2005年03月08日

まきこさんとシンクロ その1

*追記:この文章をエントリーしようと思っていたら、「たまごの距離」のまきこさんが「愛国者でない私にとっての辺野古」をエントリーされたので、それで題名の「シンクロ」です、はい。

僕は長いこと、「人間さえいなければ、自然は伸び伸びと健やかにいられるんだろうな」と思ってきました。
畑をやっていると、本当にそういうことを感じます。
いくら無農薬・無化学肥料だ、有機農業だ自然農法だといったって、育てるべき野菜という植物にだけ手をかけて、隣の植物は雑草だ、野菜が負けちゃって困るから、と決めつけて平気で刈り取ったり引っこ抜いたりします。

虫や鳥だって、野菜を食べる虫は取り除いたり潰しちゃったりするのに、そういう虫を糧にしている虫は益虫だといってチヤホヤする、鳥だって野菜を荒らせば悪いやつで、虫を食べるのはいいやつだったりするのです。
「有機農業で自然と共生して」なんて、何が共生だ、ふざけんな、笑わせんな、といつも思っていました。

農業や漁業などといった、人間の命を繋ぐための自然に一番近いところの仕事で、出来るだけ自然にくっついたやり方をしたって「共生」はできない、いわゆる「自然破壊」からは逃れられない。
各々が違うなりに伸び伸びと生きることが出来ない、こちらを余分に持ち上げてあちらを余分におとしめなければ成り立たない。
それが人間が生きる「業」というやつで、自然の環を破壊することなしには人間は生きることが出来ない、と感じていました。

自然破壊だとか環境保護だとか、動物愛護だとかいろいろともったいつけて言いますが、人間が生きているという、その事実自体がすでに「自然破壊」なのだ、他のいのちたちはみな丸い円環の中で生きているのに、人間だけがそれを乱す。
僕は、それは「人間は他のいのちに喰われないからだ、人間を喰うのはやっぱり人間だけだからだ、自分のいのちを“世界”へ向かって投げ出さないから、円い環の中から外れてしまうんだ」と感じていました。

そういう僕が、なぜ畑をやり続けるのか。
それは、せめて「当たり前の」ものを食べて、「当たり前の」人間でいたいからです。
それじゃぁ、その「当たり前の」人間とはどういうことなのか、ホントにそういう「しょうがない存在」なのか。
そしてその人間の食べる「当たり前の」ものとはどういうものなのか、そもそもこの世界の「本当のところ」はどういうことなのか、その中での「ほんたうのさひはひ」(宮澤賢治の言)とは何なのか。
それが僕の、まがりなりにも畑を続ける理由であって、僕の探求していることです。

徳間書店から出ているトム・ブラウン・ジュニア著『グランド・ファーザー』という本があります。
昔から、この探求心のためか、ネイティブ・アメリカンの存在にひどく惹かれていまして、そのこともあって出会った書物なのですが、19世紀終わりから20世紀半ばまでを生きた一人の孤高のネイティブ・アメリカンから教わったあるアメリカ人が、彼のことについて書いた本です。
このトムさんは、その分野では有名な方のようです。「トラッキング」や「ストーキング」といった、サバイバル系のプロフェッショナルといったところでしょうか。

そのグランド・ファーザー(人の名前です、一応)、それからその曾祖父のコヨーテ・サンダーは、こういうように教え、そういうように生きていたそうです。
以下は、何となくの要約です。

『人間は、自然のケア・テイカー(世話人)だ。造物主の指示に従って、自然の世話をするのは人間の生きる役割、人間の自然だ。
人間は自然から恵みを受ける、それによって生きている。だから、自然の恵みを受けるときは、まずそれを賛美し、心で深く感謝しなさい。
私たちが生きるためには、ほかのもののいのちを犠牲にしなければならないからだ。だからそれは、ちゃんと役立つようにいただくべきだ。

