深刻な人口減少・人手不足を前に、外国人労働者に関する議論が世間を賑わせている。
 
政府は、これまで事実上の外国人受け入れのゲートウェーとなっていた、いわゆる「技能実習制度」の拡充のみならず、造船・介護・建設・宿泊・農業を対象に新たな在留資格を創設する予定だ。6月に出された骨太方針などでその方針を明記している。就労資格は5年という年限を設ける見込みであり、一定の専門性・技能を求めることから「移民ではない」と各所で強調はしているが、虚心坦懐に見て、単純労働者受け入れの方向に舵を切り始めていることは間違いない。
 
総務省の就業構造基本調査などによれば、我が国の介護離職者(親などの介護のために仕事を離れる人)は、既に約10万人に上るとのことだが、特に介護人材の不足は深刻で、2035年に約80万人不足するとの試算もある。また、待機児童のニュースが世間を騒がせ続けているが、保育士の不足も深刻で、私の周りでも「保育園落ちた日本死ね」とまで下品なことは言わないまでも、職場復帰をするにあたり、困っている声をよく聞く。
 
欧州等でのいわゆるホーム・グロウン・テロ(移民2世など当該国育ちのテロリストが引き起こすテロ行為)の悲惨なニュースを聞くにつけ、「移民の同化」は理想論だけで片付く生易しいものではないと思う。移民1世は自ら覚悟を持って移住するものの、そこで生まれた2世3世たちは、自分で選んで生まれたわけではない土地で、周囲との肌の違い、生活習慣の違いから差別を受け、疎外され、祖国・社会への憎しみを倍加させていく。
 
頻発するテロを見ながら、そんなことを考えると、本格的な移民の受け入れというのは、よくよく慎重に考えた方が良いと言うのが原則としての私見にはなる。しかし、一方で、介護人材や保育人材などの人材不足の深刻化を考えると、そして、詳述はしないが、農業や建設などの分野における人手不足の悲鳴を各地で聞くにつけ、現在の政府の取っているような「ギリギリの受け入れ方向」は仕方がないのかな、とも思う。
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さて、以上は、移民問題を前に、私を含む多くの日本人が、おそらくは一般的に持つ問題意識や理解であるが、今回書きたいのは、実はそういうことではない。移民問題の向こう側にある人手不足、更にその向こうにある経済至上主義が、果たして我々の社会の持続性や幸福につながっているのか、というそれなりに深遠なテーマだ。
 
結論を先に書けば、何か決定的な解決策があるわけではなく、この論考でも、恐らく最後まで悩みを吐露するだけなのだが、可能であれば是非お付き合いいただければと思う。
 
改めて書くまでもないが、一昔前は、親の介護や子供の世話は、家事労働の典型であった。かつては、老後(平均余命)が今よりは一般的に短く、また、子どもに関しても、ここまで習い事や塾に行くのが当たり前ではなかったため、現在の負担とは大きく異なるが、少なくとも、介護や保育・教育の「外注」が稀であったことは確かだ。
 
大学時代、マクロ経済学の講義を受けていた時、教官はよく「家事労働はGDPに含まれません。」と強調していた。考えてみれば、掃除や弁当作りから介護から教育に至るまで、家族が「無償」で愛情をかけてやってきた行為だが、それらが「外注」される(企業がサービスとして行い対価を払う)ことでGDPに含まれ、経済成長を果たしてきたことになる。
 
政府も社会も、耳あたりの良い言葉を使って、やれ働き方改革だ、女性の社会進出だ、医療・介護の効率化だ、イノベーションだ、と色々な御託を並べ、私も大きな流れの中で、「まあ仕方ないよな」とは思うが、乱暴に書けば、「人と人のつながりを生む無償の労働行為」を「カネが取り結ぶ有償のサービス」とする方向に、この世界は大きく大きく向かっている。そうすることが合理的だから。即ち、GDPを増やし、家族も一見助かるから。しかし、世の常と同じように、得るものが大きいと失うものも大きい。何か見えないものが大きく崩れつつある不安を抱えているのは、恐らく私だけではないのではないか。
 
さて、そんな中、せめて、有償のサービスによって浮いた時間を何に使うかを我々は考えねばなるまい。それを、より経済的利益の増す「お仕事」だけに使うのではもったいない。是枝監督の『万引き家族』がカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞して話題になっているが、家族をテーマにすることの多い同監督は『そして父になる』という映画の中で、こんなセリフを印象的に使っている。
 
福山雅治演じるエリート・サラリーマンが「子供との付き合いは時間の長さではないでしょう」(適時適切に必要なアドバイス等ができるかどうか、という含意か)と述べるのに対して、地域の電気屋のオヤジをしているリリー・フランキー演じる父親が「そりゃ時間でしょ」とやんわりと、しかし毅然と反論するシーンだ。
 
親と子どもと妻や夫と心から触れ合うとはどういうことか。日々の仕事にあくせくと追われながら、人手不足の時代だからこそ、経済成長至上主義の時代だからこそ、考えてみたい。