有料プラン解約

Livedoorブログの有料プランを解約しました。さあ、これでいよいよ新ブログに前面移行です。
http://apec-pe.blogspot.com/  

新ブログへ移行

新ブログにほぼ移行した。
http://apec-pe.blogspot.com/ 
「写真が見られない」(ぼうずさん)
「コメントできない」(くりろうさん)
というトラブル報告があるのだが、設定の問題ではなさそうだ。
よくわからんなあ。 

暇中忙有

午前中は「小浜ウェスト物語」の一環として公開されている「蓬嶋楼」の店番。ここはかつての遊郭で、当時の趣がそのまま残っていていい風情であった。
夕方から夜にかけてはとにかく口頭試験セミナーの処理と添削。疲れました。

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新ブログへ移行中です。
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悲喜こもごも

筆記試験合格から一夜明け、朝起きてみるとメールがどっさり。例年と同じく悲喜こもごも。
合格されたマンツーマン講座受講生には体験論文提出依頼。もう論文はほぼ完成している人が多いのだけれど、最後の詰めだ。添削が全部終わって弛緩していた気持ちにもう一度発破をかける。

11月からのセミナーツアーの内容をもう一度見直し、派遣講師の切符やホテルの手配。
今年も東京に居座って毎夜面談の予定だ。去年は巣鴨だったか今年は神田。昼間に古書街あたりに出かけるのも楽しみに。

しかし19日に沖縄セミナーに乗り込む講師3名(私、バイアさん、知床さん)が揃って討ち死にというのもまたなんというか・・・・^^;

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新ブログへ移行中です。
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新しいブログ

明日はいよいよ筆記試験合格発表。ドキドキで眠れない人もいるだろう。
私は・・・・筆記試験で「やっちまった」ので今年は完全にダメです。笑。
その筆記発表前に、今日返さないといけない添削論文が30編以上あった。受付締め切りの24日にどさーーーっと送られてきたのだ。中には「とにかく何か書きました」という出来のものもあったけれど、それでも書かないよりははるかにましだ。
その前日には12編、その前日には15編。合計3日で50編以上あるので、もうここ5日ほどは添削につぐ添削だった。自宅ではメインとサブの2台のデスクトップとレッツノートまで動員して3台のモニタをにらみながら添削。出先ではレッツノートかLooxUで。特にLooxUは大活躍で、ちょっと暇さえあればウェストポーチからさっと出して添削してはさっとしまっていた。東京でも電車の中でやっていたなあ。
おかげで全部終了。ちょっと早めに昨日(といってももう今日になっていたが)の深夜にぜ〜んぶ送った。

・・・・そしたら今日は一気に手持ち無沙汰。食事時にも添削をしていたため、隙間時間の別の使い方を忘れているのだ。
もちろんやるべきことはたくさんあるのだが、それらは「大仕事」ばかりで、腰を落ち着けてやらないととてもできない。Docuworksとエバーノートだけでぱっと取り掛かってぱっとやめられるものって意外と少ないよね。

最近メールもカレンダーも全部Googleに移し始めているのだが、ブログもあるようなので試しに使ってみたら結構使いやすそうなので、こちらに移行しようかなと思っている。
Livedoorブログのように写真をサムネイルで小さく表示するのはできないようだが、Picasaのウェブアルバムから直接写真を貼れるのは気に入った。
少し平行して使ってみて、気に入ったら移行しようと思っている。
です。
このLivedoorブログは確か平成16年の年末に始めたと思うので、もうすぐ丸6年になる。特にここ2年ほどはほぼ毎日アップしているから、膨大な量になっているだろう。
以前はログをまとめてはHTMLファイルにしてHPに掲載していたが、さすがに面倒になって最近はやっていない。
この6年の間に「技術士受験を応援するページ」はそこそこ知られるようになってSUKIYAKI塾となり、私自身もライフスタイルを大きく変えて今に至っている。その人生の大きな転換期にずっと記録してきたブログは私にとって貴重なMemoriesだ。

 夕方からひとつ会議が入り、そのあと木曜会。毎度のことながら夢と可能性が広がる飲み会は元気が出る。
ともかく明日、一人でも多くの人に喜びが訪れますように。 

木枯らし

寒かった昨夜、風呂に入りながらのんびりと岸本葉子さんの本を読んでいたら、2月末になって「庭の霜柱がいつの間にか消えていた」とあった。
びっくりしましたね。岸本さんのお住まいは東京で23区近郊だったと思うのだが、冬の間、庭にずっと霜柱があったわけか?
霜柱なんて一生のうちで数回しか見たことないぞ。

小浜は行政的には北陸だが気候的には山陰なので、北陸の中では暖かいのだが、それよりも関東は暖かい。
冬の東京にこちらの冬の格好で行ったりすると、もう暑くて暑くてだめなのである。地下鉄とか乗るともう蒸し風呂のようである。コートの厚さも東京の人の着ているのはぜんぜん薄いし。
とにかく東京の冬は暖かい。・・・・ものだと思っていた。