そのお返しに手助けをする、後々のことを考えた手助けをするということが、役立つようにいただくということだ。
そうやって、自然を助け、育てること、それがケア・テイカーとしての運命を全うするということ。自然がより美しく、強く、スムーズに、健やかに成長するのを助けること。
そうすることで、自然にまかせれば何年もかかることが、よりスムーズにやり遂げられる。

自分の必要なものを取るときには、その取ることが、その地にとって本当によいことか自問し、次にそれによって子供や孫に何を残してやれるかと自問する。
強くて健康な地になるだろうか?と考える。こうした自問に肯定の形で答えが返ってくれば、そこではじめて賛美や感謝をもって受け取ることが出来る。
だから、どうしても必要なときだけしかものを取らない。余分に欲しいとか便利になろうという気持ちが貪欲を生み、ついには自然を破壊する。

正しい方法で命を取るならば、自然からものを取ってもその魂は死なない。それは私たちの体の一部となり、魂の一部ともなる。
死というものは存在しない。無意味な死が起こるのは、ものが貪欲さのために奪われて土地が破壊されるときだ。
人間一人一人は創造物の一つであり、創造の掟に従い、その掟の一部であり、自然と共に生きている、そういう自分もまた自然のはたらきである。
自分がこの木の一部であって、木も自分の一部であるのと同じだ。
一方的な関係なのではなく、お互いに助け合う仲間なのだ。

自然は私たちがいなくても存在することが出来るが、ずっと苦労するだろう。
私たちは、自分の利益を越えた大きな目的のためにここにいることを覚えておきなさい。
私たちは、ケア・テイカーなのだ。』


長くなりましたが、抜粋して要約してみました。
これは、僕にとってはかなりの衝撃でした。
そういう「考え」はよくあることです。でも、あの時代のアメリカで、そう「生きていた」というのが衝撃でした。
「そういう人間として生きる」道は確かにある、そしてその方が断然「当たり前」だ、少なくとも人間がそういうところで生きていけば、自らもまわりも続いていける。
情けない話ですが、本当にハッとしました。

どうやら僕がそれまで感じていたのは、「世界の事実」ではなくて、そういう自分の感じとり方だったようで、人間が生きる「業」ではなくて、「僕の業」だったんだとようやく気がつきました。
そして、僕を含めた今の日本人一人一人の暮らしが、いかにこれから離れているかを痛感しました。
離れすぎていて、若かった当時の僕などは、そういう認識さえも出来なかったのです。

そうかといって、この生き方のままを、現状の僕らの生活に当てはめることは、まず不可能です。
しかし、一歩一歩なら近づけるのではなかろうか。
とりあえず、そういう意識で畑の作業が出来るだろうか、そういう認識で恵みを受け取ることが出来るのだろうか、そういう方向で物事を感じ考えられるようになって、一歩づつでもそういう方向で歩き出せれば、なんとかなりはしまいか。

少なくとも、20年や30年くらいの長さで物事を考えちゃいけないな、と思いました。
せめて、100年や200年くらいで考えて行動しないと続いていかない。
他のネイティブ・アメリカンの話で、「何か物事を行うときには、七代あとまでの影響を考えて、それがよろしくないと思われるならば行わない」ということを聞いたことがあります。
それと同じだな、と思いました。
特にやりたい放題やっている僕らにとっては、「できる、けど、しない」ことがとても大切なんじゃないかということは、前々から感じていたところです。

いつの時代のどの建物か忘れてしまいましたが、三昔前くらいの日本では、1000年もつことを念頭に置いた建物づくりがなされたそうです。
そういう木材の選定、建て方の工夫、釘をつくる鉄もそれに見合うように、1000年もつことを念頭に置いて鋳造されたそうです。少し昔には、そのくらいのスパンで物事を考え、行動に移していた日本人たちがいたのです。
それを、どこで置き去りにしてきてしまったのでしょう。

今年もまた、そろそろ春の畑の作業がはじまります。
どこまで感じられるのか、みつめられるのか、ちょっとづつでもやっていこうと思っています。
皆さんも、少しでも興味がわいたなら、この本を読んでみて下さい。
その際には、ネイティブ・アメリカンに対する「誤解」が起きないように、講談社から出ているケント・ナーバーン著『忘れられた道』もセットで読んで下さいね。

