カジノ管理委員会規則案に対する意見
2021(令和3)年5月7日
全国カジノ賭博場設置反対連絡協議会
代表幹事 新 里 宏 二
1 はじめに
近時カジノ汚職を理由として国会議員が逮捕されるという事件は、いみじくも、カジノ事業が新たな利権構造を生み出し、政官財の腐敗の原因となることを現実に示したものであった。
また、カジノは閉鎖空間に多数の利用者が入場することが予定されているため、集団感染が発生するリスクが極めて大きい。そして、今回の新型コロナウイルスが収束したとしても、新たな感染症が発生する可能性があり、そうした新たな感染症に対する対策ができるのかも疑問である。
さらに、諸外国の例から見ても、感染症の発生により、カジノが営業停止に追い込まれることになり、財政的な面でも感染症発生前に比べてより強い基盤を要することが求められることになる。
そして、カジノ解禁には、ギャンブル依存症の拡大のほかにも、暴力団対策上の問題、マネー・ローンダリング対策上の問題、多重債務問題再燃の危険性、青少年の健全育成への悪影響等様々な問題がある。
このように、カジノ解禁にはさまざまな弊害が指摘されており、今般の新型コロナウイルス感染症の発生によりカジノ施設内及びその周辺での感染症発生のリスクが大きいことも明らかとなった。
こうした状況に鑑みると、そもそもカジノを伴うIRを推進することは断念すべきであり、特定複合観光施設区域整備法(以下「IR整備法」という。)自体を即刻廃案にすべきであり、カジノ管理委員会規則の制定そのものに反対である。
そして、今回意見募集がなされているカジノ管理委員会関係特定複合観光施設区域整備法施行規則案(以下「規則案」という。)においても、以下に指摘するとおり、不十分、不適切なところが多々見受けられる。
2 カジノ行為区画の面積制限(規則案9条)
IR整備法41条1項7号において、カジノ行為区画のうち専らカジノ行為の用に供されるものとしてカジノ管理委員会規則で定める床面積の合計が政令で定める面積(特定複合観光施設の床面積合計の100分の3)を超えないこととされている。
そして、カジノに供される面積は、IR施設全体の3%以下に規制されるので過大なカジノ施設にはならないなどといわれてきたのである。
ところが、規則案9条では、専らカジノ行為の用に供するものの範囲として、カジノ行為区画のうち通路、階段、便所などを除外すると定めている。これでは、除外施設を広くとることによって上記面積制限の趣旨を潜脱するおそれがあるので、通路、階段、便所などをも専らカジノ行為の用に供するものに含まれると規則案の改訂をする必要がある。
3 入場管理(規則案51条〜55条)
規則案54条4号は「入場禁止対象者を発見した場合には、直ちに、当該入場禁止対象者をカジノ施設から退去させること」と定めるが、IR整備法71条は、カジノ管理委員会規則の定めるところにより、カジノ事業者に入場禁止対象者を発見した場合にカジノ施設から退去させる措置を講じなければならないと定めるところ、上記規則案の定めは「直ちに、」との文言を追加しただけで、何ら具体的な措置を定めるものではない。
また、規則案54条7号は「暴力団員等によるカジノ施設の利用を防止するため、平素から都道府県警察と密接に連絡すること」と定めるが、これではいったい、どのような連絡をするのかも明確でなく具体性を欠き、不十分である。
4 特定金融業務の規制(規則案第63条〜第90条)
(1) 特定資金貸付業務について、今回の規則案では、外国人を含む日本に在住する者に対して、カジノ事業者に預託額1000万円預託した場合には、貸付けが可能ということにしている(カジノ整備法85条1項2号、規則案78条)。
しかし、特定資金貸付業務はまさに賭博の胴元が賭金にあてるための貸付をするものであるところ、そもそも預託額を超えて貸付けをしてまで賭金にあてさせるということ自体、過剰なギャンブル利用を誘発するものであって、不合理かつ不必要なものであり、これを認めるべきではない。
そして、今回の規則案では、1000万円を預託していれば貸付けを認めるとされているが、パブリックコメントに付された際の資料をみても、国内の平均的世帯の年間収入実態やシンガポールの例を参考に定めたというだけであり、なぜ1000万円を預託していれば、賭金にあてさせる貸付けを許容しても、特に弊害が生じないなどといえるかについて、何ら合理的な説明がされていない。むしろ、1000万円もの預託をしてギャンブルをして、預託額以上の金額を費消してしまうとなれば、その被害は極めて大きいものになる。
逆に、預託額を低く設定した場合、貸付可能な利用者が増えて、利用者が、容易に貸付けを必要とするまで賭金を増やし、過大なギャンブル利用と過大な借入れを誘発して、被害が多数発生することになる。
