July 23, 2005

似恋愛的な“萌え”の終焉。

 ちょっと前まで同人のジャンルの元ネタというのは、商業作品であったことが多かったわけですが、今や、東方シリーズは言うに及ばず、ひぐらしや月姫といった“同人作品がその二次創作を生むだけの核”になることも珍しくありません。特に月姫は、Type-Moonを商業メーカーに押し上げ、ひぐらしは“同人とコンシューマーの直結”という実験に参加しています。それほど、同人のレベルが上がってきたと言うべきなのでしょうか?

 もし、それを私に問うならば、否と答えます。
 
 これは“萌え文化”の普遍化とも関連することですが、“萌え”という言葉の一般化は、事実上、ギャルゲー・エロゲー・ショタゲーとしての“アンダーグランドの文化としての「萌え」という言葉の終焉”を決定づけました。もう、“萌え”はいわゆる隠語でも業界語でもヲタ語でもありません。一般語です。それを後押ししたのは、ゲーム・漫画系文化の継続的な成長に目を付けた社会(マスコミや企業)であり、そのことは、“萌え”文化を中核を担っていた同人へ注目を集めることにさえなりました。

 コミケは言うに及ばず、即売会やイベントにおけるヲタというのは、一般的に男性中心のイメージがあるようですが、実際は、女性も意外と多く・・・と言うか、地方のイベント関連は男性より女性の方が多いのが常。・・・“萌え”の買い手は確かに男性中心ではありましょう。ただし、それを“趣味人のとしてのヲタ”まで広げれば、その担い手に女性は少なくないのです。
 
 これは、かつてのポケモンブームを巻き起こしたのは、子供の支持以上に母親層の支持したのが大きかったという事実や、90年代後半にアニメに圧されたはずの仮面ライダーやウルトラマンの特撮モノが、近年勢いを盛り返した最大の理由は、俳優の追っかけ現象を生むほど、母親層の方が夢中になり、ある程度の視聴率が見込めるようになったことが、何より示しています。

 私は、モノやブームが社会的な主流になる段階において、女性の支持は欠かせないと見ています。逆に言えば、女性の支持を得られない文化は、いつまで経ってもアンダーグランドか傍流でしかないのです。
 
 なぜでしょうか?・・・男女の性格云々は色々あるとして、“男は馬鹿で、女は頭良い”と、私は区切っているからです。もう少し良い言葉で言えば、“男性は夢想主義であり、女性は現実主義”であると言いましょうか。男性ヲタが二次元に夢を求めるならば、女性ヲタは、二次元に拘泥せずに同人誌という“カタチ”で三次元に夢を“現実化”させます。即売会なんか見ていると、その意味で女性は行動的であり、現実主義だと思いますね。それは、別な言い方をすれば、女性は“現実に存在しないモノを愛さない”と言っても良いでしょうか?

 そんな女性層が認めたモノは、確実に現実化される道を選びます。ポケモンや特撮は言うに及ばず、最近の例では「電車男」もそうです。書籍としての「電車男」の主購買層は男女半々とレポートされており、映画というエンターテインメントの性格上、その中心は女性、さらにテレビドラマ化した「電車男」は、女性視点に切り替わり、完全に女性層をターゲットにできるエンターテインメントに性格を変えました。秋葉原がスタイリッシュになろうとしている時期・・・ヲタを“男のステータス”と捉え、それをどう好みに“調教”していくのか?・・・「電車男」はエルメスの視点で見たとき、そう見てもおかしくはない。正直、巧く視点を切り替えたな・・・シナリオライターの思いつきに唸ってしまいますね。

 話を戻すと、同人のレベルが上がってきたと言うよりは、同人への蔑視が無くなったことで、自由に参加し、自由に購入できる気風が、どうやら社会に芽生えてきたのではないか?・・・と私は思います。ただ、同人というと、特にこのBLOGではヲタ系文化を想像してしまうでしょうが、実際は、歴史だろうが小説だろうが論文だろうが絵だろうが、同人は同人だったりします。自費で作品を創り上げ、自己表現をすることが同人であって、ヲタ系文化はその最も売れている部分でしかありません。
 