次回、その2では、このグランド・ファーザーの教えと野口整体の世界がとてもタブる、というあたりのお話を。


その2その3

*前後のエントリーは左上の「過去の記事とシリーズ」からとべます♪

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選択としての郷土愛/BEGIN【HERIKUTSUなる日々(by jabberwock)】at 2005年03月08日 19:32
 アキラさんのこのエントリーに触発されて、江戸時代のヒトと自然の関わり合い方について、少しまとめてみることにしました。  江戸というのは不思議な街です。普通、都市というのは肥沃な土地に自然に人が集まり始めて、土地の資源を消費しながら大きくなっていくもの
武蔵野開拓史 その1【Non-Fiction】at 2005年03月18日 00:14
この記事へのコメント
>。少し昔には、そのくらいのスパンで物事を考え、行動に移していた日本人たちがいたのです。
>それを、どこで置き去りにしてきてしまったのでしょう。

 そりゃやっぱりあれです。明治維新(笑)
 江戸時代っていうのは、いろいろ欠点も多いんですが、自然環境との共存という点では、実にうまくやっていたみたいです。江戸時代の始めは戦国時代に好き勝手やって荒れ放題だった国土が、あの約300年くらいでかなり回復したそうです。

 江戸も、もともと荒れ地だった場所に人工的に作った都市なんですが、人が住むことで環境が良くなっていって、幕末には森の中にあるような都市になっていったということですよ。魚なんかも外洋から江戸湾に入ってくるとエサが良いんで、太ったんだとか。

 こういう生き方っていうのは、戦争をやっていると無理ですね。戦国時代に荒れてしまったのも、そのせいみたいです。
Posted by うちゃ at 2005年03月08日 22:41
うちゃさん、どもです。
日本の自然とのお付き合いは「里山」の「手入れ」の文化ですね。
養老孟司氏が、それは女の人がお化粧するようなもんだっていうようなことを言ってて、面白かったです。
つまり、素の顔が元々の「自然な」顔、それをああでもないこうでもないと「手を入れて」、みられるようなみられないようなものにしていく。

そうやってお化粧するのは、社会的行為ですよね。人間の方へ引っ張ってくるやり方です。人間の社会の方に主体がある。
だから、「手を入れる」と言う。つまり、人間の社会の方から自然に手を入れるという発想になる。

僕はいつも、「手を出す、出さない」という感覚なんです。
ネイティブ・アメリカンに通じるのも、多分似たような感覚でしょう。
それは、自然の方に主体があるんです。
だから、人間の方から「手を出す」という感じになる。

この差はデカいと思ってるんです。
僕は「手入れ」派でなく、「手出し・出さない」派なんですね。
Posted by アキラ at 2005年03月08日 23:37
アキラさんおじゃましま〜す

里山というのはいわば
人間と自然の共存ですよね?

里山からの様々な恵によって生きることが出来る。

私は、お化粧ではなくまさに手入れだと思います。
人が関わった里山は人が去れば荒れてしまう。


数百年数千年数万年の単位で見ればそれも収束するでしょうが
短期で(人の目から)見れば荒れてしまう。

遙か昔にご先祖様が創り上げた
自然に溶け込んだきれいな段々畑も人が去れば荒れてしまう。

それが関わる・手を出すということだと思います。

うちゃさんへ
明治維新はまあ、必然ですからね(遠い目
幕藩体制のままではどこかの国の植民地となり
うまくいってもタイ王国のようにばらばらに……
なんて想像すると怖いです。
(まあ、なるようにしかならないんですがねケセラセラ

Posted by ロスト at 2005年03月09日 11:04
ロストさん、どもども。
仰るとおりです。
ヒトは自然の中でしか生きていけないし、その中でうまく折り合いをつけて生きていくしかない。だから、「どういう関係性を保つか」という問題なわけですよね。
日本の「里山」は、人間と自然との「折り合い」としては、非常に理想的だと僕も想っています。

