2009年03月01日

最初で最後(長くなっちゃった)

日が沈む

何か水伝騒動絡みのことがちょこっと動くと、僕自身の認識からはまったくかけ離れた妄想チックな「風評被害」を繰り返し振りまきながら、僕のことを、あきれた卑怯な逆ギレ野郎だとか不快なので姿を見せるなとか(よそのブログで)平気でのたまう人がいるので、それはいつものことながら ハッキリ言ってウザい。
(この記事の表現は、基本みんな「印象」です)

僕がウザいと思ってるのは僕絡みのことだけなので、そこ限定なんだが (^_^;)、僕とたんぽぽさんとの間に起きたことごとについてはすべて記録が残ってるのだから、ちょっと興味がある人はそれを見ていただければ、個々人でそれぞれの判断が出来るだろうよ・・というようなものである。
それを丁寧に解説付きでまとめている記事なども、いろいろあるようだし。
それをちょっと眺めれば、僕がいかにあきれた卑怯な野郎か分かるんだろうから、ほっときゃどうしたってそういう一般評価になるだろうよ、とも思う。
それなのに、たんびたんびに僕の「風評被害」を更新しないと、「あきれた卑怯な野郎」というイメージは維持できないのか?と思っちゃうほどウザい。

きっとこれからもずっとウザいんだろうなぁと思うのだけれど、いちいちウザいんで、こんなこと、書きたくはなかったんだが、最初で最後、1回だけ、僕が言わないでおいた心に焼き付いてしまっているものを書こうと思う。
ある人に、聴くだけ聴いといて欲しいからだ。
聴いたからといって、何かが変わることもないだろうが。。。
それと、最後にちょこっとだけ僕の中に残っていたjabberwockさんへの友情のかけらを、これと一緒に返上する。
(要らないか (^_^;))

さて。
いつもリクツっぽいことばかり書いてますが、僕はイザとなるとリクツでは動きません。
こんなことを大事に感じてしまって動く人間です。
また、すごく大事な人を殺されちゃったら、きっとその相手を殺しにいっちゃうだろうなぁ・・と思えてしまうような人間でもあります。
ですから、社会的な範疇から足を踏み抜いちゃってる感がちょっと自分でもありますし、倫理的に正しく生きたいとかも あまり思わないような、ダメな野郎ではあります。

で、たんぽぽさんとのやりとり(この記事のコメント欄です)のときに、jabberwockさんから2度、仲裁が入ったわけです。
多分、噛み合わない気がするから、やめたら?と。
jabberwockさんの、たんぽぽさんと僕とへの友情からです。
ほかの方々からも、同じように仲裁されました。
けれど、僕とたんぽぽさんは突入し、続行した。
結果は皆さんご覧になってお分かりの通り、とめに入ったjabberwockさんやgegengaさん、aliceさんなどの判断・推理が真っ当だったわけですが・・・。 (^_^;)

jabberwockさんの2度目の仲裁のときには、「アキラさんと私が信義をもって語り合う間柄なら」という前提でだが・・ということで、ブレーキをかけられました。
もちろん僕は、jabberwockさんとの「信義」を大事にしたかったので(そういうことが僕を動かしてしまう)、今ここでこのやりとりをいったん中断してしまったら、自分がかなり不利な立場に立たされるであろうこと、それによって あれやこれやきっと言われるであろうこと、いろいろな「あるだろうな」をすべて呑み込んで、彼の仲裁を「彼との信義において」受け入れたのでした。
僕絡みのゲームをそこで降りた。
(「ゲーム」というのはあくまで比喩です)

ところが、その「ゲーム」は終わらなかったわけです。
相手方は「やれやれ、あちらでも・・」などと言いつつ、自分のブログでずっと続行。
しかしこれは想定の範囲内ではあって、それはそれ。
僕は当然jabberwockさんが その相手方にもブレーキをかけて、なおかつ自分も沈黙するだろうと思っていたのです。
「僕との信義において」というのは、そういうものだろうと思っていたからです。
(もちろんこれは、僕が「普通は・・」と思っている「信義」だったわけですが・・)

しかし、相手方にはまったくブレーキをかけることもなく、自分もまた沈黙することもなく、僕だけが黙らされる格好になった。
「うまいこと、ハメられちゃったねぇ・・」
当時、リアルの知り合いの何人かから そのような感想を聞きました。
あら、僕とおんなじこと、やっぱり感じるんだ・・と、ちょっとホッとしたり。

僕は必要最低限のコメントだけして、当然 基本黙り続けたつもりです。
ところが相手方は、僕絡みの「ゲーム」を まぁ言いたい放題です。
jabberwockさんともどもで。
手を出さないと分かったら、皆で寄ってたかってボッコボコ・・とはこのことか?という感じに感じられた。 (^_^;)
あぁ、jabberさんの信義ってやつは、そんな程度のもんだったんだなぁ・・
なんと軽々しく、そらぞらしいことよ・・と、
当時えらくガックリした想いが、今でもリアルに僕の心の中に焼き付いています。
これはもう 自分でもどうしようもない。
もちろん・・
こういうことは、あの水伝騒動の中でいろいろそれぞれでおありでしょうから、お互いさまかな・・とは思ってます。

まぁしかし、言われっ放しはシャクですから、言葉の端々には出します。
また、自分が考えていたほかの問題といろいろ絡んでくるので、そのような中でずっと考えて記事にしたりしましたし、便利なので造語もけっこう作りました。
(「手前勝手な読み込み」≒「たんぽぽ変換」とか「エロオヤジスト」とか)
けれど 信義において受け入れたことは、しっかり守ったつもりです。

ところがこれまたどうしたことか、それを何だか「アキラのやったことはアンフェアだ。自分のとこにうまく引きずり込んでやっつけようとしたが、うまくいかなかったんで、逆恨みして、逆ギレして、その当てこすりで死ぬのはやつらだ氏の暴力行為に肩入れしている」というような、は?はぁ???と目が点になってしまうような「妄想による風評被害」が、あろうことか、「オレたちの間の信義」において要求を出したjabberwockさん自身の口から振りまかれる。

なんじゃ そりゃ? そりゃ ねえだろ、と思いました。
まぁ、ルールを守り、正義を振りかざし、倫理的に正しい人たちにとっては、そういうのは当たり前なのかなぁ・・と思った。
僕自身は、死ぬのはやつらだ氏の想いに感応してしまうような人間です。
そのいきさつは記事にしたとおりで、それ以上でもそれ以下でもない。
ですから、倫理的、社会的には僕の振るまいは非常におかしな野郎でしょう。
そこは自分で認めてます、人から言われてもその通りとしか思わない。
どうしたってそういう自分なんですから、これはしょうがない。
クズだと言われたって、そうだと思う。
けれど、別に引きずり込んでもいなけりゃ、逆恨みもしてないし、逆ギレなんかしようはずもない。。。

そうして、水伝騒動絡みのことが動くたんびに、この僕に対する「妄想による風評被害」は、どんどん自信をつけるがごとく、はっきりと確信に満ちたものに変わってきて、最近では、あきれた卑怯な逆ギレ野郎で不快で見たくもない、卑怯の日本代表!・・くらいな勢いにまでなってきている。

アンフェア? 卑怯??
「オレたちの間の信義」の名の下にかけたブレーキを、ぬけぬけと僕にだけかけて、たんぽぽさんと自分とは素知らぬ顔して一切フリー・・
卑怯・卑怯と言うけれど、一体どのアンフェアで卑怯な口が その「卑怯」を言っていることやら・・
軽々しく、そらぞらしく、うすら寒く、そのような人物に何を言われようとも、僕には何の説得力も感じられないわけです。
ja e w ckさん、あなたの言う「信義」も「正義」も、所詮そんなようなものだ。

ということを、とりあえず聴くだけ聴いておいてほしかったのは、gegengaさん、あなたです。
反応してくださらなくって結構です。
gegengaさんが今の僕のことをどう思ってらっしゃるかはまったく想像できませんが、僕の方はgegengaさんのことを今も尊敬しています。
いや、昔よりもますます尊敬しています。
やはり、キチッとしてらっしゃると思う。
ですから、こんな「卑怯な」クズ野郎がコメントしてしまうと、いろいろご迷惑になったりするだろうと思われたので、『かめ?』にはもうコメントはいたしません。
ロムはしますけど。 (^_^;)

ja e w ckさんには、こちらからお声をかけることは もうないでしょう。
最後の最後にあった友情のかけらを、この記事と一緒にTBして廃棄します。
僕に対する「妄想による風評被害」(と僕は表現していますけれど)は、これは今まで通りお好きにどうぞ。

この記事につくコメントに関しては、細かいことには反応しないと思います。
どうしてもお応えする必要があるな、お応えしたいな・・と思うものだけに反応すると思いますので、予めご了承のほどを。m(_ _)m
あ、でも、もちろんコメント自体は大歓迎ですよ。


*前後のエントリーは左上の「過去の記事とシリーズ」からとべます♪

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アキラ氏へ。【HERIKUTSUなる日々(by ja e w ck)】at 2009年03月02日 12:32
反応してくださらなくって結構です。 と、親切に言っていただいたのですが 私は人の問いかけを無視するのがとても苦手なので(すごく悪いことをしている気がしてしまう・・・) アキラさんの最初で最後(長くなっちゃった)に、お返事いたします。 といっても、アキラ....
アキラさんへの返信【かめ?】at 2009年03月02日 23:41
アキラ様のところ光るナス 最初で最後(長くなっちゃった)に長いコメントを書かせていただいたのだが、最後のコメントがLivedoorの仕様か、ど...
アキラ様のところでの長いコメント【東海林さだおがいいなぁ】at 2009年03月10日 10:21
いじめ問題に関して、中高生にアンケートをとると「いじめられっ子に原因がある」とする回答が大半を占める・・・というデータを、見聞きした記憶がある。
「相殺」という二次加害。【HERIKUTSUなる日々(by ja e w ck)】at 2009年03月10日 13:39
それは、深夜2時でした。ビールの飲み過ぎだったのでしょうが、寝てから2時間くらいで 目覚めて、寝ぼけまなこで、シャーっと出した小水は黄??.
からだの結晶   〜結晶シリーズ 【完】〜【わからんきーブログ】at 2009年05月24日 22:56
この記事へのコメント
では、一度だけコメントさせていただく。

「議論の研究」ということで私を呼び寄せ、それをきっかけに、あなたがプレイヤーに転じたのは、まさに、私たちが「信義を持って」ブレイクした直後のことだった。
(「はめられた」と感じたのは私の方だ、ということだ)

そして、私たちが「信義を持って」ブレイクしたわずか数日後、あなたは「私が、派遣労働者を差別する勝ち組だ」というエントリーに対して賛意を示した。
(長い付き合いもあり、私が、そのような人間でないことを知らないはずのない人物から、そのような言葉が出ることに私は大変なショックを憶えたこともお伝えしよう)

この時点で、あなたが、私に友情のカケラを持っておられたなどということは、まったく信じることができなくなった。

ちなみに(アキラさん自身も言っているように)
私は、あなたが「たんぽぽ変換」という言葉の発明者だということを知っている。その言葉が、たんぽぽさんに対するひどいバッシングに使われたかも知っている。

たんぽぽさんのブログが、ひどい荒らしに遭い、強行手段を執らざるを得なくなったとき「自業自得の覚悟がなかった」と言って、あなたが大喜びしたこともおぼえている。(つづきます)
Posted by ja e w ck at 2009年03月01日 13:02
「たんぽぽ変換」という言葉が流通している限り、あなたの名前も忘れ去られることができない。それは、仕方ないことだとは思いませんか?

そして、
死ぬのはやつらだ氏による、たんぽぽさんやgegengaに対する攻撃が昨年の9月ぐらいまでつづいたなかで、「親子三人呼び寄せて、ボコボコだ」という発言に共感し、その姿勢を維持したままで、友情をもっていると感じると方が不思議なことだとは思いませんか?(死ぬのはやつらだ氏が、gegengaのブログで嫌がらせをしている真っ最中にも、あなたは現れて「何事もないように」コメントをしていきましたよね。そのことも、ひどく私を失望させました)

考えてほしい。
私のことを「派遣労働者を差別する勝ち組」といい「親子三人呼び寄せて、ボコボコだ」(記憶で書いているので不正確な表現である)といった人物に対して「そうだよな (=_=) 」と、公言した人物が、その言葉をまったく撤回しないままに(よそで何を言ってもそれは見逃せるにしても)自分の家族のブログにしれっとした顔で現れることを平然と受け入れることができるだろうか?(つづきます)
Posted by ja e w ck at 2009年03月01日 13:03
※今回、アキラさんが書いておられる最初の部分が不可解に見えると思うので説明すれば、10日ほど前私は、gegengaのところにコメントされたアキラさんに対して(そのコメント自体はきわめて穏当なものだった)「どうしてここへ来るのかな? 私たちと世界観が違うことはもう明らかなはずだが。あなたの名前を見ると不快な記憶が甦るので、お引き取りいただくことを要望する」(記憶で書いているので不正確だ)というコメントを書き、gegengaに削除された。削除したgegengaの判断は妥当だと思うが、当然一度書いた以上、それに対する責任は負うつもりでいる。

だが、
今回、私があなたを「卑怯」と言ったのは、死ぬのはやつらだ氏に共感したこととも、10日前の私のコメントともまったく違う問題だ。

(これは別のエントリーで挙げようと思っていることだが)、愚樵氏が「双方に」という言葉を使って「騒動」のことを蒸し返した。それに対して抗議したたんぽぽ氏に正面から答えることをせず、人格攻撃に終始した(している)愚樵氏とともに、たんぽぽさんを「取り囲み、侮辱した」ことのみを「卑怯」と言っている。

(gegengaのブログにコメントされることは、別に「卑怯」なことではなく「私が耐え難いから許してほしい」と意思表示だと思ってほしい。gegengaのブログでの私の反応と、愚樵氏のところでのあなたの行為に私が激怒した、ということはまったく別の話だということだ。この点が、一つのことに見えてしまったとしたら、この点についてはお詫びする)(つづきます)
Posted by ja e w ck at 2009年03月01日 13:04
私のブログで、昨年のことを「持ち出した」ことを心外に思われているようだが、「双方に」という愚樵氏の発言(私は、これを悪質なデマゴーグだと思っている)を「事実をもってくつがえそう」としたら「持ち出さざるを得ない事実」であり、責任は愚樵氏にある・・・とはいうものの、アキラさんの気持ちを傷つけたとしたら、この点についてもお詫びする。

確認しておくが、私は一連の「騒動」が表面的に鎮静化した11月以降は「侮辱のみを目的とした」ブログのことを一端コメント欄で書いて以降は「騒動」のことは一切語ってこなかった。

今回、私を激怒させ、アキラさんをつらい想いをさせたことは、すべて愚樵氏の「双方に」という言葉からはじまったことだということだ。愚樵氏に対してはもう少し言わなくてはいけないことがあるが(そのなかで、アキラさんに触れることは、行きがかり上ご容赦いただきたいが)、こちらから「蒸し返す」ようなことは一切していないし、これからもそのつもりでいることは、お伝えしておく。
Posted by ja e w ck at 2009年03月01日 13:05
自分のブログですら言われっ放しで終わってしまうのはシャクなんで。。。 (^_^;)

・ja e w ckさん

>たんぽぽさんのブログが、ひどい荒らしに遭い、強行手段を執らざるを得なくなったとき「自業自得の覚悟がなかった」と言って、あなたが大喜びしたこともおぼえている。
<
僕は確かに「自業自得の覚悟がなかった」といったようなことをごんさんのところにコメントしましたが、大喜びしたことなど一切ございません。
確かめてみられれば、お分かりかと思います。
何をもって「おぼえている」などと仰るのでしょう?
「大喜びした」と言っていたのはたんぽぽさんで、彼女の「妄想」です。
平気で「たんぽぽ変換」されているわけです、この言葉が消えることがない理由でしょう。
これこそ「恣意的な印象操作」の典型です。

また、
> 「親子三人呼び寄せて、ボコボコだ」という発言に共感し、
<
どこをお読みになってこういうことを仰ってるのかよく分かりませんが、僕がこの言葉に共感を寄せたことは一度たりともありません。
僕の心が感応してしまったのは、【「親としての最低責任ライン」をクリアした自分たち】という発言に対しての死ぬのはやつらださんの怒りに、です。
そこに「そうだよな (=_=) 」と感じた。
ja e w ckさんにそのおつもりが一切なくても【「親としての最低責任ライン」をクリアした自分たち】というような何気ない発言が、ある種の人たちにとってはものすごい暴力的言説になってしまうんです。
似たような類のことは、何度も経験してきています。
しかしそういうことは、あなたには分からなかったらしい。
そうして、今もやっぱりお分かりになってないようだ。
Posted by アキラ@ja e w ckさん at 2009年03月01日 17:37
(つづき)

やはり本当に気がついてらっしゃらないんですね。
僕に対する「妄想による風評被害」だって、充分に人格攻撃になっていると僕自身は感じています。
たんぽぽさんもまた、ぶいっちゃんさんや水葉さんへの人格攻撃的エントリーを挙げたはずです。
「大喜びしている」とか何とかいうことだって、その類でしょう。
この類のものだったら、もう数え切れないほどあるでしょう。
そのような意味で、
【その自由は「人として云々」といった類のことへの言及は控えることで 辛うじて保持される自由ではないかと考えます。
 この禁を双方が破るとどのような事態になるのか、 私たちは「水伝騒動」でさんざん見てきたのではないでしょうか?】
僕自身も当然、「双方にあった」という愚樵さんが表明された「一般認識」にくみしています。
「された」と感じている本人の一人ですからね。

それにja e w ckさんが激怒するのは一向にかまいませんが、「片方にのみ」しかなかったなどと本気でお考えなのであれば、それこそあきれた話です。
確かに「分かりやすい」「分かりにくい」「あからさまだ」「何ごともないような顔してやってる」「本人が自覚してる」「本人は無自覚だ」といったような、見え方や程度の差はいろいろあると思います。
しかしそれが「片方にのみ」しかなかったなどという話にするのは、相当に一方的な詭弁を弄さなければ成り立たない話でしょう。
ちょっと冷静に考えれば分かることです。

愚樵さんのところで、悩みに悩んで口を挟む気になったのは、たんぽぽさんの「押しつけ」話が3回目くらいのループに入ってしまったからです。
最後は水を得た魚のように「たんぽぽ変換」し出してますね。
あれでは「一般認識」は決して変わることはないでしょう。
Posted by アキラ@ja e w ckさん2 at 2009年03月01日 17:38
何と、愚樵さんところの次はアキラさんのところですか。
何故自分にとって何の関係も無い何年も前の他人のブログ記事が『この人たち』にとっては重大問題になったり出来るし、そのことで数年も集団で糾弾行動が出来ると思っている。
世の中は広い。
屁理屈と膏薬はどこにでも付く。不思議な『集団』は何時の世にも存在するものです。
アキラさんや愚樵さんは、わざわざ出かけて行ってコメントしたとか、感心しませんね。
朱に交わればなんとやら。基本的には構わない事を勧めます。カシコと論争したからと言って滅多に賢くは成らないが、困った事に逆の例では当てはまる。
私なんか実りの無い論争とか議論とか、その様なことは爪の先程も、一切しませんよ。
(我が連れ合いには、『貴方は爪の先以外は全部論争で出来ているので、町内会などの喧嘩をしてはいけない場所には私が行きます』と厳しくいわれていますが)
Posted by 逝きし世の面影 at 2009年03月02日 14:08
・逝きし世の面影さん

いえ、もしかしたら僕が愚樵さんとこでコメントしてしまったから、話がややこしいことになってしまったのかもしれません。
面目ないです。。。

>アキラさんや愚樵さんは、わざわざ出かけて行ってコメントしたとか、感心しませんね。
朱に交わればなんとやら。基本的には構わない事を勧めます。カシコと論争したからと言って滅多に賢くは成らないが、困った事に逆の例では当てはまる。
<
相手方にも十二分な言い分があるでしょうから、必ず最後に砂かけられちゃうんで、結局砂まみれになっちゃうんですよね。 (^_^;)
必要最低限のコメントはしましたが、もうしません。
論争する気などは、はなからありませんし。
お気遣い、ありがとうございました。

>(我が連れ合いには、『貴方は爪の先以外は全部論争で出来ているので、町内会などの喧嘩をしてはいけない場所には私が行きます』と厳しくいわれていますが)
<
やっぱり! (^o^)
逝きし世の面影さんからそう言われても、なんかあまり説得力ないな〜・・と 思わず思ってしまったものですから、非常に納得です。
紛糾する町内会が目に浮かぶようで、思わず笑っちゃいました。(呵々)
Posted by アキラ@逝きし世の面影さん at 2009年03月02日 21:53
アキラさん、おめでとうございます。いえいえ、敢えてオメデトウと言わせていただきますよ。

便秘も立派なビョーキですから、出してスッキリすれば、やっぱりオメデトウ! でしょう。ね?