 “萌え”という言葉が、普遍的になる同時期それは、「腐女子」という言葉が広がり、過激化する少女漫画とボーイズラブ系が、エンターテインメントとして市民権を得ていく過程と同じくします。“作り手”としての女性と“買い手”としての女性が手を結ぶことが、皮肉なことに“萌え”という言葉を、“男女の共通語”にせしめました。この時、葉鍵全盛期の“萌え”の意味・・・“マンガ・アニメ・ゲームの少女キャラなどに、疑似恋愛的な好意を抱く様子”としての“萌え”は終焉を迎えたと言えます。

 よって、現在の“萌え”は、純粋な“キャラクターへの好意”へすり替えていますね。
 
 そして、“キャラクター”を現実に当てはめる女性の参入は、“萌え”を現実の人間に対しても適用する言葉に変えています。
 
 ここにおいて、男性は女性に引きずられざるを得ません。“モノやブームが社会的な主流になる段階において、女性の支持は欠かせない”と言うのは、男女は結局半々の存在であって、男だけの文化は創れても、女性の参入は必ず起こり、その時、それは女性の良いように変えられてしまう。(逆に女性だけの文化に、男性は入り込むことはあまり無い。)実際、アダルトゲームのコンシューマー移植なんて言いますが、それも対象年齢がどうのこうの言うよりは、女性がプレイできるように作ってあると考えるべきだと思いますね。

 つまり、“萌え”文化が、経済的に注目されるようになったのは、女性というファクターが入ったことで、一気に二倍の購買層を見込めるようになったから・・・だと思うのです。勿論、“趣味人としてのヲタ”とされる購買層の高年齢化が進み、しかも、それが強力な支持層を形作っていることもあるでしょう。現在の“萌え市場”は約888億円と言われていますが、潜在的に約7400億円とされています。また、来年度には1000億円規模の市場となるのは確実と言われており、当たり前ですが、それは“男女込み”の数値です。したがって、“萌え”・・・それを担うのは、もう男性だけであることは無いはず。
 
 ・・・“萌え”の普遍化が示し、(似恋愛的な好意を抱く様子としての)萌えの終焉は、何も、メジャー化する作品云々だけでなく、むしろ、性的嗜好の垣根を取っ払い、“男女共通の価値観”としたところにあるのです。


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この記事へのコメント
 いつも楽しく拝読させて頂いています。コメントするのは初めてですが・・・
 
>もう、“萌え”はいわゆる隠語でも業界語でもヲタ語でもありません。一
>般語です。
 
 果たしてそうでしょうか。私も9791さん同様隠れオタですが、その言葉を同世代の友人(ギャルゲー・エロゲーの嗜好無し。彼女有り。漫画はたしなむ程度)の前で使うのはかなり抵抗があります。飲み屋の等の宴席でうっかりこぼすと眉を顰められる、あるいは軽い愛想笑いが返ってくるのは明白かと思います。
 萌え、に象徴されるキャラクター群が現実の女性(あるいは男性)の代用品でしか無い以上(コレ言っちゃお終いですが)、日常会話でその言葉を使える人とそうでない人の境界はまだまだ強固ではないでしょうか。
 9791さんのおっしゃる一般、がどこからどこまでを指すのかは分かりませんが、おいそれと使うのは気が引けます。

 
Posted by J at July 23, 2005 23:08
>日常会話でその言葉を使える人とそうでない人の境界はまだまだ強固ではないでしょうか。

良いご指摘です。私の一般語云々の区切りは、辞書や雑誌、新聞等で取り上げられている言葉・・・その中でも、その用語に対する説明が存在しない場合・・・つまり、読者が既知の情報として発信側が認識している言葉を指しています。・・・そのたとえで言うならば、「エロゲー」は一般語になっていないですね。

例を挙げましょう。「アイドリング・ストップ」というのは、政府自治体が標語として使っている言葉であり、立派な一般語扱いですが、車を知らない人にはほぼ意味不明の和製英語であって、本義である「停車時エンジン停止」といった方がしっくり来ます。この時、官公庁で使われるはずの言葉でさえ、一般人には難解という現象が起きます。

また、一般的に流布されている言葉であっても、差別的・直接的すぎて使えない言葉もありますね。私たちが保健教育で習った性器の名称だって、新聞等ですらキチンと書ける言葉ですが、そうそう日常会話で使わないでしょう?