ただその「良さ」は、あくまでヒトの都合からみた「良さ」なんですね。
「荒れている」というのも、あくまでヒトの都合からみたことで。
自然からすれば、その「荒れている」状態こそが、まさに自然(じねん)なわけですよね。ヒトが暮らすには都合が悪いでしょうが。
「里山」的自然でもまぁよしとする、「自然」の懐の深さに依存してるだけなんだと思うんです。

その意味で、どちらに主体があるかという問題、視点の差が出てくると思うんですね。
繰り返しになっちゃいますが、「ヒトの都合」の方に主体があれば、ヒトの都合のいいように自然へ「手を入れる」という発想に、どうしてもなっちゃう。
「自然が自然の理(ことわり)としてあること」に主体があれば、その一部でしかないヒトが、自分の都合でもってそれに「手を出す」という発想になる。

そういう差、ですかね。僕が感じているのは。
「我が身」だって、同じことだと感じているんです。
つまり、ざっくり言うと、アタマ(肥大した脳)とカラダ(生きているという事実)という対比。
一つのものなのに、中でせめぎ合いを起こしたりしてる。
上のことで言えば、アタマ=ヒトの都合、カラダ=自然の理、ですね。
アタマ主体か、カラダ主体か、そういう差もある。

こういうニュアンスの差を、僕は感じているので、『もののけ姫』を観たときは、かなり「そうそうそう!」って思いましたよ (^o^)。
Posted by アキラ at 2005年03月09日 16:17
にゃはは。タイトルにまで名前入れてもらって、光栄ですにゃ。

記事も面白いが、コメントも面白いですねえ。

人間に都合のいい自然・・・。
あのね、北海道というと、大自然、でしょ(笑)
北海道の写真ね、おしゃれな絵葉書とか写真集なんかの。
よくあるのが畑の写真だよね(爆)。
それあ自然じゃねっつうの。でも「自然」だと思っているんだろうな。見渡す限りのじゃがいも畑なんて、すげえ不自然なんだけど。(笑)

自然っていうのはもっとうっそうとしていて、混沌としていて、人間が入れないようなもの。その辺の山だって、背丈くらいの笹がこんがらかっていて、入れないですよ。

で、超長くなるけど、いいですか?

アキラさんが示してくれたネイティブアメリカンの話ですが、
私がまず思ったのは、それも人間に都合のいい考え方なんだよな、ということだったんです。
「自然は私たちがいなくても存在することが出来るが、ずっと苦労するだろう。」と思うのは人間で、実際には自然は、人間がいなくても何も苦労なんかしないでしょう。
ただ、だからこれも傲慢に過ぎないんだ、ということではなくて、これは人間という知性を持ってしまった生き物が、自分たちをどう解釈して、自然と融和していくかを考えた末の知恵だととらえるべきなんだろうなと、思ったんですよね。

知性をどう使うかを誤れば、世界を破壊してしまう、かといって一度持った知性を捨てることもできない。そうしたときに、この知性はケア・テイカーになるべく授かったのであり、そのために使うのだと納得していこうという、すべてわかった上での知恵なのかなと。

で、そこまではよかったのですが、里山に代表されるものとの違いが、わかるようでいてわからないなあ。
「手入れ」というのは確かに、手を入れて初めてちゃんとした姿でありうる、という感じですね。
「手を出す」のほうは、それはそれで完成しているところに手を出す。

でもなんか、ケア・テイクって手入れのように感じてしまうんですう。
Posted by まきこ at 2005年03月09日 22:18
みなさまへ

 私は実際には、自然とともに、というのとは真逆の都市生活者の会社勤めのエンジニアなんですよ(^^;  だから想像力働かせながらついていくのがやっとだったりして(笑)