*****

面影さん、此度の「忠告」はGOOD! オチがバッチリ決まってて、大笑い。面影さんの面目躍如のコメントですね。

当方にも面影コメント、キボンヌ。但し、採点は辛いですよ(笑)
Posted by 愚樵@アキラさん&面影さん at 2009年03月03日 05:58
悩みましたが、コメントすることに致します。
悩んだ理由は、なんとなく黙っているのは「卑怯」ではないか?という自分に対する理由と、ワタシがコメントする必要もないかな、という思いからです。
しかし、このまま思いを抹殺するのはあまりにも未消化なので、コメントさせてください。これはアキラさんへの私信であるとともに、カタルシスみたいなものです。よろしくお願いします。

まず、アキラさんを信頼しているワタシにとって、「大喜びをした」「ボコボコだ、に共感した」等のja e w ck氏のコメントを鵜呑みにすることはありんませんでしたが、過去のお二人のやり取りをほとんど知らないワタシにとって多少の「不信感」を持たせたというのは事実です。アキラさんが言いっ放しにされることなく再コメされたのは救われました。(おまえの僕(アキラさん)への信頼とはその程度か!? といわないでください。何がなんだか解らない騒動に関してのトラウマ故です)ただ、公開されたやりとりの一部しか知らない者(今回のワタシ)にとっては、ja e w ck氏のコメントは十分にアキラさんの印象を貶めている可能性があると思いました。
Posted by dr.stonefly1 at 2009年03月03日 08:54
騒動にかんして「この禁を双方が破る」を「非」とすると、「双方に非があった」と認識しています。今回、敢えてコミットしない多くのブロガーなど、「自省」「自戒」という言葉を知っているものは、「双方に(自分にも)非があった」をリスタートとして振り返っているのではないでしょうか? 
>「片方にのみ」しかなかったなどと本気でお考えなのであれば、それこそあきれた話です。
繰り返しになりますが、ワタシもそう思います。

コメントをしたかった一番の理由が
> 僕の心が感応してしまったのは、【「親としての最低責任ライン」をクリアした自分たち】という発言に対しての死ぬのはやつらださんの怒りに、です。
です。
本文に取りあげていただいたリンク「派遣労働者としての怒り」のときと同じ構図ですね。あのときも随分反感のコメを頂きましたが、こういうのって結構ハードルが高いのかなぁ?
【「親としての最低責任ライン」をクリアした自分たち】。……最低責任ラインをクリアした自分たち、ってのはどんな感性なんだぁ?というワタシ個人的感想はありますが、それぞれの価値観であり、言及する必要も責任もないうえに怒りまでは感じません。が、このなんでもないフレーズに怒りを感じる人がいるとはどういうことだ、ということを考えられるかどうか?考えられるという感性をもっているか?どうか? 考えてみれば、この辺が騒動の分かれ目であり、平行線の原因なのかなぁ、と思います。
> しかしそういうことは、あなたには分からなかったらしい。
そうして、今もやっぱりお分かりになってないようだ。
あのときの謝罪は何だったのだろう?とふと思い出しました。
Posted by dr.stonefly2 at 2009年03月03日 08:55
アキラさんは「かめ?」にコメントしていたんですね。
これは結構すごいとワタシは思いました。大人ですね。でも、ワタシはこのときのja e w ck氏の気持を察することはできます。
正直にいうと、ワタシも懇意にしているブログで「彼ら」の名前をみるだけで、ひっかかる部分はあります。gegengaさんとja e w ck氏は夫婦ですからね、氏の感情は想像できます。
ワタシは、過去の騒動に関してのgegengaさんの言葉(エントリー)で2-3納得がいかないもの(腹立だしいもの)があり、これが深く考えると世界観の相違だったりして、それ以降、TBもコメもしていません。このことは非常に残念に思っていて、つまらぬ騒動の為につまらぬ事になっちゃったなぁ、という思いです。ただ、なんとなくですが(時間をおいたうえで)gegengaさんとはちゃんと話せば解りあうような気もしているんです。(gegengaさんはそう思ってないかもしれませんが……、というより望んでないかもしれませんが…。)
ただja e w ck氏とのことを考えると、そんなこと(解りあうこと)もあり得なさそうかな、という思いです。関係を修復したことに面白くないだろうja e w ck氏と生活しているのはgegengaさんですからね。
ただ、>「お引き取りいただくことを要望する、」と書いたja e w ck氏のコメントをgegengaさんが削除したという経緯は凄いですね。これは本当に凄いと思います。
ずっと以前、gegengaさんは「ja e w ck氏との関係をそのまま、ワシに当て嵌めないで欲しい」と言ってた様に記憶してますが、筋が通ってますね。

長いうえにつまらぬコメントですみませんでした。

Posted by dr.stonefly3 at 2009年03月03日 08:55
・愚樵さん

うむむ、おめでたいのかなぁ。。。
「敢えて」と仰ってるので、お受けしときます。 (^_^;)

今回、訣別するつもりではあったけれども、分かってもらえるように一生懸命書きました。
そうして、彼もそれに一生懸命に応えてくださったと思う。
けれど多分お互いに、「これほどこちらとしては自明のことが、なぜまったく理解できないのだろう」という想いを、改めて持ってしまう結果になったように感じています。
信じられない!と僕は感じますが、おそらくまったく同様に彼もそう感じているはずです。
なんなんだろう、この事態は・・と思います。
お互いが出来うる限り 相手を理解しようとしている・・というのに。

この一見大したことのないように見える狭い幅の溝が、実はとてつもなく深い深い溝として横たわっている。
この溝をきちんと認知するのは、とても大事なことかも知れないと思っています。
きちんと「このへんにある」と認知して、そっとしておかなければならない。
ここを悪気はないにしても土足でドカドカ踏みつけたり、自分は気にしないからと言ってどんどん踏み越えていったりとか、そういうことはやっちゃいけない気がしています。

僕(ら)にもそのような自制は必要だろうと思いますし、僕はたんぽぽさんにもそのような自制を是非求めたいですね。
「たんぽぽ変換」は、ハッキリ言って人格攻撃そのものだと感じます。
ヤラれた側の実感とすると、ね。

そんなことを、想う一件となりました。
Posted by アキラ@愚樵さん at 2009年03月03日 10:18
>今回、訣別するつもりではあったけれども、分かってもらえるように一生懸命書きました。

それは伝わってきます。なので、“敢えて”なわけです。

“敢えて”言わせてもらいますと、アキラさんの態度は矛盾していますよね? いえ、批判ではないのですよ。それはそれでいいのです。批判すべきことではない。その矛盾は、別の表現をすると「優しさ」に当たると思う。それを批判するつもりはなんです。けど、やっぱり矛盾していることには違いない。訣別を決意しながら、わかって欲しい、なんてね。

私はアキラさんの矛盾の、訣別の方の肩を持ったのです。そして、そちらを選択するなら、ため込んでいた感情は吐きだした方がいい。そう思っての「オメデトウ」です。

わかっておられると思いますけど。

>お互いが出来うる限り 相手を理解しようとしている・・というのに。

申し訳ないですが、ここの認識は違います。私には、あちら側は理解する気がないようにしか見えません。理解するつもりがあるのなら、決して超えられない溝ではない。アキラさんも、それがわかっておられるから「たんぽぽ変換」などといった造語をされたのでしょう? 

アキラさんだから言いますが、それは脳が身体を欺しているのでしょう。「たんぽぽ変換」は、言語機構経由で身体が発した言葉だと私は思ってます。
Posted by 愚樵@アキラさん at 2009年03月03日 12:51
・dr.stoneflyさん

コメントありがとうございます! 感謝です。

> 公開されたやりとりの一部しか知らない者(今回のワタシ)にとっては、ja e w ck氏のコメントは十分にアキラさんの印象を貶めている可能性があると思いました。
<
そうなんです、これ、十分に人格攻撃になっちゃうでしょう。
しかし僕らだって、おそらく知らないうちにやっちゃってるんですよね。
だからこそ、
>騒動にかんして「この禁を双方が破る」を「非」とすると、「双方に非があった」と認識しています。
<
この認識はとても大事だと思います。

>今回、敢えてコミットしない多くのブロガーなど、「自省」「自戒」という言葉を知っているものは、「双方に(自分にも)非があった」をリスタートとして振り返っているのではないでしょうか? 
<
僕もそう思います。
その意味では、お恥ずかしい限りで。
反省しています。 (^_^;)

>こういうのって結構ハードルが高いのかなぁ?
<
どうも そのようです。
自分がよく似た経験をしているとか、そのようなたわいもないように見えることで散々苦しめられている人のことをよく知っているとか、何かそういう経験がないと、ピックアップしにくいんじゃないでしょうか。
dr.stoneflyさんが仰っているような感性は、単なる共感とかでピックアップできるようなものではないと思うので、やはり自分で経験する中でボチボチ育てていくしかないもののような気がしています。
Posted by アキラ@dr.stoneflyさん at 2009年03月03日 17:36
(つづき)

>アキラさんは「かめ?」にコメントしていたんですね。
<
はい (^_^;)、たま〜〜に ですけど。
gegengaさんには申し訳なかったな、と今では思ってます。
しかし、ああだこうだ言われている僕が、そしてああだこうだ言っている僕が、なぜフツーにコメントをするのか、その「意図」を考えてもらいたかったから、ってのが一番大きい理由ですかね。
しかしこれはかなり自分基準だったと、とても反省しています。

僕はそういう人間なわけですよ。
例えば愚樵さん。すんごい分かりにくい人ですよね? (^o^)
けれども、無自覚にベラベラ何かを言ってる人ではないということは分かる。
だから、「そのように言う 彼の意図は何なのか?」と ずっと観察しながら考えるわけです。
そうすると、そのうち少し見えてくるものがあったりします。
あ、なるほどね、と。

よく考えたら、無自覚にやってる人に対しても おんなじ気がしてきました。
「なぜあの人はああしちゃうんだろう?」とずっと観て考えてる。
そうすると、だんだん観えてきて「あ、なるほどね」と分かってくることがあります。
「ああいうことに無自覚なんだ」と。
その「なぜ・・?」を考えてもらいたくてフツーにしてたってのは大きいんですが、
今思えば、そういう思考方法を皆がするわけじゃないんですよね。 (^_^;)
単なるイヤなプレッシャーになってただけ・・という可能性が高かったようです。
申し訳なかったなと思っています。
Posted by アキラ@dr.stoneflyさん2 at 2009年03月03日 17:37
(さらに続き)

gegengaさんがTBしてくださって記事の中で、愚樵さんのことを例えに書いてらっしゃいますが、言い得て妙と言うか、愚樵さんって確かにああいう「よく分かんない人」ですよね。 (^o^)
けれど、あの例えなどは 僕に言わせると「それがまさにたんぽぽさんです!」とも言えるわけです。
それをやめてくれさえすれば、どんなに要らぬ事が減るか、と。
でもきっと、gegengaさんもja e w ckさんも、そうは感じないでしょう、まったく。
この感覚の差って なんなのかな・・?って思います。
これでは、お互いが十分に分かり合っての和解は永遠に不可能ですよね。
そんなことはハナから分かってはいるんですが、でもこの感覚の差って なんなのかな・・?って思う。

>「お引き取りいただくことを要望する、」と書いたja e w ck氏のコメントをgegengaさんが削除したという経緯は凄いですね。これは本当に凄いと思います。
<
そうなんです、素晴らしいバランス感覚を持ってらっしゃる。
dr.stoneflyさんが想像してらっしゃるja e w ckさんの気持ちも、それはまったくごもっともだと僕も思うので、その意味からしても、本当に尊敬しますよ、
だからこそ、離れようと思いました。
Posted by アキラ@dr.stoneflyさん3 at 2009年03月03日 17:38
・愚樵さん

>“敢えて”言わせてもらいますと、アキラさんの態度は矛盾していますよね?
<
確かに。 (^_^;) なるほど、です。

>「たんぽぽ変換」は、言語機構経由で身体が発した言葉だと私は思ってます。
<
ん〜、これは考えたこともなかったです。
ちょっとじっくり考えてみたいので、これについては保留にさせてくださいね。

愚樵さんが「あちら側は理解する気がないようにしか見えません」と仰るのは、よ〜く分かります。
たんぽぽさんに関しては、しっかりと横へ置いときますが・・・
今回ja e w ckさんとやりとりして改めて確かに感じたのは、ja e w ckさんに関しては理解するつもりが十分にある、ということです。
と言っても、愚樵さんには信じられないでしょうけど。 (^_^;)
彼がTBしてきた「アキラ氏へ。」のコメント欄で、僕は彼の「明らかな間違い」を指摘しました。
しかし彼は、それがどうして「明らかな間違い」なのか認識できない。
僕としては「ja e w ckさんはミスをしでかしてしまった」と思えてしまったくらい、明らかにおかしい。
しっかりと書き記してあることを「事実としてなかった」と仰るのですから。
それほどに自明の過ちなのに、彼はそれを理解できない。

けれど、です。
ここのコメント欄を含めてですが、彼が真剣に理解しようとしてくれていることだけは、非常によく伝わってくるのです。
そこはすごく信頼できる。
言葉通り「開いた口がふさがらない」という感じが僕の率直な感想でしたが、別に彼がワザと分からないフリをしているわけではないと感じるんです。
この「事実」はですね、非常に悩ましいわけです。
Posted by アキラ@愚樵さん at 2009年03月03日 17:40
(つづき)

去年、このお互いの「信頼できる」という感覚を手づるに、彼とずいぶんやりとりしました。
記事になっている通りです。
しかし、結果的には「理解し合えた」という域には達しなかった。
そして今回の件までのいきさつ・・ということがあるので、やはりそれは理解されてなかった。
もちろん「お互いに・・」です。
で、また今回 多少やりとりをしたわけですが、やはり同じ意味で「信頼できる」という感覚は確かにあるんです。
それはホントに信頼できる。
お互いに理解するつもりは十分にある。

けれども、どうして・・??と思えるほど、理解し合えないわけです。
そして、愚樵さんとこの「たんぽぽさんと愚樵さんのやりとり」の一件について。
少なくとも僕と愚樵さんには自明の文脈が明らかにある。
たんぽぽさんはそれを無視しているように思えますが、多分彼女は認識できていない。
少なくとも、ja e w ckさんとgegengaさんは、あれはイジメだと認識してるわけです。
イヤミや言いがかりではなく、本気で。
Posted by アキラ@愚樵さん2 at 2009年03月03日 17:43
(さらに続き)

誰の目にもこれは自明だろうと僕には思える文脈も、認識の上に上がらないことがあるんだろうと思う。
あるいはもしかしたら、そもそも「たんぽぽさんには批判的」で「双方に非があった」という視点で見ているからこそ、自明である文脈なのかもしれません。
そうして「逆もまた真なり」で、彼らにはあからさまに自明の文脈が、僕の認識の上に上がらないことがあるように思えるんです。
もちろん同意してはもらえないとは思います。
けれど、そんなことを思えるようになったのが、今回僕がja e w ckさんと「これほどお互いにとってはそれぞれ自明なのに、決して分かり合えないやりとり」をやって贈られた収穫です。
この収穫が得られたのは、ja e w ckさんへの「信頼できる」という感覚が非常に確かにあったからだと思います。

たんぽぽさんはね・・、だから分かんないんですよ。 (^_^;)
Posted by アキラ@愚樵さん3 at 2009年03月03日 17:44
>今回ja e w ckさんとやりとりして改めて確かに感じたのは、ja e w ckさんに関しては理解するつもりが十分にある、ということです。

う〜ん、信じられないけど、アキラさんがそういうなら信じます。というか、信じるように努力してみます。

こういうとき、テキストだけだとホントに頼りないですね。リアルで面と向かえばすぐ分かるのに...。ま、でも、それを言っても仕方がありませねぇ。

>誰の目にもこれは自明だろうと僕には思える文脈も、認識の上に上がらないことがあるんだろうと思う。

いや、これは確かにそうなのです。ここのところ私とアキラさんとの間で話題に上ることが多い「近代」は、これと逆のケースですよね。気がつきさえすれば明白に認識できる事実なんだけど、多くの人が気がつかない。こうした「事実」があり得るなら、その逆があっても全然不思議ではない。かつて日本人がキツネにだまされていたというのも、そうした「事実」の傍証でしょう。