ところが東京の冬は寒いのである。天気がいいので日差しがあるところは暖かい。下手をすると暑い。
ところが日陰の寒いこと。そのうえ風でも吹こうものならもう大変である。
そのことを痛感したのは、もう何年前になるだろうか、はじめてバイア○ラさんと・・・・あれ、違うな。パラグアイさんと・・・・離れちゃったな。バイナリーファイル・・・・お、ちょっと近づいたぞ。バイアリータークさん、ああそうだった。
・・・・何の話だったか。
ああそうだ、はじめてバイア○ラさんと飲んだときの話だ。そのときは確か1月で、仕事で八王子に何泊かしたのだが、レンタカーの中に一晩置いたままにしておいたペットボトルのお茶を朝飲んだときの冷たさといったら、人生初体験だった。
日野市の高台にある公園で見た霜柱のでかさといったら、霜柱だと思わなかったくらいでかかった。
それより2週間ほど前、打ち合わせのために上京して現場を見に歩いていったのだが、風の冷たさといったら。コートの中で震えている私の横を背広だけでフツーに歩いていくサラリーマンを見て、東京の人の耐寒性にも驚いた。

2月の知床はきーんと冷えていたし、気温はマイナス10度くらいだったけれど、東京の冬の日陰と対して違う気がしなかった。
結局日向と日陰の温度差がすごいんだろうな。日向でも日陰でもそんなに気温が変わらないところに住んでいると、あの気温と乾燥は脅威だ。冬は新幹線で帰ってきて敦賀まで来ると、何よりも空気の湿り気で「ああ、帰ってきたな」と感じるもの。

関東でも近畿でも昨日は「木枯らし1号」が吹いたらしい。
「へえ、そんなの定義があるのか?」と思って調べてみると、「東京では西高東低の気圧配置のときに、西北西〜北の強い風(風速が8m/s以上)が吹くことを「木枯らし1号」の発表条件としています」とあった。(http://tenki.jp/forecaster/diary/detail-2678.html
ふうん、要は冬型の強風か。
これは確かに冷たいと思う。きっと冬型の日の裏日本の北風よりはるかに冷たい。「耳が千切れそうな」冷たさはこちらでは感じない。ぜんぜん質の違う風なんだろうなと思う。きっと日野で耐えられない寒さと感じていたあの冷たい風なんだろう。
こちらの季節風は「寒い」けれど木枯らしは「冷たい」。

一気に晩秋か?

木材利用研究会で福井市へ。昼過ぎの電車で出発したが、冷たい雨が降り、冷たい風が吹き、寒い寒い。
敦賀駅で見ると気温は11度だった。北見の「2.3度」の経験があるので数字としては「え、そんな程度?」という感じだが、体感温度は大差ない。

最後の駆け込み依頼が山のように来た体験論文の添削をしつつ福井へ。
JRが遅れ、駅からタクシーに飛び乗って会場へ。月に1回の研究会だが、頭の新鮮な刺激になって面白い。
終わったあとはまた添削をしつつ電車で小浜へ戻る。敦賀で待ち時間30分だったので、2時間の旅になってしまった。

小浜駅に着いたが、けっこう体が冷えていて、どこかに飛び込んで熱燗でもくいーっとやってうまい魚を食いたい!という思いが頭をもたげるが、そんなことをしていたら添削ができない。
「飲みたい気持ち」の頭をつかんで水の中に押し込み冷酷無慈悲に溺死させる気持ちでまっすぐ帰宅。くそぉっ。
ホットチャイ(最近コンビニで売ってるスティックタイプのやつね)を飲みつつさらに添削。

で、今は11時半である。もう今日はここまでにして、熱い風呂に入って文庫本でも読みながら長風呂を楽しもう。今日唯一の弛緩タイムだ。

リフレッシュツール

今日はけっこう忙しかったのだが、「時間的に余裕がねえよ〜」的状態になるとやはり人間は処理能力がアップするようだ。
あと頭が回りだすのか、妙にいろんな用事を段取りよくこなしたり。
ただこれはやはりエネルギーを使うようで、特に年齢を重ねると燃費が悪くなって頭が回らなくなるのも早くなり、帰宅してすぐに3時間近く寝てしまった。^o^;

こういうときにリフレッシュできるものがほしいなと思う。

まず考え付くのはコーヒーだが、私の場合1日に何杯も飲むせいか、効果があまりない。眠気覚まし効果もほとんど感じない。
フリスクとかそっち系のものも一時ハマったけれど、どうも慣れてしまったのか効果がいまいちだ。
自転車に乗るとか歩くとか体を動かすという手もあるが、体のほうも燃費が悪くなってきているので、結局疲れてしまったりね。
入浴はなかなかリフレッシュできるのだが、我が家では風呂で読書する習慣があるので、やっぱりけっこう疲れてしまう。^o^;