 で、自然主体か人間主体かですが、そこまで言っちゃうと日本列島だと縄文時代あたりまでさかのぼらなけりゃ無理なんじゃないかと思います。まきこさんもおっしゃるように、農耕というのは人間のために自然に手を入れることですから、農耕が主流になってしまうと人間主体にならざるを得ない。

 ただ、私が江戸時代を引き合いに出したのは、どうも日本人が自然を大切にして生きてきたというイメージの元はこの時代にあるみたいなんですね。その前まで、自然に好きに手を入れて、本当にかなり荒れてしまったみたいなんです。そこで、手の入れ方を人間の都合だけではなく、自然の都合に合わせるように変えていったみたいなところがあります。魚付林みたいな考え方もこの時代に生まれたみたいだし。

 江戸が荒れ地から森林都市に変わっていった経緯とかも面白いですよ。(長くなるので、これについては機会があったら紹介します、ということで)

ロストさん
>明治維新はまあ、必然ですからね(遠い目
>幕藩体制のままではどこかの国の植民地となり
>うまくいってもタイ王国のようにばらばらに……

 そうですね、あれ以外の方法があったのか? と言われると答えられません(^^;
 でも、あそこまでとことんそれまでのやりかたを否定しなくてもいいのに、とはちょっと思います。はい。
Posted by うちゃ at 2005年03月09日 22:40
まきこさん、
超長くなるのは、大歓迎です (^o^)。

>よくあるのが畑の写真だよね。それあ自然じゃねっつうの。

あはは、そうですよね。笑える。

>これは人間という知性を持ってしまった生き物が、自分たちをどう解釈して、自然と融和していくかを考えた末の知恵だととらえるべきなんだろうなと、思ったんですよね。

そうそう、まさにそういう感じです。
この本を読むと、グランド・ファーザーってのはハンパじゃないんです。をいをい、ホントかよ、みたいなことしてる。
「背丈くらいの笹がこんがらかっていて、入れない」ようなとこ(それ以上か)で、生きてきてる。
まぁ、トムさんがホラ吹きだとも思えないので、ホントなんでしょうけど。

>「手を出す」のほうは、それはそれで完成しているところに手を出す。

これも、そんなつもりで書きました。
でも、ホントはその「完成」の中に、ヒトも入ってるはずですよね。
疎外されてるわけじゃないですものね。
理(ことわり)にのっとって動いている全体の中に、肥大化した脳を持ったヒトも入っていて、かつ「手を出す」という「理」から外れる可能性をもったことをする。
その「理」からはみ出しちゃうことをしがちなもの、それが「肥大化した脳」なんですよね。

それが「手を出す」。
その「手」は、自然の「理」にかなってないことがほとんどなわけです。
グランド・ファーザーの「ケア・テイク」は、「理」にかなった「手」が出せるか、というお話だと思ったんですね。
このへんが、整体の話と似てくるところで、僕はいつも、畑でも整体でも、「出そうとしてるその“手”は“理”にかなってるのか?」と自問し続けざるを得ないんです。
っていうようなことを、僕の「肥大化した脳」がやってるわけです。

もう、かなり矛盾ですよね、人間って (^o^)。
Posted by アキラ at 2005年03月10日 00:05
うちゃさん、
>農耕というのは人間のために自然に手を入れることですから、農耕が主流になってしまうと人間主体にならざるを得ない。

そうそう、その無意識に人間主体になってしまうところに、敢えて自然主体の視座を持てるかどうか、そんなとこでしょうか。

しかし、江戸時代の話は興味ありますね。
時間があるときで構いませんので、是非そのへんのところを紹介して下さいね!
超長くなるのは、大歓迎ですから (^o^)。
Posted by アキラ at 2005年03月10日 00:10
「当たり前の」ものとはどういうものなのか?
といのは大変興味ぶかい問いかけです。

最近思ったのですが、人の手がかかっていればそれは善、科学をどばどば使えばそれは悪、と単純にわけられるほど自然や食とのかかわりは単純ではなく、またまだ答えから(もしあるとしても)遠い段階にある。