ここらから導き出されるのは、実は論理など言ったシロモノは思っているほど立派なものではない、ということ。論理では一番キモも部分はわからない、だから共感――という話です。これは「決意」だったか「覚悟」だったか、アキラさんも語っておられましたよね。

う〜ん、そうなると、まだまだ私には共感能力が不足しているということになりますね。これは面白いぞ、と(`∀´)
Posted by 愚樵@う〜ん(・Θ・;) at 2009年03月03日 19:16
しかし、こうなると欲しいのは「手触り」ですよね。感触が欲しい。ただ、今の状況では望めないでしょうね。こうした「手触り」ってのは、大抵は無防備な時に出るものですからね。私もja e w ckさんも、それからたんぽぽさんも、今の状態では無防備にはなれないでしょう。

現に今私は、肩に力が入ってしまっています。これ、いつものアキラさんへのコメントの時と明らかに身体の状態が違うのですね。こういうときは無防備になれないし、また相手の無防備な信号への感度は低い。

まあ、それにしても、人と人とのつながりって面白いですね。ja e w ckさんだって信頼できるかもしれない、とわかっただけで嬉しいですよ、私は。あくまでかもしれないだし、私とはその道も見えないけど、異星人とやり合っているわけじゃなし。

ま、でも、だからといって今の私の態度が変るわけでもないですけどね(笑)。信頼できる相手というなら尚のこと、安易に理解を求めるなんて態度は失礼かもしれないし。通じないなら、それもまたよし。じゃないですか? 欲張ってみても仕方ありません。どうせ「私」なんて、ちっぽけな存在でしかないんだから。
Posted by 愚樵@つづき at 2009年03月03日 19:42
・ 愚樵さん

あ、いや、別に信じてくれなくていいんです。 (^_^;)
僕にそのような実感があったという話です。

> しかし、こうなると欲しいのは「手触り」ですよね。感触が欲しい。
<
そうなんですよね。
僕はそもそもja e w ckさんと親しくさせてもらっていたという経緯がありますから、「信頼できる」という感覚に信頼感があるのだと思います。
それがないところから、しかもかなり厳しい対立をしているところから、となると、可能になったとしたら ちょっと奇跡的ですね。 (^_^;)

いやぁ、しかし愚樵さんのコメントの最後の2段、愚樵さんらしいです。
そういう話を聞くと「だいじょぶだな」って思えます。
呼吸を調えて、愚樵さんのよさであるフットワークを生かして、うまい出入(はい)りでやってください。
肩に力が入ってしまうと、足が止まってしまいます。
Posted by アキラ@愚樵さん at 2009年03月03日 22:27
>あ、いや、別に信じてくれなくていいんです。

信じたいのですよ、私が。

信じなければ何も始まらない。自然とか人とか、「うつろいゆくもの」をうつろいゆくまま捉えるには、信じることから始めるしかないではないですか。

信なき理解では、脳味噌に欺されてしまいます。「うつろいゆくもの」を切り取った、静止画像しかみえない。

今私が深入りしてしまっているのは、各々勝手なところで切り取って静止画像をキャプチャして、そこをもとに議論している不毛なものですよね。相手の静止画像に合せればどうしてもそうなるのですが、それが静止画像だってのを私も忘れていました。

アキラさんのja e w ckさんの話は、そのことを思い出させてくれました。ありがとうございます。
Posted by 愚樵@信じたい at 2009年03月04日 04:16
・愚樵さん

> 今私が深入りしてしまっているのは、各々勝手なところで切り取って静止画像をキャプチャして、そこをもとに議論している不毛なものですよね。
<
そうでした。
僕の方も、これを失念していました。

> 「うつろいゆくもの」をうつろいゆくまま捉えるには、信じることから始めるしかないではないですか。
<
これも御意。
そう、そうですよね。

愚樵さん、こちらこそありがとうございました。
愚樵さんが「おめでとう」と仰ってくださらなかったら、ここでのこの対話はなかったように思います。
贈りもの、大事に育てます。
Posted by アキラ@愚樵さん at 2009年03月04日 10:52
アキラさま、こんにちは。
おひさしぶりです。

>僕は確かに「自業自得の覚悟がなかった」といったようなことを
>ごんさんのところにコメントしましたが、大喜びしたことなど一切ございません。

この状況では喜んだと思われても、無理もないでしょうね...
気持ちをわかちあっているであろう、会話の相手は実際に喜んでいるのだし。
http://s01.megalodon.jp/2008-1229-1648-33/nikemild.exblog.jp/8318976/

長いあいだ、大勢のお仲間がもてあましていた、大嫌いないやーなやつを、
徹底的にやっつけてくれた(と思った)のを見たら、
それにともなう感情は、たいてい「うれしい」「喜んだ」だと思います。
(悲しくなる人は、まずいないでしょう。)

なので、ごん氏の行動を「リスペクトする」「評価する」
「賞賛する」などの意味で、「ごん氏の行動を喜んだ」と言っても、
さほどの違いはないんじゃないかと思いますよ。
これくらいで、「手前勝手な読み込み」とか、
「たんぽぽの妄想」とか、「恣意的な印象操作」などと、
まくし立てられるいわれはないんじゃないかな...?


アキラさまは、喜ばなかったことを、強調していますが、
「プロバイダから処分されるほどの反社会的行動」に、
「喜んでリスペクト」は悪いけれど、喜ばなければリスペクトすることは、
なんら問題のないことだと、お考えでなのしょうか...?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月04日 21:45
ところで、今回新たに「卑怯」と言われたことは、どうなりました...?
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-217.html#comment2109

さきに「普通」と言ったのは、愚樵さんで、
わたしは、それに合わせて受け答えただけです。
愚樵さんは、ご自分のなさったことが、返ってきただけとも言えます。
なんで、わたしにだけ言って、愚樵さんには、なんにも言わないのかな...?

さらに、愚樵さんは、「普通」と同じ意味の、
「一般認識」「例外でない」ということばも使っています。
愚樵さんの「一般認識」は間違っていると思ったし、
しかもわたしは、あらぬバッシングを受けましたから、
根拠か訂正を求めたのですが、「一般認識は、結構正しいものですよ」と、
言うだけで、愚樵さんは取り合おうとしないのでした。

よって、これは、愚樵さんが、ご自分の「一般」を前提にして、
「バッシングされても、泣き寝入りしろ」と、
わたしに、強要している振る舞いになるでしょう。
「けっこう乱暴」で「かなり度胸がある」ことだとは、思わないのかな...?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月04日 21:47
・たんぽぽさん

こんにちは。

>この状況では喜んだと思われても、無理もないでしょうね...
<
「無理もない」かどうかは、受けとる感受性によると思われます。
ですから「無理もない」かどうか、それは分かりません。
しかし少なくとも、僕はまったく喜んではおりません。
「会話の相手」も、僕には「喜んでいる」と確証することはできません。

>さほどの違いはないんじゃないかと思いますよ。
<
それはたんぽぽさんの勝手な解釈です。
発言した僕にとっては、非常に大きな違いです。

>喜ばなければリスペクトすることは、
なんら問題のないことだと、お考えでなのしょうか...?
<
なんらの問題はない、などとはまったく思っていません。
しかし、僕はあのときごんさんの行動をリスペクトしました。
それは事実です。

>なんで、わたしにだけ言って、愚樵さんには、なんにも言わないのかな...?
<
本来表現したかったコメントは、訂正させていただいたとおりです。
で、お互いに自分の「普通は・・」の意見表明をしている分には、そこは双方とも問題ないと思います。
僕が感じている違いというのは、愚樵さんはご自身の意見表明をしているだけですが、タンポポさんは愚樵さんに「自身の意見を訂正しそれを表明しろ」と強要している、そこのところです。
愚樵さんは、別にたんぽぽさんに「双方にあったと あなたの意見を訂正してください」などとは言っておりません。
そこが決定的に違うと僕は思っていまして、あのようなコメントになっているということです。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月05日 08:39
アキラさま、レスありがとうございます。

>「会話の相手」も、僕には「喜んでいる」と確証することはできません。

「会話の相手」は、「うれしく感じています」と気持ちを語っています。

http://s01.megalodon.jp/2008-1229-1648-33/nikemild.exblog.jp/8318976/
|アク禁だあ〜と叫んでた一人が、
|これから言えなくなったことにうれしく感じています。(笑)
[2008-07-22 18:46]


>「無理もない」かどうかは、受けとる感受性によると思われます。

ごん氏のしでかしたことに賛同の意をしめしたことを、
あとからどれくらい正当化したいかに、強く依存する「感受性」だと思います。

>それはたんぽぽさんの勝手な解釈です。
>発言した僕にとっては、非常に大きな違いです。

>なんらの問題はない、などとはまったく思っていません。
>しかし、僕はあのときごんさんの行動をリスペクトしました。

プロバイダから警告されるほどの反社会的行為に、
リスペクトしたのを、「喜ばなかった」ことで、
まったくではないにしても、多くの部分正当化できるとお考えでしたら、
たしかに、あなたにとっては、「非常に大きな違い」でしょうね。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月05日 20:58
アキラさま

>「自身の意見を訂正しそれを表明しろ」と強要している、そこのところです。

訂正する必要のある根拠をしめしているのですから、
これは、とうぜんの指摘であって、「強要」ではないでしょう。
わたしは、その「一般認識」とやらのおかげで、
バッシングを受けているのですから、なおさら訂正を求めてとうぜんです。

あなたのお考えは、「わたしが被害にあう可能性を
減らそうとするのは『強要』だから、泣き寝入りしろ」、
ということになりそうですが、これでよろしいのかな...?


あと、わたしと愚樵さんのやりとりを、楽しく拝見していたと、
おっしゃっていましたが、どのあたりが楽しかったですか?
愚樵さんが、のらりくらりと言いぬけながら、
わたしを揶揄するところかしら...?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月05日 20:59
dr.stoneflyさま、はじめまして。
「たんぽぽ」ともうします。

>騒動にかんして「この禁を双方が破る」を「非」とすると、
>「双方に非があった」と認識しています。

これは、「水からの伝言」騒動のことで、「禁を破る」は、
おそらく「人格攻撃」のことだと思いますが、
もしそうなら、「双方」という、あなたの認識は違うと思います。
人格攻撃をしたのは、わたしをたたいた側の「片方」だけと思います。

騒動のはじめのとき、ぶいっちゃんは、
わたしのことを、「多すぎる馬鹿」と言っていたし、
ニケ氏は「悪意がある、謝罪しろ」と、わたしに迫ってきました。
ぶいっちゃんとニケ氏は、わたしに対して「人格攻撃」をしています。

このあとの展開を見ても、たとえば、コメント欄や、
トラックバック欄荒らしをして、プロバイダから警告される、
などというのも、わたしをたたいた側だけでした。
騒動全体を通して「人格攻撃」は「片方」だと思います。


わたしは、ぶいっちゃんの記事の、「内容」のまちがいを
指摘したのであって、「人格」について述べたのではないです。
「内容の指摘」と「人格への言及」は、まったくべつですから、
わたしは、人格攻撃をしてはいないです。

「批判された人が、恣意的に人格攻撃と決める権利がある」
などと言う人もいるようですが、「批判されてむかついたら
人格攻撃扱いしてよい」ということですから、
これは、まちがいを受け入れない人が、狭量なだけだと思います。
ようするに、「批判と中傷の区別がつかない」のであり、
「逆ギレ」の自己正当化にすぎないと思います。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月05日 21:01
・たんぽぽさん

>「会話の相手」は、「うれしく感じています」と気持ちを語っています。
<
そういう意味合いのコメントとは思いませんでした。
すみません。
僕は、僕のコメントによって「会話の相手は実際に喜んでいる」と たんぽぽさんが仰っている、と思ったものですから。
そうですね、ニケさん自身は喜んでますね、確かに。
しかし、僕はまったく喜んでなどおりませんので、お間違えのないよう お願いいたします。

>プロバイダから警告されるほどの反社会的行為に、
リスペクトしたのを、「喜ばなかった」ことで、
まったくではないにしても、多くの部分正当化できるとお考えでしたら、
<
そのようには考えておりません。
僕は、あのごんさんの行為を、僕の中の複雑な想いから「リスペクト」しました。
これは事実です。
しかし、まったく喜んでおりません。
これも事実です。
そうして、僕が彼の行為をリスペクトしたことを、別に僕は正当化しておりません。
リスペクトしたという事実を申し上げているだけです。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月06日 09:04
(つづき)

>バッシングを受けているのですから、なおさら訂正を求めてとうぜんです。
<
愚樵さんはそれに対して、根拠を示して拒否しました。
僕からすると、それ以上はしょうがないのではないか?と思うので、たんぽぽさんの行為を「押しつけ」と感じます。
ですから、あのようなコメントになったということです。
よって、たんぽぽさんによる「要約」は僕の意見とは違ったものになっています。
お間違えのないよう お願いいたします。

>どのあたりが楽しかったですか?
<
半分は、お二人のやりとりの間へ割って入ることになってしまうことに対する「挨拶的言辞」です。
まぁしかし、あとの半分は話が噛み合わないところですね。
愚樵さんと誰かとのやりとりにしても、たんぽぽさんと誰かとのやりとりにしても、僕が読んでいると「話が噛んでないな〜」と感じることが多いのです。
そのお2人がやりとりをすると、やっぱり噛まないんだなぁ〜と思ったので、そこはちょっと楽しいというか、興味深いところでした。
不愉快でしたか?
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月06日 09:05
  私はけっこうどうでもいいことを面白がるモノズキなんですけど。
 IPSによる措置に対して、ジャバさんは「強行手段」と表現し、アキラさんは「自業自得」と表現していますよね。
 私の言語感覚だと、「強行手段」という言葉より、「自業自得」という言葉の方が、当然視する意味合いが強いわけでして、当時に、それまで「IPSによる措置」という手法に難癖を付けていたニケさんが、「自業自得」に賛同してしまったのは、面白かったですね。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月06日 13:44
(続き)
 愚樵さんと誰かとのやりとりには、私も「話が噛んでないな〜」と感じることが多いですね。私はこれまで将棋とは無縁でしたので、知識としてコマの動かし方を知ってても、誰かと対戦したってゲームになりません。コマ落ちというハンデを貰っても変わらないでしょう。
 愚樵さんも、議論や言論、論理の展開ということとは無縁の生活を送ってこられたんでしょうし、それゆえに、たんぽぽさんのところでは「歩み寄っていただく」という一種の「コマ落ち」を要求されてますが、それでも噛みあわないと思います。
 それで、結局は、アキラさんのように、「そのように言う彼の意図は何なのか?」と ずっと観察しながら考えないといけないんでしょうけど、私の場合は、愚樵さんよりも、モリアオガエルを観察してた方がいいと思いますし、アキラさんのように「モノズキ」じゃない限り、世の中には、他に観察すべきものは多いと思います。 

Posted by 南郷力丸 at 2009年03月06日 13:45
・南郷力丸さん

おー、お久しぶりです。

>私の言語感覚だと、「強行手段」という言葉より、「自業自得」という言葉の方が、当然視する意味合いが強いわけでして、
<
これは僕の感覚でもそうですね。

僕自身も、「議論や言論、論理の展開」といったことの専門的な訓練を受けたことはないので、きっと彼と五十歩百歩なんだろうと思います。
また、今までの愚樵さんとのつき合いを踏まえて思えば、愚樵さんとたんぽぽさんというお2人で言うと、僕は愚樵さんの方に圧倒的に感性が近い気がするので、確かにモノズキだと自分で思いますけど、観察対象としては愚樵さんの方が分かりやすいですねぇ。
けど、「モノズキ」という意味で言えば、南郷力丸さんと僕とは けっこう五十歩百歩なんじゃないかと思ったりしますけど。。。 (^o^)
Posted by アキラ@南郷力丸さん at 2009年03月06日 18:50
アキラさま

>僕はまったく喜んでなどおりませんので、お間違えのないよう お願いいたします。

「お間違え」になりそうですね。
大嫌いないやなやつが、徹底的にやられたのを見た人が、
「喜んだ」「うれしく思った」と考えて、どこが不自然なのかわからないです。

あなたのそのとき気持ちが、「喜んだ」でなく、まったく違っていても、
そう思われても無理もないのであり、「手前勝手な読み込み」とか、
「たんぽぽの妄想」とか、「恣意的な印象操作」などと、
まくし立てられるいわれはないことに、かわりはないんじゃないかな?


>そのようには考えておりません。
>僕は、あのごんさんの行為を、僕の中の複雑な想いから「リスペクト」しました。

しからば、ごん氏の受けたプロバイダからの警告を、どうお考えなのかな?
「喜ばない」を強調するということは、ご自分が喜んだかどうかと比べれば、
ごん氏の行動の反社会性や、それによってわたしが受けた被害など、
ずっとたいしたことない、ということでしょうか?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月06日 20:47
アキラさま

>>バッシングを受けているのですから、なおさら訂正を求めてとうぜんです。
>愚樵さんはそれに対して、根拠を示して拒否しました。

「一般認識」のことでしょうか?
これは「結構正しいものですよ」というだけで、根拠をしめされていないですよ。
のちに、愚樵さんは、「ほかのかたの認識といっしょにするな」と、
抗議されていますから、じつは自分個人の認識であって、
一般性のないものだったことを、みずから認めたと言えます。

あるいは、わたしのコメントを削除しはじめてから書いた、これのことかな?
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-224.html

「内容」の批判と、「人格」への言及はべつものです。
よって、「内容を批判されて、むかついたから人格攻撃されたことにする」
というのは、批判を受け入れられない本人が、狭量なだけでだと思います。
こんなのが「根拠」というのは、「批判と中傷の区別がつかない」のであり、
「逆ギレ」の自己正当化にすぎないと思います。

>よって、たんぽぽさんによる「要約」は僕の意見とは違ったものになっています。

「たんぽぽは、バッシングに泣き寝入りしろ」ではなく、
「俺たちは、気に入らないやつを、バッシングする『権利』があるから、
たんぽぽが、バッシングされるのは当然の報い」でよろしいかな?


