――Unhappy man! Do you share my madness? Have you drunk also of the intoxicating draught? Hear me; let me reveal my tale, and you will dash the cup from your lips!
(哀れなひとよ!あなたもわたしと同じ狂気に取り憑かれたのか?あなたもまた蠱惑の酒を飲んだというのか?わたしの話しを聞かれるがよい。然すれば、あなたはその口から盃をもぎ取られるに違いない!)

Frankensteinフランケンシュタイン(Frankenstein: or The Modern Prometheus)』――モンスターを創造した科学者の悲痛な叫びによってはじまるこの小説は、驚くほど予見的で、あまりにも哀しく、そしてどこまでも深遠な物語りだ。振り返ってみるならば、我々のこの物語りに対する多くのイメージは、1931年のジェームス・ホエール(James Whale)の映画『フランケンシュタイン(Frankenstein)』の中で、モンスターを演じていたボリス・カーロフ(Boris Karloff)のイメージに負うところが大きい。額が並外れて大きく、首からねじが突き出し、不明瞭な言葉しか発することが出来ない大男というのが、その後、幾度となく映画化され、また無数の漫画によって描かれてきたこのモンスターの姿である。しかしながら、作者であるメアリー・シェリー(Mary Shelley 1797-1851)の存在すら消し去ってしまうほど肥大化し固定化されたイメージは、原作の中で描かれているモンスター本来の姿ではない。これはよく言及されていることなのだが、そもそもフランケンシュタインとはモンスターの名前ではなく、彼を創造した科学者ヴィクター・フランケンシュタインの名前である。このモンスターは名前すら与えられていない。

――His yellow skin scarcely covered the work of muscles and arteries beneath; his hair was of a lustrous black, and flowing; his teeth of a pearly whiteness; but these luxuriances only formed a more horrid contrast with his watery eyes, that seemed almost of the same colour as the dun-white sockets in which they were set, his shrivelled complexion and straight black lips.
(その黄色い皮膚はその下の筋肉と動脈をどうにか覆っており、髪の毛はつやつやと黒く、ふさふさと生え、歯は真珠のように白かったが、しかしその立派さがかえって涙ぐんだような目と恐ろしいほどの対照をなしており、眼球は焦げ茶がかった白い眼孔と同じ色に見え、顔はしわくちゃで、一文字に切れた唇はどす黒かった。)

ヴィクター・フランケンシュタインが教会の墓地(churchyard)を創造の場として、そこにあった材料(materials)から作った名も無き身長8フィート(約244cm)の創造物――これこそがこのモンスターの本来の姿である。そして、それは「ダンテすら思い及ぶことが出来ないほど」醜悪な姿をした巨人だった。しかし、彼は、ほとんど口がきけない怪物ではなかった。驚くべくことに、このモンスターは、プルタークやゲーテを読み、ミルトンの『失楽園』に深く心を揺さぶられる理性的な存在でもあったのである。しかし、モンスターは、誕生と同時に、その創造主である科学者から、醜悪極まる容貌を理由にして自らの存在を否定され上に見捨てられるのである。再び、自らの創造主の前にその姿を現したとき、モンスターは恐るべき言葉を語るのである。