ケミカルなものを食や自然に対して使用するのは悪いことだ、というパブリックイメージがあります。
でも、段々畑のような手作業っぽいものも農薬と、どちらも人の手で作り出したものなのに優劣を決められるのか?
環境負荷とか、いろいろな基準で慎重に評価していかなければいけないんじゃあないか?と思います。
アキラさんの信念とは異なるかもしれませんが、ともかく、まだ、自然や食を考える上で、何が良くて何が悪いのか完全に判っていないのだ、ということを最近思うので書き込ませていただきました。


>もののけ姫
作中で製鉄民が登場したのは、彼らが大量の薪を消費する生業をするにあたって、山の回復にあわせたローテーションを組んでいたことに宮崎監督が注目したかららしいですね。
Posted by k at 2005年03月10日 02:04
kさん
わたくしは「善・悪」というような二項対立図式自体に、意味を見出していないというか、疑ってかかっているクチです。
ですから、その前提に乗っかってしまっているものについては、その前提自身をまず問題にします。

ですから、kさんが仰っているとおり、
>段々畑のような手作業っぽいものも農薬と、どちらも人の手で作り出したものなのに・・?

というあたりが、わたくしの疑問や問いかけの出発点です。

>自然や食を考える上で、何が良くて何が悪いのか完全に判っていないのだ

まぁ「良い・悪い」の前提はおいとくとして、まさにその通りだと思います。
これは、自然や食のことばかりでなく、すべてのことに通じる問題だと、わたくしは思っています。

有機農法で作ってもまずいものはまずいし、農薬かけて作っても美味いものは美味いのです。
これは、端的な事実。食えば分かる。
では、どこから美味い・不味いの差が起こってくるのか?
そういうことが、わたくしの疑問・問いかけです。
さらには、そもそも野菜というのは「作る」ものなのか?とか。

kさん、わたくしは、jabaさんの場とわたくしの場であなたのお考えを伺ったとき、こう思いました。
もしかしたら、今わたくしの感じている疑問を払拭した状態での、儒教的な振る舞いということがあるかもしれない、と。
しかし今、かなりガッカリしています。
わたくしの感じたことは、それ以前に幻想だったのかもしれない、と。

kさんの信念と振る舞いは、kさんご自身の問題ですから、もちろんわたくしがどうこう言う立場ではありません。
しかし、わたくしの大事な友人たちの「場」では、もう少し礼節を踏まえて発言していただけるとありがたい、とは思っております。
Posted by アキラ at 2005年03月10日 10:52
アキラさん

 江戸時代のこと、少しまとめてみました。これだけでも、かなりの長文になってしまいましたので、江戸が森林都市になった経緯はまた今度。

 日本の国土はもともと森林が非常に多かったんですが、人間が生きていくために手を入れ始めるとそれもだんだん減っていきます。
 具体的には田畑の開墾や放牧地の開発、燃料(薪や炭)、建築材料としての伐採などですね。これは人間の生活が農耕主体に変わった頃から始まっていますが、国としての権力が整ってくるに従って加速していきます。そのままの調子で江戸時代初期まで開墾・伐採が続いた結果、さすがに森の数が減ってしまい、一山全部伐採して木がなくなってしまうような事態も増えてくるようになりました。
 生態系のバランスを崩すほどの環境破壊が既にこの時代にも起きていたわけです。
 さすがにいろいろまずいことが起きたため、十七世紀中ごろから全国的に造林事業が始まります。だから人の手の入っている森林ってのは大抵、一回破壊された後に人の手で再生されたものみたいです。
 どうもこのころからみたいですね、日本人と自然との付き合い方が変わったのは。好き勝手な開発のしっぺ返しが自分たちにふりかかってくることがわかったせいか、山にしても、伐採可能な山と、人手を入れてはいけない山というのを分けたりしてます。
 魚付林というのも江戸時代ごろから言われるようになったもので、海岸付近の森林のことです。水辺に森林があることで、魚が寄りついてくるということで、こういった森林は魚付林と呼んで、伐採することは厳禁されていましたし、そういった森林が無い場合は積極的に植林して森林を育てるようにしました。これは全国的に行われていたようです。明治維新後に伐採されてしまうところもあったようですが、そのために漁獲量が激減してしまい、後には明治政府もその効果を認めて保護するように政策を変えています。