>そのお2人がやりとりをすると、やっぱり噛まないんだなぁ〜と思ったので、
>そこはちょっと楽しいというか、興味深いところでした。

わたしが、身の潔癖を明かそうとしたり、被害を受けることを訴えても、
揶揄されたり、ばかにされたりするのが、あなたには、
「楽しいというか、興味深いところ」なのですね。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月06日 20:48
・たんぽぽさん

繰り返します。
僕はあのとき ごんさんの行為をリスペクトしました。
しかし、まったく喜んでなどおりません。
それについてはお間違えのないよう お願いいたします。

あの時点で、たんぽぽさんが僕のよそでのコメントに対して「あのようなコメントでは、わたしには喜んでいるとしか思えません」と一般に向けてご自分の意見を表明する分には、僕としてはオッケーなんです。
それが「喜んでいますよ」と勝手に決めつけられてしまっては、僕自身の想いや意図とは違うことになってしまうので、「勝手な読み込みによる決めつけ」になってしまいますし、僕としてはアウトだということです。
この2つはまったく質の違うことであり、ごっちゃにしてはいけないことだと僕は考えます。
後者に関しては「人格攻撃と感じられてしまう」といった実害が出ますので、ですからそのような「勝手な読み込みによる決めつけ」を「たんぽぽ変換」だと指摘するわけです。

個々人の感受性や経験の差によって、いろいろな受けとり方が出てくるのは当然のことだと思います。
ですから、そこを問題にしているわけではないんです。
上記のような違いを問題にしているということですので、ご理解のほど よろしくお願いいたします。

>しからば、ごん氏の受けたプロバイダからの警告を、どうお考えなのかな?
<
自業自得だと思います。
しかるべき制裁を受けたと考えています。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月07日 09:23
(つづき)

>「愚樵さんはそれに対して、根拠を示して拒否しました。」
<
この僕の発した文言について説明します。
たんぽぽさんは、愚樵さんのところへ来て「双方うんぬんに関して、自身の意見を訂正しそれを表明してください」と要請しました。
これに対して愚樵さんは、たんぽぽさんのコメント「 2009-02-23・コメント番号2082」の最後のあたりで引用されている、愚樵さんとしての根拠を示しました。
(元は愚樵さんのコメント「 2009-02-23・コメント番号2074」)
そうして、愚樵さんのコメント「2009-02-25・コメント番号2087」で、それをもってあなたの要請を拒否しています。

大枠はこういうことだと僕は理解していますので、そのことを言っております。
よって、たんぽぽさんによる「要約」は僕の意見とは違ったものになっています。
お間違えのないよう お願いいたします。

>わたしが、身の潔癖を明かそうとしたり、被害を受けることを訴えても、
揶揄されたり、ばかにされたりするのが、あなたには、
「楽しいというか、興味深いところ」なのですね。
<
繰り返します。
それぞれ「話が噛んでないな〜」と感じることが多いお2人がやりとりをすると、やっぱり話が噛まないんだなぁ〜と思ったことが、ちょっと楽しいというか、興味深いところだったということです(半分は)。
よって、たんぽぽさんによる「言い換え」は、僕の感想とは違ったものになっています。
お間違えのないよう お願いいたします。

「お二人の意見のやりとりを、楽しく拝聴させていただいてますよ♪
口を挟むのは僭越だとは思うのですが、どうしてもちょっと一言だけ。」
という挨拶がたんぽぽさんにとって不愉快であったようでしたら、それは申し訳なかったと思っています。
すみません。その点についてはお詫びいたします。
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月07日 09:23
アキラ様。
ちょちょんまげと申します。
いつぞやは大変に無作法・無教養なマネをいたしました。あらためて深くお詫び申し上げます。

さて、確認するまでもなく明白なこととは思料いたしますが、一応確認させていただきたくお邪魔申し上げました。

上の南郷力丸さんのお書き込み、2009年03月06日 13:44、2009年03月06日13:45にある、南郷さんのご見解
>愚樵さんも、議論や言論、論理の展開ということとは無縁の生活を送ってこられたんでしょうし、

に対して、アキラ様は、
>僕自身も、「議論や言論、論理の展開」といったことの専門的な訓練を受けたことはないので、きっと彼と五十歩百歩なんだろうと思います。

と、レスなさっている。ということは、南郷さんの「愚樵氏に対するご見解」に「同意」ということでよろしいのですよね?特に「不同意」が「書いてない」ですし。

また、南郷さんの、

>たんぽぽさんのところでは「歩み寄っていただく」という一種の「コマ落ち」を要求されてますが

「文脈」からすると、「一般的には」これにも同意と取るのが自然であると愚考いたしますが(異議は「書いてありません」し)それもそのように素直に取ってよろしいのですよね?
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月07日 10:06
アキラさん、おはよ(^o^)

ごめんなさい。
あたしにも少し言わせて。
こんなあたしを自分でも少々「うざい」と思いつつお願いです。

興味深いやり取りだなあと各々のみなさんのご意見を拝見しているうちに、日頃あたしの言論の師と仰ぐ南郷さんとアキラさんにあたしの行為(だけじゃないかもだけど)を「自業自得」だと仰ってもらった。うれしかった。

でも、言ってもらいっぱなしていうのはいやなので。
このへんがどうしようもないあたしの性格。
わかったくだされ。

で、繰り返しますが、

>自業自得だと思います。
>しかるべき制裁を受けたと考えています。

そのとおりですね。だからわたしはプロバイダ及びブログ運営会社に、

「申しわけありませんでした。2度とこのような行いはいたしません」

と謝罪しました。そしてそれ以後、プロバイダに警告を受けるような行い(ひとりコメントスクラム?)はしないよう心がけています(ある特定の人物に対して)。

でもそれは相手の行為「プロバイダやブログ運営に訴えての強制措置」に理があったからじゃないですよ。

<実際この騒動が起こってから(起こる前も少々)わたしは多くの方から「アクセス禁止」や「コメント削除」やの措置をいただきました。その中には理のあるもの(=仕方ないんだよ)も、情に訴えるもの(=わかってくれよ)もありました。ほかにもいろいろあります。でもそれらの対応は、総じて「自業自得」なんて大袈裟なものではありません>

あのときは違います。わたしがそれを自業自得だと断じたのは「強制措置」を取ったお相手の、その行為が「理不尽だったから」です。そう、わたしは理不尽な相手に理を求めた。

だから、自業自得なのです。

それで、どうしてもおふたりにこれを言いたくて、

アキラさん、南郷力丸さん、

どうもありがとうございました。


またね。
Posted by ごん at 2009年03月07日 10:27
さらに、南郷さんの、

>「そのように言う彼の意図は何なのか?」と ずっと観察しながら考えないといけないんでしょうけど

に、アキラ様のご異議が見られないこと、そして、お二人の結論(上の私のコメントにある結論」、実は、私もそのように考えているのですが、からすると、「愚樵氏」の各種ご発言は「観察対象」としない限り、「理解不能」ということになりますが、その点もよろしいでしょうか?

しかし、南郷力丸さんという方は、愚樵氏並みにわかり難いコメントを書く方で、しばしば理解することが困難ですが、今回はわかりやすくて助かりました。

以上、長いコメント、大変に失礼いたしました。
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月07日 10:29
・ごんさん

了解しました。コメント、ありがとうございました。
当時 ごんさんのところへコメントを入れたとき、僕の複雑な想いはごんさんには受けとってもらえた と感じました。
その感覚が間違いでなかったと分かって、改めてホッとしています。

ちょっとお願いがあります。
もしここのコメント欄でたんぽぽさんなどに話しかけられたとしても、
スルーしてくださいませんかね?
話がややこしくなってしまうと、僕も困ってしまうものですから。
一方的なお願いで申しわけありませんが、是非是非よろしくお願いいたします。
Posted by アキラ@ごんさん at 2009年03月07日 13:26
・ちょちょんまげさん

こんにちは、お久しぶりです。

僕は相手の意見に対して「同意」「不同意(反対)」のどちらかだけで対応するということは、まずありません。
おおかた「同意」「不同意(反対)」「同意も不同意もせず(相手の意見は相手の意見)」のいずれかです。
相手の意見は相手の意見として、とりあえず承るだけは承るということをよくやります。
もちろん、一部のみ同意、一部のみ反対、条件付き同意、条件付き反対など、「同意」「不同意」に関しても、バリエーションはいろいろになってはきます。
まぁでも、どの人も似たようなことをやっているのではないかとは思います。

それを踏まえていただいておいて、
南郷力丸さんの
>愚樵さんも、議論や言論、論理の展開ということとは無縁の生活を送ってこられたんでしょうし、
<
というコメントに対してですが、同意も不同意もしておりません。
僕にはそうかどうかよく分からないので、南郷力丸さんの意見として承った、ということです。
お間違えのないよう お願いいたします。

>たんぽぽさんのところでは「歩み寄っていただく」という一種の「コマ落ち」を要求されてますが
<
これに関しては、南郷力丸さんのような見方を前提とすれば、そのような見方は出来るなぁ と思いました。
しかし、僕はその前提に同意しているわけではありませんので、僕がそう思っているということではありません。
お間違えのないよう お願いいたします。
Posted by アキラ@ちょちょんまげさん at 2009年03月07日 13:30
>「愚樵氏」の各種ご発言は「観察対象」としない限り、「理解不能」ということになりますが、その点もよろしいでしょうか?
<
これに関しては、確かに僕からすると愚樵さんの考えや意見は分かりづらいことが多いのですが、『ジィーッと観ていない限りは「理解不能」だ』という感覚はありません。
誰だってそうでしょうが、分かるところと分からないところが出てきます。
その分からないところが、かなり分かりづらいということです。
また、「どっか僕の感覚と決定的に違う気がするんだけど、それがどのあたりなのかがよく分からない」ということも、愚樵さんに関してはあります。
そこもまた、時間をかけていろいろなトピックでやりとりをしていかないと、分かってはこないところなのだろうと思っています。
ということで、ちょちょんまげさんの仰っていることとは違うと思われますので、お間違えのないよう お願いいたします。

ちょちょんまげさんにとっては、分かりづらい返答になっているんじゃないかと思うのですが・・・。
付け加えて一点お話ししておきますと、愚樵さんのところでの 折りにつけての愚樵さんとちょちょんまげさんのやりとりを拝聴していますと、僕はおそらく愚樵さんの方に感覚が近いので、どうして話が噛まないのかが理解できます。
つまり、愚樵さんがちょちょんまげさんに対して仰りたいことが、僕には分かる気がするという感覚があります。
ですから まぁ「話が噛まないなぁ・・」と思って見ているわけですが。
よって、ちょちょんまげさんのここでのコメントのように、ちょちょんまげさんにとっては僕の発言も非常に分かりづらいのだろうなぁとは 想像しています。
しかし、こちらとしては こうとしか言いようがありませんので、その点はご了承ください。
Posted by アキラ@ちょちょんまげさん2 at 2009年03月07日 13:32
もちろん、諒解(済み)です。

わたしはあれ以来、こちらの理に応じてくださらない相手と対話をすることを避けていますので。これはあたしにとっては「何かを捨てる」というようなことだったのですが。「成長したのだ」と勝手に言い換えて、捨てた何かに対する未練に身を処しています。

だから、特にたんぽぽさんからの名指しの批判(「強制措置」を取っておいて、さらにその相手をそこここで批判し続けるなんて卑怯、というかうざいお人だなとは常々思っていますが、そういうお人だと重々承知しておりますので)にはこちらでは何も申し上げることはございません。

それと、これが「一方的な要求」になることも、重々承知していますよ (^_^;)

どうかお気になさらず。

Posted by ごん at 2009年03月07日 14:08
・ごんさん

勝手言ってすみません、恩に着ます。
ありがとうございます。
Posted by アキラ@ごんさん at 2009年03月07日 20:24
こんばんは。お久しぶりです、と旧交を温める気持ちになれないのは残念なところでありますが。

確かにあなたの言うとおり、”喜んでいる”かどうかなんてのは書いている本人しかわからない。もしかしたら書いている本人にもわからないかもしれない。
だから、私は別の問いを立てよう。

あなたは、あの文章(自業自得の覚悟をリスペクトする)において、ごん氏の行為を是、たんぽぽ氏の行為を非としているようにしか私には読めない。私の読み方は間違っているのかな?

すくなくとも、あの場にいた人間はそうとっただろうし、そうとるであろうことはアキラさんには予測可能だったはずだ。そしてそれゆえに、私の中で、あなたの株が大暴落したのは、まさにあの発言であったのだけど。

 
Posted by うちゃ at 2009年03月07日 23:12
 ちょちょんまげさんが分かりづらいようなので、私からも補足しましょう。
 まず、愚樵さんが分かりづらい、誰かとの対話が噛み合ってないなというのは、私とアキラさんの共通の認識です。
 ならば、愚樵さんの言いたいことが分かりづらいのか、言い方がわかりづらいのか、それで、観察していけば分かるとのことなので、前者でなく、後者だと解釈したわけです。これは、私自身もそう思います。
 それで「議論や言論、論理の展開ということとは無縁の生活を送ってこられた」から「不得手であり」、「言い方がわかりづらい」というのが私の解釈です。ところが「議論や言論、論理の展開」が全く出来ないと完璧に出来るというのは二者択一ではなく、グラディエーションがあるわけです。0か1かじゃなくて、0から100%まであるわけです。
 そこで、将棋の例です。「コマの動かし方も並べ方も知らない」から「永世八冠」の間にも無数のグラディエーションがある中で、将棋とは無縁であった私のレベルに例えたわけです。
 ただし、アキラさんの返答は「専門的な訓練を受けた」という高いレベルにしきい値を設定して、五十歩百歩だとのことです。つまりプロ棋士じゃないアマチュアの将棋は五十歩百歩というようなものです。
 ちょちょんまげさんとしては、言語では伝えたいことの7%しか伝わらないというのを「そんなに多いはずはない」とも「そんなに少ないはずはない」と思わずに「なるほど」と納得する人なんだから約7%のレベルと考えれば、わかりやすいんじゃないですか。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月07日 23:18
 なお、ちょちょんまげさんの「南郷力丸さんという方は、愚樵氏並みにわかり難いコメントを書く方で」というのは、私への人格攻撃ですよね。
 なぜ、ちょちょんまげさんが。かような人格攻撃を行うのか、それは「人格攻撃」について、何か言いたい、聞きたい、ということですよね。別に観察しなくても分かります。
 でも、この件については、ここで行うより、ちょちょまんげさんのところで続けた方がよろしいかと思います。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月07日 23:19
 それで、アキラさんは分かってると思うのですが、そもそもこのコメントは、gegengaさんを意識してのものです。
 gegengaさんのところには、度々、ゲンタ氏が出てきます。多くの人はゲンタ氏が何を考えてるかわからないし、何も考えてないのかもしれない。でも、そういうゲンタ氏と仲良くしているgegengaさんを「よく分からなくて困っている」という人はいないと思います。
 だから、gegengaさんがゲンタ氏を観察して理解しようとしているように、アキラさんも愚樵氏を観察して理解しようとしているんですね、というメッセージでもあるわけです。
 アキラさんが荒唐無稽な陰謀論を振りまくようになったわけでもないんだから。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月07日 23:19
・うちゃさん

こんにちは。おひさしぶりです。

>あなたは、あの文章(自業自得の覚悟をリスペクトする)において、ごん氏の行為を是、たんぽぽ氏の行為を非としているようにしか私には読めない。私の読み方は間違っているのかな?
<
ごん氏のやったことについては、僕の中で「是」としています。
ただしそれは、もちろんお分かりのこととは思いますが、そのごん氏の行為を社会的に是としているわけではありません。
たんぽぽ氏の行為・・というのが何を指しているかがよく分からないのですが、プロバイダへ訴えてしかるべき措置をとってもらったという行為であれば、それも「是」としています。
しかし、ごん氏があのような行動に走ってしまうことになった発端は、結局たんぽぽさんにあるというのが僕の個人的な認識ですので、その点については「非」というか、ああいうことにはなり得るよなぁ、ああいうことになっちゃってもしょうがないかなぁ と思いました。

>そうとるであろうことはアキラさんには予測可能だったはずだ。
<
はい、これはその通りです。
「そうとる人は多いだろうな」とは思いましたので、そこは折り込み済みでの発言です。
僕の目的は、僕の想いが伝えたい人にちゃんと伝わればいい ということでしたから、それ以外の人たちについては、読む人それぞれで、それぞれの受けとり方をしてもらえればいいと思っていました。
ですから、どなたかが「あのようなコメントでは、わたしには喜んでいるとしか見えない」と一般に向けてご自分の意見を表明する分には、僕としてはオッケーなんです。
それが「喜んでいますよ」と勝手に決めつけられてしまっては、僕自身の想いや意図とは違うことになってしまうので、「勝手な読み込みによる決めつけ」になってしまいますし、僕としてはアウトだということです。
Posted by アキラ@うちゃさん at 2009年03月08日 10:05
・南郷力丸さん

補足、ありがとうございました。
南郷力丸さんがgegengaさんを意識してらっしゃるのは何となく分かりましたが、説明していただいているだけの含みがあるとは思いませんでした。 (^_^;)

>ただし、アキラさんの返答は「専門的な訓練を受けた」という高いレベルにしきい値を設定して、五十歩百歩だとのことです。つまりプロ棋士じゃないアマチュアの将棋は五十歩百歩というようなものです。
<
南郷力丸さんの「レベル設定」がどのへんにあるのかよく分からなかったので、ああいう書き方にしてみました。
けど、「アマチュアの将棋は五十歩百歩」というのは、僕の感性を言い表しているような気が自分でもします。
Posted by アキラ@南郷力丸さん at 2009年03月08日 10:08
回答ありがとうございます。

ですが、少し私の質問を誤解されているように思います。私の質問は、あなたの文章がどう読めるかです。あなたの回答を踏まえて再度お尋ねします。

http://s01.megalodon.jp/2008-1229-1648-33/nikemild.exblog.jp/8318976/

上記エントリーのコメント蘭においてあなたが書いた文章。
ーーーーー以下引用
自業自得の覚悟、なかったんですかねぇ。。。>野草の人
ごんさんの戦法、手法としては???というところは僕としてはありますけれど、少なくともごんさんには「自業自得の覚悟」はめっちゃあったと感じます。
そこに関してはリスペクトです。
ーーーーー引用終わり

をどう読めばたんぽぽ氏の行為を是とする、という意図が読み取れますか? 私は何を読み落としているのでしょうか?

