「報道ステーション」の冒頭で足立区の踏切事故を取り上げ、遮断機が上がったのでわたり始めたら電車が来たという「管理体制」について古舘伊知郎が「信じられません」と言っていたが、私には今どき係員が手動で遮断機を上げる踏切があることのほうがよほど信じられなかった。
それもド田舎ならともかく、東京のそれも足立区なのだから、びっくりしてしまった。
自動で遮断機が動作する踏切にするには様々な経費がかかり、ゆえに係員の人件費を考えても手動のほうが安いということだったのでは?と思うのだが、その判断に「経費」のほかに「リスク」もきちんと含まれていたのかな、という疑問がわく。
今は環境保全その他様々なものを貨幣換算してコスト判断するので、リスクの費用便益評価も必要なのではないかなあと思ったところだ。

もう一つ、自動化には様々な経費がかかるのだと仮定して、それはどうしてかということであるが、
 仝住点での運用体制を前提としたインフラ整備がなされており、運用の一部分だけを改善すればいいというものではなくて、複雑に絡み合ったシステム全体に波及してしまうため改良に係る費用が膨大になってしまう。
 改良のためには運用を一時ストップあるいは縮小せざるをえず、そのためのデメリットが膨大
などであることが多い。
鉄道絡みでは、改札の自動化や高架化工事に伴い出現した「開かずの踏み切り」「長大踏切」などであったかと思う。
このため、東京では旧来のシステムからの更新が遅れる傾向にある。
自動改札などは地方にかなり普及した時点でも東京だけが「キップ切り」をしていた。
もしかすると、もはや日本で数少ないであろう「手動踏切」はそういった理由で東京だけに化石のように残っているのかもしれないなあ・・・・と思ったのである。

ところで、旧来のままではさすがに不便だ、あるいは経費がかかるというものは、少々のデメリットも乗り越えて改善されていくのだが、著しい不便は伴わないものはそのまま残っていく。
東海道新幹線は、日本で一番「火花を散らす」新幹線である。一番最初にできたので、架線のところの火花を抑える技術が未熟だったためという。確かに夜見ると、東海道新幹線はちょっとびっくりするくらい火花を散らして走っている。上越新幹線はずっと「静か」だった。
火花が散るということは架線なりパンタグラフなりの消耗も激しいからメンテコストもかかるはずだが、取り替える費用に比べたら微々たる物だし、架線架け替えとなると大変な騒ぎになるのだろうから、手をつけていないのであろうと思う。

我々の身の回りのインフラには、そういったものはいっぱい潜んでいるんだろうなあということに気がついた事故であった。