 ネイティブアメリカンのやりかたはかなり違いますし、人間主体の考え方にはかわりはありませんが、少なくともやらずぶったくりみたいな開発から一端方向転換することを選んだことは間違いなく、この時代の生き方に学べる部分は多いように思います。
Posted by うちゃ at 2005年03月10日 21:22
うちゃさん、
早々に、ありがとうございました!!
なんか、うちで披露していただくの、申し訳ないような内容ですねぇ。
ホント、嬉しいです。

>伐採可能な山と、人手を入れてはいけない山というのを分けたりしてます。

こういうところが、単なる「手入れ」と違いそうですね。
深そう、です。
魚付林も、最初は、そういうところには魚が多いという観察があったんでしょうしね。

自然との付き合いというときも、狩猟系と農耕系では、全然違いますよね。
そういえば、山の民・サンカの人々の、自然との付き合い方なんかは、どうなんだろう。
いろいろ、空想が拡がります。

江戸→森林都市も、楽しみにしています!
Posted by アキラ at 2005年03月11日 00:18
礼節も環境保護も、それにメリットがあるからこそ存在意義があるんだと思います。
…まぁ、某所では私以外の参加者にとってあの場の礼節は意味があるとお考えのようで、もちろんそれに一理あるとは思います。

ちょっと話はずれますが、私にとって自然とか環境保護というのはあくまでリスクヘッジなんですね。
違う視点からのお話楽しみにしています。
Posted by k at 2005年03月11日 01:29
kさん、
返信、ありがとうございます。
メリット・デメリット、これも二項対立、ですな。
環境「保護」、わたくし的には、これも前提が「アタマ」過ぎます。

しかし、kさんの視点は、了解しました。
あの立ち居振る舞いはどうかとは思いますが、わたくし個人としては、kさんとの関係維持は望んでおります。

これからも、コメントしていただければと思っておりますゆえ、違う視点からの話につきましては、請うご期待。
Posted by アキラ at 2005年03月11日 01:43
>伐採可能な山と、人手を入れてはいけない山というのを分けたりしてます。

>こういうところが、単なる「手入れ」と違いそうですね。
>深そう、です。

 伐採禁止の理由に面白いものがあります。「巣山」と言って、鷹の巣を守る為に伐採を禁止された山があるんです。鳥の巣があるから切っちゃダメ、なんて自然保護団体みたいなことをやってたんですね。

>魚付林も、最初は、そういうところには魚が多いという観察があったんでしょうしね。

 これは逆に切ってしまったら魚が寄りつかなくなってしまったんであわてて保護したみたいです。痛い目にあわないとわからないのは昔の人もおなじかも(笑)
Posted by うちゃ at 2005年03月11日 06:22
うちゃさん、
あれですかね、鷹狩りとかのために、保護してたのかなぁ。
そうだったら、思いっ切り「ヒトの都合」ですね (^o^)。

あわてて保護したってのも、面白いですね。
ヒトっぽくて、プロセスとしては、それはそれでいいなぁ。
そうやって「自然の理」というルールを体得していった先に、江戸・森林都市があったのかもしれませんね。
う〜ん、やっぱ江戸ってのは面白いなぁ。

僕は、江戸時代が、日本ではある意味「社会の完成形」だったんじゃないかと思ってるんです。
家父長制に基礎づけられる社会制度も、江戸で大成しますしね。
それを、未だに引きずってるでしょう。
自然との付き合いの体感覚も、うちゃさん仰るように、江戸で発展し、大成したのかも、ですね。
武術などは、まさにそうですから。
Posted by アキラ at 2005年03月11日 13:16