どこかの本に載っていたが、ギャッツビーのサラサラ爽快シートなるもので顔を拭いてリフレッシュするなんてのもあったな。これはやったことがないのでよくわからない。
そうそう、最近、柑橘系の飲み物がけっこう頭スッキリ効果をもたらしてくれるように思っているのだが、これはルノアールの柚子ティーが最高だ。
小浜でもどこか柚子ティーやってくれないかなあ。今度ともしに頼んでみよう。

局所的集中メール

5738地区民バレーボール大会の雑用世話係と、会社の人の親御さんのお通夜などでけっこうバタバタしていたが、今日はAPEC-semiの体験論文添削受付期限でもある。朝からメールがどんどん入ってきて、そのたびにXperiaから「カーン」という音がする。

47合間をぬってウェスト物語企画の「Ligh展、すわっ展」に顔を出す。
照明と椅子の創作展示みたいなものだが、こういう照明のある部屋で、「今日はもう何もしなくていいぞお」的な落ち着いた気持ちで時間を過ごしたいなあ・・・・温泉にでもぽけっと行こうかなあ・・・・などと、気持ちが忙しくなってくるとすぐそんな逃避的心情になってしまう。本来が「さぼれるものならさぼりたい」タイプだから。^o^;

東海北陸PTA

「東海北陸ブロックPTA研究大会 福井大会」という催しがあって、パネラーとして参加してきた。
富山・石川・福井・岐阜・愛知・三重の6件プラス名古屋市の7ブロックの回り持ちで研究大会を開いているもので、福井では7年ぶりだ。
私は前回も現役PTA役員として「地域」をテーマにした分科会の委員長としてパネルディスカッションの司会を務めたのだが、7年たってまた福井大会でパネルディスカッションの席に座るとは思っていなかった。「7年に1回巡ってくる」って、わしゃハレー彗星か。

生意気を言うけれど、7年前、PTAや子ども体験活動のNPOに限定された活動をしていた自分と、今、まちづくりや技術士受験応援など様々な活動をしている自分で、視野がぜんぜん違うことを実感した。
「世の中づくり」みたいな大きな枠の中で、PTAの位置づけなんかが自分なりに整理できたのだ。それもパネルディスカッションの場で数分考えただけで、すっと考えがまとまった。
7年前というと、「技術士受験を応援するページ」を立ち上げて間もないころでもある。ああ、その年の冬くらいにブログをはじめたなあ。
それからいろんなことがあった。なんというか、「思えば遠くへ来たもんだ」的感慨すらある。
その間にあったいろんなことを、それなりに糧にして、なんとなく成長していたのかなあと、ちょっと嬉しかった。

りとる・すぴーく・いんぐりっしゅ!

今日はもう帰るだけなので、朝ゆっくりして10時すぎにホテルを出発。
チェックアウトしていたら、隣で若いホテルマンがアジア人相手に英語で奮闘中。
「いえすたでい、ナントカ、とぅでい、ナントカ」
などと説明していたようだったが、何か質問されていきなり
「あい・きゃん・りとる・すぴーく・いんぐりっしゅ!」
で話を打ち切ってしまった。相手のアジア人、まさにこれこそ「目が点」だという顔をしていたが、仕方ないので納得した(ことにした)ようだ。
うーむ、おそるべき必殺技。意味は不明だけれど確固たる意思表明になっている。

新宿でもあどけなささえ残る若いホテルマンが韓国人相手に「朝食は和食と洋食の中からお選びいただけます」ということを説明していたのだ(と思う)が、
「もーにんぐ・じゃぱにーずすたいる・あんど・・・・えーと・・・・でぃす・ぴくちゃあ!」
といって廊下の向こうにある朝食メニューの写真を指差していた。
「いや『でぃす』じゃねえし^^;」と思いつつさっさとチェックインして部屋へ上がったが、買い物に出ようと5分後に降りたらまだやっていて、今度は「らいす・おあ・ぱん」になっていた。「ぱん」って・・・・

まあとにかくがんばれ、若いホテルマン。これから日本はもっともっとアジア人と付き合うのだから。
私はいろんな人種が交じり合って町が営まれていることが嫌いではない。いや、むしろ好きかな。なんとなく刺激というか生命力があって。
国と国という、いろんな深く複雑な事情を抱えつつ付き合うもの同士はなかなか交じり合えないけれど、ひとりひとりの「人」になると交じり合うのは本当に難しくないものだ。
西安でも聞いたことだけれど、偏狭な考えを持つ人の大部分は「人と人の交わり」を知らない人だということだった。
私もそう思う。個人と組織と、それぞれが別の意思を持った生き物なんだという認識ができない人が偏見を持つのだと思う。
これってネットにもあてはまるかもね。生身の人と人との交流をしない中から勝手な思い込みなんかが生まれるように思う。先日、掲示板で「はなはだ不快だ」と感情を表に出した(めったにしないのだが)けれど、それは私の心情を勝手に解釈されたことが、心の中に土足で入り込まれたようですごく嫌だったからだ。ちょっと話がずれたかもしれない。

