読めば読者は誰でも、その村長がカネを農水官僚に渡したと思える」と高裁、最高裁は判断し、ジャーナリストと出版社に数100万円の損害賠償賠償を命じた。

 今回の小沢氏問題のような刑事事件に関連する場合には、実際小沢氏が水谷から金をもらっていなくても、どの読者が記事を読んでも、小沢氏がカネをもらったかの書き方をしてきた。となると、それひとつだけをとっても高裁、最高裁判例上、名誉毀損ないしそれに準ずることになるのである。

 当時、私は友人のジャーナリストや出版社の編集長と、「これでは警察なり地検が最終的に会見し発表しない限り、何も書けないよなぁ」と議論したものだ。

 こともあろうか、今回は、その検察庁しか知り得ないと思える情報、それも同一人物が次々に話すことが連日多くの紙面をにぎわした。グーグル検索では、1日単位で500本以上、小沢氏関連の「勝手な記事」が囂しく掲載されていた。
 
 かの故三浦和義氏がまだ健在だったころ、獄中で大メディアを相手に民事の名誉毀損裁判を本人訴訟で800件以上提起し、その70%以上で勝訴したことを思い起こす。

 ある新聞社は、共同通信から配信した記事を転載しただけだから、とトンデモナイ言い訳をしたが、裁判所は通信社の記事を鵜呑みにした新聞社にも名誉毀損による損害賠償を判決した。ひとつひとつの損害額は100万円未満のものが多かったようだが、数が数、それも本人訴訟で対応したので、賠償額は数1000万円に及んだはずだ。

 小沢氏は三浦氏とは違うので、新聞、通信社、テレビ相手に損害賠償請求などしないだろう。連日数100規模のあることないこと、それもソースすら不明の記事で名誉を毀損され、信用を毀損され、侮辱を受けたと新聞、テレビを訴えたとしたなら、得られる賠償額は間違いなく、数10億円に及ぶのではないかと推察できる。これは笑い事ではない。

 ただ、専門的に見れば小沢氏側の勝機は十分あると思える。