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 さて、いろいろと午前中の仕事が片付かないと、お昼休みがこんな時間になりました。
 最近、知人とやっている書評合評のUSTREAMで『永遠のゼロ』を取り上げてもうすぐ配信するのですが、仕事や研究となるとそりゃもちろん一定数読むことは普通の人より多いのかもしれませんが、やはり趣味で小説を読むというのは無理な感じですね(笑)。高尚な趣味は無理。あくまで研究とか仕事の一環なら、『失われた時を求めて』でも読めるのに(笑)。どこかで内田樹さんが文化プチブルというようなやつを話されてましたがまさにそれ。努力して身につけてる能力なんで、もともと趣味の域に達している育ちのいい人にはかなわないのかもですなぁ…。


 そう言えば、新ヤンキー論なんていう特集が雑誌に掲載されたようですが、今日ご紹介するのは、昨年の夏あたりからいろんな方が出されている現代の若者論ということになりましょうか、社会学者の阿部真大さんの『地方にこもる若者たち』。昨年6月の出版でした。



 阿部さんはこれまでも居場所論だとか、福祉で働く若者の域外搾取だとか、どちらかというと、対象となる人々に寄り添う視点のようなものを感じさせるスタンスでの定性的なものを可視化していくお仕事をされてきたように思うのですが、今回の本は、岡山県、もっと端的に言えば、倉敷市の某大型ショッピングモールに通う20代から30代までのジモトの方約40名にインタビューしたところからお話が始まります。そう、地方でも地元でもなく、ジモトという点が、私が感じたこの本の肝です。
 そういえば、先週のクローズアップ現代でコメントされていて、それがまた別の側面で盛り上がっているようですが、私としては、阿部さんのコメントも、小田島さんも、結構冷静にコメントしていたようにも思えるんですが、色々と行き違いがあるようですね。でも結構面白い記事を見つけたんでおまけでリンク張っておきます。
批判のあつまっている「居酒屋甲子園」の実体には、報道などよりも複雑な味わいがあった
あと番組サイトと居酒屋甲子園の公式サイトもご参考まで。

クローズアップ現代第3451回:あふれる“ポエム”?!  〜不透明な社会を覆うやさしいコトバ〜
居酒屋甲子園


 さて紹介する本に戻りましょう。この本では、岡山の調査から、若者、特に地方都市に住む若者が、市役所のような行政区画でもなく、お祭りのような地縁的なものをベースとする古いコミュニティーでもなく、ジモトの友人たちと実家による経済的な多世代シェアとの両輪で生活している様がアンケートによって紹介されています。彼ら彼女らにとっては、働く場もある地域でまず目の前に出てくる人間関係は家族と友人。そして消費は東京程じゃないけどかなり充実してミニ動物園や単館系も見れるシネコンが併設している大型ショッピングモール(千葉本社のやつですね)。こう考えると、もう倉敷市っていう枠を飛び越して(実際対象者は岡山県の遠方から来ていたし)、地域内で消費生活するっていう感覚もあまり垣間見えない…商店街なんてもちろん出てこない。多少モデル化しすぎているかもしれないですが、なんとなく説得力を感じます。なので、行政エリアを連想させる「地方」とも違うし、コミュニティをイメージしたりする漢字の「地元」や「地域」っていう言葉より、「ジモト」っていう言葉の方がこの本でインタビューされた方々の住んでいるエリアとしてしっくりくるんじゃないかしらと思った次第。


 それとこの本で、私がよかったなと思う点は、地域の若者の反抗といいますか、何か大人社会へのスタンスの取り方を、理論的に80年代の「反抗」、90年代の「努力」、「(人間)関係」、そしてそれ以降の「ジモト」と系列化して見せたことなんですが、その素材を、普通だったら社会学の研究書や影響力がある小説や何かの報道などの言説分析、哲学書や思想書から持ってくるところを、J‐POPに立脚したところでしょうか。正直私その分野まったくわからないので、音楽的な理論背景はどうなのかわかりませんが、若者を研究したりしている以上、こういった分野も無視してはいけないだろうというような、ある種の読み手の(しかも私のように研究したりする分野の読者に対しての)挑発のようにも取れて、興味深かったです。

 ただし、この点の分野は、時代的にくっきりとではないんですが、理論的という点で、浅野智彦さんが、昨年8月に出された『若者のとはだれか』で、エリクソンとリースマンのアイデンティティ論の比較検討をされていて、その本を読んでいた私からすると、似たような時期になかなか面白い本が出たなと思っていたところでした。



 ただ残念なのは(というか私の方思いでしょうか)、地域における若者の関係性の系譜を、理論モデルだけでなく、何か調査的なもので跡付ける、そういった仕事も読んでみたいと思いますね。ご自身も、今後何かの調査の発表はされるようなことをあとがきに書いておられたんでここは、期待大でしょうか。
 それと、この本の後半部、6章から、被災三県の大都市、20万人以上の市、10万人以上の市、10万以下の市、郡部で行われた調査結果がのっておりまして、この結果だと、近所の人が震災で頼りになったかという点で、まあ郡部はそこそこ高いのですが、実はそれ以外だと大都市部の方が頼りになると回答した方が多かったようでして、やはり阿部さんが迫っているモータライゼーションの完遂というやつが、これにも関係しているんだろうと、そのあたりは同じ地域を対象に研究するものとして、やはり実感があるんですよ。私は今からもう15年以上前、90年代後半から調査するときに、運転免許もないせいもあって、地域とくに当時北海道の地方ですから、相当労力はかかったんですが、一方で田舎の方の過ごす時間の中で車中の時間が多かったり学校の登下校も自動車の生徒が多かったり、実はこれ、田舎の方が「個人」主義化しているんじゃないか?なんて仮説といいましょうか、まあ先入観にもにな感覚を持ったことがあるんですが、それを思い出した次第。なんにせよ、またその後の調査しておられるなら読んでみたいですね。

 ではそろそろ、食事に行ってきます…。