大阪をうろうろして14:42のサンダーバードで大阪を離れる予定だったが、ちょっと疲れているのかあまりうろつく気になれず、そのまま大阪駅へ。11:42に変更してさっさと帰ることにした。
052時過ぎに小浜に到着。相変わらず人気の少ない駅前風景がなんだかほっとする。
駅に近いCOCO'sまで自転車で移動して、遅い昼食。この時間は主婦の憩いの場になっていて、向かいの2人組もドリンクバーで延々とおしゃべりして時間を過ごしている。どうやら趣味でやっている「よさこい」の話で盛り上がっているようだ。ひとしきりおしゃべりしては揃ってお代わりを取りに行って、すっかり腰を落ち着けているようだ。
テスト中なのだろうか、奥ほうのの席からは女子高校生の一団が跳ね飛ぶような若々しいおしゃべりをしている。
この飾らない喧騒の風景は、私に合っているようだ。おそらくルノアールでやるよりもこっちのほうがノマドワークの作業が進む。あとは電源だけあれば最高だが。

16時前に帰宅。出張整理などでバタバタすごし、18時に夕食をかきこんで、すぐに自転車に飛び乗ってボランティアセンターへ。観光局の市民幹事会に出席し、そのまま飲み会に突入して、再び帰宅したのは23時すぎであった。
そこで女房と9日ぶりに再会。いやあ、久しぶり。^o^; 
北海道みやげはどうだった?と聞くと、なんと生キャラメルは早くも一箱カラになったとのこと。
「え、誰が食ったの」
「私」
「ひとりで?」
「うん」
「*o*」
知床世界遺産家のハイエナ軍団ならぬ一人ハイエナ軍団なのであった。

添削結果送信をとにかくこなし、とにかく寝る。明日はPTAの東海北陸ブロック研究大会のパネラーを務めねばならなくて、朝ゆっくり寝ていられないのだ! 

整然とした人たち

朝9:20ののぞみで大阪へ。
秋葉原から山手線に乗ろうと歩いていくと、ホームに上るエルカレーターの手前の駅構内に長い列ができているので「???」と思ったが、これって並んでるんだよね。駅員が指示しているわけでもないのに2列で整然と並んで、整然と2列でエスカレーターでホームに上っていく。
たしかにホーム以外では並ばないでいると、エスカレーターの前が大変なことになるだろうし、通常時のように「右側を空けてエスカレーターに乗る」と、エスカレーターで運べる全体人数は減るから、それなら全員動かずにびっしり並んで乗ったほうが効率的だ。
ホームは満員状態であるが、電車の入り口に殺到しはしない。ギリギリ乗れるところまで詰めて、次の人たちはおとなしく並んで次の電車を待つ。
電車がくると、2列で並んでいた人たちがすっと左右に分かれる。降りる人を素早く降ろすためだ。
電車の中でも誰も一言も発しない。酔ってにぎやかな夜の電車とは大違いで、全員じっと耐えて規律を守って移動していく。
そして駅に着くと、おしあいへしあいするわけでもなく流れるようにホームから改札口へと移動していく。
こうやって全員が整然と規律を守って行動することで、飽和状態になっている交通機関でも時間ロスを最小化して移動している。
そういうことを大衆が自分たちで守ってやっていることに、改めてすげえなあと感動した。生活の知恵といえばそれまでだけど、こういうところは日本の底力だよねえ。
でも北海道で3泊4日を過ごした体には、満員電車の熱気はかなり辛かった。^^;

大阪へ向かう「のぞみ」の中では、膝の上にカバンを置き、その上にレッツノートとLooxUを並べ、LooxUで論文を表示してレットノートでコメントを入力するというスタイルで添削していた。

14心斎橋のホテルに上着と荷物を放り込み、LooxUや必要なものを入れたウェストポーチだけの身軽な格好で上本町のシェラトン都ホテル大阪へ。
RCCMの灯篭更新講習のためだが、でかいホールに用意された席数は360。これを午前と午後の2回やるということで、700人あまりの人が講習を受けるわけだ。
RCCMについては近々制度が変更になるということが掲示板でも話題になっていたが、最後の事務局伝達事項の中で取り上げられた。
  • 所属会社が建設コンサルタント登録してあることという要件は削除。
  • 技術士または技術管理者が特定できることという要件は削除。
  • 受験資格を3年早める。(つまり大卒10年で受験OK)
  • 以上は12月1日から。今回の登録更新受付は12月からなので適用される。よって登録更新申し込みのうち、会社の建設コンサルタント登録と指導技術士の欄は記入不要。建設コンサルタント登録を証明する書類も添付不要。