もうひとつ、これは新たな質問になりますが。あなたのこの発言によって、ごん氏の行為の被害者であるたんぽぽ氏を責める発言が、他の人によりコメントされていますが、それについての責任は感じますか?
Posted by うちゃ at 2009年03月08日 16:54
 「アマチュアの将棋は五十歩百歩」という感覚は私にだってあります。けれども「だから私もアマチュア名人も同格だ」という夜郎自大な居直りにはならない。もし将棋を始めるなら、所詮プロには敵わない「五十歩百歩」の中で「よりよきアマチュア」を目指そうとするでしょうし、アキラさんだってそうでしょ。
 グラディエーションの中のどこに「しきい」を置くか、いずれに置くことだってできるし、どこに置くと腑に落ちるかも様々でしょうけど、シーンによっては「置くべきでない所」があると思います。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月08日 19:04
(続き)
 科学というのもそういう「五十歩百歩」の中のものかも知れません。科学で世の中のことがすべてわかるわけじゃない。でも「わかった」ことは多いし、わかったことを増やそうとしてる、わかったことは応用が出来る。グラディエーションの中を移動中で、移動のために、科学には手法や手続きがあるわけです。
 その点で「言うたもん勝ち」の宗教とは違う。「世の中のことがすべてわかる」という「しきい」によって、科学と宗教を「五十歩百歩」にしちゃうことが、ちょちょんまげさんの苛立ちかなとも思うわけです。
 彼としては「世の中のことがすべてわかる」なんてところにしきいを置くな。科学の成果を享受している以上「自分たちの生活に応用できる」とか、そういうところを「しきい」にしろって言いたいんじゃないですか。味噌汁飲んで糞は食わないなら、ミソとクソを一緒にするなって。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月08日 19:05
ごんさま、おひさしぶりです。

>だからわたしはプロバイダ及びブログ運営会社に、
>「申しわけありませんでした。2度とこのような行いはいたしません」
>と謝罪しました。

あなたは、警告を受けたあと、つぎのように書いています。
これを見る限り、プロバイダが自分に謝罪させたのは、
不当な言論規制だと言っているようです。
http://teagon.seesaa.net/article/103765593.html#comment
|< ここは現在、人の話にやたらと聞き耳を立てて、
|手前勝手に極端な妄想を膨らませ、キイキイ言って来る
|PTAのみなさんの監視対象になっておりますゆえ。 >
[2008年07月31日 17:49]

それから、あなたの規約違反行為の直接の被害を受けた、
わたしに対して、なんら釈明がないのですが、どういうことかな?


>わたしがそれを自業自得だと断じたのは「強制措置」を取ったお相手の、
>その行為が「理不尽だったから」です。

ごんさまが、わたしのところに来たのは、
ご自分たちがされたセクハラ批判の、もみけしじゃなかったかな?
セクハラはされても、反論するのは理不尽であり、されるほうが悪いのだ、
すなわち「被害者に落ち度がある」と言いたいのですね。

>そう、わたしは理不尽な相手に理を求めた。

理不尽なのは、ごんさまたちのほうだと思います。
そんなあなた(がた)に、わたしは「理」を求めたが、
まったく無駄だったので、プロバイダに通報したまでです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月08日 20:55
アキラさま(2009年03月07日 09:23)

>たんぽぽさんが僕のよそでのコメントに対して
>「あのようなコメントでは、わたしには喜んでいるとしか思えません」と
>一般に向けてご自分の意見を表明する分には、僕としてはオッケーなんです。

前のコメントで言ったのは、「あなたのコメントがどう見えるか」であって、
「あなたが実際にどう思っていたか」ではないです。
「どう見えるか」が妥当であれば、「どう思っていたか」と違っていても、
「手前勝手な読み込み」ではないだろうということです。


>個々人の感受性や経験の差によって

反社会的行為にリスペクトしたか、しないかというのは、
大きな「経験の差」だと思います。

>>しからば、ごん氏の受けたプロバイダからの警告を、どうお考えなのかな?
>自業自得だと思います。
>しかるべき制裁を受けたと考えています。

ごんさまのやったことの反社会性を理解しながらも、
ご自分が、それを喜んだか喜ばないかにくらべたら、たいしたことではない、
ということで、よろしいのでしょうか?
(「喜んだ」「喜ばない」のことばかり強調して、
ごんさんのしたことの反社会性を、ほとんど問題にしないから。)
Posted by たんぽぽ at 2009年03月08日 20:56
アキラさま(2009年03月07日 09:23)

>たんぽぽさんは、愚樵さんのところへ来て「双方うんぬんに関して、
>自身の意見を訂正しそれを表明してください」と要請しました。
>これに対して愚樵さんは、たんぽぽさんのコメント
>「 2009-02-23・コメント番号2082」の最後のあたりで引用されている、
>愚樵さんとしての根拠を示しました。

それでしたら、おとといのコメントでお話した、「一般認識」と「文脈」ですよ。
「一般認識」は、愚樵さんご本人が否定しています。
「文脈」は、「むかついたら人格攻撃されたことにする」の
自己正当化ですから、こんなのは「逆ぎれ」にすぎないです。
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-217.html#comment-top
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-224.html

>たんぽぽさんによる「要約」は僕の意見とは違ったものになっています。

アキラさまも、愚樵さま同様、「批判と中傷の区別がつかない」かただから、
たんぽぽがバッシングされるのが、当然の批判に見えた、でよろしいのかな?


>それぞれ「話が噛んでないな〜」と感じることが多いお2人がやりとりをすると、
>やっぱり話が噛まないんだなぁ〜と思ったことが、
>ちょっと楽しいというか、興味深いところだったということです(半分は)。

なんでお話がかみ合わないのかというと、わたしが被害を訴えているのに、
愚樵さんが、まともに取り合わず、揶揄や中傷をするからですよ。
アキラさんは、お話がかみ合わない原因は、なんだと思ったのですか?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月08日 20:58
アキラさま

>しかし、ごん氏があのような行動に走ってしまうことになった発端は、
>結局たんぽぽさんにあるというのが僕の個人的な認識ですので、
>その点については「非」というか、ああいうことにはなり得るよなぁ、
>ああいうことになっちゃってもしょうがないかなぁ と思いました。
(2009年03月08日 10:05)

「発端」は、セクハラ批判のもみけしじゃないのかな?
アキラさまも、「セクハラされたたんぽぽに落ち度がある」と
考えているということかな?


>もしここのコメント欄でたんぽぽさんなどに話しかけられたとしても、
>スルーしてくださいませんかね?
(2009年03月07日 13:26)

上のコメントでお話したように、
ごんさんも、ご自分のセカンドレイプを正当化しています。
それをいかように批判されても馬耳東風でかまわない、ということかな?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月08日 21:00
・南郷力丸さん

件の愚樵さんとたんぽぽさんのやりとりに関して、南郷力丸さんが
>シーンによっては「置くべきでない所」があると思います。
<
と仰っている意味合いは 把握できました。

ここから先は、それを離れた一般的なところで・・という前提です。
愚樵さんは、(あるいは僕は)、「世の中のことがすべてわかる」という前提をとっているのでしょうか?
確かに「科学と宗教は五十歩百歩だ」という立ち位置はとっていると思われます。
僕自身は、そういう立ち位置をとってます。
科学をすべてのベースにはしていない、という意味で。単なる「一部分」だとしている、という意味で。
僕自身に関して言えば、でもそれは「世の中のことがすべてわかる」という前提にはなっていなくて、「世の中のことは分からん」という前提となっていると、自分では思っているんですが。。。
「世の中のことがすべてわかる」という前提をとっているように見える、ということでしょうか?
Posted by アキラ@南郷力丸さん at 2009年03月09日 09:16
・うちゃさん

ありがとうございます。うちゃさんのように聞いていただけると、答えやすくて助かります。

「たんぽぽ氏の行為」というフレーズが、相変わらず何を指しているのかがよく分からないのですが・・・
それが「プロバイダへ訴えてしかるべき措置をとってもらったという行為」であれば、たんぽぽさんの行為は「そうしてしかるべき」だと僕は思っています。
ですから、ごんさんの行為を「自業自得」だと言っているのです。
かつ、ごんさんは「それを十分に自覚しながらもやってしまった」と僕は受けとっているので、それを「自業自得の覚悟があった」と表現しているのです。

また、ごんさんがあの行動に走ってしまうことになった発端は 結局たんぽぽさんにあるという認識の前提が僕にはありますので、同様の理由で、彼女のような対応(プロバイダへの訴え以前)をしていれば ああいうことになり得るだろう、ああいうことになっちゃってもしょうがないかなぁ と思ってましたので、
『 自業自得の覚悟、なかったんですかねぇ。。。>野草の人』
というコメントが最初にある、ということです。
ああなってしまった以上は「プロバイダへの訴え」は「そうしてしかるべき」だと考えますが、それ以前に自分の諸々の発言があのような事態を招き得るということへの「覚悟」はなかったのかなぁ?というのが、僕の心象です。
何か 表現において問題がありますでしょうか?

>あなたのこの発言によって、ごん氏の行為の被害者であるたんぽぽ氏を責める発言が、他の人によりコメントされていますが、それについての責任は感じますか?
<
直接的には感じません。
しかし、僕の発言によってそのようなことが直接引き起こされたのであれば、一般的な意味合いにおいて、発言した者としての責任はあると考えます。
そこは発言をする以上、すべての人に等しく発生する責任だと思っています。
Posted by アキラ@うちゃさん at 2009年03月09日 09:19
・たんぽぽさん

繰り返します。
たんぽぽさんが、僕のよそでのコメントに対して「あのようなコメントでは、わたしには喜んでいるとしか思えません」と一般に向けてご自分の意見を表明する分には、僕としてはオッケーなんです。
「こうとしか見えません」と表現してあれば、問題はないということです。
【「どう見えるか」が妥当であれば】≒【「こう見える」という妥当性】と、これは何ら齟齬を起こさないと思います。

しかし「こうですよ」と勝手に決めつけられてしまっては、僕自身の想いや意図とは違うことになってしまうので、「勝手な読み込みによる決めつけ」になってしまいますし、僕としてはアウトだということです。
この2つはまったく質の違うことであり、ごっちゃにしてはいけないことだと僕は考えます。
後者に関しては「人格攻撃と感じられてしまう」といった実害が出ますので、ですからそのような「勝手な読み込みによる決めつけ」を「たんぽぽ変換」だと指摘するわけです。


ごんさんのやったことは、「プロバイダが警告対象にしたという程度」という意味合いにおいて、反社会的な行動だったと思いますし、そこを踏まえながらも「リスペクトした」ということです。
ですからたんぽぽさんによる「言い換え」は、僕の意見とは違ったものになっています。
お間違えのないよう お願いいたします。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月09日 09:21
(つづき)

>たんぽぽがバッシングされるのが、当然の批判に見えた、でよろしいのかな?
<
この「たんぽぽがバッシングされる」というのは、愚樵さんから、という意味でよろしいでしょうか?


>アキラさんは、お話がかみ合わない原因は、なんだと思ったのですか?
<
愚樵さんの、ツタのような回りくどさと、たんぽぽさんの、ときに短絡してしまいがちな直線的な感じとが、話の噛み合わなさを作り出していたように感じました。
また、お互いが提示している「普通は・・」(愚樵さんの提示した根拠による「一般認識」という「普通は・・」と、たんぽぽさんの『「普通」だったら、自分の批判が「知らないところ」でなされていたら、その批判に対してものもうしたくなるだろう』という「普通は・・」)には双方ともに無理があるように思いましたが、僕の目には、たんぽぽさんが自らのそれを 積極的に「双方の前提」にしようとしているように見えたので、それも話の噛み合わなさを作り出していたように感じました。
付け加えるならば、愚樵さんによる「煽り」ととれる発言がいろいろとありましたが、あれは余計だなと思いました。


>「発端」は、セクハラ批判のもみけしじゃないのかな?
<
確か長々とした経緯があったように思います。
その中で、ここのコメント欄で行われているのと似たような、発言者自身の想いや意図とは違うことになってしまっていると思われる「人格攻撃と感じられてしまう、勝手な読み込みによる決めつけ」も多々あったように思いますので、そのいろいろな経緯の延長線上でごんさんの抗議があったのではなかったかと記憶しています。
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月09日 09:30
 私が「世の中のことがすべてわかる」という概念を出したのは、「何がわかるか」というモノサシの上のグラディエーションでは、その一方の極が「世の中のことがすべてわかる」になるからです。ですので、アキラさんがそう思ってるかどうかは概念の外です。
 ただ「科学ですべてのことがわかるわけではない」からと宗教と「五十歩百歩」というならば、「世の中のことがすべてわかる」を「しきい」にしていることになりますね、という問いかけです。
 なので、先の表現をアキラさんの出した概念で説明しなおせば、「すべてのベースになるか」という「しきい」を設定して、科学と宗教を「五十歩百歩」としていますね、ということになります。
 そして、ちょちょんまげさんは、他にもっと適切に「しきい」を設定すべき場所があるだろう、と苛立っているのだろうと思います。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月09日 22:40
 ここからは、推測に過ぎませんが、ちょちょんまげさんは開発途上国での駐在経験、生活経験があります。その国の人たちに対し、彼や日本人は、はるかに科学の恩恵を享受できているわけです。彼は、科学の恩恵の享受格差という現実を直面し、後ろめたささえ感じたかも知れません。
 もちろん、その国には信仰はたっぷりあったわけですし、彼らなりにシアワセなのかもしれませんが。
 ただ、ちょちょんまげさんとしては、科学を信仰と同一視するなど、自分は科学の恩恵を享受しながら、それに「無自覚」であり、享受できない人たちの存在に「無自覚」であるとしか思えないのかもしれません。
 なので、彼が最も腑に落ちる「しきい」は「ナイジェリアの人が日本人と同レベルの生活を送るためにベースにできるか」であって、その「しきい」は信仰と科学の間にあるわけです。
 でも、子供が生まれたから喜んでいる人に「世の中には子供ができない人もいるので慎め」などという人はいません。両者は無関係のことであり、感情でそう思っても、論となりえません。
 共有していない個人的な体験や、それによる感情を、例え「空論」相手にであっても、論として提示することは、彼には矜持として出来ないと思いますし、「何でもあり」の愚樵さん相手に勝手にハンデを与えているように私には思えます。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月09日 22:44
回答ありがとう。

 ごん氏に向けた「自業自得」という言葉の中に、たんぽぽ氏が行った「プロバイダへの訴え」に対する肯定的な評価が含まれている。という理解でよいのかな?
 あなたの”表現”については、それで納得した。詳しい解説に感謝する。

 それから、責任についてだが(おそらく察しているとは思うけれど)私の言う責任は一般的な”表現の自由に伴う責任”とは別の意味である。従って、私の言う意味においては、あなたは責任は感じていない、ということになるね。正直に答えていただいたことに、感謝しておく。
Posted by うちゃ at 2009年03月09日 23:02
以下は私の見解である。なお、以降一部の人間については敬称を略させていただく。これは私の意向と取っていただいてかまわない。

 まずあなたの文章の意味であるが、「ごん」に向けた「自業自得」の言葉の中に、たんぽぽさんに対する肯定的な評価が含まれている、という点については了解した。しかし、同じ「自業自得」という言葉をたんぽぽさんに対しても使っている時点で、その分は相殺され、更に、たんぽぽさんに対しては「覚悟がなかった」、「ごん」に対しては「覚悟があった、リスペクトする」と書いていることから、文章全体としては「ごん」の行為に対しては是、たんぽぽさんの行為には非、という判断を下したという、私の読解を修正する必要は無いし、これを一般的な解釈として問題ない。

 また、私が提示した「ニケ」のエントリーが、「ごん」及び「死ぬのはやつらだ」による非社会的行為の被害者であるたんぽぽさんを嘲笑し、攻撃することを目的としたものであるものは論証の余地もなく明白であり、彼の行為は悪質な二次加害である。
 そのようなエントリーに上記の意味を読み取れるコメントを書き、更に他の人間があなたのコメントを引いてたんぽぽさんを更に揶揄するコメントを書いているのを黙って眺めていたというあなたの行為は、あなたが内心どのような真情を持っていたかにかかわらず、「ニケ」の二次加害行為に対する積極的な荷担行為であり、見方によっては扇動ととられてもしかたないものである。

 私が、あなたに責任を感じないのか、と聞いたのは上記の行為に対するものであり、あなたはその問いに対してに感じないと答えた。

 私が最初に「旧交を温める気持ちにはなれない」と書いた理由がおわかりだろうか?
 この見解は、私の妄想に基づく誹謗であろうか? そうであるなら具体的に根拠を述べて反論していただきたい。
Posted by うちゃ at 2009年03月09日 23:03
アキラ様。
ご回答ありがとうございました。
本日は何点か書き残したいことがございましてお邪魔いたしました。

1.まず、先日のご回答の件。
A氏、B氏がC氏が将棋を指しているところを見ているとして、A氏が「C氏はこれまで将棋というものと無縁の生活を送ってこられたんでしょう」という感想を漏らしたとして、B氏が「僕自身も、将棋の専門的な訓練を受けたことはないので、きっと彼(C氏)と五十歩百歩なんだろうと思います。」と返した場合に、私の「感性」ではB氏の返答は「少なくともA氏の見解寄りである」と取り、「単に承った」と取るのは難しいし、「一般的」に言っても「五十歩百歩」という表現はその語源から言っても「低レベルのものを比べて似たり寄ったりである」という場合に使われることが圧倒的に多いと思いますので、(例えば共にハイレベルだと言う時に)「ニュートンとアインシュタインは五十歩百歩である」とはあまり言わないでしょう。言うとするならば、現在の進んだ知見により、高みから見て両氏の古い世界観について言及する場合などに使われることはあるでしょうが。更に、南郷さんとアキラ様がご言及の「宗教も科学も五十歩百歩」は、「けして正解に辿り付くことが無い人間の営みとして見た場合は」あたりの条件付きでしょう。ちなみに、それには不同意ですけどね)南郷さんの見解に同意でも不同意でも無いと「一般の人が」取るのは困難だと思います。ということで、南郷さんの「マチュアの将棋は五十歩百歩」あたりがアキラ様のご真意なのかも知れませんが、「南郷見解寄りである」に読むことが不自然なこととは思えません。
ですので、「お間違えのないよう お願いいたします」と三度念を押すよりも「(真意はこうだから)そのように読んでください」が正しい表現ではないでしょうか。
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月10日 08:44
2.ごん様に人格攻撃を受けた者の一人として、うちゃさんご指摘のアキラ様の発言について