――Accursed creator! Why did you form a monster so hideous that even YOU turned from me in disgust? God, in pity, made man beautiful and alluring, after his own image; but my form is a filthy type of yours, more horrid even from the very resemblance. Satan had his companions, fellow devils, to admire and encourage him, but I am solitary and abhorred.
(呪われた創造者よ!自分ですら顔を背けるような醜悪な怪物をどうして創ったのか?神は、哀れみをもって、人間を自らの姿に似せて美しく魅惑的につくられたのに、おれの姿は、似ているが故によけい不快きわまりない出来損ないのお前そのものだ。サタンは、自分を賛美し激励する仲間を、同輩の悪魔をもっていたが、おれは孤独で憎悪の対象でしかないのだ。)
――No Eve soothed my sorrows nor shared my thoughts; I was alone. I remembered Adam's supplication to his Creator. But where was mine? He had abandoned me, and in the bitterness of my heart I cursed him.
(おれの悲しみを慰め、そして考えを分かち合うイブはいない。わたしは孤独なのだ。わたしはアダムがその創り主に捧げた嘆願を覚えていた。しかし、わたしの創り主は何処にいる?わたしの創り主は、わたしを見捨てたのだ。それ故、わたしは苦々しい思いで創り主を呪ったのだ。)
――I will revenge my injuries; if I cannot inspire love, I will cause fear, and chiefly towards you my archenemy, because my creator, do I swear inextinguishable hatred.
(わたしはわたしに加えられた傷に復讐する。わたしが愛を得ることが出来ないのなら、恐怖を起こしてやる。そしてあなたはわたしの創り主であり、とりわけわたしの最大の敵であるあなたに対して、尽きることのない憎しみを振り向けてやる。)

こうして、このモンスターはあろうことか自分の伴侶となるべき女のモンスターを創造することを要求するのである。しかし、ヴィクターは「悪魔の一族が地上に繁殖し、人間の存在そのものをあやふやな恐怖に満ちた状態にしてしまう」ことを恐れ、最終的にこれを拒絶する。こうして、モンスターは、有名な次の言葉を残して科学者の前から姿を消す。

――I shall be with you on your wedding-night.
(お前の婚礼の夜に会いに行くぞ。)

こうして、モンスターは、約束どおり、婚礼のその夜にヴィクター・フランケンシュタインの妻となったエリザベスを殺害する。こうして、彼は復讐を遂げるためだけに生きるのである。この科学者は、ヨーロッパ、ロシアを経て、ついに北極の地にたどり着く。そこで、ヴィクターは、北極を目指して航海を続ける冒険家ウォルトンに出会うが、彼はそこで力尽きて息を引き取るのである。その直後、モンスターは現れ、自分の創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対する思いを語り始める。

――But when I discovered that he, the author at once of my existence and of its unspeakable torments, dared to hope for happiness, that while he accumulated wretchedness and despair upon me he sought his own enjoyment in feelings and passions from the indulgence of which I was forever barred, then impotent envy and bitter indignation filled me with an insatiable thirst for vengeance. I recollected my threat and resolved that it should be accomplished. I knew that I was preparing for myself a deadly torture, but I was the slave, not the master, of an impulse which I detested yet could not disobey.
(しかし、おれの存在の創り主であると同時に筆舌に尽くしがたい苦しみの創り主でもある彼は、おれの上に惨めさと絶望を積み上げておきながら、このおれには永遠に禁じられている結婚という特権的行為の中に彼の感情と情熱の享楽を求めて、あろうことか幸せになることを望んだのだ。その時、無力な羨望と苦々しい憤りが、復讐への飽くことのない渇望と共におれを満たしたのだ。おれは呪いの言葉を思い出し、それを成し遂げることを決意した。そして、おれの為に恐るべき苦悩が用意されていることを悟ったのだ。しかし、おれは、自ら忌むべき衝動の主人ではなく奴隷にすぎなかった。そして、おれはその衝動に背くことなど出来なかったのだ。)

こうして、モンスターは、氷の大地に薪を積み上げて火を放ち、その炎によって呪われた運命に幕を降ろすと告げる。そして、モンスターは、船の近くに浮かんでいた氷塊に降り立ち、遥かなる闇の中へと流されていった――