何が言いたいのかと言うと、私たちは、文章等で使う言葉と会話上で使う言葉を無意識に選別しているってコト。私が、この文章上で挙げる“一般語”とは、あくまで文章上で共通認識とされている言葉であって、日常気安く使っている言葉という意味ではありません。・・・さらに砕いて言うならば、電車の吊り広告や雑誌の表紙に露出していても、皆がピンとくる用語になったと言い換えても良い。

言葉には使いどころがあって、私たちはそれを相応しい場所でしか使いません。Jさんの言われる日常生活上での“境界”は、確かにまだまだ強固。私だって、「昨日、ドラクエやりすぎて今日はねみ〜」などと社内で愚痴れても、「昨日、萌え過ぎてハァハァ」なんてやった日にゃ、しばらく、放置プレイされるでしょう。・・・“萌え”が文章的に一般語とされたとしても、日常的に使う言葉になっていないという訳です。それは、意味が分からないということで「アイドリング・ストップ」なんて言うより「(停車時に)エンジンを停止します」と、バスがアナウンスしたりしている理由にもなります。

言葉には腐るほど色々な意味があって、実際には“一般語”なんて言葉も存在しません。辞書を引いてみれば、一般語という“用例”はあっても、一般語という“単語”は無いはずです。実は“一般語”というのはニュアンスでしかないのです。・・・即ち、その解釈は、書き手と読者のそれぞれの認識に任される。したがって、一般語の区切りは、あくまで一個人の中にしかありません。

Jさんの指摘を“良い指摘”と言ったのは、その私なりの“区切り”を説明する機会を与えてくれたこと。この点で、Jさんの思う一般語は“口頭語”であって、私の思う一般語は“文章語”であると。・・・はい、これでお互いの認識が共通化できましたね。

“一般”とか“普通”だとかは、使いづらい言葉なのですが、このように指摘して頂くと、説明できるので、非常に有り難いことです。・・・では、また、何かありましたら、ご指摘下さいね。
Posted by 9791 at July 24, 2005 01:05
非常に分かり安いご説明ありがとうございます。9791さんのスタンスが
よく理解できました。しかし、萌え、が気軽に会話の俎上に現れる状況は現状ではなかなか想像し難いものがありますね。あと何年か経ったらそうなるんでしょうか。

#ここからは余談になります
 9791さんの時評や経済関連に対する観察力と記事に反映させる表現力はいつもながら敬服してしまいますが、その反面エロゲーも志向しているあたり、奇妙な安心感と親近感を覚えてなりません。私なぞがコメントできる内容でしたら、これからもそうさせて貰いますね。
Posted by J at July 24, 2005 20:18
>あと何年か経ったらそうなるんでしょうか。

どうでしょうね・・・ただ、私が言えるのは、古典を思い出していただければ分かるように、同じ言葉でも“意味や使い方が変遷することこそ、言語の歴史でもある”ってことだけでしょうか。

「来られる」と「来れる」みたいな“ら抜き言葉”も色々言われていますが、前者は丁寧語、後者は口頭語みたいなカタチで普段から使われているような気がします。「燃える」と「萌える」もそのような使い場所によって使い分けられる言葉になり得ないとは、誰にも言えないのですよ。

「エロゲー」はともかく、“萌え”は記事でも書いたように、キャラへの好意に絞られた言葉になってきていますから、マンガ・アニメ・ゲーム業界の経済規模が、映画業界を越えた時には、一般的に使える言葉になりそうなのですがね・・・。
Posted by 9791 at July 24, 2005 21:20