2017年03月14日

成長期の子どもに学んでほしい4つのこと(教えるべき4つのこと) 後編

春


前回からお伝えしている 成長期の子どもに学んでほしい4つのこと、
0〜6歳までの時期には、
 『 この世の中には「楽しいこと」と「つまらないこと」がある 』
ということを教えたい、
独立要求期メインの6歳〜思春期の、ちょうど小学校の時期には、
 『 この世の中には「やりたいこと」と「やりたくないこと」がある 』
ということを教えたい、とお話ししました。

今回は残りの2つです。

思春期以降、まず中学生あたりの時期ですが、ここでは、
 『この世の中には「大事なこと」と「くだらないこと」がある』
ということを教えたい。
この時期くらいから、親に反発をし始めたりするわけですが、親の存在に見切りをつけられるからこそ、巣から飛び立つこともできるわけです。
大事なことは「自立すること」なんですから。

「お前が思っている大事なことより、もっと大事なことがあるかもしれないよ」
そっと静かに優しくこうささやくことが、この時期の親の務めだそうです。 (^^)
その悪魔のささやきが、思春期の子どもには有効。
親が意義のないことを言うから、子どもはそれに反抗するのだ・・とは、野口先生のご子息・裕之先生の弁。

それから最後に、思春期以降の高校生あたりの時期ですが、ここでは、
 『世の中には 自分に「出来ること」と「出来ないこと」がある』
ということが分かるようになってほしい。
ここから思春期が終わるまでは、
「自分に出来ることは、いったいどこまで出来るんだろうか」
ということを追究すべきだ、ということです。
おそらく人生最大の捻れの時期、思春期の価値というのはそこにあるのだ、と整体では言われます。

思春期が終わりになると、もう闇雲に命がけにはならないものです。
要するに、
「下らないことに命がけになるというのが、一番下らないことだ」
ということを悟るわけですね。
大切なものに命がけになった方がマシだ、と悟る。
そうなれば、これら4つのことがしっかり分かれば、晴れて大人です、ということです。(^^)

あとはこれに付随して、
 『自分に「向いてること」と「向いてないこと」がある』
ということが分かる、くらいでしょうか。
これを含めれば5つですね。

育児の目標は、自分自身の二本の足で立つことができるように育てること、です。
できることは自分でやり、できないことについては必要な手助けを求めることができる。
それが「自立している」ということ。

人間にはそれ以外には何にもいらない、と裕之先生は仰います。
そして、人はそういう育ち方を自然にしていくものだ、とも。
だから、親として、まわりの大人として大事なのは、今この子の中に何が育っているかということを観察する目、ですね。
じっと観て、待っていること。

そうして、自然にそういう心の育ち方が起こってきたら、それを大切に育てていってやる。
育ってきているものだけを育てる。
そのとき育っていないものは育てる必要がない。
そうやって育ち上がれば、そうすれば、ちょっとやそっとのことではへこたれない、本当に「生きている」ということに対するこだわりのある人間が生まれてくる、と言われます。

こういう人間性に絡むようなことが育っていくには、体や心の育つ時期にあわせて育てない限り、育ちません。
滲み込まない。
このことが実際に分かれば、早期教育という「仕込み」が いかにおかしいことが分かるでしょう。
子どもというのは、仕込めばいくらでも覚えるものです。


  〜「おまけ」に続く


野口整体に関する記事は「光るナス@らくらく塾」に、だんだんとりまとめ中。

*前後のエントリーは左上の「過去の記事とシリーズ」からとべます♪

目覚め

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/appie_happie/52421501
この記事へのコメント
>子どもというのは、仕込めばいくらでも覚えるものです。

本当にそう思います。教育の現場ではずっとそのことにまつわる誤認と、ここでアキラさんの仰るような育てる・育つということのせめぎあいが続いてきた(続いている)ような気がします。

もちろん、「仕込み」は大切なのですが、その効果がエントリで仰るような勘所を無視して、各々の実践における「教育の成果」としてもてはやされるようなときに、「もっと大事なもの」を台無しにしてしまうことがある。

自身でも深く戒めておきます。

Posted by ごん at 2017年03月18日 17:41
・ごんさん

コメントがすごく遅くなってしまいました。
すみません。 (^_^;)

そういう認識、大事ですよね。
「大事なもの」が成り立っていくように、枝葉の「仕込み」(それは世の中では役に立っていくでしょうから)が使われればよいのでしょうが、それが逆転してしまっては、元も子もありません。

が、そういうことばかりだと思うんですよね、高度成長期以降って。
未来に対して明るさを感じることが出来なくなっている今だからこそ、こういうところへ立ち戻って しっかりやっていければいいのだろうと思っています。
Posted by アキラ@ごんさん at 2017年03月21日 08:48