Goya『フランケンシュタイン』――この物語りに関しては、心理学的、科学的な読み込み、もしくは神話的な解釈が、今や最も一般的なアプローチとなっている。心理学的な解釈によれば、抑圧された醜い本能が脅威とになり回帰してくる物語りとしてこの小説を読む。つまり、この解釈によれば、モンスターとは、科学者ヴィクター・フランケンシュタインのもうひとつの自己(ドッペルゲンガー)と捉える。また、科学的解釈によれば、『フランケンシュタイン』はSFの母として解されている。つまり“暴走するテクノロジー”の脅威の物語りとして受け止められる。また、神話的解釈によれば、「現代のプロメテウス」としてのヴィクター・フランケンシュタインは、ギリシア神話に登場する神プロメテウスの運命を反芻することになる。神話上のプロメテウスと同様に、現代のプロメテウスもまた、神を欺き、そのことによって神に罰を受けるのである。

わたしは、この物語りを読み終えたとき、不意にゴヤ(Francisco Goya)の版画を思い出した。「理性の眠りは怪物を生む」――そう題されたその版画は、まさに『フランケンシュタイン』の物語りそのものではないだろうか。研究者の指摘があるように、モンスター(MONSTER)という言葉は、19世紀初頭までは“見せる”(ラテン語でMONSTRARE)という意味合いで用いられていたのであり、また、この言葉は、ラテン語で“警告”(MONERE)から派生した言葉であることを考えれば、ますますこの思いは強くなる。そしてまた、思い起こしてみるならば、このメアリー・シェリーの小説にせよ、ゴヤの版画にせよ、バーク(Edmund Burke)が「あらゆる種類の犯罪があらゆる種類の愚行と結びついている怪物的な悲喜劇(monstrous tragicomic scene)」と称したあのフランス革命が有形無形に陰を落としているという点でも共通点がある。大革命の苛烈さは、復讐の苛烈さをも体現する。それ故に、この物語りを歴史のメタファーとして捉えることも可能となってくる。しかし、どの様な方法でアプローチしたとしてもこの物語りの興味は尽きない。繰り返しになってしまうが、この小説は、驚くほど予見的で、あまりにも哀しく、そしてどこまでも深遠な物語りだからである。

余談ではあるが、わたしは、真のフランケンシュタイン像に触れたとき、もうひとつ湧き上がってくるある着想を禁じえることが出来なかった。そう、メアリー・シェリーのモンスターは、わたしに、これまで幾度となく取り上げてきたカルト宗教集団を思い出させずにはいられなかったのである。教会の墓地から既に死に絶えた異端の思想を盗み出し、そしてその“材料”を継接ぎして作りあげた醜悪なまでのその教義。名もなく(いくつもの名前を使い分けるということは、結局の所、名前を持たないことと同じである)、孤独で、「悲しみを慰め、そして考えを分かち合うイブ」を求めては、地上での一族の繁栄を願う彼ら。雄弁で高邁な思想を語り、歪んだ心で自らの創造者を求める教祖。アダムにしてサタンでもあるといえるこの教祖たちは、まさにフランケンシュタインが創り上げたモンスターの姿そのものではないだろうか?しかし、最も問題とすべきは、このモンスターを生み出したのは、“我々自身”であるという点である。彼らは、現代社会の歪みが生み出した≪我々の≫狂気そのものあり、まさに“警告(モンスター)”なのではないだろうか。もし、そうだとするならば、我々は何を為さねばならないのだろうか。この物語りがそうであったように、極寒の北極までこのモンスターを追いつめるべきであろうか。あるいは、それとも―――

とまれ、我々は、狂気に取り憑かれているときには、それを狂気だと認識することは不可能である。それ故、自らを絶対視し他者をひたすら排斥しようといるものは――ヴィクター・フランケンシュタインがモンスターを創り始めたときがそうであったように――何度も何度も以下のような言葉をつぶやくのである。おそらく、わたしにとっての『フランケンシュタイン』は、ありとあらゆる狂信への警告であり続けるだろう。どうやら、それだけは間違いなさそうである。

――Remember, I am not recording the vision of a madman. The sun does not more certainly shine in the heavens than that which I now affirm is true.
(覚えておくがよい。わたしは狂人の妄想を記録しているのだはないのだ。天に輝く太陽の光りも、わたしがいま真実だと断言することほど確実なものではないのである。)