4年前の今日、亭主が亡くなりました。
 
その年と同じく、今年も空が晴れて桜の満開が綺麗で、やや寒いけど春らしい日です。

昨年は3年目ということでドキドキして不安でしたが、流石に4年目ともなると不安もドキドキも無くなってしまいました。

ただ、こんなうららかな春の日に逝ってしまったということだけが思い出されます。


私の方はもう主婦でもなく妻でもなく、気ままな一人暮らしが4年過ぎ去ったという感じで、毎日のストレスがないのがストレスということがよくわかります。

昨年は睡眠障害で夜になると眠れない日が半年以上続きましたが、今年の冬にもその傾向が出てきたときに入院をしてしまい、そのスパルタな規則正しい生活とデジタルデトックスもやっていましたから、ちょっと目からウロコが落ちたような気がしました。

嵌まり込むと出口は見えないものですが、出てから振り返ると意識の問題だったということがわかります。
睡眠障害だと思っていたのは、それは自分の意識が夜中になると「眠ってもいいけど眠らないでもいいのなら眠らないでおこう」ということだったようです。

それで、今年の3月の入院後は、「眠るか眠らないかと思ったときは眠る」という選択をするようになったと感じます。
 
病院では夕方6時の夕食、そのあとは歯磨きや薬を飲んだりしながら、私の場合は読書などを楽しみました。しかし、夜9時40分になると「就寝の時間です 」という放送とともにバチっと廊下も室内も電気が消えますから、眠ろうがどうしようが暗い暗い。

しかも六人部屋という集団生活のようなものでしたから、皆さんはそれぞれのベッドでカーテンを閉めて静かにしています。私は読書灯をつけますけど、それも暗くてマジムカつくぐらいです。

なんというか、その暗さはフィンランドに行ったときにホテルのラウンジなどでも薄暗い明かりや蝋燭の光などでしたから、極夜は朝の10時から昼の2時までは空が薄ぼんやりするだけで室内は明かりをつけている世界を思い出します。

そうか、日本はどこでも明るすぎるのですね。
蛍光灯の白色電球で煌々と光っている自宅の天井などを見ると、夜はまだまだというか夜通し明るい世界と言えます。

病院の消灯後は非常口の緑の明かりやトイレの明かりやナースセンターの明かりが反射しているだけでしたから、ナースコールをすると看護師が懐中電灯でベッドを照らして 点滴の作業をしていきます。

おお、入院生活でフィンランドの冬の明かりを思い出したわ。
暗くないと人間は夜とは思わないのかもしれないわ。
ま、夏になると白夜という一日中明るい生活だそうですから、そのときは睡眠障害になるかも。
というか、北欧の人ってうつ病にならないのかと心配します。


さて、今日は水色の模造紙を買ってきました。方眼が引かれているものがあったので、それを6枚買いました。条幅に書く前に模造紙で下書きというか練習をしようと思っています。
千字文を書いた人によると腱鞘炎になったとか、恐ろしいので真剣にやるのはやめます。

最近は身内でも人間性が怪しい人とは距離を置いているのでストレスが無くなった感じですし、生きるために頑張るという時期はすでに過ぎましたので、「生きていても構わないし死んでも仕方ない」というような達観というか、人生でやるべきことはやったし頑張った時期は過ぎ去ったということを自覚します。

実際は毎日あれこれ考えていますけど、大きく考えると「死は怖くないような気がする」ということでしょうか。納得と満足の人生です。



春の夕日が長々と窓を照らします。
近所の県立高校では体育館ですでに何かがあったようで、制服の生徒がいました。
明日ぐらいから幼稚園も小学校も中学や高校も入学式があるのではないでしょうか。
短い春休みが終わろうとしています。
平成最後の春やね。





(もしかしたら長生きをして、令和の時代のその次も生きるかもしれへん〜。)