このように、カジノ管理委員会規則でいかなる預託額を定めてもカジノ事業者に貸付業務を認めることによる弊害の除去はできない。
従って、外国人を含む日本に在住する者に対する貸付けを認めても弊害を除去できるような預託額をカジノ管理委員会規則で定めること自体不可能であるから、規則案78条自体全て削除し、日本に在住する者に対する貸付けが認められないようにするべきである。
(2) 返済能力に関する調査(規則案83条)
規則案83条では、特定資金貸付を行うにあたって調査が義務付けられている事項として、年収、預貯金、特定資金貸付契約に基づく債務の状況、それ以外の借り入れの状況を掲げている。
そして、日本在住の者に対する貸付けについて、収入の調査として源泉徴収票その他収入の状況を示す書類、預貯金について残高証明書等の書類の写しを確認する方法を定めている。
しかしながら、この調査結果を受けて、カジノ事業者が、当該顧客に貸付額の上限を定めるについては、規則案は、貸付額の上限を定めるための具体的なルールを定めておらず、カジノ事業者任せとなってしまっている。
そのため、リタイヤして収入は少ないが資産を持っている高齢者を狙い打ってカジノ事業者が略奪的な貸付けをしてギャンブルに利用させることを許容する内容となっている。
その上、貸付けをしてもそれらは顧客にチップに全て交換され、ギャンブルに利用され、カジノに費消されることになるのであるから、カジノを利用してもらえばもらうほど利益が上がるカジノ事業者が、野放図に貸付額を増やすことを全く抑制できない。
そもそも、規則案にあるように預託額を1000万円と高額に設定するならば、それを超える貸付けを認める必要性もない。
事業として貸付けを認めるのであれば、最低限、利用者の生活を破綻させないとの観点から貸付額を他の債務と合わせて年収3分の1以下に限定した貸金業法の総量規制と同様の規制を特定資金貸付にも適用することは必要不可欠である。
しかし、本規則案には、貸付の上限額を、年収の3分の1及び預託額のいずれか低い金額を上限とするとの規制すらない本規則案は欠陥といわざるをえないものであり、最低限、貸付の上限額を、年収の3分の1及び預託額のいずれか低い金額を上限とするとの規制が必要である。
更に、規則案でも、同一利用者に複数回の貸付けが想定されているところ(規則案64条1項3号、同条2項等)、規則案をみても、一度残高証明書などの資料を定めて貸付上限額を定めた後に、別の日に再度貸付けを受けようとした場合に、貸付額の上限を定めるために、改めて収入や預貯金の資料を徴求する必要があるのかも明確ではない。
実際、預貯金の残高など変動することから、書面発行日とタイムラグが生じざるをえず、残高証明書などで貸付時の預貯金を把握することまで確保できないところ、規則案では、いつの時点での預貯金残高を示す資料があれば足りるとするのかも不明確であって、古い預貯金残高を示す資料を提出させても足りることになりかねず、規則案としても不備があるといわざるをえない。
5 契約・委託の規制(規則案93条〜100条)
規則案96条は、カジノ整備法95条1項5号に定めるカジノ管理委員会の認可が必要な契約の期間又は支払う金額について、1年(規則案96条1項)、3億円(同条2項)と定める。規則案の要点では国内の主要企業の取引実態等を参考にしたとあるが、カジノ事業は国内初の事業であり、参考とすべき取引実態が存在したのか疑問である。
規則案94条は委託業務の適正な遂行を確保するための措置、規則案100条は契約に係る規定の遵守のための措置を定めるが、これらの措置を講じるか、どのような内容の措置を講じるか、判断はカジノ事業者に委ねられており(「必要に応じて」、「必要な措置」、「必要な情報」、「必要な能力」、「必要な監査」等)、実効性に疑問がある。
6 暴力団員等の排除(規則案8条、51条〜55条)
カジノ事業の免許を申請する際に、申請事業者には、当該法人又は関係法人が暴力団又は暴力団員と経済的な関係を有したことの有無を記載した質問書の、申請事業者の役員については、その者及び配偶者、三親等内の親族、同居の家族に暴力団員等であったものの有無、上記の者が暴力団又は暴力団員と経済的関係を有したことの有無を記載した質問書の提出をそれぞれ求めている(規則案8条6項)。
また、カジノ管理委員会は、申請事業者に対し、申請事業者の事業活動に支配的な影響力を有する者の上記質問票の提出を求めることができるとしている(規則案8条7項)。
しかし、暴力団員等の排除を徹底する観点からは、これらの事業活動に支配的な影響を有する者に対しても申請事業者やその役員と同様に上記質問票の提出を義務付けるべきである。もっとも、質問票に自ら暴力団員等であること等を記載し、カジノ事業の免許を申請するかというそもそもの疑問はある。