私もニケ氏の「凱旋将軍歓迎」のようなエントリにおけるアキラ様の御発言を苦々しく見ていたものの一人です。
まず、ニケ氏のエントリ内容にアキラ様もお認めになる「反社会的行為」に対する苦言など影も形もなく、大賞賛しか見られません。
そういう場所でアキラ様は当の「反社会的行為」を行ったこと人物を「リスペクトする」(限定付きとはいえ)と発言なさっているわけです。
そこで、質問がございます。

a.アキラ様は御自分の発言がうちゃさんがおっしゃるような、
>「ニケ」の二次加害行為に対する積極的な荷担行為であり、見方によっては扇動ととられてもしかたないものである。

と読者に取られる可能性があるとお考えになりましたか、それとも「解釈の余地無く」(解釈の余地の無い文章など有り得ない、どんな文章も取り方は人それぞれ、は今回はカンベンしてください。南郷さんのおっしゃるグラデーションの一方の極の話になってしまいますので)そういうことは有り得ないとお考えでしたか。
b.一般に反社会的行為を行った人を賞賛する意見表明をしたネット上のブログなり、HPなりに、その意見表明に対する異議を一切表明せず、その行為者当人を(限定付きとは言え)「リスペクト」すると書かれた意見表明者に対し、読者が「その意見表明者はブログ主なり、HP管理人に賛同している」と考えるのはあたりまえだと私は思います。そして、「賛同している」と断言されても責任は書き手にあると思いますが、アキラ様はどうお考えになりますか。
続きます。
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月10日 09:03
c.アキラ様は
>ごんさんの戦法、手法としては???というところは僕としてはありますけれど
と書かれていますが、「反社会的行為」というのは「戦法、手法」として認識されるべきものだとお考えですか。

d.これは、今回のやり取りではっきりしたことですが、アキラ様は
>また、ごんさんがあの行動に走ってしまうことになった発端は結局たんぽぽさんにあるという認識の前提が僕にはありますので、(中略)ああいうことになっちゃってもしょうがないかなぁ と思ってましたので、
>それ以前に自分の諸々の発言があのような事態を招き得るということへの「覚悟」はなかったのかなぁ?というのが、僕の心象です。<
これについて、どなたかがすでに指摘済みかもしれませんが、私には「レイプ、セクハラされたほうにも非がある」と全く同じ論法であると思いますがいかがですか。
あ、別にそう考えていらっしゃるならそれはそれで構いませんが、私の「感性」では、メール等なら「まだしも」、「被害者」が見えるところ、聞こえるところでそのような意見表明をなさるのは「正気の沙汰でない」と考えます。
大げさになりますが、「ホロコーストで粛清されたユダヤ人側にも非がある」という人は必ず存在するでしょうが、それを例えば遺族の前で発言するようなものだと考えます。

ちなみに、私がこれを書く気になったのは、ごん様の今回のコメントを拝読したこと、「反社会的行為後」にも私が個人的に人格攻撃を受けていることなどから、ごん様が何もわかっていらっしゃらないと感じたからです。
一応私への個人的な人格攻撃については、内容を明らかにしておかないとごん様にアンフェアだと思いますが、長くなりましたので、ここでは省略して、要請があればご紹介いたします。
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月10日 09:08
・南郷力丸さん

解説、ありがとうございました。
よく分かりました。
ちょちょんまげさんに関しては、僕はほとんどフォローしていなかったので、そのように考えたことは一度もありませんでした。

>共有していない個人的な体験や、それによる感情を、例え「空論」相手にであっても、論として提示することは、彼には矜持として出来ないと思いますし、「何でもあり」の愚樵さん相手に勝手にハンデを与えているように私には思えます。
<
特にここはけっこう考えさせられました。
南郷力丸さんの感触を伝えてくださって、感謝です。
Posted by アキラ@南郷力丸さん at 2009年03月10日 10:25
・うちゃさん

>ごん氏に向けた「自業自得」という言葉の中に、たんぽぽ氏が行った「プロバイダへの訴え」に対する肯定的な評価が含まれている。という理解でよいのかな?
<
はい、その通りです。

>従って、私の言う意味においては、あなたは責任は感じていない、ということになるね。
<
はい、これもその通りです。


>私の読解を修正する必要は無いし、これを一般的な解釈として問題ない。
 ・・・・・・・・・・・・・・
 あなたの行為は、あなたが内心どのような真情を持っていたかにかかわらず、「ニケ」の二次加害行為に対する積極的な荷担行為であり、見方によっては扇動ととられてもしかたないものである。
 ・・・・・・・・・・・・・・
 この見解は、私の妄想に基づく誹謗であろうか?
<
「妄想に基づく誹謗」ではないと感じます。
うちゃさんの見解としてそうとられてもしかたない、と僕も思っています。
うちゃさんのように書いていただければ、それは「決めつけ」ではありませんし。
ですから、うちゃさんが僕に対する評価を大きく落とし、旧交を温める気持ちにはなれないと思ってらっしゃることについても、以前から重々理解しています。
僕は元々「そんな人間」ですし、僕の内心の真情はともかくとして、自分の行為を正当化しているわけではまったくないですし、うちゃさんのようにとられてしまっても、それはそれで致し方ないことだと思っています。
そこは先に申し上げたとおり、覚悟の上です。
ですから、特に反論はありません。
このように表現していただいて、ありがとうございました。
Posted by アキラ@うちゃさん at 2009年03月10日 10:25
こちらを先に言わないと、話がドンドン拡がってっちゃいそうですので、先にここでの僕の言い分を記します。

発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」は、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントになっている、ということが一番言いたいことです。
それは、セクハラの構造と とてもよく似た構造を持っていると思います。
発言者自身が「そうではない、それは私の想いや意図とは違う」と主張するのであれば、その指摘はむやみにねじ曲げたり矮小化してはならないと僕は思いますし、すでに感情が絡んできてしまっていて お互いに分かり合えないかもしれないけれど、相手の主張をとりあえずはきちんと聞くべきだと思います。
そこが抜け落ちている状態で、「そう思われても無理はない」「これくらいで騒ぐのはおかしい」などと叩き続けるのであれば、またあるいは さらなる「勝手なまとめ方」で こちらの意見をあらぬ方向へねじ曲げ続けるのであれば、これはまさしく「二次加害」です。
ですからそういうことは避けて、そもそもを「このようにしか見えない」といった別の表現にした方がよい、個人の意見の表明としてであれば、最低限のところはクリアするだろうから、と申し上げているのです。

相手の発言のとり違えや誤解などは、日常的によく起こることと思います。
しかし、そのような誤解を前提に話を自分の方でどんどん進めてしまうと、相手がまったく意図していないことを前提に話がどんどん進んでいってしまうということになりましょうから、相手とやりとりしていること自体に意味がなくなってしまいます。
そうなってしまえば、いくらコミュニケーションしても不毛でしかないでしょう。
Posted by アキラ@皆さまへ at 2009年03月10日 10:26
そういった諸々のことを避けるために、相手の言っていることをなるだけ損なわないために、勝手な読み込みによる決めつけをなるだけ行わないように、相手の意図をねじ曲げて固定してしまわないように、丁寧にコミュニケーションを進めていくべきなのではないかと、僕は思っています。
そうでなければ、その「勝手な読み込みによる決めつけ」でもって お互いがお互いを攻撃し合い、非難し合うだけの不毛な関係にしかならないでしょう。

僕には、このような前提の問題意識があります。
ですから、片方のみがアカンと思えないのです。どうしても「どっちもどっちだよなぁ」と感じる。
しかしだからといって、自分の行為を正当化しようとしているわけでもないし、「たんぽぽさんの方が悪い」と言っているわけでもありません。
僕自身の発言がハラスメントになっているであろうことを否定はしません。
あちらが正しい、こちらが悪いという話をしているのではなくて、
「勝手な読み込みによる決めつけ」は、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントになっている、ということをも、考えていただきたいのです。
もしもセクハラなどに敏感な感性を持ってらっしゃるのならば、その敏感な感性をこのようなことにも向けていただきたいのです。
それが僕の主張したいことであり、願いです。

ちょちょんまげさんへのお返事は、少々お待ちくださいね。
Posted by アキラ@皆さまへ2 at 2009年03月10日 10:27
>発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」は、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントになっている、ということが一番言いたいことです。<

そこまで仰るなら、全部思い出しましょう。
1.そもそも、あなたの出発点は「議論の上手な料理の仕方」ということで、そのサンプルとして、たんぽぽさんの発言に「とやかく」言いはじめたのではなかったかな? 

2.そして、あなたとMEDAMAさんのやりとり、私とあなたとのやりとりは、「騒動」と直接リンクしないメタな議論の範疇に止まっていた。

3.ところが、たんぽぽさんがここに登場すると、あなたは猛然とたんぽぽさんと議論をはじめた。「議論の上手な料理の仕方」というテーマからすれば、じつに奇妙な話ではないか。そして「当のたんぽぽさんが、自分の発言の意図は、アキラさんの指摘するようなものではない」と言っているにもかかわらず、あなたはまったく譲ろうせず、あなた自身の「勝手な読み込み」に固執し、やがて、たんぽぽ攻撃派に共感を示すようになる。

これは、まさしく>発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=<ではないですか?

つまり、あなたがやった行為こそが「たんぽぽ変換」であり、その後に(いまも)行っていることは「立派なハラスメント」だということになる。レトリックではなく、私はまったくいま、そのように理解している。

昨日私が書いたエントリー、そこで書かれた「三方向」のうちの「一方向」はあなたのことだ。そっと気づいてくれることを願っていたが、それがまったく期待できない以上、トラックバックする。
Posted by ja e w ck at 2009年03月10日 13:38
アキラさん
よくわかりました。これからあなたの文章を見かけることがあったら、「そんな人間」が書いているんだ、ということを忘れないようにします。

逃げずに素直に答えていただけたことには感謝します。それでは
Posted by うちゃ at 2009年03月10日 21:17
アキラさま(2009年03月09日 09:21)

>「こうとしか見えません」と表現してあれば、問題はないということです。

あなたの「真意」は、「見えた通りでない」ことが多いみたいだけど、
実際には、「見えた通り」が「真意」というかたも、たくさんいらっしゃります。
書かれたものを読むときは、この可能性も顧慮する必要があるでしょう。
そうではなく、「見えた通りでない」と決めてしまうと、
「見えた通り」が「真意」だったとき、「手前勝手な読み込み」になるからです。

あなたの「真意」が「見えた通りでない」という根拠は、
どこにもなかったですので、ていねいにコミュニケーションをするために、
「存在しない根拠」を読まないよう、「こう見えた」と表現したしだいです。
ないものを読まなかっただけですから、きわめてすなおでなのであり、
あなたの「真意」がどうあろうと、「手前勝手な読み込み」ではないと思います。


>ごんさんのやったことは、「プロバイダが警告対象にしたという程度」
>という意味合いにおいて、反社会的な行動だったと思いますし、
>そこを踏まえながらも「リスペクトした」ということです。
>ですからたんぽぽさんによる「言い換え」は、僕の意見とは違ったものになっています。

前のコメント(2009年03月08日 20:56)の最後は、
「言い換えた」のではなく、あなたに、お尋ねしたんです。
ご自分が「喜んだか喜ばないか」と、「ごん氏の反社会性」と、
あなたにとっては、どちらが重要なのですか?ということです。

それで、「ごん氏の反社会性」を評価したことなんかより、
ご自分が「喜んだか喜ばないか」のほうが、ずっと大事なのでしょうか?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月10日 21:28
アキラさま(2009年03月09日 09:30)

>この「たんぽぽがバッシングされる」というのは、
>愚樵さんから、という意味でよろしいでしょうか?

愚樵さんは、自分をふくめた一般論として書いているのですから、
「愚樵さんを含めて、たんぽぽをたたいた人たち一般」です。
それで、アキラさまも、愚樵さまとおなじく、
「批判と中傷の区別がつかない」から、たんぽぽがバッシングされるのが、
当然の批判に見えた、ということでよろしいのかな?


>愚樵さんの、ツタのような回りくどさと、
>たんぽぽさんの、ときに短絡してしまいがちな直線的な感じとが、
>話の噛み合わなさを作り出していたように感じました。

わたしは、「短絡」してはいないと思いますよ。

それはともかく...
愚樵さんが「つたのようにまわりくどく」言っていた内容は、
「たんぽぽの訴えをまともに取り合わず、揶揄や中傷をする」ことです。
そして、わたしが、「直線的な感じ」で言っていた内容は、
「自分の被害を訴える」ことです。

それで、「わたしが被害を訴えているのに、
愚樵さんが、まともに取り合わず揶揄や中傷をするので、
お話がかみ合わなくなるのが、アキラさまには楽しいのですか?」と
お尋ねするしだいです。


>僕の目には、たんぽぽさんが自らのそれを
>積極的に「双方の前提」にしようとしているように見えたので、

「一般」とか「普通」というのは、愚樵さんがさきに言い出して、
「結構正しいものですよ」と、「双方の前提」にしようとしていました。
ログに書かれているものを読めば、愚樵さんがさきなのはあきらかなのに、
わたしだけ問題だと言われる理由がわからないです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月10日 21:29
>>「発端」は、セクハラ批判のもみけしじゃないのかな?
>確か長々とした経緯があったように思います。
(2009年03月09日 09:30)

つぎのエントリで、「この発言はセクハラになることがある」と
わたしが書いたら、「だれもそんなことを言っていない」と言って、
「ごん」氏がもみ消そうとしたのが「発端」です。
http://taraxacum.seesaa.net/article/100107759.html

それで、アキラさまも、「セクハラされたたんぽぽに落ち度がある」と
考えているということで、よろしいのかな?


それから、ごん氏が、わたしにレスをしないよう、
あなたがたのんだことについて、お答えがないのですが、どうなりました?
ごんさんも、ご自分のセカンドレイプを正当化していますが、
それをいかように批判されても馬耳東風でかまわない、ということかな?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月10日 21:30
アキラさま(2009年03月10日 10:25)

>「妄想に基づく誹謗」ではないと感じます。
>うちゃさんの見解としてそうとられてもしかたない、と僕も思っています。
>うちゃさんのように書いていただければ、それは「決めつけ」ではありませんし。
>ですから、特に反論はありません。

「ごん氏の反社会的行為を礼賛する、ニケ氏の二次加害を、
結果的にあおっておきながら、『自分の真意じゃありませんから』と、
言って無責任を決め込む」、あなたはこういうかたに
「見えてもしかたない」のは認めるのですね。

このうちゃさまの「見えた通り」が、あなたの「真意」で、
アキラさまは、「僕はそういう無責任な人です」とおっしゃるなら、
とうてい容認できないですので、わたしに対して、釈明がいただきたいです。


あるいは、そうではなく、「無責任な人」というのは、
「真意でない」から「手前勝手な読み込み」だとおっしゃるのかな?

このケースのように、反社会性行為の二次加害をあおって、
しかも無責任という悪質な行為に「見えた通り」のことが、
「真意でない」なら、それを積極的に証明する必要があると思います。
というのは、どんなに極悪非道なことをしても、
「そう見えてもしかたないと言うだけなら勝手だが、それは真意ではない」
と言って、加害からの言い逃れが、いくらでもできるからです。

アキラさまが、加害の言い逃れをする、悪質きわまりないかたでないと
おっしゃるなら、「見えた通り」が「真意でない」ことを、
積極的に証明していただきたいと思います。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月10日 21:32
アキラさま

>発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは
>違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=
(2009年03月10日 10:26)

あなたは、読み手のことばかり問題にしますが、
発言者の書いている文章のほうは、問題にしなくていいのかな...?

発言者の文章が誤解をまねきやすいなら、書き手の「真意」を、
読み手が誤解したところで、それは書き手の文章のせいであり、
「勝手な読み込み」にはならないと思います。
このあたりは、いかがお考えでしょうか...?