終わってすぐさま移動し、新大阪丸ビルへ。4人の面談を21時まで。
これで面談も全部終わったし、ちょっと嬉しいこともあったので、帰りにチューハイ買って、風呂上りに飲んで大変気持ちよくこれを書いている。
明日は小浜に帰るだけだ。
今回も本当に多くの人にお世話になった。特に北海道では、知床世界遺産さんとハジメさんに言葉にできないくらいお世話になった。本当にありがとうございました。

柚子ティー、美味し。

旅は続いている。
ドーミーイン北見で少しだけゆっくり起床。本当は朝風呂に入りたかったのだが、それより睡眠時間を選んだ私でした。
朝バイキングに行くと、「塩やきそば」が。北見市の名物B級グルメということで、非常に興味があるので、迷わず朝食はやきそばをチョイス。なかなかにうまかった。

知床世界遺産さんと女満別空港へ。四方山話の多くは小浜の鹿肉のことだったような気がする。なおきの熱が知床さんを熱くしているようだ。ふたりとも大きいから少々暑苦しそうだが。^^;
女満別空港でちょっとだけコーヒーを飲んで別れた。また1ヶ月したら会うんだけどね。

1324羽田行きの飛行機は満席。
雲の間から北の大地が見える。左は道東のどこか、右は苫小牧付近の海岸らしい。
12月にまた来るんだけど、そのときはもっともっと寒いんだろうな。
今回は北方領土も羅臼岳も見られたし、ヒグマにも出会えた。雄武町のホテルもよかった。北海道ラブ。(知床さんの真似)

羽田空港に到着すると、どんよりと曇っていた。気温は20度。いきなり2倍以上。湿気もあって空気がちょっとねとっとしている感じだ。
モノレールとJRで秋葉原へ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいまぴょん」
って、違う!秋葉原で体験論文面談をするのである。ちょっといろいろ買い物もしたかったので選んだのだ。

ホテルに荷物を放り込んで少し電気街をウロウロしたあと、ルノアールへ。
36最近ここの柚子ティーにハマっている。
今日はアイス柚子ティーを3杯、ホットを1杯飲んでしまった。(写真はホット)
ともしの店でも出してくれないかな。柚子ティーラブ。(またも知床さんの真似)
終わってから、ちょっと買い物をして、講師に来てくれた勘介さんと軽く食事して、さらにほろ酔いでヨドバシカメラに入ってあれこれXperiaのアクセサリを買ってホテルへ。
かなり眠いがなんとか本日送る分の添削結果を送り、少しだけ添削をして、これを書いている。
明日は午前中が大阪へ移動、午後からRCCM講習会、夕方から面談をして大阪泊。旅もあと1日だ。

北見の気温はつるべ落とし

3326雄武町の朝、日の出岬がきれいだ。
もう少し暖かい時期に、ゆっくり逗留したいと思わせるホテルだった。
知床さんとなおきは一足先に空港へ。
私はKさんと一緒に北見まで乗せていってもらうので、ホテルのロビーで北海道新聞を読んでいると、出ている出ている昨日のヒグマ。なかなかの事件であったようだ。

0845Kさんの車に乗せていただき、四方山話をしつつ紋別市へ。
ここは人口2万人台の町とのことで、網走支庁に3つしかない市のひとつ(網走・北見・紋別)だという。
展望台に上って眺めると、広々としたオホーツク海に面して、こじんまりと町が広がっていた。

5724近くにある流氷科学センターへ。
ここには砕氷船「ガリンコ号」が展示してあるのだが、これを見て驚いた。てっきり南極観測船のような氷を割るための舳先がついているものとおもっていたら、ドリルじゃないか。ジェットモグラかと思った。
これを回転させて氷の上へ乗り上げ、このねじ式回転で進んでいくのだそうだ。うーむ、技術に感動。
1907館内には厳寒体験室があって、マイナス20度が体験できる。同じような施設は網走にもあるけれど、ここの体験室で驚いたのは氷付けによる標本保存をした魚の展示室。いろいろあるものだなあとまた感心。
すっかり体が冷えて、「さんぱち」の味噌ラーメンがしみじみ美味かった。

15時前に北見に到着。ホテルにチェックインして16時から講演。
2時間ほど例によって漫談をほざいたあと、飲み会。
オホーツク技術士会の楽しい皆さんと一緒に、楽しく飲み食いさせていただいた。まったくもって感謝感謝である。
ダウンロード (1)ダウンロード宴の終了後、外に出るとやたらと寒い。見ると5度以下である。
というか、皆さんの格好を見てください。コートにマフラーに、もう完全に冬ではないですか。そういえば北見に来る途中も、まだ午後2時半ごろだというのに太陽の光がオレンジがかっていたっけ。
あ、右の写真はこんな気温の中で半袖パフォーマンスをする変な人ですのであまり気にしないでください。^o^
この2枚の写真はあつ@都市計画さんご提供。ありがとうね。