>あれですかね、鷹狩りとかのために、保護してたのかなぁ。

 たぶんそうだと思います。他の理由は思い当たらないし。

>そうだったら、思いっ切り「ヒトの都合」ですね (^o^)。

 そうですね、他のこともそうだと思うんですが、「ヒトの都合」であることは変わりは無いけど、その都合のつけかたが独特なんです。
 「巣山」にしても、鷹の繁殖のために山になにか手を入れよう、とは考えずに、そっとしておこう、というふうに考えるんですね。
 もうひとつ面白いのは、実際にこの制度のあった木曾では、米ではなくて、木材で年貢を納めていたんです。ところが「巣山」なんてものを造るってことは、そのぶん年貢が減っちゃうってことですよね。つまり木曾のお殿様は年貢より鷹の巣の方が大事だって価値観をもっていたことになります。そのうえ、領民の方もこの制度には協力していたみたいなんですよ。なんか、こうなると、江戸地代のヒトの考える「ヒトの都合」ってのは、現代人の考えるものとはだいぶ違っていたような気がしませんか?
 アキラさん流に言うと、「アタマ」で考える都合じゃなくて「カラダ」で感じる都合みたいな違いがあるんじゃないかと思います。

 私が知ったのは木曾の例だけなんですが、「巣山」って地名は結構あちこちにあるので、もしかすると全国的なものだったのかもしれません。
Posted by うちゃ at 2005年03月11日 18:37
をぉ!
そうそうそう!! 
うちゃさんとも、シンクロしてますぞ。
次のエントリーは、まさに、
【「アタマ」で考える都合じゃなくて「カラダ」で感じる都合みたいな・・】
みたいなことを書いているんです。

僕は、ヒトの伝達手段、コミュニケーション手段には、2つの通路があって、一つは「アタマ」、もう一つは「カラダ」だと感じているんです。
例えば、こういうブログでの伝達は、完全に「アタマ」に対しての働きかけですよね。
ところが、芸事とか、整体の技術などはそうなんですが、直接「カラダ」を通さないと、どうにも伝わらないということもあると感じているんです。

江戸時代ってのは、そういう「カラダ」を通しての伝達手段も、大成した時代だったのかも?と思ってるんです。
「武術などは・・」と言ったのは、そういうニュアンスです。
次のエントリーを、お楽しみに〜 (^o^)。
(明日かな?)
Posted by アキラ at 2005年03月11日 20:13
こちらでははじめまして

アキラサンの記事をざっと読んだところ
僕はまきこさんのところでは異教徒である自覚はありましたが
アキラサンの意見に全く歩みよれない事がなんとなくわかりましたよ。
もぉーこの記事や皆様の書き込みを読んでも全く理解できないし、
全く次元の違う集まりなんですよね。
僕からするとこの集まりは新興宗教的でまきこさんの仰るとおり
議論に参加できないのがわかった気がします。
Posted by たろう at 2005年03月12日 21:17
たろうさん、
ようこそ! こちらでも?よろしくお願いします (^o^)。
まきこさんのところでの最後のコメントは、ようやくあなた自身の意見が聞けたと思いました。
ちょっと挑発したりしましたが、でも、あなた自身の言葉が聞けてよかったとは思っております。
粘ったかいがありました。
その意味で、真剣に考えてくださってありがとうございました。

そうですか? 歩み寄れなさそうですか?
たろうさん的な感覚からは、新興宗教的な感じがするというのも、何となくは分かりますけどね (^o^)。

別に、このエントリーを理解する努力をしなくても、いいんじゃないかと思います。
これはこれ、ですから。

「感想と、ポイント一点」の方は、どうですか?
Posted by アキラ at 2005年03月13日 00:04
おぉ〜! これは新興宗教だったのかっ!
知らんかった。

教祖さま〜(と、とりあえず呼びかけてみる:爆)
Posted by gegenga at 2005年03月13日 10:23
あ〜、なんじゃ? (^o^)
気がつかないうちにオルグしちゃおうと思ってたのに、
バレちゃぁしょうがないなぁ (隠)。
Posted by アキラ at 2005年03月13日 14:33