2020年10月27日

    

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

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    『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
         ブレイディ みかこ 新潮社


インターネット上の「AERA dot.」で読める『鴻上尚史のほがらか人生相談』がけっこう好きで、時間があるときにちょこちょこ読んでいるんです。
苦労人の鴻上さんの返答が、本当に絶妙なんですよね。
いつもかなり勉強になります。

その鴻上さんのある返答の中に、このブレイディみかこさんの本のことが出てきていて、すごく興味が湧いたので読んでみたのでした。

エッセイのようなスタイルになっていますが、アイルランド人の父と日本人の母を持つ「ぼく」が過ごす、英国・ブライトンでの中学校生活の最初の1年半を綴りながら、母である著者が英国だけでなく世界にはびこる社会問題を問う作品になっています。

息子くんは、市の学校ランキングで常にトップを走っているようなカトリックの公立小学校に通っていたのですが、中学校は自宅から近い学校を選んだのでした。
息子くんたちがが暮らしているのは「荒れている地域」と呼ばれる元公営住宅地で、中学も英国社会のリアルを反映したような「元底辺中学校」です。

いろんな人種や出自の人たちが、いろんな理由でこのブライトンにごっちゃりとまだらになって暮らしていて、息子くんの通う中学校にはこうした地区の子どもが集まってきています。

だから、同級生がレイシスト発言を繰り返して問題になったり、その発言の主は移民の子だったり、そういうことが元になってイジメを受けたり、中立のつもりでいても、誰かを気づかずに差別してしまうことだって出てくる。

貧困の問題も身近にあって、例えば息子くんが友だちに「どんな夏休みだった?」と聞いたら「ずっとお腹が空いていた」と答えた、とか。
保守党による緊縮財政政策によって、毎日を青息吐息で暮らす人たちが必死につかまっていた細い糸が断ち切られてしまったからです。

満足に食事もとれない子どもも多く、先生がランチ代を渡すことも珍しくないそうです。
緊縮政策で教育への財政支出が毎年のようにカットされる中、現場の心ある人々の努力でなんとかもっている状態。
本当にシャレになりません。

これからの時代を生きるためのヒントとして、是非読んでほしいのですが、ひとつ なるほど! そうだうよね!と感じた箇所を挙げておきます。
それはシンパシーとエンパシーの違いです。

英国の公立学校教育には、シティズンシップ・エデュケーションという授業があって、その筆記試験に「エンパシーとは何か」という問題が出たそうなんです。
で、息子くんは「自分で誰かの靴を履いてみること」って書いた。

これは英語の定型表現で、「他人の立場に立ってみる」という意味なんだそう。
シンパシーは、可哀想な立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことで、自分で努力をしなくとも自然に出てくるものです。

これに対して、エンパシーの方は「能力」です。
自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって、誰かの感情や経験を分かち合う能力。自分と違う理念や信念を持つ人や、別に可哀想だとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことなんですね。

こういう環境の中で、こういう授業を受けながら育つ子どもたちは、今までの既成概念や鋳型の中ではどうにもならないような これからの時代を、タフに前向きに波乗りをするように、泳いでいくのだろうな・・・
と頼もしく思いました。




*前後のエントリーは左上の「過去の記事とシリーズ」からとべます♪

精一杯

Posted by appie_happie at 13:38│Comments(0)