49二次会でまたわいわいと飲み語らい、気持ちよく外へ出たらいっそう寒い。
見ると3度台になっていた。
締めのそばをみんなで食べに行って、「天ぷらとじそば」という卵とじしてある蕎麦を不思議感覚で食べて再び外へ出ると、とうとう2.3になっていた。吐く息は真っ白。うーむ・・・・

今回もいろんなものを見て、いろんな人と出会って、素晴らしい旅だった。
中でも雄武町はなんだか私にとってヒューマンスケールな感じの町のような予感がする。ふらっと来て2〜3日泊まってまったり過ごしたい感じのところだ。

明日は東京に戻るけれど、また何度も来たいなあ。 

ゆったり、時々風雲急

4220知床2日目、雲の動きは速いもののいい天気。
朝食もそこそこに知床峠に向かう。
そして4回目にしてついに羅臼岳と北方領土を目の当たりにすることができた。羅臼岳は頂上付近に少々雲がかかるものの、全容を見ることができたのは初めて。
国後島は予想以上に幅広く広がっていた。新潟から見る佐渡島よりもっと近く広く、そして平たく、目前に広がっていた。

4747続いて知床五胡へ。
知床世界遺産さんの会社が作った木道橋はずっと先まで伸びていて、杖を突いたおばあちゃんなんかもウォークを満喫していた。前も書いたけれど、人間の社会活動と自然との折り合いはとても難しいことだけれど、この取り組みはやはりひとつの形なのだと思うので、私は大いに評価したいなあと思うのだ。

5607一湖が見えてきた。その左にはオホーツク海が広がる。
風は冷たく強く、高い木は生えていない。
しかしその分だけ日差しが暖かい。
木道橋のすぐ近くでシカが黙々と草を食べていた。
ここは何度来ても感動できる素晴らしい景色と自然の営みを感じることの出来る場だ。

1615一湖のほとりに到着。木道橋はここまで。
ここからは羅臼岳から硫黄山に至る山々と裾野に広がる林、そして一湖が一望できる。
本当に今回の知床では、好天に恵まれて景色を堪能できた。
次回はできたらここで半日くらい過ごすつもりでの〜んびり来たいものだ。風が寒かったけれど、暖かい格好をしてベンチに1時間くらい座っていたいなあ。

5923斜里へ向かう道すがら、オシンコシンの滝へ。今回は国道からではなく、上から眺望する機会があった。源流も見られて、これもまたよかった。
さらに少し行ったところで川を覗き込むと、サケがどんどん遡上しているところだった。思いのほかゆっくりを遡っていくサケ。知床の生命の営みが溢れている。

0209続いて今回の知床行きの主目的でもあるエゾシカファーム見学。ここからなおきは仕事モード。小浜の鳥獣害対策に取り組むなおき、頼もしいではないですかと改めて感心。
またエゾシカファームの運営にも改めて感心。親切直売所でもらったイチゴジュースが濃厚で美味かった。

46エゾシカファームをあとにして、一路斜里町役場へ向かったのだが、この道路を見てください。
ずーーーーっと直線。30km以上あるそうだ。
今回もまた知床の広さ、大きさを満喫できた。一度見た光景であっても全部新鮮に感じることが不思議だ。
天気にも恵まれて最高の時間を過ごせた。
「また来る機会があるだろうか」ではなく、「また何度も来る」と素直に思えるのは知床世界遺産さんという友人を得ることができたからだろう。ありがたいことだなあ。

・・・・と、ここまではゆったりと自然を楽しむ悠然たる時間。
この後、にわかに風雲急を告げる。
斜里町役場に赴き、部長さんにエゾシカ事業での行政取り組みを聞かせていただくことになった。
なおきが小浜市での取り組みを説明し、さあいよいよ斜里町の取り組みを聞かせてもらえるぞと思ったとき、役場の近くの小学校付近にヒグマが出現したとの知らせが。
最初は大丈夫だろうと対応していてくれた部長さんも、役場の前をヒグマが通過して近くの神社のほうへ移動したとの知らせを聞いて、急遽会談を中止、対応に向かわれた。しきりに申し訳ながっておられたが、こちらこそ恐縮であった。
Img_9365Image1外へ出て、くだんの神社のほうを通っておみやげを買いに行こうかと神社前に差し掛かったとき、目前の交差点を2頭のヒグマが横切っていくではないか! 右の写真は左の写真に写っているヒグマのアップ。
視界から消えたなあと思いつつ右の神社を見ると、ヒグマが2頭、社叢の中を走っていくではないか。
神社付近を取り囲んで役所職員が配備され、無線で連絡を取り合うとともに役所のスピーカーや広報車が市民に注意を呼びかける。何とも迅速な対応になおき感激。
結局この2頭のヒグマは人家に近すぎるということで射殺された。
今年は小浜でもドングリの実りが特に悪く、クマがたびたび出没している。シカをワナで捕まえると、そのシカをクマが食べるそうだ。駆除したシカをクマが掘り出して食べているとの話もある。
よそ事ではないクマ出没対策に、なおきが公務員の顔になっていた。