>「勝手な読み込みによる決めつけ」は、やられる側からすれば
>「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントになっている
(2009年03月10日 10:27)

あなたは最初、「たんぽぽは、ぶいっちゃんを、
小ばかにしているように見える」と言いました。
わたしは、そういうつもりはなかったですから、あなたは、わたしに対して、
「勝手な読み込みによる決めつけ」をしたことになります。

あなたは、ご自分がされると「人格攻撃と感じられてしまう」、
「立派なハラスメント」を、わたしにしたということでしょうか?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月10日 21:36
 私に関しては、今、ここで議論をしているつもりはなくて、一種の世間話のつもりですし、「科学と宗教」の話も横道ですし、続ける気はあまりありません。
 でも、もし「科学も宗教も五十歩百歩か」という議論であれば、私は、次のように尋ねるべきでしょう。
 「すべてのベースに出来るか」という所に「しきい」を置けば、世の中のすべては「五十歩百歩」になりませんか。区切ることの出来ない「しきい」に、いかなる意味がありますか。そして、科学をベースに出来ることと出来ないことがるなら、その差は何ですか。
 こうしていくと、どこが意見の分岐点かが浮かび上がっていきますよね。これって、議論の専門教育を受けていない同士で現にやっていますよね。さらにはお互いに観察なんてしなくても、できていますよね。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月11日 00:42
(続き)
 一例にすぎませんが、アキラじゃなくてakiraさんて方のblogでのことです。そこでの論議はカウンセラーの職能に関わることで、セクハラをテーマにしたものでした。つまり、その方面の予備知識が必要ということです。さらには、現実のセクハラ問題に関わってる人の論議ですから、現実と無関係でありえません。
 私は、カウンセラーの職能についても、またセクハラも実践はしていても知識としては乏しいので、議論を読むだけで加わることはしていません。
 そこに、予備知識がないという方が、空論を振り回しにいらっしゃいました。もちろん場違いであり、彼が得たものは「軽蔑」だけでした。それも自省もせず、かみあうはずもない状況に出て行って「かみあわなかった」ですましている。議論の枠組みが理解できないで、議論が可能だとお思いなんでしょうかね。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月11日 00:44

(続き)
 ですので、アキラさんが「専門教育」を受けていないという「しきい」によって、愚樵さんと「五十歩百歩」と仰るのは、私の想定レベルがわからないにしても、謙遜が過ぎてかえって、彼へのイヤミかとさえ思えてしまいます。もちろん、イヤミのつもりは全くないとわかった上でのことですが。
 アキラさんが彼を理解しようということについても、ちょちょんまげさんが、一方的にハンデを与えて、議論しようとしているのも、私の関知することではありませんが、モノズキだなぁと思うわけです。
 たんぽぽさんが、そんな愚樵さんを相手にするのも「自業自得の覚悟」の上でしょうし。
 もちろん、コミュニケーションの形態には「議論や言論、論理の展開」とは無縁のものもあります。居酒屋でよく見る「俺に言わせりゃ、それはこういうことなんだな(根拠なし)」「そうですよね。それは気づきませんでした。さすが」みたいなのもあります。現実には、そういったコミュニケーションへのスキルの方が有用なことも多いです。
 愚樵さんも、せめて、そういった枠組みの違いくらいはわかって自制していただければいいんですけどね。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月11日 00:44
ちょちょんまげさんのコメントに対しては、どこへお返事するのが一番いいか決定してからお答えしたいと思っていますので、ちょっと保留させていただきます。
Posted by アキラ at 2009年03月11日 09:13
・ja e w ckさん

繰り返します。
僕はこのような主張をして、自分の行為を正当化しようとしているわけでもないし、「たんぽぽさんの方が悪い」と言っているわけでもありません。
僕自身の何らかの発言がハラスメントになっているであろうことを否定はしません。
あちらが正しい、こちらが悪いという話をしているのではなくて、
「勝手な読み込みによる決めつけ」は、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントになっている、ということをも、皆さんに考えていただきたいのです。
もしもセクハラなどに敏感な感性を持ってらっしゃるのならば、その敏感な感性をこのようなことにも向けていただきたいのです。
それが僕の主張したいことであり、願いです。
Posted by アキラ@ja e w ckさん at 2009年03月11日 09:15
・うちゃさん

こちらこそ、いろいろありがとうございました。
感謝しています。
Posted by アキラ@うちゃさん at 2009年03月11日 09:16
すまない。
やはり、話しかけたのが間違いだった。

うちゃさん同様、私もあなたを「そんな人」と
考えることにしよう。

ただ、
うちゃさんや南郷さんの問いかけ(ちょちょんまげさんは、ちょっと違うと思うが)・・・は、あなたに対する好意から発しているもので、それに対して答えるポーズだけ取っている姿は・・・ま、もういいや。

さよなら、k君。
Posted by ja e w ck at 2009年03月11日 09:55
・たんぽぽさん

>そうではなく、「見えた通りでない」と決めてしまうと、
<
ですから「決めてしまう」=「決めつけ」という行為を、そもそも保留することが大事かと思います。
>「こう見えた」と表現したしだいです。
<
「こう見えた」といった表現にしてくだされば、問題はないと思います。
「こうだ」と言ってしまうから、問題になってしまうということです。
その差、です。申し上げたいことは。


>それで、「ごん氏の反社会性」を評価したことなんかより、
ご自分が「喜んだか喜ばないか」のほうが、ずっと大事なのでしょうか?
<
うちゃさんと僕とのやりとりの内容を理解されているという前提で・・・。
僕が、ごんさんの「自業自得の覚悟」をリスペクトしたのは事実です。
また、それに関して一切喜んでいないのも事実です。
それらの事実のどちらが大事か?という問題の立て方が、どういう意味なのか、ちょっとよく分かりません。
どちらも僕の事実に変わりありません。


>「批判と中傷の区別がつかない」から、たんぽぽがバッシングされるのが、
当然の批判に見えた、ということでよろしいのかな?
<
僕は、水伝騒動の長い経緯の中で、発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」という、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントが多々行われた、という問題意識を持っています。
それに対する抗議や批判は多かったと思いますし、その指摘をむやみにねじ曲げたり矮小化し続けられたことから生まれた誹謗中傷も多かったと思います。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月11日 18:47
>「わたしが被害を訴えているのに、
愚樵さんが、まともに取り合わず揶揄や中傷をするので、
お話がかみ合わなくなるのが、アキラさまには楽しいのですか?」と
お尋ねするしだいです。
<
少なくとも僕には、このようにまとめられる状況には見えませんでした。
お互いにお互いの主張を繰り返しているように見えたのですが、たんぽぽさんは直線的、愚樵さんはのらりくらり。
それがずっと噛み合わないので、「やっぱり噛まないなぁ」とその噛まなさ自体が楽しいというか、興味深いところだったのでした。
しかし、半分は「挨拶的言辞」です。
ですから、それがたんぽぽさんにとって不愉快であったようでしたら、それは申し訳なかったと思っています。
すみません。その点についてはお詫びいたします。


>「一般」とか「普通」というのは、愚樵さんがさきに言い出して、
「結構正しいものですよ」と、「双方の前提」にしようとしていました。
<
どっちが先に言ったとか何とかいう話は、あまり問題にならないとは思いますが・・・
しかし、そうですね。
上から下までもう一度読み直してみましたが、確かにお互いが提示している「普通は・・」(愚樵さんの提示した根拠による「一般認識」という「普通は・・」と、たんぽぽさんの『「普通」だったら、自分の批判が「知らないところ」でなされていたら、その批判に対してものもうしたくなるだろう』という「普通は・・」)には双方ともに無理があるように思いますし、積極的うんぬんは別にしても、どちらも「双方の前提」にしようとしているようには見えますので、これについてはたんぽぽさんだけを問題にするのはアンフェアのように思えてきました。
愚樵さんにも指摘しに行ってくることにします。
すみません。その点についてもお詫びいたします。
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月11日 18:47
>それで、アキラさまも、「セクハラされたたんぽぽに落ち度がある」と
考えているということで、よろしいのかな?
<
僕は、「居酒屋談義」うんぬんの長々とした経緯の中でも、発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」という、やられる側からすれば「人格攻撃と感じられてしまう」立派なハラスメントが多々行われた、という問題意識を持っています。
それに対する抗議や批判は多かったと思いますし、その指摘をむやみにねじ曲げたり矮小化し続けられたことから生まれた誹謗中傷も多かったと思います。


>ごんさんも、ご自分のセカンドレイプを正当化していますが、
それをいかように批判されても馬耳東風でかまわない、ということかな?
<
批判されることはしょうがないことだと思います。


>「ごん氏の反社会的行為を礼賛する、ニケ氏の二次加害を、
結果的にあおっておきながら、『自分の真意じゃありませんから』と、
言って無責任を決め込む」、あなたはこういうかたに
「見えてもしかたない」のは認めるのですね。
<
そのように「見えてもしかたがない」とは思っています。
そのように「見えてもしかたがない」と思っているということは、それについて積極的に説明する気もないということです。
うちゃさんのように、ご自分の見解として「見方によってはそうとられてもしかたないものである」と批判されることについては、甘んじて受けるということです。
また、それをもって「加害の言い逃れをする、悪質きわまりないヤツだ」という批判があっても、その批判自体は甘んじて受けるということです。
Posted by アキラ@たんぽぽさん3 at 2009年03月11日 18:48
>発言者の文章が誤解をまねきやすいなら、書き手の「真意」を、
読み手が誤解したところで、それは書き手の文章のせいであり、
「勝手な読み込み」にはならないと思います。
このあたりは、いかがお考えでしょうか...?
<
僕は、相手の発言のとり違えや誤解などは、誰しも日常的によく起こることだと思っています。
ですから、それについてはお互いさまだとも思っています。
相手のせいにだけ出来ない。
自分もまた同じようなことをやらかしています。
ですから、受けとるときに「決めつけ」てしまうのをとりあえずやめようよ、と言っているのです。


>あなたは最初、「たんぽぽは、ぶいっちゃんを、
小ばかにしているように見える」と言いました。
<
はい、大体そのようなことを言いました。
このたんぽぽさん自身が提示された文章を採用してみます。
「たんぽぽさんは、ぶいっちゃんを、小ばかにしているように見える」と僕は言いました。
「たんぽぽさんは、ぶいっちゃんを、小ばかにしている」とは言っておりません。
この両者の差なんです、僕が再三にわたって申し上げて、理解していただきたいと思っていることは。
後者が「勝手な読み込みによる決めつけ」によるハラスメントになるということです。
Posted by アキラ@たんぽぽさん4 at 2009年03月11日 19:03
「たんぽぽさんは、ぶいっちゃんを小バカにしているように見える」という 複数の人たちからの意見に対して(僕を含んでいます)、たんぽぽさんは「一切バカになどしていません」と仰いました。
ですから僕は それを受けて、「僕にはそう感じられたけれども、たんぽぽさんにはそのつもりは全くないのだ」と認識し、一番最初のたんぽぽさんの記事で、たんぽぽさんはぶいっちゃんをバカになどしていない、という見解を自分の見解としています。
その意味で、例えば『愚樵さんの提示した根拠による「一般認識」という「普通は・・」には無理があると思う』と言っているのですし、
また同様の理由で、『発言者の文章が誤解をまねきやすいなら、書き手の「真意」を、読み手が誤解したところで、それは書き手の文章のせいであり、「勝手な読み込み」にはならない』などとは考えません。
そのような考え方は、無理筋というものだと感じます。

しかし、そのようなことを仰るのであれば、「たんぽぽさんは、ぶいっちゃんを小バカにしている」と読み手が誤解したところで、それは書き手のたんぽぽさんのせいであり、「勝手な読み込み」にはならないということですね。
このことに対する僕の現状の見解を、変える必要がありそうです。
Posted by アキラ@たんぽぽさん5 at 2009年03月11日 19:03
・南郷力丸さん

とても興味深い問題です。

>それも自省もせず、かみあうはずもない状況に出て行って「かみあわなかった」ですましている。議論の枠組みが理解できないで、議論が可能だとお思いなんでしょうかね。
<
「議論の枠組み」への理解という問題は、確かに問題ですよね。
議論の枠組みが決まっているところへ乗り込んでいって、その枠組みから外れるようなことを言ってしまえば、それは仰るとおり議論になりません。
これは大事なことだと思っています。

> 愚樵さんも、せめて、そういった枠組みの違いくらいはわかって自制していただければいいんですけどね。
<
確かに彼は、そこをわざと壊してしまうやりとりのしかたをすることが多いですね。
愚樵さん自身にはいいのかもしれませんが、相手にとっては困ったことになってしまいます。
僕は、彼がそこを「ふるい」にしているような感触を持っているので、結果、彼にとり合わなくなる人と、つき合い続ける人に分かれてくるんだろうと思います。
つき合い続けようと思っている僕は、確かにかなりのモノズキです・・・ (^_^;)

自分の場所でなら、それはオッケーなんだと思うんです。
しかし仰るように、議論の枠組みが決まっているところへ乗り込んでいって、その枠組みから外れるようなことを言ってしまうようなことは、迷惑行為になりますね。
当然の報いも受けることになる。
Posted by アキラ@南郷力丸さん at 2009年03月11日 19:07
(つづき)

今回改めて つくづく難しいなぁと思っているのは、この「前提」の問題です。
例えて言ってみると、みなスポーツ(コミュニケーションの比喩)してるという認識はある。
で、その認識のもと、野球をしていたり、サッカーをしていたりするわけです。
何を一番大事にしているかという「前提」によって、同じスポーツでも競技が変わってくるわけですよ。
例えば、「論理性や整合性」を大事にするのは野球、「その人の想い」を大事にするのはサッカー、といったように。
で、野球をしているところにサッカーをしようと乗り込んでいっても、それはどうにもなりませんし、逆もまた同じです。
それをやっちゃってるにも関わらず、「だってスポーツだろ!」と言い合っていたりする。

そこをもう一つ冷静にというか、丁寧にというか、「議論の枠組みの理解」=「スポーツだと言いながら、どの競技をやっているのか」ということへの理解をする必要があるなぁと思いました。
「論理性や整合性」を大事にする野球をやってるところでは、サッカーで無理押ししてもしょうがない。
「その人の想い」を大事にするサッカーをやってるところでは、野球で無理押ししてもしょうがない。
なんか そういう齟齬によって、騒ぎが大きくなってしまっている気がしました。
Posted by アキラ@南郷力丸さん2 at 2009年03月11日 19:17
南郷力丸さま(2009年03月09日 22:44)

>ここからは、推測に過ぎませんが、
>ちょちょんまげさんは開発途上国での駐在経験、生活経験があります。
>その国の人たちに対し、彼や日本人は、はるかに科学の恩恵を享受できているわけです。
>彼は、科学の恩恵の享受格差という現実を直面し、後ろめたささえ感じたかも知れません。

>ただ、ちょちょんまげさんとしては、科学を信仰と同一視するなど、
>自分は科学の恩恵を享受しながら、それに「無自覚」であり、
>享受できない人たちの存在に「無自覚」であるとしか思えないのかもしれません。

なるほどねえ...
それで、ちょちょんまげさんは、「科学も信仰」うんぬんに、
こだわっていたのかな...?

ちょちょんまげさんの「真意」は、ご本人におたずねするとしても、
このように考えるかたが世の中にいらっしゃることは、たしかそうですね。

わたしにとっては、「科学と信仰」なんて、議論のお題目程度だけど、
開発途上国の科学技術の普及度を知っているかたにとっては、
生活感のある現実的な話題なんだということを、すこし感じ取れたと思います。
それを意識していなかった、わたしも、科学技術の恩恵格差に
「無自覚」だったのであり、不謹慎にならないよう自戒したいと思います。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月11日 21:05
 たんぽぽさん、ちょちょんまげさんに関しては、私の勝手な思い込みかもしれません。もし、当たっているにしても、本人がそう主張していないというのは、科学技術の普及格差に「無自覚」であることは、現実の問題として直面したことのない人にとっては、仕方がないことであり、不謹慎であるとまでは思っていないってことでしょう。
 不謹慎というのは、例えば、「最後の宮大工」と言われる立場の人が、その修行や仕事の過程で習得したことを語ったという本を紹介したエントリーに、「ポジションと、そのポジション獲得の過程で修得したスキルによってしか自己表現できない人を可哀想だとすら思っています。」というようなコメントをする愚鈍さですね。
Posted by 南郷力丸 at 2009年03月11日 23:31
>南郷さん

>>「ポジションと、そのポジション獲得の過程で修得したスキルによってしか自己表現できない人を可哀想だとすら思っています。

だとすると、「力士」とか「ボクサー」なんて最高に可哀想な人たちですね。
しかし、「愚」という自称がここまでぴったりくる例を他に知りません。




Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月12日 01:22
 ちょちょんまげさん。
 私が言いたかったのは、その場の状況についての「無自覚」であって、ご意見そのものに対して言及したつもりはありません。
 お間違えのないよう お願いいたします。
Posted by ???????????? at 2009年03月12日 03:18
??????様(意図がお在りでっか?)
なるほど、ちょっとはずしているようです。
すんまへん、基本的にKYなもので。
Posted by ちょちょんまげ at 2009年03月12日 03:25
南郷力丸さま

>たんぽぽさん、ちょちょんまげさんに関しては、

そういえば、ちょちょんまげさまは、本当のところはどうなのか、
真意を語らないですね。(語らなきゃだめ、ということはないけど。)

...というしだいなので、たぶん、きっと、そうなのだろう、
ということに、わたしの中ではしておきます、はい。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月12日 21:37
・読んでくださっている すべての皆さまへ

さて、和気あいあいとなったところで。。。
改めて僕の願いを、読んでくださっているすべての皆さんに お伝えしたいと思います。
僕はここで、「あなたの方が」とか「あなただって」とか「あっちが悪い」「あっちの方が先だ」などといった話をしているのではありません。
僕自身の何らかの発言が「勝手な読み込みによる決めつけ」になってしまっているかもしれないことも、否定しません。
やらかしてしまってる可能性は当然あります。
また、僕の「リスペクト」行為に関することへの批判・非難は当然のことだと思っていますので、それはもちろん甘んじて受けます。
だからこそ、批判・糾弾をしているのではなく、僕を含む一人一人が、それぞれ自らを振り返って見つめ直し、考えていただきたいと願って、ここでのことを申し上げています。

そもそも、
『発言者の文章が誤解をまねきやすいなら、書き手の「真意」を読み手が誤解したところで、それは書き手の文章のせいであり、「勝手な読み込み」(による決めつけというハラスメント)にはならない』
といった考え方と、
『誤解をまねきやすい服装をしているなら、男を挑発しているとこちら(男)が誤解したところで、それはそのような服装をしていた女性のせいであり、セクハラにはならない』
といった考え方と、どこがどう違うというのでしょう?
僕は、同じような考え方だと思います。
Posted by アキラ@読んで下さってるすべての皆さまへ at 2009年03月13日 08:23
通常は「レイプ、セクハラされた方にも非がある」というような「トンチンカンな批判」がされたりするわけです。
これは それでも、『レイプ、セクハラされた方に「も」非がある』という、ある種の「痛み分け」的な発想ですが、
上記の考え方は、『誤解された方に非がある』と、「も」すらなくなって、誤解された側のみの問題であるというようなことになっています。
これは、さらにひどい旧態依然としたハラスメントの発想だと言えるのではないかと思います。
このような考え方を前提にして行為がなされていれば、それはハラスメントの被害を量産し続けることにしかならないでしょう。

僕はこのことで、過去のことを批判・非難しようとしているのではありません。
水伝騒動の長々とした経緯の中で、誰もがいろいろな過ちをおかしていると思います。
今後、再び三たび そのような事態を招いてしまうのは馬鹿げている、そう思っているのです。
ですから どうか、ここで今一度立ち止まって、皆さんにもお一人お一人、このことを考えていただきたいのです。

今回、水伝騒動に直接関わっていない多くの方々から、この件に関するメールをいただいています。
また、水伝騒動をフォローしてウォッチしている、リアルでの多くの知り合いとも、この件に関して話をしてきました。
そのような経緯から、この僕の主張・願いは、決して僕だけの特異な感覚ではないとの感触を得ています。
ですから、改めて皆さんにお願いしている次第です。
Posted by アキラ@読んで下さってるすべての皆さまへ2 at 2009年03月13日 08:24
セクハラの被害であろうと、「勝手な読み込みによる決めつけ」によるハラスメントの被害であろうと、ハラスメントの被害自体は 封殺されてしまってはいけない。
これこそが「当たり前のこと」でしょう。
「勝手な読み込みによる決めつけ」によるハラスメントを避けるために、相手の言っていることをとりあえずはなるだけ損なわないために、勝手な読み込みによる決めつけをなるだけ行わないように、相手の意図をあらぬ方向にねじ曲げて固定してしまわないように、丁寧にコミュニケーションを進めていくべきなのではないか、僕はそう思っています。
そうでなければ、その「勝手な読み込みによる決めつけ」のやり合いでもって、お互いがお互いを攻撃し合い、非難し合うだけの不毛な関係にしかならないでしょう。
ここはひとつ、むやみやたらな非難の矛はおろして、ゆっくり考えてみていただきたい。
それが僕の願いです。
Posted by アキラ@読んで下さってるすべての皆さまへ3 at 2009年03月13日 08:49
アキラさま(2009年03月11日 18:47)

>>それで、「ごん氏の反社会性」を評価したことなんかより、
>>ご自分が「喜んだか喜ばないか」のほうが、ずっと大事なのでしょうか?
>
>それらの事実のどちらが大事か?という問題の立て方が、どういう意味なのか、

「ごん氏の反社会性」なんか、たいした事実ではない、
自分が「喜んだ」か「喜ばなかった」かのほうが、
大きく取り上げる問題だ、ということかな?...ですよ。

あなたは、ご自分が「喜んだか喜ばないか」を、
ことさらに大きく取り上げますが、そちらのほうが
「反社会的行動にリスペクト」したことより、
はるかに重要だとお考えである、ということでよろしいのかな...?


