2010年10月17日の昼、NHKのBS102で平壌遷都1300年祭に関連し、奈良の興福寺宝物殿を中継していた。興福寺といえば何と言っても「阿修羅」像である。

※正式番組名:平城遷都1300年 中継
あなたの知らない奈良 〜美と風景と生き方の再発見物語

その阿修羅はやたらと正義感つよく、ために天部の大守護神である帝釈天の逆鱗に触れ、天部から追われることになった。

NHKの中継では岡倉天心が明治初期に神仏分離政策により破壊された仏像の保存に尽力したことについて議論を進めていた。

過去の東京国立博物館における展示でも圧倒的な人気を誇った阿修羅像であるが、やはり、気になるのは「阿修羅とは」である。


出典:NHKのBS102のライブ画面(Sony Bravia)を撮影
撮影:青山貞一、Digital Camera, Nikon Cool Pix S8 

以下は「阿修羅とは」についての概説である。

修羅場(戦いの場)という言葉でも有名な「阿修羅とは」

阿修羅の姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれている。奈良県・興福寺の八部衆像・阿修羅像(国宝)や京都府・三十三間堂の二十八部衆像・阿修羅像(国宝)が有名である。

日本語では、争いの耐えない状況を修羅道に例えて修羅場(しゅらば)と呼ぶ。修羅場は激しい闘争の行われている場所あるいはそのような場所を連想させる状況を指す。


出典:NHKのBS102のライブ画面(Sony Bravia)を撮影
撮影:青山貞一、Digital Camera, Nikon Cool Pix S8 

◆帝釈天に刃向かった阿修羅

阿修羅は帝釈天に歯向かった悪鬼神と一般的に認識されているが、事実は少し違う。阿修羅は正義を司る神といわれ、帝釈天は力を司る神といわれる。

阿修羅には舎脂という娘がおり、阿修羅はいずれ帝釈天に嫁がせたいと思っていた。だが、その帝釈天が舎脂を力ずくで奪ったことに怒った阿修羅は、その後帝釈天に執拗に戦いを挑むことになる。

帝釈天は配下の四天王などや三十三天の軍勢も遣わせ応戦した。戦いは常に帝釈天側が優勢であった。

ある時、阿修羅の軍が優勢となり、帝釈天が後退していたところへ蟻の行列にさしかかり、蟻を踏み殺してしまわないようにという帝釈天の慈悲心から軍を止めた。それを見た阿修羅は驚いて、帝釈天に計略があるかもしれないと疑念を抱き撤退した。

この話が天部で広まり、阿修羅は正義ではあるが、正義であってもそれに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となることから、仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。

阿修羅を意訳すると「非天」となるが、これが意味するところは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが天には非ざるという意義から名づけられた。

◆阿修羅(意訳:非天)

阿修羅は八部衆に属する仏教の守護神であるが、大乗仏教時代、その闘争的な性格から五趣の人と畜生の間に追加され、六道の一つである阿修羅道(修羅道)の主となった。

ということで、阿修羅はたとえ天界から追放され、天部の一員(神)とならずとも、正義、真実を徹底的に追求する、そのための闘争心を忘れない安易な妥協をしない神であり同時に神でない存在(非天)といえるのだろう。

参考:日本語Wikipedeia