引き続き、梅毒ネタです。

http://www.infoplease.com/ipa/A0762136.html

              Tertiary_syphilis_head
               第3期梅毒による顔面の変形
            ーウィキペディアの英語版からー


米国で梅毒といえば「タスキーギ梅毒実験」と言われる、悪名もさることながら、現在、臨床実験における、被験者の人権を守る厳格なルール作りのもとになった事件があります。


タスキーギ梅毒事件は医学史上、最も長期に及ぶ、被験者に治療が施されなかった疾病人体実験と言われています。


1932年から197240年間アメリカ合衆国公衆衛生局
 は、病状の進んだ梅毒患者399の黒人男性に人体実験を行いました。これらの被験者の大部分は文盲の小作人で、アラバマのメーコンという最も貧しい郡のうちの一つの住人達でした。彼らは病気の診断名、重症度について一度も説明を受けたことはなく、“悪血”を治療しているとだけ告げられました。実験に携わった医師らは梅毒を治療するつもりなど、全くなかったのです。


event_tuskegee

実験における腰椎穿刺の様子

神経梅毒があるかどうか脳脊髄液を採取した。
 http://www.blackpast.org/files/blackpast_images/event_tuskegee.jpg

 

 



実験のデータ
はこれらの男たちの死後解剖よって集められました。つまり被験者は、末期梅毒の猛威によって身体が朽ち果てるまま、意図的に放置されたのです。

腫瘍、心臓病、麻痺、失明、精神異常、そしてようやく死が訪れました。実験に関わった医師の中には「患者が死ななければ、何の興味もない」と言った者もあったのです。
 

この実験によって28が直接梅毒によって亡くなり、100が梅毒に関連する合併症で亡くなりました。40の患者の妻は夫から感染し、19の子供が先天性梅毒になって生まれました。

 

実験が始まった1932年当時は、梅毒に対する治療法がまだ確立されていなかったので、病気の自然経過を追うことには医学的意義がありました。また被験者には、当時梅毒の治療として使われていた薬が投与されていたようです。

 

しかし1947年までにペニシリンによる梅毒治療が確立されていました。その時点から数えて25年間、治癒の可能な治療法があったにもかかわらず、梅毒がどのような経過で人を死に至らしめるかという興味から、これらの実験参加者は、無治療のままに据え置かれ、その影響は、病人本人のみならず、その妻、また子供には先天性梅毒という形で及んだのです。

 

これらの被験者は無学で貧しいことを利用され、タダで定期診察、医療が受けられるという宣伝文句に惹きつけられ、実験に放り込まれたのです。

 

公衆衛生局長官は被験者に実験に留まるように勧め、実験参加25周年を讃える賞状まで授与したのです。

                                                   25yr

                    https://www.msu.edu/course/hm/546/tuskegee.htm#25-Year Certificate

 

 

この実験は公衆衛生局の職員による、メデイアへのリークで明るみに出された結果、1972年になって急遽停止されました。内部告発がなければ、人体実験はもっと長く続いていたのかも知れません。

 

1972といえば日本では万博も終わり、高度成長を成し遂げた時代でした。その時代に世界で最も豊かな大国、アメリカ合衆国では、国家機関がこのような人権をまったく無視した人体実験を、40の長きに渡り執り行なっていたのです。

 

被害者に対する米国政府からの正式な謝罪がなされたのは、1997、クリントン大統領によってでした。実験が停止された1972年から25年後のことでした。

 

<つづく>