06斜里道の駅でおみやげを買い込み、斜里町から網走方面へ。
このルートで楽しみなのは、私の大好きな濤沸(とふつ)湖を見ることだ。相変わらず広くそして自然に満ち溢れる。
傍らにあるJR駅舎のカフェやレストランも含めて、ここだけで半日くらいを過ごしたいものだなあと思う。ちょっと距離が長いけれど、自転車で行くのもいいかもしれない。(無茶かなあ)
あ、JRを乗り継いでいくというのもあるな。(ダイヤ密度から見ると、かなり時間はかかりそうだなあ)

3654網走の「月」で昼食。2月の流氷ツアーのときにも来た回転寿司屋だが、とにかくでかくてお洒落。
北海道の海産物は、とにかく脂がたっぷり乗っている。白身の魚であってもそれは同じだ。
小浜の魚も美味いけれど、それとは質の違う美味さだ。

2056写真左はイクラとタラバの外子。
とにかく美味くて夢中で食べ、3人で皿を高く積み上げた。^o^;
満腹で再び出発。ここからは雄武町を目指す。紋別市のさらに北にある、網走支庁最北の町だ。
このあたりから寝不足がじわじわと脳みそを侵食し始め、まもなく轟沈。知床さんとなおきが話すのを聞きながら、かなりしっかりと寝入ってしまった。

41途中、サンゴ草が群生するというところに立ち寄るも、ちょっとシーズンを過ぎていたようで、枯れ色が寒々しい湿原が広がっていた。でもこういう光景も好きなんだけどね。
ここから再び轟沈。気がついたら紋別市も過ぎ、雄武町の入り口にある「ホテル日の出岬」に到着しかかっていた。
ここで知床さんが大先輩と慕うKさんにお会いした。本当に素晴らしい技術者で、私のような者が大変おこがましいと思いつつ、体験論文面談とアドバイスをさせていただいた。

夜は2夜続けての満漢全席状態。ホッキ貝のしゃぶしゃぶというのが何とも美味かった。食材に恵まれているだけではない、こういう食べ方の工夫もしているんだなあと感心することしきり。
また、「八角」という初めて食べる魚も登場。図鑑で見るとかなりグロテスクだが(http://www.zukan-bouz.com/kasago/tokubire/tokubire.html)、これが白身なのに脂がのって、味噌味で焼いたのがまたうまいのなんの。
だったん蕎麦で作ったという「雄武」という焼酎をしこたまのみ、今宵もまた満腹になった私なのでありました。 

しりえとく・アゲイン

1955思いっきり朝ゆっくりして、羽田空港へ。
空港内の喫茶店(電源つき、フリースポット)でノマド満喫のあと、1時前の飛行機で女満別へ。
昨年7月、今年2月、5月以来4回目の道東。これで四季全部訪れることができた。

0636空港には、小浜から「なおき」が先についていた。こいつは実に面白いヤツで、小浜での行状も、今回の道東ツアーでの行状も、それだけで2時間は酒が飲めるネタ満載なのだけれど、それはまた別の機会に。
知床世界遺産さんの恫喝号でびゅんびゅん飛ばし、屈斜路湖方面へ。とにかく景色がどこまでも広い。

4750屈斜路湖に到着。いやあ、また会えたねクッシー君、コマドリ号。^o^
1年ちょっとしかたっていないけれど、懐かしさ満載で呼びかけてみたが、コマドリ君は夕日色に染まりつつある屈斜路湖にさみしそうに浮かんでいるだけだった。

1451さらに移動し硫黄山へ。
15ヶ月ぶりに訪れた硫黄山は相変わらずしゅうしゅうとガスを噴出し、ぼこぼこと熱湯が吹き出ていたが、「蒸し卵販売にご注意!」の看板の近くで蒸し卵を売っていた、たそがれを感じる夫婦はいなくなっていた。^^;

02夕暮れ時の薄暗くなってくる中の摩周湖はいよいよもって幽玄な雰囲気に満ちて、寒くさえなければずっと見ていたいと思う光景だった。
まったくもって夕暮れの速さは驚異的であり、3時台から光はオレンジ色が混じり始め、4時台にはつるべ落としで暗くなっていき、5時ともなれば夕方ではなく夜である。
日本の先頭をきって夜が明け、日が暮れるのだから当然といえば当然だが、やはり感動せざるを得ない。
6時にウトロに到着したことにはもうとっぷりと夜。

2120こんな部屋どうしましょう困るわワタシ的に、通常宿泊する部屋の3倍は広い客室にとまどい、知床さん・なおきと3人で湯上りの暖かさが違うホンモノの温泉に浸かり、満漢全席もかくやと思わせる知床の幸に満たされて夕食を楽しみつつ知床の夜はふけた。