>>「批判と中傷の区別がつかない」から、たんぽぽがバッシングされるのが、
>>当然の批判に見えた、ということでよろしいのかな?
>
>僕は、水伝騒動の長い経緯の中で、発言者が元々のコメントによって
>示したかった想いや意図とは違うことになってしまう
>「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」という、

愚樵さんが言っていたことは、「批判されてむかついたら、
恣意的に人格攻撃とみなしてよい」ということだそうです。
愚樵さんが、「批判」を「人格攻撃」に、「恣意的に変換」しているんです。
それで、愚樵さんは、「手前勝手な読み込み=愚樵変換」をして、
わたしをバッシングするのは、当然なのですか?と、お尋ねするしだいです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月13日 22:12
アキラさま(2009年03月11日 18:48)

>>それで、アキラさまも、「セクハラされたたんぽぽに落ち度がある」と
>>考えているということで、よろしいのかな?
>
>僕は、「居酒屋談義」うんぬんの長々とした経緯の中でも、
>発言者が元々のコメントによって示したかった想いや意図とは
>違うことになってしまう「勝手な読み込みによる決めつけ」=「たんぽぽ変換」

わたしが「変換」したのが、セクハラの原因だというなら、
セクハラされたのは、被害者(たんぽぽ)のせいということですから、
あなたは、「被害者落ち度論」を主張する、ということになります。
(そういうことでいいのかな?)

セクハラは、被害者(たんぽぽ)の訴えを優先するのが原則です。
よって、被害者(たんぽぽ)の意識におかまいなしに、
「勝手な読み込みによる決め付けだ」のように、加害者や第三者(アキラさま)が、
被害者の主張を「解釈」するのは、許されないことです。

わたしのセクハラの訴えを、「たんぽぽ変換」などと言うのは、
セクハラの二次加害であることを、お断わりしておきますよ。


それから、ごん氏によるセクハラもみ消しの、発端のエントリですが、
わたしは、つぎのように書いています。
http://taraxacum.seesaa.net/article/100107759.html
|「フェミニズム的なことを言うのは、女の魅力がないからだ」
|というのは、「フェミ叩き」の古典的な物言いで、
|セクハラとして扱われることもありますよ。

「扱われることもある」というだけで、断言なんかしていないし、
それ以前に、「見える」や「思える」とさえ、言っていないです。
よって、あなたの基準でいけば、「変換」も「決め付け」も
なにもしていないと思いますが、いかが思われますかな?
Posted by たんぽぽ at 2009年03月13日 22:14
(2009年03月11日 18:48)

>>ごんさんも、ご自分のセカンドレイプを正当化していますが、
>>それをいかように批判されても馬耳東風でかまわない、ということかな?
>
>批判されることはしょうがないことだと思います。

ストレートに言います。
わたしがお尋ねしたのは、「加害者は逃げていいのですか?」です。


>そのように「見えてもしかたがない」と思っているということは、
>それについて積極的に説明する気もないということです。

わたしがお尋ねしたのは、そういうことではないです。
「反社会的行為をリスペクトし、二次加害をあおっておきながら、
『真意じゃありませんから』と言う無責任きわまりない人」という
「見えた通り」が、あなたの「真意」か「真意でない」かです。
おまちがえのないよう、お願いしますね。


>また、それをもって「加害の言い逃れをする、悪質きわまりないヤツだ」
>という批判があっても、その批判自体は甘んじて受けるということです。

批判されたらどうなさりますか?
「自分の行為を正当化しようとしているわけでもない」とおっしゃる
アキラさまは、だまって無視したり逃げたりは、絶対にしないと思うので、
どうなさるつもりか、おっしゃってくださいね。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月13日 22:15
アキラさま

>「大喜びした」と言っていたのはたんぽぽさんで、彼女の「妄想」です。
>平気で「たんぽぽ変換」されているわけです、この言葉が消えることがない理由でしょう。
>これこそ「恣意的な印象操作」の典型です。
(2009年03月01日 17:37)

ところで、最初のコメント(2009年03月01日 17:37)だけれど、
わたし、「アキラさまが喜んだ」なんて、言っていないですよ。
つぎのように、一度目は、alice氏に対して言ったのですし、
二度目は主語がないので、だれとは明示していないです。
http://blogs.dion.ne.jp/akiras_room/archives/7656126.html

|それでも、あなたは、「死ぬのはやつらだ」氏に同情したし、
|わたしが、嫌がらせされたことを、喜んだのですね。
(2008年10月03日 23:25)

|コメント欄のほかの投稿者も、「ごんさんはすごい」、
|「ごんさんにリスペクトする」と、とてもうれしそうにしています。
|あなたもこの喜ぶ気持ちを、わかち合っているのだなと、思ったしだいです。
(2008年10月06日 22:13)


よって、「たんぽぽは『アキラさまが喜んだ』と言った」と断言するのは、
あなたが、手前勝手に読み込んだ「アキラ変換」であり、
「たんぽぽ変換」呼ばわりは、あなたの「恣意的な印象操作」だと思います。
このエントリとコメント欄で、あなたが、ひっきりなしに繰り返してくれる、
「たんぽぽ変換」という「妄想」によって、わたしはものすごく
ハラスメントを感じているので、ぜひとも釈明をいただきたいです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月13日 22:16
・たんぽぽさん

僕は、僕としての願いを再三にわたり書いています。
どうか今一度、僕からの願いをじっくり読んでいただけませんでしょうか。
僕はここで、「あなたの方が」とか「あなただって」とか「あっちが悪い」「あっちの方が先だ」などといった話をしているのではありません。

>「たんぽぽ変換」という「妄想」によって、わたしはものすごく
ハラスメントを感じているので、
<
と仰ることが出来るくらいですから、その内容が真っ当な批判であると僕は思いませんが、それはともかくとして、「勝手な読み込みによる決めつけ」が立派なハラスメントであるということは、きちんと分かってくださってるということですよね。

でしたら、どうか今一度、僕からの願いをじっくり読んでいただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。
Posted by アキラ at 2009年03月16日 00:12
アキラさま

あなたのお願いは、ごく簡単に言えば、
「勝手な読み込みによる決め付けはだめ」ですね。

それで、あなたのコメントをじっくりと見たのですが、
最初のほうで、「たんぽぽが「アキラさまは喜んだ」と言った」と、
断言していらっしゃるのを、見つけました。

>「大喜びした」と言っていたのはたんぽぽさんで、彼女の「妄想」です。
>平気で「たんぽぽ変換」されているわけです、この言葉が消えることがない理由でしょう。
>これこそ「恣意的な印象操作」の典型です。
(2009年03月01日 17:37)

前の(2009年03月13日 22:16)のコメントでお話しましたが、
わたしは、「アキラさまが喜んだ」とは言っていないです。
http://blogs.dion.ne.jp/akiras_room/archives/7656126.html


「「大喜びした」と言っていたのはたんぽぽさん」と断言するのは、
まさに、あなたのいわゆる「手前勝手な読み込み=アキラ変換」であり、
「たんぽぽ変換」呼ばわりは、「恣意的な印象操作」だと思います。
このような、「たんぽぽ変換」があったという、
「手前勝手な読み込み」があるから、わたしの意図が、
あらぬ方向にねじまげられて、固定されたりもするのだと思います。

さらに、アキラさまのおっしゃることを、よく読んでみると、
「勝手な読み込みによる決め付け」は、受ける人によっては、
ハラスメントだと感じることがあるとも、書いてあります。
実際、こちらのエントリその他で、あなたが、ひっきりなしに繰り返してくれる、
「たんぽぽ変換」という「妄想」によって、わたしはものすごく
人格攻撃とハラスメントを感じてしまっています。

わたしも、あなたの願いを聞いて、
ていねいなコミュニケーションをしたくなったので、
このような「手前勝手な読み込み=アキラ変換」について、
どう思っているのか、アキラさまのご意見をお聞きしたいです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月16日 21:20
・たんぽぽさん

>わたしも、あなたの願いを聞いて、
ていねいなコミュニケーションをしたくなったので、
<
ということは、今まではまったくしていなかったということですね。。。
そのような方に、応える必要があるとは 到底思えませんね。


【 この状況では喜んだと思われても、無理もないでしょうね...
気持ちをわかちあっているであろう、会話の相手は実際に喜んでいるのだし。
http://s01.megalodon.jp/2008-1229-1648-33/nikemild.exblog.jp/8318976/

長いあいだ、大勢のお仲間がもてあましていた、大嫌いないやーなやつを、
徹底的にやっつけてくれた(と思った)のを見たら、
それにともなう感情は、たいてい「うれしい」「喜んだ」だと思います。
(悲しくなる人は、まずいないでしょう。)

なので、ごん氏の行動を「リスペクトする」「評価する」
「賞賛する」などの意味で、「ごん氏の行動を喜んだ」と言っても、
さほどの違いはないんじゃないかと思いますよ。
これくらいで、「手前勝手な読み込み」とか、
「たんぽぽの妄想」とか、「恣意的な印象操作」などと、
まくし立てられるいわれはないんじゃないかな...? 】
(Posted by たんぽぽ at 2009年03月04日 21:45)
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月18日 00:56
(つづき)

【 >僕はまったく喜んでなどおりませんので、お間違えのないよう お願いいたします。

「お間違え」になりそうですね。
大嫌いないやなやつが、徹底的にやられたのを見た人が、
「喜んだ」「うれしく思った」と考えて、どこが不自然なのかわからないです。

あなたのそのとき気持ちが、「喜んだ」でなく、まったく違っていても、
そう思われても無理もないのであり、「手前勝手な読み込み」とか、
「たんぽぽの妄想」とか、「恣意的な印象操作」などと、
まくし立てられるいわれはないことに、かわりはないんじゃないかな? 】
(Posted by たんぽぽ at 2009年03月06日 20:47)

と、自ら仰っています。
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月18日 00:57
>>ていねいなコミュニケーションをしたくなったので、
>ということは、今まではまったくしていなかったということですね。。。

「ていねいなコミュニケーションをしていなかった」
なんて、わたしは、言っておりませんよ。
いつでも、ていねいなコミュニケーションを、心がけているつもりです。
「手前勝手な読み込み=アキラ変換」は、やめていただきたいです。

前のコメントでもうした、ていねいなコミュニケーションは、
アキラさまのいわゆる「ていねいなコミュニケーション」のことです。
3月13日の、アキラさまの、3つ続きのコメントを読んだところ、
「アキラさまのいわゆる」であることが、あなたの「願い」だと思ったので、
アキラさまの意味での、「ていねいなコミュニケーション」をしたいと、
もうしあげたしだいです。


>と、自ら仰っています。

わたしのコメントを、長く引用された意味がわからないです。

当該箇所は、「アキラさまは喜んだ」とみなすことの
妥当性について、お話しているものです。
「わたしは、『アキラさまは喜んだ』と言いました」と、
言っているのではないですよ。

よって、「「大喜びした」と言っていたのはたんぽぽさん」と
断言するのは、「手前勝手な読み込み=アキラ変換」だと思います。
わたしは、あなたの「手前勝手な読み込み」によって、
おびただしい人格攻撃と、ハラスメントを感じているので、
「ていねいなコミュニケーション」が大事だとおっしゃる、
アキラさまの意見を伺うしだいです。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月18日 21:54
・たんぽぽさん

>「ていねいなコミュニケーションをしていなかった」
なんて、わたしは、言っておりませんよ。
<
そりゃ、言わないでしょうよ。 (^_^;)

それはさておき。
誰か第三者の文章(発言)を当人でない人間たちが読み解こうというのではなく、あなたご自身のことでしょう?
どう思ってらっしゃったか、最初に仰ってくだされば それで済んだことじゃないですか。
何を今さら おかしなことを仰っているのですか。

【 よって、「たんぽぽは『アキラさまが喜んだ』と言った」と断言するのは、
あなたが、手前勝手に読み込んだ「アキラ変換」であり、
「たんぽぽ変換」呼ばわりは、あなたの「恣意的な印象操作」だと思います。
このエントリとコメント欄で、あなたが、ひっきりなしに繰り返してくれる、
「たんぽぽ変換」という「妄想」によって、わたしはものすごく
ハラスメントを感じているので、ぜひとも釈明をいただきたいです。】

そうなのだとしましょう。
だとしたら、僕がja e w ckさんに「喜んでなどおりません」と主張(訴え)した段階で、僕もたんぽぽさんも「勝手な読み込みによる決めつけ」ハラスメントを 同様に強く感じていたことになりますね。
僕とたんぽぽさんとは、あのニケさんの記事に僕がコメントしたときの 僕の心情に関しては、似たような感触を得ていたということでしょうから。
だとしたら、ja e w ckさんが僕に対して「勝手な読み込みによる決めつけ」ハラスメントをしていたことになる。
Posted by アキラ@たんぽぽさん at 2009年03月20日 00:29
(つづき)

ではなぜ たんぽぽさんは、僕の主張をすぐさま認めてくれ、
『アキラさんに関しては、私にも喜んでいるようには見えなかった。
 だからそれはja e w ckさんの「勝手な決めつけ」だし、それはハラスメントだからやめた方がいい。
 また、アキラさんの「それはたんぽぽさんの妄想だ」という主張も、だから私にとってハラスメントなので、やめてくれ』
と、最初に主張しなかったのでしょう。

なぜ、ja e w ckさんのハラスメントによって 自分もがハラスメントをこうむっているというのに、むしろ僕の主張を却下するような発言を、その後 繰り返し行っているのでしょう。
その行為は、自らがこうむったハラスメントを強調して不快感を増してしまうことはあっても、軽減 あるいは解消の方向に向かわせるものには 決してならないというのに。

これはどういうことなのでしょうか?
あれだけセクハラに対して敏感な感性をお持ちのたんぽぽさんが。。。
それとも、そもそも支離滅裂な人だということなのでしょうか。
非常に理解に苦しみます。

・・・・・・・・
たんぽぽさん、もう そういうの、やめましょうよ。
以前とおんなじようなパターンじゃないですか。
ここへきて「ていねいなコミュニケーションをしたくなったので」などとあなたは仰っていますが、となると、今まで丁寧なコミュニケーションをしていなかったということが、奇しくも明らかになってしまったわけです。
この2コメントで示したことから、あなたが「ていねいなコミュニケーション」を心がけているとは 僕には到底思えません。
そのような不誠実にしか見えない対応しかしてこなかった人に、僕はこれ以上応えなければならない必要を感じておりません。
それが僕の見解です。
お引き取り願えますか。
Posted by アキラ@たんぽぽさん2 at 2009年03月20日 00:29
>僕がja e w ckさんに「喜んでなどおりません」と主張(訴え)した段階で、
>僕もたんぽぽさんも「勝手な読み込みによる決めつけ」ハラスメントを
>同様に強く感じていたことになりますね。

>なぜ、ja e w ckさんのハラスメントによって
>自分もがハラスメントをこうむっているというのに、
>むしろ僕の主張を却下するような発言を、その後 繰り返し行っているのでしょう。

ja e w ckさまは、「たんぽぽが『喜んだ』と言った」とは、言ってないですよ。
つぎのように、ご自分の意見として述べているだけです。
よって、わたしはja e w ckさまからは、ハラスメントは受けてないです。


>たんぽぽさんのブログが、ひどい荒らしに遭い、
>強行手段を執らざるを得なくなったとき「自業自得の覚悟がなかった」と言って、
>あなたが大喜びしたこともおぼえている。
(ja e w ck at 2009年03月01日 13:02)
Posted by たんぽぽ at 2009年03月20日 21:42
>ではなぜ たんぽぽさんは、僕の主張をすぐさま認めてくれ

わたしは、あなたの主張(「たんぽぽは『喜んだ』と言った」)を、
認めてなんかいないですよ。
「喜んだ」と言ってよい妥当性を、述べただけです。

>また、アキラさんの「それはたんぽぽさんの妄想だ」という主張も、
>だから私にとってハラスメントなので、やめてくれ』
>と、最初に主張しなかったのでしょう。

あなたの「願い」がなんなのか、わからなかった(気づかなかった)からです。
3月13日の、あなたの3つ続きのコメントを見て、
「ああ、こういう『願い』を、聞いてほしかったのか」とわかったので、
軌道修正して、その「願い」に沿った質問をしたしだいです。


>今まで丁寧なコミュニケーションをしていなかったということが、
>奇しくも明らかになってしまったわけです。

「喜んだ」と言ってよい妥当性を、すごいていねいに解説したではないですか?
「ていねいなコミュニケーション」でないなどと、
なぜに言われるのか、理由がわからないです。

>そのような不誠実にしか見えない対応しかしてこなかった人に、

あなたの願っている「ていねいなコミュニケーション」を
はじめようというのに、「不誠実」と言われる理由がわからないです。

>お引き取り願えますか。

わたしは、あなたの「手前勝手な読み込み=アキラ変換」によって、
ものすごいハラスメントを感じてきました。
ご自分はさんざん「手前勝手な読み込みをされた」と、
わたしのことを糾弾しておきながら、自分が批判されるようになると、
とたんに「やめましょうよ」などと言うのは、ちっとも納得がいかないです。

ぜひとも、釈明をしていただきたいです。
Posted by tanpopo at 2009年03月20日 21:43
前のコメント、ハンドルが「tanpopo」になっているけど、
わたし、「たんぽぽ」ですので、あしからず。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月20日 21:44