また、暴力団員等の入場に対しても、暴力団員等の本人特定事項その他の暴力団員等の識別に関する事項に関する情報及び資料の収集及び整理をして、その発見に活用すること(規則案54条第1項第2号イ)あるいは暴力団員等によるカジノ施設の利用を防止するため、平素から都道府県警察と密接に連絡すること(同項第7号)といった定めしかなく、具体性を欠き不十分であると言わざるを得ない。
7 カジノ施設及び周辺の安全対策(規則案112条)
そもそも、安全対策の対象となるカジノ施設の周辺の具体的範囲が限定的にとらえられていると思われ、IR施設外の安全対策が担保されておらず、IR整備法自体に欠陥がある。
規則案112条1項は、カジノ事業者に対し、「秩序を害する行為」をし又はするおそれがある者をカジノ施設に入場させないこと(同項1号)を義務付けている。しかし、規則案は、秩序を害する行為をし又はするおそれがある者の発見方法として、カジノ施設やその周辺の監視(同項2号)及び都道府県警察と密接に連絡すること(同条2項)しか規定しておらず、安全対策として不十分である。また、入場禁止や監視の対象となる「秩序を害する行為」に、例えば、売春・買春行為といった「善良の風俗及び清浄な風俗環境の保持」(IR整備法110条1項)を害するおそれのある者が対象となるのか不明である。
8 依存症防止対策(規則案43条〜50条、105条〜109条)
(1) IR整備法68条1項1号における入場者又はその家族その他の関係者の申出により当該入場者のカジノ施設の利用を制限する措置を規則案44条1項で定めている。
この点、入場者の申出による場合には、当該入場者がカジノ施設に入場することの禁止や当該入場者が一月間にカジノ施設に入場することができる回数を制限することとされているが、入場者の家族その他の関係者の申出による場合には、カジノ事業者が当該入場者に関してギャンブル等依存症の予防を図るために必要と認めた場合にだけ、入場禁止や一月間の入場回数を制限するとされている。
しかし、ギャンブル依存症においては、その当該の者だけではなく、その家族等の周辺の者に対しても多大な悪影響を与えることは必至である。そのため、依存症防止の観点からして、入場者のみではなく、その家族その他の関係者の申出による場合にも、端的に申出があれば入場の禁止、入場回数の制限をすることと定めるべきである。
(2) また、IR整備法68条1項4号において、カジノ行為に対する依存による悪影響を防止する観点から必要なものとしてカジノ管理委員会規則が定める措置をカジノ事業者は講じるとされているが、規則案47条においては、国又は地方公共団体が実施するギャンブル依存症の予防のために必要な施策に協力することとだけ規定されており、独自の対策は定められていない。そして、カジノ行為に対する依存による悪影響を防止する観点からすれば、賭金の上限規制やカジノ施設内での連続滞在時間規制などを定めるべきである。
(3) さらに、IR整備法108条1項において、カジノ行為関連景品類(いわゆるコンプ)を提供するに当たって、その内容、経済的価値等についてカジノ管理委員会規則で基準を定め、その基準に該当することのないようにしなければならないとされている。しかし、規則案106条で示された基準は、性的好奇心をそそるおそれがあるものであること、著しく射幸心をそそるおそれがあるものであること、法令に違反し、又は違反する行為を助長し、若しくは誘発するおそれがあるものであることという抽象的な基準でしかない。依存症防止の観点からすれば、景品表示法の景品規制のように、景品類の最高額、総額等を規制すべきであり、そうした基準を定めるべきである。
9 マネー・ローンダリング対策(規則案103条)
規則案103条1項は、チップの譲渡等をしようとする者の発見方法として、巡回及び監視カメラによる監視(同項1号)しか規定していない。また、同条2項は、チップのカジノ行為区画外への持ち出しの発見方法として、巡回及び監視カメラによる監視(同項1号)及び退場者の自己申告(同項2号)しか規定していない。電子チップ等の「先進的な技術」の導入は、努力義務に留めており(同条3項)不十分なものである。その他の規制と合わせても本規則案では、マネー・ローンダリングを防ぐことは不可能であり対策として不十分である。
10 青少年対策(規則案105条)
従前より指摘があるところであるが、特定複合観光施設区域内の若年層の人物が20歳未満であることを容易に判別することは困難であり、規則案についてもこの点を実効化するための施策が全く考慮されていない。