新宿酒物語

01199時前の「のぞみ」で東京へ。なんだかのぞみばかり乗っている。
大阪〜東京の切符は、京都、名古屋と途中下車を繰り返してやたらとにぎやかになってしまった。
車中では電源も取れるのを幸いにずっと添削。ふと外を見ると、久々の富士山。秋の今の時期にだけ見られる雪のない富士山だった。

東京駅からすぐに新宿に移動し、12時から15時までいつものルノアールでセミナー。続いて小部屋に別れて個人面談。
46講師はいつものメンバーが集まってくれた。そういえば横浜すばるさん、もう完全に仲間内になっちゃいましたね。^o^
18:30に全て終了し、近くの居酒屋で打ち上げ。
バイア○ラさん、変わらず元気。ちなみにこれはゴーヤチャンプルーを前に、「沖縄、また飲みに行くでぇ〜」と意味不明な気勢を上げているところ。夢追い人さん、風太さん、突然の電話すいませんでした。

2654たっぷり飲んで食べて話して、締めはなぜか沖縄そば。
味は・・・・まあ一度食べにおいでよ、たくく。
ちょっと飲みすぎたかなあと思いつつ、西新宿のいつものホテルにチェックインして今に至る。
明日は北海道へ高飛びだ。

 

まだまだ元気で

ちょっとゆっくり起きて大阪から京都へ移動。1駅だけの「のぞみ」移動はせわしなく、添削1本も終わらず。

京都から普通電車で南草津へ移動し、滋賀県の建設技術センターで、滋賀県の土木技術者対象の研修会講師。すべり破壊とか圧密沈下とか軟弱地盤対策工とか、90分わあわあとしゃべるだけしゃべってスバヤク逃走。
再び京都に戻り、またもや「のぞみ」1区間移動で名古屋へ。

駅のコインロッカーに荷物をぶちこみ、LooxUを入れたウエストポーチとレポート用紙のノート1冊だけの軽装になって栄へ移動。
34南西口を出たところにある「どえりゃあ」というイタリアンの店で2時間以上粘って添削その他。ここは電源もあり、さらにフリースポットもあって、大変ありがたいノマドプレイスだ。「モバイラーズ・オアシス」で見つけたのさ。
店を出るともう明かりがともる時間であった。
入り口に誰かおっさんが立っているなと思うだろうが、これは人形で、まあサンダースおじさんみたいなものですね。なんだかしょんぼりしているけれど。^o^

歩いてすぐのところにある「栄メンバーズオフィス」で面談。
21時すぎ、最後の受講生であるクレヨンしんのすけさんに無理を言って早めに出て、電車の中で話しながらホテルへ。さらに近くの居酒屋で夕食というか飲み会にまでつきあっていただいた。

今からランンドリーで洗濯するとおそらく就寝は2時前、明日は9時前の「のぞみ」で東京へ移動である。
一応まだ元気です。 

いやもう夢中で

朝はいつもより30分だけ寝坊した。
午前中はゆっくり起きてゆっくり用事を済ませるつもりだったが、ちょっとした打合せで市役所へ。これが昼前までかかり、それから大慌てで上着を買って(この季節のジャケットがなかった)、いったん自宅に戻り、それからわざわざ自転車に乗り換えて駅まで。8日間も駅の駐車場に車を置いておきたくないしね。高速道路無料化からこっち車上狙いが増えてるし。

大阪に15:40着。すぐさま駅構内のレストランで面談1回。
09ホテルにチェックインして1時間ほどいろいろやってから、いつも丸ビルで添削4人3時間。
もう夢中で過ごしたので、写真はホテルの部屋の写真だけ。
いつもここに泊まっているので、時々特典がもらえて、今回は「快眠客室」にしてくれていた。
マッサージチェアもあるのだけれど、とにかく疲れたので風呂に入ってチューハイ飲んで寝るのみ。

チリでは33人全員が救出された。かえすがえす素晴らしいニュースだ。
そういえば智楽さんもブログで「技術の視点」から書いておられた。同年代の人が同じようなことを考えているなあと思うのは、なんだか嬉しいことだ。 

チチチ、リリリ

今日はこの話題しかないだろう。チリの奇跡の救出劇。

地下700mに及ぶ坑道を穿ったのも技術。
生存していた33人のところまで調査孔を穿ち、様々な物資を届け、音声や画像でコミュニケーションを保ち、あの細い穴からベッドまで地底に下ろし、2ヶ月の間に700mを掘削し、完璧なまでに安全に救出したのも技術。

17日を地下で3日分の食料を分け合って生き抜き、驚異的な団結力の中で健康を保ち今日の日を迎えた33人の、そして失敗の許されない猛烈なプレッシャーの中で時間と戦って奇跡の救出劇を実現したスタッフの、不屈の精神力。

そして「チチチ、リリリ」と心をひとつにして叫ぶ人たち。

技術のすごさ、人間のすごさ、それらを励まし支える「同胞」の力の大きさをすごくシンプルに教えてくれた救出劇だった。
やっぱ人間は無力じゃないんだなあ。 
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